Ⅰ.目的 2006 年 12 月に国連総会において採択された 障害者の権利に関する条約(以下,「障害者権利 条約」という)に,日本政府は 2007 年 9 月に署 名した。これを受けて,日本国内では障害者権 利条約の批准に向けて,障害者制度改革と法令 整備が進められた。 教育分野においては,障害者権利条約第 24 条 (教育)に示されたインクルーシブ教育の理念を 踏まえ,教育制度の在り方を検討するため,文 部科学省は中央教育審議会に審議を要請した。 2012 年 7 月に同審議会は「共生社会の形成に向 けたインクルーシブ教育システム構築のための 特別支援教育の推進(報告)」(中央教育審議会 2012)を発表した。この中で見落としてはなら ないのは,「教職員への障害のある者の採用・人 事配置」という項目が置かれたことである。こ れまで,障害者の教職員への雇用は,厚生労働 省によって,障害者雇用政策として推進されて きた。しかし,これにより,文部科学省によって, 教育政策としても推進されるべきことがはじめ て明確にされたのである(中村 2015)。 それでは,学校に障害のある教職員はどれぐ らいいるのだろうか。「平成 27 年障害者雇用状 況の集計結果」(厚生労働省 2015)によると, 2015 年 6 月 1 日現在,都道府県等の教育委員会 全体の雇用者総数は 66 万 1,646.5 人,雇用障害 者数は 1 万 4,216.5 人,障害者の実人員数は 1 万
原著論文
障害者が教員になることを阻む社会的障壁
―教員採用試験を点字受験した視覚障害教員の語りから―
中 村 雅 也
(立命館大学大学院先端総合学術研究科) 障害者の教員への採用促進はインクルーシブ教育と障害者雇用の両面から要請されている。だが, 教員に採用される障害者は極めて少ない。本稿はその要因を障害当事者の視座から検討した。視覚 障害のある教員 6 名へのインタビューから,教員志望の動機,教育実習,教員採用試験の準備,教 員採用試験の 4 つのカテゴリーについて分析した。結果,次のことが明らかになった。1)障害のあ る生徒がロールモデルとなる障害のある教員を知る機会が少ない。2)特別支援学校の生徒は職業と して普通校の教員を想定しにくい。3)障害のある学生は普通校での実習から排除されやすく,普通 校の教員になる準備ができない。4)採用試験の情報や教材,模擬試験へのアクセスに社会的障壁が ある。5)教員採用試験の障害者への対応は自治体によって異なり,適切な試験方法が提供されてい ないこともある。6)障害者は臨時任用の講師としても採用されにくい。このような障害者が教員に なることを阻む要因は教育体制や社会構造に起因する。文部科学省,教育委員会,教員養成機関が インクルーシブ教育の理念を実現し,社会的障壁を除去する合理的配慮を実施することが求められ る。 キーワード:障害のある教員,視覚障害,教員養成,教員採用,合理的配慮 立命館人間科学研究,No.34,1 17,2016.0,995 人である1 )。 障害者の雇用の促進等に関する法律(以下,「障 害者雇用促進法」という)には,事業主が雇用 義務を負う障害者の雇用率(法定雇用率)が定 められている。教育委員会の法定雇用率は 2.2% であるが,都道府県等の教育委員会全体の障害 者 雇 用 率 は 2.15 %( 都 道 府 県 教 育 委 員 会 は 2.15%,市町村教育委員会は 2.12%)で,全体と して法定雇用率を下回っている。法定雇用率を 達成している都道府県教育委員会は 47 機関中 28 機関(59.6%)に過ぎず,市町村教育委員会 においても 72 機関中 60 機関(83.3%)である(厚 生労働省 2015)。 ま た, 公 立 学 校 の 教 員 採 用 を 見 て み る と, 2014 年度の全国の採用者総数は 3 万 1,259 人(文 部科学省 2015a),そのうち障害者は 71 人(文 部科学省 2015b)で,採用者総数に占める障害 者数の比率は 0.23%である。直近の 7 年間を見 ると,採用された障害者は 68 人から 88 人で, 採用者総数に占める障害者数の比率は 0.22%か ら 0.33%である(表 1 参照)。教育委員会の法定 雇用率が 2.2%であることからしても,教員採用 において,障害者の占める割合は著しく低いと いえる。 インクルーシブ教育の理念に照らして,障害 者が学校の教員となるのを保障すべきことが明 確にされた。しかし,教員への障害者雇用はい まだ不十分で,さらなる促進が求められている。 にもかかわらず,障害者の教員への採用は極め て低調なのである。 教育における障害者の研究は,教育対象であ る幼児,児童,生徒,学生についてのものがほ 1 ) 雇用者総数は,常用労働者総数から除外率相当数 (障害者が就業することが困難であると認められ る職種が相当の割合を占める業種について定めら れた率を乗じて得た数)を除いた労働者数である。 雇用障害者数は,短時間勤務職員以外の重度障害 者については 1 人を 2 人に相当するものとしてダ ブルカウントを行い,重度以外の短時間勤務職員 については 1 人を 0.5 人に相当するものとして 0.5 カウントとしている(厚生労働省 2015)。 とんどで,教員については,障害者に対する教 員採用試験(上林・池田 2011; 田中・船橋 2009; 谷合 1993, 1997),障害のある教員に対する教員 免許状更新講習(郷右近・舛本 2012; 川口・郷 右 近 2011), 視 覚 障 害 教 員 の 労 働 環 境( 中 村 2014; 視覚障害者支援総合センター 2012),視覚 障害教員の障害の意味づけ(中村 2015),中途 障害教員の復職(中村 2016)などの研究がわず かに散見されるのみである。障害のある教員の 問題はいまだ十分に認識されていないことがう かがえる。 これらの先行研究のうち,上林・池田(2011) と田中・船橋(2009)は障害者の教員への採用 が不十分な現状を指摘し,障害者の教員採用を 促進するための課題や方策を示している。前者 は課題として,採用後の研修や配慮・支援,ホー ムページでの障害者枠の応募・合否情報の公表, 免許取得の支援などの大学の役割,身体以外の 障害者の採用を挙げている。後者は促進方策と して,大学による障害学生の教員志望のサポー ト,国の障害者雇用制度の検討,教育委員会に よる採用試験の配慮の拡充を提言している。 だが,前者は教員を採用する側の視座からの 研究であり,障害者を採用や雇用の客体として 捉えている。また,これらはともに障害者を雇 用政策の対象とする国や自治体の施策,調査結 果,統計データ,ホームページ情報等に基づい て現状を分析したものであり,やはり障害者を 採用や雇用の客体として位置づける観点に立脚 している。そのため,障害者を就労や労働の権 利の主体と捉え,それらの権利を保障するとい う観点が欠落している。 他方,障害のある教員についての研究ではな いが,教員養成段階の教育実習の問題として, 聴覚障害学生の事例(田中他 2005),車椅子使 用学生の事例(川田 2006),視覚障害学生の事 例(宇内 2013, 2014)が報告されている。これ らは障害のある学生に教育実習を履修させる際
の物理的,心理的障壁を明らかにしている。だが, いずれも大学の障害学生に対する学習支援の視 座からの研究であり,障害者を教育や支援の客 体として捉えている。これらも障害者を教育を 受ける権利の主体と捉え,権利を保障するとい う観点に立つものではない。 障害者権利条約は障害者を治療や保護の客体 ではなく,権利の主体として捉える障害者観を 強く打ち出している(川島・東 2012)。障害者 権利条約の審議過程では,障害当事者の Nothing About Us Without Us(私たち抜きに私たちの ことを決めないで)というフレーズが共有され た(藤井 2014)。障害者問題を論じるにあたって, 障害当事者の経験や意見が捨象されてはならな い。 本稿は障害当事者の経験を重視し,障害者を 権利の主体と捉える視点に立って,障害者の権 利保障という観点を導入する。また,前述の先 行研究は教員採用試験,教育実習に限定した論 考であるが,本稿では障害者が教員になるまで の過程を広く検討する。そこで,本稿では障害 のある教員に教員になる経緯についてインタ ビューを行い,障害者の教員への採用が進まな い要因を,障害当事者の視座から浮かび上がら せる。 Ⅱ.方法 1.調査協力者 本研究では視覚障害のある教員を対象として 調査を行った。筆者はかつて視覚障害をもちな がら教員として勤務した経験があり,視覚障害 のある教員の当事者団体である全国視覚障害教 師の会に参加している。そこで,同会の会員の 中から調査協力者を募った。 障害者を同様の立場にある障害者が研究する 場合,特有のメリットとデメリットがある。例 えば,自身が障害者で障害者のライフストーリー 研究を行った田垣(2007)は,メリットとして, 親近感から調査協力が得られやすい,共通体験 があることにより詳しい話を聞くことに時間を 使えるなどを挙げている。本研究においても, 全国視覚障害教師の会でのつながりによって, 調査協力者を得ることができた。また,同会で 表1.公立学校教員の採用者総数と障害のある採用者数の推移 2014 年度 2013 年度 2012 年度 2011 年度 受験者総数 177,820 180,902 180,238 178,380 障害のある受験者数 300 297 338 334 採用者総数 31,259 31,107 30,930 29,633 障害のある採用者数 71 68 80 79 採用者に占める障害者の比率 0.23% 0.22% 0.26% 0.27% 2010 年度 2009 年度 2008 年度 受験者総数 166,747 158,874 161,300 障害のある受験者数 336 306 336 採用者総数 26,886 25,897 24,850 障害のある採用者数 88 74 80 採用者に占める障害者の比率 0.33% 0.29% 0.32% *文部科学省ホームページに掲載された文部科学省(2015a)および文部科学省(2015b)をはじめとする各年度 の「公立学校教員採用選考試験の実施状況」と「教員採用等の改善に係る取組事例」から筆者が作成。受験者数, 採用者数の単位は人。
の活動で調査協力者と背景知を共有しているこ とが,限られた時間の中で核心的な事項を掘り 下げて聞くことに役立った。 一方,デメリットとしては,当事者同士であ るがゆえに自明視され,重要な体験が語られな い,障害の差異が優劣として意味づけられ,ラ ポールの悪化につながる,協力者が研究者に対 して,同じ障害者なのに自分を研究材料にされ たような疎遠感や裏切られた感覚をもつかもし れないことを挙げている(田垣 2007)。だが, 筆者と本稿の調査協力者は研究のみを目的とす る一時的,固定的な調査者 - 被調査者関係では ない。むしろ,当事者団体の長期的なピア関係 という側面が強い。このことは関係性の優劣や 調査者 - 被調査者関係の固定的な非対称性を緩 和すると思われる。従って,ラポールの悪化や 協力者に疎遠感を与えることは回避することが 可能だと考えた。また,重要な体験が自明視さ れて語られないことについては,インタビュアー が先入観を捨てることや語りが省略されないよ うに十分なインタビュー時間を確保することで 対処したが,完全に可能性を排除することは難 しい。しかし,デメリットが排除できないにし ても,メリットはデメリットを十分に上回ると 考えられた。 全国視覚障害教師の会は視覚障害をもつ教員 の当事者団体として,1981 年に結成された。主 な活動内容は,視覚障害教員の情報交換,中途 で視覚障害となった教員の支援,教員を志望す る視覚障害者の支援である。正会員は視覚障害 のある現役教員,退職教員,教員志望者である。 会員数は 100 名以上で,勤務校種は,幼稚園, 小学校,中学校,高校,養護学校,盲学校,大 学などである(全国視覚障害教師の会 2010)。 調査協力者としてインタビューを依頼したの は,同会の役員,もしくは元役員である。彼/ 彼女らは同会の中心的なメンバーとして,視覚 障害教員の課題に関心が高く,本研究への積極 的な協力が期待できた。また,視覚障害教員と しての経験を自ら執筆したり,取材に応えるな どして広く発信しており,プライバシーの公開 について,リスクを理解した上で,許容範囲を 広くもっていると考えられた。ただし,役員や 元役員には中途で視覚障害となった人も多く, 教員採用試験を点字受験した人は限られていた。 その中で,教員採用試験を点字受験した 6 名か ら調査協力者になる承諾が得られた。 調査協力者には,研究目的,調査内容,公表 方法を電子メールと口頭で伝え,協力の承諾を 得た。インタビュー調査の過程で答えたくない 質問は拒否できること,協力を中止したり,撤 回したりできること,公表に際しては原稿を事 前に提示し,了承が得られなければ修正,ある いは公表を中止することを口頭で説明し,承諾 を得た。なお,名前はすべて仮名である。調査 協力者のプロフィールを表 2 に示す。 6 名の教員採用試験の受験時期は,1970 年代 から 2000 年代にわたっている。この間,障害者 の教育環境,進路選択,教員採用試験の障害者 対応など,障害者が教員になることに影響を与 える社会的条件は変化している。このような時 代背景による社会的条件の相違も考察対象とす ることで,受験時期が大きく異なる 6 名を調査 協力者とすることの妥当性を確保した。 2.調査方法 調査協力者に半構造化インタビューを実施し た。本稿は「障害のある教員の教育実践とそれ を促進する要因・阻害する要因の解明」という 研究テーマで実施している研究の一部である。 このテーマのもと,障害のある教員としての経 験全般を調査するために,インタビューガイド は,生い立ち,教員になる経緯,職務上の困難 とサポート体制,生徒たちとのかかわりの 4 項 目で構成した。インタビューはこれらの項目に 沿って行い,適宜,詳細について尋ねながら,
調査協力者に自由に語ってもらった。本稿では, このうち教員になる経緯についての語りを取り 上げて検討した。 インタビュー調査の実施期間は,2010 年 5 月 から 2015 年 8 月までの間である。6 名のうち 4 名は面接で,2 名はインターネット電話でイン タビューを行った。インタビュー内容は,調査 協力者の承諾を得て,全部を IC レコーダーで録 音した。この録音データから,すべての発話を 逐語的に書き起こしてトランスクリプトを作成 した。作成したトランスクリプトはそれぞれの 調査協力者に提示し,聞き違いや誤認がないこ とを確認した。 3.分析方法 調査協力者それぞれについて,インタビュー のトランスクリプトから,教員を志望してから 採用されるまでの経緯についての語りを抽出し た。次に,抽出したトランスクリプトを,事象 のまとまりごとに切片化し,内容を表すラベル をつけた。KJ 法(川喜田 1967)を用いて切片 をグループ化し,統合を重ねて,最終的に 4 つ の大チームを析出した。 4 つの大チームに沿って,第Ⅲ節で語りの結 果を提示し,第Ⅳ節で語りの結果に考察を加え て,障害者の教員への採用が進まない要因を明 らかにする。 表2.調査協力者のプロフィール 名前 性別 生年 障害 教員採用試験 の受験状況 学歴・職歴 インタビュー の時期と方法 佐藤 さん 男 1940 年代 前半 先天盲 1970 年代前半 に大阪府を複 数回受験 盲学校の小学部,中学部,高等部理療科を 経て,点字受験で大学に入学。高校の非常 勤講師(英語)を 10 数年間努め,1980 年代 後半に退職。 2011 年 10 月, 協力者宅にて 面接 高橋 さん 男 1950 年代 前半 先天盲 1970 年代後半 に大阪府を複 数回受験 盲学校の小学部,中学部,高等部普通科を 経て,点字受験で大学に入学。盲学校で非 常勤講師(英語)を務めた後,同校で教諭(英 語)として新規採用。その後,高校に転任し, 2010 年代前半に退職。 2011 年 1 月, 協力者宅にて 面接 吉田 さん 女 1970 年代 前半 先天盲 1990 年代前半 に近畿の自治 体を 1 回受験 盲学校の小学部,中学部,高等部普通科を 経て,点字受験で大学に入学。高校で教諭(英 語)として新規採用。その後,盲学校に転 任し,現職。 2015 年 8 月, 喫茶店にて面 接 松本 さん 男 1970 年代 後半 先天盲 1990 年代後半 に九州の自治 体を 1 回受験 盲学校の小学部,中学部,高等部普通科を 経て,点字受験で大学に入学。盲学校で教 諭(英語)として新規採用。その後,特別 支援学校に転任し,現職。 2010 年 5 月, インターネッ ト電話 木村 さん 男 1980 年代 前半 先天盲 2000 年代前半 から後半にか けて関東を中 心に複数の自 治体を複数回 受験 盲学校の小学部,中学部,高等部普通科を 経て,点字受験で大学に入学。盲学校で講 師(英語)と学習支援員を務めた後,盲学 校で教諭(英語)として新規採用され,現職。 2010 年 6 月, インターネッ ト電話 井上 さん 男 1980 年代 後半 小学校中 学年まで 弱 視, そ の後は全 盲 2000 年代後半 に近畿の自治 体を 2 回受験 小学校に入学し,中学年で盲学校に転校。 盲学校中学部,高等部普通科を経て,点字 受験で大学に入学。中学校で非常勤講師(社 会)を務めた後,中学校で教諭(社会)と して新規採用され,現職。 2010 年 5 月, 協力者宅にて 面接
Ⅲ.結果 本節では,6 名の調査協力者のトランスクリ プトの切片をグループ化し,語りの結果を構造 的に提示する。 6 名のトランスクリプトの切片は,まず,24 個の小チームに統合された。24 個の小チームの ラベルは,以下の第 1 項から第 4 項で示す。 次に,24 個の小チームは 10 個の中チームに 統合された。10 個の中チームのラベルは,①教 員志望のきっかけ,②進路選択,③教員以外の 就職が困難,④実習校の選択,⑤教育実習の感想, ⑥情報収集,⑦試験対策,⑧点字受験,⑨面接 試験,⑩臨時任用である。 最後に,10 個の中チームは 4 つの大チームに 統合された。①,②,③を統合して,A. 教員志 望の動機とラベルをつけた。同様に,④,⑤を B. 教育実習,⑥,⑦を C. 教員採用試験の準備,⑧, ⑨,⑩を D. 教員採用試験とした。 4 つの大チームは,まず A が他の 3 つを引き 起こす原因となっており,A と B,A と C,A と D は原因 - 結果の関係だといえる。ただし, 逆に B に含まれる経験が A を具体化したり,強 化したりしている側面があり,A と B は相互関 係としても捉えることができる。また,D は A の直接的,最終的な結果であり,A と D は最も 原因 - 結果の関係性が強いといえる。B と C は 互いに独立的な関係だが,A によって引き起こ され,D のために取られた行動だという点で同 類関係にある。B は D のために必要とされる条 件であり,D が B を要請する関係となっている。 だが,B は必ずしも D を前提としているわけで はなく,B から D へ向かう因果関係は確定的な ものではない。一方,C と D の関係では D が C を要請するとともに,C は D を前提としており, C と D は強固な相互関係にある。 4 つの大チームのこのような関係に従い,以 下に,まずすべての原因として A について記述 し,次に D に要請される B,C について,D と の結びつきの強さを勘案して,B,C の順序で記 述し,最後に全体の結果として D について記述 する。 1.教員志望の動機 「教員志望の動機」は,①教員を職業として意 識する,②普通校教員は想定していない,③教 員をめざす,④盲学校の世界から出たい,⑤大 学進学を抑制される,⑥教員以外の就職が困難 の 6 つの小チームから構成された。 このうち,①,②を統合し,中チームとして a. 教 員志望のきっかけとラベルをつけた。同様に,③, ④,⑤を b. 進路選択とした。⑥は単独でそのま ま c. 教員以外の就職が困難として大チームに統 合した。 a と b の関係は a が b に影響を与えており, 原因 - 結果の関係だといえる。a と c は互いに独 立的だが,c が a となっている側面もあり,同 類関係として捉えることもできる。b と c も互 いに独立的だが,b の結果として大学進学があ り,大学進学によって c に遭遇したという因果 関係はある。だが,c から b に向かう逆方向の 因果関係は成立しない。 本項では中チームのこのような関係に沿って, まず原因 - 結果関係にある a,b の順序で記述し, b から c への因果関係に従って,最後に c につ いて記述する。 (1)教員志望のきっかけ まず,教員志望の最も初期段階である「教員 を職業として意識する」について見てみよう。 吉田さんは母親が小学校教員だったほか,親戚 にも教員が多かったため,子どもの頃から漠然 と教員になりたいと思っていた。他方,佐藤さん, 松本さん,木村さんは盲学校の生徒のときに全 盲の教員と出会い,教員を職業として意識する ようになった。井上さんは全盲の教員と出会っ たわけではなかったが,全国には全盲の教員が
いることを知っていたので,教員を職業の選択 肢の一つと考えるようになった。 ただし,そこで想定されている教員は盲学校 の教員である。そのことについて,「普通校教員 は想定していない」で見てみよう。佐藤さんは 全盲者が普通校教員になることなど前例もない し,ありえないと思っていた。木村さんは全盲 の中学校教員の前例は知っていたが,自分が普 通校で教員をやることなど考えられなかった。 吉田さんは普通校で学んだ経験がないので,普 通校の教員のイメージがもてなかったという。 (2)進路選択 教員を志望することになれば,盲学校卒業後 の進路として大学が選択される。しかし,大学 進学を選択する場合にも,教員になることをめ ざしている場合と,そうでない場合がある。 まず,教員になることをめざしている場合と して,「教員をめざす」を見てみよう。吉田さん, 松本さん,木村さんは盲学校卒業時には教員に なることをめざしており,そのために大学進学 を選択した。また,井上さんは教員になろうと 決めていたわけではなかったが,興味のある福 祉の勉強をしながら,教員免許を取ろうと考え て大学に進学した。一方,佐藤さんははじめは 理療科教員を養成する学校への入学をめざして いた。ところが,全盲で大学に進学した先輩が いることを知り,盲学校で出会った全盲の英語 科教員からも影響を受けて,自分も大学で英語 を学び,教員になりたいという希望が生まれた。 佐藤さんは迷った末に大学進学へと進路を変更 した。 次に,教員になる目的ではない場合として,「盲 学校の世界から出たい」を見てみよう。高橋さ んが大学進学をめざした理由は,盲学校の狭い 世界から出て,晴眼者の考えや生活に触れたかっ たからである。木村さんも盲学校の世界から出 たいという気持ちが強かったという。 一方で,本人が大学進学を希望しても,盲学 校の教員からはそれを抑制するような言動もあ る。そのことについて,「大学進学を抑制される」 で見てみよう。佐藤さんは理療科の教員になる か,英語科の教員をめざすか迷っているときに, 就職に有利な理療科教員になるほうが無難だと 勧められた。高橋さんは,盲学校理療科の教員 には大学受験に失敗してから理療科に来ても面 倒は見ないという雰囲気があったという。吉田 さんは大学進学者のほとんどいない盲学校で, 大学進学も大変だし,教員になるのはさらに難 しいといわれた。木村さんの大学進学に対して, 盲学校では賛成もあったが,入試,大学生活, 就職などの困難を指摘する否定的な意見も多 かった。 (3)教員以外の就職が困難 大学進学を選択したときには教員をめざして いなくても,大学卒業時に就職活動に取り組む 中で教員志望が固まっていくこともある。高橋 さんと井上さんは大学時代に教員以外の就職も 模索したが,教員にも増して困難が大きかった。 そこで,教員に的を絞って採用試験に取り組む ようになった。 2.教育実習 「教育実習」は,①盲学校で実習した理由,② 普通校で実習した理由,③教育実習の感想の 3 つの小チームから構成された。このうち,①, ②を統合し,中チームとして a. 実習校の選択と ラベルをつけた。③は単独でそのまま b. 教育実 習の感想として大チームに統合した。 b は a によって行われた教育実習の結果であ り,a と b は原因 - 結果の関係だといえる。本項 では原因 - 結果関係に沿って,a,b の順序で記 述する。 (1)実習校の選択 教育実習の実習校は,盲学校の場合と普通校 の場合に分かれる。まず,「盲学校で実習した理 由」について見てみよう。佐藤さんと木村さん
は盲学校教員になろうと考えていたので,盲学 校に教育実習を依頼した。 一方,「普通校で実習した理由」は次のとおり である。高橋さんははじめは出身の盲学校に教 育実習を依頼した。しかし,盲学校の校長は高 校を斡旋した。高校での指導教員は盲学校での 勤務経験があり,視覚障害者の指導に慣れてい た。高校の校長も佐藤さんの勤務校で管理職を 務めていた人で,視覚障害のある教員に理解が あった。盲学校の同級生だった弱視の学生も一 緒に教育実習を行うことになり,実習校への行 き帰りは手引き誘導を受けることができた。こ のような条件が整ったことで,高橋さんの高校 での実習が実現した。 吉田さんは普通校に勤務する場合にも備えて おきたいと考え,大学の附属中学校で教育実習 を行った。大学では過去に数名の視覚障害のあ る学生が,既に大学附属校で教育実習をしてい た。吉田さんは前例があるので自分も附属校で 教育実習ができると考え,附属校での実習を希 望した。 (2)教育実習の感想 教育実習をした後には,教職へのイメージが より具体的になる。盲学校で教育実習をした佐 藤さんは,授業数は少なく,進度もゆっくりだっ たので,実習は無難にこなせた。だが,佐藤さ んは大学以外は盲学校で教育を受け,教育実習 も盲学校で行ったため,後に高校に赴任した当 初は,晴眼の生徒に教えるイメージがもてず, どのように授業をしてよいかもわからなかった という。 一方,中学校で教育実習をした吉田さんは, 最初は「しどろもどろ」しながらも,「普通校で もやれるんじゃないか」という自信をもつこと ができたという。高校で教育実習をした高橋さ んは,晴眼の生徒たちに授業をしておもしろさ を感じ,盲学校ではなく,高校の教員になりた いと思うようになった。 3.教員採用試験の準備 「教員採用試験の準備」は,①先輩教員からの 情報,②大学進路指導課の情報,③ホームペー ジの情報,④情報誌は読んでいない,⑤授業の 単位を取得する,⑥英語の資格を取得する,⑦ 1 次試験の対策,⑧ 2 次試験の対策,⑨模擬試 験の 9 つの小チームから構成された。 このうち,①,②,③,④を統合し,中チー ムとして a. 情報収集とラベルをつけた。同様に, ⑤,⑥,⑦,⑧,⑨を b. 試験対策とした。a と b の関係は,a の情報によって b が準備されて おり,原因 - 結果の関係だといえる。本項では 原因 - 結果関係に沿って a,b の順序で記述する。 (1)情報収集 教員採用試験に関する情報は,先輩教員の話, 大学の進路指導課の資料,インターネットのホー ムページなどから収集されている。松本さんは 新規採用となった先輩教員から,筆記試験や面 接試験の具体的なアドバイスをもらった。英語 科 の 採 用 試 験 で は TOEFL で 一 定 の 点 数 を 上 回っていれば 1 次試験は免除されるという情報 も聞いた。他方,木村さんは大学の進路指導課 にあった資料で,各自治体の採用試験の傾向な どを把握した。また,インターネットで各自治 体の採用試験の情報を収集した。だが,教員志 望者向けの雑誌などは全く読んだことがなかっ た。井上さんも木村さんと同様に,受験希望の 自治体の採用試験の要綱をインターネットで確 認した。 (2)試験対策 教員採用試験対策の学習は,収集した情報に 基づいて計画される。次に試験対策として行っ た学習について見てみよう。松本さんは大学 1, 2 年の頃は,できるだけ多くの単位を取得して おくことに努めた。また,英語検定や TOEFL などの資格試験に取り組み,なるべく高い点数 を獲得することをめざした。TOEFL の得点に より 1 次試験は免除されると思っていたので,
大学 3 年のときには 2 次試験対策の学習だけを した。ところが,大学 4 年になって,その年か ら制度が変わり,TOEFL による 1 次試験免除 は英語の専門科目だけになったことを知った。 松本さんは急いで 1 次試験の教職教養科目の学 習をはじめなければならなかった。しかし,教 職教養科目の問題集を点字化する時間はなかっ た。やむなく,音読してもらったカセットテー プを聞いて学習した。 木村さんは全国の教員採用試験を抜粋した問 題集を点字化してもらって,専門科目の対策に 取り組んだ。 また,松本さんは教員採用試験の模擬試験も 受けたが,点字受験には対応していなかった。 問題の点字化が不要な小論文と面接の模擬試験 を自宅で解答し,後で提出した。 4.教員採用試験 「教員採用試験」は,①点字受験の受け入れ, ②点字受験への配慮,③障害についての面接質 問,④面接質問への応答,⑤臨時講師,⑥学習 支援員の 6 つの小チームから構成された。 このうち,①,②を統合し,中チームとして a. 点 字受験とラベルをつけた。同様に,③,④を b. 面 接試験,⑤,⑥を c. 臨時任用とした。 a と b の関係は a の実現によって b が実施さ れるという因果関係があるが,試験のうちの筆 記と面接という点で同類関係と捉えることがで きる。a と c は互いに独立的だが,a の結果によ り c に至るという点で,原因 - 結果の関係と捉 えることができる。b と c の関係も同様に原因 -結果の関係と捉えることができる。また,c の 経験が b での応答に影響を与える側面もあり,c から b に向かう因果関係もある。 本項では,まず b の前提として a について記 述し,次に b について記述し,最後に原因 - 結 果関係に沿って,a と b の結果として c につい て記述する。 (1)点字受験 まず,「点字受験の受け入れ」について,時代 の古い順に見てみよう。佐藤さんは大学 4 年の ときに,大阪府教育委員会に教員採用試験の点 字受験を申し入れたが,受け付けられなかった。 1970 年代前半,佐藤さんが大学院修士課程のと きに,大阪府は全国ではじめて点字による教員 採用試験を実施した。佐藤さんはこのときから 数回,大阪府の教員採用試験を受けた。高橋さ んは 1970 年代後半に大阪府の教員採用試験を複 数回受けた。既に大阪府では点字受験は制度化 されており,高橋さんの点字受験も受理された。 松本さんは 1990 年代後半に教員採用試験の点字 受験について教育委員会に電話で問い合わせた。 その自治体では過去に点字受験をした人が複数 おり,松本さんの点字受験も受理された。木村 さんは,2000 年代前半,大学 4 年のとき,地元 の自治体の教員採用試験を受けた。また,大学 卒業後も別の自治体の教員採用試験を受けた。 どちらの自治体も過去に点字試験を実施してお り,木村さんも問題なく点字受験ができた。 しかし,点字受験はできても,内容や方法が 整えられていないこともある。そのことについ て,「点字受験への配慮」で見てみよう。佐藤さ んが点字受験したときは,点字の触読速度に配 慮した試験時間の延長はなかった。高橋さんが 点字受験したときは,試験時間は通常の 1.5 倍 に延長されていた。しかし,点字化できない図形, 地図,漢字などの問題は,解答できないにもか かわらず,不正解として採点されていた。 松本さんの場合は,試験時間の延長をはじめ, 点字受験に適正な配慮がなされていた。また, 適正検査もあったが,点字受験者には実施困難 なものだったため,免除された。木村さんの場 合も点字受験に適正な配慮がなされていた。 一方,井上さんが受験した自治体は,過去に 点字による教員採用試験を実施したことがな かった。教員採用試験の説明会で点字受験につ
いて相談すると,配慮を受けたい事項を文書で 提出するようにいわれた。井上さんは国家試験 の点字試験などを参考にして,試験時間の延長, 別室での受験,点字化困難な問題の代替,試験 会場での移動の支援などを要望事項として提出 した。それらの要望に沿うかたちで,点字受験 への配慮が整えられた。 (2)面接試験 教員採用試験では筆記試験とあわせて面接試 験も行われる。ここでは「障害についての面接 質問」と「面接質問への応答」について見てみ よう。松本さんは視覚障害による職務遂行の問 題点について質問された。それに対して,板書 は難しいがプリント学習などで代替できること を説明した。木村さんも,視覚障害があるが授 業はどのようにしてやるのかと質問された。そ れに対して,最初は音声中心で授業をやるとい うような回答しかできなかった。しかし,全国 視覚障害教師の会の研修会で情報を得て,板書 はパソコン画面をプロジェクターで提示すると か,チーム・ティーチングで役割分担をするなど, 具体的な授業の方法を答えることができるよう になった。 (3)臨時任用 教員採用試験で合格に至らなかった場合,臨 時任用として学校で勤務することがある。ここ では「臨時講師」と「学習支援員」について見 てみよう。 高橋さんはいくつかの高校から臨時講師を依 頼する電話があったが,全盲であることを伝え るとすべて断られた。大学を卒業して数年後に 出身盲学校から臨時講師の話があり,はじめて 教育現場で勤務した。そして,その年の採用試 験に合格した。 また,木村さんも教育委員会に臨時任用の講 師登録はしていたが,臨時講師の依頼はこなかっ た。大学卒業から数年後,盲学校から臨時講師 の依頼があり,はじめて教育現場で 1 年間勤務 した。その後も教育現場で経験を積みたかった 木村さんは,盲学校に自ら申し出て,学習支援 員として生徒たちと関わった。教員採用試験に 際しては,盲学校の教員から指導案や模擬授業 のアドバイスをもらうなど,有効な協力を受け ることができた。面接試験では,現場経験に基 づいて,具体的,実践的な応答ができた。 一方,井上さんは大学卒業次に教育委員会か ら臨時講師の依頼があった。中学校で非常勤講 師をすることになり,その年の採用試験に合格 した。井上さんは,授業に工夫を重ね,全盲で も中学校で勤務できることを教育委員会に示し ていたことが,合格につながったのではないか と考えている。 Ⅳ.考察 前節では,教員採用試験を点字受験した視覚 障害教員の語りをチームに分けて,構造的に提 示した。本節では,語りの結果に考察を加え,4 つの大チームに沿って,視覚障害者の教員への 採用が進まない要因を明らかにする。 1.教員志望の動機 障害者が教員になるためには,まず,障害者 が職業として教員を志望しなければならない。 教員志望の動機として,佐藤さん,松本さん, 木村さんは全盲の教員に出会ったことを挙げて いる。また,井上さんは「(全盲で)教師として 働いておられる先生,**(=居住地名)には いなかったんですけども,他府県でおられるっ ていうのも知ってたんで,ない道じゃないんだ なっていう,そういう思いから」教員志望がは じまったと語っている。このように,視覚障害 者の教員志望を喚起する要因として,ロールモ デルとなる視覚障害教員の存在が考えられる。 障害のある教員が障害のある児童,生徒のロー ルモデルとなることは,「共生社会の形成に向け
たインクルーシブ教育システム構築のための特 別支援教育の推進(報告)」(中央教育審議会 2012)でも指摘されている。だが,第 1 節で示 したとおり,障害のある教員は少数のため,障 害のある児童,生徒がロールモデルにできる教 員に出会う機会は少ない。このことが,障害の ある児童,生徒の教員志望を喚起する機会を制 限している。 盲学校でロールモデルとなる全盲の教員に出 会った佐藤さんと木村さんは,教員志望の当初 は盲学校の教員を想定しており,普通校の教員 になることは考えていなかった。また,吉田さ んは普通校の教員について,「一般の中学や高校 やっていうのは全く(自分がそこで学んだ)経 験がなかったので,やっぱりイメージがゼロだっ たんですよね」と語っている。このように,盲 学校出身で普通校の経験がなければ,普通校の 教員を自分の職業として想定するのは難しい。 障害のある児童,生徒は特別支援学校で教育す るという制度が,障害者が普通校の教員を志望 しにくい構造を作り出している。 2.教育実習 教員になるための実践力を育成するのに,最 も重要なカリキュラムが教育実習である。だが, 佐藤さんは盲学校での教育実習では,普通校で の授業のやり方を修得できなかった。 一方,普通校で教育実習を行った高橋さんと 吉田さんは,教育実習ではじめて普通校の授業 を体験し,普通校で授業をすることにおもしろ さを感じたり,普通校でも教員ができるという 自信をつけたりしている。そして,後には二人 とも高校に赴任している。高橋さんは高校教員 になろうと思ったきっかけとして,「そこ(=高 校)で教育実習しとって,これはなかなかおも ろいなと思いましてね」と語っている。このよ うに,普通校での教育実習は障害のある学生に 普通校の教員を職業の選択肢として提示する機 会となる。 しかし,卒業生でもない視覚障害学生の教育 実習を受け入れてくれる普通校を見つけること は難しい(宇内 2013)。高橋さんの場合は実習 校の指導教員や管理職に視覚障害への理解が あった。吉田さんの場合は大学の附属校が視覚 障害学生の教育実習を受け入れた実績があった。 吉田さんは「(視覚障害のある)先輩が受け入れ てもらえてたから,受け入れはそんなに難しく はない」と思って,盲学校ではなく,普通校で の教育実習を希望したと語っている。実習校に 障害のある実習生を受け入れる準備がなければ, 普通校での教育実習の実現は困難である。その ため,障害のある学生は普通校での教育実習か ら排除されやすい。このことが障害者が普通校 の教員を志望しにくい構造を作り出している。 3.教員採用試験の準備 教員になるためには,教育実習などの教員養 成カリキュラムを履修するとともに,教員採用 試験に的を絞った情報収集や試験対策の学習も 必要となる。教員採用試験に関する情報源とし て,先輩教員の話,大学の進路指導課の資料, インターネットのホームページが挙げられたが, 雑誌や書籍は挙げられなかった。活字情報にア クセスしにくい全盲学生特有の困難さが影響し ているのかもしれない。 一方,インターネットのホームページなら, パソコンのスクリーンリーダーを使って独力で アクセスすることができる。ただし,インター ネットで情報収集した語りは,2000 年以降に受 験した 2 名のものである。インターネットの普 及によって,視覚障害者の情報環境は大きく変 わった。現在,教員採用試験の要項や関連情報 はインターネットで閲覧可能であり,視覚障害 者にとって有効な情報収集の方法となっている。 収集した情報に基づいて試験対策の学習を行 うのに,松本さんと木村さんは学習資料を点字
化している。しかし,松本さんは一部の資料を 点字化できなかった。また,教員採用の模擬試 験を点字受験できなかった。このように,文字 情報が晴眼者を前提とした活字に限定されてお り,視覚障害者がアクセス可能な点字で提供さ れないことが,視覚障害者の学習環境を著しく 不利なものにしている。 4.教員採用試験 教員採用試験の視覚障害者への対応は,点字 による試験の実施にはじまり,時代にともなっ て,特別措置や配慮事項も変遷してきた。1970 年代前半に教員採用試験を受けた佐藤さんは, 点字受験を申し入れたが,最初は受け付けられ なかった。1973 年に全国ではじめて大阪府が点 字による教員採用試験を実施したが(視覚障害 者支援総合センター 2012),当時は試験時間の 延長措置もなかったという。1970 年代後半に大 阪府の教員採用試験を受けた高橋さんは,点字 受験はある程度制度化されており,試験時間も 通常の 1.5 倍に延長されていたという。ただし, 点字化できない問題が不正解として採点される など,点字受験者に不利な点も残っていた。 点字試験の公正な実施の画期的な基準となっ たのが,1979 年に開始された大学の共通一次試 験である。このとき,大学入試センター内に特 別問題作成部会が設置され,点字受験者にとっ ての公正な試験のあり方が調査,研究された。 この部会で,試験問題の点字化,触読できない 複雑な図を文章化するなどの代替問題の検討が 行われた。これを受けて,共通一次試験では, 点字による出題と解答,試験時間の 1.5 倍の延 長という特別措置が実施され,その後の各大学 の入試や公的試験の模範となった(広瀬 2005)。 その後,1991 年には国家公務員試験の点字試 験も実施され,松本さん,木村さん,井上さん が教員採用試験を受けた 1990 年代後半以降に は,点字試験の実施方法は確立していたと考え られる。そのため,松本さんと木村さんは特に 要望をしなくても,点字受験に適切な配慮がな された。ともに点字試験の実績がある自治体で あり,点字受験を希望すれば,前例に従って対 応がなされた。一方,井上さんは教育委員会に 文書で点字試験についての配慮を要望している。 点字試験の実施経験がない自治体だったために, 受験者が具体的に配慮事項を要望し,対応につ いて教育委員会と協議しなければならなかった と考えられる。 他方,視覚障害のある受験者にとって,点字 試験が適切な方法だとはいえない場合もある。 拡大文字を使用する弱視者や中途失明者の多く は点字に習熟していない。視覚障害者のうち, 点字が読めるのは 12.7%という調査もある(厚 生労働省 2008)。視覚障害者の有効な読み書き 手段としては,パソコンのスクリーンリーダー による文書読み上げもある。しかし,毎日新聞 の調査によると,教員採用試験にパソコンなど の文書読み上げを導入しているのは 47 都道府県 のうち 12 都府県に過ぎない。点字を導入してい ないところも 12 県ある(毎日新聞 2011)。 視覚障害者に対する教員採用試験の対応は, 時代とともに改善されてきた。しかし,自治体 によって対応が異なり,依然として適切な試験 方法が提供されていない自治体もある。 このように,筆記試験の適正化はある程度進 んできたが,一方で面接試験には大きな懸念事 項がある。面接試験で松本さんと木村さんは視 覚障害による職務遂行の問題点と対処方法につ いて質問されている。障害による職務上の困難 と解決方策を受験者に問うことには,障害によ る困難を個人の問題と考え,その解決を個人の 責任にのみ帰着させようとする認識がうかがえ る。障害を理由とする差別の解消の推進に関す る法律(以下,「障害者差別解消法」という)で は,障害者とは障害及び社会的障壁により継続 的に日常生活または社会生活に相当な制限を受
ける状態にあるものとされている。そして,社 会的障壁を除去するための合理的配慮を社会の 側に求めている。障害による職務上の困難の解 決方策は,障害のある受験者のみに問われるも のではなく,むしろ,雇用主である教育委員会 が合理的配慮として実施する責務を負うべきも のである。障害の困難を障害者に帰責し,それ を理由に合否が決められてはならない。 教員採用試験の合格に至らなかった高橋さん, 井上さん,木村さんは,臨時任用の講師や学習 支援員として教育現場で経験を積みながら,採 用試験の合格をめざしている。採用試験に合格 した要因として,木村さんは「学習支援で入っ てたので,(面接試験で)まあ今,一応は現場に いますってことで,いろいろこう勉強してますっ てこともいえたので,やっぱ,そのへん大きかっ たんじゃないかなと思ってますね」と語ってい る。また,井上さんは「非常勤ですけども,なっ て,もう当然,うまい授業はできなかったんで すけども,何とかやりくりするんやなっていう のは(教育委員会に)見てもらえたと思うんです」 と語っている。このように,二人は教育現場で 勤務したことが,採用試験の際に有利な条件と なったという。 だが,高橋さんは視覚障害のために講師を断 られ,木村さんは講師登録をしていたが依頼は こなかった。臨時講師の任用は基準やプロセス が明確でなく,障害者の任用が積極的にはなさ れないことが考えられる。また,正規採用の教 員と比べて,任用期間の限られた臨時講師には, 経費をかけた合理的配慮やサポートは行いにく いという実情があるかもしれない。臨時講師と しても教育現場に参入しにくいという障害者の 状況が,さらに障害者を教員採用試験の合格か ら遠ざけてしまうことになる。 Ⅴ.まとめと課題 前節では,障害者の教員への採用が進まない 背景には,教育制度上,社会構造上の課題があ ることを示した。最後に,それらの課題を総括し, 障害者の権利保障の観点を踏まえて,解決に向 けた提言を試みる。 「教員志望の動機」では,障害のある教員の存 在が障害のある児童,生徒の教員志望を喚起す る可能性を示した。だが,障害のある児童,生 徒が障害のある教員に出会う機会は少ない。障 害のある児童,生徒に障害のある教員をロール モデルとして提示するには,障害のある教員の 存在を広く発信することが有効であろう。障害 のある教員が増えるほど,また,障害のある教 員の存在が広く知られるほど,それをロールモ デルとする障害のある教員志望者も増え,障害 者の教員への採用が促進されることが期待でき る。 また,特別支援学校で学ぶ児童,生徒は,職 業の選択肢として普通校の教員を想定しにくい 環境におかれている。インクルーシブ教育の実 現により,障害のある児童,生徒が普通校で学 ぶようになれば,普通校の教員を職業の選択肢 として想定しやすくなり,普通校の教員を志望 する障害者が増える可能性がある。 「教育実習」では,特別支援学校での教育実習 だけでは,普通校の教員を養成するのには十分 でない可能性を示した。また,普通校での教育 実習によって,障害のある学生が普通校での勤 務に自信をつけたり,普通校の教員を志望した りすることを示した。だが,障害のある学生は 普通校での実習から排除されやすい。障害のあ る学生が普通校の教員になる可能性を確保する ために,障害のある学生の普通校で教育実習を 行う権利が保障されなければならない。教員養 成機関は普通校での教育実習における合理的配 慮を実施し,障害のある学生が普通校で勤務す
る実践力をつけられるように,効果的な教育実 習を提供する必要がある。また,実習校は障害 のある学生の受け入れに門戸を開き,合理的配 慮を実施して,十全な受け入れ体制を整えるこ とが望まれる。 「教員採用試験の準備」では,活字媒体にアク セスしにくい視覚障害者にとって,インターネッ トが情報収集の有効な手段となっていることを 示した。障害者の情報アクセスの権利を保障す る観点から,教育委員会や文部科学省には,ホー ムページにおける教員採用試験や関連情報の公 開を一層充実させることが望まれる。 また,学習資料や模擬試験が活字でしか提供 されないことが,視覚障害者の学習環境を著し く不利なものにしていることを示した。障害の ある学生に障害のない学生と同等の学習する権 利を保障するために,障害に応じたアクセシブ ルな媒体で文字などの情報を提供することが求 められる。 「教員採用試験」では,障害のある受験者への 対応が時代や自治体によって異なることを示し た。教育委員会には採用試験の実施に際して合 理的配慮を行い,障害のある受験者が能力を発 揮しやすい方法で試験を実施することが求めら れる。また,面接試験においては,障害の困難 は社会的障壁からもたらされるという認識に立 ち,受験者の職務遂行上の困難を聴取するなら, 採用後に必要な合理的配慮のための資料とする ように望みたい。 現在,教員採用試験の障害のある受験者への 対応は,各自治体が独自に行っている。だが, 障害のある受験者が試験方法の協議などで余計 な負担を課せられず,見通しをもって採用試験 に臨むためには,全国的に一定の適切な対応を 保障することが必要であろう。 文部科学省は,毎年,各自治体の「教員採用 等の改善に係る取組事例」を調査し,その中で「身 体に障害がある者への配慮」を取りまとめてい る。文部科学省は調査のみにとどまらず,教員 採用試験における障害者に対する合理的配慮に ついて,対応指針や特別措置の基準を策定し, 全国の教育委員会に通達して,どの自治体にお いても一定の適切な対応が保障されるようにす べきであろう。 最後に,教育委員会には,臨時任用の講師や 学習支援員などの職種でも,障害者を教育現場 で雇用する機会を拡充するように望みたい。障 害に合わせた多様な働き方が準備されていれば, 障害者が無理なく教育現場に参入できる。さら に,教育現場で経験を積むことが,障害者の教 員としての資質能力を高め,教員として採用さ れることにもつながるのである。 以上のように,教員志望の段階,教員養成の 段階,教員採用の段階で,障害者が教員になる ことを阻む社会的障壁が浮かび上がったが,本 稿ではその詳細な内実を解明するまでには至ら なかった。2016 年 4 月 1 日,障害差別解消法お よび改正障害者雇用促進法が施行され,養成段 階では教育機関である大学に,採用段階では雇 用主である教育委員会に,障害者に対する社会 的障壁を除去するための合理的配慮の提供が義 務づけられた。養成段階,採用段階における社 会的障壁を具体的に明らかにすることで,それ らを除去するための合理的配慮を大学や教育委 員会に求めることが可能になる。養成段階,採 用段階における社会的障壁が除去されれば,障 害者の教員への採用は大きく前進するだろう。 本稿では,養成段階での学習環境,教育実習, 採用段階での教員採用試験,臨時的任用に社会 的障壁があることを示した。さらにこれらの項 目を焦点化して,それぞれについて掘り下げた 調査を行えば,障害者が教員になることを阻む 社会的障壁の内実を詳細かつ具体的に明らかに することができるだろう。
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Original Article
The Social Barriers for Persons with Disabilities to
Become Teachers in Today s School Systems:
Narratives of Teachers with Visual Disabilities Who
Took Employment Examinations in Braille
NAKAMURA Masaya
(Graduate School of Core Ethics and Frontier Sciences, Ritsumeikan University)
Promoting the recruitment of persons with disabilities as teachers is demanded in both the policies of inclusive education and the employment of persons with disabilities. However, persons with disabilities employed as teachers are very few in number. This paper studies the obstacles in the process from the viewpoints of persons with disabilities. Six teachers with visual disabilities were interviewed and their answers analyzed based on four extracted categories that examined 1) their motivation to become a teacher, 2)how they practice teaching in actual schools, 3)their preparation for employment examinations for teachers, and 4)taking the actual teachers employment examination. The result found that 1)Students with disabilities do not have enough opportunity to find other teachers with disabilities as role models. 2)It is difficult for the students of special needs education schools to imagine themselves becoming teachers at general education schools. 3)Students with disabilities tend to be excluded from practice teaching at general education schools, therefore they cannot prepare to teach at general education schools. 4)There are social barriers regarding access to information about the employment examination, teaching materials, and mock examinations. 5)Each local government handles applicants with disabilities differently regarding the teachers employment examination, and they do not always provide proper adjustment for applicants with disabilities. 6)It is difficult to even find temporary teaching employment for persons with disabilities. The conclusion argues that the current education system and social structure in Japan are great obstacles for persons with disabilities to become teachers. Thus, it is demanded that the Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology, the boards of education, and the educational institutions for teachers training realize the goal of inclusive education and make reasonable accommodations in order to eliminate the social barriers for persons with disabilities.
Key Words : teacher with disability, visual disability, teachers training, recruitment of teachers,
reasonable accommodation