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1910年代台湾の地方農政 : 米種改良事業を中心として

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(1)1910年. 代 台湾 の地方農 政. -米 種改 良事業 を中心 と して−. や まだ. あつ し. は じめ に 1、 日本 植 民 地 時 代 前 期 の 地 方 行 政 2、 地 方 庁 の 農 政 担 当者 3、 庁 と農 会 4、 警 察 と米 種 改 良 事 業 お わ りに か え て. は じめ に. 今 日の 台 湾 に 県 や 市 とい う地 方 自治 体 が あ る よ うに 、 日本 植 民 地 時 代(1895-1945年)台. 湾に. も 、 地 方 行 政 機 関 が あ っ て 台 湾 総 督 府 か ら 一 部 事 務 を 割 り振 られ て い た。 さて 、 台 湾 の 中 心 的 産 業 は農 業 で あ っ た 。 地 方 行 政 にお い て も 、 農 政 が 重 視 され て い た は ず で あ る。 で は 、 実 際 に 地 方 行 政 に お い て どの よ うな 組 織 が 形 成 され 、 ど の よ うな 人 物 が 農 政 を担 当 して 、 どの よ うな 政 策 が 打 ち 出 され て い た の か 、 とな る と以 外 と研 究 は な い 。 そ れ で も糖 業 に お い て は 、 総 督 府 で の 糖 業保 護 政 策 の 展 開 と絡 め な が ら、1900年 代 の 塩 水 港 庁 に お け る糖 業 振 興 策 の顛 末 を 論 じた 森 久 男 「 台 湾 総 督 府 の糖 業 保 護 政 策 の 展 開 」(『台 湾 近 現 代 史 研 究 』 創 刊 号,1978 年4月,pp.41-82)や. 、 これ ま た 総 督 府 の 政 策 を受 け な が ら も独 自 の殖 産 興 業 を 目指 した 嘉 義 庁. を 分 析 した 拙 稿 「 明 治 期 台 湾 にお け る糖 業 殖 産 興 業 政 策― 中心 に 一方. 」―(『 現 代 中 国 』 第68号,1994年7月,pp.98-109)な. 嘉 義 地 方 の 小 製 糖 業 の 実 践 と挫 折 を どがあ る。. 、 糖 業 と並 ん で 台 湾 農 業 の 中 心 で あ っ た 米 穀 業 に つ い て は 、研 究 そ の も の は 多 い もの の 、. 地 方 農 政 と絡 め た 研 究 は 見 当 た ら な い 。 従 来 の研 究 は 、 川 野 重 任 『台 湾 米 穀 経 済 論 』(有 斐 閣, 1941年1月)に. 代 表 され る よ うに1、 蓬莱 米 と呼 ば れ る 日本 か ら導 入 して 改 良 した 品 種(日. は 、 台 湾 在 来 の 品 種 よ りも 高 値 で 多 量 に 販 売 で き た)に. 本へ. 焦 点 を あて 、 そ の蓬 莱 米 の市 場 で の米. 価 ・流 通 量 を 中 心 課 題 と して い る。 な る ほ ど、 米 糖 相 克2や 日本 市 場 へ 植 民 地 米 が 大 量 流 入 す る こ とに よ っ て 日本 の農 家 が 打 撃 を受 け る こ と を 考 えれ ば 、 そ の 問 題 に議 論 が 集 中 す る の は うな ず け る。 しか しな が ら、 米 作 へ の 日本 統 治 の 影 響 とい う観 点 か ら見 れ ば 、 市場 で の 米 価 ・流 通 量 に だ け 焦 点 を あ て た り、 統 治 も 中期 に な っ た1920年 代 半 ば に 登 場 した 蓬 莱 米 に の み 焦 点 を あ て た り す るの は 、 と も に 問 題 あ る と言 わ な け れ ば な らな い。 蓬 莱 米 登 場 ま で の20年 余 り、 台 湾 総 督 府 は 米 作 に対 して ど ん な 施 策 を行 っ た の か 、 そ れ ら施 策 が 地 方 で どの よ うに 実 施 され て い た の か を も.

(2) 分 析 す る 必 要 が あ る。 本 論 は 上 記 の 観 点 か ら、 日本 植 民 地 時 代 の 前 期20年 余 りに お い て 、 地 方 行 政 機 関 が 、米 作 に 対 し どの よ うな農 政 を 行 っ て い た か を 分 析 す る もの で あ る。. 1、 日本 植 民 地 時 代 前 期 の 地 方 行 政 機 関. 日本 植 民 地 時 代 前 期 の 地 方 農 政 を解 明 す る に 当 た り、 ま ず 当 時 の地 方 行 政 機 関 に つ い て 整 理 し て お こ う3。 日本 植 民 地 時 代 の 地 方 行 政 機 関 は 、1895年 か ら1901年11月 1901年11月 か ら1920年8月. ま で の 庁 制 時 代 、1920年9月. ま での試 行 錯 誤 時代 、. か ら1945年 ま で の州 制 お よび 市 街 庄 制 時. 代 の3時 代 に 区 分 で き る。 試 行 錯 誤 時 代 は 、1896年3月. の 勅 令 第91号. 「台 湾 総 督 府 地 方 官 官 制 」 に よ っ て ま ず3県(台. 県 ・台 中県 ・台 南 県)1庁(澎. 湖 島庁)お. に 翌1897年5月. 「 台 湾 総 督 府 地 方 官 官 制 」 に よ っ て 、6県(台. 、 勅 令 第152号. 中 県 ・嘉 義 県 ・台 南 県 ・鳳 山 県)3庁(宜. よ び 県 下 各 地 に 支 庁 を置 く こ とで 始 ま っ た4。 しか る. 蘭 庁 ・台 東 庁 ・澎湖 庁)お. 置 く体 制 に 改 ま り、 個 々 の行 政 区 画 は 細 分 化 され た 。 翌1898年6.月 総 督 府 地 方 官 官 制 」 に よ っ て 県 を3県(台. 北. 北 県 ・新 竹 県 ・台. よび 県 庁 下 各 地 に 弁 務 署 を 、 今 度 は 勅 令 第108号. 「 台湾. 北 県 ・台 中県 ・台 南 県)に 統 合 し(庁 は若 干 の 改 変 、. 弁 務 署 は 統 合)、 県 の 組 織 を 拡 大 、 部 課 制 と して 技 師 や 警 部 な ど高 級 官 吏 で あ る 奏 任 官5を 配 置 して行 政 能 力 を 持 た せ る体 制 に 改 め た 。 しか しな が ら、 この 時 代 は ま だ 抗 日ゲ リラ の 活 動 が 盛 ん で 、 総 督 府 の 台 湾 統 治 自体 が 確 立 で き て い な か った 。 地 方 農 政 は 実 態 調 査 に留 ま り6、 地 方 行 政 機 関 側 か ら何 らか の 施 策 を提 示 で き た わ け で は な い 。 ま た州 制(日 本 の 県 制 に 当た る もの で 、 台 湾 西 部 に5つ の州 を お い た 。 人口 の 少 な い 東 部 は 庁 の ま ま残 した。 ま た 州 協 議 会 を置 い て官 選 な が ら民 意 代 表 と した)お. よ び 市 街 庄 制(日 本 の 市 町 村 制 に 当 た る も の で 、 州 内 に 市 街 庄 と協 議 会. を 置 い た)時 代 は 、 本 論 で と りあ げ る 日本 植 民 地 時 代 の 前 期20年 余 り とは 重 な らな い 。 よ っ て と もに 議 論 を省 き 、 庁 制 に つ い て 考 察 した い 。 庁 制 は 、1901年11月 公 布(9月. の 勅 令 第202号. 施 行)の 律 令 第3号. 「 台 湾 総 督 府 地 方 官 官 制 」 に よ っ て 開 始 され 、1920年7月. 「 台 湾 州 制 」 に よ っ て 、 一 部 地 域 を 除 い て 終 了 した 制 度 で あ る。. 庁 制 の 特 徴 を整 理 す る と以 下 の 点 を挙 げ る こ とが で き る だ ろ う。 (1)地. 方行 政機 関 は庁 のみで あ った。. (2)庁. の 管 轄 区 域 は 小 さか っ た。. (3)庁. の組 織 は 簡 単 で 、配 置 され た行 政 人 員 は 少 な か っ た 。. (4)民. 意 代 表 は な く、 全 くの 官 治 だ っ た。. (1)だ. が 、 試 行 錯 誤 時 代 や 州 制 時 代 の 地 方 行 政 機 関 が 、 総 督 府-県. ・庁 −弁 務 署 や 、 総 督 府. −州 − 市街 庄 の よ うな3級 制 を採 用 して い た の に 対 し、 庁 制 で は総 督 府-庁. の2級 制 で あ っ た 。. 庁 内 各 地 に支 庁 が 置 かれ た が 、 そ こ に は 警 察 官 と雇 員 が 配 置 され た だ け で あ る。 補 助 行 政 は行 っ た が 、 庁 内 に 張 り巡 ら され た 警 察 官 派 出 所 の 統 括 拠 点 と考 え る の が 妥 当 で あ る。 (2)だ. が 、 台 湾 全 島 お よ び澎 湖 に1901年 当初 は20庁 を配 置 して い た 。 庁 名 を 列 挙 す る と、 台.

(3) 北 庁.基. 隆 庁 ・宜 蘭 庁 ・深 坑 庁 ・桃 園 庁7・ 新 竹 庁 ・苗 栗 庁 ・台 中 庁 ・彰 化 庁 ・南 投 庁 ・斗 六. 庁 ・嘉 義 庁 ・塩 水 港 庁 ・台 南 庁 ・蕃 薯寮 庁.鳳. 山 庁 ・阿?庁. ・恒 春 庁 ・台 東 庁 ・澎 湖 庁 で あ る。. 1909年 に12庁 へ と整 理 した が 、 そ れ で も試 行 錯 誤 時 代 お よ び 州 制 時 代 と比 べ て 数 が 多 く 、 管 轄 区 域 が 小 さい 。 小 区 域 に わ か れ て い た 理 由 に つ い て 、1909年10月. の 勅 令 第282号. 「台 湾 総 督 府 地 方. 官 官 制 中 改 正 」 に よ っ て12庁 へ と整 理 す る の に 際 し、 内 閣 へ 提 出 され た 資 料 に 説 明 が あ る。 「 去 ル 三 十 四年 現 行 地 方 制 度 ヲ 制 定 シ タル 当 時 ハ 土 匪 尚 所 在 ニ跳 梁 シ交 通 機 関 尚未 タ 整 備 セ サ ル 時 代 ナ リシ ヲ以 テ 主 トシ テ 保 安 ノ 目的 上 用 意 ノ細 密 周 到 ヲ 期 ス ル ヨ リシ テ 地 方 庁 ノ組 織 ヲ簡 単 ニ シ其 ノ管 轄 区 域 ヲ小 区 域 ニ 限 局 シ タ ル モ ノナ リ」8 す な わ ち 、 明 治34(1901)年. 時 点 で は 抗 日ゲ リラ の 抵 抗 が ま だ収 ま っ て い な か っ た 。-一応 収 束 し. た の は 翌1902年 で あ る。 交 通 機 関 も未 発 達 で あ り、 縦 貫 鉄 道 が 正 式 全 通 した の は 整 理 前 年 の1908 年 で あ っ た。 この 状 況 に お い て 、 管 轄 区 域 を 小 さ くす る こ と は 、 警 備 の 実 効 を 上 げ る の 措 置 と し て 妥 当で あ っ た ろ う。 (3)だ. が 、 上 記 説 明 に もあ る通 り、 庁 の 組 織 は 簡 単 で あ っ た 。 小 さな 管 轄 区 域 の 地 方 行 政 組. 織 が 多 数 存 在 した 以 上 、 個 々 の 行 政 組 織 へ の 配 置 人 数 は 少 な くな ら ざ る を 得 ず 、 一 人 何 役 も こ な さ な け れ ば な ら な い。1901年 当初 、 奏 任 官 は 庁 長1人. で あ っ て,他 は 中 下 級 官 吏 で あ る判 任 官 、. そ して 雇 員 と嘱 託 で あ っ た 。 庁 の 組 織 は 一 応 、 庶 務 課 ・警 務 課 ・税 務 課 の3課 主 要 業 務 は 庁 長1人. が 決 済 せ ざ る を 得 な か っ た 。 判 任 官(属. に分 かれ てい た が、. ・警 部 ・技 手 ・通 訳 ・警 部 補)の. 数 は 台 湾 全 体 で 、1230人 以 内 と国 に よ っ て 定 め られ て い た 。1庁. 定. 平 均 で60人 強 と な る。(1)の. 通 り、 他 に は 上 級 行 政 機 関 の 総 督 府 しか な く、 こ ち らは 当 然 な が ら地 方 出 先 機 関 を含 め て 多 数 の 人 員 と予 算 を抱 え て い た の で 、 総 督 府 に よ る 中央 集 権 制 を 採 用 して い た と も言 え る。 (4)だ. が 、1901年 当 初 は 、 台 湾 人 の 名 望 家 数 名 を 参 事 に任 命 した の み で あ る。 参 事 は 有 給 だ. が 、顧 問 の よ うな 職 務 に 過 ぎな か っ た 。1920年 ま で 存 続 した が 有 名 無 実 との 指 摘 も あ る9。 他 の 日本 人 ・台 湾 人 は庁 行 政 に 関 与 で き な か っ た 。 上 記 の 通 り、 庁 制 は 治 安 を 考 慮 した 小 さな 管 轄 区域 と簡 素 で 少 人 数 の 組 織 で 開 始 され た が 、 西 部 平 地 の 治 安 が 安 定 し、 産 業 開 発 や 徴 税 に も対 応 で き る 余 裕 が で き て く る と 、 制 度 の 大 枠 は 変 え な い ま で も、 細 部 の 手 直 しが 行 わ れ る よ うに な っ た 。 そ の 最 大 の もの が 上 記 の1909年 に お け る庁 の 整 理 で あ っ て 、 台 北 庁 ・宜 蘭 庁 ・桃 園 庁 ・新 竹 庁 ・台 中 庁 ・南 投 庁 ・嘉 義 庁.台. 南 庁 ・阿?. 庁 ・花 蓮 港 庁 ・台 東 庁 ・澎 湖 庁 の12庁 と した 。 庁 の 整 理 以 外 に も、 以 下 の よ うな 手 直 しが 、 整 理 と 同 時 期 か 先 立 っ て 行 わ れ た 。 (1)奏. 任 官 の増 置 。. (2)税. 務 吏 の新 設 配 置 。. (3)区. の新設。. (1)だ. が 、 何 段 階 か に 分 か れ て 増 置 され て い っ た 。 ま ず1904年10月. に 勅 令 第218号. 督 府 地 方 官 官 制 中改 正 」 に よ って 、 前 項 職 員 ノ外 俸 給 予 算 定 額 内 ニ 於 テ 台 北 庁 ニ 警 視 一 人 ヲ 置 ク コ トヲ得. 「 台湾総.

(4) 警 視 ハ 奏 任 トス の 条 文 が 加 え られ 、 最 も規 模 が 大 き く、 か つ 総 督 府 の お 膝 元 で あ る 台 北 庁 に 、 庁 長 に 次 ぐ奏 任二 官 と して 警 視 が 配 置 され た。 庁 で は 警 務 課 長 の 役 職 に つ い た 。 次 い で 、1906年5月. に 勅 令 第113号. 「 台湾 総督 府地 方官官 制 中改正 」 に よって、 技 師  奏 任 庁 技 師 ハ 各 庁 ヲ 通 シ テ 専 任 十 人 ヲ以 テ 定 員 トス と して 、 技 師(奏 任 官)が 増 置 され た 。 各 庁 を 通 じて10人 が 定 員 で あ っ た た め 、 台 北 庁 を は じめ とす る主 要 な 庁 に配 置 され 、 そ うで な い 庁 は 兼 任 か 無 配 置 で あ っ た 。 この 技 師 は 、 庁 の庶 務 課 に 配 置 され た 。 さ らに12庁 へ の整 理 と同 時 に 、 同 じ勅 令 第282号 に よ っ て 、 俸 給 予 算 定 額 内 ニ 於 テ 各 庁 ヲ通 シ テ 事 務 官 十 五 人 、 警 視 十 一 人 、 技 師 十 二 人 ヲ 置 ク コ トヲ 得 と して 、 新 た に事 務 官(奏 任 官)が 配 置 され 、警 視 と技 師 が 増 置 され た 。 事 務 官 は 庶 務 課 長 や 税 務 課 長 の 役 職 に つ い た。1910年5.月1日 と以 下 の 通 りで あ る。. 現 在 で の 庁 の 奏 任 官 配 置 を 『台 湾 総 督 府 職 員 録 』 で 見 る.

(5) これ で 主 要 な 庁 に は 、 庁 長 以 外 に も 高 級 官 吏(奏 任 官)・が 配 置 され た 。 (2)だ. が 、1909年10月. の 勅 令 第291号. 「 台湾 総督府 地 方庁 ニ税 務 吏設置 」 で、. 台 湾 総 督 府 地 方 庁 二 税 務 吏 ヲ 置 キ 徴 税 ノ事 務 ニ 従 事 セ シ ム 税 務 吏 ハ 判 任 トシ 其 の 定 員 ハ 台 湾 総 督 之 ヲ 定 ム 税 務 吏 ノ月 俸 ハ 十 五 円 以 上 三 十 円 以 下 トシ 地 方 税 ノ支 弁 トス と して 設 置 され 、 庁 に 配 置 され た 。 これ に よ っ て 、 庁 の 徴 税 能 力 は 強 化 され た 。 (3)だ 1910年2月. が 、1909年9月. の 勅 令 第217号. 「台 湾 街 庄 社 ニ 区 長 及 区 書 記 設 置 」 に よ っ て 設 置 され 、. に 施 行 され た 。 す な わ ち 、. 第 一 条  台 湾 総 督 府 管 内街 、 庄 、 社 又 ハ 数 街 庄 社 ニ 区長 一 人 区 書 記 若 干 人 ヲ 置 ク 区 長 及 区 書 記 ハ 判 任 官 ノ待 遇 トス 第 二 条  区 長 ハ 庁 長 ノ指 揮 監 督 ヲ 承 ケ部 内 ノ行 政 事 務 ヲ補 助 執 行 ス 第 三 条  区 書 記 ハ 区 長 ノ命 ヲ承 ケ庶 務 ニ 従 事 ス ・ ・ 中略 …… ・ 第 六 条  区 書 記 ニ ハ 手 当 ヲ給 ス 区 長 ニ ハ 事 務 費 ヲ給 ス ル コ トヲ得 …後 略 …… と い う も の で あ る10。 こ の 区 長 や 区 書 記 の 任 用 に つ い て は 、1909年10月. の 台 湾 総 督 府 令 第69号. 「区長 及 区 書 記 任 用 規 則 」 に よ っ て 、 第 一 条  区 長 ハ 所 轄 庁 内 ニ 住 居 シ 年 齢 三 十 歳 以 上 ノ資 産 名 望 ア ル 者 ニ シ テ 国 語 ノ素 養 ニ 関 シ 修 業 年 限6箇. 年 ノ 台 湾 公 学 校 卒 業 以 上 ノ 学 カ ヲ有 ス ル 者 ノ 中 ヨ リ之 ヲ任 用 ス. 第 二 条  区 書 記 ハ 年 齢 十 八 歳 以 上 ニ シテ 国 語 ノ素 養 ニ 関 シ修 業 年 限6箇 以 上 ノ学 力 ヲ 有 ス ル 者 ノ 中 ヨ リ之 ヲ任 用 ス. 年 ノ台 湾 公 学 校 卒 業.

(6) と され た 。 区 長 の 規 程 に 見 え る よ うに 、 こ れ は 、 台 湾 人 の名 望 家 に庁 の 行 政 を 補 助 させ よ うと い うも の で あ っ た 。 た だ し府 令 第69号 第 一 ・二 条 の 規 程 に も か か わ らず 、 実 際 の 区 長 や 区 書 記 の 日 本 語 能 力 は 限 りが あ り、 若 干 の 事 務 を任 せ る こ とが で きた だ け で あ っ た11。 2、 地 方 庁 の 農 政 担 当者. 本 節 で は 主 題 で あ る地 方 庁 の 農 政 につ い て 、 庁 自体 の 組 織 、 主 導 者 を 分 析 して み た い。 ま ず は 庁 自体 の組 織 か ら。 前 節 で も 触 れ た よ うに 、庁 の 組 織 は 庁 長 の 下 に 、 庶 務 課 ・警 務 課 ・財 務 課 の 3課 が 置 か れ て い た12。 庁 に よ っ て は 蕃 務 課 を 置 く所 も あ っ た 。 た だ し、 蕃 務 課 長 は 警 務 課 長 が 兼 任 し課 員 も 多 く な く 、 警 務 課 の 出 先 み た い な も の で あ る。 この う ち 、 農 政 を 担 当 した の は 庶 務 課 で あ る。 庶 務 課 に は 、 事 務 官 や 属(判. 任 官)と. も と もに 技 師 と技 手(判 任 官)が 配 置 され て い. た。 台 南 庁 を事 例 に庶 務 課 の 主 要 職 員 配 置 を 見 る と以 下 の 通 りで あ る13。. 庶務課長 . 事務官高等官五等二級俸. 文書係長 . 属 . 判任官 . 四級俸. 庶務係長 . 属 . 判任官 . 三級俸. 学務係長 . 属 . 判任官 . 三級俸. 調停係長 . 事務官高等官六等四級俸. 殖産係長 . 技師 高等官四等二級俸. 土木係長 . 技師 高等官五等三級俸. 会計係長 . 属 . 判任官 . 四級俸. 殖 産 係 が 農 政 を 主 導 して い た こ とは 言 うま で もな い 。 土 木 係 も農 業 水 利 の 建 設 管 理 の 方 面 か ら、 農 政 と深 く 関係 して い た 。 な お 警 務 課 や 蕃 務 課 は 、警 視 と と もに 警 部 や 警 部 補 が 配 置 され 、 財 務 課 に は 事 務 官 や 属 官 と と もに 税 務 吏 が 配 置 され て い た。 つ ぎ に 農 政 の 主 導 者 につ い て。 前 節 で 触 れ 、 ま た上 記 の職 員 配 置 に 見 え る よ うに 、 主 要 な 庁 の 庶 務 課 に は技 師 が 配 置 され 、 殖 産 係 長 と土 木 係 長 の役 職 に つ い て い た 。 台 湾 総 督 府 『府 報 』 各 号 を利 用 して 、 全 て の 庁 技 師 と そ の 任 期 を列 挙 す れ ば以 下 の 通 りで あ る。. 堀内. 政 一 . 台 北 庁 技 師(殖. 産) . 1906/7/9-1915/02/27 (1907/1/12-1909/10/23は. 江 口. 石渡 細谷. 光 雄 . 台 北 庁 技 師(殖. 産) . 1916/9/19-1918/5/17. 嘉 義 庁 技 師(殖. 産) . 1919/4/9-1920/8/31(兼. 台 北 庁 技 師(殖. 産) . 1918/5/17-1920/8/31. 源 四 郎  基 隆 庁 技 師(殖. 産) . 1906/8/16-1909/10/23. 篤 . 深 坑 庁 技 師 を 兼 任). 任:本. 官 は 総 督 府 技 師).

(7) 藤村. 誠 太 郎  新 竹 庁 技 師(殖. 産) . 1908/1/21-1913/6/13 (1909/10/24ま. で 桃 園 庁 技 師 を 兼 任). 岩崎. 四 郎 作  新 竹 庁 技 師(殖. 産) . 1918/9/21-1920/8/31. 吉田. 碩 造 . 台 中 庁 技 師(殖. 産) . 1906/8/16-1907/2/7(苗. 小谷. 武 治 . 台 中 庁 技 師(殖. 産) . 1907/3/14-1909/7/31 (1907/6/8か. 久保. 隆 三 . ら苗 栗 庁 技 師 を 兼 任). 彰 化 庁 技 師(殖. 産) . 1909/7/6-1909/10/25(南. 台 中 庁 技 師(殖. 産) . 1909/10/25-1915/2/27. 台 南 庁 技 師(殖. 産) . 1915/2/27-1916/12/11. 磯. 永 吉 . 台 中 庁 技 師(殖. 産) . 1915/2/27-1920/8/31. 菅野. 修 一 郎  台 中 庁 技 師(殖. 産) . 1919/10/16-1920/8/31. 東郷. 実 . 産) . 1906/6/13-1907/6/14. 彰 化 庁 技 師(殖. 栗 庁 技 師 を 兼 任). 投 庁 技 師 を 兼 任). (南 投 庁 技 師 と 斗 六 庁 技 師 を 兼 任) 台 北 庁 技 師(殖. 産) . 1915/2/27-1916/9/19. 小 笠 原 富 次 郎  嘉 義 庁 技 師(殖. 産) . 1906/6/13-1909/4/6死. 去. (南 投 庁 技 師 と 斗 六 庁 技 師 を 兼 任) 網野. 一 寿 . 嘉 義 庁 技 師(殖. 産) . 1909/7/6-1915/2/27 (1909/10/25ま. 阿?庁 赤城. で は 斗 六 庁 技 師 を 兼 任). 技 師(殖. 産) . 1915/2/27-1g20/8/31. 五 十 羽  嘉 義 庁 技 師(殖. 産) . 1918/10/22-1920/831. (兼 任 、 本 官 は 総 督 府 技 手 、1919/8/18か 色部. 米 作 . 台 南 庁 技 師(殖. 産) . ら本 官 は 総 督 府 技 師). 1908/4/28-1915/2/27 (塩 水 港 庁 技 師 と 蕃 薯 蒙 庁 技 師 を 兼 任). 嘉 義 庁 技 師(殖. 産) . 1915/2/27-1920/831. 山田. 拍 採 . 台 南 庁 技 師(殖. 産) . 1916/12/11-1920/8/31. 桑島. 逸 覚 . 鳳 山 庁 技 師(殖. 産) . 1907/4/5-1907/12/16(阿. 阿?庁. 産) . 1907/12/16-1915/2/27. 技 師(殖. (1909/10/23ま. で 鳳 山 庁 技 師 を 兼 任). 長嶺. 林 三 郎  恒 春 庁 技 師(殖. 産) . 1906/6/13-1909/10/21(台. 三浦. 慶 次 . 木) . 1909/10/25-1916/10/3. 台 北 庁 技 師(土. (1911/10/16ま. ? 庁 技 師 を 兼 任). 東 庁 技 師 を 兼 任). で は 兼 任 、 本 官 は 土 木 部 技 師 、 以 降 は 台 北 庁 技 師 の 専 任). 梅 田. 清 次 . 台 北 庁 技 師(土. 木) . 1916/10/3-1920/8/31. 関山. 良 助 . 新 竹 庁 技 師(土. 木) . 1909/10/25-1911/10/10死. 水野. 五 郎 . 台 中 庁 技 師(土. 木) . 1909/10/25-1913/6/13. 長尾. 正 元 . 新 竹 庁 技 師(土. 木) . 1912/10/2-1913/6/4. 去.

(8) 台 中 庁 技 師(土 木) . 1913/6/4-1920/8/31. 桐谷. 源 蔵 . 嘉 義 庁 技 師(土 木  )1910/1/15-1911/4/1死. 山本. 和 吉 . 嘉 義 庁 技 師(土 木) . 島田. 宗 一 郎  台 南 庁 技 師(土 木) . 森田. 松 三 郎  台 南 庁 技 師(土 木  )1917/6/28-1920/8/31. 磯田. 清 之 輔  阿?庁 技 師(土 木) . 去. 1911/8/29-1920/8/31 1909/10/25-1917/6/28. 1909/10/25-1920/8/31. 上 記 の よ うに 、 まず 殖 産 技 師 が1906年 中 か ら各 庁 に配 置 され 、 次 い で 土 木 技 師 が1909年 後 半 か ら各 庁 に 配 置 され た 。 これ ら技 師 の 中 に は 、 蓬 莱 米 の 父 と呼 ば れ る磯 永 吉 や 、植 民 政 策 で 著 述 を 行 っ た 東 郷 実 な どが お り、総 督 府 の 殖 産 局 や 土 木 局 の 技 師 と比 べ て 遜 色 な い 。 そ もそ も彼 ら庁 技 師 達 と、 総 督 府 殖 産 局 ・土木 局 の 技 師 達 とは 人 事 交 流 が あ っ て 、 表 に も見 え る よ うに 総 督 府 技 師 が兼 任 した り、 逆 に 総 督 府 技 師 を 兼 任 した り とい う例 も あ っ た 。 ま た総 督 府 技 手 が 庁 技 師 へ と昇 任 す る場 合 も あ っ た 。 3、 庁 と農 会. 地 方 庁 の 農 政 に つ い て は 、 現 在 残 され て い る資 料 を 見 る と、 地 方 庁 が 直 接 行 っ た とい うよ りは 、 地 方 庁 の 指 導 監 督 下 、 農 会 や 水 利 組 合 な ど諸 組 織 を 介 して 行 っ て い た とい うの が 正 しい。 特 に そ の 庁 固 有 の 農 政(全. 台 湾 的 な農 政 で も 、 庁 毎 に 実 施 時 期 や 手1順が 異 な る も の は 庁 固 有 とな る)は 、. ほ ぼ 農 会 な どの 諸 組 織 に よ っ て 行 わ れ て い た と言 っ て 良 い 。 これ は 、 庁 の 財 政 支 出 を 見れ ば わ か る。 比 較 的 詳 しい 数 字 を 示 して い る台 南 庁 の1918年 度 の 支 出 を(表1)で. 見 て み よ う。 支 出 は 国. 費 と地 方税 経 費 に わ か れ 、 そ れ ぞ れ が 経 常 部 と臨 時 部 に わ か れ てや や 見 ず らい が 、 俸 給 を除 く と、 農 政 に 関 係 して い る費 用 は 畜 産 や 林 野 を 含 め て 、 農 事 試 験 費 と営 林 局(国 (国 費 ・臨 時 部)、 衛 生 費 の うち の 屠 畜 検 査 費(地 費 ・臨 時 部)程. 費 ・経 常 部)、 勧 業 費. 方 税 経 費 ・経 常 部)、 獣 疫 予 防 費(地. 方税 経. 度 で あ る。 勧 業 費 が や や 多 い ほ か は 僅 か な 額 に 過 ぎ な い 。 一 方 、 台 南 庁 農 会 の. 1918年 度 の 支 出 は(表2)で. あ る。 これ が 農 政 に と っ て 十 分 な 額 か は議 論 の 余 地 が あ る だ ろ うが 、. 少 な く と も庁 の 支 出 を 上 回 る額 が 計 上 され て い る こ とは 間 違 い な い 。 ま た 、 台 湾 総 督 府 の事 務 官 で殖 産 局 農 務 課 長 だ っ た 今 川 淵 が 、1925年 の 講演 で 次 の よ うに 述 べ て い た こ とか ら も、 地 方 庁 が 農 会 を別 働 隊 と して 機 能 させ て い た こ と を裏 付 け て い る14。 従 前 の 農 会 即 ち制 度 改 正 と云 ふ 画 期 的 努 力 を 呈 す る 以 前 の 農 会 は 地 方 庁 が 其 の 地 方 庁 夫 々 の 特 色 を発 揮 す る に 必 要 な る仕 事 に 対 して は 成 るべ く広 汎 な る利 用 を私 共 は許 して 居 つ た の で あ りま す さて 本 節 で は 、 そ れ ら庁 組 織 の 中 で も最 も重 要 で あ っ た農 会 を分 析 した 上 で 、 そ の 農 政 の 特 徴 を 考 え て み た い。.

(9) 表1 . 1918年 度 に お け る 台南 庁 の 支 出 出 典 :『台 南 庁 概 況 』 大 正7年 単 位は 円で円 以下切捨. 国費経 費支払決 算の うち台南庁 所属分 経常部. 国費経費 支払決算 の うち台南庁所属 分 臨 時部. 度 版(頁. は 各 項 目 の 右 上 に記 載).

(10) 地方税経 費支払決 算の うち台南 庁所属分 経常部. 地 方税経 費支払決 算の うち台南庁 所属分 臨時部.

(11) 表2 . 台 南 庁 農 会 の1918年 度 の 支 出  単 位:円. 農 会 に つ い て 、『台 中 庁 管 内 概 要 』(大 正6年 版)はpp.160-161で. 以 下 の よ うに 沿 革 を 述 べ て い. る。 本 庁 農 政 ノ助 長 機 関 トシ テ 去 ル 明 治 三 十 六 年 其 ノ設 置 ヲ 見 タル 台 中 庁 農 会 ハ 専 ラ 農 林 業 ノ改 良発 展 ヲ 企 図 シ 来 レル モ 当時 農 会 ハ 何 等 法 規 ニ拠 ル ヘ キ モ ノナ ク且 経 費 乏 シ キ 為 メ事 業 ノ経 営 意 ノ如 クナ ラサ ル モ ノ ア リ シ カ 明 治 四 十 一 年 十 一 月 台 湾 農 会 規 則 同 施 行 規 則 発 布 セ ラ レテ 法 人 組 織 トナ リ翌 四 十 二年 官 制 改 正 ニ拠 リ元 彰 化 庁 農 会 及 元 苗 栗 庁 農 会 区域 ノー 部 ヲ 併 合 シ 従 テ 其 ノ 区 域 著 シ ク 拡 大 シ会 費 ハ 地 租 、 官 租 、 役 牛 、養 豚 等 ニ賦 課 ス ル コ トニ 改 メ タ ル ヲ以 テ 基 礎 益 々 輩 固 トナ リ整 然 タ ル 発 達 ヲ遂 ケ テ 庁 下 殖 産 事 業 ノ面 目 ヲ 一 新 セ ン トス ル ニ 至 レ リ す な わ ち 、 農 会 は 、 明 治36(1903)年 そ の 後 、 明 治41(1908)年. の 台 中 庁 農 会 を は じめ 、1900年 代 前 半 に 各 地 で設 立 され た 。. の 「 台 湾 農 会 規 則 」、 「 台 湾 農 会 施 行 規 則 」 に よ っ て 、 法 人 組 織 と な り、. 台 湾 の 地 方 農 政 と不 可 分 な 機 関 とな っ た 、 の で あ る。 明 治41年12月 の 律 令 第18号. 「 台 湾 農 会 規 則 」15は以 下 の 通 りで あ る。. 第 一 条  農 会 ハ 農 業 及 林 業 ノ 改 良発 達 ヲ計 ル ヲ以 テ 目的 トス 第 二 条  農 会 ハ 法 人 トス 第 三 条  農 会 ハ 庁 長 ノ具 申 ニ 依 リ台 湾 総 督 之 ヲ設 置 ス 国 及 公 共 団 体 ヲ除 ク ノ外 農 会 ノ 区 域 内 ニ 於 テ 耕 地 、 牧 場 、 森 林 又 ハ 原 野 ヲ 所 有 ス ル 者 及 農 業 又 ハ 林 業 ヲ 営 ム者 ハ 総 テ 農 会 員 トス 農 会 ノ 区域 ハ 庁 ノ 区 域 ニ 依 ル …・ 中略 … … 第 六 条  農 会 ハ 台 湾 総 督 ノ 監 督 ヲ承 ケ 庁 長 之 ヲ管 理 ス 第 七 条  農 会 ノ費 用 ハ 規 約 ノ定 ム ル 所 ニ 依 リ会 員 之 ヲ負 担 ス 前 項 ノ 費 用 ノ徴 収 ニ 関 シ テ ハ 台 湾 租 税 滞 納 処 分 規 則 ヲ 準 用 ス.

(12) す な わ ち 、庁 一 円 を そ の 区 域 と し、 区 域 内 の 農 業 者 の 全 体 加 入 を強 制 し、 租 税 同 様 の 強 制 力 で 会 費 を徴 収 で きた の で あ る。 農 会 組 織 の 一 例 と して 、1915年3.月 号(大. 正3年 度)か. 会. 長 . 末 現 在 に お け る 台 中 庁 農 会 の 組 織 を 『台 中 庁農 会 報 』 第6. ら見 て み よ う。 役 員 ・評 議 員(pp.10-15)は. 以 下 で あ る。. 枝 徳二. 副 会 長 . 佐 々木 忠蔵. 評 議 員 . 佐 々木 忠 蔵  島 岩 太 郎  山 田寿 蔵  荒 巻 鉄 之 助  長 尾 正 元  磯 永 吉 呉 徳 功 辜 顕 栄  呉 鷺?  林 烈 堂 蔡 蓮舫  楊瑤 卿 杜 清  呉 汝 祥  陳 紹 年  林 献 堂. 幹. 事 . 支 会 長 . 磯 永 吉  坂 上 椿 蔵 (彰化)河. 東 田義 一 郎 . (東 勢 角)隈. (沙轆)吉. 津 吉 治 . (葫蘆?)三?丸. (鹿港)沼. 沢 伊 蔵 . (北斗)林. 元 多 市 郎 . (大 甲)四 宮 義 親. 幸 吉 . (員林)亀 谷 源 治. 知 眼 . (二林)山. 口孫 一 郎. と あ り、 他 に 地 方 委 員 が 並 ん で い た 。 これ を 『台 湾 総 督 府 人 事 録 』 の 大 正4年5月1日 (pp.219-235)と. 現在. 照 ら し合 わ せ る と 、. 台 中庁 長 . 枝徳二. 台 中庁 庶 務 課 長 . 佐 々木 忠 蔵. 台 中庁 財 務 課 長 . 島岩 太郎. 台 中 庁 庶 務 課 ・事 務 官 . 山田寿蔵. 台 中 庁 警 務 課 課 長 . 荒巻 鉄之助. 台 中 庁 庶 務 課 ・技 師 . 長尾 正 元. 台 中 庁 庶 務 課 ・技 師 . 磯 永吉. 台 中 庁 参 事 . 呉徳 功 辜 顕 栄  呉 鷺?  林 烈 堂 蔡 蓮舫  楊? 卿 杜 清  呉 汝 祥  陳 紹 年  林 献 堂. 台 中庁 庶 務 課 ・属 . 坂上椿 蔵. 彰 化 支 庁 長  河 東 田 義 一 郎 . 東 勢 角 支 庁 長  隈 元 多 市 郎 . 大 甲 支 庁 長  四 宮 義 親. 庁 長  三? 丸 幸 吉 . 員 林 支 庁 長  亀 谷 源 治. 沙轆 支 庁 長  吉 津 吉 治 葫蘆?支 鹿 港 支 庁 長  沼 沢 伊 蔵 . 北 斗 支 庁 長 . 林 知 眼 . 二 林 支 庁 長  山 口孫 一 郎. と い う具 合 で あ る。 地 方 委 員 は 全 て 区 長 で あ っ た 。 す な わ ち、 庁 の 主 要 幹 部 が農 会 の 中 央 部 を そ の ま ま兼 ね た 形 と な っ て い た 。 続 い て 職 員(pp.15-18)。. こ こ に は 、 技 師1人. 、 書 記7人. 、 技手.

(13) 25人 、 有 給 嘱 託3人. 、 無 給 嘱 託19人 、 茶 業 教 師1人. 、 通 訳 兼 技 手1人 、 通 訳13人 、 雇1人. が記 さ. れ て い る。 試 み に 職 員 リス トか ら庁 職 員 で も あ る も の を抜 き 出 し、 そ の 肩 書 き右 に 記 して み よ う。. 農 会 の 肩 書 き . 農 会 か ら の 給 与 . 氏 名 . 庁 で の 肩 書 き と給 与 ま た は 等 級. 以 上 の よ うに 、技 師 と技 手 は 台 中庁 庶 務 課 と兼 任 の も の が 少 な か らず 存 在 す る。 ま た 無 給 嘱 託 の 多 く は 、 各 課 の判 任 官 か 、 各 支 庁 の 雇 員 が 本 務 で あ る 。 同 様 な 人 員 配 置 は 、 他 の農 会 で も 言 え る。 例 え ば 、 台 北 庁 農 会 『台 北 庁 農 会 報 』 第6回(大 2年 度)に. は 、p.350以 降 に1914年3月31日. 北 庁 長 で あ り、 副 会 長. 現 在 の 役 員 が 記 され て い る が 、 会 長. 河 村 徹 は 台 北 庁 庶 務 課 長 で あ り、 同 じ く副 会 長. 務 課 長 で あ っ た 。 評 議 員 も 同 様 で あ り、 副 会 長2人. の 他 は 、 小 川 要 七(台. (台 北 庁 庶 務 課 ・属4級)で. 北 庁 庶 務 課 ・技 師)、 阪 元 軍 二(台. 井村 大 吉 は台. 市 来 半次郎 は台 北庁 警 北 庁 財 務 課 長)、 呉 輔. 卿 ・王 慶 忠 ・洪 以 南 ・李 景 盛 ・蔡 天 培 ・荘 延 燦 ・游 世 清(何 れ も 台 北 庁 参 事)で 同 様 で あ り、 堀 内 政 一(台. 正. あった。 幹 事 も. 北 庁 庶 務 課 ・属2級)、. 越 山正彦. あ っ た 。 支 会 長 が 支 庁 長 、 地 方 委 員 が 各 区 長 で あ り、職 員 の うち無. 給 嘱 託 が 台 北 庁 の 官 吏 や 雇 ・嘱 託 で あ っ た こ とは 言 うま で も な い 。 法 的 に は 農 会 は(法 人 で は あ っ て も)官 公 庁 で は な い と総 督 府 は 規 定 して い た もの の17、農 会 規 則 か ら も 入 的 に も官 公 庁 と 言.

(14) っ て も過 言 で は な か っ た 。 次 い で農 会 の 米 穀 につ い て の 事 業 に つ い て。 農 会 が 庁 時 代 に 取 り組 ん で い た 事 業 は 幾 つ か あ る。 例 え ば 、 前 掲 『台 中 庁 農 会 報 』 第6号. で は 、 目次pp.2-3に. 「 第二. 事 業 之 部 」 と して 以 下. の項 目を 掲 げ て い る18。. 一 農場 、 A  水稲 . B 蔬 菜 . F  牛畜改良 . C  特用作物 . G  豚改良 . D  芭蕉園 . H  家禽改良 I . E  花卉園. 緬羊飼養. 二 蚕業 三 米種改良 A  事業施行計画 . B  本年ニ於テ実施 シタル事項. 四 第八回共同苗代品評会第九回稲立毛競作会.第 二回職員記述製作品展覧会 五 林業 六 農事視察 七 施肥茶園 八 農事講習及講話 九 肥料共同購買. 以 上 の 通 り,農 会 附 属 の 農 場 で 諸 作 物 の 試 験 栽 培 や 家 畜 の 改 良 を行 う他 、養 蚕 事 業 を 行 い 、 米 種 改 良 事 業 を 行 い 、 ま た 品 評 会 や 競 作 会 も行 っ て い た。 これ ら事 業 の うち 、農 会 が 最 も力 を入 れ て い た の は 、 『台 中 庁 農 会 報 』 と は 別 途 に 厚 い 報 告 書 を 作 成 した米 種 改 良 事 業 で あ っ た。 米 種 改 良 とい う言 葉 に つ い て は 、 台 湾 米 の 品 種 数 を 考 え な けれ ば な ら な い。 植 民 地 初 期 の 台 湾 米 は 、 品 種 が 非 常 に 多 か っ た。 例 え ば最 初 の 本 格 的 な 報 告 で あ る 『台 湾 重 要 農 作 物 調 査 普 通 作 物 』(台 湾 総 督 府 農 事 試 験 場 編,1906年3月)は い る(p.60)。. 第 一編. 水 稲379種 ・陸 稲24種 の 合 計403種 を挙 げ て. そ の 後 も調 査 が 進 む に 従 っ て 分 類 が 精 密 に な り、 台 湾 総 督 府 殖 産 局 編 『台 湾 之 米 』. (昭和13年 版)に. 至 っ て は 、 第1期 作447種. 多 数 を 挙 げ て い る(p.6)。. ・中 間 作182種. ・第2期 作736種 の 合 計1365種 とい う. ま た 同 じ品 種 で 呼 ばれ て い る 中 に も 、 詳 細 に 見 れ ば複 数 の 品 種 や 雑 種. が 混 ざつ て い た 。 こ の 多 数 の 品 種 の 中 か ら好 評 の 品 種 を選 び 、 さ らに そ の 中 で も収 穫 量 の 多 い も の を選 び 出 し、 そ うで な い も の を 淘 汰 す る 作 業 で あ る 。 一 例 と して. 、 台 中庁 で の 米 種 改 良 事 業 を見 て み よ う。 『台 中庁 管 内 概 況 』pp.129-131の. 「 稲育. 種 及 米 種 改 良 」 で 同 事 業 は 以 下 の よ うに 述 べ て い る。 長 くな る が 引用 しよ う。 庁 下 一 箇 年 ノ産 米 額 ハ 約 百 二 十 万 石 ニ シ テ 本 島 産 額 ノ 四 分 ノ ー ヲ超 ヱ 総 移 出額 ノ五 割 ヲ 占 ム サ レハ 米 ハ 庁 下 物 産 ノ 大 宗 タ ル ノ ミナ ラ ス 又 全 島 ノ特 産 ナ リ然 リ ト錐 由来 台 中 米 ハ 本 島 ニ 於 テ 其 ノ覇 ヲ 唱 フル モ 栽 培 品 種 多 数 且 雑 駁 ニ シ テ 赤 米 ノ混淆 極 メ テ 多 ク実 質 亦 優 良 ナ ラ サ リシ ヲ 以 テ 応 急 的 一 時 改 良法 トシ テ 米 種 改 良 事 業 ヲ 計 画 シ 明 治 四 十 三 年 ヨ リ引続 キ施 行.

(15) セ リ事 業 ノ 大 要 ハ 庁 下 多 数 ノ栽 培 品 種 ヲ 統 一 的 ニ少 数 優 良 ナ ル モ ノ ニ 限 定 シ 赤 米 ヲ 除 去 ス マ アビ. ル ト共 ニ 種 子 ノ精 選 ヲ行 フ モ ノニ シ テ 四 箇 年 ノ継 続 工 事 業 タ リ而 シ テ 第 一 次 ハ 事 業 大 正 二 年 第 二次事 業ハ 同六 年 ヲ以テ完 了セ リ ・ 後略 す な わ ち、 「 庁 下 多 数 ノ栽 培 品 種 ヲ統 一 的 二 少 数 優 良 ナ ル モ ノ ニ 限 定 シ 赤 米 ヲ 除 去 スル ト共 ニ 種 子 ノ精 選 ヲ行 フ」 こ とが 米 種 改 良 事 業 で あ っ た。 ま た 、 台 中庁 農 会 『第 二 次 米 種 改 良 事 業 成 績 報 告 』(大 正3年 度)は. 、「 第 一編. 事 業 計 画 一斑 」 の 「 第 一章. 目的 」 で 、 以 下 の よ うに 述 べ て. い る。 明 治 四 十 三 年 度 計 画 実 施 ニ 係 ル 米 種 改 良 事 業 ハ 大 正 二 年 度 ニ 於 テ 之 力 結 了 ヲ 告 ケ 庁 下 ノ産 米 ハ 著 シ ク 面 目ヲ 改 メ 第 一 次 計 画 トシ テ ハ 豫 期 ノ効 果 ヲ収 メ タ リ ト錐 尚 ホ 幾 多 改 善 ノ余 地 ア リ ニ 第 二 次 計 画 ヲ 立 テ 異 品 種 ノ淘 汰 赤 米 ノ 除 却 ニ 努 メ 之 レカ 産 額 ノ増 収 ト品 質 ノ 向 上 ヲ 図 リ 茲 以 テ 益 々 品 種 ヲ 純 粋 ナ ラ シ メ ン トス(p.1) 具 体 的 な 米 種 改 良 事 業 に つ い て は 、 ど うで あ ろ うか。 これ も台 中庁 の 事 例 に つ い て 、 『第 二 次 米 種 改 良事 業 成 績 報 告 』 に 依 拠 しな が ら論 じて み よ う。 まず 「 第 二 章  事 業 施 行 ニ 関 ス ル 機 関 」 で は 、 「第 一 節  区 域 」 と して 、 「第 一 区  警 務 課 直 轄 」、 「 第 二 区  沙轆 支 会 」、 「 第 三 区  東 勢 角 支 会 」、 の 順 に 「 第 十 区  二 林 支 会 」 ま で10区 域 に 割 っ て い る 。 最 初 は 直 轄 地 域 、 つ い で支 会(す. な わ ち 支 庁)毎. の 区 域 割 で あ る(pp.1一2)。. そ して 、 「 第 三 章  事 業 施 行 方 法 」 の 「 第 一 節  基 本 調 査 」 で 、 一  第 一 次 計 画 ニ 於 テ 限 定 シ タ ル 各 品種 ニ 対 シ警 察 官 吏 派 出 所 区 域 ヲー 区 トシ 其 特 質 良否 並 ニ 異 名 同 種 及 同 名 異 種 ヲ精 密 ニ調 査 ス ル モ ノ トス 二  前 項 ノ調 査 終 レハ 各 期 作 毎 ニ水 陸 稲 別 ニ 梗 種 三 種 以 内儒 一 種 類 ニ 限 定 ス ル モ ノ トス 三  前 項 ニ 於 テ 限 定 シ タル 品 種 ニ 対 シ各 農 家 ノ 品 種 別 所 望 数 量 並 栽 培 見 込 面 積 ヲ調 査 ス ル モ ノ トス 但 本 調 査 ハ 関係 地 方 委 員 並 ニ 嘱 託 員 ヲ 立 会 セ シ ム ル モ ノ トス 四  前 項 ノ調 査 終 レハ 其 書 類 ハ 一 定 ノ様 式 ニ 依 リ編 纂 シ 之 ヲ台 帳 トシ テ 支 会 ニ保 管 シ 其 ノ集 計 シ タル モ ノ ヲ本 会 ニ報 告 ス ル モ ノ トス(pp.2-3) と して 、 調 査 活 動 か ら開 始 して い る。 三 の項 目に 注 意 した い 。 事 業 は 庁 農 会 主 導 で 行 わ れ る と し て も 、 農 民 側 の 同 意 が な けれ ば 進 展 しな い。 農 会 か ら配 布 され た 稲 籾 を 食 用 に 回 し、 苗 代 に は 手 持 ち の 従 来 か らの 籾 を蒔 く とい う選 択 を 、農 民 は 採 り得 た か らで あ る。 よ っ て 「 各 農家 ノ品種別 所 望 数 量 並 栽 培 見 込 面 積 」 を調 査 す る こ とが 必 要 な の で あ る。 この調 査活 動 で は、 品種 を 「 精 密 ニ 調 査 スル 」 と あ る が 、 「 第三章 節. 事 業施 行 方法 」 の 「 第三. 品 種 の 限 定 」 で は 、 具 体 的 な調 査 方 法 を 以 下 の よ うに 述 べ て い る。 一  各 支 会 ハ 豫 メ 日割 ヲ 定 メ 主 ナ ル 農 民 ヲ 召 集 シ 関 係 嘱 託 員 及 地 方 委 員 立 会 ノ上 支 会 勤 務 技 術 員 ハ 本 事 業 ノ趣 旨及 施 行 方 法 ニ 就 キ 詳 細 説 明 ス ル モ ノ トス 二  警 察 官 吏 派 出 所 管 内 ヲー 区 域 トシ従 来 栽 培 セ ル 稲 ニ 付 各 品 種 毎 ニ 特 徴 及 異 名 同 種 同 名 異.

(16) 種 ニ 付 詳 細 ナ ル 調 査 ヲ行 ヒ其 成 績 ヲ 本 会 ニ 報 告 ス ル モ ノ トス 三  警 察 官 吏 派 出 所 管 内 ヲ ー 区域 トシ 従 来 栽 培 セ ル 稲 ニ 付 左 記 項 目ニ 準 拠 シ 各期 作 毎 ニ 水 陸 稲 各 三 種 以 内儒 一 種 ニ 限 定 ス ル モ ノ トス (項 目は 下 記 に記 述 に つ き 略) 四  右 品 種 ノ 限 定 ニ 就 テ ハ 支 会 長 ノ意 見 ヲ 具 シ 会 長 ノ決 裁 ヲ受 クル モ ノ トス (pp.4ー5) す な わ ち 、 稲 の 特 徴 な どの 詳 細 な 記 述 を 求 め て い る 。 そ の 記 述 項 目は 、粳糯 別.早 強 弱 ・分蘗 ノ多 少 ・穂 ノ長 短 大 小 ・芒 ノ有 無 ・穂 ノ粒 数(十. 中 晩 ・草 丈 ・. 穂 ノ平 均)・ 脱 粒 ノ難 度 ・玄 米 ノ特. 質 大 小 形 状 色 沢 等 ・炊 飯 トシ テ 粘 力 ノ強 弱 風 味 ノ 佳 否 或 ハ 醸 造 用 トシ テ ノ 良 否 ・収 量 ノ多 少 ・農 民 ノ希 望 ・移 出 米 トシテ ノ適 否 、 の14項 目 に 渡 っ て い た。 調 査 活 動 の 次 は 、 選 択 され た原 種 子 の 蕃 殖(増 殖)で 二節. あ る。 「 第 三章. 事業施 行 方法 」の 「 第. 原 種 子 蕃 殖 」 で は 、 以 下 の 通 り計 画 して い る。 第 一 期 作 に つ い て は 、 大 正 四年 ニ 採 種 シ タル 原 種 十 五 石 ヲ 大 正 五 年 ニ 栽 培 シ約 七 百 五 十 石 ヲ獲 ル 見 込 ナ ル モ 其 内 ヨ リ赤 米 異 品 種 等 ヲ 除 却 ス ル 為 メ二 百 五 十 石 ヲ 淘 汰 ス ル モ ノ ト看做 シ 優 良 種 五 百 石 ヲ獲 ル 見 込 大 正 五 年 二 採 種 シ タル 五 百 石 ヲ大 正 六年 ニ 栽 培 シ テ 約 二 万 五 千 石 ヲ獲 ル 見 込 ナ ル モ 其 内 ヨ リ 前 項 ノ理 由 二 依 リ七 千 五 百 石 ヲ淘 汰 スル モ ノ ト看做 シ優 良種 一 万 七 千 五 百石 ヲ獲 ル 見 込 右 一 万 七 千 五 百 石 ハ 大 正 七 年 第 一 期 作 ニ 於 テ 全 管 内 ニ 悉 ク 普 及 ス ル モ ノ トス(p.3). と して 、 当初 の3年 度 で 原 種 を栽 培 ・淘 汰 ・増 殖 し、 最 終 年 度 で そ れ を農 民 の希 望 を 考 慮 しな が ら 、全 庁 下 に 普 及 させ る とい う もの で あ る。 ま た 第 二 期 作 も 同様 な 方 法 が 行 われ た 。 なお 、 全 庁 下 に 普 及 させ る に あ た っ て は 、 農 民 に 改 良籾 を配 布 す る と同 時 に 、 農 民 か ら手 持 ち 籾 を 交 換 とい う形 で 取 り上 げ な け れ ば な ら な い。 そ こ で 手 持 ち 籾 の 分 量1に 1.2の. 対 し、2割 増 し した. 分 量 で 改 良籾 を 交換 す る形 で 、 農 民 の 利 益 に な る よ うに 配 布 した19。. 事 業 の進 展 に つ い て も、 上 記 『台 中庁 管 内概 況 』 が 示 した 通 り、4ヵ 年 程 度 を 単 位 と した事 業 を 何 度 か 連 続 して 行 う方 法 が 採 用 され て い た 。 す な わ ち 、 台 中 庁 で は,第1次 1913年)、 第2次 事 業(1914-1917年)と. 事 業(1910-. して 実 施 され た 。 そ の 後 は 単 な る 選 択 だ け で な く、 純. 系 育 種 及 び 交 配 に よ る 稲 種 改 良 事 業 を 加 味 して 事 業 が 進 み 、 第3次 事 業(1918-1921年)、. さら. に 地 方 制 度 が 庁 制 か ら州 庁 制 に か わ り台 中 州 に な っ た 後 も、 第4次 事 業(1922-1925年)を. 実施. した20。た だ し事 業 年 度 は 庁 に よ っ て違 っ て い た 。 最 も徹 底 した 阿?庁 じめ 、1907年 か ら1921年 ま で に 第1次 か ら第4次 (1921-1924年)、. 第6次(1925-1928年)、. は 、1905年 か ら試 験 を は. の 改 良 を 行 っ た。 高 雄 州 に な っ た 後 も、 第5次. 第7次(1930-1933年)と. 改 良 を進 め た21。. 4、 警 察 と米 種 改 良 事 業. 前 節 に 記 した 通 り、 庁 制 に お い て 農 政 を 実 質 的 に 行 っ て い た の は庁 農 会 で あ った 。 庁 農 会 は庁 の 各 課 ・各 支 庁 と半 ば 重 な る形 で 組 織 を形 成 し、 庁 内 の農 政 を 司 っ て い た 。 しか しな が ら、 区域 が 細 分 化 され て い る とい っ て も 、 広 い 庁 で は 日本 の 小 さな 県 に 相 当 す る 面 積 を 有 した 。 も ち ろ ん.

(17) 農 業 人口 も 多 か っ た 。 各 庁 の 農 業 人口 は(表3)の. 通 りで 、 最 大 の 台 中 庁 の 農 業 人口 は37万 人 弱. に 達 して い た。 ま た 海 岸 か ら 山地 ま で 地 形 的 に も 多 彩 で あ る。 一 方 、 農 会 職 員 は 、 前 節 に 述 べ た よ うに 限 られ た 人 数 しか い な い 。 こ の 限 られ た 人 数 で 、 米 種 の 改 良 とい う農 家1軒1軒. に対応 せ. ざる を得 な い 、 き め 細 か な 対 応 が で き た の で あ ろ うか 。. 表3  台湾の農 業者 人口(1913年12月 末 日現在)  単 位:人. そ れ を解 く鍵 が 、 前 節 で 引 用 した 『第 二 次 米 種 改 良 事 業 成 績 報 告 』 に 書 か れ て い る。 ま ず 「 第 一 節  基 本 調 査 」 の 区 域 割 に 注 目 して み よ う 。 「 第 一 節  区域 」 に 記 した よ う に 、 農 会 の 支 会 、 す な わ ち 支 庁 毎 に 区 域 を 割 っ て い た が 、 そ れ で は 事 業 実 施 に は 広 す ぎ る ら し く、 さ らに 区域 を 細 分 して 調 査 して い る。 そ の調 査 区 域 と して利 用 され た が の が 、 警 察 官 吏 派 出 所 区 域 で あ っ た 。 す な わ ち 、 警 務 課 直 轄 の 第 一 区 で の 基 本 調 査 は 、(表4)の. よ うに 実 施 され た(全. て1914年)。. 警 察 官 吏 派 出 所 毎 の 実施 で あ る。 表 の 通 り、 立 会 い 者 と して の 警 察 官 氏 名 ま で 明 らか に な っ て い る。 他 の 区 で も(氏 名 は 出 さず に 例 え ば 、 警 部 補1、 巡 査2、 巡 査 補2、. な ど人 数 で記 して い る. と こ ろ も あ る が)同 様 に 警 察 官 吏 が 立 ち 会 っ た こ とが 、 記 され て い る 。 籾 の 交 換 に も警 察 官 吏 は 関 係 した。 基 本 調 査 が詳 細 な も の とは 言 え 、 準 備 作 業 に 留 ま る の に 対 し、 籾 の 交 換 は 、 多 量 か つ 複 数 種 類 の 改 良 籾 を 農 村 へ と運 び 、 そ れ を 農 民 か ら提 供 を 受 け た 手 持 ち籾 と、 交 換 比 率 や 希 望 種 類 を 守 りな が ら交 換 す る とい う、 煩 雑 か つ 不 正 の 起 こ りや す い 作 業 で あ る。 よ っ て 、警 察 官 吏 は 車 な る 立 会 い だ け で な く 、 交 換 の 事 前 準 備 に も携 わ っ た 。 具 体 的 な携 わ り方 に つ い て 、 台 中 庁 農 会 『米 種 改 良 事 業 成 績 報 告 』(大 正2年 度)は 鹿 港 支 会 の 事 例 と して 、 以 下 の よ うに記 して い る(p.94、. 、 第1次. 下 線 は 引 用 者)。. 事 業 の第 七 区.

(18) 表4 . 台 中 庁 農 会 の 第2次. 米 種 改 良 事 業 に 際 し、 警 務 課 直 轄 地 域 で 行 わ れ た 基 本 調 査 の 開 催 日.区 域 ・出 席. 者 ・品 種 数 ・立 会 者. 本 期 作 原 種 採 取 前 ニ 当 リ米 作 者 ノ所 望 種 子 量 並 ニ 作 付 面 積 ヲ再 調 ノ 為 メ 関係 警 察 官 吏 派 出 所 毎 ニ 保 正 甲 長 並 ニ 老 農 ヲ招 集 シ 明 治 四 十 三 年 基 本 調 査 ニ 準 拠 シ 再 ヒ原 種 所 望 数 量 ヲ調 査 シ 置 キ 左 記 事 項 ヲ警 察 官 吏 嘱 託 ヲ経 テ 一 般 米 作 者 へ 周 知 セ シ メ 置 キ 後 交 換 ヲ 開 始 セ リ 一. 、 交 換 ハ 各 自持 参 シ タ ル 籾 ノ数 量 ヲ検 シ 技 術 員 立 会 ノ上 管 理 人 ヨ リ相 当 ノ 原 種 ヲ交 付 ス. 二 、 交 換 事 務 ノ進 行 ヲ 計 ル 為 メ原 種 ハ 当 日各 自 ニ 配 付 セ ス保 正 甲 長 並 ニ 管 理 人 ニ テ 責 任 ヲ 負 ハ シ メ保 管 ヲ ナ シ 更 ニ 期 日 ヲ定 メ 一 般 米 作 者 へ 交 付 ス ……以 下略 ま た 同 様 に 、 第 九 区 北 斗 支 会 の 事 例 は 以 下 で あ る(p.95、. 下 線 は 引 用 者)。. 原 種 交 換 前 原 種 交 換 数 量 簿 ヲ 警 察 官 吏 派 出所 嘱 託 員 ヲ経 テ 各 保 毎 ニ 交 付 シ一 面 施 行 日割 ヲ一 般 農 民 ニ 通 知 ス ル ト同 時 ニ 注 意 事 項 トシ テ 左 ノ如 ク示 達 シ タ リ ー 、曩 日保 正 ニ 交 付 シ 置 キ タル 原 種 交 換 数 量 簿 ハ 交 換 前 日迄 必 ラ ス 所 轄 警 察 官 吏 派 出 所 へ 提 出スル コ ト 二 、 交 換 当 日ハ 保 正 甲長 部 内一 般 米 作 者 ヲ残 ラス 呼 集 シ 置 ク コ ト ・.…中略 … … 八 、原 種 交 換 ニ 際 シ テ ハ 技 術 員 並 二 嘱 託 員 立 会 ノ 上施 行 シ原 種 ヲ容 レタ ル 袋 ニ ハ 立 会 者 ノ 印 章 ヲ 以 テ 封 印 ヲ行 フ コ ト す な わ ち 、 警 察 官 吏 が 嘱 託 とか 派 出 所 の利 用 とか で 、 籾 の 交 換 に 関 与 して い た の で あ る。 保 正 や 甲長 も立 ち 会 っ て い るが 、 彼 ら保 甲 役 員 が 警 察 の指 導 監督 下 に あ る こ とは 言 うま で も な い 。 こ の よ うに警 察 が 、 形 式 上 は 官 公 庁 で は な い 農 会 が 実 施 して い る米 種 改 良 事 業 に 関 与 した こ と.

(19) に つ い て は 、 総 督 府 民 政 長 官 か ら各 庁 長 へ の 通 達 が 根 拠 とな っ て い る。 そ の 通 達 は 、1912年7月 の 民 殖 第2933号. 「 農 会 ノ米 種 改 良 事 業 ニ 関 シ警 察 官 吏 嘱 託 ノ件 」 とい い 、 内 容 は 以 下 で あ る22。. 貴 庁 農 会 経 営 ニ 係 ル 米 種 改 良 事 業 結 了 ニ 至 ル 迄 各 地 駐 在 警 察 官 吏 ヲ該 農 会 ノ臨 時 嘱 託 トシ 警 察 常 務 ニ 支 障 ナ キ 範 囲 内 ニ 於 テ 該 事 業 ノ助 カ ヲ 為 サ シ メ収 果 上 違 算 ナ キ ヲ期 セ シ メ ラ ル ヘ ク 尚 本 件 嘱 託 ノ場 合 ハ 貴 官 限 リ随 時 許 可 相 成 ル ヘ ク す な わ ち 、 警 察 本 来 の 業 務 に 支 障 の な い 範 囲 内 と い う但 し書 きつ き で は あ るが 、 庁 長 は 各 地 駐 在 警 察 官 吏 を農 会 の 米 種 改 良 事 業 の 嘱 託(補. 助 員)と. して 、 随 時 使 用 して 良 い と認 め た わ け で あ る 。. 支 障 の な い 範 囲 内 とは 言 っ て も、 「 収 果 上 違 算 ナ キ ヲ期 セ シ メ ラル ヘ ク 」、 す な わ ち 米 種 改 良 事 業 を確 実 に 実 行 せ よ と通 達 して い る わ け で あ る か ら、 警 察 官 吏 を 積 極 的 に 使 え と言 っ て い る の と変 わ りな い 。 実 際 に は 台 中庁 だ け で(表5)の. 通 り、 多 数 の 警 察 官 吏 が使 用 され た 。 これ は 第1回. の 米 種 改 良 事 業 で あ るが 、 第2回 以 降 も、1914年9月. の 民 殖 第4065号. 「 米 種改 良事 業 ニ関 シ警 察. 官 吏 ヲ 助 力 セ シ ム ル 件 」 と して23、 貴 庁 農 会 経 営 ニ 係 ル 米 種 改 良 事 業 ハ 引 続 キ 施 行 可 致 ニ 付 各 地 駐 在 警 察 官 吏 ヲ従 前 ノ通 リ之 力 助 力 ヲ 為 サ シ メ収 果 上 違 算 ナ キ ヲ期 セ ラル ヘ ク 右 依命 通達 ス と して 警 察 官 吏 の 使 用 が 、 「 収 果 上 違 算 ナ キ ヲ期 セ ラル ヘ ク 」 す な わ ち 米 種 改 良 事 業 を確 実 に 実 行 す る た め に 、認 め られ た 。. 表5  台 中庁の第1次 米 種改 良事 業 における嘱託 員. お わ りに か え て. 本 論 は 、 植 民 地 時 代 前 期20年 余 りに お け る 台 湾 の 地 方 農 政 、 特 に 米 作 へ の そ れ に つ い て 、 初 歩 的 な 考 察 を試 み た も の で あ る。 資 料 が 豊 富 で 先 行 研 究 に も 比 較 的 恵 ま れ て い る後 期 の 農 政 に 比 べ る と不 明 な 点 は ま だ ま だ 多 い が 、 と りあ えず 以 下 の 点 は 言 え る よ うで あ る。.

(20) ま ず 、 地 方 庁 で あ る が 、職 員 数 は 警 察 を 除 く と少 な く 、農 政 に 関 係 す る 人 数 も 当 初 は 中 下 級 技 術 者 で あ る技 手 が 若 干 居 た の に過 ぎ な か っ た こ と は 注 目で き る。 そ の 後 、 主 要 な 庁 に は 高級 技 術 官 僚 で あ る 技 師 が 、 殖 産 技 師 が1906年 か ら 、 土 木 技 師 は1909年 か ら配 置 され た が 、 そ れ ら も14名 に留 ま っ て い た。 よ っ て 植 民 地 時 代 前 期 の 地 方 庁 の 農 政 関係 職 員 自 体 は 、 庁 下 の 人 口 に比 べ て過 少 な 数 に 留 ま っ て い た。 と は い え 、 地 方 庁 の 農 政 部 門 は 、 そ の別 働 隊 と して 庁 農 会 を 抱 え て い た 。 この 農 会 が抱 え て い る 中下 級 技 術 者 が 庁 の 技 術 者 不 足 を 補 っ て い た 。 ま た 、 支 庁 や 区 の 庁 や 職 員 を 支 会 や 地 方 委 員 そ して 嘱 託 と して 抱 え る こ と で 、 庁 内 各 地 へ 影 響 力 を 行 使 し よ う と努 め て い た。 実 際 の 農 政 を 見 る と 、庁 の 農 政 は ほ と ん ど、 庁 農 会 に よ っ て 遂 行 され て い た と言 っ て 良 い 。 そ して 、 地 方 農 政 の課 題 と して は 、 養 蚕 業 の 普 及 や 家 畜 の 改 良 、 そ れ に 品 評 会 活 動 な ど もあ っ た が 、 最 大 の 課 題 は 、 米 の 品 種 改 良 で あ っ た 。 これ は 米 種 改 良事 業 と呼 ばれ 、 多 種 多様 な 米 が 栽 培 され て い た 中 か ら、 性 質 が 良 く、 収 穫 量 が 多 く、 赤 米 で な い もの を 選 抜 し、他 を淘 汰 す る も の で あ っ た。 これ に は 、 地 方 庁 の 農 政 部 門 お よ び 庁 農 会 が 総 動 員 体 制 で 事 業 に あ た っ て い た。 こ の よ うな全 地 域 を 対 象 と し、 共 同 苗 代 の 管 理 や 、 稲 籾 の 大 々 的 な 交 換 を必 要 とす る大 規 模 事 業 を 遂 行 す る に あ た っ て は 、 警 察 万能 の 台 湾 ら し く、 警 察 組 織 が 動 員 され た 。 警 察 組 織 を 動 員 す る こ と に よ っ て 、 少 な い職 員 数 で 、 め ん ど うか つ き め細 か な 地 区 割 りが 必 要 な 米 種 改 良事 業 を 遂 行 で きた。 今 後 の 課 題 と して 、今 回 は 庁 農 会 が 地 方 庁 の 別 働 隊 で あ る とい うこ と と 、 庁 農 会 の 最 大 の課 題 が 米 種 改 良 事 業 で あ っ た とい う指 摘 に 留 ま り、 そ の 具 体 的 な 動 き を 十 分 に 明 らか に し得 た とは い え な い。 農 会 に つ い て は 、本 論 で も使 用 した が 、 各 農 会 毎 に 年1回 発 行 され た ら しい農 会 報 が あ り、 そ こ に は 予 算 ・決 算 も記 載 され て い る。 こ れ を詳 し く分 析 す る こ と で 、 農 会 の 具 体 的 な 動 き が よ り明 らか に で き な い か と考 え て い る。 ま た 、 庁 と農 会 の 使 い 分 け な ど も 、 よ り理 解 で き る と 思 わ れ る。 そ え か ら、 これ は 農 政 に 限 らず 、 植 民 地 時 代 史 全 体 に お け る課 題 だ が 、 米 種 改 良 事 業 へ の 台 湾 人 側(農. 民 は も ち ろ ん 、 地 主 の)反 応 を 探 る こ と も 、残 され た 重 要 な課 題 で あ る。 も ち ろ ん 資 料. 的 制 約 は 大 き い で あ ろ うが 、 日本 人 側 の 記 載 とい う間 接 的 な 形 で あ っ て も 分 析 を 試 み た い 。. 1  最 近 の 研 究 と して 、 台 湾 米 だ け を扱 っ た もの で は な い が 、 中 嶋航 一 「米 の 日本 帝 国 内 分 業 と外 米 依 存 の 構 造 」(『社 会 経 済 史 学 』 第64巻6号,1999年2,月,pp.1一31)が あ る。 2 米 価 が サ トウ キ ビ栽 培 面 積 へ 影 響 す る現 象 。 す な わ ち 米 価 が 上 が る とサ トウ キ ビ栽 培 か ら米 作 に転 換 す る 農 家 が 出 て サ トウ キ ビ栽 培 面積 が縮 小 した こ と を言 う。 蓬 莱 米 は 、 そ れ ま で の 台 湾 在 来 米 と比 べ 日本 市 場 で 高 く売 れ た。 よ っ て 、 蓬 莱 米 の 生 産 が 拡 大 す る と 、 サ トウ キ ビの 栽 培 面 積 が よ り縮 小 した 。 これ を 日本 資 本 が運 営 す る 大製 糖 会 社 各 社 は 問題 視 した。 3  植 民 地 時 代 の 地 方 行 政 は 、 黄 昭 堂 『台 湾 総 督 府 』(岩 波 新 書,1981年4月)がp.154以. 降 で 触 れ て い る。 そ. れ 以 降 も幾 つ か研 究 が あ る 。 最 近 の 研 究 に は 、 傳 変 銘 「戦 前 台 湾 にお け る地 方 制 度 」(『現 代 台 湾 研 究』 第 22号 、2001年10.月 、pp.90-109)が. あ る。 しか しな が ら、 地 方 農 政 を 主 題 と した も の は な い 。.

(21) 4  1895年6月17日. に 総 督 府 が 行 政 を 開 始 した 時 点 で も、 地 方 仮 官 制 が 用 意 され て い た 。 しか し総 督 府 は 台 湾. 北 部 を 占領 した だ け で 、 実 際 に 地 方 行 政 が 行 わ れ た わ け で は な い 。 次 い で8月. に総督 府 は軍政組 織 に移行. し、 地 方 仮 官 制 を棚 上 げ と した の で 、 地 方 行 政 機 関 と して1895年 時 点 の 話 は 無 視 して 良 い だ ろ う、,なお 試 行 錯 誤 時 代 の そ れ ぞ れ の 地 方 の 行 政 機 関 と区 域 の 沿 革 に つ い て は 、 庁 時 代 の 編 輯 され た 管 内 概 要 の 類 に 記 載 され て い る。 例 え ば 、 台 中 庁 に つ い て は 『台 中 庁 管 内 概 要 』(大 正6年. 版)のpp.23-24に. 記 載 され て い. る。 5 戦 前 日本 の 役 所 は 、 高 等 官 ・判 任 官 ・雇 員 の3層. を基 本 構 造 と し、 そ れ に 嘱 託 や 今 日の ア ル バ イ トに 類 似. す る傭 員 を加 え て 営 まれ て い た。 こ の うち 高 等 官 は 、 高 等 文 官 試 験 の 合格 者 や 高 級 技 術 者 お よび 行 政 経 験 豊 か な 人 物 か ら構 成 され 、 役 所 の 指 導 的 職 務 に つ い て い た 。 高 等 官 の 中 で も、 任 命 の 勅 命 か で る の を 勅 任 官 、 台 湾 総 督 の よ うに就 任 に際 して 親 任 式 を挙 行 す る の を親 任 官 と呼 ぶ 、,それ 以 外 は 内 閣 総 理 な どが 天 皇 に 奏 上 して 任 命 す る こ とか ら奏 任 官 と呼 ば れ た。 これ ら高 等 官 は そ の 就 任 の 方 法 か ら も明 らか な よ うに 、 天 皇 が 任 免 権 を持 つ 官 吏 で あ り、 台 湾 の 地 方 官 吏 の 任 免 で あ っ て も内 閣 『官 報 』 に 記 載 され た 。 判 任 官 は 、 普 通 文 官 試 験 の 合 格 者 お よび 中 下級 技 術 者 や あ る 程 度 の 行 政 能 力 を 持 つ 人 物 か ら構 成 され 、役 所 の 主 力 で あ っ た 。 彼 らの 任 免 権 は そ の役 所 の 長(た. だ し庁 につ い て は 総 督)が. 持 っていた。 雇員 はそれ 以外 の役 所. の 常 雇 い 職 員 で あ る。 正 規 の官 吏 とは 見 な され ず 、給 与 も多 く な い が 、 常 雇 い で あ る こ と に は 変 わ りな い 。 雇 員 の 任 免 権 は そ の 役 所 の 長 が 持 っ て い た 。 高 等 官 ・判 任 官 に つ い て は 、 黄 昭 堂 前 掲 書pp.217-220に. も記. 載 が あ る。 なお 近 年の植 民地 時代 台湾 の官 僚研 究に は、波 形昭 一 「 植 民 地 台 湾 の 官 僚 人 事 と経 済 官 僚 」(波 形 昭 一 ・ 堀 越 芳 昭 編 『近 代 日本0)経 済 官 僚 』、 日本 経 済 評 論社 、2000年6月. 、pp.303-336)が. あ る。. 台 北 県 が 行 っ た 『台 北 県 下 農 家 経 済 調 査 書 』(同 県,1899年)な どが あ る。 6  7 当初 、 桃 園 庁 は 桃 仔 園 庁 、 阿?庁 は 阿 猴 庁 と呼 ば れ て い た が 、 土 地 調 査 事 業 の 終 了 と と も に 地 名 の 整 理 改 正 が行 わ れ 、 庁 名 も改 め られ た。 8  「台 湾 総 督 府 地 方 官 官 制 中 ヲ改 正 ス 」(『公 文 類 聚 』 ・第 三 十 三 編 ・明 治 四 十 二 年 ・第 三 巻 ・官 職 二 ・官 制 二 ・官 制 二(内. 務 省))。 これ は 、 台 湾 の 地 方 官 官 制 改 正 を 内 閣 が 承 認 した と き の 説 明 文 で あ る。 原 文 に は. 今 日の使 用 が 相 応 し くな い 語 句 も あ る が 、 資 料 で あ るの で 現 行 字 体 に 換 え た だ け で そ の ま ま 引用 した 。 9 水 越 幸 一 「地 方 制 度 の 要 旨」(台 湾 総 督 府 内 務 局 地 方 課 編 『地 方 改 良講 習 会 講 演 集 』 ,1925年1月)p.2。 水 越 は 当 時 、 台 湾 総 督 府 事 務 官 と して 台 湾 地 方 制 度 の 権 威 で あ った 。 10  な お 区 制 とは 別 に 保 甲 制 が あ っ た 。 台 湾 人 世 帯10戸 で1甲 を組 織 させ 、10甲 で1保. を 組 織 させ て 、 警 察 の. 指 導 下 に置 い た 。 これ も地 方 行 政 の 補 助 に利 用 され た こ とは 言 うま で も な い。 11  水 越 前 掲 論 文p .7で は 、 「 独 立 した 区 長 役 場 の 建 物 を 有 る て 居 る 街 庄 は 極 め て 少 く 多 くは 私 宅 や 廟 の 一 部 を 事 務 室 に して 事 務 を 執 つ て 居 っ た 、 中 に は 可 な り整 頓 した 処 もあ つ た が 大 体 は 不 整 理 で あ つ た 様 で あ る 」 「実 際 に 事 務 を 扱 ふ 区 書 記 は 公 学 校 の 卒 業 程 度 の もの が 多 く法 令 の 解 釈 さへ 充 分 出 来 ぬ 」 と区 制 の 実 態 を 指 摘 し、 「つ ま り地 方 行 政 は 庁 長 が 一 人 で や つ て 居 つ た の で 補 助 機 関 た る べ き 街 庄 職 員 は 殆 ん ど役 に 立 た な い 」 と ま で 論 じて い た。 12  課 以 外 に も幾 つ か 組 織 が あ っ た 庁 も あ る。 例 え ば 、 娼 婦 の 身 体 検 査 や 治 療 を行 っ て い た 婦 人 病 院 で あ る。 た だ し、 この よ うな 組 織 に い た の は 嘱 託 や 雇 員 の み で あ っ た 。 13  台 南 庁 『台 南 庁 管 内 概 況 』(大 正5年 版) 、p.103。 な お 奏 任 官 も高 等 官 な の で 、 こ の 資 料 で は 事 務 官 や 技 師 を 高 等 官 と書 い て い る。 14  今川 淵 「 農 政 に就 い て 」(台 湾 総 督 府 内 務 局 地 方 課 編 『地 方 改 良 講 習 会 講 演 集 』,1925年1月)p.263。 15  と りあ え ず 、 台 湾 総 督 府 民 政 部 殖 産 局 『台 湾 農 会 要 覧 』(殖 産 局 出 版 第111号,1915年7月)のpp.5-7の. 記. 載 に依 った。 16  原 文 は徳 二 郎 だ が 徳 次 郎 の 誤 字 と判 断 した. 。 他 に も誤 字 ら しい の が 多 々 あ る。1 7 「農 会 ハ 公 署 ナ リャ 否 ヤ ニ 関 ス ル 件 」 とい う 、 総 督 府 民 政 長 官 か ら 各 庁 長 へ の 回 答(1912年2月,民 2828号 ノ2)が. 殖第. 残 され て い る。 そ れ で は 、. 今 般 嘉 義 庁 農 会 ヨ リ台 湾 農 会 規 則 ニ 依 リ設 置 セ ラ レ タル 農 会 ハ 民 法 施 行 法 第 五 条 ノ公 署 ナ リヤ 否 ヤ ニ 付 伺.

(22) 出 相 成 候 処 右 農 会 ハ 同 条 ノ 公署 ト看 做 スヘ カ ラ サ ル 旨該 庁 長 へ 及 通 達 候 条 了 知 相 成 依 命 此段 及 通 達 候 也 と して 、 農 会 が 官 公 庁(公 署)で. あ る こ と を明 確 に 否 定 して い る。 こ の 回 答 な ど農 会 に 関 して 各 庁 長 へ 通. 達 ・通 牒 され た 重 要 事 項 は 、 前 掲 『台 湾 農 会 要 覧 』 のpp.56-76に 記 載 され て い る。 上 記 回 答 も 、p.67に 記 載 され て い る。 18  原 文 で はA 、B、Cを1行. ず つ 記 して い るが こ こ で は 圧 縮 記 載 した。 ま た 四 はA、B、Cか. を 記 して い るが こ こで は 省 い た。 19  台 中 庁 農 会 『米 種 改 良 事 業 成 績 報 告 』(大 正2年. 度). ,pp.90-96。. これ は 第1次. らGま で 詳 細. 米種改良事 業の最 終年度 に. 行 わ れ た 、 改 良 籾 と農 民 の 手 持 ち籾 との 交 換 を記 して い る。 台 中 州 農 会 『第 四 次 米 種 改 良事 業 年 報 』(大 正11年 21  高 雄 州 『高 雄 州 産 業 調 査 会 農 業 部 資 料. 第一 年 20  目. 報),p.1。. 上 』(同 州 ,1936年9月),p.396。. 前 掲 『台 湾 農 会 要 覧 』p.69。 なお こ の 通 達 は 、 宜 蘭22  ・新 竹.台 ま た 、 台 北 ・桃 園 の 各 庁 長 へ は 、1913年9月. 中 ・南 投 ・嘉 義 ・台 南 の 各 庁 長 へ 出 され た 、,. の 民 殖 第3805号 で 同 意 味 の 通 達 が 出 され た 。. 23  前 掲 『台 湾 農 会 要 覧 』p .74。 な お この 通 達 は 、 台 中 ・阿?の. 両 庁 長 へ 出 され た 。 掲 載 され た 要 覧 の 刊 行 年. 度 の 関 係 で 、 他 の 庁 へ も同 様 な 通 達 が 出 され た か は 不 明 で あ る。.

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参照

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