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その概念 と日本の英語教育へ意味するもの

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BulletinofFacultyofEducation,NagasakiUniversity:Curriculum andTeachingNo.33(1999)69‑77

Wor l d Engl i s he s:

その概念 と日本の英語教育へ意味するもの

大坪 喜子

(平成11年315日受理 )

Wor l d Engl i s he s:

I t sI mpl i c at i onf orJapane s eEngl i s hEduc at i on

Yos hi koOTSUBO

(Received,March15,1999)

は じめに

"WorldEnglishes"(世界諸英語 ) とは,多 くの人 にとってはまだ耳 なれ ない用語 で あ るか もしれない。 しか し,BrajB.Kachru&LarryE.Smith(eds.),WorldEnglishes/ JournalofEnglishasanInternationalandIntT・anationalLanguage(Blackwell)は, 1999年3月現在,第18巻,第1号 をすでに発行 している。また,1993年には,"TheInterna‑

tionalAssociationforWorldEnglishes"も設立 され,その国際学会 もホノルル (1993), イ リノイ (1994), 日本 (1995), ホ ノルル (1996), シ ンガポール (1997), イ リノ イ (1998)とい うように開催 されて きてお り,1999年 は, 日本 で開催 され る こ とになって い る 本箱 では,"WorldEnglishes"の概念 とその趣 旨を紹介 し,それが 日本 人 に とって, 特 に, 日本の英語教育 に携 わっている者 にとって何 を意味す るのか を考 えることにす る

以下, まず,"WorldEnglishes"の概念の出発点 で あ る と も言 える LarryE.Smith氏 の "EnglishasanInternationalLanguage"(国際語 と しての英語 ) につ い ての考 え方 を紹介 し,ついで,BrajB.Kachru氏 の "WorldEnglishes"の考 え方 を紹介す る そ し て,最後 に,"WorldEnglishes"の 日本の英語教育へ意味す る もの を考 える。

1.pEngJishasanJnternationalLanguage' (国際語 と しての英語 )

"EnglishasanInternationalLanguage"については,1977年か ら1985年 頃 を中心 に, ハ ワイの イース ト ・ウエ ス トセ ンター (TheEast‑WestCenter)にお け る LarryE.

Smith氏のプログラムで しば しば取 り上 げ られていたテ ーマであ った。 筆者 も, ハ ワイ 大学 とイース ト ・ウエス トセ ンター主催のアメ リカ言語学会夏期講座 (The1977Summer InstituteofLinguistics;TheLingllisticSocietyofAmerica)で開講 された "Englishas anInternationalAuxiliaryLanguage"(LarryE.Smith氏他担 当) とい う大学院のコー ス を受講 したの をは じめ,1984年夏 に6週間 (7月3日か ら8月10日),"Englishasan

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70 長崎大学教 育学部紀要 教科教育学 rb33(1999年)

InternationalLanguage"とい うイース ト ・ウエ ス トセ ンターの プログラム (LarryE.

Smith氏担当)に参加 し,多 くの国々で英語教育 に携 わ ってい る人 々 と意見交換 を しな が ら, 日本人の立場か ら "EnglishasanInternationalLanguage"(以下 EIL)につ い ていろいろ考 える機会があった ここでは,EILの特徴 を明 らかにす るために,"English asaSecondLanguage''(以下 ESL), "EnglishasaForeignLanguage"(以 下 EFL) お よび "EnglishtoSpeakersofOtherLanguages"(以下 ESOL)との関係 を明 らか に す ることか らは じめ よう。

ESOLとは,ENL (EnglishasaNativeLanguage)に対 す る もので, その 中 に ESL とEFLが含 まれることになる。ESLは第‑言語 (母国語 )を持 っていなが ら, 日常 生活 で英語 を使 っている場合 を指 してお り,EFLは 日常生活では母 国語 を使 ってお り, 英語 は 日常生活では不必要であ り,学科 目として英語 についての知識 を学習 している場合が多 い。 この関係 を図示す ると次の ようになるであろう (Otsubo,1978:37)0

ENL<‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑

E S

/ L ‑ ‑ 一 ‑ 一 ‑ 一 ‑ ‑ > / E へ

S

O L \ \

U.S.A. ThePhilipplneS UK Singapore Australia India

Canada etc.

etc.

E F L

China Korea Indonesia

Thailand Japan

etc.

図1

す なわち,〔図1

は, まず,ENLとESOLは,母国語 と非母国語 とい う対立関係 にあ ることを示 し, さらに,ENLの国は母国語 として英語 を使 っている国,ESLの国 は,母 国語 (第一言語 )を持 っていなが ら,第二言語である英語 を 日常的に使 っている国,そ し て,EFLの国は, 日常的に母国語 を使 ってお り,英語 は使 われない国を示 している。 (但

し,現実的には,EFLの国の人であって も,英語が使 われている国へ行けば、その人にとっ て,英語 は第二言語 として使 わなければな らない言語,つ ま り,ESLとなる。)

EIL (EnglishasanlnternationalLanguage)とい う観 点 か ら言 えば, この よ うに英 語が使 われる状況が異 なるに もかかわ らず,ENL・ESL・EFLは対 等 の立場 になって し

まう次 に示す LarryE.Smith氏のEILについての説 明 は これ を裏付 け る こ とにな る であ うろ

・・・・・・Enhlishisnotoneofournationallanguages,butitisourinternational language. AndEnglishasaninternationallanguageisnotthesameasEnglishasasecondor foreighlanguage.

Whenanylanguagebecomesinternationalincharacter,itcannotbeboundtoany onecllltllre.AThaidoes'tneedtosoundlikeanAmericaninordertouseEnglishwell

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大坪 :WorldEnglishes:その概念 と日本の英語教育へ意味するもの 71

withaFillipinoatanASEAN meeting‑

・ ・

・・Itisclearthatinthesesituationsthereis noattemptfortheusertobelikeanativespeakerofEnglish,Englishisusedtoexpress thespeaker'sbusinesspolicy,governmentposition,orpoliticalconviction.Itisthe meansofexpressionofthespeaker'sculture,andnotanimitaionofthecultureof GreatBritain,theUnitedStatesoranyothernativeEnglishspeakingcountry.

English,whenusedasaninternationallanguage,isnotownedbyitsnativespeakers (Suzuki,1979),andnativeandnon‑nativespeakerseverywheremustbecomeawareof thewidespreadshiftinattitudesandassumptionsaboutthelanguage.

(LarryE.Smith1983:7‑8)

Smith氏 によれば、EILとい う場合 ,英語 は どの国に も, どの文化 に も属す る とい うの ではな く,それぞれの人が, 自分の考 えを, また, 自分 の文化 を表すため に英語 を使 えば よい とい うことになる。言い換 えれば, イギ リスやアメリカなどの英語 を母国語 とする国々 の文化 の模倣 をす るので はな く, 自分 の文化 に従 った表現 をす れば よい とい うことを述べ ている この ようなEILとENL./ESL/EFLとの関係 を図示 す る とす れ ば次 の よ うにな るであろ う。

EIL

ENL ESL EFL

USA ThePhilipplneS China UK Singapore Korea Australia India Indonesia

Canada etc. Thailand

etc. etc.

2

〔図2〕は,EILとい う立場 では,ENL・ESL・EFLは対等である ことを表 してい る

言 い換 えれば,EILとは,英語 を母 国語 とす る人 ・第二言語 と して使 う人 ・外 国語 として 学習 してい る人が,必要 に応 じて,英語 をコ ミュニケーシ ョンの手段 として対等 に使 って い ることを意味す る

理論的 には,EILは,〔図2〕が示 しているように,ENL/ESL/EFLを対等 の立場 にあ る と考 えるが,現実的 には,母 国語話者 の英語 ,第二言語 として英語 を使 ってい る人の英 請,そ して,外 国語であ り, 日常 的に英語 を使 わない人の英語では,大 きな相違がある

従 って,EILにつ いて これ まで議論 されて きた ことは,その多様性 に どの ように対処すれ ば よいのか とい うことについてであ った。そ して,"mutualintelligibility'',"grammati‑ calacceptability","socialapproprlateneSS","tolerancefordifferentpronunciation patterns"な ど (Smith1983:8‑9)が熱心 に議論 された。特 に,ESL/EFLの場 合 , 多 か れ少 なかれ,それぞれが,それぞれの母国語 の影響 のあ る英語で コ ミュニケーシ ョンをす る ことになるわけであ るか ら,お互 いに相手 の英語 を理解 す る努力 を しようとい うのが議

(4)

72 長崎大学教育学部紀要 教科教育学 恥33(1999年 )

論の主な趣 旨であった といって よい。議論 に参加 しなが ら,EFLの立場 にいる筆者にとっ て, もっとも印象的であったのは,EILの場合,英語の母国語話者 も非母国語話者の英語 を理解す る努力 をす るのが当然である とい う考 えかたが前面 に出 されていたことである

それは,従来のESOLの場合 と大 き く異 なる ところであ る。ESOLの場合 ,ESL/EFL の人がいつ もENLに近づ く努力 を求め られる立場 になる さらに言い換 えれば,従来は, 英語の母国語話者がその中心であったが,EILの観点か らは,母国語話者 も非母国語話者

も対等 に英語で コミュニケーシ ョンを していることに焦点がおかれていることになる。従っ て,母国語話者 に も非母国語話者の英語 を理解す る努力が求め られることになる。

但 し, ここで,EFLの立場か ら,急いで付 け加 えておかなければならない ことが あ る

それは,EILの観点か ら,英語で コミュニケーシ ョンをす る場合,母国語話者 と非母国語 話者が理論的に対等である とはいえ,非母国語話者であるわれわれは,母国語話者の英語 をモデル として練習するのは当然の ことであるとい うことである。 ここで指摘 しておかな ければな らない ことは,母国語話者の英語 をモデルに して練習 し,英語 を自由に自分の こ とば として使 えるようになった として も,母国語の影響 は免れない ように思われる とい う ことである イ ン ドや フイリッピンなどの ESLの国の人々は,英語 を 自分 の こ とば と し て 自由に使 えるが,その場合,母国語の影響がむ しろ自然 に出て くるようにさえ思われる。

われわれは,彼 らの話す英語 を聞いて,イン ドの人であるとか, フイリッピンの人である と判断で きる しか し,その ように母国語の影響があるとはいえ,英語 を自分の ことば と して 自由に使 える段階になっては じめて,「イ ン ド (人)の英語」,「フイ リッピン (人 ) の英語

である とい うように言 うことがで きるのではないか と思 う。そ して,その ような 世界各地の英語 をBrajB.Kachru氏 は ̀WorldEnglishes'(世界諸英語 ) と呼 んでい る

そ して,EILの多様性 を,"WorldEnglishes"(世界諸英語 )の観点か ら, それぞ れの 英語の特徴 として捉 え,それぞれの英語の特徴 を記述するという方向‑深められてきている

2."WorldEnglishes"(世界詩英語 )

BrajB.Kachru氏 ̲(1992,1995)によれば, これまで述べて きたENL ・ESL ・EFLの 関係 は "ThreeConcentricCirclesofEnglishes''として次の ように示 されている。

図3

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大坪 :WorldEnglishes:その概念 と日本の英語教育へ意味するもの 73

す なわち,"ThelnnerCircle''はENLの国,̀̀TheOuterCircle"はESLの 国 , そ し て,"TheExpandingCircles''はEFLの国 をそれぞれ指 してい る この よ うに, 大 き く 三つの グルー プに纏 め られる国々のそれぞれで用い られる英 語 を,BrajB.Kachru氏 は

"WorldEnglishes''とい う概念 で次 の ように説明す る

TheconceptworldEnglishesdemandsthatwebegin with adistinctionbetween Englishasamedium andEnglishasarepertoireofculturalpluralism:onereferstothe form oflanguage,andtheothertoitsfunction,itscontent.Ⅰtisthemedium thatisde‑ signedandorganizedformultiplecultural‑・orcross‑cultural・・・conventions.Itisin thissensethatoneunderstandstheconcepts "global","pluralistic",and "multi‑ cannons"WithreferencetotheformsandfunctionsofworldEnglishes.Whatweshare asmembersoftheinternationalEnglish‑uslngSpeechcommunityisthemedium,that is,thevehicleforthetransmissionoftheEnglishlanguage.Themediumperse,how‑

ever,hasnoconstraintsonwhatmessage‑ culturalorsocial‑ wetransmitthrough it.AndEnglishisaparadigm exampleofmedium inthissense.

WhenwecallEnglishaglobalmedium,itmeansthatthosewhouseEnglishacross cultureshaveasharedcodeofcommunication.Andtheresultofthissharedcompe‑ tenceisthat,inspiteofvarioustypesofcrucialdiffernces,webelievethatwecommu‑

nicatewitheachother‑oneuserofEnglishwithanother,aNigerianwithanIndian,a JapanesewithaGerman,andaSingaporeanwithanAmerican.Itisinthisbroadsense ofinterlocutionsthatwehaveonelanguageandTnanyvoices.

(BrajB.Kachru,1995:1)

ここで述べ られてい る ̀WorldEnglishes'とい う概念 は,EILと して用 い られ て い る 英語 をよ り具体 的 に捉 えようと している と考 える ことがで きるで あ ろ う まず ,"World Englishes"とは,世界 の各地で用 い られてい る英語 とい うことであ り, そ の英語 に は,

「伝達手段 と しての英語」(Englishasamedium)と 「文化 的多様性 を担 う もの と して の 英語」(Englishasarepertoireofculturalpluralism)とい う二 面性 が あ る こ とを認識 してお くべ きである と述べ ている 言 い換 えれ ば,"WorldEnglishes"は, い ろい ろ な 文化 の慣 習 に会 うように用 い られ うる伝達手段 と しての英語 であ る とい うことがで きる

われわれが国際的な英語社会 の構成月 として共有 しているのは 「伝 達手段 と しての英語」

であ る。そ して,その伝 達手段 その ものであ る英語 は,伝 えるメ ッセージに関 していか な る制限 を しない とい うことであ る これは,Smith氏 が "Whenanylanguagebecomes internationalincharacter,itcannotbeboundtoanyoneculture (Smith,1983:7)."

と述べ ている こととまった く同 じことを意味 してい る と言 って よい。

また,われわれが英語 をグローバ ル な伝達手段 (aglobalmedium)である と言 うとき, いろいろな文化 間の違 い を越 えて,英語 を用 いる人 々は, コミュニケーシ ョンのために一 つの共有 された コー ドを もつ ことを意味す る この共有 された能力 ,す なわち,英語 を用 いるこ とがで きる とい うことの結果 として,いろいろな国の人々が英語 を用 いるため に, いろいろな注意すべ き相違点 も出て くるけれ ども,われわれは,お互いにコミュニケ‑シ ヨ

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74 長崎大学教育学部紀要 教科教育学 Fh33(1999年)

ンがで きると信 じている。例 えば,ナイジェリア人が イ ン ド人 と, 日本人が ドイツ人 と, シ ンガポール人が アメリカ人 と, とい うように,ある国の英語使用者が他の国の英語使用 者 とコミュニケーシ ョンをす ることがで きると信 じてい る。われわれが,一つの言語 (英 請 ) を使 って,多 くの国の人々 と会話がで きるの は, この ような広 い意 味 にお ける会 話 (interlocutions)においてであるとBrajB.Kachru 氏 は述べている

以上,EILお よび "WorldEnglishes"の概念 を紹介 して きたが, この二 つ の概 念 は基 本的には同 じことを指 している と筆者 は考 えている それは,Smith氏 の EILにつ いて の考 え方 をKachru氏 は ̀̀WorldEnglishes"とい う概念 を用いて,それぞれ の英語 に焦 点 を当てるとい う方向‑発展 させ ていると考 えることがで きるか らであるO その趣 旨は, 英語 はいろいろな国の人々によって コミュニケーシ ョンの手段 として使 われている とい う

こと,そ して,いろいろな国の人々が英語 を共通の コ ミュニケーシ ョンの手段 として用い る とき,それぞれの使 う英語 はそれぞれの言語や文化の影響 を受けるため,お互いに理解 し会 う努力 を しなければな らない とい うことを述べてい ることになるであろ う そ して, 前述の国際学会,"TheInternationalConferenceforWorldEnglishes"がそ れぞれ の英 語お よび文化 を理解す るための情報 を提供 し会 う研究発表の場 となっていることを付 け加 えてお きたい。

これ までの "TheInternationalConferenceforWorldEnglishes"にお け る研 究発表 の傾 向か ら, もっとも積極 的に発表が行 われているのは,や は り,ESLの英 語教 育 に携 わっている人々,お よび,ESL国出身の人々の立場 か らであ る 彼 らの立場 で は, た と えば,イン ド (人)の英語, シンガポール (人)の英語,マ レイシア (人)の英語等 につ いて,その特徴や論の進め方 など,それぞれの英語 を使 う人々の英語お よび英語の使 い方 の特徴 を紹介 し,それ らを他の人々が理解で きるように情報 を提供 している。 これ らの発 表が,国際社会 において英語 によるコミュニケーシ ョンをスムーズ に行 うための助 け とな るのは明 らかであ る

3.'WorldEnglishes"の 日本の英語教育へ意味 するもの

最後 に,"WorldEnglishes"の観点か ら, 日本の英語 (料 )教 育 の現状 を考 えてみ よ う これ までの ところ,英語 をコミュニケーシ ョンの手段 として使 えるように指導す るこ とがで きている とは言 えない とい う点では,「日本 (人)の英語」 を まだ示 す こ とが で き ているとは言 えない。すでに明 らかであるように,EILも "WorldEnglishes"も, 国際 社会 の中で,われわれが,お互いに,英語 をコミュニケーシ ョンの手段 として用いる とい うことを前提 としている 従 って, まず第一 に, 日本の英語教育 には,「日本 (人 ) の英 語

を実現 させ ることので きる英語の指導 を行 うことが要求 されている とい うことを指摘

してお きたい。

第二 に,"WorldEnglishes"が,世界各地のそれぞれの英語 には特徴 が あ る とい うこ とを暗示 していることで,例 えば, 日本人の英語 には 日本人特有の癖 があること, また, 中国人の英語 には中国人特有 の癖がある とい うことを,当然の こととして,われわれに受 け入れ させて くれるとい うことを指摘 してお きたい。そ して,それぞれの英語 には特徴が あ るとい うことを認めることは次の二つの利点 につ ながるように思 われる。一つ は, 日本 人特有の癖があることを認めることに よって, 日本人英語教師はこれまでより英語 をコミュ

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大坪 :WorldEnglishes:その概念と日本の英語教育へ意味するもの 75

ニケ‑シ ョンの手段 として使 うことに対 しての抵抗が少 な くな り, 自由な気持ちで,又は, 積極的に,英語 コミュニケーシ ョンの授業 に対応で きることが考 えられることである 言 い換 えれば,非母国語話者の 日本人英語教師にとって,生徒 との英語 によるや りとりを通

して,英語運用訓練 をす る場合の精神的負担が軽 くなるとい うことである

もう一つは,他の国の人々の英語の癖 に対 して も,許容力が出て くるということである

ここでは,中国か らの留学生,顔桐好 さん (長崎大学大学院生)の経験 を基 に,一つの例 を紹介 しよう。 日本人の多 くは,英語 をコミュニケーシ ョンの手段 として使 うことはで き ないけれ ども, 日本語の中に英語の単語 を自由に取 り入れて用いている そ して,その 日 本人の英語発音の特徴 として,「子音 +母音」の音型が英語の発音 にも表 れて くる 例 え ば,Christmastree[krism∂stri:]は,「クリスマ ス ツ リー」 [kurisumasutsuri:]とな り,station[st6iJan]は,ステーシ ョン[sute:Jon]となる。顔 さんによる と,大学 l ・ 2年生の時の 「英語 コミュニケーシ ョン」の時間に,同級生 と英語運用練習 をする とき, 日本人学生が彼女の中国語の影響 をうけた英語発音 を聞 き取れず,いつ も文字で示す こと になって しまい,文字で確認で きた後 に日本人学生が発す る英語の発音 は, 日本語の影響 を受けた英語発音 (例 えば,applel牟pl]は[apulu]とい う発音 )になっていた とい う 通常, 日本の学校では, 日本人だけの英語のクラスであ り, 日本人の発する英語の発音は,

日本語の発音 ・イン トネーシ ョンの影響 を受けるため,み な同 じような発音 ・イン トネー シ ョンになって しまうのでお互いに気 にならない。 しか し,中国語 を母国語 とする顔 さん が発す る英語の発音 は,当然,みなと同 じではない。 この場合,お互いに相手が変 な発音 をすると受 け取 っていたことになる ̀WorldEnglishes'の観点か らこの状況 を考 えてみ よう この場合,「中国人の英語」 と 「日本人の英語の音声面の特徴 を知 っていれば, お互いに,相手の英語 を理解す る努力がで きることになる 事実,顔 さんは,その後,大 学院研究科へ提 出 した レポー ト(1998年度後期 )で,KAWAI社の音声分析 器 を用いて,

「日本人の英語」 と 「中国人の英語」 を分析 してお り,それぞれの英語が母 国語 の影響 を 受けているとい う明白な特徴 を示 し,客観的に,顔 さん自身の英語 も母国語の影響 を受 け た 「中国人の英語」であることを受け入れることがで きるようになった ことを付 け加えて お きたい。参考 までに,顔 さんが音声分析器で得た日本人と中国人の英語音声の波形 とピッ チの型の例 を示 してお く (〔図

4〕

を参照のこと)。

英語 を国際語 として使 う場合,̀WorldEnglishes'の視点か らの情報 をうる ことが有意 義であることは論 を待 たないであろ う英語 をコミュニケーションの手段 として多 くの国々 の人々と共有す るためには,それぞれが 自分 自身の英語の特徴 を知 ってお く必要があると い うこともすでに自明の ことであろう "WorldEnglish''の観点 か らは, も しわれわれ が 「日本人の英語」 を実現で きれば,音声面だけではな く,会話の進め方や会話の中の沈 黙の意味等の特徴 をも含めて,談話構造や語用論 (Pragmatics)の領域 が有意義 な研 究 対象 とな りうることが予測 される今後のわれわれの新 しい課題 となるであろう。

(8)

76 長崎大学教育学部紀要 教科教育学 Iも33(1999年)

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図 4 上段 の波形 とピッチの型 は 日本 人の例 、下段 は中国人の例

References:

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参照

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