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住まい方からみた商品化住宅の伝統回帰-20世紀後半の南京市を事例として- [ PDF

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Academic year: 2021

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(1)住まい方からみた商品化住宅の伝統回帰 ――20 世紀後半の南京市を事例として―― キーワード:住まい方、伝統居住、福祉型住宅、商品化住宅、伝統回帰 空間システム専攻 樹 軼 市の経済・実用住宅の建設指導グループと事務室を創立した。. 1.研究の背景・目的 中国政府は 1988 年に、国家福祉に基づく住宅分配制度から、. 1988 年から現在まで 15 年間で、南京市の住宅制度改革は五. 商品化住宅制度に変更することを決めて、煙台、上海などの諸. つの段階を経た。. 都市で試みた後、91 年から全国に広く行った。住宅供給は市場. 1.世論の準備段階(1988 年 4 月−1992 年 6 月). 化され、不動産産業による供給が中心になった。当時、住宅の. 2.改革の初歩段階(1992 年 7 月―1995 年 11 月). 不足は切実であったが、住宅の値段と比べて、国民の平均所得. 3.改革の深化段階(1995 年 12 月―1997 年 6 月). があまりにも低すぎたため、住宅の商品化は中国では成功しな. 4.革新の段階(1997 年 7 月―1998 年 11 月). いだろうと言われた。しかし、10 年を経た現在では、不動産産. 5.住宅保障の段階(1998 年 12 月―現在). 業は全国経済の柱になり、この 10 年間で中国の高度経済成長. 4.商品化住宅の誕生. にも重要な貢献を果たした。都市人の平均居住面積は 1990 年. 4−1.生活の変化. の 6.7 ㎡から 2001 年には 10.5 ㎡まで増えてきた。商品化住宅. 建国から今日に到るまで、国民生活は大きく変貌してきた。. は、現在のところ、一応の成功を収めているように見える。. ここではその変化のうち住生活に関係の深い、家庭電器製品の. 南京市でも、1988 年から現在までの 15 年間に、福祉型住宅. 普及、生活の洋風化、住要求の変化を中心に述べる。. から商品化住宅への転換が急速に進んだ。本稿ではまず、この. 建国初期から 70 年代中まで、国民の生活は非常な窮乏状態. 15 年間に、政府の住宅政策、人々の住要求、住まい方などがど. にあった。全国的に物資不足の状態であった。特に人々の生活. ういうふうに変化してきたかを明らかにする。次いで、中国に. がかかっている食料と日常生活用品は非常に不足した。住宅の. おける商品化住宅の歴史的意義を明らかにする。これが本研究. 建設も経済情勢の影響を受けていた。建国当初、全国の都市住. の目的である。. 宅の総面積は 2.52 億㎡であった。50 年代から 70 年代まで全国. 2.南京市の概要及び都市計画. の都市で建設された住宅は 14.5 億㎡であった。他方、全国の. 1919 年から 1949 年までの 30 年間に、南京市では、都市計画. 人口が 1949 年の 5.4 億人から 1977 年の 9.5 億人まで増えた。. が7回策定された。中華人民共和国が成立した後、1950 年から. 特に都市人口が 1949 年の 5765 万人から 1977 年の 16669 万人. 2000 年までの間に、都市総体計画が7回立案された。. まで 3 倍に増加したから、都市では一人当たりの居住面積は. これら諸案の中で、現状に最も大きな影響を与えた計画は、. 1949 年の 4.5 ㎡から 1978 年の 3.6 ㎡まで下がった。住宅危機. 1980 年の『南京市都市総体計画(1981−2000)』と 1992 年の『南. 問題を解決するために、国は住宅面積の厳しい標準をつくり、. 京市都市総体計画(1991−2010)』である。. 大量の中層集合住宅を建設した。. 3.南京市における商品化住宅に関する政策. 住宅の大量建設と同時に、新しい電気製品の代表として、テ. 本稿で取り上げる制度改革とは、1949 年の建国以後、計画経. レビ、冷蔵庫、洗濯機の生産が急増した。しかし、生産量の伸. 済制度の下で形成された福祉型住宅制度の改革である。. びは、人口増加に追いつかず、普及率はとても低かった。その. 南京市の住宅制度改革は 1988 年 4 月に始まる。南京市政府. 中で一番注目に値するのはテレビである(表1) 。テレビの普. がまず南京市の住宅制度改革指導グループと事務室を創立. 表1 全国都市部の耐久消費財の所有状況 (台/百世帯). 年代. し、1991 年 10 月にこれを常設機構として確定した。1992 年 3 月には南京市の住宅基金管理センターを創立した。次いで 1992 年 10 月に南京市の経済・実用住宅発展センターを創立し て、住宅制度改革指導グループと共に署名して業務を開始した。. カラーテレビ 洗濯機 冷蔵庫 1981 0.6 6 0.2 1988 44 73 28 1998 105 91 76 1999 111.57 91.44 77.74 2000 117 91 80. 及率から みると、 都市の中. では 1980 年テレ ビの普及率はま. その後、1995 年 11 月、これに加えて南京市の住環境改善プロ. だ 11.9%であったが、1988 年になると 51.47%になった。これ. ジェクト指導グループと事務室を創立し、2002 年 10 月に南京. 以後、テレビ、冷蔵庫、洗濯機などの家庭電器製品の普及率は. 52-1.

(2) ますます伸び、大型化、高級化する。カラーテレビやクーラー. 空間は客間、寝室、台所、トイレ、物置、バルコニーであり、. などは1 世帯で複数所有する世帯や大型のものへ買い替える世. 補助空間はダイニングルーム、書斎、トレーニングルーム、遊. 帯が多くなってきた。1998 年にはカラーテレビの普及率がほぼ. 戯室である。各部屋の使用面積1)も決められた(表2) 。南京. 100%となり、乗用車の普及も目立つ。データによれば、乗用. 市は『江蘇省住宅設計標準』 (新)を使っている。新規範は前. 車が家庭に入るのは早くなり、購入するつもりがある人もどん. のより、使用面積を増やすと共に、客間を付加した。つまり客. どん増えてきた(図1) 。乗用車の増加は、消費者が南京市近. 間はこの期間に出て来たものと考えられる。. 郊の住宅を多く需要したことと関連すると考えられる。大型家. 5.住まい方. 庭電器製品が普及すると、住宅面積や住宅平面の形式がそれに. 5−1.四合院、蘇州住宅. 適応しなければならない。その傾向は 80 年代後半に特に著し. 中国では古くから多様な住宅建物の類型があり、よく知られ. い。80 年代後半から 2002 年にかけて、経済性成長に恵まれて、. ている伝統的な住宅は華北地区の北京四合院、江南地区の蘇州. 社会全体としては高級化が続いている。また住宅への要求も量. 住宅である。本論では、南京市現代の住宅と比較するため、蘇. から質へと変化してくる。. 州住宅を取り上げる。. 図1 2002、2003 年南京市自家用車の所有率( 『南京市統計年鑑』による). 経済的余 2003年 7.066.66. 49.60. 2002年 6.259.80 0%. 36.68. 38.08 20%. 裕が出てき. 45.87. 40%. 60%. 80%. 持つ 持ってないが、今年で購入する 持ってないが、未来の3年間で購入する 持ってないが、購入するつもりがない. た結果、生活 100%. の洋風化が 進行した。テ レビ番組を 通じて様々. な情報が一般大衆に与えられた。異文化の影響を受けた人々は 中国の生活に比較して、欧米の生活の豊かさに憧れ、外国人の ような豊かな生活環境で住むことを夢みるようになってきた。 経済高度成長期を迎えて生活の洋風化が進み、ソファー、電気. 図2 蘇州住宅の実例. 製品、ガス器具などの洋風家具の導入が進んでいった。洋風家. 中国の伝統的な住宅建築には、遅くても唐代までに、建築の. 具が増加すると住宅面積を増やし、平面構成を合理化する要求. 配置・形式・色彩・装飾などに対して等級が成立し、明代には. が生じた。夢を実現するために、人々は住まいに対して新しい. 厳格な等級制度が確立される。主屋の間口、中国でいうと柱間. 住要求を提出し始めた。. の数は、一般に三間を超えることが許されていなかった。等級. しかし、その時点において住宅は生活要求の変化にほとんど. 制度にしたがって、平面の多くは、三間の主屋の両脇に、一間. 対応していなかった。そこで政府は、国家がすべての住宅を建. ずつの耳房を付ける構成が取られた。その耳房の前方に、主屋. 設する政策を改め、国民の生活を根本的に改善することを目指. 前の回廊とつながって、脇部屋の廂房が東西につくられる。ほ. して、商品化住宅を発足させた。. ぼ正方形の中庭と正房と呼ばれる主屋、廂房と呼ばれる前方左 右の脇部屋からなる三棟が、中庭に面. 表2 各部屋の使用面積 ( 『江蘇省住宅設計標準』 (新)による). 4−2.住宅の構成 1999 年 6 月から 実行された『住宅建.   基. 築設計規範』 (新).   本. では、住宅の最低使.   空. 用面積に基づいて、.   間. 住宅は四つの種類 に分けられた。2000 年5 月1 日から実行 された『江蘇省住宅 設計標準』 (新)に よれば、住宅の基本.   補   助   空   間   . 空間名称 種類 使用面積 主寝室 各種類で 14 二人の寝室 適用できる 10 一人の寝室 6 第1種 12 客間 第2種 15 第3、4種 18 台所 第1、2種 5 第3、4種、 6 第1種 4 トイレ 第2、3種 5 第4種 8 貯蔵室 第1、2種 1.5 第3、4種 2 バルコニー 第1、2種 5 第3、4種 8 ダイニング 第3種 7 第4種 10 書斎 第3、4種 7 トレーニング 第3、4種 6 ルーム 遊戯室 第3、4種 6. して「コ」の字形に配置され、これを 住宅の基本のユニットとし、一本の明 快な中心軸上に重層的に連ねて、住宅 全体が構成されるのである。その奥行 きを「進」という量詞で表す。外部と の連絡が道沿いに設けられた大門一 つに限られ、人の出入りがきわめて限 定される。 中心軸上の通路は主人だけのもの であって、家族は使うことができなか った。そこで、使用人のみならず、む やみに他人と顔を合わすことができ 図3 基本ユニット. 52-2.

(3) ない女性のためのものとして、住宅の側面に沿って奥へ通じる. な住宅分配方式、行政補助型住宅管理体制より構成されていた。. 通路が別に計画された。二門である中心軸上の通路が冠婚葬祭. 中国の公的住宅供給システムは日本と異なり、所得に応じて社. など儀礼的なものであるとすれば、この通路はサービス性、日. 会から公募することなく、需要者の所属機関・会社から住宅を. 常性を帯びたものである。つまりに各ユニットの様々な活動を. 無償で分配するのが一般的である。住宅の分配方式は二つある。. 邪魔することなく連絡するには、縦方向の別の通路が必要だっ. 一つは所属機関・会社からの分配であり、もう一つは再開発に. たのである。この種の通路は、江南をはじめ、中国の南方でと. よる立ち退き世. りわけ有名である。江南では「避けて通る路地」という意味か. 帯への分配であ. ら、<避弄>という特別な名で呼ばれ、住宅なら必ず設けられ. る。 提示した図面. ている。. (図4)をみると、. 中国の伝統的な居住は、住宅前面のパブリックな空間から、 奥へ進むごとにプライベートな空間へと入っていく。一本の中. 客間はどこにあ. 心軸に沿って、内部を機能ごとに分割しながら、一方で回廊や. るかはっきり分. 通路によってそれぞれの棟やユニットを有機的に結び、住宅全. からない。福祉型. 体が構成される。 「二門」の外は、住宅に関係する者なら誰で. 住宅には独立し. も自由に出入りできるパブリックな空間となり、 「二門」の奥. た客間は付いて. は、主人に許されたものしか入ることができない。使用人、主. なかった。基本的. 人、客の空間をそれぞれ分け、公私の境界を明確に区別してい. に通路としてあ. る。正房の中央の広間である「堂」は、客間、食事の場として. るいは玄関とし. 利用され、左右の部屋は寝室となる。女性の場は最も後方に設. 図4 福祉型住宅. て使われる「方 庁」が、住戸の. けられる。規模の大きな住宅では、これは「庁房」と呼ばれ、 主人の居室や書斎、接客、さらには冠婚葬祭の場として利用さ. 入口に近い位置に 5−6 ㎡取られるのみで、周りには各部屋へ. れた。 「庁房」の奥は、主人と家族の日常生活の空間であるの. のドアがあるので、多くの場合住戸に入ったり、他室に行った. で、家族以外の人は出入りすることができず、まったくのプラ. りする通行空間となった。前述の面積では庁として使用するこ. イベートな空間である。通路の面でも、中心軸上の通路は冠婚. とができなくなり、直接通風・採光ができない場合が多数を占. 葬祭など儀礼的なもの、住宅の側面に沿って奥へ通じる通路は. めていた。主な用途は、靴棚、自転車、洗濯機、食卓、椅子な. サービス性・日常性なもの、縦方向の各ユニットの活動を邪魔. どを置く場所になる。食事・団らん・接客の活動は寝室に移っ. しない別の通路と分けている。つまり家族用とお客用、公的空. てしまう。寝室の中で食事・接客・団らんするのはごく一般的. 間と私的空間をきちんと分割していたという特徴は中国伝統. だった。食事するのは 9.8%、接客するのは 25.4%、団らんす. 的な住まい方と考えられる。. るのは 33.8%であり、合計で 69%を占めていた2)。. 5−2.福祉型住宅. 5−3.商品化住宅. 中国の伝統的な住宅では、 「庁」 、 「堂」 、 「庁房」などの空間. 商品化住宅は、住宅を商品として市場流通によって供給され. があった。しかし、1949 年の中国解放後に建設された都市の. るものである。商品は売るために作られたものなので、消費者. 集合住宅では、ソ連の影響を受けて、庁の付く空間が一切排除. の要求に対応しなければならなく、消費者は初めて自分の好き. された。さらに、1949 年の解放後の土地改革の結果、都市に. なタイプが選択. 大量の人々が流入して、都市住宅の不足は著しかった。1950. できるようにな. 年代後期から 1970 年代後期にかけての文化大革命などの影響. ってきた。封建社. によって、住宅供給は大きく停滞した。1976 年の文化大革命. 会の厳格な住宅. 終了後から、住宅の供給は急激に増加しているが、民間では、. 等級制度と福祉. 依然として、高密度の狭苦しい空間で生活していた。その時点. 型住宅分配制度. の特殊な社会状況として、どの住宅も血縁関係のない複数の家. に存在した様々. 族によって分割利用され、住環境が悪化した例が多い。こうい. の限定が全くな. う状況で、 「庁」で接客、儀式を行うなど、公私の境界を明確. くなり、個人と家. に区別する意識は、人々から全く失われ、住める所があればよ. 族の嗜好だけで. いという最低の要求だけが残った。. 図5 「陽光嘉園」116.28 ㎡. 中国の福祉型住宅制度は基本的に住宅の公的所有制、福祉的. 決められること になった。. 52-3.

(4) 調査3)によれば、消費者が住宅平面タイプを選択するとき、. があり、普通の家庭は「院子」を持つことが不可能という現状. 「客間の実用性と合理性」が最も重要だと考えているのは. である。ところが、商品化住宅の一種である富裕層向けの別荘. 61.80%を占め、 「主寝室の実用性と合理性」が最も重要だと考. は居住面積が広い上に、院子を持つことが普通である。やはり、. えているのは 21.35%を占める。消費者は、客間と寝室の実用. 経済的な余裕が出てきた結果、住まい方の伝統回帰が見られる. 性と合理性を住宅平面タイプの選択に最も重要な要素だと考. ようになったのだろう。. えている。. 6.まとめ. 提示した図面(図5)をみると、客間とダイニングが一体に. 福祉型住宅制度は、建国初期の新中国で経済が発達せず、人. なって、日本でのLDに対応する。向きが良い方向は主寝室と. 口が多く、長年の内外戦争で住宅を失い、数多くのホームレス. 客間となり、北向きは子供部屋、トイレ、台所、仕事部屋など. を抱えた特殊な歴史条件の下で、一定の大きな役割を果たした。. となる。客間にはソファーセット、大型カラーテレビ、カーペ. しかし、商品化住宅が提供され始めると、消費者が個人の要求. ットなど専用の家具だけが置かれている。. に応じて、自分の好きなタイプの住まい方が選択できるように. 5−4.住まい方の伝統回帰. なってきた。その結果、公的空間と私的空間を分け、個人のプ. 本稿で指摘する伝統回帰は伝統復原とは異なる。トイレ、シ. ライバシーを確保し、客間は住居の質を示す空間、大切しなけ. ャワー、電気などがない家にはだれも住みたくない。中国では. ればならない空間という、住まい方にする志向が認められるよ. 一人子の計画出産という政策を実行してから、主な家庭は三人. うになってきた。筆者はこれを「伝統回帰」の一端と捉えたの. 家族である。男女平等になり、家事のための使用人がいなくな. である。. って、 「避弄」を設置する必要も無くなるため、住居の規模は. 都市商品化住宅のなかで、貧困層向けの経済適用住宅4)と富. 前より小さくなった。外国からの影響も著しい。洋風家具、電. 裕層向けの別荘の住まい方、及び農村住宅の住まい方からみた. 気製品だけではなく、生活習慣も変わった。例えば、家に入っ. 伝統回帰については今後の研究課題である。. たら靴を脱ぐ習慣は、昔の中国人にはなかったが、現在はほと んどの家庭の玄関に、靴を脱ぎ、ジャケットを脱ぐ場所が設け. 注:. られた。このような明らかな変化が認められるにもかかわらず、. 1) 住宅の使用面積は、住宅の各階の中で居住している世帯が日常生活に. 筆者はなぜ住まい方の伝統回帰を論じようとするのか。. 使用できる純面積を指す。. 昔の客間いわゆる「庁」は、主人の身分や家の地位、財産な. 2) 参考文献⑥による。. どを表すものであった。この空間は結婚や葬儀のような儀礼の. 3) 南京市不動産交易市場が行った「商品化住宅への要求」調査による。. 場として使われ、家の地位、財産にふさわしいようにできるだ. 4) 経済適用住宅は「国家経済適用住宅計画」によって手配、建設された. けお金と手間をかけて作られてきたものである。封建的な社会. 住宅であり、多くの中・低収入の家庭に向けて手配する住宅である。. で、家の制度と格式を重視する風習と家の生活に伴う多人数の. 国家は統一の計画を下達し、用地は一般的に行政の代替地提供で賄い、. 接客を必要としたため、立派な客間は大切な空間として認識さ. 土地譲渡料は免除し、各種の許可に対する料金は半分だけ徴収し、販. れていた。また、儒教の教えに従って、男女、長幼の区別にし. 売価格は政府の指導価格に従い、資本金を保証して利益最小の原則に. たがい、向きの善し悪しで空間が分けられる。子供でも個室を. よって確定する。. 与える。目上の人が南向きの部屋に住むことは当たり前である。 つまり、公的空間と私的空間を分けよう、個人のプライバシー. 参考文献. を確保しようという意識は古くから、中国人の頭にずっとあっ. ①『2000 南京房地産市場需求研究報告』 2000 年 南京市房地産交易市場. たと考えられる。. ②『2001 南京房地産市場需求研究報告』 2001 年 南京市房地産交易市場. 現在でも、このような身分や家柄などの考えはある。福祉型. ③『2002 南京房地産市場需求研究報告』 2002 年 南京市房地産交易市場. 住宅に住む限り、人々の意識、要求は無視された。商品化住宅. ④『2003 南京房地産市場需求研究報告』 2003 年 南京市房地産交易市場. になると、自分が自分のお金で、自分の好きなタイプが選択で. ⑤『中国建築史』 中国建築工業出版社 1996 年. きることによって、上述の伝統的な住まい方の意識が戻ってき. ⑥『蘇州旧住宅参考図案』 同済大学建築工程系建築研究室 1958 年. た。現在、公的空間と私的空間を分け、個人のプライバシーを. ⑦『住まいを読む』 鈴木成文 建築資料研究社 1999 年. 確保し、客間は住居の質を示す空間、大切しなければならない. ⑧『住まいを語る』 鈴木成文 建築資料研究社 2002 年. 空間と考える人は大勢いる。. ⑨『居住模式与跨世紀住宅設計』 趙冠謙、林建平 中国建築工業出版社 1995 年. 伝統住宅の中で「院子」 (いわゆる中庭)を持つことは、も う一つの特徴である。しかし、現在の都市では、居住密度が高. ⑩「庁型住宅の発展過程と庁の役割―中国の都市住宅に関する研究」 友清. い、地価が高い、政府の都市計画に従うなど、いろいろな制限. 貴和 『日本建築学会計画系論文集』第 458 号 53−61 1994 年. 52-4.

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