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呼びかけイントネーションが呼称名詞に与える影響―喜界島小野津方言を例に―

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音声研究 第 25 巻 23–40 頁

2021年 Journal of the Phonetic Society of JapanVol. 25, pp. 23–40, 2021

呼びかけイントネーションが呼称名詞に与える影響

―喜界島小野津方言を例に―

白田 理人*

Influence of Vocative Intonation on Address Nouns:

The Case of the Onotsu Dialect of Kikai Ryukyuan

Rihito Shirata*

要旨:喜界島小野津方言の呼称名詞(親族呼称や呼びかけに使われる人名)は,母音の長さの交替と音調型 の点で特殊な振る舞いを示す。本稿は,呼称名詞の音韻的特徴について記述した上で,呼びかけの下降イン トネーションが呼称名詞の語彙的な特徴に通時的変化を及ぼしたことを主張する。本稿において提案する仮 説は,呼称名詞にアクセント型の推移と長母音化の二つの連続的な変化が起こったというものである。この うち二番目に起きた変化が,最も音韻的独立性の低い助詞によって部分的に阻止されたため,呼称名詞の特 殊性が生じたと考えられる。 キーワード:小野津方言,呼称名詞,呼びかけイントネーション,N型アクセント,母音の長短の交替 SUMMARY: In the Onotsu dialect of Kikai Ryukyuan, address nouns such as kinship terms and personal names exhibit

peculiar behavior in terms of vowel length alternation and tonal patterns. This paper describes the phonological charac-teristics of address nouns, and argues that vocative falling intonation effected diachronic changes in the lexical features of the address nouns. The hypothesis proposed in this paper is that address nouns underwent two sequential changes: accent shift, and vowel lengthening. The latter is presumed to have been partly prevented by the least phonologically independent particles, which has resulted in the peculiar characteristics of address nouns.

Key words: Onotsu dialect, address nouns, vocative intonation, N-pattern accent, vowel length alternation

1. はじめに

北琉球奄美喜界島方言(以降,喜界島方言) は,琉球諸語の話される地域のうち最も北東に位 置する喜界島(鹿児島県大島郡喜界町,cf. 図1) で話されており,琉球諸語を南北二つに分けたう ちの北琉球(沖縄島以北)に属する。喜界島には 30余の集落があり,喜界島方言には語彙面・音 韻面・形態面に渡って集落差が見られる。島内北 部に位置する小野津1)・志戸桶(及び佐手久)の 各集落の方言は,中舌母音を保持している点や, *ki>tɕiの変化を経ていない点といった分節音上 の特徴(cf.岩倉 1934,平山ほか 1966,大野 2004, 木部ほか 2011),及びアクセントの面(cf. 松森 2011,上野 2012b)で島内のその他の方言と異な ることが指摘されている。 小野津集落の方言(以降,小野津方言)では, 親族呼称及び呼称として用いられる人名(以降, 呼称名詞)が,後続する形式を条件として,末尾 母音の長短及びアクセントの音調型の交替を起こ す(重野・白田 2016)。例として,「マツ」とい う人名は,単独では(呼びかけの場合であるか否 かに関わらず),ma[cu]uのように名詞末尾が長母 音でアクセントがα型(e.g. kʰa[re]e「カレー」)と * 広島大学(Hiroshima University) 研究論文

(2)

同じく昇り核が次末拍に置かれた音調型で現れる のに対し,主格助詞=ŋaが後続する場合には, [ma]cu[ŋaのように名詞末尾が短母音となり,ア クセントがβ型(e.g. [na]bï[ŋa「鍋が」)と同じく 昇り核が名詞+助詞のまとまりの末尾拍に置かれ た音調型になる(表記については2.2参照,アク セント体系については2.3参照)。このような呼称 名詞の特殊性は,呼びかけのイントネーションに 伴う音声的な特徴が呼称名詞の語彙的な音韻的特 徴へと変化する過程で生じた蓋然性が高い。 以上を踏まえ,本稿は,呼称名詞の共時的音韻 的特徴を記述し,呼称名詞の音韻的特徴の変化の 通時的プロセスに関する仮説を提示することを目 的とする。データは,筆者が小野津集落出身・在 住の女性3名(昭和10年生,昭和12年生,昭和 20年生)を調査協力者とした聞き取り調査で得 たものを用いる。 以降,まず2節では,小野津方言についての背 景として,呼称名詞の特徴に関わる先行研究,音 素体系と本稿で用いる表記,アクセント体系,母 音の長短の区別について述べる。次に3節で,末 尾母音の長短と音調型の交替を中心に,呼称名詞 の音韻的特徴について詳述する。4節では,呼称 名詞の音韻的特徴が呼びかけのイントネーション から生じたとする仮説を提示する。5節はまとめ と展望である。

2. 背景

2.1 先行研究 小野津方言の呼称名詞のうち,親族呼称の一部 の単独での音形については崎村(1985),上野 (2002c),木部ほか(2011)において報告されて いる(3.1参照)が,呼称名詞の音韻的な特殊性 については,管見の限り重野・白田(2016)以外 には報告が見られない。重野・白田(2016)で は,呼称名詞末尾の長母音が主格助詞=ŋa/複数 接辞-taaの後続に伴い短母音化すると報告した が,この交替の起こる条件や,アクセントの詳細 に つ い て は 述 べ て い な か っ た。 な お, 上 野 (2002c, p. 4)が報告している二人称代名詞の音形 ([da]a「おまえ」,da[ŋa「おまえが」,da[ya「おま えは」)には,本稿で扱う呼称名詞と同様の母音 の長短及び音調型の交替が見られる。 2.2 音素一覧と表記 本稿で用いる表記により,表1及び表2に小野津 方言の音素一覧を示す(なお,本稿では先行研究 の語例もこの表記に統一して示す)。音素解釈は白 田(2017)に従う3)。[ ]内は主な音声実現であ 図1 琉球列島周辺/奄美群島/喜界島2) 表1 母音音素 前舌 中舌4) 奥舌 狭 i ï u 半狭 e ë o 広 a

(3)

る。なお,長母音は短母音音素の連続として解 釈・表記している(e.g. /mii/ [mʲiː]「見ろ」)。アクセ ントの表示は,必要に応じて行い,上野(2016) に従って[〇で〇の直前の上昇,〇]で〇の直後の 下降を示している。また,語頭が高く始まる場合 には語頭に[を付す。 なお,本稿では,小野津方言として在証されな い形式(unattested form)の語頭に*(アスタリス ク)を付して示す。より具体的には,調査におい て得られた形式と異なる形式,及び,小野津方言 の先史(日琉の他の言語変種との比較に基づく祖 語の段階も,小野津方言内の変化の途中段階も含 む)に再建される形式を表示している。また,語 形AからBへの通時的変化をA>Bのように示 す。 2.3 アクセント ここでは,上野(2016)に基づいて小野津方言 のアクセント体系を概観する。小野津方言は,上 野(1989, p. 202,1992, p. 11)において「そこで 昇ろうとする力」と規定されている「昇り核」の 有無と位置で区別されるα型・β型・γ型からなる 三型アクセント体系を持つ8)。それぞれの型の特 徴は(1)の通りである。α型/β型で3拍目以降に 核がある場合と無核型であるγ型において語頭拍 が高くなるほかは,基本的に核の置かれた拍のみ が高くなり,それ以外は低くなる(ただし,下降 の位置は弁別的ではなく,特に長母音の場合な ど,まとめて2拍分高くなり,下降が1拍遅れる こともある)。なお,γ型は,複合語・地名・外来 語を除いてα型と相補的である。 (1) α型・β型・γ型の特徴(cf. 上野 2016) i. α型― 昇 り 核 が 次 末 拍 に あ る 型(e.g.

/tʰa[tamï/ tʰa[ta]mï「畳」,/gara[saa/ [ga] ra[sa]a「カラス」)

ii. β型― 昇り核が末尾拍にある型(e.g. /na[bï/ na[bï「鍋」,/hata[na/ [ha]ta[na「刀」) iii. γ型― 無核型(e.g. /isiusu/ [i]siusu「石臼」,

/kʰagusima/ [kʰa]gusima「鹿児島」) 表3にα型・β型・γ型の名詞の音調型について 上野(2016)から語例を抜粋して示す。本稿で扱 う交替においては名詞末尾の母音の長短が問題に なるため,名詞の拍数と末尾母音の長短で場合分 けし,長母音の語例を網掛けにしている。該当語 例がない(または示されていない)ものは斜線で 示す。後述する呼称名詞の特徴と関連して注目す べき点として,α型について4拍で語末が短母音 の語例が報告されていない点9),及び,β型につ いて1拍語が報告されていない点が挙げられる。 このうち,前者について,上野(2002c, p. 5,2016, p. 103)は,α型で4拍かつ語末2拍がCVCVの語 に規則的な変化(*[〇]〇[CV]CV>[〇]〇CV[CV) 表2 子音音素 両唇 歯茎 歯茎硬口蓋 軟口蓋∼声門 両唇軟口蓋 破裂音 無声無気 p[p~pˀ] t[t~tˀ] k[k~kˀ] kʷ[kʷ~kˀʷ~k͡p~k͡pˀ] 無声有気 pʰ[pʰ~p͡ɸ~ɸ] tʰ kʰ 有声無気 b d g[ɡ] gʷ[ɡʷ~ɡ͡b]5) 破擦音 無声 c[t͡s~t͡sˀ] č[t͡ɕ~t͡ɕˀ] 有声 z[d͡z~z] ž[d͡ʑ~ʑ] 摩擦音6) 無声 s[s~ɕ] h[h~ç] 鼻音 m n[n~m~ɲ~ŋ~ɴ]7) ň[ɲ] ŋ 弾音 r[ɾ] 接近音 y[j] w

(4)

が生じてβ型に合流したとする説を唱えている。 表3の網掛け部分を見ると,α型では末尾の長 母音の1拍目に,β 型で末尾の長母音の2拍目に 核が置かれており,核の位置が音節ではなく拍で カウントされていることが確認できる。 α型及びβ型において,名詞+助詞のまとまりが 同じ長さの名詞単独と同じ音調型で現れるいわゆ る系列化(cf. 上野 2012a, p. 48)が起こり,核が 助詞に移動する場合がある。以下(2)及び(3)にま とめて示す。なお,γ型の場合は,助詞が低く続 き,常に系列化するといえる(e.g. [pʰu]sukaŋa「二 日が 」,[pʰu]sukakara「 二日から」,[kʰa]gusimaŋa 「鹿児島が」,cf. 上野 2016及び注11, 13, 26)。 (2)  α型の系列化(=助詞が後続したときの核の 移動)の有無について(cf. 上野 2002b, 2016) i. 2拍名詞に1拍助詞が後続すると核が1拍 後 ろ に 移 動 す る10, 11)(e.g. [mï]zu「 水 」, mï[zu]ŋa「水が」,mï[zo]o「水は」)。 ii. 上記i以外の場合,すなわち,2拍名詞に 2拍助詞が後続する場合や,3拍以上の名 詞の場合核は移動しない(e.g. [mï]zukara 「水から」,tʰa[ta]mïŋa「畳が」,[ga]ra[saa] ŋa「カラスが」)。 (3)  β 型の系列化(=助詞が後続したときの核 の移動)の有無について(同上) i. 3拍以下の名詞では後続する最初の助詞の 末尾に核が移動する12, 13)(e.g. na[bï「鍋」, [na]bï[ŋa「鍋が 」,[na]bïka[ra「鍋から 」, [ha]ta[na「 刀 」,[ha]tana[ŋa「 刀 が 」,[ha] tanaka[ra「刀から」)。ただし,名詞末尾と 主題助詞=ya「∼は」が融合して長母音を 生じる場合,核は移動しない(e.g. na[bë]ë 「鍋は」,[ha]ta[na]a「刀は」)。 ii. 4拍以上の場合,名詞末尾が短母音なら核 は移動しない(e.g. [mu]čigu[mï「もち米」, [mu]čigu[mï]ŋa「 も ち 米 が 」,[mu]čigu[mï] kara「もち米から」,[tʰu]kunusi[ma「徳之 島 」,[tʰu]kunusi[ma]ŋa「 徳 之 島 が 」,[tʰu] kunusi[ma]kara「徳之島から」)が,長母音な ら移動する(e.g. [u]tuŋë[ë「顎」,[u]tuŋëë[ŋa 「顎が」,[u]tuŋëëka[ra「顎から」)。 (3)のβ型の系列化における長母音の振る舞い に関して,上野(2016, p. 100)は「「長音」はこ の方言では「弱」の扱いを受けており,語末で核 を持つのは絶対語末(語末かつ句末)の場合に限 られる」と説明している。すなわち,(3) iに示 した,名詞末尾と助詞の融合により長母音が生じ ると核が移動しない点については,長母音の2拍 目が(自立語の)語末でないために核を担えず, 核の移動が避けられていると考えられる14)。ま 表3 名詞アクセント型(語例は上野2016, pp. 98–99, 104より抜粋) 拍数 末尾 母音 α β γ 意味 語形 意味 語形 意味 語形 1 短 子 [kʷa 2 長 手 tʰi[i 血 [či]i 短 水 [mï]zu 鍋 na[bï 3 長 カレー kʰa[re]e キセル [ki]si[i

短 畳 tʰa[ta]mï 刀 [ha]ta[na 二日 [pʰu]suka 4 長 カラス [ga]ra[sa]a 顎 [u]tuŋe[e

短 もち米 [mu]čigu[mï 鹿児島 [kʰa]gusima 5 長 ドライバー [do]rai[ba]a 新時計 [mii]tʰokee 短 リウマチス [ryuu]ma[či]su 徳之島 [tʰu]kunusi[ma 石頭 [i]siatama

(5)

た,(3) iiに示した,4拍以上では名詞末尾が長 母音の場合のみ核が移動する点については,名詞 に助詞が後続すると長母音の2拍目が句末(文節 末)でなくなるため,核を担えず,核の移動が起 こっていると考えられる。 2.4 母音の長短 ここでは,小野津方言の母音の長短の区別につ いて,疑似的最小対の見られる狭母音i,ï,u, 及び,広母音aの長短の語例を示して述べたの ち,最小対及び擬似的最小対の見られない半狭母 音e,ë,oの長短と,母音の長短に関わる形態法 について補足する。 表4に名詞に見られる狭母音i,ï,u,及び,広 母音aの長短の疑似的最小対(分節音上,母音の 長短以外が同じ音列になっている語のペア)を示 す15)。「ア型」は上野(2016)の分類に基づいて 判断したアクセント型である。崎村(1985),上 野(1993),大野(2004),松森(2011),木部ほ か(2011)で語形がすでに報告されているもの は,「先行研究」に頭文字とページ数を併記する。 網掛け部分は本稿が主眼を置く母音長及び音調型 の交替を示す語例であり,3節で新しいアクセン ト型(δ型)として分析するが,ここではひとま ず「ア型」の( )内に上野(2016)の分類に基づ いて判断したアクセント型を示しておく。 表4の網掛け部分の名詞について,主格助詞= ŋaが後続すると,名詞末尾が長母音から短母音 へと交替し,β型で短母音を末尾に持つ名詞との 音形上の区別が失われる(cf. (4))。このことか ら,本稿で扱う母音の長短の交替は音韻的な長母 音と短母音の間の交替であるといえる。 表4 母音長短擬似最小対(名詞) 短母音 長母音 母音 意味 語形 ア型 先行研究 意味 語形 ア型 先行研究

i 汗 a[si β S89, U106, O55, K179 昼食 [a]si[i β M101, K194 i 金銭 [ha]ni α U58, K203 行事の一つ16) ha[ni]i α

i 味 [a]ži α K170, O55 おじいさん a[ži]i (α) Cf. 表5 i 尻 ma[i β U86, M100, K167 娘 ma[i]i (α)

i 薬 su[i β S89, U145, M95, K185 スエ(人名) su[i]i (α) i 石 [i]si α U72, M92, K170 イシ(人名) i[si]i (α) i 牛 [u]si α S88, U56, M91, K167 ウシ(人名) u[si]i (α) ï 鍋 na[bï β S89, U110, M93 ナベ(人名) na[bï]ï (α) ï 祭り [u]m[mï β おじさん [u]m[mï]ï (α) u 臍 [pʰu]su α U68, M91, K170 蜜柑の一種17) pʰu[su]u α u 松 ma[cu β S89, U103, M93, K179 マツ(人名) ma[cu]u (α)

u, i 友 [du]si α M101, K191 雑炊 [du]u[si]i α M101, K194 a 針 pʰa[i β S89, U102, M93, K176 [pʰa]a[i β U151 a 尻 ma[i β U86, M100, K167 椀 [ma]a[i β K203 a 波 na[mi β S89, U89, M92, K173 あなた [naa]mi

~[naa]me γ S90, その他18) a, i 網 a[mi β U78, M92, K173 赤身 [a]a[mi]i α

(6)

(4)  表4の最小対のうち主格助詞=ŋaが後続す ると区別が中和する語例 a. [ma]cu[ŋa「松が/マツが」 b. [na]bï[ŋa「鍋が/ナベが」 c. [su]i[ŋa「薬が/スエが」 d. [u]mmï[ŋa「祭りが/おじさんが」 e. [ma]i[ŋa「尻が/娘が」 半 狭 母 音e,ë,oは, 本 来 語 で は*nae>nee 「苗」,*mae>mëë「前」,*aosa>oosa「青い/青 さ」のように,基本的に母音融合によって生じて おり,閉音節の場合(cf. (5))を除いて短母音は 稀である。母音の長短の最小対及び擬似的最小対 も見つかっていない。 (5) 閉音節半狭短母音(下線部) a. se-n+pʰacuu(酒-複合接辞+お初)「お初と して供える酒」(cf. see「酒」,pʰacu「お初」) b. pʰë-n+yaa(南-複合接辞+家)「南隣の家」 (cf. pʰëë「南」,yaa「家」) c. tooto-n+mëë(墓-複合接辞+前)「墓,墓前」 (cf. tootoo「墓」,mëë「前」) d. tʰoppyo-ŋkʷaa(かぼちゃ-指小辞)「小さいか ぼちゃ」(cf. tʰoppyoo「かぼちゃ」) 母音の長短に関わる形態法として,閉音節を作 る 接 辞((5)a/b/cの 複 合 接 辞-n,(5)dの 指 小 辞 -ŋkʷaaなど)が付くと,名詞の種類によらず短母 音化が起こりうる。また,複合語の場合(cf. (5) a),及び,名詞を派生させる場合に末尾が長母音 化しうる(e.g. pʰižaii「左利き」,cf. pʰižai「左」, 注17)。

3. 呼称名詞の音韻的特徴の記述

本節では,まず3.1において,末尾母音の長短 及び音調型の交替を示す呼称名詞を対象に,交替 現象を概観する。次に,3.2において,交替の条 件を,後続形式の面から詳述する。3.1及び3.2を もとに,3.3において,交替を示す呼称名詞の音 韻的特徴をまとめる。続いて,3.4では,交替が 起こる名詞の範囲について詳述する。3.4で述べ るように,比較的最近呼称として用いられるよう になった名詞は交替を示さないことがある。この ため,3.5で交替を示さない呼称名詞の音韻的特 徴について述べる。 3.1 呼称名詞の母音の長短及び音調型の交替 末尾母音の長短及び音調型の交替が見られる呼 称名詞について,表5に単独及び主格助詞=ŋa 「∼ が 」/ 主 題 助 詞=ya「∼ は 」/ 複 数 接 辞-taa 「∼たち」が後続した例を示す。人名については, 「意味」として対応する戸籍上の表記もしくは通 例 用 い ら れ る 仮 名 表 記 を 載 せ て い る。 崎 村(1985),上野(2002c),木部ほか(2011)に おいて単独語形が報告されているもの19)は,「先 行研究」に頭文字とページ数を併記する。1音節 名詞はそれ以外と異なる交替を起こすため,網掛 けで示す。 表5に示した語例では,まず,単独の場合は末 尾が長母音であるのに対し,主格助詞=ŋa/主題 助詞=yaが後続する場合は短母音となっている。 なお,主題助詞=yaは,通例,短母音に後続す ると融合するが(e.g. macu「松」,macoo「松は」, nabï「 鍋 」,nabëë「 鍋 は 」,sui「 薬 」,suee「 薬 は」,ummï「祭り」,ummëë「祭りは」,mai「尻」, maee「尻は」),表5の語例は名詞末尾が短母音で あるにもかかわらず融合を起こしていない。複数 接辞-taaが後続する場合,2音節以上の名詞では 末尾に短母音が現れ,網掛け部分の1音節名詞で は長母音が現れている。 表5に示した語例の一部を例として,単独の場 合と主格助詞=ŋaが後続する場合の音調型の交 替について,拍数及び名詞末尾の母音の長短の対 応する語例と対照しつつ,それぞれ表6,表7に 示す(加えて,図2∼5に昭和12年生の話者の音 声をもとに音声分析ソフトウェアPraat(Boersma and Weenink 2021)で作成したピッチ曲線を示 す)。表中の「拍数」に名詞の拍数を,「ア型」に アクセント型を示す。以下に述べるように,交替

(7)

を示す呼称名詞は,α型(及びγ型)と同じ音調 型を示すことも,β型と同じ音調型を示すことも あり,さらに,α型・β型・γ型のいずれとも異な る音調型を示すこともある。このため,本稿では 新たにδ型というアクセント型を設け,交替を示 す呼称名詞をδ型に分類する。表6及び表7では, α型・β型・γ型の各語例のうち,δ型と中和し同 じ音調型となるものを網掛けにしている。該当す 表5 呼称名詞の交替 意味 単独 主格助詞 「∼が」 主題助詞 「∼は」 「∼たち」複数接辞 先行研究 親族呼称

おじいさん a[ži]i [a]ži[ŋa [a]ži[ya [a]ži[ta]a S90, U12, K191 おばあさん [a]m[ma]a [a]mma[ŋa [a]mma[ya [a]mma[ta]a S90, U14, K194 おばあさん a[ni]i [a]ni[ŋa [a]ni[ya [a]ni[ta]a

おじさん u[ži]i [u]ži[ŋa [u]ži[ya [u]ži[ta]a S90, U12 おじさん [u]m[mï]ï [u]mmï[ŋa [u]mmï[ya [u]mmï[ta]a

おじさん yak[kï]ï [yak]kï[ŋa [yak]kï[ya [yak]kï[ta]a S90, U12, K191 おばさん u[ba]a [u]ba[ŋa [u]ba[ya [u]ba[ta]a S90, U12, K191 おばさん [ba]a ba[ŋa ba[ya [ba]a[ta]a S89, U9 お父さん o[to]o [o]to[ŋa [o]to[ya [o]to[ta]a

お母さん ok[ka]a [ok]ka[ŋa [ok]ka[ya [ok]ka[ta]a U14, K194 お兄さん [ňi]i ňi[ŋa ňi[ya [ňi]i[ta]a K191 お姉さん [ne]e ne[ŋa ne[ya [ne]e[ta]a U9, K191

息子 [bo]o bo[ŋa bo[ya [bo]o[ta]a 娘 ma[i]i [ma]i[ŋa [ma]i[ya [ma]i[ta]a

人名(女)

マツ ma[cu]u [ma]cu[ŋa [ma]cu[ya [ma]cu[ta]a ナベ na[bï]ï [na]bï[ŋa [na]bï[ya [na]bï[ta]a (ナベ)21) [bï]ï bï[ŋa bï[ya [bï]ï[ta]a

イシ i[si]i [i]si[ŋa [i]si[ya [i]si[ta]a ウシ u[si]i [u]si[ŋa [u]si[ya [u]si[ta]a スエ su[i]i [su]i[ŋa [su]i[ya [su]i[ta]a チヨ či[yu]u [či]yu[ŋa [či]yu[ya [či]yu[ta]a ジロウ22) ži[ro]o [ži]ro[ŋa [ži]ro[ya [ži]ro[ta]a アチヤ ač[ča]a [ač]ča[ŋa [ač]ča[ya [ač]ča[ta]a オメト [u]mï[tu]u [u]mïtu[ŋa [u]mïtu[ya [u]mïtu[ta]a

人名(男)

タロウ23) ta[ro]o [ta]ro[ŋa [ta]ro[ya [ta]ro[ta]a イチロウ [i]či[ro]o [i]čiro[ŋa [i]čiro[ya [i]čiro[ta]a サブロウ [sa]bu[ro]o [sa]buro[ŋa [sa]buro[ya [sa]buro[ta]a マサタロウ [ma]sata[ro]o [ma]sataro[ŋa [ma]sataro[ya [ma]sataro[ta]a

(8)

表7 呼称名詞(δ 型)の主格助詞後続の場合の音調型(対照語例は上野2016, pp. 98–99より抜粋)

拍数 ア型 δ(呼称名刺) α β γ

1 語形 ne[ŋa [kʷa]ŋa

意味 お姉さんが 子が

2 語形 [ma]cu[ŋa mï[zu]ŋa [na]bï[ŋa

意味 マツが 水が 鍋が

3 語形 [i]čiro[ŋa tʰa[ta]mïŋa [ha]tana[ŋa [pʰu]sukaŋa

意味 イチロウが 畳が 刀が 二日

4 語形 [ma]sataro[ŋa [mu]čigu[mï]ŋa [kʰa]gusimaŋa

意味 マサタロウが もち米が 鹿児島

表6 呼称名詞(δ 型)の単独の場合の音調型(対照語例は上野2016, pp. 98–99より抜粋)

拍数 ア型 (呼称名刺)δ α β γ

2 語形 [ne]e tʰi[i [či]i

意味 お姉さん 手 血

3 語形 ma[cu]u kʰa[re]e [ki]si[i

意味 マツ カレー キセル

4 語形 [i]či[ro]o [ga]ra[sa]a [u]tuŋe[e

意味 イチロウ カラス 顎

5 語形 [ma]sata[ro]o [do]rai[ba]a [mii]tʰokee

意味 マサタロウ ドライバー 新時計

図2 「お姉さん」(単独/「∼が」)

図3 「マツ」(単独/「∼が」

図4 「イチロウ」(単独/「∼が」)

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る語形がない場合は斜線にしている。 表6を見ると,δ 型単独の場合,基本的に,次 末核型のα型と同じ音調型となる。ただし,δ型2 拍の場合(e.g. [ne]e「お姉さん」)は次末核型の α型ではなく無核型のγ型(e.g. [či]i「血」)と一致 することになる。これは,長母音を持つ2拍名詞 がγ型に限られ,α型が存在しないためである(cf. 2.3及び注11)。δ型の単独の場合の全体としては, 2拍名詞の語頭の高さも核によるものとし,長さ によらず,次末核型として一般化できる。 表7を見ると,主格助詞=ŋaが後続する場合 は,基本的に,末尾核型のβ型と同じ音調型とな る。ただし,δ 型で名詞が1拍となる場合(e.g. ne[ŋa「お姉さんが」)には対応する音調型が存在 しないことになる。これは1拍名詞がγ 型(e.g. [kʷa]ŋa「子が」)に限られ,β型が存在しないため である(cf. 2.3及び注13, 35)。加えて,δ型で名 詞が4拍になる場合(e.g. [ma]sataro[ŋa「マサタロ ウが」)にも,対応する音調型が存在しないこと になる。これは,δ型の場合には名詞+助詞のま とまりとして末尾核型となり,助詞に核が置かれ る20)のに対し,β型の4拍名詞で末尾が短母音の 場合は,系列化しない(名詞から助詞に核が移動 しない)末尾核型となり,[mu]čigu[mï]ŋa「もち 米が」のように名詞の末尾に核が置かれるためで ある(cf. (3))。δ型に主格助詞が後続する場合の 全体としては,長さによらず,名詞+助詞のまと まりの末尾に核が置かれる末尾核型として一般化 できる。 表5に示した形式のうち,表6及び表7で取り上 げていない主題助詞=ya/複数接辞-taaが後続し た形式の音調型について補足する。まず,主題助 詞=yaが後続した場合の音調型(e.g. [ma]cu[ya 「マツは」)は主格助詞=ŋaの場合と同様であり, 名詞+助詞のまとまりの末尾に核が置かれる末尾 核型となる。次に,接辞-taaを伴う複数形(e.g. [ma]cu[ta]a「マツたち」)は,名詞(語根+接辞) の次末拍に核が置かれる次末核型となる。なお, 複数形に主格助詞=ŋaが後続すると,[ma]cuta[ŋa 「マツたちが」,[nee]ta[ŋa「お姉さんたちが」,[a] mmata[ŋa「おばあさんたちが」のように,名詞 (語根+接辞)の末尾が短母音となり,名詞(語 根+接辞)+助詞のまとまりの末尾に核が置かれる 末尾核型となる。以上から,交替を示す呼称名詞 は複数形(語根+接辞)もδ型に属するといえる。 3.2 呼称名詞の交替の条件 3.1で扱った呼称名詞について,主格助詞=ŋa/ 主題助詞=ya以外の1拍の格助詞(e.g. 与格助詞 =ňi「∼に」,共格助詞=tu「∼と」)/取り立て助 詞(e.g. 焦 点 助 詞=du「∼ ぞ 」, 添 加 助 詞=mu 「∼も」)が後続する場合も同様に,名詞の末尾が 短母音,かつ,名詞+助詞のまとまりとして末尾 拍型となり,助詞に核が置かれる24)(cf. 表8)。 一方,2拍の格助詞(e.g. 奪格助詞=kara「∼か ら」)/取り立て助詞(e.g.=see「∼さえ(最低条 件25))」)が後続する場合や,文末助詞(e.g. 真偽 疑問助詞=na,疑問詞疑問助詞=yo,断定助詞= doo)が後続する場合26)には,単独の場合と同じ く末尾が長母音かつ名詞の次末拍に核が置かれる 次末核型となる(cf. 表9)。また,単独の場合の うち,文中において(無助詞で現れて)目的語と なる場合(e.g. ma[cu]u [a]bï[ri「マツを呼べ!」) や,呼びかけに用いられる場合(e.g. ma[cu]u [u] suna「マツ,いるの?」)も,単独かつ通常の言 い切りの場合と同様,末尾が長母音かつ次末核型 表8 呼称名詞に1拍の格助詞/取り立て助詞が後続する場合 意味 与格助詞 「∼に」 共格助詞 「∼と」 焦点助詞 「∼ぞ」 添加助詞 「∼も」 おばあさん [a]mma[ňi [a]mma[tu [a]mma[du [a]mma[mu お姉さん ne[ňi ne[tu ne[du ne[mu マツ [ma]cu[ňi [ma]cu[tu [ma]cu[du [ma]cu[mu

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となる。なお,呼びかけの場合であるか否か関わ らず,後続形式によって母音の長短/音調型が決 まるため,共時的には,呼びかけのイントネー ションによって次末核型化や長母音化が起きてい るとは分析できない点に留意されたい。 3.3 交替を示す呼称名詞(δ型名詞)の音韻的特 徴のまとめ 3.1及び3.2を踏まえ,δ型の特徴を(6)にまとめ る。 (6) δ型の特徴 i. 1拍の格助詞/取り立て助詞が後続する場合 名詞末尾は短母音となり,音調型は名詞 +助詞のまとまりの末尾拍に核が置かれる 末尾核型となる。なお,名詞に後続する主 題助詞は名詞末尾の短母音と融合せず=ya として現れる。 ii. 上記i以外の場合 名詞末尾は長母音となり,音調型は名詞 の次末拍に核が置かれる次末核型となる。 (6)から分かるように,末尾が長母音かつ次末 核型となる方が一般的で,短母音かつ末尾核型と なる条件は限られている。なお,後者になる条件 は,α型の2拍名詞が系列化を起こす条件と同じ である(cf. (2)及び注26参照)。 3.4 交替を示す名詞(δ型名詞)の範囲 (6)にまとめた,母音の長短及び音調型の交替 を中心とするδ型の特徴は,代名詞(cf. 2.1及び 5節)以外では呼称名詞のみに見られるものであ る。(7)に,非呼称名詞のうち,単独の場合の δ 型名詞の特徴(=末尾長母音及び次末核型, cf. (6) ii)と同様の特徴を示す語例について,単 独の場合及び主格助詞=ŋaが後続する場合の音 調型を示す。 (7)  単独の場合にδ型名詞と同様の末尾母音長 /音調型を示す非呼称名詞の例 a. [tʰu]u/ [tʰuu]ŋa(γ型)「戸(が) b. [yi]i/[yii]ŋa(γ型)「男兄弟(が)」 c. gu[si]i/gu[sii]ŋa(α型)「棒(が)」 d. ma[ya]a/ma[yaa]ŋa(α型)「猫(が)」 f. [i]ŋ[ŋa]a/[i]ŋ[ŋaa]ŋa(α型)「犬(が)」 e. ma[go]o/ma[goo]ŋa(α型)「孫(が)」 g. [kʰyo]o[de]e/[kʰyo]o[dee]ŋa(α型)「兄弟(が)」 (7)から,主格助詞=ŋaが後続する場合のδ型 名 詞 の 特 徴(=末 尾 短 母 音 及 び 末 尾 核 型, cf. (6) i)が非呼称名詞には見られず,非呼称名 詞が末尾母音の長短及び音調型の交替を起こさな いことが確認できる。 さらに,呼称名詞の中でも,δ型に属するもの と属さないものがある。小野津方言の中で伝統的 に呼称として用いられてきたもの(親族呼称,及 び,明治生まれの人の呼称)は基本的にδ型に属 するが,それ以外の人名についてはどの程度当て はまるか個人差があり,新しく人名として用いら れるように(あるいは認識されるように)なった ものほどδ型になりにくいようである27, 28) 表9 呼称名詞に2拍の格助詞/取り立て助詞または1拍∼2拍の文末助詞が後続する場合 意味 「∼から」奪格助詞 (最低条件)「∼さえ」 真偽疑問助詞 疑問詞疑問助詞 断定助詞 おばあさん [a]m[maa]kara [a]m[maa]see [a]m[maa]na [a]m[maa]yo [a]m[maa]do[o お姉さん [nee]kara [nee]see [nee]na [nee]yo [nee]do[o マツ ma[cuu]kara ma[cuu]see ma[cuu]na ma[cuu]yo ma[cuu]do[o

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3.5 交替を示さない呼称名詞(δ型以外の呼称名 詞)の音韻的特徴 (8)に,δ型に属さず,母音の長短及び音調型 の交替を示さない呼称名詞について,単独及び主 格助詞が後続する場合の語例と,そのアクセント 型を示す29) (8) δ型以外の呼称名詞の例 a. [yu]u/[yuu]ŋa(γ型)「ユウ(が)」 b. [ma]mi/ma[mi]ŋa(α型)「マミ(が)」 c. [yu]i/yu[i]ŋa(α型)「ユイ(が)」 d. [yuu]ka/[yuu]kaŋa(γ型)「ユウカ(が)」 e. ma[na]mi/ma[na]miŋa(α型)「マナミ(が)」 f. mi[re]e/mi[ree]ŋa(α型)「ミレイ(が)」 g. [hi]ro[yu]ki/[hi]ro[yu]kiŋa(α型)「ヒロユキ(が)」 (8)を見ると,δ型以外の呼称名詞は,γ型もし くはα型となっていることが分かる。特に注目す べき点として,2.1で述べたように,α型には4拍 かつ末尾が短母音のものはないとされてきたのに 対し,呼称名詞には,(8) gのように4拍かつ末 尾が短母音でもα型となるものがある(cf. 注30) ことが分かる(図6に昭和12年生の話者の音声を もとに音声分析ソフトウェアPraat(Boersma and Weenink 2021)で作成したピッチ曲線を示す)。 なお,δ型以外で末尾が短母音の呼称名詞につい て,遠くの相手に呼びかける場合には若干末尾が 伸びる傾向(cf. 図6)があったが,その他に呼び かけの場合と単独の場合で大きな違いは見られな かった。

4. 交替を示す呼称名詞(δ型呼称名詞)の

音韻的特徴の通時的分析

本節では,まず,4.1において,「アクセントの 群化」という観点から小野津方言のδ型呼称名詞 の音韻的特徴の位置づけを行う。次に,4.2にお いて,イントネーションがアクセントに及ぼす影 響について,鹿児島方言の先行研究から例を挙げ て論じる。以上を踏まえ,4.3において,小野津 方言の呼称名詞に生じた変化についての仮説を提 示し,残された課題について述べる。 4.1 アクセントの群化と小野津方言のδ型呼称 名詞の音韻的特徴 同じ意味範疇に属する単語が同じ音形を持つよ うになる現象は,群化(cf. 上野 2002a, p. 176, 亀 井ほか 1966, p. 169)と呼ばれる。例えば,日本 語共通語の2拍の人名にはアクセント上の群化が 見られ,頭高型「春」,尾高型「夏」,平板型 「梅」が人名ではすべて頭高型に統一されている (cf. 上野 2002a, p. 177–178)。 小野津方言においては,α型の[i]si「石」/[u]si 「牛」を由来とするδ 型呼称名詞i[si]i「イシ」/ u[si]i「ウシ」も,β 型のma[cu「松」/na[bï「鍋」 を由来とするδ型呼称名詞ma[cu]u「マツ」/na[bï]ï 図6 「ヒロユキ」(単独/「∼が」/遠くの相手への呼びかけ)

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「ナベ」も見られる(cf. 表4及び表5)。したがっ て,呼称名詞のアクセント型がδ型に統一される 群化が生じたと考えられる30) 小野津方言の呼称名詞の群化に特徴的なのは, 既存のアクセント型(α型・β型・γ型)ではなく, 母音の長短及び音調型の交替を示す新しいアクセ ント型(δ型)への群化が起きているという点であ る。この点について,単なる「アクセント型の統 一」にとどまらない通時的な説明が必要になる31) 4.2 鹿児島方言の呼びかけイントネーションと アクセント型の中和 ここでは,Kubozono(2018)及び窪薗(2018) に基づいて鹿児島方言の呼びかけイントネーショ ンとアクセント型の中和について述べる。鹿児島 方言には呼びかけイントネーションとして末尾の ピッチの下降が見られる。ピッチの下降の実現の しかたとしては,次末音節から語末音節にかけて ピッチが下降するI型と,語末音節内でピッチが下 降し,短母音の場合は長母音を伴うII型32)の二つ のパターンが見られる。名詞のアクセント型によ らず,I型・II型のどちらのパターンも用いること ができ,アクセント型の中和を引き起こす。次末 音節が高いA型の「ナツオ」と語末音節が高いB 型の「ハルオ」に見られる,呼びかけイントネー ションによるアクセント型の中和について,表10 に示す。 表10の語例を見ると,ピッチの下降のため先 行する音節が低められ,I型呼びかけでは後ろか ら3番目の音節から次末音節にかけて,II型呼び かけでは次末音節から語末音節にかけてピッチの 上昇が生じていることが分かる。 4.3 小野津方言のδ型呼称名詞に生じた変化につ いての仮説と残された課題 筆者は,下降の呼びかけイントネーションに伴 う音声的特徴が,段階的に呼称名詞の語彙的な音 韻的特徴となる過程で,δ型呼称名詞の音韻的特 徴が生じたとする立場をとる33)。そのプロセス について議論するための前提を(9)に示す。 (9)  小野津方言の呼称名詞の通時的プロセスの 前提 i. 鹿児島方言に見られるように,呼びかけイ ントネーションとしての語末音節のピッチ の下降に伴い,アクセント型の中和及び末 尾の長母音化が起こりうる。また,ピッチ の下降に伴い先行する音節が低められ,次 末音節から語末音節にかけてピッチの上昇 が生じうる。 E.g. ナツ[オ] ー(呼びかけ) Cf. ナ[ツ]オ(平叙文) ii. 末尾核型の名詞の末尾の短母音が(分節音 とピッチの対応を維持したまま)長母音化 すると次末核型になる。 E.g. CV[CV(末尾核型) >CV[CV(])Vi (次末核型)i [CV]CV[CV(末尾核型)) >[CV]CV[CV(])Vi i(次末核型) iii. 1拍格助詞/1拍取り立て助詞は,音韻的 独立性が低く,他の助詞に比べてホストと なる名詞を主要部とする音韻的単位の一部 となりやすい(cf. (2)に示したα 型2拍名 詞の系列化)。 (9)を踏まえ,鹿児島方言のII型呼びかけイン トネーションによる長母音化/アクセント型中和 と同様の状況を初期段階として,アクセント型の 推移,長母音の音韻化の二段階の変化を仮定し, このうち長母音の音韻化が1拍の格助詞/取り立 て助詞が後続する環境で阻止されたと考えれば, 交替の通時的説明が可能になる。表11に,α 型 (次末核型)の「石」由来の人名「イシ」及び 表10  鹿児島方言の呼びかけイントネーションとアク セント型の中和(窪薗 2018, p. 435) ア型 平叙文 I型呼びかけ II型呼びかけ A型 ナ[ツ]オ ナ[ツ]オ ナツ[オ] ー B型 ハル[オ ハ[ル]オ ハル[オ] ー

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β型(末尾核型)の「松」由来の人名「マツ」を 例として,呼称名詞に交替を生じさせた通時的プ ロセスに関する仮説について詳述する。 δ型呼称名詞の音韻的特徴に関して,表11に示 したプロセスだけでは通時的説明が不十分な点と して,主題助詞が融合しない点(e.g. [ma]cu[ya 「マツは」),1拍名詞+1拍格助詞/取り立て助詞 のまとまりで末尾核型になる語例が見られる点 (e.g. ba[ŋa「おばさんが」),(β型と異なり)4拍短 母音終わりの名詞でも1拍の格助詞/取り立て助 詞 が 後 続 す る と 系 列 化 を 起 こ す 点(e.g. [u] mïtuba[ŋa「オメトおばさんが」)がある(cf. 3.1, 注20)。これらは,呼称名詞(+1拍格助詞/取 り立て助詞)が,(呼称以外の)一般の名詞(+1 拍格助詞/取り立て助詞)に生じた変化の適用を 免れたために生じた特徴と考えられる。まず,主 題助詞については,ホストとなる名詞末尾と融合 する通時的変化が生じたが,呼称名詞とは融合し なかった,ということになる。次に,1拍名詞に ついては,基本的に最小語制約により(助詞が後 続する環境も含めて)長母音化した(e.g. *tʰi=ŋa >tʰii=ŋa「手が」)のに対し,呼称名詞に1拍格 助詞/取り立て助詞が後続する場合には長母音化 が起きなかったということになる35, 36)。続いて, 表11 小野津方言の呼称名詞の通時的プロセス(仮説) 初期段階 説明 ・呼びかけイントネーションによりアクセント型が中和 ・呼びかけの環境では語末音節内にピッチの下降が生じ,語末音節が長母音化 (かつ,次末音節から語末音節にかけてピッチが上昇) ・呼びかけの環境以外では末尾は短母音,かつ,アクセント型の区別あり ・呼びかけの環境での長母音は音声的な長母音で,音韻的には短母音 語例 次末核型 (α型) *[i]si「イシ(=石)」,*i[si]ŋa「イシが(=石が)」,i[si]i「イシ!(呼びかけ)」 末尾核型 (β型) *ma[cu「マツ(=松)」,[ma]cu[ŋa「マツが(=松が)」,ma[cu]u「マツ!(呼びかけ)」 段階I 説明 ・呼びかけの環境での次末音節から語末音節にかけての上昇が,昇り核として呼 びかけの場合以外にも固定化し,次末核型から(系列化する)末尾核型に推移 ・末尾長母音は依然呼びかけの環境での音声的特徴であり,呼びかけの環境以外 では短母音を維持 語例 次末核型 >末尾核型 *[i]si>*i[si「イシ(≠石)」,*i[si]ŋa>[i]si[ŋa「イシが(≠石が)」,i[si]i「イシ!(呼びかけ)」 末尾核型 (無変化) *ma[cu「マツ(=松)」,[ma]cu[ŋa「マツが(=松が)」,ma[cu]u「マツ!(呼びかけ)」 段階II 説明 ・呼びかけの環境での母音の長さが音韻化し,末尾に(音韻的な)長母音を持つ 次末核型の呼格形(vocative form)が成立 ・呼格形からの類推により,(呼びかけ以外の環境も含めて)単独形が全般的に同 じ音形(末尾長母音かつ次末核型)へと変化 ・さらに,(おそらく,単独の環境に近い,後続要素の音韻的独立性の高い環境か ら順に)類推的変化が進み,同じ音形が現れる環境が増加 ・1拍の格助詞・取り立て助詞は音韻的独立性が低く,呼称名詞の成す音韻的単位 の一部となるため,これらが後続する環境は類推的変化を免れ34),末尾短母音 及び末尾核型を維持 語例 末尾核型 >次末核型 *i[si>i[si]i「イシ(≠石)」,*ma[cu>ma[cu]u「マツ(≠松)」,i[si]i「イシ!(呼びかけ)」,ma[cu]u「マツ!(呼びかけ)」 末尾核型 (無変化) [i]si[ŋa「イシが(≠石が)」,[ma]cu[ŋa「マツが(=松が)」

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末尾核型に関しては,もともとは4拍短母音終わ り で も 系 列 化 を 示 し て い た(/*〇〇CVCV= [CV/)が,4拍短母音終わりの次末核型の末尾核 型への変化(/*〇〇[CVCV/>/〇〇CV[CV/, 2.3参 照)により,「系列化しない末尾核型」が生じ(/* 〇〇[CVCV=CV/>/〇〇CV[CV=CV/),さらに, 既存の(系列化していた)末尾核型がこれに統合 した(/*〇〇CVCV=[CV/>/〇〇CV[CV=CV/) ことで,4拍以上短母音終わりの末尾核型が全般 的に系列化しなくなった,という可能性が考えら れる(cf. 上野 2002c, p. 5)。このような変化は, 呼称名詞+1拍格助詞/取り立て助詞には適用さ れなかったということになる。以上の変化の不適 用に関して,「1拍格助詞/取り立て助詞が後続 する環境で変化を免れた」という点については, これらの助詞の音韻的独立性が低いということで 説明できる可能性がある。しかし,「呼称名詞の みが変化を免れた」要因は不明であり,今後の課 題とする(cf. 注34)。 また,表11に示したプロセスにより,長母音 化は説明できるが,短母音化は説明できない。 ňii「お兄さん」,nee「お姉さん」,boo「息子」(お そらく「坊」に由来),ičiroo「イチロウ」,masataroo 「マサタロウ」といった,日本語共通語で長母音 を持つ呼称は,δ型が確立されたあとで借用され てδ型に属し,既存の呼称名詞と同様の交替を示 すようになった可能性がある。

5. まとめと展望

本稿は,小野津方言の呼称名詞の音韻的特徴に ついて,末尾の母音の長短とアクセントの音調型 の交替を中心に記述し,呼びかけの下降イント ネーションに伴う音声的特徴が段階的に呼称名詞 の語彙的な音韻的特徴となっていく中で,交替が 生じたとする仮説を提示した。 今後,呼称名詞の共時的音韻特徴とその通時的 発展について,近隣の地域変種のデータも含め, さらなる調査研究が必要である。4.3では,初期 段階∼段階IIの小野津方言の全般的なアクセント 体系としてひとまず現在と同じものを仮定した が,近隣の地域変種との比較によって,アクセン トの全般的な変化と段階I/段階IIの変化の順序 付けを行える可能性がある。また,小野津方言を 含め琉球諸語の多くの地域変種において,呼びか けに用いうるか否かが,後続する主格助詞/属格 助詞/複数接辞の選択に関与的であることが指摘 されており(cf. Pellard 2010, Shimoji 2011, Niinaga 2014, Van der Lubbe 2016, 重野・白田 2016, 横山 2017, Kibe et al. 2018,),呼称名詞の形態統語的特 徴と音韻的特徴の相関についての調査研究も今後 の課題となる。さらに,本稿では割愛したが,小 野津方言においては接辞-(n)naaを伴う代名詞複 数形にも同様の交替が見られ(e.g. [wa]n[na]a/[wa] nna[ŋa「私たち(が)」,[da]n[na]a/[da]nna[ŋa「おま えたち(が)」,[a]rin[na]a/[a]rinna[ŋa「彼ら(が)」, [du]u[na]a/[duu]na[ŋa「自分たち(が)」,[tʰa]run[na] a/[tʰa]runna[ŋa「誰たち(が)」,以上すべてδ型,cf. wa[n/wa[ŋa∼[wa]n[ŋa(β型)「私(が)」,[da]a/ da[ŋa(δ 型)「お前(が)」,[a]ri/a[ri]ŋa(α 型)「あ れ(が)/彼(が)」,du[u/[du]u[ŋa(β型)「自分(が)」, [tʰa]ru/tʰa[ru]ŋa(α 型)「誰(が)」),本稿で扱った 交替との関連について考察する必要がある。

謝 辞

貴重な時間を割いて小野津方言について詳し く教えてくださった有岡美恵子氏(故人),梅田 明子氏,及び,田畑繁子氏(五十音順)に心から 感謝の意を表します。 〔付記〕 本研究は国立国語研究所基幹型共同研究プロジェク ト「対照言語学の観点から見た日本語の音声と文法」, 「日本の消滅危機言語・方言の記録とドキュメンテー ションの作成」及び日本学術振興会科研費KAKENHI 15J02695, 16K21248, 19H00530の研究成果を報告したも のである。また,本研究は,日本音声学会第32回全国 大会(2018年9月15日,沖縄国際大学)及び,第14回 音韻論フェスタ(2019)(2019年3月5日,明海大学) における発表内容をもとに,データの追加,分析の再

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検討を行ったものである。 〔注〕 1) 小野津(おのつ,方言名[u]nu[cu)は,北部の 神宮(かみや,方言名ha[mya)と南部の前金久 (まえがねく,方言名[mëë]nu[ku)の二つの行政区 からなる。 2) 国土地理院発行の地図データをもとにThomas Pellard氏(CNRS-INALCO-EHESS, CRLAO) が 作 成した地図を用いている。人口は喜界町(2020) による,2020年4月1日現在のものである。 3) 閉鎖・狭窄の持続の長い子音は重子音として

解釈している(e.g. /uttuu/ [ʔut̚tˀuː]「弟」,/abba/ [ʔab̚ba]「油」,/muččii/ [mutʲ̚t͡ɕˀiː]「 」,/assaa/ [ʔasːaː] 「下駄」)。

4) 前舌母音と中舌母音の対立は両唇音あるいは 軟口蓋音に後続する場合のみ見られる(e.g. /ami/ [ʔamʲi]「網」,/amï/ [ʔamˠï]/「雨」,/amee/ [ʔamʲeː]「網 は」,/amëë/ [ʔamˠëː]「雨は」,/akki/ [ʔakʲ̚kˀʲi]「歩き」, /akkï/ [ʔak̚kˀï]「歩け」,/kʰeeti/ [kʰʲeːti]「来ました」, /kʰëëti/ [kʰëːti]「掛けた」)。音声的な違いは主に先 行子音の口蓋化/非口蓋化(軟口蓋化)及び子音 から母音の入り渡りに見られる。音韻的には,前 舌母音と中舌母音の対立/口蓋化子音と非口蓋化 子音の対立のどちらの解釈も可能であるが,本稿 では先行研究に従って母音の対立として解釈する (ただし,本稿では歯茎音に後続する母音に前舌/ 中舌の区別を認めず,先行研究の/ni/を/ňi/,/nï/を /ni/としている)。 5) 管見の限り先行研究に言及はないが,語例とし て/rugʷgʷaddoo/ [ɾuɡ͡b̚ɡ͡bad̚doː]「六月燈(ろくがつど う, 旧 暦 の 六 月 に 行 わ れ る 氏 子 祭 り,cf. 喜 界 町 2011, p. 27,台司 2010, pp. 26–29)」及び/gʷaagʷa/ [ɡʷaːɡʷa]「うるさい様子(オノマトペ)」がある。 6) /s/, /h/は/i/の前で口蓋化し,それぞれ[ɕ], [ç]と

なる(e.g. /hibusi/ [çibuɕi]「煙」)。

7) 音節末鼻音は後続子音と調音点が同化し,発 話末では[ɴ]で現れる。形態素末尾の音節末鼻音は nと交替するため音素としてはnを立て(e.g. /pan/ [pˀaɴ]「パン」,/panoo/ [pˀanoː]「パンは」),形態素 中の音節末鼻音は音声実現に応じて/m/, /n/, /ň/, /ŋ/ を用いて表記する。 8) 上野(2016)では「型」と「系列」を使い分け ているが,本稿では議論を簡便にするために「型」 に統一する。 9) α 型の亜種としてsu[poo]cu「スポーツ」,[o] ru[goo]ru「オルゴール」のように,4拍以上の長さ で,語末から数えて3拍目と2拍目が重音節をな し,語末から数えて3拍目に核が置かれる音調型 がある。上野(2016)はこれをα’型とし,α型とと もにα系列にまとめている。ただし,[uu]ru「ウー ル」のような3拍名詞の場合はγ型に分類されてい る。 10) α 型2拍名詞の末尾が音節末鼻音の場合,1拍 助詞が後続しても名詞末尾拍への核の移動は起こ らないが,主題助詞との融合が起こり音節末鼻音 でなくなると移動する(cf. 上野 2016,e.g. [pa]n 「パン」,[pa]nŋa「パンが」,pa[no]o「パンは」)。ま た,2拍名詞に1拍助詞が二つ後続する場合,上野 (2002b, p. 294)では1拍移動(e.g. mï[zu]ňimu「水 にも」),上野(2016, p. 102)では移動なし(e.g. [mï]zuňimu「水にも」)とされている。筆者の調査 では前者と同じ結果が得られている。 11) 語頭が高く長母音を持つ2拍名詞(e.g. [či]i 「血」)は,1拍助詞が後続しても名詞末尾拍に核が 現れない(e.g. [čii]ŋa, *či[i]ŋa「血が」)。このため,

α 型ではなく,γ 型として分析されている(cf. 上 野 2016)。 12) 助詞が複数後続する場合は一つ目の助詞の末 尾 拍 に 核 が 移 動 す る(cf. 上 野 2016,e.g. na[bï 「鍋」,[na]bï[ňi]mu「鍋にも」,[na]bïka[ra]mu「鍋か らも」,[ha]ta[na「刀」,[ha]tana[ňi]mu「刀にも」, [ha]tanaka[ra]mu「刀からも」)。 13) 1拍名詞(e.g. [kʷa「子」)は,助詞が後続して も 助 詞 の 末 尾 拍 に 核 が 現 れ な い(e.g. [kʷa]ŋa, *kʷa[ŋa,「子が」,[kʷa]kara, *[kʷa]ka[ra「子から」)。 このため,β型ではなく,γ型として分析されてい る(cf. 上野 2016)。 14) 筆者の調査によれば,長母音を持つ2拍助詞 (e.g.=see「∼さえ(最低条件)」,=čoo「∼さえ (意外性)」,cf. 注25)が後続すると,核の移動は 1拍分のみとなり(e.g. na[bï「鍋」,[na]bï[se]e「鍋 さえ」,[na]bï[čoo]mu「鍋さえも」,[ha]ta[na「刀」, [ha]tana[se]e「 刀 さ え 」,[ha]tana[čoo]mu「 刀 さ え も」),助詞の末尾長母音の2拍目に核を置くこと を避けつつ核の移動が起こっていると言える。こ の場合,助詞に核が移動しているにも関わらず, 名詞+助詞のまとまりが末尾拍型ではなく次末拍 型になっており,厳密には系列化していないこと になる。小野津方言の系列化のあり方については, 上記の場合を含めて再考する余地があると考えら れる。 15) 母音の長短のみによって区別される厳密な最小 対としては,[〇](C)Vi(α型)と[〇](C)ViVi(γ型), [〇](C)Vi[〇(β 型)と[〇](C)ViVi[〇(β 型 ),[〇]

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(C)Vi[〇]〇(α型)と[〇](C)ViVi[〇]〇(α型)な どが想定されるが,少なくとも現時点では見つ かっていない。 16) 旧暦の10月に葉で包んだ (ハサームッチー) を先祖に供える(cf. 台司 2010, pp. 46–47)。 17) 果頂部(ヘタの反対側)の果皮表面に円形の スジが入っており,喜界町(2011, p. 73)では「果 実下はおへそ(方言でフス)のよう」と説明され ている。これを踏まえると,pʰusuuはpʰusu「臍」 から末尾の長母音化(cf. 2.4)によって派生した可 能性がある。 18) 上野(2002c, p. 13)では話者によって[na]a[mi (β型)または[na]ame(γ型)となることが報告さ れている。 19) 先行研究においてyakkïï/baaはそれぞれ「兄」/ 「姉」の意味で用いるとされており,親族呼称の意 味の変化(cf. 木部 2014)が生じたと考えられる。 20) [yuu]ži[ro]o「ユウジロウ」,[tʰo]moko[ne]e「トモ コ姉さん」,[u]mïtu[ba]a「オメトおばさん」でも同 様に[yuu]žiro[ŋa「ユウジロウが」,[tʰo]mokone[ŋa 「トモコ姉さんが」,[u]mïtuba[ŋa「オメトおばさん が」のように助詞に核が置かれることが確認され ている。 21) おそらく,nabïï「ナベ」の1拍目を省略して生 じた呼称と考えられる。 22) 伝統的には女性名として用いられていた。 23) 通例,日本語共通語の語頭のタはtʰa,語中の タはtaに対応するため,tarooは「〇〇タロウ」の 前半部分を省略した呼称である可能性が高い。 24) 1拍助詞が二つ連続する場合には,名詞末尾が 短母音となり,一つ目の助詞(すなわち,名詞+ 一つ目の助詞のまとまりの末尾拍)に核が置かれ る(e.g. [a]mma[ňi]mu「おばあさんにも」,ne[ňi]mu 「お姉さんにも」,[ma]cu[ňi]mu「マツにも」)。 25) 日本語共通語の「さえ」には「意外」の「さえ1」 と条件節で用いる「最低条件」の「さえ2」があり (cf. 沼田 2009, p. 171),助詞=seeは後者に対応し て用いられる(e.g. see=see ariba nuu=mu iyaa.「酒 さえあれば何もいらない。」,cf. 白田 2016, p. 27)。 一方,前者に対応するものとしては助詞=čooが (通例,添加助詞=mu「∼も」を伴って)用いられ る(e.g. an čoo ňaa doomoo ssi duunamai=čoo=mu iyaran=tii=doo.「あの人はもう耄碌して自分の名 前さえも言えないそうだよ。」,cf. 白田 2016, p. 27)。 26) 文末助詞は一般に系列化による助詞への核の 移動を起こさない(e.g. [mï]zu「水」,[mï]zuna「水 か?」,[mï]zuyo「 水 か?」,na[bï「 鍋 」,na[bï]na 「鍋か?」,na[bï]yo「鍋か?」,[ha]ta[na「刀」,[ha] ta[na]na「刀か?」,[ha]ta[na]yo「刀か?」)。また, (γ型に後続する場合も含めて)断定助詞=dooは独 立して核を担う(e.g. [kʷa]do[o「子だよ」,na[bï] do[o「鍋だよ」,[ha]ta[na]do[o「刀だよ」)。 27) 話者によれば,小野津の中でも地域差があり, 例えば3拍の「〇〇子」という名前について,単独 の場合,前金久出身者は「〇〇コー」のように末 尾母音を長母音化させる傾向があるのに対し,神 宮出身者は「〇〇コ」のように短母音を保つ傾向 があるという。なお,呼称末尾を長音化させると, 方言らしく,また愛着や親しみが感じられる反面, 軽んじている印象を与えることもあるという。 28) 小野津方言で伝統的に呼称として用いられて いたものには,末尾が音節末鼻音のものはなかっ たようである。日本語共通語で末尾が撥音の人名 に関しては,末尾がnu(u)となり,交替を示しうる 例 も 見 ら れ る(e.g. kʰe[nu]u「 ケ ン 」,[kʰe]nu[ŋa 「ケンが」)が,基本的には鼻音終わりとなり,交 替を示さない(e.g. kʰa[re]n「カレン」,kʰa[re]nŋa 「カレンが」)。 29) 交替を示さない呼称名詞の複数形については 十分調査できていないが,通常,単数形の核の位 置が維持され,また,助詞が後続しても末尾の長 母音が保たれるようである(e.g. [yuu]taa「ユウた ち」,[yuu]taaŋa「ユウたちが」,ma[na]mitaa「マナ ミたち」,ma[na]mitaaŋa「マナミたちが」)。 30) 交替を示さない呼称名詞(e.g. ma[na]mi「マナ ミ 」,cf. 3.5) に は,( 語 末 が 重 音 節 の 場 合(e.g. mi[re]e「ミレイ」,ka[re]n「カレン」,cf. 3.5, 注29) を除いて)「次末音節が高くなり,語末音節が低く なる」という点で(δ型呼称名詞とは別の)群化が 生じており,群化によってα型かつ4拍短母音終わ り(e.g. [hi]ro[yu]ki「ヒロユキ」,cf. 3.5)という他の 名詞に見られないパターンが生じている(もしくは 保たれている)と考えられる。なお,上記の「 」 内は鹿児島方言のI型の呼びかけイントネーション による音調型(e.g. ハ[ル]オ,cf. 4.2)と対応してお り,イントネーションの影響も考えられる。 31) 小野津方言においては,長母音化による名詞

の 派 生 が 見 ら れ(e.g. pʰižai「 左 」,pʰižaii「 左 利 き」,cf. 2.4),また,長母音の2拍目には核が置か れにくい(cf. 2.3)。以上から,単に「呼称名詞が すべて末尾に長母音をもつα型である」というだけ であれば,名詞の派生パターンとして説明可能で ある。しかしながら,実際には,呼称名詞が母音 の長短及び音調型の交替を示すδ 型(e.g. ma[cu]u 「マツ」,[ma]cu[ŋa「マツが」,cf. 3.1)となってお り,このような説明だけでは不十分である。

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32) 筆者の調査によれば,鹿児島方言のII型の呼 びかけイントネーションと似たものが奄美大島龍 郷町方言にも見られる(e.g. [am]ma「おばあさ ん」,am[ma]a「おばあさん!(呼びかけ)」,[wu]ži 「おじさん」,wu[ži]i「おじさん!(呼びかけ)」)。 33) イントネーションからアクセント型への影響 の類例として,上野(2006, p. 18)は,佐渡岩谷口 方言の動詞終止形における核の発達に,文末下降 音 調 が 関 与 し た と 論 じ て い る。 加 え て, 新 田 (2004, pp. 19–20)は,京都方言の動詞について, 結合音調(文中で切れ目なく要素が後続する場合 の音調)を伴う連用形が無核化し,さらに,連用 形からの類推で終止形も無核化したと論じている。 34) 通言語的に,頻度の高い形式は類推的変化に 抗いやすいことが指摘されている(cf. Fertig 2013, p. 118)。表11の段階IIにおいて,呼称名詞+1拍 格助詞/取り立て助詞が,呼格形からの類推によ る呼称名詞の末尾長母音化(及び次末核型化)を 免れた背景には,呼称名詞+1拍格助詞/取り立て 助詞の頻度の高さがあった可能性がある。また, もしこの組み合わせの頻度が高ければ,主題助詞 の融合や1拍名詞の長母音化,4拍短母音終わり末 尾核型名詞の脱系列化(cf. 4.2)の変化を免れた要 因といえる可能性もある。ただし,主題助詞の融 合については,呼称名詞よりも頻度が高いと考え られる1人称代名詞(e.g. wa[n「私」,wa[no]o「私 は」),及び,3人称代名詞としても用いうる指示代 名 詞(e.g. [a]ri「 あ れ/ 彼 」,a[re]e「 あ れ は/ 彼 は」)にも適用されているため,頻度だけでは説明 できない。前者は単独形が子音終わりであること, 後者は次末核型であることも(主題助詞の融合は, 次末核型から起こり,末尾核型では核が助詞に置 かれるため融合が避けられた,など)関係してい る可能性がある。 35) 1人称代名詞wa[n「私」には,主格形として, 分析的な[wa]n[ŋaに加え,wa[ŋaという特殊な形式 が見られる。この形式も,δ型呼称名詞と同様,最 小語制約による長母音化を免れた形式であるとい える。なお,この特殊な主格形の音調型は,β型名 詞としては例外的に(δ型呼称名詞と同様に)1拍 名詞+1拍助詞のまとまりの末尾に核が置かれた末 尾核型となっている。 36) なお,γ型1拍名詞は,最小語制約による長母 音化のあとで,縮約などにより二次的に生じたと 考えられる(e.g. *kora>*kura>kʷa「子」cf. 半田 1999, p. 437) 参 考 文 献 岩倉市郎(1934)「喜界語音韻概説」『方言』4(10), 12–23. 上野善道(1989)「日本語のアクセント」『講座 日 本語と日本語教育2 日本語の音声・音韻(上)』 178–205, 明治書院. 上野善道(1992)「昇り核について」『音声学会会報』 199, 1–213. 上野善道(1993)「喜界島方言の体言のアクセント資料」 『アジア・アフリカ文法研究』21, 41–160. 上野善道(2002a)「アクセント記述の方法」飛田良 文・佐藤武義(編)『現代日本語講座 第3巻 発音』 163–186, 明治書院. 上野善道(2002b)「喜界島諸方言の付属語のアクセン ト」第4回「沖縄研究国際シンポジウム」実行委員 会(編)『世界に拓く沖縄研究』290–298. 上野善道(2002c)「喜界島小野津方言のアクセント調 査報告」『琉球の方言』26, 1–15. 上野善道(2006)「日本語アクセントの再建」『言語研究』 130, 1–42. 上野善道(2012a)「N型アクセントとは何か」『音声研 究』16(1), 44–62. 上野善道(2012b)「琉球喜界島方言のアクセント―中 南部諸方言の名詞―」『言語研究』142, 45–75. 上野善道(2016)「喜界島小野津方言のアクセント体 系―外来語と地名語彙から見る―」『音声研究』 20(3), 95–111. 大野眞男(2004)「北奄美周辺方言の音韻の特徴―喜界 島方言・瀬戸内町方言―」『岩手大学教育学部研究 年報』63, 51–70. 亀井孝・河野六郎・柴田武・山田俊雄(1966)『日本語 の歴史 別巻 言語史研究入門』平凡社. 喜界町(2011)『おいしいたのしい喜界島―子どもに伝 えよう!島じゅうり―』喜界町保健福祉課. 喜界町(2020)「行政区別世帯数・人口」『喜界町』, https://www.town.kikai.lg.jp/juki/machi/gaiyo/gaiyo/ documents/gyouseikubetu.pdf(2020年4月20日 最 終 閲覧) 木部暢子(2014)「奄美喜界島方言の親族語彙―お父さ ん・お母さん・お さん・お婆さん―」『国語研プ ロジェクトレビュー』5(2), 57–67. 木部暢子・窪薗晴夫・下地賀代子・ローレンス ウエイ ン・松森晶子・竹田晃子(2011)『消滅危機方言の 調査・保存のための総合的研究 喜界島方言調査 報告書』国立国語研究所. 窪薗晴夫(2018)「鹿児島方言と 島方言の呼びかけイ ントネーション」『第157回日本言語学会大会予稿

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(Received Nov. 11, 2020, Accepted Mar. 4, 2021, e-Published Apr. 30, 2021)

表 7  呼称名詞(δ 型)の主格助詞後続の場合の音調型(対照語例は上野 2016, pp. 

参照

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