〔
書 評〕
終末論 を読む
私は大学教員1
年生 である。それ まではサ ラ リ ーマ ンをや っていた。実 は、 この職 について今一 番有 り難い と思って るのが、真 っ昼間か ら仕事 と 称 して堂々 と本 を読 ん でいられ るとい うことであ る。おかげでこの1
年 、書物 を通 じて結構幅広 く 情報収集がで きた。特 に、我 々人類が今 どうい う 状況にあるのか、につ いて、 これは前々か ら気に なっていた事 なのだが、いろんな事が分かって き た。 と同時にその副作 用 として、私の中に危機感 と問題意識が芽生えて来た所 である。 その危機感 を一人で抱え込むのは胃に悪い。で きるだけ多 くの方 と共有 したい ものである。いや、 私の身体 とは関係な しに、そ うす る必要があるよ うな気がす る。 しか し、 ここでそれを説明す るだ けのスペースはない し、第-、 ここは書評のペー ジである。そこで、書評の変形 として、文献紹介 或は読書 ガイ ドの形 を とるこ とにす る。努力 して 厳選 したが、なお皆 さんにどうして も読んで貰い たい本が 多数あ り、 また、ひ とつ まみの本 を紹介 してそれで事足 りるほ ど状況 は単純で もなさそ う なので、言葉足 らずの ままに次々 と書名 を挙げて 行 くことをお許 し頂 きたい。すべての本について 「読めば解か る」 とだけ コメン トす るより少 しは ましだ と思 って。 さて、世紀の変わ り目が近づ くにつれ、世間で は終末論が取沙汰 され るようになって来ている。 例 えば書店の棚のスペ ー スが世間の関心のバ ロメ ー タだ とす ると、資源 ・環境問題 と、宗教 ・精神 世界関係の書籍 ・雑誌が、パ ソコン入門や レジャ ーガイ ドといった大平楽 なものに混 じって、 この 2 ・3年ほ どの間に増 えているのが分か る。近い 将来に、何かが起 こるのだろ うか。起 こるとした ら、いったいそれは何 なのか。 幸いに して、核戦争 とい う最悪の事態の可能性平
岡
信
之
Nobuyuki Hiraoka
は とりあえず低 くな りつつある。す ると浮かび上 がって くるシナ リオの1
つは、原発事故だろう。 原発問題はエネルギー問題 と常に背中合わせにな ってお り、安中否保の様々な立場か らの書物が発 行 されている。 ここでは、 1
冊だけを挙げておこう。
[1] 西岡孝彦 『ぼ くが、原発に反対す る理由』 徳間書店 「百の説法昆一つ」 とい う諺があ るが、本書はそ の 「尻」に相当す るものである。著者は元原発設 計技師であ り、本書では彼の経験 をもとに原発の 設計現場がいかにいい加減 な ものか を生々 しく描 いている。分野は違 うが私 自身 も元々技術畑の人 間であ り、 このいい加減 さにつ いては (自慢でき る話ではないのだが) うなずけ るものがある。本 書の性格上、客観的な記述では決 してないため、 原発論争の土俵 に上が る資格のない書物だ とも言 えるが、実は原発問題 を含めた昨今の問題は地球 人全員が当事者であるのが特長で、真に客観的に な るのは どのみち不可能 なのである。少な くとも、 見せかけの客観性に飾 られた説法のい くつか を本 書は吹 っ飛ば して くれ る。 いずれに して も、神 ならぬ人間の作 るシステム に100%の完全性は望めない。そのため工学の世界 では、フェールセー フや フールプルーフといった、 安全性のための仕掛けを用意 してはいるが、それ らの仕掛けに起 因す る事故 もまた過去に少なか ら ず起 きているの も事実 なのである。危ない賭けは した くない ものである。 か といって、我々の文明的生活が依存 している 化石燃料 の枯渇がそ う遠 くないこ とも確かである。 では我々はエネルギー をどこか ら得ればいいのか。 その答 えは、いわゆ るATIl(適正技術 と訳 され る こ とが多い)の中に兄いだされ る、か も知れない。ここでは2冊の古典†2) を見てみ よう。
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ェイモ リ一 ・ロビンス 『ソフ ト・エネルギ ー ・パス』時事通信社 '79I3) は、最近の環境問題関係書の中では[
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][
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等 と並んで頻繁 に引用 される名著 である。[
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で も そ うだが、化石燃料 とりわけ石油に過度に異存す る現代社会 に対する批判が出発点になってお り、 化石燃料 を 「後に悲惨 な結果 を招 く、突如転が り 込 んだ富」 と位置づけ、現代人 をギャンブルで馬 鹿当た りして しまった人間に職 えている。†4)本書 では、従来の中央集中型のエネルギー供給形態 を -- ド・パ ス、それに対 して、風力や太陽熱など の更新性 (枯渇 しない)のエネルギーに基 く分散 型の供給形態 をソフ ト・パス と呼び、後者への移 行 を提案す ると共に、資本 コス トや社会構造の点 か らその可能性 を検討 している。-- ド・パ スで は、例 えば湯 を沸かす、つ ま り数十度の温度差 を 得 るとい う目的のために、発電所の中で数千度の 焔や さらには数兆皮の核反応 を起 こす、 とい う無 駄 なことをや っているとい う訳である。 一方、[
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] G
・ボイル 『太陽 とともに』社会思想社 '78 で も、同様の主張 を行 なっているが、[
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に比べ て、 よ り具体的な技術的提案 と実施報告が行 なわ れているのが特徴 である。本書では化石エネルギ ー を使 う現代人を- ロイン患者に喰えているO我 々が一旦覚 えて しまった文 明生活 をなかなかやめ られない とい うのが1つの理由であるが、 もう 1 つ、化石燃料 (核燃料 もだが)の偏在性による危 険性 も著者は指摘 している。今後エネルギーが不 足す る事態になった時に、エネルギー を握 った者f
l ATの狙 いはエネルギー問題 に限定 した ものではな いこ とに注意 されたい。 I2この分野 では発行後10年 を越 えれば古典 と呼んで し まって もいいだ ろ う。I3
以下、翻訳書については、原書名 は省略 し、発行年 度 も邦訳についてのみ記す。T
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ここで引用 したのは笑は著者 自身の言葉でな く、序 言の中に記 された言葉 である。本書 では他 に もうま い喰 えを多数引用 している。I5
書名 を紹介す るだけの ものにつ いては文 献番号 を [ ]でな く( )で囲んで示す。 に権力の過大集中が起 こる可能性があるか らであ る。 それは石油産出国か も知れない し、集 中型発 電施設 を所有す る大資本か も知れないO著者の表 現は控 えめではあるが、その時にはマフィア とヘ ロイン中毒者の関係の ような ものが地球規模で再 現 されて しまう、そ うい う可能性 までが暗示 され てい る。 さて、 ソフ ト・エネルギー技術について、その 後10余年の進展は、 あま り捗々 しい とはいえない ようだが、それで もエネルギー問題 に関 しては少 な くとも上記のように具体的な方向が示 されてい るだけまLと言えるだろう。それに比べて もっ と 厄介 なのが環境問題である。例 えば後出の[
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に よる と、化石燃料 を使 い切 るよ りも先に、その燃 焼によって生 じる二酸化炭素による影響 の方が先 に現 われ るだろうと言われている。その場合、地 球規模 での異変 となる可能性 は高い。 どういう可 能性があるか、その概要 を知 るためには、その名 もずば り、 (4)筏英之ほか 『環境 カタス トロフィー』 日刊工 業新聞社 '90T5) などの本が役 に立つだろう。が、 ここではさらに 深い理解 を試みたい。 まずは、[
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] ∫.
E.
ラブロック 『地球生命圏』 スワ ミ・プ レム ・プラブッダ訳、工作舎'84 だが、この書名 を知 らな くて も、地球 に対する「ガ イア」 とい う呼び名 を知 らない人はいないだろ う。 その名は、本書で提唱 されている、地球 は1つの 生命体である、 とい う 「ガイア仮説」に由来す る。 地球上の大気 ・水 な どの状況が、非常 に長期 に渡 って安定 しているこ とが、生命体の持つ 「ホメオ スタシス (恒常性)
」の維持能力 と同等の物 を持 っ てい る証明である、 とい うのがその主張である。 ちなみに本書は、邦訳の刊行は遅れたが.本書の 中核 となるアイディアは72年 に発表 されてお り、 また、後の研究に大 きな影響 を与えてい ることか ら、重要 な古典 であると言っていいだろ う。 但 し、本書 を読むにあたっては以下 の2点に注 意す る必要がある。 1つは、環境カタス トロフィ ーの生起可能性についての本書の見通 しが楽観的 す ぎるこ とである。[
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によると、 ラブ ロック氏 自身 も後に見解 を訂正 しているらしい。 しか しそ のこ とが本書の価値 を損ねるものでは決 してない。 - 141-もう
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つ、以後 の文献か ら、本書が誤解 を招 きや す い引用の されかた をしている場合があるこ とに も注意 され たい。本書では地球 の恒常性維持能 力 だけ を問題に してお り、その先 の可能性 (意識や 知性の存在) につ いてはむ しろ否定的である。 つ いでに もう1冊読 んでお こ う。 [6] レイチェル ・カー ソン 『沈黙の春』青葉第 一訳、新潮社'
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原書が6
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年、最初の邦訳は 『生 と死の妙薬』 とい うタイ トルで64年 に出版 されてお り、本書はその 改題再版であ る。[
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と同様に、後の書物か ら数 多 く引用 されてお り、その引用 だけ を見て る と単 に 「DDT
の危険性 を告発 した」I6)だけの本の よ うな印象 を持 って しまいが ちなのだが、読 んでみ る と実 はそ うでない こ とが わか る。[
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では 「生 命圏(
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)
」 と呼んでマ クロに扱 ってい る、 大気、水、土壌 と生物 の関係につ いて、 それが い かに精級 なメカニズムであるか、そ して、それが 人間の不遜 な営 みに よっていかに破壊 されてい る か を細やかに描写 した本 なのである。 さきほ どか ら古典 ばか りを、 それ も発行年度 に 妙にこだわって紹介 してい るが、勿論 それには理 由がある。環境異変の起 こるⅩデーが21世紀初頭 であるこ とを、環境予測の多 くが示唆 しているが、 す ると我々に残 された時間は、 これ らの書物が世 に出てか らの2
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年 の歳 月よ りも短い こ とにな る訳だ。 この間に人類が どれだけ 「賢い」 こ とを したか、 を考 えると、頭が痛 くなる。 日本 で も、 例 えば、 (7)有害佐和子 『複合 汚染j新潮社 '75 がかつてベ ス トセ ラー に なったが、 その後1
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年 以 上 たった今 で も、 多 くの人が汚染 された餌 を無邪 気に食べ てい るのである。†7) こうい った問題 を憂慮 してい るのは勿論私だけT
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その功績の歴史的意義 ももっ と高 く評価 され るべ き なのだろ うが、 ここでは本の内容の方に焦点 をあて る。 I7こ う書 くと[6]の場合 と同様に本書が食品汚染 だけ を扱 った本の ような誤解 を受けて しまい そ うだが、 勿論 そ うではない。I
8 最近 多 くの企業がや っている、例 えば再生紙 を使 う とい った程度の、小手先或は見せかけのエ コロジー では勿論 ないO ではない。 た とえば この人 もそ うだ。[
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]
ビル ・マ ッキベ ン 『自然の終蔦』鈴木主税 訳、河 出書房新社'
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過去に、『
○
○の終蔦』とい うタイ トルの本が何冊 か出版 されてい る。 いずれ も高名 な社会 ・経済学 者の筆に よる もので、時代の節 目を的確 に指摘 し た、影響 力の強い ものであった と言 われてい る。 本書の タイ トル もそれに倣 ってい るが、過去の「終 蔦」物 と違 ってい るこ との1つは、本書のテーマ が人間社会 内部 の営みでな く、外側 (自然) との 関係 にあ るこ とであ る。人間だけが地球上 で倣懐 に生 きる時代 は終 わった、 とい うこ となのだろ う。 もう1つの違 いは、著者が若手の (元) ジャーナ リス トである とい うこ とだが、時代 の節 目を指摘 す るとい う点では、高名な学者の著作に引け を と らない、重要 な意義 を持つ書物 だろ う。 本書はほぼ一貫 して悲観的な姿勢の もので、あ たか も 「自然」へ の レクイエムの ようであ る。但 しこり書名 は、地球上 の動植物或 は地球生命 その もの といった 自然の営みが死に絶 えるとい う意味 での 「終蔦」 ではない。では どうい う意味か、そ の内容 につ いては、 ここでは秘伝 のマ ン トラ 「読 めば解か る」で済 ませ てお こう。著者 は2
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代で一 流誌のス タッフライターの地位 を捨 てて森 の中に 移 り住み、いわゆ るエ コロジカルな†8)生活 を自ら 模 索 ・実践 してい る人であ る。 それだけに、彼の 自然に対す る思 いは強 く伝 わって くる。実 は私 自 身 も遅ればせ なが らエ コロジー の実践 を目指 して い る身であ り、共感す る所が大 いにある。 とい うように書 くと、本書が情緒的な本 であ る ような印象 を持 たれて しまいそ う (だか ら書評 は 難 しい) なので、本書 はむ しろ科学的 な論調 で書 かれてい る本 であ るこ とも示 してお こ う。例 えば シベ リアの凍土の中に大量の メタンガスが閉 じ込 め られている とい うデー タにつ いて言及 してい る。 地球 の温暖化が進めばそれが大気に放 出 され、 メ タンガス も温室効果気体 の一月 であ るか ら、 それ に よって正 のフィー ドバ ックループが形成 され、 結果 として温暖化 が加速 され る、 とい うような説 が そこか ら導かれ るとい う訳であ る。 科学的 とい うと、 この本 も忘 れ るわけにはいか ない。少 な くとも私 は 目か ら鱗 が1
枚落 ちた。[
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・リフキン 『エ ン トロピー の法則』竹 内均訳、祥伝社 '82 熱力学の第
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法則は別名エネルギー保存則 と呼ば れ、 ご存 じの ように電気 ・運動 ・位置 ・光 ・熟な どの種々の形態のエネルギーの等価性 を張 った も のである。 この法則は数式によって扱 うのが容易 であ り、高校の物理ではこれ を使 った問題によ く 出会 った ものである。後にはさらに質量 をも含め た等価性 を説明す る理論に出会 った りして、 とも すれば我々は等価性の意味を過剰 に評価 して しま う傾 向がある。一方の第2
法則はエン トロピー増 大別 と呼ばれ、 こちらは数式に した り問題 を作 っ た りしに くいためか、或は第2
だか らあ まり重要 でない と思 って しまうためか、我々はつ い忘れて しまうのだが、 こちらが本書のテーマである。我 々が今困っている問題は実は要す るにエン トロピ ー問題で虜)り、例 えば小手先のエネルギー技術 で は解決 し得 ないことは第2
法則か ら明 らかである、 とい うのが本書の主張である。 さて、いよいよ我々は逃げ られな くなって きた。 ここであげた本のほ とん どが、いわゆ る科学技術 による問題解決の限界を暗に(
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では 明に)示 してお り.つ ま りそれは我々各個人の生 活の変革 (それ も大幅な変革)の必要性 を意味 し てい るのであ る。人類が永続的に生 き延びるため には、人類全体が毎 日消費す るエネルギー (食料 も含めて)は、環境か ら永続的に取 り出し得 る量 を越 えてはいけない し、その排出物について も、 環境が処理 して くれ る能力を越えてはいけない と い うのが (考 えてみれば当た り前の)結論 である。 各個人の正 当な割当分は (権利の偏在 を認めない とすれば)人類全体の割 当分 を全人口で割 った も のにほか な らない。我々、特 に先進国国民は明 ら かにその権利 を1桁 も2桁 も過大に行使 している。 それでは我々はどのように行動すればいいか。 入試科 目名 と宗教団体名以外 では死語になってい ると思われた 「倫理」とい う言葉I9)が ここに復活 しようとしている。 [10]加藤 尚武 『環境倫理学のすすめ』丸善 ライ ブ ラ リー '91 本書は昨年末 に書店に並んだばか りのホカホカの I9もう1つ政治倫理という言葉も残っているが、機能 していないという点で死語に含めた。 本で、書名通 り、環境倫理学 とい う学問の紹介 を 解か りやす く行 なっている。環境倫理 とい う言葉 には書店ではそれ までお 目にかか らなかったため、 こうい う学問があることを私 も知 らなかった。そ うい う意味で、 この本の存在 自体が明 るい材料で ある。本書では例 えばATを批判 していて、その 議論が粗雑に感 じられ、異議 をはさみた くなる、 といった窄ま痕 もあるにはあるが、それ らを差 し引 いて も十分有 り杜い本である。 但 し、物事には順序がある。い きな り学問体系 を突 きつけ られて も有 り難 くもなん とも感 じない のが普通 である。本書の前に、本稿 で紹介す るよ うな他 の書物にあたっておいて、充分混乱 して困 った所 で、 よく整理 された 「学問」に出会 う、こ れが本書の正 しい利用法である。例 えば本書で「自 然の生存権の問題」 を取 り上げているが、私 を含 めてたぶん多 くの人はそこまで考 えたこ ともなか っだろ う (従 ってこう書いて も何 のことか解か ら ないのだろうが)予め[
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を読んで うーん と捻っ てお くとよ く解 る、少な くとも私 の場合 はそ うだ った。 倫理 の問題 は難 しい。 もう少 し身近に引 き寄せ た もの も読んでお きたい。そこで、特に、 [11]杉 田聡 F人に とって クルマ とは何 か』大月 書店 '91 をお薦めす る。未だにクルマ或は クルマ社会 を礼 賛 した脳天気な本が数 多 く出ているが (その方が ビジネスになるのは分か るが)、本書は勿論 その反 対の立場の本で、 クルマ社会 とクルマに依存す る 我々の生活の道徳的問題 を追及 している。我々に 具体的な問題 を突 き付けて くる、ある意味ではイ ヤな本 であるが、無視 して通 る訳に行か ない問題 で もあ る。但 し、経済的問題につ いては明確に答 えて くれてはいない。 日本の経済は実質 的にクル マの製造 ・販売 ・消費に支 えられているため、例 えば国民全部がせ-の-で一斉 にクルマ の使用 を 止めれば 日本の経済的カタス トロフィー は必至で あ り、従 って、それを食い止め るための努力を (12) カレル ・ヴァン ・ウォルフレン 『日本/権力 構造の謎j (上、下)篠原勝訳、早川書房 '90 で示 され るような権力構造が全力で行 な うだろう こ とも想像がつ く。 まさに 「クルマは急 に止 (と /や)め られない」なのである。 - 143-さて、生活変革の必要性 と倫理の重要性は分か った として、 さらに問題はその先にある。倫理 で 人は動か ない。 そこでまた話は技術 に戻 って くる。 今度は科学技術や工業技術の話ではない。心の持 ち方の技術 の話である。昔は宗教がこれ を一手に 引受 て くれていたが、今後は どうなるのだろ う。 [13] ツイアビ (話者)『パパ ラギ』岡崎昭男訳、 立風書房 '81 か ら入ろ う。ツイアビは南の島の酋長で、パパラ ギは彼 らの言葉で白人 を意味す る。文明人の姿 を 外か ら描 いてある本である。我々が当た り前だ と 思ってい ることが見方によってはいかに奇妙に映 るかがわか る。 とりあえずは、 これ を読んで文明 に汚染 された常識の垢 を落 とそ う。そして次に、 [14] 高橋克彦 (対談集)『1999年』小学館 '90 を紹介す る。本稿の タイ トルには最 もマ ッチ した 本である。 いわゆるニューエイジに属す る本で、 怪 しげな人達が