― ―13
日本における包括利益の導入過程の解明とその有用性
張 姣
要 旨 日本では,2010 年に,企業会計基準委員会が企業会計基準第 25 号「包括利益の表示に関する会 計基準」を公表した。この基準の導入により,2011 年 3 月 31 日以後に終了する連結財務諸表にお ける包括利益およびその他の包括利益の開示が義務付けられた。本稿の目的は,日本に先駆けて包 括利益に関する会計基準を適用した英国,米国または国際財務報告基準において包括利益会計基準 の設定の経緯を概観した上で,日本における包括利益の導入がこれらの会計基準にどのような影響 を受けているかを浮き彫りにすること,また,日本における包括利益に関する実証研究をサーベイ した上で,今後の実証研究で検証されるべき仮説を導くことである。 キーワード:包括利益,純利益,資産・負債アプローチ,収益・費用アプローチ AbstractIn Japan, ASBJ published the Accounting Standard No.25 “Accounting Standards on Comprehensive Income Disclosure” in 2010. In this Accounting Standard, it is stated that the reporting entities have obligations to disclose the comprehensive income and the other comprehensive income on financial statements after March31, 2011. Therefore, the purpose of this paper aimed at clarifying the influence that the comprehensive income standards in Japan effected by the standards of comprehensive income in U.K., U.S. and the international standards and setting up hypotheses which should be verified based on the review about comprehensive income.
Key words: comprehensive income, net income, asset/liability approach, revenue/expense approach
1
は じ め に
従来から会計上の利益決定方式としては,「収益費用アプローチ」と「資産負債アプローチ」 の 2 つが存在している。収益費用アプローチとは,利益を企業の効率の測定値とみなし,1 期間 の収益と費用との差額として定義している。収益費用アプローチに基づいて導かれた利益を純利 益という利益概念として捉えられている。これに対して,資産負債アプローチにおいて,利益と は 1 期間における営利企業の正味資源の増分の測定値である。利益は資産・負債の増減額として 規定される。それゆえに,収益は当該期間における資産の増加および負債の減少として,費用は 当該期間における資産の減少および負債の増加として定義される(武田[2008],113頁)。資産 負債アプローチに基づいて算出された利益はいわゆる包括利益(Comprehensive Income)である。 英国や米国をはじめとする諸外国では,「収益費用アプローチ VS. 資産負債アプローチ」また は「純利益 VS. 包括利益」に関する議論が長年にわたって展開されてきた。日本では,2004年に 企業会計基準委員会(Accounting Standards Board of Japan, 以下,ASBJ と表記する)が公表 した「財務会計の概念フレームワーク」で純利益と包括利益の定義や関係に関して,述べられて いたが,財務諸表上での開示が要請されていなかった。その後,2010年 6 月30日に,ASBJ が企 業会計基準第25号「包括利益の表示に関する会計基準」を公表した。この基準の導入により, 2011年 3 月31日以後終了する連結財務諸表における包括利益およびその他の包括利益の開示が義 務付けられた。包括利益は,複雑化・多角化する経営環境のなかで財務報告の透明性や理解可能 性を高めることに役立つことが期待されている(浦崎[2002],253頁)。 本稿の目的は,主要な包括利益基準である英国の「総認識利得損失計算書」(Statement of Total Recognized Gains and Losses)1),米国の「包括利益の報告」(Reporting ComprehensiveIncome)2)または包括利益に関する国際財務報告基準の設定の経緯と成立を概観した上で,日本 における包括利益の導入がこれらの会計基準にどのような影響を受けているかを浮き彫りにする こと,また,日本における包括利益に関する実証研究をサーベイした上で,今後の実証研究で検 証されるべき仮説を導くことである。
2
英国における「総認識利得損失計算書」の導入
英国において包括主義に基づく財務報告制度が取り入れられたのは1974年に公表された実務会 計基準書第 6 号「異常項目と過年度修正」(A Statement of Standard Accounting Practice No. 6,1)「総認識利得損失計算書」は1992年に英国会計基準審議会(Accounting Standards Board, 以下,ASB と表記 する)に公表された FRS 第 3 号「財務業績の報告」(Financial Reporting Standards 3 “Reporting Financial Performance”,以下 FRS3と表記する)で基本財務諸表の 1 つとして位置づけられたものである。
2) 「包括利益の報告」は,米国財務会計基準審議会(Financial Accounting Standards Board, 以下 FASB と表記す る)が,1997年 6 月に公表した包括利益に関する会計基準である。
― ―15 以下,SSAP6 と表記する)においてである。
この基準書において,英国会計基準委員会(Accounting Standards Committee, 以下,ASC
と表記する)3)は,異常損益項目や過年度修正等を損益計算書を経由せずに期首の留保利益もし くは積立金に直接加減して処理する,それまでのいわゆる積立金を改め,すべての異常損益項目 および過年度修正を損益計算書上で開示する包括主義損益計算書をはじめて採用した(包括利益 研究委員会報告[1998],44頁)。 ただし,この基準に対しては,その制定の当初からいくつかの問題点が指摘されていた。その 第 1 点は,損益計算書上で表示されることになった異常損益項目の範囲が経営者の判断に委ねら れていたため,「異常損益前利益(Profit before Extraordinary Items)」つまり経常損益の期間 比較および企業間比較が阻害されるという指摘である。また,第 2 点は,SSAP6 のもとでは固 定資産の評価益等の項目が依然として積立金を直接加減する方式で処理されていたため,情報の 透明性が損なわれるという指摘である(包括利益研究委員会報告[1998],44-45頁)。これらの 問題を克服する FRS3「財務業績の報告」が1992年に公表された。 FRS3 が公表された前の1970年代に,英国でインフレーションが起きた。このインフレーショ ンの中で,会計論争の主として問題されてきたのは,取得原価主義会計を用いることにより生じ る資本の侵食問題であった。したがって,資本維持をめぐって最適な利益計算システムについて の争論が繰り広げられていた(包括利益研究委員会報告[1998],48頁)。この中で,英国のイン グランド・ウェールズ勅許会計士協会(The Institute of Chartered Accountants in England and Wales)は,1980年 3 月に会計実務基準書第16号「現在原価会計」(Current Cost Accounting, 以下,SSAP16と表記する)を公表した。SSAP16 は取得原価主義では対処できない当時の価格 変動を現在原価基準に修正あるいは調整する会計基準と考えられる。 それに対し,FRS3 は資産負債の時価評価と評価損益の包括主義的開示にその眼目が置かれて いる。つまり,FRS3 においては維持すべき資本の修正が求められているのではなく,資産負債 の時価評価に伴い,評価損益の認識時点が早められているのである。その根底には,評価差損益 の早期認識という,資本維持をめぐる利益計算とは根本的に異なる問題意識が横たわっている (包括利益研究委員会報告[1998],51頁)。 FRS3 において,総認識利得損失計算書4)が基本財務諸表を構成する1つの計算書として位置 づけられた。この総認識利得損失計算書には,損益計算書に開示されない株主に帰属する剰余金 の変動である資産再評価益,外貨換算調整の変動額などが計上される。これによって,利益・株 主持分の単一開示方式から,利益・株主持分の構成要素の多元的開示が可能となり,財務諸表 利用者にとって企業業績の理解・分析が容易となる。FRS3は,従来の単一業績指標(A Single 3)ASC は1990年に ASB に改組されている。 4)英国では,総認識利得損失は包括利益に相当する概念として捉えられている。 p13-26 張姣.indd 15 2016/07/19 15:19:51
Performance Indicator)の強調から移行し,業績の重要な構成要素を強調する多元的な情報 セット・アプローチ(Information Set Approach)を採用した(菊谷[2002],108頁)。
また,英国概念フレームワークとして位置づけられる財務報告原則(Statement of Principles for Financial Reporting, 以下,SPFR と表記する)においても,総認識利得損失計算書が明記され ている。さらに,SPFR は,再測定時の段階において混合測定システム(Mixed Measurement System)を採用する。混合測定システムとは,取得原価と時価の双方を採用する測定基準であ り,同じ貸借対照表項目であっても,たとえば特定の有価証券には時価,土地・建物については 原価を強制適用する評価システムである(菊谷[2002],149頁)。 英国における総認識利得損失計算書の導入は、米国をはじめとした各国の包括利益に関する会 計基準設定の設定に大きな影響を与えたと考えられる。
3
アメリカにおける「包括利益の報告」の成立と内容
米国では包括利益という利益概念が初めて示されたのは財務会計概念基準書第 3 号「営利企業 の財務諸表の構成要素」(Statement of Financial Accounting Concepts No. 3, 以下,SFAC3と表 記する,1985年に SFAC6「財務諸表の構成要素」に改訂)においてである。この基準書におい て FASB は,それまで厳密な定義を与えずに利益(earnings)という用語を用いてきた概念に 対し,改めて「包括利益」という用語を用いることとし,利益という用語はそれ以降異なる意味 で用いることとした(包括利益研究委員会報告[1998],5 頁)。SFAC3(SFAC6)における包 括利益については次のように定義されている。 「包括的利益とは,出資者以外の源泉からの取引その他の事象および環境要因から生じる一期 間における営利企業の持分の変動である。包括的利益は出資者による投資および出資者への分配 から生じるもの以外の,一期間における持分のすべての変動を含む」(SFAC6, para. 70, 〔平松・ 広瀬訳[2002],p. 320〕)。 この定義から明らかなように,SFAC3(SFAC6)における,包括利益とは資本取引によらな い企業の持分の変動額を指している。包括利益にとっては,実現は必ずしも要件とされていない。 したがって,資産または負債の価格の変動を包括利益として認識することも可能であると考えら れる(包括利益研究委員会報告[1998],6 頁)。 また,財務会計概念基準書第 5 号「営利企業の財務諸表における認識と測定」(Statement of Financial Accounting Concepts No.5, 以下,SFAC5 と表記する)においても,包括利益の概念 が確認できる。さらに,SFAC5において,稼得利益を強調した記述が多く見られる。そのうち, 稼得利益の定義は次のようになっている。「稼得利益は,一会計期間に実質的に完了した(またはすでに完了済みの)営業循環過程に関 する資産流入額が,直接的または間接的であることを問わず,当該営業循環過程に関連する資産
― ―17 流出額を超過する(または超過しない)程度と密接な関係にある当該会計期間の業績の測定値で ある。」(SFAC5, para. 36, 〔平松・広瀬訳[2002],p. 228〕) 包括利益、純利益または稼得利益はどちらも収益・費用・利得・損失から構成されている。し かし,包括利益に含まれるものの,稼得利益には含まれない利得・損失の項目がある。これが, 「前期損益修正の累積的影響額」と「資本等取引によらないその他の持分の変動」である。ま た,損益計算書に計上される純利益には,稼得利益から除かれている「会計方針の変更に伴う累 積的影響額」が含められている。稼得利益と純利益そして包括利益の関係について,図 1 を参照 されたい。 その後,FASB は,実際の財務諸表上で包括利益をどう扱うかを検討するために,1995年 9 月 に包括利益プロジェクトを発足させ,翌年の 6 月に,公開草案「包括利益の報告」を公表した。 公開草案では,損益計算書に代わり,包括利益の内訳として純利益とその他の包括利益を組み 込んだ包括利益計算書の開示(以下,1 計算書方式と表記する)を提案した。代替的な開示方法 として,損益計算書を維持しつつ,包括利益計算書を開示(以下,2 計算書方式と表記する)す る方法も認めていた。しかし,これに対しての批判的なコメントが多く寄せられた。その結果, 1997年 6 月 に,SFAS 第130号(Statement of Financial Accounting Standards No. 130, 以 下, SFAS130 と表記する)として承認された「包括利益の報告」においては,以上の 1 計算書方式 と 2 計算書方式に加えて,純利益をボトムラインとする損益計算書を唯一の業績計算書として位 置づけ,その他の包括利益5)は,株主資本等変動計算書に計上する方式が容認された。これら の経緯から,米国では,純利益を重要な業績指標とする開示方式が重視されていたことが分かった。 SFAC130 が導入される背景には,英国の総認識利得損失計算書の影響があった。その他,財 図1 稼得利益と純利益と包括利益の関係 出典:包括利益研究委員会報告[1998],9頁を筆者が一部加筆・修正したものである。 5 に関する資産流入額が,直接的または間接的であることを問わず,当該営業循環過程に関 連する資産流出額を超過するまたは超過しない程度と密接な関係にある当該会計期間の 業績の測定値である。」(SFAC5,para.36, 〔平松・広瀬訳[2002],p.228〕) 包括利益、純利益または稼得利益はどちらも収益・費用・利得・損失から構成されてい る。しかし,包括利益に含まれるものの,稼得利益には含まれない利得・損失の項目があ る。これが,「前期損益修正の累積的影響額」と「資本等取引によらないその他の持分の変 動」である。また,損益計算書に計上される純利益には,稼得利益から除かれている「会 計方針の変更に伴う累積的影響額」が含められている。稼得利益と純利益そして包括利益 の関係について,図1 を参照されたい。 図 稼得利益と純利益と包括利益の関係 出典:包括利益研究委員会報告[1998],9 頁を筆者が一部加筆・修正したものである。 その後,FASB は,実際の財務諸表上で包括利益をどう扱うかを検討するために,1995 年9 月に包括利益プロジェクトを発足させ,翌年の 6 月に,公開草案「包括利益の報告」 を公表した。 公開草案では,損益計算書に代わり,包括利益の内訳として純利益とその他の包括利益 を組み込んだ包括利益計算書の開示以下,1 計算書方式と表記するを提案した。代替的 な開示方法として,損益計算書を維持しつつ,包括利益計算書を開示以下,2 計算書方式 と表記するする方法も認めていた。しかし,これに対しての批判的なコメントが多く寄せ られた。その結果,1997 年 6 月に,SFAS 第 130 号(Statement of Financial Accounting Standards No.130, 以下,SFAS130 と表記するとして承認された「包括利益の報告」においては,以 上の1 計算書方式と 2 計算書方式に加えて,純利益をボトムラインとする損益計算書を唯
5)その他の包括利益の内訳として,為替換算調整勘定,売却可能有価証券の未実現評価損益,最小年金負債調整 額の期中変化額などがある。
務諸表利用者からの要請も FASB が包括利益の会計基準を公表するきっかけになっている。そ の中,特にアナリストからの要望が強かった。その代表的なものとしてアメリカ投資管理調査 協会6)(Association for Investment Management and Research, 以下では,AIMR と表記する)
の提言があった。その AIMR の委員会の 1 つである財務会計政策委員会がとりまとめた報告書 『1990年代およびそれ以降の財務諸表のあり方について(Financial Reporting in the 1990ʼs and
beyond)』では,市場価値による会計,国際的に認められる会計基準の設定などさまざまな提言 がなされているが,重要な意見の 1 つとして,概念基準書で定義されている包括利益の報告が挙 げられた(包括利益研究委員会報告[1998],248頁)。 それ以後,SFAC130 では,その後の会計基準の整備に伴って,包括利益の構成要素の追加ま たは変更は行われている。
4
国際財務報告基準における包括利益の報告に関する議論の経緯
包括利益の報告を巡る議論は国際会計基準審議会(International Accounting Standards Board, 以下,IASB と表記する)の前身である国際会計基準委員会(International Accounting Standards Committee, 以下,IASC と表記する)の時代から続いていたが,各国の利益報告に関する根本 的な相違点があるため,最終的な結論に至っていない。
IASB において包括利益の報告を巡る議論の開始は,英国の FRS3「財務業績の報告」および 米国の SFAS130「包括利益の報告」の公表に影響を受けていた。2001年から2004年にかけて, IASB は英国の ASB と共同で,業績報告プロジェクト(Performance Reporting Project)また は包括利益の報告プロジェクト(Reporting Comprehensive Income Project)を行ってきた。こ れらの共同プロジェクトでは,業績表示のあり方について検討してきた。
2003年12月に,IASB は IAS 第 1 号(International Accounting Standard, No1, 以下,IAS1と 表記する)「財務諸表の表示(Presentation of Financial Statements)」の改訂版を公表した。当 該基準では,損益計算書のボトムラインを純利益としているが,米国の SFAS130 のその他の包 括利益に該当する項目を純利益に加えた認識収益費用(recognized income and expense)を株主 資本等変動計算書あるいは認識収益費用計算書(statement of recognized income and expense) において開示するように義務付けた。IASB は ASB との共同プロジェクトに取り組みながら も,FASB と類似した会計基準を公表していたことがわかる。
2004年11月に,IASB は英国会計基準設定主体の代わりに,FASB との共同プロジェクトであ る財務諸表の表示プロジェクト(Financial Statement Presentation Project)を立ち上げた。こ
6)AIMR とは,証券アナリスト等を主たるメンバーとするアメリカの団体であり,財務諸表の利用者としてアメ リカで大きな影響力をもっている(包括利益研究委員会報告,248頁)。
― ―19 のプロジェクトは,包括利益の開示問題だけではなく,貸借対照表やキャッシュ・フロー計算書 も含む財務諸表全体の表示問題を取り扱うものであった。この共同プロジェクトでは,企業の業 績表示に関して,フェーズ A からフェーズ C の 3 つの段階に分けてプロジェクトが進められる 予定だった。これまで,フェーズ A とフェーズ B に関して,議論が行われてきた。 フェーズ A において,2007年に,再び IAS1「財務諸表の表示」の改訂版が公表されるように なった。この IAS1 の改訂版において,米国の SFAS130 で推奨されている包括利益計算書のみ を業績計算書とする 1 計算書方式に限定せず,損益計算書と包括利益計算書の両方を開示する 2 計算書方式を選択適用することができると述べられている(IASB[2007],para. 81)。 フェーズ B では,2008年11月に,討議資料「財務諸表の表示に関する予備的見解(Preliminary Views on Financial Statement Presentation)」が公表された。当該討議資料では,企業の事業 活動を営業活動,投資活動または融資活動に区分して開示することが要求されている(IASB [2008],para. S4)。また,討議資料では,損益計算書を完全に廃止して,包括利益計算書に統一 するようになっている。したがって,従来のボトムラインである純利益を包括利益の内訳項目と し,包括利益をボトムラインとして位置付ける内容となっている(IASB[2008],para. S10)。 以上に述べてきた英国,米国および国際財務報告基準における包括利益に関する会計基準の展 開について表 1 を参照されたい。 表 1 英国,米国および国際財務報告基準における包括利益に関する会計基準の展開 英 国 1974年 ASC が SSAP6「異常項目と過年度修正」を公表 1980年 イングランド・ウェールズ勅許会計士協会が SSAP16「現在原価会計」を公表 1990年 ASB の設置(ASC の廃止) 1992年 ASB が FRS3「財務業績の報告」を公表 1999年 ASB が SPFR「財務報告原則書」を公表 米 国 1980年 FASB が SFAC3「営利企業の財務諸表の構成要素」を公表 1984年 FASB が SFAC5「営利企業の財務諸表における認識と測定」を公表 1985年 FASB が SFAC3 を SFAC6「財務諸表の構成要素」に改訂
1995年 FASB が包括利益プロジェクトを発足 1996年 FASB が公開草案「包括利益の報告」を公表 1997年 FASB が SFAS130「包括利益の報告」を公表 国際会計基準 2001年 IASB が ASB と共同で,業績報告プロジェクトまたは包括利益の報告プロジェクトを発足 2003年 IASB が IAS1「財務諸表の表示」の改訂版を公表 2004年 IASB が FASB と共同で,財務諸表の表示プロジェクトを立ち上げ 2007年 IASB が IAS1「財務諸表の表示」の改訂版を公表 2008年 IASB が討議資料「財務諸表の表示に関する予備的見解」を公表 出典:『包括利益を巡る論点』(包括利益研究委員会報告[19981,43-55頁,268-279頁],FASBとIASBホーム ページを参考に筆者が作成したものである。 p13-26 張姣.indd 19 2016/07/19 15:19:51
5
日本における包括利益の導入
英国や米国をはじめとする諸外国では,包括利益を巡る議論が長年にわたって検討されてき た。その一方,日本では,2004年に ASBJ が公表した討議資料「財務会計の概念フレームワー ク」において,包括利益の概念が以下のように定義された。 「包括利益とは,特定期間における純資産の変動額のうち,報告主体の所有者である株主,子 会社の少数株主,および,将来それらになりうるオプションの所有者との直接的な取引によらな い部分をいう。直接的な取引の典型例は親会社の増資による親会社株主持分の増加,いわゆる資 本連結手続を通じた少数株主持分の発生,新株予約権の発行などである。」(ASBJ[2004],p. 17) 以上のように,2004年に,包括利益の概念に関してすでに定義された。しかし,包括利益を財務 諸表情報として表示するように規定しているのは2010年に公表された企業会計基準第25号「包括 利益の表示に関する会計基準」である。当該基準において,2011年 3 月期から,包括利益を表示 する計算書の開示が要請されている。 「財務会計の概念フレームワーク」において,包括利益は,資産と負債の定義を行った上でそ の差額として算出される純資産から従属的に導き出されているため,資産負債アプローチに基づ いた利益概念であるとわかる。純利益については,「純利益は,収益から費用を控除した後,少 数株主損益を加減して求められる。」(ASBJ[2004],p. 18)との記述から,収益費用アプローチ によって算定された利益概念といえる。 また,その他の包括利益の内訳の開示については,以下のように述べられている。 「その他の包括利益の内訳項目は,その内容に基づいて,その他有価証券評価差額金,繰延ヘッ ジ損益,為替換算調整勘定,退職給付に係る調整額に区分して表示する。」(ASBJ[2004],p. 2) さらに,「財務会計の概念フレームワーク」において,包括利益の表示の形式に関して,コメ ントの中で支持の多かった 2 計算書方式とともに,1 計算書方式の選択も認めることとしてい る。これは,以下の点を考慮したものであると述べられている(ASBJ[2004],p. 10)。 1 .現行の国際的な会計基準では両方式とも認められていること 2 . IASB と FASB との検討の方向性を踏まえると,短期的な対応としても 1 計算書方式を利 用可能とすることがコンバージェンスに資すると考えられること 3 . 1 計算書方式でも 2 計算書方式でも,包括利益の内訳として表示される内容は同様である ため,選択制にしても比較可能性を著しく損なうものではないと考えられること6
包括利益に関する実証研究
前述したように,英国,米国または国際財務報告基準における包括利益会計基準の影響を受け て,ASBJ は包括利益に関する会計基準である企業会計基準第25号「包括利益の表示に関する会― ―21 計基準」の設定を行ってきた。当該基準が導入される前に,貸借対照表純資産の部に直接計上さ れる評価・換算差額等の当期の変動額が、2011年 3 月期以降、当期純利益の下に( 1 計算書方 式)、もしくは当期純利益とは別個にその他の包括利益として表示される( 2 計算書方式)よう になった。したがって,従来の評価・換算差額等の当期の変動額が利益情報として財務諸表上に 開示されることで,どのような影響があるかについて検証することが課題となる。米国では, SFAS130 の適用前後に焦点をあてて検証を行ってきた。 6.1 米国における SFAS130の適用前後に焦点をあてた実証研究
Dhaliwal et al. [1999] では,包括利益の開示を定めている SFAS130が適用される以前の1994 年から1995年の 2 会計期間の11, 318 社を対象に推定包括利益と当期純利益の価値関連性を比較 した。回帰分析で用いられる被説明変数は株式の市場価格、将来営業キャッシュ・フローおよび 純利益である。検証の結果,価値関連性について,推定包括利益が当期純利益より高いという結 果は得られなかった。しかし,その他包括利益の構成要素である売却可能有価証券の未実現利益 は有意な結果となっていることがわかった。
また,Chambers et al. [2007]では,SFAS130適用前(1994年-1997年)における推定包括利 益を用いた1, 727社と SFAS130適用後(1998年-2003年)における包括利益を用いた2, 807社を 対象に,包括利益または推定包括利益の価値関連性に関する実証研究を行ってきた。分析の結 果,その他の包括利益の総額だけではなくその構成要素としての外貨換算調整勘定、売却可能有 価証券の未実現評価損益、最小年金負債調整額が 1 % 水準で有意な正の値となったことを明ら かにした。また,株主資本等変動計算書より損益計算書あるいは包括利益計算書において開示さ れた包括利益が高い価値関連性を持っているとわかった。 以上の米国の先行研究から,SFAS130適用後,包括利益の開示が 1 計算書方式もしくは 2 計 算書方式へと移行することで包括利益の価値関連性が高まったことがわかる。米国では,包括 利益の価値関連性を検証する実証研究以外に,包括利益の持続性の実証研究として,Biddle and Choi [2006],Choi and Zang [2006],包括利益に関する経営者の利益調整行動の実験研究とし て,Hirst and Hopkins [1998],Hunton et al [2006] などの研究があげられる。
6.2 日本における包括利益に関する実証研究 米国と比べて,日本では,包括利益の開示実務の年数が短い。ここで,日本で蓄積されてきた 主要な包括利益に関する実証研究を振り返った上で,先行研究の問題点と今後の検証されるべき 課題を導きたい。 日本において包括利益に関する実証研究は若林[2001],若林[2002],井手[2004],井手[2006], 久保田・竹原[2005],若林[2009],根建[2014]などがある。 若林[2001]では,為替換算調整勘定の期中変化額をその他の包括利益,株価を企業価値と仮 p13-26 張姣.indd 21 2016/07/19 15:19:52
定し,包括利益と株価の関連性を分析した。分析の結果,増分情報内容の観点からは,当期純利 益を所与とした場合,為替換算調整勘定の変化額は株価変化を追加的に説明しうる増分情報内容 を有していないことを明らかにした。また,若林[2002]では,有価証券の評価損益の期中変化 額をその他の包括利益とし,包括利益と純利益の情報内容を比較した。検証の結果は,当期純利 益を所与した場合,有価証券の評価損益の期中変化額は株式リターンを追加的に説明しうる増分 情報内容を有していないと示している。また,包括利益と比べて,純利益が株式リターンをよく 説明しているともわかった。 久保田・竹原[2005]では,米国基準によって連結財務諸表を開示する日本企業を対象とし て,当期純利益と包括利益の相対情報内容と,その他の包括利益の構成要素の増分情報内容を検 証した。分析の結果から,株式収益率,経営者報酬とともに,当期純利益と包括利益の間に相対 情報内容に統計的に有意な差異は認められなかった。一方,その他の包括利益を構成する項目の 内,未実現有価証券評価益と最小年金債務調整額については情報内容の増加が認められた。 井手[2004]また井手[2006]では,日本企業が開示している純資産直入項目の内,その他有 価証券差額金と為替換算調整勘定に情報価値があるのか否かを検証した。検証の結果からは,株 式収益率と純利益または包括利益との間に正の相関を確認することができた。しかし,株式収益 率とその他の包括利益項目との間に正の相関を確認することはできなかった。つまり,純利益に 対して,包括利益が増分情報内容を持っていないという結果になっている。 根建[2014]では,包括利益の情報有用性,利益調整後の包括利益に対する市場反応などにつ いて実証研究として行ってきた。包括利益の情報有用性に関する検証では,根建[2014]は「包 括利益の表示に関する会計基準」適用前後における当期純利益と包括利益の情報有用性を相対的 比較し、基準適用前における包括利益の価値関連性が高いという結果を得られた。しかし,当期 純利益に対する相対的な位置づけは、基準適用後の包括利益のほうが高まりつつあることも明ら かにした。また,利益調整後の包括利益に対する市場反応に関する検証では,根建[2014]は、 経営者によるその他有価証券の売却行動により利益調整を行っている企業の当期純利益と包括利 益のどちらが会計利益情報として有用か検証した。分析結果は、包括利益と当期純利益の情報内 容に有意な差がなかったとなっていた。
7
結 論
各国の包括利益報告書にどんな影響を受けているかを明らかにすることは本稿の 1 つの目的で ある。前述したように,包括利益に関する報告書として,英国における ASB が公表した FRS3 「財務業績の報告」,米国における FASB が公表した SFAS130「包括利益の報告」,国際財務報 告基準における IASB が公表した IAS1「財務諸表の表示」などがあげられる。それでは,日本 において,包括利益に関する会計基準の設定はこれらの報告書に受けている影響を以下のように― ―23 考えている。 1 . 従来の日本の会計基準では,当期純利益が重視されてきて,包括利益の表示が定められ ていなかった。しかし,1997年に公表された SFAS130において,包括利益の表示に関す る定めが設けられており,それ以後,米国では包括利益の表示が行われてきた。また, IASB は FASB との共同プロジェクトを進め,2010年に,公開草案「その他の包括利益の 項目の表示(IAS1の修正案)」を公表した。ASBJ が包括利益の表示に関する会計基準を 導入した 1 つの理由としては,このような国際的な会計基準の動きに対応するためである と考えられる。 2 . 次に,英国では,その他の包括利益に相当する概念の用語は特に定めていないが,総認識 利得損失計算書には,損益計算書に開示されない株主に帰属する剰余金の変動である資産 再評価益,外貨換算調整の変動額などが計上される。つまり,資産再評価益,外貨換算 調整の変動額などがその他の包括利益の構成項目と考えられる。米国の SFAS130におい て,その他の包括利益の内訳として,為替換算調整勘定,売却可能有価証券の未実現評価 損益,最小年金負債調整額の期中変化額などがあげられる。日本において,1998年 3 月に 議員立法として制定された土地再評価法に基づいて,事業用土地の再評価額が最評価差額 金として貸借対照表資本の部に計上されるようになっていた。しかし,「包括利益の表示 に関する会計基準」において,その他の包括利益の項目に資産再評価損益が含まれていな い。この規定は米国の会計基準と類似していることがわかる。 3 . 最後,従来の日本の会計基準において,純利益を損益計算書のボトムラインとして重視さ れていた。しかし,SFAS130と改訂版 IAS1において,純利益までの業績を示す損益計算 書と純利益から包括利益の業績を示す包括利益計算書による 2 計算方式報告が認められて いる。それゆえ,ASBJ が1計算書方式も 2 計算書方式も認めている 1 つの理由としては, 米国および国際財務報告基準へのコンバージェンスを求めることにあると考えられる。 また,今後の実証研究における検証されるべき仮説の導出は本稿のもう 1 つの目的である。日 本における包括利益に関する先行研究をサーベイしたところ,ほぼすべての包括利益に関する実 証研究が当該情報の有用性に焦点をあてて,為替換算調整勘定,有価証券の評価差額金などのそ の他の包括利益に該当する項目を当期純利益に加えて包括利益とし、当期純利益に対し,包括利 益が増分情報内容または相対情報内容を持っているかを検証してきた。しかし,これらの先行研 究に対して,次のような視点に基づく展開の可能性があると考えられる。 1 . 先行研究では,包括利益の価値関連性に焦点をあて,回帰分析を用いて,株価または株式 収益率と包括利益の関連性を行ってきた。研究内容の独創性が乏しいと言わざるを得な い。包括利益の導入によって,もたらされた経済的帰結を解明するため,分析の視点を変 えて新しい角度からの検証が必要になってくるのではないだろうか。たとえば,包括利益 の導入によって,経営者行動にどんな影響をもたらしてきたかについては先行研究では解 p13-26 張姣.indd 23 2016/07/19 15:19:52
売却益を裁量的に計上していると報告されていた。「包括利益の表示に関する会計基準」 の導入前,当期純利益が財務諸表のボトムラインに位置づけられて,重要な業績指標とみ なされてきた。経営者は当期純利益の目標値の達成を確保するには,資産の売却益などの 特別利益に依存し利益調整を行ってきた。その一方,包括利益が財務諸表上に表示される ようになってからは,資産(その他投資有価証券)を売却しなくても,その評価差額金が 利益概念である包括利益に計上される。そのため,包括利益の導入によって,資産売却に よる経営者の裁量的行動を抑制したのではなかろうか。Gunny(2005)では,経営者の実 体的裁量行動は長期的に企業価値に悪営業を与えることを示している。経営者の実体的裁 量行動は,将来において利害関係者との対立を引き起こす危険性があると考えられる。そ のため,包括利益の導入により,経営者の実体的裁量行動が抑制されるか否かという検証 課題は重要な意味を持ってくる。 2 . 日本で包括利益が導入された時期がごく最近のこともあるが,ほとんどの先行研究では, その他の包括利益と想定される項目を用いて,包括利益導入前の企業データを対象として きた。「包括利益の表示に関する会計基準」の導入前後の比較に焦点をあてている研究の 蓄積が浅いのは現状である。 以上の先行研究を展開し,以下の仮説を実証研究で検証していきたい。 「包括利益導入前と比べて,包括利益導入後において,その他有価証券の売却による経営者の 裁量的行動が抑制された」 参 考 文 献
ASB [1992] Financial Reporting Standards 3: Reporting Financial Performance. ASB [1999] Statement of Principal for Financial Reporting.
ASBJ [2004] 討議資料「財務会計の概念フレームワーク」。
ASBJ [2010] 企業会計基準第25号「包括利益の表示に関する会計基準」。
Biddle, G. C. and J. Choi [2006] “Is Comprehensive Income Useful?” Journal of Contemporary Accounting $ Economics, Vol.2 (1), pp1-32.
Chambers, D., T. J. Linsmeier, C. Shakespeare, and T. Sougiannis [2007], “An Evaluation of SFAS No.130 Comprehensive Income Disclosures” Review of Accounting Studies, Vol. 12, pp. 557-593.
Choi, J. and Y. Zang [2006] “Implication of Comprehensive Income Disclosure for Future Earing and Analystsʼ Forecasts” Seoul Journal of Business, Vol. 12 (2).
Dhaliwal, D., K. R. Subramanyam and R. Trezevant [1999] “Is Comprehensive Income Superior to Net Income as a Measure of Firm Performance?” Journal of Accounting and Economics, Vol. 26, pp. 43-67. FASB [1980] Statement of Financial Accounting Concepts No.3 : Elements of Financial Statements of
Business Enterprises.
FASB [2008] Statement of Financial Accounting Concepts No. 5: Recognition and Measurement in Financial Statements of Business Enterprises.
― ―25
FASB [1997] Statement of Financial Accounting Standards No. 130: Reporting Comprehensive Income. Gunny K [2005] “What are the Consequences of Real Earnings Management?” University of California. Herrmann, D., T. Inoue, and W. B. Thomas [2003] The Sale of Assets to Manage Earnings in Japan.
Journal of Accounting Research, Vol. 41 (1), pp89-108.
Hirst, D. E. and P. E. Hopkins [1998] “Comprehensive Income Reporting and Analystsʼ Valuation Judgments”, Journal of Accounting Research, Vol. 36, pp47-75.
Hunton, J. E., R. Libby and C. L. Mazza [2006] “Financial Reporting Transparency and Earnings Management”, The Accounting Review, Vol. 81 (1), pp135-157.
IASB [2003] International Accounting Standard 1: Presentation of Financial Statements. IASB [2007] Revised International Accounting Standard 1: Presentation of Financial Statements. IASB [2008] Discussion Paper: Preliminary Views on Financial Statement presentation. IASB [2008] Preliminary Views on Financial Statement Presentation.
井手健二[2004]「包括利益情報の有用性に関する検討―わが国証券市場を対象として―」『會計』第165巻 第 2 号,309-321頁 . 井手健二[2006]「わが国証券市場における純資産直入項目の情報価値」『武蔵大学論集』第54巻第 2 号, 139-154頁。 浦崎直浩[2002]『公正価値会計』森山書店。 河合由佳理[2010]『包括利益と国際会計基準』同文館出版。 菊谷正人[2002]『国際的会計概念フレームワークの構築-英国会計の概念フレームワークを中心として-』 同文舘出版。 久保田敬一・竹原均[2005]「包括利益およびその他の包括利益項目の情報内容分析―米国基準連結財務諸 表開示企業を対象として―」『武蔵大学論集』第53巻第 2 号,81-106頁 . 武田隆二[2008]『会計学一般教程(第7版)』中央経済社。 平松一夫・広瀬義州[2002]『FASB 財務会計の諸概念(増補版)』中央経済社。 包括利益研究委員会報告[1998]『包括利益をめぐる論点』財団法人企業財務制度研究会。 根建晶寛[2014]「包括利益の情報有用性に関する実証研究」博士論文。 若林公美[2001]「為替換算調整勘定と株価形成―包括利益の観点から―」『奈良県立大学研究季報』第12巻 第 1 号,47-66頁。 若林公美[2002]「包括利益情報に対する株式市場の評価―有価証券の評価差額を手がかりとして―」『會計』 第162巻第 1 号,81-94頁。 若林公美[2009]『包括利益の実証研究』中央経済社。 p13-26 張姣.indd 25 2016/07/19 15:19:52