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原子力、放射線と46年

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(1)近畿大学原子力研究所年報. Vo l .36 ( 1999). 原子力、放射線と 46 年 中井洋太*. 4 6y e a r sw i t ha t o m i ce n e r g ya n dr a d i a t i o n. Y o h t aNAKAI* 1.大学時代 (1954--1957年). のになる計数管ができあがった。ついで、ドラム. 2000年は 1 9 5 4 年に大学 4年の卒業研究で放射線. 缶の縦方向に穴を 2個あけてガラス管をつなぎ、. 6 年になる。 の研究を始めてから 4 4月から京都大学工学部応用物理学教室四手井. 液面のモニターにして、なかに水を入れ、両側面 に60CO1 m cと計数管を取り付けて装置ができあが. 研究室(四手井綱彦教授、矢野淑郎助教授、東村. 9 5 5年 3 った。液面計としての実験は順調に進み 1. 武信講師、紙久雄助手、松並忠雄技官(当時))の. 月の卒業論文の締め切りに悠々間に合わせること. もとで、始めて輸入が許可された放射線同意元素. ができた。これが私の放射線を使った仕事のはじ. 6 0 C oを用いた y線液面計の仕事をすることになっ. まりであった。. た。とりあえず y線を効率よく検出するためのガ. しかし、この間、日本の国と、我々の研究室に. イガ一計数菅の試作から始めた。この頃のガイガ. 大事件が起こった。 1 9 5 4年 3月 1日、南太平洋ビ. F線を測ることが主目的で、窓に薄 い雲母の膜を張って F線を通りやすくしていた。. キニ環礁で、のアメリカの水爆実験のために、その. 0 0マイルの海上で、第五福竜丸がマグロ漁業 北東 1. y線の場合、円筒型の壁のコンプトン効果を利用. 中、死の灰をあび、乗組員が被爆した。 3月1 4日. してその散乱電子を計測することであった。その. に静岡県焼津港に帰港してから、日本中が大騒ぎ. ために直径30mm ,長さ 200mm、厚さ 2mm の銅パイ. 6 になった。第五福竜丸の漁獲魚約 2 トンは 3月1. プ(陰極)の両端に絶縁物のベークライトを介し. 日早朝、東京中央卸売市場に到着したが、東京都. てタングステンワイヤーを陽極としたガイガ一計. 衛生局は現品を差し押さえ販売中止処分にした。. 数管を作ることにした。当時は銅、ベークライト、. 0 0カ その後、付近で操業していた漁船のマグロも 1. タングステンを真空を保ちながら接着する材料は. ウント以上の放射能があると不合格と認定された。. ピセインしかなかった。中を真空に引いて、アル. これらは廃棄処分(土中に埋めた)にされ、その. ゴンとエチルアルコールの混合ガスを封入した。. 量は約70トンといわれている。そして、第五福竜. 真空排気系も旧式のガラス製の油拡散ポンプ、油. 丸の無線長であった久保山愛吉氏は、同年 9月2 3. 回転ポンプはあまり寒くなくても油が固くなって. 日に放射線障害のために亡くなった。. 一計数管は、. なかなか起動しない。配管も全部並ガラスでコッ. われわれの研究室は、当時として放射線の測定. クのグリスも当時はシリコングリスはなかった。. 装置の整った日本で数少ない研究室の 1つであっ. そのうえ、ガラス細工が下手ときているから、夜、. た。そのために、各方面から、食料品などの放射. ポンプを止めて、翌朝きてみると、水銀のマノメ. 能測定の依頼が相次いだ。それで、これらの依頼. ータが精一杯あがっていたり、ガラスが割れてい. に対応できるように、現有の測定器をいろいろ工. たりしていた。数ヶ月悪戦苦闘してやっと使いも. 夫をして改良を加えたりした。そして、 5月1 6、. *近畿大学原子力研究所. *A tomicEnergyR e s e a r c hI n s t i t u t e, K i n k iU n i v e r s i t y. -1-.

(2) 中井:原子力、放射線と 4 6 年. 1 7日に降った雨水 1 0 0 0 c c中から 8 0 0 0 0cpm 以上の放. の効果を考える場合には. 3日に行われた水爆実 射線を検出した。これは、 1. 乱させる物質を置き、後に低エネルギーの y線を. 験の影響と見られ、新聞紙上に大きく取り上げら. よく吸収させる物質を置く方がよいこがわかった。. れた。. これが私の修士の仕事であった。. 前の方に y線 を よ く 散. 9 5 7 年の第 1回原子力シンポジュウ この結果は、 1. 1 9 5 5年 4月、私は修士課程に進み、同じ研究室. ムで発表した¥)。. で、今度は、 N a 1のシンチレーション計数装置. 0 C o γ 線のスペクトルを測 を作り、それを用いて 6. 2 . 日本放射線高分子研究協会大阪研究所時代. 定する研究を始めることになった。. ( 1 9 5 7 " " " 1 9 6 7年). これと前後して、中曽根提案と、それを請けて の学術会議での茅、伏見提案により日本の原子力. 1 9 5 7年 5月に、設立されて間もなく、これから. 研究が突然スタートした。当時、日本の科学者の. 建設が始まろうとしていた財団法人日本放射線高. 意見は賛成と反対の真っ二つに分かれていた。因. 分子研究協会大阪研究所に入所し、主任研究員木. 子井研究室では、原子力の研究の一環として放射. 村毅一教授(京都大学理学部物理学教室(当時、. 線の研究を行っており、この渦中のなかで、態度. 兼務))のもとで、研究員として放射線源と放射線. を明確にする必要にせまられた。それで、ある日. 物理を担当することになった。大阪研究所の放射. 四手井教授の発案で研究室会議を開いて議論をす. パンデグラフ電子加速器(最大ビー 線源は 2MeV. ることになった。議論は深夜まで続いたが、結論. 0 0 0キ ュ リ -6 0 C O Y線照射装置 ム電流250μA)と1. としては、とにかく、勉強と、研究をしっかりや. であった。 放射線化学用としてのこれらの線源は、被照射. っておくということになった。そして、矢野助教 授(当時)と黒井英雄氏(のち日本原子力研究所). 物の大きさ、必要な線量から勘案して適当である。. が中心になって、スイミングプール型原子炉の設. r a dのオーダーであり、 放 射 線 化 学 の 線 量 は -106. 計研究をはじめた。東村講師(当時)と私らの放. 前者は -105r a d / s e c、後者は -106 r a d / h rの線量率. 射線の研究、矢野助教授らの核磁気共鳴の研究も. 9 5 7年当時としては何れも日本での がえられる。 1. さらに強力にすすめることになった。これがわれ. 装置としては、最大のものであった。パンデグラ. われの原子力事始めであった。. フ加速器は、米国ハイボルテージ社の製品を購入. 9 3 1年にこの加速器を することになった。同社は 1. シンチレーション計数装置では、検出部は μ メ. .5インチ X1インチの NaI(T l ) タルの円筒内に, 1. o b e r tVandeGra a:ffが作った会 発明した MITの R. EMIの光電子増陪管および前置増幅器を組み込ん. の同じタイ 社で、われわれが購入した当時 2MeV. だ。波高分析器はジョンストン型のシングルチャ. 0 0台の実績があった。日本では日本原子力 プは約 2. ネルであった。当時はまだマルチチャネルの物は. 研究所が 1 9 5 6年に同じタイプのイオン・電子加速. なく、一つのチャネルのバイアス電圧を変えて γ. 器を購入したのが第 1号、大阪研究所の加速器は. 線スペクトルを測定した。計数は、レートメータ. 1 9 5 7 年で第 2号であった。. ーも不安定で、各チャネルごとに普通の計数装置. 9 5 7年 6月が地鎮祭で 1 1月初 研究所の建設は、 1. でおこなった。したがって、きれいなスペクトル. めに製造元から技師が来て加速器の搬入、組立開. を得るためには、ワンランで 5-6時間かかった。. 始1 2月末据付試運転完了という超過密スケジュー. この装置を用いて、遮蔽材の配置の透過 y線ス. ルであった。当然のことながら、建屋の工事と並. ペクトルに及ぼす影響を調べた。すなわち、板状. 行したため、加速器の組立中に色々なトラブルが. FeおよびPbの P b F e . P b A1の組み合わせでそれ のA1. 起こった。しかし、関係者の努力で何とかして約. ぞれの配置を変えた場合の散乱 y線のスペクトル. 1ヶ月半で、所定の加速エネルギーとビーム電流. の変化を測定した。. を出すことが出来、検収を終えてメーカーの技師. そして、層状物質の組み合わせについての遮蔽. はクリスマス前に帰国した。. -2-.

(3) Vo . l3 6( 1 9 9 9 ). 近畿大学原子力研究所年報. 一方、 6 0 C O Y線源は施設、輸送容器、当初の予. な量であるにも拘わらず、現在に至るも殆どの放. 算等の関係で 1 000キュリーがアッパーリミットで. 射線に関する教科書では 1 9 4 8 年の Trump らの実験. あった。それで最大の線量率を得るためにペンシ. によるアルミニュウムに対する相対的な値(分布. ル型の線源(長さ 20cm) 、を直径5.5cmのカゴ型に. 曲線の最大値を 1 0 0としている)を金科玉条にして. した。カゴの中心に試験管 1本を入れることがで. いる。われわれは、パンデグラフ加速器の極めて. 06 r a d / h rを得た。さらにカゴ き、線量率は 1X1. 優れたエネルギーの均一性、ビームの集束性を活. を中心にして外側に直径約 1 20cmの照射野を設. 用して. け、線源からの距離に応じて 1 05 r a d / h rから 1 03. に対するエネルギ一散逸量分布測定を 1 9 6 0年から. r a d / h rの線量率で試料を照射できるようにした。. 約 3年にわたって行った。エネルギ一範囲は 0.6-. とくに注意したのは、できるだけ照射空間をフリ. 2MeVで、あった。成果はその都度学会誌等に逐次. ーにして、小型の恒温槽、オートクレーブ等を必. 発 表 し た 2,3,4)。 ま た こ れ ら の 結 果 は. 要に応じて持ち込めるようにしたことである。大. Spencerの理論計算を検証するものとして注目を. 阪研究所の看板である二つの放射線照射装置も、. 浴びた。さらに特筆すべきは、米国航空宇宙局. 関係者の努力で短期間で完成し、建屋の竣工とあ. ( N A S A )の関係者からの別刷請求が他の放射線利用. 958年 5月1 5日に開所式が行われ、本格 いま,って 1. の分野からに比べて圧倒的に多かった。この理由. 的な研究活動がスター卜した。. として 1 960年代前半はジェムニ、アポロ計画に始. C, B e, A 1 ,T i, Cu,Ag,. P b, ポリスチレンなど. NBSの. まる有人人工衛星の幕開け時代であり、 1 9 5 9年に. 2 . 1 線量測定と電子線の物質透過の研究. 発見された地球を取り巻く数 MeV の電子および陽. 線源と放射線物理を担当したのは、大阪研究所. 子からなる強い放射線帯(ヴァン・アレン帯)を. の 5つの研究室のうちの第 l研究室で、主任研究. 通り抜けるに際して、人工衛星の遮蔽、太陽電池. 員は木村毅一教授(当時)、スタップは中井洋太、. 等の放射線損傷を評価するためにわれわれの一連. 井面治巳、松田光司で、外来研究員が 3名であっ. のデータが必要とされ、大いに活用された。一方. た 。 y線 ( 6 0 C O ) の放射線線量測定は、当時でも既. その後、 30 数年を経た現在も放射線損傷、医学利. にフリッケ線量計の手法が確立していて、ルーチ ンにそれを活用することができた。問題は 2MeV パンデグラフ加速器からの電子線で、線量率は6 0 C O に比べて約 3桁高い。また電子線であるが故に 2. MeVで、は水の場合飛程が約 lcm足らずでその約. 用、遮蔽等のために開発された種々の電子透過の 計算コードの妥当性をチェックするための数少な い実験データの中のメジャーデータとして活用さ れている。. 2 .2 . 放射線熱ルミネッセンスの研究. 1/3のところに吸収線量の最大値があり,表面での 吸収線量は最大値の約 60%である。したがって、. 放射線と物質の相互作用で、放射線を"たま"、. 照射試料の吸収線量を定量的に知るためには、(1). 物質を"まと"とすると、上述の電子線の物質透. 試料に当たる電子線の電流密度を正確に測ること、. 過は"たま"の消長に重点を置いていた。 1 9 6 0年. (2)試料の深さ方向の吸収線量分布を知ることが. 頃、種々の物質すなわち"まと"に放射線を照射. 必要である。. し、その後温度を上げると発光するいわゆる"放. 2-3のブアラデー. 射線熱ルミネッセンス"の現象が話題になった。. カップを試作し、相互比較をすることによって. それでわれわれは、従来から研究を行ってきた京. 5 %以内の精度で求めることができた。ついで、. 都大学理学部物理学教室の放射線物理部門(四手. 9 6 0 物質中の吸収線量の深さ方向の分布の測定を 1. 井綱彦教授、東村武信助教授、塩見直子助手、市. 年頃より開始した。この分布は深部線量分布や、. 川米太奈良教育大助教授(当時))と相談して、. エネルギ一散逸量分布と称している。これはすべ. 1 9 6 1年から分担してこの研究を進めることにした。. まず電流密度については、. すなわち、(1)われわれは、常温以下の低温. ての放射線の利用の面で、もっとも基礎的で重要. -3-.

(4) 中井:原子力、放射線と 4 6 年. (液体窒素温度)で高分子物質、有機化合物を照射. 研究を行った。しかしモノクロメータとしては、. し、常温まで昇温して発光を調べる、(2)京大側. ゲイトのところに印加するパルスのひずみについ. は、低温で生体物質、常温で無機化合物を照射し、. て、エレクトロニックスの面で当時の技術で解決. 高温に昇温して発光を調べることになった。. が困難であったので完成には至らなかったが、パ ) ルス化の電子銃の試作に成功した 6。. われわれのグループでは、まず装置の設計製作 を行い、対象物質として構造や放射線効果がよく. 3 .2 . 低エネルギー荷電粒子および電子の平均. 研究されているポリエチレンを選んだ。ポリエチ. 自由行程の研究. レンの放射線熱ルミネッセンスのグロー曲線には-. 1 7 5C,1 2 0oC,および・3 5C にピークがあることが 0. 分かった。これらのピークの放射線線量依存性や、 照射後の低温での減衰、結晶化度等による変化を 測定し、発光についての捕捉電子やラジカルの消 滅、分子運動の開始、結晶構造の変化等の対応づ ) けを行うことを試みた 5。 導体、. 0keV 、電子で 2-2000eVの程度のエ 陽子で 1. 0. その他、ベンゼン誘. トリオキサン、プラスチックシンチレータ. 一等のグロー曲線の測定を行い、照射効果との定 性的な対応づけを試みたが、現象を整理するだけ に止まり、あまり明快な結論は得られなかった。 京大グループでは、無機国体の放射線熱ルミネ ッセンスを応用面ヘ拡張していくつかの成果を得. ネルギーの場合の物質透過の機構の研究を行った。 まず、対象としたターゲットの厚さが数 100Aのオ ーダーであるため、その作製に相当の努力を払っ たその結果、金属(基板)-絶縁物-金属(ター ゲット)のそれぞれの厚さが 2 0 0 0A5 0A1 0 0 λで 絶縁抵抗カ~107. nのものをA1-A1z0. 阻l で作るこ Me. 3-. とに成功した。これに陽子または電子を入射させ て、その透過の状態をしらべ、陽子の場合はその 飛程、電子の場合は表面および体積プラズマ振動 による吸収損失、伝導電子、次の内殻電子との相 互作用、低エネルギー領域での阻止能を知ること ができた 7, 8, 9)。. た。その例は、松下電器産業中央研究所の山下忠 興博士(当時)による硫酸カルシウムを用いた T. 3 .2 . 高エネルギー陽子および水素原子と原子. LD (熱ルミネッセンス線量計)の開発とその実. 分子の電荷移動断面積の測定に関する研究. 1 9 6 5年の 6月頃オークリッジ国立研究所核融合. 用化、東村教授による熱ルミネッセンスを利用し た広島、長崎の屋根瓦の原爆線量の推定および考. 研究部の D r . C . F . B a r n e t tから緊急に 1 0 0keV-. 古学上の土器の年代測定がある。. 2.5MeVのH+,HO と酸素、水蒸気の電荷移動断面 積の測定を行ってほしいとの要請があった。これ. 3 .. オークリッジ国立研究所での研究. は当時のトップレベルの核融合装置 DCXのプラ. ( 1 9 6 3 " " " ' 1 9 6 7年). ズマの解析のために必要であった。予算は私の人. 1 9 6 3年、米国オークリッジ国立研究所保健物理部. 0 万 $ (当時の為替レートで 3600万 件費を含めて 1. r .R .D .B i r k h o 妊に招かれて、 放射線物理部門の D. 円)、期限は 2年以内ということであった。. 1 9 6 7 年まで、主に次の研究を行った。. 積を測定する装置も始めから設計製作することに. 断面. した。約 6ヶ月かかって完成し、早速実験にとり. 3 . 1 . 飛行時間法による低エネルギー電子モノ ク口メータの研究. . 0 1eVの ム Eの均一な -100 eVの低エネル 約0 s e cの数eVの ギー電子線を取り出す目的で、約 2n パルス状電子線をドリフト管中で約1.5m ほど飛 行させ(飛行時間は -1μsec),さらにそこでのエ. 0 -8s e c位のゲイトでチョッ ネルギーの拡がりを 1 プさせるというアイデアのモノクロメータの開発. かかったが、 100-400keVまでは、同じ研究所の. Y12サイトのコッククロフト陽子加速器、 4 0 0keV -2.5MeVは約 1 0マイル離れた X10サイトのパン デグラフ加速器をもちいた。この間の装置の移動 はトラックで行ったが、移動のたび毎に、ビーム を通す軸がずれて、軸合わせに苦労した。その上、. Y12では、隣の部屋にサイクロトロンがあって、 その漏洩磁場の影響で稼働中に軸合わせしても、. -4-.

(5) Vo . l3 6( 1 9 9 9 ). 近畿大学原子力研究所年報. 止まるとビームがはずれてしまい、その都度長い. 子力研究所大阪研究所に勤務することになった。. 時間をかけて軸合わせをやり直さなければならな. そこでは「放射線化学の基礎過程の研究」という. かった。さらにパンデグラフは物理部のもので、. テーマのもとで次のような研究を行った。. 1日24時間幾らのマシ ν 料を払い、マシンタイム. 4 . 1 . 熱ルミネッセンススペクトルの測定. は 1週間単位であった。したがってこの聞は殆ど. 従来からの放射線熱ルミネッセンスの研究を発. 徹夜の連続であった。実験は主に私と大学院博士. 展させるべく、発光のスペクトルを測定するため. .Toburenの 2人で行い、時々は コースの学生1.H. の装置を製作し、代表的な物質についてのスペク. 助っ人を頼んだりもした。研究所では大抵の人は、. トルを測定した。とくに重点をおいたのは、 2成. 午後 4時半になると帰ってしまうが、 T oburenは. 分系についてであり、熱ルミネッセンススペクト. 徹夜も辞さない男であった。朝方まで測定をして. ルの解析からこの方法は 2成分間のエネルギー移. 実験室の机の上にひっくりかえって寝ているのを、. 動の機構、. 出勤してきた連中が見てび、っくりしていた。これ. トラップの準位等の解明を行うための. 一つの有力な方法となりうることがわかった。. は、その後長い間研究所の伝説になっていたよう. 4 . 2 . 真空紫外領域での物質の光学常数と励起. である。. 状態の研究. そして、 1 9 6 7年 6月まで、陽子、水素原子と水. 1000-3000Aの波長領域で、物質とくに π電子. 素、ヘリウム、アルゴン、クリプトン、窒素、酸. を含んだポリマーの反射率の測定から光学常数. 素、一酸化炭素、二酸化炭素、メタン、エタン、. n. e 1+ ie およびエネル. エチレン、ブタンとのー電子捕獲、一電子損失断. および k、複素誘電率 e. 面積と陽子と幾つかの気体との二電子捕獲断面積. ギー損失関数 I m ( l /e)を求め、真空紫外光および 対応するエネルギーの電子のエネルギー損失機構. の測定を完成することができた。これらの結果は、. Toburenの学位論文になるとともに、 P h y s i c a l Reviewに 2編にわけで発表した肌 1九 そ の 後 こ れ. と物質の励起状態の研究を行った。. 4 . 3 . 高エネルギー電子線による気体の励起発. らの論文の反響は大きく、多くの別刷の請求とと. 光の研究. もに M assey , Burhop, Gi 1 bodyのE l e c t r o n i ca n dI o n i c. 1-2MeV の電子線を気体 (N2, A r , CO,CO2 等. ImpactPhenomena( O x f o r dU n i v . P r e s s,1 9 7 4 )や. に照射した場合の励起発光スペクトルを測定し,. M a p l e t o nのThe o r yo fChargeT r a n s f e rを含む幾つ. それらの電子線による電離および励起状態の初期. かの単行本、それに数多くの論文に引用されてい. 過程の研究を行った。また. る 。. 以上混合した場合の発光スペクトルの消長から,. 一方、オークリッジでの滞在全期間中に修士課. これらの気体を 2種. 気体分子聞のエネルギー移動の研究を行った。. 程学生 4名 ( U n i v .o fT e n n e s s e e 3名 、 V anderbi 1 t. Univ.1 名 ) 、 博 士 課 程 学 生 2名 ( U n i v .o f. 5 . 日本原子力研究所東海研究所物理部での研究. Tennessee,Vanderbi 1 t. U n i v .各 1名)について研究. ( 1 9 7 6,.;.., 1 9 9 1年). 9 6 7年 指導を行い、無事終了せしめた。そして、 1. 1 9 7 6年 7月,原研東海研究所で核融合に関する. 7月に帰国した。. 原子分子過程の研究を始めることになり,そちら 旦当をすることになった。 のt. 4 .日本原子力研究所大阪研究所での研究. 5 .1.重イオンと原子分子の衝突による電荷移動. ( 1 9 6 7 " ' 1 9 7 6年). と電離断面積の測定. 日本放射線高分子研究協会は 1 9 6 7年 6月に解散. 当時,原研では臨界核融合実験装置 JT60を建設. し、大阪研究所の施設、研究業務は日本原子力研. することになっていた。そこで問題になったのは,. 究所に移管された。そして私も引き続いて日本原. プラズマ加熱のための中性粒子(水素原子)入射. 一. 5-.

(6) 中井:原子力、放射線と 4 6 年. 加熱の際,中性粒子のイオン化の断面積が,プラ. を作成するとともに. ズマ中に含まれる多荷不純物重イオンの電荷数の. ブを経験式で現すことを試みた。これは,例えば. 何乗に比例するかということであった。すなわち. プラズマ・モデリングの場合データを式の形で取. エネルギ一一断面積のカー. り込むことができる。経験式の作成は,達人多幡. H+Aq+→ H++A( q1 )+ ー. 達夫大阪府立大学先端科学研究所教授(当時)の の断面積 σ を. 全面的な協力のもとで行われた。そしてこれらの. σ =k qn. 成果を逐次学会誌等に発表した 6 1, 1 7,1 8, 1 9 )。. としたときの n を約半年を目途に求めるよう要請. 一方,原子構造データについては,プラズマ診. され,早速,装置の製作にとりかかった。これは. 断に必要な多荷重イオンのスペクトルデータを収. 3, 3で 述 べ た オ ー ク リ ッ ジ の 装 置 と 殆 ど 同 じ で. 集評価し、スペクトル表とグロトリアン図を作成. あったので,割合順調に事が進んだ。重イオンは. することにした。当時、 JT 60の第 l壁 はTiCで. 東海研物理部の 2MeV パンデグラブ・イオン加速 器からの Ne+とNe2+を用いた。ターゲットは He,. あったので、まず最初にチタンについてのデータ 集からスタートした。特筆すべきことは、グロト. Ne,Arであった。そして, 1977年 3月までに, n=1.4-1 .5が 得 ら れ. リアン図の作成の計算機化であり、これによって. JT 60の設計に反映さ. 従来からの手書きによる不都合さが一掃された。. せることができた。この nの 値 は , 東 海 研 保 健 物. また日米核融合研究協力の一環として米国の. 理部の龍福庚博士(故人)が行った理論計算のス. Na t i o n a lI n s t i t u t eo fS t a n d a r d sandTechnologyの. ケーリング則の n とよく一致し,彼の理論を検証. .WieseとDr.].Sugarがこの計画に参画した。 Dr.W.L. することもできた。. スペクトル表には、波長、遷移の上位、下位準位. 引き続いて,この装置を用いて,核融合で必要な. の電子配置とエネルギー準位値、発光強度、振動. まだ測定されていない電荷移動および電離過程. 子強度、遷移確率、文献等が記載されている。そ. Aq +十 B→ A ( q 1 )+十 B+. して 1 9 8 5年にチタンのスペクトル集を発表した 2 九. Aq++B→ Aq++B++e. 987年 2 1, 却 、 引き続いて、モリブデン、ニッケルを 1. の 断 面 積 を 測 定 し た 。 こ こ で Aは He, C, Ne, Bは. 鉄を 1 990年剖,銅を 1991年 2 4 ) コバルトを 1992年制,. H2 , He, Ne, A r , O2 , CH4である。そして、これらの成 1, 3 1, 4 1, 1 5 )。 果についてはその都度学会誌等に発表した 2. クロミウムを 1 993年初)のペースで発表した。いず れ も 一 編 約 100頁 の 大 作 で 掲 載 可 能 な 学 術 誌 は. 5 . 2 .核融合のための原子衝突および原子構造 データの評価. AtomicDataandNuclearDataTablesとJournalof P h y s i c a landChemicalReferenceDataだけであっ. 1 9 7 0 年頃から,核融合でプラズマ中の不純物多荷. た。そしてこれらのデータは JT 60の不純物ス. 重イオンの挙動が注目され初め,それらの原子分. ペクトルの同定、定量に活用されるとともに世界. 子データの重要性が強く認識された。国際的には. の核融合のコミュニテイでも広く利用された。. IAEAが中心になって 評価活動を行うことになり. これらのデータの収集 日本からは日本原子. 主な成果の文献. 力研究所と名古屋大学プラズマ研究所が参画する. 1)四手井綱彦,東村武信,中井洋太:第 1回原子. ことになった。そして原研でも所内外の専門家の. 力. 協力を得て原子分子データ委員会を組織するとと. シンポジウム報文集. 2 p . 3 4 6( 1 9 5 7 ). 2)中井洋太,井面治巳,松田光司:同位体と放射. もに,核データセンターに原子分子データ部門を. 線 3365 ・3 7 2( 1 9 5 9 ). 設け,独自に必要なデータの収集評価とデータの. 3)中井洋太:日本物理学会誌 1 858 4 585( 1 9 6 3 ). 生産をすすめることにした。. 4) Nakaiy .: J a p a n . ] . Ap p. lP h y s . 27 4 3 7 5 6 ( 1 9 6 3 ). 原子衝突データの収集評価については,重要な. 5) NakaiY .andMatsuda K .: J a p a n . ] . A p p . lPhys. 4. 過程の断面積の実験データを順次収集しデータ集. 26 4 2 6 8( 1 9 6 5 ). -6-.

(7) Vo . l3 6( 1 9 9 9 ). 近畿大学原子力研究所年報. 3 8 1( 1 9 8 8 ). LaBarD . A ., H a r t e r] . A . ,B i r k h o i iR . 6) NakaiY .,. 1 8 ) NakaiY ., S h i r a iT ., TabataT. lt oR .: P h y s i c a. D . : R e v . S c i. I n s t r3 88 2 0 ・ 8 2 6( 1 9 6 7 ). S c r i p t aT287 7 ・8 0( 1 9 8 9 ). 7) N a k a iY . ,G a r b e rF . W ., R i t c h i eR且 B i r k h o 旺. 1 9 ) TabataT ., I toR . ,S h i r a iT ., NakaiY ., Hunter. R .D . : ] . P h y s . C h e m . S p l i d s2 ら2( 1 9 6 5 ). H . T ., PhaneuiR . A .: A t .P l a s m a -M a t e r . l n t e r a c t .. 8) R i t c h i eR .H ., GarberF川 T ., NakaiY ., B i r k h o i i. R .D . :Lo we n e r g ye l e c t r o nmeanf r e ep a t h si n s o l i d s,in"Advancei nR a d i a t i o n Bi o l o g y,. D a t aF u s i o n2 9 1 9 4( 1 9 9 2 ) 2 0 ) MoriK ., WieseW.L . ,S h i r a iT . ,N a k a iY ., Ozawa. K . ,K a t oT .: A t o m . D a t aNuc . 1DataT a b l e s3 47 9 -. Vo . 1 3 " p . 1 2 7, AcademicP r e s s( 1 9 6 9 ). 1 8 4( 1 9 8 6 ). 9) GarberF.W, N a k a iY ., H a r t e rJ . A .andB i r k h o f f. 2 1 )S h i r a iT ., NakaiY ., OzawaK ., Is h i iK ., Sugar. R .D . : ] . A p p . 1 Phys. 4 21 1 4 9( 1 9 7 1 ). J ., MoriK . : J . P h y s . C h e m . R e i . D a t a1 63 2 7 3 7 7. .H ., NakaiY . , LangleyR .A . : P h y s . 1 0 ) ToburenL. ( 1 9 8 7 ). R e v . 1 7 1 1 1 4 1 2 2( 1 9 6 8 ) 1 1 ) ToburenL .H.andNakaiY . : P h y s . R e v . 1 7 71 9 1 -. 2 2 )S h i r a iT ., MoriK.ふ1 9 a rJ ., WieseW.L . , Nakai. Y . , OzawaK . : A t o m . D a t aNucl .D a t aT a b l e s3 7. 1 9 6( 1 9 6 9 ). 2 3 53 3 2( 1 9 8 7 ). 1 2 ) KaseM., KikuchiA ., Y a g i s h i t aA ., NakaiY .. ・. 2 3 )S h i r a iT . ,F u n a t a k eY . ,MoriK . ,S u g a rJ .,Wiese. : J . P h y s . B 1 7 6 7 1 ・6 7 7( 1 9 8 4 ). 明T .L . ,NakaiY . : J . P h y s . C h e m . R e i . D a t a1 9 1 2 7 ・. 1 3 )S u g i z a k iY . ,S a t a k aM., K a w a t s u r aK . ,S h i r a iT . .. 2 7 5( 1 9 9 0 ). N a k a iY . : ] . P h y s . B 2 22 6 32 7 0( 1 9 8 9 ) 圃. 1 4 )S a t a k aM., Y a g i s h i t aA ., NakaiY .: ] . P h y s . B 2 3. 2 4 )S h i r a iT ., NakagakiT ., N a k a iY ., S u g a rJ .,I s h i i K ., MoriK . : J . P h y s . C h e m . R e i . D a t a20 1 8 1. ・1 2 3 4( 1 9 9 0 ) 1 2 2 5. ( 1 9 9 1 ). 1 5 ) NakaiY.andS a t a k aM . : J . P h y s . B 2 4L89 ・L 91. 2 5 )S h i r a iT . , MengoniA . ,N a k a iY . ,S u g a rJ ., Wiese. ( 1 9 9 1 ). . LMori K . ,S a k a iK .: J . P h y s . C h e m . R e i .D a t a2 1 W.,. 1 6 ) NakaiY ., S h i r a iT ., TabataT ., I toR .: A t o m . D a t aNuc . 1 D a t aT a b l e s3 76 91 0 1( 1 9 8 7 ). 2 3 1 2 1( 1 9 9 2 ). ・. 1 7 ) TabataT ., I toR . , NakaiY ., S h i r a iT ., S a t a k a. 2 6 )S h i r a iT . ,N a k a iY ., N a k a g a k iT . ,S u g a r, . ] Wiese. Sugi uraT.:Nuc1 .I n s t r . M e t h o d sB313 7 5 M.,. 明T .L .: ] . P h y s . C h e m . R e i . D a t a2 2 1 2 7 9 1 4 2 3( 1 9 9 3 ). -7-.

(8) 中井:原子力、放射線と 46 年. -8-.

(9)

参照

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