処分性の解釈と「仕組み」の含意 : 二項道路一括
指定事件をめぐって
著者名(日)
高木 英行
雑誌名
東洋法学
巻
55
号
1
ページ
91-119
発行年
2011-07
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00000820/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止第一章 はじめに 最 高 裁 は 近 年、 一 連 の 判 決 を 通 じ て 処 分 性 (行 政 事 件 訴 訟 法[以 下「行 訴 法」 ] 三 条 二 項) を 拡 大 的 に 解 釈 し、 そ う することによって、従来であれば抗告訴訟の対象とされてこなかった行政活動に関しても、その対象となるものと 認めてきている。学説では、これら処分性拡大判例に共通して「仕組み解釈」がとられているとの指摘がなされて いるほかに ( 1) も、これら判例の態度への賛否をはじめ、数多くの議論が展開してきている。筆者はこれら判例につい て、これまでこの仕組み解釈という解釈手法に着目し、かつ、この解釈手法の背景にいかなる「認識枠組み」があ るのかという問題意識から一連の研究を行ってき ( 2) た。 こ の よ う な 研 究 を 行 っ て き た 動 機 は も っ ぱ ら 二 つ あ る。 一 つ は、 処 分 性 拡 大 判 例 に つ い て、 「行 政 行 為」 に 準 拠 する伝統的な「処分性公 ( 3) 式」が適用されているのか否かといった、ある種の二者択一的な問いを設定した上で研究 《 論 説 》
処分性の解釈と「仕組み」の含意
――
二項道路一括指定事件をめぐって
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するのみでは、それら判例の意義が十分把握できないのではないかという疑問であ ( 4) る。もう一つは、この「疑問」 とも関連してくることであるが、処分性拡大判例については、もはや行訴法をめぐる例外的な解釈現象として、そ の解釈論的含意のみを探究していくというのでは済まされなくなっているのではないか、むしろそれら判例が既存 の行政法総論の理論枠組みに対していかなるインパクトを与えうるのかとの理論的含意までをも探究する時期に来 ているのではないかという観測であ ( 5) る。 しかしながら、これら背景動機を踏まえて、先の問題意識からの研究を進めていくためには、個々の処分性拡大 判例について、関連する学説をも手掛かりとしながら、あらためて立ち入って考察をしていく必要がある。ただし こういった必要性を見すえた上で、本稿において、関連するすべての処分性拡大判例を一括して考察対象とし、か つ、それらをある程度の深度において考察することは、紙幅の都合からも筆者の能力からもよくなしうるところで はない。また筆者は、先にも述べたように、すでに一部の処分性拡大判例については、不十分ながらも研究をおこ なってきたところでもあ ( 6) る。それゆえ本稿では、処分性拡大判例のうち一つの判例、すなわち二項道路一括指定事 件 最 高 裁 判 決 (最 判 平 成 一 四 年 一 月 一 七 日: 民 集 五 六 巻 一 号 一 頁、 以 下「本 判 決」 ) に 考 察 対 象 を 絞 っ て、 か つ、 も っ ぱら先の問題意識から必要と思われる範囲内での考察を行うにとどめることとしたい。 以下本稿の構成は、まず第二章で本判決の概要を紹介するとともに、第三章でその解釈の筋道を検討する。つい で第四章では、本判決をめぐる学説の理解を整理しながら、本判決の解釈手法を分析し、その上でこの解釈手法の 背景にある認識枠組みについて、他の処分性拡大判例とのつながりを意識しながら考察する。そして第五章では、 以上の考察結果を整理して今後の研究課題を提示する。
第二章 判決の概要 原 告 (被 控 訴 人、 上 告 人) が そ の 一 部 を 所 有 す る 土 地 (以 下「本 件 通 路 部 分」 ) は、 建 築 基 準 法 (以 下「建 基 法」 ) 施 行 日 (昭 和 二 五 年 一 一 月 二 三 日) 前 に 都 市 計 画 区 域 に 指 定 さ れ て い た。 被 告 (奈 良 県 知 事、 控 訴 人、 被 上 告 人) は、 昭 和 二 五 年 奈 良 県 告 示 第 三 五 一 号 に よ り、 「都 市 計 画 区 域 内 に お い て 建 築 基 準 法 施 行 の 際 現 に 建 築 物 が 立 ち 並 ん で い る 幅 員 四 m 未 満 一 ・ 八 m 以 上 の 道」 を「二 項 道 路」 ―― す な わ ち 建 基 法 四 二 条 二 項 に よ り 同 条 一 項 の 道 路 と み な さ れ る 道 ( 7) 路 ―― と す る 指 定 (以 下「一 括 指 定」 ) を し た。 そ の 後 こ の 第 三 五 一 号 告 示 の 廃 止 を 受 け、 被 告 は 昭 和 三 七 年 奈 良 県 告 示 第 三 二 七 号 (以 下「本 件 告 示」 ) に よ り、 「幅 員 四 m 未 満 一 ・ 八 m 以 上 の 道」 を 二 項 道 路 と し て 一 括 指 定 し た。 原告は、所有土地上の建物新築工事の建築確認申請に先立って、本件通路部分が二項道路に当たるか否かを奈良 県 高 田 土 木 事 務 所 に 照 会 し た と こ ろ、 同 事 務 所 建 築 課 長 (建 築 主 事) は そ の 部 分 が 二 項 道 路 で あ る 旨 の 回 答 を し た。原告は、本件通路部分につき二項道路指定が存在しないこと等の確認を求め、抗告訴訟の一種である無効等確 認 訴 訟 (行 訴 法 三 条 四 項) を 提 起。 か く て 本 件 で は、 本 件 告 示 と い う か た ち で 行 わ れ た 二 項 道 路 一 括 指 定 の 処 分 性 が争点となっ ( 8) た。 一 審 判 決 は、 原 告 の 訴 え の 趣 旨 に つ き、 一 括 指 定 の 効 果 と し て 道 路 内 建 築 制 限 等 (建 基 法 四 四 条) の 義 務 を 負 わ な い こ と の 確 認 を 求 め る 趣 旨 と 解 し た 上 で、 一 括 指 定 の 効 果 と し て 原 告 に 生 じ る 義 務 が 現 実 的・ 具 体 的 で あ る 以 上、 原 告 に は そ の 義 務 の 存 否 の 確 認 を 求 め る 利 益 (訴 え の 利 益) が 認 め ら れ る と し て、 適 法 な 訴 え と 判 断 し た。 ま た本案についても、本件通路部分については二項道路の要件該当性がないとして、原告の請求を認容した。
しかし原判決は、以下の理由から一審判決を取り消し、原告の訴えを不適法却下した。すなわち一括指定は一般 処 分 に 過 ぎ ず、 こ れ に よ っ て も 具 体 的 に ど の 道 路 が 二 項 道 路 に 該 当 す る か は 不 明 で あ っ て、 ま た 一 括 指 定 自 体 に よって直ちに建築制限等の私権制限が生じるわけでもない。さらに一括指定が個別の道路部分に適用される否かを 判断するにあたっては、当該道路部分が建基法及び告示上の要件を備えているか否かを個別具体的に検討・確認す る必要がある。しかしながら「現実には、これは右指定後において、道路内建築制限違反に対する建物除却措置命 令や建築確認等の手続の中でされることになるのであり、その結果、右建物除却措置命令等の行政処分を通じて、 初めて右指定が現実具体的に個人に対する権利義務に影響を及ぼすか否かが判然とするのである。 」 加えて原判決は、本件通路部分について、いまだ一括指定に基づく具体的な行政処分がなされていないことを指 摘するとともに、将来この種の行政処分がなされたときにその処分をめぐって争うことができるのであって、それ 以前に一括指定のような、不特定多数の者に対して一般的抽象的な基準を定めるにすぎない処分を争わせるべき必 要性は認められないとした。原告が上告したところ、最高裁は大要以下の理由から一括指定につき処分性を認め、 原判決の判断を破棄・差し戻す判決を下した。 ① 二項道路の指定方法として、建基法四二条二項の要件を満たしている道を個別具体的に指定する個別指定の方 法のほかにも、本件告示のように一定の条件に合致する道を一律に二項道路に指定する一括指定の方法もある。 ② 一括指定方法が同項で予定されているか否かは文言上明らかではないが、建基法の前身の法律のもとでは行政 官庁の制定する細則による一括指定がなされていたこと、同項は建基法適用時多数あった幅員四m未満の道に面 する既存建築物の救済目的をもつこと、現に建基法施行直後から多数の特定行政庁で一括指定方法が用いられて
き た が 建 基 法 運 用 上 問 題 と さ れ な か っ た こ と 等 を 勘 案 す れ ば、 同 項 が こ の 方 法 を も 許 容 し て い る も の と 解 し う る。 ③ 一括指定により条件に合致する全ての道は、二項道路として指定されたことになり、指定の効果が生じる。一 括指定時点ではいまだその指定効果が生じていないとの趣旨の原判決の判断は、二項道路の指定方法として個別 指定しか認めないものであって相当ではない。 ④ 一括指定により二項道路の指定効果が生じると解しうる以上、その効果が及ぶ個々の道は二項道路とされ、そ の 敷 地 所 有 者 は 道 路 内 建 築 制 限 や 私 道 廃 止 制 限 (建 基 法 四 五 条) 等 の 具 体 的 な 私 権 制 限 を 受 け る。 そ う す る と 二 項道路指定は、それが一括指定方法による場合であっても、個別の土地についてその本来的な効果として具体的 な私権制限を発生させるのであって、個人の権利義務に対し直接影響を与えるものと言える。したがって二項道 路一括指定には処分性がある。 第三章 解釈の筋道 本章では、本判決の解釈の筋道について、原判決のそれとの比較をも念頭に置きながら考察していく。ただしこ の考察の前に、一審判決についても若干の指摘をしておきた ( 9) い。一審判決は、抗告訴訟の一種として無効等確認訴 訟 で も 問 題 と な り う る「処 分 性」 (行 訴 法 三 条) の 論 点 と、 無 効 等 確 認 訴 訟 固 有 の「訴 え の 利 益」 (行 訴 法 三 六 条) の 論点とを、明確に区別して議論していないように思われ ( 10) る。また本判決の「処分性」をめぐる解釈を理解するにあ たって、一審判決の解釈の理解が必要不可欠な前提をなすとも思えない。したがって本稿ではこれ以上一審判決に
ついては考察しない。 さて本判決は、①で二項道路指定方法として、個別指定のほかにも一括指定があることを指摘した上で、②で後 者が建基法上許容されることにつき、立法の沿革、制度の趣旨、行政の運用を挙げて論証する。いわば①と②は、 一括指定が個別指定と同様に法律上許容されている行政活動である旨論証するところ、これを処分性公式との関係 で 言 う な ら ば、 一 括 指 定 に は 個 別 指 定 と 同 様 に、 行 政 処 分 で あ る た め に 必 要 と さ れ る 法 律 上 の 根 拠 (以 下「法 的 根 拠」 ) が備わっているということとなろう。 つ い で ③ で は、 一 括 指 定 が 個 別 指 定 同 様、 二 項 道 路 指 定 効 果 を 生 じ さ せ う る も の と 指 摘 し た 上 で、 さ ら に ④ で は、そうである以上、一括指定によって敷地所有者に対して私権制限効果が生じるとする。そして本判決は、最終 的には、この個別指定における私権制限効果を一括指定にも読み込むという論理操作を通じて、行政処分であるた めに必要な法的地位の直接具体的な変動 (以下「法的効果」 ) があるものと解釈する。 以上に対して原判決は、一括指定が個別の道路部分に適用されるかどうかは、一括指定後の建築確認不適合処分 や 建 築 物 除 却 命 令 等 (以 下 併 せ て「建 築 確 認 不 適 合 処 分 等」 ) の 行 政 処 分 の な か で 判 断 さ れ る と い う 実 際 の 手 続 の 流 れを指摘した上で、この後続行政処分段階になってはじめて「法的効果」が認められるものと解釈する。また関連 して、一括指定のような一般的抽象的基準段階では、争訟の必要性がないとも指摘する。 こ こ で 両 判 決 の 異 同 を 確 認 す る と、 ま ず 両 判 決 と も「処 分 性 公 式」 、 な か ん ず く「法 的 効 果」 要 件 が 踏 ま え ら れ て 判 断 が 下 さ れ て い る と い う 点 で は 共 通 し て い る。 し か し ま さ に こ の「法 的 効 果」 要 件 を め ぐ っ て、 両 判 決 は 異 なった結論へと至る。一方で本判決は、一括指定について、法律で定められている個別指定との同様性を手がかり としつ ( 11) つ、かつ、後者に係る私権制限効果を基礎とした上で、法的効果の認定へと至る。これに対して原判決は、
行政の実際の流れにおいてみられ ( 12) る、一括指定と後続行政処分との連続性を手掛かりとした上で、前者に法的効果 を認定しえないと判断するとともに、争訟の必要性も後者の段階で生じると指摘する。 以上のように、本判決と原判決とではそもそも結論が異なるところ、その前提たる「法的効果」要件をめぐる解 釈の筋道も大きく異なっている。そしてこういった両判決の解釈の筋道における分岐点を分析すると、次の二点に あ る よ う に 思 わ れ る。 す な わ ち 一 括 指 定 と い う 係 争 行 為 に つ い て、 (X) そ れ を ど の よ う な 全 体 の 場 面 (法 律 の 規 定 か行政の実際か) のなかで位置づけて議論するのかという点と、 (Y) それをどのような行政処分 (個別指定か後続行 政処分か) との対比のもとで議論するのかという点とである。 第四章 認識枠組み 前 章 で は、 原 判 決 と 本 判 決 と の 解 釈 の 筋 道 に お け る 分 岐 点 と し て、 (X) と (Y) の 二 点 を 指 摘 し た。 本 章 で は これら二点について、一括指定をめぐる認識枠組み上の相違の問題と捉え直した上で、さらに検討を深めてい ( 13) く。 ま ず 第 一 節 と 第 二 節 で は、 (X) に 関 し て‘法 令 か 行 政 過 程 か’ と い う「局 面」 軸 を 設 定 し、 こ の 軸 に 関 わ る 学 説 の解釈手法を整理検討する。それを受けて第三節では、学説が念頭に置く「仕組み」の相違を指摘する。ついで第 四 節 と 第 五 節 で は、 (Y) に 関 し て‘連 合 か 連 辞 ( 14) か’ と い う「関 係」 軸 を 設 定 し、 こ の 軸 に 関 わ る 学 説 の 解 釈 手 法 を分析するとともに、 それぞれの関係の背景にある 「仕組み」 の相違を指摘する。 そして第五節では、 以上の (X) (Y) 両 軸 か ら そ れ ぞ れ 導 き 出 し た「仕 組 み」 の 相 違 を 相 互 に 交 錯 さ せ な が ら、 本 判 決 の 認 識 枠 組 み 上 の 特 徴 を 浮 き彫りにしていく。さらに第六節では、この特徴を他の処分性拡大判例との比較を交えながら考察することによっ
て、処分性拡大判例一般のなかでの本判決の位置づけを明らかにする。 第一節 法令の局面 まず杉山正己 ( 15) 氏は、処分性判断基準を①公権力行使該当性と②国民の権利義務への直接の影響に求めた上で、こ れら要件充足の有無は係争行為を規定する実定法の解釈により個別具体的に決定されるという。そして原判決では ②が問題となっており、係争行為の根拠たる実定法がその行為に対し、国民の権利義務・法的利益に対する法的効 果を直接的・個別具体的に付与しているかどうかが一応の判断基準になっていると指摘する。 つぎに竹田光広 ( 16) 氏は、一括指定が建基法四二条二項の観点から適法有効であることを踏まえた上 ( 17) で、同条では個 別指定と一括指定とが区別されその指定の効果発生が規定されているわけでも、一括指定の場合に特定行政庁によ る後続行政処分が予定されているわけでもないと指摘す ( 18) る。それゆえ建基法上、一括指定と個別指定とでその指定 の効果を別異に解すべき根拠はないという。さらに建築確認不適合処分等の後続行政処分段階で争うべきとの議論 (以 下「後 続 行 政 処 分 論」 ) に 対 し て、 一 括 指 定 が 建 基 法 上 適 法 有 効 で あ る 限 り 明 文 規 定 に 反 す る 議 論 で あ る し、 ま たこの議論を認めてしまうと、特定行政庁を指定権者とする二項道路指定が、実質的には建築主事により建築確認 手続のなかで行われるのと等しくなるので、この点でもやはり建基法の趣旨に反すると指摘する。 さ ら に 竹 田 氏 は、 一 括 指 定 が 講 学 上 の「一 般 処 分」 に 当 た る こ と か ら 処 分 性 が な い と す る 議 論 に 対 し て、 「一 括 指定であっても、その指定対象は具体的な個々の道であり、処分は必ずしも不特定多数人に向けられたものではな く、個々の道路に関する多数の権利者に向けられたものということができ、それによる影響も特定の国民の権利義 務に対する直接的なものということが可能である。 」として反論する。
ついで長屋文裕 ( 19) 氏は、一括指定の処分性の有無の判断にあたっては、この指定が国民の法律上の地位に対して直 接具体的な影響を与えるものと立法されているかどうかを考究する必要があるとする。その上で、一括指定の根拠 法 規 (建 基 法 四 二 条 二 項) が 個 別 指 定 の み な ら ず 一 括 指 定 を も 許 容 す る と 解 し う る 以 上、 「い ず れ の 方 法 に よ っ た か に応じて指定の効果を別異に解する規定上の根拠がない」と指摘し、それゆえ一括指定にも建築制限効果等が生じ るものとの「立法政策」が採られていると解する。また特定行政庁が一括指定対象の土地を具体的に認識していな いとの指摘に対しても、それは「観念的な法律効果が付与されている」かどうかの解釈にとってはそれほど意味が ないとする。 さらに長屋氏は後続行政処分論に対して、それが前提とするのは「事実上の問題」に過ぎず、建築確認不適合処 分 等 が 二 項 道 路 か 否 か を 確 定 す る 後 続 行 政 処 分 と し て 位 置 づ け ら れ て い る わ け で は な い と 指 摘 し、 「判 例 理 論 に お ける、法律上の地位に対する影響の直接具体性は、以上のように法律的観点を中心に他の行為、制度との関係を加 味してみるべきものであって、増築するまでは問題が切迫しないというような事実上の事柄に着目する論には賛成 し難い。 」 (原文中( ) 内を引用に当たり省略)と反論する。そして、 「処分性について法律効果ないし法律上の地 位に対する影響という観念的な要素を重視する伝統的な裁判実務の見地に立てば、法四二条二項の採用した法技術 的な仕組みからして、一括指定による二項道路の指定にも処分性が肯定されるのは当然の帰結」と結論づける。 か く し て 長 屋 氏 は、 「法 的 効 果」 要 件 の 解 釈 に 当 た っ て、 杉 山・ 竹 田 両 氏 の よ う に「根 拠 法 規」 の 解 釈 を 中 心 に 議 論 す べ き と す る 一 方 で、 「立 法 政 策」 や「仕 組 み」 と い っ た よ り 広 い 視 野 か ら の 議 論 の 余 地 を も 示 唆 し て い る。 しかしこの長屋氏の視野拡大は、あくまでも法律的観点プラスアルファにとどまるのであって、後続行政処分論と いった事実的観点に基づく議論についてはこれを明確に排除してい ( 20) る。
さいごに松戸浩 ( 21) 氏は、行政主体の側から見て一括指定には特定性がないとの否定説に対して、行政客体の側から 見れば、自己の所有地につき一括指定を受けた場合には、その所有地が将来道路として使用されることを知りうる わけで、その限りでは個別指定も一括指定も対象が特定されていることには変わりないと反論する。また、ある係 争行為につき「確実に処分性があると認められる行政活動と同様の効果を持つことを理由にその処分性を認めた」 いくつかの先例を挙げ、本件における個別指定と一括指定との間においても、こうした「法的効果の同一性」が当 てはまることを指摘す ( 22) る。これらの点から松戸氏は本判決の結論に賛成するのだが、ただし本判決が、法的根拠要 件の認定に当たって従前の行政実務に依拠することに対しては批判をし、この点は理由付けとして不要であったと 批判する。 第二節 行政過程の局面 以上前節では、一括指定の「法的効果」要件を解釈するに当たって、その前提として法令の局面を念頭に置く一 方で、行政過程の局面を排除する議論を紹介してきた。これに対して本節では、行政過程の局面を念頭に置いた上 で、一括指定の法的効果を解釈する議論を紹介しよう。 ま ず 金 子 正 史 ( 23) 氏 は、 一 括 指 定 が「個 別 指 定 の 単 な る 集 積」 で は な く、 「対 象 た る 道 路 を 特 定 せ ず に、 告 示 に よ り、 ま っ た く 観 念 的 に 指 定 す る も の」 で あ っ て、 「一 括 指 定 の 段 階 で は、 ど の 道 路 が 二 項 道 路 で あ る か は、 既 存 建 築 物 の 所 有 者 等 の 利 害 関 係 人 は も と よ り 特 定 行 政 庁 も 知 ら な い は ず で あ る。 」 と 指 摘 す ( 24) る。 ま た 一 括 指 定 が あ っ て も「特 定 個 人 の 具 体 的 権 利 利 益 に い か な る 影 響 も 及 ぼ し て い な い。 」 と も 指 摘 す ( 25) る。 そ し て あ る 道 路 が 二 項 道 路 に 当たるか否かが確定するのは、違反建築物除却命令などの場合を除いて、基本的にはその道路の沿接敷地に関わる
建 築 確 認 申 請 手 続 の な か で の 建 築 主 事 の 判 断 を 通 じ て で あ る と し た 上 ( 26) で、 「一 括 指 定 を 受 け た だ け の 段 階 で は、 た とえある道路が一括指定の要件を満たした道路であっても、二項道路と確定していない」と論ずる。 ま た 金 子 氏 は、 対 象 の 特 定 性 も 個 人 の 権 利 利 益 の 侵 害 も な い「観 念 的 な 対 物 的 行 政 措 置」 た る 一 括 指 定 は、 「あ る種の立法行為」であっ ( 27) て、行政行為に準拠して処分性を判断すべきとする処分性公式のもとでは処分性を欠くと 指 摘 す る。 結 論 と し て、 あ る 道 路 が 二 項 道 路 で あ る か 否 か を 訴 訟 に よ っ て 争 う た め に は、 基 本 的 に は、 「建 築 確 認 申 請 に 対 す る 建 築 主 事 の 有 権 的 解 釈」 で あ る「建 築 確 認 不 適 合 (あ る い は 適 合) 処 分」 を 通 じ る べ き と す ( 28) る。 こ の ように金子氏は、原判決同様、二項道路をめぐる行政過程を踏まえて、一括指定の処分性を 否定 4 4 する議論を展開す るのであ ( 29) る。 これに対し山村恒年 ( 30) 氏は、原判決の評釈において、以下のように、二項道路をめぐる行政過程を踏まえつつも、 一括指定の処分性を 肯定 4 4 する議論を展開する。すなわち否定説のいう後続行政処分論に対して、二項道路の対象土 地が特定していないと、建築をしようとする者は計画や設計ができず、建物を建てても除却命令を出されるおそれ が あ る と し た 上 で、 「そ の 段 階 で 建 築 確 認 や 除 却 命 令 を 争 い、 そ の 前 提 と し て 道 路 指 定 の 違 法 性 を 争 わ さ ママ せ る こ と になると、建築設計の費用や建築費が無駄になってしまう可能性があり、土地所有者の建築可能性を不安定にさせ る こ と に な る。 」 と 批 判 す ( 31) る。 し た が っ て「建 築 し よ う と す る 者 は、 計 画 前 に、 二 項 道 路 指 定 の 有 無、 そ の 範 囲 を 知 る 必 要 が あ る」 の で あ っ て、 「不 特 定 な 包 括 指 定 が あ る 場 合 に は、 事 前 に そ の 有 効 性 を 争 わ せ る 必 要 が あ る 点 で、一般処分であっても紛争の成熟性がある」と指摘す ( 32) る。 かくして金子氏と山村氏とでは、一括指定の処分性に関して、否定・肯定というようにそれぞれ結論は正反対に なるのであるが、しかし両説ともその論理構成の場面においては、原判決のごとく一括指定をめぐる行政過程の局
面に着目しているのであって、その点では共通した前提に立っていると言えよう。 さ ら に 久 保 茂 樹 ( 33) 氏 は、 本 判 決 に つ い て、 「一 括 指 定 を 個 別 指 定 と 同 等 の 完 結 し た 行 政 処 分 と み た う え で、 そ の 法 的 許 容 性 を 肯 定 し た も の」 と 捉 え る 一 方、 「処 分 性 の 判 断 に お い て は、 行 為 の 性 質 論 だ け で な く、 機 能 面 か ら の 考 察も有益である」との見地から、後続行政処分論に対して次の二点を挙げて反論し、処分性肯定にも相応の合理性 があると指摘する。すなわち、対象道路の不明確性は一括指定後の照会・回答のプロセスのなかで次第に解消され うること。また一括指定をめぐる紛争では通常、特定の土地に係る指定の存否が争われるのだから、一括指定に処 分性を肯定したとしても法規範に対する抽象的な争訟にはならないこと。 さいごに橋本博之 ( 34) 氏は、本件では当初二項道路である旨の「建築主事の回答」の処分性が争われ、一審判決では 処分性がないと判断されていたところ、その後上級審では争われなかった経緯に着目す ( 35) る。そして理論上、本件紛 争はこの建築主事の回答のタイミングで生じていると理解さ ( 36) れ、その時点で「仕組み解釈」が問題とされるべきで あ っ た と 指 摘 す る。 そ れ ゆ え 橋 本 氏 は、 本 判 決 を、 「す で に 土 地 利 用 の 法 的 規 律 に 係 る 紛 争 が 成 熟 し た 時 点 で、 遡って告示の処分性が論じられたケース」と評価する。 第三節 二つの「仕組み」 以上学説は、一括指定の処分性を肯定する本判決に対し賛成するのであれ反対するのであれ、大きく分けて二つ の異なった局面を踏まえて議論を展開しているのがうかがわれる。 一方で例えば長屋氏は、一括指定という行為形式をめぐる立法政策がいかなるものかという問題意識に立ちなが ら、 「法 令」 の 局 面 に お い て 形 成 さ れ て い る「仕 組 み」 に 注 目 す る。 具 体 的 に は、 個 別 指 定 と 一 括 指 定 と が 同 一 条
文で規定されているという、もっぱら建基法において形成されている仕組みに着目した上で、個別指定によって生 じる私権制限効果を一括指定の法的効果として読み込むのである。そしてこのような「法令上の仕組み」に基づく 長屋説に対しては、例えば金子氏から、実際問題、一括指定には「観念的な」効果しかなく、処分性公式が念頭に 置く「法的効果」には当たらないとの批判が投げかけられる。 他方で例えばこの金子氏であるが、一括指定という行為形式が行政の実際においてどのように位置づけられてい る の か と い う 問 題 意 識 の も と、 「行 政 過 程」 の 局 面 に お け る 仕 組 み に 注 目 し て い た。 具 体 的 に は、 一 括 指 定 と そ の 後 に 行 わ れ る 建 築 確 認 不 適 合 処 分 等 の 複 数 の 行 為 形 式 を め ぐ っ て、 建 築 行 政 過 程 を 通 じ て 形 成 さ れ て い る「仕 組 み」に着目した上で、一括指定段階ではいまだ法的効果が生じていないと結論づけるのである。そしてこのような 「行 政 過 程 の 仕 組 み」 に 基 づ く 金 子 説 に 対 し て は、 例 え ば 長 屋 氏 か ら、 法 律 を 基 礎 に 判 断 す べ き (処 分 性 公 式 に も と づく) 処分性解釈のなかに「事実上の問題」を持ち込んでいるとの批判が投げかけられる。 か く し て 学 説 に お い て も、 本 判 決 と 原 判 決 の 間 で み ら れ た の と 同 様、 一 括 指 定 に 係 る「仕 組 み」 の 理 解 に 関 し て、 そ れ ぞ れ「法 令」 と「行 政 過 程」 の 両 局 面 を 踏 ま え た 相 違 が み ら れ る。 な お こ こ で、 「法 令 上 の 仕 組 み」 で あ れ「行政過程の仕組み」であれ、その「仕組み」の性質や内容をいかに理解すべきかが問題となりうるところであ るが、これについては次節以降でさらに論じていくことになるのでここでは保留する。 第四節 連合的解釈と連辞的解釈 さて本判決や原判決をめぐる学説の議論のなかには、上記の「法令/行政過程」といった「局面」軸における相 違 の ほ か に も、 別 の 軸 か ら の 相 違 も 見 出 さ れ う る。 す な わ ち 一 括 指 定 に つ い て、 他 の 代 替 し う る 行 政 行 為 (個 別 指
定) と の 関 係 で 解 釈 す る 議 論 と、 後 続 す る 行 政 行 為 (建 築 確 認 不 適 合 処 分 等) と の 関 係 で 解 釈 す る 議 論 と で あ る。 い ずれも何らかの関連する「行政行為」との対比において、係争行為である一括指定の「法的効果」要件を解釈しよ うとする点では共通している。しかし他方で、その「関連」のあり方という点では、両議論では大きく異なってい るとも言える。 したがって、上記「関係」軸をめぐる両議論の異同を概念的に明らかにするために、以下試みに「言語学」の概 念 を 類 推 な い し 転 用 し た 上 で、 前 者 に つ い て は「連 合 関 係」 に 基 づ く 解 釈 (以 下「連 合 的 解 釈」 ) と、 ま た 後 者 に つ い て は「連 辞 関 係」 に 基 づ く 解 釈 (以 下「連 辞 的 解 釈」 ) と 言 及 す る こ と と し よ ( 37) う。 す な わ ち 一 括 指 定 と 個 別 指 定 と の間での連合的解釈と、一括指定と建築確認不適合処分等との間での連辞的解釈ということである。 ただしここで注意せねばならないことは、原判決・本判決及び学説が一括指定の処分性につき否定・肯定の結論 を導くに当たっては、こういった「行為形式間の関係」――いわば表面上の「仕組み」――に着目するだけではな く、むしろその関係の背景をなす、行政主体と関係市民との間の手続をめぐる「制度的な関係性」をも踏まえてい るのではないかということである。そこで、原判決・本判決及び学説が念頭に置いているであろう、この「制度的 な関係性」とはどのようなものであるか。以下いまだ試論的なものにすぎないが、この点についての若干の検討を 加えていこう。 まず本判決とそれを支持する学説であるが、これらは、係争行為たる一括指定をめぐる行政主体と関係市民との 間の紛争形態が、行政行為たる個別指定をめぐる紛争形態との間で変換可能であるという、手続をめぐる制度的な 関 係 性 を 踏 ま え た 上 で、 そ れ ら 行 為 形 式 間 で の 連 合 的 解 釈 を 行 い、 処 分 性 肯 定 へ と 至 っ て い る よ う に 思 わ れ る。 もっともこの点、必ずしも本判決の理由そのものから明確に読みとれるわけではない。
しかしながら学説のなかには、個別指定と同様に一括指定も‘特定行政庁’による後続行政処分を予定していな い と 論 ず る 竹 田 説、 ま た 個 別 指 定 と 同 様 に 一 括 指 定 も‘行 政 客 体’ か ら 見 れ ば 特 定 性 が あ る と 論 ず る 松 戸 説 が あ る。これら一括指定をめぐる関係当事者に着目する学説は、個別指定と一括指定との行為形式間の観念的な関係を 超えて、あるいは、その関係の背景として、上に述べた行政主体と関係市民との間の手続をめぐる制度的な関係性 をも念頭に置いているように見受けられ ( 38) る。そしてこれら学説の議論を踏まえると、本判決においても、このよう な制度的な関係性が暗黙のうちに踏まえられていたのではないかとも推察される。 以上に対し原判決その他の学説であるが、これらは、一括指定をめぐって展開される行政主体と関係市民との間 の紛争が、その一括指定段階でなく建築確認不適合処分等段階で成熟するという、手続をめぐる制度的な関係性を 踏まえた上で、それら行為形式間での連辞的解釈を行い、処分性否定へと至っているように思われる。この点先の 連合的解釈を採る本判決の場合とは異なって、原判決の理由からでも比較的容易に読みとれる。 また学説のなかでは、とりわけ一括指定の法的効果をめぐって行政主体・関係市民の両視点から精密に論ずる金 子説からも、一括指定と建築確認不適合処分等との行為形式間の観念的な関係を超えて、あるいは、その関係の背 景として、上に述べた行政主体と関係市民との間の手続をめぐる制度的な関係性が踏まえられていることが読みと れよう。 以上のことから、 「連合的解釈」を採る本判決その他学説と、 「連辞的解釈」を採る原判決その他学説とでは、そ れぞれ、手続をめぐる制度的な関係性に対する認識のあり方に顕著な相違があり、かつ、この相違こそが両解釈手 法を分けるにあたっての重要な役割を果たしていると言えるのではないか。そこで以下本稿では、以上述べてきた 行為形式間の関係の背景にあるこの「制度的な関係性」を指して、あらためて「仕組み」と呼ぶこととし、また連
合的解釈を採って処分性を肯定する本判決その他学説の背景にあるそれについては、とくに「紛争の形態変換の仕 組み」と言及していくこととしたい。 第五節 紛争の形態変換と紛争の早期成熟 もっとも前節提示の「連合的解釈→処分性肯定」/「連辞的解釈→処分性否定」といった解釈整理にもかかわら ず、後で言及する本判決以降の処分性拡大判例の動向にかんがみると、本判決では一括指定をめぐって「連辞的解 釈→処分性 肯定 4 4 」という解釈を採ることもできた可能性がある。すなわち行政主体と関係市民との間の紛争が、行 政行為たる建築確認不適合処分等を待つまでもなく、係争行為たる一括指定段階で成熟してしまっているという、 手続をめぐる制度的な関係性に基づいた上で、それら行為形式間の連辞的解釈を行い、その結果処分性を肯定する と い う 議 論 で あ る。 こ の 点 実 際 に も 山 村 説 が こ の 議 論 を 行 っ て い た と こ ろ で も あ る。 そ こ で 以 下 本 稿 で は、 こ う いった連辞的解釈を採って処分性を肯定する議論の背景にある、手続をめぐる制度的な関係性の特徴を浮き彫りに するため、この関係性について「紛争の早期成熟の仕組み」と言及していくこととしたい。 とはいえ本判決は、その解釈の筋道からみれば、こういった《紛争の早期成熟の仕組みに基づく連辞的解釈》を 採 用 し て い る と は 思 え な い。 む し ろ 本 判 決 は、 《紛 争 の 形 態 変 換 の 仕 組 み に 基 づ く 連 合 的 解 釈》 を 採 用 し た も の と 理解するのが自然であろ ( 39) う。思うに、このような認識枠組み並びに解釈手法に至った理由としては、先に整理した 「局 面」 軸 と の 関 係 が あ る の で は な い か。 す な わ ち 本 件 事 案 か ら す る と、 紛 争 の 形 態 変 換 の 場 合 に は「法 令 上 の 仕 組み」として議論できるのに対し、紛争の早期成熟の場合には「行政過程の仕組み」として議論せざるをえなくな る。いわば処分性解釈に当たって、裁判所が法令ではなく行政過程を通じて形成した仕組みに基づいて解釈するこ
ととなるのであって、本判決はこのような「法律による行政」の観点からみて疑問の余地のありうる解釈を避けた のではないだろうか。 もっとも他方で、原判決のように本判決も、一括指定をめぐっては《紛争の早期成熟》という行政過程の仕組み が見出されえない――あるいは少なくとも行政主体と関係市民との間で「仕組み」と言ってよいほどまでにその関 係 性 が「制 度 化」 し て い な い ―― と 判 断 し た 上 で、 そ う で あ っ て も 処 分 性 を 肯 定 す る た め の 論 理 と し て、 《紛 争 の 形態変換》という法令上の仕組みに依拠したという可能性もあ ( 40) る。いわば仕組みに係る【形式】面が決め手となっ たのではなく、その【内容】面が決め手となったという可能性である。いずれにせよ本判決においてどちらが決め 手 と な っ た の か は、 に わ か に は 分 か り か ね る。 し か し 少 な く と も 本 判 決 は、 《紛 争 の 形 態 変 換 と い う 法 令 上 の 仕 組 みを基礎として一括指定と個別指定との間での連合的解釈を行って処分性を肯定した》と評価できるのではないか と思われる。 第六節 小括 以 上 本 判 決 を め ぐ っ て、 認 識 枠 組 み と い う 観 点 か ら 二 つ の 特 徴 が あ る の で は な い か と 指 摘 し た。 一 方 で、 (ア) 本判決が「法令上の仕組み」を基礎として仕組み解釈を行い、原判決や一部の学説が行った「行政過程の仕組み」 を 基 礎 と し た 仕 組 み 解 釈 を 採 用 し て い な い こ と。 他 方 で、 (イ) 本 判 決 が 仕 組 み 解 釈 と し て、 「紛 争 の 形 態 変 換 の 仕 組み」を前提に「連合的解釈」をして処分性を肯定しているところ、山村説は「紛争の早期成熟の仕組み」を前提 に「連辞的解釈」をして処分性を肯定していること。 も っ と も (ア) に 関 し て は、 本 判 決 以 降 の 労 災 法 事 ( 41) 件・ 食 品 衛 生 法 事 ( 42) 件・ 医 療 法 事 ( 43) 件・ 土 地 区 画 整 理 法 事 ( 44) 件 と
い っ た 処 分 性 拡 大 判 例 の も と で は、 「行 政 過 程 の 仕 組 み」 を 基 礎 と し た 仕 組 み 解 釈 が な さ れ、 処 分 性 が 肯 定 さ れ て い く 動 向 に あ る こ と に も 留 意 せ ね ば な ら な い。 例 え ば 労 災 法 事 件 で は、 本 判 決 と 同 様、 「紛 争 の 形 態 変 換」 を 前 提 に「連合的解釈」がなされ処分性が肯定されたと言えようが、それは「法令上の仕組み」の問題としてではなく、 む し ろ「行 政 過 程 の 仕 組 み」 の 問 題 と し て 肯 定 さ れ て い る よ う に 思 わ れ る。 ま た (イ) に 関 し て も、 医 療 法・ 食 品 衛 生 法・ 土 地 区 画 整 理 法 の 三 事 件 で は、 本 件 を め ぐ る 山 村 説 の よ う に、 「紛 争 の 早 期 成 熟」 と い う「行 政 過 程 の 仕 組み」を前提に「連辞的解釈」をして、処分性を肯定していることにも留意すべきであろう。 そしてこれら「行政過程の仕組み」を前提とする処分性に係る仕組み解釈の動向については、目下学説でもその 賛 否 を め ぐ っ て 大 き な 議 論 と な っ て い る と こ ろ で あ ( 45) る。 そ の 理 由 と し て 先 に も 指 摘 し た が、 「法 令 上 の 仕 組 み」 と 「行 政 過 程 の 仕 組 み」 と で は、 同 じ 仕 組 み と い っ て も 大 き く 異 な り う る こ と が 挙 げ ら れ よ う。 す な わ ち「法 令 上 の 仕 組 み」 は、 立 法 趣 旨 を も 手 掛 か り と し つ つ、 法 令 か ら 導 く こ と が で き る 制 度 的 な 関 係 性 で あ る の に 対 し て、 「行 政過程の仕組み」は、行政実務をも手掛かりとしつつ、行政過程から導くことができる制度的な関係性である。し たがって「法律による行政」の観点からすれば、両仕組みは質的に異なりうるのであ ( 46) る。そこで筆者は従来から、 後者については「仕組み」という表現を用いるのではなく、別途「構造」という表現を用いることを通じて、この 質的相違を概念的に受け止めるべきではないかと提案してき ( 47) た。 また同じく筆者は従来から、仕組みであれ構造であれ、単なる行為形式の連なりや表面的な組み合わせとし ( 48) てで はなく、むしろ行政をめぐる手続・組織・規範に関わる構成諸要素 ( 49) 間の「制度的な関係 ( 50) 性」へと還元してとらえる ことを提案し、またそうすることを通じて、処分性拡大判例を分析する際に求められる、行為形式の背景にありか つそれを位置づけるメカニズムにまで配慮した議論が展開可能になるのではないかと示唆してきた。
以上従来からの筆者の観点を踏まえ、あらためて本章の検討内容を整理するのであれば、例えば本判決と山村説 とでは、同じく処分性を肯定する《仕組み解釈》ながらも、認識枠組みの‘内容及び形式’の両面を通じて、次の ような《対蹠的な》性格をもっていることを浮き彫りにすることができよう。すなわち「連合的解釈」をとる本判 決は、 「紛争の形態変換」という「手続をめぐる法令上の仕組み」を踏まえているのに対し、 「連辞的解釈」を採る 山村説は、 「紛争の早期成熟」という「行政過程の手続構造」を踏まえている、と。 第五章 むすびにかえて 以上本稿では、二項道路一括指定事件最高裁判決を素材として、処分性に係る仕組み解釈の背景にある認識枠組 みを中心に考察をしてきた。その結果、本判決及び原判決さらに諸学説のなかには、一括指定の法的効果をめぐる 解釈手法の相違 (連合的解釈/連辞的解釈) があるのみならず、 認識枠組みの相違 (紛争の形態変換/紛争の早期成熟) も あ る こ と を 指 摘 し た。 ま た こ の 認 識 枠 組 み に 係 る“内 容 面” の 相 違 と は 別 途、 そ の“形 式 面” の 相 違 (法 令 上 の 仕 組 み / 行 政 過 程 の 構 造) も あ る こ と を 指 摘 し た。 そ し て こ れ ら 本 判 決 を め ぐ り 見 ら れ る、 解 釈 手 法 並 び に 認 識 枠 組みをめぐるパターンが、他の処分性拡大判例においても見いだされること、またこれらパターンに依拠すること を通じて、一見して個別事案ごとに例外的な解釈論を展開しているかのように見える処分性拡大判例が、あらため て一貫した解釈論的・認識論的展望のもとで把握できる可能性が出てくることを示唆した。 もっともこういった示唆に関しては、他の未検討の処分性拡大判例、さしあたり登録免許税拒否通知事 ( 51) 件や保育 所廃止条例事 ( 52) 件を素材にさらに検討していく必要がある。また本稿では、処分性判例に係る解釈手法の分類論とし
て、 「連 辞 的 解 釈」 と「連 合 的 解 釈」 と い う 分 類 論 を 提 示 し た。 し か し な が ら、 既 存 の 分 類 ( 53) 論 と は 別 途 こ の よ う な 議 論 を 新 た に 提 示 す る こ と に ど の よ う な 意 義 が あ る の か と い っ た 実 用 法 学 的 な 問 題 の ほ か に も、 「言 語 学」 の 概 念 を用いながら行政法上の論点に取り組もうとするアプローチがどこまで妥当で有効なのかといった方法論的な問題 に つ い て も 検 討 せ ね ば な ら な ( 54) い。 さ ら に 本 稿 で は、 認 識 枠 組 み に 係 る 分 析 手 段 と し て、 「仕 組 み」 や「構 造」 と い う概念を設定し、かつ、それら概念について、行政をめぐる構成諸要素間の「関係性」等の内容を念頭に置きなが ら用いてきたところである。しかしこういった「構造主義」的な概念の立て方の是非についても、他の学問分野に おける議論の展開を踏まえながら、さらに検討していく必要があろ ( 55) う。これらの点については今後の研究課題とし たい。 ※※ さて筆者は、本稿を含め一連の論 ( 56) 稿によって、 「行政行為」概念に準拠する「処分性」という訴訟要件が、 「仕組 み解釈」と言われる解釈手法に基づいて、拡大的に解釈されてきているという行政救済法問題を素材に、その解釈 手法の背景にある「認識枠組み」を分析することを通じて、当該問題に伏在している、行政法総論に関わる「理論 的含意」を考察してきた。ここで、これら試論的な研究を踏まえた上での若干の展望として、筆者が不十分ながら も現段階で考えるところを、覚え書き的なかたちではあるが述べておきたい。以下、行政法学における①伝統的な 想定モデルと②現代的な想定モデルとの「比較」という――かなり強引で図式的な――議論に引きつけながら述べ る。 まず①は、国会が制定する法律という一定の‘規範形式’に基づき、行政行為という一定の‘行為形式’が行政 機関によりなされ、その結果不利益を被ったと考える市民が取消訴訟という一定の‘訴訟形式’を裁判所に提起す
るというモデルである。これに対し②は、法律のみならず法規命令や行政規則といった多様な規範形式が介在し、 行政行為のみならず行政指導や行政計画等の多様な行為形式が利用され、その結果不利益を被ったと考える市民が 実効的な救済を受けるため、取消訴訟のみならず義務付け訴訟や公法上の確認訴訟等の多様な訴訟形式を提起する というモデルである。いわば①は《一様性》 、②は《多様性》を特徴とするモデルと評価できよう。 もっとも両モデルについて、 「行為形式」 、とりわけ「行政行為」を念頭に置いた上で再構成しさらに比較してみ る と、 次 の よ う な 相 違 も 見 ら れ よ う。 す な わ ち ① は、 も っ ぱ ら、 ⓐ 行 政 庁 と い う 権 限 あ る 行 政 機 関 (行 政 組 織 法 の 問 題) が、 ⓑ 作 用 法 と い う タ イ プ の 法 律 を 根 拠 (行 政 作 用 法 の 問 題) と し て、 ⓒ 行 政 処 分 (行 政 行 為) に 係 る 事 前 手 続 (行 政 手 続 法 の 問 題) を 履 行 し た 上 で、 市 民 に 対 し て そ の 処 分 を 実 施 し、 そ の 後 に な っ て そ の 市 民 が、 ⓓ 取 消 訴 訟 と い う 事 後 手 続 (行 政 事 件 訴 訟 法 の 問 題) を 通 じ て そ の 処 分 を 争 う と い っ た モ デ ル で あ る。 換 言 す れ ば、 ① で 言 う「行政行為」とは、行政組織法、行政作用法、さらには広い意味での行政手続法といった、関係する《法律》規 定の立体的な交錯点上に‘概念的に’位置づけられるものである。 これに対し②では、実際の行政活動が「行政行為」であるか否かを判断するにあたって、その行政活動をめぐる 「仕 組 み」 な い し「構 造」 、 す な わ ち 組 織 4 4 に 関 す る そ れ ら (権 限 行 使 の 敬 ( 57) 譲 等) で あ れ、 規 範 4 4 に 関 す る そ れ ら (行 政 規 則の外部 ( 58) 化等) であれ、 手続 4 4 に関するそれら (紛争の早期成熟や紛争の形態変換等) であれ、行政に係る仕組みないし 構 造 を 踏 ま え る 必 要 が 出 て く ( 59) る。 そ し て こ れ ら 仕 組 み な い し 構 造 は、 「法 令」 を 通 じ て 他 律 的 に 形 成 さ れ た も の に せよ、あるいは、 「行政過程」を通じて自律的に形成したものにせよ、 《法律》規定からでは直ちに見いだされえな い、 「制 度 的 な 関 係 性」 と し て 把 握 し う る も の で あ る。 そ れ ゆ え に、 も っ ぱ ら《法 律》 規 定 を 基 礎 に 構 築 さ れ た ① の「行政行為」概念を通じて、それら仕組みないし構造を踏まえて判断されている②の「行政行為」の内実を理解
しようとすることには、そもそもの両者の前提が異なる以上、おのずから限界があるのではないだろうか。 そしてそうであるならば、こんにち処分性拡大判例が「行政法総論」に対して突き付けている理論的課題とは、 伝統的な「行政行為」概念――さらには「行為形式」概念――の有効射程を再検討することとならんで、その再検 討を余儀なくさせている、裁判所による「仕組み」ないし「構造」を媒介とした認識メカニズムについて、体系的 に考察していくことにあるのではないだろう ( 60) か。もっともこの点、現段階での筆者の茫漠とした感想に過ぎず、何 ら具体的な問題提起となっていないのではあるが、筆者としてはさしあたりこのような観点をも踏まえつつ、引き 続き処分性拡大判例の分析を進めていきたい。 (注) ( 1 ) 例 え ば 渡 井 理 佳 子「住 民 票 の 記 載 と 処 分 性 を め ぐ る 諸 問 題」 慶 應 法 学 一 四 号(二 〇 〇 九 年) 八 六 頁 は、 近 年 の 処 分 性 拡 大 判 例 が、 「次 第 に 公 益 の 実 現 に 至 る ま で の 行 政 過 程 全 体 を 視 野 に 入 れ、 そ の 上 で 個 別 の 構 成 要 素 の 本 質 を 見 極 め る と い う 仕 組 み 解 釈 の 手 法」 を 採 用 し て い る と 指 摘 す る。 ま た「仕 組 み 解 釈」 と い う 観 点 か ら 行 政 判 例 を 分 析 す る も の と し て、 橋 本 博 之『行 政 判 例 と 仕 組み解釈』 (弘文堂、二〇〇九年)一頁以下参照。 ( 2 ) 拙 稿「経 済 行 政 過 程 に お け る 行 政 指 導 と そ の 処 分 性」 佐 藤 英 善 先 生 古 稀 記 念 論 文 集『経 済 行 政 法 の 理 論』 (日 本 評 論 社、 二 〇 一 〇 年) 二 三 三 頁 以 下【以 下「拙 稿 ①」 】、 同「処 分 性 に 係 る 仕 組 み 解 釈 と そ の 認 識 枠 組 み」 早 法 八 五 巻 三 号(二 〇 一 〇 年) 六 八 九 頁 以 下【以 下「拙 稿 ②」 】、 同「処 分 性 に 係 る 仕 組 み 解 釈 に 関 す る 一 考 察」 洋 法 五 三 巻 三 号(二 〇 一 〇 年) 六 一 頁 以 下【以 下 「拙稿③】 、同「処分性の解釈と行政過程の構造分析」洋法五四巻三号(二〇一一年)一頁以下参照【以下「拙稿④」 】。 ( 3 ) 最 判 昭 和 三 九 年 一 〇 月 二 九 日(民 集 一 八 巻 八 号 一 八 〇 九 頁) 。「公 権 力 の 主 体 た る 国 ま た は 公 共 団 体 が 行 う 行 為 の う ち、 そ の 行
為によって、直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められるもの」 。 ( 4 ) も ち ろ ん こ の よ う な 問 い を 設 定 し て 考 察 を お こ な う こ と も、 一 定 程 度 は 有 益 な こ と で あ ろ う。 例 え ば、 本 判 決 に つ き 伝 統 的 な 処 分 性 概 念 を 変 更 す る も の で は な い か ら、 正 確 に は「処 分 性 の 拡 大」 の 例 と は 言 え な い と 評 価 す る 渡 邊 亙「抗 告 訴 訟 と 当 事 者 訴 訟 の 機 能 分 配 に 関 す る 一 試 論」 白 鴎 一 五 巻 二 号(二 〇 〇 八 年) 一 〇 頁 ~ 一 一 頁 や、 本 判 決 が「従 来 の 公 式 と 判 断 方 法 を そ の ま ま 当 て は め て、 処 分 性 を 認 め た 事 例 で あ る と 位 置 づ け る こ と が で き る。 」 と 評 価 す る 大 久 保 規 子「処 分 性 を め ぐ る 最 高 裁 判 例 の 展 開」 ジ ュ リ 一 三 一 〇 号(二 〇 〇 六 年) 二 〇 頁 の、 そ れ ぞ れ の 議 論 を 参 照。 な お 本 文 後 述 の よ う に、 筆 者 も 結 論 と し て、 本 判 決 が「処 分 性 公 式」 に 準 拠 し て い る も の と 評 価 す る(関 連 し て 処 分 性 拡 大 判 例 一 般 に 対 す る 仮 説 的 評 価 に つ い て 拙 稿 ④・ 前 掲 注( 2 ) 二 二 頁 脚 注( 2 ) 参 照) 。 し か し 筆 者 は、 本 判 決 の 意 義 を 十 分 に 理 解 す る た め に は、 こ の 評 価 を 踏 ま え つ つ も、 さ ら に 考 察 を 深 め て い く 必要があるのではないかと考える。 ( 5 ) な お、 処 分 性 問 題 を 含 む 行 政 訴 訟 の 法 制 度 の あ り 方 が、 「行 政 法 総 論 を 体 系 づ け る 認 識 枠 組 み や 考 察 軸」 と も 密 接 に 関 わ り う ることについて、前田雅子「行政作用と行政訴訟改革」ジュリ一二七七号(二〇〇四年)二九頁以下参照。 ( 6 ) 前掲注( 2 )参照。 ( 7 ) 二 項 道 路 制 度 の 沿 革 や 内 容、 紛 争 状 況 に 関 す る 一 般 的 な 解 説 と し て、 例 え ば 金 子 正 史『ま ち づ く り 行 政 訴 訟』 (第 一 法 規、 二〇〇八年)六三頁以下参照。 ( 8 ) な お 一 審 で は、 二 項 道 路 に 当 た る 旨 の「建 築 主 事 の 回 答」 に 対 し て も 無 効 等 確 認 訴 訟 が 提 起 さ れ て い る と こ ろ、 一 審 判 決 は そ の 回 答 に つ い て、 「法 的 に は も ち ろ ん 実 質 的 に も」 個 人 の 権 利 義 務 等 に 対 し 直 接 影 響 を 及 ぼ す も の で は な い と し て、 処 分 性 を 否 定 した。その後上級審ではこの争点は争われなかった。 ( 9 ) な お 本 件 以 前 の 下 級 審 裁 判 例 の な か に、 一 括 指 定 の 処 分 性 を 黙 示 的 に 肯 定 し て い る と 見 ら れ る も の が あ る こ と に つ い て は、 例 え ば 杉 山 正 己「判 批」 平 成 一 一 年 度 主 民 判 解(判 タ 一 〇 三 六 号、 二 〇 〇 〇 年) 三 四 三 頁 や 金 子・ 前 掲 注( 7 ) 一 〇 二 頁 脚 注( 37) 等参照。 ( 10) 小 野 昭 男「一 審 判 決 コ メ ン ト」 訟 月 四 四 巻 九 号 は、 一 審 判 決 が 処 分 性 に つ い て 明 確 な 判 断 を 示 し て い な い と 指 摘 す る と と も に
(同 一 二 六 頁 参 照) 、 こ の 判 決 が「訴 え の 利 益」 が 認 め ら れ さ え す れ ば、 一 般 処 分 で あ っ て も 処 分 性 が 認 め ら れ る と い う 趣 旨 で あ る の か、 あ る い は、 一 般 処 分 と し て 処 分 性 が 認 め ら れ な い と し て も、 「訴 え の 利 益」 が 認 め ら れ れ ば 無 効 等 確 認 訴 訟 と し て 適 法 に な る と い う 趣 旨 な の か 明 ら か で な い と 指 摘 す る(同 一 二 五 頁 参 照) 。 ま た 竹 田 光 広「判 批」 最 判 解 説 民〔平 成 一 四 年 度〕 二 頁 も、 一 審判決が本件訴えをどのような種類の訴えとして把握しているのか明確ではないと指摘する。 ( 11) 例 え ば、 一 括 指 定 と 個 別 指 定 と の 同 等 性 が 本 判 決 の 処 分 性 肯 定 の 決 め 手 と な っ た と 指 摘 す る 小 林 邦 夫「判 批」 平 成 一 四 年 行 判 解 説 二 四 九 頁 や、 個 別 指 定 に 処 分 性 が 認 め ら れ る こ と と の 均 衡 か ら 一 括 指 定 に 処 分 性 が 認 め ら れ た と 指 摘 す る 越 智 敏 裕『ア メ リ カ 行政訴訟の対象』 (弘文堂、二〇〇八年)四二六頁参照。 ( 12) この点先の原判決引用部分の「現実には」との書き出しを参照。 ( 13) な お 荏 原 明 則「判 批」 民 商 一 二 七 巻 二 号(二 〇 〇 二 年) 二 八 五 頁 は、 一 審 判 決 と 原 判 決 と の 相 違 に つ い て、 「法 理 論 の 相 違 と いうよりは、一括指定行為に対する理解の相違によるもの」と指摘する。 ( 14) 後掲注( 37)参照。 ( 15) 杉山・前掲注( 9 )三四三頁参照。 ( 16) 竹田・前掲注( 10)八頁以下参照。 ( 17) こ れ に 対 し て 金 子・ 前 掲 注( 7 ) 九 五 頁 ~ 九 六 頁 は、 「同 一 の 条 文 が 法 的 効 果 の 異 な る 二 つ の 行 政 作 用 の 法 的 根 拠 と な る こ と は、 あ り え な い の で は な い か」 な ど と し て、 一 括 指 定 の 法 的 許 容 性 に 疑 問 を 投 げ か け た 上 で、 こ れ を 認 め る た め に は 別 途 の 立 法 措 置 が 必 要 で あ る 旨 を 指 摘 す る。 ま た 金 子 正 史「判 批」 法 資 二 四 七 号(二 〇 〇 二 年) 一 〇 六 頁 も、 同 じ 建 基 法 四 二 条 二 項 に 基 づ い て、 個 別 指 定 の み な ら ず 一 括 指 定 を も 選 択 す る こ と を 法 的 に 許 容 す る の で あ れ ば、 そ の よ う な 選 択 裁 量 が 法 理 論 的 に 問 題 と さ れ ね ば な ら な い と こ ろ、 ア メ リ カ と 違 っ て わ が 国 で は こ の よ う な 考 え 方 は 採 ら れ て こ な か っ た と 指 摘 す る(こ れ に 対 す る 反 論 と し て 長 屋・ 後 掲 注( 18) 二 七 一 頁 も 参 照) 。 関 連 し て 大 久 保・ 前 掲 注( 4 ) 一 九 頁 は、 本 判 決 の ポ イ ン ト が こ の 一 括 指 定 の 法 的 許 容 性 を めぐる論点にあったと指摘する。 ( 18) 同 旨、 長 屋 文 裕「判 批」 平 成 一 四 年 度 主 判 解 民(判 タ、 二 〇 〇 三 年) 二 七 一 頁 や 久 保 田 浩 史「建 築 基 準 法 上 の 道 路(二) 」 中
野哲弘ほか編『公用負担・建築基準関係訴訟法』 (青林書院、二〇〇〇年)四六四頁~四六五頁参照。 ( 19) 長屋・前掲注( 18)二七〇頁以下参照。 ( 20) な お 長 屋 氏 は、 別 の 論 考 に お い て、 本 判 決 以 降 に 下 さ れ て き て い る 処 分 性 拡 大 判 例 に つ い て、 「そ の 行 為 の 根 拠 と な る 個 別 の 行 政 法 規 に 対 す る 政 策 的 な 判 断 と い う 色 調 を 免 れ て い な い」 と 指 摘 し て い る。 長 屋 文 裕「処 分 性 の『公 式』? そ の『柔 軟 化』?」 判自三一八号(二〇〇九年)九頁参照。 ( 21) 松戸浩「判批」法学六七巻四号(二〇〇三年)一七二頁以下参照。 ( 22) も っ と も 洞 澤 秀 雄「判 批」 行 政 百 選 Ⅱ〔第 五 版〕 (二 〇 〇 六 年) 三 三 七 頁 は、 対 象 が 特 定 さ れ て い な い 一 括 指 定 と 個 別 指 定 と で、同様の法的効果をもつ理由が不明であると指摘する。 ( 23) 金子・前掲注( 17)一〇五頁以下参照。 ( 24) 同 旨、 荏 原・ 前 掲 注( 13) 二 八 七 頁 や 岩 倉 広 修「判 批(原 判 決) 」 平 成 一 〇 年 度 行 判 解 説 一 八 三 頁、 山 本 隆 司「処 分 性(四) 」 法教三三五号(二〇〇八年)五四頁~五五頁参照。 ( 25) 同旨、荏原・前掲注( 13)二八七頁~二八八頁や岩倉・前掲注( 24)一八四頁参照。 ( 26) 金 子・ 前 掲 注( 7 ) 八 一 頁 も 参 照。 こ の 金 子 氏 の 議 論(同 旨、 岩 倉・ 前 掲 注( 24) 一 八 五 頁 参 照) に 対 し て は、 本 文 前 述 の 竹 田 氏 の 批 判、 す な わ ち 建 築 確 認 を 担 当 す る 建 築 主 事 が 実 質 的 な 指 定 権 者(本 来 は 特 定 行 政 庁) に な っ て し ま い、 建 基 法 の 趣 旨 に 反 す る と い う 批 判 が あ り う る。 山 村 恒 年「判 批」 判 自 一 九 六 号(二 〇 〇 〇 年) 五 九 頁 も 参 照(関 連 し て 特 定 行 政 庁 と 建 築 主 事 と の 実 務 上 の 関 係 に つ い て は、 田 村 泰 俊「行 政 事 件 訴 訟 法 に お け る 訴 訟 ル ー ト 選 択 の 混 乱 と 処 分 性 の 問 題」 明 学 七 六 号(二 〇 〇 三 年) 一 三 二 頁 ~ 一 三 三 頁 参 照) 。 ま た 一 括 指 定 か ら 建 築 確 認 申 請 ま で 日 時 が 経 過 す る こ と か ら、 建 築 主 事 が 指 定 時 点 で の 道 路 状 況 を 認 定 す る 作 業 が 困 難 で あ る 旨 を 指 摘 す る、 宮 田 祥 次「建 築 基 準 法 上 の 道 路 を 巡 る 公 法 上・ 私 法 上 の 諸 問 題」 中 野 哲 弘 ほ か 編『住 宅 紛 争 訴 訟 法』 (青 林 書 院、 二 〇 〇 五 年) 四 〇 頁 や 澤 井 真 一「み な し 道 路 を め ぐ る 裁 判 例 と 問 題 点」 判 タ 一 一 四 三 号(二 〇 〇 四 年) 八八頁も参照。 ( 27) なお金子・前掲注( 7 )八二頁は、一括指定を「告示によるまったく観念的な特定行政庁の立法類似行為」と表現する。
( 28) 同旨、金子・前掲注( 7 )八三頁参照や岩倉・前掲注( 24)一八五頁~一八六頁参照。 ( 29) 二 項 道 路 を 争 う 訴 訟 形 式 全 般 に 関 し て は、 例 え ば 金 子・ 前 掲 注( 7 ) 八 四 頁 以 下 参 照。 ま た 本 件 事 案 に つ い て は、 「公 法 上 の 当事者訴訟」 (行訴法四条)として処理すべきであったと主張する論者として、例えば山本・前掲注( 24)五五頁も参照。 ( 30) 山村・前掲注( 26)五八頁~五九頁参照。 ( 31) 同旨、伴義聖・小安政夫「判批」判自二三八号(二〇〇三年)一〇頁参照。 ( 32) 同旨、阿部泰隆『行政法の進路』 (中央大学出版部、二〇一〇年)二六四頁参照。 ( 33) 久保茂樹「判批」平成一四年重判解説(ジュリ一二四六号、二〇〇三年)三三頁参照。 ( 34) 橋本・前掲注( 1 )六五頁~六六頁参照。 ( 35) 前掲注( 8 )参照。 ( 36) 同 旨 の 示 唆 と し て 久 保・ 前 掲 注( 33) 三 三 頁 も 参 照。 関 連 し て 田 村・ 前 掲 注( 26) 一 三 五 頁 ~ 一 三 六 頁 も 参 照。 も っ と も「建 築 主 事 の 回 答」 の 法 的 性 質 に 関 し て、 金 子・ 前 掲 注( 7 ) 八 一 頁 は、 特 定 行 政 庁 の「事 実 上 の 判 断 の 表 示」 に 過 ぎ ず、 法 的 意 味 を 有する行政庁の「有権的判断」ではないと指摘する。 ( 37) こ の 点 拙 稿 ④・ 前 掲 注( 2 ) 一 七 頁 も 参 照。 「連 合 関 係」 と は「言 語 に 存 在 す る、 他 の 項 と の 心 理 上 の 連 合 に よ る」 関 係 を、 ま た「連 辞 関 係」 と は「二 つ あ る い は 複 数 の 単 位 の 結 合 で、 そ れ ら す べ て が 順 に 連 な っ て 現 わ れ る」 関 係 の こ と を 言 う。 フ ェ ル デ ィ ナ ン・ ド・ ソ シ ュ ー ル(影 浦 峡 ほ か 訳) 『一 般 言 語 学 講 義』 (東 京 大 学 出 版 会、 二 〇 〇 七 年) 一 六 〇 頁 以 下 参 照。 両 関 係 を め ぐ る詳細な解説として、丸山圭三郎『ソシュールの思想』 (岩波書店、一九八一年)九八頁以下も参照。 ( 38) さ ら に 長 屋・ 前 掲 注( 18) 二 七 二 頁 も、 一 括 指 定 と 個 別 指 定 と で「手 続 等 に 何 ら の 差 異 を 設 け て い な い」 と し て、 両 行 為 形 式 間の関係をめぐる手続的背景をより明確に示唆する。 ( 39) 南博方ほか編『条解 行政事件訴訟法[第三版補正版] 』(弘文堂、二〇〇九年)五五頁(高橋滋)は、本判決の含意について、 「同 一 条 文 上 の 根 拠 を も つ 個 別 指 定 に つ き 処 分 性 が 肯 定 さ れ る こ と と の バ ラ ン ス を 重 視 し た 判 断 で あ る の か、 最 高 裁 が 成 熟 性 の 要 件 を 緩 和 す る 姿 勢 を 示 し た も の で あ る か」 の、 い ず れ か の 可 能 性 を 指 摘 す る。 後 者 の 可 能 性 の 指 摘 に つ い て、 本 稿 の 観 点 か ら 整 理
す れ ば 次 の よ う に な る。 す な わ ち 高 橋 氏 は、 一 括 指 定 を め ぐ っ て は、 「紛 争 の 形 態 変 換 の 仕 組 み」 に 基 づ く「連 合 的 解 釈」 の み な ら ず、 理 論 上、 「紛 争 の 早 期 成 熟 の 仕 組 み」 に 基 づ く「連 辞 的 解 釈」 も 成 立 可 能 で あ る こ と を 踏 ま え る と と も に、 本 判 決 が 後 者 の 採 用 を“黙 示 的 に” 示 唆 し て い る も の と 理 解 し て い る、 と。 関 連 し て、 本 判 決 を「規 範 定 立 行 為 の 訴 訟 対 象 性 と 争 訟 の 成 熟 性 が 融 合 し て 問 題 と な っ た 事 案」 と 評 価 す る 越 智・ 前 掲 注( 11) 四 二 六 頁 も 参 照。 さ ら に 松 戸・ 前 掲 注( 21) 一 七 四 頁 は、 処 分 性 が 認 め ら れ る 行 政 活 動 と 同 様 の 法 的 効 果 が あ る に も か か わ ら ず、 争 訟 の 成 熟 性 と い っ た 観 点 か ら 処 分 性 を 否 定 す る の は、 一 貫 性 を 欠 く こ とになると指摘する。 ( 40) 松 戸・ 前 掲 注( 21) 一 七 三 頁 は、 本 判 決 が 原 判 決 と 違 っ て「争 訟 の 成 熟 性」 に 言 及 し な か っ た 理 由 と し て、 仮 に こ の 点 を 突 き 詰 め て し ま う と、 個 別 指 定 で あ れ 一 括 指 定 で あ れ、 後 続 行 政 処 分 で 争 え ば よ い の で は な い か と の 議 論 が 出 て き て し ま い、 そ の 結 果 「二項道路指定」全体の処分性否定へと行き着いてしまう可能性があったので、それを避けたかったからではないかと指摘する。 ( 41) 最判平成一五年九月四日(判時一八四一号八九頁) 。 ( 42) 最判平成一六年四月二六日(民集五八巻四号九八九頁) 。 ( 43) 最判平成一七年七月一五日(民集五九巻六号一六六一頁) 、最判平成一七年一〇月二五日(判時一九二〇号三二頁) 。 ( 44) 最判平成二〇年九月一〇日(民集六二巻八号二〇二九頁) 。 ( 45) さ し あ た り 例 え ば、 越 智 敏 裕「処 分 性 を め ぐ る 最 近 の 最 高 裁 判 決 の 動 向」 ひ ろ ば 八 九 巻 五 号(二 〇 〇 六 年) 二 一 頁 脚 注( 20) と、高木光「行政法入門」自セ四六巻一二号(二〇〇七年)七頁との両議論を比較参照。 ( 46) 両仕組みの質的相違については、橋本・前掲注( 1 )九二頁~九三頁においても示唆されている。 ( 47) 「行政過程の構造」の特徴については、拙稿④・前掲注( 2 )一九頁~二〇頁参照。 ( 48) も っ と も 医 療 法 事 件(最 判 平 成 一 七 年 一 〇 月 二 五 日: 判 時 一 九 二 〇 号 三 二 頁) の 藤 田 宙 靖 裁 判 官 補 足 意 見 参 照。 「今 日、 行 政 主 体 と 国 民 と の 相 互 関 係 は、 (途 中 略: 髙 木) 行 政 指 導 そ の 他、 行 政 行 為 と し て の 性 質 を 持 た な い 数 多 く の 行 為 が、 普 遍 的 か つ 恒 常 的 に 重 要 な 機 能 を 果 た し て い る と 共 に、 重 要 で あ る の は、 こ れ ら の 行 為 が 相 互 に 組 み 合 わ せ ら れ る こ と に よ っ て、 一 つ の メ カ ニ ズ ム(仕 組 み) が 作 り 上 げ ら れ、 こ の メ カ ニ ズ ム の 中 に お い て、 各 行 為 が、 そ の 一 つ 一 つ を 見 た の で は 把 握 し 切 れ な い、 新 た な 意