シアトルにおけるダイバーシティ研修の試み
- 7 年間の実践を通して見たプログラムの有効性と可能性-
立松 大祐,小助川 元太,ボグダン・デイビッド
愛媛大学教育学部
A Look at a Diversity Studies Program in Seattle
- Examining the Effectiveness and Possibilities after Seven Years -
Daisuke T
aTemaTsu, Ganta K
osuKegawa, David R. B
ogdan Faculty of Education, Ehime University1.はじめに
今日の学生に求められる資質の一つは,急速に広がるグ ローバル社会に対応できる力である。それは多様なものの 見方,考え方ができること,違いを理解し尊重しようとす る姿勢,理解と尊重を生み出すためのコミュニケーション 能力を意味していると考えられる。法務省の在留外国人統 計(2017 年 12 月)では,250 万人以上が在留しており,
保・幼・小・中・高等学校の教室においても外国とつなが りのある子どもの人数は増加していると考えられる。また,
2017 年度の訪日外客数は 2800 万人を越えて(日本政府観 光局,2018),2018 年度は 3000 万人超を窺う勢いが見込 まれている。大学においてもグローバル人材の育成を目指 し,留学生の受け入れや派遣に力が入れられている。
このような情勢を踏まえ,愛媛大学教育学部では,学術 交流協定校のワシントン大学バセル校(UWB)の協力の もと,アメリカ合衆国ワシントン州シアトルにおいて約 2 週間にわたるダイバーシティ研修を行っている。本研修は,
地球的視野に立って,多様性を理解・尊重する精神を備 え,多様性を社会の活力に変えていくことのできる人材の 育成を目的として,2011 年度から始めたものである。特に,
近年のアメリカ社会における人種,移民,ジェンダー,セ クシュアリティを軸とした平等化と多様化への動き(ホー ン川崎,2018)や教育の動向を反映させた研修内容は,学 生が日本では実感しにくいアメリカ社会の現実を学ぶ機会 として有効であると考えられる。本稿では,この研修の 7
年間の実践と成果を報告することで,大学教育における本 研修の有効性と可能性を指摘し,今後の研修のさらなる充 実につなげることを目的にしている。
2.UWB(ワシントン大学バセル校)多文 化共生体験学習プログラムの誕生の経緯と 目的
現在,愛媛大学教育学部の教員が中心となり企画してい る海外の学術交流協定校での研修プログラムは 5 つであ る。それぞれの研修の主な参加者は愛媛大学教育学部の学 生であり,学生のニーズに合わせてプログラムの内容を発 展させている。アジアで実施されている研修は 3 つである。
まず,遼寧師範大学(中国)で行われる日中文化比較体験 プログラムであり,中国への理解や中国の大学生に日本語 や日本文化を紹介する活動を行っている。本プログラムに おいては,希望者は交換留学生として 6 か月または 1 年未 満の留学をすることができる。次に,順天郷大学(韓国)
での研修は,現地に 4 か月または 10 か月滞在し,韓国語 と英語の習得を目指す語学留学が中心である。交流協定に より,授業の単位を相互認定することもできる。3 つ目は,
フィリピン大学教育学部附属小学校での教育実習である。
現在はステップコースとアドバンストコースに分けられ,
前者では学校視察が,後者は教育実習が行われている。海 外での教育実習を希望する学生のニーズに応えるプログラ ムである。
アメリカでのプログラムは 2 つである。まず,ルイジア ナ大学モンロー校を拠点として周辺の小中学校を視察し,
日本文化の紹介を行う教育視察研修である。次に,本稿で 紹介するワシントン大学バセル校(UWB)を拠点とした 多文化共生体験学習プログラム(ダイバーシティ研修)で ある。
UWB 研修は,愛媛大学教育学部総合人間形成課程国際 理解教育コースの集中講義「海外体験学習(英語圏)」の プログラムとして,2011 年度から実施が始まった。総合 人間形成課程は学部改組により 2016 年に募集停止された が,教員免許取得を卒業要件としないいわゆるゼロ免課程 として,2008 年度に教育学部に設置されたもので,特に,
地域の多様な生涯学習活動において中心的指導的な役割を 果たし,豊かな地域文化の創出と推進に貢献できる人材の 育成を目標に,多くの人材を世に送り出してきた。とりわ け国際理解教育コースは,国際理解及び国際交流のための 諸活動の実践において,その中心的な役割を果たし得る人 材育成のための授業科目を揃えていたが,当初から実施さ れていたアジア圏の大学における研修に比べ,比較的学生 からのニーズが高かった欧米文化圏の大学でのプログラム は,ほとんど実施されていなかった。そこで,2010 年度に,
英文学や英米事情等を担当していた竹永雄二教授(当時)
と国際連携推進機構のルース・バージン准教授(現在国際 連携企画室教授)によって,愛媛大学の学術交流協定校の 1 つである UWB においてダイバーシティを学ぶ 2 週間の 研修プログラムの導入が提案され,異文化間コミュニケー ション担当のデイビッド・ボグダン教授と,当時コース主 任だった小助川元太准教授(当時)が企画・実施スタッフ に加わり,コースの集中講義科目「海外体験学習(英語圏)」
として実施される運びとなった。
3.研修プログラムの発展
(1)参加学生数
2011 年度から 2017 年度まで実施回により若干の差はあ るものの,JASSO や学内の国際 GP などの奨学金給付人 数の影響を受け,参加学生は8名から10名で推移している。
表 1 は第 1 回から第 7 回研修の期間,参加学生の所属と人 数をまとめたものである。
表 1.研修実施期間と参加学生の内訳 実施回
研修期間
参加学生人数
所属学部 回生 人数 第 1 回
2011 年 9 月 2 日
~ 9 月 18 日
10 名(男性 4 名,女性 6 名)
教育学部 1 回生 7 名 教育学部 2 回生 1 名 教育学部 3 回生 1 名 教育学研究科 1 回生 1 名 第 2 回
2013 年 3 月 2 日
~ 3 月 16 日
10 名(男性 5 名,女性 5 名)
教育学部 1 回生 4 名 教育学部 2 回生 4 名 教育学部 3 回生 2 名 第 3 回
2014 年 3 月 1 日
~ 3 月 15 日
8 名(男性 3 名,女性 5 名)
教育学部 1 回生 1 名 法文学部 1 回生 2 名 理学部 1 回生 1 名 教育学部 2 回生 2 名 農学部 3 回生 1 名 教育学部 4 回生 1 名 第 4 回
2015 年 3 月 1 日
~ 3 月 16 日
8 名(男性 1 名,女性 7 名)
教育学部 1 回生 7 名 教育学部 2 回生 1 名 第 5 回
2016 年 3 月 5 日
~ 3 月 21 日
8 名(男性 4 名,女性 4 名)
教育学部 1 回生 2 名 教育学部 2 回生 5 名 教育学部 3 回生 1 名 第 6 回
2017 年 2 月 22 日
~ 3 月 10 日
10 名(男性 3 名,女性 7 名)
教育学部 1 回生 3 名 教育学部 2 回生 4 名 法文学部 2 回生 1 名 教育学部 4 回生 1 名 教育学研究科 1 回生 1 名 第 7 回
2018 年 3 月 3 日
~ 3 月 19 日
8 名(男性 2 名,女性 6 名)
教育学部 1 回生 4 名 教育学部 2 回生 2 名 工学部 3 回生 1 名 教育学研究科 1 回生 1 名
(2)プログラムの実施体制づくり
第 1 回目のプログラムを始めるにあたり,内容の企画,
学生の募集と指導,UWB の教職員や関係各所との連絡調 整などを行うために,愛媛大学では国際連携推進機構の教 職員,教育学部の教員で実施体制を作った。学生と引率教 員は海外渡航における病気やケガ,事件などの危機を未然 防止し,早期対応と解決できる知識とスキルを身に付ける ため,愛媛大学で開催されている危機管理セミナーを受講 している。
UWB の受け入れ体制は,Global Initiatives,Center for International Education,Human Resources の関係職員,
Director of Diversity,教育学部教員などにより構成され,
プログラムへの助言や連絡調整ならびに現地でのプログラ ムの実施を担当した。プログラムは第 7 回まで完了してい るが,UWB 側の体制に若干の変更があった。例えば,学 生のホームステイに関することである。第 3 回までの研修
では,UWB 職員がホストファミリーの募集や割り振りを 差配していたが,第 4 回研修では大学近くのホテルに宿泊 する変更を行った。これは通常の職務に加えて,ホストファ ミリーの選定など業務負担の大きさが原因である。そこで,
第 5 回と第 6 回研修では UWB の Center for International Education の紹介により,シアトル市内で留学生の研修プ ログラム等を企画する民間企業の Experience America に ホームステイの調整を依頼した。
第 7 回研修ではプログラムの実施担当とホームステイ の調整について,さらに変更を加えた。UWB の Global Initiatives のディレクターから,ワシントン大学シアトル 校(UW)にオフィスを置き,長きにわたり留学生のため の研修やプログラムを提供している NPO 団体の FIUTS
(Foundation for International Understanding through Students)の紹介を受けた。これにより,多様性研修プロ グラムの専門集団である FIUTS が研修プログラムの内容 とホームステイのコーディネートを行い,UWB はプログ ラムに必要な学習内容と人材及び施設を提供する体制へと 改善することができた。
(3)プログラム内容の変遷
研修プログラムは参加学生のニーズに応じて回を重ねる ごとに少しずつ変化させている。ニーズの把握は研修参加 決定者との事前学習や面談を通して行われ,例えば特別支 援教育についての学習希望が強い場合は,特別支援学級な どへの見学が可能であるか UWB 側と交渉している。本稿 においては,第 1 回目と第 7 回目のプログラム内容を概観 して,継続して行われている内容と新しい内容を確認し,
特徴的な取組の内容を説明する。表 2 は,第 1 回研修と第 7 回研修で訪問した施設をまとめたものである。当初から 継続して訪問しているのは 10 箇所である。変更ありの項 目の訪問場所と活動内容については後に概説をするが,ダ イバーシティの学習内容を広げ,ボランティアなど活動し ながら学ぶことができるよう改善した結果である。また,
学校訪問と学生交流を大幅に増やしたことも改善点であ る。マイクロソフト本社は研修の提供を止めたため,第 7 回からは訪問をしていない。
表 2.第 1 回研修と第 7 回研修の主な研修場所 第 1 回(2011 年) 第 7 回(2018 年)
ダイバーシティ研修:主な研修場所 共通
- Pike Place Market - Downtown - Pioneer Square
- Wing Luke Museum of the Asian Pacific American Experience
- Ethnic Cultural Center - Q Center
- UW Asian Library - OneWorld Now!
- Mariner High School - UWB
変更あり
- Capitol Hill - Kids4Peace - Office of Minority - Real Change
Affairs and Diversity - Food Banks (Ballard &
- Northwest African University District) American Museum - Uwajimaya (Bellevue &
- Burke Museum Downtown) - International Rescue - Bainbridge Island Committee Historical Museum - Microsoft Global - UWB Diversity Center Diversity and Inclusion
Team
学校訪問,学生交流
- Mariner High School - Mariner High School - UWB Student Leaders - Chief Sealth International
High School
- UWB Japanese Class - TOPS K-8 School - UW Ambassadors
(4)主なプログラム内容
第 1 回から第 7 回研修まで共通のプログラムと第 7 回研 修における特徴的なプログラムを概観する。
1)UWB 及び UW でのダイバーシティ研修
UWB はダイバーシティを大学教育と運営の基盤となる 重要な価値と位置づけ,目標達成のためのアクション・プ ランを制定している。その一部は次のような内容である。
• Diversity-Related Institutional Assessment and Goal Setting for all Units
• Diversity-Related Space
• Diversity-Related Training
• Diversity-Related Support Services
• Diversity-Related Programming
• Diversity-Related Community Engagement
多様性に関連して,評価と目標の設定,空間の確保,研 修,支援サービス,プログラム開発と実施,社会参画への 取組があげられている。大学が内包する多様性とは,マイ
ノリティに属する有色人種,留学生,英語力が不十分な学 生,女性,子どもを持つ学生,軍務を退役した学生,宗教 活動家,移民第一世代,特別支援を必要とする学生,不法 移民,性的マイノリティの学生・教職員である。ひときわ 印象的なのは,マイノリティの学生が安心かつ快適に過ご すことのできる空間,体験を共有できる空間の確保とメン タリング・サービスが充実していることであった。
UW の Q Center は,LGBTQ の学生や教職員が安心し て利用できる施設であり,立ち寄りやすい学生会館内にあ る。毎日数十名の利用があり,定期的に訪れる学生がいた り,精神的疲労により避難所的に訪れたりする状況がある。
利用者は性的マイノリティについての相談,飲食を含む休 憩による精神安定,自習,イベントなどの啓蒙・啓発活動 の計画などができる。常駐の職員からセンターの目的や LGBTQ 学生・職員を巡る取組について説明があり,大学 においても誰もが心地よく安心できる空間作りが必要であ ることが強調された。
同じく,UW の Ethnic Cultural Center はメインキャン パスからごく近い場所に建物を構えている。ここでは様々 なエスニシティの学生が自由に懇談し,独自の文化への誇 りを共有し,文化活動を行うことのできる個別の部屋,会 議室に加え,演劇,音楽演奏,映画上映ができる劇場を提 供していた。安心して過ごすことのできる空間がそれぞれ の学生が専攻する学問領域への集中,さらに高い専門性 の獲得とそこから生まれる新しい創造性につながるとい う確信をもち運営されている。不法移民を親に持つ学生 (undocumented students) に対するメンタリングや,公正 で平等な教育機会を求めるための教育が提供されており,
アメリカ社会の複雑な多様性に対する先進的な取組を学ぶ ことができる。また,このセンターで訪問者の支援などの 運営を手伝っている学生自身も少数民族出身や留学生であ り,マイノリティの学生が主体的に活躍する場となってい る。
2)日系,中国系等アジア系移民の文化施設訪問
アメリカ社会の多様性理解のために,シアトルのイン ターナショナル・ディストリクト(第二次大戦前は日本人 町であった)の Wing Luke Museum of the Asian Pacific American Experience を訪問した。ここは,様々な迫害を 克服し,アジア系移民として初めてシアトル市議会議員に 選出された,Wing Luke 氏の功績を記念して建てられた 博物館である。日本を含む様々なアジア系移民の歴史,文 化,移民の歴史に関する展示物がある。図 1 は日本人町が あった頃の様々な店舗の看板を展示したものである。
展示物の解説から移民生活の苦難の歴史を学ぶことがで きる。特に印象的であったのは,二階の建物と建物の間の 狭い空間で,そこには天上にはめられたガラス板から無数 の短冊形の白い紙切れが糸につながれ,微風にひらひらと
舞っている(図 2)。天井のガラス板は海を象徴し,紙片 には海を渡ってアメリカにやって来た人々の苦難と悲し み,夢と希望の物語が綴られていると解説文にある。素朴 ではあるが,アメリカ社会を造り出して行った人々の苦難 の旅へと思いを馳せることができ,多様性理解につながる 印象的な展示物である。
第 7 回目のプログラムでは,Bainbridge Island Historical Museum 訪問を追加した。シアトルからフェリーで渡る ことができるこの島は,日系移民にとって象徴的な場所で ある。博物館では,日系移民の子孫であるガイドから 1880 年代に日系移民一世が島に移住して以来の生活,1942 年 に集団強制立ち退き命令を受けて強制収容所に送還された 歴史などについて説明を受けることができる。Bainbridge Island Japanese American Exclusion Memorial の展示で は立ち退きの歴史をつぶさに見学でき,戦争により人生が 大きく変わらざるを得なかった日系人の歴史を学習するこ とができた。
図 2.白い短冊の展示
3)共生社会実現のための取組
シアトルには世界に躍進するアマゾン,スターバックス,
ボーイング,マイクロソフトなどグローバル企業がひしめ いている。その中で特にマイクロソフト社は Diversity &
Inclusion を重要な企業戦略の一つとし,先進的な取組を しているので,プログラムとの関連性から,第1回目の研 図 1.日本人町があった当時の店舗の看板展示
修から毎年訪問していた。マイクロソフト社の基本的な考 え方は,社員一人ひとりの多様性,経歴,教育,文化,信条,
考え方,視点等の多様性が結集した時,新しいソリューショ ンが生まれ,そこから開発された製品が顧客一人ひとりの 満足を生み出し,様々な人々のニーズに応え,人々の持っ ている力をより強力にし,そのことによって新しい文化を 造り出し,世界の発展に貢献するということである。グロー バル企業のダイバーシティに対するビジョンを参加学生に 学ばせたかったが,外部へのダイバーシティ研修を取りや めたため,第 7 回研修では新たに次の 3 つの訪問を行った。
まず,Kids4Peace への訪問である。この NPO 団体は,
暴力や紛争・戦争に反対し平和な社会を担う子どもたちの 育成を行っている。特に,宗教の壁を越え,互いの考え方 を受け入れて尊重する態度を重んじており,実際にこの活 動に集まる子どもたちの家庭はユダヤ教,キリスト教,イ スラム教を背景としている。日本人家庭の子どもたちも参 加しているようである。この団体で使用される言語は英語,
フランス語,ヘブライ語,ヒンディー語である。多様なプ ログラムを実践しており,12 歳から 18 歳まではリーダー になるための学習を行う。この期間は同じことを何度も学 ぶことで学習内容が身に付くようにしている。18 歳から はリーダー役として子どもたちに教える側に立ち,プログ ラムを推進している。また,UW など大学生のインターン シップを数多く受け入れている。図 3 は,目を閉じて,毛 糸を使ってファシリテーターから指定された図形を作る ワークショップの一場面である。
図 3.Kids4Peace でのワークショップ
次に,Real Change への訪問である。この NPO 団体は シアトルで主に低所得者やホームレスの自立支援を行っ ている。その生活支援方法は,毎週水曜日に発行される Real Change Newspaper をベンダーと呼ばれる主に要支 援者(ホームレスや低所得者)に 1 部 60 セントで購入を させ,シアトルの街頭で市民に 2 ドルで販売するのである。
1 部販売すると,自己負担額との差額 1 ドル 40 セントが ベンダーの利益となる仕組みである。記事を書いたり,編 集をしたりするスタッフにはかつて自身がホームレスで あった者も含まれるなど,支援の方法は実際的なものであ
る。街頭には Real Change Newspaper を販売しているベ ンダーを見かけることがあり,参加学生はその支援の仕組 みに納得したようである。
OneWorld Now! は、グローバル社会に通用する次世代 の若者のためのリーダーシップ教育を主目的としている民 間団体である。特徴的な事業例としては,外国語教育の推 進である。地元の高等学校までの教育ではあまり行われて いないが,企業からは高い需要のある外国語,すなわち,
中国語,朝鮮語,ロシア語,アラビア語を積極的に教えて いる。参加学生との質疑応答からこれらの言語はビジネス 面と国防の面から考慮され選択されていることが分かっ た。参加学生のほとんどにとって,有事の際に活躍できる 若者を育成するということを民間団体が考えていることは 新鮮であったようだ。その他,若者の海外留学の支援やリー ダーシッププログラムの開発と提供を行っている。
4)学校訪問・日本文化紹介活動・教育実習体験
UWB で開講されている日本語のクラスで日本文化紹介 として,事前学習で作成した紹介ビデオを使い愛媛県と愛 媛大学の紹介を行った。UWB の学生と参加学生は訪問の 約 1 か月前からメールによる交流を行っているため,クラ スでは初対面ではあるが,温かい雰囲気を感じる。この交 流は UWB の担当教員と愛媛大学の引率教員との数年に及 ぶ人間関係づくりの成果である。次に俳句ワークショップ に挑戦した。まず日本からの参加学生が,俳句の歴史,特 に愛媛にゆかりの深い近代俳句の改革者とされる正岡子規 について,続いて俳句の作り方について英語で紹介した。
俳句を日本語で実際に創作するために,季語などの基本的 な説明をした後,グループに分かれ,用意された写真を見 てグループで俳句を詠むこと,日本人学生も参加して創作 を手伝うことが説明された。当初,アメリカ人の学生がど れくらい反応してくれるか不安であったが,言葉と文化の 壁を越えて,熱心に創作活動が行われていた。
Mariner High School への訪問と一日高校生体験は,事 後学習における学生へのインタビュー調査で総じて評価が 高く,現在まで継続しているプログラムである。Mariner High School は,生徒のルーツとなる国が 60 箇国を超える,
地域でも飛びぬけて多様性に富む学校である。それぞれの 学生にはバディと呼ばれる生徒が 1 人ずつあてがわれ,そ のバディと全く同じ授業を受けて 1 日を過ごすのである。
つまり,英語で数学や理科などの科目を受けたり,カフェ テリアで昼食をとったりするのである。バディの生徒と愛 媛大学の学生は渡航前からフェイスブックなどの SNS を 通じて交流を始めていたこともあり,スムーズに友人関係 を構築することができた(図 4)。愛媛大学のプログラム 開発教員と Mariner High School の教員は旧知の間柄であ り,学生交流を行う考えに積極的であったことから実現で きている取組である。放課後は日本語クラブの活動に参加
し,クラブの生徒と交流を行っている。第 7 回目の研修で は,日本人学生からは,自己紹介と俳句ワークショップを 行った。クラブの生徒からは,歓迎のためのダンス披露,
メキシコやフィリピンなど生徒らのルーツである国を代表 する料理のふるまいなどがあった。
図 4.Mariner High School のバディとの交流
第 7 回目の研修では,参加学生のニーズに合わせて,
Chief Sealth International High School の日本語教室の授 業観察と交流,さらに,TOPS K-8 School の小学校 2 年生 の授業での教育実践体験を加えた。小学校での教育実習 については,ワシントン州日米協会の支援を受け,日本 の小学校生活の様子を英語で紹介する教材“Taro goes to elementary school – Elementary School Life in Japan”を 使用した。渡航前から同協会のスタッフとスカイプでの ワークショップを行い,実習のための練習を何度も行った。
当日は 2 クラスで教育実習の機会を得た。その後,校内の 視察を経て体育の授業に参加し,子どもたちとバスケット ボールなどを楽しんだ。これらの体験はアメリカの学校で の多様な子どもたちの理解に役立ち,日本での教育へ応用 する方法を考えることにつながっている。
5)愛媛フェアへの参加とフードバンクでの活動
2016 年 3 月,愛媛県産業振興課主催による,愛媛の商 品を販売する「愛媛フェア」がシアトルの宇和島屋本店と ベルビュー店で開催された。宇和島屋は北米で最も成功し ていると言われる日系スーパーマーケットであり,創業者 のルーツが愛媛県にあることが県との協働につながってい る。第 5 回と第 7 回の研修参加学生は同フェアに参加し,
商品の紹介,試食,愛媛のキャラクターである「みきゃん」
のぬいぐるみに入る等,販売活動の支援を行った。訪れた 地元の人々と活発にコミュニケーションをとることができ たこと,わずかではあるが愛媛の国際化に貢献できたこと は学生たちにとって貴重な経験となった。
フードバンクでのボランティア活動は新規のプログラム である。フードバンクとは,地元の NPO・NGO 団体が大 規模スーパーマーケットなどから品質には問題のない食料
品の寄付を受けて備蓄し,経済的に困窮している家庭にそ れらを無料で配布する取組である。日本でも同様の取組は 広がってきているが,参加学生には身近なものとなってい ない現実がある。寄付やボランティアなどを通して互いに 助け合おうとする姿勢や態度について,実際にボランティ ア活動をすることによって学ぶことが多かった。学生は生 鮮食料品を含む食品の仕分け,袋詰め,接客などの仕事を 半日間体験し,フードバンクの仕組みや運営,アメリカに 住む人々の多様性などについて学ぶことができた。
6)英語クラス
これまでの研修においても英会話の練習が設定されてい た回もあった。学生は一般的な内容について気持ちや自分 の考えなどを英語で話す練習などが行われていた。第 7 回 の研修においては,一般的な英会話の内容に加え,ダイ バーシティプログラムの内容について英語で予習や復習を 行うことができるよう,各半日で全 8 回の計画で実施し た。FIUTS のメンバーと英会話講師を交えて相談し,英 会話と研修プログラムの内容を統合した CLIL(内容言語 統合型学習)を実施した。例えば,Mariner High School や Chief Sealth International High School を訪問する前に は日米の高等学校を比較して相違点について学ぶようにし て学生の背景的知識や関係する語彙や表現が育成されるよ うに計画した。また,訪問後にはその相違点についてどう 考えるかということや,学校で体験したことと気付いたこ とを語らせるようにした。それにより,英語の学習面では 自然な文脈で学校の話題としてよく使われる語彙や表現を 学び,目的をもってコミュニケーションの練習をすること ができ,同時に,ダイバーシティの内容理解を促進するこ とができた。
7)ホームステイ,UW アンバサダー
学生が現地の言語や生活習慣や文化を学ぶ効果的な方法 としてホームステイがある。ホストファミリーも多様性に 富んでおり,プログラムの目的にも合致する。本研修にお いては第 4 回研修を除き,ホームステイを行っている。第 4 回においては,UWB 事務職員にとってホストファミリー の募集や割り当てなどの仕事が年々負担となっていったこ とから,先方の申し出により,ホテルでの宿泊とした。し かしながら,学生にとってはホームステイを行う方が,自 然と人間関係が豊かになり,多様性の理解と尊重という研 修の目標達成にも近づくので,第 5 回と 6 回の研修では先 述の Experience America がホームステイ先の確保を行っ た。第 7 回研修については FIUTS がその業務を担当した。
各ホストファミリーは過去にも留学生を受け入れたこと があり,学生との生活にも慣れている様子であった。少々 の言葉の壁があっても,あいまいさに耐え,学生とのコ ミュニケーションを図ろうとする受容性も高い。プログラ
ム内容への理解も深く,学生と研修中に学んだことについ て語り合おうとする積極的で協力的な態度で接してくれて いた。また,ホストファミリーは主たる研修場所である大 学まで,公共交通機関を利用して 40 分程度で到着できる 家庭を選定している。地元のバスや電車を使って通学する こともよい体験となる。シアトルは比較的治安が良く,バ ス・電車網が整備されており多くの市民が通勤・通学の手 段として利用しているため,学生にとってリスクは低いと 考えている。学生の会話にはホストファミリーとの会話の 断片が表れ,お互いに理解を深め,新鮮な経験をしている ことが伺われた。
ホームステイでの豊かな人間関係に加え,第 7 回研修で は愛媛大学の各学生に UW の学生がアンバサダーという 役割で関わることになった。従来はテスト時期と重なるた め,学生同士の交流はあっても深まりは見られなかった。
しかし,FIUTS は長年学生を通した国際理解活動を行っ ており,プログラムに協力してくれる学生を多く抱えてい る。そもそも国際理解活動に興味があったり,学生自身も アメリカへの留学生であったりで,愛媛大学の学生との交 流にも大変積極的であった。学生にとっては,お互いに年 齢が近いことが大きなメリットとなり,交流が深まるのに 時間はかからなかった。アンバサダーの学生はプログラム の一部に参加して一緒に学び,キャンパス近郊を散策し,
レクリエーションを楽しみ,休日にはダウンタウンに出か ける等,愛媛大学の学生と友人関係を築いた。帰国後もア ンバサダーとの関係は続いており,SNS でお互いの出来 事を報告し,アンバサダーであった学生が研修や留学で来 日の際には会いに行ったりしている。このような人間関係 を築けていることは学生にとっては大きな財産である。
4.学生のふりかえりと今後の課題
学生は渡航前に行動目標記録表(図 5)に,ダイバーシ ティ,ホームステイ,その他のテーマについて目標設定す る。目標は「…できる」の形式で,具体的な行動目標を設 定するようにした。その下部は,研修日ごとの記録表であ り,帰国の日まで記入し,最後に全体を振り返り,1(全 く達成できなかった)から 5(かなり達成できた)の 5 件 法で自己評価を行う構成である。図 5 はその一例であるが,
他の学生も紙面に大量に書き込んでおり,研修で学んだこ との多さや熱量を感じるものとなっている。例えば,第 7 回研修の記録表においては次のような記述がある。研修中 の出来事を友人との日々の出来事とつなげて考えることが できている。
ワークショップでは英語で何の話をしているのか分から ず,周りの人に迷惑をかけてしまい申し訳なかった。リア ルタイムで内容が分からないというのは,コミュニケー ションにおいて大きな障害となるのだと切実に感じた。難 聴の友人がいつも人と会話をしていて聞き返すのが申し訳 ない,大人数だと自分のせいで会話が止まってしまうのが つらい,何の話か分からず話を聞いているのはしんどいと 言っていたのを思い出した。私はそんなの聞き返してくれ たら嫌な顔せずに教えるのにと思っていたが,そういう問 題ではないということを,まさかここで実感することにな るとは思わなかった。(第 7 回研修参加学生の記録表より)
表 3 は第 7 回研修での自己評価をまとめたものである。
学生の自己評価は高く,それぞれの目標をおおむね達成で きていることが伺われる。今後も事前学習や事後学習,ア ンケート調査や面談を通じて学生のニーズを探り,うまく 研修プログラムに取り入れる努力を続け,学生の学びへの 期待感や満足感を高めることが課題である。参加者の多く は教育学部生であることを踏まえ,ダイバーシティと教育 という観点で学校訪問と第 7 回からは教育実習を行い,実 践的な学びの場を設けている。しかしながら,青少年期の LGBTQ 当事者は成人以上に深刻な問題を抱えている(は た・藤井・桂木,2016)ことが指摘されていることから,
児童生徒を支援する方法をさらに具体的に学ぶ機会を設定 する必要があるであろう。
図 5.行動目標記録表
表 3.研修における自己評価の結果
(N=8)
自己評価 1 2 3 4 5 テーマに関する目標 0 0 0 3 5 ホームステイの目標 0 0 0 2 6 その他の目標 0 0 0 5 3
また,現地での学習活動をスムーズかつ効果的に進める ためにも事前・事後学習の充実は欠かせない。参加学生と の時間調整の難しさもあるが,第 7 回研修では全 12 回の 事前学習と 2 回の事後学習の機会を設けた。ダイバーシ ティの学習やプレゼンテーションの準備を通して,学生の 目的意識が高まったと考えられた。今後さらに事前・事後 指導の充実を図り,研修終了後にもグローバル人材育成を 念頭に,学生がダイバーシティについての課題に対して主 体的に行動できるよう支援したい。
5.まとめ
本研修を通して,学生・引率教員が学んだことなどにつ いて整理したい。まず,アメリカ社会が内包する多様性に ついて理解を深め,肯定的評価を高めることができた。次 に,マイノリティに属する学生の支援として,安心できる 居場所の提供や交流を可能にする支援事業の開発,カウン セリング,ネットワークを通した情報交換と交流が有効で あることが分かった。また,シアトルのアジア系移民の歴 史に理解を深め,異文化の中で強く生きて行く姿勢を学ん だ。さらに,違いを排除するのではなく結集させることに より,多様な問題解決策が生まれ,新たな革新に発展させ ることができるという事例をボランティア活動などから学 んだ。それらに加えて,教育実践体験や俳句を中心とする 英語による日本文化紹介,宇和島屋での愛媛産品の紹介と 販売支援の活動により,多文化共生社会に求められる知識,
姿勢,コミュニケーション能力の資質とスキルを向上させ ることができた。
これらの実践の成果と反省を踏まえ,プログラム内容の 相互関連をさらに高め,外部との連携と協働を図り,参加 学生がダイバーシティへの理解を深め,より平和な社会を 創造する担い手になるためのスキルが身に付くよう,プロ グラムの内容の開発を継続していきたい。
※本研修は,JASSO 及び愛媛大学学生海外派遣(短期)
プログラムの支援を受け実施されている。
参考文献
日本国際理解教育学会(編著)(2010)『グローバル時代の国際 理解教育』明石書店
日本政府観光局(2018)「2017 年 訪日外客数(総数)」
https://www.jnto.go.jp/jpn/statistics/since2003_tourists.pdf
(2018 年 10 月 1 日閲覧)
はたちさこ・藤井ひろみ・桂木祥子(編著)(2016)『LGBT サポー トブック-学校・病院で必ず役立つ』保育社
法務省(2018)「在留外国人統計(旧登録外国人統計)統計表」
http://www.moj.go.jp/housei/toukei/toukei_ichiran_touroku.
html(2018 年 10 月 1 日閲覧)
ホーン川島瑤子(2018)『アメリカの社会変革-人種・移民・ジェ ンダー・LGBT』筑摩書房