Ⅰ.は じ め に
本稿は,2018年末現在,法制審議会「少年法・刑事法(少年年齢・犯罪 者処遇関係)部会」で検討されている諸制度のうち,「起訴猶予等に伴う 再犯防止措置の在り方」の一つとして「検察官が働きかけを行う制度」の 導入に向けた法的問題点を検討するものである。 本制度は, 検察官によ る事件処理の一つである起訴猶予について,現行は無条件であるのに対し て,被疑者に保護観察を付することを条件とするものである。したがって, 本稿では,これを「条件付起訴猶予制度」(以下,「本制度」ともいう)と 呼ぶことにする。 ただし,法制審では,第10回会議(2018年10月11日)において,今回は 本制度の法制化を見送ることが提案され,今後の検討課題とする方向が示 された。もっとも,そこでは,本制度が理論的にも,また法政策的にも ─ ─1条件付起訴猶予制度の導入に向けた
法的問題点の検討―序論
辻
本
典
央
Ⅰ.はじめに Ⅱ.ドイツの条件付起訴猶予制度 Ⅲ.法制審案の検討 Ⅳ.今後の課題 本稿は,第45回日本犯罪社会学会のテーマセッションF「「入り口」支援は “悪”なのか―治療的司法概念に基づく回復支援・問題解決型支援を考える―」 で行った報告に,加筆・修正を行ったものである。 法制審議会少年法・刑事法(少年年齢・犯罪者処遇関係)部会「第10回会議妥当なものであるとの意見が付け加えられたようであり,今後もなお,実 用化に向けた議論は続けられるようである。したがって,この時期にしっ かりと検討しておくことの意義は,依然として変わるものではない。 本稿は,基本的に,罪を犯した者に対する早期の適切な支援を図ること は望ましいが,本制度が裁判所の関与のないまま検察官の訴追裁量の枠内 で独自に保護観察が付される制度として導入されようとしてきた点には反 対の立場である。 これを理論的に裏付けるべく, 比較法的知見として, 早くから条件付起訴猶予制度を制度化し,実際に運用しているドイツの法 制度を参照して,検討につなげたいと思う。
Ⅱ.ドイツの条件付起訴猶予制度
1.公訴提起の諸原理 ドイツでは,公訴提起に際して起訴法定主義が採用され,検察官は,犯 罪の嫌疑が認められる限り,基本的に公訴提起を義務付けられる(ドイツ 刑訴170条1項)。このような法制度は,第1に,応報刑論,絶対的刑罰 観,第2に,検察官に対する不信が基礎にあるとされている。すなわち, 社会で犯罪が発生した場合,犯罪者はその報いとして処罰を受けなければ ならないのであり,その際には,裁判所が責任を持って事案を解明し,適 切な処罰を図るべきというわけである。 もっとも,絶対的応報刑論に対する批判から目的刑論が登場し,特別予 ─ ─2 議事録」。特に川出敏裕委員(32頁),井上正仁部会長(34頁)発言。 日本弁護士連合会「検察官による「起訴猶予に伴う再犯防止措置」の法制化 に反対する意見書」(2018年(平成30年)3月15日付)も,同様のスタンスか ら,条件付起訴猶予制度の導入に対しては反対するものである。 BVerfG NStZ 1982, 430.防の観点が取り込まれるようになると,犯罪者処遇も,必ずしも刑罰を絶 対的に必要とするものではないと考えられるようになった。その結果,現 在の通説とされる相対的応報刑論を前提に,起訴法定主義の原則は維持し つつ,主に軽微な事案を対象とする諸種の手続打切り制度(ドイツ刑訴153 条以下)も併用することで,実質的には起訴便宜主義的な運用が図られて いるのである。その際には,現在における検察官制度への信頼も基礎にあ るとされている。 2.手続打切りの諸類型 手続打切りは,刑事手続を行い犯人に刑罰を科することの公的利益との 関係で,次のように類型化される。 第1は利益が見えない類型であり, これは刑罰を科するに値しないほど軽微な事案を対象とする(ドイツ刑訴 153条)。第2は利益が刑罰に代わる他の手段でも実現され得る類型であり, 本稿で対象とする条件付起訴猶予(ドイツ刑訴153a条)もこれに当たる。 第3は他の利益が優越する類型であり,刑事手続を実施することで国家の 安全に脅威が生ずるような場合である(ドイツ刑訴153d条)。そして第4 は利益が私的なものとして解消される類型であり,被害者による私訴の対 象とされている犯罪がこれに当たる(ドイツ刑訴374条以下)。 3.刑訴法153a条 条件付起訴猶予制度の概要 ドイツの条件付起訴猶予制度(ドイツ刑訴153a条)は,1974年に導入 された。本制度の導入により,刑事手続を遂行し刑罰を科することの公的 利益が存在する犯罪に対しても,刑罰以外の処分によって代替させ得る処 遇方法が可能となった。条件付起訴猶予制度は,検察官に対して,被疑者 ─ ─3 Roxin=Sch nemann,(Fn 5), Rn 5.
に賦課又は遵守事項を課した上で手続を打ち切ること,つまり条件付で起 訴猶予とすることの権限を与えるものである(ドイツ刑訴153a 条1項)。 起訴後は,管轄裁判所にも同様の権限が与えられている(ドイツ刑訴153 a条2項)。 条件付起訴猶予の実体要件は,第1に,刑事訴追を行うことの公的利益 が被疑者に対して賦課又は遵守事項を課すことで解消され得ること,第2 に,被疑者の行為責任の重さが手続打切りを妨げる程度ではないことであ り,手続要件は,管轄裁判所と被疑者の同意を得ることである(ドイツ刑 訴153a条1項1文)。ただし,法定刑が軽く,事案も軽微な軽罪について は,裁判所の同意を省略することができる(ドイツ刑訴153a条1項7文, 153条1項2文)。その効果は,暫定的な起訴猶予であり,被疑者が指定さ れた期限内に賦課又は遵守事項を履行しなかった場合には,起訴猶予処分 が事後的に取り消され,公訴提起を行うことができる(ドイツ刑訴153a条 1項1文)。他方,被疑者が期限内に履行した場合,当該行為を軽罪として は起訴することができなくなる(ドイツ刑訴153a条1項5文)。ただし, 事後に新たな事実が判明し,重罪に該当することが明らかになった場合に は再訴(再起)できることから,一事不再理効は限定的なものにとどまる。 本制度によって課すことができる事項は,3 つの類型に分けられる。第 1に,金銭等を給付させる類型(ドイツ刑訴153a条1項2文1~3号), 第2に,被害者との関係を修復させる類型(同4・5号), 第3に, 改善 更生に向けたプログラムに参加させる類型(同6・7号)である。実際の 運用では,第1の類型が大半を占めているが,第2の類型や,第3の類型, すなわち,日本で導入が検討されている改善更生に向けた類型も毎年相当 数が利用されている。また,法律上の列挙は例示であるにとどまり, こ ─ ─4 年間約174,000件のうち,第1類型は154,000件,第3類型は850件(Statistisches Bundesamt, Rechtspflege Staatsanwaltschaften, 2016, S. 26 f)。
れ以外の事項を随意に課すこともできる(この場合,裁判所の同意は不可 欠である)。 本制度の問題点 本制度は,起訴法定主義に対する例外として,正面から起訴便宜主義的 な運用を認めるものである。また,検察官の裁量で条件を付することがで きることから,一定程度取引的な要素も含むものでもあるが,本制度は, ドイツの実務に定着し,その存在は揺るぎのないものとなっている。 もっとも,その運用において,今なお問題も残している。特に巨大背任 事件として著名なマンネスマン事件が社会的な耳目を集めたように,重大 経済事犯などのホワイトカラー犯罪において,資産家が金銭を支払って刑 事訴追及び刑罰を免れる事案も見られることから,平等原則(ドイツ基本 3条)違反だとする批判もある。この点,近時の判例で,被疑者が金銭を 支払って刑事訴追を免れるということは,その給付が「無償」のものでは ないとされたことから, 刑事手続の商売化である, 自由を買うための制 度になっていると批判されているところでもある。ただし,これらの批判 は,金銭等の給付が大半を占めるドイツ法特有の問題点であり,日本での 法制度化の検討に当たっては,さしあたり無視してもよい問題である。 日本との関係において,検察官の裁量によって被疑者に不利益処分が課 され,これに対する裁判所の事前及び事後の審査機会が(一部の事案にせ よ)欠ける点については,批判も多い。確かに,本制度の立法当時,法案 を提出した政府からは,本制度によって課される賦課又は遵守事項は「刑 罰」とは全く次元の異なる異質の処分であり,これを前提に,裁判所の司 ─ ─5 BT-Drucks 14/1928 S 8. BGH StV 2010, 555. 本判例は,破産事件として,刑訴法153a条に基づいて 課された処分により被疑者が金銭給付を履行したことに対して破産財団から異 議が申し立てられ,その取戻しが認められた事案である。
法審査が不要であると説明されていた。しかし,これらの処分の賦課は刑 事訴追の利益を解消し得るに適したものであるべきとの前提条件からは, 再犯防止による社会防衛という効果が得られることが不可欠である。それ ゆえ,被疑者においても,賦課又は遵守事項が,刑罰の感銘力や再犯防止 効果と同様の効力を発揮させるものでなければならず,刑罰と全く異次元 のものということはできない。そのような理論的背景から,学理では,刑 罰に類似の処分であるとして,裁判所の関与を一定の場合に不要とする点 に対しては,批判も強いところである。1980年に出された刑事法研究者グ ループによる代案は,そのような理解から,153a条を廃止し, 公判手続 を省略した判決手続の導入を求めるものであった。 また,本制度による手続打切りは,被疑者の同意が要件とされているが, その任意性が確保されているかどうかについても問題がある。被疑者の同 意は,被疑者本人に処分を受け容れ,その履行を確保させることが目的と されるが,その前提として,同意が任意に行われることが確保されなけれ ばならない。しかし,検察官の条件付起訴猶予の提案に対して被疑者がこ れを拒絶するならば,公訴提起による刑罰賦課のコースが待っているので あり, 被疑者にとって選択の余地があるかどうかは疑わしい。 そのよう な状況では,やはり弁護人による援助が重要であり,弁護人が被疑者に的 確に助言等を行うことで,任意性が担保され得るはずである。この点,ド イツの刑事弁護は少なくとも量的には充実しており,多くの事案で弁護人 が選任されるが,それでもなお,必要的弁護の対象とされていない点(ド イツ刑訴140条)は, ドイツの必要的弁護が国選弁護と連動していること ─ ─6
Arbeitskreis deutscher u. schweizerischer Strafrechtslehrer, Alternativ-Entwurf Novelle zur Strafprozessordnung : Strafverfahren mit nicht ffentli-cher Hauptverhandlung, 1980.
(ドイツ刑訴141条)からも,問題点として指摘されている。 4.小 括 以上,ドイツの法制度を見ると,確かに,日本とドイツでは,起訴法定 主義か起訴便宜主義かという検察官の刑事訴追のあり方についての本質的 な違いがあり,ドイツの本制度が一義的には刑事司法の負担軽減を目的と して導入されたという前提からは,両国の制度を単純に比較することはで きない。しかし,立法理由でも,再犯防止という刑事司法の目的が追求さ れるべきことも強調され,実際にも,社会復帰に向けた事項が付されてい る。それゆえ,条件付起訴猶予制度の導入から既に40年以上を経たドイツ の法制度を見た上で,そこで提起されている問題点を参照することは,こ れから導入を図る日本の制度の設計に当たっても,参考になるであろう。
Ⅲ.法制審案の検討
1.法制審案の基本的な考え方 法制審議会での議論は,2018年7月までに分科会に分かれての検討が終 了し,再び部会全体の議論に移っている。本稿が採りあげる条件付起訴猶 予制度は,第3分科会で検討され,その原案(以下,「検討結果」という) が全体部会に提出された。前述のとおり,その後の会議で今回は法制化が 見送られる方向が決定したようであるため,本稿での検討は,今後の展開 に向けた予備的な意味を持つものとなる。 検討結果ではいくつか重要な論点が挙げられているが,その前提として, ─ ─7 法制審議会少年法・刑事法(少年年齢・犯罪者処遇関係)部会第8回(平成 30年7月26日)会議配布資料「分科会における検討結果(考えられる制度・施 策の概要案)」。分科会の多数意見は,本制度案によって導入されるべき保護観察処分は, 刑罰とは全く次元の異なる制度であるとの認識である。 もとより,現行 法でも, 保護観察処分は形式的に刑罰ではなく(刑9条), それゆえ, 刑 罰規定の本質的な法効果ではない。しかし,仮釈放と保護観察との連動性 の議論で見られたように,残刑期間主義(刑29条3項の反対解釈)を前提 とする限り,仮釈放期間中の保護観察(更生48条3号,40条)は自由刑執 行の一態様であると考えられており,刑罰との関係性,連動性を否定する ことはできない。保護観察は社会復帰を目的とし,再犯防止のために,指 導監督と補導援護が行われる制度であるが,このことから,再犯防止を含 めた刑罰目的の実現に向けて,犯罪を行った者に対しその自由を一定程度 制限することによる不利益処分である。 条件付起訴猶予制度は,刑罰との関係性,連動性を持ったものであるこ とを前提に制度設計されるべきである。 2.手続面 検討結果では,手続面において,各手続関係人の同意及び関与について 検討されている。 第1に,被疑者の同意が要件とされた。この点について,分科会では, 不利益処分であるため同意を必要であるとする意見と,検察官の訴追裁量 権の範囲内で行うものであるため本来的に同意は不要であるが,被疑者に おいてその遵守事項が履行されることの実効性を図るべく要求されるべき であるとの意見が出された。この点,保護観察の法的性質を如何に理解す べきかに関わる問題であるが,いずれにしても,被疑者において同意が任 意になされることが担保されなければならない。この点についての私見は, ─ ─8 検討結果(前掲注)34頁。 検討結果(前掲注)40頁。
保護観察は刑罰に準じた処分であり,公判手続を経ないでこれを科するこ との条件として,被疑者の同意を要するべきだと理解する。略式手続や即 決裁判手続と,基本的に同様の性質というべきであろう。 第2に,弁護人の同意を要すべきかで,意見が分かれた。この点は,第 1の論点と関連付けて,不利益処分であるがゆえに,被疑者の権利利益の 保護のため必要であるとする見解と,被疑者による遵守事項の履行に向け た実効性が担保されれば足りるのであり,弁護人の同意は必要ではないと する見解が併記されている。被疑者の同意に任意性を担保することを目的 とするならば,後者の見解からも,弁護人の同意(又は関与)を不要とす ることには必ずしもならない。その上で,被疑者の同意は,被疑者が公判 で被疑事実に対して防御する機会を放棄して保護観察処分を甘受するとい う効果を持つものであり,一定の処分行為であることを考えると,それが 正しく行われるためには,弁護人の(一定の)関与を要するものというべ きである。 第3に,裁判官(所)の関与についても,必要とする見解と,不要とす る見解とに分かれた。必要とする見解は,検察官が公判手続による有罪認 定によらずに不利益な処分を科するためには,被疑者がこれに任意に同意 したこと,及び,遵守事項が適正なものであることを裁判官が承認するこ とが必要であるとする。これに対して,不要とする見解は,検察官の訴追 裁量に基づく処分であるため,裁判官の関与は本来的に必要ではなく,ま た妥当ではないとする。この点は,やはり刑事司法上の不利益処分性を正 面から肯定し,裁判官による事前のチェックを要するというべきであろう (いわば,強制処分に対する令状主義と同様の趣旨による)。 以上のとおり,手続面における論点は,検察官による本処分に不利益性, つまり刑罰に準じた性格を認めるかどうかという点に関わっている。もと より,被疑者の真摯な同意が前提であるならば,弁護人や裁判官の関与が ─ ─9
不要ということも否定できない。しかし,そうであるならば,本来的に法 改正そのものが不要であり,現行法下でもなし得るものということになる はずである。この点について,被疑者の選択権は公判手続を経た刑罰か, 又は,同意による不訴追かというものであり,同意に向けて事実上の強制 が働くことは否定できない。また,その前提として被疑事実に対する検察 官の有罪心証が処分の根拠となることから,これが適正に行われることの 担保も必要である。したがって,弁護人が一定程度関与した上で(同意ま で要件とする必要はないが),裁判官による事前のチェックを要するとい うべきである。 3.一事不再理効 検討結果では,被疑者が遵守事項を履行した場合の効果として,再起の 可能性に関して意見が分かれている。第1の見解は, 被疑者の履行に一 事不再理効を認めるものであり,これはさらに,再起を全く禁止すべきと する見解と,重要証拠の発見に限り再起を可能とする見解とに分かれる。 他方,第2の見解は,一事不再理効を完全に否定している。一事不再理効 を肯定する見解は,基本的に,被疑者の遵守事項履行に向けた動機付けを 強調するのに対して,否定する見解は,起訴猶予処分に関する現行の実務 を基本的に踏襲し,検察官の判断に委ねるべきだとするものである。条件 付起訴猶予制度は,保護観察処分によって,刑事訴追による刑罰に代替し て被疑者の再犯を防止するという効果を求めるものである。その際,被疑 者の同意が要件になるとはいえ,一定の権利利益の制約を伴う不利益処分 であることからすると,少なくとも,一定の範囲で一事不再理効を肯定す べきである。 ─ ─10 検討結果(前掲注)42頁。