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近代日本の能楽と植民地朝鮮

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Academic year: 2021

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全文

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著者

徐 禎完

学位授与機関

Tohoku University

学位授与番号

11301甲第18977号

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ジ ョ ン

ワ ン

第 一 節 本 研 究 の 時 代 的 背 景 第 二 節 本 論 文 の 構 成 と 方 向 第 三 節 近 代 能 楽 史 の 研 究 状 況 と 植 民 地 能 楽 史 の 課 題

( そ の 二)

日 清 戦 争 ・ 日 露 戦 争― 第 一 節 日 清 戦 争 と 能 第 二 節 日 露 戦 争 と 能

第 一 節 韓 半 島 と 能 の 遭 遇 第 二 節 京 釜 鉄 道 開 通 式 典 祝 賀 能― 我 が 国 威 の 発 展― 第 三 節 芸 と 国 家 、 古 市 公 威 と 観 世 清 廉 の 京 城 公 演 と 舞 台 第 四 節 京 釜 鉄 道 開 通 式 典 祝 賀 能 の 意 味

附 そ の 他 の 地 方 謡 曲 会 第 一 節 京 城 ・ 釜 山 の 催 能 と 謡 第 二 節 釜 山 謡 曲 界 の 形 成 第 三 節 釜 山 謡 曲 界 の 実 態 第 四 節 附 : 各 地 方 の 謡 曲 界 第 五 節 結 び に か え て

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第 一 節 植 民 地 に お け る 能 舞 台 第 二 節 京 城 の 能 舞 台 第 三 節 結 び に か え て 附( 一) : 権 力 の 能 舞 台 、 能 舞 台 の 権 力 附( 二) : 大 連 能 楽 堂 か ら 大 連 能 楽 殿 へ 附( 三) : 臺 南 第 二 高 等 女 學 校

第 一 節 戦 争 と 芸 能 、 権 力 と 文 化 第 二 節 国 家 芸 能 の 「 不 敬 」― 文 化 統 制 の 実 態― 第 三 節 国 家 芸 能 の 墜 落 と 芸 能 報 国 第 四 節 む す び

第 一 節 も う 一 つ の 「 統 制 」 、 新 作 能 第 二 節 「 不 信 ・ 不 審 」 に よ る 「 排 除 」 の 統 制 第 三 節 花 と 散 り ゆ く 新 作 能 〈 忠 霊 〉 第 四 節 む す び

第 一 節 「 担 い 手 」 へ の 疑 問 第 二 節 「 中 上 流 」 と 「 公 衆 」 、 そ し て 「 民 衆 化 」 第 三 節 「 日 本 精 神 の 国 粋 」 の 担 い 手

第 一 節 は じ め に 第 二 節 明 治 政 府 の 音 曲 歌 舞 に 対 す る 認 識 第 三 節 国 家 と 芸 能 : 修 史 と し て の 芸 能 史 第 四 節 権 力 と 芸 能 : 「 日 本 精 神 の 国 粋 」 か ら 「 カ ノ ン 」 へ 第 五 節 む す び

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「 近 代 日 本 の 能 と 植 民 地 朝 鮮 」 と 題 す る 本 博 士 論 文 は 、 帝 国 日 本 を 代 表 す る 芸 能 で あ る 能 楽 が 「 前 近 代 の 芸 能 」 「 幕 府 の 芸 能 」 か ら 「 近 代 の 芸 能 」 を 経 て 「 日 本 、 、 の 芸 能 」 へ と 推 移 ・ 再 誕 す る 過 程 、 「 能 楽 の 近 代 性 」 と も 言 い う る 国 民 国 家 的 価 値 の 下 で そ の 位 相 を 再 構 築 す る 過 程 を 実 証 し 検 証 す る と い う 問 題 意 識 を 背 景 に 、 膨 張 主 義 に よ っ て 新 た に 拡 張 さ れ た 空 間 で あ る 植 民 地 朝 鮮 に 於 い て 能 が 如 何 な る 動 態 を 見 せ 、 如 何 な る 文 化 装 置 と し て 機 能 し た の か と い う 問 題 を 探 求 す る こ と を 目 的 と す る 。 帝 国 の 本 体 で あ る 宗 主 国 に お け る 能 楽 の 歴 史 と そ の 在 り よ う が 一 つ の 基 準 と し て あ り 、 そ こ に 総 力 戦 体 制 と い う 権 力 が 極 限 化 さ れ る 状 況 の も と で 権 力 と 芸 能( 文 化) の 錯 綜 の 展 開 と 行 方 を 追 跡 す る こ と で 「 近 代 日 本 と 能 楽 」 と い う 問 題 の 本 質 に 触 れ る こ と が で き る も の と 考 え る 。 こ こ に は 、 世 阿 弥 以 来 、 権 力 と の 距 離 を 至 近 に 保 つ こ と で 混 沌 と し た 乱 世 を 生 き 永 ら え 、 徳 川 幕 府 の 下 で は 式 楽 と し て 確 固 た る 地 位 を 確 保 す る な ど 、 芸 能 と 権 力 が 至 近 距 離 を 保 つ こ と で 権 力 は 当 代 の 文 化 を 潤 し 、 芸 能 は 時 の 権 力 を 超 越 し て 生 き な が ら え た と い う 能 楽 史 の 主 要 部 分 を 占 め る 歴 史 的 事 実 が あ る 。 一 介 の 芸 能 が 時 代 〴 〵 の 権 力 の 盛 衰 を 超 越 し て 生 き 永 ら え る こ と の 不 自 然 さ を 考 え る と こ の よ う な 能 楽 の 生 命 力 は 異 例 と い え 、 権 力 と の 関 係 性 に 注 目 せ ざ る を 得 な い 。 す な わ ち 、 維 新 に よ っ て 扶 持 を 提 供 し て く れ る 後 ろ 盾 を 失 っ た 能 楽 は 、 近 代 国 家 日 本 に 相 応 し い 芸 能 と し て 認 知 さ れ る こ と に よ っ て そ の 生 存 を 新 た に 担 保 し 得 た の で あ る 。 こ こ に 、 能 楽 と 権 力 、 能 楽 と 「 近 代 」 と い う 視 点 の 設 定 が 可 能 に な る 。 こ の よ う な 研 究 上 の 目 的 と 到 達 点 を 設 定 し て い る 本 論 文 は 、 全 三 部 か ら 構 成 さ れ る 。 第 一 部 「 近 代 日 本 と 能 楽 」 第 一 章 で は 、 近 代 と と も に 登 場 し た 謡 本 を め ぐ る 著 作 権 問 題( 『 観 世 流 大 成 版 謡 本 』 訴 訟) や 免 状 発 行 権 な ど と い っ た 事 件 が 相 次 ぐ が こ れ ら は 単 な る お 家 騒 動 で は な く 、 「 近 代 性 」 を 象 徴 す る と も い え る 新 た な 時 代 の 前 で 旧 来 の 秩 序 に 対 す る 新 た な 秩 序 を 適 用 し よ う と す る 挑 戦 と い う 構 図 で 捉 え る 。 徳 川 の 猿 楽 、 、 か ら 、 日 本 帝 国 の 能 楽 、 、 へ の 転 換 と な る 始 ま り の 表 象 で あ っ た と い う 立 場 に 筆 者 は 立 つ 。 第 二 章 で は 、 京 城 で 今 様 能 楽 が 話 題 と な っ た り 平 壌 妓 生 に 「 能 楽 及 び 謡 曲 」 を 教 え て 植 民 権 力 の も と で 改 良 ・ 保 存 し よ う と す る 動 き が 生 じ る が 、 こ れ ら は 宗 家 と し て は 容 認 し が た い も の で あ っ た 。 近 代 と い う 新 た な 時 代 を 迎 え て の 既 存 秩 序 へ の 挑 戦 で あ り 、 こ れ を 克 服 し て の 今 日 の 宗 家 へ と 至 る 。 そ の 一 方 で 、 町 人 や 一 般 民 衆 に 享 受 さ れ て い た 中 流 以 下 、 、 、 、 ・、 下 流 、 、 の、 遊 芸 や 風 俗 を 統 制 ・ 排 除 す る こ と で 教 訓 的 で 教 化 的 な 伝 統 や 文 化 を 創 り 上 げ て い く 過 程 の 一 断 面 が 窺 え る 。 近 代 の 国 家 や 権 力 に よ っ て 「 国 家 に 益、 あ る 、 、 芸 能 」 と 認 め ら れ た 芸

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能 が 国 家 や 民 族 の 正 統 性 を 表 象 す る 「 伝 統 」 や 「 古 典 」 と し て イ デ オ ロ ギ ー 化 さ れ る そ の 裏 に は 、 「 国 家 に 益、 な き 、 、 芸 能 」 へ の 規 制 と 切 り 捨 て が 行 わ れ て い る と い う 両 義 性 ・ 両 面 性 が あ る 。 こ こ に 「 伝 統 と は 何 か 」 「 古 典 と は 何 か 」 と い う 問 い が 浮 上 す る の で あ り 、 「 近 代 日 本 の 能 楽 」 を 考 え る 一 つ の 指 標 と な る 。 第 三 章 で は 、 近 代 の 到 来 と 能 楽 復 興 の 動 因 と い う 観 点 か ら 日 清 ・ 日 露 両 戦 争 と い う 非 常 事 態 の も と で 能 楽 が 権 力 と の 距 離 を ど の よ う に 再 編 し た の か の 問 題 へ の 接 近 を 試 み た 。 明 治 二 十 年 前 後 の 能 楽 界 は 変 化 少 な き 衰 微 の 様 を 呈 し て い た が 、 日 清 戦 争 後 は 戦 勝 機 運 に よ っ て 各 地 方 へ と 拡 散 す る 「 諸 事 勃 興 」 の 勢 い を 得 た 。 軍 費 義 損 勧 進 能 な ど が 積 極 的 に 行 わ れ 現 実 社 会 へ と 関 わ っ て い き 、 徳 川 の 式 楽 か ら 大 教 宣 布 の 枠 組 み に お さ ま り 近 代 の 芸 能 と し て の 見 通 し を 確 保 し た 。 日 露 戦 争 で は 「 尚 武 的 能 楽 」 と し て 戦 時 下 の 帝 国 日 本 に 必 要 な 芸 能 と し て の 地 位 を 確 立 す る 。 そ の 尚 武 性 は 「 大 和 魂 を 振 起 す る 」 音 楽 と し て 位 置 付 け ら れ 、 能 楽 は 世 阿 弥 の い う 幽 玄 の 「 花 」 の 芸 能 で は な く 武 を 尚 ぶ 音 楽 と し て の 地 位 が 優 先 す る 時 代 と な る 。 国 家 権 力 が 戦 時 下 の 国 民 統 合 の た め に 有 用 な 国 家 的 ・ 社 会 的 要 望 を 歴 史 的 ・ 本 質 論 的 に 「 能 は 尚 武 の 舞 楽 」 で あ り 「 大 和 魂 を 振 起 す る 音 楽 」 で あ る と 読 み 替 え る こ と で 能 楽 界 が 権 力 に 迎 合 し 国 家 と 社 会 に 能 楽 の 保 存 と 維 持 の 必 要 性 と 妥 当 性 を 強 調 し 要 求 す る こ と に な る 。 そ れ が 能 楽 が 当 時 を 生 き 残 る た め の 選 択 で あ っ た 。 さ ら に は 、 「 尚 武 的 能 楽 」 と い う 言 説 が 、 そ の 後 、 ア ジ ア ・ 太 平 洋 戦 争 を 経 て 大 日 本 帝 国 解 体 後 、 如 何 な る ア ポ ト ー シ ス(a po pt os is) を 経 て 「 尚 武 的 能 楽 」 か ら 「 幽 玄 美 の 能 楽 」 へ と 復 帰 し た の か と い う 新 た な 好 奇 心 を 発 動 さ せ る 。 第 二 部 「 植 民 地 朝 鮮 と 能 楽 」 第 四 章 で は 、 国 家 芸 能 と し て 見 事 に 返 り 咲 い た 能 楽 の 位 相 を 見 せ る 京 釜 鉄 道 開 通 式 典 祝 賀 能 と そ の 意 味 を 考 察 し た 。 韓 半 島 と 能 の 遭 遇 は 、 一 六 一 六 年 の 釜 山 倭 館 落 城 式 祝 賀 能 や 一 六 四 三 年 の 朝 鮮 通 信 使 一 行 を も て な す た め の 朝 鮮 人 御 馳 走 之 御 能 な ど 、 早 く か ら あ る が 、 近 代 で は 日 清 戦 争 中 の 謡 〈 成 歓 駅 〉 と 〈 平 壌 〉 、 観 世 清 廉 宅 軍 資 金 献 金 能 を 参 観 し た 大 韓 帝 国 公 使 趙 民 熙 、 朝 鮮 国 戦 争 祝 捷 之 大 使 李 裁 覚 の 観 能 な ど が 確 認 で き る 。 こ れ ら は 何 れ の 場 合 も 民 間 に お け る 興 行 で は な く 、 政 治 ・ 外 交 の 場 に お け る 饗 宴 や 式 典 の 一 部 で あ っ た 。 そ し て 一 九 〇 五 年 、 近 代 国 家 帝 国 日 本 の 偉 観 を 表 象 す る 国 家 芸 能 と し て 京 釜 鉄 道 開 通 式 典 祝 賀 能 が 催 さ れ る 。 貴 族 院 議 員 二 十 九 名 、 衆 議 院 議 員 百 四 十 五 名 が 参 列 す る ほ ど 総 動 員 体 制 と も 言 え る 力 の 入 れ よ う で あ り 、 「 韓 国 に 於 け る 我 が 国 威 の 発 展 」 で あ っ た 。 韓 半 島 に お け る 主 導 権 争 い の な か 、 日 本 軍 部 が 戦 略 的 に 対 ロ シ ア 優 位 を 確 保 す る た め に 工 学 博 士 古 市 公

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威 を 鉄 道 局 総 裁 に 任 命 さ せ て 工 事 の 速 成 を 促 し た の が 京 釜 鉄 道 工 事 で あ っ た 。 こ の よ う な 国 力 を 注 い だ 京 釜 鉄 道 開 通 式 典 の 最 大 の 余 興 と し て 能 楽 の 公 演 が 行 わ れ て い る こ と を ど う 捉 え る か 、 な の で あ る 。 決 し て 能 楽 界 や 能 楽 師 が 政 治 集 団 と 化 し た わ け で は な か ろ う が 、 日 清 戦 争 に す で に 勝 利 し 、 い ま 日 露 戦 争 の 勝 利 ま で 目 前 に 迫 り 、 膨 張 を 続 け る 帝 国 日 本 の 「 国 威 」 を 誇 示 し 表 象 す る に 相 応 し い 「 国 家 芸 能 」 と し て の 姿 が 要 求 さ れ て い る の で あ る 。 「 人 心 風 俗 ニ 関 係 ス ル 処 不 少 候 ニ 付 」 と は 一 変 し た 位 相 で あ り 、 そ の 一 変 の 核 心 は 「 尚 武 、 、 の 舞 楽 ・ 音 楽 と す る こ と で 大 和 魂 を 奮 起 さ せ る 有 益 な 芸 能 」 と な る こ と で あ っ た 。 こ の よ う に 、 京 釜 鉄 道 開 通 式 典 祝 賀 能 は 、 近 代 に 入 っ て の 能 楽 の 海 外 公 演 の 嚆 矢 で あ り 且 つ そ の 場 所 が 日 清 ・ 日 露 両 戦 争 で 権 益 と 支 配 争 奪 戦 の 対 象 と な っ た 大 韓 帝 国 の 漢 城( 京 城) で あ る こ と を 含 め て 、 近 代 能 楽 史 の 一 断 面 を 示 し て い る の で あ る 。 第 五 章 で は 、 京 釜 鉄 道 開 通 式 典 祝 賀 能 か ら 五 年 後 の 国 諷 会 主 催 能 と 一 九 三 五 年 の 宝 生 重 英 一 行 に よ る 鮮 満 支 各 地 演 能 を 取 り 上 げ て 、 そ れ ぞ れ 朝 鮮 王 覧 能 と 満 州 国 皇 帝 御 前 能 へ の 試 み が あ っ た こ と を 指 摘 し 、 主 に 泉 秋 花 が 主 宰 す る 国 諷 会 に よ る 朝 鮮 王 覧 能 の 問 題 を 論 じ た 。 泉 秋 花 は 李 王 職 次 官 小 宮 三 保 松 次 官 に 、 宝 生 重 英 は 張 景 恵 総 理 、 長 岡 隆 一 郎 満 洲 国 総 務 庁 長 、 鄭 孝 胥 前 総 理 に 会 う な ど 積 極 性 を 見 せ た 。 こ の 二 度 の 試 み は 結 果 的 に は 挫 折 す る が 、 こ れ ら 催 能 は 政 治 外 交 的 目 論 見 と は 異 な る 文 化 的 、 、 、 ・ 興 行 的 王 権 、 、 、 、 、 へ の 、 、 挑 戦 、 、 と 言 え る 。 政 治 外 交 的 な 支 配 権 を 確 保 す る た め で は な く 、 文 化 ・ 興 行 の 面 で の 主 導 権 と 支 配 権 を 獲 得 す る た め の 王 権 へ の 挑 戦 と 捉 え た い 。 こ こ に は 天 皇 へ の 絶 対 服 従 と 朝 鮮 王 ・ 満 洲 国 皇 帝 へ の 挑 戦 と い う 対 立 的 図 式 が 成 り 立 つ 。 民 衆 の 娯 楽 的 欲 求 と 要 望 に 応 え る 芸 能 と し て よ り は 天 皇 ・ 王 ・ 皇 帝 と い っ た 最 高 権 力 者 の 権 力 を 背 負 う こ と で 該 当 地 域 へ の 文 化 的 興 行 的 主 導 権 ・ 支 配 権 確 立 を 目 指 す 権 力 と の 距 離 を 重 視 す る 芸 能 の 一 側 面 を 窺 い 知 る こ と が で き る 。 第 六 章 で は 、 植 民 地 朝 鮮 の 首 府 京 城 で は ど の よ う な 謡 会 が い つ 頃 か ら 活 動 を 始 め て お り 、 そ の 規 模 や 状 況 は ど う で あ っ た の か と い う 創 成 期 の 基 礎 調 査 を 一 九 一 〇 年 前 後 の 能 謡 関 係 の 雑 誌 と 新 聞 記 事 な ど を 手 が か り に そ の 痕 跡 を 追 跡 し た 。 膨 大 な 資 料 調 査 の 結 果 、 京 城 に お け る 謡 曲 会 の 活 動 は 統 監 府 設 置 の 翌 年 の 一 九 〇 六 年 九 月 九 日 の 南 山 倭 城 台 本 願 寺 に お け る 宝 生 流 の 謡 会 か ら 始 ま る 。 こ の 会 は 京 城 の 主 要 文 武 官 、 、 、 、 、 を 中 心 に 百 余 名 が 参 加 す る 盛 況 ぶ り で 翌 十 月 に 「 五 雲 会 」 と し て 規 約 を 定 め 正 式 に 活 動 を 始 め た 。 主 要 文 武 官 、 、 、 、 、 と は 、 統 監 府 設 置 に よ っ て 派 遣 さ れ た 官 吏 を 指 し 、 実 際 の 構 成 員 は 裁 判 官 、 東 拓 、 官 吏 、 銀 行 員 、 軍 人 、 実 業 家 、 李 王 職 、 医 師 な ど の 指 導 層 で あ る 。 喜 多 流 は 、 五 雲 会 に 刺 激 さ れ な が ら 一 九 〇 七 年 に は 謡 会 の 活 動 が 始 動 し た よ う で あ る 。 一 九 一 七 年 当 時 、 京 城 で の 師 範 に は 、 野 尻 汶 吾 ・

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梅 津 正 利 ・ 早 賀 安 徳 ・ 山 中 梅 塘 ・ 中 川 正 致 ・ 田 沼 大 吉 な ど が い た が 、 中 川 正 致 は 謡 本 を 取 り 仕 切 る 南 山 町 の 「 中 川 静 松 堂 」 な る 書 店 主 で も あ っ た 。 こ の 書 店 は 、 総 力 戦 体 制 の 下 で 情 報 局 が 全 国 の 出 版 取 次 業 者 を 統 合 し て 一 九 四 一 年 に 設 立 し た 日 本 出 版 配 給 株 式 会 社 つ ま り 「 日 配 」 が 「 其 他 能 楽 関 係 図 書 一 切 」 の 特 定 配 給 所 に 指 定 さ れ た 帝 国 十 四 ヶ 所 の 書 店 中 、 唯 一 の 「 外 地 」 の 特 定 配 給 所 で も あ っ た 。 そ こ に は 中 川 父 子 が 京 城 謡 曲 界 の 生 き 証 人 と い う ほ ど 京 城 謡 曲 界 の 形 成 と 展 開 に 深 く 関 わ っ て い た 経 歴 と 人 脈 、 さ ら に は 老 舗 と し て の 長 年 の 実 績 を 認 め ら れ た こ と が あ っ た と 判 断 す る 。 第 七 章 で は 、 京 城 謡 曲 界 の 研 究 成 果 を 踏 ま え て 、 釜 山 謡 曲 界 の 形 成 と そ の 展 開 の 実 態 を 探 っ た 。 日 本 人 の 移 入 と 居 留 が 早 く か ら あ っ た 釜 山 で は 、 既 に 一 八 八 〇 年 頃 、 民 間 人 土 岐 僙 の 主 導 に よ っ て 宝 生 流 の 謡 が 釜 山 の 日 本 人 居 留 民 の 間 で 流 行 っ た 。 た だ 、 愛 好 の 域 に と ど ま り 謡 曲 会 の 結 成 へ と は 発 展 し な か っ た 。 そ の よ う な 状 態 下 で 統 監 府 設 置 と い う 大 日 本 帝 国 に よ る 大 韓 帝 国 へ の 野 望 は 釜 山 で も 京 城 と 同 様 の 統 治 集 団 ・ 社 会 支 配 層 の 流 入 が 起 こ り 、 新 た に 流 入 し た 植 民 者 を 担 い 手 と し た 勢 い に 飲 み 込 ま れ る 形 で 、 土 岐 僙 か ら 木 下 方 三 に 代 表 さ れ る 主 導 層 の 移 動 を 伴 う 形 で 謡 曲 会 へ の 組 織 化 へ と 進 み 、 結 果 的 に 京 城 謡 曲 界 と 同 様 、 在 釜 日 本 人 社 会 の 最 上 流 層 を 中 心 に 釜 山 謡 曲 会 が 活 性 化 さ れ た 。 な お 、 一 九 一 〇 年 六 月 五 日 の 釜 山 謡 曲 各 流 合 同 舞 台 開 祝 会 の 記 録 に 関 し て は 、 鏡 板 に 松 に 橋 掛 り ま で 備 え て い る 本 格 的 な 造 り で あ る 。 橋 掛 り が 短 く 角 度 も 異 な る な ど 正 式 能 舞 台 と 比 べ る 程 で は な い が 、 釜 山 と い う 「 外 国 」 の 地 で の 素 人 の 稽 古 用 舞 台 と し て は 立 派 な 造 り の 本 格 的 舞 台 を 通 し て 当 時 の 釜 山 謡 曲 界 の 実 態 を 写 真 資 料 と 共 に 確 認 し た 。 最 後 に 、 各 地 方 の 謡 曲 界 の 実 態 を 〈 附 : 各 地 方 の 謡 曲 界 〉 に 示 し た 。 第 八 章 で は 、 植 民 地 に お け る 謡 曲 が 支 配 者 と 被 支 配 者 、 大 和 民 族 と そ の 他 の 民 族 と の 間 に 設 け ら れ た 境 界 線 と な る 文 化 装 置 と し て 機 能 し て い る 問 題 に 焦 点 を 当 て た 。 国 諷 会 の 泉 秋 花 に よ る 王 覧 能 の 試 み か ら 八 年 後 の 一 九 一 八 年 一 月 二 十 日 、 陸 軍 中 央 幼 年 学 校 を 経 て 陸 軍 士 官 学 校 に 進 ん だ 日 本 滞 在 経 歴 の あ る 王 世 子 李 垠 の 勧 め に よ っ て 高 宗 と 純 宗 、 そ し て 同 王 妃 が 同 席 し て 徳 寿 宮 石 造 殿 で 日 本 料 理 試 食 の 午 餐 会 の 後 に 謡 会 が 催 さ れ た 。 朝 鮮 王 族 が 天 皇 の も と で 皇 族 と な り 、 王 世 子 が 「 日 本 精 神 の 国 粋 」 と さ れ る 能 楽 ・ 謡 曲 に 識 見 を 有 し て い る こ と を 見 せ つ け た の で あ る 。 大 日 本 帝 国 に よ る 植 民 地 朝 鮮 の 経 営 ・ 施 政 七 年 が 極 め て 正 し い 方 向 に 進 ん で い る こ と を 内 外 に 公 表 し た こ と に な る 。 と こ ろ で 、 謡 曲 を 担 当 し た 面 々 は 、 元 仁 川 水 道 事 務 所 長 松 田 耕 作 、 小 山 典 医 と 東 京 松 風 会 師 範 役 の 山 中 梅 塘 、 李 王 職 か ら は 徳 寿 宮 事 務 官 国 分 象 太 郎 、 掌 苑 課 長 末 松 熊 彦 、 祭 祀 課 長 事 務 官 金 東 完 と 金 深 雪 婦 人 、

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御 用 掛 武 田 尚 な ど が 参 加 し て い る 。 こ の 中 の 金 東 完 は 「 内 地 人 を 凌 駕 す る 技 量 の 持 ち 主 」 「 目 下 朝 鮮 第 一 を 以 て 任 じ て 居 る 、 何 に 朝 鮮 人 に 謡 の 真 髄 が 判 か る 者 か と 貶 な す 人 も 多 い が 月 謝 の 廉 い 為 め か 習 っ て 居 る 向 き も あ る 」 と 高 く 評 価 さ れ て い る 人 物 で あ る 。 植 民 権 力 の 朝 鮮 人 官 僚 と 「 日 本 精 神 の 国 粋 」 と さ れ る 謡 曲 、 こ の 権 力 と 芸 能 の 異 種 の 組 合 わ せ は 一 体 何 を 意 味 す る の か 。 朝 鮮 人 で あ り な が ら 植 民 権 力 の 統 治 に 積 極 的 に 賛 同 し て 加 担 す る 「 植 民 権 力 の 朝 鮮 人 官 僚 」 は 被 支 配 者 側 で は な く 支 配 者 側 に 立 つ 社 会 的 ・ ヒ エ ラ ル キ ー 的 に は 権 力 体 制 の 中 枢 に 座 す こ と に な る 。 と こ ろ が 、 こ こ に 謡 曲 が 介 入 す る こ と に よ っ て 文 化 的 に は 全 く 異 な る 版 図 が 構 築 さ れ る こ と に な る 。 日 本 人 を も 凌 駕 す る 「 日 本 精 神 の 国 粋 と さ れ る 謡 曲 」 の 達 人 、 「 内 地 人 も 企 て 及 ば ぬ 程 、 斯 道 の 古 実 を 究 め て い る 」 金 東 完 な る 者 は 文 化 的 に そ し て 精 神 的 に 「 朝 鮮 人 」 と い う 殻 を 打 ち 破 り 「 日 本 人 」 へ と 越 境 す る 一 「 植 民 地 人 」 の 姿 を 映 し 出 す こ と に な る 。 そ し て そ の 重 要 な 指 標 が 「 謡 曲 」 な の で あ る 。 第 九 章 で は 、 能 楽 の 民 衆 化 へ の 要 求 は 幕 府 、 、 の、 式 楽 、 、 ( 猿 楽 、 、 ) か ら 近 代 、 、 の、 能 楽 、 、 と し て 変 容 を 求 め る も の で あ り 、 そ の 核 心 は 専 用 舞 台 の 問 題 で あ っ た 点 か ら 、 植 民 地 に お け る 能 舞 台 の 実 状 と そ の 意 味 を 考 え て み た 。 一 九 三 五 年 の 宝 生 重 英 一 行 が 巡 回 す る 際 も 「 五 日 間 に て 建 築 さ れ た る 鞍 山 舞 台 」 の 如 く 舞 台 の 確 保 が 大 き な 課 題 で あ っ た 。 大 連 で は 森 川 壮 吉 な る 人 物 に よ っ て 大 連 能 楽 堂 に 代 わ る 大 連 能 楽 殿 の 建 設 ま で 漕 ぎ つ け た が 、 京 城 に は 京 城 商 工 会 議 所 の 三 階 に あ っ た 京 城 公 会 堂 の 組 立 舞 台 の み で あ っ た 。 一 九 一 九 年 朝 鮮 神 社 が 建 ち 、 一 九 二 五 年 に 官 幣 大 社 朝 鮮 神 宮 と な り 植 民 地 朝 鮮 全 土 の 総 鎮 守 と な る 。 朝 鮮 神 社 竣 成 前 年 の 一 九 一 八 年 に こ の 朝 鮮 神 社 境 内 に 能 楽 堂 設 置 を 要 望 す る 建 議 書 を 当 時 の 長 谷 川 朝 鮮 総 督 に 提 出 す る と い う 動 き が あ っ た 。 「 鮮 地 ニ 於 テ モ 内 地 人 ノ 居 住 ア レ ハ 則 チ 謡 曲 ノ 声 ア リ 。 況 ン ヤ 鮮 人 中 亦 既 ニ 其 嗜 好 家 ヲ 見 ㇽ ニ 至 レ リ 。 是 レ 能 楽 ハ 邦 人 ノ 趣 味 ニ 適 シ 数 百 年 来 邦 楽 ノ 精 華 ト シ テ 一 般 ニ 愛 玩 セ ラ レ 光 輝 ア ル 歴 史 ヲ 有 ス ル 所 以 タ ル ヲ 証 明 シ テ 餘 ア ル ト 謂 フ ヘ キ ナ リ 。 」 な ど と 能 楽 堂 建 設 に 対 す る 願 望 を 説 い て い る 。 「 鮮 人 中 亦 既 ニ 其 嗜 好 家 ヲ 見 ㇽ ニ 至 れ り 」 の 「 鮮 人 」 と は 恐 ら く 前 述 の 李 王 職 事 務 官 金 東 完 を 指 す の で あ ろ う 。 叶 わ な か っ た 故 に 宝 生 重 英 は 組 立 舞 台 で 上 演 す る こ と に な っ た の で あ る が 、 京 釜 鉄 道 開 通 式 典 祝 賀 能 で の 本 式 舞 台 が 望 ま れ る 所 以 で あ り 、 逆 に 能 舞 台 建 設 が 願 望 の 対 象 と な っ て い る と こ ろ に 「 内 地 」 に 対 す る 植 民 地 の 文 化 的 ・ 政 策 的 限 界 が あ る と い え る 。 末 尾 に 「 附() : 権 力 の 能 舞 台 、 能 舞 台 の 権 力 」 「 附() : 大 連 能 楽 堂 か ら 大 連 能 楽 殿 へ 」 「 附() : 台 南 第 二 高 等 女 学 校 」 を 附 し た 。 第 三 部 「 総 力 戦 体 制 下 の 文 化 統 制 と 能 楽 」

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第 十 章 で は 、 技 芸 者 証 制 度 に よ る 芸 能 統 制 と そ れ に よ る 国 家 芸 能 の 墜 落 を 通 し て 権 力 と 芸 能 の 力 学 問 題 を 考 察 し た 。 世 阿 弥 時 代 は 自 由 な 演 出 と そ の 変 更 が 可 能 な 時 代 で あ り ダ イ ナ ミ ッ ク な 創 作 精 神 が 認 め ら れ た 時 代 で あ っ た 。 一 方 の 保 存 と 再 生 が 義 務 付 け ら れ る こ と に よ っ て 「 し き た り 」 と い う 伝 統 化 へ の 道 を 歩 む 代 わ り に 、 ダ イ ナ ミ ッ ク な 生 命 力 を 犠 牲 に す る し か な か っ た 。 当 時 の 能 に と っ て 徳 川 幕 府 が 絶 対 権 力 で あ り 、 そ の 全 体 権 力 の 庇 護 の 下 で 家 元 な る 第 二 の 権 力 を 構 築 す る こ と が で き た の で あ り 、 こ こ に 天 皇 家 と い う 存 在 は さ ほ ど 重 く は な か っ た 。 近 代 の 能 楽 と な っ て か ら は 家 元 制 度 を 中 心 と し て い る 故 に 保 存 と 再 生 が 主 軸 で は あ っ た が 、 権 力 の 主 体 に 変 化 が 生 じ 、 天 皇 制 の 下 で 天 皇 家 に 対 す る 重 み が 生 じ た の が 近 代 の 最 も 大 き な 違 い で あ る 。 そ れ 故 に 自 由 に 上 演 で き た 曲 目 に 対 し て 天 皇 家 へ の 「 不 敬 」 問 題 が 生 じ た こ と に 能 楽 界 は 動 揺 す る し か な か っ た 。 ま た 、 国 家 芸 能 の 地 位 を 確 立 し た に も 拘 ら ず 、 総 力 戦 体 制 下 に な る と 従 来 の プ レ ス テ ー ジ は 認 め ら れ ず 一 介 の 芸 能 と し て 芸 能 報 国 に 邁 進 す る こ と を 要 求 さ れ る こ と に な っ た の が 、 能 楽 界 に と っ て の 技 芸 者 証 制 度 の 意 味 で あ っ た 。 こ れ は 権 力 が 国 体 護 持 に 追 わ れ 能 楽 の プ レ ス テ ー ジ を 認 め る 余 裕 が な く な っ た こ と を 意 味 し 、 権 力 の 状 況 と 意 志 に よ っ て 芸 能 の 位 相 は 揺 ら ぐ と い う 基 本 構 図 を 見 せ て い る 。 技 芸 者 証 制 度 と い う 芸 能 統 制 の 強 力 は 、 一 見 「 芸 能 報 国 」 と い う 一 丸 と な っ た 力 の 強 化 に 見 え る か も 知 れ な い が 、 実 は そ の 根 底 に は 文 化 権 力 が 機 能 す る 「 埒 」 そ の 磁 場 そ の も の が 解 体 さ れ つ つ あ っ た の で あ る 。 さ ら に は 、 こ の よ う な 戦 時 期 の 能 楽 史 が 語 ら れ る こ と な く 、 今 日 、 能 楽 が 「 伝 統 芸 能 」 と 称 せ ら れ 、 語 ら れ る と こ ろ に 近 代 に よ っ て 創 り 上 げ ら れ た 「 伝 統 」 の 脆 弱 性 が あ る の で あ る 。 能 楽 を 「 伝 統 芸 能 」 と し て 再 評 価 す る た め に も 近 代 能 楽 史 ・ 戦 時 期 の 能 楽 史 は 語 ら れ な け れ ば な ら な い 。 第 十 一 章 で は 、 芸 能 統 制 と し て の 新 作 能 の 問 題 を 考 察 し た 。 能 楽 界 は 一 九 四 〇 年 を 前 後 に 〈 大 原 御 幸 〉 に 始 ま る 謡 本 の 詞 章 改 訂 お よ び 上 演 自 粛 問 題 、 さ ら に は ほ ぼ そ れ に 並 行 す る 形 で 進 め ら れ た 技 芸 者 証 制 度 と い う 二 つ の 芸 能 統 制 を 経 験 す る こ と に な る 。 そ し て 、 も う 一 つ の 統 制 は 、 新 作 能 で あ っ た 。 前 者 は 禁 止 の 強 制 で あ り 、 後 者 は 制 作 の 要 求 で あ っ た 。 こ れ ら 統 制 に 上 手 く 適 応 す る こ と で 能 楽 は 「 日 本 精 神 の 国 粋 」 「 日 本 精 神 を 具 顕 す る 古 典 芸 術 と し て 国 民 の 士 気 を 鼓 舞 す る 健 全 娯 楽 」 と し て 帝 国 日 本 を 代 表 す る 芸 能 と し て の 地 位 を 得 る に 至 る 。 し か し な が ら 、 そ の 過 程 で 宗 家 の 判 断 と は 無 関 係 の 当 局 か ら の 要 求 に よ っ て 謡 本 を 改 訂 す る と い う 前 例 の な い 事 態 を 受 入 れ な け れ ば な ら ず 、 自 ら を 帝 国 日 本 の 偉 観 を 表 象 す る 国 家 芸 能 と し て 認 知 し て く れ た 権 力 に よ っ て 他 の 諸 芸 能 と 同 格 の 「 一 芸 能 」 と し て 見 做 さ れ る 不 名 誉 を 受 入 れ な け れ ば な ら な か っ た 。 こ の 両 面 性 に 権 力 と 芸 能 の 方 程 式 の

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本 質 が あ る 。 新 作 能 と い う 観 点 か ら 見 る と 、 権 力 が 能 と い う 芸 能 を 戦 争 や 国 民 統 合 な ど の 宣 伝 戦 に 動 員 し 始 め る こ と に よ っ て 権 力 と 芸 能() と の あ い だ の 縦 関 係 あ る い は 相 互 関 係 が 形 成 さ れ る 起 点 に な っ た の は 日 露 戦 争 で あ っ た こ と に な る 。 歴 史 的 事 実 か ら し て も 日 露 戦 争 と 帝 国 日 本 の 勝 利 は 、 帝 国 日 本 の 膨 張 政 策 を 加 速 し 、 大 韓 帝 国 の 併 合 を 経 て 本 格 的 な 植 民 地 経 営 国 家 と し て 帝 国 を 目 指 し 始 め た 起 点 で あ っ た 。 能 楽 は 、 こ の よ う な 歴 史 的 ダ イ ナ ミ ズ ム の 中 で 権 力 と の 距 離 を 縮 め て い っ た の で あ る 。 一 九 〇 五 年 の 京 釜 鉄 道 開 通 式 典 に お け る 祝 賀 能 の 意 味 を 改 め て 考 え さ せ ら れ る 。 第 十 二 章 で は 、 「 日 本 精 神 の 国 粋 」 と い う イ デ オ ロ ギ ー の 担 い 手 の 問 題 を 考 察 し た 。 能 楽 ・ 謡 曲 を 以 て 「 日 本 精 神 の 国 粋 」 と す る が 、 そ の 担 い 手 は 一 体 誰 な の か 。 順 当 に 言 え ば 皇 国 臣 民 で あ る 。 室 町 時 代 か ら 常 に 現 行 の 芸 能 と し て 存 在 し 続 け た 能 楽 に 「 大 和 民 族 」 「 大 和 魂 」 と い う イ デ オ ロ ギ ー と 文 化 的 伝 統 性 を 与 え る こ と で 大 日 本 帝 国 ・ 日 本 民 族 の 優 れ た 精 神 性 を 前 面 に 押 し 出 し 、 そ れ を 以 て 戦 争 遂 行 の た め の 強 靭 な 銃 前 ・ 銃 後 の 動 力 と し た わ け で あ る が 、 問 題 は 能 楽 ・ 謡 曲 は 前 述 の 如 く 最 上 流 ・ 中 流 以 上 の 特 定 階 層 に よ る 専 有 物 で あ っ た 点 、 皇 国 臣 民 は 血 統 的 日 本 人 と 法 的 日 本 人 に 二 分 さ れ る う え に 古 典 文 学 へ の 造 詣 有 無 と い う 境 界 線 が 実 在 す る 。 例 え ば 京 城 謡 曲 界 の 担 い 手 は 在 京 城 日 本 人 で あ り 、 こ こ で の 日 本 人 と は 血 統 的 日 本 人 で あ る う え に 上 位 一 % の 最 上 流 階 層 で あ る 。 京 城 の 血 統 的 日 本 人 九 九 % と 全 て の 非 血 統 的 日 本 人 は 能 楽 ・ 謡 曲 の 担 い 手 か ら 排 除 さ れ る 。 日 中 戦 争 の 圧 迫 に よ っ て 権 力 は 能 楽 の プ レ ス テ ー ジ を 認 め る 余 裕 さ え な く な る ほ ど 揺 ら ぎ 、 技 芸 者 証 問 題 に 代 表 さ れ る よ う に 全 て の 芸 能 を 報 国 の た め の 一 手 段 と し て 扱 う よ う に な り 、 そ の 結 果 、 能 楽 は そ れ ま で の 既 得 権 を 失 う こ と に な る 。 に も 拘 ら ず 「 日 本 精 神 の 国 粋 」 は 有 効 な 宣 伝 戦 と し て 一 人 歩 き を し た 。 逆 説 的 で は あ る が 、 「 日 本 精 神 の 国 粋 」 の 担 い 手 が 誰 で あ っ た の か 具 体 化 で き な い と こ ろ に そ の 本 質 が あ っ た 。 教 化 と 宣 伝 戦 の 方 便 と し て 総 力 戦 体 制 へ と 組 み 込 ま れ て い く 現 実 と 日 本 を 代 表 す る 芸 術 と し て の 位 相 が 錯 綜 し て い る の で あ る 。 庇 護 、 、 か ら 統 制 、 、 へ と 移 行 す る 権 力 瓦 解 の 中 で 権 力 に 動 員 さ れ 且 つ 呼 応 し な が ら も し き た り 、 、 、 、 と 正 統 性 、 、 、 を 保 っ た 結 果 と し て 「 六 〇 〇 年 以 上 続 い た 能 楽 」 が 今 日 に 至 る ま で 在 る と い う 逆 説 的 連 鎖 の 上 で 能 楽 史 が 継 承 さ れ て い る の で あ る 。 第 十 三 章 で は 、 今 日 の 能 楽 を 以 て 日 本 の 伝 統 文 化 を 表 象 す る 「 カ ノ ン( 古 典) 」 と し て の 地 位 を 確 固 た る も の と し た 「 六 〇 〇 年 以 上 続 い た 日 本 の 伝 統 芸 能 」 と い う 言 説 を 歴 史 的 に 追 跡 す る こ と で い ま だ 語 ら れ て い な い 近 代 能 楽 史 の 断 片 を 埋 め る こ と を 目 指 し た 。 猿 楽 の 能 が 能 楽 と な り 今 日 に 至 る ま で 「 六 〇 〇 年 以 上 続 い た 」 歴 史 的 事 実 、 し か し な が ら 戦 時 期

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を 中 心 と す る 能 楽 史 が 語 ら れ て い な い こ と で 「( 六 〇 〇 年 以 上) 続 い て い な い 」 断 続 の 状 況 、 に も 拘 わ ら ず 独 り 歩 き を し て イ デ オ ロ ギ ー の よ う に 定 着 し た 「 六 〇 〇 年 以 上 続 い た 日 本 の 伝 統 芸 能 、 能 楽 」 を 批 判 的 に 考 察 す る こ と で 国 民 国 家 あ る い は ナ シ ョ ナ リ ズ ム に よ っ て 創 ら れ た( そ し て 同 時 に 隠 蔽 さ れ た) 能 楽 を 取 り 巻 く 「 近 代 と 伝 統 」 と い う 問 題 を 掘 り 下 げ て み た 。 こ こ に は 時 代 の 権 力 に よ っ て 「 伝 統 」 と し て 認 知 さ れ 「 カ ノ ン 」 と し て 構 造 化 さ れ て ゆ く 権 力 と 芸 能 の 関 係 性 や 文 化 権 力 と し て の 動 態 が 見 て 取 れ る 。 そ し て 、 こ の 作 業 の 起 点 に は 国 体 護 持 の た め の 国 民 統 合 と そ の た め に 繰 り 広 げ ら れ る 宣 伝 戦 に 能 楽 が 「 日 本 精 神 の 国 粋 」 と し て 動 員 さ れ た 戦 時 期 の 権 力 の 文 化 ・ 芸 能 に 対 す る ス タ ン ス と 、 今 日 の 国 民 国 家 に お け る 自 国 を 代 表 す る 「 優 れ た 伝 統 芸 能 」 と の あ い だ に は 根 本 的 に 何 が ど う 違 う の か と い う 素 朴 な 疑 問 に 起 因 す る 問 題 意 識 が あ る 。 「 六 〇 〇 年 以 上 」 続 い た の は 決 し て 国 民 国 家 が 望 む 「 正 」 の 部 分 だ け で は な く 「 負 」 の 部 分 も そ の 中 に 蓄 積 さ れ て い る こ と を 看 過 し て は な ら な い 。 国 民 国 家 の 権 力 や ナ シ ョ ナ リ ズ ム は こ の 「 負 」 の 部 分 を 隠 蔽 し よ う と す る 習 性 を 有 す る 。 よ っ て 、 隠 蔽 さ れ て よ く 見 え な い 「 負 」 の 部 分 ま で 掘 り 下 げ て 事 実 を 提 示 す る こ と が わ れ わ れ 研 究 に 携 わ る 者 の 使 命 で あ る 。 お わ り に で は 、 全 体 的 な ま と め を 試 み た 。 世 阿 弥 時 代 か ら 独 自 の 特 質 を 芸 術 性 に 昇 華 さ せ な が ら 六 〇 〇 年 以 上 続 い て い る 芸 能 が 能 楽 で あ る 。 い く ら 芸 術 性 の 高 い 芸 能 で あ っ て も 、 一 介 の 芸 能 が 数 々 の 権 力 の 転 覆 と 移 動 と い う 政 治 的 ・ 歴 史 的 変 革 を 乗 り 越 え て 権 力 よ り も 長 生 き し て い る こ と 自 体 が 極 め て 異 様 で 容 易 に は 理 解 し が た い 。 本 研 究 は こ の よ う な 素 朴 な 疑 問 か ら 出 発 し た 。 中 世 を 経 て 幕 府 の 式 楽 と な っ た 能 が 明 治 維 新 と い う 政 変 に よ っ て 危 機 に 陥 り 、 近 代 と い う 新 た な 時 代 の も と で 国 家 芸 能 ・ 能 楽 と し て 浮 上 す る が 、 国 体 が 揺 ら ぐ と 芸 能 報 国 の た め の 一 芸 能 に 墜 落 し た 歴 史 的 事 実 。 さ ら に は 、 ほ ぼ 同 時 に 進 め ら れ た 「 日 本 精 神 の 国 粋 」 。 「 日 本 精 神 の 国 粋 」 賞 賛 さ れ な が ら も そ の 実 態 は そ の 言 説 を 裏 付 け る ほ ど 一 般 民 衆 に は 浸 透 し て い な か っ た 事 実 。 戦 争 に よ っ て 能 楽 界 が 沈 滞 し た と す る が 、 こ れ は も ろ 刃 の 剣 で は な い か 。 戦 争 と い う 破 壊 的․ 暴 力 的 状 況 に 露 出 さ れ る わ け で あ る か ら そ の よ う な 不 安 定 な 環 境 の 下 で 芸 能 や 文 化 を 嗜 む 余 裕 や 自 由 が 束 縛 さ れ た り 剥 奪 さ れ る こ と は 充 分 に 想 定 可 能 で あ る 。 で は 、 戦 争 と い う 狂 気 が 国 体 護 持 ・ 芸 能 報 国 と い う 幟 の 下 で ナ シ ョ ナ リ ズ ム や 国 粋 主 義 を 扇 動 し 国 民 を 統 合 す る 国 家 芸 能 を つ く り だ す こ と は ど う 説 明 す る の か 。 戦 争 に よ っ て 権 力 が 必 要 と す る 芸 能 が 育 成 さ れ る こ と 、 言 い 換 え れ ば 、 戦 争 に よ っ て 思 想 戦 ・ 宣 伝 戦 に 翼 賛 と い う 名 の 下 で 動 員 さ れ る 芸 能 は 、 そ の 内 実 は ど う で あ れ 、 決 し て 「 沈 滞 」 で は な く 、 国 家 の 権 威 を 表 象 す る 国 家 芸 能 と し て の 地 位 に 昇 り 「 そ の 時 代 」 を

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風 靡 す る こ と に な る 。 能 楽 は そ う で な か っ た の か 、 と い う 問 い に ど う 答 え ど う 説 明 す る の か 、 で あ る 。 ま た 、 上 演 の 自 粛 と 詞 章 改 訂 の 問 題 は 、 も ち ろ ん 表 向 き は 「 自 粛 」 で あ る が 、 権 力 に よ る 圧 迫 が あ っ て の 改 訂 で あ り 自 粛 で あ る 。 「 自 粛 」 と い う 自 主 的 な 行 動 と 装 う こ と で 生 き な が ら え る こ と が 許 さ れ る の で あ れ ば 、 そ れ は 果 た し て 自 粛 だ ろ う か 、 と い う 疑 問 に 対 し て も 説 明 が な さ れ る べ き で あ ろ う 。 約 十 年 が か り の 作 業 に よ っ て 数 多 く の 事 実 を 確 認 す る こ と が で き 、 新 た な 発 見 に も め ぐ り あ っ た 。 と 同 時 に 数 多 く の 課 題 を も 確 認 す る こ と に な っ た 作 業 で あ っ た 。 本 博 士 論 文 か ら 分 か る よ う に 、 研 究 史 か ら 見 た 近 代 の 能 楽 は 、 植 民 地 能 楽 史 は 当 然 の こ と 、 近 代 能 楽 史 に 関 し て も ま だ 十 分 に 語 ら れ な い ま ま の 状 態 に あ る 。 ま た 、 本 博 士 論 文 は 今 後 さ ら な る 精 緻 な 研 究 が 要 求 さ れ る こ と を 確 認 し 、 そ の た め の 課 題 を 見 つ け た と こ ろ に 最 も 大 き な 意 味 が あ る と 判 断 し て い る 。 。

参照

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