幼児教育の改革に関する二︑三の問題
−中教審答申をめぐってー
森 重 敏
幼年期の教育については︑従来︑学校教育﹈般の問題︑とくに初等教育の問題としても︑また︑幼児集団施設保育つ
まり幼稚園や保育所の保育の問題としても︑幼児教育研究団体や識者の間で改革の必要性が唱えられ︑問題点や解決策
もいくつか提案されてきた︒
すなわち︑﹁日本保育学会﹂をはじめ︑幼稚園や保育所の幼児保育に関する大小多くの研究機関や協議会ないし研究
サークルの間で︑中央・地方を問わず︑長い間にわたって︑幼児保育の改革に関する諸問題が研究討議されてきた︒そ
して︑保育制度の改革に関する問題などの重要問題については︑文部・厚生両当局にたいする陳情書や意見具申の形で︑
保育の改革を目ざしての真摯な努力がつづけられてきたのである︒たとえば︑幼稚園教員養成制度に関する陳情書が
﹁日本保育学会﹂より関係当局へ提出されたのが︑昭和三十三年であり︑保母資格の確立・保母養成施設設置基準の確
立・保母の給与改善を内容とする要望書が︑﹁全国保母養成施設連絡協議会﹂より関係当局へ提出されたのが︑三十五
年であった︒その他︑﹁日本私立幼稚園連合会﹂をはじめとする各種の保育研究団体にょる保育改革に関する有意義な 1 15 意見や要望が関係当局へ向けて開陳され︑今日におよんでいる︒
こうした保育界の熱意に動かされた文部省や厚生省も︑そうした要望にこたえるかのように︑保育行政の一環として︑ 52 種々の保育制度改善策や保育振興策が︑いちおう示された︒文部省が三十一年に﹃幼稚園教育要領﹄を刊行したり︑三 −
十八年に﹁幼稚園教育振興七か年計画﹂を策定したり︑また三十九年︑新たに﹃幼稚園教育要領﹄を告示したり︑他方︑
厚生省が四十年に﹃保育所保育指針﹄を通達したり︑四十一年に﹁保育所緊急整備五か年計画﹂を発表したことなどは︑
そのおもな例であろう︒また︑三十八年に﹁幼稚園と保育所との関係について﹂出された文部省・厚生省共同通達も︑
とかく保育所管上のなわ張り争いで批判を浴びてきた両者にとっては︑珍しい事柄と見て︑上記の主要事項のなかに入
れてよいであろう︒
このように︑保育関係当局として払われた各般の保育改善への努力に対しては︑われわれ幼児教育にかかわりをもつ
一人として︑敬意を表わすにやぶさかでない︒しかし︑そうした努力にもかかわらず︑保育問題は部分的な改変に終始
するものが多く︑根本的解決を見るにいたっていない現在の状況については︑同時にわれわれは︑不満と不安の念を一
掃することもできないでいるものである︒
こうした︑いわば保育界における危機感ないし焦躁感をいっそうあおり立てたものは︑先年来︑中央教育審議会が自 ユ ら﹁第三の教育改革﹂と称する﹁今後における学校教育の総合的な拡充整備のための基本的施策について﹂文部大臣に
答申した︑いわゆる﹃中教審答申﹄の内容と保育界に与えた影響である︒
この﹃中教審答申﹄をめぐる論議は︑最近︑各種の教育誌上をにぎわしている中心的な話題の一つとなっているよう
であるが︑単に今日的な話題としてでなく︑今後︑わが国の幼児教育の方向を左右するであろう重大な課題として︑冷
静に受け止め︑シャープな批判の眼を向けながら︑保育の現況との関係を考えるとともに︑保育の将来を展望してみる
ことが必要と思われる︒
そこで︑中教審答申をめぐって︑わが国における幼児教育の改革に関する二︑三の基本的な問題について考察してみ
たい︒すなわち︑まず︑ω 中教審と幼児教育について概観するとともに︑② 教育の機会均等と就学前教育︑③ 早
熟化に対応する就学始期の問題︑および︑④ 早期教育による才能開発の可能性の問題について検討を試みてみよう︒
1 ﹃中教審答申﹄と幼児教育
元来︑この﹁中教審﹂の答申は︑直接的には︑昭和四十二年七月に︑前記の問題について文部大臣から諮問を受けた
﹃中教審﹄が︑これまでのわが国の教育発展の分析評価と今後の課題について検討した結果を︑四十四年六月に中間報
告として提出したことに始まる︒すなわち︑同審議会の第二十五特別委員会が︑同年七月以来︑この中間報告で指摘さ
れた問題点を基礎に﹁初等・中等教育の改革に関する基本構想﹂を検討し︑その結果を試案の形で発表したのが︑四十
五年五月二十八日であるが︑広く一般の批判を待つという︑形式的な公聴会などの機会を短期間に設けたのち︑同年十
三 この中教審答申の成立には︑先述した保育界における改革への要望にこたえるということと︑従来︑高等教育の改善 燗 一月五日に成案した中間答申がなされ︑翌四十六年六月十一日に︑本答申が提出されたものである︒ 題
に の問題のみた関心が厚く︑幼児期の教育問題についてはきわめて薄い関心しか示さなかったことの反省のあらわれとい
関 うことにおいて︑意味づけをすることもできるが︑何よりも︑これまで︑政府が標榜してきた﹁人つくり﹂政策や︑ す
縛劔待される人間像L確立の政策に妄られた天的能力開発政策Lが高度経済成長下の薫界で実施されたことと︑ に
静 それに見合う教育の改革論を唱えた日経連など経済界の強い要望が強力な圧力となっていたこと︑そしてまた︑情報化
蟻社会には空えたハイタレント政策からのヒズー︑人間疎外などを生み出したことから天間回復Lへの改善の必要と3 幼いった・ヒズミ是正のための警策の必要に迫られていたこと・等々・多くの社会的な現実問題が・答申成立過程の背巧
後にあったことを︑見落してはならない︒ 54 さらに︑この間にあって︑﹁わが国の教育水準﹂と題した﹃教育白書﹄も︑四十五年十一月十日に公表され︑十月ニ ー
十九日には︑フォール元フランス首相を団長とするOECD︵経済協力開発機構︶の教育専門家調査団が日本政府に対
して送付︵内示︶してきた﹁日本の教育政策に関する調査報告書﹂も公にされている︒そして︑四十六年に入り︑前述
のように︑中教審本報告の公表を見るに至った︒
他方︑保育所の保育のあり方について︑かねて厚生大臣より諮問を受けていた﹁中央児童福祉審議会保育対策特別部
会﹂は︑とくに中教審の中間報告が保育界に少なからぬ衝撃を与えた点を重視し︑﹁︿保育﹀と︿教育﹀はどうあるべき
か﹂についての審議を重ね︑その結果の中間報告を︑同四十六年六月十日に公表した︒
この中児審の報告が︑中教審のそれと時を同じくして公にされたことは︑決して偶然なことではない︒その報告の前
文に明記されていることからわかるように︑中教審答申をはっきりと意識し︑この中教審構想が保育所保育に対しても
つ矛盾性や問題点を指摘したうえ︑ω 福祉と教育との関連において幼児教育をいかに考えるべきか︑② 保育所で幼
児教育をどう受けとめるべきか︑③ 保育所と幼稚園の関係をどのようにすることが望ましいか︑という三つの基本問
題について︑考えを明確にしたものである︒そして︑結論的に︑教育・保育施設の多様化︑保育施設の規模と配置の適
正化︑保育者の待遇の向上︑研修の強化︑資格要件の確立などについて可及的速やかに現行制度の改善が行われること
が強く要望された︒
このようにして︑一つの審議会が他の審議会の答申について批判的な考察をしたことは珍らしいことであるとされて
いるが︑われわれは︑こうしたことの珍らしさよりも︑むしろ︑多くの教育者や識者の批判の的となっている﹃中教審
答申﹄の問題性そのものに注目しなければならない︒逆にいえば︑そうした批判が珍らしいとされるほど︑中教審答申
には多くの問題をはらんでいる︑ということであろう︒
もっとも︑その前年︵五月︶の中間報告において初等・中等教育の問題が︑きわめて広範な国民的関心のまととなっ
ていることから︑けっして教育関係者だけで論ずべき課題でなく︑国民一般の批判検討にまつべきものであるとして︑
各方面からの建設的な意見が寄せられることを期待するものであることが︑謳われていた︒このことは︑当然のことな
ながら︑もっともなことであったと思われる︒
しかし︑このように各方面の意見を期待するつもりでありながら︑保育界や国民一般に対して︑じゅうぶんに批判検
討する機会が与えられたであろうか︒たしかに︑四十五年︵五月︶第一次の中間報告が発表された段階で︑全国わずか
二︑三か所において公聴会が開かれはしたが︑﹁国民一般の批判検討にまつ﹂には︑あまりにも形式的なものだったと
いわざるを得ない︒たとえば︑その公聴会として︑西部地区の会場とされた広島会場は︑当日︑早くからあいにくの台
風に見舞われ︑公聴会は中止となって懇談会に切りかえられたものであるが︑参加途中の列車で足止めを食わされた筆
間 者は︑その懇談会さえも出席できず︑その後︑公聴会は開かれなかった︒しかも︑公聴会出席者には︑数の上で制約が 題
三 あった︒
の仁 これでは︑幼年教育の問題について︑国民一般の批判検討をじゅうぶんに得ることは不可能であろう︒一般国民が批
齢 判検討するには︑好都合な多くの機会と︑じゅうぶんな時間が必要だからである︒
革 それでも︑ある種の教育研究団体や保育研究団体からは︑﹃中教審答申﹄に対して︑あるいは直接的に︑あるいは間 に
静接的に︑有意義な批判的見解が開陳されたものである︒ 改
撒 しかし︑そうした団体の見解といっても︑すべて全会員の討議をつくしてまとめられたものであろうか︒学会などの 5 幼ように・大きい研究団体となると・総会などの全会の集会は・年一回開催されるのが多いからである︒とすれば︑委員−
や役員の間で︑臨時的に討議され︑見解がまとめられる︑という方法がとられるかも知れない︒ 託 こうした事情から︑一般の保育者である親はもちろん︑保母・幼稚園教師︑そしてその他の保育関係者のなかにも︑ −
幼児教育の将来にとってきわめて重要な意味をもつ中教審答申について︑じゅうぶんな問題意識をもてないでいるもの
が︑少なくなかったと思われるのである︒
したがって︑われわれは︑今や︑国民のひとりとして︑また︑保育研究者のひとりとして︑中教審答申をはじめ︑教
育改革に関する諸構想︑諸見解に対して︑課題意識を深め︑鋭い批判眼をもって︑対処して行かなければならないと思
われる︒二十一世紀に生きる幼児の教育と幸福を望む保育者であれば︑皆の関心の中心である幼年教育の問題について
きわめて重要な提案を含んでいる国民的な教育改革問題に対し︑深い関心を寄せずにはおれない︑と考えられるからで
ある︒ このように︑就学前教育をめぐる問題が︑今日︑学制改革全般の動向のなかでクローズアップされてきた︒すなわち︑
現在︑幼年教育の問題は︑後期中等教育や高等教育をめぐる問題と並んで︑学制改革準備構想の重要な一環として位置
づけられるようになったといえる︒このことは︑わが国の教育の歴史︑とくに保育史の上でエポヅクメーキングなこと
で︑前述のように︑今後の幼年教育のありかたに与える意義や影響はきわめて重大といわなければならない︒
そこで︑こうした教育改革に関する現況を背景に︑幼年教育について検討すべき重要問題を︑次に二︑三提起し︑そ
れについての私見をいささか述べてみたい︒
皿 教育の機会均等と就学前教育
いうまでもなく︑すべての国民に対して均等な教育を与えることは︑近代教育の基本理念である︒すなわち︑﹁すべ
ての国民は︑その能力に応ずる教育を与えられなければならないものである﹂とする機会均等の理念が︑﹃日本国憲法
第二十六条﹄と﹃教育基本法 第三条﹄にはっきり規定されているわけであるが︑今日の教育︑幼児教育の現実はどう
であろうか︒毎年入試地獄の様相がくり返されている大学の教育︑つまり高等教育における場合と同様に︑幼稚園や保
育所などの施設保育に対する機会均等が不徹底であり︑子どもの能力や個性以外の要因︑たとえば家庭の社会的条件や
地域の文化的経済的条件などによって︑教育機会が大きく規制されている現実は︑保育の現代化という点から︑改革上
重要な問題であると思われる︒
具体的には︑施設数や就園率などで地域差がいちじるしいほか︑親の職業や所得水準や学歴などの社会階層的条件に
よっても︑教育の機会が左右されている実情にある︒この点に関しては︑さきの中教審答申に付属資料として付された
﹁わが国の教育発展の分析と今後の検討課題﹂が指摘しているところである︒すなわち︑﹁幼稚園と保育所のそれぞれの
普及状況には地域によって大きな差異があるが︑それは︑両施設の機能の違いによって生じたものではない︒また︑人
訥的藁弘ぷ﹂・こうして・公立の占める割合が撒により曇るため・家庭の経済的負担にも大きな藁が生じてい 間 口規模が小さく財政力の弱い町村ほど幼稚園の普及が遅れており︑公立幼稚園と私立幼稚園の割合には︑かなりの地域 題
仁る・ 馳実際に・戦前に比べて・幼稚園や保育所の数は増え・就園率も高くなったが・保育料の高い私立が幼稚園では三分の
幼 そこで︑必要なことは︑保育所も︑幼稚園も︑地域社会の実情と家庭の要求にこたえることができるように︑その設 − 蟻ことになるのである︒ 7 旬 児の保育所は圧倒的に少ない︒そのため︑やむなく︑無認可の保育所が母親たちの共同でつくられ︑運営されるという 改 革 二を占めているし︑公立の保育所もいくらか増設されたとはいえ︑必要数にはまだほど遠く︑零歳から預けられる低年 に
置数を増やすとともに︑施設・設備の面においても︑質的に差異のないように整備充実することである︒ 58 とくに︑三歳以上の幼児教育は︑保育所・幼稚園ともに︑同一水準の内容であることを基本原則とし︑したがって︑ −
保育を担当する保母と幼稚園教諭の資質も保育者として同一水準でなければならず︑また︑保育者養成カリキュラムに
おいても︑基本的に同一水準を保つべきである︒さらに︑保育者養成についていえば︑保育所保母と保育所以外の児童
福祉施設の保母とが同一カリキュラムで養成できるようになっている現行制度を改め︑両者の職務間にみられるいちじ
るしい職能的差異に注目して両者のカリキュラムを分離し︑その専門性と職能的適性を高めることが必要であろう︒
また︑従来︑とかく幼稚園教諭に比べて︑保母の社会的地位が低いものと見なされがちであったが︑そうした偏見を
是正する上でも︑保母の待遇改善は急務である︒
いずれにしても︑このような保育改革は︑部分的な改変で一時を糊塗するようなものにおわってはならない︒人間形
成を目ざす幼児教育を適切に進めて行くため︑保育所の最低基準の抜本的な改訂を試みることによって︑現行制度を根
本的に改革する必要があろう︒
元来︑幼稚園は三歳以上の幼児を保育し︑保育所は乳児から学齢までの幼児を保育することが建て前になっているが︑
三歳以上の幼児に関するかぎり︑同じ幼児が異なる施設で保育されているありさまである︒また︑従来︑幼稚園は中階
級以上の幼児を︑保育所は託児所といわれたころから貧困階級の幼児を︑それぞれ保育していると考えられていたもの
であるが︑現在では︑すっかり事情がかわり︑両施設の間には︑あまり本質的な差違が見られない︒ただ︑保育所は︑
﹃児童福祉法﹄によって﹁保育に欠ける乳幼児を保育する﹂点で幼稚園と違うだけであり︑具体的には︑幼稚園より長
期間︑子どもの世話をするという違いに過ぎない︒つまり︑家庭の事情︑成人の都合によって︑どちらの施設に入園さ
せるかがきめられているのであって︑子どもの能力その他を考えての幼児の立場から︑入所させられているのではない︒
・それにもかかわらず︑先述のように︑幼稚園と保育所との保育内容や設備や保育者の条件が︑施設により︑地域によ
って異なるとすれば︑同じわれわれの幼児に対して差別教育をしていることになる︒これは︑前述のように幼児の基本
的人権と教育の機会均等の観点から︑明らかに不合理であり不法であるといわなければならない︒このような考え方か
ら︑幼稚園と保育所とを教育的に一本に統一すべきであるとする︑いわゆる幼保一元論が起こっているのである︒
この﹁幼保一元論﹂は︑最近突然に起こったものでなく︑わが国の保育界において︑かなり早くから︑城戸幡太郎先
生をはじめ多くの幼児教育学者や保育研究者により︑その後多くの保育関係者によって叫ばれてきたものであり︑今日
では︑常識的にも︑よく言われる用語となるまでに至っている︒
しかし︑幼稚園と保育所との機能をどのように一元化するかについては︑必ずしも保育界の意見が一致しているわけ
ではない︒それは︑幼保一元化を徹底すると幼稚園教育の義務制という考えに到達するのであるが︑その場合︑幼稚園
だけでも︑公・私立その他いろいろな立場から︑いろいろな事情や条件が考慮されるからである︒そこで︑建て前の異
三 したがって︑現実的な対策としては︑前述のように︑幼稚園・保育所とも︑等質的なレベルにおいて︑できるだけ普 剛る保育所との関係を早急に二兀化するという︑﹂とは︑制度的に容易な.﹂とではないだろう︒ 題
仁及拡充させ・その発展過程のうちで教育的な二兀化を期することが喫緊事ではないだろうか︒このことは︑文部︑厚生
関 両省における現行法規の枠内でも相当程度実行できることである︒ す
蝉この・︑とに関しては︑前述のように昭和三+八年+月︑文部省初等中等響局長と厚生省児童局長との連名で︑﹁幼 に
旬 稚園と保育所との関係について﹂通達がだされ︑保育所の幼稚園年齢の幼児に対して︑﹁保育所のもつ機能のうち︑教
臓育に関するものは︑幼稚園誓要領に準ずることが望芒いこと﹂が明らかにされている︒そして︑この場合の﹁準ず9 ら 幼る﹂とは・一部に誤蟹れているような・三段低いL副次的な意味ではなく︑﹁準拠﹂すなわち︑﹁よりどころにし︑−
したがう﹂という意味である筈である︒すなわち︑保育所における幼稚園年齢児の保育内容は﹃幼稚園教育要領﹄にし む たがうことが明確にされ︑その精神をふまえて﹃保育所保育指針﹄も作られたものと考えられるのである︒ 16
ただ︑この共同通知が出された当時に比べて︑今日では︑幼稚園︑保育所の増設整備に対する社会的要請が増大の傾
向にあり︑さらに︑前述のように︑幼児教育の重視という時代的要請をも考えるとき︑この教育的一元化は︑さらに前
進されなければならないと思われる︒それは︑文部・厚生両当局の緊密な連携によって可能となるわけで︑われわれは︑
幼児のしあわせのため︑そして健全発達のために︑両行政の密関した結びつきを望むものである︒
皿 ﹁早熟化﹂に対応する就学始期の問題
幼年教育の改革問題に関連して︑中教審答申で︑﹁人間の発達過程に応じた学校体系の開発﹂が論じられている︒児
童の発達からみて︑現行の学校体系のくぎりかたには︑たしかに問題はあるが︑しかし︑中教審のいわゆる先導的試行
としての基本構想には︑﹁先導的試行﹂という概念に問題があるばかりでなく︑その発想自体に問題がないであろうか︒
中教審の説明によると︑現在の幼稚園と小学校の教育の連続性に問題があるほか︑幼児期のいわゆる﹁早熟化﹂に対
応する就学の始期の再検討︑早期教育による才能開発の可能性の検討といった観点から︑﹁四︑五歳児から小学校の低
学年の児童までを同じ教育機関で一貫した教育を行なうこと﹂というねらいをもった先導的試行として︑四歳〜七歳児
を対象にした﹁幼年学校﹂を︑昭和四十九年から実施する構想を発表したものである︒
この場合︑何をもって﹁早熟﹂というのであろうか︒たしかに︑最近の子どもは世界共通の現象として﹁発達加速現
象﹂①6︒oδ﹃巴﹂︒づが見られ︑身体的発達の面はきわめて顕著であるが︑精神発達の面は︑それにつり合った発達をし
ているとはいえない︒
ヨ たとえば︑最近発表された﹁日本保育学会﹂による﹁日本の幼児の精神発達﹂に関する全国的な調査結果によると︑
運動的発達︑知的発達︑社会的発達︑情緒的発達などについて︑今日の幼児が︑十五年以前の子どもより発達が進んで
はいないことが知られている︒運動︑社会性については︑むしろ︑現在の子どもの方がおくれている︑ということであ
る︒ また・山下俊郎教授の纂による黍的生活習慣の自立華も・累脩教授の轟によると・一〒年間に︑訓練の 可能性をもつ衣服に関するもの以外に何等早熟化のあとがみられないことが説明されている︒また︑川口 勇教授も︑
学齢成熟に関する内外の研究を深く検討され︑成熟加速現象を根拠として現行学校教育の始期をそのまま一年引き下げ
ようとする論には賛成できないとして︑早教育論に警告しておられる︒
先導的試行における幼年学校の二か年の教育方法が︑六・七歳の小学部分の方へ引き上げられるのか︑四.五歳の幼
稚園部分の方へ引き下げられるのか︑あるいは︑水準化されるのかによって︑教育のあり方が違ってくるわけであるが︑
問 先述の早熟化理論によって︑小学校寄りに幼児教育を考えるべきではなく︑むしろ︑小学校一年生の教育を幼児教育の 題
三 方法に近づけるべきだと思う︒
の仁 一般に︑制度改革の構想に当っては︑それを支える実証的な科学的根拠がじゅうぶん明らかにされていなければなら
鮒ない・昭和四+六年+三・日本応用心理学会Lから・﹁幼児誓の改革に橿重を期せられたい﹂旨の要望を文部当
旬今日の情報化社会にあって︑保育の現代化ということがいわれているが︑それは︑過剰な情報にまどわされず︑何よ 改 革 局へ提出したのも︑そうした見解にょるものと考える︒ に
蟻りも︑保育の効果をあげるための保育の﹁科学化﹂でなければならないと思われるのである︒ 臼
幼 1
W 早期教育による才能開発の可能性の問題 62 1
最近︑﹁早期教育﹂とか︑﹁才能開発﹂ということばが不用意に︑また無批判的に使われているばかりでなく︑﹁早期
教育による才能開発﹂というようなことまで本気で唱えられている︒このことは︑園保育や小学校教育︑および両者の
関連の面から無視できないきわめて重大な問題をはらんでいると思われる︒
幼小の教育関連の問題については︑筆者らも︑四十六年五月の日本応用心理学会教育研究部会でシンポジちパ﹁幼児
教育と小学校教育との関連﹂を催して︑この問題を公開形式で討論したのであるが︑この問題は︑今後の幼児教育を考
えるうえでもっとも重要な課題の一つと思われる︒
そこで本節の考察を進めるまえに︑このテーマそのものに関する二︑三の問題についてふれておきたい︒
1 早期教育・早教育と才能開発
ところで︑﹁早期教育による才能開発﹂とは︑いったい何を意味することばであろうか︒術語の成立にはそれなりの
根拠があるはずである︒まず︑この問題から考えてみよう︒
ω 早教育と早期教育
﹁早教育﹂という術語は︑従来から教育用語として存在していた︒すなわち︑学校における天才教育︵天才児に対す
る特殊教育︶に対して︑とくに家庭で行なわれる天才教育を早教育と呼び︑通常︑学齢前の早期に親や家庭教師によっ
て計画的に行なわれる教育法をさす︒
従来の早教育論者は︑天才教育を﹁天才を造る教育﹂と解し︑児童の能力の萌芽を可能なかぎり早期に伸ばすことによ
り効果をあげうると主張し︑子どもを暦年齢に比して﹁早期に教育﹂することにより︑能力を早く発現させようとした︒
しかし︑今日の心理学の見地からみれば︑こうした早教育が有効な場合は︑子どもの先天的素質によるものであり︑
一般論として︑﹁天才の製造﹂を考える早教育は誤りであると同時に危険をはらんでいると考えられる︒
ドイッの哲学者カール・ビッテ ︵<<富けO︑ ﹈⁝︵①﹃一︶やイギリスの哲学者ジョン・スチュアート.︑︑︑ル ︵﹈≦巨︑﹄oげ昌
o力ε①詳︶は︑いずれも︑その父親によって早教育を受けた天才であるが︑かれらの場合︑有能にして熱心な父親︑優秀
な素質に恵まれた子︑時宜を得た適切な教授法とが三位一体となっていたからこそ成功したとみるべきであろう︒
したがって︑天才教育の一方法としての早教育は︑﹁天才をつくる﹂教育ではなくて︑あくまでも天才的素質の存在
を前提とし︑その素質の発現を促進する方法であると考えられる︒
このように考えると︑早教育は︑つぎに問題となる才能教育にもまして︑実施困難なうえに限界のあることがわかる︒
前述の天才児が受けた早教育の効果は大きいものがあるが︑後天的環境要因︑たとえば︑家庭︑社会の背景などの影響
力も看過できないのである︒
問 したがって︑このような早教育は︑実験例としては参考になるが︑幼児の教育は︑知識や特定の能力のみに重点を置 題
三 くべきでなく︑パーソナリティ全体の調和的な発達−心身の全面発達ーを期するものでなくてはならない︒
の仁 ところで︑所与テーマの﹁早期教育﹂は︑これまで述べてきた﹁早教育﹂をさすものであろうか︒
鮒軍期警Lということばを字義的に解釈すると・裏どおり早い時期における誓ということであり︑一般的な﹁幼
こ
蜘児期の警﹂︑つき﹁幼児教直の意ととれる︒.﹂の解釈を本テ←にあてはめれば︑﹁幼児警による才能開発﹂う
旬んぬんとい三﹂とになる︒
鰍本来︑人格形成の基礎を志向して諸能力を全体的につちかうはずの幼児教育により︑特殊才能をつくり出し︑天才的3 幼な特殊才能児やタレントを讃し・そのために万も早く特殊な誓を始めようという概念でなければ幸いである︒ −
② 才能開発とは何か 64 元来︑﹁開発﹂ということばは︑﹁開きおこすこと﹂︑すなわち︑土地などを切開くことであるが︑そこから︑﹁産業を ー 興して天然資源を人間の生活に役だたせること﹂を意味する︒しかし︑教育的な意味として︑﹁注入主義﹂の対語に当
たる﹁開発主義﹂の教育方法についていわれる場合もある︒すなわち︑児童に対し︑問答式方法で自発的に理解させ︑
その創意を刺激して自主性を起こさせる教育方法で︑ペスタロッチ︵勺oωけ巴oN斜S畠①ロロ出①甘注o庁︶の創始によると
いわれている︒
しかし︑そうした教育方法上の意味とは関係なく︑﹁地域開発﹂︑﹁産業開発﹂などと同一次元で扱われているように
思える﹁才能開発﹂の本体は何であろうか︒
この点の解明は︑才能とそれを伸ばすという本来の意味のほか︑﹁早期教育による才能開発の可能性﹂という表現の
根拠や背景を明らかにすることにより︑可能となるであろう︒
2 早期教育による才能開発論
ω その根拠
人間の能力や才能の発達と教育に関する問題が︑﹁人的能力開発﹂といった呼称で︑あたかも物的開発と同等レベル
で扱われるようにみえることは︑わが国における近来の異常な経済成長と歩調を一にしたものと思われる︒
すなわち︑ここ数年の国情を顧みると︑政府が標榜してきた﹁人つくり﹂政策や︑﹁期待される人間像﹂確立の政策
にささえられた﹁人的能力開発政策﹂が高度経済成長下の産業界で実施されたり︑それに見合う教育の改革論を唱えて
日経連など経済界の強い要望が強力な圧力として存在していた一方︑行政側としても︑情報化社会に応じ得るハイタレ
ント政策によるひずみや人間疎外から﹁人間回復﹂へという︑教育再編成策の構想を必要としていた︒
昭和四十六年六月十一日に答申された﹃中教審答申﹄による﹁初等・中等教育の改革に関する基本構想﹂なるものの
背景は前述のようであるが︑本テーマにとって︑とくに︑第二章第二﹁初等・中等教育改革の基本構想﹂のー﹁人間の
発達過程に応じた学校体系の開発﹂に示されている﹁先導的試行﹂のねらいが︑注目されねばならない︒
すなわち︑中教審構想によると︑現在の学校体系で指摘されている問題の的確な解決法の究明と︑漸進的な学制改革
推進のための第一歩として︑先導的な試行に着手する必要があるとし︑その一つとして︑﹁四︑五歳児から小学校の低
学年の児童までを同じ教育機関で一貫した教育を行なうことによって︑幼年期の教育効果を高めること﹂を掲げ︑その
﹁ねらい﹂をつぎのように述べている︒
﹁幼年期の集団施設教育のさまざまな可能性を究明するためであって︑現在の幼稚園と小学校の教育の連続性に問題
ヘ ヘ カ ソ ヘ ヘ シ シ シ カ カ ヘ ヘ へ も
のあること︑幼年期のいわゆる早熟化に対応する就学の始期の再検討︑早期教育による才能開発の可能性の検討などの
提案について︑具体的な結論を得ようとするものである︒﹂︵傍点筆者︶
問 このように︑﹁早期教育による才能開発の可能性﹂という問題のことばの出所は︑実に︑ この中教審構想に求められ 題
三 るのである︒
の仁 したがって︑本題の考察は︑好みの有無にかかわりなく︑中教審構想の文脈に沿って進められなければならない︒
関 ② 中教審構想による﹁早期教育﹂ す
こ
劇 この構想は︑人間の発達過程に応じた学校体系の開発の一環として︑幼稚園の四︑五歳児と小学校低学年の六︑七歳
改 帥児で構成される四年制の﹁幼児学校﹂を先導的試行の;として発達させようというのであるが︑この幼児学校の目的
撒 は︑ω 幼・小の教育の連続のあり方とともに︑② 就学始期と︑③ 早期教育の可能性について︑ほぼ十年間の実施 5 幼のなかで検討することにある・ −
これらの目的は︑本構想の文脈からみるかぎり︑相互に関連している︒すなわち︑才能開発のための早期教育をいつ 66 から開始するかという検討は︑必然的に就学の始期にかかわることであり︑同時に︑それは︑幼・小の教育の連続のあ ー
り方に関連していることが︑掲げられたねらいのなかで読みとれる︒
また︑本構想の背景として︑﹁能力主義﹂による人的能力の開発を強調した経済審議会の考え方などが︑ つとにその
基底にあって︑就学年齢切りさげ︑ないし五歳児就学を要望する声が一部に高まっていたことも︑早期教育の点から見
落としてはならない︒また︑かつて︑五歳児就学の実現にふれた文部大臣もおり︑その可否が検討されるに至ったこと
も忘れられない︒
こうした状況のもとに︑事実︑中教審の審議の過程で︑就学年齢切りさげによる早期教育の可能性と妥当性の検討が
重ねられてきたものであるが︑結局︑五歳児就学は見送りとなり︑先導的試行の形態で今後の検討待ちということにな
った︒ したがって︑早期教育ということは︑この中教審構想によると︑現行の学齢期である六歳よりも一︑二年早い時期︑
つまり︑四︑五歳からの教育ということになる︒一年切りさげの就学が実現すれば五歳︑幼児学校が開始すれば四歳が
それぞれ就学の始期となり︑この時期の教育が早期教育というわけである︒そして︑この早期教育によって才能開発を
目ざしており︑その可能性を︑先導的試行としての幼児学校で検討するというのである︒
シ ゐ では︑こうした早期教育によって︑ほんとうに才能開発ができるのであろうか︒さらに︑どのような才能が︑どのよ
も ト
うに開発されるというのであろうか︒われわれが疑問視しているのは︑まさにこの点である︒
ここで︑本来の才能育成の問題について考察してみよう︒
3 才能と才能育成
ω 才能に関する謬見
﹁才能開発可能性﹂の問題に関連して才能育成の問題を考えるには︑まず︑才能とは何かについて検討してみる必要
がある︒
今日︑才能の意味が誤ってとられる場合が少なくないため︑才能の発達が妨げられたり︑ゆがめられたりしている点
に注目しなければならない︒
まちがった典型的な考えかたとして︑たとえば︑一方において﹁才能は生まれつきだ﹂との考えかたを見受け︑他方
に﹁才能は教育の方法しだいで自由につくられる﹂という見解がある︒
しかし︑たとえ才能の一部分がある程度先天的な星の下にあるとしても︑それだけで実生活上に具現される才能が決
定されるものではない︒具体的な才能の大部分は︑環境内の刺激や本人の興味や正しい基本的訓練などにより︑しだい
に形成されていくものと考えられる︒
間 幼少期に備えているものは︑才能の基をなす素質と呼ばれるもので︑そこからいろいろな才能がしだいに芽ばえてい 題
三 くのである︒ の
仁したがって︑教科や職業に対応して才能が分化するものではなく︑どんな教科からでも︑またどんな職業からでも︑
関 いろいろな才能が生じてくる可能性がある︒ す
こ