Author(s)
宇座, 徳光
Citation
沖大論叢 = OKIDAI RONSO, 9(1): 155-200
Issue Date
1969-02-28
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/11005
米国文学における人生入門の諸相
宇 座 徳 光
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はしがき
人生とは、ある意味で、開眼・成長の連続に外ならないから、大方の文 芸作品も人聞がその主要な行動者である以上、人生開眼が主題として選ば れることが多いのは至極もっともなことであろう。なかでも、疾風怒濡の ごとき過渡期ともいわれ、また人生における一つの危機とも見倣される思 春期の痛ましい追憶が、感受性の鋭敏な作家達によって後生大事に取り扱 われることも無理からぬことである。自我の目ぎめ、孤独感、挫折感など、 純心無垢な子供の世界と汚濁のうずまく大人の世界との衝突の中から咲き 出ずる徒花の色模様は物悲しくも美しく、創作家にとって、またとないモ チーフの源泉であろう。 未聞社会においても、数多くある「通過儀礼」の中で、成人式は重視さ れるといよ記録映画などの残酷物語の題材としてしばしば用いられる事 からも察しられるごとく、未開社会における成人式の試練は、「獅子の子落 しJ
よろしく苛酷なものが多い。それだけに、正規の共同体成員への昇格 がどれほど意義深いものであるかが伺える。 遠く原始社会から発したといわれる成人式の概念は、どの現代社会にお いても、若干の事例の中で歴然とその遺風をとどめているようだ。我国に おいても、旧民族社会の元服式こそ余り見られなくなったが、天皇家にあ 注1 江守五夫、成人式の原義、「文化人類学J34
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つては、今日尚、 「成年の儀」が古式豊かに取り行われていることは周知 の通りである。当地沖縄にみられる「十三祝」も明らかに成人式の一例で あろう。 しかし現代社会にあっては、その生活様式が複雑多岐にわたるため、形 式的成人の日はともかく、実質的な人生入門の機会は極めて遍在的で、散 発的になってきた事は止むを得ない趨勢であろう。諸儀礼と同様に、人生 入門の方法も現代生惜の合理化の波にもまれて変形し、もはや原型は求む べくもない。例えば、我固における受験地獄の難関など現代的イニシェイ ションの最たるものではなかろうか。学校そのもの、叉は寄宿舎なども、 人類学でいう「集会所」に該当するかも知れない。突き詰めてゆけば、諸 形式のスポーツも、規定化された成人式の変形かも知れない。ついでに、社 会人類学でいう成人式の時期など、後段の参考のために記しておきたい。 成人式の時期、つまり社会的に一人前と認められる時期は、多くの場合.13
歳か ら15歳までの年齢であった。しかし本来的にはとうした一定年齢の到達ではなく ※4
て、むしろ社会の一員として必要な何らかの能力を備える時期である。 また青年心理学では「青年前期 (13歳からお歳まで)、青年中期 (16歳5
から1
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歳まで)、青年後期(
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歳まで)J
と区分し、中でも青年 前期はいわゆる思春期に当り、一審問題の多い時期だという。 この轍を踏めば、文学上のイニシェイションの症例も、心理学的に、叉は 社会学的に区分し、診断しさることも容易であろう。事実、特例の作家達が しばしば心理学研究の組上に載せられることがあるようだ。げんに桂賢介 注2 江守、 前掲書、 前掲頁 3 岡田謙、年齢階級の社会史的意義、前同書、 330頁4
江守、成人式の原義、前同書、3
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頁 ※ 前同書、前同頁(戦闘能力、労働能力、生殖能力) 5 桂庭介著「青年心理学J8頁 - 156ー米国文学における人生入問の諸相 氏は、 .[.青会年をとり扱ったすぐれた小説は、 {心理学研究の)一つの資 料となる。そこには洞察力のすぐれた作家の人間観察の成果が盛られてい
ゐ
(カッコ内は筆者)と逆に心理学の側からの文学研究を促している。 しかし文学研究の立場からすれば、心理学的、叉は社会学的症例も、い わば文学以前の素材にすぎず、むしろそういう素材を駆使して密度の高い 芸術作品をっくり上げることが創作家の使命であってみれば、科学研究の 方法を以って作品分類をしてみたところでどうなるものでもない。 Tこだ、b
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への肉体的、精神的移行の問題が普遍的なもので あることを確認しておきたいのである。 きて、本論の主眼点は、アメリカの散文文学の中 tとみられる青少年の人 間再生の陣痛の諸相を通観することであるが、The great works of American fiction are notoriously at home in the chi1dren's section of the library, their level of sentimentality precisely that of a pre-adolescent. This is part of what we mean when w~ talk about the incapacity of theAmerican novelist to develop; in a compul -sive way he returns to a .limited world of experience; usual1y associated with chi1dhood
,
writing the銅rnebook over and over again until helapses into si1ence or self-parodY.7 とレズリー・ A・フィドラーが指摘しているととく、アメリカ文学は青少 年を扱った文芸作品を差し引いては考えられないほどである。かように数 多くあるイニシェイション物を概観して類別することは筆者にとって至難 の業ではあるが、便宜上幾つかの型に大別し、その中で典型的のなもの、叉 は異質的なものを幾っか取りあげて解説し、難を免れたいと思う。更に、 教養小説、発展小説など、 「一生物
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の類は大方避けて、青少年の人生開 注6
桂、前掲書、2
2
頁 7 Leslie A. Fiedler, Love and Death in the American Novel, pp. xviii-xix.-157
ー眼を集中的に扱った文学作品に限定したいとも考えている。この要領でい けば、勢い発展的性格を持つ長篇小説よりも、凝縮的な短篇が多く対象に 用いられることになろう。事実、アメリカ文学において開眼物をみる場 合、むしろ短篇の方に珠玉の好篇が多い。アンダ戸スンのジョージ・ウイ ラ{ド物、ヘミングウェイのニック物.フォークナーのアイジャック物、 スタインベックのジョディ物という工合に、優れた短篇の連作物がアメリ カ文学の中で重要な位置を占める所以であろう。
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家出の姿勢
移動性はアメリカ国民性の一大特質であることは広く知られている通り であるが、社会学者の加藤秀俊民は、 「伝統的故郷のある文化一ーたとえ ば日本一ーでは故郷が人間の心をつねに吸い寄せる。(男子志ヲ立テテ郷 関ヲ出ズ)といったような、一種の悲壮感と決断によって人聞は故郷と訣8
別した。 しかしアメリカ人に故郷はない」 と指摘している。 ある意味で は、大洋を渡ってこの新天地へやって来た移民達は故郷喪失者なのだ。何 所へ引越すにも、後髪のひかれる、未練がましい故郷はこの大陸にはない 筈である。西部劇の渡り鳥とまではいかなくとも、アメリカの国民は、現 代においても総体的にさすらいの民であるといえる。出生地と現住所が同 ーであるという人が殆んどいないと言っていいほど、彼等の流動性は我々 東洋人の理解をはるかに超越すものがある。 もう一つの理由は、リンカーン、フランクリン、フォーにカネギーの ような成功者の例にみるととく頑張りさえすれば何んとかなるという功利 主義的信念と、 「成功への道」は開拓地の何所へでも開けているという冒 9 険的開拓者精神からくる歴史的信念に求められるようだ。a
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注8 加藤秀俊著「アメリカ人J91頁9
前同書、8
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ー米国文学に設ける人生入門の諸相
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またの機会)にたいする楽天的信念の裏付けがあればこそ、身軽 に引越せるのであろう。アメリカ人のこの楽天的人生態度は、こういう無 限の可能性にたいする確信の上に培われてきたことは何人も異論はなかろ う。とにかく、アメリカ国民の流動性については、歴史的、社会的、地理 的条件の裏付けが明白である。 アメリカ文学においても、幾多の研究家の指摘をまつまでもなく、その 放浪性は顕著な特質になっている。r
探求一巡礼一オデッシー」という図 式は、古典文学から現代文学に至るまで、アメリカ文学の中に連綿と流れ る形態である。もっとも、そのオデッシーの内容が社会学でいう楽観的信 念ばかりで満ちみちていないことは言うまでもない。むしろ立身出世物語 とは縁遠いものが多いくらいである。 「失われた世代」の作家達をひきあいに出すまでもなく、その実生活及 び文学活動において、逃亡の姿勢をとる作家が如何に多いかは一驚に値す る。へンリー・ジェイムス一一へンリー・アダムズ一一T
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・エリオッ ト、シャーウッド・アンダースン、エズラ・パウンド、ガートJレード・スタイ ン一一ヘミングウェイを代表とする失われた世代のペシミストの群れ一一 30年代の巨人トーマス・ウルフに至る精神的亡命者の系譜が現代アメリカ 文学の一幹線をなす。ことほどさように、逃亡への傾斜はアメリカ文学の本 質と深くかかわりあうものなのである。そういう文学史の趨勢と呼応する かのように、家を出、地域社会を後にして放浪する青少年も少なくない。 まず家出少年の原型が独立独歩のベンヅャミン・フランクリン少年にみ られる。不如意な家計のため、小学校の低学年にして既に退学を余儀なく され、年期奉公に束縛される。やがて17歳になると兄の抑圧的支配の下か ら逃れ、ポストンから遠くフィラデルフィアまで出奔する。その後英国に まで渡り、その聞に起る様々な障壁を自力で乗り越えてーλ
前 の 男 に な り、やがて一国の指導者にまで出世するという筋書きである。卑賎な境遇 から身を起し、世の中で大成するこの成功物語の主人公は、アメリカ民主159
-主義及ぴ個人主義の理想的人間像としてお手本にされてきたことは周知の 通りである。事実、
• • • were it offered to my choice, 1 should have no objection to a repe -tition of the鉛melife from its beginning, only asking the advantages authors have in a second edition to correct some faults of the first. 10 と言明できるのは成功物語の元祖ならではのことであろう。しかし反面、 節制、倹約、勤勉などの徳目をかかげ、人格をみがき立身出世を目ぎす、 そういう功利主義的な態度を、 「人間の魂をとじこめる鉄条網」だと難 11 じ、フランクリンを「小ぎっかしい小男」だとこきおろす評者もある。フ ランクリンが世俗精神の旗頭と目される所以である。 同じく逃亡者とはいえ、ハックルペリー・フィンとベンヅャミン少年と は、全く対極的な事在だ。勤勉実直の徳目で身を律し、立身出世を説く道 徳家先生の卵と、格言などとはおおよそ縁遠い永遠の浮浪児とでは、そも そも心構えがちがう。そして二人がそれぞれとぴ込んでいった世界がまる で異なる。一方は物欲の渦巻く商業主義の中心地フィラデノレフィアであ り、他方は一斉の欲望も罪悪も、生や死でさえも果しなくおし流す生成流 転の大自然ミシシッピー河であった。
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成功物語」の物差しをもって測れ ば、二人の勝負は出発点において既にきまっていた。そもそも自覚の異な るこの二人の少年の損益を対照表にすること自体が不遜な企てかも知れな いが、大げさに言えば二人が得たものと失ったものの比は、アメリカ合衆 国の獲得と喪失の比に等しいのかも知れない。 いささかの龍弁が許されるならば、ベン少年は自ら得た自由に「鉄条 網」をはりめぐらしたこと、またハック少年はその自由に「手錠」をはめ なかったこと、ここに二人の損益の逆説的な相違があるのかも知れない。D.H
・ローレンスの言葉をかりれば、 “Oh! Franklinωas the first downright American. He knew what he was about,
the sharp little 注1
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Benjamin Franklin, The Autobiograρ
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160-米国文学における人生入門の諸相
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最 初のにせアメリカ人」とは知何にも痛烈な批判である。広大な魂の森林が あるというのに殊更に小じんまりした箱庭をつくりあげた抜け目ない小男 だというのである。役者t乙徹すべきところを、作者を志したところにベン ツャミンの誤算があるというわけだ。ここに格言の重荷を自ら背負いこん だ小市民が出来あがる。“L
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小舟に 乗って岸から遠く離れるな)という常識をもってしては、ミシシッピーの 大河に筏を浮べる冒険は無理でみろう。俗畢の中で生きのびる知恵を捻出 するのが関の山であった。マーク・トウェインは、 “
Adam and Eve had many a
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と看破したが、 しかし遂に親知らず歯が生え出なかったところにハック少年のベン少年に たいする負い目があるのかも知れない。ハックには恐怖と発見の連続があ るばかりで、知恵歯の生えいずる痛みを遂に知らない。総べての経験は、 大河の流れとともにすいすいと流れ去り、激烈な人生観の転換をもたらす ほどの問題意識を残さない。 “To b
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とレズリー・フィドラーは指摘す る。ハックには自由と官険を求めるという動機はあったが、肝心の目的地 がなかった。もっとも、目的地がないということがオデッシーの宿命であ り、悲哀なのだが、ハック少年の門出は、ミシシッピー河口のごとくだだ っ広くて、目標が定まらない観がある。 それ以後の家出少年は、いずれもこの二つの単純なパターンにおさまら ず、むしろ変形の部分が目立つ。それだけに問題は根深く、深刻である。 まず「ポールの場合」はどうか。これは審美的な理組と低俗な生活環境と 注1
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, pp.20・21. 12 Fiedler,
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cit..p.584.- 1
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ーの間際から生じた典型的な破綻者の物語である。ポールは地元のカーネギ ー・ホーJレで案内係のアルバイトをしている。小遣い稼ぎという実際的な 目当てより、音楽ホールの芸能的雰囲気に憧れてやり出した仕事である。 彼の味気ない日常生活と夢幻的な生活の部分とは、随所でリアリスティッ クに描きわけられている。 みすぼらしい寝室、寒々としたパス・ルーム、ちょろちょろと水のもれ る水道桂、寝間着用シャツから毛むくじゃらな脚をっき出し、スリッパを つっかけて階段の上で彼の帰えりを監視している父親。このひからぴた家 庭にひきかえ、芸能人の出入りする華やかな雰囲気にひたると、彼は水を 得た魚のように活気づくのである。
It was at the theater and Carnegie HaH that Paul really lived; the rest was but a sleep and forgetting. This was Paul's fairy tale, and it had for him the allurement of a secret love. The moment he inha1ed the gassy, painty, dusty odor behind the scenes, he breathed like a prisoner set free
,
and felt within him the possibi1ity of doing or saying splendid,
bri11iant things. The moment the cracked orchestra beat out the over -tune from Martha, or jerked at the serenade from Rigoletto, a11 stupid and ugly things slid from him, and his senses were deliciously,. yet delicately fired. 13このようなデラックスな雰囲気を満喫した彼にとって、学校や家庭はい かにも俗っぽく、低級なものに見えてくる。自分の優位性をひけらかすた めに、嘘もつきなれてくる。やがてこの虚勢の歪みが嵩じて目立つように なり、学校からの勧告もあって、彼はアルバイト先から締め出される。その 挙旬、 Denny
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Carson商会の通帳から千ドル抜きとり、ニュー・ヨークへ逃走する破自になる。
ニュー・ヨークでは、良家の御曹子に扮してデラックスなホテルに宿泊 し、束の聞の豪遊を堪能したが、やがて厳しい現実の壁につき当り、挫折
注目 Wi11aCather
,
Paul's Case& Neighbor Rosicky, pp. 15-16- 1
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ー米国文学における人生入門の諸相
感に襲われる。ポケットには百ドル足らずしか残っていないcそじて地元 ピッツパーグの新聞が騒ぎたてLいることも知る。ニュー・ヨークで乗っ
た汽車からニュー・アークで下り、列車の通りかかるのを見はからって、 雪の降り積む線路に疲れ果てた体を投じた。
His chief greediness lay in his ears and eyes. and his excesses were not offensive ones. His d巴arestpleasures were the gray winter twi1ights in his sitting room; his quiet enjoyment of his flowers. his c1othes. his wide divan. his cigarette and his sense of power.
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と作者が示唆するように、ポールは俳優や歌手を夢みる野心家というよ り、感覚的な耽美主義者なのである。作者は彼の中に芸術家の萌芽をみた のであろうが、学校や父親が代表する世俗的な環境は彼を受け入れるには 余りにも不毛でありすぎた。へンリー・ジェイムズを師事する芸術家ウイ ラー・キャザーからの俗臭'
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こちこめる田舎町にたいする鋭い調刺をここ に発見する。 シャーウッド・アンダースンにも、夢みがちな家出青年が多い。r
ワイ ンズパーグ・オハイオ」のジョージ・ウィラードを代表的に眺めてみよ う。ポールと異なる点は、一応のイニシェイションを故郷の田舎町での孤 独な生活の中で成しとげ、これから果しない人生の旅路に出発しようとい う時点にあることだ。 「どの少年の生涯にも初めて過去をふりかえる時がある。それはおそら く彼が大人への境界線をとぴ越す瞬間であろう」といい、更に「青年時代 にはたえず人の心の中でせめぎあうこつの力がある。はげしく無分別な小 動物が反省し回顧する部分ともみあい、分別があれより世間ずれした部 分がヲョージ・ウィラードを占領した」とあるように、ジョー ~Iζ は思春 期への訣別が明白に確認されている。 注1
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Cather.。
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cit..p.27. - 163ーもう一つ他の家出少年に見られない点は、来し方をふりかえり、後に残
すワインズパーグの風物に眼を向けるヲョ-~の甘ずっぱい感傷であろ
う。しかし“Bea shar
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oneo Keep eyes on mゅney.Be awake. That'sticket. Don't let any one think you're a greenhorn."という父親の最 後の言葉でも分る通り、ジョージ・ウィラードが巣立ちゆくこの町も煩悩 のせめぎ合う俗界であることは言うまでもない。車掌のトム・リトルが見 抜いているととく、このジョージ・ウィラードの旅立ちは、あるいは世界 の田舎っぺがたどる宿命的なコースなのかも知れない。 文字通りの逃亡者の代表選手は、スタインベックの「逃亡」のぺぺ君で あろう。母という権威によって、男への昇格を承認された目、ペペは殺人 という大罪を犯し、短く苦闘にみちた男の人生に終止符をうつ。 背丈の高い
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識の青年で、木にナイフを突きたてては、一日中弟妹と共 ににやにや遊び暮らすような、未だ成年を自覚しない怠け者であった。と ある日、馬にまたがり、帽子にはバンドをつけ、緑色のハンカチの所有さ えゆるされて、ぺぺは初めて独りで町まで、の用事に行かされる。その時、 「おれは一人前の男になったのだ」とぺぺ自身がつぶ、やいたように、男っ ぷりのよい出立ちである。i
おれも大きくなったら、馬に乗ってモンティ レーへ薬を買いに行くよ。ペペは今日男になったの?J
と問うエミリオ少 年にたいして、母親はこう答えている。“A boy .gets to be a man when a man is needed. Remember this thing. 1 have known boys forty years old because there was no need for a man." 15
町で一夜泊ってくることになっていたペペは、真夜中に疲れ果てた様子で 帰ってきた。町で人を殺したというのだ。
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ロドリスさんの台所へ五、注目 John Steinbeck
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"Flight,
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Interρ
reting Literature, p.152.- 1
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ー米国文学における人生入門の諸相
六人の男がやってきた。萄葡酒が出た。ぺぺも欽んだ。ちょっとした口論 が始まり、その男がぺぺの方へやってきた。その時、ナイフが、ひとりで に飛び出した」と語るぺぺの表情は、出かけた時とはまるで別人のもので あった。
He was changed. The fragile quality seemed to have gone from his chin. His mouth was less full than it had been. the lines of the lips were straighter. but in his eyes the greatest change had taken place. There was no laughter in them any more nor any bashfulness. They were sharp and bright and purposeful.
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ここに苛酷なイニシェイションを成しとげた男の悲痛な自覚が鮮やかに とらえられている。侮辱されては黙っておれなかったというぺぺに向っ て、 「そうだとも、お前はもう一人前の男だもの
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と母親は答え、山への 逃走を促す。このインディアン親子の道徳律に問題が含まれている。逆ら うものがあれば殺すも止むを得ない、追っ手が来れば当然逃げる、授業を ずるけた生徒を取りしまる補導官が来れば、母親が進んで子供達を岩かげ にかくまうという態度が、白人の世界と摩擦を起した惨事なのである。こ れはぺぺが逃亡の経過の中で同佑し、回帰していった自然界の「弱肉強食」 「適者生存」の法則ではなかったか。あるいはしいたげられた弱少民族の 被害意識からあみ出された保身術なのかも知れない。いうなれば、インデ イアンと白人という異質文明の相魁の簡明な象徴であろう。 その他、旅へ出て男になるという筋書きの物語は枚挙に暇がないほどで あるが、ここでは、ベンジャミンとハックルペリーの二種類の官険、ポー Jレとジョージの村落への反逆、異質文明の車L
蝶による被害者など、三つの 典型を扱った。思うに、これは総べてアメリカ文明のひずみそのものでは ろなかうか。 注1
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Steinbeck.ρ.
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cit., p. 153.- 1
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土着型の賛歌
放浪性がアメリカ文学の一大特質であることに異論はないけれども、そ れに対応して定着性がないわけではない。開拓と植民の歴史的背景におい て考えれば、移住と定住という動と静の両面が表れるのは当然の理であろ う。アメリカ映画の西部劇にあらわれる主人公達を類別すれば、 「なんら の社会的鮮ももたず、あちこちとうときまわる根なし草のようなカウボー イ」と、 「特定の社会的任務をもった定住型の男たち」の二種類に大別で 17 きるという。 西部劇における狐独な英雄と、集団の英雄とをみごとに対置させた例として、 「シェーン」を,思い出してみてもよい。 じぷんの土地をもって営々と耕し、友愛によって隣人たちと平和なコミュニテ ィ生活をつくりあげていこうとしている善良な農民一家。 その家庭をおびやかす 悪漢たち。白い馬にのったシェーンは、どこからともなくこの農家のまえにあら われ、悪漢たちを殺して、またどこかへ去って行く。農家の子どもは、 ζのすば らしいシェーンに、すっかり心を奪われてしまう。白い馬を追いかけて、シェー ン、シェーンと走ってくる子どもに向ってシェーンは言う。世の中で、いちばん 勇敢なのは、君のパパなんだ。一一子どもは、機敏なピストルきぱき、才智にみ ちた動作をみせてくれたシェーンにたいする尊敬と、父親の地味な労働にたいす る尊敬とのまんtJ:かに立たされて、価値の選択に迷う。 乙の子どもの迷いは、まさしく、理想的アメリカ人像を求めるずべてのアメリ カ人にとっての迷いである。じぶんのもっている実力によってひとりまっしぐら につきすすむ生き方もアメリカ的だし、また、仲間との協調に焦点争あわせた平1
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凡な生き方も尊い。 と加藤氏は、理組的アメリカ人像の二つのタイプを明快に提示している。 その点で、前述のベンジャミン・フランクリンと、ホーソンの「巨面岩」 の主人公アーネストとは好一対をなす。いずれも成功物語の主人公だが、 注1
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加藤、前掲書、1
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前同書、1
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頁 n n u米国文学における人生入門の諸相
前者を放浪型とすれば、後者は明らかに定住型に属するだろう。この短篇 「巨面岩」は、必ずしも少年のイニシェイションに焦点をしぼっていない ので、発展物の範曙に属せしめるべきかも知れないが、定着型を見るのに 最適だと考えて、あえて持ち出した次第である。
Embosomed amongst a family of lofty mountains. there was a valley so spacious that it contained many thousand inhabitants. Some of these good people dwelt in log.huts. with the black forest all around them. on the steep and difficult hi11sides. Others had their homes in comfortable farm.houses and cultivated the rich soil on the gent1e slopes or level surfaces of the valley. 19 こういう盆地で、ア{ネストは丸太小屋の生家で母親の愛情にはぐくま れ、またよく孝養をつくしつつ、おとなしい、出しゃばらない少年になっ
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ご。 その盆地から数マイJレ離れたところに、切りたった山腹に巨岩が立ち並 ぴ、適当な距離から眺めると、ちょうど人間の目鼻だちに似てみえた。遠 くインディアンの時代から、あの巨面岩そっくりの偉人がこの盆地に現れ るという予言があった。そのことを母親から聞かされたアーネスト少年 は、 「僕は、大きくなって、そういう人に会いたいなあ」と言ったのであ った。そういう環境の中で、前述の通り、アーネストは立派な少年になり、 野良仕事で陽焼けこそしていたが、 「世聞に名の聞えた学校で教育を受け た多くの若者にみられないような知性の閃きが、その顔に輝いていた」 そういうところへ、この盆地出身で、過去に村を出て、中央で名なり功 をとげた知名士が三人、それぞれ時を隔てて、故郷に錦をかざした。その 注目 NathanielHawthorne.“The Great Stone Face." Twice. Told Tales, p.136.-
167-都度、村の烏合の衆は熱在し、遂に巨面岩t乙生き写しの
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物が出現,レfこ. と、口々に言って大騒ぎした。アーネスト少年もその度毎に、大きな期待 に胸をふくらませて、その偉人達の御帰還を待ちわびた。しかしその知名 士遣の素顔を群集の後から垣間見たアーネストは、 「違う,/J
とつぶやい て、悲しげに頭をうちふるのであった。雛くちゃな、目の鋭い、卑しい顔 つきの金満家ギャヲャゴールド氏、精力にみち、鉄石の意志の苦闘歴戦の 英雄で、今は戦に疲れ、風雨を凌ぎ来たったという体のブラッド・アン ド・サンダー将軍、そして眼が深い調窟のごとしもの憂そうな老政治家 ストニー・フィズ氏、そのいずれにもあの臣面岩の崇高さと威厳、神性的 同情の偉大な表情は求むべくもなかった。 失望と期待の中に、その「偉人」の出現を待ちわびとZがら、アーネスト は成人となり、白髪の老人となっていった。そして彼の名声は求めずして 天下に知れわたり、大学教授まで遠方からアーネスト老人に面会に来た。 「彼の思想は、書物から得たものではなくて、もっと高い調子のもので、 あたかも彼が日常の友として天使達と相語っていたかのように、平静で気 がねの要らない、それでいて荘厳なものであった」 そしてある年の夏、この盆地出身で今は都会の雑踏の中で孤独に暮ら す、驚嘆すべき才能にめぐまれた詩人がアーネメトのことを伝え聞いて、 この盆地を訪れた。そしてその巨面岩を背lとして村人達に静かに説教して いるアーネスト老人をみて、 「見よ/見よ/アーネストこそ巨面岩生き写 しの人だ」と叫んだのである。 ここには、古里を離れて人となり、世俗的功名をかぎして帰郷する功利 主義者たちにたいする明らさまな瓢刺がある。事実、この作品は世俗的名 声に酔いしれていたダニエル・ウェブスターを那撒すべく書かれたとも言 われる。ヘンリー.~ェイムスが指摘したホーソンの根深い土着性が躍知 としている。 - 168ー米国~.学にだける人隼λ閉9)]諸相
lV.野生と血の洗礼
自然への退避あるいは逃亡という実例は、既ζIハックルペリー・フィン の官険やぺぺの逃避行の中にもみられたが、以下に取り扱う野生は、青少 年の人間形成に積極的な役割を演ずるところ、つまり自然の摂理を学びと るイニシェイションの場を意味する。アメリカの風土という特殊な自然及 び社会環境に照して考えられば当然のことながら、野生との接触の中で取 り行われるイニシェィションの例も少なくない。 その点で、スタインペックの「赤い小馬」は余りにも有名だ。同じく盆 地育ちとはいえ、ジョディ少年の古里の山々をふり仰ぐ眼は、「巨面岩J
の アーネスト少年の自然観照の態度とは多少色合いが異なる。アーネストの 東の岩山にょせる崇拝の態度には、外界との聞に立ちはだかる陵険な障壁 にたいする畏怖ではなくて、慈母t乙T
こいするかのような全幅の信頼が見ら れる。それに較べて、ヲョディの山々は、なつかレさと恐怖の相半ばした 20 ものである。このサリーナスの谷聞をさしはさむ東の山と西の山の少言4デ ィに投映する心象風景が、隠と陽に二分している事実は興味深い。この隠 と陽をなす東と西の山々のイメーヲは、ジョディがその闘で学ぶ体験の二 重性を象徴するものに外ならない。 !)ョディ少年は、1
2
歳にして既に生命の誕生と死という人生最大の矛盾 に劇的な対面をすることになる。この「赤い小馬」は、作者の幼少の頃、 初めて家族の一員を失った時の悲痛な追憶から生れたもののようだが、こ の短篇集の第一部をなす「贈り物」もやはり、手塩にかけて守り育てた小 馬の死に直面して、自然の摂理、あるいは人生の意義を感知するとし下う典 型的なイニシェイション物である。註20Steinbeck
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The Red Pony,
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The Short Novels o[ John Steinbeck,pp.177・178.
Steinbeck, East o[ Eden, p.1 1.
ジョディは、父親から初めて贈られた赤毛の小馬に、大いなる希望を託 して、 「ギャピラン
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という大仰な名前をつけた。朝日を頭上にのせて差 し.出し;て〈れる慈母のごとき東の山「ギャピラン・マウンティンズ」にあ やかったのである。それからというものは、ヲョディの生活態度がみちが えるほど変った。やることなすことがまめまめしく自覚にみちたものにな った。一度見開かれた少年の眼は、これまで見過していた馬や周囲の事物 に関する知識をいちいち新鮮な発見であるかのように貧欲に吸収していっ た。特に馬の教師とも言うべき雇い人ピリーを側にひかえて、馬の世話、 調教を通じてのジョディの人間教育は着実に両足を大地に踏んまえて日々 進展した。 しかし完壁と思われた教育過程にも不測の亀裂が入り始めた。感謝祭の 日まで雨が降らなければよいがというジョディの願いをよそに、 「黒雲が にわかにおしよせて」、ついに一週間降り続くことになった。ピリーの不 注意のために、ギャピランは、ヲョディが学校へ行っている聞に、柵の中 で雨に濡れしょ lぎたれていた。I
もし雨になったらー」というジョデすの 不安にたいして、 「今日は降りっこないよ。何しろ降るだけ降ったから なJ
というピリーの答えはまんまと外れてしまったのである。そのために 馬は腺疫になった。I
ちょっと風邪をひいただけなんだ。なあに二、三日 で直してやるよ」とピリーは言ったが、馬の病気は悪化するばかりであっ た。とうとう馬の喉笛に孔をあげて、呼吸を楽にさせてやらなければなら なくなった。I
ジョディ、お前に見せたくないことをしなくちゃならん。 しばらく母屋の方へ行っていてくれないかJ
というピリーの思いやりに対 して、Jody couldn't have gone away if he had wanted to.It was awfuI to see the red hide cut, but indefinitely more terrible to kllOW it was being cut and not see it. 21
注21 Steinbeck, op. cit., p. 171.
-米国文学における人生入門の諸相 と!)ョディは考えて、そこを動かず、意を決して手術の手伝いをした。ピ カピカのナイフがギャピランの喉につき立てられた時、ジョディは思わず すすり泣いた。彼の愛するものにふるわれる血まみれの暴虐を初めて目撃 したのである。 それでも馬は助からなかった。小馬の死体をとりまいているハゲワシの 群れの中にとびこんで、iPョディはそのー羽をとらえて格闘し、その鳥が 死んでもなお絶望的になぐり続けた。“
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とピリーはカールの無理解をせめながら、~ョディの一つの教育の意義を 暗示している。 小馬の贈り物一飼育一病気一死という段階を踏んで自然の中になされた 教育過程はこの通り明確である。ジョディの自に映じるピリーの完全性 は、天気の移り変わりから崩れ始め、病気→手術→死と悪佑の一途をたど り、ヲョディの信頼をことごとく裏切った。しかしピリーの教育は失敗ど ころではない。むしろその失敗の時点から本格的な教育が始まったと見倣 すべきであろう。r
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どんなには、この子の気持がおわかりにならないのか い?J
という最後の言葉で知る通り、この悲劇のクライマックスはそのま まひョディ少年の人生開眼の一つの頂点応外ならない。 スタインベックにのみ長く執着しておれないが、ジョディ少年の教育の 円環を見とどけずに離れるのは忍ぴないので、その他の作品の概観に大雑 把にふれておきたい。この短篇集の第二番目の「大連峰」はさしおいて、 「約束」から先にみよう。 ギャピランの代りに、また馬を上げるけれども、..And n
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ans with horses is .to. raise. a. .colt."というこ とで、種つけ一一妊娠一一母馬の死一一子馬の誕生という一周期の教育が 再聞きt'P5o;ます健全な性教育から出発し、約束を果し、忍耐と勤勉を経 てしか大事なものは得られないという観念を培い、そして一つの生命の誕 生にはどれだけの犠牲が伴うものであるかという冷厳な認識に至るのであ る. 今度も、 「贈り物」の場合と同じように、ビリーの指導の下に、的確な 実地教育が行われる。種つけから一年間、色々な忍耐と発見を経て、いよ いよ出産の場面を迎える。しかし出産は、いわゆる逆児で、順調にゆかな い。母親ネリーを殺して帝王切開で子馬をとり出さねばならない破自にお いこまれる。I
外に出ていろJ
というピリーの忠告ににもかかわらず、ジ ョディは次のように手術に立ち合うnThen Billy'walked quickly to Nelie's head. He cried,“Turn your face awayo danii1.you,turn
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tis time-Jodyobeyed. His he,
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ぷあ、お前の子馬だぞ。約束した通り生れたぞ。そうしなけ りゃならなかったんだ。そうしなけりゃねJ
と声も絶えだえにピリーはつ ~やいた。この悲情な場面を目撃した後、 ジ ョディは熱湯をとりに母屋の 方へ走りながら、子馬の出産を歓ぼうと努めたが、しかしピリーの血に染 った顔面、物につかれたように疲れ果てた眼つきが空中tこちらついでしょ うカ1なかった。 注2
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Steinbeck.The Short Novels, p. 204, 一1
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~米国文学に暫仕る人生J..P~~積相 「赤い小馬」の中の第2篇と第4篇lま、いずれも
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生 航 路 を 歩叩きつめ て、やがてそのコースから脱落じて消えてゆく老人達の末路を見つめるジ ョディの眼に焦点をしぼっている。死に場所を求めてやってきた老パイサ ーノは、父親のカールに一宿一飯はゆるすが居つくことはまかりならんと 厄介物扱いされる。この老入は、朝早〈、カールの持物である老いぼれ馬 にまたがり、あの夕陽の没する西側の連山めがけて、死出の旅にのぼった という。いつもは、山の向うに思いをはせて夢みるジョディの胸は、今日 は「言葉には言い表わせない悲しさでいっぱいだったJ
この老パイサー ノを老いぼれ呼ばわりし、母方の祖父を邪魔者扱いするのは、きまって父親 のカールであった。この無慈悲な仕打ちに傷つくのは、むしろこの息子の センシティヴな胸の中だということを、このタフで現実的な父親は気づ4
気配が見られない。ジョディの小さな胸には、既に次のような批判精神が 単くい始めている。 Jo!ir
knew...how、hisfather'was'pro);>ingior.a'place'.to.hurt-Gitano. He had been probed often. His father knew畦yery.place in the boy wherea word would fester. 23 生命の誕生と死という似かよったモチーフを探っていけば、当然ヘミン グウェイの「インディアン部落
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に行きっしこの場合の対象は、:Jョデ ィの馬の代りに、生身の人間である。ニック少年は、ヂョディの当事者と しての立場にくらべて、全くの傍観者ではある。しかし対象がインディア ン女であるとはいえ、生身の人間であるから、摩酔剤をつかわずにやる帝 王切聞はすさまじL、。その残酷な場面を目をそらさずに見つめている少年 めいる光景もまた異様である。 注2
3
Stoinbeck.. op: cit..p.-183.7
3
-“Listen to me. What she is gong through is called in labor. The baby wants to be born and she wants it to be born. All her muscles are trying to get the baby born. That is what is happening when she screams." 24 とここまでは、父親の意図する教育にかなったものであった。しかし難産 は帝王切開へと進み、血まみれの出産は終ったけれども、妻の悲鳴に耐え られなかったのか、宍のインディアンが寝台で毛布にくるまったまま喉を 剃万でかき切って自殺するという予期せざる御負けがついてしまった。 「ニックを小屋から連れ出してくれ
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と父親が叫んだが、もう遅かった。 父親がランプを片手にもって、インディアンの頭を向うへひっくりかえし た時、上の寝台の様子をニックはすっかり見てしまっていた。 「わしはあ前を連れて来たことを本当に後悔しているよ、ニック。お前 をあんな自に合わせたのは大失敗だった」と父親はあやまったが、しかし この教育は、怪我の功名といおうか、不慮の事件のお蔭でかえって成就し たことは、この物語の最後の場面が暗示している。あの衝讃の後で、ニッ クはしっかりと自己を確認している。 同じく野生の中で取り扱われる成人の儀式は、フォクナーの「昔の人 々」の熊狩りの中で見られる。熊という動物を通じて自然とのかかわり合 いの中で少年が成長するという主題は、これまで述べてきた野性児たちの ものと同じである。しかしながら、北部のミシガン湖畔でなく、西部カリ フォルニヤのモントレーでもなく、罪業深い過去を背負う深南部ミシシッ ピーの風土の中でとり行われる成人式は、ニックやジョディのもののごと く単彩でなく、二歩も三歩も深化するので、とても一筋縄では御しがたい。 汚濁にみちた歴史の影が黒々と投影し、神秘にみちた儀礼なのである。血 を見てのイニシェイションという点では、ニックやジョディの場合と変わ注目 Ernest Hemingway,“Indian Camp,"In Our Time, p. 17.
-
174-米国文学における人生入門の諸相 りないが、アイジャックのは文字通り血による洗礼で、インディアンの古 式に従ってとり行なわれる。 "Nextyear you will be ten. You will write your age in two numbers and you will be ready to become a man."とサム・ファザーズが述べていとるとく、アイツャックは
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歳に なって始めて、狩猟隊への参加を許される。そしてサムの指導の下で、狩 猟家としての実際的な知識、心構えを学んでゆく。工2識になった11月に、 初めて牡鹿を見事にしとめてしまう。殆んど無意識の中にやった銃さばき であった。サムがその鹿の喉を切り裂き、まだ湯気のたちのぼる温い血期 を少年の顔面に塗りたくって洗礼をほどこした。-・・ hadnot Sam Fathers already consecrated and absolved him from weakness and regret too?
…
not from love and pity for all which lived and ran then ceased to live in a second in the very midst of splendor and speed, but from weankess and regret. 25と後になって、大熊オールド・ベンの気配に近づいてぶるぶる震えた時 に、アイジャックが自問自答したように、あの血の洗礼は、自分がしとめ た獲物に対する愛と尊敬を教えただけでなく、気弱さと悔恨から解放され ること、そして人間として、狩猟家としての勇気と誇りの証でもあった。 その洗礼の意義は更に複雑で深遠である。 このサム老人の手による血染めの洗礼は、アイジャック(白人)とサム
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(黒人とインディアンの混血)の永遠の結合を意味し、つまり血の結合に よる人類の同化与を主張するものに外ならない。この同佑の思想は、 「熊」 の中でみられる原始主義へと進展してゆく主題である。r
熊」にあらわれ る場面も「昔の人々」と同一で、そこで三度にわたる大熊との出会いを通 じてアジャックが成長してゆく過程が物語の骨子になっているが、それに注目 Wi11iam Faulkner,“The O1d People,"Go Down, Moses, p. 182. 26 Ibid., p.165.
rついては別の章でふれるので、ここでは割愛したい。 殊更に繰返すこともないが、 「赤い小馬J、「インディアン部務」、「昔 のλ々」叉「青島Jに共通する点が幾っかある。まず 「血の洗和」であ芯。 血誌は生と死i乙直結するなまなましいイメージがあり、本能的な恐怖の対 象となる。その血をもってするイニシェイションこそ最とも成人式の原義 に近いものかも知れない。産業都市の背後で、このような原始性が同居じ ている事実は、アメリカ文明のこ面性ぞ表わすものに外ならないだろう。 更に、ーこれら四作品に登場するインディアンの寄在もアメリカの風土の 野性を象徴するものに違いないが、いずれも臼人少年に物を教えて消える という設定に興味を覚える。これはアメリカ産業文明の前に消滅してゆく 自然の暗示とも受けとれるが、これらインディアンの寄在は、いうなれば 白人句心象風景写映ずる良心の影である。 それから、動物との交情を通じて人間的成長をとげるという発想は、外 にも「仔鹿物語」、アンダ{スンの二、三の作品にみられる馬、 「ぺンロ ッド」の老犬公爵などがある。特に「仔鹿物語」のジョディ・パックスタ ー少年と仔鹿のフラグの哀歓は、 その点、顕著な例だが、 「赤い小鳥」と主 題の内容が重複するところが多いので割愛せぎるを得なL。、子供と動物と の精神的な交感については心理学的な解釈もゐろうが、ここではアメ リカ 的風土の中で動物の死を仲介にしてな会れる人間教育の荒っぽさに感慨を 覚える。 アメリカ文学の野性と文明の対比はそれ自体多くの紙数を要するテーマ であろう。 ロパート・ぺン・ウオレンの“
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における セス少年の「自然の悪」の発見を通じて成人するという発組も割愛するに は忍びないが、ここでは素通りして次へ進まなければならない。v
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学校と人生教育
野生tζ対持するイニシェイションの場をアメリカ文明の中に求めるとす-
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ー米国文学における人生入問の諸相 れば、学校があげられよう。米国の優れた作家に高等教育を受けたものが 少いという事情に照応するかのように、文学作品の中での学校教育はむし ろ冷やかに遇されることが多いようだ。フォード、カーネギー、エヂソン、 ディズニ一等を代表とする立身出世物語の主人公達にみる通り、実社会を 学校とするという反知性的な風潮は、そのま、文学の中でも嘆ぎとれる。 前述の「巨面岩」の中でも“… butwith more intelligence brightening his回
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ctthan is seen in many lads who have been taught at fa -mous schools."とあり、また学歴のないアーネストの所へ大学教授までが 面談に来るとあった通り、ホーソンも学校がよくなし得ない人間教育を指 摘している。また知性の権化みたいなへンリー・アダムズにしてからが、反 学校教育の旗じるしをかかげている。アメリカ的政治貴族の家柄に生まれ 合せながら、幼少の頃患った狸紅熱のために身体が誼弱で、“Hisbrothers ωere the type; he was the variation." といって、幼くして既に変則的 な自己を自覚している。その幼い懐疑家は学校教育にたいして常に冷やか な批判者であった。From earliest childhood the boy was accustomed to feel that, for him, life was double. Winter and summer, town and countty, law and liberty, were hostile, and the man who pretended they were not; was in his eyes a schoolmaster-that is, a man employed to telllies to little boys.27 このように学校教師の人生教育者としての欺繭性を既に感知している。 「彼が受けた教育は彼が必要とした教育とは殆んど無関係のものであっ た」といい、ハヴァードにおける学生生活すら浪費であったと言い切って いる。
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世紀の多様性への適応に彼が失敗したということで、彼の全人生 を通じての教育が失敗であったと断定する裏には、教育の画一性への痛烈 な批判がこめられている。注27Henry Adams
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η'ze Education ot Henry Adams, p.17. 177-教育の場におけるイニシェイションの失態の最たるものは、前述した 「ポールの場合」であろう。教師達がポーJレl乙対してあげた非難の理由 は、 disorderと im
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ertinenceで、極めて漠然としたものであった。ど の教師も問題の本質を見抜けず、手も足も出ないのが実状であった。授業 中に寝てしまったポールの青白く血管の浮き出た顔、老人のようにまわり に敏をよせた臨、ひくひくひきつっている唇をみて、驚いた図画の先生は こう述懐している。 “1 don't really believe that smi1e of his comes altogether from insolence; there's something sort of haunt巴dabout it. The boy is notstrong, for one thing. There is something wrong about the fellow. 28 ポーJレの場合は、繊細な美感の持ち主と浅薄で卑俗な環境との、決して 相まじわることのない平行線の聞に発生した悲劇であった。不適格な指導 者達は、次のように後の祭りを騒ぐのが関の山だった。 The Cumberland minister had been interviewed, and expressed his hope of yet reclaiming th巴motherless lad, and Paul's Sabbath-school teacher declaired that she would spare no effort to that end. 29 いわゆる悪童物は、この論文のテーマと直接の関係はないが、しかし憎 まれっ子達の形式主義的モラル過剰な教育への反逆には、溜飲の下るよう な調刺がこめられているので一顧に値する。我鬼大将のチャンピオン違 は、トム・ソーヤー、ハックルペリー・フィン、ペンロッド・スコフィル ド、アラム・ギャログラニアン等であろう。このユーモラスで憎めない悪 童達の行状を差しひいては、さしものアメリカ文学も仏頂面で不気嫌なも のになってしまうだろう。レズリー・フィドラーはいわゆる「お利口さ ん」と「憎めない悪童」とを対照して、次のように悪童の方の真実を言い 当てている。 注28 Cather, 0
ρ.
cit., p. 4. 29 Ibid., p.28. n k u ヲ t米国文学における人生入門の諸相
What then is the difference between the Good Good Boy and the Good Bad Boy, between Sid Sawyer, let us say, and Tom? The Good Good Boy does what his mother pretends that she wants him to do: obey, conform; the Good Bad Boy does what she realIy wants him to do: deceive, break her heart a little, be forgiven. For a long time the Good Bad Boy was calIed the “bad boy" without qualifiαtion, since his goodness needed no adjective to dec1are itself to those who really knew him …・ 30 トム・ソーヤーの学校や日曜学校での行状は、例の好計で買収したカー ドでまんまと聖書の褒美を頂戴したり、教室でベッキーとラブレターの交 換をしている時、先生lと耳をぐし、と百│っぱられて全生徒の笑いを浴ぴた り、ダニ競技に夢中になって先生の一撃を肩にくらったり、数えあげれば きりがないが、彼について立大方・の読者がお馴染みなので多言をひかえる ことにする。悪童の例にもれず、トムにとっても学校は一刻も早く抜け出 したいところである。学校へも教会へも行く必要がなく束縛のないハック Jレペリー・フィンの身分は、他の子供達の憧れの的であり、トムできえも 羨むほどである。 ブース・タ}キントンの「ぺンロッド」も、その行動半径こそ小市民的 で野性児のハックやトムに及ばないが、しかしゃることなすこと、へまば かりで、その自然発生的な悪童ぷりは代表選手にふさわしい。ベンロッド にとっても、やはり学校は自由を縛り、冒険を妨たげる所でしかない。授 業中に顔を外に向けて夢想に耽り、先生にとっちめられたら、大それた虚 言でその場を切りぬけるが、そのため両親を始め、はたの大人達に途方も ない迷惑をかけてしまうという接配である。教壇の前によぴ出されている 聞に、窮余の一策を思いめぐらすべンロッドの姿は誠に印象的である。 注
3
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Fiedler, 0ρ.
cit., p. 267.-179-BOYHOOD is the longest time in life-for a boy. The last term .of ぬeschool-year is made of deαdes. not of weeks. and livipg through them is like waiting for the mi11ennium. 31 という工2歳児の心境は万国の悪童達に共通するものであろう。工2歳児と 32 Uえば、作者はこの年齢について面白い解説をくわえている。ウィリアム ・サロイヤンのアラムは、トムやぺンロッドほどの好知がなく、まともに 体罰を受けることが多い。教師たちに絶え間なく
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1
っぱられるので耳が変 形している程である。それでいて、サーカスが町に来たと聞けば、矢も楯 もたまらず、先生の制止をふりきって教室からとび出してゆく、そんな奔 放な少年である。学校といえば、 “A Nice Old-Fashioned Romance,
with Love Lyrics&
Everything"という珍妙な題名のストーリーの場面 が興味をひく。 注.31 Booth Tarkington.Penrod, p.157. 32Ibid..p.273. To be twelve is an attainment worth the struggle. A boy. just twelve. is like a Frenchman just elected to the Academy. Distinction and honour wait upon him. Younger boys show def -erence to a per鈎nof twelve: his experience is guaranteed. his judgment,
therefore. mellow; consequently,
his inf1uence is pro -found. Eleven is not quite satisfactory: it is only an approach. Eleven has the disadvantage of six,
of nineteen. of forty-four. and of sixty-nine. But,
like twelve,
seven is an honourable age. and the ambition to attain it is laudable. People look forward to being seveno Simi1arly. twenty is worthy, and so, arbitrari1y, is twenty-one; and forty-five has great solidity; seventy is most com -mendable and each year thereafter an increasing honour. Thirteen is embarrassed by the beginnings of a new colthood; the chi1d becomes youth. But twelve is the the very top of boyhood.米国文学における人生入門の諸相
.
1
usually got sent to the office. In someαses 1 would get a strapping , for debating. the case in the office against Mr. Derringer,
our priilcipal, who was no earthly good at debates. The minute 1 got him cornered he got out his strap. 33 という調子で、何か悪戯があると直ぐ犯人扱いされて、校長室へ送られ ては不当な体罰をくらうのである。デリンジャ校長とダフニー先生のロマ ンスの板ばさみになった時もそうであった。ダフニー先生が校長に諒をレ ているという意味の落書きが黒板に書かれると、例によってアラムは濡れ 衣を着せられた。 その落書きの文句を写しとった紙片をもって校長室へ行かされ、鞭うち の罰吾うけるのである。翌日も同じ内容の落書きがあって、ナラムはまた 校長室行きである。つまり体裁のよいラブレター運びであった。今度は校 長も厳しい鞭うちをするに忍ぴず、アラムと示し合わせて、校長が机を叩 くとアラムは痛くもない悲鳴をあげることにした。ところが、その取引きi の現場をダフニー先生に見つかって、それっきり二人のロマンスはぷち壊 われたという喜劇である。 「アメリカの学校は、なによりも、きわめてみごとに成功した社会的く ふうである。子どもたちは、その家庭的・民族的背景のいかんにかかわら 34 ず、学校でアメリカ的性格をあたえられる」と社会学者はいれだからア メアカの子供達にとって、学校は必ずしも「たのしい」所ではない。遠 足、学芸会、臨海学校、修学旅行、就職運動など家庭の負担まで背負いこ 必でくれる我国の学校のように、卒業式の歌に出てくるセンチメンタルな 学び舎という印象が薄い。注.33 Wi11iam Saroyan
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, p. 54.34加藤、前掲書、56頁(Gorer,G.
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pp.回・1∞より の引用訳文)とりわけ、アメリカ化のおくれた民族集聞にたいする学校教育のやり方は、と きには高圧的であった。子どもがほんとにアメリカ人になるためには、学校とい う加工工場を通りぬけねばならぬ。それを拒否する子どもや親がいたばあいには 一教育行政の器当者は、ほとんど誘拐防かいような方法で、子どもを学校へ 押しとんだりした。 と加藤氏は補足している。それはそっくりそのま入スタインベックの 「逃走」やサロイヤンの「サーカス」に登場する補導員に当てはまるのだ ろう。 しかし文学作品の中では、これまでの例でみた通り、学校はマイナスの 価値としてとらえられることがあっても、人間的成長を助けるイニシェイ ションの場として描写されることは少い。
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繭の頃、喫煙や学業怠慢のか どで放校されたというジョン・チーヴァの例にみる通り、文学青年と学校 教育との関係は、古今東西を問わず、滑稽に近い悲劇が多い。はしがきの 中で、現代の学校は未聞社会の「集会所」に等しいのかも知れないと述べ たが、学校の「集会所」としての機能に疑問をさしはさむ作家が多いので ある。V
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入門者対立会人
これまで言及してきた作品からも察しがつく通り、青少年達のイニシェ イションの現場には、きまって大人の立会人がいる。しかもその多くは、 実の親以外の精神的師表ともいうべき害在である。この入門者対立会人の 構図は、殊更に現代的、叉はアメリカ的特質ではなくて、未聞社会の成人 式の原型に近いようだ。 注3
5
加藤、前掲書、5
8
頁182
-米国文学における人生入門の諸相 成人式の立会人にととさら実親を避けて親分を頼むのは、成人した青年を家長 の単独支配下におかず、直接i乙村落(種族)共同体的統制下におき、 もって共同
3
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体の結合強化をはかるためだと思われる。 と文化人類学の江守五夫氏は、その立会人の意義を説いている。一方青年 心理学の方でも、 「青年期につれて、子供のときのような両親への心理的 依寄(両親への強い愛着、両親の指図への要求)から脱却して、自立的に 37 行動し判断しようとする傾向が生ずる」、そして「青年は一方では指導者3
8
を求めつつ、他方ではそれを拒否する傾向が強いJ
と説明している。 これで明らかなように、青少年が「親代り」を頼むという事情は、文学 に限らず、人事一般に求められる現象のようだ。それでは、青少年対立会 人の構図の文学的様相はどうであろうか。原型に近い例として、フオクナ ーの「熊」ゃ「昔の人々J
におけるアイジャック対サムの関係から先にみ るわけだが、アメリカ文学において白人少年と黒人の精神的交情の例は案 外多い。ハック対~ム、アンクル・トム対イヴァ嬢、アンダースンの「そ のわけが知りたい」の‘私'対ピJレダッド、スチブ、ン・クレインの「怪 物」ジョンソン対ジム少年、ウオレンの「ブラックペリー・ウインター」 のセス少年対ジェフ老人など、いずれの黒人も白人では不適格な「けがれ なき者」のイメージを感じさせる。その黒人達の幾人かは白人少年の救済 者であるか、又は門出への立会人である。そういう黒人について、レズリ ー・フィドラ{は、 「ハックルベリ{・フィンの冒険」のジムを例にとっ て、こう説明している。And through it aU, Jim plays the role of Unc1e Tom, enduring everything, suffering everything, forgiving everything....It is the South -erner's dream
,
the American dream of gui1t remitted by the abused Negro…
39 注3
6
江守、前掲害、3
4
3
頁 37桂、前掲書、 56頁3
8
前問書、T
頁 39 Fiedler,
0ρ.
cit., p.585.183
-デすなわち罪深い白人達の瞭罪の夢だというのである。先ほどは、アメリ カの風土の中を影のようによぎってゆくインディアンを消滅してゆく野 生、あるいはフロンティアのイメージとして観だのだが、他方ζれら黒人 は、白人達の良心の苛責の裏がえしの表現に外ならない。インディアンと 黒人奴隷にたいするこ重の負い目は、白人文明の恥部として蔭に陽に白人 達の良心に重くのしかかるのであろう。その闇罪の方法があれこれ試みら れる所以である。 「熊」のアイジャック対サム・ファザーズの関係もこの観点に立ってア プローチすることが出来よう。インディアンから土地を奪い、黒人を奴隷 の頚木につないだ白人達の二重の罪悪は、インディアンと黒人の混血であ るサムの血の中に、どす黒く出澱している。南部が背負ってきた罪業の償 いの方法、あるいはその宿命の解決策のーっとして、白人少年アイジャッ クを供養するというイメージがあの牡鹿の血の洗礼の中 tとみられる。狩猟 家としそ'の貢格授与という表面的意義の外に、二人め血の混靖、ぞじて一種 ¥ 、 め養子緩組という解釈が成り立つ。フオクナー特有の三重象徴の例であろ うか。アイジャ yク、サム、大熊、この三者の身の上をひき較べたら、一 層その感を深くする。まずアイツャック少年は、従兄マッキャスリンを後 見人とする孤児である。そしてサムについては、“Hehad no children
,
noρ
eoPle,
none of his blood anywhere above earth t.加theω
ould e1)er meet again."だという。その他にも、 childless,
kinless,
peoPlelessとい う天涯孤独の形容調があり、老いた大熊に捧げられたものと殆んど同一で ある。例えば、大熊オーノレド・ぺンについて、“.. . the old bear,
solitary,
indomitable
,
and alone; widowed childless and absolved of mortality -old Priam reft of his old wife and outlived all his sons."と説明す る。忍従の限りを強いられてきた奴隷の血に、インディアシの不屈な血が混 請し、もはやどの白人の支配も許さない孤高なものになっている。スペイ