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3 6   体の結合強化をはかるためだと思われる。

と文化人類学の江守五夫氏は、その立会人の意義を説いている。一方青年 心理学の方でも、 「青年期につれて、子供のときのような両親への心理的 依寄(両親への強い愛着、両親の指図への要求)から脱却して、自立的に

37 

行動し判断しようとする傾向が生ずる」、そして「青年は一方では指導者

3 8  

を求めつつ、他方ではそれを拒否する傾向が強い

J

と説明している。

これで明らかなように、青少年が「親代り」を頼むという事情は、文学 に限らず、人事一般に求められる現象のようだ。それでは、青少年対立会 人の構図の文学的様相はどうであろうか。原型に近い例として、フオクナ ーの「熊」ゃ「昔の人々

J

におけるアイジャック対サムの関係から先にみ るわけだが、アメリカ文学において白人少年と黒人の精神的交情の例は案 外多い。ハック対~ム、アンクル・トム対イヴァ嬢、アンダースンの「そ のわけが知りたい」の 私'対ピJレダッド、スチブ、ン・クレインの「怪 物」ジョンソン対ジム少年、ウオレンの「ブラックペリー・ウインター」

のセス少年対ジェフ老人など、いずれの黒人も白人では不適格な「けがれ なき者」のイメージを感じさせる。その黒人達の幾人かは白人少年の救済 者であるか、又は門出への立会人である。そういう黒人について、レズリ ー・フィドラ{は、 「ハックルベリ{・フィンの冒険」のジムを例にとっ て、こう説明している。

And through it  aU, Jim plays  the  role  of  Unc1e Tom, enduring  everything, suffering everything, forgiving everything....It is  the South‑ erner's  dream, the American  dream of gui1t remitted  by the  abused  Negro…39 

3 6

江守、前掲害、

3 4 3

頁 37  桂、前掲書、 56頁

3 8  

前問書、

T

39  Fiedler, 0

ρ. 

cit., p. 585. 

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デすなわち罪深い白人達の瞭罪の夢だというのである。先ほどは、アメリ カの風土の中を影のようによぎってゆくインディアンを消滅してゆく野 生、あるいはフロンティアのイメージとして観だのだが、他方ζれら黒人 は、白人達の良心の苛責の裏がえしの表現に外ならない。インディアンと 黒人奴隷にたいするこ重の負い目は、白人文明の恥部として蔭に陽に白人 達の良心に重くのしかかるのであろう。その闇罪の方法があれこれ試みら れる所以である。

「熊」のアイジャック対サム・ファザーズの関係もこの観点に立ってア プローチすることが出来よう。インディアンから土地を奪い、黒人を奴隷 の頚木につないだ白人達の二重の罪悪は、インディアンと黒人の混血であ るサムの血の中に、どす黒く出澱している。南部が背負ってきた罪業の償 いの方法、あるいはその宿命の解決策のーっとして、白人少年アイジャッ クを供養するというイメージがあの牡鹿の血の洗礼の中 tとみられる。狩猟 家としそ'の貢格授与という表面的意義の外に、二人め血の混靖、ぞじて一種

¥ 、

め養子緩組という解釈が成り立つ。フオクナー特有の三重象徴の例であろ うか。アイジャ yク、サム、大熊、この三者の身の上をひき較べたら、一 層その感を深くする。まずアイツャック少年は、従兄マッキャスリンを後 見人とする孤児である。そしてサムについては、 Hehad no children

, 

no

ρ

eoPle

, 

none of his blood anywhere above earth t.加the

ω

ould e1)er  meet again."だという。その他にも、 childless,kinless, peoPlelessとい う天涯孤独の形容調があり、老いた大熊に捧げられたものと殆んど同一で ある。例えば、大熊オーノレド・ぺンについて、 .. . the old bear, solitary, 

indomitable, and alone; widowed childless and absolved of mortality‑ old Priam reft of his old wife and outlived all  his sons."と説明す る。

忍従の限りを強いられてきた奴隷の血に、インディアシの不屈な血が混 請し、もはやどの白人の支配も許さない孤高なものになっている。スペイ

‑184

米国文学における人生入門の諸相

ン少佐やコンプスン将軍もサムにたいしては命令せず、マッキャスリンで さえも議論の余地がない。サムには白人達の被護にこぴる態度が微塵もな し、。

The  Sam Fathers whom the boy knew was  already  sixty‑‑‑a  man  not tall, squat rather, almost sedentary, flabby‑looking  though he  ac‑ tually was not, with hair like a horse's  mane  which even at  seventy  showed no trace of white and a face  which  showed  no age  until he  smi1ed, whose only visible trace  of  negro blood was  a slight dullness  of the hair and the fingernai1s, and something else which you did notice  about the eyes, which you noticed  because  it  was not  always  there,  only in repose and not always then ‑ ‑.. . . 40 

かくのごとく、黒人の血さえ超越し、あたかも大森林の精霊のようであ る。これで充分に推察できるとおり、熊とサムは同一物で、あか、少くとも 形と影の関係だと考えられよう。熊とサムの死が殆んど期を同じくしたの は故なしとしない。しかも熊が殺された時、サムは無傷のま、倒れたので ある。ー

きて、この老インディアンの立会によるアイヲャック少年の成人式は、そ の血の結合で暗示されているように、人類の原始への復帰に外ならない。

あの畏敬措くあたわざる大熊と相まみえるため、銃、磁石、時計など文明 の利器をひとつびとつ取りはずして、森林深く進んでゆくアイジャックの 姿は、まさしくサムや熊との同化を示唆するものである。そして彼のイニ シェイションの帰結は、私有財産を廃して、自然を自然に返えすという原 始主義であった。原始主義といえば、スタインベックのぺぺが「逃走」の 過程で、銃、帽子など文明の垢をおとして自然に同佑してゆく姿が、この アイジャックの場合と極似している。偶然とはいえ、興味深い一致である。

ついでに、些宋主義の語りは覚悟の上だが、Samの名に UncleSamを、

注40 Faulkner, ot. cit., pp.  166167.

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FiJthers K全人類の父親を読みとるのは牽強付会に過ぎるだろうか。例え ば、 Joe ChristnzasもSanctuaryもフオクナーが名付け親である。

シャウッド・アンダースンの「そのわけが知りたい」も亦清廉潔白な黒 人と醜悪な白人が対照された例である。その聞に、美しく清潔で、勇敢で誠 実なサラブレッドの競馬をはさんで、その向うに、それまで信頼しきって いた白人騎手の虚勢と醜い素行を白人少年が垣間見てしまう話である。こ こでも黒人ヒ、、ルダッド・ジョンソンは、サムと熊が同じ種類の形容詞で性 格づけられたように、サラブレットのサンストリークと同一視され、白人 と対置されている。そして馬と黒人がその

1 5

歳の少年の価値基準として、

大人の世界の矛盾が物悲しいほど冷厳に自覚されたのである。

この少年の馬への惚れこみょうは全くもって本物である。馬小屋の雰囲 気、馬の体質、その心づかいまで的確に読みとるほどである。その馬への 愛着がそのま〉その騎手への共感となる。 "1liked him that afternoon  even more than my father."  といい、こんな気持を人聞にたいして抱く のは始めてであった、ともいう。ところが、その優勝馬の騎手である同じ 人物が淫売屋で淫らな姿態をみせ、ほらを吹くのを少年は見聞してしま

う。

Then, all  of a sudden, 1 began to  hate that man. 1 wanted to scream  and rush in  the room and ki11 him. 1 never had such  a feeling before.  1 was so mad clean through that 1 cried and my fists  were doubled up  so my fingernails cut my hands. 41 

この幻滅ぶりは苦悩に近いものであった。それ以後、この少年にとって競 馬の意味が全く違ったものになってしまう。この痛々しい開眼を経た少年 にとって、も早、 「良きもの」がそのま〉良いものとして、素直に受けと 41 Sherwood  Anderson, 1 Want  to  Know Why,"  Understanding 

Fiction, p.  324. 

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米国文学における人生入門の諸相

れなくなるであろう。 ここにイニシェイションの典型的な悲哀がある。

Understanding Fictionの中で、ブ、ルックスとウオレンは、この物語を ヘミングウェイの「殺人者」と例えて、こう結論している。

But  he  discovers that good and bad are  very  intimately  wedded  in  the very nature of a man, and, perhaps more important sti11,  that it  is  man's capacity for choice which makes good and evil meaningful.  42 

ここでの黒人ピ、ルダッドは必ずしも立会人の役割を演じていないが、ア イツャックとサムのような白人と黒人の関連で行きがかり上、持ち出した までである。尚この作者にはジョーツ・ウィラード物以外に、 「俺は馬鹿 だ」、 「卵」、 「女になった男Jなど優れた開眼物語がある。いつもなが

ら、この作者の繊細な感受性には脱帽させられる。

白人の立会人の中でもっとも的確にうち出された人物は、 「赤い小馬」

のピリーであろう。ツョディ少年も「熊」のアイヅャック少年が、サム老 人の指導に徹頭徹尾従ったように、ピリーの立会いの下で成熟すろ。ピリ ーもサム同様、精神的に、叉技術的に奥儀の師伝にふさわしい人物であ

る。

あのどしゃぶりの天候と小馬の死という人取を越えた不可抗力の事態に ついては手落ちもあったが、 「ピリー・パックは物事の判断を誤ることが めったにない」のである。この師伝の手解きで、ヅョディは馬についての 心得、調教など具体的な技術を学んでいく。そして小馬の手術、母馬の犠 牲による小馬の出産という血なまぐさい儀式にこのピリーが立会人となる のである。

ピリーの精神的父親としての役割は、実父カールとの対比で遺憾なく表 現されている。

1

父親は撲のやかましい人だったのそれでツョディは、父

注42 C. Brooks and R. P.  Warren, Understanding  Ficti01I, p.  329. 

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親の言うことは、何事によらず、文句なしに従うのだった」とあるよう に、ジョディにとって実父は実生活における犯すべからず権威であるが、

幾つかの場面で師表たるべき思慮にかけ信任を失うため、被の精神的支柱 たり得ない。

「馬だろうと何んだろうと、生き物が老いぼれてしまうと、みじめな自 にあわない中に殺してやるのが本当だ」と言・って、実父カールがヒターノ をあてこすった時に、ジョディの守り役ピリーは傍からこう口をはさんで・

いる。

i

生れてからずっと働きどうしなんだから、ゆっくり体を休める権 利がある。そこらを、ただぶらぶら歩きまわっていた〈もなるだろう」と。

精神的に独立していて、己の職業にかけては腕前が第一人者であるとい う理組的な男のタイプは、スタインベックの別の作品にもみられる。

i

怒 りの萄葡」のトム、 「気まぐれノてス」のチコ一、二、三の作品にあらわれ る医者などそうである。ヘミングウェイの副人物にも、例えば「武器よさ らば」の軍医リナルディ、ヴァレンティニーなど同じ型の男達がいるの

これまで観てきた例は、野生あるいは野外の式場で行われた千ニシェイ ションが大方だが、それに対して、展内の日蔭で‑行なわれるイニシェイシ ョンの儀は、いかにも陰湿で、壮烈さがみられない。今筆者の念頭にある のはトルーマン・カポートの「遠い問、遠い部屋」とへンリー・ジェイム ズの「教え子」などである。この両者の共通点はこれまでの例に見られな い知性派で、いわば室内型である。それに呼応するかのように、この二つ の作品の立会人が、やはり青白きインテリーで、立会人というよりか、む しろイニシエイションの屈折ぞ己の側lこ引きょせる誘惑者なのである。あ るいは同性愛の薄暗がりへの裏入門の誘導者とでも言いかえょうか。

i

遠・ い部屋」については後段の別市:でふれろので、ここでは「教え子

J

だけに 集中したい。

The miracle for the author of The Pupil"

was when... a doctor of  medicine... happened to speak to me of a wonderful American family, an 

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