ローレンス・スターンとゲーテの「遍歴時代」
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(2) であった。ただ「修業時代」にはスタ-ン風の要素が全くないかとい うとそうではな-て、「偶然」について思索がなされている所にそれが. はない。従ってスタ-ンが先述のロマン論に出て来なかったのは当然. 論者プロティヌスにはゲ-テはその考え方に大変共鳴するものがあっ てわざわざ彼の文をここで翻訳して示している。そういう場所でスタ. -一六)、プロティヌス. ロ-レンス・スタ-ンとゲ-テの「遍歴時代」. 見られる。「ーリス-ラム・シャンディ」では「偶然」が主役をなして. -ンのことが論ぜられているということは、当時 (老年期) のゲ-チ にとってスタ-ンはいろいろな考慮の対象になったことを示している。. (1七-二五)、そしてスタ-ンである。汎神. いて、知的な思惑からなされた計画を台なしにしてしまう所が続出す. スタ-ンについての言及は量的にもかなりなものであって、一二六、. とされていたRichardGriffithの警句集(一二七-一四三、l七五、1. えやスタ-ンの手紙の訳などである。また更に当時スタ-ンのものだ. が絶えず混乱を引き起こすのであるが、しかしこれはかなり機械的な. の関係をたどることにする。. さてスタ-ンはゲ-テにとってどういう存在だったのだろうか-そ. がよ-理解できる。. こうしてみるとスタ-ンは「遍歴時代」には重要な存在であったこと. からの引用もある。. 七九-一八こ. の中でかなり詳しく言及されてい. 「遍歴時代」 の筋や内容に直接注釈を加えているのでは. ゲ-テ自身の言葉や、関心の深かった他人の言葉などが入っている。. さて、この蔵言集には、一八二個の蔵言が集められていて'それは. 精神と密接に関連しているものが少な-ないのであった、「遍歴時代」 を理解するのに重要な役割を果たしている。. な-、ゲ-テの人生観、芸術観が蔵言集の形で集められているのであ る。折々の思索を集めたものである。とはいえロマン「遍歴時代」の. 集は、ロマン. 感傷性の方を考えていた。. て見た時、自分に与えたイギリス文学の影響として、まずその憂轡な. 見て寛大に許すのである。それでゲ-テは、若い時のことを振り返っ. 両者は全-相反する源から発しているのではな-て、世界の不十分さ を感じているのであるが、一方はそれを見て怒り嘆き、他方はそれを. 家スタ-ンに学んだ他人の欠点を寛大に見る人間性である。で、この. 轡な世界苦」に満ちたメランコリックな世界観、それからユ-モア作. 傾向がある。その一つは、「疾風怒涛」時代にイギリス文学から得た「憂. 「遍歴時代」の末尾に付け加えられた「マカ-リの文庫」という笹言 イギリス文学がゲ-テに及ぼした影響は、大ざっばに言って二つの. いて、巻末の「マカ-リエの文庫」. 一方「ヴィルヘルム・マイスタ-の遍歴時代」では、これらの作家 についての言及はなされていず、代わってロ-レンス・スタ-ンにつ. 「理性」とを明確に対立させたものではない。. 働きであり、「ドタバタ劇」の趣があり、スタ-ンのような「偶然」と. る。ちなみにフィ-ルディングの「-ム・ジョーンズ」でも「偶然」. る。この辺りは冒険小説的趣の濃かった初校「ヴィルヘルム・マイス. 吾. 一四六、一五七-一七一である。これはゲ-テのスタ-ンについて考. 二. タ-の演劇使命」が「修業時代」に改作された時考慮された要素であ. 中島. その中で個人として特に多-言及されているのは、ヒポクラテス. (五. る。.
(3) 「ドイツで発刊された時の『ヴュルタ-』はとやか-噂されたが、決 して病気や病熱を煽り立てたのではな-て、若い人々の心の中に隠さ. ベている。. その中にはシェイクスピア(ハムレッ-)、オシアン、ヤング'グレ-. れていた病状が摘出されたに過ぎない。長い幸福な平和の間に文学・. ゲ-テは一八七〇年代の「疾風怒涛」時代の感傷性について、それ を一つにはイギリス文学からの影響だと言っている。(詩と真実一三巻)0 などの名があげられている.さらに若者達の心の中にあった憂轡な気. ていた。しかし関心は内部にのみ向かったので、まもなくこれにある. 美術の世界はドイツの土壌、ドイツ語圏内で大変みごとな展開を示し. 分を爆発させ蔓延させたのは、彼のヴュルタ-が現われる以前にすで にイギリス文学によってその土壌が作られていたという。 「このような感情に浸り、このような環境のもとでこの種の趣味や研 刺激を受けることもな-、これからもだらだらと退屈な市民生活を送 るしかないという見通ししかないとあっては、人々は不満な気持ちを. れ'われわれドイツ人にはイギリス人のユ-モアのあるイロニーが欠. スプリ)はドイツ人に力を及ぼさなかったが、それだけに彼の感情は もっと強-伝わった。それで一種の感情過多の激情的禁欲主義が生ま. ク・スタ-ンの影響を見誤ってはならない。なるほど彼のもつ精神言. 種の感傷性が加わった。この感傷性が出てきて広まるについてはヨリ. こうじさせていやになれば好き勝手に生命を捨てられるのだという考. けていたので、いきおい激しい自虐へと変わっていった。私は自らこ. 究に従い'満たされぬ情熱に苦しめられ、外部から有意義な行動への. えに親しみ'それによってなんとか日々の不快や退屈をまぎらせてい. の不幸な状態から抜け出ようとこころみ、また他人には私の考えに従 って手をかすように努め'L,']. 五一. 士道の発揮のために再三旅にでかけるのはその神経の強さを証明する ものだ。スタ-ンの場合でも登場人物がおのれを苦しめて憂響に陥る. る。ドン・キホ-テが度重なる不運にもかかわらずおのれの信ずる騎. る所はなかった。スタ-ンにはドン・キホ-テに通ずるユ-モアがあ. 服しょうとし又ヴュルタ-病にかかっている若い人を助けようと赴い たこともあった。スタ-ンはその人にはそのような自虐的な方向に足. 自分を蝕む病気へと進んでしまったのである。ゲ-テはその欠点を克. ドイツ人にはユ-モアが欠けていたのでスタ-ンとは違って自虐へ、. ったと言っている。スタ-ンも意外なとばっちりを受けた感がある。. 感情過多の激情的禁欲主義」とか「激しい自虐」とが生れる原因にな. ゲ-テはスタ-ンの内面に向けた精神の働きが、ドイツに「一種の. たのである。このような感情が実に広範囲に浸透していたからこそ『ヴ エルタ-』 が大きな影響を及ぼしたのだが、その原因はこの小説がい たるところで人々の機微に触れ'若者達の病める妄想の内面をはっき りととらえやす-描写したからである。イギリス人達がこのような悲 (2). 哀をどれほど知り尽-していたかは'『ヴュルタ-』が出る前に書かれ た次の意義深い数行の詩句が証明している。 生来、悲哀を好んだ彼は 自然から受けたより多-の傷を知った。 彼の妄想は苦痛の姿をありもしない (3). 暗い色と恐怖で彩ったo」 ここではスタ-ンの名が上がっていない。それは当然である。しか. しゲ-テが「滞仏陣中記(一八二〇年から一八二二年頃書かれた)」で ヴェルタ-病に触れた時スタ-ンの感傷性がその原因であるように述 ロ-レンス・スタ-ンとゲ-テの「遍歴時代」. 中島.
(4) ロ-レンス・スターンとゲ-テの. 「遍歴時代」. で述べられている「ヴェルタ-病」. 高貴な資質を見ている。. 半'純粋な人間認識、高貴な寛容'優しい愛の偉大なるエポックを作. のことが話題になると、彼. 正しかった。しかし「在仏陣中記」. そして人々の間に揺れ動-『誤謬と真実』. のことが頭に浮かぶ。更に第三の言葉を繊細な意味で付け加えること. である。というのはこの名称でもっ ができる、すなわち『風変わり』 ともうま-表現できる人間の現象がある。それは外に向けては誤謬で. あるが、内に向かっては真実である、そしてよ-みると心理学的に大. 変重要である。それは個人を形成しているものである。一般的なもの. がそれによって個性化される。そしてもっとも風変りなものの中に少. それから殆ど時が同じ頃書かれた「年代記」 (一八一六年から一八二 の一七八九年の所でゲ-テはスタ-ンの内面性をあ. げている。. える。. 作って以来、旅行記は殆ど専ら旅行者の感情や見解に捧げられていた。. 間的なものを発見して、この風変わりさが活動的に現われると、『主導. この意味でヨリック・スタ-ンは全-気持ちよ-人間の中にある人. に取り入れることを金言にし'LJ']. 「ロ-マの謝肉祭」. (一八二六年一月). (6). し進め、考慮'確信、意図、意志の力を必要とせずとも絶えず生と動 きの中に保つからである--. ランス人に対する最近の戦争の後生まれた誤謬と真実について」(WiT. 文を書-ころ、(一八二六年一月一二日)シュルツの「ナポレオンとフ. 真実』という言葉はここだけではとらえに-いが、実はゲ-テはこの. この人」と呼んでスタ-ンに負うところ大であったと認めた。『誤謬と. い愛」として全-肯定的にとらえている。「私が大変恩恵を受けている. ゲ-テはここではスタ-ンを「純粋な人間認識、高貴な寛容、優し. 。」. ゲ-テは目を開いて外の世界を観察して客観的に外の世界を取り入 れようとしたのである。そして出来上がったのが である。. ここではスタ-ンの優れた小説については認めながらも彼に対して 逢う立場を堅持し、異質性を明確にしている。. (正し-はロ-レンス). だがそれからはゲ-テはスタ-ンにたいしてより親近感を覚えるよ うになり、より肯定的にスターンをとらえている.彼の短い論文「叫 -レンツ・スタ-ン」. スタ-ンの本質をより的確にとらえていて'そして感傷性という中に. では. 的情熱』(ru】ingpassioロ)と呼んだ。というのはそれは本当に人をあ る方向に駆-立てるものであ-、首尾一貫した軌道の上で人を先に押. 私はそれに対して自分をできるだけ否定して、対象を純粋に自分の中. し知性、理性'そして好意が透けてみ、え、それが我々を引き付けとら. 「イタリアから帰国してから他の仕事が私に大きい満足を与えた.スタ -ンの真似できない 『センチメンタルな旅』 がはばをきかせ模倣者を. 五年頃書かれた). っていないと言える。. ともか-この段階ではゲ-テはまだ晩年ほどはスタ-ンを正当に扱. 迷惑なことになった。. ではあるが、スタ-ンからそれが広まったとしていて、スタ-ンには. り、広げた。私が大変恩恵を受けているこの人をしばしば思い出す。. 「--この意味で私は一人の人に注意を向ける。その人は前世紀の後. 至. て「ヴュルタ-病」は、もちろんそれを助長したドイツの若者の問題. ではスタ-ンの名が特に上げられ. を育んだイギリスの作家達の中にスタ-ンの名はなかったし、それは. というケ-スはない。「詩と真実」. 中島.
(5) helmSchulz:(rrttimerundWahrheitennachdenersten]ahrennach (正し-はシュルツ). の誤謬と真実」 「ロ-レンツ・ス. の一部がそっ-り入っている。シュルツに触発されて使った. る。その中にスタ-ンに対する感謝が現われている。. 「ゴ-ルドスミスとスタ-ンが生長の主要な点で私に与えた影響はは 、すべてを見通しての公. かることができない。この好意的なイロニ-. 正さ、あらゆる不運における優しさ、あらゆる転換における心の平静 さ、その他の美徳が私をよ-育てて-れた。そして究極のところこの ものの考え方が我々を人生の誤った行動から正しい道に戻して-れる ものである」. 一八三〇年の一〇月はスタ-ンのことが念頭に離れなかったとみえ る。一日の日記に次のように記されている。. 「最後にーリスーラム・シャンディを読む。そして又して再三再四彼. 「風変わり」を介して考えると分かりやすい。つま. り「風変わり」あるいは 「奇行」というものは、外には 「誤り」とし て見えようと、それは内面的にはその人物の 「真実」を表していると. がその時代において達した自由さに驚嘆する。そして我々の青年時代. 「風変わり」. (第二巻第五章)0. (ruringpassioロ)となるというのである。このru-ing. いうのである、そしてその は「主導的情熱」 passionというのはスタ-ン自ら使った言葉である. と我々を解放した最初の人である」. そしてそれから四日後にはツエルターに充てて同じような感想を書 き送っている。. 私が不幸な学生であったころセンセイションを起こしたものであった0. 戦傷を受けて退役した元軍人叔父--ビィが自分の庭にミニ城を築 き、大陸におけるイギリス軍の攻撃に合わせておのれも召使伍長ーリ ムと庭の中で攻防戦を演ずるのである。これはスタ-ンの言葉による と道楽馬(bobbyborse)にほかならない。庭の中で大の男が戦争ごっ. 五九年に杓子定規と俗物性をそんなにも見事に洞察し描いたであろう. にうかがうことができる。. いか-それがこの頃完成した「ヴィルヘルム・マイスタ-の遍歴時代」. おそら-スタ-ンの中に一種の自分との同質性を見いだしたのではな. こうしてゲ-テは年とともにスタ-ンの真価を理解するようになり、. きない」. 年i)ともに私の驚嘆は増え又増し続けているoというのは'誰がl七. 「私は最近再びスタ-ンの-リス-ラムを読んだ。その本はちょうど. こに夢中になってい.るのは正に 「風変わりな」性格である。ところが この戦争ごっこの中に叔父--ビィの善良さ、愛すべき人間性がよ-. か-私は今でもなお彼に匹敵する人物を広い読書世界でみることがで. ってのように若者を感傷性に誤って導いたと非難したときとは違って いるのが分かる。. ゲ-テの最晩年にはスタ-ンについての言及が頻繁にみられるo. 「遍歴時代」. 中島. 八二九年一.二月二五日に彼はツエルタ-にあてて次の手紙を書いてい ロ-レンス・スタ-ンとゲ-テの. 営!. こうしてみるとゲ-テは晩年にはスタ-ンを肯定的に見ていて、か. 現われている。. 1. に彼が与えた影響を理解した。彼はまさに杓子定規と俗物性から自分. が大いに活動的に働-時それ. て付け加えられて. 動という意味である。「誤謬と真実」の意味することは、ゲ-テによっ. 「誤謬と真実」という言葉は、人間や国民の取る誤った行勤と正しい行. タ-ン」. という文を口述させている。この文の中には先程の. (7). 「ヴェルヘルム・シュッツ. dem)etztenKrieggegenNapolenunddieFranzosen.)825)を読み、. 翌日.
(6) ロ-レンス・スタ-ンとゲ-テの「遍歴時代」. している。ゲ-テはこの点に注目したのは当然であった。一般的にこ. おいてばかりでなく'-リス-ラム・シャンディの中で叔父ー-ビィ. の美点はスタ-ンの人物に見られる。センチメンタル・ジャ-ニ-に 「マカ-リエの文庫」. て仮借ない態度をとった」. (一五九). まず彼のユ-モアについて積極的に見ている。. さはことわざにさえなったという0. こうしたスタ-ンのもつ朗らかさ、杓子定規に対する嫌悪などは、. 先程みたツエルタ-に宛てた手紙にも見られるものであった。. 「彼はいかめしさに対して決然として憎しみを抱いた。いかめしさは. それから「いかめしさ」に対する反感もでて-る。「いかめしさ」は. 強さを強調している。. これはセンチメンタル・ジャ-ニ-でヨリッタが示す明朗さを特筆. ややもすると独断的で杓子定規だからである。. ユ-モアがすべて人の魂を洗うというわけではないのに」 (1二六) そしてユ-モアによる自由な精神と親類にあたる心の平静さ、我慢. つ美し-なる思いがする。彼のユ-モアは追随を許さないものがある。. 一人である。彼の作品を読む者は、ただちに自分の精神が自由に、か. 「ヨリック・スタ-ン侶過去に存在した最もすばらしい精神の持主の. て、彼は真実と虚偽とを区別し、真実をしかとつかんで、虚偽に対し. 「非常に神経の細やかな人だったので、彼にあってはすべてのものが 内部から生まれ育った。たえまな-心の葛藤を-りかえすことによっ. はならない。その際、彼がウォ-バ--ンの同時代の人であったこと も十分に考慮しなければならない」 (一五九). 彼を理解するためには'彼の時代の道徳的及び教会的文化を無視して. 「ロ-レンツ・スタ-ンは一七一三年に生まれ'一七六八年に死んだ。. ことをあげている。. そらからスタ-ンは繊細な人であるから虚偽とか杓子定規を嫌った. それを外に爆発させない気高さを示している。. かりでな-父シャンディ氏でも思いがけない災難にあって落胆しても. にもそれが示される。彼の我慢強さには感嘆される。更にー-ビィば. に記されたスタ-ン論. 五四. スタ-ンは教会のドグマの圧迫のある時代に生きていたから、彼の ドグマに対する攻撃はそういう時代背景から生まれたのだ。ウォ-バ --ンという人はグロスタ-の僧正であったが、その教条主義と倣慢. せておきたいという意志が見られる。. 所を認めながらもおのれの立場を守りスタ-ンとの距離ははっきりさ. 中の感想と大き-違うことはありえない。ただここではスタ-ンの長. かけて書かれたものである。従って先述のツエルタ-に充てた手紙の. に見せたように感傷性による青年への悪影響というマイナスの評価は もうない。「マカリ-の文庫」は、多-は一八二〇年から一八二八年に. 像を得られるがゲ-テの手法上の秘密が分かるわけではない。そのス タ-ン像は、後にツエルタ-に充てた手紙と殆ど同じである。暫-前. 集から、「遍歴時代」とスタ-ンとの関係を探ると、ゲ-テのスタ-ン. 「遍歴時代」の文末に付け加えられた「マカリ-の文庫」という蔵言. のだろうか-. 「マカ-リエの文庫」でゲ-テはスタ-ンのことをどう評価している. 中島. 「旅において最大の試練をうけながら示す彼の明朗、無欲、我慢強さと いう性質に-らべられるものは容易に見いだせない」 (一六五). 三.
(7) 六〇). 決然として嫌悪を抱いた。学術用語が嫌いなのもこのためである」(一. 教訓的で独断的で'すぐ杓子定規になるからであり、こういうものに. ある。これはほほえましい光景でもあり、またフェリクスの向学心を も表わしている。ところで作者が少年フェリクスのその態度を茶化し. フェリクスが父親ヴィルヘルムに拾った珍しい石の名前をきく場面が. かし作者がふざけているとみることはとてもできない。例えば冒頭で、. ところが「いかめしさ」に対する反感が単に「杓子定規」に対する. ているとはどの読者も考えないだろう。一方「-リス-ラム・シャン. ディ」の冒頭では、つまり主人公-リス-ラムが懐胎する夜のきわど. 反感から生じたものばかりではな-、生来真面目さに対する反発があ. ったのだ。スタ-ン自身が自分は脱線癖があり、真面目なことは二分. ディ氏の気勢がそがれてしまった。これはシャンディ氏の理性的計画. 計をま-のをお忘れになったんじゃなくて-」ときく。これでシャン. い場面があるが、その大事な夜母親が夫シャンディ氏に「あなた、時. (一六二). 的な処置をすべて台なしにする行為であった。すでにここで読者は作. 者の諸藩的態度を感じるであろう。あるいは例えばもう一つ。-リス ーラムが幼少の時女中スザンナの助けを借りて二階から小便をすると. ころがある。ちょうど尿瓶がなかったのでスザンナは思い切って窓か ら幼児ーリスーラムに用を足させようとするのだ。ところがこの憲一. 真面目なことを考えないという特質はゲ-テから見ると、それをそ っ-り受け継ぐ必要はないということだ。これは作家の資質によるも. のを考えることができないのである。ゲ-テからするとこういう所は、. に落ちてきて坊ちゃんの体の最も大事な部品を傷つけてしまう。この ようにスタ-ンはみずから言っているようにものの二分も真面目にも. 部が叔父ー-ビィとその召し使い-リムの戦争ごっこの部品として外 されていた。それで女中が窓わ-を上に持ち上げた時それが二人の上. ので'善悪をいうことのできる問題ではない。例えばスタ-ンの師匠. 「私たちを魅了するこれらすべてとまでは言わないまでも、その大部分 をそのまま自分のものとして受け入れる必要は全然ないことも痛感せ. (一六六). のセルヴァンテスにあっては、あのドン・キホ-テは冗談の連続とみ ることもできる。特に第二巻において、公爵夫妻がドン・キホ-テに. ざるをえない」ということで、自分のものにする必要はないというの. をえない」. のまま自分のものとして受け入れる必要は全然ないことも痛感せざる. ちを魅了するこれらすべてとまでは言わないーまでも、その大部分をそ. 「こういう種類の自由な魂を見ることは実に私たちを楽しませるがI それと同時に、こうやって楽しませて-れればこそ、私たちは、私た. ンデイズムに対して、おのれの立場を述べ距離を置-0. さて次にゲ-テは、真面目な事柄は二分と考えられないというシャ. ムと呼んでいる」. 「真面目な事柄を考えると二分ともたない'これを彼はシャンデイズ. と考えられないと言っている。. だ。. しかけることは遊び、冗談である。それが悪ふざけに陥らないのは'. 「遍歴時代」 では全体の調子がゆるやかで余裕があるが、し. 作者のもつ優れた筆である。それは物語としても面白いし又ドン・キ ホ-テの気高さやサンチョの現実主義が現われていて、卑俗ではない。 ゲ-テの. ロ-レンス・スタ-ンとゲ-テの「遍歴時代」. 中島.
(8) ロ-レンス・スタ-ンとゲ-テの「遍歴時代」. 物を扱っている。この自由さは「修業時代」にはもちろん彼の他の小. 説にも見られないことである。その構成も複雑で、外の枠には、いわ. ている。このノヴェレは、いまだ情熱に動かされる人々、つまり諦念. ゆる「諦念の人々」の話を置き、その中にい-つかのノヴェレを入れ. るか-. に達していない人々の起こす騒動を描いている。この枠小説とノヴェ. ではスタ-ンからヒン-を得たと思わ. の文学であること. レとはよ-見ると一つの秩序に従っていることが分かるが、1見した. ろで彼は「マカ-リエの文庫」. れる創作上の手法、最も重要なことに.ついては触れていない。しかし 明らかにスタ-ンとの関連が認められる。. たし、ヴィルヘルムのなすこと感じることに作者の直接的感情投入が. ない。「修業時代」ではヴィルヘルムの個人としての歩みが問題であっ. ヴィルヘルムはここに登場する他の人々とその位置において変わりが. っているに過ぎない。ヴィルヘルムの成長が問題になってはいない。. はレナルドの為に行-方が分からな-なった小作人の娘を探す役を担. 読者は絶えざる意識の洩れの中に漂っているような気になる。これは. つの感想、考えか示されても次にはそれと違うものが出されるので、. 小説が読者に与える動いている感じのもとである。ある事について一. るのではな-て、多様な考え方感じ方が示される。これがスタ-ンの. 見」なのである。従ってある事柄についての意見となれば別の人が見 れば別の「意見」にもなる。従ってその事柄の客観的真実が提示され. だ。人間の頭に浮かぶ連想を中心にしている。「紳士-リスーラム・シ ャンディの人生と意見」というタイ-ルが示している通り、これは「意. みられる。ところが「遍歴時代」では距離をおいた書き方が目につ-0 このようなところはスタ-ンの影響が認められる。 また作者が登場人物を扱う自由さにスタ-ン流の奔放さがみられる。 スタ-ンは好きな時に人物を登場させその人物についての物語を始め るが、そのことについて責任を持って終わりまできちんと語ることな -、次の瞬間にはその人を放り出して別の話題に移ってしまう。従っ て筋がとてもつかみに-い。ゲ-テではスタ-ンみたいに極端ではな. -、そこには秩序が認められるが、しかしそれでも相当自由に登場人. 味でも通じるというのだ。. に銘ずべきものとして掲げたものである。ところがその銘は、逆の意. の邸宅の至る所に格言が掲げられている。これは彼女たちの叔父が肝. みようO lつの事柄には別の見方ができるということを示している例 である.その一つは次の通りである。ヴィルヘルム父子はユリエッテ とヘルジ-リエの住む邸宅に迎えられる(第1巻第六章).ところでそ. 後にはジョイスが「ユリシ-ズ」で用いた手法である。 このことがゲ-テは「遍歴時代」でどう現われているか例をあげて. まず「遍歴時代」 では主役になる個人としての主人公がいない。ヴ ィルヘルムはここでは一種の伝令役を果たしているに過ぎない。或い. のもうなずける。 ところで何と言ってもスタ-ンの特徴は「連想」. 今まで見てきたように、ゲ-テはスタ-ンのユ-モア、逆境に見せ る朗らかさ、善意などに感銘を受けた。また脱線癖、冗談ずきについ. でスタ-ンのどういう所を取り入れてい. 実. ところでは分かりに-い。この作品が現われた時当時の人が当惑した. ゲ-テは小説「遍歴時代」. 中島. てはそれを模倣する必要はないとしてもそれを冗談を楽しんだ。とこ. 四.
(9) んわo彼のいない所であの小箱を開けてはいけません如」. ここではヘルジ-リエのあちこちに揺れ動-心の状態が描かれてい. ヘルジ-リエは言う0. 「姉さんは銘を全部解釈できるのよ。その点では番人と競争ね。でち. は従来の職場を捨て新しい天地を求めて出発するのである。揺れ動-. 「遍歴時代」は産業革命時代の変動期を扱った社会的なロマンである と言われている。新しい機械産業が起こり、手工業に携わってきた人々. 見えて-る。このように意識の流れが見事に描写されている。. 発見したフェ-リクスの方へ向かう。やっぱりフエ-リクスのいる所 でないと開けられないというのだ。フェ-リクスへの愛が微かにほの. がある。あなたにまず見せたいと思う。小箱を手元に置いているのは、 それは好奇心なのか、それともヴィルヘルムに対する愛情なのか-で も愛情なんてはっきり認めた-ない。ところがここで又意識はこれを. ければならないという良心が目覚める。だがその良心以上に強いもの. たものだからそんなことはしていけない、小箱や鍵は当局に提出しな. る。秘密の小箱の鍵を発見して、それで小箱を早-開けてみたいとい. う好奇心の高まりがまずある。だがすぐにこの小箱はそっと持って来. (8). 私は、あれを全部逆さまにしても言えると思うわ。そうしたって同じ ように真実だし、ひょっとしたらもっと真実味が増すかもしれないわ」 ここにスタ-ン流の、ものの見方には別の見方もできるということ が現れている。. もう一つ意識の微妙な動きを現わした美しい文をあげてみよう。ヘ. (第三巻第二章)0. ルジ-リエが秘密の小箱の錘を偶然発見しヴィルヘルムに早-釆てほ しいと手紙で頼むところである. 「-・・・o盗み見た瞬間これはあなたの小箱の鍵だなと察しがつきまし た。そうすると、良心の奇妙な迷い、あれやこれやの思い煩いが湧い てきました。発見したものを公表して引き渡すことは私にはできない ことでした。私のお友達にはどんなか役に立つかもしれないのに、裁 判所などにとってなんの意味があるだろうと。そう思うと今度は法と か義務とかいったものがしきりに口をあけたがるんですが、私の声を. 社会の中で人々はどのように処するかを問う小説であるという。それ はそれで正しいが、しかしこの作品を読んでいて絶えず動いているよ うな印象を受けるのは'スタ-ン流の多様な物の見方、意識の流れと. 押さえることはできませんでしたの。. ですからいま、私が友情のためにどんな状態に陥っているかお分か りでしょう。あなたに喜んでいただこうと、すばらしい感覚がにわか. いう手法も原因があるのではないか-. ロ-レンス・スタ-ンの 「ーリスーラム・シャンディ」 LaurenceSterne‥づheLifeandOpinionsofTristramShandy〉Penguin. GoethesWerkeBd.7.Wi)he)mMeistersLehrjahre.Hamburg,S.307. Classics)967を使用した.. のテクス-は、. に育ちふ-らむなんて、なんとうう変な出来事でしょうか。私の良心 にこれほど匹敵するものは、友情以上のものであってほし-ないわ。 私は罪と好奇心の間にはさまれて妙に落ち着かないのです-=・ それからひど-少女じみたことになりますが、もう一つ書き添えま って-あれはフェ-リクスのものだわ。彼が見つけて'自分のものに. す。いったい、あの小箱、もともと'私やあなたに何のかかわりがあ. 「遍歴時代」. 宅. 注. 川. 0. したんですもの。フェ-リクスを私たちは連れてこなければなりませ ロ-レンス・スタ-ンとゲ-テの. 中島.
(10) 3 ㈱ 4. 5 6 7 8 9. ロ-レンス・スタ-ンとゲ-テの「遍歴時代」. Schneider.Mロnchen.S.489. GoethesWerkeBd.8Hamburg,S168 GoethesWerkeBd18Hamburg.S.320. Goethe.S抑mtliche Henckmann u.Lrmela. ZitiertausThomasWartonsGedichte"Thesuicide".)77) GoethesWerkeBd.¢Hamburg}S.∽∞∽ GoethesWerkeBd.10Hamburg,S.32) GoethesWerkeBd.)OHamburg,SA34 ・S.345 GoethesWerkeBd.12Hamburg} Werke)31).Die)ahre1820・)826Hg.Gise)a. 中島. Eiil. ノ し.
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