〔参考裁判例〕
ここでは、本研究における介護事故の定義には当てはまらないため、介護事故の裁判 例には含めていないものの、隣接領域の裁判例であり、本研究とも関連が大きいものに つき、その概略を掲げる。
〔参考裁判例-1〕 東京地裁 平成10年7月28日判決 「社会福祉協議会が派遣し たボランティアが身体障害者の歩行介護を行っている間に身体障害者が転倒した事故に つき、ボランティアの善管注意義務が否定された事例」(『判例時報』1665号84頁以下)
〔事案の概要〕
この事案は、原告(X)が、社会福祉協議会(Y1)のボランティアセンターに登録 されたボランティア(Y2)に歩行介護を受けていたが、ボランティアが一時原告の元 を離れた間に転倒し、骨折したというものである。
原告が社会福祉協議会とボランティアに対して損害賠償を請求した。
〔判旨〕
「ボランティアが無償の奉仕活動であるからといって、それ故に直ちに責任が軽減さ れることはないというべきであるが、もとより、素人であるボランティアに対して医療 専門家のような介護を期待することはできないこともいうまでもない。」
〔備考――本論文との関係〕
ボランティアによる付き添いの適切さが問題となった著名な裁判例である。
とりわけ、サービス提供主体がボランティアである場合、注意義務の程度が高くなる のかどうかについて一定の判示を行っているものの、その内容は必ずしも明確ではない。
介護従事者や介護事業者の法的責任が追及されたものではないため、本論文では介護 事故の裁判例には含めていない。
〔参考裁判例-2〕 東京地裁 平成13年9月17日判決 「医師は、患者の退院に際 し、患者の病状、療養等に関する事項について説明すべき義務を負うが、その相手方は 介護に携わる者であり、近親者であっても介護に携わっていない者に対しては、説明義 務を負うものではないとされた事例 」(『判例タイムズ』1181号295頁以下)
〔事案の概要〕
この事案は、原告の母親が、有料老人ホーム(A)に入居し,生活していたが、一時 入院し、退院して老人ホームに戻ったのち、死亡したというものである。
原告は,施設側に対して、原告の母親が退院し,危篤に陥った際原告に連絡をしなか ったため,原告が延命措置をとることができず,あるいは花子の臨終に立ち会えなかっ た(告知義務違反)と主張して,不法行為に基づき1000万円の損害賠償を請求した。
〔判旨〕
「老人ホームに入居している者が,死の危険に瀕した場合に,その旨親族に連絡をす ることは,老人ホームと親族との間で格別の契約関係等がない場合であっても,信義則 上,老人ホームの義務となる場合があるというべきである。
これを本件についてみると,Aは,花子に対する終身の介護義務を負うものであり,
原告は,花子の唯一の生存する実子であり,被告との入居契約における身元引受人にも なっている上,直前の入居時(平成8年1月16日の医療センター退院時)にも付き添 うなどしていた者であるから,Aは,信義則上,死の危険が発生したときは,原告に連 絡すべき義務を負っているというべきである。
この点,被告は,花子と原告の関係が良好ではなかったことを根拠として,連絡義務
同一に,親族への連絡義務を厳格に論じることは相当ではない。
前記(1)で認定した事実によれば,・・・これら花子の死亡までの一連の経緯に照らす と,花子の介護者であるAにおいて,1月19日午後10時以前の段階で原告へ連絡を しなければ,信義則上,告知義務に違反したとまではいうことができずこの点の原告の 主張は理由がない。」
「Aは,医療機関ではなく,花子と入居契約を締結した,いわゆる老人ホームにすぎ ない。そうだとすると,Aには,信義則上,親族である原告に対し,花子の退院時の病 状等について説明すべき義務はないと解するのが相当である。よって,この点の原告の 主張は理由がない。」
〔備考――本論文との関係〕
医療過誤、遺言能力等にも論点は及ぶが、あわせて、有料老人ホームによる臨終時期 の近親者への告知が問題となった。
臨終時期の告知主体、告知相手が主として問題となったが、あわせてそもそも臨終時 期の告知をどのような形で法的な義務と構成するかも問題となりえよう。本件では「信 義則上、臨終時期を告知する義務を負っている」としているが、その法的構成は必ずし も明確ではない。
老人ホームの法的責任が追及されたものではあるが、介護サービスの提供に際して事 故が起きたという事案ではないため、本論文では介護事故の裁判例に含めていない。
〔参考裁判例-3〕 名古屋地裁 平成17年6月24日判決 「ケアハウスに入居中の 高齢者が、急性硬膜下血腫を発症し緊急手術を受けたが、後遺症を負い、その後死亡し た事案につき、施設は緊急時の医療機関への搬送義務を怠ったとして債務不履行に基づ く損害賠償請求をおこされたが、棄却された例」(『賃金と社会保障』1428号59頁以下)
〔事案の概要〕
この事案は、利用者(A)が被告の運営する軽費老人ホーム「ケアハウス・B」に入 居していたところ,体調不良となり,C病院へ搬送され,同病院で急性硬膜下血腫と診 断され,緊急手術を受けたが,左半身麻痺,嚥下障害,左眼視力喪失等の後遺症を負い,
その後,肺炎を起こして死亡したというものである。
Aの相続人である原告が,被告には施設入居契約上の債務として,Aを医療機関へ搬 送すべき義務があったのにこれを怠り,その結果,嚥下障害等の後遺症を残存せしめ,
嚥下障害による肺炎によりAを死に至らしめたと主張して,被告に対し,債務不履行に 基づく損害賠償を請求した。
〔判旨〕
「上記認定事実によれば,自立型ケアハウスにおいては,医療スタッフが必要とされ ておらず,入居者の体調管理は自己管理とされ,入居者の通院は入居者本人またはその 家族の対応によるとされていたのであるから,自立型ケアハウスを運営する者は,入居 者の体調不良に際して,救急車を必要とする場合には救急車を要請し,そのような場合 でなければ,入居者の家族に連絡して,入居者本人またはその家族による対応に委ねれ ば足り,自ら入居者を病院に搬送する義務までは負わないと解するのが相当である。
治療を必要とする緊急事態であると判断することは困難であったというべきであり,さ らに何らかの重篤な傷病の可能性を考慮して,Aを病院に搬送する必要があると判断す ることも困難であったというべきである。
そして,被告職員(被告施設のみならず,併設の介護支援事業所及びヘルパーステー ションの職員も含む。)が頻繁にAの経過を観察していたこと,遅くとも同日午前11時 30分頃には,被告職員がGに対し,Aの体調不良の事実を伝え,家族による通院を勧 めたこと,被告において,ヘルパーによる通院介助の方法を提案し,調整の上,同日午 後2時17分にAをC病院へ搬送したこと等を併せて考えると,一連の被告の対応が本 件入居契約上の債務不履行を構成すると評価することはできない。」
「しかしながら,Aを病院に搬送するという事態は,あらかじめ定められたケアプラ ンにないヘルパーの利用であったため,直ちにヘルパーが通院介助できる状況ではなか ったこと・・・,通院介助の準備のために相当の時間を要すること等からすると,被告がA をC病院へ搬送した時間が遅きに失し,上記義務に違反したとまではいえない。
また,前示のとおり,被告において,Aを早急に病院に搬送する必要があると判断す ることは困難であったのであるから,被告において,Aの家族が救急車を要請する等の 何らかの手段を講ずることを想定して,Aの家族に対し,Aの通院介助を行うのに若干 の時間を要することを説明する義務まではないというべきである。
そうすると,原告の上記主張を考慮しても,被告に債務不履行を認めることはできな いというほかない。」
〔備考――本論文との関係〕
事故が発生し、その原因としての介護サービスのあり方自体が問われたものではない ため、本論文では介護事故には含めていない。
〔参考裁判例-4〕 大阪地裁 平成18年11月29日判決 「認知症患者の誤嚥によ る死亡について、『急激かつ偶然な外来の事故』『不慮の事故』に該当するかどうかが争 われた事例」(『判例タイムズ』1237号304頁以下)
〔事案の概要〕
この事案は、認知症に罹患していた被保険者(花子)が、特別養護老人ホームBの短 期入所生活介護サービスを利用中、メロンパンを喉に詰まらせて死亡したことにつき、
事故が約款所定の「急激かつ偶然な外来の事故」(傷害保険)、「不慮の事故」(簡易保険)
に該当するかどうかが争われたものである。
〔判旨〕
「・・・本件のように、被保険者の疾病等の内的要因と外的要因が併存する場合について は、被保険者に疾病等の内的要因が損するとの一事をもってして直ちに外来性の要件を 欠くものと判断するのは相当ではなく、それ以外の外的な事情が主要な原因をなし、こ れが直接的に結果の発生に作用したと認められる場合には、外来性の要件を満たすもの と解するのが相当である。」
傷害保険の「急激かつ偶然な外来の事故」に関して、「・・・本件事故は、花子の初老期 痴呆(認知症)という内的な疾病が主要かつ直接的な原因をなしているものとは断定で きず、あくまで、Bの側の過失という外的な事情が主要な原因をなし、これが直接的に 結果の発生に作用したと認められるものであるから、本件事故は、外来性の要件を満た すものと認めるのが相当である。」
また簡易保険の「不慮の事故」に関して、「・・・本件事故は、・・・花子の初老期痴呆(認
〔備考――本論文との関係〕
認知症の高齢者にあっては、認知症を原因として事故を起こしやすく、その場合に死 亡原因は疾病(認知症)なのか、事故なのかが問題となる。それは本論文に即していえ ば、どこまでを介護事故とするかという議論にかかわるものであるが、民間保険による 傷害保険などにおいては、単なる分類の問題にとどまらず、保険金支払の要件に該当す るかにかかわる問題となる。
この判決では、介護サービス提供者側の過失があったことで、疾病を直接の原因とす る事故ではなく、外来性をもった不慮の事故であると整理している。このことは、疾病 による死亡と、不慮の事故による死亡とを区別する基準としては有効ではあるが、逆に 介護サービス提供者側の過失がなかった場合はどうなるのかという疑問を残す。もしも 過失がない場合には、不慮の事故ではなく、疾病を直接の原因とする事故だと位置づけ られ、傷害保険等の給付の対象外となるのであれば、結果的には賠償責任保険の給付対 象と一致することになる。
ただし介護サービスの提供者の責任が問われた事案ではないので、介護事故の裁判例 には含めていない。
〔参考裁判例-5〕 京都地裁 平成19年2月13日判決 「介護用ベッドに設計上及 び指示・警告上の欠陥があることなどを理由とする,介護用ベッドの製造会社等に対す る損害賠償請求が棄却された事例」 (『賃金と社会保障』1452号59頁以下)
〔事案の概要〕
本件は,ギャッチベッド(在宅ケアベッドの一種で,背上げと膝上げの角度を調整す ることができるベッド)を使用していた利用者(C)が死亡したことについて,利用者 の相続人(子)である原告らが,同ベッドに設計上及び指示・警告上の欠陥があり,こ れにより亡Cが呼吸不全に陥り死亡したと主張し,介護用ベッドの製造会社等に対し,
製造物責任,不法行為及び債務不履行に基づき,同ベッドを使用したことにより生じた 損害の賠償を求めた事件である。
〔判旨〕
「原告らは,本件ベッドの設計上の欠陥につき縷々主張するが,製造物責任法にいう
「欠陥」とは,通常有すべき安全性を欠いていることを意味し,競合して製造・販売さ れる同種の製造物にはそれぞれ特徴(言い換えれば長所と短所)があるのが一般である 上,前判示のとおり,ギャッチベッドで背上げを行えば,多かれ少なかれ利用者の胸部 及び腹部に対する圧迫が生じることは避けられないから,本件ベッドに欠陥があるとい うためには,単に,本件ベッドで背上げをした場合に利用者の胸部及び腹部に対する圧 迫が生じることを主張立証するだけではなく,同時期に製造・販売されていた同種のギ ャッチベッドと比較して,看過しがたい程度に,胸部及び腹部に対する圧迫が生じるこ とを主張立証することを要するものというべきであるところ,そのような主張立証はさ
被告に対する不法行為(ただし安全配慮義務違反及び在宅ケアベッドの選択義務違反を 理由とするもの)を原因とする損害賠償請求,被告に対する債務不履行及び不法行為(た だし安全配慮義務違反を理由とするもの)を原因とする損害賠償請求は,その余の点に ついて判断するまでもなく,いずれも理由がないこととなる。」
「原告らは,①およそギャッチベッドは,背上げと同時に膝から先の下腿を下に垂ら し,ごく短時間の治療用具として使用することが予定された製造物である,②身体の柔 軟性を失った高齢者及び重度の障害者で自らは自由に体位を変えられない者は,ギャッ チベッドの利用に適さないと主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。
確かに,前判示のとおり,ギャッチベッドで背上げを行った場合には,利用者が,あ る程度,胸部及び腹部に対する圧迫を受けるし,また,背上げを行ったままの状態で長 時間その姿勢を保つとすれば,利用者がその身体にある程度の負担を受けることは見や すい道理である。」
「しかしながら,ギャッチベッドで背上げを行った場合に利用者が胸部及び腹部に受 ける圧迫の程度,背上げを行ったままの状態で長時間その姿勢を保った場合に利用者が その身体,殊に,循環器及び呼吸器に受ける負担ないし具体的な影響の程度については,
本件全証拠によっても明らかではないのに対し,わが国において,ギャッチベッドが自 宅介護用として広く使用され,介護にあたる家族等が介護により負わなければならない 負担をギャッチベッドを使用することにより軽減することができているという現実をふ まえると,自分で自由に体位を変えることのできない者を自宅で介護するにあたりギャ ッチベッドを使用することが適切でないとまでいうことは相当ではない。」
〔備考――本論文との関係〕
本件は、直接的には介護用ベッドの安全性が問われたものであるが、家庭内での家族 による介護が問題となった裁判例でもある。これは施設内や送迎中だけではなく、家庭 内の介護に関しても、法的紛争となりうることを示している。
ただし事案としては、介護用ベッドの不具合により疾病が悪化したかどうかという争 点であり、事故とは性格が異なることから、介護事故の裁判例には含めていない。
この事件に関する筆者の評釈として、長沼建一郎「介護用ベッドの安全性と製造物責 任」『賃金と社会保障』1452号51-58頁(2007年)。