アジ研ワールド・トレンド No.183 (2010. 12)
1
エ ッ セ イ
アジ研ワールド・トレンド 2010 12
浦 田 秀 次 郎
新段階を迎えたAPEC
うらた しゅうじろう/早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授
日本経済研究センター特任研究員、経済産業研究所ファカルティフェロー、東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)シニア・
リサーチ・アドバイザー兼任。
専門は国際経済学。慶應義塾大学経済学部卒業、スタンフォード大学経済学部博士号取得。
主な著書:『国際経済学入門』(日本経済新聞社、2009年)『経済共同体への展望』(共編著、岩波書店、2007年)他。
横浜で開催されたアジア太平洋経済協力︵A
PEC
︶首脳会議が終了して、議長役が日本か
らアメリカに移ると共にA
PEC
は二三年目に
入った。今回の首脳会議では、自由で開かれた
貿易・投資を実現するというボゴール目標の達
成に向けて顕著な進展が遂げられたことを確認
し、A
PEC
の将来像として、より完全な地域
統合、質の高い成長、安全で安心な経済環境の
実現を目指す﹁横浜ビジョン﹂に合意した。
具
体
的
に
は、
﹁緊
密な共同
体
﹂、
﹁
強
い
共同
体
﹂、
﹁
安
全な共同
体
﹂
か
ら
な
る
A
P
E
C
共同
体
が
構
想
され
て
い
る。
緊
密
な
共
同
体
とし
ては
二
〇
〇
六
年に
アメリカより
提
案
のあ
っ
た
ア
ジ
ア
太
平
洋
自
由
貿
易圏
︵
F
T
A
A
P
︶
が
考え
ら
れ
て
お
り、
F
T
A
A
P実現
に
向け
て
A
S
E
A
N
+
3︵
日
中韓︶
、
A
S
EA
N+
6︵日
中
韓
、
イ
ン
ド、
オ
ー
ス
トラリア、
ニ
ュ
ージ
ー
ラ
ン
ド
︶、
環太平洋連携協定
︵
T
P
P
︶
等の現
在
進
行
し
て
い
る
地
域
的
取
組
を
基
礎
とし
て
発展さ
せ
る
こ
と
が
確認さ
れ
た
。
強
い
共同体
の
実
現
に
あ
た
っ
て
は
、﹁均衡あ
る
成長﹂
、﹁
あ
ま
ね
く
広
が
る
成長﹂
、﹁持続可能な
成
長﹂
、﹁
革新的成長﹂
、
﹁安全
な
成長﹂
の
五
つ
の
特
性を追求す
る
成長戦略
が発
表
さ
れた。
安
全な共同
体
へ
の道
筋と
し
て
は、
安全
な
成
長
と
重
な
る
部
分が
あ
る
が
、
具体的
に
は
、
食料安全保障
、
防
災
、
感染症対策等
に
関
す
る
取
組を促進す
る
必要が
あ
る
こ
と
が
示さ
れ
た
。
横浜ビジョンは従来のA
PEC
の活動対象範
囲と規範に関して変革をもたらしている。これ
までA
PEC
ではボゴール目標が唯一の目標で
あったが、世界金融危機の影響による経済低迷
が長期化すると共に環境問題や食糧の安全性に
関する問題が深刻化する中で、質の高い経済成
長の実現が重要な目標として認識されるように
なった。A
PEC
ではボゴール目標の実現にあ
たっての政策として、貿易・投資の自由化およ
び円滑化、経済技術協力を﹁三本柱﹂として実
施してきたが、質の高い経済成長の実現が目標
に加わったことで、その目標達成手段として重
要な役割を担う規制改革を四本目の柱として加
えることを検討すべきである。
A
PEC
では自発性、非拘束性を行動原則と
して活動が行われてきた。同原則があったこと
が、ボゴール目標のような革新的、野心的な取
組を可能にしたのであるが、センシティブ部門
の自由化など実行が難しい課題は手つかずの状
態で進んでいない。そのような状況において貿
易自由化の重要性についての認識を共有する
国々の間で拘束力のある自由貿易協定
︵FTA︶
が締結されるようになった。A
PEC
メンバー
の多くが様々な
FT
Aに参加するようになった
状況の中で、A
PEC
メンバーのみに参加資格
を与えており拘束力のある
TPP
のメンバーが
拡大しつつある。
TPP
が拡大し
FT
AA
P
に
発展したならば、A
PEC
の自発性、非拘束性
という原則を侵害するという見方がある。今回
のA
PEC
で導入された経済成長のような新た
な試みに対しては、自発性、非拘束性という従
来の行動原則を適用することが適切であるが
、
ボゴール目標の下で長期間に亘って進められて
きた貿易・投資の自由化の延長線上にある
FT
AA
P
のような課題については拘束力のある枠
組みに進化させることも必要であろう。