“ 把 ” 構文における目的語の確定性
横 山 昌 子
The ba-construction is a special construction in Mandarin Chinese, which contains various features that differ from the subject-predicate-object structure.
That features are that the prepositional “ba,” which takes an object, is placed before the predicate, and the verb used for that predicate must be accompanied by an additional component, such as a complement or adverb. Furthermore, the thing referred to by the object of “ba” is always definite.
Previous discussions regarding the definiteness of the object following “ba”
were presented mostly from a pragmatic point of view. This paper argues that the definiteness of the object within ba-constructions is determined by its semantic relationship to the predicate. Additionally, predicate logic is utilized to elaborate on the semantic structure of ba-constructions and further clarify the reasons for the definiteness of the object.
キーワード:“ 把 ” 構文、目的語、確定性、意味論、述語論理 はじめに
“ 把 ” 構文は、統語構造的には「NP1 + “ 把 ” +NP2 +VP」という形式 を取る。本論で位置づける “ 把 ” 構文の目的語とは、“ 把 ” の後ろのNP2 のことである。“ 把 ” 構文中のNP2 は動詞VPの目的語の前方移動だとす る解釈もあるが、これは “ 把 ” 構文の働きを「主語+動詞+目的語」構文 の目的語を前に引き出すことにあるとする考えによるものである。しかし、
このような説明には無理があると朱德熙(1982)は述べている。その理由は、
「主語+動詞+目的語」構文に還元できない “ 把 ” 構文が多く存在するから であるとして、次のような例文を挙げている。(以下、例文の訳文のうち、
出典を明記していないものは筆者による。)
(1) 把换洗衣服包了个包袱(朱德熙 1982:188)
(着替えを一つの風呂敷に包んだ)
(2) 把壁炉生上火(朱德熙 1982:188)
(暖炉に火をおこす)
(3) 把铁块儿变成金子(朱德熙 1982:188)
(鉄のかたまりを金に変える)
(4) 把大门贴上封条(朱德熙 1982:188)
(表門に封印の紙をはる)
(5) 把画挂在墙上(朱德熙 1982:188)
(絵を壁に掛ける)
朱德熙は、ほとんどの “ 把 ” 構文は “ 把 ” を取り除いた後も残りの部分 が成立し、それが受動者主語文であることから、“ 把 ” 構文と密接な関係 にあるのは「主語+動詞+目的語」構文ではなく受動者主語文であると述 べている。
(6) 把衣服都洗干净了(服をみなきれいに洗った)
→衣服都洗干净了(服はきれいに洗ってある)(朱德熙 1982:188)
(7) 把嗓子喊哑了(喉を叫んで嗄れてしまった)
→嗓子喊哑了(喉が叫んで嗄れてしまった)(朱德熙 1982:188)
このような考察から、朱德熙は “ 把 ” の目的語は統語的には動詞の目的 語が前に移動したものではないとしているが、意味関係的には “ 把 ” 構文 の目的語の多くは動詞あるいは動詞句全体の受動者であると述べている。
(8) 把那口猪宰了(朱德熙 1982:186)
(あの豚を屠殺した)
(9) 把铅笔写秃了(朱德熙 1982:186)
(鉛筆を書きへらした)
意味関係的には、(8)の “猪” は動詞 “宰” の受動者であり、(9)の铅笔 は動補構造全体の受動者である。また、“把” の目的語が動作者の場合もあ るとして次の例を挙げている。
(10)别把犯人跑了(犯人を逃すな)
さらに “ 把 ” の目的語の意味上のもうひとつの特徴として、“把” の目的 語は常に「確定的」(“有定”;definite)なものであると述べている。
(11)请来了一位大夫(朱德熙 1982:187)
(ひとりの医者を呼んだ)
(12)请来大夫了(朱德熙 1982:187)
(医者を呼んだ)
(13)把那位大夫请来了(朱德熙 1982:187)
(あの医者を呼んだ)
(14)把大夫请来了(朱德熙 1982:187)
(医者を呼んだ)
(15)*把一位大夫进来了(朱德熙 1982:187)
(ひとりの医者を呼んだ)
朱德熙の説明によれば、(11)の文では “ 大夫 ” の前に不定数量詞 “ 一位 ” が用いられ、(12)の文では不定数量詞は用いられてないが、この二つの 文の “ 大夫 ” はいずれも不確定な医者を表す。(13)の “ 把 ” 構文では “ 大 夫 ” の前に指示代詞の “ 那 ” が用いられているので明らかに確定的である。
(14)の “ 大夫 ” の前には指示代詞がないが指示している対象は確定的な医 者である。(15)の “ 把 ” 構文には不定数量詞 “ 一位 ” があるが、“ 把 ” 構 文の要求と矛盾するため不適格な表現となっている。
このように、朱德熙は “ 把 ” 構文では目的語に確定的なものが要求され るとしているが、その理由については述べていない。本論では、“ 把 ” 構 文の目的語に確定的なものが要求されるというのはどこから生じているの かという点について考察する。
1.確定性の概念
本論では、“ 把 ” の目的語に確定的な名詞句が要求される理由について 考察するが、その前に中国語における確定的な名詞句とはどのような概念 を指すのかということについて明確にしたい。
朱德熙は、前述の例文(12)の “进来大夫了 ” の “ 大夫 ” は不確定な医 者を示しているのに対し、(14)の “ 把大夫进来了 ” の “ 大夫 ” は確定的な 医者を示していると述べている。これらの “ 大夫 ” は指示代詞や数量詞を 伴わない裸の名詞であるが、文の意味から確定/不確定が区別される。ま た、“*把一位大夫进来了” が不適格文なのは、“ 把 ” の目的語に不定を示 す数量詞を伴う名詞句が用いられているからである。しかし、“ 把 ” 構文 の目的語に不定数量詞が用いられている例として、朱德熙は次のような例 を挙げている。
(16)偏偏又把个老王病倒了。(朱德熙 1982:187)
(よりにもよって王さんが病気で倒れてしまった。)
この文の目的語には固有名詞 “ 老王 ” の前に不定数量詞の “(一)个 ” が 用いられているため不確定を表していることになるが、この文は成立する。
この現象について、朱德熙は次のように説明している。「“ 老王 ” は確かに 特定された人物である。しかし、話し手は病気になる人が “ 老王 ” である とは思いもよらなかったが、他の誰でもなく “ 老王 ” だった(“ 偏偏 ”「よ りにもよって」という語がそれを表している)。その点で、“ 老王 ” は話し 手にとって既知の対象ではないため “ 一个 ” が付けられている」。つまり、
この文中の不定数量詞 “(一)个 ” は不定を表しているのではなく「意外性」
を表しているのであって、“ 老王 ” は確定的な人物であることには変わり がないということになる。
このように、中国語の文では名詞句の確定性の解釈がしばしば問題にな る。これは、一つには中国語の名詞句の確定性の表示形式と文に現れる形 式が一致しないためである。また、中国語の文が要求する確定性が、「定
(definite)」を指しているのか「既知」を指しているのかという概念上の混 乱も関係している。ここではまず、中国語の名詞句の確定性について詳細 に分析している陈平(1987)を取り上げる。
1.1 陈平(1987)の研究
陈平(1987)は名詞性成分に関係する意味概念として、次の4組の概念 を挙げている。
① “有指 ” と “ 无指 ”(referential指示的/ nonreferential非指示的)
名詞性成分の表現対象が実体(entity)であれば、それは「指示的な」
対象である。
② “定指 ” と “ 不定指 ”(identifiable確定的/ nonidentifiable不確定的)
話者が発した名詞性成分の対象を、聞き手が他の同類の対象と区別して 唯一のものと認識できるとき、それを「確定的」という。
③ “实指 ” と “ 虚指 ”(specific特定的/nonspecific非特定的)
話者が用いる名詞性成分の指示対象が、文脈中で実在の事物を指してい る場合、それを「特定的」という。反対に指示対象が広く一般的な概念で ある場合、実在していてもしていなくても、それを「非特定的」という。
陈平によれば、「確定的と不確定的」の基盤は、話者が聞き手にその対象
を他の同類の事物と区別させられるかどうかにあるが、「特定的と非特定 的」の基盤は、話者本人の意図にあり聞き手とは無関係である。
④ “ 通指 ” と “单指 ”(generic総称的/individual個別的)
名詞がある類のすべてを指すとき、それは「総称的」と呼ばれる。反対に、
名詞の指示対象がある類の中の個体であるとき、それは「個別的」と呼ば れる。
陈平は、中国語の名詞性成分の表現形式を、人称代名詞(A)、固有名詞
(B)、“这/那 ” +(量詞)+名詞(C)、裸の普通名詞(D)、数詞+(量詞)
+名詞(E)、“ 一 ” +(量詞)+名詞(F)、量詞+名詞(G)に分類し、こ れらと上記の4つの概念との関係について考察している。以下では、本論 と関係する「“ 定指 ” と “ 不定指 ”」(確定的なものと不確定なもの)につ いて取り上げる。
陈平によれば、中国語の名詞性成分の確定と不確定の区別は3つの方面 から表される。第一はその成分の表現形式、第二はその成分が持つ定語の 性質、第三はその成分の文中における機能である。名詞性成分の表現形式 との関係からみると、現代中国語では一般的にA~Cは確定を表し、F・G は不定を表し、中間のD・Eは両方を含む。D・Eの「確定/不定」の決 定には上記の名詞成分が持つ定語の性質と、文法機能が関係する。名詞性 成分の文法機能と「確定/不確定」の関係は複雑で、名詞性成分が表れる 文形式によって異なる関係にある。ある文形式では文中の成分として確定 的形式(または不確定的形式)の名詞性成分が用いられる傾向が強く、あ る文形式では確定性があいまいな形式の名詞性成分の確定性が文の構造に よって決定される。また、ある文形式の位置では確定的な名詞性成分ある いは不確定的な名詞性成分が排除される。確定的形式の名詞性成分が充当 される傾向が強い文成分としては、「主語」、「“ 把 ” の目的語」、「数量目的 語の前の受動者目的語」、「二重目的語文の間接目的語」、「所有性定語」を 挙げている。
(17)他派周摄影把玉莲送到县招待所,安排食宿。(陈平 1987)
(彼は周攝影を差し向け玉蓮を県の宿泊所に送らせ、食事と宿泊 を手配させた。)
一方、不確定的形式の名詞性成分が充当される傾向が強い文成分として は、「存現文中の目的語」、「場所前置詞フレーズの前の目的語」、「二重目
的語文の直接目的語」、「複合方向補語の後ろの目的語」を挙げている。
また、「確定/不確定」があいまいな形式の名詞性成分が上記の文中の 成分に充当されるときは、用いられる傾向が強い方の概念として理解され ると述べている。
1.2 王还(1985)の研究
王还は、1959 年に出版された『汉语知识讲话』の中で “ 把 ” の目的語には、
次の二つの条件があると述べた
甲:ある一つの、ある複数の特定的(“专指”)な人や物。
乙:ある一つの、ある複数の動作の前にすでに存在している人や物で、
特定的/一般的(“专指”/“泛指”)のどちらでもよい。
宋玉柱(1981)は、これに対しこの条件に当たらない次のような例文を 挙げて異論を呈した。
(18)他是一位有才华的作者,能把文章写得引人入胜。(王还1985)
( 彼は優れた才能の持ち主で、文章を人を引き付けるように書くこ とができる。)
王还は、この指摘に対し、“ 把 ” の目的語には確かに動作以前には存在 していない不確定なものがあることを認めるが、“ 把 ” の目的語の条件に ついて見解が一致しないことの原因として、「“ 有定 ”/“ 无定 ”」の概念の 問題を取り上げている。中国語の “ 有定 ” と “ 无定 ” の概念は一般に英語 の定冠詞 “the” が表す “definite” と不定冠詞 “a,an” が表す “indefinite” と捉 えられているが、王还はこの定義が問題だとしている。その理由は、英語 の不定冠詞 “a,an” は中国語の “ 一个 ” に相当するので、名詞の前に “ 一个 ” を伴う名詞句は “ 无定 ”(不確定)であるが、中国語には定冠詞 “the” に相 当する語がないため、“definite” と “indefinite” の概念と中国語の名詞の表 現形式が一致しないからである。また、英語の冠詞の概念には “specific” と “generic” の区別があり、王还は、“ 把 ” の目的語に関係する概念は、こ の概念の方が適当であるとし、これを「“专指 ”(特定的)/“ 泛指 ”(一般的)」
と定義している。
1.3 本論における「確定性」の捉え方
王还が指摘しているように、中国語には定冠詞 “the” に相当する限定詞 がないため形式上「定」と「不定」が区別されない。このような現象は日
本語にも見られる。荻原(2016)は、固有名詞や普通名詞についての意味 論の概念についての説明の中で、次のような例文を挙げている。
(19) a.犬、どこに行った?
b.次郎は車を売ってしまった。
c.花子は猫を飼っています。 (荻原 2016:18)
下線部分の名詞は、固有名詞や代名詞ではなく、(可算の)普通名詞で ある。荻原によれば、これらの「犬」「車」「猫」を普通名詞として捉える ならば、「ある性質を持ったもの/動物の集まり」を表し、一つの特定さ れた「個体」を示していないが、文が表している意味から捉えると普通名 詞とは異なる。このことは、これらの文を英語で翻訳した文から見て取れ る。
(20) a.Where’s the dog.
b.Jiro sold his car.
c.Hanako keeps a cat. (荻原 2016:18)
(19)の日本語の文の意味にふさわしい表現で英語に訳した場合、日本 語では普通名詞の「犬」、「車」、「猫」のそれぞれに限定詞が付く。荻原の 解釈によれば、(20a)の“the dog"は定冠詞と普通名詞が結びついた句 で、文脈上一つに決定できる個体であり、この場合は「さっきまでそこに いた犬」を示す。このような表現は、近代論理学では「確定記述」(definite description)と呼ばれている。言語学では、定冠詞を含む名詞句という意 味から「定名詞句」という表現も使われる。また、英語にはもう少し広 い意味のdefinite NP/DPという表現もあり、これは“the,this,that,his” な どを限定詞として用いた限定詞句をすべて含む。(20a,b)の“the dog” や
“his car” の表現である。(19a,b)の名詞は、意味としては英語の表現のよ うに限定詞があるという解釈を受けるため、確定記述ということになる。
一方、(19c)の日本語の普通名詞は、英語では不定名詞を含む限定詞句 になっている。英語の“a cat” のような表現は、「不確定記述」(indefinite description)と呼ばれ、形式意味論では存在量化子(existential quantifier)
の意味を持つとされている。荻原によれば、不確定記述は特定のもの示す ために使われるのではなく、「ある条件を満たすものが存在する」ことを 表す表現で、主語や目的語として使うことができるが、ある特定の「人・
もの」を示すわけではないと解釈される。たとえば、(19c)の「猫」は花 子が飼っている「特定の猫」ではあるが、この文が主張しているのは花子
が「たま」という猫を飼っているということではなく、花子が飼っている 猫が「いる」という意味である。
論理学の「確定記述」は意味上の概念で、「定」を表す限定詞を持たな くても、ある性質を持つ個体の集合(普通名詞)から一つの個体に決定で きる演算子が働いている。本論では、指示対象が一つの個体に決定できる ことを、「確定性」と捉える。
2.本論における分析理論
名詞句の確定性は、どのように認可されるのか。英語の定冠詞が使用さ れる状況について参照すると、いくつかの用法に分類されている。最も基 本的な用法としては、前方照応、外界照応、後方照応を含む照応による用 法がある。この場合、定冠詞を伴う名詞句の確定性は、前後に示される名 詞句との照応あるいは会話の現場の状況的判断によって認可されている。
一方、文の構造から定冠詞が用いられる場合もある。たとえば、次のよう な強調構文では、名詞句に定冠詞を伴っている。
(21) It was the vase that (which) I broke yesterday.
(私が昨日こわしたのは花びんでした。) (安井 1996:102)
この文では “vase” は後方の “I broke yesterday” によって限定されるため 定冠詞を伴っている。このように、名詞句の確定性は構文の持つ意味構造 と関係する場合もある。
中国語の “ 把 ” 構文は特殊な構文である。“ 把 ” 構文が一般の主述文と大 きく異なる点は、“ 把 ” が目的語を伴い述語の前に置かれるという構造的 特徴と、“ 把 ” 構文の述語は単純な動詞ではなく補語や連用修飾語などの 付加成分を伴わなければならないという制限があることである。主語や目 的語の名詞句が指示するものが特定のものであることは、発話の状況から 考えるならば、その時点の前に述べた言葉や現場の状況から認識できると することが一般的な解釈である。しかし、構文の特殊性の観点から考える ならば、“ 把 ” 構文の “ 把 ” の目的語に必ず確定性を持つ名詞句が用いられ るという要因は、構文の特殊性と関係していることが想定される。すなわ ち、“ 把 ” 構文の目的語の確定性は、発話の状況とは別に文そのものが表 す意味により決定されていると考えられる。そこで、本論では “ 把 ” 構文 が表す意味を述語論理で記述し、意味構造の解釈を通して目的語の確定性 の根拠を明らかにする。
2.1 松村(2017)の論理分析
松村(2017)は、現代中国語の多くの前置詞構文の意味構造が、述語論 理式の 3 項関数 “P(α,β,γ)”で表示できることを提示した。その中の 一つに “ 把 ” 構文が含まれている。“ 把 ” 構文は文全体として「~ガ~ニ~
コトヲモタラシタ」という「授与」の関係を表し、“把” は文の論理構造を 表示する三項関数として機能する。“ 把 ” 構文の特徴として、動詞句に裸 の動詞を用いることはできず、補語や時態助詞の “了”、“着”、動詞の重畳 形など何らかの付加成分が必要であることは文法上周知されているが、松 村はこれらの “把” 構文の動詞句の制約に共通する特徴が「(数)量化」で あることを論理式よって明示している。松村の分析で特に注目されるのは、
「量化」により動作量の作用域が確定されることで、その作用の対象であ る “把” の直後の名詞句が[確定性]を持つと述べている点である。“把” の 後ろの名詞句が確定的でなければならないことは、これまでの多くの研究 を通して共通の認識となっているが、その理由について説得的な論述はな されていない。この点について松村は意味の分析を通して論理的解釈を提 示している。松村は、“把” の直後の名詞句の意味上の制約について、①後 ろに来る動詞の表す動作の[対象物]や[対象物の移動後の場所格]を表 すもの、②動補構造全体の[対象物]を表すもの、③後ろに来る動詞の[動 作主]を表すものに大別し、各用例について分析している。ここでは、名 詞句の[確定性]について論じている②の例の分析を取り上げる。分析の 対象として次の用例を用いている。
(22)把嗓子哭哑了。(朱德熙 1982:186)
この文の論理式は次のように表記されている。
(22ʼ)把 ʼ{φ,嗓子,哭 ʼ(φ)&有(φ,嗓子)&哑了 ʼ(嗓子)}
(松村 2017:116)
α β γ
γ1 γ2 γ3
この論理式は「φが「のど」に(φが泣き)かつ(そのφに「のど」があり)
かつ(その「のど」がかれた)ことをもたらした」の意を表している。松 村は、この式が演算過程においてどのようにその値を確定していくかにつ いて、次のように説明している。(22)の文が発話されると聞き手はまず γ1 によって動作主を発見し、γ2 によってその動作主と処置対象の「のど」
の量的関係を見出し、γ3 によってその「のど」の結末の様態を決定する。
従ってγを構成するγ1γ2γ3 の各単純命題はそれらの有する項を発見し、
確定することによってその値を決めているので、この配列で記述する。松 村は、この配列を「演繹モデル」における「連鎖関係」と呼んでいる。γ の値が決定すると、次に “ 把 ” 関数の値が計算される。“ 把 ” 関数の値は「α ガβニγデアルコトヲモタラシタ」という意味である。“ 把 ”関数の持つα、
β、γの 3 項の関係を見ると、αはγ1 の項とγ2 の第一項に、βはγ2 の 第二項とγ3 の項に出現している。このことから松村は、まずα、βが確 定し、次にそれを基礎にγが演算されていることがわかると述べている。
2.2 「量化」と「確定性」の関係の解釈
では、なぜこの文の “ 把 ” の後ろの “ 嗓子 ” は確定的といえるのか。松 村は、“ 把 ” 構文の動詞句の制約に共通する特徴は「(数)量化」であるこ とを論理式で明示し、量化により作用域が決まり、それにより作用の対象 である名詞句が確定性を持つと述べている。松村は前述の文の論理式にお ける作用領域については具体的に説明していないが、量化と確定性の関係 に基づき、上記の式を解釈してみよう。この式のγ2 は “ 嗓子 ” が “φ” の 一部分であることを表していて、「全体と部分」によって相対量を明示し、
「量化」を表している。つまり、この量化によって “ 嗓子 ” が確定的なもの であることが決まることになる。松村は、「量化」を表す成分が「確定性」
を認可すると述べているが、その解釈に基づくと、γ2 に現れる “ 嗓子 ” が、
“ 把 ” の目的語の “ 嗓子 ” の確定性を認可することになり、解釈に矛盾が生 じる。この文の場合は、γ2 で “ 哭 ” の動作主との量的関係が明確になっ た “ 嗓子 ”(のど)が、γ3 で “哑”(かれる)と結びつき「のどがかれる」
という結果の様態を決定しているので、“哑” によって “ 哭 ” の動作量が確 定されると解釈できる。すなわち、この文で “ 把 ” の後ろの “ 嗓子 ” の「確 定性」を認可しているのは結果補語の “哑” ということになる。この文の
述語のVR(動詞-結果補語)構造は、動詞Vが自動詞でかつ目的語に身
体部分が表れるタイプのVR構造であるため、動詞Vが他動詞のVR構造 とはγ中に現れる単純命題と連鎖関係が異なる。動詞Vが他動詞のVR構 造では「量化」を表す成分が「確定性」を認可すると解釈できるが、この タイプのVR が述語の場合は、“ 把 ” の目的語の「確定性」を認可するの はγ 2 の「量化」を表す成分ではなく、γ3 の動作の結果状態を表す成分
であるという解釈が成り立つ。このように、述語部分の動詞句の特徴によ り論理式の解釈が異なる場合もある。
2.3 本論で用いる論理式と式の解釈
松村が提示したように、“ 把 ” 構文は構文義として「~ガ~ニ~コトヲ モタラス」という意味を持つ。そこで、本論でもこの構文の意味を論理的 に記述する式として「把 ʼ(α,β,γ)」を用いる。この式における「把 ʼ」
は、「~ガ~ニ~コトヲモタラス」という意味を与える 3 項関数であり、「授 与」関数として機能する。特殊構文である “ 把 ” 構文が持つ特徴は、すで に多くの研究で指摘されているように述語部分が単独の動詞ではなく、何 らかの付加成分を伴わなければならないことである。この付加成分を伴う 動詞は、単に対象に対して行われた動作を表しているのではなく、動作に よってある結果や変化が生じたことを表している。この結果を伴う動作は 3 項関数「把 ʼ(α,β,γ)」のγに現れる。そして、その結果状態が、“ 把 ” の後ろの名詞句(「把 ʼ(α,β,γ)」のβに現れる)に「モタラサレル」
というのが “ 把 ” 構文の論理構造が持つ特徴である。つまり、γは動作が 結果に至るまでの過程を含んでいるので、結果を含む動作を受ける “ 把 ” の目的語は、文の内部で照応がなされているため確定性の持つのである。
“ 把 ” 構文の述語には、動詞が結果補語を伴う形式がよく用いられる。
例えば、次のよう文がある。
(23)我把钢笔用坏了。(刘月华2001:739)
(私はペンを使って壊してしまった。)
この文の “ 把 ” の目的語の “钢笔 ” は指示代詞が付いていない裸名詞だが、
「私」が実際に使って壊れたそのペンを指している。この文を “ 把 ” の論理 的意味を表す式「把 ʼ(α,β,γ)」を用いて記述すると次のようになる。
(23ʼ)把'[我,钢笔, 用 ʼ(我, 钢笔)&坏 ʼ(钢笔)&有 ʼ{坏 ʼ(钢笔),了}]
モタラス ~ガ~ニ ~コトヲ α β γ
この式は、「私が、ペンに、(私がペンを用い)かつ(ペンが壊れ)かつ(ペ ンが壊れることが完了した)ことをもたらした」の意を表している。
この式の「把 ʼ」は、「~ガ~ニ~コトヲモタラス」という 3 項関数とし て機能している。この関数によって、第 1 項(α)には、動作主の “ 我 ” が呼び出され、第 2 項(β)には動作の作用が授与される対象である “钢
笔 ” が呼び出され、第 3 項(γ)には「モタラス」内容である動作が呼び 出される。述語の動作内容が表れているγの第 1 式「用 ʼ(我, 钢笔)」は
「私がペンを用いる」の意を表し、動作主格と動作の対象格が示されてい る。第 2 式の「坏 ʼ(钢笔)」は動作の結果起きた「ペンが壊れる」という 様態を表し、「用いる」という動作の終息点になっている。これにより「用 ʼ」
の動作の作用が及ぶ領域が確定され、「用 ʼ」の動作が確定量を持つ。これ が「量化」を示している。第 3 式の「有 ʼ{坏 ʼ(钢笔),了}」は、「ペンが 壊れることが完了(実現)した」という意を表し、時態を表示している。
γの第 2 式で動作が確定量を持ち、確定量を持った動作が、“ 把 ” の目的 語(論理式上βに現れている)の “钢笔 ” にもたらされることで、その “钢 笔 ” も確定性を持つと解釈できる。
このことから、松村(2017)が述べているように “ 把 ” の目的語の確定 性を決定する役割を持つ成分は、動作の量化を確定している成分であるよ うにみえる。しかし、“ 把 ” の目的語の確定性を決定づけているのは、量 化の成分というよりは構文の論理構造を構成している授与関数「把 ʼ」の 機能である。「~ガ~ニ~コトヲモタラス」という論理構造を持つ関数「把 ʼ」
は、動作主(α)が目的語(β)に動作量の確定した動作(γ)を「モタ ラス」という意味を構成する。関数「把 ʼ」の目的語(β)は、動作が働 きかける対象格ではなく、動作の結果がもたらされる与格(~ニ)である。
動作量が確定した動作は終息点を持つので、終息点をもたらされたことで 与格目的語は変化や影響を受ける。そのため、「把 ʼ」の目的語の名詞句は 動作により変化や影響を受けたことが示されているので確定的なものと認 定される。したがって、本論では、目的語の確定性は構文の意味構造が持 つ「授与」の機能によって決定されると考える。
3.例文分析 ― 異なる形式の動詞句を持つ “ 把 ” 構文の考察
これまでの研究から “ 把 ” 構文の述語を構成する動詞句には、単純な 1 音節、2 音節の動詞は用いられず動詞の前後に付加成分を伴うことが知ら れている。朱德熙(1982)は、“ 把 ” 構文の動詞句によく現れる付加成分 として、①動詞の重ね型、②動詞に前置される副詞の “ 一 ”、③動詞に前 置される “ 往~ ”、“ 当~ ” 等の前置詞句、④動詞に後置される補語、⑤動 詞に後置される目的語、⑥動詞に後置される時態助詞 “ 着 ”“ 了 ” を挙げて いる。また、“ 一 ” 以外の副詞や連用修飾語が用いられることも指摘され
ている(Chao1968、范晓2009 など)。
以下では、これらの異なる付加成分を伴う動詞句を含む “ 把 ” 構文を論 理式で表記し、目的語の確定性との関係を考察する。
3.1 「動補構造」の述語
動詞に補語を伴う “ 把 ” 構文には次のような例文がある。
(24)兽医把小羊按倒了,给它打了一针。(搭配:75)
(獣医は子羊を押し倒し、注射を打った。)
(25)他把脸都气红了(四:7)
(彼は怒って顔を赤くした)
(26)她把手放下去 (四:41)
(彼女は手を下ろした)
(27)瑞宣把眉毛皱得很紧,而一声不出(四:18)
(瑞宣は眉にぎゅっとしわを寄せ、一言も話さない)
(28)瑞全跳了起来,把双手放在瑞宣的肩上(四:23)
(瑞全は飛び上がり、両手を瑞宣の肩の上に置いた)
(29)她哥哥把鸿渐打量一下(围:25)
(彼女の兄は、鴻漸をじろじろと見た)
上記の例文中の(24)(25)の述語には、「動詞-結果補語」構造が用いられ、
(26)の述語には「動詞-方向補語」構造、(27)の述語には「動詞-様態補語」
構造が用いられている。また、(28)の述語には前置詞句 “ 在~ ” が補語と して用いられて、(29)の述語には数量補語が用いられている。
(24)の例文の “兽医把小羊按倒了 ” の部分を論理式で記述すると次のよ うになる。
(24ʼ)把 ʼ[兽医,小羊,按 ʼ(兽医,小羊)&倒ʼ(小羊)&有 ʼ{倒 ʼ(小羊),了}]
モタラス ~ガ ~ニ ~コトヲ α β γ
この論理式は、「(獣医)が、(子羊)に、(獣医が子羊を押さえ、その子 羊が倒れ、子羊が倒れることが完了した)ことをもたらす」という意味を 表す。
第 1 項には、動作主格の “兽医 ” が現れ、第 2 項には与格の “ 小羊 ” が現れ、
第 3 項には動作が現れる。第 3 項の第 1 式は「獣医が子羊を押さえる」と いう動作を表し、第 2 式は「(その)子羊が倒れる」という結果が起きた
ことを表している。「押さえる」という動作は「子羊が倒れる」時点で終 息し、動作量が確定している。つまり、結果補語の “ 倒 ” が “ 按 ” の動作を「量 化」している。第 3 式は、「完了」の時態を表している。第 3 項の第 1 式、
第 2 式、第 3 式の単純命題は、それぞれが連鎖し複合命題としてひとつの 事態を表している。そして、“ 把 ” 構文の構文義の「~ガ~ニ~コトヲモ タラス」という論理関係よって、第 3 項に示された「獣医が子羊を押さえ、
その子羊が倒れ、子羊が倒れることが完了した」事態を、第 2 項の “ 小羊 ” に「モタラス」という「授与」の意味が成立する。動作の領域が「獣医が 子羊を抑える」から「その子羊が倒れる」に到ったことで「子羊」は現実 世界に存在する一つの指示対象と認識されるので、終息時点で生じた確定 性が、「把 ʼ」関数の第 2 項の “ 把 ” の目的語の “ 小羊 ” に「授与」される ことで「確定性」を持つ。
3.2 「動詞の重ね型」の述語
次に、述語に動詞の重ね型が現れている例を見てみよう。
(30)把衣裳烫烫!(Chao1968:349)
(ちょっと服にアイロンかけて!)
(31) 遇必要的时候,她们必须在门口买点针线或青菜什么的,也只把门开 开一点缝子 (四:12)
(必要があって、彼女たちは入り口で糸や針や野菜などを買わなければ ならなくても、ただ門をちょっと開けるだけだ)
(30)の述語の “烫烫” は “烫一烫” の省略形である。後ろの “ 一烫” は
「ちょっと」という意味で、動作量が「少量」であることを表している。
この文を論理式で記述すると次のようになる。
(30ʼ)要 ʼ【我,你,把 ʼ[你,衣裳,烫ʼ(你,衣裳)&有 ʼ{烫ʼ(你,衣裳),一烫}]】
モタラス~ガ~ニ ~コトヲ 要求スル ~ガ~ニ ~コトヲ
この式は、「~が~に~ことを要求する」の論理を表す 3 項関数「要 ʼ【我, 你, ~】」の第 3 項に、「把 ʼ」関数が入っている。「把 ʼ」関数の部分だけに 着目すると、「把 ʼ」関数の第 1 項には動作主の “ 你 ” が現れ、“ 把 ” の目的 語の “ 衣裳 ” は第 2 項に現れ、動作主が行う動作は第 3 項に現れている。“ 把 ” 関数の部分は、「あなたは、服に、(あなたが服にアイロンをかけ)かつ(あ なたが服にアイロンをかけるのはちょっとである)ことをもたらす」とい
う意味を表している。「把 ʼ」関数の第 3 項の第 1 式の「烫ʼ(你, 衣裳)」
中の “ 衣裳 ” は不確定のものであるが、第 2 式で「アイロンをかける」と いう動作が「ちょっとである」という動作量を持ち、それにより動作の作 用領域が確定することが示されている。そのことが「把 ʼ」関数の第 2 項(与 格)の “ 衣裳 ” にもたらされることで、“ 把 ” の目的語 “ 衣裳 ” が確定性を 持つ。すなわち、“ 把 ” の目的語の “ 衣裳 ” は作用領域が確定している動作 の対象であるため、特定の服を示している。
3.3 「副詞+動詞」の述語
次に、動詞の前に副詞が現れている例文を取り上げる。副詞は連用修飾 語だが、この後に取り上げるその他の連用修飾語とは分けて考察する。
(32)招弟把脖儿一缩(四:56)
(招弟は首をさっとすくめた)
(33)他把垃圾乱扔。(范晓2009:45)
(彼はごみをむやみに捨てた。)
(32)の例文は動詞 “缩” の前に “ 一 ” が置かれている。この “ 一 ” は、『现 代汉语八百字(增订本)』(吕叔湘主编,1999)において、「ある短い時間の 動作を経てすぐに結果や結論が得られることを表す」と解されている。こ の文では「さっと」という短い時間で首をすくめたことを表している。こ の文を論理式で記述すると次のようになる。
(32ʼ)把 ʼ[招弟,脖儿,缩ʼ(招弟,脖儿)&有 ʼ{缩ʼ(招弟,脖儿),一}] この論理式は「招弟が、首に、(招弟が首をすくめ)かつ(招弟が首を すくめることはさっとである)ことをもたらす」という意味を表す。第 3 項第 2 式の「有 ʼ{缩ʼ(招弟,脖儿),一}」の “ 一 ” は「さっと」という短 い時間を表している。「缩ʼ(招弟,脖儿)」という動作がこの “ 一 ” という 短い時間を持つことで、「首をすくめる」という動作量が確定し、動作が 終息点に到る。このことが「把 ʼ」関数の第 2 項(与格)の “ 把 ” の目的語
“脖儿” にもたらされることで、“ 把 ” の目的語 “脖儿” が確定性を持つ。
3.4 「連用修飾語+動詞」の述語
続けて、副詞以外の連用修飾語が現れている例文を考察する。
(34)苏小姐把他向她哥哥介绍。(围:25)
(蘇さんは彼を兄に紹介した。)
(35)打开钱袋把钞票一五一十点交给鸿渐。(围:41)
(財布を開け、紙幣を全部数えて鴻漸に渡した。)
(36)把酒不停的喝(Chao1968:348)
(酒を絶え間なく飲む)
(34)の文では、“ 向 ” を伴う前置詞フレーズが連用修飾語として動詞の 前に現れている。(35)の文では、成語の “ 一五一十 ” が連用修飾語として 用いられている。“ 一五一十 ” は「一部始終、細大漏らさず、全部」の意味で、
この文では「全部」を表している。(36)の文は動詞句 “ 不停 ” が “ 的 ” を 伴い連用修飾語として機能している。(34)の文を論理式で記述してみよう。
(34ʼ) 把 ʼ[苏小姐,他, 向 ʼ{苏小姐,她哥哥,介绍ʼ(苏小姐, 他)&到ʼ(他,
她哥哥)}]
モタラス ~ガ ~ニ ~コトヲ
この論理式は、「蘇さんが、彼に、蘇さんが、彼女の兄に向って、(蘇さ んが彼を紹介して)かつ(彼が彼女の兄に対面する)ことをもたらす」と いう意味を表す。「向 ʼ」が構成している複合命題の最後の命題「到ʼ(他, 她哥哥)」は「紹介する」の動作を経て「対面する」という結果に到った ことを表すので、この時点で動作は終息し、動作の作用領域が確定する。
この確定した動作というのは、「彼」が「蘇さんの兄という確定的な人物 に紹介されてその人と対面した」という事実を表している。そして、その ことが構文義の「把 ʼ」関数によって目的語(与格)の “ 他 ” にもたらされ ることで、“他 ” は他でもない唯一の確定的人物であることが示されている。
“ 把 ” の目的語の “ 他 ” は代名詞なので、文脈上の前方照応によって、固有 名詞(“鸿渐”)と同一の人物であることから確定性が認証される。しかし、
“ 他 ” の確定性が “ 把 ” 構文の構文義の論理的意味から決定されたことによ る認証と、語用論的な照応による認証とは別の方法論である。
3.5 「動詞+目的語」の述語
述語部分の動詞が目的語を伴っている “ 把 ” 構文には次のような例文が ある
(37)“妈!”他叫出来,想把心中的秘密告诉她。(四:78)
(「お母さん!」彼は叫び、心の中の秘密を彼女に話したかった。)
“(他)把心中的秘密告诉她。” を論理式で記述すると次のようになる。
(37ʼ) 把 ʼ[他,心中的秘密, 告诉ʼ(他,心中的秘密)&到 ʼ{心中的秘密,她}]
モタラス~ガ ~ニ ~コトヲ
この文の述語の動詞 “ 告诉” は 2 重目的語動詞なので 3 項関数である。
したがって、「彼が彼女に心の秘密を話す」という主述文は「告诉ʼ(他, 她, 心中的秘密)」という表記となる。しかし、この “ 把 ” 構文が成立している のは、述語部分の “ 告诉她 ” の意味が到達点を表しているからである。す なわち「(秘密を話し)かつ(その秘密が彼女に到る)」という意味を含ん でいる。これを述語論理で記述すると、「告诉ʼ(他,心中的秘密)&到 ʼ{心
中的秘密,她}」になる。この式が、「把 ʼ」関数の第 3 項に現れる。この式は、
動詞“告诉”の対象物の“心中的秘密”が“她”に到ったことで動作が終息し、
動作量が確定したことを表している。そして、この確定的動作が「モタラス」
という意を表す関数「把 ʼ」の論理によって 「把 ʼ」の与格の “ 心中的秘密 ” にもたらされ、確定性を持つ。
3.6 「動詞+時態」の述語
“ 把 ” 構文には、動詞に “ 了 ” や “ 着 ” などの時態助詞が伴っているだけ の場合もある。
(38)我们就把出痘这一回事忘了(围:75)
(私たちはもう天然痘にかかったそのことを忘れた)
(39)把洋书什么的都烧了吧! (四:34)
(洋書などみんな焼いてしまいなさい!)
(40)把东西捧着(Chao1968:346)
(ものを両手で持っている)
(38)(39)の述語は動詞が完了の “ 了 ” を伴っている。(38)の文では、
“ 忘 ”(わすれる)という動作が実現したことで動作量は 0 になり動作が終 息する。(38)の文の論理式は次のように記述できる。副詞の “ 就 ” は省略 する。また「忘れた」を簡略表記して「忘了 ʼ」と記述する。
(38ʼ) 把 ʼ[我们,出痘这一回事,忘了 ʼ(我们,出痘这一回事)]
モタラス ~ガ ~ニ ~コトヲ
この論理式は「私たちが、天然痘にかかったそのことに、(私たちが天 然痘にかかったそのことを忘れた)ことをもたらす」という意味を表して いる。「忘了 ʼ」によって動作量が 0 になることで動作量が確定する。心理 動詞 “ 忘 ”(わすれる)は “ 了 ” を伴うことで「忘れた」という動作作用
を表す。ある出来事を「忘れた」ということはその出来事は具体的な一つ の出来事を示しているので、そのことが “ 把 ” の目的語の “ 出痘这一回事 ” にもたらされることで、この名詞句は確定性を持つ。
(39)の “烧”(焼く)は、動作が完了したことで対象物が消滅し動作が 終息する。(40)は “ 捧 ”(捧げ持つ)という動作が終息し、持っている状 態が続いていることを表している。このように、これらの文の動作は動作 が終息することで動作量が確定しているので、そのことがもたらされる
“ 把 ” の目的語は、確定性を持つ。
4.確定性に関係するいくつかの問題
“ 把 ” 構文の目的語の確定性に関係する次の問題を取り上げる。
4.1 前置目的語と後置目的語
中国語の “ 个 ” は不定を表すと認識されているが、Chao(1968)は中国 語では目的語が置かれる位置の方が不定マーカーの “ 个 ” より影響が強い と述べている。Chao(1968)は一般に前方に置かれる目的語の指示対象は 定的で、後方に置かれる目的語の指示対象は不定である傾向があると指摘 している。
(41)他把个皮包丢了。ʻHe has lost his wallet.ʼ(Chao1968:344)
(彼は財布をなくした。)
(42)他丢了个皮包。ʻHe has lost a wallet.ʼ(Chao1968:344)
(彼は一つの財布をなくした。)
(43)他把个丈夫死了,可是不久又嫁了个丈夫。
ʻShe (suf fered) her husband to die (on her), ―she lost her husband, but before long she married another husband.ʼ
(Chao1968:344)
(彼女は夫に死なれたが、ほどなくしてまた別の夫に嫁いだ。)
(41)は “ 把 ” 構文だが、“ 把 ” の目的語 “ 皮包 ” には不定を表す “ 个 ” が 付されている。しかし、この “ 皮包 ” は確定的な対象であるという解釈か ら英文では “his wallet” となっている。(42)は動目構造を含む主述文である。
この文の “ 皮包 ” を修飾している “ 个 ” は不定を表しているため、英文は “a
wallet” で表されている。(43)は前節が “ 把 ” 構文で、後節が動目構造で
ある。前節の “ 把 ” 構文の目的語の “ 丈夫 ” には “ 个 ” が付いているが、“丈 夫 ” は “ 他 ”(原文のママ,意味は彼女)の夫であるので確定的な対象であ る。後節の “ 丈夫 ” は元の夫が死んだあとに結婚した相手であるが、誰で あるかは問題にされておらず、ただ別の夫という意味を表しているだけな ので “ 个 ” は不定を表していることになる。
4.2 “把”構文と動目構造を含む主述文との違い
“ 把 ” 構文によく用いられる述語にVR構造(「動詞-結果補語」構造)
があるが、VR構造の内部構造は動作と動作による結果で構成されている。
したがって、VR構造を用いた文には動詞の終息点が現れ、動作量が確定 することになる。本論では、“ 把 ” 構文の動詞句の動作量の確定が前置目 的語の確定性に深く関与していることを述べたが、目的語を後ろに取る一 般の主述文は確定と不確定のどちらの名詞句も目的語に取れる。この違い はどのように説明することができるのか。Chaoは、中国語では前置目的 語は確定的で、後置目的語は不確定的であることが一般的であると述べて いるが、前置目的語と後置目的語の違いを論理式で記述してみよう。
(44)我跑丢了一只鞋。
(私は走って片方の靴をなくした。)
この文を論理式で記述すると次のように表記できる。
(44ʼ) 跑 ʼ(我)& 丢ʼ(我,一只鞋) &有 ʼ{丢ʼ(我,一只鞋),了} この論理式は、「私が走り、かつ、私が片方の靴をなくし、かつ、私が 片方の靴を失くすことが完了(実現)した」という意味を表している。こ の式は、単純命題の「跑 ʼ(我)」、「丢ʼ(我,一只鞋)」、「有 ʼ{丢ʼ(我,一
只鞋) ,了}」が連鎖し複合命題を構成している。第 2 命題の “丢” は “ 跑 ”
の結果を表しているので「走る」という動作は「なくす」ことが起きた時 点で終息し、動作量が確定している。しかし、「丢ʼ(我,一只鞋)」の命題 の中の “ 一只鞋 ” は表現形式そのままの意味で不確定を表している。
(45)我把一只鞋跑丢了。
この “ 把 ” 構文を論理式で記述すると次のようになる。
(45ʼ)把 ʼ[我,一只鞋,跑 ʼ(我)&丢ʼ(我,一只鞋)&有 ʼ{丢ʼ(我,一只鞋),了}]
モタラス ~ガ ~ニ ~コトヲ
この論理式が、(44)の動目主述文と異なる点は、構文義の 3 項関数「把 ʼ
(α,β,γ)」の第 3 項に動目主述文が表す出来事が現れていることである。
動作の結果が明示され、動作量が確定しているこの出来事は、3 項関数「~
ガ~ニ~コトヲモタラス」によって、β項(与格)の “ 一只鞋 ” にもたら される。こうして確定した動作が与格の “ 一只鞋 ” に「授与」されたことで、
この “ 一只鞋 ” が確定的なものであることが認定される。つまり、「走って 失くしたその靴」が “ 把 ” 構文の目的語(前置目的語)の “ 一只鞋 ” を示 している。
4.3 “个”を伴う名詞句
中国語の量詞 “ 个 ” は、文法的には英語の不定冠詞の “a,an” に相当する とされているが、前述のChaoの例文でも示されているように、実際の使 用においては英語の “a,an” のような不定のマーカーとして機能していな い。このことが中国語の名詞句の「定/不定」の区別を不明確にさせている。
吕叔湘(1948)は、次のような指示詞や “ 个 ” を伴わない裸の名詞句が「定 /不定」のいずれの意味も持つことを述べている。
(46)把茶拿来(お茶を持って来る)
(47)拿茶来(お茶を持って来る)
吕叔湘によれば、(46)の文は発話時にお茶がどこに用意されているか 知っていたのであり、(47)の文は発話時にはそのような事前の認識はない。
つまり、(46)の “ 把 ” の目的語の “ 茶 ” は具体的にそれとわかっているも のであり、この確定性は “ 把 ” の構文義により決定されていることがわか る。
また、吕叔湘は “ 把 ” 構文の目的語には、“ 个 ” を伴う名詞句がよく用い られるとして次のような例を挙げているが、これらは明らかに不確定では なく確定的なものであると述べている。
(48)把个荀老爷气得有口难分。
(荀老人は怒りのあまり弁解できない。)
吕叔湘は、“ 把 ” 構文にこのような “ 个 ” を伴う目的語が用いられている 理由については述べていないが、朱德熙(1982)は、“ 把 ” 構文の要求と 矛盾する例外として下記の例文を取り上げ、文の表す意味について述べて いる。
(49)偏偏又把个老王病倒了。((16)再)
(よりにもよってあの王さんが病気で倒れてしまった。)
朱德熙は、話し手が病気になった人が “ 老王 ” であるとは思いもよらな
かったという「意外性」が「既知ではない」という意味に繋がり、不特定 の標示である"个 ” と結びついているという解釈を示した。この解釈は論 理的ではあるが、"个 ” が付されている “ 把 ” 構文の目的語には、「意外性」
とは無関係な表現もある。
(50)把个贼跑了ʻallowed the burglar to escapeʼ(Chao1968:345)
(強盗を逃がしてしまった)
Chao は、中国語の “ 个 ” を “the” に訳している。つまり、具体的に誰か わかっている「強盗」を示している。この文の「逃がした」という意味は「一 度捕まえた」という前提を含んでいるので、「(捕まえた)強盗を逃がして しまった」という意味にとれる。したがって、“ 个 ” があっても確定して いる人物と解釈できる。
4.4 “把”の目的語の語用論的考察
“ 把 ” の目的語を、語用論的観点から考察すると、“ 把 ” の目的語の名詞 句はすでに述べられているものを表している。
(51) 钱先生向桌底下摸了会儿,摸出个瓶酒来,浅绿,清亮,像翡翠似 的——他自己泡的菌陈。不顾得找酒杯,他顺手倒了两半茶碗。一 仰脖,他把半碗酒一口吃下,咂了几下嘴。(四:39)
(銭さんは机の下をしばらく探し、酒瓶を取り出した……。盃を探 さず、彼は無造作に茶碗に半分ずつ注いだ。首を上に向けると、
彼は半杯の酒をぐいっと飲み、舌ですすった。)
(52) 现在,这本大字的旧书,教他摸不清头脑,不晓得说的到底是什么。
他开始明白为什么敌人不怕线装书。“大哥!你出去啦?”他把书扔在 一边,一下子坐起来。(四:67)
(今、この大きな字の古書は、彼に頭をはっきりさせず、いったい 何を言っているのかわからなかった。彼は、敵がなぜ糸とじの本 を恐れないかわかり始めた。「兄さん!出かけるの?」彼は本をわ きに置き、すぐに起き上がった。)
(51)の “ 把 ” の目的語の “ 半碗酒 ” の前には、すでに “ 个瓶酒 ” が述べ られている。(52)の “ 把 ” の目的語の “书” の前にすでに、“这本大字的旧书” が述べられている。このように “ 把 ” 構文の目的語は文脈において前にあ るものを示している(前方照応)ことがよく見られ、特定のものであるこ とがわかる。本論では、“ 把 ” の目的語の確定性は、構文義の意味が決定
していると分析したが、このような前方照応は、語用論的観点から確定性 を裏付ける証明になっている。
5.結びにかえて
本論では、“ 把 ” 構文の “ 把 ” の目的語(前置目的語)が必ず確定性を持 つことの根拠について、意味論の観点から考察した。“ 把 ” 構文の持つ構 文義は「~ガ~ニ~コトヲモタラス」という 3 項関数の論理構造を持つ。
この構造を基に、異なる付加成分を伴う動詞句を持つ “ 把 ” 構文を述語論 理で記述し、動詞句と前置目的語の意味関係を分析した。論理式の解釈か ら、付加成分によって動詞の動作量が確定し、確定した動作量を持つ動作 が構文義の論理性から前置目的語にもたらされることで、目的語の確定性 が認定されるという結論を得た。本論では、意味論の観点から確定性を考 察したが、“ 把 ” 構文の目的語は文脈においては「前方照応」が認識でき る事例が多く見られる。文脈からの語用論的考察については今後の研究課 題としたい。
【参考文献】
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用例の出典先
(搭配):王砚农・焦群・庞颙1987.《汉语动词 - 结构补语搭配词典》。北京语言学院出版社。
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(围):《围城》钱钟书1980.北京:人民文学出版社。