ハンナ・アーレントの教育思想に関する研究 : 「権威」論を中心にして
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(2) れ、子どもが「始める」ために、大人には旧い. 終章においては、権威的存在である教育者に. 世界を代表する保守的態度が要求されることが. 求められる保守的態度に、アーレント教育思想. 明らかにされる。そして最後に、子どものr新. の理論的困難が孕まれていることが示される。. 生」が可能になるための前提である、私的領域. それは、異なる二つの保守的立場を要求される. と公的領域の区別が抱える問題点について考察. 教育者が、「行為者:演技者」でありながら同時. される。. に「注視者=観客」でもあるという立場におか. 第3章においては、まずアーレントの解釈に. れるという問題である。アーレントの教育思想. 依拠して、ローマにおける権威の独自性が確認. は、教育者に両立不可能な態度を要求するとい. される。ローマにおいては、ローマ創設という. う点において、破綻しているようにも思えるの. 過去の出来事が神聖化されることによって、父. だが、この両者の立場はけっして矛盾している. 祖や年長者に対して特別の崇敬が与えられてい. わけでなく、彼女の理論においては、この二つ. たのだが、そのため教育者は、意識することな. の異なる立場が、判断力に含まれる二つの能力. く、旧い世界と新しい子どもを和解させること. として置き換えられていることが指摘される。. ができた。しかし、ローマ的権威が失われた現. 代においては、生起した出来事をr継承し、問 いかけ、思考し、想起する精神」(アーレント. 1994,5頁)が、教育者に必要とされることが 明らかにされる。章の後半では、新しく世界へ と呼び出された子どもに対して、大人が旧い世 界への責任を負うことが確認される。「教師の権. 威はかれがその世界への責任を負う点に基づ. 4 結語 以上、アーレントの教育思想を考察すること. により明らかになったのは、世界を死滅から救 う存在として、新しく世界に呼び出された子ど もに対して、大人には旧い世界への責任に基づ く教育的権威が求められるということであり、. そしてそのとき大人が子どもに対して取るべき 倫理的態度は、旧い世界を代表し、あるがまま. く」(アーレント1994,255頁)とアーレント. が述べるように、新しくr始める」ために世界 への服従を余儀なくされる子どもに対して、旧 い世界を代表する大人は、権威的存在として旧 い世界に対する責任を担わなけれぱならないの であり、そのため大人は、かつて人びとによっ て演じられた「始まり」としての出来事を受け 継ぐことによって、子どもがこの世界において r始める」ことを肯定し、またあるがままの世. の世界を受け容れ、肯定する保守的なものとな らざるを得ないことであった。今後は、アーレ. ントの教育思想を拠り所としながら、現代目本 の公教育、とりわけ中・高等学校における教育 の現状を具体的に検討し、アーレント教育思想 の現代的価値を見出していきたい。 <引用文献>. バンナ・アーレント(引田隆也、齋藤純一訳). 界を受け容れ、「事実の真理」(アーレント1994,. 『過去と未来の間』みすず書房1994年. 357頁)を物語ることによって、子どもを世界 の現実と和解させる。それが、子どもをこの世. 主任指導教員 安部崇慶. 界へと呼び出した大人に要求される倫理的態度. 指導教員大関達也. であることが明らかにされる。. 一17一.
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