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仮構世界

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Academic year: 2021

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(1)3巻1号 1991. 7 文学· 芸術・文化. 失敗談を語り合ったりするだけで、独りでやっている時. 仮構 世 界. に比べて逢かに楽しくなる。実質的な情報 のやり取りが. 清 島 秀 樹 ゲームの面白さは、ゲームそれ自体よりもそのゲーム. 全く無くても、単に、怪物Aを肴にして喋るだけで結構. みたり、ゴールに達する早さの新記録、高得 点に挑ん で. について人と話すことの内にある場合が少なくない。独. みたりする。いつの日か友達と話す時の自 慢材料 を作る. りでやっていて十分に楽しいものでも、それについてア. べく心 忠欲を燃やすのである。たとえ自慢ということを意. 面白い。このような話相手が居ると、自室で独りゲーム. てある。冒険もののゲームならば、自らが主人公になっ. ターのプログラムを相手にして独りで遊べるように作っ. 識していなくても、友達が認めている限 界に挑戦するこ. レコレと話を出来る相手が居ると、その楽しさは飛 躍的. て、次々と出てくる敵を倒しながら様々な難所を切り抜. と自体が情熱をかきたてる。そして、不死と言われてい. に挑む時の態度も迎ってきてしまう。 友達が「倒すのは. けた末に目的の物を手に入れるまでの遊びだが、それは. た怪物 Bの誰も知らなかった弱点を見つけ出したりした. に増すものだ。例 えば、コンピュータ— ・ゲー ム。それ. 完 全に独りだけで楽しめる。ところ が、同じ冒険ゲー ム. 時は、 「 世紀の大発 見」 と言う感じで鬼の首でも取った. 絶対に不可能だ」と言っていた怪物Bに敢えて挑戦して. をやっている友達と話が出来ると、面白さの質が変 わっ. ように興奪する。何かのはずみで、怪物 Bを倒すことが. はどのような種類のものにしろ、基本的にはコンビュー. 性について互いに情報 を交換したり、Aの倒し方を自慢. 出来た場合なぞは、コンピューター を前に独り喝采する. てしまう。極端に面白くなるのだ。例 えば、怪物Aの特 し合ったり、Aの強さを皆で嘆いたり、Aと戦った時の. - 71 -.

(2) 清島 仮構世界. ム友達との話しの有無によって劇的に違って来るのだ。. つまり、ゲ—ム世 界に居る怪物Bと戦う面白さが、ゲー. 死の怪物Bを倒した時の興奮には比べようもない筈だ。. れはそれで嬉しいだろうが、友達の話題になっていた不. 「ああ、大変 な強敵だった」 と感じるだけであろう。そ. ゲー ム を や っ て い る 内 に 怪 物 B を 倒 し た 場 合 は 、 単 に. く し て は あ り 得 な い。 全 く 話 す 相 手 が 無 く 、 只 独 り で. に違い無い。この類の楽しさは、ゲーム友達との会話無. はいけない。少なくも、チェスに関しては、 一九九 一年. 分に楽しめる。ちなみに、コンピューターを馬鹿にして. を相手にすれば、上達もするし、独りでやっていても十. なソフトを相手にすれば良い。強いソフト・プログラム. ち負けだけが面白いならば、コンビューター 将棋の優秀. 会話を楽しんでいる面すらある。もし純粋 にゲームの勝. 様々である。愛好家達はゲーム以上にこうした何気ない. あった り 、或 は 、将 棋 の 駒 や 盤 の 話 し を 楽 し ん だ り と. したり、他者の対局について後ろの方でひそひそと評し. 夏の現時点で、世界チャンビオンと始ど並ぶ強さのもの. 場合 によると、ゲームそのものよりも友達とそのゲーム について話すことの方が楽しくなったり、友達と話すた. が既にある。将 棋や碁に関しては、ソフトの開発が遅れ. 体調 が悪 かった。 今 度 は私 が 勝た せ て貰 い ま す よ」 と. と同時に会話を楽しむ。将 棋愛好家どうしは、「前 回は. これらのゲームを愛する者は、多かれ少なかれ、ゲーム. 式だと、チェスや将棋や碁など。プロは別にして素人で. ピューターだけを相手にするようになるとは思えない。. るようになったとしても、愛好家が独り家に籠ってコン. だろう。仮に遠い未米に優れた将 棋ソフトが数多く出回. る方が良いに決っているのだが、箇単にそうは行かない. 楽しむだけならば、弱い人間よりも強い機械を相手 にす. でも強いものが出来る筈だ。そこで、単に将棋の勝 負を. ているだけの話しであり、時間と労力さえかければ幾ら. 言った類の挨 拶に始まり、将棋をさしながら他愛ない話. 古典的なゲームは複数の人でやるものが多い。対戦形. めにゲームをやることすらある。. し を 楽 し み 、 勝 負の 後 は 「 あそ こ の金 打 ち が ま ず か っ いや、その前の桂馬とりが敗因だね」等々 の事後. らず好むだろうし、人間より機械が良いと言う者にして. 或る者は強い機械より弱い人間を相手にするのを相変わ. 「. 評を面白がる。無論、対戦者どうしの会話 に限らない。. も必ずや他の愛好の七 との会話を求める筈だ。話すこと. た」. 時の名人戦のことを論じたり、互いの失 敗談や自慢話を. - 72 -.

(3) と言えば、「今度出たソフトは銀の使い方が下手 だね」. てはそんな沈黙のゲームはさして面白くもなく、 不気味. うしの会話にこそ楽しさの秘密が有る。街のゴルフ ・セ. ですらある。この類のゲー ムに楽しさを加えるのは正に. ン タ ー で 独 り ボ— ル 打ち の 練 習 に 励 ん で い る 者 に し て. とか「この前、例 の手ごわいソフトに勝ったよ」 などの. 釣りなどは基本的に独りでやる遊びであり、独 り静か. も、いつか仲間とゴルフ場で遊び語らうと言う目的が有. 会話であると言い得る。無論、勝 ち負けを競うこと自体. にやるのが一番 良い、と思っている人が少なくないだろ. るからこそ、ボー ルを打つだけの孤 独な単純作業に熱中. の中にも面白さはあるのは事実だが、それ以上に仲間ど. う 。そ れ は そ れ で 当 っ て お り 、 何 処 も 間 違 っ て は い な. でき、その中で色々な工夫をすることに楽しみを見いだ. 独りだけでやっているよりも逢かに楽しいからである。. い。しかし又、同好の士と話しをする時に独特の楽しさ. せるのである。最終のH的は仲間との会話 である。. 新手の将棋談義 となろう。そういう話相手を持つほうが. が有るのも否定できない事実である。話相手は、船頭、. いて、多くのゲー ムが展開 する世 界は人の観念の中だけ. 釣りやゴルフのようなスポー ツ的要素の強いものを除. 釣具屋、釣り仲間など、釣りの知識があり気の合う人な ら誰でも良い。たとえ極めて稀にしか口をきかないとし ても、 一言でも釣りに関して話せる人が身の回りに居る か居ないかで、楽しさ面白さは随分と違ってくる。. 基本 骨格が規則の群から成り立っているからである。規. にある仮構に他なら無い。それは、ゲー ムと言うものの. 則とは人々の精神が共同で創り出したものであり、その. 釣りや将棋やコンピュー ター ・ゲー ムなどと述い大人 じである。そのゲー ムについて皆でワ イワ イと話をする. 規則どうしの多様な組み合わせも人の精神が自らの精神. 数でやることを前提にしているゲー ムの場合も事情は同. ことが面白さを倍増させる。ゴルフ、 マージャン、トラ. ある。そのような観念的 存在を目に見えるような形で扱. 世 界の内で行う。この組み合せの過程がゲー ムの本体で. し、現実のゲー ム用具類は、あくまで観念世 界の 出来事. お うとする時に物理的なゲー ム用具が必要となる。しか. 話を全くしないで只ゲームだけを皆が黙々とやっている 場合を想像してみれば良い。ゲームで生活しているプロ. ンプ、 双六 、 カルタ等 々で、そのゲー ムに関しての無駄. ならばそれ で良いかも知れ ないが、素人の 愛好家にとっ. - 73 -. 1991. 7 3巻1号 文学・ 芸術・文化.

(4) 清島 仮構世界. と同時に、 テレビ画 面では解説用の壁掛 け式の盤上にも. が、名人と挑戦者の間の高価 な将棋盤の上に現れている. のには色々な手段を使うことが出来る。名人戦の対局A. を具現化する手段に過ぎ ない。 同じ―つの出来事を表す. ( 将棋の駒や将棋盤など)だけである。そこで敢えて言. 定できるのは、通常、身体の五感で直接に捉え得るもの. で扱うことが出来ないからである。我々が存在場所を特. 碗は何処にあるのか?」「机の下にある」のような調 子. どのような状態であるかはもちろん特定できない。そも. えば、対局Aは人々の精神の中にあることになる。しか. そも精神とか思考と言うものは、何らかの大きさを持っ. し「精神の中に」と言ったところで、精神のどの部分に. 他なら無い。どれかが対局Aの本物で別のものがその写. た一物体ではなく、或る種の出来事の集まりに付けられ. 場合、何処に現れたものにしろ、それは等しく対局Aに しと言うような「 オリ ジナルとコピー」の区別は有り得. 現れ、様々な雑誌や新聞の紙面にも現れる。このような. ない。それは、対局 Aの本質が物理的な将棋盤や駒にあ. た名称であるから、その中の場所や部分を物体的 イメー. の中にある」と表現したのである。さて、この精神の中. るのではなく観念世 界にあるからだ。観念世 界の中に創. に創られた仮構のもの、これは凡そゲーム一般の正体で. 神と呼ばれる場で展開される、と言う意味合いで「精神. 「直線」や「数」などを思い浮かべてみれば容易に分か. ジで云々することは出来ない。そこで単に、ゲームは粘. る。対 局Aと言う特定ゲームは観念の中の仮構であるか. ある。これまで述べてきた対局Aに関する話しは、 将棋. 発想が当てはまらないことは、数学の中で使われている. ら駒などの物理的事物から離れて存在し得 るので、基本. ゲームの類にも同じように当 てはまる。無論、ゲームの. だけでなく、 マージャン、トランプ、コンピューター ・. られた仮構のものに「 オリ ジナルとコピー」の二分 法的. 的には、別に現実の駒や将棋盤などが無くてもよい。達. て論じていることは基本的 に全てが当 てはまる。. かれ、その本質は仮構であるから、ここでゲームについ. 一種である数学を初めとする諸々の学問も、多かれ少な. 人どうしならば、駒の動きを伝え合 うだけで、 頭の中だ. けで勝 負を出来る。 仮構 の も の は、そ の 存 在 場所 を特 定 出 来 ない。そ こ で、対局Aと言うゲームは何処に存在するのか、などの 質問も殆ど意味をなさないことになる。「私の湯のみ茶. - 74 -.

(5) ムについて語り合える仲間が居ると、その面白さは劇的. 独りだけで十 分に面白く遊べるゲー ムでも、そのゲー. どが有る。通常、一緒 に創る相棒が違えば出来上がった. き上げた精神世界とか、夫婦の間で形成した精神世界な. 個人的なものには 、永年つき合ってきた友人との間で築. いにつき合いを持ってない限り、完 全に違ったものとな. に増すものだった。その原 因は、我々が仮構世界を共有. る。無論、AとBと私が互 いによく知 っている幼馴染み. 界と、友人Bと共に創り上げた世界とでは、AとBが互. に仲問を欲しいと言う願望 である。複数の人問と仮構世. どうしの場合は、 三人は 共有の或る世 界を持つことにな. 仮構世界も違ってくる。私 が友人Aと共に創り上げた世. 界を共有し合い、その世 界を通して他者と交流しようと. る。こうして、人は知り合いの数に応じて複数の仮構世. 仮構世 界に参加したいとか、自分が持っている仮構世界. す る無意識の欲求である。例 えば、 ゲーム世界Aに現れ. 界を持つ。幼馴染みの友人A.Bと共有する世界a、職. す るのを好むことにある。それは、他人が形成 している. る怪物 Bと自分独りで格闘していても面白いことは確か. F と創った世界b、妻と共に創り上げ E . 場の友人D .. の世 界を持っているのが常である。当然それぞれの世界. なのだが、その同じ怪物 Bと格闘したことがある他の人. には大小深 浅があり、 一 部 が重なり合うものもある。実. 間の存在 を確認でき、その者と情報 交換を出来ると精神. 関しては互いに情報 交換をしたり、喜怒哀楽を或る程度. Aと同じ世 界で動いている者が居る」「ゲーム世 界Aに. は、この世に生きるとは、人が自らの持つこの異なった. てきた世 界 C、と言う具合に一人の人間は異なった多く. まで共にすることが出来る」 「世 界Aの中では彼と話し. れ ぞ れ 世 界 の 中 で 動 き 回 る こ と で あ る 。 言 菓 を 変 えれ. 仮構世 界a、b、 C等々の間を適当に移動しながら、そ. が極度に輿 酋する。「自分が動き回 っているゲーム世 界. 揚させるのである。そして、精神が活発に動くとは、楽. が通じる」などの意識 に基づ いた会話が 精神の働きを高. 我々はしばしば仮構世界を共同で創り上げる。将棋、. り 、最愛の 人 を 失 うこ と は 、単 な る 知 人 の 消 失 で は な. 界群の総体に他なら無い。従って、大の親友をなくした. ば、或る人にとっての全宇宙とは、その人の持つ仮構世. 囲碁、チェスなぞは人類が長い時間をかけて 共同で創り. く、彼等 と形成 した巨大な仮構世界自体の消滅を意味す. しさ面白さが増すことに他なら無い。. 出した産 物であるし、学 問の多くも そうである。もっと. � 75�. 1991. 7 3 巻1号 文学· 芸術・文化.

(6) 清島 仮構世界. げてきた「夫婦」と言う仮構世界が彼の全宇宙の半分以. ることである。例 えば或る人にとって、妻と共に創り上. る。それは、その人にとって宇宙の一部 が実際 に無くな. 暖ゴッコである。彼等が味わっている楽しさは、共有し. でいる場合も、大方の話しは分かり切った思い出話や詠. 旧友どうしが取り留めもない話しに花を咲かせて楽しん. 出 話 と 言 うも の は 、 何 の 新 情 報 も も た ら さ な い も の だ. 合 っことが彼等に喜びをもたらしている。従って、 思い. て い る 世 界自 体の す ば ら し さ に 由 来 す る と 言 うより 、. らの精神のうちに残された仮構世界「夫婦」の思い出の. が、独特の楽しさを与えてくれることが多い。この思い. 上を占めるほどに巨大な場合、妻の死は単に最愛の人が. 中に独り遊ぶことは出来るが、それは消失した宇宙を取. 来たものである。或る世界を共有していることを確認し. り戻すことの役には立たない。と言うのは、仮構世界自. 出話の世界が過去の事実に即して居るか居ないかは重要. 「 共有の世界を持っている」と言う意識から産まれ出て. 体に面白さや楽しさが備 わっているのではなく、その世. い。実際 に、 思い出話しのかなりの部分はしばしば美化. な 問 題 で は な く 、 架空 の 想 像 か ら成 り 立 っ て い て も よ. 眼前から消 えたと言うだけではなく 、彼の全宇宙の半分. 界を共有し語り合うことの中にこそ深 い楽しみの源があ. が現実に消 滅したことを意味する。妻なきあと、彼は自. 一人で形成した仮構世界は、その世界に るからである。―. された想像で出来上がっているものだが、それで良いの. その世界を支えている人々がどう思っているかが全ての. ― 遊ぶ二人が共に居て初めて機能する。そこで語り合う一. 問 題を決定する。皆か共通に認めるものは、それだけで. で あ る 。そ も そ も 、か の 仮 構 世 界に現 れ る一 出来事 の. 世界は、消 失した宇宙の残骸以上のものにはならない。. 立 派な事実であり、 実在 である。このことは思い出世界. 「客観的真 偽」 などを云々するのは大して意味がない。. 仮構 世界を他人と共有していて、それについて話しを. に存在 しないに等しい。彼にとって亡 き妻との思い出の. するのは楽しい。その場合、話しの内 容は、かなり下ら. だけではなく、 凡そ我々が持っている仮構世界全てに共. 人が居なければ、その世界は何の楽しさをも産まず、単. ないものでも構わないことが多い。分かり切った話し、. 我々が「現実世界」 と呼んでいるものは、人類が長い. 通する性質でもある。. 楽の叫び、等で十分である。戦友や同じ釜の飯を食った. 何度も何度も繰り返された話し、殆ど意味のない喜怒哀. - 76 -.

(7) 時間の流れの中で共同して造り上げてきた仮構の一種で ある。色々な仮構世界のうちでも、この「現実世界」 を 造り上げるのに参加した人数が最も多い筈だ。従 って、. それは我々にとって最も確かな存在である。しかし、そ れは人類の精神が創り上げものである限り、その基本は ゲー ム世界と類似した構造を持っている。本質的には同. じと言ってもよい。人間が生み出した諸々の学問体系、. 「コンビューター ・ゲー ム」や「将棋」の 語の部 分にそ. 文化伝統も然りである。これまでの文中で使われている れらの単語を代 入してみれば良い。殆どがすんなり行く はずだ。. - 77 -. 1991. 7 3巻1号 文学・ 芸術・文化.

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参照

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