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学部理系留学生の日本企業への就職の意味づけ : 中国人留学生を対象としたPAC分析結果をもとに 利用統計を見る

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学部理系留学生の日本企業への就職の意味づけ

-中国人留学生を対象としたPAC分析結果をもとに-

伊 藤 孝 惠 要  旨  近年、外国人留学生の日本企業への就職希望者が6割ほどを占め、また日本の産業界からも企業のグ ローバル展開を図る上で、海外事情に長けた優秀な人材を要望する声が高まっている。そのような中、 留学生がどのような意識で日本企業への就職に臨んでいるのか、これまでの先行研究からその傾向が徐々 に明らかにされつつある。しかし、就職に対する意味づけには個別性があり、また多層的で複雑である。 そのため、2名の理系学部生に対してPAC 分析を用い、彼らの日本企業への就職の意味づけの意識構造 を明らかにした。その結果、日本企業への就職が彼らの留学経験の評価として捉えられているという新 たな意味づけも見出せたが、就職した後、日本企業で意欲的に働き続けていくためには、衛生的要因以 外に動機づけ要因をも、自らが見出していかなければならないことが示唆された。 キーワード : 留学生、キャリア、動機づけ要因、衛生的要因、PAC 分析 1. 研究背景 1. 1 日本の社会的背景  独立行政法人日本学生支援機構が公表した 2017 年5 月1日現在の外国人留学生数は 26 万 7,042 名で、この うち、中国人留学生は 107,260 名と全体の4割を占め る。留学生数とともに留学生の就職者数も近年増加して いるものの、各年度に大学・大学院を卒業・修了した留 学生のうち、日本国内で就職した留学生の占める割合 は、平成 28 年度では 36%と、4割にも満たない(日本 学生支援機構, 2018)。ところが、実際には日本におけ る就職を希望する留学生は全体の6割以上を占めること から、就職を希望していてもできなかった留学生が少な くないことが分かる。企業側が留学生を採用しない理由 としては、「社内の受け入れ体制が整っていないから」 (39.5%)、「外国人は自社の業種・業態と合わないか ら」(38.4%) が上位を占め、留学生の離職率の高さを 理由に挙げた企業は少ない(労働政策研究・研修機構, 2011)。  国内の深刻な人材不足という状況下で、政府は「日 本再興戦略改訂 2016」(平成 28 年6月2日)ⅰにおいて、 外国人留学生の日本国内における就職率を5割まで向上 させることを明らかにした。そして、留学生の日本国内 での就職における課題の中に、大学においても取り組め る内容があるとして、各大学が地域の自治体や産業界と 連携し、就職に必要なスキルである「ビジネス日本語」 「キャリア教育」「中長期インターンシップ」を一体とし て学ぶ環境を創設する取り組みを支援する「留学生就職 促進プログラム」を、平成 29 年度から開始した(外務 省ほか, 2017)。政府は 2025 年までに 50 万人超の外国 人就業を想定しており、いわゆる単純労働者にも門戸を 開放する姿勢を示す一方で、高度人材としての外国人留 学生の日本の産業社会への受け入れ拡大に力を入れてい る。 1. 2 日本企業の留学生採用意図と留学生の就職意識  株式会社ディスコの 2017 年 12 月の調査結果による と、企業側の留学生を採用する目的は、「優秀な人材を 確保するため」が、文系・理系とも最も多く(71.0%, 79.7%)、次いで文系では「外国人としての感性・国際 感覚等の強みを発揮してもらうため」(39.6%)、理系で は「海外の取引先に関する業務を行うため」(36.1%) が多い。労働政策研究・研修機構(2009)の調査におい ても、企業側の採用理由が、「国籍に関係なく優秀な人 材を確保するため」(65.3%)「事業の国際化に資する ため」(37.1%)「職務上、外国語の使用が必要なため」 (36.4%)である。企業は、外国人としての国際感覚や 強みを生かして、日本と海外との間で活躍できる優秀な 人材を確保したいという意図がある。その一方で、その 多くは留学生の特別採用枠を設けておらず、日本人学生 と同様の基準で採用しており、留学生には日本語による 高いコミュニケーション力を求めている。ⅱまた、外国 人ということで特別な定着・活躍のための施策をとって いない会社がおよそ4社に1社あることからも (労働政 策研究・研修機構, 2009)、企業は、留学生に対し、日 本人と同様のコミュニケーション力や職場への適応力を 求めているといえる。その上で、留学生としての特長を 発揮してもらうことも期待しており、留学生が日本企業 で定着して働くには大変ハードルが高い要件を課してい ⅰ http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/pdf/2016_zentaihombun.pdf ⅱ 企業が留学生に求める資質については、文系・理系とも「コミュニケーション力」が1位、「日本語力」が2位という調査結果が出ている (ディスコ, 2017, 12)

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るといえるだろう。  一方、留学生が日本での就職を希望する理由につい ては、株式会社ディスコの 2017 年8月の調査結果によ ると、「生活環境に慣れているから」(61.9%)が最も 多く、次いで「外国人として日本語力を活かせるから」 (54.1%)、「治安がよくて安全だから」(43.7%)、「将 来のために日本での勤務経験が必要だから」(39.6%)、 「給与・待遇がいいから」(39.6%)の順に多い。留学生 が、日本での住みやすさを実感しており、加えて留学経 験を活かした、キャリア志向が表れている。  労働政策研究・研修機構(2009)の調査によると、日 本で働く元留学生が現在の会社に就職した理由として、 「仕事の内容に興味があったから」が文系・理系とも最 も多く(文系:64.7%, 理系:68.6%)、次いで、文系 では「母国語や日本などの語学力を生かしたいから」 (59.5%)がくるのに対し、理系では「日本の学校で学 んだ専門性を生かせるから」(49.1%)、「日本企業の高 い技術力に魅力を感じたから」(45.1%)が続く。具体 的に就職する企業を決定した理由は、やはり、その会社 の仕事への興味や期待であり、特に理系の学生は、日本 の大学で身につけた専門性を日本企業で発揮したい意識 が高い。  工学系大学院課程を修了し、日本のグローバル製造企 業に就職した5名に対するヒアリング調査(山田・平 田・西頭, 2012)では、留学生は、日本人同様の採用で、 単に出身国と日本(企業)を橋渡しするブリッジ人材と は異なり、一研究者やエンジニアとしてその能力や態度 が期待されていることが明らかにされている。留学生は 語学力や国際感覚が企業側から期待されているものの、 決してそれだけに留まらない。留学生個人がもつ知識や 技術、基礎的汎用力を発揮することが、就職した後企業 側からも留学生側からも望まれているといえるだろう。  中国人留学生の就職意識について、松井・松岡・岡 (2011)の調査では、中国人留学生が働く際に重視する 条件は、12 の選択項目から多い順に、「業種・事業内容」 (66.9%)、「自分のキャリアップ」(66.2%)、「会社の将 来性」(65.6%)、「給与・賞与」(61.7%)、「会社の安定 性」(42.9%)、勤務地(40.9%)と続いている。このう ち、中国人以外の留学生との間でその選択率に有意に差 が見られたのは、「業種・事業内容」、「会社の規模」、「会 社の将来性」であった。一方、他の留学生は、「給与・ 賞与」や「福利厚生」「休日・勤務時間」といった個人 の働き方に直接関わるような項目において、中国人留学 生より多く選択していた。このことから、中国人留学生 の働く際に重視する条件の特徴として、会社の規模や将 来性を重視していることが分かる。また、同調査におい て、中国人留学生が日本で就職したい理由として、多く 選択した項目は「自分のキャリア形成のために日本で経 験を積みたい」(70.7%)、「日本語と母国語の語学力を 生かした仕事をしたい」(58.6%)、「優れた技術を身に つけたい」(54.5%)、「日本で学んだことを活かしたい」 (49.5%)の順であったが、いずれも他の留学生の選択 率は中国人留学生のそれより高かった。総じて、他の国 の留学生と比べた場合、中国人留学生の就職意識の特徴 としては、日本で自分の知識や経験を活かしたり身につ けたりすることもさりながら、将来性のある日本の大企 業に就職することが自分のキャリア形成に有利であると 考える傾向にあると思われる。  このように、日本の企業における外国人留学生の採用 意図や、留学生の日本企業への就職意識の全体像が見え つつあるも、留学生自身の具体的で多層的な意識構造ま では明らかにされていない。卒業後の進路に対する考え 方や動機は、本人のキャリアビジョンや家庭事情、経済 状況、日本や日本企業に対するイメージなどが絡む複雑 なものである。渡辺(2007)は、「キャリア」という言 葉が内包している意味のうち、特に「個別性」が重要な 要素であると述べている。したがって、留学生が日本企 業への就職動機について内面を掘り下げた個別的研究を 行うことで、量的調査では見えてこなかった動機が見え てくると思われる。しかも、理系の学部中国人留学生の 就職動機を深く掘り下げた研究はほとんどない。そこで 本稿では、理系の学部中国人留学生の日本企業への就職 動機について明らかにし、今後の留学生の就職支援の一 助とすることを目的とする。 2.先行研究 2. 1 動機づけ理論  留学生の日本での就職の動機を探る上で、ハーズバー グ (1966) の動機づけの理論は参考になるだろう。ハー ズバーグ (1966) は、仕事への動機づけをもたらす要因 として「動機づけ要因」と「衛生的要因」とに大別し た。前者は、課業上の達成や課業達成によって与えられ る承認、職務内容と責任、及び専門的昇進ないし課業能 力の向上が挙げられ、これらの「動機づけ要因」によっ て、積極的な職務態度が長期的に持続する。なぜなら、 「動機づけ要因」は課業要因であるため、個人に成長の 感覚を与え、個人を自己完成欲求へ向ける原動力となる からである。一方後者は、会社の政策と経営、監督、給 与、対人関係、及び作業条件などを指し、これらが満た されれば不満は解消されるが、それは短期的で持続せず、 仕事に対する積極的満足を提供できないとされている。 「衛生的要因」は、個人と、個人が行っていることに対 する関係ではなく、個人と、個人が仕事に従事している 環境との関係づけであるため、個人に成長の感覚を与え る特徴を帯びていないからである。留学生の日本企業へ の就職動機を捉えるにあたり、「動機づけ要因」と「衛 生的要因」の観点は、彼らが就職した後の仕事への満足 感に関係してくると思われる。

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2. 2 留学生の就職活動の特徴と就職活動支援  留学生の就職活動の特徴として、就職か進学か、母国 か日本か、あるいは第三国かといった、日本人学生と比 してその選択肢の多さから、考えているうちに活動が出 遅れやすいことがある。また、母国の就職活動と比べて、 就職活動のスタート時期の早さや準備の多さに戸惑う留 学生も多い。また、大学のキャリアセンターの利用率 が低いことや(久保田, 2015)、就職活動ではインター ネットや留学生同士のネットワークをよく活用し、日本 人学生との情報交換は少なく、そのソーシャルネット ワークの狭さ(園田・俵山, 2014)も指摘されている。  大学の就職活動支援としては、求人情報の提供や就職 活動の流れ・ポイントを説明するガイダンスのほか、エ ントリーシートの書き方や面接対策、ビジネスマナー講 座など、就職活動に必要なスキルを身につけるものが多 い。園田・俵山(2014)によると、留学生は、「個別の 面接指導」や「留学生を希望する企業との直接面接会」 といった就職に直接結びつきやすい支援を求めている一 方、就職活動前、及び活動中の留学生からは「自己分析 の方法指導」など就職活動の入り口部分のニーズもある という。就職活動以前の段階として、社会人として働く 目的意識や主体的な職業選択能力を育てる必要性がある ことも示唆されており(廣瀬・槌田, 2011)、留学生自 らが、自分のキャリアについて意思決定し行動に移せる 教育的支援も必要である。また、企業側が留学生に対し、 日本語によるコミュニケーション力を重要視しているこ とからも、ビジネス日本語能力の育成・教育の必要性も 指摘されている(廣瀬・槌田, 2011 ; 中本, 2010)。 3. 方法 3. 1 被験者  学部4年次の中国人男子留学生2名に対し、彼らの4 年次の8月に、調査者から調査協力の依頼をしたところ、 快諾してくれた。いずれの被験者も、日本語学校を経て、 日本語能力試験N1 に合格し、コンピューターや情報処 理を専門とする学科に入学した。在学中はアルバイト経 験もある。学部3年次からIT 企業への就職を目指して 就職活動をし、日本でしばらく働いた後は、いつかは帰 国するだろうという漠然としたキャリアビジョンをもっ ていた。調査時には、被験者A は 26 歳で、大手企業へ の就職が決まっていた。被験者B は 24 歳で、調査時は 就職活動中であった。 3. 2 手続き  本研究では、2名の留学生の日本企業への就職動機 を探るため、個人の意識構造を明らかにする上で有 用なPAC 分析を用いる。PAC 分析は Personal Attitude Construct(個人別態度構造 ) の略称であり、開発した内 藤(2002)によると、個人の自由連想によってその人自 身のスキーマを抽出・解明しようとするものである。  調査は、研究者の研究室において、2名の被験者に対 して別々に日本語で行われた。調査に先立ち、調査の趣 旨と、インタビューがIC レコーダーで録音されること、 その録音データを含めた調査で知り得た内容は研究目的 以外に使用しないこと、公表する際は個人が特定されな いよう十分配慮することを、書面及び口頭で説明し、被 験者から同意を得た。次いで、被験者にPAC 分析の実 施手順を説明した後、連想刺激として、以下のような連 想刺激文をパソコン画面で示すとともに、口頭で読み上 げた。  「あなたにとって、日本で就職することには、どのよ うな意味がありますか。頭に思い浮かんだことを、言葉 や文にして記入してください。」  PAC 分析は、内藤(2002)の手順に基づき、金沢工 業大学の土田義郎氏が開発したPAC-assist を用いて進め ていった。被験者自身に、思い浮かんだ言葉や文をパソ コンに入力、そして各想起文・語間の類似度を評定して もらった。そして、類似度距離行列に基づき、SPSS を 用いてウォード法でクラスター分析を行った。析出され たデンドログラムに連想項目を書き入れ、それを見なが らデンドログラムのクラスターを決定し、クラスター名 を被験者自身につけてもらった。デンドログラムに関す る被験者の解釈の語りは、IC レコーダーに録音し、後 日文字起こしし、分析の対象とした。2名に対する調査 時間は、趣旨説明などを含めていずれも 45 分ほどであっ た。 4. 結果  以下、クラスターごとの被験者の解釈を示す。被験者 の発話は、読みやすいよう、必要に応じて研究者が文法 等を修正したほか、意味理解の助けとなる語句を( ) で加筆した。クラスターは、被験者と研究者とで話し 合って決め、クラスター名は被験者が付けた。 4. 1 被験者Aの結果  図1は、被験者A にとっての「日本で就職する意味」 に関して、PAC 分析を行った結果のデンドログラムで ある。「自分の留学経験や知識が活用できる」と「収入 が高い」をまとめてクラスター1、「日本の企業や人材 育成に力を入れているので、自分の成長につながる」と 「将来帰国したら、日本での就職経験が有利になると思 う」をまとめてクラスター2、そして「日本の企業だと 終身雇用で、ずっと働ける」と「一緒に働く人たちと一 生の付き合いができる」をまとめてクラスター3とし た。さらに、クラスター1とクラスター2がまとまる全 体像が把握できた。 クラスター1:「自己価値の評価が高い」(項目:「自分 の留学経験や知識が活用できる」と「収入が高い」) やっぱり日本での就職では、自分の語学力とか、あと、

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勉強した知識が活用できますし、それが、ちゃんと自分 の仕事において評価される期待を、自分、持ってるか ら。そして、収入がいいっていうのは、やっぱり自分の 評価が高くなると、相応の収入がもらえるので、そのた めに自己価値の評価が高い、にしました。 クラスター2:「キャリアに有利」(項目:「日本の企業 や人材育成に力を入れているので、自分の成長につなが る」と「将来帰国したら、日本での就職経験が有利にな ると思う」) 中国のクラスメイトの経験と比べて、そう思いました。 中国だと会社に入って、研修もあるんですけど、すごく 短くて、しっかりした研修の環境は整っていません。そ れに対して、日本は入社の1年目はほぼ研修で、マナー から知識まで幅広く勉強できるし、これは自分の成長に つながると思います。また、例えば将来帰国したら、中 国では結構外資系企業も大事にするから、(日本での就 職経験は中国での)就職に有利になると思います。これ は全体的に考えると、自分の一生のキャリアにとっては 成長できるし、さらに次の就職にも有利にもなります し、自分のキャリアにとって有利だと思います。 クラスター3:「縁を大事にしたい」(項目:「日本の企 業だと終身雇用で、ずっと働ける」と「一緒に働く人た ちと一生の付き合いができる」) この二つの(項目)の中心になるのが、縁を大事にした いということです。一人の人生において会う人は限られ ているので、職場で出会う人との縁を大事にしたいなと 思っています。そして、日本の企業は終身雇用制度も ありますし、そういう一生縁をつなぐ環境もあるから、 やっぱりこれも、日本での就職の、ものすごく大きな魅 力だなと思います。 クラスター1とクラスター2を合わせたクラスター: 「留学生の受け入れ環境が整っている」(クラスター1: 「自己価値の評価が高い」とクラスター2:「キャリアに 有利」) 自分は留学生なので、それが日本で就職すると、自分の 価値の評価が中国での就職より高くなるので。日本での 就職は、(中国では)外資系みたいなキャリアになるの で、将来のキャリアに対しても有利になります。これ、 留学生の身分を外すと、全てなくなるという感じです よ。あと、自分の国の収入と比べると、日本の収入がい いなと思っていますし。留学生が日本で就職したいとい う環境があって、日本も留学生を取り入れる環境を整え ている。 補足質問:「留学経験や知識」について 留学経験だと、例えば、私自身のことだと、語学力、あ と、専門知識の語学力も身につけているので、それは他 人と差別化ができる点だなと思います。それが、自分の 価値の評価が高くなる理由の一つだなと思います。そし て、日本の企業側はだんだんグローバル化になってい て、留学生を取り入れようという姿勢もあるから。留学 生は仕事を与えられて、自分の力が発揮できる場もあっ て、自己評価が高くなるチャンスなのかなと思います。 総合的解釈 やっぱり自分の留学経験や知識が活用できることが、大 事にしたいことです。それは、(調査)前より、はっき りしました。将来的なキャリアプランを見ると、やっぱ り母国より、日本で就職したほうがいいなと思いまし た。 図1 4. 2 被験者Bの結果  図2は、被験者B にとっての「日本で就職する意味」 に関して、PAC 分析を行った結果のデンドログラムで ある。「能力を認めてもらう」のクラスター1、「今まで の親への恩返し」と「輝く未来」をまとめたクラスター 2、そして「自分に挑戦する」と「新しい体験」をまと めたクラスター3とした。さらに、クラスター1とクラ スター2がまとまる全体像が把握できた。 クラスター1:「自分の評価」(項目:「能力を認めても らう」) 自分の評価が、確かに、能力で決められると思いますの

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で。自分に対していい評価を得られて、それで内定とか もらって、いい金を稼げるのではないかと思います。認 められたら、いい所に就職できますし、金になります ね。 クラスター2:「金を稼ぐ」(項目:「今までの親への恩 返し」と「輝く未来」) 親の恩返しなどに、金がやっぱり必要となるので。今ま で親が留学をサポートしてくれて、金とかいろいろ出し てくれたので、それで親に恩返しをして、なんか買って あげたりとかしようと思ってます。そして、能力認めて もらえたら、いい会社に就職できるし、出世できたら輝 く未来ですね。出世できたら、結果として金を稼げる と。 クラスター3:「未体験に挑戦」(項目:「自分に挑戦す る」と「新しい体験」) 今まで体験したことのない就職活動を自分ができるかど うか、うまく内定がもらえるかどうか、挑戦するという ことです。まだ、いい所に決まるかどうか分からないの で、取りあえず自分に挑戦してみようと思いました。ま た、就活は、自分にとっては、新しい体験ですね。外国 での就活は特にそうだと思います。バイトと実際働くの は、ちょっと違うと思いますね。 クラスター1とクラスター2のクラスター:「金で評価」 (クラスター1:「自分の評価」とクラスター2:「金を 稼ぐ」) やっぱりどんなところに行っても、自分の評価は、自分 の能力認めてくれたら、結果として反映されるのが、お 給料になると思いますので。それで、金で評価っていう ことになりました。 補足質問:「輝く未来」について 輝く未来、自分の考えですと、イコール出世できるって いうことですね。出世は、お金にもつながるという感じ 総合的解釈 やっぱり母国ですと、言葉も通じますし、文化とかもちゃ んと理解できますが、日本ですと、就活するために、日 本の文化もある程度理解しないといけなくて、日本語の 能力も必要となるので、それでちょっと(母国での就職 と日本での就職は)違うかなと思います。自分に挑戦と か、輝く未来とか、(母国での就職なら)多分変わると 思いますね。(母国での)就職は完全に実力もみるんで すけど、あと、出身校もいろいろみられて。ちょっと、 いろいろありますね。いろいろ現実のことがあって、母 国に戻ったら、自分の今まで学んだことを生かせる職場 ですと、自分の地元になくて、上海、北京ぐらい行かな いといけなくて、実は日本とあまり変わらなくて。あ と、現実的にお給料もそんなに高くないので、ちょっと 生活もしにくいかなと思います。今の自分には、(日本 で就職するのが)一番いいのではないかと思います。 図2 5. 結論 5. 1 被験者Aの事例考察  被験者A は、日本での就職に対して、自分の留学経 験が評価され、自分に対する価値が上がる期待を抱いて いると思われる。  「語学力、あと、専門知識の語学力も身につけている ので、それは他人と差別化ができる点だなと思います」 「留学生が日本で就職したいという環境があって、日本 も留学生を取り入れる環境を整えている」「日本の企業 側はだんだんグローバル化になっていて、留学生を取り 入れようという姿勢もあるから」などのA の語りから、 A は、日本企業に対して、語学力を含めた留学生の特性 を評価し積極的に受け入れようとする姿勢を感じ取り、 留学生にとって日本での就職は魅力的であると捉えてい るようである。  また、「マナーから知識まで幅広く勉強できるし、こ れは自分の成長につながる」「将来帰国したら<中略> 就職に有利になる」「自分のキャリアにとって有利だ」 という語りや、「自分の力が発揮できる場もあって、自 己評価が高くなるチャンス」という言葉からも、日本で 働いた経験が自分の価値を高め、その後の母国での就職 に有利に働き、キャリアアップが図れるという期待も読 み取れる。  さらに、「職場で出会う人との縁を大事にしたい」「一 生縁をつなぐ環境もあるから、やっぱりこれも、日本で の就職の、ものすごく大きな魅力だなと思います」とい

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う語りにみられるように、A にとっては、日本での人間 関係も魅力の一つとなっているようである。全体的に、 A にとって、日本は留学生が働く環境として魅力的であ り、そのような日本での縁を大事にしたいと思っている と思われる。 5. 2 被験者Bの事例考察  被験者B にとって、日本における就職の意味は、新 しい経験への挑戦であり、その挑戦の結果が自分の能力 への評価として金銭面で反映されることにあると考えて いるようである。  「今まで体験したことのない就職活動を自分ができる かどうか、うまく内定がもらえるかどうか、挑戦すると いうこと」「自分に挑戦してみようと思いました」「就活 は、自分にとっては、新しい体験」との語りから、B に とって日本での就職活動は、未知なるものへの挑戦や自 分への挑戦として捉えられ、それは母国での就職とは 「違う」点としている。「自分ができるかどうか」「うま く内定がもらえるかどうか」「いい所に決まるかどうか」 と、就職活動中の不安も垣間見られるものの、その先に は母国での就職にはない、「輝く未来」が待っていると の期待もある。「認められたら、いい所に就職できます し、金になりますね」「能力認めてもらえたら、いい会 社に就職できるし、出世できたら輝く未来ですね。出世 できたら、結果として金を稼げる」などの語りには、B にとっての「輝く未来」が、「出世」であり「お金」を 稼ぐことであり、それは自分の能力を評価された証でも あると思う気持ちが表れている。B は、就職活動という 初めての経験に挑戦した先に、金銭面における高い評価 を見出しているといえよう。 5. 3 総合的考察・今後の課題  今回、日本での就職を希望し就職活動を行う中国人留 学生2名に対し、それぞれの日本での就職の意味付けを 尋ね、日本での就職動機を明らかにした。A と B に共 通している点としては、どちらも日本での就職が自分自 身に対する評価の証であるという点であり、自分の能力 や留学経験が認められることを意味していた。その意味 で両者の日本での就職動機は承認欲求が強いといえる。 しかも、日本での就職は、母国での就職より金銭面や将 来性において優位性があると思っており、日本での就職 は自分への価値を高めてくれると思っている。特に、就 職活動中のB にとっては、日本での就職は、自分自身 を評価してくれるかどうかの「挑戦」と捉えている。そ して、評価基準は収入であり、母国より高い収入が見込 める日本での就職は、これからの自分のキャリアに明る い未来をもたらしてくれると信じている。  ただし、収入や会社の規模というハーズバーグのいう ところの「衛生的要因」は、充足しても持続的な仕事へ の動機づけとならない。そのため、ハーズバーグは職務 内容や課業能力の向上などの「動機づけ要因」がない状 態で働いていると、やがて不適応を起こすとしている。 特にB にとって、挑戦した日本への就職が達成された 後、自分が日本で働く意味を新たに見出さねばならない。 また、A は日本企業の新人研修からマナーなどを学びた い意欲を示しているが、新人研修は入社後の一時期であ り、また会社は働きによって達成感を得たり評価された りする場であって、学ぶ目的の場ではない。そのため、 A にとっても日本企業で働く動機づけ要因がはっきり見 出せていないと思われる。  今回の調査対象者は、いずれも日本企業の高い技術力 や自分の専門性が活かせることを、日本での就職に意味 付けしていなかった。「留学生という身分を外すと、全 くなくなる感じ」とのA の語りには、留学生という特 長以外に自分の強みを見出せず、自己理解の不足が見ら れる。A の中に、学んだ知識を活かしたい気持ちもある が、留学経験で得たことや語学力といった、あくまでも 「留学生」という冠をつけた強みに限定されている。  経済のグローバル化に加え、顧客ニーズの多様化や商 品サイクルの短縮化などにより、企業間の競争は世界レ ベルで激しさを増し、企業の規模にかかわらず、先行き 不透明で不確実な世の中へと突入している。そのような 社会情勢の中、A の認識している「終身雇用制」の日本 企業は既に崩壊しつつあるといってよい。日本経団連 は、エンプロイアビリティ(雇用されうる能力)を、「労 働移動を可能にする能力」、及び「当該企業の中で発揮 され、継続的に雇用されることを可能にする能力」と定 義している。社会や組織の変動の激しい時代において、 個人がその組織で自分の能力を発揮しながら働き続けた り、個人の志向によって柔軟に移動可能としていくため には、個人個人が自らの技量や適性、経験等を絶えず見 直し、自己啓発をしていく必要がある。  学部理系中国人留学生のA,B にとって、母国ではな く日本で就職する意味は、母国と相対的に高い日本企業 の賃金や、母国での再就職に有利だと思われること、そ して日本での就職が自分の留学経験の評価につながるこ とが、彼らの個人的動機を深く分析することで明らかに なった。それは、これまでの調査の一部を裏付ける結果 となったが、一方で日本企業への就職が彼らの留学経験 の評価として捉えているという新たな意味づけも見出せ た。  原田(2010)が示唆するように、留学生にとって、「な ぜ、日本で就職し、今後定住する道を選ぶのか」、「自分 にとって日本社会で働くことの意味は何か」を明確化し、 自ら再認識する必要がある点は、日本人学生の就職活動 と異なる点である。就職後、日本企業側が、彼らを留学 生としての特長を生かしたブリッジ人材とみなすのか、 あるいは彼らのもつ専門性や技量・適性に注目するのか にもよるが、「留学生」という枠を取り払った個人とし ての強みを見つけてキャリアパスを描いていけるよう、

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社会に送り出す大学として、日本語教育以外にも留学生 の就職指導・支援のあり方を見直す必要があると思われ る。 参考文献 1) 独立行政法人日本学生支援機構. 平成 28 年度外国人 留学生進路状況・学位授与状況調査結果. 2018-02. p.1. https://www.jasso.go.jp/about/statistics/intl_student_d/__ icsFiles/afieldfile/2018/02/26/degrees16.pdf 2) 独立行政法人 労働政策研究・研修機構. 日本企業 における留学生の就労に関する調査.JILPT 調査シ リーズ. 2009,no.57, p.36. http://www.jil.go.jp/institute/research/2009/ documents/057.pdf 3) 日本政府. 日本再興戦略改訂2016. 2016-0602. http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/pdf/2016_ zentaihombun.pdf 4) 独立行政法人日本学生支援機構. 平成 27 年度私費 外国人留学生生活実態調査. 2017-09.p.47. https://www.jasso.go.jp/about/statistics/ryuj_chosa/__ icsFiles/afieldfile/2016/12/02/ryujchosa27p00.pdf 5) 外務省・経済産業省・文部科学省・厚生労働省. 外 国人留学生・海外学生の就職支援. 2017-12-13.p.8. https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/ miraitoshikaigi/suishinkaigo2018/koyou/dai2/siryou6.pdf 6) DISCO. 外国人留学生の就職活動状況. 2017-8. p.4 http://www.disc.co.jp/uploads/2017/08/fs201708.pdf 7) DISCO. 外国人留学生/高度外国人材の採用に関する 企業調査. 2017-12. http://www.disc.co.jp/uploads/2017/12/2017kigyou-gaikoku-report.pdf 8) 山田明子, 平田実, 西頭由紀子. 外国人留学生の 日本企業への就職に関する意識調査―工学系大学院 生を対象として―. 九州大学留学生センター紀要. 2012,no.20, p.11-33. 9) 松井めぐみ, 松岡洋一, 岡益巳. 中国人留学生の就 職意識の特徴―岡山大学における調査から―. 留学 生教育. 2011,no.16, p.107-116. 10) 渡辺三枝子.“序章”. 新版 キャリアの心理学  キャリア支援への発達的アプローチ. 渡辺三枝子 編. ナカニシヤ出版, 2007,p.15.

11) Herzberg, Frederick. Work and the nature of man. 北野利信(訳). 仕事と人間性:動機づけ―衛生理 論の新展開. 東洋経済新報社, 1968, 224p. 12) 久保田学. 外国人留学生への就職支援の現状と対 応策―大学に求められる外国人留学生キャリア戦略 ―. 留学交流. 2015,vol. 48, p. 22-33. https://www.jasso.go.jp/ryugaku/related/kouryu/2014/__ icsFiles/afieldfile/2015/10/23/201503kubotamanabu.pdf 13) 園田智子, 俵山雄司. 留学生の就職活動とキャリ アに関する意識調査―群馬大学留学生基本調査 (2) からの報告―. 群馬大学国際教育・研究センター論 集. 2014,no.13, p.27-39. 14) 廣瀬幸夫, 槌田和美. 理系留学生の内定状況と内 定を得にくい留学生のための支援方法. 留学生教 育. 2011,no.16, p.47-56. 15) 中本進一. 教育の一環としての留学生就職支援に関 する一考察 . 国際交流センター紀要 . 埼玉大学国 際交流センター, 2010,no.4, 20p. 16) 内藤哲夫.PAC 分析実施法入門〔改訂版〕. ナカニ シヤ出版, 2002, 149p. 17) 原田麻里子. 留学生の就職支援―留学生相談現場か らみた現状と課題―. 移民政策研究. 2010,no.2, p.40-58.

参照

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