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統計について考える : 測定誤差と統計行政を巡って

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Academic year: 2021

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(1)統計について考える 測定誤差と統計行政を巡って. 腰. 原.  本日は,このような機会をつくっていただき. 久. 雄. います.そういう学問と実践両面での巨頭であ. ありがとうございました.また,学内外から多. る先輩教授の後継者たりえるかという大きな怖. くの方においでいただきました.学生時代の友. れです.. 人,私が本学に赴任した当時既に本学にいらし.  もう一つはどちらからといえば私の育った冷. た方々,あるいはまったく予期しなかった統計. 徹な大学の文化と異なり,大変家族的で人と人. 学の大家などのお顔を拝見し,ただいまは金澤. とのつながりの強い「高商文化の世界」に一人. 学部長や長谷部教授から過分なお言葉をいただ. で飛び込むことへの怖れでありました.. き,私は大層緊張しております.今日のような.  にもかかわらず,さまざまなご迷惑を皆さん. 機会をご用意下さったことは無論のこと,こん. におかけしつつも,とにもかくにも35年,曲. ないい加減な男に35年も付きあって下さり,. りなりにも勤めることができましたのは,先輩. 鍛え甲斐のない私をともかくここまで鍛え育て. や大変厳しく温かい同僚の先生方,陰になり,. て下さった横浜国立大学,とりわけ経済学部に. 日向になり,支えて下さった事務官の方々,さ. 心から感謝申し上げたいと思います.. らに不断の監視を怠らなかった学生諸君,こう. S0年近く前に本学のスタッフにとお誘いい. いう横浜国立大学経済学部のおかげであると痛. ただいた時に,実は私は三つの怖れを感じまし. 感し,再度お礼申し上げます.本当にありがと. た.第一は,横浜国立大学の「国立」です.国. うございました.. 立大学に就職するということは,当然国家公務.  今日のテーマは「統計について考えるパート. 員になることです.60年安保世代の私どもの. 2一測定誤差と統計行政を巡って一」となって. 病弊に言わせれば,国家権力の一翼を担うこと. おります.この学部ではこのような場合の講義. になります.そのことに怖れおののきました.. をある時期から「最終講義」と呼ぶようになっ. いまだに少なくとも国家公務員であるという制. ていまして,その年度の当該科目の通常の最後. 約を自分には課しているつもりです..  二つ目の怖れは横浜国立大学経済学部の「統. の講義と位置づけられております.今年度の 「経済統計」の講義の最初に序論として「統計. 計学」担当ということです.本学経済学部はご. について考える」と題した講義をしております.. 承知のとおり横浜高商の後身です。横浜高商,. その続編であり,本年度講義の結語に当たると. 横浜国立大学経済学部の統計学担当の先生は初. いう意味を込めて「パート2」としました.レ. 代が森田優三先生,その後が伊太知良太郎先生. ジュメの「2測定誤差」,「3公共財としての. です.お若い方はご存知ないかもしれないが,. 統計」の部分がこれに当たります.. お二方とも学問的に理論,実証の両面で多大な.  一方,本日は初めて私の講義を聞く,少しか. 業績,功績を残されておられます.それだけで. らかってやろうという方も多勢いらっしゃるの. なく,永年にわたり統計行政に大きな貢献をな. で,パート1にあたる部分(レジュメ「1統計. され,森田先生にいたっては二十何年間にわた. とは」)も若干お話いたします.. り統計審議会の委員を勤められ,会長もされて.  それでは,興奮のなか感傷に浸りながら,本. 『エコノミア』第54巻第1号(2003年5月),1−8頁[Ecoηo厩αVo工54 No.1(May 2003), pp.1−8].

(2) 2. 題に入らせていただきます.. とこうした問いを続けているわけです.ですか.  レジュメの最初の方に「訳のわからないこと」. ら今日も「統計とは何ぞや」と言うことについ. が書いてございます.先ほどご紹介がありまし. て建設的な答えがございましたらお教えいただ. たように,昭和43年にここに奉職しまして,. きたいと思っております.. しばらくの間,先輩が横浜の飲み屋街を連れ回.  今の例に戻りますが,「ミカンとリンゴあわ. してくれました.そのころは猛者がたくさんお. せて?」に対する「5つ」という答えに対する. られました.しばらくし少し慣れてくると,飲 み屋の主人から「腰原さんは『先生,先生』と. 再度の問い「何が5つなんだ」に対して大概す ぐ出てくるのは「果物」という答えです.私は. いばっているけれど何をやっているんだよ」と. 敢えて「それだけしか考えが浮かばないか」と. 言われハタと困りました.どう言おうか迷いつ. 言い「球状のもの,ボール状のものいうことで. つ「ミカン2つとリンゴ3つ合わせてどれだけ. 合わせて5つと言うことだってありえるだろ. というのをやっているんだ」と答えたのです.. う.」つまり数字になってしまうと機械的に加. そしたら,飲み屋の主人が怒ってしまって「飲. 減乗除してしまうけれども,加減乗除できるも. み屋の親父だと思って馬鹿にするな」と言われ. のかどうかを少し考えてみてよ」と言うのが. たのです.. 「経済統計」受講者への第1段階のパンチです..  それ以来,学生への講義でも,お役所などの 職員研修でもどこに行っても出だしは「私の統.  洋葵の場合もそうです.たとえば,1樟20セ ンチの羊奨がある.それを5人で分けるとして. 計学の講義はこうしたことをやっている」で通. 長さで5等分する.練り羊葵の場合だったら,. しているのです.聞く人の多くは「ふざけるな」. 誰からも文句は出ないだろう.ところが栗羊養. と言いそうな顔のところであえてそれを続けて. だと,あの1切れに栗が入っているけれどもこ. います.それはまさに,横浜国大の先輩,ある. ちらには入っていないとか若干文句が出るかも. いは横浜が私を鍛えてくださった結果です.ほ. しれない.練り羊葵の場合でも私だと砂糖が少. かにいろいろな例を考えてもどうもうまいのが. し固まってガリガリしている端のところが好き. 浮かんでこないのです.次の「羊蘂の分け方」. だから,長さで等分することに若干異論があ. でもそうです.. る..  事前に「指名して質問はだめよ」と釘を刺さ.  リンゴとミカンの例に戻ります.合わせるこ. れていますので,今日のところは問いに1番答 えてほしい統計学の大家に訊くことを控えざる. とができるのは果物であると言う共通性に基づ いている.しかし,色という視点でみるとミカ. を得ませんが,普段の講義ですと学生の中に入. ンは概ね榿色であるのに,リンゴは緑色か黄色,. って「ミカン2つとりんご3つであわせて?」 と尋ねます.すると,一応に「5つ」と答えま. 赤色でいずれにしろミカンとリンゴは異なって. す.このごろの学生は素直ですから「5つ」と. いるから合わせて5とはいえない.つまり色と いう視点(フレームワーク)で整理したらミカ. 言います.素直でない少数の学生は何か魂胆が. ンとリンゴは異質なものになってしまう.練り. あるなと黙っているだけです.「5つ」と答え た場合,私はすぐに「『5つ』って「何が5つな. 羊蘂は全体が「あん」で均質だから長さで当分. んだよ」と言いがかりをつけます.するとしば. 部分と「栗」の部分があって全体が均質ではな. らく考えていて,また静かになります.実は私. い.. 自身「統計とは何か」「数量的把握とは何ぞや」.  つまり,数量化し,加減乗除できるというこ. と言うのが明確にわからないものだから,そう. とは,その数を構成するものが同じ質であると. やって人に問いかけてヒントを得たい,私の考. いう前提がなければならない.同質とか同類で. える材料を提供してもらいたいと思って,ずっ. あると言ってもいいかもしれない.それは同一. すれば文句はでない.栗羊菱だと,「あん」の.

(3) 3. 表1 失業者の数 1977年6月. 1992年9月. 労働力方式(current activity). l11万人. 147万人. 有業者方式(usual status). 409万人. 954万人. 資料:総務庁『就業構造基本調査』及び『労働力調査』 注   「労働力方式」は労働力調査の「完全失業者」,「有業者方式」は就業構造基本調査の「無業者」のうちの    「求職者」の数である.詳しくは拙稿「統計のウソ」(『経済セミナー』No.昭和55年4月号日本評論社)参照.. とは違うわけです..  そして,同類,同質という場合,先ほどのよ.  例えばミカンでもどこかに「ゴマ」がついて. うに「果物:野菜」という視点で整理すること. いる,形が整っていたり歪んでいたり,色が赤. もできれば,形状や色などからみることもでき. みがかっていたり青い部分が残っていたり, 個々に違うといえば違いますが,ミカンという. る.それは次のようなことと同じに考えること. ができると思うのです.富士山を表すために写. 特定の共通性によって同類とみなす.細かい違. 真を撮ることを考えます.その場合,山梨県側. いや個別性を捨象して「同類」,「同質」とみな. からとることも,静岡県側からとることもでき. せるときに数量,数字として扱え,加減乗除が. る.いずれかによって写真の富士山の姿はまる. できるということです.人は各々容貌も違うし,. で違うものになりますが,いずれも富士山を理. それぞれ異なる名前を持つ.「ヒト」という種. 解するための一助となります.さらに撮る場所. あるいは「住民」という同類性を前提にして初. だけでなく季節,時刻,天候など,またカメラ. めて,まとめて何人と表現できる.自分は腰原. やフィルム,フィルター,絞りや露出時間など. とは名前が違うことはもちろんのこと,姿,形. の撮影条件によって富士山は異なる姿を見せる. もあんなに悪くない.だからあくまで別物だと. でしょう.. いえば,合わせて何人ということはできない..  統計も「どこからとるか」のような切り口に. 日本語には「人」には「人(にん)」,「犬」に. よってまるで異なる姿,形をみせる.その切り. は「匹」,「羊養」には「樟」というように「も. 口によって異なる姿,形(結果数値)をみせる.. の」に応じて数を数える固有の名詞がある.浅. その「切り口」がどのようなものであるか十分. 学の私は他の言語でこのような例を知りませ ん.日本では「人間1人と犬1匹あわせて?」. 検討せずに写真(数値)だけを独り歩きさせ,. などという問自体ナンセンスなのに,そのよう. うのが私の言いたいところで,学部の講義の最. な名刺のない欧米では,数の加減乗除が自由に. 初にそれを強調してきたわけです.. でき,数量化や数量分析が活発になったのかも.  これだけでは「何だ,極論ばかりして」と言. しれないなどと勝手に思っています.. うことになるので,切り口によって姿形が非常.  もともと数量的把握,数量化は質の規定と結. に異なってみえるというこどを実際の統計デー. びついているのに,そちらの方は忘れ去られ,. タの例でお話します.. 数だけが一人歩きしている.いわば算数,数学.  まず,表を見て下さい.「表1失業者の数」. になってしまっている.先ほど長谷部教授が. というのがある.失業問題は現在ホットな話題. 「社会科学としての統計」とおっしゃったのは,. ですが,従来から「政府の発表する失業者数は. こうした私の議論を指してのことと思います.. 少なすぎる.統計を細工し,捻じ曲げているの. それを多くの方に分かっていただきたくてミカ. でないか」という議論が時々起こります.その. ンとリンゴの話を繰り返しているのです.. ときに政府の作っているほかの統計を使って. 短兵急に結論を求めることは非常に危険だとい.

(4) 4. 「実際はこのくらいいるのではないか」という. ような考えを持っているかとは関係なくもっぱ. 言い方をされることが少なくありません.その. ら特定の期間に,実際に何をしたか」という視. 例がここに示されています.政府の発表した 1977年6月の失業者(これは『労働力調査』に. 点に立つものであり,これに対して有業者方式. 基づいています)は,111万人です.ところが,. 事する稼ぎ手で,多少なりとも安定的な職務を. 7月の『就業構造基本調査』のこれに対応する. 持っており,しかもその職務は人が特定期にた. 結果は409万人で大きな差があります.これが 今述べた議論の根拠となりました.(大変古い. またま何をしていたかということは一応別の事 柄である」と言う視点に立脚しているのです.. データを持ち出したのはこの年の『就業構造基.  具体的に考えてみます.学生に先週仕事をし. 本調査』が後に述べる『労働力調査』と同様の. たかしなかったかと聞けば,概ねアルバイトを. 方式と『就業構造基本調査』固有の従来方式と. しているので学生は「した」と答える.しかし,. の双方の方式を同一時期に一緒に行うと言う貴. 「ふだん仕事をしているか」と問うとふだん大. 重な実験:を行っているからです.). 学に顔を出さないような学生でも建前が前面に.  2つの調査のこの大きな差を生む要因は『労. 出て「普段は仕事をしていない.ふだんは学業. 働力調査』が調査期間中に行った実際の活動. をしている」と答える.同じ事実であるのに,. current activityを調べている(「労働力方式」. どちらの視点に立つ調査によるかによって結果. と呼ばれる)のに,『就業構造基本調査』は普. は違ってくるのです.. 段状態usual statusを調べている(「有業者方式」.  これが先ほど言った同じ対象をどのような観. と呼ばれる)点にあるのです.少し具体的に申. 点(フレーム)で捉えるかで調査結果が異なる. します.. 一例です.富士山の写真はどこから撮るかでま. の方は「人は誰しも収入を目的とする職業に従.  『労働力調査』では「月末の1週間に仕事. るで違った姿を見せることという話なのです.. (収入を伴う)をしたか,しなかったか」と問.  統計を使う立場で言えば,社会問題という観. う.「しなかった」人に対し,「仕事を探してい. 点からは,その人が自分の仕事をどう思ってい. たか,いなかった」を聞き,「いる」と答えた. るかは重要です.学生という意識であれば,別. ものが「失業者」つまり月末1週間に仕事をし ていなくて仕事を探していた人=失業者」で,. に敢えて仕事がなくても不安定でない.ところ. が,たとえ仕事をしていても短時間で収入が少. この概念は現在の政府が発表する「完全失業者」. なく,もっともっと仕事がほしいと思う人が増. と同じです.ところが一方の『就業構i造基本調. えれば社会不安は大きくなるからです.こうし. 査』は「普段仕事をしているか,いないか」と. た問題意識からは有業者方式の統計を使うほう. 質問する.「していない」人のうち「仕事を探. がベターである.一方,経済活動のインプット. している人」と答えた人を,ここで「失業者」. (投入)とアウトプット(産出)との関係を分. に対応するとした数字409万人なのです.この. 析するのには「労働力方式」の統計を使うこと. 2つの統計で規定する概念は恣意的なものでは なく,実は経済活動における人間の仕事につい. が妥当でしょう.なぜなら,その人がどう感じ. ての基本的考え方(視点)の違いに由来するの. ですから.. です.したがって結果数値の大小でどちらの統.  このようにみると,自分はどういう角度の写. 計を使うか決めるようなものではなく,基本的. 真がほしいか,どこから撮らた写真が必要か,. な視点で見るのが適しているかによって選択さ. 何のために使うのかという問題意識をはっきり. れるべき筋合いのものです.この場合の基本的. させて,それに適合する統計を見つけ,利用す. 考え方というのはどういうことか.労働力方式. ることが重要だということになります.問題意. は「人が通常何をしているかとか,職業にどの. 識を明確にしそれに応じた適切な素材を選ぶこ. ていようが,現実に働けば,生産に寄与したの.

(5) ∫. 表2労働時間の国際比較(1987年製造業・生産労働者) 労働省推計. ILO統計年鑑. 日本銀行推計. 各国に日本を調整 した推計. 時間/年. 時間/週. 日  本a41.3(100.0). 2,168(100.0). 43.2 (100,0). (100.0). アメリカb41.0(99.3) フランスa38.7(93.7) 西ドイツb40,1(97.1) イギリスa42.2(102.2). 1,949 ( 89.9). 38.5 ( 99.3). (90.4). 1,945 ( 75.9). 38.7 ( 93.7). (86.5). 1,642 ( 75.7). 35.9 ( 97ユ). (84.1). 1,947 ( 89.8). 42.2 (1022). (90.4). 時問/週. 拙稿「労働時間・余暇時間 概念調整iで広がる欧米との較差」(『日本経済研究』No.20(社)日本経済研究センター 1990年5月)による.原資料は ILO“Year book of Labour Statistics 1988”,労働省『労働白書』,日本銀行『日本を中心とする国際比較統計』. 注:()内は日本を100.0として指数化したもの. とが必要だということです.. は長いという認識が間違っている」と結論を急.  先ほど,長谷部先生が腰原は料理が好きだと. ぎがちである.ところが,現在はずいぶん改善. 紹介して下さいましたので便乗し,料理に託し て言います.陽気や客の体調によりどのような. されていますが,当時のILO統計年鑑の表には 国名の後の「a,b」に関するだけで,あとは. ものを欲しているかを考え,どの食材をどう調. 「詳しいことは“Technical guide”をみよ」と. 理し,どの器で供するか総合して行うところに. 注があるだけでした.そこで“Technical guide”. 料理の醍醐味があると思います.今の統計学の. をずいぶん探しましたが,労働省の図書館も含. 講義では調理法に力点が置かれているようです. めてなかなか資料に接することができませんで. が,私の言いたいのは,客の欲していることを. した.このように労働時間がホットな話題であ. 考え(問題意識を明確にする),食材(資料). ったにも関わらず,世間では数値に興味があっ. 選びに気を配り,食材の性質を生かすよう調理. ても,その背景あるいは数量把握の基になる概’. してほしいものだということでしょうか.. 念にはあまり関心を持たないのだと実感しまし.  次の「表2 労働時間の国際比較」を見てく. た.私の場合,顔見知りの課長のおかげでよう. ださい.これは様々な国際比較の問題点を扱っ. やく労働省で“Technical guide”に接すること. た『日本経済研究』の特集に書いたものからの. ができました.“Technical guide” と年鑑の表. 引用です.表の第1列はILO統計年鑑に載って. 注によれば,この数値の基には国によって次の. いた各国の「週当たりの労働時間」です.申し. ようないくつかの違いがあること,違う角度や. 上げるまでもなく1:LOは権威ある国際機関です. 季節など異なる条件で撮った写真であることが. し,そこが出した1冊の本から摘出したもので. 分かりました.. すから,この数値の大小は各国の実態を表現し.  まず,表のa,bについてですが, a(日本,. たものであると思うのは当然です.. フランス,イギリス)は「実労働時間hours.  しかしこれによれば,日本の労働時間は欧米. actually worked通常の就労期間に働いた全時. 諸国に比べて長くない.いやイギリスのほうが. 間+残業時問+手待ち時間+短い休憩時間」を. むしろ長い.そこで,「この統計はインチキだ」. 示す.ただし厳密に言えば,フランスの場合は. とか,あるいは「巷間言われる日本の労働時間. 予定労働時間(事業者が作成した労働時間計画.

(6) 6. により労働者に提示された時間)を意味してい. はwork weekの平均労働時間(対象労働者につ. ます.対してb(アメリカ,西ドイツ)は支払. いては各国の取り扱いのまま)をみるものです.. い労働時間(実労働時間+労働せずに賃金の支. 両者の視点は異なるがどちらも各国に同じ視点. 払いを受けた時聞(有給休暇等)を意味しま. を適用し,とにかく同じ「フレームワーク」,. す.. 「ものさし」をあてはめて比較に耐える数値を.  だからaの国に比べ,bの国の数値が大きく. 得ようとしたものと言えます.いわば「同じも. なるのは当然のことです.それだけではない.. のさし」で各国の労働時間を比較する試みです.. 国によって調査の対象となる労働者がかなり違. その結果,いずれの視点でみても日本の労働時. っています.詳しくは拙論をみていただくとし て表の数値の大小を一番左右するのは「パート. 間は他の国に比べて長いことがみてとれます が,その差は「年間で見る労働省型」のほうが. タイマー」の扱いです.日本ではパートタイマ. 大きい.これは,働く日の労働時間には大きな. ーの一部もしくは全部を含む.. 差がないが,休日が他国に比して日本で少ない.  日本の場合は「常用労働者」という範躊が対. ことの反映です.とにかく比較すべき対象を共. 象です.「常用労働者とはたとえ臨時であって. 通にしてこそ初めて数量として,大小の比較あ. も,同じ事業所で過去2ヶ月間にそれぞれ18日. るいは加減乗除ができると言うことです.それ. 以上勤務した人のことです.当時の製造業のパ. ではなぜ,ILOのような権威ある国際機関が同. ートタイマーは1日の労働時間は短くても月18 日ぐらいは働いているわけで,ほとんどは常用. 一基準(視点フレーム)のデータを提供しない. 労働者です.ところがフランス,西ドイツ,イ. のある場所で事実を表現するのに有効なフレー. ギリスはフルタイマーだけが対象です.パート. ムワークが,異なる場所,時にも有効であると. タイマーを含む,あるいは多くなれば,平均的. は限らないからだと思います.特定の場所,特. な労働時間は短くなります.. 定の時に一番当てはまるフレームワークは逆に. のでしょうか.社会現象は歴史現象で,ある時.  それぞれの国の数値の背景はこのように違う. それだけ普遍性がなくなるとさえ言えるためで. のです.さらに,表に示されている数値の単位. す.. は各国とも「週あたり」となっていますが,実.  先程来,視点,概念規定,フレームワークと. はその「週」の内容が違うのです.日本の場合. か言っていますが,これらはいずれも経済学の. は月聞・年間平均労働時間を事後的に「週あた. 理論から出てくるわけです.理論というのは,. り」に換算:している.ところがフランス,イギ. いろいろな細かい違いを削除して,はぎ取って,. リスの場合完全就労週full work weekのもので. 本質的な部分を摘出して世の中を単純化したモ. す.完全就労週とは祝祭日とか創立記念日,ス. デルとしてみています.それがレジュメの「理. トライキ等の特別の休日のない週のことです.. 論は白と黒」の意味です.事象を白と黒に単純. 当然のことに日本の場合はそうした休日も含む. 化してモデル化することにより優れて長続きす. 「週あたり」なのです.このような背景の差に. る理論になる.. よって見かけ上の日本の数値は他国に比べて小.  ところが,現実は純粋な白や黒ではなく,白. さくなっていたと言ってよいでしょう.比較の. から黒まで連続的に無限に灰色が続いている.. 視点,比較対象を統一的にして地絆しようとし. したがって,具体的現象を数量的に把握するに. た試みが「労働省推計」と「日本銀行推計」で す.最後の欄にあるのは私の行った試算であり. はこの灰色を1つずつ白か黒かに分けて数えな ければならない.法律では白と黒ははっきりし. ます.. ているけれど,現実の多様性に対応するために.  「労働省推計」はいわゆる常用労働者の年間. は裁判が必要である.統計で裁判にあたるのが. 平均労働時間をみるものであり,「日銀推計」. 実際に調査(実査)することです.社会・経済.

(7) 7. 統計の場合,このような仕分けを行って,記録. で,これを「国見」と言いました.万葉集にも,. (実測)することを統計を作成する調査主体で. 「天の香具山」で国見をした際の祝儀の御製が. なく,観察対象の行動主体である人間に頼らざ. 載っております.そのときは,自らの統治する. るをえません.第三者の記録(測定)者がいる. 地域が見渡せて,しかも農耕の適地が「どこ」. と,人間はそれを意識し,行動を変えてしまい,. と固有名詞付で特定できなければならない.と. 測定しないときと観測結果と現実が異なってし. ころが,社会が複雑化したり,山の後ろにまで. まうからです.. 広域化すると,「国見」で,直接個別具体的な.  調査の体系や概念規定の理解が十分ではない. 事象を見るだけでは物事を判断することができ. し,測定についての経験も少なく,熟練度の低. なくなるので,個別性から離れて同類でまとめ. い人々に実測をゆだねなければならない結果,. て数量的に把握して判断材料にするようになっ. 調査主体の企図した概念と異なる現象を実測・. て,統計が重用されるようになった.. 記録してしまったり,測定に誤差が生じたりす.  統計学史からみると,そもそも,S観∫戯0∫は. ることがおこります.さらに,それだけでなく,. イタリア語に起源を持ち,それはもともと「国. 社会・経済行動の主体は「その記録を正確に計. 事に奔走する人が関心を持つ諸事項」という意. 測し,調査に応ずることによって生じる自己の 利害(例えば,所得を事実に即して正確に回答. 味であり,17世紀後半ドイツで生まれた「国 家顕著事項記述の学としての『国情学』」とい. して,税金が増えたり,責任追及があるかどう. う学問が統計学の一源流である.これは数量的. かなど)や,実測をするための負担(自己が既 に持っている情報で済むか,新たに負担しなけ. 表現をとらず,法則性を求めず,ただ事実を記. ればならないかなど)の量などの諸要因によっ. 源流が資本主義と期を同じくして英国で生まれ. て,実測の精度がかわります.詳しくは拙稿 「工業統計と生産動態統計の乖離」をご怪くだ. たウィリアム・ペテイの政治算術です.先ほど,. さい.. 段階から社会が複雑広域化して数量的把握の必. 述するに留めるというものでした.もう一つの. 「国見」で言いましたように,個別で話が済む.  ところで,配布資料を見ていただくと分かる. 要と必然性が生ずるという歴史に呼応して統計. ように官庁統計では概念規定,調査票の作成を. 学が変化していること,そして,源流の一つに. 含む調査の設計は中央省庁が行いますが,実際. 国家顕著事項記述の学があることを忘れないで. の調査(実査)は地方公共団体の職員,統計調. ください.. 査員が担っています.先に述べたいわば「素人」.  さて,社会の発展とともに,数量的に社会,. の実測者と統計調査の基本的な設計をする中央. 経済現象を把握し,それを用いて社会を傭鰍,. 省庁との間に立って,調査の趣旨に適合した実. 評価する必要が増してくる.一方前述のように. 測の実現に大きな役割を果たしているのがこれ. 数量的把握のためには社会・経済を構成する行. ら,実査の現場を担う人々なのです.. 動主体が実測を担当する必要があるため,社会.  その個別具体事実の測定に多大な貢献をして. 経済統計は「公共財」として政府が提供するよ. いる実査に携わる人々の知識と意欲の向上なし. うになってきた.統計を公共財として提供する. には,言い換えれば実査の足腰がしっかりしな. 政府の活動が統計行政です.その役割について,. いと,よい統計はできないということを私が統. 「統計行政の新中長期構想」の『統計行政の役. 計行政にかかわる場で常に強調してきたことの. 割』の次の一節が端的に表現しています.「統. 一つです(拙稿「統計行政の新中長期構想」第. 計は,わが国の真実の状態を把握し,国民の生. 3章参照).. 活向上に役立つことが重要だ.社会経済情勢の.  昔,日本において為政者は支配地域を見渡せ. 変化を的確にとらえ,ニーズに即した統計を提. る山に登り,農耕の適地を選ぶ行事をしたそう. 供することが必要である.行政スタッフの企.

(8) 8. 画・立案のための基礎資料の提供にとどまら ず,広く国民一般の利活用のための情報提供で. いけないと思います.統計調査で得られた個別. あるという面についてはじゅうぶん配慮すべき. 報を申告するでありましょうか.それでなくと. ことが必要である.. も,プライバシー意識の高まりとともに調査へ.  公共財として提供する以上ゴその対価として. の協力が得にくくなっているのです.このこと. 国民の負担が求められます.公共財として道路. に十分配慮をしてください.敢えてレジュメで. や橋の提供を受けるための対価として税金の納. 「利用者のわがまま」と挑発的な文言を入れた. 付が求められるに対し,統計の場合には国民は. 趣旨はこれです.. 対価として情報の提供が求められます.皆さん.  「あの情報もほしい,この情報もほしい」と. ほとんど意識したことはないだろうが,統計行. 言うおねだりをするのではなく,先ほどの労働. 政の基本法である『統計法』が,国民にうそ偽. 時間の「日銀推計」「労働省推計」のように既. りのない正しい情報を統計調査機関である政府. 存の素材や加工法を生かして自らの分析目的に. に提供することを罰則付きで課している.これ. 耐えるように工夫をしてください.. を「申告義務」と言います.逆に政府には得た.  複雑で因果関係が絡み合っている学問ではそ. 情報から作成した統計を隠蔽したり,歪曲する ことを禁じ,国民に真実を公表する義務つまり. うそう直接証拠がでてくるわけではありませ ん.直接証拠を短兵急に追わずに状況証拠を積. 「公表義務」を課している.さらに統計調査で. み重ねて根気よく真実を追い詰め,見つけてい. 得た個別の情報を他に利用してはならない.個. くことが大切だと思います.. 人情報が判別できるような形で集計結果を発表.  「求める情報が得られないから自らの結論が. してはならないことを規定している.情報を統. 出せない.学問の進歩が遅れるんだ」などと言. 計調査のために提供し,自らに不利益が生ずる. わず,日本では公表されている統計データはた. ようなことがあったら,国民はやがて真実の情. くさんあるのですから,それを有効に使って,. 報ではなく,虚偽の回答をするようになる.結. よりよい成果を挙げて学問や社会の発展に寄与. 果,統計は社会の実態と乖離したものになる.. されること期待します.私も左半身不随だけれ.  ところが,最近,詳細な調査項目を求め,な. ど,左手・左足が動けばよいなどとないものね. るべく個票データで,つまり個人の情報をたく. だりするのではなく,この体でできる限りのこ. さん使うことによって,いろいろな分析をした. とをして,今後の残された時を過ごしていきた. いという統計ユーザーの要求がかなり出てい る.個票データを使わせないから日本の経済学. いと思っています..  今日は大変長時間にわたり雑駁な話におつき. が遅れたという極論をする方までいる.現在,. あいいただきありがとうございました.長年に. 総務大臣の許可を得て,個人情報の秘匿を確保. わたるご厚誼に感謝し,横浜国立大学経済学部. し厳重な条件の下で個票データを使う『目的外. の発展を担う皆様の今後のご活躍とご健康を祈. 使用』という制度があります.ただ,先ほど述. 念いたしまして,今回はお別れさせていただき. べたように国民が自ら実測し提供する情報は統. たいと思います.ありがとうございました.. 計作成のためのいわば源泉であり,資源である.           (横浜国立大学名誉教授). と思います.ユーザーの欲求のために国民に過. (以上は,2003年1月29日に行なわれた最終講義の. 重な負担を要求し,資源を枯渇させたら元も子. 記録である.). もなくなることを利用者は十分認識しなければ. の情報が漏れてしまったら,後,誰が本当の情.

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