Ⅰ はじめに Ⅱ 行政法の域外適用に関する立法政策上の諸論 点 Ⅲ 個人情報保護法・令和 2 年改正における域外 適用に関する検討 Ⅳ おわりに
Ⅰ はじめに
国内法の域外適用については,刑事法の分野を 中心に議論が行われてきたものの,行政法の域外 適用については,体系的に論じられているとは言 い難い状況にある2)3)。グローバリゼーションの 急速な進展により,ヒト・モノ・カネ・情報が国 境を越えて頻繁にやり取りされるようになり,そ の結果として,独占禁止法,租税法及び個人情報 保護法4)をはじめとした行政法の地理的適用範 囲が論点となる事例が増加している。このような 状況において,行政法の域外適用に関する論点の 体系化は急務である。 個人情報保護法・平成 27 年改正5)により,い わゆる域外適用に関する規定(個人情報保護法 75 条)が新設され,同法の適用範囲が明確化された。 また,同法の令和 2 年改正6)により,その適用 範囲が拡大されることとなった。個人情報保護法 75 条は,行政法の適用範囲を明文において定め る数少ない立法例7)であり,その改正過程にお いて,行政法の域外適用に関する様々な検討事項 が明らかとなった。 本稿は,個人情報保護法・令和 2 年改正の立案 担当者が,行政法の域外適用に関する立法政策上 の諸論点を体系化し(Ⅱ),個人情報保護法・令 和 2 年改正における具体的な検討事項を明らかに するものである(Ⅲ)。Ⅱ 行政法の域外適用に関する立法政策上
の諸論点
1 議論の射程 本稿で議論の対象とする「行政法」とは,国内 法のうち,行政権の行使によって履行を担保され た法及び行政権の行使の手続を定めた法を意味す 1) 平成 23 年財務省入省。財務省国際局,大臣官房総合政 策課,仙台国税局,近江八幡税務署長を経て,令和元年個人情 報保護委員会事務局に出向。現職は財務省大臣官房秘書課課長 補佐。平成 23 年東京大学法学部卒。平成 30 年コロンビア大学 国際公共政策大学院行政学修士課程修了。本稿の内容は筆者の 個人的な見解であり,所属する組織の見解を示すものではない。 2) 中川丈久「行政法の域外適用――国内法にとっての国境 の流動性,および統合的な域外適用論について」神戸法学年報 32 号(2018)173 頁,176 頁は,「行政法一般を念頭においた域 外適用に関する日本法の学説上の議論は,ほぼ完全に欠落して いるといわざるをえない」と論じている。 3) 国際行政法と行政法との関係を整理した論文として,興 津征雄「行政法から見た国際行政法――山本草二の論文を読 む」社会科学研究 69 巻 1 号(2018)5 頁,5-28 頁,興津征雄 「国内法と国際法の境界における行政法の理論的課題」神戸法 学年報 32 号(2018)251 頁,251-255 頁がある。興津は,山本 草二が提唱した国際行政法の概念について,国内法の域外適用 (牴触法説)ととらえる説と,行政の国際協力(国際法説)と とらえる説が併存することを認めている。本稿は,両説の併存 を認めつつ,域外適用をし得る国内法のうち,特に行政法の立 法政策について論じたものである。 4) 「個人情報の保護に関する法律」(平成 15 年法律第 57 号)。 5) 「個人情報の保護に関する法律及び行政手続における特 定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律の一部を 改正する法律」(平成 27 年法律第 65 号)。 6) 「個人情報の保護に関する法律等の一部を改正する法律」 (令和 2 年法律第 44 号)。 7) 他の立法例としては,外国為替及び外国貿易法(昭和 24 年法律第 228 号)5 条がある。行政法の域外適用に関する立法政策上の諸論点
――個人情報保護法・令和 2 年改正の視点から―― 前個人情報保護委員会事務局参事官補佐田 宮 寿 人
1) TAMIYA Hisatoる。言い換えれば,行政実体法及び行政手続法で ある。具体的には,独占禁止法,租税法,個人情 報保護法等をはじめとする法令を含む概念である。 行政法と対応する概念には民事法及び刑事法が あり,国内法は行政法・民事法・刑事法に三分類 することができる8)。もっとも,この三分類には 重複があり,行政法であっても民事法的性質・刑 事法的性質を持つものもある9)。 次に,本稿で議論の対象とする「域外適用」と は,国家の領域外において国内法を適用すること を意味する10)。国内法の地理的適用範囲は国家 の領域内に限られることが原則であるものの,一 定の場合において,国内法は領域外にも適用され る場合がある。このような場面を域外適用という。 以上をまとめると,「行政法の域外適用」とは, 独占禁止法,租税法,個人情報保護法等の行政法 が,国家の領域外においても適用される事象をい う。具体的な場面としては,例えば,外国事業者 が国内にある者の個人情報を取り扱う場合に,国 内法である個人情報保護法が適用される場面が考 えられる。 2 域外適用に関する議論の進展の状況 国内法の域外適用は,現代において直面してい る新たな課題のように考えられるものの,その歴 史は古い。法律という仕組みが発明されて以来, 法律の地理的適用範囲は常に論点であった。例え ば,古代ギリシャの刑事法においては,犯罪地で ある都市に裁判権が認められていた。すなわち, 他の都市の住民であっても,犯罪が行われた地に おける裁判で裁かれていた。いわゆる属地主義の 起源と考えられている11)。 歴史上,属地主義が確立されることとなったの は,ウェストファリア体制による主権国家体制に よる影響が大きい。主権国家体制の確立により, 国家の領域が明確となり,国内法が国家の領域内 で適用される原則が確立した。他方,国内法の立 法趣旨を貫徹するためには,域外の行為に対して も国内法を適用すべき場面が発生し,域外適用の 論点が生じた。 国内法の域外適用の論点は,行政法・民事法・ 刑事法のうち,まず,刑事法の分野に議論の進展 がみられた。1926 年,フランス船籍・ローチュ ス号とトルコ船籍・ボスクルト号が公海上で衝突 し,トルコ人 8 名が死亡した。この事件において, フランス刑法とトルコ刑法のいずれが適用される かが,常設国際司法裁判所において争われた(ロ ーチュス号事件12))。 船はいわゆる「浮かぶ領土」であり,公海上の 船舶は所属国の主権に属する(旗国主義)。ロー チュス号事件においては,船舶という「領土」同 士が衝突したため,事件の管轄がどちらの主権に 属するのかが論点となった。フランス・トルコの 両国は,自国の刑法を他国の船舶にも適用しよう と試みたため,域外適用の論点が生じた。刑事法 の分野においては,このような具体的な刑事事件 の解決の中で,域外適用に関する国際的な法規範 が発見されてきた。 一方,行政法の域外適用については,競争法を 発端として,租税法,貿易管理法,個人情報保護 法をはじめとする分野において,議論が進んでい る。例えば,競争法の域外適用については,1945 年のアルコア事件において,アメリカが従来の判 例を変更し,自国に違法行為の効果が及ぶ場合に は,自国の法を主張できると論じたことに端を発 して,議論が行われるようになった。また,1993 年のハートフォード火災保険会社事件13)では, イギリスに所在する保険会社が,イギリスにおい 8) 中川丈久「行政法による法の実現」長谷部恭男ほか編 『岩波講座・現代法の動態(2 法の実現手法)』(岩波書店, 2014)111-118 頁。 9) 例えば,個人情報保護法の開示請求権(同法 28 条)は, 行政法であると同時に,裁判上の請求権でもあるため民事法的 性質も持つ。また,同法の命令(同法 42 条 2 項及び 3 項)は, 刑事罰によって履行を担保しており,行政法であるとともに刑 事法的性質も持つ。
10) See Robert Jennings & Arthur Watts, Oppenheim’s In -ternational Law Volume 1 457 (9th ed. 1992). 同書のこの部分
を訳出した日本語文献として,小寺彰「国家管轄権の域外適用 の概念分類」山本草二先生古稀記念『国家管轄権――国際法と 国内法』(勁草書房,1998)343 頁,343-367 頁がある。 11) 森下忠『新しい国際刑法』(信山社出版,2002)27-28 頁。 12) 事案の概要について,高島忠義「ローチュス号事件判 決の再検討(1)――『陸の規則』の視点から」法研 71 巻 4 号 (1998)25 頁,30-32 頁。 13) 事案の概要について,経済産業省通商政策局「不公正 貿易報告書 2003 年版」(2003)472 頁。
てカルテルを行ったところ,アメリカ国内で違法 行為の効果が発生したため,アメリカは自国の競 争法を適用し得ると主張した。他国におけるカル テルであってもアメリカが自国の法律を適用でき ると主張した根拠として「効果主義」の考えを主 張した。効果主義とは,違法となる行為の効果が 自国において発生した場合に,自国の国内法を適 用し得るとの主張である。 効果主義は,刑事法における属地主義の延長線 上の概念であると考えられている14)。刑事法に おいては,犯罪が日本国内で行われている限り (国内犯),何人に対しても自国の刑事法が適用さ れることが原則となっている(属地主義)。国内 犯であるといえるためには,構成要件に該当する 行為・結果・因果関係の一部が,国内で発生して いれば足りると解されている(偏在説)15)。刑事 法において,犯罪行為の結果の一部が国内で発生 すれば,自国法を適用することができる以上,競 争法においても,カルテルの効果の一部が国内で 発生すれば,同様に自国法を適用できるという主 張が効果主義の考え方である。このように,行政 法の域外適用が,刑事法の域外適用を敷衍する形 で行われることもあり,相互に連関しながら議論 が進展している。 なお,民事法の域外適用16)については,民事 法において適用される規律は,原則として当事者 の合意によるものであるため(私的自治の原則), 行政法・刑事法ほどは議論になっていないもの の17),民事裁判をいずれの国家で行うかという 点や,裁判所が送達を行う際の手続等について議 論の進展がみられている。 以上をまとめると,行政法・刑事法・民事法の 域外適用のいずれにおいても,主権が競合・抵触 しやすい分野から議論が進展しており,その議論 の深度にはばらつきがある状況である。 3 域外適用の国際法上の理論 域外適用を行う領域が他国の領域に属する場合, いずれの国家の主権が優先されるか,すなわち, いずれの国家の法律が適用されるかが論点となる。 このような場合において,主権相互の矛盾・抵触 の調整の役割を果たすのが国際法である。国際法 において,域外適用の論点は「国家管轄権の域外 適用」の問題として整理されている。国家管轄権 の域外適用とは,「国家が,直接的に又は裁判手 続を通して,外国にいる人,外国にある財産また は外国で発生した事象に自国法を適用する,又は 適用しようとすること」をいう18)。 国家管轄権は,規律管轄権19)と執行管轄権に 二分類することができる20)。規律管轄権とは, 一般法を定立する権能を意味する。規律管轄権が 法規範を定立する権能であるのに対し,執行管轄 14) 小寺彰「独禁法の域外適用・域外執行をめぐる最近の 動向――国際法の観点からの分析と評価」ジュリ 1254 号 (2003)64 頁,67 頁。 15) 刑法において,「この法律は,日本国内において罪を犯 したすべての者に適用する。」(刑法 1 条)と定められており, 刑法の場所的適用範囲の基本原則である属地主義を明らかにし ている。「罪を犯した」とは,犯罪を構成する事実の全部又は 一部が生じたことをいう。すなわち,「犯罪地」が日本国内で あるか否か(国内犯であるか否か)は,犯罪構成事実(実行行 為,結果,因果関係)の一部が日本国内にあるかどうかによっ て決せられることになる。前田雅英『刑法総論講義〔第 5 版〕』 (東京大学出版会,2011)78-79 頁。前田雅英『条解刑法〔第 3 版〕』(弘文堂,2013)2-5 頁。 16) 民事法は私的自治の原則に基づくところ,行政法・刑 事法の域外適用とは性質を異にするため,そもそも「民事法の 域外適用」という言葉があまり使用されていない。中川・前掲 注 2)177-178 頁は,域外適用について,行政法・刑事法・民 事法の統合的なアプローチを提唱している。本稿においても, 民事法であっても,国内法の域外適用一般の議論が妥当する場 面もあるとの立場から,「民事法の域外適用」という言葉を用 いている。 17) 小寺・前掲注 14)65 頁。
18) Jennings & Watts, supra note 10, at 457.
19) 小寺・前掲注 10)345-346 頁は,『リステイトメント第 二版』の定義を引用しつつ,「国家管轄権を規律管轄権と執行 管轄権に区別する。……この分類は,国内憲法上の三権分立の 定義に倣って,議会が行使する権限を規律管轄権,また裁判所 及び行政機関が行使する権限を位置付けているのではない。立 法(legislative)管轄権に替えて規律(prescriptive)管轄権と よぶのはそのためである。」と論じている。本稿における国家 管轄権の分類は,国家管轄権の行使主体に着目した分類ではな く,国家管轄権の機能に着目した分類であり,立法管轄権では なく規律管轄権の訳語を用いる。 20) 杉原高嶺『国際法学講義〔第 2 版〕』(有斐閣,2013) 247 頁は,国家管轄権を,規律(立法)管轄権・執行管轄権・ 裁判管轄権に三分類する。本稿においては,国家管轄権のうち, 執行管轄権については他国の同意なく域外で行使することは許 されない旨の原則を明確化するために,国家管轄権を規律管轄 権と執行管轄権に二分類している。
権は具体的な事象に法規範を適用・執行する権能 である。 ⑴ 執行管轄権の域外適用 国際法において,国家管轄権の機能のうち執行 管轄権の行使は領域内に限定されている。すなわ ち,執行管轄権を他国の同意なく域外で行使する ことは許されないものと解されている21)。執行 管轄権の域内行使の原則は,行政法・刑事法・民 事法といった国内法の分野にかかわらず,国内法 を域外適用する際に一般的に当てはまる共通原則 と考えられている。 例えば,他国の領域内において,領域国政府の 同意なく被疑者の逮捕や家宅捜索等の強制捜査を 行うことは国際法上許されない22)。このような 有形力の行使を伴う公権力の行使については,排 他的統治権たる国家主権を侵害することが明白で あると考えられている。また,外国に犯罪捜査員 を派遣して任意に事情聴取を行うことについても, 事情聴取という行為自体に強制性がなくても,聴 取の結果が刑事裁判において証拠として採用され るなど,権力的行為と不即不離の関係にあるため, 領域国政府の同意なしに行うことは許されないも のと解されている23)。さらに,裁判所による訴 状等の外国への送達についても,単なる物理的な 事実行為ではなく,国家の権限である裁判所の職 権行使に当たり得るため,領域国政府の同意なし に送達を行うことは,原則として国際法上認めら れない24)。 一方で,行政による単なる通知であり,その通 知に法的な効力が伴わないのであれば,外国の領 域に対して行うことも許され得ると解されてい る25)。実際に,我が国において,外国事業者に 対する公示送達を行った場合に,当該外国事業者 に対する公示送達を行った旨の郵便等による通知 が実務上行われている。 執行管轄権の行使に当たる行為の外延は明らか となっていないものの,その行為の権力性の程度 によって判断されているものと考えられる。 ⑵ 規律管轄権の域外適用 規律管轄権の域外適用については,執行管轄権 の域外適用に比べると,分野横断的な共通原則は 確立されていない。それぞれの法分野ごとに,規 律管轄権の域外適用の可否が判断されている状況 である。 規律管轄権の域外適用の可否に関する判断基準 は,国家と規律対象である行為との連関があるこ とが必要であると考えられている26)。連関とは, 規律対象となる行為と国家との関係性であり,例 えば,国家の領域内で行われた行為に自国法を適 用すること(属地主義)や,外国における自国民 が関連する行為に自国法を適用すること(属人主 義)などの考え方が提唱されている(次頁表参照)。 国際法上,最も正当性があると考えられている 連関は属地主義であり,国家が領域内において排 他的統治権を行使することができるという主権国 家の原則に由来している。 規律管轄権の域外適用が肯定される連関の程度 については,明確な基準があるわけではなく,法 の適用の予見ができるかどうかという観点から, 各国が類似する法令においてどのような基準を適 用しているかが重要と考えられている27)。 行政法には,独占禁止法,租税法,個人情報保 護法をはじめとする様々な分野があり,ある分野 で認められている適用範囲が,直ちに他の分野で 認められることとはならない。 したがって,行政法の域外適用に関する立法を 行う際には,各国のなるべく類似する法令の適用 範囲が重要となる。すなわち,個人情報保護法制 を検討するためには,各国の個人情報保護法制が どのような適用範囲を定めているかが重要となる。 もっとも,行政法・刑事法・民事法の域外適用 が相互に関連しながら議論されてきたことを踏ま えると,関連性のある限りにおいて,内外の他法 令を参照することも有益である。 21) 小寺・前掲注 10)344-345 頁,361 頁。 22) 小松一郎『実践国際法』(信山社,2011)33 頁。 23) 小松・前掲注 22)34 頁。 24) 小松・前掲注 22)33-34 頁。 25) 石黒一憲『現代国際私法(上)』(東京大学出版会, 1986)230 頁は,他国で行われる行為の実力行使性に着目すべ きと論じている。 26) 高島忠義「ローチュス号事件判決の再検討(2・完)―― 『陸の規則』の視点から」法研 71 巻 5 号(1998)31 頁,40-41 頁。 27) 小寺・前掲注 14)65 頁。
以上をまとめると,国際法上,国家管轄権の域 外適用については,条約や国際慣習法が存しない 限り,以下のように理解されている。 まず,国家管轄権のうち執行管轄権の行使につ いては属地主義が原則であり,域外における権力 的行為は許されてない。一方で,規律管轄権の域 外適用については,執行管轄権よりも広く認めら れており,国家と規律対象である行為との連関が あれば,国際法上,許容され得るものと考えられ ている。 4 域外適用に関する立法政策上の検討事項 域外適用に関する立法を行う際に,国際法上の 整合性に加えて,さらに検討が必要な事項がある。 ⑴ 実 効 性 一つは実効性の観点である。仮に,ある国内法 について域外適用することが国際法上許容され得 るとしても,実際に法を適用・執行するには,困 難を伴うことが多い。例えば,ある国内法に違反 した者に刑事罰を科す立法措置を行ったとしても, 実際に刑事裁判を行うためには,被告人の身柄の 確保が必要である。したがって,違反行為を行っ た者が外国にいる場合は,その身柄の引渡しを受 ける必要がある。 しかし,日本は,犯罪人引渡し条約をアメリ カ・韓国の 2 か国としか締結していない。また, 犯罪人引渡しの対象となる犯罪は一定以上の重罪 に限られており,かつ,双方の国家において罰せ られること(双罰性)が要件となっているため, 行政法に違反した者の引渡しを要求することは困 難であることが想定される。 よって,域外適用の実効性を担保するためには, そもそも刑事罰が適用できるか,また,適用が可 能である場合には執行が可能であるか,執行が困 難な場合にはどのような実効性担保措置があるか について検討が必要である。 行政法のうち,業法のように許可制や免許制を 採っている制度においては,刑事罰による実効性 の確保のほか,違反行為があった場合に許可や免 許を取り消すことによって,外国事業者への実効 性を担保している例がみられる。他の実効性確保 の手段としては,外国政府との執行協力によって, 自国の政府が自ら行政処分を行うのではなく,外 国の政府に情報を提供し,外国政府に法の執行を 委ねるという手段もあり得る。 行政法の分野ごとに,実効性の確保のために採 り得る手段も異なるものの,域外適用に関する立 法措置を講じる際は,検討しなければならない事 項の一つである。 ⑵ 外交関係 域外適用に関する立法政策上のもう一つの検討 事項として,外交関係への影響がある。諸外国が 域外適用を抑制している分野において,自国が積 極的な域外適用を行うような場合には,外交上の 摩擦が生じるリスクに留意する必要がある。例え ば,競争法の域外適用の場面において,アメリカ 定 義 例 属地主義 国家の領域内で行われた行為に自国法を適用。 行為の開始地が自国である場合を主観的属地主義,行為の対象地が自国であ る場合を客観的属地主義という。 「国内犯」(刑法1条) 属人主義 外国における自国民が関連する行為に自国法を適用。 行為者が自国民である場合を積極的属人主義,行為の対象者が自国民である 場合を消極的属人主義という。 「国民の国外犯」(刑法3 条),「国民以外の者の国外 犯」(刑法3条の2) 保護主義 国家の重要な利益を保護するため,これを侵害する外国人が外国で行った行 為に対しても,自国法を適用。 「すべての者の国外犯」(刑 法2条) 普遍主義 国際社会の重要な利益を保護するため,外国人が外国で行った行為に対して, いかなる国でも自国法を適用可能。 海賊行為(国連海洋法条約 105 条) 効果主義 外国人が外国で行った行為に対して,その行為の効果が自国に及ぶ場合に自国法を適用。 米国反トラスト法 表 国家と規律対象である行為との連関について
の積極的な域外適用は,欧州や我が国との外交上 の摩擦を招いた。 また,外交関係の相互主義的な性質から,自国 において域外適用することとした国内法について は,他国からも域外適用を受ける可能性を想定す る必要がある。国際法上,規律管轄権や執行管轄 権の観点から域外適用が許容されるとしても,謙 抑主義28)の観点から,自国の域外適用の範囲を 限定し,国際礼譲を優先するという外交上の戦略 もあり得るところであり,国際情勢に応じて外交 上の得失を検討する必要がある。 以上,Ⅱで論じた,行政法の域外適用に係る立 法作業を行う際の検討事項をまとめると,下表の ようになる。 行政法の域外適用に係る立法作業を行う際の 検討事項 ① 規律管轄権の観点 ・ 規律が条約や国際慣習法と整合的であるか。 ・ 規律が過度でないか。規律する事象と自国にど のような連関があるか。他国がどのような基準 を採用しているか。 ・ 類似する国内他法令がどのような基準を採用し ているか。 ② 執行管轄権の観点 ・ 規律を執行する際に,他国の領域において,他 国の同意のない執行管轄権の行使は生じないか。 ③ 実効性の観点 ・ 実際に規律を執行することが可能か。 ④ 外交関係の観点 ・ 謙抑主義・相互主義の観点から,自国が域外適 用を行うことが得策か。
Ⅲ 個人情報保護法・令和 2 年改正におけ
る域外適用に関する検討
Ⅲにおいては,まず,個人情報保護法・令和 2 年改正における域外適用に関する改正の背景・概 要について説明する。その後,Ⅱにおいて論じた 行政法の域外適用に係る立法作業を行う際の検討 事項の枠組みに基づいて,個人情報保護法・令和 2 年改正において,具体的にどのような検討が行 われたのかを明らかにする。 1 改正の背景・概要 個人情報保護法・平成 27 年改正により,いわ ゆる域外適用に関する規定(同法 75 条)が設けら れ,同法の適用範囲が明確化された29)。 令和 2 年改正前の個人情報保護法 75 条の規定 は,国内にある者を本人とする個人情報等を外国 において取り扱う場合において,一定の要件を満 たした場合に,日本の個人情報保護法の一部の規 定が適用されることを定めたものである。同条に おいては,外国における個人情報等の取扱いに対 して,個人情報保護法のうち一部の規定のみが適 用されることとなっていた。その結果,域外適用 の対象となる事業者に行使できる個人情報保護委 員会(以下「委員会」という。)の権限は,指導及 び助言や勧告のような強制力を伴わない権限にと どまっており,報告徴収及び立入検査や命令を行 うことはできないこととされていた30)。令和 2 年改正前の個人情報保護法 75 条の規定は,委員 会の権限が限定されているため,外国における漏 えい等の事案に対して,委員会が適切に対処でき ないおそれがあった。また,法の規定が適用され る者が限定されているため,国内の事業者と外国 の事業者との間で公平に法が適用されないとの指 28) 我が国の国内法において,謙抑的な立法を行っている 例として,医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確 保等に関する法律(昭和 35 年法律第 145 号)23 条の 16 第 2 項においては,国内にある登録認証機関に対しては厚生労働大 臣が罰則によって担保された命令を行うことができる一方で, 外国にある登録認証機関に対しては罰則によって担保されない 請求を行うことができることとされている。このように,命令 を請求と読み替える立法例は,他の行政法にもみられる。請求 に読み替える立法例においては,登録制・許可制が採用されて いることが多く,請求に従わない場合は,登録や許可を取り消 すことによって,規制の実効性を担保している。 29) 平成 27 年改正における域外適用の論点について,宇賀 克也「グローバル化と個人情報保護――立法管轄権を中心とし て」小早川光郎先生古稀記念『現代行政法の構造と展開』(有 斐閣,2016)127 頁,127-149 頁参照。摘があった。 そこで,令和 2 年改正により,域外適用の対象 となる個人情報保護法の規定の範囲を拡大して同 法全体とし,委員会に,域外適用の対象となる事 業者に対する報告徴収及び立入検査並びに命令を 行う権限を付与することとすること等の改正が行 われた31)。 2 規律管轄権の観点 外国における個人情報等の取扱いに対して,委 員会が個人情報保護法に基づき罰則によって担保 された報告徴収及び命令のような行政処分を行う ことを可能とする立法措置が許されるか,規律管 轄権の域外適用の可否が国際法の観点から論点と なる。規律管轄権を域外適用するためには,国家 と規律対象である行為との連関が必要であるとさ れており,諸外国がどのような法制を採用してい るかが重要である。また,国内の他の行政法にお いて,どのような立法が行われているかも考慮す る必要がある。 ⑴ 諸外国の個人情報保護法制 EU の GDPR においては,EU 域内にある者の 個人情報の取扱いが,EU 域外で行われる場合で あっても,一定の要件を満たす場合は,GDPR の規律が及ぶこととされている32)。 また,米国の連邦取引委員会法においては,米 国における損害が発生し得ることを合理的に予見 できる場合等の一定の要件を満たす場合について は,米国域外の行為にも米国法が適用されること とされている。すなわち,米国内で行われた行為 でなくても,当該行為の効果が米国に及びさえす れば米国と規律対象との連関を認めている33)。 EU も米国もともに属地主義に基づきつつ,客 観的属地主義,消極的属人主義及び効果主義等の 考え方を加味して,域外における個人情報の取扱 いについても,規律管轄権を行使している34)。 また,EU も米国も,外国事業者に対する強制力 を伴った権限の行使を排除していない35)。 以上のことから,諸外国における個人情報保護 法制においては,国内への物品又は役務の提供等 を要件としつつ,外国事業者に対して強制力を伴 う措置を許容する立法が行われている例があると いえる。 したがって,我が国が個人情報保護法に基づき, 外国事業者に対して,罰則によって担保された報 告徴収及び命令のような行政処分を行うことを可 30) 令和 2 年改正前の個人情報保護法 75 条は,「第 15 条, 第 16 条,第 18 条(第 2 項を除く。),第 19 条から第 25 条まで, 第 27 条から第 36 条まで,第 41 条,第 42 条第 1 項,第 43 条 及び次条の規定は,国内にある者に対する物品又は役務の提供 に関連してその者を本人とする個人情報を取得した個人情報取 扱事業者が,外国において当該個人情報又は当該個人情報を用 いて作成した匿名加工情報を取り扱う場合についても,適用す る。」と定めており,域外適用される条文が限定列挙され,報 告徴収(同法 40 条 1 項)及び命令(同法 42 条 2 項・3 項)等 は域外適用の対象から除外されていた。 31) 令和 2 年改正後の個人情報保護法 75 条は,「この法律 は,個人情報取扱事業者等が,国内にある者に対する物品又は 役務の提供に関連して,国内にある者を本人とする個人情報, 当該個人情報として取得されることとなる個人関連情報又は当 該個人情報を用いて作成された仮名加工情報若しくは匿名加工 情報を,外国において取り扱う場合についても,適用する。」 と定め,個人情報保護法の全ての規定が域外適用の対象となる こととなった。 32) GDPR 第 3 条 第 2 項 に つ い て,EU は「 標 的 基 準 」 (targeting criteria) として解説しているものの,「標的基準」と は国際法上の概念ではない。 (参考)GDPR 第 3 条(個人情報保護委員会仮訳) 1.本規則は,その取扱いが EU 域内で行われるものである か否かを問わず,EU 域内の管理者又は処理者の拠点の活動 の過程における個人データの取扱いに適用される。 2.取扱活動が以下と関連する場合,本規則は,EU 域内に 拠点のない管理者又は処理者による EU 域内のデータ主体の 個人データの取扱いに適用される: (a)データ主体の支払いが要求されるか否かを問わず,EU 域内のデータ主体に対する物品又はサービスの提供。又は (b)データ主体の行動が EU 域内で行われるものである限り, その行動の監視。 3.(略) 33) 連邦取引委員会法第 5 条(a)において,「不公正又は欺 瞞的な行為又は慣行(unfair or deceptive acts or practices)」 が禁止されており,「不公正又は欺瞞的な行為又は慣行」には, (1)米国内において合理的に予見できる損害を引き起こし,又 は引き起こすおそれのある外国通商に関連する行為又は慣行及 び(2)米国内で行われた重要な行動(material conduct)に関 連する外国通商に関連する行為又は慣行が含まれると定められ ている。
34) Mistale Taylor, Permissions and Prohibitions in Data Protection Jurisdiction, Brussels Privacy Hub Working Paper
Volume 2, 24(2016) は,GDPR が,主観的属地主義,客観的属
地主義,消極的属人主義,効果主義のいずれか,あるいはその 組み合わせであると分析している。
35) 例えば,EU においては,EU 域外に対して GDPR に 基づく課徴金納付命令を執行した事例がある。
能とする立法措置を採ったとしても,国際法上許 容され得るものと考えられる。 ⑵ 国内の他法令における立法例 委員会による報告徴収及び命令については,刑 事罰により担保される行政処分であるところ(令 和 2 年改正後の個人情報保護法 83 条及び 85 条 1 号), 外国事業者を対象とした行政処分を許容する立法 例があるか,我が国の法制上可能であるかが論点 となる。 この点,例えば,外為法36)27 条 10 項の規定 により,財務大臣等は,国の安全等に係る対内直 接投資等について,外国の事業者に対して中止命 令等をすることができ,その命令に違反した者は, 刑事罰(同法 70 条 1 項 25 号)の対象とされてい る37)。 このように,外国事業者に対する報告徴収及び 命令等の行政処分については,他の行政法におい て立法例があり,我が国の法制上も許容されてい るものと考えられる。 3 執行管轄権の観点 令和 2 年改正後の個人情報保護法 75 条の規定 により,外国事業者に対しても,委員会による立 入検査,報告徴収及び命令が可能となるところ, 執行に当たって,他国の執行管轄権を侵害するこ ととならないかが論点となる。 ⑴ 外国事業者に対する立入検査 外国において立入検査を実施することは,執行 管轄権の行使に当たり,外国の執行管轄権を侵害 するおそれがあるため,領域国政府の同意なしに 行うことは許されない。 したがって,外国事業者に対する立入検査の執 行に当たっては,立入検査を実施する場所が外国 の領域内である場合には,当該外国の同意を得る 必要があるという点に留意が必要である。 なお,外国事業者が国内に有する営業所や事業 所等に対する立入検査については,日本の領域内 における執行管轄権の行使に当たり,他国の主権 を侵害することにはならない。 ⑵ 外国事業者に対する報告徴収及び命令 委員会が外国事業者に対して報告徴収及び命令 を行う際に,他国の執行管轄権を侵害することと ならないかが論点となる。 報告徴収及び命令は行政処分であるところ,行 政処分は,意思表示の一般原則に従い,行政庁の 内部的意思決定が外部に表示されることによって 成立し,特別の規定のない限り,処分が相手方に 告知され又は到達したときに,相手方に対して効 力を生ずる38)。 行政処分の相手方への告知については,実務上, 書面によって行われていることが多く39),外国 事業者に対して報告徴収及び命令を行う際に,そ の行政処分に関する書面を送付する行為が外国の 領域で行われる場合には,外国の執行管轄権を侵 害するおそれがある40)。 行政上の文書の送達については,国際法上の整 理が確立していない41)。現時点の有力説42)とし ては,他国の執行管轄権を侵害することとなる行 36) 外国為替及び外国貿易法(昭和 24 年法律第 228 号)。 37) 平成 20 年 5 月 13 日,政府は,外為法 27 条 10 項に基 づき,英国系ファンドに対して,国内の発送電事業者の株式の 取得の中止を命令した。 38) 小早川光郎『論点体系 判例行政法 1』(第一法規, 2017)176 頁。 39) 行政手続法(平成 5 年法律第 88 号)上,行政処分自体 を書面によって通知する必要はないものの,不利益処分を行う 前に行う必要がある聴聞又は弁明の機会の付与については,書 面による通知が必要となっている。 40) 村上政博編集代表『条解独占禁止法』(弘文堂,2014) 763 頁[亀田康次=大野志保]が示すように,平成 14 年改正 前の独占禁止法において,公正取引委員会が域外適用を検討す る際に障壁となっていたのが,手続規定の欠缺であった。すな わち,改正前の独占禁止法が,外国における送達(民事訴訟法 108 条)及び公示送達(民事訴訟法 110 条から 113 条まで)の 規定を準用しておらず,外国事業者に対して,審判開始決定書 の謄本を送達できなかったことによって,独占禁止法の域外適 用が十分にできていなかった。 41) 司法上の文書(訴状等)の送達については,国家の権 限である裁判所の権限行使に当たるものとして,他国の同意が ない限り,原則として行ってはならないことが,国際法上確立 している。司法上の文書の送達については,条約等による解決 が図られており,日本は,「民事又は商事に関する裁判上及び 裁判外の文書の外国における送達及び告知に関する条約」(い わゆる送達条約)及び「民事訴訟手続に関する条約」(いわゆ る民訴条約)に加盟している。 42) 他方,反対説として,例えば,石黒・前掲注 25)222-227 頁は,付郵便送達などの擬制的な国外送達などによって, 外国に文書を送達することは他国の主権を侵害するものではな く,民事・刑事あるいは行政事件を区別して論ずる必要はない と解している。
政上の文書の送達とは,それによって特定の法的 効果を発生させ,又は,公権力の行使を進行させ る意味を持つものと解されている43)44)。 委員会が外国事業者に対して報告徴収や命令を 行うための文書は,その到達によって,相手方に 対して行政処分の法的効果が発生するものである ため,外国政府の同意なく送達を行うと執行管轄 権を侵害するおそれがある。 そこで,令和 2 年改正後の個人情報保護法に基 づいて,外国事業者に報告徴収及び命令を執行す る際には,独占禁止法等に倣い45),書類の送達 に関する手続規定を設けることとしている46)。 したがって,外国へ送達を行う際は,在外領事等 が外交ルートを通じて相手国の合意を得た上で, 在外者に書類を送達することが原則となり,他国 の同意を得たうえで送達を行うこととなるので, 他国の執行管轄権を侵害することとはならない (新法47)58 条の 3 において読み替えて準用する民事 訴訟法 108 条)。 また,外国政府が送達に同意しない場合等,外 国への送達が困難な場合は,公示送達によって外 国への送達を行うことが可能となる(新法 58 条の 4 第 1 項)。公示送達は,個人情報保護委員会の掲 示場に掲示することによって行われるため,外国 における送達は行われず,外国の執行管轄権を侵 害しないこととなる48)。 ⑶ 国内の他法令における外国事業者に対する 執行事例 国内の他の行政法の外国事業者に対する執行事 例をみると,独占禁止法49)7 条の 2 第 1 項等, 景品表示法50)7 条 1 項等の規定による行政処分 について,現に外国事業者に対して執行が行われ ている51)。 例えば,独占禁止法の執行事例については,外 国事業者を含む事業者らが,テレビ用ブラウン管 の販売価格に関して国外で合意をすることにより, 独占禁止法 2 条 6 項の「不当な取引制限」(価格 カルテル)をしたことを理由として,公正取引委 員会は,外国事業者らに対して,同法 7 条の 2 第 1 項に基づく課徴金納付命令を発した。 当該課徴金納付命令について,最高裁52)は 「本件合意は,日本国外で合意されたものではあ るものの,我が国の自由競争経済秩序を侵害する ものといえるから,本件合意を行った上告人に対 し,我が国の独禁法の課徴金納付命令に関する規 定の適用があるものと解するのが相当である」旨 を判示しており,外国における行為に対して,国 内法を適用して行政処分を行うことを是認してい る。 43) 他方,単なる事実行為として行われる「通知」は,外 国の領域において行われたとしても執行管轄権の侵害には当た らないと解されている。小寺・前掲注 14)71 頁。 44) 行政文書の外国への送達についての国際法上の諸論点 については,長坂光弘「国際化に伴う滞納整理上の諸問題」税 務大学校論叢 46 巻(2004)337 頁,337-486 頁参照。 45) 民事訴訟法(平成 8 年法律第 109 号)108 条において は,領事送達の方法が定められており,日本の在外領事等が外 交ルートを通じて相手国の合意を得た上で,在外者に書類を送 達することとしている。私的独占の禁止及び公正取引の確保に 関する法律(昭和 22 年法律第 54 号)が民事訴訟法を準用して いるため,公正取引委員会が課徴金納付命令等を送達する場合 は領事送達によって,在外者への書類送達を実施することとな っている。独占禁止法の外国事業者への執行について,川合弘 造「独占禁止法の海外企業・外国人への執行と課題」西村利郎 先生追悼『グローバリゼーションの中の日本法』(商事法務, 2008 年)461-500 頁。 46) 具体的には,令和 2 年改正後の個人情報保護法 58 条の 2 において,委員会が勧告や命令等を行う際は送達によって行 うこととし,同法 58 条の 3 において,送達については民事訴 訟法の規定を準用することとしている。また,同法 58 条の 4 において,公示送達に関する定めを置いている。なお,同法 58 条の 5 は,電子情報処理組織を使用して行った際の手続規 定である。 47) 以下,令和 2 年改正後の個人情報保護法を単に「新法」 という。また,令和 2 年改正前の個人情報保護法を単に「法」 という(令和 2 年改正に関係する事項がない規定を含む)。 48) 小寺彰「執行管轄権の域外行使:問題の整理――競争 法・租税法上の送達手続を中心にして」『小寺彰先生論文集: 追悼文集』(トラスト未来フォーラム,2014)208-209 頁。 49) 私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(昭 和 22 年法律第 54 号)。 50) 不当景品類及び不当表示防止法(昭和 37 年法律第 134 号)。 51) 消費者庁は,平成 30 年 1 月 26 日,本店所在地が中国 である外国事業者について,景品表示法に違反する行為(同法 5 条 2 号〔有利誤認〕に該当)が認められたことから,同法 7 条 1 項の規定に基づき,措置命令(平 30・1・26 消表対第 54 号)を行った。 52) 最三小判平成 29 年 12 月 12 日民集 71 巻 10 号 1958 頁。
4 実効性の観点 ⑴ 刑事罰の適用 令和 2 年改正により,新法 75 条の要件を満た す場合には,外国における個人情報等の取扱いに ついても,委員会による報告徴収及び命令の対象 となる。委員会による報告徴収及び命令について は,刑事罰(新法 83 条及び 85 条 1 号)によって担 保されているところ,国外犯規定を設けることと していないことから,これらの規定について,ど のような場合に国内犯が成立し得るかが論点とな る。 そもそも,国内犯であるか否か(犯罪地が日本 国内であるか否か)は,犯罪構成事実(実行行為, 結果,因果関係)の一部が日本国内にあるかどう かによって決せられることになる53)。 この点,結果に着目すると,法益侵害又はその 危険が国内で発生している場合には,国内犯とし て我が国刑法の適用が可能となる54)。 以下,それぞれの規定について,外国における 行為について,国内犯が成立し得る場合について 検討する。 ア . 新 法 83 条( 命 令〔 法 42 条 2 項 及 び 3 項 〕 違 反)の罪 委員会による命令(法 42 条 2 項及び 3 項)につ いては,命令の要件として「個人の重大な権利利 益の侵害が切迫していると認めるとき」(同条第 2 項),「個人の重大な権利利益を害する事実がある ため緊急に措置をとる必要があると認めるとき」 (同条 3 項)が定められており,個人の権利利益 の侵害又はその危険の発生が要件となっている。 新法 83 条において,命令違反の罪について 「命令に違反した」ことを構成要件として定めて いるところ,法益侵害の具体的な危険の発生が要 件となっていないため,本罪は個人の権利利益を 保護法益とする抽象的危険犯に分類されるものと 考えられる。 域外適用の対象となる外国の事業者は,国内に ある者の個人情報等を取り扱っているため,命令 に違反した場合は,国内にある者の個人の権利利 益が侵害される危険があるところ,結果の一部が 国内で発生していると評価できる場合が多く,国 内犯として刑事罰の対象となり得るものと考えら れる55)。 イ .新法 85 条(検査忌避等〔法 40 条 1 項及び 56 条〕)の罪 新 法 85 条( 検 査 忌 避 等〔 法 40 条 1 項 及 び 56 条〕)の罪は,当局の監督の円滑な執行という国 家的法益に対する抽象的危険犯に分類される56)。 したがって,報告義務に違反があるときは,そ れが外国の事業者によるものであっても,当局の 監督の円滑な執行を害するという危険が国内で発 生することとなるところ,結果の一部が国内で発 生していると評価できる場合が多く,国内犯とし て刑事罰の対象となり得るものと考えられる。 このように,外国事業者による報告徴収及び命 令の罪について,国内犯として成立する余地があ るものと考えられるものの,他の法令において, 外国事業者に対する行政処分を国内犯として刑事 罰を適用した実際の事例はなく,判例も存在して いないことから57),今後の執行事例を注視する 必要がある。 なお,Ⅱ 4 ⑴において言及したとおり,外国 事業者に対して刑事罰が適用可能であっても,外 国に存する者の引渡し等,刑事罰を執行するため には,困難が予想されることから,刑事罰だけで なく,他の実効性確保の手段も併せて検討する必 要がある。 ⑵ 委員会の命令に違反した場合の公表 外国事業者に対する実効力確保の手段の一つと 53) 前田・前掲注 15)刑法総論講義 78-79 頁。 54) 山口厚「『刑法の場所的適用範囲』論再考」『経済犯罪 に関する諸問題(トラスト 60 研究叢書)』(1999)35 頁,45 頁。 55) 刑法における犯罪地の論点について,城祐一郎『現代 国際刑事法――国内刑事法との協働を中心として』(成文堂, 2018)11-13 頁参照。 56) 独占禁止法における同様の罪について,同法上の手続 の適正を担保し,行政調査の実効性を確保するための罪である とし,同様の解釈をとる(丹宗暁信=岸井大太郎『独占禁止手 続法』(有斐閣,2002)309-310 頁,根岸哲編『注釈独占禁止 法』(有斐閣,2009)831 頁[佐伯仁志])。 57) 独占禁止法のブラウン管事件については,外国事業者 に対する公正取引委員会による行政処分の有効性が争われた事 案であったものの,刑事事件ではない。
して,事案の制裁的な公表が考えられる。特に, 全世界的に事業を展開する外国事業者にとっては, 法令違反が公表されることによるレピュテーショ ンに対する不利益は大きいものと考えられる。 新法においては,委員会による命令に個人情報 取扱事業者等が違反した場合は,国民に対する情 報提供を行うことにより,当該個人情報取扱事業 者等による個人の権利利益の侵害を防止するとと もに,命令違反に対する一定の抑止効果を期待し て,委員会がその旨を公表できる旨が定められて いる(新法 42 条 4 項)。 この点,事案の公表については,平成 15 年の 法制定時には,法 8 条に基づく国の国民に対して の情報提供措置として行い得るものと整理されて いた58)。 命令違反の公表については,当該個人情報取扱 事業者等の社会的信用を低下させる可能性がある ことから,命令違反に対する一定の抑止効果が期 待できる一方で,法的根拠を明確化する必要があ るものと考えられる59)。 そこで,令和 2 年改正により,新法 42 条 4 項 を新設することとし,命令違反があった場合に, 委員会がその旨を公表することができることが明 確化されている60)。 ⑶ 執行協力 他の実効性確保手段として,外国当局との執行 協力が考えられる。我が国の個人情報保護法制に 違反する行為については,他国の個人情報保護法 制においても規制の対象となっている可能性が高 く,外国当局の執行を通じてその是正を図ること が期待できる。 個人情報保護法においては,平成 27 年改正に より,外国当局との執行協力に関する規定(法 78 条)が定められている。同条の規定により,委員 会は,外国執行当局に対して,情報提供を行うこ とができることとされている。 平成 27 年改正法施行以降,委員会は外国当局 と緊密な連携を取りながら,外国事業者に対する 円滑な執行を行ってきたところであり,今後も引 き続き,執行協力による実効性の確保が重要であ る。 ⑷ 国内における代理人の設置 他の実効性確保措置としては,外国事業者に対 する国内における代理人の設置の義務付けが考え られる。 この点,令和 2 年改正においては,域外適用の 対象となる外国事業者に対し,国内で代理人を選 任させることを事前一律に義務付けることについ ては,措置しないこととしている61)62)。 他方,委員会は,個人情報取扱事業者等に対し, 個人情報の取扱いに関し必要な指導及び助言(法 41 条)をすることができることとされており,報 告徴収(法 40 条)等の監督権限を実効的に行使 し,円滑かつ迅速に執行を行うため必要と認める 場合には,個別の事案において,委員会との連絡 窓口となる者を国内に選任するよう指導・助言す 58) 平成 15 年個人情報保護法制定時法制局資料には,「他 の立法においては,勧告等に従わなかったとき,その旨を公表 することができる旨の規定を置いている例がある。本法の運用 においては,個人情報取扱事業者が勧告に従わなかったとき, 制裁的な意味でその旨を公表することは予定していない。ただ し,国民に対する情報提供の観点から,特定の個人情報取扱事 業者が本法の義務違反状態にあることについて公表を行うこと はあり得るものと考えられる。この場合,第 8 条に基づく国の 国民に対しての情報提供措置と位置付けられる。」と記載され ている。 59) なお,職業安定法(昭和 22 年法律第 141 号)において も,同法 48 条の 3 第 3 項の規定により,厚生労働大臣は,そ の命令を受けた者がこれに従わなかったとき,その旨を公表す ることができることとされている。 60) 令和 2 年個人情報保護法改正時法制局資料には,「命令 違反の公表については,当該個人情報取扱事業者等の社会的信 用を低下させる可能性があることから,命令違反に対する一定 の抑止効果が期待できる一方で,法的根拠を明確化する必要が あるものと考えられる。」と記載されている。 61) GDPR においては,EU 域内に拠点を有さない事業者 が,EU にある者の個人データ(個人情報に相当)を取り扱う ときは,EU 域内に代理人を選任することが原則として義務付 けられている。EU における代理人は,データ主体(個人情報 によって識別される本人に相当)との連絡だけでなく,監督当 局と迅速に連絡・調整をする機能も重視されている。なお, GDPR の代理人については,代理人が義務を怠った場合,代 理人に対しても課徴金などのペナルティが執行され得ることと されているものの,実際に代理人に対して課徴金が執行された 事例は,現時点では把握されていない。GDPR における代理 人の実効性について,引き続き注視する必要がある。 62) なお,国内他法令において,国内における代理人や管 理人の選任を義務付けている例としては,国税通則法(昭和 37 年法律第 66 号)上の納税管理人,特許法(昭和 34 年法律 第 121 号)上の特許管理人,農薬取締法(昭和 23 年法律第 82 号)上の国内管理人,会社法(平成 17 年法律第 86 号)上の日 本における代表者等の例がある。
ることがあり得るものと考えられる。 また,個人情報取扱事業者は,法 20 条の規定 により安全管理措置義務として漏えい等の事案に 対応する体制を整備する必要があることから,実 際に漏えい等が発生している場合において,委員 会と緊密に連絡をとりながら事態に対処させる必 要があるときは,委員会との連絡窓口となる者を 国内に選任するよう委員会が命ずることもあり得 るものと考えられる。 このような事後的な国内における代理人の選任 によって,委員会による監督の実効性を確保して いくことが予定されている。 5 外交関係の観点 令和 2 年改正前の個人情報保護法 75 条の規定 は,当該規定が GDPR 施行前の平成 27 年に立法 されたこともあり,外国事業者に対して適用され る規定が限定的に列挙されるなど,謙抑的な規定 となっていた63)。 現在の各国の個人情報保護法制についてみると, GDPR の地理的適用範囲に関する規定を参考に, 各国の個人情報保護法制において,自国の国内法 を適用する立法例がみられている64)。 各国の立法例をみると,外国事業者に対して, 強制的な措置を除外する立法措置は見当たらず, 令和 2 年改正前の我が国の個人情報保護法は,他 国の個人情報保護法制に比して,相当程度,謙抑 的な規定となっていたものと考えられる。 したがって,令和 2 年改正により,個人情報保 護法を一定の要件のもと,外国事業者に対して適 用することとしても,諸外国と外交関係上の摩擦 が生じるとは考えにくく,域外適用の範囲を諸外 国並みに拡大することが適当であると考えられる。 なお,我が国が国際法を遵守するという立場は 不変であり,新法 78 条の 2 において,「この法律 の施行に当たっては,我が国が締結した条約その 他の国際約束の誠実な履行を妨げることがないよ う留意するとともに,確立された国際法規を遵守 しなければならない」とする旨の規定を入念的に 設けている65)。 我が国が率先して国際法を遵守することは,外 国当局との無用な混乱を回避するために有益であ り,また,将来,仮に外国政府が,我が国の事業 者に対して,個人情報保護法制の不当な域外適用 を行った場合の抗弁事由となるものと考えられる。