著者
斉藤 弘行
著者別名
Saito Hiroyuki
雑誌名
経営論集
巻
22
ページ
37-59
発行年
1983-11-20
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00005802/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja経営 組織と ワールド イメ イジ
斎 藤 弘 行 37 は じ め に 今では経営活動, 経営組織, 経営管理などといった ものがシステム的に説 明されることは常識になっているが,その場合に使用 されるシステム思考が 一体どのように理解されるかを考察し ようとするものである。もとよりシス テム思考それ自体は多 くの文献のなかで語りっ くされ てい るわけ だが,ここ では,ルーマンに よる,「自己形成性」の概念を中心にしたシステ ム思 考を 紹介する1)。 さらに,この「自己形成性」 という我 々にはなじみのない表現方法がどん なことを含む かを検討し,それが,「世界社会」 の構想に連絡するか ど うか を続けて考え てみる2)。この「世界社会」の考えも,誰 もが唱える思想 か も しれない が,やはりシステ ム的な考えから出ているものだし,システ ムの自 己形成性と何らかの関係があるのではなかろ うか,と我 々は推測する。 これらの一連の脈絡のなかで,経営活動はどのように解されたらよいのか, 経営組織はこの文脈のなかで果して説明できるのかど うかを 考え ることが我 我の課題 となる。経営組織がシ ステム的に説明されることは今さら新しいこ とでぱないが, この「自己形成性」から「世界社会」 への経過のなかで,経 営組織もその通りになっているのかどうか,それともこの考えでは解明でき ないのかどうかを調べることにする。 およそ経営活動 が一国内における活動のシステ ム性を超えて,世界のなか に拡大し ていることは,現実に,国際経営とか,多国籍経営などに表われて いる。し かし我々は, これらの現象そのものを説明するには知識が不足して いる。我 々はこのよ うな現象が,前述のシステム概念のなかで, どれほど抽 象的に説明可能かど うかを試みるだけ であ る。自己 形 成 性の意味 と 社会的 シ ステ ム 普通 には ,一 般シ ステ ム論 の中心的 な用 語 とし て, こ の よ うな 聞 き慣れな い 「 自己 形成 性」 な7どといb も のに はお 目に かから ない よ う)であ る3)。 し か し , ル ー マンに 言わせれば, こ の用 語 が かな りの重 要性を 持 つこ とに な るの で,我 々もこ の内容につい ていしくら か の知識を得 ることに す る。 い うまで もな く, 自己 形成 性の考え は, 生 物的有 機 体が 有す る特性のひ と つ であ る ことに は 間違いない の で, そ の点 からみ る とと り立 て て新し い考え では ない 。 これを より一 般化す れば多 くの-y ステ ムは, 内部的 な活動 と複雑 化 に よっ て成長 す るこ とは よく知ら れ てい る6 問題 は 社会的 シ ステ ムが主題 とな った ときに果し て ど うなる かであ る。 社会的 シ ステ ムは 自然や生 物のシ ステ ム とは 異な るのだ とい うこ とを 初 めに 考え てお くこ とが大切 で あ る(し かし,これを別々にして考えることは,一般システム思考の本旨ではないことも。他 方で注意しな くてはならないが)。 く っ また ここ で無造 作に 社 会的シ ステ ムとい う用 語を 用い たけ れ ども, それ が 「社会 的 組織」 とは ど う異なる のか,「組織 とし て の社会 的 組織」 とい う表現 もあ るが, そ れはど んなこ。とを 意味 す るのか とい う質問 もでて くるに 違いな い。 そ こ で, これら用 語上 の明快 な定義を きちん と決め て, 組織論 が語ち れ るこ とは まずな い と見 で よい であろ う。 とす るな らば, 我 々はかな り自由に, これ ら の言葉を 用い てい るし, またそ れで よい こ とにな る。 事 実, ルーマン に おい て も, 社会的 シ ステ ムという こ と もあ るし , 社会的 構造 とい う表現も あ る。 また 社会的 シ ステ ムとし て の社会 とい:う表示 方法 もあ る。 ∧ 七 かし 我 々は, かな り概略的 では あ る力s 出発点 とし て, 社会的 シ ステ ムの 「ひ とつ」 の説 明を 聞い てか ら次 の説明に 移 りたい4)。 そ のと き に,「組織も し くは 社会的 シ ステ ムを 理解す るに当 っ て先 ず問題 とな るこ とは,ニそ のロケ。= −-y ョン と アイデソ テ ィツ ィケーシ ョン であ る」5)とい う文 章に 目を 向け る。≒ つ まりそ こでは 初め から, 組織 とい った り社会的 組織 とい った りし てし まっ てい るとい うこ とであ る。 故に シ ステ ム自体 の定義を 別にす れば, 生き た シ ステ ムとし て 組織を 扱 う な らば, 組織も,生 物 も同じ だ と見 て よい。「生 命 のあ るシ ステ ム は, 生 物 的 有機 体 であろ うと, あ るいは 社会 的 組織 であ ろ うと, そ の外界に 実際には 依 存し てい る… …」 とい う陳述 がこの事 実を示し てい る6)。
経営組織とワ―ルドイメイジ39 我 々は この よ うな 説明から, あた かもシ スIテ ムとい う共 通項を もっ て,あ ゐ ゆる社 会的 組 織的解 明に 努力 する のだ が, 社 会的 シ ステ ムが生 物的 システ ムと同一レ ベ ルで 語ら れ る可 能性 があ るとし ても,そ の 内容には 相違 があ る こ とを 知ろ うとす る7)。 (a) 生 物的 シ ステ ムは物 理的境 界を 持つ が, 社 会的 構造 は これを 欠い てい る。 生 物的構 造 が土 台 とし てい るものは物 理的 お よび 生 理的不 変 性である。 社会的 構造 はそ うい うことに 基礎を 求めない。 生物的 構造 のどれを とって も, 位置 が決 まっ てい て, 境 界 が明瞭なこ とを 特色 とする。(b) 社会的 構造( または組織)の場合に は具体的 な人 間 の世界に 結びつい て い る。 そこに は人 間を はじ め とし て種・々な物的 なも の が含 まれ るけ れども, これ ら のエレ メン トは, 自然 におけ る のとは違 った相 互作用をし ている とみ なさ れる。 無 理に 自然的 事 象から の類 推に拠ろ うとす る と誤解を 招 く恐れ が あ る。 要す るに 社会的 シ ステ ムのエレ メン ト( もし くはサブ部分)の間 の相 互 影 響性は,生 物 シ ステ ムの部分の間 の関係 の ようには 恒久 性 がない のであ る。 (c) 社会的 シ ス テ ムは静 止し てい る状態を 見る こと は困 難 なこ とが多い。 要するに, こ のシ ステ ムは 事象 とかで きご との構 造が 形成 され てい るとみら れる。 エレ メン ト がどんな 機能を し てい るかを 静 止し た時 点 でな く, 経過 と し て見 るこ とに よっ てシ ステ ムが把 握され るこ とに な る。 社会的 シ ステ ムに たいし ては解 剖学的 思 考はあ まり得策 では ない。 そ の 機 能が停 止し たなら も はや 検討 のし よ うもない の で あ る(あるいは構造の確認がなされないといっても よい)。 上記 のよ うな 社会的 シ ステ ムの 特性を 念頭に 置 くな らば, 次 の ような 説明 は容 易に我 々の 賛成す る ところ とな る。「社会的 シ ステ ムは本 質的に は 考 案 された ものであ る。 人 間 が複雑な 行動 パ ターンを 発明し たの で, これを社 会 的構 造 と呼ぶ。 また人間 が社 会的 構 造を創 り出し たとい うこ とは, 行動 のパ ターンを 規定 す るこ とに よっ てはじ め て可 能であ る。 社 会的 シ ステ ムの多 く の特色はこ の基本的 事実 から でて くる。 人 間の発 明物 の如 く, 社会的シ ステ ムは 不完全 であ る」 と7・1)。 さらにこ の説明 の補足 とし て, 社会的シ ステ ムはこ うい う特 性を 示す もの とい われ る。つ ま り,そ れはい つば らばらに なる か分 らない の であ り√ そ う かと思 うと, も ともと社 会的 シス テ ムの創造者 な る人 間 よりも遥 かに長 く存 犬
続 する かもし れ ない のであ る。「社会的 シ ステ ムは人 間 の態度, 知覚, 信念, 動 機, 習 慣,お よび期 待のな かに堅 くつ な ぎ止められ てい る」 とい うことで あ る。 これは, 社 会的 シ ステ ムが, 心 理(学)的 様相を 持つ こ とを示 すに ほ か な ら ない 。 社会的 シ ステ ムが分散し てし まわない のは, 人間 の精 神的 機 能のた め だとい うよ うに 理解し て よい。 そ れは 組 織の本質を 表現し てい るも のとみ て ょかろ う。 ここに おけ る関 連様式 は, 個 々の単位 の恒久 性が 低い こ とを 特 色 とす る。 そ れに も か かわらず, 組織は 存続す る。 この関 係を 表現し た のが 創 造者 の人 間 よ りも長 く続 く とい うこ とであ る。 シ ステ ムの恒久 性を 維持 す るのは, 我 々の単 位でな くて,「単位 の関 連性」 だとす る。 社 会学的 で あ る とか心理学 的 であ るな どとい う表 現を 可 能にす る のは, この よ うな 単 位(例 史ば人間)の心理 もし くは 精神的 局面を 強 調し てい ることに ほ か な ら な い。 組 織には人 の加入お よび退 出が頻繁 に なさ れてい るにも か かわ らず, 存 在しj うるこ とがで きるのは このた めであ る。 生 物シ ステ ムとい え ども, もち ろ ん部 分(もし くはエレ ノソト)の関係 が あ るけ れど, こ の部分は かな りの程 度安定し てい ると認 識 され る。 安 定し てい る とい う意 味は,ひ とつに は こ うい うこ とであ ろ う。「シ ステ ムそれ 自 体 が たや す く確認 され る こと, また, 面 と向っ て見 て物的 に 判別 がつ くとい うこ と」 であ る。 そ れについ て調 べた り, 研 究し た りす るに は 都合 がいいに き ま っ てい る。 つ まり, 生物 シ ステ ムの境 界 がきち んとつ い てい て, 相対 的に小 規 模なため に,そ こにあ る のだ とい う感 覚に よりつ かまえ ら れ る こ と で あ る8)。 ところ がシ ステ ムとい う言葉そ れ 自体は, 生物 シ ステ ムだけを 考え るだけ では ない とい った 側面を 含む。 関 係の パ ターン とは 単に人 間 の感覚に よ り捉 え ら れる かど うか, 部 分の集 合を 人 間 の 目で 見 極められ る かど うかのこ とを 言 うのでは ない のは 誰 もが知っ てい る。 シ ステ ムとい う言葉を 使 用す るのは 「概 念的定 義」 のため であっ て, あ る もの があ る かない か の「言葉」 で は な い ことを 知 らねば ならない。 シ ステ ム的定 義を 用い ない ならば, 輪 郭の明確 でない 社会的 シ ステ ムを 説明す る ことは でき ない のであ る。 正に, 社 会的シ ステ ムはそ の位 置の設 定,境 界形 態, 理解(我々の知覚0 なかに意味のみでなく 実在として知覚されること)が容易 で ない のは, 生物 システ ムとは比 較 に な ら
経営組織とワールドイメイジ41 ない ほどであ る。 かくて, 我 々は, この点 につ き次の よ うな まとめを 得る こ とができる9≒ ㈲ 社 会的シ ステ ムは 広範に わ たる種 々な 目的 のた めに 考案 され, そ の 目 的 に間に 合わせ る ようにっ くられた ものであ る。 (b) 社 会的 シ ステ ムのどれひ とつを とっ てみて も, そ の生涯 の うち で他 の シ ステ ムとは異な った, 新し い 機能を 自 分のものにす る。 (c) 社会的 シ ステ ムのエレ メン トは, 生 物的 前提条 件あ るい は,生物的 存 在物をい くら組 合わせ てみ ても, そ の位置を 決め るこ とは で きない。 そ のた めに, 社会的 シ ステ ムとし ての組 織に統一を 与え てお くた めに,多 くの制 御 メカニズ ムが加えら れ てい る。 (d) 制 御 メカ ユズ ムのな かに 組 織のエ ネル ギーの多 くが供 給 される ように なってい る。つ まり, 組 織それ 自体 のエ ネル ギーがあ ると仮 定す ることは, 制 御の メカ ニズ ムを 通し て確認 され てい るこ とに なる。 組織 の メカ ユズ ムは 人 間 の行動 の多 様性を 低 くし て, 行動 の安定し た様 相をつ くり出すため であ る。 ・。 (e) 組織(社会的システム)のほ うが壊 れ易いし, 長 命 だ から, 生物的シ ス テ ムの様相を そ のま ま社 会的 シ ステ ムにあ ては め よ うとし ては ならない。 両 システ ムの間の成長 の程 度 が異な るとい う意味 もこの な かに 含 まれ る。 (f) 社会的 組織は 出現し た当初 は, 内 部的 な 資源ま たは生 活 の方 策を 持つ こ ともあ るし , 持だない こ ともあ る から, 生 存し 続け る かど うかは っき りし ない。 これに 対し て生物的 シ ス テ ムは成長 のための資 源お よび 力が 予めビル トインされ てい るから, 普通 の条 件の もとでは 死ぬこ とは ない 筈であ る。(g ) 社会的 シ ステ ムは 。エレ メン ト( または部分)をた やす く取 替え て,無 期 限にわ たって活 動し 続け るこ とがで きる よ うにす る。 十 そ こでシ ステ ム思 考を 用い る意味は どにあ る かとい え ば, あ る「囲みのあ るシ ステ ム」 の特色を示 すた め だ とい うこ とがで きる。 組織論 では, 無限 大 に広 がるシ ステ ムを 考え てい る のでな くて, 程 度 のこ とは 別 に し て( ク ロー ズドかオープンか)シ ステ みには 「囲み」 があ ることを 前 提にす る。 このな か での構造 と過程を 明ら かに す るのが シ ステ ム思 考であ る。 だ から こ の思考は 分析思考をあ わ せ持つ こ とに な る。 そ れ と共に, 囲い があ るとい う意味 が都 市や国家, 特 定 の(物理的な)工 場 もし くは 会社(建物) のこ とを指し てい る
の でもない こ とを 記 憶に とどめ ることが肝 要であろ う。 この点 に 関し て, シ ステ ム( または体系)の考えは 古 く からあ った とし て も, 今 日的 意味 のシ 不テ ムは異 なるの であ る。 例えば 体系に つ い て,「囲い 」,の あ る ものは, 政 治上 の社会 の仕組 みであ ったけ れ ども, この内 容 が現代に至 る と, 産業 化さ れた 経済 の局面に よって代 えられ てし ま ってい る。 囲い のな かの内容 が急 速に 変 化し てい る のに, それを 系 統的 に 意 味づけ す る手法がな かっ た。△現 実に 起 ってい る事実を 観察し て どんな囲い の 体系 があ る かを 見れ ば, 理論 が形 成さ れる とい う考え が先行し てい た。 し かし , これ ら の現象ぱ あ くまで, 社 会文 化的 進 化の部 分に過 ぎない のだ とい り ことが 最近に なって 改 めて認 識さ れた だけ であ ろ う。 これに対 し て, あ らゆ る社 会的 シ ステ ムに とって重 要 なこ とを 考え ようとする のがシ ステ ム思考 とい うこ とに なる。 社会的 シ ステ ムの 自己 形成 性 シ ステ ムが とくに 社 会的 シ ステ ムとし て 考え られ る と きに, 自己形 成性 が 特色 とされ る点につ き, 次 の ような 説明 がなされ る10)。 これは, シ ステ ムの 「 意味のあ る コ ミュ ニ/ケーショソ」を も とにし たシ ステ ムのこ とで あ る。 そ こで先ず 社 会的 シ ステ ムを 形 成す るのは 事象 であ り, 行 動であ る。し かし た だ事 象 があ った とか行動 がなさ れてい る といっ ただけ で は 何のこ と か分ら な いL し, まと まりのない 領 分に とどまってい るに 過ぎ ない 。 様 々な 事 象の間の 連 結が必 要であ る。 様 々な事 象が連 結され て, あ るかた まりもし くは ま とま りに なら ない と, 我 々の目にはあ る 意味を なし て こない 。 そ の際に 連 結させ るに は, コ ミュニ ケーション がな くては なら ない こ とに なる。 シ ステ ムが コ ミュニ ケーシ ョンを用い るとい うこ とは , シ ステ ムがそれ 自 体 のな かで 何 か活動 状態 を 保持し てい るこ とを示 唆す る。 コ ミュ ニケー-y ョ ンを なし てい る こ とに より種 々の 事象 が事象 だけ に とど まる ので な くて,あ る変 化 が生じ る発端を 生 んでい るこ とを 意味す る。 事 象A と事 象B とのコ ミ ュニケーシ ョン は, さらに 事 象C を 生じ る とい った単 純 な 様相 がい くつ も重 なっ てい るのが シ ステ ム内 部のプ ロセ スであ る。 こ の意 味で, 社 会的シ ステ ムが 「自己形 成的 シ ステ ム」 と呼 ばれ るのは 理解 できるノ さらに こ の内 容を 示す とす れば と うい うこ とにな る。丁社会的 シ ステ ムは, その シメ デ ムの コン ポ ーネン トとし て用を なす 事 象を 再 生す るこ とに よりは
経 営 組 織 と ワ ー ル ド イ メ イ ジ43 じ め て 存 在 す る 。 そ れ 故 に , 社 会 的 シ ス テ ム は , そ れ が 自 分 自 身 で 再 生 す 奉 事 象 , つ ま り 行 動 か ら 成 立 す る 。 そ し て 再 生 す る こ と が で き る 限 り で の み 生 存 す る 」こ と ○・-。 。 ト ・ 」 社 会 的 シ ス テ ム を 語 る に は 環 境 の こ と も あ わ せ て 考 え な け れ ば な ら な い 。 「 社 会 的 シ ス テ ム の 環 境 は 他 の 社 会 的 シ ス テ ム を 含 め る 」 と い う 陳 述 の な か に 問 題 を 見 る こ と が で き る 。 も と も と シ ス テ ム 思 考 は 特 定 の 国 家 と か , 特 定 の 政 治 , 家 族 , 社 会 な ど を 指 し て い る の で な く て , そ れ ら が 共 通 の 討 議 の 場 に お い て 問 題 と さ れ る こ と を ね ら う , い わ ば 枠 組 的 な 考 え で あ る こ と は 誰 も が 知 る 事 実 で あ る 。 し か し こ こ で い う 「 他 の 社 会 的 シ ス テ ム を 含 め る 」 は , 政 治 的 な も の も , 法 律 的 な も の も , 経 済 活 動 的 な も の も す べ て 含 ま れ る と い う こ と で は な く て , 例 え ば 経 済 的 シ ス テ ム の 環 境 は 「 他 の 経 済 的 シ ス テ ム を 含 め る 」 こ と を 言 う 。 そ れ 故 に 経 済 的 シ ス テ ム が 別 の 法 律 的 シ ス テ ム そ の 他 を 環 境 と し て い る と す る い う よ う な 言 い 方 を し な い の が , こ の 場 合 の 環 境 の 意 味 で あ る 。 し か し こ こ で 経 済 的 と か 政 治 的 な ど と い う 表 現 を し た け れ ど も , シ ス テ ム 一 般 を 語 る 場 合 に は 許 さ れ て い な い こ と も ま た 正 し い 。 し た が っ て 我 々 の 意 図 す る 社 会 的 シ ス テ ム は , 特 に 名 前 を あ げ る こ と の な い 特 定 の シ ス テ ム の 同 一 種 類 り 複 雑 性 に 目 を 向 け て い る こ と に な る 。 経 営 的 活 動 が 他 の 同 種 の 活 動 を 含 め る と き に 環 境 が 複 雑 に な っ た と い う こ と が で き る 。 こ の と き に コ ミ ュ ら ケ エ シa ソ の 役 目 は , 社 会 的 シ ス テ ム の 間 の こ と で あ る 。 と い う こ と は 複 数 の シ ス テ ム が 想 定 さ れ て い て , そ の 間 に 同 種 の 活 動 ( も し く は 思 考 ? ) が 支 配 す る こ と が 前 提 と さ れ な け れ ば な ら な い 。 そ う で な く て は コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン は で き な い レ 社 会 的 シ ス テ ム の 環 境 は 複 雑 で あ る け れ ど も , コ ミ ュ ニ ケ ー シa ン に よ っ て 相 互 に い り み だ れ た 関 係 に あ る と き に , そ う 言 わ れ る と 思 っ て よ い 。 社 会 的 シ ス テ ム は こ う 見 る と , そ う い う シ ス テ ム が 目 の 前 に あ っ て 見 え る と い う の で な く て ( も ち ろ ん シ ス テ ム は 視 覚 的 概 念 で は な い が ) あ る 事 象 な り 行 動 が ど う な っ て い る か を 見 た り 調 べ た り す る た め に あ る の だ と 分 っ て く る 。 こ れ を 「 オ ブ ザ ー ビ ン グ ・ シ ス テ ム 」 と い う 。 我 々 は こ の 点 が シ ス テ ム 思 考 の 本 質 を 持 つ も の と 判 断 す る 。 ユコ ミA ニ ケ ー シ ョ ソ が あ る 枠 の 内 部 お よ び 外 部 で ど の よ う に な さ れ て い る か を , い わ ば 漸 定 的 に 静 止 的 状 態 の な か で , 見
る ことを可能 にな るの が社会的 シ ステ ムの考え だ とい うこ とがで きる。 別の= 表 現を すれば,「 自分 自身 と, 自分 の環 境の 間の区 別のた めの, また そ の た め に 用い ること のでき るシ ステ ムであ り, 他のシ ステ ムを 自己 の環 境 のなか に(とり入れて)知 覚する」 よ うにし てあ る のが, 社会的 シ ステ ムの思考 方法 であ る。 = このあ た りが生物的 シ ス テ ムと異な ると ころ で もあ り, また 社会的 シ ステ ムがそ の点 で 何 か漠 然 とし た も のであ る点 を持つ こ とも確 かであ る。 そ こで も う少し 説 明の次元を 移し てみ る と,「社会」 とい う概念に 行き当 る(次元を 移すのがより高度になるのか,抽象レベルから離れるのかはっきりしないが)。 す な わ ち, ここでは 社会 とい っ でも, 社会的 シ ステ ムから展 開さ れ た社会 であ っ て,「社会 とは, あら ゆ る コ ミュニケ ーシ ョンを 含み,あ らゆ る コ ミ ュ ニ ケ ーシ ョンを 再生し, また よ り以 上 の コ ミュニケーシ ョン のため の意味あ る範 回を 形成 す るとい うところ の, 囲い のあ る社会的 シ ステ ムであ る」 とい うこ と になっ てい る。 社会は この ときに, い わば 最終 的な シ ステ ム次元 に到 着し てい る こ とに気 付 く。 すべて のコ ミュニケーシ ョンを 含む ことは, 既に外的 関 係が 消滅し て い る状態 かもし れない。 一体 現実 にそ うい うこ とがあ るか ど うかを 問 題にし てい ない。 社会は シ ステ ムが次 の スー パーシ ステ ムへ と拡 大す る過程 で の停 止 点 であ る とす るこ とがで き る。し た がっ て,「社会 が, 環 境 との関 係 な し に , または外 界的 状況 または 事 象 の知 覚なし に存 在す るこ とをい う」 こ とは 明ら かであ る。「例外 事例 とし て の社会」 が想定 ざれ てい るこ とにな る。 そ れは, 社会 が, コ ミュニ ケーシ ョンを 含む に際し て意味 あ る内容を 持つ と きに, 一時 的に( ?)外 界 と の関 係を 遮断し た とみなし て よい かもし れ な い。 コ ミュ ニケーシ ョン がそ の よ うな 状態 のな かではじ め て, 現 実的 内容を 持 つ こと ができ るのであ る が, そ れを 「シ ステ ム内 で の循環」 に よるも のと い うこと ができ る。 これを シ ステ ムが 「閉じ てい る」 と仮定 す るのは も うシ ステ ム論 の初歩 であ ろ う。 何故 にこ の ようなや や こし い 操作 をす る かと言え ば, 先程 か ら 語 ら れ た 「 意味あ る コ ミュニケーシ ョン 」 が重 要だ からであ る,つ まりシ ステ ム が 過 度 に オープン ならば, シ ステ ムと外 界 の境界 が不 明 確とな り, どの よ うな コ ミュ ニケーシ ョン がなさ れ るか が判別 できない であろ う。 社会 の中で 「意味
経営組織どワ- ルドイメイジ45 ある」 伝達活 動 が可能な のは, それ があ る範囲を 飛び 出し てい ない ため であ る。 結局, 社会 が 具体的に 含む ものは 「人間」 で あ る が,「意味のあ る」 とい う表現 が, 人 間に より理解 可 能な, 人 間 相互の関 係を 示 す のに ほ かならない。 社会それ 自体 が コ ミュ ニケーシ ョンす るの でな くて, 人 間 がコ ミュニケーシ ョンす る。 そ うすれば, 環 境は人 間 の存在に よってよ り「 意味 のあ る」 も の になる。 故に,「シ ステ ム(とくに社会的システム)はそ の外 界との 相互作用 の・ ために人間 の身体 と精神を 利用 す る」 とい う陳述 が説 得 力を 持つ。 シ ステ ムは オープンであ るが, 囲い がある(閉じた特性)とい う矛 盾し た 考 えを 前提に する ときに,そ れを 説 明す るために コ ミュ ニ ケーシ3^y のアイ デ アを用い た のだ が, 完全 な説 明 とは 言え ない。 ただ, シ ステ ム思考を 展開す ると, 当然 ながら社 会の 考え方 に(社会の理論ともいっているが)至 る と す る ことが, 我 々に たいし てあ る ヒン トを 与 え る。 それは 先ず シ ステ ムの考え が 社会へ と進 展し たときに,「我 々は, 社会 の概念 の定義 のた めに政 治 的 ま た は経済的, 市民的 もし くは 資 本主義的 指示 物を 必要とし ない」 で よい ことを 思い 起さ れば なら ない。 我 々は 当然 ながら, それぞ れ の国家 のな かに生 存す る から, 国家や, そ の 経済体制 のな かに否応 なし 囲 まれる こ とに なる。 それ が良い と か, 好 ましい かの議論は 際限 な く続 くかもし れ ない が, シ ステ ム思 考 の導 入に よって, そ の範囲を超え た ところ で, 討 議 が可 能にな る。 資本主 義的経 済を 否定した り。 国家体制 の批 判をし た りす るの でな くて,「特定 の事実 に たい す る偏 見 を 回 避す る」 ために, シ ステ ム思 考と採 用す るこ とに なる。 他方 では 社会 の思考 は, シス テ ムを 逸脱し て, 現実 味を 帯 びる とす る批判 はあ るが, 最終的 には, 社 会シ ス テ ムの課題 とし て社 会 の説 明が 具体的対 象 とならざ るを えない。 これにつ い て の手 がか りとし て,「社 会は生 活 の 事 実 であ る, つ ま り,人 間 は この事 実を もっ て生 活す る。 そし てそ うす るために は人間は 方向づけ の方 法 とし て 世界 社会 の イ メイジを生 み 出し, あ るいは単 にそれを受入 れ る」 とす る叙述 があ るII)。 もちろ ん これ だけ の文 章 では 社会的 シ ステ ムの発展 傾 向だけ があ るだけ で あ り, ど のよ うな意味 内容 が含 まれ るかつ まびらか で な い が,「 世界社会」 のア イデ アないし は イ メイジ こそ , 今後 のビジ ネ ス・ シ ステ ムの方向づけを
示唆す るものとみられるであろ ‰ 社 会 シ ス テ ム の 分 化 我 々 は 先 の 結 論 的 表 現 に 至 る に は な お 社 会 的 シ ス テ ム の な か で , 社 会 に 関 し て ( 世 界 社 会 の イj イ ジ で あ ろ う と な か ろ う と ) な お 若 干 の 説 明 を 加 え な け れ ば な ら な い12 )。 お よ そ 社 会 と い う レ ベ ル で 思 考 し て し ま う と , 特 定 の 宗 教 上 の コ ミ ッ ト メ シ ト が ど う か , 生 産 方 法 が ど う か , ど の よ う な 政 治 体 制 か の 様 相 を 超 え た と こ ろ に 問 題 点 を 発 見 す る こ と に な る 。 「 こ れ に 代 わ っ て, 我 々 は 社 会 的y ス テ ム の タ イ プ を 内 部 的 分 化 の 方 法 に よ っ て 定 義 す る 」 七 あ ろ う 。 古 代 の 社 会 は さ し お く と し て13 ), 現 代 の 社 会 心 分 化 は ど う な っ て い る の か を 見 る 。 す る と , 「 ヨ ・―-p ッ パ は 中 世 で は 宗 教 , 政 商 経 済 の 相 対 的 に 高 度 の 部 分 を 持 っ て い て , 次 第 に , こ の 社 会 は 機 能 的 に 分 化 し た シ ス テ ム へ と 進 化 し て き た 」 と い う の で あ る 。 シ ス テ ム 形 成 の 原 理 が 地 位 か ら 機 能 に 移 っ た の で あ る 。 ■ ■ ■ ■ ■ こ の 場 合 に , 無 数 の サ ブ シ ス テ ム と そ の 外 界 関 係 が 主 な 特 色 で あ る 。 例 え ば , 政 治 , 経 済 , 教 育 , そ の 他 の 社 会 の 機 能 が そ れ ぞ れ の シ ス テ ム と し て 存 在 し て い る14 )。 そ こ で は , 昔 時 の シ ス テ ム 観 と 異 な る の は , 「 サ ブ シ ス テ ム の 境 界 が も は や 共 通 の 領 分 上 の 国 境 に よ っ て は 統 合 さ れ え な い 」 こ と が 大 き な 特 色 で あ る 。 こ の 場 合 に , 政 治 的 サ ブ シ ス テ ム 以 外 は こ の 特 色 を 強 く 発 揮 し て い る こ と は ご 常 識 的 に 理 解 で き る で あ ろ うl ≪ 。 例 え ば 経 済 的 サ ブ シ ス テ ム は , 一 国 の 枠 組 の な か で は も は や そ の 機 能 を 果 し え な い こ と は は っ き り し て い る 。 そ れ な ら ば , 境 界 が 全 く 消 失 し て い る の か と い う と , 別 の 考 え 方 に 基 づ い て 説 明 し な く て は な ら な い 。 そ れ は, 「 意 味 の あ る 境 界 だ け が コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 活 動 の 境 界 で あ る 」 と い う こ と で あ る 。 経 済 , 教 育 な ど と い っ た サ ブ シ ス テ ム の コ ミ よ ニ ケ ー シ ョ ソ は , い わ ゆ る ワ ー ル ド ソ サ イ ェ テ イ に 拡 大 さ れ る 傾 向 に あ る の が 今 日 の 状 況 で あ る 。 し た が っ て, 「 資 本 の 再 生 産 の し か た が 異 な る と か , 種 々 な 国 家 の 発 展 程 度 が 異 な る か な ど と い う こ と は , 異 な る 社 会 を 区 別 す る た め め 説 得 力 あ る 根 拠 に は な っ て い な い 」 と い う こ と で あ る 。 こ の よ う に し て コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン を 主 と し て シ ス テ ム の 根 底 に 置 く と す れ ば , 機 能 的 分 化 が グ ロ ー バ ル ・ シ ス テ ム を 形 成 す る0 は 間 違 い な い か も し
経営組織とワールドイメイジ47 れない。 コ ミュニ ケー-y ョン ・ ネット ワークの拡 大を 阻止す るこ。とは できな い。「すべ て の社 会は, 自分 が伝達す るこ とのできる あら ゆ る事柄 の 領 域 の 内部で, コ ミa ニケーシ ョンを なす」 と言い かえ て 屯よい。 し た が ってコ ミ ュニケーシ ョン でき るとすれば, い くら でも拡大し て 行って最終 的には グロ ーバルにな っ てし まう。「あら ゆ る社会に とって暗に 含め られ てい る 意 味 は 世界であ る」 とす る表 現に 賛成す るこ とができ る。 十 もはや この時 には ひ とつ の社 会的 シろテ ムし かない とい って も言い 過ぎで はない。 とい うことは人 間 のあ らゆ る コミュニ ケーシ ョンIが拡 大し て行って, 換 言する と, 人 間 の コ ミュら ケーシ ョソを含 め るこ と がひ とつ のシ ステ ムと し て具体化し て くるこ とに なる。 こ れは人 間の コ ミュ ニ ケーシ ョ\ソがあら ゆ る領域に拡 大 可能だ とす るは なはだ 楽観的 な立場 に基 づ くこ とも否定 できな い。 コ ミュニ ケーシ ョン が意 味あ るも のに な る とは, この よ うな人 間 の伝達 活動 が主役を 果し てい るこ とを示 す。 ル ーマン は上 記 の如 く説明し た後に,現 代 の社会が,「ひ とつ の ワール ド・ ソサイェ テ ィ」に な るに 当 って, そこには 次の如き2 つ の意 味 が あ る と 語 る16)。(a)現 代 社会は , ひとつ のシ ステ ムのために, ひ とつ の世 界を 提供す る, (b)現代社 会は, 世 界 のすべ ての 領域を 統合し て, コ ミュ ニケーシ ョツ ・シ ス テ ムの領域な らし め る と。 こ の2 つ の命題 は, 先 程の説 明の まとめ であ る。(a) にお い ては, 例え ば経 済シ ス テ ムがひ とつ の ワール ドシ ステ ムに なる事実 は我 々の体験 す る ところ であ る。 経営 活動は これにあ わ せ て組織 化さ れねば なら ない であ ろ う。(b)におい ては , 統合され ることは 結局 コ ミュニ ケーシ ョ ソ・シ ステ ムが形成 され る ことであ り, 他に方 法 がない とい うこ とを 示す。 経営活動は , 世界 的規 模 で考え る と,所 詮はコ ミュニ ケー-y ョン の問題 のな かに 集約さ れ るこ とに な るであろ う。 具 体的 な 例では , 組 織におけ る人間 相 互の理解 が拡 大さ れ て, グロー バルな関係 が形 成され るこ とであ る。 さ て, 分化 につい て語 るならば, 必然的に 統合 が語 ら れ るけ れ ども,我 々 はここで も統合 の意 味が 従来 の理 解を 超え てい ることを 察知す る。し かし , 分化 があ るか ら統 合し な くては なら ない とい う意味で, 統合に つい て 触れて い るのでは ない こと も事実 であ る。 つ まり統合が, ア イデン テ ィ テ ィ(の集 合)とか, すべ て の人間 が同一 の価値を もつな ど とい った 原理に 支配 さ れ な いこ とが大 切 なの であ る。 国家 的レ ベルで 考え ると, 統 合は, 指導 的な 価値
を すべ ての人 が確認し, そ れに従 うこと が強 要さ れ る( 相対的な程度の問題で あるが)。 統合 はあ た かも素晴らし い手 段 または 結果( ?)の よ うに 見え るが, 必 ず し もそ うい うこと では ない とす る主 張を 認め よ う17)。 先 程 から 提示 された 自 己 形成 的 シ ステ ムの内容を 見 る と,そ れ が, エレ メン トの構成 と, 境界 の設 定を 通し てはじ めて可 能な ことは既に 触 れた。 この ような シ ステ ムのなかで は , 分化 がな され ることについ て も語ら れた。 つ ま り, 分化は, 同一 性に逆 行す る ものであ る。 情報 伝達 が可 能に なる こ と, つ まり情報を 知覚し それを 処理 す る可 能 性を 与え る のは 分化 であって, 同一 性( アイデンティティ)では ない ことを 知 るべ きであろ う。 も うひ とつ の 問 題点 は 情報や 分化は, 境 界内で行 なわ れ るこ とであ る。 囲い のあ るシ ステ ムのな かでなけ れば, 情報は 伝わらた いし , 確実 性はわ ず かであ る。 コ ミュ ニケーシ ョン とはそ うい うことな のであ る。 この ことは, シ ステ ムと外界 の認 識を いや で も強 くさ せ る。 と同時に シ ス テ ムが囲い のあ る存在な のだ とい うときに, そ れは 統合 さ れてい るか どうか を 意味し てい ない こ とも知ら ねば なら ない。 か くて, これら の 内容を 端的に 示 す の が次 の如 き陳 述であ る。「シ ステ ムと 外界(環境) の間 の分化 の厳 格さ は, 統合 の程 度(これがどんなことを意味し ようとかかおりなく)よ り も 重 要 で あ る かもし れ ない。 とい うのは形態 形成 的 過程は, 新し き構造を 形成す るた めに は, 分 化を 使用 す るのであ って, 目標, 価値 もし くは同一 性を 使用 す る の では ない から であ る」 と。 お よそ組 織 が形成 されて行 くのは常 識的 に は統 合や同 一 性 が欠 くべ から ざ る条件( ?)であ り,し かも√ 統合 な くし ては 組 織はない ように思わ れる が, こ の思考過 程を 破 るのが, 分化 の思考 であ る。 人 が コ ミ ュニケーシ ョンを よ くす る こ とは 組 織が発展す る ことであ り, 形成 が進 化す ることであ る。 だか ら とい って, あら ゆ る事 柄が平 等に進 行す る とは 限 らない とい う厳正 な事実 もまた他 にあ る。「現代社会 は, とくに, 生 活条 件 の不 平 等 の程度と 両 立 で きる のであ る が, 但し , こ の不 平等に よっ て コ ミュニケ ーシ ョン が妨害 され ない 限 りの ことであ る」 とい う表 現は重 要 であ る6 この不平 等 の内容に つい て吟味す る余 裕は ない が, 種 々な 意味に解 釈され る とし て も, シ ステ ムのエレ メソ トがあ ら ゆ る場 合に, 同等では ない ことを
経営組織と7 ―ルドイメイジ49 初め から 認 め てい るとみ てよい であろ う。 重要 な のは, コ ミュ ニケーション が可能 か ど うかであ る。 これ が切断 され る か, 成立し ない 場合に はじ めて, 社会 の存 在 が否定 され る ことに なる。 不 平 等は 道徳的 には認 められ ない が, システ ム的 には認 めら れるこ とに な る(とい うのは我々は道徳論を行なっている のではないからである)。 このと ころ が現代 社会を 伝 統的 社 会 から 区 別 す る 要 点であ る。 つ まりコ ミュ ニケーシ ョン の存在は シ ステ ムの内 部での「 自己制 御的 過 程」 が機能し てい る ことを 知ら せ るも のであ る。 ワ ー ル ド ・ ソ サ イ エ テ ィ と 文 化 の 標 準 化 社 会 的 シ ス テ ム の 思 考 を 拡 大 す る と , 究 極 的 に は ワ ー ル ド ・ ソ サ イ ェ テ ィ の 思 考 に 至 る こ と は , こ れ ま で の 説 明 が 指 摘 し た が , 我 々 は , も う 少 し , こ の 関 係 を 追 究 す る こ と に す る ○ ■ 初 め に , こ う い う エ ピ ソ ー ド か ら グ ロ ー バ ル 思 考 の 存 在 を 知 る18) 。 産 業 活 動 に お い て , 垂 直 的 分 業 が 産 業 化 さ れ た 国 と 産 業 化 さ れ な い 国 の 間 に 存 在 し て い る と す る 解 釈 ( ま た は モ デ ル ) が , 普 通 で あ っ た こ と は 容 易 に 分 る こ と で あ る が , そ れ だ け で よ い の か と す る 疑 問 も 他 方 に あ る 。 今 町 多 国 籍 企 業 の 内 部 で の 分 業 が 存 在 し て い る 事 実 に 直 面 す る と , 上 記 の 垂 直 的 分 業 概 念 で は 済 ま さ れ な く な っ て く る 。 産 業 化 の 発 展 の 度 合 い よ り も , 産 業 化 と は も と も と デ ペ ソ デ ソ ト な も の な の だ と す る 考 え を し た ほ う が 合 理 的 な よ う に 思 わ れ る 。 古 い モ デ ル か ら の 転 向 が 必 要 と さ れ る こ と に な ろ う 。 経 済 的 シ ス テ ム の 例 に お い て は こ の よ う に , シ ス テ ム の 枠 組 が 次 第 に 拡 大 さ れ て い っ て, ‥ 究 極 的 な ワ ー ル ド シ ス テ ム の な か で 考 え た ほ う が 都 合 が よ く な っ て い る 事 実 に 注 目 し た ま で の こ と で あ る 。 こ れ は 経 済 シ ス テ ム ば か り で な く , 他 の サ ブ シ ス テ ム に つ い て も 伺 じ 考 え 方 が あ て は ま る で あ ろ う 。 ま た そ れ と 同 時 に , グp 一 バ ル な 思 考 は 複 雑 化 と 変 化 の 知 覚 を 我 々 に も た ら す こ と も 否 定 で き な い 。 こ れ は 一 体 ど の よ う に 説 明 す る の で あ ろ う か 。 つ ま り , シ ス テ ム 思 考 に よ り , あ る 意 味 で は 単 純 化 の 努 力 が な さ れ る と 共 に , 現 実 に は 複 雑 な 現 象 が 広 が っ て い る 事 実 に 直 面 す る と き , ど の よ う に 考 え た ら よ い で あ ろ う か 。 そ の こ と を 説 明 す る 文 章 は 次 の な か に あ る 。 「 ワ ー ル ド ・ ソ サ イ ェ テ ィ の 像 は 当 然 な が ら , 人 が 叙 述 し よ う と す る 現 実 の 複 雑 性 を 低 く す る , し か し 像 の 単 純 さ は , つ ま り , そ の エ レ メ ン ト の 数 を 限 定 し , そ の 内 部 的 な 。
論理的統一性に制限を 加えることは,正確さの保証にはならない」 と。 我 々は,この説明から, システ ム思考は無用 とか,複雑性のためにアプロ ーチを放棄するとい うのではない。そ うではなくて,世 界像の不正確さぱあ ってもなお グp・―パル思考を援用することを主張する。その第1 の表現方法 のな かで我 々は このように聞く。「複雑性や変化が増大し てくると我 々 の 目 に映 ってくるものは マスメディヤに よって作り出され伝達された大量の情報 にもとづくのであ る。マスメディヤは この場合,変化を 強調し,予知不可能 性の印象を強くさせるものである」 と○ 我々はマスメデ ィヤの作 り出したものが駄目だから, 逆にシ ステム領域を 狭くし て,そのなかでのみ思考し ようとい うのでなくて,その内容がどうで ある うと, もはや現状がこ うなってい ることをそのまま承認し なくてはなら ない。各々のサブシステムはもはや拡大的なサブシステ ムでなければやって 行け ないからである。 ニ これに対し て,犬我 々の知覚は必ずし もばらばらではないこともある事実が 認められる。それは,「世界に また がる組織体に よって生み出された 標 準 化 された情報お よ\び ネット ワー ク」 があ るからである。な かんずく,各サブシ ステ ムが機能できるのは,サブシステ ムを含む世界的規模の組織体が形成さ れ るようになったためであ る。 この組織を通し てみると, ワニルド・イメイ ジが形成されるようになると共に,統一のある像が表面化し てくることにな る。 犬 ニ その秘密はどこにあ るのであろ うか。それは世界規模0 組織がもたらす情 報のせいである。 これは 丁制度化された世界文化の存在を前提にし ている」 からである。ここにい う制度化とは,管理支配の悪し き印象を含むのではな くて,誰もが理解し,受入れることのできる,一般化し た事象,習慣,物, 知識を指し てい ると解し てよかろ ‰ それは先のマスメディヤに よって予め 準備されたものであ る。成程,今日でもかなり,世界の風俗,習慣について 異なった画像を 見るけ れども,それが何となく誤解さ れ な い で(誤解される ことも多い力づ 済んでいる様相を想起し てみるとよいであろ う。 文化の標準化が進行し ているのである。さもなけ れ ば,「世界的規模に標 準化し た情報は意味をなさない」 ことになるであろ う19)。 特定 の場所的な, システ ム内での情報を 超えた ところでの情報を利用し, また拡散させるのが,
経営組織とワールドイメイジ51, 世界規模 の組 織体であ り, 我 々の関心 領域にお い てはレワ十 かごド ・:エソ タプラ ニイゲズ, 国際 企業,多 国籍 企業 であ る(世界的な広がり力 組織の代表は国連である がにここではそれに触れることはしない)。)企業 のみ がそ(々よ万 な 規模 と し て み トら れ るのでは な くて, 他 のものも存 在す るか 屯し れな い 力≒=レ……今 のところ十 分 根拠 のあ る実例を提 出す るこ とはで きない。 どちらに し て も経営組 織が文 化 の標準 化に一 役 かっ てい るこ とは事 実な のであ る。 …… ………\ ……: 我 々は先程, 社会的 シ ステ ム思考 が, 国家 と か,十特 定 の民 族 の枠 を超えた ところ で の討 議を可 能犀す るこ とに 言及し た のだ が,ヶそれを 展 開し たダのが グp − バル 思考であ る。 そ の とき5・ グpr ー バル の社 会は ,「相 互作 用り 世 界 \規 模的領 域 があ り,そ の最小単 位は個 々の メン バ ーであ る」 とい うこ とになノる。 ①つ まり, 我 々は 個 または個 人 から一 気に ,途 中 の制約 的な 枠構 造を 超えて, 世界 の イ メイジに飛 躍す るこ とにな る。 これを 具 体的 に 負担し:たり が経済的 経営 の うちで も, 世 界的 もし くは 国際的 経営 とい わ れ るも のである。六 大 我 々 は こ の よ う に し て 世 界 的 シ ス テ ム と 個 人 の 関 係 を 知 る よ う に な る り だ が , 。そ れ に つ い て は 世 界 文 化 の 課 題 が 深 く か か お っ て い る こ と ‥も ま た 考 え な け れ ば な ら な い 。 以 下 に つ い て こ の 関 係 を 若 干 考 察 す る こ と に す る20 )。 ≒ 世 界 の 規 模 で 考 え る ご と は , 「 イ ン タ ー ナ シ ョ ナ ル ・ シ ス テ ム も し く は 政 府 間 の シ ス テ ム の 概 念 よ り も 広 範 な も の 」 を 意 味 す る 。 し か し こ の 場 合 に 。 生 活 し て い る 個 人 は , 依 然 と し て 次 の よ う な2 つ の 視 点 分 間 に 存 在 し て い る こ と に ぱ 変 り は な い 。 す な わ ち , グ= ― バ ル ・ シ ろJ テ ム の な か に い るノと し て も,,11 そ の メ シ バ ー は , 国 家 的 社 会 ま た は サ ブ 国 家 的 社 会 の メ ン バ ー と \し て 行 動 し て い る の で あ る 。 し か も そ の よ う な 行 動 が 表 面 上 に で て く る の は , む し ろ メ ン バ ー が 「 よ り 広 い ( 外 的 な ) 世 界 」 を よ り 意 識 し て い る 場 合 だ と い っT て よ い で あ ろ う 。 他 方 で 自 分 自 身 の 置 か れ て い る 社 会 を 眺 め 右 と き に, ∧と か く 自 分 の 所 属 す る 社 会 層 の 観 点 を 守 る こ と も ま た 事 実 で あ る ○ ・。 要 す る に 絶 対 的 に 無 国 籍 的 に 活 動 す る ワ ー ル ド ・ ソ サ イ ェ テ ィ の メ ン バ ヴ は あ り え な い わ け だ が , そ の :こ と が グ ロ ー バ ル の イ メ イ ジ を 妨 げ て い な い の だ と す る 主 張 が 行 な わ れ る こ と に 注 目 す る こ 。 し か し そ の 前 に , 我 々 \の 経 験 す る と= こ ろ に よ る と, ワ ー ル ド ・ ソ サ イ ェ テ ィ は あ く ま で 想 像 上 の 事 柄 で 。 あ る の で, し我 々 が そ う い っ た 「 社 会 の ア イ デ ソ 尹 イ \テ ィ: を 共 有 し た 真 の 世 界 市
民」 であ るとと があ りえ るの かど うかの疑問 も含 めな くては なら ない。 この 事実を 分 りや す くす るために , グロ ー バル・ソサイェ テ ィの イ メイジ か生成 すればす るほ ど, かえ っ てナシ ョナリ ズ ムが普及す る現 象があげ ら れ よう。 明ら かに こ の現 象は 奇妙 であ り, 新し い(? )国際感覚 に 矛盾し ない の で あ ろ うか。 この点 に関し て我 々の対 象とし た 国 際的 企業は また反 面を 持つ こ とが知ら れ る。「 ワールドレ ベ ルにお い て経済的 な不均 合に 橋渡し を す る共 通 の 文 化 は存 在し ない。反 対 に, そ の ような不 均 合は, 国家的 または地 方的 水 準にお け る よりももっ と明白に, ワー ルドレ ベルにおい て知覚 され る」 とす る指摘 があ る。 グl=・一 バル 感覚 もし くは イ メイジを形成 す る代表 者 とし ての経済 経 営(国際企業) がこれ までや っ て来た ことは,確 かに功 績 とし て認 め ら れ る け れ ども, また 他方 で文 化的 な側面 へ の配慮を かなり欠 きな がら, そ のよ う な イ メイジを育 成し て きた こ と が知 られ るであろ う。 ワール ド・ ソサ イェ・テ ィに なれば なるほ ど, かえ って カルチ ■V―・シ ョ ッ クが強 くな る とい った事 象を教 えてい る。 し かし ながら この現 象を もっ て直ちに 個人 が ワール ド・ ソサ イ。エテ ィ・ イ メイジを 失 うとか, 必要 とし ない な ど とい ってい るのでは ない。 確 かに一 国 のな かに 生存す る個 人は, 政 治問題に つい ては個人 では ど うに もなら ない こ とを 十 分承知し てい る。 そ の現象を 見 るならば, グロー バル・ イ メイジ など は存 在し ない こ とに な る。 政 治問題 は 国家に委 ねるこ と が多いし , 国家 の得 意 とす る分野には違 い ない。 ところ が個人は,政 治意識 に 支配 された くない 側面 も持つ。 つ ま り,あ る個人 が別 の国家 へ移住し たい と希 望 す る(亡命も 含めて)こと がそ れ であ る。 こ れは 明ら かに, 国家 の海 外政策 家 の 意 図 もし くは 国家的 利益 と一致し ない 認識 が個 人 のなかに育成 さ れてい るこ とであ る。 そ の とき個人は 国家 の枠 組を 超 え て ワール ド・ ソサ イェ ティに 結 びつ く。あ ま り良い 例 とはい え ない が, 国 際企業 に 働 くこ とは,別 の意味 で, 当該 国家 の政 治体制を 超えた環 境に 置かれ る ことで もあ る。 そ の とき, グl=l一 バル ・ イ メイジは意識 す るかし ない かに か かお りな く出現 する と見 る こ とができ る。 一 般的には, 相変 ら ず ワー ルド ・イ メイジ は明確 では ない 。 個人は 自己 の 労 働条 件と他国 とのそ れを 比較し た り, 国家 体制 の比較をし た りす る が, そ \の程 度では ワール ド・ イ メイジ が確立さ れた とは 言えな い。 こ れは多 分に,
経営組織とワールドイj イジ53 個人は 自己 の 置かれ てい る環 境に影 響され てい るせい であ る。 さら に, ワー ルド・ イメイジ の不 明確性は, イ メイジ の内容 が大雑 把な 分類形 式にお ちい うてい る点に も注 意し な くてはなら ない。 例え ば 戦争 好き の 国と, 平和愛好 の国, 富め る国 と貧乏 な国 の捉え方 な どは 良い 例 かもし れ ない。 なかんず くイ メイジ が環境 に左 右され る点に関し て 付言す るとす れば, 人 は外国の政治 体制 よ りもど うし て も国内 の事情に関心 を多 く持つ こ とは否定 できない。 自己 の身 の まわ りの 事象に より人間 の意識 が形 成 され る ことは社 会化 であ るとは 社会学 の教 科書 の通 りであ ろ う。 我 々は かな り この過程に よ り,我 々自身の 見通し を形 成 される 筈であ る。 近 隣の人 たち に直接的 関心を 置くことが グロー バル ・ イ メイジを 弱 くす る。 だ から こそ, 逆 の現 象とし て 家族にたいし, また地 域社 会に, さらに 国家 にたいし て の忠 誠 心 がっ くり出 されるわけ であ る。 国際的 経営 と称 さ れる領 域におい て, ワール ド・イ メイジ とモ の弱化 の関 係を 解明す るこ とは まだな され てい ない。 す なわち, 企業 経 営 が グpi ーバル とな り, また企業 経 営 が グローバ ル意識を もたらす こ とに よ り, 国家 意識を 超えた ワール ド・イ メイジ が醸成 され る事実 が一 方に あ る。 他方 で, グpiー バルな 企業 は当然 ながら, 場 所的 にあ る国家 の中に 置 かれ, そ こに 住居を 有 する人間に より構成 され ざ るをえ ない。 そ の人間 は当然 な がら, 自己 の周囲 に たいす る関 係 が深 く, またそ の よ うにし て成 長し て来 た。 企業 が この人 間 に たいし て何ら かの意味 で の コ ミットを 求め, さらにそ れ が深 まった現象 と し ての忠 誠心m 情的,態度)を 要 求す る ように なる とす れば, 一 体どの よう に理解し たら よい のであ ろ う。 犬 も う一 度, この問題を と りまとめ ると次 の ように説 明 され る。 経営 が各 地 に進出し, そ れは ワール ド・ビジ ネス とし て, ワール ド・イ メイジを 形成 す る。 他方 で, 経 営 自体は 自己 の活動を す るた めに, 現地 におけ る人 間 を(程 度の差は別にして)採用し , モ の活動(労働という抽象性を超えて)に 依 存 し な け れば なら ない。 そ の人 た ち が経営 に より深 くコ ミット(感情的にも, 現実の 聯 働においても)すれば す るほ ど経営 の成 績が上昇す る。し かし ,経 営 がそ の 人 たちに コ ミット メン トを 要求す る ことは, 既 に, ワー ル ド ・イ メイジ から 離 れるこ とに な りはし ない かとす る疑問 であ る。y 一方におい ては, ワー ル 下思考を 振 りかざし , 他方に おい ては 自己 の狭い
領 域 の 活 動 に 人 間( の精神)を 制 限 す る‥こ と はjどう 解 釈し た ら よい の で あ ろ う か。 一 体 全 体 企業 経 営 は , 人 間 の 忠 誠 心 の よう な も の は 不 必 要 な の だ ろ うぺ か。 そ の よう な も のなし に , 専 ら , 科 学 的 に や って 行け る の か ど うか。 我 夕 は こ の よ うに 次 々に繰 出 さ れ る質 問 に 正 面 か ら 答 え る こ と が で き な い 。 お よ。 モ グ1==1− バ ル と か ワエ ル ド とい う表 現 のな か に は, ‥ど うし て も場 所 的 なmm か ら 出 る こ と の で き ない も のを 含 ん で い る の か もし れ な い 。 グ ロ ー バ ルな も の が, イ メイ ジ とし て 存 在 す る うち は よい か もフし れ な い が, 経 営 活 動 とし て 。 殊 に , あ る場 所 に お け る 生 産 ない し は 業 務 活 動 とし て 具 体 化 さ れ る と き に , 矛 盾 を 含 む こ とに な る。 つ ト 成 程 , ワ ー ル ド 思想 は 美 事 な も の で あ る が , そ れ が, 経 営 活 動 のな かに 具 体 化 さ れ る と き , 上 記 の よう な 問 題 点 があ る と す れば , 我 々 の 次 の 説 明 に 進 む こ と が で き な い。 とす れ ば , 既 に 若 干 触 れ ら れ た 文 化 的 側 面 へ の 注 目を 思 い 出 す の か よい であ ろ う。汀 個 人 の 持 つ ワ ー ル ドの 見 解 は 全 体 とし て は ぼ ん や りし た も の で あ るけ れ ど も , 近 年 , と くに , 第2 次 世 界 大 戦 以 降,j 世 界文 化 が 出 現 し て き て い る」 とす る 叙 述 の な か に あ る 種 の ヒ ン トを 発 見 す る。犬 我 々は 常 識 に な っ てい るり は こ の 種 の 現 象 が コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン の 発 達 ( とくに 機械的側面 での)に 伴 っ て , 文 化 の 伝 播 が 異 常 に 急 激 な こ とは 第2 次 大 戦 後 の こ と だ とい うこ と で あ る。 こ れ は , 伝 達 の 中 心 と な る 機 関 とし て の 企 業 , さ ら に は , 国 連 な ど の 存 在 が 大 き な 役 割 を 果 し てい て, そ こ で は ,「 世 界的 規 模 の 社 会 的お よ び 経 済的 尺 度 の 利 用 に よ っ て, ま す ます 世 界文 化 が 制 度 化 さ れ て きた 」 の で あ る。 こ の よ うにし て コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョン が先 か, 経 済 活 動 が 先 か の 議 論 は 別 に す れ ば , 先 ず も っ て, 世 界的 規 模 の 組 織 が 成 立 し な い こ と に は い かな る ワ ー ル ド ・ イ メイ ジ も で て こ な い と い う理 解 が 得 ら れ る。 た とえ コ ミ 立う ケ ー シ ョソ が かな り の 程 度 あ う だ とし て も, そ れ を 利 用 し た のは , 結 局 , グロ ー バ ル ・ サ イズ の 組 織 だ か ら であ る。 し か も , グロ ― バ ル に 活 動 さ れ る コ ミ ュ ニ ケ ー シa>' の 内 容 は , 社 会的 お よ び 経 済 的 尺 度 も し くは 指 標 な の で あ るo ’II 。 ワー ル ド 意 識 が こ の よ うな 指 標 に よ り 育 てら れ る こ とは , 別 の 見 方 から す れ ば 好 まし から ざ る事 象 か もし れ な い 。 し かし , 我 々は こ の 事 象 を も は や 動 か す こ と の で き な い ほ どに 世 界的 広 が りを も っ て , し か も 人 々の 意 識 に 入 り こ ん だ の が こ の 指 標 尺 度 で あ る。 そ れ は ,「文 化 が 制 度 化 さ れ た 」 こ と を 明
経営組織とワールドイメイジ55 確 に 示 す 。 こ の 尺 度 で 物 を 語 る な ら ば , 相 互 の 理 解 が 進 行し , また , も づと 別 の 次 元 で 見 る な ら ば , 事 象 の解 明 は こ の尺 度 に よ る も の と決 め ら れ てい る
こ とに な る。 上 \
であ り, 或い は大 都市に 移住す る こ とであ る」23)と。 グローバル社 会 が人 のイ メイジ のな かに形 成 される とし ても, 現実 の適用 は 異な ること が分る。人 は どの よ うな イ メイジを 持 と うとも, 自分 の都合 の よい 行動を と る。 た とえ 国際的 経 営 が(現実に)存在し よ うとも, そ こ に 働 く人 の具 体的 行 動は異 なる ことを 示 す。 そ うい う意味 で, 経営 行動におけ る 個人は 当 てに なら ない(ということは信頼できないということではないが)。 例え ば 経営 にたい す る帰属意識, 仕 事状 況へ の没 頭, 勤労 意 欲 の 向 上(も七くは モチベイシa ン)などとい った課題 は, かな りワール ド・ イメイジとし て, グ 芦一バ ル・ ソサ イェ テ ィのな かにあ る筈であ るが, ど0 種類 の国 際経営にお い て 乱 同じ よ うに,同じ ような程 度に実 施 されてい るの では ない。 すなわ ち,「同じ 圧力 が異 なる社 会 一経 済的 コン テ クストに たいし て行使 さ れ て い る」 の が現実の姿 なの であ る。 終 り に シ ステ ムとい う用語は ほ とんど常識 的に 使用 されてい て,い まさら我 々の 解説 する 余地の ない よ うに 見え るけ れ ども, よ く調べ てみ ると, かな りの部 分 が未解 決だ とい うこ とが分 る。 先 ず, シ ステ ムは,生 物 的シ ステ ムと社 会 的 シ ステ ムと異 なる ことは, かな り よく知 られ てい る。 経 営活 動は後 者の領 域に属す るけ れど 乱 そ うかとい っ て, 一 般的 なシ ステ ム思考 なし には また 共通 の討 議がな されない とす る矛盾を 含む。 また, 社 会的 シ ステ ムは 内 部の コ ミュ" ケーシ ョソ過 程を 通し て分化 が継 続的 に進 行す る。 この ことを シ ステ ムの自己 生成 性 もし くは自己 形成 性とい うことに す る。 コ ミュニケーシa ン とは人 間 のコ ミ ュ ニケーシ ョン が主体 で あ っ て,これ があ るた めに,シ ス テ ムが存 続可 能な のであ る。し か も, コ ミ ュ ニ ケーシ ョンを 通し て, 何事 かが生 起し うる のは ある程 度 囲い のあ るシ ステ ム(極端に クptーズドセないにし ても)のな かでない と駄 目な こと も判明し た。 こ。の種 のシ みテ みの究 極の もの が ワール ド・ ソサ イェ テイである。 これは い わば一 時的に 外 界を 捨 象し た存 在 であ り, あ たか も, も うそれ以 上の外 界 は ない もの とみなし てイ メイジ のな かに の み存 在す るシ ス テ ムであ る。 この 思 考 が成 立し ためは, 具 体的に は ワール ド・エ ソ ダプ ラ イズ, イン タナ ショ ナル ・ビジ ネjスの形成 さ れたため であ る。 し かし, コ ミュ ニケーシB ソ が先
経営 組織 と ワ ールド イ メイジ57 か , グl==・一 バ ル ・ エ ソ ク プ ラ イ ズ が 先 か の 問 題 は は っ き り し た 説 明 が な い 。 ま た , こ の よ う な ワ ー ル ド ・ シ ス テ ム の な か で は , 統 合 よ り も む し ろ 機 能 的 分 化 が 重 視 さ れ る の が 特 色 で あ る 。 そ こ で ぱ 道 徳 的 意 味 を 別 に し て , 不 平 等 の ほ う に 中 心 が 置 か れ る 。 ワ ー ル ド ・ ソ サ イ ェ テ ィ は , 具 体 的 に は 企 業 経 営 の 活 動 ( ま た は 組 織 ) と 大 い に 関 連 す る 。 い わ ば 経 営 組 織 が 負 担 す る と み な す こ と が で き る 。 こ の ほ か に 国 連 な ど の , 世 界 的 規 模 の 組 織 が か な り の 貢 献 を な し て い る こ と は 否 定 で き な い 。 し か し ワ ー ル ド ・ シ ス テ ム を 現 実 に 稼 働 さ せ て い る の は ビ ジ ネ ス 活 動 で あ る こ と も 真 実 で あ る 。 十 お よ モ ワ ー ル ド ・ シ ス テ ム と し て , た と え 人 間 の な か の イ メ イ ジ の 存 在 に せ よ , あ る の は , 世 界 の 文 化 が 標 準 化 し た た め で あ る 。 そ う で な け れ ば あ る 国 に お け る 企 業 が 他 の 国 へ と 進 出 す る こ と は で き な い 。 こ れ は 別 の 表 現 を す れ ば 文 化 の 制 度 化 で あ る 。 制 度 化 さ れ た 文 化 の な か で 人 は ま す ま す 国 際 的 に な る の は , つ ま り ワ ー ル ド ( グ ロ ■―バ ル ) ・ イ メ イ ジ を 持 つ か ら で あ る 。 文 化 的 内 容 に つ い て は , 殊 に 社 会 的 一経 済 的 指 標 が 重 視 さ れ る の が 今 日 の 状 況 で あ る 。 こ れ は , 国 連 の 統 計 な ど が 主 と し て そ れ に よ っ て 世 界 の 状 況 を 説 明 す る こ と に 帰 因 す る と 共 に , 先 に も あ げ た 企 業 経 営 の 本 質 が , い わ ゆ る 経 済 的 経 営 な の だ と い う 証 明 で も あ る 。 七 か し , 個 人 の レ ベ ル に お い て は , イ メ イ ジ と し で は 存 在 す る が , 現 実 と し て は な か な か グ ロ ー バ ル と は な り え な い 事 実 も 他 方 に あ る こ と も 否 定 で き な い 。 た と え , 経 営 の な か で の 人 間 尊 重 が ワ ー ル ド ・ イ メ イ ジ と し て あ る と し て も , そ れ ぞ れ の 環 境 の な か で 異 な る 表 わ れ か た を す る 。 さ ら に , 個 人 は 自 分 の 都 合 の よ い 時 と 場 所 で , ワ ー ル ド ・ イ メ イ ジ を 使 い 分 け る か も 知 れ な い か ら , 当 て に な ら な い と い う ご と が で き る 。 ∧ 十 今 日 の 経 営 活 動 な ら び に 組 織 は , た だ 経 営 と か 経 済 と い っ た キ ー ワ ー ド を 中 心 に 考 え て い た の で は,理 解 で き な い こ と が , 上 記 の 説 明 で は っ き り し た 。 我 々 は 。 そ れ を 超 え る に , 社 会 的 組 織 ( 既 に 社 会 学 で 利 用 し て い る が , こ こ で は そ れ とは ニ ュ ア ン ス が 異 な っ て い る ) や , ワ ー ル ド ・ イ メ イ マ を 通 す こ と に し た 。 し た が っ て , こ れ は 国 際 的 経 営 そ の も の の 解 説 で は な く , 経 営 組 織 が , 何 故 , シ ス テ ム な の か , そ れ が グ ロ ー バ ル ・ イ メ イ ジ に 結 び つ く の か に つ い て の 若 干 の コ メ ン ト な の で あ る レ ー・ ・ =I
1)N.Luhmann,TheWorldSocietyasaSocialSystem,in:Int.J. ‥GeneralSystem ,1982,Vol.8.pp.131-138.2 ) こ の 思 考 は 次 の も り か ら 採 用 す る 。InternationalSocialScienceJournal,Vol. χχχIV,No.1,1982.:ImagesofWorldSociety.3 ) 例 え ば,F.E.KastandJ.E.Rosenzweig,OrganizationandManagement,StudentEdition,1979,p.102 に お い て , 一 般 的 シ ス テ み 論 の 主 要 概 念 を あ げ て い る 。 そ こ で は12 の 分 類 を あ げ て い る が , 自 己 形 成 性 に。合 う も の と す れ ば ,Holism,Synergism ,Organicism,andGestalt か も し れ な い 。 し か し そ の 内 容 を 読 ん で み る と , 自 己 形 成 性 そ の も の で は な い こ と が 分 る 。4 )D.Katz,andR.L.Kahn,TheSocialPsychologyofOrganizations,2nd,ed. ,NewYork,1978 , を 中 心 に し て 語 ら れ る 。5 )KatzandKahn, 砂 。誼 。,p.18.5 )KatzandKahn,op.cit ・>p.22. 組 織 か シ ス テ ム か の 議 論 な ど は 問 題 で は な べ て , 組 織 は オ ー プ ン シ ス テ ム とし て 考 え ら れ ,そ れ は 外 界 と の 関 係 に お い て 初 め て 理 解 可 能 だ と す る 論 述 に。移 っ て い る こ と を 知 る 。6 ) 以 下 に つ い て , と くに ,KatzandKahn,op.cit ・,pp.36-37.7 ) と くにKatzandKahn , 砂 。咄・>p.37-38.7a )KatzandKahn,op.cit.,p.37.8 )KatzandKahn,op.cit. √pp.37-38.9 )KatzandKahn ,op.cit. ,p.38.10 ) こ の 説 明 に つ い て はLuhmann,op.cit.,pp.131-132 か ら 引 用 す る。 自 己 形 成 性 と はself-reference の こ と で あ る 。 し かし , 別 の と ころtr,autopoieticsystem だ と し て い る の で , こ ち ら の 意 味 を と っ て 上 記 の 訳 語 を 採 用 し た 。11 )p.Heintz,Introduction:asociologicalcodeforthedescriptionofworldsocietyanditschange.in:InternationalSocialScienceJournal,op 。臨 。,p.11. ◇ ニ12 ) こ の 項 の 説 明 に つ い て は,Luhmann,op.cit.,pp.132-133 を 中 心 に し て 語 ら れ る 。13 ) 社 会 文 化 的 進 化 が , そ れ ぞ れ の 部 分 の シ ス テ ム か ら 開 始 し た こ と に つ い て,Luhmann は 触 れ て い る 。 分 化 の オ ー ダ ー が 高 い と は. こ ○ 場 合 , 家 族 と か 集 落 に お け る分 化 と 異 な っ て , 地 位 (rank )に。従 っ た 階 層 化 が 特 色 で あ る。 高 度 の 文 化 を 生 む ほ ど か な り の 複 雑 性 を 生 み 出 し た 伝 統 的 社 会 は 階 層 化 さ れ た 社 会 だ と い う。 そ れ は , 「 ヒ エ ラ 冷 ヒ ー的 シ ス テ ム」 だ と す る 。 こ の シ ス テ ムは 地 域 的 基 盤 が 異 な る こ と に よ っ て 成 立 す る 。 つ ま り ど ん な 土 地 か , 都 市 か に よ っ て シ ス テ ム 構 成 程 度 が 区 別 さ れ て い る 。 こ の 領 界 の 考 え が な く て は 杜 会 シ ス テ ムは 考 え ら れ な い 。 と く にLuhmann ,op.cit.,p.132.14 ) そ れ ぞ れ の サ ブ シ ス テ ムが 自 分 自 身 の シ ス テ ム の な か で コ ミ ュ ニ ケ ー シ3 ン を な す の で あ る が , そ の と き に は , 自 己 の 機 能 が ( 他 の 種 類 の サ ブ シ ス テ ム よ り
経営組織とワールドイメイジ59 も)優位にあ るとす る立場をとる。つ まり,政治的サブシ ステ ムはそ の機能が優 れたものと思 うし (この表現は 適切でないかもし れな いが), 経済的 サブシステ ムでは,その機能は, 他の政治的ないしは教育的サブ システムよりも優位の地位 にあるものとみなし てい る。その観点から自己 のコミュニケ ーシa ンを行なって いるとし てい る。15 ) 政治的 サブシ ステ ムだけ が, 国家への細分化 とい う地域的, 場所的 区 分 に 合 致する。 そのほ うが自己 の機能を 最適化で き る か ら だ とし て い る。 と くに,Luhmann,op 。cit.,p.132.!6 )Luhmann ,op,cit._.n.!33.この2 つ の命題につい て,「現象学的お よび構造的 意味 の収束」だ と表現す る。17 ) とくに以下について,Luhmann,op.cit.,p.132.18 )Heinz,op 〉.cit・,p.12.19 )Heinz,op.cit ・,p.12 において, 例えば,1960 年 代に世界に荒れ まくった学 生の暴動 が存在し た のは,世界の文化が標準化されてい る証明かもし れない。 そ のほかに, 先進国におけ る保守化傾向など も,一種の文化的標準化とい うことが できよう。20 )Heintz ,op.cit.,pp.12-15 を中心にし て語られる。21 ) とくに,Heintz,op.cit ・,p.14. ここでは政治体 制の 目的に関し, 内部的に は コツ フ リ クトを うまくマ ネジ メン トす ることであ り,外部的 に。は 権力を行使す ることだ とし てい る。22 )Heintz ,op.cit.,p,14 において,な お,別 の尺度を提案し ているが,我 々は 現在のところ, それを 積極的に 推薦し てい ない。それに よると, 例えば,国内の 所得配分,内部的な コソフ リクト,犯罪比率, 蛋白質 消費量などが世界文化にお け るあ る変化を 指示す るとし てい る。23