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(1)

詐欺罪における他人の財産に対する処分行為につい

その他のタイトル Uber die Vermogensverfugungen Dritter beim Betrug

著者 山中 敬一

雑誌名 關西大學法學論集

巻 52

号 4‑5

ページ 1483‑1522

発行年 2003‑03‑20

URL http://hdl.handle.net/10112/00023518

(2)

詐 欺 罪 に お け る 他 人 の 財 産 に 対 す る 処 分 行 為 に つ い て

( 1)

2

被欺岡者と被害者は︑別人格でありうるが︑被欺岡者と処分行為者は︑同一人格でなければならない︒このドイツ

刑法においてはほぼ疑いの余地のない命題も︑わが国においては自明ではなく︑被欺岡者と処分行為者の別人格性を

肯定する有力少数説がある︒わが国では︑いわゆる訴訟詐欺において︑三角詐欺

(D re ic ks be tr ug )

の三当事者の理

︑ は じ め

目 次 一︑はじめに

二︑被欺岡者と処分行為者の人格的同一性

三 ︑

. 三

角 詐

欺 に

関 す

る 判

四︑法的権限説と陣営説

︑ ま と め

四 七 五

︵ 一

四 八

三 ︶

詐欺罪における他人の財産に対する処分行為について

(3)

処分行為は︑財産移転の効果をそれによって直接

( u n m i t t e l b a r )

もたらすものでなければならない︒例えば︑訴

訟詐欺において︑裁判所が処分行為者であるとすると︑裁判所の判決等によって直接︑財産移転が生じる必要がある︒

これは﹁直接性﹂の要件と言われるが︑通常は︑行為者のさらなる︵違法︶行為の介在なく財産移転が行われるとい る

必 要

が あ

る ︒

第五二巻四・五号

︵ 一

四 八

四 ︶

解につき二つの異なった見解があることは周知である︒有力な見解においては︑訴訟詐欺について︑勝訴者が行為者

とすると︑裁判所が被欺岡者であり︑敗訴者が処分行為者かつ被害者と解し︑当事者の主張に拘束される裁判所が︑

錯誤に陥るかどうか︑また︑裁判所の判決等に従わざるをえない敗訴者である処分行為者が任意に処分︵交付︶しう

(4 ) 

るかどうかが疑問視され︑訴訟詐欺が詐欺罪の定型にあてはまらならないのではないかとされている︒これに対して︑

最近の通説は︑裁判所が被欺岡者かつ処分行為者であり︑敗訴者が被害者であるとする︒通説の見解に立つと︑先の

命題は正しいということになる︒もちろん︑訴訟詐欺のみが三角詐欺の事例ではないのであるから︑これによって被

欺岡者と処分行為者が分離している事例がないと立証されたわけではない︒この点は︑むしろ︑理論的にそれが可能

であるのか不可能なのか︑政策的にどちらが妥当かが論証される必要がある︒

通説・判例は︑被欺岡者・処分行為者と被害者とは別人格でありうるとしている︒財産に関する罪については︑財

産の所有者・占有者が被害者であるから︑被欺岡者・処分行為者が︑それ以外の人物であってもよいかが問題となっ

ている︒所有者・占有者がその財産の処分・管理を委ねている場合には︑その受託者には処分権が認められるのは当

然であるから︑処分に関する法的権限が与えられた者に処分権があるのが自明であるが︑それは︑事実上の管理者等

に拡大されうるのか︑その範囲がどのようなものであるのかについては争いがある︒この可否について考察を巡らせ

関 法

四七六

(4)

詐 欺 罪 に お け る 他 人 の 財 産 に 対 す る 処 分 行 為 に つ い て

四 七 七

(5 ) 

う趣旨に理解されている︒したがって︑敗訴者の財物の引渡ないし強制執行が必要だとしても︑少なくとも行為者の

行為の介在なしに財物の占有の移転が生じるので︑その意味では﹁直接性﹂の要件は充たしているといってよい︒し

かし︑第三者たる被害者の行為を介在させなければ現実の財物移転が生じない場合であっても︑それを処分行為とい

さらに一般化して︑店員が店主のために処分行為をし︑店主に損害が生じるような類型の三角詐欺の事例を念頭に

置くなら︑例えば︑試着を申し出た顧客が︑試着したまま﹁ちょっと外のトイレに行ってくる﹂と申し向けて持ち逃

げするような事案については︑﹁無意識的処分行為﹂が認められるかをも含めた﹁処分行為﹂の要件が問題となるか

(6 ) 

ら︑そもそも処分行為とは何かについて詳しく分析する必要があるが︑これについては︑すでに別稿で検討した︒

本稿は︑このようにして︑とくに三角詐欺の場合における﹁処分行為﹂の要件について考察を試みるものである︒

( 1

)

本 論

文 で

は ︑

﹁ 被

欺 岡

者 ﹂

﹁ 欺

岡 ﹂

等 の

現 代

用 語

化 以

前 に

用 い

ら れ

て い

た 用

語 を

用 い

る こ

と に

し た

︒ そ

れ は

︑ ﹁

欺 か

れ た

者 ﹂

﹁ 欺

く 行

為 ﹂

︵ 詐

欺 行

為 ︶

が ︑

な ん

と な

く 落

ち 着

き が

よ く

な い

と 思

わ れ

る か

ら で

あ り

︑ ま

た ﹁

被 詐

欺 者

﹂ も

誤 解

を 生

じ う

と 思

わ れ

る か

ら で

あ る

( 2

)  

RG St   73 ,3 82

;  BG HS t  1 8,   2 2 1 .   V g l .  O ff e r ma n n ‑B u r ck a r t,   Ve rm og en sv er fi ig un ge n  D r i t t e r   i m  B e tr u g st a t be s t an d ,  1 9 9 4 ,   S .   2 3 .  

( 3 )

す で に ︑ プ ロ イ セ ン 一 般 ラ ン ト 法 ︱ 二 五 六 条 の 解 釈 に お い て 被 欺 岡 者 と 被 害 者 が 同 一 人 物 で な く て も よ い か と い う 問 題 が 提 起 さ れ ︑ 肯 定 さ れ て 以 来 ︑ 圧 倒 的 に 肯 定 さ れ て い る ︒ た だ し ︑ 一 八 三 九 年 ヴ ュ ル テ ン ベ ル ク 刑 法 三 五 二 条 ︑ 一 八 四 0

年 プ

ラ ン デ ン ペ ル ク 刑 法 ニ ニ 四 条 ︑ 一 八 四 一 年 ヘ ッ セ ン 刑 法 三 九 一 条 は ︑ 被 欺 岡 者 と 被 害 者 の 同 一 性 を 要 求 し た ︒ 現 在 で は ︑

km dh ag 9  N om os   Ko mm en ta r  z um   St ra fg es et zb uc h§ 26 3  R dn .  2 4 2 .   油踪 が岡

B

全 は

︑ み

ず か

ら の

手 で

処 分

行 為

を 行

う 必

要 は

な く

︑ 第

三 者

を 通

じ て

行 わ

せ う

る も

の と

す る

うことができるのであろうか︒

︵ 一

四 八

五 ︶

(5)

要しないとするものである︒ 第五二巻四・五号

( 4

)

団 藤

重 光

﹃ 刑

法 絹

要 ︵

各 論

︶ ﹄

︵ 第

三 版

・ 一

九 九

0 年

︶ 六

一 四

頁 ︵

詐 欺

否 定

︶ ︒

大 塚

仁 可

社 法

概 説

各 論

﹂ ︵

第 三

版 ・

一 九

九 六

年 ︶

︱ ‑

0 頁

︵ 詐

欺 肯

定 ︶

︒ 高

橋 省

吾 ・

︵ 大

塚 仁

ほ か

編 ︶

﹃ 大

コ ン

メ ン

タ ー

ル 刑

法 ﹂

︵ 第

二 版

・ 二

000

年 ︶

︵ 第

一 三

巻 ︶

八 四

頁(詐欺肯定)。なお、判例として、大判明四四・五·五刑録一七・七六八、大判明四四•五・ニ九刑録一七·101―‘

最 判

昭 二

四 ・

ニ ・

ニ ニ

刑 集

︱ ︱

ー ・

ニ ・

ニ 三

二 ︒

( 5

)  

S a m s o n /

︑G

th e3 S K  St GB

§2 63 d  R nr . 7

9; 

Sc ho nk

e1 ︑

Sc hr od er ¥  Cr am er ,  S tG B§ 26 3  R dn r.   61 .  

( 6

)

山 中

﹁ 詐

欺 罪

に お

け る

﹃ 処

分 行

為 ﹄

に 関

す る

一 考

察 ﹂

阿 部

純 二

先 生

古 稀

祝 賀

論 文

集 ︵

二 0

0 三

年 ︶

︵ 刊

行 予

定 ︶

所 収

︒ 二︑被欺岡者と処分行為者の人格的同一性

団藤説・大塚説の検討

団藤説の検討

団藤博士は︑﹁欺岡された者と交付する者とは同一であることを要しない﹂とされ︑訴訟詐欺はその︱つの場合と

(7 ) 

して考えられるとされる︒裁判官に対する虚偽の事実の主張が欺岡といえるかどうか疑問であり︑また︑被害者たる

敗訴者がやむをえず裁判に服従して財物︵ないし財産上の利益︶を提供するのが︑﹁交付﹂といえるかどうかが疑問で

あるとされるのである︒これは︑先に述べたように︑被欺岡者と交付者

( 1 1

処分行為者︶とは同一人格であることを

しかし︑この団藤説は︑被欺岡者と処分行為者とを別人格であってもよいとする点で︑詐欺罪の基本的構造の理解

を誤るものである︒第一に︑後に詳論するように︑被欺岡者の錯誤が︑処分行為者の動機過程を支配しているがゆえ

に︑詐欺における財産移転は︑違法なのである︒その動機過程は︑同一人の内部での心理的作用であることが基本で

関 法

四 七

︵ 一

四 八

六 ︶

(6)

詐 欺

罪 に

お け

る 他

人 の

財 産

に 対

す る

処 分

行 為

に つ

い て

あり︑その動機過程が別人格に継承されるならば︑その場合︑錯誤も継承され︑結局︑処分行為者自身が錯誤に陥っ

ていることを意味し︑それぞれの主体が独自の意味をもつ三当事者構造は崩壊しているのである︒第二に︑この説は︑

処分行為︵交付︶を事実上の財産移転行為であると捉えている︒しかし︑詐欺罪が︑瑕疵はあっても任意の処分行為

による財産移転を要件としているのは︑本来︑当該財産︵の占有ないし利益の帰属︶について決定する行為であること

を要求するものであると解するのが妥当である︒すなわち︑処分行為の中核は︑広い意味の法的行為であるというべ

き で

あ る

大塚説の検討 ︒

四 七

大塚博士の見解は︑団藤博士の見解を継承するものではなく︑独自の理論を打ち立てられる︒大塚博士は︑次のよ

(9 ) 

う に

言 わ

れ る

訴訟詐欺の基本的事例は︑﹁裁判所を欺いて錯誤に陥らせ︑その財産的処分行為にもとづいて︑敗訴者から財物を

︑ ︑

︑ ︑

交付させるという一連の過程を踏んでいるのであって︑やはり︑詐欺罪の一形態とみるべきである﹂︵傍点引用者︶︒

任意の交付にあたるかという問題については︑﹁裁判所の裁判自体を財産的処分行為と解することによって︑おのず

から解決されよう︒そこには瑕疵のある任意性が認められるとともに︑敗訴者がこれにしたがわざるをえないのは︑

右にあげた欺かれた者と財物の交付者とが異なる場合の詐欺罪の一形態として理解しうるのである﹂︒大塚博士は︑

( 10 )  

ここで︑﹁財産的処分行為﹂と﹁交付﹂とを異なった意味に用いておられる︒財産的処分行為を行うのは裁判所であ

るが︑交付は敗訴者が行うというのである︒本来︑財産的処分行為と交付とは基本的に同じ意味として用いられて来

( 11 )  

たのであるが︑ここでは︑大塚博士のいわゆる﹁財産的処分行為﹂が︑欺岡・錯誤とならび詐欺罪の要件である﹁処

︵ 一

四 八

七 ︶

(7)

第五二巻四・五号

︵一 四八 八︶

分行為﹂であって︑﹁交付﹂は︑事実上の財産移転行為を意味するものとして用いられている︒この点︑大塚博士は︑

次のようにも言われる︒﹁財物を交付する者は︑通常︑欺かれた者自身であるが︑欺かれた者の財産的処分行為に拘

束される地位・状態にある者である限り︑欺かれた者とは別人であってよい︒たとえば︑訴訟詐欺の場合には︑欺か

( 12 )  

れた者は裁判所であるが︑財物の交付者は裁判所の命令にもとづいて︑現に財物を提供する敗訴者などである﹂︒団

藤博士の﹁交付﹂概念が﹁財産的処分行為﹂と﹁交付﹂に分割され︑被欺岡者が﹁財産的処分行為﹂という法的行為

︑ ︑

︑ ︑

︑ ︑

を行うが︑その結果として被害者が交付という事実的行為を行うものとして︑団藤説の実質的放棄と実質的維持を

しかし︑このような意味の﹁交付﹂は︑もはや詐欺の成立要件上特別の意味をもたないことは明らかである︒刑法

の文理解釈としても︑平成七年の現代用語化の際の改正により二四六条一項で﹁人を欺いて財物を交付させた者﹂と

されて法文上の概念となったことによって︑﹁交付﹂は財物についての財産的処分行為を意味することが明確になっ

たのであり︑もし﹁交付﹂を﹁財産的処分行為﹂と別概念として用いるならば︑﹁財産的処分行為﹂の概念は︑二項

において一項の﹁交付﹂にあたる概念として用いられうるにすぎず︑交付と財産的処分行為の概念をそれ意外の基準

︑ ︑

︑ ︑

︑ ︑

︑ ︑

で区別して用いることはできなくなったからである︒実質上も︑大塚博士のいわゆる﹁交付﹂は︑財産的処分行為の

結果としてそれに従属する事実上の行為であり︑せいぜい既遂・未遂を決定する意味をもつにすぎないのである︒例

えば︑欺岡によって︑注文を受けたソバ屋の店主が︑店員にソバを配達させたとき︑被欺岡者・財産的処分行為者は

店主であって︑事実上ソバを﹁交付﹂した店員は︑店主の﹁交付﹂の補助者にすぎず︑その行為により占有が事実上

( 13 )  

移転したときに詐欺罪は既遂となるという機能をもつにすぎないのである︒ 図っているのである︒ 関法

四八〇

(8)

詐 欺

罪 に

お け

る 他

人 の

財 産

に 対

す る

処 分

行 為

に つ

い て

錯誤と処分行為の動機連関および直接性要件

処分行為者も本人であって︑同一人格なのである︒

四 八

処分行為は︑錯誤に動機づけられていなければならない︒錯誤に陥る者と処分行為を行う者が別人格であることは︑

理論上ありえない︒なぜならば︑詐欺罪は︑錯誤にもとづく自己危害犯であり︑処分行為が錯誤によって引き起こさ

れていることが前提なのであって︑処分行為者自身が錯誤に陥っていなければならないからである︒また︑錯誤に陥

る者は︑それが瑕疵ある意思にもとづく処分行為を引き起こすがゆえに重要なのであって︑錯誤に陥ることそれだけ

では詐欺罪の成立要素として重要性をもたない︒前述のように︑被欺岡者と処分行為者が別であるように見えても︑

実はいずれか一方が︑被欺岡者であり︑かつ処分行為者なのである︒例えば︑代理人が欺岡され︑それを伝えられた

本人が財産的処分行為をしたという場合でも︑本人が代理人を通じて錯誤に陥っているのであり︑実は︑被欺岡者も

しがって︑いわゆるキセル乗車について︑改札口を通過する行為を鉄道企業体に対する作為による欺岡と見て︑そ

( 14 )  

の結果︑自動的になされる役務の提供を鉄道企業体のする処分行為とみることはできない︒処分行為者である﹁鉄道

企業体﹂が錯誤に陥っていることをも擬制しなければ︑被欺岡者と処分行為者の同一性の原則に反するのである︒鉄

道企業体といった集合体を処分行為者とするのは不当である︒もしそうするのならば︑被欺岡者も鉄道企業体である

とし︑改札係員を通じて鉄道企業体が欺岡されたものであると擬制するのが一貫している︒しかし︑このような擬制

は妥当ではない︒自然人のみが錯誤に陥るのであり︑被欺岡者も処分行為者も自然人とみるべきである︒ただ被害者

は︑所有者ないし債権主体であればよいのであるから︑法人でもありうる︒

処分行為と処分結果との間に︑処分行為者の補助者の行為が介在することはありうる︒上記のソバ屋の事例におい

︵ 一

四 八

九 ︶

(9)

だからである︒ 第五二巻四・五号

て︑処分行為者は店主であるが︑その処分行為と︑

︵ 一

四 九

0 )

ソバの占有の移転との間には︑占有補助者である店員のソバの出

前行為が介在している︒処分結果である占有の移転は︑この行為をまってはじめて完成する︒したがって︑処分行為

を行ったのはあくまで店主であるが︑その結果との間には︑補助者の行為が介在することはありうるのである︒この

場合︑行為者の行為の介在があるわけではないので︑直接性の要件は充たされている︒なぜならば︑﹁直接性﹂は︑

処分行為者の財産移転の意思が︑最終的な財産の移転まで達しており︑それをカバーしていることを要求しているの

( 15 )  

であり︑占有補助者の行為の介在は︑その意思に反するわけではないからである︒これに対して︑欺岡行為者の行為

の介在は︑処分行為者の意思に反する︒なぜなら︑処分行為者は︑処分行為︑すなわち︑直接︑財産の移転の効果を

もたらす行為をしているのに︑さらに欺岡者の行為が必要であるということは︑処分行為者の予定しない事態の介入

( 7

)

団藤重光・前掲各論六一四頁注

1 1 ︑なお︑福田平﹃刑法各論﹄︵第三版・一九九六年︶二五五頁も同旨︒しかし︑福田

﹁ 詐

欺 罪

の 問

題 点

﹂ ﹃

刑 法

解 釈

学 の

基 本

問 題

﹄ (

‑ 九

七 五

年 ︶

0 三

頁 で

は ︑

﹁ 被

欺 岡

者 と

処 分

行 為

者 と

は 同

一 人

で あ

る こ

を 要 す る が ︑ 処 分 行 為 者 ︵ 被 欺 岡 者 ︶ と 財 産 上 の 被 害 者 と は 同 一 で あ る こ と を 要 し な い ﹂ と さ れ て い る ︒ ( 8 ) 京 藤 哲 久 ﹁ 三 者 間 詐 欺 ー 訴 訟 詐 欺 と 自 己 名 義 ク レ ジ ッ ト カ ー ド の 不 正 使 用 ﹂ 刑 法 基 本 講 座 ︵ 第 五 巻 ・ 一 九 九 三 年 ︶ 二

0 0

頁 参

照 ︒

( 9

)

大 塚 仁 ﹃ 刑 法 概 説 各 論 ﹄ ︵ 第 三 版 ・ 一 九 九 六 年 ︶ 二 四 九 頁 以 下 ︒ さ ら に 大 塚 博 士 は ︑ 裁 判 所 を 欺 か れ た 者 ︵ 被 欺 岡 者 ︶ で

あると同時に交付者でもあるとする見解︵平野ニ︱七頁等︶を﹁交付の意味を観念的に理解しすぎる嫌いがある﹂と批判さ

れ る

( 1 0 )

大 谷 教 授 も ︑ 教 科 書 の 第 四 版 で は い ま だ 大 塚 説 に 従 っ て ︑ ﹁ 交 付 と は 被 欺 岡 者 の 処 分 行 為 に よ っ て 財 物 の 占 有 を 行 為 者 に 移 転 す る こ と を い う か ら ︑ 必 ず し も 交 付 者 は 処 分 行 為 者 で あ る こ と を 要 せ ず ︑ 被 欺 岡 者 の 処 分 行 為 に よ っ て 拘 束 さ れ る 地 位 ︑ 関法

四八

(10)

(1) 

詐欺罪における他人の財産に対する処分行為について

︑ 三 角 詐 欺 に 関 す る 判 例

状態にある者も交付者に含まれると解すべきである﹂とされていた︵大谷賓﹃刑法講義各論﹄︵第四版・一九九 0 年︶二四

七頁)が、「新版」では削除されている(大谷•新版二五八頁以下、二六一頁)。また、訴訟詐欺に関しても、四版では、裁

判所を処分行為者としながら︑﹁訴訟詐欺は︑被欺岡者と財物の交付者とが異なる場合の詐欺の一類型である﹂ともされて

い た

︵ 二 四 四 頁 ︶

( 1 1 )

福田・前掲二五五頁も﹁交付︵財産的処分行為︶﹂としている︒

(12)大塚•前掲二五二頁以下。

(13)もし︑あくまでも交付者が店員であるというのであれば︑店員は︑店主の錯誤を通じてみずからも錯誤に陥ったのである から︑被欺岡者も店員であって︑被害者が店主であるという三角詐欺の構成を用いることになる︒ (14)藤木英雄﹃刑法講義各論﹄(‑九七六年︶三一五頁︒なお︑大阪高判昭四四・八・七刑月一・七九五は︑﹁被欺岡者以外の

者が右の処分行為をする場合であても︑被欺岡者が日本国有鉄道のような組織体の一職員であって︑被欺岡者のとった処置 により当然にその組織体の他の職員から有償的役務の提供を受け︑これによって欺岡行為をした者が財産上の利益を得︑ま

たは第三者をして得させる場合にも成立するものと解すべきである﹂とする︒

(1 5) Lo nh ar dB mac

D

n ,

ie   Ab gr en zu ng e   d s  Betrugs

  vo n  D i eb s t ah l   un d  U n te r s ch l a gu n

g ,  1

97 4, S 69 . 

判例の課題 三角詐欺の前提は︑被欺岡者︵処分行為者︶と被害者の人格が異なってもよいということである︒つまり︑財産の 所有者・占有者以外の者が財産について処分できるということである︒しかし︑任意の他人が誰でも処分行為を行う ことができるわけではない︒他人の財産処分につき法的権限をもつ者が︑本人︵被害者︶のために処分行為をなしう ることについては争いはない︒例えば︑法定代理人︑子どもの財産につき財産を管理する親︑法人の機関等である︒

四 八 三

︵ 一

四 九

一 ︶

(11)

( 18 )  

①連邦裁判所︳九六三年一月︳六日判決

( 1 1

駐 車

場 事

件 ︶

ライヒスゲリヒトにおいては︑因果関係以外の観点のアプローチは見られないが︑連邦裁判所の時代になって︑窃

盗と詐欺の区別に重点が置かれて論じられるようになる︒

被告人 X は︑乗用車を集合駐車場に駐車している女性 W と関係があった︒その駐車場では︑駐車する車のキー 関係が必要であるというのである︒

( 2 )  

第五二巻四・五号

︵ 一

四 九

二 ︶

当該財産につき法的処分権限をもたず︑また事実上の関係もない者は︑処分行為を行うことはできない︒せいぜい︑

( 16 )  

被害者の行為を道具として利用した窃盗の間接正犯となるくらいである︒そこで問題は︑法的権限がなくても他人の

ために処分行為をなしうる場合があるかどうかである︒この課題と取り組んだドイツと日本の判例を検討しよう︒

ドイツの判例

ドイツの連邦裁判所の判例は︑処分行為者が被害者と﹁事実的近接関係﹂

(f ak ti sc he Ni ih ev er hi il tn is se )

があれば

( 17 )  

有効な処分行為を肯定する︒すでに一八九四年の判例において︑ライヒスゲリヒトは︑被告人が︑六メートルの木材

を A らに売りつけた後に︑飲食店主 S の所有する木材を彼らに売ったものとして搬出させたという行為につき︑被欺

岡者と被害者の同一性も詐欺構成要件の必要条件ではないとしても︑欺岡と財産損害の間の因果関係︵の要件︶が︑

次のことを要求するものとする︒ つまり︑そのような被欺岡者によって行われた処分行為が︑財産の所有者に財産の ︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑ 減少をもたらすような形で︑欺岡者が︑少なくとも事実上︑被害者の財産について処分することができるという因果

関 法

四 八 四

(12)

詐 欺

罪 に

お け

る 他

人 の

財 産

に 対

す る

処 分

行 為

に つ

い て

ず ︑

W のそれをも排除できる﹂のである︒

四 八 五 を守衛に預け︑キーを保管するシステムをとっていた︒第二のキーは︑車の所有者が自らもっていた︒ X は︑電

話 で W の了解を得てから駐車場でキーを借りて車を借りたことがあった︒それ以降︑六回から八回︑関係が継続

し て

い る

の で

W の了解を得ているものとして︑そのようにして車を借りる行為を繰り返した︒ある朝︑ X

は ︑

車をもはや戻しておくつもりはなく︑いつものように W の承諾を得ず︑車を借り︑

等に行くなどしてそれを利用した︒刑事裁判所は︑ X の行為を窃盗とした︒

連邦裁判所によれば︑この判決は︑車の共同占有者のうち W の承諾がなかったことのみに注目し︑他の共同占

有者である駐車場の守衛に対する欺岡に意味を与えないものであって︑不当である︒

﹁ある財物に対して多数の人々が共同占有する場合︑そもそも可罰的な侵害が存在するかという問題にとって

重要なのは︑所有者や処分権者である共同占有者の意思方向であるということは正当である︒しかし︑刑事裁判

所は︑詐欺構成要件にあっては︑被欺岡者は︑被害者でもある必要はないということを看過している︒窃盗か詐

欺かいずれかであるかを決定するには︑その財物に近接していて直接に空間的介入可能性をもち︑その財物につ

き他の共同占有者の意思とは独立に事実上処分行為を行いうるような︑善意の共同占有者の意思決定だけが問題

になりうるということを見逃しているのである︒本件においては︑それは︑守衛である︒なぜなら守衛は︑駐車

場の所有者の委託を受けた者として車を引き渡すことができ︑その委託者︵駐車場の所有者︶の共同占有のみなら

連邦裁判所は︑本件に三角詐欺の構造を認め︑守衛は︑﹁その財物に近接していて直接に空間的介入可能性をも

ち︑その財物につき他の共同占有者の意思とは独立に事実上処分行為を行いうるような︑善意の共同占有者﹂であ

︵ 一

四 九

三 ︶

ー か

月 以

上 ︑

フランクフルト

(13)

思方向のみが基準となる﹂︒

第五二巻四・五号

︵ 一

四 九

四 ︶

ほろ酔い機嫌の被告人 X は︑市電のなかで他の乗客 M と喧嘩になり︑その間に︑ M の腕時計が床に落ちた︒次

一 人

の 乗

客 の

女 性

が ︑

M が気づかない間に︑腕時計を拾って市電の中から X に

差し出し︑﹁これはあなたのものか﹂と尋ねたところ︑ X

は肯定し︑自分のものでないこと知りつつ時計を受け

﹁財物の交付が︑錯誤にもとづくとはいえ自由な意思決定によるとき︑詐欺構成要件は充足される︒その際︑

交付者が︑所有者でなくて︑占有者ないし共同占有者であってもよい︒本件ではこれにあたる︒本件の交付者は︑

少なくとも共同占有者であった︒その結果︑彼女が︑事実上の観点から︑経済的に時計に関して処分することが できるのである︒被告人が所有者のように振る舞ったときに︑発見した客体を被告人に手渡したのは︑彼女の自 由な︑強制によらない決断であった︒⁝⁝所有者

M が︑被告人に時計を手渡すことに同意しなかったであろうと

いうことは︑詐欺を認めるに妨げとはならない︒詐欺構成要件にあっては︑被欺岡者は被害者である必要はない ので︑ー共同占有の場合ー︑財物にもっとも近くにいて直接に空間的作用可能性をもつ︑善良な共同占有者の意 この判決では︑たまたま被害者が落とした時計を拾った者が︑﹁財物にもっとも近くにいて直接に空間的作用可

能性をもつ︑善良な共同占有者﹂であるとされている︒たしかに拾得者が︑事実上︑被害者の﹁もっとも近接した

取 っ

た ︒

の停留所で X が降ろされたあと︑ ② 

( 19 )  

一九六三年八月七日バイエルン上級ラント裁判所判決 り︑その意思決定が︑処分行為にあたるとしたのである︒

関法

四 八

(14)

③ 

詐 欺

罪 に

お け

る 他

人 の

財 産

に 対

す る

処 分

行 為

に つ

い て

関係﹂に立つといえるかも知れない︒しかし︑﹁近くにいる﹂というだけで︑本件において何故﹁処分行為﹂を行

( 20 )  

一九六五年七月一四日シュトウットガルト上級ラント裁判所判決

被告人 x ︵女性︶は︑免許証をもっていなかったが︑

ルクスワーゲン

( V

w )

を貸して欲しいと頼んだが断られた︒そこで︑ X

は ︑

P に間借りしている E のところに

行き︑キーを貸して欲しいと頼んだ︒その際︑

の前に留めてあった

V

W に乗って去り︑翌日の夕方になって返却した︒ラント裁判所は︑被告人を詐欺罪で有罪

とした︒これに対して︑シュトウットガルト上級ラント裁判所は︑次のように述べて詐欺罪を否定した︒

E の行為は︑処分行為とはいえない︒ E

は ︑

四 八 七 レストランで顔見知り程度の P に︑彼女の所有するフォ

P が貸すことを認めたとうそをついた︒ X は︑キーを借りると家

P の部屋に置いてあったキーを処分する権限も︑ X が乗用車を

使ってよいかどうかについて何らかの決定をする権限もなかった︒したがって︑ E は︑キーを手渡すにあたって

自己の決定を下す意思も表象ももたなかった︒むしろ︑ E は︑権限者︑すなわち P から出た指示を実行している

ものと信じていたのである︒そこには財産的処分行為はみられないから︑被告人は︑詐欺として有罪とされえな

( 21 )  

い ︒

︱ 一

四 八

b の適用が考察にのぼるにすぎない︒

この判決では︑﹁権限﹂の有無が論じられている︒先の財物に﹁最も近接する地位﹂にいるかどうかは︑問題に

されていない︒結論的には︑﹁処分行為性﹂が否定されているが︑キーを預かっただけの﹁間借り人﹂は︑事実的

近接説によっても︑駐車場事件における駐車場の管理人のように︑車に対する共同占有者ではないから︑処分行為 いうるのかは疑問がないわけではないと思われる︒

︵ 一

四 九

五 ︶

(15)

い る

上級ラント裁判所は次のようにいう︒

第五二巻四・五号

( 22 )  

一九六五年︱二月一四日ケルン上級ラント裁判所判決

ここでは︑実行行為中に窃盗から詐欺に変わった事案が問題である︒被告人 X は︑監視人のいる駐車場で自転

車立てから他人の婦人用自転車を盗み︑監視人 D が他に気をとられているうちに︑立ち去ろうとしたが︑ X は D

に気づかれた︒ところが︑ D が預かり証を紛失したという X の説明に納得したので︑ X は︑駐車場を立ち去った︒

奪取を黙認した点には︑占有移転に対して賛同するという処分行為が見られるというなら︑自転車を持ってい

くというその後の行為は︑窃取ではなく︑詐欺構成要件にいう財産的処分行為である︒他人の財産について処分

する占有者としての管理人の事実上の可能性があれば︑処分行為とするに十分である︒本件においては︑欺岡さ

れた管理人は︑被告人に︑自転車に対するまだ侵害されていない占有を︑ X が所有者であるとの誤認はあっても︑

自由な意思により移転したのである︒詐欺構成要件の意味における財産的処分行為は︑それによって与えられて

窃盗との関係については︑裁判所は次のようにいう︒行為者による奪取に関する被欺岡者の一切の積極的な意

思関心が欠けているという事実︑すなわち︑望まざる財物喪失は存在しない︒被欺岡者は︑被害者である必要は

ないのだから︑詐欺構成要件は︑先行する窃盗未遂の後にも存在する︒窃盗は既遂になっていないから︑不可罰

ではない︒窃盗未遂と詐欺には自然的行為単一が存在する︒ ④  性は否定されるべき事例であったであろう︒

関法四八八

︵ 一

四 九

(16)

詐 欺

罪 に

お け

る 他

人 の

財 産

に 対

す る

処 分

行 為

に つ

て い

P との共同正犯とした︒上告は︑理由なしとされた︒ 行為者に窃盗の実効の着手があり︑未遂の段階で︑監視人の黙認という形の財産的処分行為があったから︑窃盗 未遂と詐欺既遂が成立するというのである︒本判決では﹁占有者としての処分の事実上の可能性﹂があれば処分行 為であるとする︒

次に︑後に詳論するが︑財産上の利益に関する財産的処分行為が問題となった判例を紹介しておこう︒

( 23 )  

一 九 九 三 年 一

0 月︱二日ツェレ上級ラント裁判所判決

東ドイツに住んでいた被告人 X は︑法律行為無能力に陥って病院に入院していた伯母 F に︑伯母が持っていた︑

染料工場に対する六 0 ︑ 000 マルクの融資債権を X に譲るという内容の﹁委譲権限﹂を授与するという書類に

署名させた︒その後︑ X の共謀者 P が︑管轄権をもつ区裁判所により伯母のための﹁財産の世話﹂と﹁居所の決

定﹂に関する病弱者のための世話人に選任された︒ P は︑その後︑債務者たるその工場に赴き︑融資の返済を求

め た

︒ そ

の 際

P は︑病弱者に対する世話人の辞令と伯母の権限委譲の文書のほか︑

求める趣旨の授権文書も持っていった︒工場の代理人 A

は ︑

た ︒

そ の

時 ︑

⑤ 

四 八

九 X のすべての融資の返済を

P に

総 額

五 六

000 マルクの二枚の小切手を渡し

A は︑それらの書類により X への融資債権の譲渡の有効性を信じていた︒ P は︑当初より全額を自

分のものとしようと思っていた︒ X は︑弁護士を通じて︑告訴するぞと脅し︑ P に彼の金を返すよう試みたが︑

P は返さず︑検察庁に自首した︒ P は︑背任罪で有罪判決を受けた︒参審裁判所は被告人を背任教唆で有罪と判

示したが︑被告人の控訴を受けた刑事裁判所は︑被告人を背任教唆と詐欺の競合で有罪とした︒詐欺については︑

︵ 一

四 九

七 ︶

(17)

③ わ が 国 の 判

第五二巻四・五号

︵一 四九 八︶

﹁本件における財産損害が F にあるならば︑被告人と世話人 P によって実行された詐欺はもちろんいわゆる三

角詐欺の構造をもつ︒そのような事案については︑被害者の財産圏に対する一定の﹁近接関係﹂に立つ者によっ て行われた︑欺岡によって惹起された財産的処分行為のみが︑刑法二六三条の適用を正当化すると認められてい る︒本件では︑工場の持主につき︑Fの財産圏に対するそのような﹁近接関係﹂が認定されうるときにのみ︑詐

欺罪が肯定されるべきである︒工場の持主は︑その善意で行われた融資額の支払いが︑ F の債権を消滅させ︑し

かもFの財産がそれによって支払いによって現実の財産増加を被ることがなかったかぎりで︑Fの財産につき処 分したのである︒本法廷は︑他人の債権を善意の行為によって消滅させるという︑法によって与えられた権限が︑

被害者の財産圏に対する︑処分行為者の︑三角詐欺の構造にとって必要な﹁近接関係﹂を根拠づけることができ

( 25 )  

る と

い う

見 解

で あ

る ﹂

︒ 本判決は︑債権を客体とする三角詐欺における財産的処分行為につき﹁近接関係﹂にあるか否かの基準を適用した ものである︒被害者の代理人である行為者が金銭的利益を不法に自己のものとすべく債務者に対する被害者の債権を 取り立てた場合︑債務者が善意で支払い︑それによって被害者に対する債務が消滅したとき︑近接関係に立つという のである︒この判決に対しては︑前述のように民法上の意義に関する考察を欠くとの批判のほか︑果して代理人であ

( 26 )  

る被告人よりも工場の代理人が﹁近接関係﹂にあるといえるのか疑問であるという批判がある︒

わが国の判例においては︑おそらく先に紹介した有力学説の影響を受けて︑被欺岡者と処分行為者︵被害者︶とが

関 法

四九〇

(18)

詐 欺

罪 に

お け

る 他

人 の

財 産

に 対

す る

処 分

行 為

に つ

い て

人の控訴趣意の構成が正当であると思われる︒

四 九

( 2 7 )  

異なる人格であってもよいとするものがある︒この事例は︑被告人 A が︑架空の貿易取引につき商業信用状による荷

為替手形の支払保証を受ける目的で︑国内の輸入業者 B を欺岡し︑その取引銀行 C に商業信用状を開設させようとし

たが︑これを遂げなかった行為に︑詐欺未遂が認められたものである︒本判決では︑﹁詐欺罪は人を欺岡して財物を

頴取し若しくは財産上不法の利益を得る犯罪であり︑その欺岡に着手した時点において犯罪の実行の着手があるとさ

れるものであるが︑右の欺岡される者とその欺岡の結果財産上の処分を行う者︵財産上の被害者︶とは必ずしも同一人

︑ ︑

︑ ︑

︑ ︑

︑ ︑

である必要はなく︑被欺岡者が財産上の処分者︵被害者︶に対し︑事実上又は法律上その被害財産の処分を為し又は

為さしめ得る可能的地位にあることをもって足りるものと解される﹂︵傍点引用者︶とし︑被欺岡者である輸入業者 B

は︑﹁財産上の被害者である C 銀行の財産処分につき事実上これを為さしめる可能的地位にある﹂としたのである︒

控訴趣意において弁護人は︑ B を被利用者とする間接正犯の態様による犯行であるとして︑銀行の支店に対して信用

状開設の可能性の打診のみではいまだ実行の着手はないと主張した︒弁護人の法的構成は︑ B

は 道

具 で

あ っ

て ︑

C が

被欺岡者であり︑処分行為者︑さらに被害者であるというものである︒三角詐欺の構成をとるならば︑ B が被欺岡者

かつ処分行為者であり︑ C 銀行が被害者となるべきところである︒判例では︑ B からの信用状開設の依頼があれば︑

一応の内部審査を経るものの︑その担保内であれば直ちに︑銀行は︑信用状の開設を行うことになっていた︒しかし︑

B が

︑ 直

接 ︑

C の信用状開設につき処分行為を行うわけではないので︑ B が処分行為を行うとみることはできない︒

かくして︑本件は︑被欺岡者・処分行為者と被害者とを分ける三角詐欺の構造にはあてはまらない事例である︒弁護

わが国の判例は︑すでに大審院の時代から︑被欺岡者と被害者とが同一人であることを要しないと認める︒大審院

︵ 一

四 九

九 ︶

(19)

第五二巻四・五号

︵ 一

0 0

) は︑二重抵当の事案につき︑﹁詐欺罪の成立には常に被欺岡者自身が現実の被害者たる事実あるを必要とせざれば︑

( 2 8 )  

その被害者は被欺岡者本人たると将た第三者たるとを問はず﹂とする︒しかし︑この判例では被欺岡者が財産を処分 しうる権限ないし地位については論じられていない︒その後の大審院の判例では︑登記官吏を欺岡した事案につき︑

被欺岡者は﹁被害者に係る財産上の利益に付きこれが処分を為すことを得べき権限又は地位を有することを必要と

す﹂るとして︑被欺岡者に処分行為を認め︑その権限と地位について論じ︑結論としては︑﹁登記官吏は質権に関し

( 29 )  

て処分の権限又は地位を有するものにあらず﹂として詐欺罪の成立を否定している︒

( 30 )  

最高裁も︑﹁財産上の損害を受ける者が被欺岡者であると又第三者であるとは問うところでない﹂とする︒昭和四 二年の最高裁の判決では︑土地所有者の氏名を冒用して︑簡易裁判所に起訴前の和解の申立てをし︑所有権移転登記 手続をする旨の和解が成立したごとく装い︑裁判官に被告人に右土地の所有権移転登記手続をする旨の内容虚偽の和 解調書を作成させた行為につき︑裁判官は︑和解の合意が成立したものと認めて︑これを調書に記載したにとどまり︑

宅地の所有者に代わってこれを処分する旨の意思表示をしたものではないとし︑また︑保有権移転登記を行った登記 官吏にも﹁不動産を処分する権限も地位もない﹂として︑詐欺罪には問われないものとした︒さらに︑昭和四五年に は︑最高裁は︑﹁詐欺罪が成立するためには︑被欺岡者が錯誤によってなんらかの財産的処分行為をすることを要す るのであり︑被欺岡者と被害者が同一人でない場合には︑被欺岡者において被害者のためその財産を処分しうる権能

( 32 )  

または地位のあることを要するものと解すべきである﹂と判示して︑あきらかに︑被欺岡者と処分行為者を同一人で

あるべきだとしている︒そして︑﹁本件で被欺岡者とされている裁判所書記官補および執行吏は︑なんら A

の 財

産 で

ある本件家屋を処分しうる権能も地位もなかった﹂のであり︑また︑同人に代わって財産的処分行為をしたわけでも

関法

四 九

(20)

詐 欺 罪 に お け る 他 人 の 財 産 に 対 す る 処 分 行 為 に つ い て このように︑わが国の判例は︑例外はあるが︑被欺岡者・処分行為者と被害者とが異なる人格でもよいとする三角

詐欺を認めるという姿勢をとっている︒そして︑処分行為は︑﹁財産を処分しうる権限または地位﹂があるときに有

効となる︒これは︑法的権限説に立っているものということができる︒この判例とそれを支持する学説は﹁陣営説の

考え方の帰結﹂であるとする見解があるが︑判例は︑﹁事実上の﹂権限で十分としているわけではないので︑陣営説

( 33 )  

に立つとは言い切れないと思われる︒わが国においては︑判例をそのまま引用する見解もあるが︑学説の中には︑

( 34 )  

﹁欺かれた者は事実上又は法律上被害財産の処分を為し又は為さしめ得る可能的地位に在ることを要する﹂とし︑あ

( 35 )  

るいは︑﹁事実上または法律上被害財産の処分をなしうる権限ないし地位﹂とするものがある︒これは事実上の処分

権限でよいとするものであるので︑法的権限説と採用するものではないということができる︒

なお︑下級審の判例のなかには︑入院患者が入院費用を免れるために︑守衛に普通の外出であるかに装って逃走し

た事案につき︑守衛は︑入院料の支払い請求権について処分または意思表示をなしうべき権限または地位を有するも

( 36 )  

のではないとして︑詐欺罪を否定したものがある︒

( 1 6 .

︶ 

g l.  

O f

f e

r m

a n

n   , B

u r

e 苓

r t , a .   a .  

0 . ,  

S .  

32 . 

( 1 7 )  

U r t e

i l  

v .  

12 .  4 .  18 94 , 

R G

S t

 

2

5, 4  2 4.  

( 1 8 )

 

U r t e

i l   v .  

1 6 .  

1 .  19 63 , 

B G

H S

t  

1

8, 2  2 1.  

こ の 判 例 に つ い て は ︑ 福 田 平 ﹁ 詐 欺 罪 に お け る 財 産 的 処 分 行 為 に つ い て の 覚 書 ﹂ 前

掲 ﹃

刑 法

解 釈

学 の

基 本

問 題

﹄ 二

0 九

頁 ︑

そ の

他 ︑

林 幹

人 ﹁

詐 欺

罪 に

お け

る 処

分 行

為 ﹂

︵ 芝

原 ・

堀 内

・ 町

野 ・

西 田

絹 ︶

m

論 の

現 代

的 展

開 ﹂

︵ 各

論 ・

一 九

九 六

年 ︶

ニ ニ

九 頁

以 下

参 照

( 1 9 )

 

U r t e

i l   v .  

7.   8.  1 96 3,  

B

a y

O b

L G

  MDR 

19 64 ,  3 43 . 

な い と す る ︒

四 九

︵ 一 五

0 1

)

(21)

関法 第五二巻四・五号

( 2 0 )

 

U rt e i l  v .  

14 .  7

. 1

96 5,

OLG  

S t u t t ga r

NJW t  

19 65 ,  19 30 . 

この判決については︑福田・前掲﹃刑法解釈学の基本問題﹄ニ︱

一 頁 参 照

(21)本判決は︑引き続いて︑これが

BG HS t

18

と矛盾しないかを検討している︒結論としては︑その判決の事案では︑

,  221

駐車場の車につき駐車場の所有者も共同占有をもっている点が︑本事案とは異なるものとする︒福田・前掲﹃刑法解釈学の 基本問題﹄は︑この場合︑上下主従の関係に立つ共同占有であって︑下位者は︑たんなる監視者ないし占有補助者にすぎな い と す る

︵ ニ

︱ 四 頁 ︶

( 2 2 )   M D R  19

66 ,  2 53 . 

( 2 3 )

 

U rt e i l  v .  

12 . 

1 0 .  

19 93 , 

OLG 

C el l e  w i s tr a

  1

99 4,

 197 " NJW 

19 94 ,  1 42 . 

(24)判決の冒頭で︑上級ラント裁判所は︑工場は P への支払いによってその F への支払い義務から解放されるとしている︒

﹁ と い う の は

F は︑世話人を選任したことによって︑外部関係においては︑ P により有効に代理されたのであるから︑ F

は︑この︑彼女のために行われた法律行為を自らに妥当させたからである﹂︒この点については︑民法に考慮を払っていな

いとの学説からの批判がある。Vgl•

Kr ac k/ Ra dt

De rDreiecksbetrug

d   o er   di e   Fr a g wi i r di g k ei t e  d r  , , Be f r ei u n g  d es   St r a f  ,  r ec c h ts   v

om i v  z i li s t is c h en   De nk en  

^ ^  

‑OLG 

C el l e , 

NJW 

19 94

, 1

42 , 

i n:   Ju S 

19 95 , 

S .  

17 

f f . ;   L innem

an n, u  Z rn   Na he ve rh al tn is   be im   Dre ie ck be tr ug

‑O LG e l   C l e  w i st r

a   1

99 4,  1 97 , 

i n:   w is t r a 

19 94 , 

167 

f f .  

( 2 5 )

なお︑判例では︑被告人の行為が︑詐欺罪の正犯であることについても詳しく論じているが︑ここでは省略する︒行為支 配説に立っても︑行為の実行段階における共同を要求する見解は狭すぎるとして︑むしろ︑﹁行為の計画と準備において相

応の決定的な役割を果たせば︑本来の実行段階の前の共同でも十分である﹂とする︒

( 2 6 )

 

V gl . K  ra ck /R ad

姿J

us  1 99 5,

S .  

  1 9.  

( 2 7 )

大阪高判昭六

0 .

︱‑.二八判時︱ニニ四・一三四゜

( 2 8 )

大判大元︱一月二八日刑録一八・一四三一︒最高裁の判例は︑二重抵当につき︑前の抵当権者に対する関係で︑背任罪を 認めたが︑後の抵当権者との関係で詐欺罪の成立をみとめた前掲大審院の判例は︑本件には不適切なものであるとする︵最

判昭三一・ーニ・七刑集一

O ・

︱ ニ

・ 一 五 九 二 ︶

(29)

大判大六・――•五刑録二三.―-三六。同じく、登記官吏の「不動産を処分するの権能を有せず」としたものとして、

四 九 四

︵ 一

0

二 ︶

(22)

( 1 )  

詐欺罪における他人の財産に対する処分行為について 大判大︱ニ・︱‑.︱二刑集ニ・七八四がある︒ (30)最判昭二四・ニ・ニニ刑集三・ニ・ニ三二︒本判決の事案は︑被告人が︑ある教団の大阪連合支部内で︑支部長を欺岡し て︑﹁買物に出て来たところ︑代金が不足するので帰宅後直ちに返済するから金五千円貸してくれ﹂と欺き︑教団ないし教 団主管者の所有する現金五千円の交付を受けてこれを騒取したというものである︒判例は︑詐欺罪を構成するとした︒福 田・前掲﹃刑法解釈学の基本問題﹄ニ︱八頁は︑この判例を﹁すくなくとも︑それを処分しうる事実上の地位にあるとみと められるので︑その結論において妥当である﹂とする︒

( 3 1 ) 最 判 昭 四 ニ ・

︱ ニ

・ ニ

︱ 刑 集 ニ

・ I

O ・

一 四 五 三

︒ ( 3 2 ) 最 判 昭 四 五 ・ 三 ・ ニ 六 刑 集 二 四

・ 三

・ 五 五 ︒ ( 3 3 ) 曽 根 威 彦

﹃ 刑 法 各 論 ﹄

︵ 第 三 版

・ 二 0

0 一

年 ︶ 一 四 四 頁

︒ ( 3 4 ) 木 村 亀 二 可 俎 劣 合 論 ﹄

︵ 昭 和 三 四 年

︶ ︱

︱ ︱

︱ 二 頁 ︒

(35)大谷•前掲(新版)二五七頁。福田・前掲『刑法解釈学の基本問題」は、「被欺岡者が、当該財物に対して単なる事実上

の影響可能性をもっているということでは足りず︑看視者としてであれ占有補助者としてであれ︑すくなくともその地位が

被害者の財物に対する事実的支配の範囲内に属することが必要であろう﹂とする︵ニ︱六頁︶︒

(36)仙台高判昭二六•四·二八高刑特報二ニ号三六頁。

︑ 法 的 権 限 説 と 陣 営 説 学説の状況

四 九 五

ドイツの学説においては︑第三者の財産に対する処分を肯定する根拠に関しては︑①事実的近接説ないし事実的 作用可能性説と②法的権限説︵授権説︶とが両極端の見解として対立し︑その中間にさまざまな説があるという状

( 3 7 )  

況である︒わが国においては︑最近の判例は︑すくなくとも文言上は︑前述のように︑法的権限説に立つように思わ

︵ 一

0 三 ︶

(23)

③ 陣 営 説

(L ag er th eo ri e)

第五二巻四・五号

︵ 一

0 四 ︶

れる︒学説は︑むしろ︑実質上︑陣営説に立つものが少なくなげ研陣営距を明言する学説は多くない︒他方︑最近︑

﹁被害者の指示によって占有を移転させる立場にある者﹂とする見釈を受け継いで授権距に立つものが増えている︒

② 法 的 権 限 説

(T he or ie de r  r ec ht li ch en   Be fu gn is ) 

権限距は︑三角詐欺の事例構造においては︑被欺岡者が︑処分の遂行につき権限を与えられていた場合に︑詐欺が

成立するものとする︒つまり︑決定的に重要なのは︑処分の法的有効性であるとするのである︒これによれば︑他人

の財物に対する処分権限を有するかどうかが判断基準となる︒処分者が︑占有の移転につき占有者から法的に有効な

授権があった場合に︑処分行為といえるものとされ︑または︑被害者が︑第三者に︑意識的・意欲的に財産に対する

( 4 3 )  

処分を行う権限を認めたことを求める︒この見解は︑法的権限説ないし授権説と呼ばれる︒最近では︑代表的なもの

( 44 )  

を挙げると︑ロクシン/シューネマン︑オットー︑バックマン︑ザムゾン/ギュンター等がこの説を採る︒

この説によると︑財物を原則的に他人に引き渡す権限を与えられ︑または代理権を与えられたことが重要である︒

このような権限をもった第三者の行為は︑自らが行為したかのように財産の所有者にその効果が︑民法上も刑法上も

帰属される︒逆に︑権限が与えられていない場合には︑処分行為とはいえない︒したがって︑本説に対しては︑民法

( 45 )  

上の思考に刑法が従属させられているという批判がある︒

これに対して︑ドイツの判例と一部の学説は︑他人の財物に︑事実上︑行為者よりは近接している者︑つまり︑被 関法 四 九 六

参照

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