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〈論文〉道の駅でまちづくり ―秋田県横手市「道の駅十文字」―

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道の駅でまちづくり

―秋田県横手市「道の駅十文字」―

戸井田克己

Ⅰ はじめに

1.道の駅とは  「道の駅」は、「安全で快適に道路を利用するための道路交通環境の提供 や、地域のにぎわいの創出」を目的に開始された。地域とともにつくる個 性豊かなにぎわいの場を提供することを基本コンセプトに、商業施設、休 憩・宿泊施設、地域振興施設等が一体となった道路施設である1)。全国の地 方自治体と道路管理者2)が連携して設置し、国土交通省(開始当初は建設 省)によって登録される。1991(平成 3)年に実験的に始まり3)、1993(平 成 5)年に正式に登録が開始された。2020(令和 2)年 3 月現在、全国に 1173 の道の駅が登録されている(図 1)。  道の駅の持つ様々な機能について、管轄する国土交通省は、① 24 時間無 料で利用できる駐車場やトイレなどの「休憩機能」、②道路情報や地域の観 光情報、緊急医療情報や災害情報などの「情報発信機能」、③文化教養施設 や観光レクリェーション施設などとして地域の核となり、活力ある地域づ くりや地域の結びつきを促進する「地域連携機能」の三者に大別している (図 2)。全国各地の施設ごとに地方の特色や個性を生かし、文化情報を発信 したり、各種のイベントを開催することで、利用者が楽しめるサービスの 提供を目指している。

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 ところで、日本語の「駅(驛)」は、音読みでエキ、訓読みではウマヤと 読む。つまり、その字の偏も示すように、日本語本来の語義は「馬屋(厩)」 であって、馬を飼っておく小屋のことをいう。この点、辞書には大概二つ の語義が載っており、「①列車を止めて、乗客の乗降、貨物の積み降ろしを する所。停車場。②律令制で、官道に設けて公の使いのために人馬の継ぎ かえや宿舎・食糧などを提供した所。うまや。」4)とされている。  このことから、鉄道が普及する明治以降になって「鉄道の0 0 0 停車場」とい う意味に転じたことが知られるが(①)、本来は「(馬をつなぐための)道0 の0 停車場」という意味だったことがわかる(②)。近代に入って、一世を風 九州・ 沖縄

144

中国

105

北陸

82

北海道

127

東北

165

関東

180

近畿

149

中部

134

四国

87

全国

1,173

駅の

ネットワーク

(2020年3月現在) 図 1 全国・地方別の道の駅 〔出所〕全国道の駅連絡会のホームページ(https://www.michi-no-eki.jp/)による。

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靡した鉄道の駅(単に「駅0 」と呼ばれる)に対して、あたかも控えめに 「道の0 0 駅」と呼称しているわけだが、日本では前者(=鉄道の駅)がたかだ か 150 年の歴史しかないのに対して、後者(=道の駅)は優に 1300 年の歴 史を有することがわかる。道の駅という語は、こうした本来の日本語から すれば、同義反復による不可思議な造語ともいえよう。  本稿の趣旨からはそれるが、日本語の語義として、「道の駅」の持つこう した側面についても確認しておきたい。 2.本稿の目的  前述のように、道の駅は、よその土地から自動車などでやってくる利用 者の単なる休憩施設にとどまらない。それは地域住民相互の情報発信基地 であり、地域の広域連携や地域振興を図る拠点施設でもある。その意味で、 道路施設であると同時に、こと過疎地域においては、「まちづくり」5)の有力 な手立ての一つともいえよう。 ・24時間、無料で利用できる駐車場・トイレ ※災害時は、防災機能を発現 ・道路情報、地域の観光情報、緊急医療情報などを提供 ・文化教養施設、観光レクリエーション施設などの地域  振興施設 休憩機能 情報発信機能 地域連携機能 休憩機能 情報発信 機能 地域連携機能 地域とともにつくる 個性豊かなにぎわいの場 図 2 道の駅の機能 〔出所〕 国 土 交 通 省 の ホ ー ム ペ ー ジ(https://www.mlit.go.jp/road/Michi-no-Eki/outline. html)による。

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 本稿では、全国の道の駅のうち、秋田県横手市の「道の駅 十 文字」に取 材し、こうした諸機能に基づく道の駅について、施設運営面での工夫と課 題とを、まちづくりの観点から予察的に考察することを目的とする。  「道の駅十文字」を取材対象とする理由は、まず、秋田県横手市のある東 北地方が、全国でも比較的多くの道の駅が立地する地域であることである (前掲図 1)6)。道の駅の少ない地域より、多い地域のほうが、まちづくりと の関連がより密接であると考えられる。くわえて、「道の駅十文字」での売 上額の多さから7)、まちづくりに向けた活動が比較的活発ではないかと考え られるためである。

Ⅱ まちづくり拠点としての道の駅

 前述したように、道の駅は旧来のいわゆるドライブインとは異なり、⑴ 休憩、⑵情報発信、⑶地域連携といった、社会性ある多様な機能を併せ持 つ施設である。その意味で、道の駅が主体となり、一方で外来の道路利用 者を、一方で地域住民を、それぞれ仲立ちすることを通して、まちづくり に寄与しうる施設ということができよう(図 3)。  本章では、これら⑴∼⑶の機能ごとに、それら一つ一つがまちづくりと どう関わるか、また、課題は何かを検討しよう。 1.休憩機能とまちづくり  まず、⑴の休憩機能である。ここで言う休憩機能には、中・長距離の域 外からドライブ客が立ち寄って休憩するための機能と、地域住民が心身を リフレッシュするために利用する機能とがある。通常、休憩機能といった 場合にまず思い当たるのは前者だが、多くの道の駅は、地域住民にとって も余暇を楽しむ場の一つとして親しまれている。  前者について、自動車は障害者、高齢者、乳幼児など弱者を連れての旅 行手段として適している。現状では、ドライブインなどにはこれら弱者が 利用できる、トイレその他の機能が設備されているとは限らない。この点、 道の駅の休憩施設は、生活弱者を含む誰もが安心して利用できることに特

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長があり、これが一般のドライブインとは大きく違う要素となっている。 換言すれば、赤ちゃんを連れた親や障害者が利用しやすい多目的トイレや、 スロープほかのバリアフリー施設の設置などは、道の駅として配慮すべき 不可欠な事項である。また、道の駅の休憩施設は、ドライブインやガソリ ンスタンドが終了した夜間に特に重要であることから、その認定にあたっ ては、24 時間使用可能なトイレが設置されていることが条件となっている8)  そのようにして、域外からドライブ客などが集まり、町がにぎわうこと は、まちづくりを進めるうえでの前提条件となる。人なきところにまちづ くりは難しく、過疎化地域にあっては、域外から流入する人たちがまちづ くりに寄与する。域外人口が域内に定住、すなわち I ターンしてくれるこ とが理想的だが、それに準じる役割を道の駅が果たしているといえよう。  一方後者は、地域住民にとって余暇活動の一部としても使われていると いうことである。この点について、先行文献での指摘は少ないように見え るが、筆者はこれも道の駅の重要な機能の一つであると考えている。  私事になるが、山村調査などで山道をひたすら走り、やがてぱっと視界 が開けたと思ったら、まもなくして道の駅に出くわすことがある。そこで ◦ 地域産業振興 ◦ 生活の質的向上 ◦ 人の活性化 ◦ 地域に住む誇り 地域社会 道の駅 設置主体 道路利用者 ◦ 休憩機能 ◦ 情報機能 ◦ 地域振興機能 ◦ 連携機能 ◦ 道路管理者 ◦ 地域社会 ◦ 交通の安全と快適 ◦ 旅行過程における   満足度の増大 ◦ 自己実現 図 3 道の駅の役割 〔出所〕 山形耕一・地域交流センター「道の駅の概念と計画―地域連携に向けて―」(注 8))、 6 頁による。

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トイレや昼食などの用を足すのだが、そうした域外者に交じって、地域住 民とおぼしき家族連れをしばしば目にする。それは、例えば 50 代ぐらいの 夫婦が老いた両親を誘って、あるいは 30 代ぐらいの若夫婦がまだ幼子を連 れて、付設の食堂やレストランで楽しそうに食事をしているような光景で ある。過疎地においては、家族で食事できる食堂・レストランはもとより、 日常の買い物のための商店やスーパーも限られている。道の駅はそうした 地域住民にとって、日常生活に必要な様々なサービスを提供する場である とともに、余暇を消費する場にもなっているといえよう。 2.情報発信機能とまちづくり  道の駅の情報発信機能には、道路利用者に道路状況や、観光、土地の名 産品などの情報、さらには旅行目的地に関する情報などを提供して、便宜 を図るというものがある。また、利用者が域内に入りこむ際の案内をする ことにより、地域振興や交流に結びつける役割も果たしている。  それゆえ、道路利用者にとってどれほど魅力ある情報を提供できるかが、 道の駅の魅力や、そこへの立ち寄り率を左右する。それは個々の道の駅が 発信する情報の質によると同時に、以前に立ち寄った他の道の駅での情報 経験がその好悪感に影響するため、全国の道の駅の総体として一定のレベ ルを保たなければならない。  道の駅が発信する情報には多くのものがあるが、それらは大きく、①道 路情報、②目的地情報、③地域情報などに分けられる9) ① 道路情報  道路情報は、走行の安全性のため、主に道路管理者によって提供され、 それに必要な諸施設も、主として道路管理者の費用負担で設置される。こ れには、道路網図、目的地へのルート案内、不通状況、工事区間、迂回路、 災害時の緊急情報などがある。さらに、積雪寒冷地などでは、リアルタイ ムで気象や警報、路面状況などの情報を提供することも必要となる。これ らの情報は 24 時間の提供と、多くの利用者への伝達が必要なことから、掲 示板等の設置場所にも配慮が求められる10)

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 このほか道の駅には、旅行中の車両故障や体調不良などのトラブル時に、 安全と信頼の拠点となることが望まれる。この種の情報には、JAF(日本 自動車連盟)や、最寄りの修理工場、ガソリンスタンド、夜間診療所、宿 泊施設11)などに関するものがある。ただし、インターネットとスマートフォ ンが普及した今日、これら道路情報に関する道の駅の優位性はしだいに低 下してきている。  とはいえ、道の駅の道路情報は、域内外からのドライバーに心身のゆと りを持たせるだけではない。ドライバーが安心してドライブを楽しむこと を通して、道の駅が所在する地域に、自動車に乗る人々を誘引する役割を 果たしている。 ② 目的地情報  目的地情報とは、旅行中あるいは出発前に得る、目的地あるいは目的地 の候補となる地域に関する情報のことであり、それが、隔地から入手でき ることが必要である。これらの情報には、道路の混雑や予想所要時間といっ た道路情報に属するものもあるが、これらを除けば、⒜目的地の気象や混 雑に関するリアルタイムの情報、⒝目的地の地域情報、⒞アイテム別の広 域地域情報に大別できる12)  ⒜には、例えば海水浴場の遊泳禁止情報や、スキー場の気象情報、駐車 場の混雑情報などがある。これらの情報は、正確であるとともに、速報性 を持ってリアルタイムに入手できるかどうかがその質を左右する。⒝では、 ⒜の諸情報が隔地から入手でき、それらをもとに予定を立てたり、一度立 てた予定を逐次修正できたりすることが重要である。それには、道の駅相 互の広域的な情報連携のしくみが欠かせない。⒞は、宿泊地・食事場所・ 美術館・博物館などといった指定された各アイテムについて、複数市町村 にまたがる広域的な情報を並列的に提示し、比較・選択に供せられること が必要である。  これらの情報も、前述の道路情報と同様に、近年インターネットやス マートフォンが一気に普及したことから、情報提供における道の駅の優位 性、専権性は弱まってきている。

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③ 地域情報  前述の①・②の情報が、どちらかといえば、当該する道の駅の所在地を 目的地としない人たちへの情報であるのに対して、③の地域情報は、道の 駅が所在する地域の情報であり、いわばここを目的地とする人たちへの情 報である。それだけに、⒜地域情報に魅力を付与すること、⒝緊急性の高 い地域情報を確実に提供することで、情報の価値をいっそう高め、地域の 魅力をアピールすることができる13)  ⒜では、季節ごとの景観や歴史的な行事、イベントなど、地域特有の情 報が該当する。この場合、代表的なものを紹介することはもちろんだが、 単に情報を提供するだけでなく、実際に利用者が行ってみたくなる、様々 な仕掛けづくりが大切である。例えば、著名な施設・場所の案内だけでな く、穴場的な施設・場所の情報も関連づけて、全体としてメリハリのある 情報となっていることや、適時性ある情報提供が重要である。また、単な るスポット情報ではなく、近隣市町村程度の広がりのある情報であるかど うかも、情報の魅力を高めるポイントとなる。  また、近隣の複数の道の駅と連携し、共通テーマで利用者に周遊を促し たり、利用者の声を吸い上げて、それをさらに情報発信に活かすなどの工 夫も必要となる。くわえて、スマートフォンから簡単に観光情報やイベン ト情報が得られるようになった昨今、逆に、紙ベースの情報提供が大きな 価値を持っている。大判のポスターや地図など壁に貼るものから、パンフ レットやリーフレットなど素朴で温かみのあるものまで、情報表現を様々 に工夫するとともに、「手に取って見られる」情報の提供が有益である。  ⒝では、例えば災害時に緊急情報を提供することはもちろんだが、万一 の災害発生時には、道の駅が物資の輸送拠点や、一時避難場所となること も想定しておかなければならない。そうした機能が道の駅に求められてい ることを、平時から利用者に情報発信したり、情報を確実に受信するのた めのテレビや照明、電源の確保といった事柄についても意を用いておく必 要がある。平時と非常時におけるそれぞれの情報が、緊急性の高い地域情 報の発信において求められている。

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3.地域連携機能とまちづくり  道の駅の持つ地域連携機能は、道の駅が所在する自治体内の地域を基盤 に、他の自治体とも連携して、やや広域的な連携の拠点に道の駅がなるこ とである。すなわち、地域のコミュニティを創出する機能を道の駅が担っ ている。  つまり、道の駅の地域連携機能とは、言葉を換えれば、「地域コミュニ ティ機能」ともいうことができよう。こうした機能は、本章でみた三つの 機能(休憩機能、情報発信機能、地域連携機能)のうちでは、最もまちづ くりに直結した機能といえる。こうした文脈において、道の駅には、例え ば以下のような地域連携機能(=地域コミュニティ機能)が期待されてい る。ここでは近年の動向を踏まえつつ、道の駅の持つ、地域連携機能のい くつかをみてみよう14) ① 地域コミュニティ機能  道の駅が所在する地域を見渡してみると、過疎化・高齢化の進展にとも ない、若年層が流出し、既存商店が閉店し、地域の活力が低下して、コ ミュニティが衰退していることが少なくない。そこで、地域が自発的・継 続的にその活性化を図る目的で活動できる場として、道の駅が機能するこ とが考えられる。  これは、誰もが気軽に立ち寄ったり、文化祭等のイベントで施設を利用 したりして、地域の拠点として道の駅が利用されることである。このよう に、地域住民が道の駅に集い、地域コミュニティ活動を推進することで、 まちづくりへの道が開けよう。 ② 交通連携機能  多くの道の駅には、バス停がない。まして鉄道駅に隣接するような道の 駅は、その語義からしても、例外的な存在である。  そこで、道の駅に新たにバス停を設置し、中・長距離のバスと近距離の バス、そしてコミュニティ内を巡回するバスとの相互乗り換えや、キス& ライド15)のターミナル拠点となるものが出現しはじめている。これは、道

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の駅を鉄道駅の機能に近づけ、地域の交通ターミナルとしてその活用を図 るとともに、地域住民のたまり場として新たな機能を付与することである。 自動車の運転免許を持たない人や、高齢者にとっては、今後ますます求め られる試みといえよう。 ③ 防災拠点機能  2011(平成 23)年 3 月の東日本大震災において、道の駅が防災拠点とし て重要な役割を果たした。このことから、避難者の一時避難場所としての 利用や、道路利用者に災害情報を提供するうえで、道の駅を有効活用する ことに可能性が広がっている。  地震による大きな被害のほかにも、ゲリラ豪雨によって都市河川が氾濫 したり、長時間の集中豪雨によって河川堤防が決壊したりといった災害が、 近年、増加している。学校の体育館や校庭を一時避難場所として利用する ことが多くなっているが、防災拠点としての道の駅の役割も、今後さらに 期待されていこう。

Ⅲ 「道の駅十文字」の取組み

1.立地と概要 ① 十文字町の語源  「道の駅十文字」(写真 1)は、秋田県横手市 十 文字町海道下に所在する 道の駅である(図 4)。2007(平成 19)年 9 月にオープンした。  旧平鹿郡十文字町は、秋田県南東部にあった町だが、2005(平成 17)年 10 月 1 日、市町村合併により横手市の一部となった。上記のように、合併 後も旧町名が地名として残されている。「道の駅十文字」の開業はこの 2 年 後であり、準備に 3 年ほど時間を要したので、旧十文字町を代表する道の 駅を標榜してオープンしたことがわかる。その「十文字町」の語源として、 次のように伝えられている。  旧十文字町の起源となった場所は、もとは羽州街道と増田街道が、その 名の通り十文字に交叉する辻になっていた所で、「増田十文字」と呼ばれて

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いた。当時、一帯は無人の広野であり、冬季の吹雪などで道に迷う人も多 かったため、1811(文化 8)年に増田通覚寺の和尚が道標を設けた。これを きっかけに、まもなくして増田十文字に一軒の茶屋が立ち、往来がしだい に増えて、やがて 1840(天保 11)年に十文字新田村が成立した16)  羽州街道は現在の国道 13 号、増田街道は現在の国道 342 号の前身となる 街道である(図 4)。昔この場所は、前述のさびしい辻にすぎなかったが、 のちにこれらの国道が開通して自動車交通の時代となってからは、この地 域では交通量の多い、町の中心地となっていた。「道の駅十文字」が開業し たのは、まさにそのような立地条件を持つ場所だった。あたかも、かつて 増田十文字にできた茶屋のごとく、この「現代の道の駅」は、その後の地 域コミュニティとしての成長とコミュニティの活性化を予感させるもので あったといえよう。 ② 「道の駅十文字」の概要  以下の概要は、「道の駅十文字」で入手したリーフレット17)の記述によ る。  「道の駅十文字」は、国道 13 号と 342 号が縦横に交差する横手市の南の 玄関口として、道路利用者に限らず、地域の人たちも気軽に訪れることの できる道の駅である。リーフレットの名称にもある「まめでらが∼」とは、 写真 1 「道の駅十文字」 開店後まもない 2007 年 9 月頃の様子を写したもの。 〔出所〕 リーフレット「まめでらが∼道の駅十文字」による。

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「お元気ですか?」の意味を持つ当地の方言である。この地域の人や県外か らの人たちが、ここで親しみを持って、気軽に挨拶を交わすことができる ようにとの思いからつけられた。  この道の駅の特長の一つに、産直品売り場や食堂・レストランはもとよ 図 4 「道の駅十文字」の位置 〔出所〕 リーフレット「まめでらが∼道の駅十文字」による。

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り、トイレやコンビニ(ファミリーマートが入店)など、すべての施設が 一つ建物の中に収まっていることが挙げられる。これは全国の道の駅でも めずらしい構造といえる。  産直品コーナー「ふれあい直売十文字」には、横手市のきれいな水と、 おいしい空気、太陽の恵みをたっぷり受けて育った、朝採りの新鮮な野菜 や果物、漬物や惣菜、花卉などが所狭しと並んでいる(写真 2)。ことに、 当地は「フルーツ王国十文字」とも言われるように、さくらんぼ、すいか、 ぶどう、もも、りんごなど、季節の旬なくだものが四季折々に売り場をに ぎわせている。このほか、名産のビールやワイン、日本酒、きりたんぽや 稲庭うどん、天然醸造の味噌、醤油など、県内各地の特産品も販売されて いる。これらの産物をはじめとした土産物は、およそ 1 万点近くにも及ん でいる。  食堂・レストランは、ラーメンを中心とした麺類店のほか、カレーやど んぶり物を出す店もある。また、今や郷土食となった「横手やきそば」18) や、 しだいに郷土食となりつつある「横手たこやき」19)など、いわゆる「粉も ん」(粉もの)の店のほか、ソフトクリームなどのデザートを提供するコー ナーもある。これらの食堂・レストランと、上記産直品売り場は、概ね 9 写 真2 産直品コーナー「ふれあい直売十文字」(2015 年 8 月、筆者撮影) 朝採りの野菜や果物、県内各地の名産品などが所狭しと並ぶ。

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時から 19 時が営業時間となっている。  産直品売り場と食堂・レストランの間の、建物中央のスペースには、24 時間開放されている交流・休憩ホールがある。ここではドライバーが随時 休憩できるのはもちろん、地域観光情報コーナーではイベントや観光の情 報を、道路情報コーナーでは各地道路の規制情報や気象、見どころ情報な どを提供している。前掲のコンビニ(ファミリーマート)やトイレと併せ、 24 時間利用可能な区画とされている。 2.小川健吉氏からの聞書き  2015(平成 27)年 8 月 21 日、「道の駅十文字」を運営する、株式会社十 文字リーディングカンパニーの代表取締役社長(兼「道の駅十文字」駅 長)、小川健吉氏(写真 3)から聞き取りを行った(写真 4)。以下はその聞 書きからの抜粋である。 写真 3 小川健吉氏     (2015 年 8 月、筆者撮影) 元気で、おおらかで、頼り甲斐のある 「道の駅十文字」の駅長。 写 真 4 小川健吉氏からの聞き取り 風景(2015 年 8 月、筆者撮影) 人気商品のフルーツロールケーキやババロア をいただきながら。  出自  小川氏は 1949(昭和 24)年、地元十文字町(当時)に生まれた。農業を 継ぎ、ぶどう専業農家となったが、若い頃に 11 回の出稼ぎ経験を持つ。そ の後、3 期 12 年の町会議員を経て、2000(平成 12)年 9 月、十文字町長に 当選した。以後、2005 年 10 月の横手市との合併まで町長を務めた。  34 歳の時、一つ下の愛妻を亡くした。以後、男手一つで子二人を育てた

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が、この経験から、「女がいないと家が回らない、女性がいないと社会が回 らない」がモットーとなった。  地域おこしへの思い  道の駅は「地域おこし」20)をやりたくて始めた。当時、合併が地域一帯に 及ぶ中で、旧十文字町の人口 1 万 5000 のうち 6 割が住む中心部に、みんな が気軽に集まれる場所をつくろうとの願いから、道の駅を思い立った。と ころが、県関係に陳情しても、近くにもう道の駅があるからだめ、JR 奥羽 線十文字駅が近いからだめということで、一向にらちが明かなかった。  そんな時、たまたま仙台で町長会があった。会の終了後、思い余って局 長に直談判したら、意外にも「いいね」とのことだった。これからの道の 駅は、町なかにつくるのがよいと賛同された。防災設備を兼ねるとよかろ うとも言われた。それから 3 年、2007 年 9 月、ようやくオープンにこぎつ けた。  儲かる道の駅  「道の駅十文字」の母体である株式会社十文字リーディングカンパニー は、旧町民 35 名が資金を出し合って始めた、資本金 2000 万の小さな会社 である。つまり、純粋民営の道の駅だが、全国に 1000 ある道の駅でも、こ うした道の駅はめずらしい。  第三セクターの道の駅では儲けなくてもよい。しかしここは民営なので、 儲けがなくてはどうにもならない。産直品が中心だが、扱うのは年間 5000 品目を超す様々な商品である。地元農家の野菜や果物、県内の地場産品が 中心だが、全国からもいろいろと取り寄せる。商品確保のため、全国各地 を飛び回っている。  こうした発想と身の軽さは、20 代の頃の経験も関係する。高度成長期の 1970 年代、自ら 2 トン車を運転して東京は上野駅までぶどうを運んだ。駅 頭で売るのだが、種ありのデラウェアが飛ぶように売れて、すぐに完売し た。  売れる商品を置くことで、客として人々が集い、出品者にも利がある。 道の駅は、儲けることでこそ、地域全体が活気づく。

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 年商  昨年(2014 年)の年商は 3 億 7000 万、今年は 4 億を見込んでいる21) オープン当初は 1 日 8000 円の売り上げだったが、今では 100 万円ほどに なっている。売り上げは 1、2 月に少なく、9、10 月、特に紅葉の季節であ る 10 月に多い。  近年の売り上げは、多いものから、加工品が全体の 31%(うち 6 割がパ ン、菓子、おかずなどの加工品、4 割が漬物類)、果物が 26%、野菜が 21% の順である。全国の道の駅は、野菜が中心になっている所が多いが、うち は、よそから取り寄せた産物も合わせての加工品と、地の利を生かしたい ろいろな果物が主である。果物はバナナと柑橘系を除き、キーウィを含め てほとんど何でも地元で採れる。  販売へのこだわり  会員(取引農家)は 250 人ほどいて、一日中いつでも、何度でも野菜や 果物を道の駅に持ち込める。売るのはもっぱら道の駅の従業員だが、農家 は売り上げの 15% をマージンとして納める。ただし、値段はすべて生産者 (農家)が決めるので、会員の励みにもなっている。農家は販売にタッチし ないが、日に何回か野菜や果物を持ち込む際に、消費者との接点が持て、 「顔の見える」産直になっている。客は午前中の 10 時から 11 時頃に多いの で、なるべくその時間帯に搬入してもらうようにしている。  会員の 1 人あたりの売り上げは、年 150 万から 600 万ほど、いちばん多 い人で 1000 万のりんご農家がある。つまり、小遣い稼ぎではなく、生計の 柱として産直に取り組んでもらっている。零細な会員がおらず、皆さん、 ある程度平均してしっかり稼いでくれているのがいい。  一般の道の駅では、ただ売り場を提供するだけで、生産者自身が売り手 になることが多い。とはいえ、つきっきりで店番をするわけではないので、 品物はただ「置いておくだけ」である。それでは売り上げも伸びないし、 質のよい商品をつくることへの意欲も湧いてこない。  社員  社会は女性が命(これは妻の教え)、会社は社員が命である。現在、24 歳 から 56 歳の社員 29 名がおり、うち正社員が 9 名、パートが 20 名である。

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このほか、テナントのアルバイトが 30 名ほどいる。  社員の出身地は、地元秋田のほか、南は岡山から、北は北海道旭川まで、 全国にまたがっている。求人にハローワークは使わない。放っておいても アルバイトに雇ってくれという飛び込みがあり、試しに働いてもらいま しょうかということで、断らず、働いてもらうことにしている。時給は 700 円だが、中にはアルバイトから始めて、パート(社員)に切り替わる人も いる。 3.まちづくりへの可能性  小川氏の道の駅の取り組みは、まちづくりへの多くの可能性を秘めてい る。何といっても売り上げが多く、社員(正社員、パート)一人ひとりが 生き生きと働いているのが印象的であった(写真 5)。しかも、概して年齢 の若い社員たちだが、その何人かが県内外の他地方からの流入者であった ことは驚きである。自動車による旅行者や、地域住民にとっての憩いの場、 集いの場であるにとどまらず、I ターン居住者すら誘引する力をこの道の駅 は持っていた。 写 真 5 「道の駅十文字」の社員の皆さん(2015 年 8 月、筆者撮影) 全国各地から I ターンでこの町へ、そしてアルバイトから正社員へ。  小川氏はある雑誌の取材に、次のように語っている。

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 ①「そう。そうなのよ。いわゆる、癒しの空間を作りたいと。それでこ の道の駅を作る時に、県外のいろんな道の駅を見て回ったけども、私の 思ってるようなところがないのよ。みんなそれぞれよくやってるけどもね。 でも私は同じ屋根の下に全てがあって0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 心の寂しい、私も寂しいんだけども、 そういう人がたがさりげなく来て、会話しなくても、私の顔を見たり、誰 かを見たりしてね。だからトイレもできるだけ大きめのトイレを作ろうと。 ゆったりとしたね。そしたらね、それも正解です。朝はラッシュ。地域の かたがたがね、自分の家のトイレよりもこっちまでくる。」22)(傍点は筆者)  ②「やっぱりね、おもしろい農業をやってもらいたい。最初に道の駅が 完成したとき、農家の人がたは小遣い稼ぎでいいって言ったんですよ。で もそれじゃダメだと。小遣い稼ぎでやるんじゃなくて、自分のうちの農業 経営が、道の駅十文字のふれあい直売で生活が成り立つんだっていうくら0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 いの0 0 、柱にしてほしいっちゅうのが私の思いだから、小遣い稼ぎはやめよ うよと。」23)(傍点は筆者)  ③「それは何かっていうとね、人の住んでいるところで、いまいろんな 災害が起きるでしょ。人が集まれる、頼っていける防災ステーションにな0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 るべきだと0 0 0 0 0 。車だけで行けるところだったら行けない人がいるでしょ。い ろんな面で運送するにも大変だと。だから、町の中心に作るんだと。トン トン拍子ですよ。それで OK が出て 3 年でできあがったんですよ。」24)(傍点 は筆者)  道の駅の、今後のまちづくりへの可能性は、この①∼③の小川氏の言葉 に集約されるのではあるまいか。すなわち、まず、利用客に対しては、敷 地内にいくつもの建物を分散させたりせずに、一つの建物にすべての機能 を集約させて利便性を高め、多くの人々を吸引することである(①)。つぎ に、商品販売の面では、多様な魅力ある商品を用意するのはもちろんのこ と、そこに商品を持ち込む生産者が、生きる手立てとして全力で道の駅に 参加し、それに見合うだけの収入を保証されることである(②)。そして、 地域の防災拠点として、人々の安全・安心を確保する手助けともなれるこ とである(③)。

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 「道の駅十文字」のような完全民営の道の駅であれ、第三セクターが設置 する道の駅であれ、これら諸点をいかに担保できるかが、今後、まちづく りに道の駅が寄与できるかどうかの分かれ目になるといえよう。

Ⅳ まちづくりと道の駅―結びにかえて―

 30 年前、1991(平成 3)年に実験が開始された「現代の道の駅」は、本 稿での考察ですでに明らかなように、社会変化に合わせてその目的をしだ いにシフトさせてきた。その一つ一つが社会に受け入れられてきたことは、 この間、道の駅が着実にその数を増やしたことが証明している。最初の 「一駅」25)が、30 年の歳月を経て、いま 1200 倍になんなんとしている。  こうした状況は、「道路利用者の利便性の改善から出発し、現在では、利 用者と地域との「出会いの場」、さらに、地域の人びとが「勇気づけられる 場」として、道の駅の価値が高まってきている」26)という言葉に集約されよ う。また、農業生産者は道の駅の直売所に出荷することによって勇気づけ られ、あるいはまた、道の駅の食堂やレストランで郷土食などに加工し、 販売することによって農村に新たな事業化が図られて、全体として、地域 の活力が創出されている。こうした状況は、第 1 次・第 2 次・第 3 次の産 業を柔軟に掛け合わせたものともいえ、近年では「6 次産業」27)とも呼ばれ ている。  いっぽうこの間、2011(平成 23)年 3 月の東日本大震災や、頻発する異 常気象をはじめ、災害の発生と被災の頻度がより高まってきている。そう した中で、読売新聞は今年 1 月、「道の駅 集い 憩い 学ぶ」の特集を組み、 次のように指摘した。  「東日本大震災の被災地で、「道の駅」の開設が相次いでいる。県内外か ら多くの観光客を呼び込み、地域住民も集える場所を作るのが狙いだ。東 京電力福島第一原発事故で全村避難を余儀なくされた福島県飯舘村では、 大半の地域で避難指示が解除された 2017 年、道の駅が初めてオープン。復 興の象徴として、少しずつ歩みを始めている。」28) 「道の駅十文字」の小川健吉社長は、「町の中心にこそ道の駅をつくるん

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だ」と述べていた(前掲)。これは、道の駅が防災機能をも兼備すべきとの 信念にも基づくもので、この新聞記事とも軌を一にするといえよう。  しかしその反面、町なかにある道の駅はなお少数であり、本稿で検討し た諸機能の中では、「地域連携機能(=地域コミュニティ機能)」のあり方 に課題を残すものが少なくないと思われる。それには、利用者が楽しい場0 0 0 0 所0 と思って道の駅に足を運ぼうとする側面と、地場産品などの出品者がこ こで糧を得て、文字どおり生きられる場所0 0 0 0 0 0 0 となる側面とが、ともども必要 不可欠であるといえよう。  「6 次産業機能」や「防災機能」に代表される道の駅のこうした新たな志 向性は、今後の日本社会におけるまちづくりのあり方に一つの示唆を与え ている。まちづくりは、ひとり道の駅によってなされるべきものでも、可 能となるものでもないが、一つの可能性、方向性として銘記しておきたい。  そしてまた、道の駅が持つ、次のような旧来の機能についても、しっか りと耳を傾け、大切にしていきたいものと思う。すでに 1300 年の歴史を持 つ、文字どおり本来の「道の駅」は、日本人の心象風景でもあったのであ る。  「そのうえ生涯忘れられないであろうひととの出会いがあった。訪れた土 地を好きになるか、ならないかは、そこで出会ったひとに拠るところが大 きいものだが、その意味で、私は日本中の土地を好きになったといえる。 どの土地でもすばらしい案内人、あるいは説明者とお会いした。そしてそ の方たちの口ぶりには わたしの町の文化財 (町並みであったり、古道で あったり、伝統芸能であったり、地場産の豆であったり、それぞれの土地 が大切にしているものという意味での)への誇り、深い思い入れ―それ は愛情とも情熱とも呼べるもの―が込められていて、私の心の中にしみ とおった。こうして感じ取った心のぬくもりは、終生、私自身の“たから もの”となるにちがいないと思っている。私は 129 の「道の駅」をめぐる ことで、日本人のこころを旅したのだった。」29)

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注および文献 1)全国道の駅連絡会のホームページ(https://www.michi-no-eki.jp/)による。 2)道路管理者とは、法令によって規定される道路を管理する者をいう(道路法、第 18 条)。道路の種類には、①高速自動車国道(高速道路)、②国道、③都道府県道、④市町 村道などがある。このうち、①は国土交通大臣が、②は都道県知事などが、③は指定さ れた市などが、そして④は市町村などが管理者となっている。(「道路 WEB」のホーム ページ(http://www.douroweb.jp/312administrator/administrator.html)による。) 3)この 1991 年という年は、1987(昭和 62)年 4 月に当時の国鉄(日本国有鉄道)が分割・ 民営化され、JR 各社となった時期に呼応している。国鉄の分割・民営化自体がモータリ ゼーションに影響されたものだが、この時期が、それまでの鉄道優勢の時代から、自動 車優勢の時代への大きな転換点であった。道の駅の誕生は、交通環境の変化が生んだ一 つの社会現象といえよう。 4)『デジタル大辞泉』、小学館による。 5)「まちづくり」の語は、行政や研究者たちによって様々に用いられている。「町おこし」 「地域おこし」など、類似概念との違いも明確ではないし、「町づくり」「街づくり」な ど、漢字を用いた語も混在している。そうした中、本稿では仮名による「まちづくり」 の語を使用するるとともに、以下の説明を援用しつつ、これを定義してみたい。  「60 年代から 70 年代に当選した多くの革新首長は、こうした問題に対応する方法にあ えて「都市計画」という言葉を用いず、「住民自治」に基づく主張を背景に、住民参加を 前提とした「まちづくり」という言葉を使って支持を得る。まちづくりという言葉は、 当時のトップダウン型の都市計画行政に対抗する運動のなかで、参加の側面を色濃く持 つ言葉として用いられた。住民と自治体政府・議会が住民の参加を前提とする「まちづ くり」という言葉を生み出すことで、住民の自治に支えられた独自の政策判断の余地拡 大を図ったと解釈することができよう。」(内海麻利『まちづくり条例の実態と理論―都 市計画法制の補完から自治の手だてへ―』、第一法規、2010 年、23-24 頁。)  すなわち、「まちづくり」とは、「トップダウン型の都市計画ではない、住民参加を前 提とした、居住環境改善のための、多様で、持続的な取り組みのことである」と定義で きよう。 6)図 1 から、地方別の人口 1000 人あたりの道の駅数(ただし、北陸は中部に含める)を 多い地方から順に示せば、①北海道(2.4)、②四国(2.3)、③東北(1.9)、④中国(1.4)、 ⑤九州・沖縄(1.0)、⑥中部(0.9)、⑦近畿(0.7)、⑧関東(0.4)となる(ただし、人口 の統計年次は地方によって、2010 年 10 月から 2019 年 6 月までの幅がある)。これは、 概して過疎的な地域ほど人口あたりの道の駅が多く、過密的な地域ほどそれが少ないこ とを示している。 7)「道の駅十文字」の年間売上額は 2015 年に 4 億円を突破し、秋田県内ではトップ、東 北地方でも有数の位置にある。 8)以上、山形耕一・地域交流センター「道の駅の概念と計画―地域連携に向けて―」、建 築思潮研究所編『道の駅―休憩・情報交流・地域連携:幹線道路に設けた地域づくり機 能―』、建築資料研究社、1995 年、7 頁を参考。

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9)前掲、8)、7 頁。 10)前掲、8)、8 頁。 11)なお、近年では宿泊機能を持つ道の駅もしだいに増加しつつある。 12)前掲、8)、9 頁。 13)以下の記述については、道の駅担当・チェックポイント作成チーム「「道の駅」情報提 供機能の改善に関するチェックポイント<第2版>」、道路局国道防災課、2013 年、1-16 頁(https://www.mlit.go.jp/road/Michi-no-Eki/pdf/joho1.pdf)を参考。 14)以下の記述については、秋山聡「道の駅の機能に関する研究」、1-6 頁(http://www. jice.or.jp/cms/kokudo/pdf/tech/reports/19/jice_rpt19_04.pdf)を参考。 15)キス&ライドとは、運転ができる家族の一人が、通勤・通学する家族を車で近くの駅 まで送り迎えすること。米国で、乗り降りのときキスをするところから生まれた語であ る。(『デジタル大辞泉』、小学館による。) 16)ウィキペディアの「十文字町」の項による。 17)リーフレット「まめでらが∼道の駅十文字」(2015 年 8 月配布、入手) 18)横手やきそばは、B 級グルメの大会「B-1 グランプリ」で全国優勝 1 回、準優勝 1 回 の実績がある。味は比較的甘口で、キャベツや豚のひき肉などの具を入れるが、店に よってはホルモンを入れるところもある(この道の駅ではひき肉入りとホルモン入りの 両方が食べられる)。目玉焼きの黄身をくずして、ちょっと多めのソースと絡めて食べる のが横手流であり、つけ合せに紅しょうがでなく、福神漬けを使うのも特徴である。 (ウィキペディアの「横手やきそば」の項を参考。) 19)グリーンアスパラや、アスパラ粉、あきたこまちの上新粉などを使い、地ソースで仕 上げた、当地でも新しいたこやきである。 20)小川氏は、「まちづくり」や「町おこし」ではなく、「地域おこし」という言葉を使っ た。 21)この見込みどおり、この年(2015 年)、「道の駅十文字」は年商 4 億を突破した。前掲 注 7)を参照。 22)のんびり編集部編『のんびり』、13、秋田県観光文化スポーツ部観光戦略課あきたび じょん室、2015 年、13-14 頁。 23)前掲 22)、15 頁。 24)前掲 22)、20 頁 25)道の駅第 1 号は、鳥取県東伯郡北栄町の「道の駅大栄」(1992 年 4 月 17 日オープン) とされている。制度としての登録の開始は、1993 年からであるため(前述)、この時、 「道の駅」として正式に登録されたわけではないが、当時の報道によると、旧建設省の関 係者もそのオープニング式典に参加している。このため、事実上の公認であるとの考え のもと、ここが「道の駅」発祥の地であるという意見である。(ホームメイト・リサーチ のホームページ(https://www.homemate-research-roadside-station.com/useful/14520_ facil_001/)による。) 26)関満博・酒本宏編『道の駅/地域産業振興と交流の拠点』、新評社、2011 年、15 頁。 27)山本久義『戦略的 6 次産業と「道の駅」』、泉文堂、2015 年、172 頁を参考。なお、「6

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次産業」と呼ぶわけは、第 1 次(生産)の「1」、第 2 次(加工)の「2」、第 3 次(販売) の「3」を掛け算すると「6」になることによる。つまり、これらの業態をすべて取り込 んだものが「6 次産業」であり、道の駅はまさにその条件を兼ね備えた施設であるとい うことができよう。 28)「読売新聞」、2020 年 1 月 11 日付け、朝刊。 29)田村喜子『浪漫列島「道の駅」めぐり』、講談社、2000 年、363 頁。 付記  本稿の執筆に当たっては、株式会社十文字リーディングカンパニー代表取締役社長(兼 「道の駅十文字」駅長)の小川健吉氏に多くのご教示と関連資料を賜りました。記してお礼 申し上げます。  また、「道の駅十文字」における現地調査は、筆者が、東京の「地理教育提言グループ」 の巡検メンバーの一人(参加者は 10 名)として参加した秋田・山形巡検(2015 年 8 月 20 日∼ 22 日)において、その行程の一部として立ち寄った際に行ったものである。巡検の企 画と資料提供では佐々木智章氏(早稲田大学高等学院教諭)に、現地案内では荒井正剛氏 (東京学芸大学附属竹早中学校教諭=当時)に、それぞれお世話をいただきました。記して 感謝の意を表します。

参照

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