音声言語医学 57:7 ─ 11,2016
原 著
吃音に併存する発達障害・精神神経疾患に関する検討
富里 周太1) 大石 直樹2) 浅野 和海2) 渡部 佳弘2) 小川 郁2) 要 約:吃音は社交不安障害などの精神神経疾患や発達障害が併存しうることは指摘されて いるが,これらの併存疾患に関する本邦からの報告はいまだ少数である.そのため,本邦にお ける吃音と併存疾患との関連を検討することを目的に,2012 年と 2013 年に慶應義塾大学耳鼻 咽喉科を受診し吃音と診断された 39 症例について,併存する精神神経疾患および発達障害の 有無を調べ,性別,年齢,発吃年齢,吃音頻度との関連を後方視的に調査した. 併存する精神神経疾患として,気分障害(うつ,適応障害),強迫神経症,てんかん,頸性チッ クの合併を全体の 15%に認めた.発達障害の併存は,疑い例や言語発達障害のみの症例を含 め 18% に見られた.発達障害の有無によって吃音頻度,性別,年齢に有意差は見られなかっ たが,発吃年齢は発達障害併存群で有意に高い結果だった.吃音は発達障害が併存することに より,発達障害を併存しない吃音とは異なった臨床経過を示す可能性が示唆された. 索引用語:吃音,併存疾患,発達障害,吃音頻度DevelopmentalDisabilityandPsychiatricConditions
in39PatientswithStuttering
ShutaTomisato1),NaokiOishi2),KazumiAsano2),
YoshihiroWatanabe2)andKaoruOgawa2)
Abstract:Stutteringmayberelatedtodevelopmentaldisabilityormentaldiseasessuchas
socialanxietydisorder.However,therearefewreportsaboutthesecomorbidconditionsin stutteringpatientsinJapan.Inordertocomprehendtherelationshipbetweenstutteringand comorbid conditions, we conducted a chart review of 39 stuttering cases who sought consultationatKeioUniversityHospitalin2012and2013.
Fifteenpercentofthesubjectshadthefollowingcomorbidpsychiatricconditions:mood disorder(depressionandadjustmentdisorder),obsessive-compulsivedisorder,epilepsyand ticdisorder.Eighteenpercentofthesubjectshaddevelopmentaldisability,includingdefinite orsuspecteddevelopmentaldisability,andlanguagedevelopmentdisorder.Theageat which patients with developmental disability began stuttering was higher than that in patients without such disability. These findings suggest that clinical presentation of stutteringmaybeaffectedbycomorbiddevelopmentaldisability. 静岡赤十字病院耳鼻咽喉科1):〒420-0853 静岡県静岡市葵区追手町 8-2 慶應義塾大学医学部耳鼻咽喉科学教室2):〒160-8582 東京都新宿区信濃町 35 番地 1)DepartmentofOtorhinolaryngology,JapaneseRedCrossShizuokaHospital:8-2,Otemachi,Aoi-ku,Shizuoka420-0853,Japan 2) DepartmentofOtorhinolaryngology,HeadandNeckSurgery,KeioUniversitySchoolofMedicine:35Shinanomachi,Shinjuku-ku,Tokyo160-8582,Japan 2015 年 2 月 24 日受稿 2015 年 5 月 11 日受理
は じ め に 吃音と併存疾患について検討した過去の報告では, 社交不安障害などの精神神経疾患や発達障害と吃音と の併存が指摘されている1-4).菊池ら3)は,社交不安障 害が合併した吃音症例に対して,環境調整,言語療法, 認知行動療法などの治療を組み合わせ,積極的に介入 することが有用と報告している.前新4)は,発達障害 が併存している吃音児と併存していない吃音児につい て比較し,吃音頻度には差がないものの,併存群で変 動性や波現象が少なく,予期不安や内面化も生じにく い可能性があるとしている.これらの報告から,精神 神経疾患や発達障害の併存によって,吃音の臨床像が 異なり,また有効な医療的介入が異なる可能性が考え られるが,これらの併存疾患に関する本邦からの報告 はいまだ少数である3-5). そこで本研究では,吃音患者における併存疾患のう ち,特に精神神経疾患や発達障害と吃音との関連を検 討するため,過去 2 年間に慶應義塾大学病院耳鼻咽喉 科を受診した吃音患者を対象に,精神神経疾患や発達 障害の併存の有無を調べ,性別,年齢,発吃年齢,吃 音頻度との関連を検討した. 対象と方法 2012 年と 2013 年に慶應義塾大学病院耳鼻咽喉科を 受診し,耳鼻咽喉科医の診察によって吃音と診断され た 39 症例を対象とした.発達障害および精神神経疾 患の併存の有無について診療録を後方視的に調査し, 初診時年齢,性別,発吃年齢,初診時の吃音頻度との 関連について検討した. 本検討における発達障害の定義は,広汎性発達障害, 自閉症,注意欠陥多動症(ADHD),Asperger 症候群, 学習障害のいずれかを指すものとした.言語発達障害 のみ併存している症例に関しては,類縁疾患と考え本 検討では発達障害と並列に扱った.専門の小児科医に よって診断されたものを確実例として,発達障害疑い のまま小児科にて経過観察されているものを疑い例と した.精神神経疾患については,精神神経科医あるい は小児精神を専門とする医師にて診断された病名を採 用した. 吃音頻度は吃音検査法6)および吃音検査法<試 案>7)に基づいて施行された音声データを用いた.検 査時の音声データが残存していた 27 症例については, 今回筆頭著者が初回吃音検査時の音声データをすべて 文字に書き起こしたうえで,それぞれの吃音症状につ いて吃音検査法6)に基づき評価した.各症例初回検査 時の音声データを 2 回ずつ上記の手続きにて施行し, その平均値を総非流暢性頻度として提示した.2 回の 検査における判定一致率は 85.9%であり,再現性を確 認した.音声データが残されていなかった症例につい ては,吃音頻度に関する検討の対象外とした.吃音検 査法にはいくつかの課題があるが,今回多様な年齢の 患者を含んでいるため,比較的低年齢でも施行可能な 単語の呼称および絵の説明における吃音頻度を評価項 目として用いた.単語の呼称は単語水準での回答を要 求し,絵の説明は句・文での回答を要求する課題であ る. 統 計 解 析 に は JMP®(11.2.1,SASInstituteJapan Ltd.)を用い,p<0.05 を統計学的に有意とみなした. 対応のない二群間比較において,等分散が仮定可能な 場合は t 検定を用い,仮定不可能な場合はマン・ホイッ トニーの U 検定を用いた.統計解析を行った項目と しては,発達障害併存群と非併存群の間における,男 女比,初診時の年齢,発吃年齢,吃音頻度について検 討した.精神神経疾患についても同様に検討した.ま た,吃音頻度については課題による差異,性差につい ても検討した. 本研究は,当科における後方視研究に対する包括的 承認を慶應義塾大学医学部倫理委員会より得て施行し ている. 結 果 表 1 に全症例の性別,初診時の年齢,発吃年齢を示 し,初診時の年齢,発吃年齢の分布を図 1,2 に示す. 男女比は 2:1 と男性が多く見られた.初診時年齢は 3 歳 1 ヵ月~31 歳と幅広く分布していたが,29 症例 (74%)が 12 歳以下と多くが小児例であった.発吃年 齢については,原則的に 15 歳未満の症例においては 診察に同伴した親から聴取し,15 歳以上の症例にお Key words:stuttering,comorbiddisease,developmentaldisability,stutteringrate 表 1 全対象症例の男女比,初診時の年齢,発吃年齢 性別 男 26 名,女 13 名 初診時年齢 3 歳 1 ヵ月~31 歳 3 ヵ月 発吃年齢(平均値±標準偏差) 1~18 歳(4.1±3.4 歳)
いては本人から聴取されていたが,図 2 に示すように 2~4 歳の間に 74% が発吃していた. 発達障害・言語発達障害の合併について表 2,3 に 示した.併存は疑い例を含め,7 症例(18%)に認めた. 広汎性発達障害,広汎性発達障害疑いを併存した症例 が多く,合計で 4 症例認めた.その他に,自閉症,言 語発達障害の併存を認めた.初診時の年齢平均は併存 例で 11.4 歳,非併存例で 8.5 歳と併存例のほうが高かっ たが,統計学的には有意ではなかった(p>0.05,t 検 定).性別ごとの併存率は男性で 19%(26 症例中 5 症 例),女性で 15%(13 症例中 2 症例)と,有意差を認 めなかった(p>0.05,χ2検定).発吃年齢は,併存 例で 7.0 歳,非併存例で 3.4 歳と,統計学的に有意に 併存例で高年齢であった(p<0.01,t 検定). 精神神経疾患の併存も同様に表 2 に示した.気分障 害(うつ,適応障害),解離性障害,強迫神経症,て んかん,チック障害などの精神神経疾患の併存を合計 で 6 症例(15%)に認めた.いずれの併存疾患も 1, 2 例見られたのみで,特定の疾患が多い傾向は認めら れなかった.精神神経疾患併存の有無により,初診時 の年齢や性差,発吃年齢に統計学的な有意差は認めら れなかった. すべての併存例において当科初診時に,併存疾患は すでに診断されており,これらの疾患について診断さ 図 1 初診時年齢の分布 初診時の年齢 人数 0 1 2 3 4 5 6 7 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 女性 男性 図 2 発吃年齢 1 例は発吃の時期を「幼少期」と回答したため除外した.2~ 4 歳の間に 74% が発吃していた. 0 2 4 6 8 10 12 14 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 発吃年齢 人数 女性 男性 表 2 併存疾患の一覧 初診時年齢 性別 発吃年齢 言語発達障害,発達障害 精神神経疾患 5 M 4 チック障害 6 M 3 チック障害 6 M 3 広汎性発達障害 (ソトス症候群) 7 F 5 強迫神経症 7 M 4 言語発達障害 8 F 6 言語発達障害 9 F 4 言語発達障害,自閉症 13 F 3 てんかん 14 M 9 広汎性発達障害疑い 15 F 8 うつ,解離性障害 15 M 13 広汎性発達障害 適応障害 20 M 10 広汎性発達障害疑い 表 3 発達障害,精神神経疾患の併存群と非併存群との比較 n 男女比 初診時年齢 発吃年齢 発達障害・言語発達障害併存群 7 5:2 11.4±4.8 7.0±3.7 非併存群 32 21:11 8.5±6.5 3.4±3.0* 平均値±標準偏差.*発吃年齢を「小児期」と回答した 1 例は除外した. **p<0.01 **
れた時期は明らかにはできなかった. 吃音頻度について図 3,4 に示した.全症例でのデー タでは,単語の呼称と絵の説明では,有意に絵の説明 のタスクで吃音頻度は高かった(p<0.01,対応のあ る t 検定,図 3).一方,性別,発達障害・言語発達 障害併存の有無による吃音頻度の差は見られなかった (図 4). 考 察 発達障害,言語発達障害の併存例は,疑い例を含め て 18% の併存率であった.Boulet ら1)の報告では吃 音児の 50.9% に発達障害が併存していた.しかしなが ら,同報告は発達障害や神経疾患を専門としている病 院からの報告であり,併存率が高くなるような選択バ イアスが掛かっているものと考えられる.一方,本検 討のデータも大学病院におけるデータであり,一般的 に重症例が受診する傾向がある大学病院における臨床 統計は,選択バイアスにより高い併存率が見られる可 能性がある.表 4 にさまざまな報告による発達障害の 有病率を示す8-11).調査方法や母集団によって差異を 認めるが,いずれも 1% 程度との報告である.本検討 の併存率と直接比較するべきものではないが,本検討 における「18%」という数値は,発達障害・言語発達 障害と吃音との関連を示唆するものといえよう.また, 疑い例や言語発達障害のみの例を除いても併存例は 3 症例(8%)であり,無視できない数値と考えられる. 本検討では発達障害・言語発達障害が併存した群で 発吃年齢が高いという結果が得られた.発吃は言語発 達に伴うもので,Yairi ら12)は吃音の 95% は 4 歳未満 に発症すると報告しているが,本検討における発達障 害併存例の発吃平均年齢は 7.0 歳と高値であった.発 達障害の併存によって言語発達が遅延し,同様に発吃 が高年齢化したという解釈が可能だが,言語発達の過 程と発吃との関連をより慎重に検討することが必要と 考えられる.発達障害が併存することにより異なった 臨床像を示す可能性があり,今後の検討課題としたい. また,症例によって発吃年齢の聴取方法が異なり,方 法論的問題点を含有していることを付記しておきた い.発吃年齢の正確な測定は困難であり,今後の課題 としたい. 本検討では発達障害・言語発達障害が併存した群と 併存しない群とで吃音頻度に差は認めなかった.前 新4)も,発達障害と吃音が併存した群と吃音単独群と で吃音症状を比較し,吃音頻度に差は認めなかったと 報告している.同報告ではさらに深く検討し,発達障 害の併存した特徴として,変動性や波現象が少なく, 予期不安や内面化が生じにくい可能性があるとしてい る.発達障害併存症例においては吃音頻度そのものよ りも関連症状に,臨床像の特徴が表れると考えられる. 本検討では初診時 1 回のみの吃音検査のみを対象とし ており,また予期不安や内面化に関して定量的に評価 していない.そのため変動性,波現象,予期不安,内 面化に関する検討は行えず,今後の課題としたい. 図 3 単語と絵の説明での平均吃音頻度 単語呼称に比べ絵の説明のタスクで有意に吃音頻度は高かっ た(n=27,平均値±標準偏差,*p<0.01,t 検定). 吃音頻度 * 0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 単語 説明 図 4 平均吃音頻度と性別,発達障害・言語発達障害の併存 性別,併存(疑い例を含む)による吃音頻度の差は認めなかっ た(n=27,平均値±標準偏差). 発達障害・言語発達障害 の合併との関連 合併 あり合併なし 合併あり合併なし 性別と吃音頻度 吃音頻度 吃音頻度 0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 単語 説明 男性 女性 0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 単語 説明 表 4 諸報告における発達障害 の有病率 Williams ら8) 0.1~0.2% Baxter ら9) 0.76% Fombonne10) 0.2% CDC11) 1.17%
今回,気分障害(うつ,適応障害),解離性障害, 強迫神経症といった精神神経疾患を併存した症例を認 めた.吃音症状が重症の場合,吃音症状によって気分 障害や不安障害を生じうると考えられるが,本検討に おける症例は精神神経疾患によって他院入院が必要な 症例であるなど,吃音症状に対する反応だけでは説明 しえないと考えられた.吃音が直接的原因ではないと 考えられるが,間接的な増悪因子となっている可能性 もあり,症例の蓄積により関連性を議論することが今 後必要と考えられる. 吃音の進展段階7)で示されるように,吃音に対する 予期不安,吃音の内面化,回避といった症状によって, 第Ⅳ層において吃音は社交性に影響を及ぼし始める. このことから吃音と社交不安障害とは合併しやすい疾 患とされており,Blumgart ら2)は吃音の成人例の 30% に社交不安障害が合併していると報告している. しかしながら,今回の検討では明らかに社交不安障害 を併存していると診断された症例は認めなかった.そ の理由として,社交不安障害に対するスクリーニング が施行されていなかったことの影響や,社交性が障害 されたことによって受診が障害されている可能性が考 えられる.吃音患者における社交不安障害のスクリー ニングは重要であり,今後の検討課題としたい.また 筆者の私見ではあるが,病院の予約および受診は,社 交性が障害された吃音者にとって困難を伴う行為であ る可能性があり,多くの発語を必要とせず受診できる 体制など,吃音者にとって受診しやすい環境の構築も 重要であると考えられた. 結 語 発達障害・言語発達障害の併存例が 18% に見られ, 発達障害・言語発達障害と吃音との関連性が示唆され た.発達障害・言語発達障害の併存群と非併存群で, 吃音頻度には差を認めなかったが,発吃年齢は有意に 併存群で高く,発達障害・言語発達障害の併存により 吃音の臨床像が異なるものと示唆された. 利益相反自己申告:申告すべきものなし. 文 献 1)BouletSL,BoyleCAandSchieveLA:Healthcareuse and health and functional impact of developmental disabilitiesamongUSchildren,1997-2005.ArchPediatr AdolescMed,163:19-26,2009.
2)BlumgartE,TranYandCraigA:Socialanxietydisorder in adults who stutter. Depress Anxiety, 27: 687-692, 2010. 3)菊池良和,梅崎俊郎,山口優実,他:社交不安障害(social anxietydisorder:SAD)を合併した発達性吃音症の 1 例. 音声言語医学,54:35-39,2013. 4)前新直志:【吃音治療の展望】知的レベルが標準範囲の発 達障害と吃音を有する小児の非流暢性および関連症状の特 徴と臨床的示唆.コミュニケーション障害学,25(2): 137-146,2008. 5)早坂菊子,小林宏明:ADHD と LD をあわせもつ吃音児 の指導について.LD 研究,10(2):136-144,2002. 6)小澤恵美,原 由紀,鈴木夏枝,他:吃音検査法,学苑社, 東京,2013. 7)吃音検査小委員会:吃音検査法<試案 1 >について.音声 言語医学,22:194-208,1981.
8)Williams JG, Higgins JP and Brayne CE: Systematic review of prevalence studies of autism spectrum disorders.ArchDisChild,91(1):8-15,2006.
9)Baxter AJ, Brugha TS, Erskine HE, et al: The epidemiology and global burden of autism spectrum disorders.PsycholMed,11:1-13,2014.
10)FombonneE:Epidemiologyofpervasivedevelopmental disorders.PediatrRes,65(6):591-598,2009.
11)Autism and Developmental Disabilities Monitoring NetworkSurveillanceYear2010PrincipalInvestigators; Centers for Disease Control and Prevention (CDC): Prevalenceofautismspectrumdisorderamongchildren aged 8 years ―autism and developmental disabilities monitoring network, 11 sites, United States, 2010. MMWRSurveillSumm,63(2):1-21,2014. 12)YairiEandAmbroseN:EarlyChildhoodStuttering,Pro-EdInc,Austin,2005. 別刷請求先:〒420-0853 静岡県静岡市葵区追手町 8-2 静岡赤十字病院耳鼻咽喉科 富里周太