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書 評
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書
評
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河内利治﹃黄道周研究﹄
増
田
知
之
本書は、本会副理事長を務められる河内利治
氏による、明末清初の激動期を生きた黄道周に
ついての総合的研究の成果である。
﹃明漳浦黄忠端公全集﹄を縦横に活用して
、
生涯
︵第一章︶
、政治
・軍事や文学等の諸活動
︵第二章︶
、各界の代表的人物との交流︵第三∼
五章︶
、継室の蔡玉︵第六章︶
、書法観︵第七
章︶
、詩書の後世における受容
︵第八章︶など
様々な側面に光を当て、黄道周その人を立体的
に描き出そうとしている
。この総合性こそが
、
本書最大の特徴である。黄道周の詩文を数多取
り上げ、中には詳細な注釈を施し、また関連す
る諸情報をふんだんに盛り込むなど、黄道周に
関する﹁資料集成﹂としての価値も十分に認め
られよう。
本書のさらなる特徴は
、黄道周の位置づけ
が
、﹁異民族支配に屈せず明朝への忠誠を最後
まで貫いた志士﹂
︵六頁︶として
、始終一貫し
ている点である。
﹁忠孝﹂をはじめとして、
﹁人
品﹂の高さを強調する語が、本書の随所に確認
できる。あるいは、かようなゆるぎない黄道周
観を根底に据えて、本書を構成する各研究がい
わば演繹的
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に生み出されてきたかのようにも映
る。しかしその一方で、
黄道周を
﹁無能の忠臣﹂
︵﹁孤臣の死﹂
、﹃頹筆集﹄
︶とみなす福本雅一氏
による一連の研究をはじめ、黄に対して否定的
な見解には概して触れることはない。
本書には、先行研究や史料の取り扱い︵翻訳
を含む︶
、また史料や歴史的事実の分析
・解釈
などにおいて、疑問なしとはできない種種の問
題が存する
。
とくに
、
先行研究の成果
︵就中
、
自説と異なるもの︶を踏まえた多角的・複合的
なより深い考察が不足している点は否めない。
たとえば、第七章第一節において黄道周の書
法観について論じ、各種書論を断片的に取り上
げて
、﹁
遒媚﹂の語が黄道周の
﹁理想とする書
法美﹂であり、かつそれを具備するものとして
王羲之と顔真の書を尊崇したと断じている
。
しかし、先行研究として挙げる劉正成﹁黄道周
書法評伝﹂
︵﹃中国書法全集﹄五六︶は
、黄道周
の書論に加え、その経歴や具体的な書跡をも含
めた総合的検討を通して
、﹁遒媚﹂は王法の否
定、鍾繇の称揚を表明するもの、すなわち﹁二
王書法美学観の否定﹂であったと結論づけてい
る。同じく沙孟海氏も、黄道周が﹁王羲之から
別の道を切り拓き、⋮⋮大胆に鍾繇、索靖を遠
く師と仰いだ﹂と指摘している
︵
三三八頁︶
。
つまり、これら諸氏と著者の解釈は先鋭に対立
しているのであるが、この極めて重大な問題に
ついて本書では一切の言及がない。総合的研究
には
、多領域にわたる総合性はもちろんのこ
と、各領域における事実・言説についての多様
な︵ときには自説と対立する︶分析や解釈を批
判的に止揚し、それらをまとめ上げることも求
められよう。
最後に、清代の黄道周評価について付言して
おきたい。乾隆三十年代末より﹃四庫全書﹄編
纂を背景とした﹁禁書﹂の取締りが本格化する
が
︵黄道周
﹃博物典彙﹄
﹃広百将伝﹄なども対
象︶
、一方で
、弐臣の弾刻とともに明の忠臣を
顕彰し諡を追贈するという﹁珍しい措置﹂が行
われた︵岡本さえ﹃清代禁書の研究﹄
︶。本書第
八章に見えるように、入清後の黄書の刻帖化は
乾隆中期より始まっており、黄道周の評価・受
容には乾隆帝の文化政策が深く関わっていよ
う
。禁書後の道光年間に刊行された
﹃黄全集﹄
の巻首に
、
上記政策を示した乾隆帝の上諭や
﹃欽定勝朝殉節諸臣録﹄序文が
﹁護符﹂のよう
に収載されているのは、実に象徴的である。
書
名
黄道周研究
著
者
河内利治
発
行
二〇二〇年一月
古書院
規
模
A5
判
五四五頁+
96頁+
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