はじめに
東南アジア地域最大の多国間共同訓練とし て存在するコブラ・ゴールド(
Multilateral Joint Military Exercise Cobra Gold
,以下「CG
」)は,冷戦期の1982年開始当初の米・タイ2国間の共 同訓練から参加国及び訓練内容を拡大・変化さ せながら現在まで続いている。
CG
はそもそも,共産主義化していくタイ 周辺国の攻撃からタイを防衛することを想定 した訓練が中心であった。しかし,現在では その訓練内容は平和維持活動(Peace Keeping Operations
, 以 下「PKO
」), 民 間 人 避 難 訓 練(
Non-combatant Evacuation Operations
,以下「
NEO
」)や民生支援活動などをも含むように なっている。また,CG
は参加国がシンガポー ル,インドネシア,そして,日本,韓国にまで 増えており,CG
の射程はタイから東南アジア,アジア・太平洋へと広がっている。
CG
の訓練内容及び参加国の変化は,冷戦後 の国際社会及び東南アジア地域のどのような変 化を受けてのものであるのか,また,このこと は,東南アジア地域におけるCG
の役割やCG
における軍隊の活動の方向性をどのように指し示しているのであろうか。
CG
における変化が,東南アジアや国際社会 全体における軍隊の活動の変化全般を示してい るとはいえないが,その一例として,冷戦終了 から20年余りたった現在における軍隊の活動を 考察する契機になるのではないかと考える。本稿では,国際社会及び東南アジア地域の変 化を考察し,その中での軍隊の活動を検証する とともに,
CG
の訓練内容及び参加国の変化を 通して,それが示唆する軍隊の役割・方向性を 考察したい。1 国際社会の変化と軍隊の活動 1-1 「新たな脅威(1)」の出現
冷戦終焉後,世界規模での米・ソ2極対立に 代わり,グローバルなテロリズムの問題や地域 的な紛争が安全保障上の課題として取り沙汰さ れるようになった。また,ガルトゥングが指摘 した社会構造上から生起した民族,宗教,領土 問題等の脅威〔ガルトゥング
1991
:
44〕,自然 災害,大規模な感染症といった市民の生活を脅 かすような脅威が,クローズ・アップされるよ うになった。これらの脅威は「新たな脅威」と称されるも
*早稲田大学大学院社会科学研究科 博士後期課程4年(指導教員 田村正勝)
論 文
最近の軍隊の活動に関する一考察
― 多国間共同訓練コブラ・ゴールドから捉える今日的意味合い ―
岩 田 英 子
*ので,冷戦期にも既に存在していた。しかし,
冷戦期の米・ソ2極構造により封じ込められ,
安全保障上の深刻な問題として認知されること はなかった。冷戦後,この「新たな脅威」に端 を発する地域レベルの諸問題や,さらには,小 規模な紛争も増大しており,各国ともその対応 の仕方を模索している。
1-2 人間一人ひとりに対する脅威
確かに,グローバル化は通信・輸送手段の発 達によりもたらされたものであり,経済発展と いうよい側面も見出せる。しかし,その恩恵に あずかったのは中国やインド等で,その他のグ ローバル化の波から取り残された貧しい国々 は,より一層貧しくなり,先進国との格差が広 がっている。グローバル化は,加害者の見えな い「新たな脅威」を,容易に国境を越えて各地 域に急速に拡散させていった。
こうしたいわばグローバル化による「新たな 脅威」の拡散・浸透が,そこで暮らす人間の生 活,そして,その生存そのものに対する脅威と して,従来とは異なる性格の安全保障問題とし て,各国及び国際社会で認知されるようになっ ている。グローバル化の負の側面としての「新 たな脅威」は,人間一人ひとりの「潜在的可能 性(2)」を脅かす存在として理解され注目されな がらも,各国はその問題の全てを把握できず,
また,統制できずにいる。まさに,一国家とし て,その政府の力の及ばないところで,日々発 生し,拡散し続けている。
1-3 軍隊の活動の変容
このように変化する国際社会において,「新 たな脅威」がその存在を誇示するようになり,
国家の安全保障の一翼を担ってきた軍隊の活動 にも変化がみられる。
軍隊は国家の近代化の中で,国益追求の重要 な手段として整備されてきた。この点は基本的 に現在も変わらない。社会にとって,また,そ こで生活する人間一人ひとりにとって,強力な 破壊力を持つ非人間的な存在として,軍隊は国 家が対外的に自らの意思を他国に強要する手段 として,存在し続けてきた。
しかし,こうした軍隊の伝統的なあり方は,
米・ソ2極構造の終焉やグローバル化の進展の 中で,確実に変化を見せ始めている。
米・ソ2極構造による冷戦が終了した直後,
世界平和への期待が高まり,軍隊無用論が登場 するととともに,地域紛争に対する国連の役割 が重要視されるようになった。しかし,9
.
11テ ロ,そして,「新たな脅威」の国境を越えての 拡散・浸透により,この流れは方向を変えるこ ととなった。2000年の 9
.
11テロ以後,非国家主体のテロ活 動が,グローバルな規模で発生するなか,軍隊 無用論は後退し,その代わり「戦争以外の軍 事作戦(Military Operations Other Than War
,以 下「MOOTW
」)」(2)や 最 近 で は「対 反 乱 作 戦(
Counter-Insurgency Operations
,以下「COIN
」)」(3)の再登場・普及などがみられ,これらが軍隊の 活動の実体に沿うものとして語られるように なった。
MOOTW
やCOIN
のような,「新たな 脅威」という人間一人ひとりの安全に対処す る軍隊の新たな方向性が模索される一方,各 国の軍隊が有志連合という形で,それぞれの 安全保障の枠組みを超えた軍隊の活動の新た な方向性が誕生した。すなわち,北大西洋条 約機構(North Atlantic Treaty Organization
,以下「
NATO
」)加盟国や非NATO
加盟国等が共同し て共通の脅威に対処するために連合するという 方向性である。その反面,この軍隊の有志連合 においては,共通の脅威対処での正当性が問題 にされ,国連主導のPKO
や平和構築活動という 方向性が改めて強調されるようになった。
MOOTW
やCOIN
,そして,国連主導の平 和活動に関する理論は,軍隊の存在意義を示 し,その生き残りを担保する方途についての 議論を伴うものであった。これは言い換える と,強力な破壊力を持つ非人間的存在である軍 隊が,冷戦後の社会において,国家のみならず 人間一人ひとりに対しても,その安全を保障す る役割をどう担保していくか,という議論であ る。このような議論は,国益に主眼をおいた冷 戦期の伝統的安全保障体制では達成されない,人間一人ひとりの安寧を最終目的とする安全保 障,すなわち「人間の安全保障」や保護責任論 という考え方に行き着く。
2 東南アジア情勢と軍隊の活動 2-1 「新たな脅威」の広がり
前述したように冷戦が終了し国際社会全体が 市民の生活を脅かすような「新たな脅威」を認 識し,社会における軍隊の存在の意味が変容し ていくなか,東南アジア地域においても,「新 たな脅威」が拡散することによる軍隊の活動の 変容がみられるようになった。
東南アジアでは1997年のアジア金融危機を契 機に,マネー・ロンダリング,密輸,人身売買,
麻薬取引,海賊行為,武器の不正輸出といった 非合法ビジネスが盛んになり,伸びていった。
これらの非合法ビジネスは国境を越えて拡大す る犯罪であり,市民生活を脅かすものであっ
た。また,東南アジアでは,9
.
11以後の米国に よる反テロキャンペーンにより,かつては同地 域の政府が支援していたと言われる非合法ビジ ネスが,テロ組織(4)とリンクするようになり,非合法ビジネスを資金源にテロの活性化を生み 出すこととなった(5)。このような非合法ビジネ スの隆盛や非合法ビジネスとテロ組織との結び つきによるテロの活性化は,いうまでもなく市 民生活を脅かす反社会集団の力が増すことを意 味する。
このような状況を受け,東南アジア諸国は,
「新たな脅威」を各国の安全保障問題として認 識するようになった。一方,東南アジア諸国連 合(
Association of Southeast Asian Nations
,以下「
ASEAN
」)(6)は現在ではミャンマーもその加盟 国とし,地域共同体としての拡大・深化を徐々 に遂げながら,2003年のASEAN
安全保障共同 体(ASEAN Security Community
)(7)創設構想に 伴い,国境を越える犯罪及びテロを「新たな脅 威」と認識し,共同で対処することを明確化し た。しかし,ASEAN
各国はシンガポールを除 き,「新たな脅威」に対処するためのキャパシ ティ,特に実効的な軍事力に欠けているのが実 情であった。2-2 ASEAN の実効力の欠如
ASEAN
各国の「新たな脅威」対処能力の欠如は(ただしシンガポールを除く),各国のキャ パシティの欠如にのみではなく,「
ASEAN
ディ バイド〔Hernandez
2000:
104〕」と称されるも のにも起因するものである。ここで「
ASEAN
ディバイド」を説明したい。ASEAN
各国は,ASEAN
6 とASEAN
4 に分け られる。ASEAN
6 は原加盟国であるタイ,シンガポール,インドネシア,マレーシア,フィ リピンにブルネイを加えたもので,
ASEAN
4 はCLMV
と称される新加盟国であるカンボジ ア,ラオス,ミャンマー及びベトナムを指すも のである。ASEAN
内においては,ASEAN
6も
ASEAN
4 と国力の規模に対する相互認識,同種の脅威認識及び歴史的経緯ならびに諸価値 を共有しているといえるが,両者の間には過去 50年間にわたる国家建設の過程で,政治体制,
経済・社会発展の度合いに著しい差が生じて しまった〔高杢
2003
:
85〕。このASEAN
6 とASEAN
4 との間の差が「ASEAN
ディバイト」と称されている。
ASEAN
では,この「ASEAN
ディバイド」と称される経済水準や社会的自由 度あるいは多元性への寛容の度合い等の社会状 況の差のみならず,ミャンマー軍事政権という 政治体制及び人権状況,そして,カンボジア,ラオス及びベトナムの
ASEAN
内でのサブ・グ ループ化といったASEAN
6 とASEAN
4 との 間での分離が生じている。
ASEAN
は1967年にASEAN
10への拡大を実 現したものの,政治・経済・安全保障の面で の実効力を有する地域組織として存在するに は,域内の調和化が課題として存在しており,ASEAN
6 とASEAN
4 との間の分離を埋める ことが課題となっているといえる。2-3 米軍のプレゼンスの存続
東南アジア地域では「新たな脅威」の拡散が みられ,これに対し
ASEAN
が協力して対処し ようと試みているものの,ASEAN
各国はキャ パシティに欠けるのみならず,ASEAN
内での 分離がみられることから,域内調和に基づく実 効力を持つ組織として,ことに当たる体制が整っていない状況にある。
冷戦後の東南アジア地域の安全保障状況を俯 瞰してみると,1992年にスービック及びクラー ク米軍基地がフィリピンから撤退したことによ るアメリカのプレゼンスの低下,そして,同地 域における中国の台頭が挙げられる。中国が海 軍を近代化し南シナ海の南沙諸島に対し領有権 を主張したことは,東南アジア諸国にとり,中 国が南進の意図のもとその力の射程を東南アジ ア海域へ向けたことを意味し,軍事的な緊張が もたらされている。
東南アジア諸国は米軍のプレゼンス低下と 中国の台頭を打開しようと,
ASEAN
においてASEAN
外相による「南シナ海宣言」を採択したのみならず,中国を取り込み日本や米国も 参加する安全保障対話制度である
ASEAN
地域 フォーラム(以下「ARF
」)を設置した。ARF
は,冷戦後そのプレゼンスを低下させている米 国の影響力を域内にとどめ,中国の台頭を抑 制する方策ともいえるものである〔高杢2001
:
149-
151〕。このような東南アジア地域においては,その 安全保障に関し,冷戦期を通じて維持された米 国を中心とする2国間同盟による「ハブ・アン ド・スポーク」ネットワークを引き続き維持し ていくための取り組みが試みられたのである。
たとえば,インドネシア,マレーシア,シン ガポール及びタイは,米国との間で米海軍艦船 の寄航及び修理受け入れる取り決め(8)を結び,
国内から米軍基地が撤退したフィリピンは,米 国との間で訪問米軍協定(9)を結んでいる。ま た,反テロにおいても,インドネシア,マレー シア及びフィリピンは,米国との関係を強化す るようになった。これは,9
.
11同時多発テロ以降,イスラム教徒が多数派であるインドネシア 及びマレーシア,そして,少数であるがイスラ ム教徒の分離独立派を抱えるフィリピンが,国 内のイスラム教徒とアル・カイダと連携するこ とを恐れてのことである(10)。米国とのテロに関 する協力関係は具体的には次のとおりである。
東ティモール問題で米国の軍事援助を凍結され ていたインドネシアは,米軍がインドネシア国 軍に反テロ訓練を供与するという国防省案が米 議会を通過したことで,米国からの援助受け取 り再開が可能になった。フィリピンは,1億米 ドルの軍事訓練・装備等を受け取るとともに米 軍軍事顧問団の国内受け入れを開始した。マ レーシアは,2002年5月に米国を訪問し,マハ ティール首相がブッシュ大統領との間で「反テ ロ共同宣言」に調印した。さらに,米国は東南 アジア諸国との間で2国間(米比共同訓練バ リカタン等),そして,多国間の共同軍事訓練
(
CG
,Cope Tiger
(11)等)を毎年行い,米軍基地 のフィリピンからの撤退というプレゼンスの低 下はあるものの,協力関係を堅持している。2-4 軍隊の活動の変容
東南アジア地域では「新たな脅威」の普及が 見られ,これに対し
ASEAN
が協力して対処し ようと試みているものの,ASEAN
各国はキャ パシティに欠けるのみならず,ASEAN
内での 分離がみられることから,域内調和に基づく実 効力を持つ組織として,ことに当たる体制が 整っていない状況にある。その一方で,東南ア ジア地域では,冷戦期においても地域的な同盟 が存在せず,米国との「ハブ・アンド・スポー ク」ネットワークによって地域の安全が担わ れてきた現実がある一方,「ハブ・アンド・スポーク」ネットワークが有志連合型のネット ワークへ変容している動きもみられる。
1-3でふれたように,有志連合という新た な柔軟な同盟は欧州において誕生・普及し,イ ラクにおいても実践され,「新たな脅威」へ対 応するようになった。この動きが東南アジア地 域においても見られるのである(12)。この有志 連合構想は,東南アジア地域においては,「ハ ブ・アンド・スポーク」ネットワークの変容と もいうべきもので,あたかも仮想の同盟を構築 するような機能を果たすことで,キャパシティ
に欠ける
ASEAN
を「新たな脅威」対処の面で補完すると捉えることもできよう。
東南アジア地域,あるいは,アジア・太平洋 地域におけるアメリカの地域イニシアティブと しては,ブレア米太平洋軍司令官(在任期間:
1999年2月から2002年5月)が打ち出した「安 全保障共同体」構想がある〔
Blair
&Hanely Jr.
2001
:
7-
17〕。ブレア米太平洋軍司令官は,2000 年3月7日の議会証言後の記者会見において,構想する安全保障共同体について次のように説 明している。同構想は勢力均衡や封じ込めを超 えて形成されるべきものであり,考え方の近い
(
like-minded
)国々の連合(coalition
)形成に寄 与するものであって,実際に条約や機構の署名 や設立は必ずしも必要としないばかりでなく,ベトナムや中国といった旧敵国や潜在的敵国 の参加も可能とするものである(13)。同構想は,
地域の連邦的統合ではなく,実働的・機能的協 力の深化と重層化に基礎をおくドイチェの多元 的安全保障共同体論の名を借用しつつ,アジ ア・太平洋イニシアティブの枠組下に地域的多 国間訓練や多国間計画策定能力向上活動をおく ものである。従来この地域で米軍と各国との間
で主として2国間で行われてきた軍事訓練,特 にタイとの
CG
が,地域各国の参加による演習 として“Team Challenge
”の傘の下に位置づけ られたことは,このブレア構想を具体的に展開 したものといえる。“Team Challenge
”訓練では 統合共同任務部隊(Combined Joint Task Force,
以下「CJTF
」)の運用が想定されている。ブレ ア米太平洋軍司令官が発言しているように(14),“
Team Challenge
”訓練の内容は,危機管理任 務や災害支援等の人間一人ひとりの安全に資す るものや,戦争以外の軍事作戦となっており,中国にも参加の呼びかけがなされた。これと併 せて,多国間での計画策定能力の向上を目指す 多国間計画策定能力向上チーム(
Multinational Planning Augmentation Team, MPAT
)の活動も 開始された。他方,こうした2国間軍事訓練 を“Team Challenge
”の傘下へ組み込む動きと は別に,米国は1999年から地球規模での平和維 持活動イニシアティブ(Global Peace Operations Initiative
)を打ち出しているが,これもまた,多国間共同軍事訓練となった
CG
の訓練内容にPKO
が盛り込まれていく背景となった。これらは,東ティモールでの国際部隊展開の 経験を踏まえつつ,点と線から構成される「ハ ブ・アンド・スポーク」ネットワークを面とし て再構築するものであり,ここに軍の活動の変 容を見ることができる。また,こうした動きに は,危機管理任務や災害支援等の戦争以外の軍 事作戦を米国以外の国に担わせたいという,グ ローバルに展開する米国の負担軽減の意味合い もある。その一方で,東南アジア地域が必要と している,自国の安全保障のみならず「新たな 脅威」への効果的対処にも適うものであった。
そしてまさにここに,各国の軍隊が有志連合と
いう形で,「ハブ・アンド・スポーク」ネット ワークに基づいて共通の脅威に対処するために 多国間共同訓練に参加するという,軍隊の新た な方向性が示唆されているといえるのではない だろうか。言い換えると,東南アジア地域にお いても,強力な破壊力を持つ非人間的存在であ る軍隊の新たな方向性が,すなわち,冷戦後の 社会において,国家のみならずそこで生活する 人間一人ひとりに対しても,その安全を保障す る役割が求められるようになったのであろう。
以下では,「ハブ・アンド・スポーク」ネッ トワークの変容が含意されている軍事訓練とし て,
CG
を考察したい。3 事例研究 ― 多国間共同訓練 CG -
CG
は1981年から毎年タイにおいて,米国と タイとの間で行われているもので,当初は米軍 とタイ軍との2国間の軍事訓練であった。しか し,2000年にシンガポール軍が参加し,その訓 練内容に国連PKO
やNEO
が加わるようになっ た。現在では東南アジアで行われる最大規模の 多国間共同訓練として,日本,韓国,インドネ シアも参加するようになっている。3-1 最近の CG の傾向
2000年以降の
CG
の規模,参加人員,訓練内 容等を以下で図示する。訓練名 期間 参加人員
(人) 訓練内容
CG00 5. 9
~ 5. 12
米:13096 タイ:7100 シンガポー ル:37
指揮所訓練
(以下「CPX」):
PKO,NEO 実働訓練
(以下「FTX」):
実弾射撃 訓練等 民生支援
訓練名 期間 参加人員
(人) 訓練内容
CG01 5. 15
~ 5. 29
米:4800 タイ:5800 シンガポー ル:55
CPX: PKO,NEO FTX: 実弾射撃 訓練等 民生支援
CG02 5. 14
~ 5. 28
米:14000 タイ:7000 シンガポー ル:80
CPX:
PKO,生物・化学兵 器テロ対処
FTX: 実弾射撃 訓練等 民生支援
CG03 5. 16
~ 5. 30
米:4800 タイ:5800 シンガポー ル:55
CPX:
PKO,急性肺炎対処 FTX:
実弾射撃 訓練等 民生支援
CG04 5. 13
~ 5. 27
米:4800 タイ:5800 シンガポー ル:55
CPX:
PKO,災害救助 FTX:
市街地戦 民生支援
CG05 5. 2
~ 5. 13
米:3500 タイ:2650 シンガポー ル:76 日本:27
CPX:
PKO,災害救助 FTX:
実弾射撃 訓練等 民生支援
CG06 5. 15
~ 5. 26
米:7000 タイ:4000 シンガポー ル:111 日本:46 インドネシ ア:25
CPX:
PKO,災害救助 FTX:
市街地戦 民生支援
CG07 5. 8
~ 5. 18
米:2091 タイ:3089 シンガポー ル:72 日本:48 インドネシ ア:27
CPX:
PKO,NEO,災害救 助
FTX: 市街地戦 民生支援
訓練名 期間 参加人員
(人) 訓練内容
CG08 5. 8
~ 5. 21
米:8800 タイ:5250 シンガポー ル:158 日本:67 インドネシ ア:81
CPX:
PKO,NEO,災害救 助
FTX: 市街地戦 民生支援
CG09 2. 4
~ 2. 17
米:7271 タイ:4034 シンガポー ル:107 日本:80 インドネシ ア:113
CPX:
PKO,NEO,災害救 助
FTX:
NEO,PKO,市街地 戦
民生支援
CG10 2. 1
~ 2. 11
米:7000 タイ:6000 シンガポー ル:132 日本:100 インドネシ ア:60 韓国:333
CPX:
PKO,NEO,災害救 助
FTX:
NEO,PKO,市街地 戦
民生支援
( 筆者作成,資料源:http://www.pacom.mil/,http://
www.asarpac,army.mil/cg10/index.asp等)
こ の 図 で は
CPX
と し てPKO
が2000年 か ら 訓練内容に盛り込まれたことが示されている。CPX
の場では,国連PKO
における参加国の協 力関係の構築のみならず平和執行活動を想定 し,そのためCJTF
を参加国で円滑に遂行する ことを目的に図上での訓練が行われた。また,貧困のため生活するうえの基本的インフラが整 備されていない低開発地域に対し,米軍は上 下水道設備,学校,病院の建設や医療奉仕活 動といった民生支援を地元住民に対し提供し た。さらには,
CG
02に生物・化学兵器テロ対 処のCPX
,CG
03では急性肺炎(SARS
)対処 のためのCPX
,CG
04では森林火災等の災害救 助のためのCPX
,CG
05では前年に生じたスマトラ沖・インド洋津波等の経験を踏まえた災害 救助のための
CPX
,CG
10ではハイチ沖地震で の教訓を活かした災害救助のためのCPX
が行 われた。その一方で,実働訓練の場で,タイ・米2国間による実弾射撃や市街地戦の訓練を 行っており,
CG
訓練が2国間を基盤としつつ,CJTF
を使って有志連合によるPKO
訓練を行う など,訓練内容が変化している。
CG
への参加国に関しては,2000年にシンガ ポールが参加したのを皮切りに,2005年に日本,2006年にインドネシア,そして,2010年には韓 国が参加しており,
CG
の射程は東南アジア地 域から東アジア地域にまで伸びている。3-2 CG の変容とその限界
CG
はそもそも,タイ周辺に存在する共産主 義国家の脅威に対する2国間の軍事訓練であっ た。しかし,前項で確認したように2000年以降 のCG
は,その参加国軍及びその活動内容の変 化から,1節・2節で考察した国際社会及び東 南アジア地域における「新たな脅威」にも実効 的に対処する傾向にある。また,日本及び韓国 が参加したことでCG
の射程が,東南アジアか ら東アジアにまで伸びており,CG
が従来の米・タイ2国間共同訓練という国家の安全保障のみ ならず,アジア・太平洋地域という広範囲にわ たる人間一人ひとりの安全保障を担う役割をも 志向する方向性を示唆し始めたともいえよう。
例えば,
CG
09は,太平洋上に設定した仮想大 陸における国家間紛争の生起を想定して平和執 行活動を行うCJTF
から国連軍への任務の引継 ぎ及び権限の移譲に係わる国連PKO
司令部の 活動が訓練された(15)。
CG
は,東南アジア地域での軍隊の活動の基本的な目的が,人間一人ひとりの安全保障をも 志向するものへと変容していることを示唆する 最大限の事例といえるのではないだろうか。
しかし,たとえ
CG
が人間一人ひとりの安全 保障をも志向する軍事訓練への変容を含意して いようが,東南アジア地域で生活する人々の民 意に適うものであるかどうかが疑問視される事 例がある。これは,米国を中心と資する「ハ ブ・アンド・スポーク」ネットワークの課題で あり,CG
の限界でもあるといえよう。2008年5月,ミャンマーでサイクロンにより 同国南部のデルタ地域(イラワジ地域)が甚大 な被害に見舞われた。もともと同国は貧しい国 であるが,南部は米作により生計を立てている 地域であり,サイクロンにより米作地域はほぼ 壊滅状態に陥り,生活インフラも被害が甚大と なり,同地域では緊急な災害救助活動が必要で あった。ミャンマー政府に対し,東南アジア各 国,欧米諸国政府,そして,日本政府が災害救 助を申し出たが,同政府は,物的支援は受ける ものの,欧米諸国の文民による災害救助活動 や,軍隊によるものは拒否した。当時,ミャン マーの隣国のタイで
CG
08が行われており,米 軍も含めて1万5千人の軍人が災害救助活動に 従事できる体制にあったことから,米政府は ミャンマーでのCG
参加要員を使っての災害救 助活動を強くアピールした。これに対しミャン マー政府は,外国軍隊の国内での活動拒否の姿 勢を崩さなかったため実現しなかった。このことは,
CG
が「新たな脅威」にも実効 的に対処するばかりでなく,アジア・太平洋地 域での人間一人ひとりの安全保障を担うものと して,その限界を示すものであるといえよう。4 CG 変容の今日的意味合い
近代的軍隊の活動は,政治の延長線上にある ものであり,政治交渉や外交政策の一手段とし て存在し,その活動も国家を対象としたクラウ ゼヴィッツの思想に象徴されるように人間一人 ひとりの安全を保障するものではなかった。
では,冷戦後の国際社会及び東南アジア地域 が変化するに伴い,
CG
が示唆している軍隊の 活動の方向性はどのような意味合いをもってい るのであろうか。他方,変容するCG
が内包す るその限界は,CG
における今後の軍隊の活動 にどのような示唆をあたえるのであろうか。以下では,今日の軍隊の活動を巡る最近の議 論から
CG
の変容及び限界が示唆する軍隊の活 動の方向性を考察したい。4-1 「人間の安全保障」
「人間の安全保障」は,1994年,国連開発計 画(
United Nations Development Programme
,以 下「UNDP
」)が『人間開発報告書』で,はじ めて公式に提起したものである。国連開発計画 は,この報告書において,全ての個人が人間 としての能力を最大限高め,経済,社会,文 化,政治等全ての領域で能力を充分に発揮で きることを目指した「人間開発」を進めてこ そ,人々が生きていく上での選択の幅を広げ られるとの考えを強調した。その上で,「人間 開発」を妨げる多様な脅威から人々を守るた め,「人間の安全保障」が必要であると主張し ている(16)。また,グローバル・ガバナンス委 員会(17)(Commission on Global Governance
)は,1995年の最終報告で,紛争の根底には貧困と低 開発があるものの,貧困,不平等及び環境悪化
という一般的条件と,紛争及び暴力を招きかね ない特定の原因や政策を区別すべきことを強調 した。安全への脅威である経済・社会・環境・
政治・軍事的状況をなくしていく重要性を認め たうえで,安全保障の第一の目的は紛争と戦争 の予防にあることを指摘し,「恐怖からの自由 により重きを置いた安全保障論を提示した。さ らに,2003年に国連「人間の安全保障委員会」
が最終報告書を発表した(18)。この最終報告書 では,1994年に開発援助の分野で登場した「人 間の安全保障」が,安全保障の分野へも拡大し て論じられおり,国家の安全保障を補完するも のとして位置づけており,「人間の安全保障」
のグローバルな政策レベルでの議論において特 筆すべきである。
「人間の安全保障」は国連の政策レベルから その議論が始まりグローバルに展開するととも に,カナダや日本のように,政府が外交政策の 基本方針の一つに位置づけ,国家レベルの政策 として進展させる動きが見られた(19)。その一 方で,「人間の安全保障」に関しては,その定 義と解釈が現時点においても定まらず,様々な 議論があることも事実である。
まず,「人間の安全保障」の定義に関しては,
その対象が人間一人ひとりの安寧に関わるもの である点では共通している。しかし,その人間 一人ひとりの安寧の意味するものが,「恐怖か らの自由」であるのか,あるいは,「欠乏から の自由」であるのかについて議論が分かれてい る。ロイド・アクスワージー(
Lloyd Axworthy,
以下「アクスワージー」)は,人間一人ひとり に対する暴力からの自由,すなわち,「恐怖か らの自由」が「人間の安全保障」であるとする 立場をとる代表である。アクスワージーはクレティエン首相(在任 期間:1993年から2000年)の外務相(在任期 間:1996年から2000年)として「人間の安全 保障」確保のための軍隊の活動を強力に推し 進めた(20)ことにも示されているように,「人間 の安全保障」とは「恐怖からの自由」を意味 し,そのための手段として法的規範,調停,武 力行使をも含む人道介入を挙げている。その一 方で,幅広く貧困や感染症などの「欠乏からの 自由」が「人間の安全保障」であるとする立場 もあり,この代表としてはアマルテイア・セン
(
Amartya Sen
,以下「セン」)や緒方貞子であり,「人間の安全保障」確保は非軍事的なもので達 成するとする。
センはその著書において,「人間の安全保障」
確保の手段として軍事的人道介入や武力行使を 辞さないかどうかについて言及していないもの の,「人間の安全保障」確保のため,国連安保 理の決議に基づいて派遣された平和活動の中に も,人間の安全保障的活動が見出されるという 論点も見られる[福島
2007
:
24]。センの主張 する「人間の安全保障」において大切なことは,「基本的潜在能力の平等」という概念である。
この促進を妨害するような制度は排除されるべ きである一方,この向上を支援する制度が社会 に存在しない場合,そのための新制度が創られ るように人間一人ひとりがみずからの政治的・
市民的権利を行使して主体的に行動すべきと主 張する[セン
2002
:
164-
178]。センが「人間の 安全保障」を提唱するのは,この「基本的潜在 能力の平等」を実現するためである。「基本的 潜在能力の平等」は,地球の公共善とも称され るものである。さらに,メアリー・カルドー(
Mary Kaldor,
以下「カルドー」)は「恐怖からの自由」と「欠 乏からの自由」を「人間の安全保障」とする一 方,その確保は軍事的なものをも含む包括的 手段を,国連,
NATO
,各国政府,そして,国 際NGO
の活動をもふくむ重層的なアクターか ら求めている。このカルドーの考え方の背景に は,次のような冷戦後の国際社会認識がある。カルドーは,グローバルな市民社会のアクター に注目し,21世紀初頭においては,労働者,農 民といったグローバリゼーションの犠牲者や学 生の連帯による新しい民主主義運動が生起・普 及している反面,それが,社会における国家の 枠組みを超えた宗教を背景とする戦争や,非国 家主体によるテロといった新しい形態の戦争を もたらす要因の一つともなっていると説く。カ ルドーはさらに,このような新しい形態の戦争 に対しては,権利の保護についてのグローバル なネットワークや制度的保障というインフラを 構築することが手段として必要であり,その結 果グローバルな市民社会が誕生すると説く。
カルドーの「人間の安全保障」は,センとア クスワージー両者に代表される定義の組み合わ せ,すなわち,「欠乏からの自由」と「恐怖か らの自由」の両方を意味し,人間開発と人権 の両方を「人間の安全保障」の対象とする一 方,その「人間の安全保障」を確保するために は軍隊の活動をも辞さない。カルドーは,「人 間の安全保障」確保活動は,民軍両方の要素か らなる危機管理活動と同義と考える[カルドー
2007
:
184]。他方,「人間の安全保障」と人道介入との概 念的融合点から,「人間の安全保障」確保のた めに軍隊を安易に使用することに警鐘を鳴らす 議論もある。この議論では,「人間の安全保障」
確保のための人道介入が国家間の紛争の定義に 該当しないことが多いとの視点に立ち,その場 合,日本国憲法9条の海外での武力行使問題を 迂回して法的問題がクリアされる。同時に,憲 法前文と憲法98条を根拠に人道的危機に対する 国際社会の一致協力した行動として大義名文化 される〔木上
2002
:
64-
66〕。このような解釈に 基づき,主として日本の自衛隊の場合を対象と しているが,これは,人道と軍隊による武力と が組み合わされることの本質的矛盾から発生す る種々の危険について言及しており,日本以外 の国の軍隊の活動に関しても,「人間の安全保 障」との関係を考察するうえで重要である。次に,「人間の安全保障」の解釈に関しては,
「人間の安全保障」を学術的概念とは認めず,
政府の既存の政策,既存の研究をよりアピール するためのみ有用であるとする立場や,開発や 人道問題など非軍事領域を扱うための包括的呼 称として有益だとして,国際関係論から論ずる 立場がある〔栗栖
2009
:
19〕。また,「人間の安 全保障」が他分野の学際的な統合的を促進する 可能性があるとして,国際関係論のパラダイム のみで論ずることなく,隣接分野と協働によっ て得られる多層的ガバナンスに関わる知見を取 り込んでいくことが可能だとする議論もある〔来栖
2008
:
26〕。このように,「人間の安全保 障」の解釈に関しても未だその方向性は定まっ ていない。前述したように「人間の安全保障」に関する 議論を考察すると,その定義や解釈からという よりもむしろ,その確保のための手段に軍隊の 活動,すなわち,軍事的人道介入や武力行使ま でをも含むかどうかが,賛否両論も含んだ議論 の争点になっているといえよう。
では,「人間の安全保障」における議論に鑑 み,
CG
の変容を考察すると,次のようなこと がいえる。CG
における「新たな脅威」に対す る軍隊の活動は,カルドーの説く「人間の安全 保障」確保のための手段としての危機管理活動 を示唆しており,その方向へと進みつつあるこ とが窺える。この危機管理活動には,災害救 助活動やPKO
といったものも含まれる。しか し,同時に変容するCG
はその限界点も示して おり,それは「人間の安全保障」確保のための 活動の授権が誰に正当性があるのかということ であり,これは変容するCG
の新たな課題とも いえよう。4-2 保護責任論
保護責任論(
Responsibility to Protect
,以下「
R
2P
」)は,90年代の人道危機,特に1999年前 半のNATO
によるコソボに対する軍事的人道 介入を巡る,国際世論の分裂を背景として議論 されてきた。NATO
の対セルビア空爆では,誰 が軍事介入の授権を与えるべきかという問題が 解決されないままに,空爆を主導したNATO
各国はアルバニア系住民の虐殺といった人道的 危機の阻止を強調して介入の正当化を試みた。他方,自国への軍事的人道介入への可能性や国 際秩序の不安定化を懸念する観点から,この介 入を批判する声も多かった。軍隊による人道介 入に対する国際世論の分裂が進む一方,アナン 国連事務総長(在任期間1997年6月~2006年12 月)は人道的介入に関するコンセンサスの形成 を訴えた。
このアピールに応え,カナダ政府は2000年9 月,介入と国家主権に関する国際委員会(
The
International Commission on Intervention and
State Sovereignty
,以下「ICISS
」)を立ち上げ た。そして,ICISS
は翌2001年,『保護する責任』と題する報告書(21)を提出し,その報告書全体 を通し,自国民の保護という国家の基本的な義 務を果たす能力のない,あるいは,果たす意志 のない国家に対し,国際社会全体が当該国家の 保護を受けるはずの人々について
R
2P
を負う べきだと提言している。しかし,
ICISS
が定義付けるR
2P
を巡る議論 で頻繁に取り上げられた論点は,予防責任では なく,対応責任の中の特に軍事的人道介入に関 する箇所であった。このため,ICISS
は報告書 において,軍事的人道介入をめぐる議論にかな りの頁を費やして考察した。その正当化の諸基 準から介入部隊の活動に係る運用面での諸課題 に至るまで,検討と提言を行ったばかりでな く,正当化基準のひとつである誰が軍事的人道 介入を授権すべきかの問題に一章を費やして考 察し検討した。ICISS
は報告書を通して,R
2P
の提言するところの介入を巡って起きた議論に 重要な軸を与えたのみならず,国際社会による 紛争への介入と国家主権との関係をも問い直そ うと試みた。そこで
ICISS
は,国家が主権者としての自律 性・独立性を無条件に有するわけではなく,内 政不干渉原則も無条件に享受できるわけでな く,一定の国際的責任を引き受けることが主権 者としての自律・独立を主張しうる条件になる と強調した。ICISS
は,それぞれの国の政府が 自国民の人権の保護と促進に責任を持ち,それ に基づいて諸国家が相互に主権国家として認知 しあう,そういった国際社会像を提示したので ある。2009年1月,国連事務総長は
R
2P
の履行のあり方に関して報告書を発表した(22)。同報告 書では,
R
2P
が国家の責任(23),国際的支援と 当該国家の能力構築(24),タイムリーかつ断固 たる対応の3層の行動からなり,それぞれが偏 りなく進展することは重要であり,その中でも 国家の責任に重点が置かれた。その一方で,国 際社会の役割としては非軍事的な措置,とり わけ紛争予防に力点を置いた(25)。同報告書は,ICISS
が提示するR
2P
が重要な軸を与えた最終 手段としての軍事的人道介入を含む対応の責任 をトーン・ダウンさせる一方で,当該国家の責 任や国際社会の非軍事的紛争予防の役割に焦点 を当て強調した。また,同報告書を受けて行わ れた国連総会の議論においても,様々な方向性 が示された。R
2P
に関する具体的な議論はまだ 端緒に付いたばかりであるが,軍事的人道介入 を軸に展開されてきたR
2P
は,その軍事色が 薄められ,既存の国際諸制度をより活性化させ る政策理念としての役割が含意される方向へと 向かっており,当初の議論とその方向性を異に するものとなっている。4-3 CG が示す軍隊の活動の今日的意味合 い
CG
が冷戦期の米・タイによる国家の安全保 障のみならず,多国間のアジア・太平洋地域ま でを射程とするものへと変容していることは確 かである。これは,
CG
が2国間訓練から多国間へと拡 大していったことによるもので,その根底にあ る2国間訓練によるタイ国家の安全保障の役割 は堅持されている。しかし,CG
は,シンガポー ル及びインドネシアが加わったことで米国とタ イとの間を点と線で結ぶ「ハブ・アンド・スポーク」ネットワークが面状に広がり,今やそ の面は日本や韓国が加わることでアジア・太平 洋地域にまで及ぶようになっていることから,
国際社会の一部を構成するアジア・太平洋地域 の全体の安全を保障する役割も果たすことを示 唆している。また,
CG
の訓練内容に災害救助,NEO
,CJTF
を使った有志連合によるPKO
訓 練,そして,民生支援活動が盛り込まれるよう になったことで,その地域で生活する人間一人 ひとりを安寧に導く役割をも果たそうとしてい る新たな方向性も指し示している。つまり,こ れは「人間の安全保障」確保のための軍隊の活 動を示唆しているのである。他方,
CG
の変容から導き出される「新たな 脅威」に対する軍隊の活動は,R
2P
を巡る議論 とは必ずしも一致しない。R
2P
は既存の国際諸 制度をより活性化させるものとして,非軍事的 予防措置を重視する政策理念として議論されて いる。軍事的人道介入を軸に展開されてきたR
2P
の履行は,国際社会の役割というよりもむ しろ,当該国家の能力向上と,予防措置の充実 によるべきであり,軍隊の活動を期待しない非 軍事の方向への転換を示している。しかし,変容する
CG
は「人間の安全保障」確保のための活動へとその方向の転換を示唆し ているものの,「人間の安全保障」確保のため の活動の授権が誰に正当性があるのかに関し,
米国を主導とするのでは広く各国に受け入れら れないという限界にも直面しているのである。
おわりに
国際社会,そして,東南アジア社会が変化す る中,
CG
においては,その想定される軍の活 動が「人間の安全保障」確保のためのものへと変容していることを示唆している。これは,
「新たな脅威」や非国家主体のテロ活動が東南 アジア地域にまで普及する中,「ハブ・アンド・
スポーク」ネットワークに組み込まれている各 国が共同して共通の脅威である「新たな脅威」
に対処するために多国間共同訓練に参加するこ とで連合するという,軍隊の新たな方向性を指 し示している。
しかし,東南アジアにおいては,「ハブ・ア ンド・スポーク」ネットワークが変容し,想定 される軍の活動も変化しつつあるとはいえ,米 国を中心とする2国間による軍事協力の点と線 は根底に残存しかつ堅持されている。このこと は,東南アジア地域においては,米国との2国 間協力による国家の安全保障と,米国との2国 間協力を核に面で広がる「ハブ・アンド・ス ポーク」ネットワークによる「新たな脅威」に 対応する「人間の安全保障」とが,お互いを補 完しあう形で存在していることを暗に示してい る。
他方,東南アジアの欧米列強による植民地支 配や東西冷戦期の米ソ対立の庭としての代理戦 争といった歴史,そして,東南アジア各国がタ イを除いて第2次世界大戦後独立した新興国ば かりで国内インフラも脆弱であり,宗教問題と ともに健全な市民層の形成が遅れたことなどか ら,欧米諸国に対する不信感は根強いのも事実 である。
したがって,米国との2国間協力を核に面で 広がる「ハブ・アンド・スポーク」ネットワー クによる「新たな脅威」に対応する「人間の安 全保障」は,東南アジア各国の民意に健全に応 えるような形であることが望ましいといえよ う。
そのためには,真の意味での「人間の安全保 障」確保のための軍隊の活動という視点で,誰 が活動授権者であることが望ましいのか,この 視点にたって,もう一度,米国との2国間協力 を核に面で広がる「ハブ・アンド・スポーク」
ネットワークを考察することが必要であろう。
真の意味での「人間の安全保障」確保のための 軍隊の活動とは,人間一人ひとりの安寧であ り,これは地球規模での公共善をめざすことで あり,そのためには,国際社会の中で唯一公共 性と正当性を有する国連をハブとする安全保障 の実現が望ましいのではないだろうか。
この議論が進展するには,国連は組織改編に よるさらなる実効力の向上等が必要であろう が,国連
PKO
の中立性(impartiality
)の再定義 の文脈からPKO
のマンデートを拡大し,強靭 なPKO
における軍隊の活動の可能性を模索す る議論も出ており(26),国連の主導による真の 意味での「人間の安全保障」確保のための活動 が期待される。〔投稿受理日2010. 5. 22/掲載決定日2010. 6. 10〕
注
⑴ このような脅威は非伝統的脅威とも言われてい るが,冷戦時代以前から社会構造における不公正 等を起因として存在しており,国家の安全保障の 意味合いが形骸化しつつあるこの20年余りで改め て人間一人ひとりの安全を脅威に曝すものである と認識され,国際社会において新たな取り組みが 模索されるようになった〔大芝 2006: 99-105〕こ とから,本稿では「新たな脅威」とする。
⑵ 冷戦期までの伝統的安全保障においては国家対 国家の戦争が軍事作戦の主であったが,冷戦後,
非国家主体によるテロや人間一人ひとりの安全を 脅かす「新たな脅威」への対応も軍事作戦に含ま れるようになった。これは軍隊の非伝統的役割,
もしくは,非通常的役割とされてきた能力の活用 を求めるものである。
⑶ COINについては,米国が主導的役割を果たし ている。米国は,通常の宣等や領土防衛目的だけ でない軍隊の活用に消極的であったわけではなく,
歴史的には,ケネディ政権が「進歩のための同盟」
の名の下,COIN作戦を進めたことがある。
⑷ アブサヤフ,ジャマ・イスラミーア,MILF等。
⑸ 大規模なものではバリ・ボンビング,マリオッ ト・ホテル爆破事件等がある。
⑹ 1967年にタイ,フィリピン,マレーシア,イン ドネシア及びシンガポールの5か国で発足した東 南アジア諸国連合。
⑺ ASEAN共同体の3つ柱である安全保障共同体,
経済共同体及び社会・文化共同体の一つ。
⑻ これはACSAと呼ばれているもので物品役務協 定。
⑼ これはVisiting Forces Agreement。
⑽ 3国内のイスラム原理主義グループがアル・カ イダと連携を保って資金援助やテロ活動訓練を受 けているといわれている。
⑾ これは米・タイ・シンガポール3国の空軍訓練。
⑿ 有志連合が誕生する中でCJTF方式が考案。同 方式では,必要なコマンド・ストラクチャーは既 存の構造の一部を“double hatting”することで構 築し,いざという場合に選抜されたもので1チー ムを形成〔Barry 1997: 203-204〕。
⒀ ADM Dennis C. Blair, DOD News Briefing, Mar. 7, 2007より。
⒁ ADM Dennis C. Blair, US PACOM. Oct. 19, 2000.
⒂ 2010年3月,統合幕僚監部CG担当者より聴取。
⒃ UNDPが1994年の報告書で提唱した「人間の安 全保障」活動は,経済の安全保障活動,食料の安 全保障活動,健康面の安全保障活動,環境の安全 保障活動,個人の安全保障活動,地域社会の安全 保障活動,政治的安全保障活動の7活動から構成。
⒄ グローバル・ガバナンス委員会は,人間の安全 保障に類似する人々の安全保障及び地球の安全保 障概念に依拠して武力紛争や環境破壊等のグロー バル危機に対する取り組みを論じた。
⒅ 「人間の安全保障委員会」で共同議長を務めた緒 方とセンは最終報告書において,UNDPによる報 告書同様,安全保障のパラダイムを国家の安全保 障から人間の安全保障へとシフトする必要性を強 調。
⒆ カナダ政府は「恐怖からの自由」に重点,日本
政府は「欠乏からの自由」に重点。
⒇ 「人間の安保」確保のため,国連以外のNATO 主導のPKOへの参加も積極的に推進。
� ICISSの提示するR2Pは,国際社会の保護する
責任は不干渉原則に優先することを基本理念に,
R2Pには「予防する責任」,「対応する責任」「再建 する責任」の3要素が含まれ,この中で予防責任 の重要性を強調〔ICISS 2001: 5-46〕。
� Implementing the Responsibility to Protect: Report of the Secretary-General(A/63/677, 12 January 2009)
� 国際人道法・人権法及び関連する国際刑事裁判 所等の国際制度に積極的に協力していくことや,
国内対話や国家間交流を通じたR2Pの普及を提言。
� 第2層としての国際的支援と当該国家の能力構 築においても国家の能力強化が焦点,紛争防止に 資する開発の計画や社会対立の調停和解等の5つ を当該国家・社会に構築することが鍵。
� 平和的手段から軍事的手段へ自動的にスライド していくような国際的対応システムは考慮されず,
国連として「対話と平和的説得を強く優先する」
ことを強調。具体的措置として事実調査や外交努 力,制裁措置などを主に挙げ,さらに早期警戒シ ステムの強化には補論を付与するが,軍事介入に ついては,その原則や早期対応能力の拡充にさら なる議論を深めるべきと提言するに止めている。
� 山下が意欲的な論文を書いている〔山下 2005: 64,Yamashita 2008: 619,622〕。
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