東 北 家 畜 臨 床 研 報No.12,39∼41(1989) 〈予 報 〉
牛 の 卵 巣 静 止 お よ び 鈍 性 発 情 ・微 弱 発 情 に
対 す る ク エ ン酸 ク ロ ミフ ェ ンの 投 与 効 果
梶 田
満 ・畑 山
諭 ・菅 野 芳 男 ・佐 藤 尚 樹
高 橋 克 仁 ・石 川 則 彦 ・佐 竹 寿 弘
宮城県農業共済組合連合会
迫 家畜診療所a)
要 約 黒 毛 和 種 牛 の繁 殖 障 害 に対 す る クエ ン酸 ク ロ ミ フ ェ ン投 与 の 効 果 を検 討 す る 目的 で 、 稟 告 お よび 臨床 検 査 に よ り卵 巣 静 止 と診 断 され た13頭(I群)、 鈍 性 発 情 ・排 卵 を伴 う微 弱 発 情 と診 断 され た 14頭(II群)に 本 薬 剤100mgを5日 間 、連 日経 口投 与 した 。 そ の 結 果 、I群 では13頭 中6頭 で 投 与 後7∼ 15日 に 、微 弱 ま た は 明瞭 な発 情 が発 現 し、 こ の時 の人 工授 精 で4頭 が 受 胎 した。 よ って クエ ン酸 ク ロ ミ フェ ンは 牛 の繁 殖 障 害 に応 用 可 能 で あ る こ とが 示 唆 され た 。 分 娩 後 の 卵 巣静 止 に よ る無 発 情 、 あ る い は鈍 性 発 情 ・ 微 弱 発 情 な どの 異常 発 情 の発 生 は、 空 胎 期 間 が延 長 す る 主 要 な 要 因 で あ り、 これ らに よ る経 済 的 損 失 は きわ め て 大 きい 。 現 在 、 牛 に お け る これ らの繁 殖 障 害 に対 す る治 療 薬 は 、 性 腺 刺 激 ホ ル モ ンや性 腺 刺激 ホ ルモ ン放 出ホ ルモ ン(Gn-RH)が 主 に 用 い られ て い る11)。 一 方 、 婦 人 科 領 域 に お いて は 、 視 床 下 部 障害 に よ る排 卵 障害 に対 す る 第一 選 択 薬 と して 、間 脳 に 直接 作 用 しGn-RHの 分 泌 を高 め る ク エ ン酸 クロ ミフェ ン(ク ロ ミフ ェ ン)が 用 い られ 、優 れ た臨 床 効 果 を発 揮 して い る35)。しか し、 ク ロ ミフェ ン を 牛 の 繁 殖 障 害 の 治 療 を 目的 と して投 与 した報 告 は 見 あ た らない 。 今 回 、 著 者 らは牛 の 卵巣 静 止 お よ び鈍 性 発情 ・ 排 卵 を伴 う微 弱 発 情 に ク ロ ミフェ ン を投 与 し、 そ の後 の 発 情 発 現 状 況 を検 討 した 。材 料 と方 法
供 試 牛 は 、 診 療 所 管 内 に飼 養 され て い る健 康 状 態 に 異 常 を認 め ない 黒 毛 和 種 経 産 牛 で 、稟 告 お よび 臨床 検 査 にKajita, M., Hatayama, S., Satou, N., Takahashi, K.,
Ishikawa, N. and Satake, T. ( Hasama Veterinary
Clinic, Miyagi Prefectural Federation of Agricultural
Mutual Aid Association)
Effect of clomiphene citrate on ovarian quiescence,
subestrus and feeble estrus in cows.
Tohoku J. Vet. Clin., Na12, 39-41 (1989)
a)〒985 宮 城 県 登 朱 郡 迫 町 佐 沼 字 中 江1-3-1 よ り卵 巣 静 止 と診 断 され た13頭(I群)と 、 鈍 性 発 情 ・ 排 卵 を伴 う微 弱 発 情 と診 断 され た14頭(II群)で あ る。 これ ら の牛 の産 歴 、 最 終 分 娩 か ら クロ ミフ ェ ン投 与 ま で の 日数 は、 表1の とお りで あ る。 試験 に使 用 した 薬 剤 は 、 オ リフ ェ ン錠(岩 城 製 薬 社 製) で 、 クエ ン酸 クロ ミフ ェ ン を1錠 中50mg含 有 す る 白色 の 素 錠 で あ る。 クロ ミフ ェ ン の理 化 学 的 知 見 は 図1の とお りで あ る。 投 与 方 法 は、I群 で は随 時 、II群 で は 、 直腸 検 査 によ り機能 的 な黄 体 が 触 知 され た時 期 に、1日 当 た り100mgを 表1.供 試 牛 39
(一 般 名)ク エ ン 酸 ク ロ ミ フ ェ ン Clomifene citrate (日 局XI) (化 学 名)2-〔4-(2-chloro-1,2-diphenylethenyl)〕 phenoxy-N,N-diethylethanamine citrate. (構造 式) (化 学 式)C26H28ClNO・C6H8O7 (分 子 量)568.09 (性 状)白 色 ∼ 微 黄 白色 の 粉 末 で に お い は な い 。 図1・ クエ ン酸 ク ロ ミフ ェ ンの 理 化学 的性 状 5日 間 連 続 で経 口投 与 した 。 効果 の 判定 は 、投 与 開 始 日 か ら3週 間 の 間 に、 農 家 の発 情 発 見 との連 絡 で往 診 し、 挙 動 と外 部 発 情 徴 候 と を指 標 と して行 い 、 発情 の 明 瞭 な もの を(+)、 微 弱 な もの を(±)、 農 家 が発 情 を発 見 で き な か っ た もの を(-)と した 。 発情 の 発現 した もの につ い て は、 こ の時 に 人 工授 精 を実 施 し、妊 娠 診 断 は 、授 精 後60日 以 降 に直 腸 検 査 法 に よ り実 施 した 。
結
果
I群 の ク ロ ミフ ェ ン投 与 後 の発 情 来潮 状 況 、 人 工授 精 お よび 受 胎 の有 無 は、 表2の とお りで あ る 。投 与 開 始後 30日 以 内 に発 情 が明 瞭 に 発現 した もの は13頭 中5頭 、微 弱 の も の は1頭 で、 これ らの 投 与 開 始 か ら発情 発 現 まで の 日数 は7∼15日 、 平均10.3日 で あ っ た 。 この 時 これ ら6頭 に人 工 授 精 を実 施 し、3頭 が 受胎 した 。 II群 の ク ロ ミフ ェ ン投 与 後 の 発情 来 潮状 況 、 人 工授 精 お よび 受 胎 の有 無 は、 表3の とお りで あ る。投 与 開 始後 30日 以 内 に発 情 が明 瞭 に発 現 した もの は14頭 中7頭 、微 弱 の も の は2頭 で、 こ れ らの投 与 開始 か ら発情 発 現 まで の 日数 は7∼12日 、平 均9.2日 で あ った 。 この 時8頭 に 人 工 授 精 を実 施 し、4頭 が 受 胎 した 。考
察
ク ロ ミフ ェ ンの投 与 量 は 、 牛 へ の 投与 量 が検 討 され て い な い の で、本 研 究 で は 婦 人 の 治療 量3)に 準 じて2錠(100 mg )を 投 与 した 。投 与 時期 に っ い て は 、婦 人 に お い て排 卵 の 誘 起 され る 日数 が投 与 開始 後9∼16日2,3)で あ る こ とか ら、II群 の鈍 性 発 情 ・排 卵 を伴 う微 弱 発情 牛 に つ い て は 、 機 能 的 な黄 体 が 触知 され た 時期 に投 与 を開 始 した 。 表2.I群(卵 巣静 止 牛 群)の 成 績 1)投 与 開始 か ら30日 以 内 表3.II群(鈍 性 お よ び微 弱 発情 牛 群)の 成 績 1)投 与 開始 か ら30日 以 内 I群 にお い て は、13頭 中6頭 に お い て投 与 開始 後7∼ 15日 に 授 精 可 能 な発 情 が発 現 した 。今 回 、 投 与 後 の卵 巣 所 見 に つ い て は詳 細 に観 察 しな か った が 、 発情 の発 現 時 期 が婦 人 に投 与 した場 合 の排 卵 時期 と一 致 す る こ とか ら、 ク ロ ミフ ェ ン投 与 に よ り血 中性 腺 刺 激 ホ ル モ ン(Gn)濃 度 が 上 昇 し3,8)、 それ に よ っ て卵 胞 が発 育 ・成 熟 し、 発 情 が 発 現 した可 能 性 が高 い と考 え られ た 。処 置 頭 数 に対 す る発 情 の発 現 割 合 は46%、 処置 頭 数 に対 す る受 胎 率 は 23%で あ った 。 従 来 、 卵 巣 静 止 牛 に対 して は人 絨 毛性 性 腺 刺 激 ホ ルモ ン(hCG)、 妊 馬 血 清性 性 腺 刺 激 ホ ル モ ン (PMSG)、LH-RH類 縁化 合物 等 が用 い られ て き た6,7)。 宮 下4)はLH-RH類 縁 化 合物 投 与後 に卵 巣 に 40反 応 の認 め られ た も のが60.5%、 そ の後2回 以 内 の 入 工 授 精 に よ る受 胎 率 が37.2%で あ っ た こ とを報 告 して い る。 効 果 の判 定 法 が異 な るた め直 接 の比 較 は で きな か っ た が 、 ほ ぼ同 等 の効 果 が 得 られ た も の と思 われ た 。 II群 にお い ては 、14頭 中7頭 に お い て投 与 開始 後7∼ 12日 に明 瞭 な発 情 徴 候 を伴 う発 情 が発 現 した 。処 置 頭 数 に対 す る発 情 状 態 の 改 善 され た割 合 は50%、 処 置 頭 数 に 対 す る受 胎 率 は29%で あ っ た。 鈍 性 発 情 ・微 弱 発 情 の原 因 の一 つ にGnの 分 泌 異 常6)が あ げ られ て い る。 ク ロ ミ フ ェ ン の投 与 は視 床 下 部 か ら のGn-RHの 分 泌 を促 進 し3)、 血 中 卵 胞 刺 激 ホ ル モ ン(FSH)お よ び黄 体 形 成 ホ ルモ ン(LH)濃 度 を高 め る9)。 本 試 験 にお い て 発 情 徴 候 の 明 瞭 に な った これ らの 牛 は 、Gnの 分 泌 異常 が ク ロ ミフ ェ ン投 与 に よ り改 善 され た結 果 と推 察 され た 。 ゆ え に、 視 床 下 部 一 下 垂 体 系 に直 接 作 用 す る クロ ミフ ェ ン 投 与 は 、 従 来 と全 く異 な っ た治 療 法 と して注 目 され た 。 一 方、 投 与 後 の初 回 発 情 時 に お け る人 工 授 精 頭 数 に対 す る受 胎 率 はI群 、II群 と もに50%で 、 通 常 の 人 工 授 精 に よ る受 胎 率 との 間 に は 大 きな 差 は認 め られ なか っ た。 この こ とは 、 ク ロ ミフ ェ ンの 投 与 が そ の後 の 受 胎性 に影 響 しない こ とを示 して い る と考 え られ た。 今 回 の 成 績 よ り、 ク ロ ミフ ェ ン は牛 の繁 殖 障 害 の 治 療 に応 用 可 能 で あ る こ とが 示 唆 され た。 牛 の卵 巣 静 止 に 対 す る ク ロ ミフ ェ ン投 与 に よ る排 卵 誘 起 効 果 に つ い て は 、 投 与 後 の 卵 巣 所 見 を詳 細 に 観 察 しなか っ たた め 明確 に さ れ な か っ た 。 ま た、 ク ロ ミフ ェ ン投 与 後 発 情 が来 潮 した 牛 の なか に は、 両 群 い ず れ も自然 発 情 牛 が含 まれ て い る 可能 性 も否 定 で き な い 。 した が っ て今 後 、 対 照 群 を設定 す る と と も に投 与 前 後 の卵 巣 の変 化 の観 察 と血 中性 ホ ル モ ンの 測 定 を行 い 、 さ らに投 与 量 お よび 投 与 方 法 に つ い て も検 討 す る必 要 が あ る と考 え られ た。
文
献
1) Eddy, R. G.(1977). Cloprostenol as a treatment for no visible oestrus and cystic ovarian disease in dairy cows. Vet. Rec., 100 : 62•`65.
2) Karow, W. G. and Payne, S. A.(1968). Pregnancy after clomiphene citrate treatment., Fertil. Steril., 19 : 351. 3) 三 宅 侃 ・青 野 敏 博(1980)。 産 婦 人 科MOOK・No. 13.排 卵 誘 発― そ の 理 論 と 実 際― 。pp.111∼118、 金 原 出 版 、 東 京 。 4) 宮 下 幸 隆 (1983)。 合 成LH-RHに よ る 牛 の 卵 巣 疾 患 の 治 療 効 果 に つ い て 、 家 畜 診 療 、No.239:56∼58。 5) 仲 野 良 介 (1988)。 排 卵 誘 発 に つ い て の 二 、 三 の 考 察 、 産 婦 人 科 治 療 、56:499∼510。 6) 農 林 水 産 省 経 済 局(1985)。 家 畜 共 済 に お け る 特 殊 病 傷 の 診 療 指 針 。12∼25、 全 国 農 業 共 済 協 会 、 東 京 。 7) 山 内 亮 (1982)。 家 畜 繁 殖 に お け る ホ ル モ ン 剤 の 応 用(1)、 畜 産 の 研 究 、36:303∼308。 8) 安 水 洸 彦 ・加 藤 順 三 (1986)。 ト ピ ッ ク ス 産 科 内 分 泌 学 、20∼21、 医 学 書 院 、 東 京 。