筑 波 大 学 先 史 学 ・ 考 古 学 研 究 第28号 21-49 2017
研究ノート
アナトリア新石器時代の調理用焼成遺構について
石 田 温 美
アナトリア新石器時代において発見される らの種類,形態や立地などの年代的変遷を整 炉 や オ ー ブ ン と い っ た 焼 成 遺 構 は , 主 な 用 途 理 し た 。 そ の 結 果 , 新 石 器 時 代 を 通 し て 集 落 として調理が想定される。西アジア新石器時 と焼成遺構の関係は中央アナトリアと南東ア 代 研 究 の 主 眼 は 今 日 ま で 食 料 生 産 で あ る 。 し ナトリアで差異があった。つまり,焼成遺構 か し 同 じ 食 に 関 す る 研 究 で も 加 工 ・ 調 理 に の 立 地 が , 中 央 ア ナ ト リ ア で は 住 居 内 , 南 東 つ い て は 研 究 が 少 な い よ う に 恩 わ れ る 。 調 理 アナトリアでは住居外であるという傾舟が見 は単に人間活動のーっというだけでなく 共 受 け ら れ た 。 オ ー ブ ン の 出 現 や 土 器 新 石 器 時 間 体 の 集 落 構 造 を 左 右 す る 行 為 で あ る 。 本 稿 代 中 期 に ア ナ ト リ ア 内 で 広 く 見 ら れ た 調 理 府 の 目 的 は 食 料 の 加 工 ・ 調 理 に つ い て 検出さ 焼 成 遺 構 の 形 態 - 種 類 の 変 化 が あ っ た 後 も . れ た 調 理 用 焼 成 遺 構 を 基 に 分 析 を 進 め , 新 石 この傾向は存続した。ここから,チャタル・ 器 時 代 に お け る 社 会 構 造 の 変 化 を 明 ら か に す ホユックやティグリス)11上流域で土器新石器 ることである。まず,アナトリア新石器時代 時代中期に見られた調理方法の変化は集落の に 見 ら れ る 焼 成 遺 構 の 分 類 を 行 っ た 。 そ の 上 構 造 を 変 化 さ せ る に は 至 ら な か っ た と 推 論 す で , チ ャ タ ル ・ ホ ユ ッ ク を は じ め と し た 対 象 ることができた。
地 域 ・ 時 代 の 調 理 用 焼 成 遺 構 を 集 成 し そ れ
1
.
はじめにこ れ ま で の 西 ア ジ ア の 新 石 器 時 代 に 関 す る 考 古 学 的 研 究 は 動物が家畜化されているか, 植 物 が 栽 培 化 さ れ て い る か を 形 態 か ら 同 定 す る こ と な ど , 食 料 生 産 の 始 ま り が 主 な 研 究 対 象
となってきた ( Fi nl ayson 2014,丹野2014,本郷2014,三宅2014) 0 しかし,農耕・牧畜や狩 猟 ・ 採 集 な ど に よ る 食 料 の 獲 得 は , 食 の 体 系 の 中 の ほ ん の 一 部 の 面 に す ぎ な い 。 食 料 は 人 間
によって獲得された後,加工,保存,調理,消費,廃棄という過程を経て利用される ( At al ay
et al. 2006) 0 こ う し た 食 の 体 系 の 各 要 素 は 相 互 に 影 響 し あ う も の で あ り , ひ い て は 生 活 , 社 会の構造を決定し,自然をも改変する ( Wri ght 2000,佐藤2008) 。これらの食の体系のうち, 加 工 , 調 理 に 関 す る 研 究 は , 管 見 に よ れ ば 少 な い よ う に 患 わ れ る 。 こ れ は , 食 料 の 獲 得 法 の
研 究 の 影 に 隠 れ て し ま い 謂理に関する事柄はあまり注目されてこなかったからだと考えら
れる ( Wri ght 2000) 。本稿では食の体系において重要な位置を占める食料の加工・調理につい
て , 発 掘 調 査 に よ っ て 検 出 さ れ た 調 理 用 焼 成 遺 構 を 対 象 に 分 析 を 進 め , そ の 背 後 に あ る 新 石 器時代における社会構造の変化を明らかにすることを目的としている。
II. 誤理用焼成遺構の分類および先行研究
1. 焼成遺構の分類
本 稿 で 使 用 す る 用 語 を 統 一 す る た め 先 行 研 究 に 言 及 す る 前 に 焼 成 遺 構 の 分 類 と 定 義 を 示
す 。 西 ア ジ ア の 新 石 器 時 代 の 遺 跡 か ら 検 出 さ れ る 焼 成 遺 構 に つ い て , 本 稿 で は 以 下 の 4 つに 分類する( 第1図) 。
① オーブン
燃焼空間を被覆する恒常的な上部構造を持つ調理用焼成遺構である。オーブンの他,タノー ル( t annour) やパン焼き窯という用語で報告される場合がある。
② 炉
燃焼子育を区画する施設を持つ調理用焼成遺構である。燃焼帯を生活面から区画する施設と しては,プラスターや粘土を貼った床,炉縁,掘り込みなどがあげられる。炉の下位分類と
して,生活面への掘り込みがあり,かつ燃焼帯が掘り込み内部に位置するものを
f
半地下式炉」とし,これにあてはまらないものを「地上式炉 j と呼称する。
③ 火床炉
燃焼帝を区画する施設を持たない調理用焼成遺構である。恒常的な施設であるというより は,一時的に使用されたものであった可能性が高い。
④ 集 磯 ピ ッ ト
生 活 面 へ の 掘 り 込 み が あ り , か つ 掘 り 込 み 内 に 被 熱 し た 礁 が 堆 積 す る 遺 構 で あ る 。 礁 の 持 つ 保 温 性 を 利 用 し て 調 理 を 行 っ た と 考 え ら れ る 。 集 機 ピ ッ ト と い う 名 称 と 定 義 は , 三 宅 裕 の 論考に準じている( 三宅 1996)。本章第 2 節で述べるモリス ( M. Mol i st ) による集磯ゼットの
下位分類については 他の遺跡、の報告書からは明確に確認することができなかったため,本
稿では採用しなかった。
集磯ピットは基本的にファイア・ピット( 五 re pi t) ,クッキング・ピット ( cooki ng pi t) ,ロー ステイング・ピット ( roast i ng pi t) ,オーブン・ピット ( oven pi t) という用語で報告されている。 た だ し チ ャ タ ル ・ ホ ユ ッ ク ( Cat al hoyuk) の 2647 遺構, 5003遺構のように,特に磯が充填さ
れていないもので、あってもファイア・ピットの名称が用いられていることもある ( Hodder2014) 。
そこで本稿では,特に埋土の状況等には触れられておらず,単にファイア・ピット, もしく
はローステイング・ピット ク ッ キ ン グ ・ ピ ッ ト 等 と 報 告 さ れ て い る も の は 「 半 地 下 式 炉
J
として分類した。
オーブン 半 地 下 式 炉 池 上 式 炉 台 座 付 炉 炉 縁 付 炉
AX
{
L
グ耳切削轟セNNB
移 物 燃 焼 帯
アナトリア新石器時代の調理用焼成遺構について
2
.
調 理 用 焼 成 遺 構 に 関 す る 先 行 研 究先 史 学 ・ 人 類 学 に お け る 調 理 用 焼 成 施 設 に 関 す る 研 究 は , QYVPセWP
ラン ( A. Ler oi - Gour han) に よ る 研 究 を 鳴 矢 と す る ( Ler oi - Gour han1973)。 商 ア ジ ア 先 史 時 代 の 調 理 用 焼 成 遺 構 に 関 し て 1980 年 代 に モ リ ス が 2000 年 代 後 半 か ら は ア ル ブ カ ー イ ( D. Al bukaai ) が 体 系 的 な 研 究 を 行 っ て い る (Mo!i st 1985 ・1989 ,Al bukaai 2012a .2012b)。
モ リ ス は 1980 年 代 後 半 ま で に 報 告 さ れ た 西 ア ジ ア 新 石 器 時 代 の 焼 成 遺 構 の 集 成 を 行 っ た ( Mol i st 1989) 。 そ の 中 で 本 稿 で 集 磯 ピ ッ ト と し た 遺 構 に 二 つ の 下 位 分 類 を 設 け て い る ( Mol i st 1985 ・1989)。 そ れ は 石 焼 き 炉 ( cuve町 creusee) と石蒸し焼き炉 ( f osses- f oyers) で あ る 。 石 焼 き 炉 は 浅 い ピ ッ ト の 口 ま で { 擦 が 詰 め ら れ , 被 覆 機 能 を 果 た す 植 物 や 粘 土 等 の 堆 積 が 磯 の 上 部 に 見 ら れ な い も の で あ る ( 第 2 図 1) 。 礁 の 上 に 直 接 食 材 を 置 い て , 焼 く こ と で 調 理 を し た と 想 定 さ れ て い る 。 石 蒸 し 焼 き 炉 は 深 い ピ ッ ト の 底 部 に 礁 が 堆 積 し そ の 上 層 ( 時 に は 下 層 ) に 燃 料 の 炭 化 物 や 被 覆 機 能 を 果 し た 堆 積 物 が 見 ら れ る も の を 指 す ( 第 2図 2)。 ピ ッ ト の 壁 面 が 底 部 か ら 地 表 面 に 近 い と こ ろ ま で 均 等 に 被 熱 し て い る こ と も 多 い 。 熱 し た 磯 か ら の 余 熱 で 食材を蒸し焼きにしたと想定されている。
集 成 の 結 果 , 西 ア ジ ア 新 石 器 時 代 に お い て 石 蒸 し 焼 き 炉 は , ナ ト ゥ ー フ 期 か ら 先 土 器 新 石 器 時 代 に か け て 見 ら れ る こ と が 指 摘 さ れ て い る ( Mol i st 1989)。また 才 一 ブ ン は 先 土 器 新 石 器 時 代 前 半 に 初 源 的 な 例 が 現 れ , 先 土 器 新 石 器 時 代 後 半 に 一 般 化 す る こ と も 指 摘 さ れ た 。 モ リ ス は 石 蒸 し 焼 き 炉 と オ ー ブ ン を 新 石 器 文 化 を 代 表 す る 調 理 用 焼 成 遺 構 と み な し て お り , 両 者 は 相 補 的 な 関 係 に あ る と 考 え た 。 石 蒸 し 焼 き 炉 が 監 盛 し た 後 , オ ー ブ ン に と っ て 代 わ ら れ る 現 象 は , 先 土 器 新 石 器 時 代 前 半 か ら 先 土 器 新 石 器 時 代 後 半 に か け て の 半 地 下 式 住 居 か ら 地 上式住居への変遷と一致すると結論付けた。なお,アナトリアにおける焼成遺構については, 石 蒸 し 焼 き 炉 と オ ー ブ ン は 西 ア ジ ア の 他 地 域 か ら ア ナ ト リ ア へ 流 入 し た も の で あ る と 指 摘 し て い る 。 ま た , オ ー ブ ン の 位 置 に 関 し て も , ハ ジ ラ ル ( Hacl l ar),ジャブエjレ・ホユック ( Caf er Hoy uk ) ,チャタjレ ・ ホ ユ ッ ク な ど ア ナ ト リ ア で は 屋 内 に 設 置 さ れ て い る の に 対 し , 西 ア ジ ア 他地域においては屋外であることが多いと指摘している。
ア ル ブ カ ー イ は 焼 成 遺 構 の 明 確 な 分 類 体 系 を 構 築 し 現 在 の シ リ ア 南 西 部 に 位 置 す る テ ル ・ ア ス ワ ド ( Tel l As wad) の 焼 成 遺 構 に つ い て 築 造 技 術 , 形 態 , 位 震 が 変 遷 す る こ と を 示 し た ( Al bukaai 2012a .2012b)。 テ ル ・ ア ス ワ ド は 先 土 器 新 石 器 時 代 後 半 前 葉 か ら 先 土 器 新 石 器 時 代 後 半 後 葉 に か け て 居 住 さ れ た 遺 跡 だ が 恒 常 的 な 被 覆 施 設 を 持 た な い 焼 成 遺 構 で あ る 火 床 炉 の み が 検 出 さ れ た 。 分 類 の 結 果 , 炉 の 位 置 は 集 落 の は ず れ か ら 住 居 の 中 に , 構 築 技 術 と 形 態 は 単 純 な も の か ら よ り 複 雑 な も の へ と 変 化 す る こ と が 明 ら か に な っ た 。
焼 成 遺 構 の 位 置 が 塵 外 か ら 屋 内 に 変 化 す る こ と に つ い て は , ラ イ ト ( K. Wr i ght ) の研究に お い て も 同 様 の 結 果 が 提 示 さ れ て い る ( Wr i ght2000)。 ラ イ ト は ナ ト ゥ ー フ 期 か ら 先 土 器 新 石 器 時 代 後 期 に か け て の 西 ア ジ ア に お い て , 私 的 な ス ペ ー ス と 共 同 ス ペ ー ス が 流 動 的 で 組 織 化 さ れ て い な い 状 態 か ら 明 確 に 堅 別 さ れ る 状 態 に 変 化 す る 様 子 を , 食 に 関 わ る 遺 物 , 遺 構 の 分 布を詳細に分析することで示した。
この他には, トカーチョパー ( B. L. Tkacova) が 中 央 ア ナ ト リ ア の テ ペ ジ ク ・ チ フ ト リ ク ( Tepeci k- Ci出i k) の 焼 成 遺 構 を 構 築 技 術 と 位 賓 の 観 点 か ら 分 類 し 他 遺 跡 の 焼 成 遺 構 と の 比 較
ー ト
圃 属 炭 化 物
[ 二コ灰 亡ゴ磁
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第2図 ア ナ ト リ ア 新 石 器 時 代 の 集 喋 ピ ッ ト
運 動
綴方
Iセ
A A' 534. 200m
セ
o 50cm
-
5c.' e1/401: ジャブエル・ホユック東区 NR. 7遺構 2 : ジャフェル・ホユック 33遺構と72遺構
3: アカルチャイ・テペ 2 0 N 区 42遺 構 4・アカルチャイ・テペ 20PIR32遺構. 34遺構. 35遺 構 5: サラット・ジャーミー・ヤヌ 98号 遺 構
を行っている ( Tkacva2015)。また,中央アナトリアを中心に西アジアの調理用焼成遺構に
関わる民族例を丹念に収集し 遺構に対する機能の類推も行っている。具体的には,テペジ
ク・チフトリクにおいて検出されたオーブンを,その形態的特徴から民族例に見られるフル
ン( 白nn) に結び付けている。フルンはドーム状の上部構造の天井部が平坦であり,地表面付
近に関口部が設けられるもので 主に無発酵パンを焼くのに使われる。調理用焼成遺構の体
系的な形態分類以外の注目すべき先行研究として ムギ類を原料としたパンが新若器時代に
食べられていたという仮定で,パン焼き窯らしきオーブンの出土例をあげた藤井純夫やハー ランド( R . Haal and) . 焼成遺構を使った調理体系のー側面を示した三宅裕の研究があげられ る( Haal and 2007,藤井1981,三宅1996)。
西アジア新石器時代の調理用焼成遺構については以上のような先行研究があげられるが,
基本的には機能などについて深く考察されてきたとはいえない( 赤司2014)。焼成遺構に関す
る最も基礎的な研究であるモリスの研究についても,一遺跡から検出される様々な形態の焼
成遺構がどのように関連するのか,例えば使い分けがあるのか という点が明確でないとい
ア ナ ト リ ア 新 石 器 時 代 の 調 理 用 焼 成 遺 構 に つ い て
ill.
チャタル・ホユックの焼成遺構1 . 遺跡の概要
チ ャ タ ル ・ ホ ユ ッ ク は ト ル コ 共 和 国 コ ン ヤ 県 に 位 置 し , 同 県 最 大 の 都 市 コ ン ヤ か ら 南 東
5 2 k mに位聾する ( Hodder 2011)。 新 石 器 時 代 に 居 住 さ れ た 東 丘 と 錦 石 器 時 代 に 居 住 さ れ た 西 丘 と が あ る 。 本 論 で 分 析 対 象 と す る の は 1993年から2008年 の 調 査 に お い て 東 丘 の 南 区 と 4040区 か ら 検 出 さ れ た 焼 成 遺 構 で あ る 1)。以上の調査区ではホダー( 1. Hodder ) を中心とした
イ ギ リ ス ・ ア メ リ カ 合 同 調 査 隊 が1993年から発掘調査を行っている。
チ ャ タ ル ・ ホ ユ ツ ク の 住 居 は 互 い に 墜 を 接 す る よ う に 密 集 し て 建 て ら れ , 各 家 屋 は40か ら120年 の 寿 命 を 終 え る と , そ れ ぞ れ 建 て 替 え ら れ た と 考 え ら れ て い る ( Hodder 2014)。 主 室 の 南 側 に は 焼 成 施 設 が 位 置 し そ こ で は 食 事 や 石 器 , ピ ー ズ 製 作 , 骨 脂 製 作 等 の 作 業 が 行
わ れ た と み ら れ て い る 。 部 屋 の 北 側 は 南 側 よ り 床 面 が 高 く 作 ら れ , 床 下 埋 葬 や 壁 画 が 発 見 さ
れ る 。 多 く の 場 合 副 室 が 設 け ら れ , そ こ か ら は 盆 状 遺 構 や 貯 蔵 施 設 が 見 つ か る 。 住 居 へ は ,
主 室 の 主 に 南 東 に か か る は し ご を 使 っ て 屋 根 か ら 出 入 り し た と 患 わ れ , こ れ は そ の ま ま 焼 成
遺構の煙道ともなっていたと考えられる。
チャタル・ホユックの焼成遺構は大多数が炉とオーブンに分類されている。その他,ファイア・
スポット,ファイア・ピット等もある ( Hodder 2014) 0 1999年 ま で の 調 査 か ら 得 ら れ た 資 料 を 基に,セスフォード( C. Cessf or d) とニアー (J. Near ) はチャタル・ホユックの焼成遺構を大きく 三つに分類している( Cessf or d and Near 2005)。 そ の 内 訳 は , ① 壁 か 柱 に 接 し て 作 ら れ る 精 円 形
ド ー ム 型 オ ー ブ ン , ② 住 居 内 に 位 置 す る が 壁 に 接 し な い , 背 の 低 い 炉 縁 を 持 つ 円 形 炉 , ③ 多
くが住居外に散発的に発見され 特筆すべき構造物を持たないファイア・スポット,である。
2
.
分 析 方 法 と 結 果本 稿 で 分 析 の 対 象 と し た の は , 前 述 し た2つ の 地 区 か ら 発 見 さ れ た 焼 成 遺 構 で あ る 。 関 連
す る 発 掘 調 査 報 告 書 に 加 え , チ ャ タ ル ・ ホ ユ ッ ク の オ ン ラ イ ン デ ー タ ベ ー ス2)からも情報を
得 て い る 。 チ ャ タ ル ・ ホ ユ ッ ク に お い て 焼 成 遺 構 は ほ と ん ど が オ ー ブ ン か 炉 に 区 分 さ れ て い
るが,ファイア・ピットとして分類された焼成遺構もある。資料数は南区の住居内から 105基,
住 居 外 が5基 , 北 亙 お よ び4040区の住岩内から 38基である( 第i 表 ) 。 た だ し 南 区 の 105 基の資料には, 2009年から 2015年 の 調 査 で 発 見 さ れ た 15基も加えている3)。
本 稿 で , 炉 に 関 し て 設 定 し た 分 類 基 準 は 以 下 の 通 り で あ る ( 第l 図) 。
① 壁 の 利 用 の 有 無 , ② 生 活 面 へ の 掘 り 込 み が あ り , か つ 燃 焼 帯 が 掘 り 込 み 内 部 に 位 置 す る
か否か。これに当てはまる場合は半地下式炉であり,当てはまらない場合は地上式炉となる,
③ 方 形 台 座 の 有 無 , ④ 炉 縁 の 有 無 , ⑤ 平 面 プ ラ ンo
遺構の形態、分類を行なった結果,オーブンには年代による明確な形態差は見られないもの
の , 炉 に 関 し て は 南 区 0 から M層 を 境 に 形 態 差 が み ら れ る こ と が 明 ら か に な っ た ( 第 2 表) 。
半 地 下 式 炉 の 深 さ に は , ぱ ら つ き が あ る が , 平 均 す る と 0. 13mほ ど で あ る 。 南 区 で はM層 あ た り を 境 に , 半 地 下 式 炉 か ら 地 上 式 炉 へ と 変 化 し て い る こ と が わ か る 。 北 区 で は 南 痘 ほ ど
はっきりと線を引けないが,
G
層 よ り 上 層 で は 半 地 下 式 の 炉 は 珍 し い も の と し て 扱 わ れ て いる( Hodder2014 :p. 312)
。
Q
N (がのみ) I 1>. 97
M
0. 23
第l表 本稿で扱うチャタル・ホユックの焼成遺構一覧
Sp.3 19 I 2641 I 7 γ│ ・ I J( sl CS) I s .47 I 1555 I炉orオ│ ・
Sp. 339 I 5003 I 7ァ│ ・ I 1( sR- Q) I 0. 70 I 2752 ! 炉
オ ー ブ ン
炉/ ファイア・ピット
F( s L- K)
1) レベルは上層から下層にかけて表記。 { 1 I J)南区レベル 5は Rのよ弱。北区レベル Fは
Gの下慮。 2) B_は建物の略語
3) Sp.はSpace の略語、j奇病する建築物に明確なナ ンパリングがない場合表示
4) 4040区 レ ベ ル 欄 の ( ) 1勾は対応する南区レベル
アナト1) ア 新 石 器 時 代 の 調 理 用 焼 成 遺 構 に つ い て
第2表 本 稿 で 扱 う チ ャ タ ル ・ ホ ユ ッ ク の 炉 一 覧
I有!R (鐙内) 南 区 セI 404日 区 {鐙f' l )
レベル 検場所出 遺番構号 分 類 掘 三τ"りグ
ー
,
』ア 炉i量平 面 形 { 韓考 レベル 検場出所 選番情号 分 鋭 締込みり 炉 縁平 図 形 i開考 レベル 検場所出 i番宜機号 分 類 主時届み')炉tま平 蔀 形 t自考
123 f;' x X
。
145 X
•
。
1328 .出
•
臼 .J 5 日44 1330 X
•
9 地 上 式 炉 5 5p. 319 2647 7γ•
x 0- B.47 1555 t戸orオ•
? 10-1333 × .? 0
-( sT- 5) 1336 ×
1338 × X 0
-44
「FFE
日
占56
2061 x
•
。
口2075 X
•
R
1507 ×
•
R S p.339 5003 ファ
•
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8. 70 2752 t戸urオ X x I0 -8.42
1520 X
( sR- Q) 2091 x 1. 口
Q 13. 65 2549 炉 三点
•
ロ
ー
Q 8. 60 ヲ陶ヲhヲ-ミd戸
学
•
•
0 -2614 炉 ×
ロ
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11 8.55 2103 x x 口.P 8. 75 2636 炉
• •
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51'.329 2640 持ヲ x•
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,Q-I' ) 8. 58 2122
芳
炉三
x
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日57 2134 ×
•
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13. 80
7402 炉 x
•
口‘ 361 i炉オ 勺
'] 10 -3436 炉 ×
•
出 不 盤 14• •
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3427 炉• •
0- 日i 369 x•
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3426 × ワ 33•
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3-112
炉 炉orオ
x
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0 -3549 ו
・戸、'峨p、. 半I E彰+半卵形1l. 77 3090
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3532 × x
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諸 パレyト形 N 日971l. 52
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×。
502 炉 x
•
O 0-8. 6 523 炉
•
×(凡例)
458 炉
•
•
ロ
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1850 炉 X x 10司
オ オ ー ブ ン
13.43 1861
炉炉
X ×
。
ブ ア 。 フ ァ イ ア ピット
1864 X ×
。
8.4 599
炉 炉orオ
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542 炉 x
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803 炉 x 10
-口 惜 矩 形
524 × :羊ナシ形 529
•
。
533 x。
1) レ ベ ル は 上R脅から下層にかけて表記。
534
•
車 不 登例) 南区レベルSはRの よ 砲 。 北 区 レ ベ ルFはGの下慮。
552 x 10
-j 日23
808 茸3 x 10- 2 )Bは 建 築 物( Bu略ild語in、g)帰の成盟各す務る
809 炉 x 10
-3) Sp.グはがSなpaいce場のf 建 築 物 に 明 石fな ナ ン パ リ
806 炉 x
。
ン 合表示。
540 t戸 x
。
4 ) 4 0 4 0 [玄レベル羽田の( ) 内は対応、する南区レベル
556 炉 X
。
807 背戸 》え 例)J(5下S)→ 北 区 レ ベ ルJは 南 区 レ ベ ルTからSに釧行。
1)関空f区 お よ び 鰐 査 主 体 者 に よ っ て 黙 な る 建 築 層 名 が 与 え ら れ て い る 。
2 ) 4 0 4 0区 に 測 し て は メ ラ ー ト に よ る 剣 査 お よ び 南 区 と の 土 器 の 様 籾 に よ る 建 築 隠 の 対 応 を 示 す 。
第3図 チ ャ タ ル ・ ホ ユ ッ ク に お け る 調 理 に 関 連 す る 遺 構 ・ 遺 物 の 転 換 期
チャタル・ホユック東丘の居住期間の後半 つまりメラート (J. Mel l aar t ) の認定したV I 層 以降になると,炉の形態に変化が見られるようになる ( Hodder2013) ( 第 3 図) 。下層では不 整円形が主体的で、あった炉の平面プランが,上層になると矩形および不整矩形に定型化する。 この矩形炉は 2091遺 講 の よ う な 正 方 形 に 近 い 矩 形 の 炉 縁 を 持 つ , 定 型 化 さ れ た 地 上 式 炉 に 代 表 さ れ る 。 炉 の 平 面 プ ラ ン に つ い て は 矩 形 の も の と そ う で な い も の に 用 途 の 差 は 認 め が た
いとされているが 1328遺構の台座上に土器が据え付けられていたことから,炉の平面プラ
ンの変 化には ,土 器 の 使 用 が 関 係 し て い た 可 能 性 が 示 唆 さ れ て い る。土 器と 焼 成遺 構に 関し て は , 円 形 半 地 下 式 炉 で あ る 2636遺 構 内 か ら 土 器 の 破 片 が 一 定 量 出 土 し て い る が , 原 位 置 ではないようである。矩形炉に関しては, 1328遺 構 を は じ め と し た 台 座 付 矩 形 炉 が , 南 区 S 層 の 建 物 44 から 123遺構, 145遺構, 1328遺 構 の 3 基 が 検 出 さ れ て い る 。 北 区 で は 南 区 に 先行してG層 の 建 物 49 内に矩形炉である 1665遺 構 が 現 れ る 。 ま た , 前 述 し た 方 形 炉 縁 付 地 上 式 炉 ( 北 区 : 2075遺構. 2091 遺 構 , 南 区 : 2122遺構, 2134遺構, 2614遺構, 2388遺構,
1573遺構) が,半地下式炉が廃れるころに出現する。これらの多くは炉縁によって矩形に区
画された中央部に燃焼帯が向心円状に広がっている ( Hodder2013) 。
さらに前述した南区 0 層から M層は,アタライ ( S. At al ay) が チ ャ タ ル ・ ホ ユ ッ ク に お け る調理法の転換期とした時期にあたる ( At al ay2005)。 つ ま り , ク レ イ ボ ー ル4) と炉やオーブ ン を 組 み 合 わ せ た 調 理 か ら 土 器 を 使 っ た 調 理 へ の 転 換 で あ る 。 こ れ は 南 区 0 層からM層に なるとクレイボールの出土数が減少し 主 体 的 に 出 土 す る 土 器 が 在 地 の も の か ら 耐 熱 性 の あ る搬入品へと変化することから推論されている。
半地下式炉とクレイボールの衰退は,蒸し焼きの調理法がより手軽に食物を湿式加熱できる
土器を使った調理法にとってかわられたと捉えることができる( 西堀 2013) 。なお,磨おなどの
製粉具が焼成遺構内に廃棄されることがよくあると報告されている ( Baysal and Wr i ght 1995) 0
今回それにも留意して焼成遺構を分類してみたが 意味のある差異は見られなかった。
N .
中 央 ア ナ ト リ ア と 南 東 ア ナ ト リ ア に お け る 半 地 下 式 炉本 章 で は 第3章第2節 で 分 析 し た チ ャ タ ル ・ ホ ユ ッ ク の 資 料 を ふ く む 中 央 ア ナ ト リ ア の 焼 成 遺 構 と , 南 東 ア ナ ト リ ア の 焼 成 遺 構 と を 比 較 す る 。 焼 成 遺 構 は 必 ず し も 単 一 の 用 途 で は な
く季節によってその用途を変える( 赤司 2014) ことを考慮して 調 理 用 以 外 の 用 途 を 持 つ 可
能 性 の あ る 焼 成 遺 構 も 分 析 の 対 象 と し た 。 主 な 分 析 対 象 は 中 央 ア ナ ト リ ア の 10遺 跡 と 南 東 アナトリアの9 遺跡である( 第 4 ・5 図) 。
1. 中央アナトリアの焼成遺構
Hpュ。イ「。セャI ( 第 4 図 的
オープンサイトと岩陰から構成される遺跡であり ( Bai r d 2012, Tk ac ov a 2015),オープンサ
イトに設けられた発掘区 A では先土器新石器時代後期の堆積が発見されている。ここでは曲
線 的 な プ ラ ン の 半 地 下 式 住 居 が 確 認 さ れ て い る が 屋 外 に は 多 量 の 礁 と 動 物 骨 が 集 中 し て 散
布する区域があり,饗宴の痕跡とされる。付近から集機ピットが1基検出されている。また,
ア ナ ト リ ア 新 石 器 時 代 の 調 理 用 焼 成 遺 構 に つ い て
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Scal巴1110 第 4図 本稿で扱う遺跡
1: スペルデ 2: ポ ン ジ ュ ッ ク ル 3: チャタル・ホユック 4: プ ナ ル パ シ ュ 5: ジャンハサン
6 : ム ス ラ ー ル 7 : ア シ ュ ク ル ・ ホ ユ ッ ク 8 : テ ペ ジ ク ・ チ フ ト リ ク 9 キ ヨ シ ュ ク ・ ホ ユ ッ ク
10 : ジャブエル・ホユック 11 : ネヴァル・チョリ 12: メズラー・テレイラト 13: アカルチャイ・テペ
14: チャヨヌ 15 : ハラン・チェミ 16: サラット・ジャーミー・ヤヌ 17・ハケミウセ
18 : キョルティック・テペ 19 : スマキ・ホユック 20 :J¥ツサンケイフ・ホユック 21 : グシル・ホユック
22 : カラメル 23 : テル・ハルーラ 24 : ジ‘ ェルフ・エル・アフマル 25 : ムレイベト
26 : テ ル ・ セ ケ ル ・ ア ル ・ ア ヘ イ マ ル 27 : ケルメズ・デレ 28 : ネムリク9
して調理に使われた可能性がある。
岩 陰 に 位 置 す る 発 掘 区B の 土 器 新 石 器 時 代 に 相 当 す る 層 か ら は , 多 数 の 集 機 ピ ッ ト が 検 出 さ れ て い る 。 こ の 焼 成 遺 構 は 大 き な 不 整 円 形 の 掘 り 込 み を 持 ち 多 量 の 機 と 骨 が 充 填 さ れ て いた。その後,この集喋ピットを切って,洞窟の東壁を利用した半地下式の建築物が作られる。 西 側 を 石 列 か ら な る 壁 で 区 画 し た こ の 遺 構 は 内 部 に 炉 外 部 に オ ー ブ ン を 持 つ 。
ェ Haセャォィ ケォI ( 第 4図 7)
先 土 器 新 石 器 時 代 後 期 前 葉 と さ れ る 第 4 層 に お い て は 屋 内 と 屋 外 両 方 に 焼 成 遺 構 が 見 ら れ
コ「。セ。イ。ョ 2011 ・2012,Oz ba手aran and Dur u 2015)。 第 4 層 に お い て は 住 居 は 楕 円 形 で 半 地
下 式 で あ る 。 後 述 す る 第2層 や チ ャ タ ル ・ ホ ユ ッ ク の よ う に そ れ ぞ れ の 住 居 が 密 集 す る こ と は な い 。 こ れ ら の 住 居 の う ち , 建 物3 か ら は , 崖 内 の 中 心 か ら 円 形 炉 が 検 出 さ れ て い る 。 こ の 住 居 の 床 面 に は 植 物 由 来 の 有 機 遺 物 と 日 干 レ ン ガ の 破 片 が 厚 く 堆 積 し て い た 。 ま た 建 物 3 よ り 新 し い 住 居 で あ る 建 物 1か ら も 似 た よ う な 炉 が 検 出 さ れ て い る 。 こ の 炉 は 基 部 に )11原石 を 敷 き 詰 め て 炉 床 と し そ の 外 側 を 日 干 レ ン ガ に よ る 炉 縁 が 取 り 囲 む 。 )11原 石 の 上 に は 厚 い
XセY ェ
発 見 さ れ た こ と で あ る 。 炉 が 単 な る 調 理 用 の 施 設 で は な く , 象 徴 的 な 意 味 も 持 っ て い た 可 能 性 を 示 し て い る 。 炉 の 西 側 か ら は 盆 状 遺 構 , 製 粉 具 , 骨 製 の ヘ ラ , か ご が 原 位 置 で 出 土 し て いる。建物 3 と そ の 北 方 の 建 物 6は , 東 側 を オ ー プ ン ・ エ リ ア に 取 り 囲 ま れ , そ こ で は 食 品 の 加 工 な ど 幅 広 い 作 業 が 行 わ れ て い た と 考 え ら れ る 。 火 床 炉 に 伴 っ て 灰 や 小 さ な 炭 , 被 熱 し たエノキの種子がまとまって見つかっている。
先土器新石器時代後期中葉( 第 2 層) の焼成遺構に関してはオズパシャラン ( M. ᅱコ「。セ。イ。ョI@
Hᅱコ「。セ。イ。ョ 1998) 0 こ の 時 期 の 最 も 一 般 的 な 焼 成 遺 構 は , 矩 形 住
居 内 に 位 置 す る 矩 形 の 炉 で あ る 。 こ れ ら は 調 理 や 暖 房 , 明 か り の 役 割 を 果 た し て い た と 考 え ら れ る 。 焼 成 遺 構 は 全 て の 家 に 備 え ら れ て い る わ け で は な く , 炉 を 持 つ 家 は 通 常 一 つ の 部 屋 しか持たない ( Dur i ng 2006)。 住 居 内 の 炉 の 多 く は 部 屋 の 偶 に 位 置 し , 部 屋 の 中 心 に あ る も の は 皆 無 で あ る 。 住 居 床 面 か ら 3 0 c mほど掘り込み,側面には平石が垂直に立てられている。 さ ら に 住 居 床 面 に 日 干 レ ン ガ で 作 ら れ た 炉 縁 が 設 け ら れ て い る 場 合 も あ る 。 こ の 炉 縁 の 住 居 床 面 か ら の 高 さ は 平 均 で 2 0 c mほどである。基部はメレンディス川の] 11原 石 や ま れ に 石 灰 岩 で敷石されており そ の 上 か ら 粘 土 を 厚 く 塗 布 し て い る 。 炉 の 一 辺 に は 炉 縁 が な く , そ の 部 分 に は 灰 が 堆 積 し て い る こ と か ら , そ こ が 関 口 部 だ っ た と 考 え ら れ る 。 炉 の 大 き さ は2. 70 x 1. 10 m から 0. 80
x
0. 60 mま で と ま ち ま ち だ が 基 本 的 に 部 屋 の 大 き さ に 比 例 し て い る 。 炉 の中には煙道を持つものもある。SPE VPE Hᅱコ「。セ。イ。ョ
1998 , Dur i ng2006. Kv as t ad 2010)。集落内の焼成遺構とそれを備えた住居の分布については, 特 に 特 徴 的 な パ タ ー ン は 見 ら れ な し 」 こ れ ら の こ と よ り オ ズ バ シ ャ ラ ン は 当 該 時 期 に お け る 焼 成 遺 構 の 役 割 を , 調 理 や 暖 房 , 明 り を も た ら す 実 用 的 側 面 と 家 の 中 心 と い う 象 徴 的 側 面 の 二つを持つとしている。
な お 建 物 T に お い て 玄 武 岩 の ブ ロ ッ ク を 炉 床 と し た 大 き な ド ー ム を 持 つ オ ー ブ ン が 見 つ か っ て い る 。 第2層の焼成遺構として集磯ピットが見つかっており,
J
1I原 石 の 下 層 か ら 保 存 状態のよい炭化木材と炭化物が豊富に見つかっている。ボ ン ジ ュ ッ ク ル ( Boncukl u) ( 第 4 図 2)
全 て の 建 築 層 は 先 土 器 新 石 器 時 代 後 期 に 属 す る ( Bai r d et al. 2012) 0
M
区 の 最 も 古 い 人 為 的 堆 積 物 は , 住 居 の な い 区 域 に 検 出 さ れ た 生 活 廃 棄 物 と 考 え ら れ る 動 物 骨 植 物 遺 存 体 等 で あ る 。 お そ ら く 廃 棄 物 の 一 部 は こ の 付 近 で 検 出 さ れ た 火 床 炉 と 石 組 炉 で 行 わ れ た 調 理 に よ る も の で あ ろ う 。 報 告 書 の 図 版 か ら 判 断 す る と , 石 組 炉 は 平 石 を 数 枚 据 え た 不 整 形 の も の で , 平 石 の 表 面 は 黒 く 変 色 し て い る ( Bai r d et al. 2012 :p. 240ぃFi g. 4) 0k 区では同じ場所に連続して建築される6 つの建築物の内,建物 9. 3. 1 か ら 焼 成 遺 構 が 検 出 さ れ て い る 。 全 て 住 居 内 に 芭 画 が 見 ら れ , そ の う ち 北 側 の 西 半 分 が 調 理 区 画 と さ れ て い るO
アナトリア新石器時代の調理用焼成遺構について
E 区では建物4 か ら 炉 が 検 出 さ れ て い る 。 こ の 炉 の 位 置 は 住 居 内 の 南 西 で あ り , 局 留 に 生 活 廃棄物が集積されている。この状況はチャタル・ホユックにおける焼成遺構の位置と類似する。
ムスラール
( M
u
su
l ar)
( 第4
セ@6
)
アシュクル・ホユックの住民が狩猟に用いた特別な遺跡であると解釈されている
( O
zb
碍aran
e
t a
.I2012)
。 建 物A
に 伴 う 形 で , こ の 遺 跡 で 唯 一 の 焼 成 遺 構 で あ る 正 方 形 に 近 い 平 面 プ ラ ン の 炉 が 見 つ か っ て い る( Tkacova
2015) 。炉壁は厚く0
. 3
6
m に 達 し 定 型 化 し て い な い 日 干 レンガで構成される。廃棄時に充填されたと思われる大量の石灰岩とJ 1 ! 涼石が遺構内から検出
されている。
ジャン・ハサン
III
( Can H
asan III)
( 第4
図5)チ ャ タ ル ・ ホ ユ ッ ク の オ ー ブ ン は 壁 に 接 し , 上 部 構 造 の 一 部 を 壁 禽 状 構 造 が 担 う こ と が 多 い が , ジ ャ ン ・ ハ サ ン
III
で も 類 例 が 一 例 報 告 さ れ て い る( Fren
ch 1972)
。それは48K
区の先 土 器 新 石 器 時 代 の 層 で 、 見 つ か っ た も の で あ る 。 オ ー ブ ン は 藁 を 混 和 し た 粘 土 で 形 成 さ れ , そ の 内 部 か ら 原 位 置 で 検 出 さ れ た 植 物 遺 存 体 を 採 取 し て 分 析 が 行 わ れ た 。 そ の 結 果 , 炭 化 し た 若 と 藁 が 主 体 的 に 発 見 さ れ , 炭 は ほ と ん ど 見 つ か ら な か っ た 。 こ れ は 燃 料 と し て 糞 が 使 用 さ れていたことを示唆すると解釈されている。ス ペ ル デ
( Su
b
erd
e)
( 第4
図1
)
先 土 器 新 石 器 時 代 後 期 に 年 代 づ け ら れ る 第3 層 か ら , 炉 の 跡 と み ら れ る 灰 と 炭 , 固 く 焼 け た ロ ー ム 土 の レ ン ズ 状 の 堆 積 が 発 見 さ れ た
( B
ordaz
1968)
。 こ の 堆 積 に は 焼 け た 動 物 骨 が 大 量 に 含 ま れ て い た 。 こ れ ら の レ ン ズ 状 の 堆 積 か ら は , 種 向 定 不 能 の 木 片 と 堅 果 類 の 外 殻 が 発 見 さ れ て い る 。 な お , こ の 層 に 属 す 住 居 は8区で1基 だ け 確 認 さ れ て い る が 炉 と の 関 係 は 不 明である。ジャン・ハサン
1
( CanH
asanI )
( 第4
図5)主 に 鏑 石 器 時 代 と 土 器 新 石 器 時 代 に 居 住 さ れ た 遺 跡 で あ る
( Fren
ch 1998)
。 第 5 層 で は 住 居の東壁に隣接して半円形の炉が検出されているDそれに後続して西壁に方形の炉が構築された。
テベジク・チアトリク
( Tep
eci k- C
i
合lik
)
( 第4
図8
)
テ ペ ジ ク ・ チ ア ト リ ク で 最 も 古 い 焼 成 遺 構 は 土 器 新 石 器 時 代 前 期 に 位 置 づ け ら れ る 第 5 層 か ら 検 出 さ れ た , ア シ ュ ク ル ・ ホ ユ ッ ク の も の と 類 似 す る 集 機 ピ ッ ト で あ る
( Tkacova
2015) 。 後 続 す る 第4
層 で は4
基 の オ ー ブ ン と 炉 が 報 告 さ れ て い る 。 こ の う ち 炉 に 分 類 さ れ るSB17
遺構と
SB6
遺 講 は 屋 内 に 位 置 し 残 り のSB30
遺捕とSB34
遺 構 の2
基は屋外に位置する。 このSB30
遺構とSB34
遺構は並んで検出され, ど ち ら も 底 部 に 保 熱 用 の 石 が 敷 か れ る こ と はなく,粘土のみで作られている。SB34
は 鍵 穴 形 を し て い る 九土 器 新 石 器 時 代 後 期 に 年 代 づ け ら れ る 第 3 層 は 上 層 と 下 層 に 細 分 さ れ る 。 第 3 層 の 下 層 は オ ー ブ ン 付 き の 住 居 が 検 出 さ れ て い る こ と が 大 き な 特 徴 で あ る 。 こ の タ イ プ の 住 居 に み ら れ
る オ ー ブ ン は , 住 居 の 外 側 に 張 り 出 し た 小 部 屋 の 中 に 位 置 し て い る 。 ト ガ ー チ ョ パ ー に よ っ て 7 基 の 焼 成 遺 構 が 報 告 さ れ て い る が , こ の 時 期 の 焼 成 遺 構 は 他 の 時 期 と 比 べ て 比 較 的 大 き い。これらのオープンは了寧に維持されており,何度もプラスターを塗り直した痕跡、が残っ て い る 。 ト ガ ー チ ョ バ ー は 第3 層 下 層 の オ ー ブ ン を 民 族 例 で い う フ ル ン だ と 解 釈 し て い る6)。
後 続 す る 第 3 層 上 層 で は 4 基 の オ ー ブ ン と 炉 が 報 告 さ れ て い る 。 大 き さ は S B2 遺 構 5 の 0. 76 x 0. 65 mからS B5遺構の1. 3 x 1. 0mまで将がある。 4基 の う ち3基 が 建 物 2 に 位 置 し , 残 りのS B5 は 先 行 す る 第 3 層 下 層 の オ ー ブ ン と 同 様 に 小 部 屋 の 中 に 位 置 す る 。 ま たS B5遺 構 と S B1 3 遺構は灰を取り除くためと思われる灰坑を持つ。
キヨシユク・ホユック ( Ko休日凸yuk) ( 第 4図 9)
第 l 層 か ら 第 5 麗 ま で の 層 位 が 調 査 さ れ て お り , 第l 層 が 初 期 銅 石 器 時 代 に , 第 2 層から 第 5 層 が 土 器 新 石 器 時 代 に 属 す る ( Oz ba手aran 2011, Oz t an 2012)。 第 2 層 か ら 第 5 層 の 住 居 は
矩形であり,製粉具を備えた部屋を必ず持つ。 2種 類 の オ ー ブ ン と 炉 の3種類の焼成遺構が,
住 居 内 か ら 検 出 さ れ て い る7) ( Tkaとova 2015)。 各 住 居 に 少 な く と も ひ と つ の 焼 成 遺 構 が 存 在 し ょ く 認 め ら れ る の は 炉 で あ る 。 炉 は 矩 形 で あ り , 常 に 炉 縁 の 外 側 を 住 居 内 の ベ ン チ に 隣 接 さ せ て い る 。 第 4 層 で は 小 ぶ り な 礁 で 構 築 さ れ た 円 形 炉 が 主 流 と な り 壁 に 接 し た 部 屋 の 中 央 か偶に構築される。
2. 南 東 ア ナ ト リ ア の 焼 成 遺 構 チャヨヌ ( c ayonu) (第 4 図14)
先 土 器 新 石 器 時 代 前 期 に 位 置 付 け ら れ る ラ ウ ン ド ・ ビ ル デ イ ン グ ・ サ ブ ブ エ イ ズ で は , 半 地 下 式 円 形 住 居 の 周 り を オ ー プ ン ・ エ リ ア が 取 り 囲 む ( Br ai dwood et al. 1971, Bl cakcl 1998, El i m- Oz dogan 2011) 。 こ の オ ー プ ン ・ エ リ ア か ら は , 貯 蔵 穴 や 石 器 製 作 の 痕 跡 と と も に 小 さ な 火 床 炉 が 検 出 さ れ た 。 ま た , 動 物 骨 の 破 片 を 含 む 廃 棄 物 が 認 め ら れ る こ と か ら こ の エ リ ア は日常生活に使われたと考えることができる。
ハラン・チェミ ( Hal l an Cemi ) ( 第 4 図15)
第 3 建 築 層 ま で が 報 告 さ れ , 先 土 器 新 石 器 時 代 前 期 前 葉 か ら 先 土 器 新 石 器 時 代 前 期 後 葉 に 位置づけられている ( Ros enber g 2011)。 こ れ ら 全 て の 建 築 層 で , 屋 内 外 に 半 地 下 式 の 炉 が 検 出 さ れ て い る 。 炉 は 礁 で 構 築 さ れ た 低 い 炉 縁 を 持 ち , 円 形 で あ る 。 こ れ ら の 礁 に は プ ラ ス タ ー が塗ら れ て い る に も か か わ ら ず, 熱の 作用 で割 れ てい る。 また ,集 落 の中 央 部 分 には 直 径1 5 m ほ ど の 動 物 骨 と 熱 の 作 用 で 割 れ た 磯 が 大 量 に 散 布 す る エ リ ア が あ る 。 そ の 状 況 か ら , 上 述 し たボンジュックルと向じように饗宴が行われた場であったと考えられている。
ネヴアjレ・チョリ ( Nev ah Cor i ) ( 第4 図 11)
アナトリア新石器時代の調理用焼成遺構について
1J曹 で は オ ー プ ン ・ エ リ ア か ら47 基 の 集 喋 ピ ッ ト が 検 出 さ れ て い る 。 こ れ ら は 川 原 石 で 掘 り 込みの関口部の内部が覆われ, )11原 石 の い く つ か は 熱 の 作 用 に よ っ て 割 れ て い る 。 第2 層 か
ら第4 層 ま で 集 機 ピ ッ ト が 検 出 さ れ る が , そ の 数 は 年 代 が 新 し く な る に つ れ 徐 々 に 減 少 し て い る 。 な お , 第3 層 で は 居 住 と と も に 石 器 製 作 が 行 わ れ る ア ト リ エ , 建 物 6 か ら は 集 機 ピ ッ ト が 検 出 さ れ て い る 。 報 告 者 は ネ ヴ ァ ル ・ チ ョ リ の 日 常 生 活 の か な り の 部 分 が 家 の 外 で 行 わ れ て お り , そ れ は 屋 外 で 発 見 さ れ る 焼 成 遺 構 に よ っ て 証 明 さ れ る と し た 。
ジ ャ ブ ェ ル ・ ホ ユ ッ ク ( Caf erHo y註k) ( 第4 図10)
13の 建 築 層 が 確 認 さ れ て お り , 全 て 先 土 器 新 石 器 時 代 後 期 に 属 す る ( Mol i st and Cauvi n 1991 , Cauvi n et al. 2011)。 第 13 層 か ら 第 9 層 は ジ ャ ブ エ ル ・ ホ ユ ッ ク 前 期 と 位 置 づ け ら れ て い る 。 第13 層 か ら は 地 山 に 掘 り 込 む 屋 外 の 炉 , 第 12 層 か ら は 伺 一 住 居 内 に 馬 蹄 形 の 炉 と 矩 形 の オ ー ブ ン , 第 11層 か ら は 屋 外 の 集 機 ピ ッ ト , 第9層 で は 屋 外 か ら 灰 と 木 炭 が 詰 ま っ た 半 地 下 式 の 炉 が 検 出 さ れ て い る 。
第8 層 か ら 第 5 層 は ジ ャ ブ ェ ル ・ ホ ユ ッ ク 中 期 に 位 置 づ け ら れ る ( Mol i st et al. 1991 , Cauvi n et al. 2011)。 第7 層 か ら は 屋 外 か ら 半 地 下 式 の 円 形 炉 で あ る 84 遺 構 が 見 つ か っ て い る 。 第 5b 層 か ら は33 遺構と72 遺構という2 基 の 集 磯 ピ ッ ト が 検 出 さ れ て い る( Mol i st 1989) ( 第 2 閤 2)。
この2 基 は 形 態 が 類 似 し 壁 が 垂 直 に な る よ う 地 面 を 掘 り 込 ん だ も の で あ る 。 72 遺 構 の 堆 積 物 は3 層 に 分 か れ 上 層 は 被 熱 し て い な い 黄 色 土 で 放 棄 時 の 埋 め 戻 し と 考 え ら れ る 。 中 層 は 礁 の 破 片 が 密 集 し て お り こ れ ら は 被 熱 に よ り 赤 褐 色 に 変 色 し て い る 。 お そ ら く こ れ ら の 石 は3 僧 体 で あ っ た と 思 わ れ , 使 用 後 部 ら れ て 廃 棄 さ れ た と 考 え ら れ る 。 下 層 は 炭 化 し た 木 片 ( 直径3セ@ 5c m) が 密 集 す る 。 ま た ピ ッ ト 内 部 は 関 口 部 か ら 底 部 ま で 均 一 に 赤 化 し て い る 。
第4層 か ら 第1層 の ジ ャ ブ ェ ル ・ ホ ユ ッ ク 後 期 の 焼 成 遺 構 つ い て は モ リ ス が 詳 し く 報 告 し て い る ( Mol i st 1985) 。 モ リ ス は 1985 年 ま で の 発 掘 調 査 で 発 見 さ れ た 第 5 層 か ら 第 1 層 の 焼 成 遺 構 を 7 基 紹 介 し 33 遺講のみをファイア・ピット 他 の6 基 を 石 焼 き 炉 と 分 類 し た 。 ジ ャ
ブ エ ル ・ ホ ユ ッ ク の 石 焼 き 炉 は 層 位 に よ っ て 大 き さ と 形 態 に ば ら つ き が あ る 。 整 っ た 楕 円 形 の 小 型 の も の ( 西 区 孔 但. 7 遺 構 : 0. 55 x 0.40 m) か ら い び つ な 形 を し た 大 型 の も の ( 東 区NR. 7 遺構: 直径約 l m
8
): 第2aJ 1) まであるが,深さは6 ---- 12c m と か な り 浅 い 。 ま た ボ ウ ル 状 ピ ッ ト( cuve批 creusee) の 名 の 通 り 関 口 部 が 底 部 よ り 広 く 炉 壁 の 断 面 は な だ ら か に 曲 線 を 描 く 。 こ れ ら の 集 磯 ピ ッ ト は す べ て 屋 外 に 位 置 す る 。
ア カ ル チ ャ イ ・ テ ペ ( Akar cay Tepe) ( 第4 図 14)
先 土 器 新 石 器 時 代 後 半 か ら 土 器 新 石 器 時 代 に か け て 居 住 さ れ , 東 区 と 西 区 に 発 掘 区 が 分 か れ て い る ( Oz ba手aran and Dur u 2011)。 東 区2 7 V 区 の 第 8 層 か ら は , 屋 外 か ら2 基 の 集 機 ピ ッ
ト が 検 出 さ れ て い る 。 な お 東 区 の 第8 層 は フ ェ イ ズ 5 先 土 器 新 石 器 時 代 後 期 後 葉 に 位 置 づ け ら れ る 。 伺 じ く フ ェ イ ズ5 の 26- 27/ T- U 区 の 複 数 の オ ー プ ン ・ ス ペ ー ス か ら は 半 地 下 式 炉 , 灰 坑 , 廃 棄 坑 が 見 つ か っ て い る 。 こ れ ら オ ー プ ン ・ ス ペ ー ス の う ち ス ペ ー ス A Mで は 半 地 下 式 の 焼 成 遺 構 が 見 つ か っ て い る 。 こ れ ら は 楕 円 形 の 平 面 プ ラ ン で あ り , 掘 り 込 み の 側 面 を プ ラ ス タ ー で 補 強 し て い る が , 度 重 な る 被 熱 で 脆 く な っ て い る 。
西区で最も古い焼成遺構は先土器新石器時代後期最終段踏のフェイズ4 に位置づけられる ( Bal kan- At h et al. 2000) 0 20P区の第 19層 で は か な り 柔 ら か い 灰 の 堆 積 を 持 つ オ ー プ ン ・ エ リ ア が あ り , そ こ か ら 数 基 の 集 機 ピ ッ ト が 見 つ か っ て い る 。 先 行 す る 第 20 層 も 同 様 の 堆 積
と浅い半地下式炉が見られる。第19層の集機ピット 32遺構, 34遺構, 35遺構については,
詳細な報告がされている( 第 2 図 3) 0 34遺構と 35遺構は長円形の平面プランであり, 32遺
構によって切られている。 3基とも掘り込み内部に磯が堆積する。 32遺構は最下層に炭化物
が集中する層があり その上に蝶を含む層が乗る。
先土器新石器時代から土器新石器時代への移行期であるフェイズ3の第9層でもトレンチ
東 端 か ら 集 磯 ピ ッ ト が1基 発 見 さ れ て い る 。 直 径 1 m程 で
J
11原石が底部に敷かれている。 動 物 骨 と 樹 木 由 来 の 炭 化 物 , そ し て 白 い 灰 が 堆 積 し て い る 。 同 じ く フ ェ イ ズ 3 の 2 0 N 区第九層では屋外の作業場から調理用の集機ピットが検出されている( 第2図 的 。 こ れ ら 4基に
は全て内部に焼けた在がl 段ないし 2 段積まれている。灰はその上層に堆積する。これらの
焼成遺構からは炭化物が出土しているが,動物骨は一切出土しなかったO
土 器 新 石 器 時 代 前 期 の フ ェ イ ズ 2 では 2 1 0区から直径 1.4mの楕円形のピットが検出さ れた ( Bal kan- At h et al. 2002)。厚くプラスターが塗られており長期間火にさらされたと思われ,
4自プラスターの塗り替えが行われていた。この半地下式炉と考えられる遺構からは多量の
石灰岩が出土している。
土器新石器時代中期から後期に位置づけられるフェイズ l の 19K 区第l 層からは馬蹄形の
炉が検出されている。西側に関口し 炉壁は日干レンガで作られている。特筆すべきは炉の
北壁と南援に2基ずつ柱穴らしきものが確認されていることである。
メズラー・テレイラト ( Mezr aa- Tel ei l at) ( 第 4 図 12)
土器を伴わないフェイズ 3 B の 2 1 E 区と 2 3 G 区では集磯どットと考えられる遺構が見つかっ
ている ( Kar ul et a.l 2002, Oz dogan 2011) 02 1 E区からは 3 基検出されており,側壁には摩く
プラスターが塗られている。掘り込み内には被熱した}11原石が充填されていた。また2 3 H区
では,底部に磯が敷かれる卵形のオーブンと炉が検出されている。
続くフェイズ 2 では,土器新石器時代中期のフェイズ 2 B から焼成遺構が検出されている。 2 3 H区では残存状態が良好な楕円形のオーブンが 1 基検出された。この遺構は検出時には様々 な大きさの礁の集積によって覆われていた。オーブンの炉床は南に向かつて傾斜し,何度も 作り替えが行われたと考えられる。側壁の形態からドーム状の上部構造を持っていたことは
明らかである。また,局留を石列で囲まれていたという記述がある。一方 2 1 H区では屋内
の作業場建物AYか ら 石 器 加 工 の 形 跡 や 一 時 的 な 火 床 炉 等 と と も に 6体 の イ ノ シ シ の 骨 が 出土している。またこの建築物の東方からは2基 の オ ー ブ ン が 検 出 さ れ て い る 。 建 物AYに 近いオーブンは磯を整然と並べた上に粘土を貼った床を持つ。発掘区北東端のオーブンは傾
斜を持った床で,礁で構成された壁に取り囲まれる。伺時期の 2 2 G畑H 区では矩形の小部屋を
複数持つ矩形住居の建物 AG,ARにおいて家の壁の外側に接した矩形区画とオーブンがそれ
ぞれ検出された。作業用の小さなプラット・フォームも同じく見つかっている。建物 A Gに
アナトリア新石器時代の調理用焼成遺構について
れる。オーブンは楕円形の平面プランで,床は何度も作り替えられている。
スマキ・ホユック ( Sumaki Hoy uk ) ( 第 4図 19)
先土器新石器時代から土器新石器時代の移行期である第 3 フェイズでは複数の部屋を持つ, 2階 立 て と さ れ る 矩 形 住 居 と , 編 み 枝 と 漆 喰 を 用 い た 建 築 物 な ど と と も に 大 き な 楕 円 形 の 炉とオーブンが検出されている ( Er i m- Oz dogan 2011) 。これらの炉とオーブンの周囲からは, 植 物 質 の 固 い の よ う な 痕 跡 が 検 出 さ れ て い る 。 季 節 性 移 動 集 団 に よ っ て 居 住 さ れ た と 考 え ら
れている 土器新 石 器 時 代 の 第2 フェイズでは,柱を用いた一時的な住居と薄い壁の住居,そ
して大きなオープンもしくは炉と,集機ピットが見つかっているo 1 4 H区 15H区, 2 1 M
IK
で は , 周 囲 に 灰 が 散 布 す る 楕 円 形 の 浅 い 集 機 ピ ッ ト が 検 出 さ れ て い る 。 炉 や オ ー ブ ン が 多 数
見つかることから この集落が冬にも居住されていたと解釈されている。土器新石器時代の
半 定 住 牧 畜 民 に よ る 集 落 で あ る と 考 え ら れ て い る 第 l ブエイズの炉やオーブンは比較的大き いが,第2,3 フ ェ イ ズ と 違 い , 囲 い の よ う な 痕 跡 が 見 ら れ な い 。 こ れ ら の 基 部 は 常 に 石 が 敷 か れ て お り , そ の 上 に プ ラ ス タ ー の 貼 ら れ た 囲 い 粘 土 の 層 が 炉 床 と な っ て い る 。 ま た , こ の床面は何度も作り直されている。
サラット・ジャーミー・ヤヌ ( Sal atCami i Y a m) ( 第 4 図16)
焼成遺構が検出されているのは土器新石器時代初頭に位置づけられる第l 期と前期に位置づ
けられる第 2 期の層である( 三宅他 2009)。集落においては独立して配置されるピゼ壁の建物
を中心として,屋外に設けられた地上式の炉と集喋ピットが基本的な構成単位となっている。 地上式の炉は, 2008年 の 調 査 ま で に 約 20 基 が 確 認 さ れ て い る 。 こ れ ら は ピ ゼ 援 の 建 物 に 比 較 的 近 い 位 置 か ら 検 出 さ れ る 場 合 が 多 い 。 長 軸 の 長 さ は 約 2 mを測り,平面プランは楕円 形 で あ る 。 構 造 は 地 雷 を 浅 く 掘 り 窪 め , 拳 大 の 石 を 敷 き , 縁 辺 部 に や や 大 型 の 磯 を 並 べ る 。 礁 の 上 に 砂 利 混 じ り の 粘 土 を 貼 っ て 床 面 と し さらにその昂囲を粘土の壁で囲む。長軸上の 一 端 に 関 口 部 が 設 け ら れ , か な り 定 型 化 が 進 ん で い る 。 炉 壁 は 高 さ が
O
.lm程 残 存 す る 。 炉 の 毘 固 に は 灰 の 堆 積 が 顕 著 に 認 め ら れ る 。 第 2 期に帰属する 22号 遺 構 は 隣接するピゼ、壁の建物が継続して使用されている間に7回作り替えが行われていた。報告者は,生活面のレ
ベjレが灰の堆積等で高くなるにつれて 炉 の 損 傷 の 程 度 に 関 わ ら ず 新たな炉を吉い炉の上
に重ねて構築したと解釈している( 三宅他 2009)。
第I期, 2期 と も に 集 磯 ど ツ ト が100基以上検出されている( 第 2 図 5)。 そ の 構 造 は 地 面
を円形,あるいは楕円形に 10c mから2 0 c m程度掘りくぼめたものである。長軸の長さは0. 3m
から 1 mを 超 え る も の ま で ば ら つ き が あ る 。 炉 の 内 部 は 熱 を 受 け て 変 色 し て お り , 被 熱 し た 拳 大 の 磯 , 樹 木 に 由 来 す る 炭 化 物 , 灰 が 充 填 さ れ る 。 そ う し た 状 況 か ら , こ の 遺 構 は 石 蒸 焼 き炉であると解釈されている( 三宅他2009) 。 こ れ ら の 礁 は 地 上 式 の 炉 に 使 わ れ て い た 機 と 間 質 で あ り , 保 熱 性 に 優 れ た 石 を 選 択 し て い た こ と が 何 え る 。 集 機 ゼ ッ ト が ま と ま っ て 検 出 さ れ る 場 合 に は , 炉 問 士 が 切 り 合 っ て い る こ と も 多 く あ り , そ れ ぞ れ の 遺 構 の 使 用 期 間 は 短 かったと考えられている。
ハ ケ ミ ・ ウ セ ( Hakemi Us e) ( 第4 函17)
後 期 新 石 器 時 代 に 年 代 づ け ら れ る 5 つ の 建 築 層 が 確 認 さ れ て い る ( Teki n 2011) 0 サラット・ ジャーミー・ヤヌと同じく 基 礎 石 を 持 た な い ピ ゼ 盛 の 矩 形 住 居 が 主 体 的 で あ る 。 2001年と 2002 年 の 調 査 で は , 第l 層 と 第2 層 に お い て 屋 内 か ら I基,屋外から 12 基 の 炉 が 検 出 さ れ た ( Teki n 2005) 。 こ れ ら の 炉 は 円 形 か ら 篤 蹄 形 を 呈 し , そ の 毘 圏 に は ム ギ 類 や 動 物 骨 を 含 む 灰 の 堆積が認められる。 2011 年 の 調 査 概 報 に 掲 載 さ れ て い る 平 面 図 か ら は , 2003 年 か ら2005 年 の 調 査 に か け て3 層 5 層 で も 屋 外 か ら 炉 が 検 出 さ れ て い る こ と が 確 認 で き る ( Teki n 2011) 。
3
.
両 地 域 に お け る 焼 成 遺 構 の 変 遷先 土 器 新 石 器 時 代 前 期 に 年 代 づ け ら れ る 遺 跡 は , 中 央 ア ナ ト リ ア で は 発 見 さ れ て い な い 。 向 時 期 の テ イ グ リ ス
)1
1
上 流 域 に お い て は , キ ョ ル テ ィ ッ ク ・ テ ペ ( Kort i k Tepe) , ハ ッ サ ン ケ イフ・ホユック ( Hasankeyf H凸yuk) ,グシル・ホユック ( Ousi r H o戸i k) ,ネムリク 9( Nemr i k 9) , ケjレメズ・デレ ( Qer mez Der e) な ど , 焼 成 遺 構 自 体 の 検 出 数 が 少 な い 遺 跡 群 が あ る ( Kol owski 1989 , Wat ki ns et a1. 1989, Koz l ows ki et al. 1990, Wat ki ns et a.I 1990, Oz k ay a et al. 2002 , Benz et a1. 2010, Kar uI 2011 , Oz kay a et a1. 2011 , Mi y ake et a.l 2012)。 こ れ ら の 遺 跡 で は 居 住 区 外 で 加 熱 調 理 が 行 わ れ て い た と 推 測 さ れ る 。 こ う し た 状 況 は , 焼 成 遺 構 が 数 多 く 見 つ か っ て い る 向 時 期 の ユ ー フ ラ テ ス )1
1
中 ・ 上 流 域 の カ ラ メ ル ( Qar amel ) ,ムレイベト ( Mur eybet ),ジ、エル ブ ・ エ ル ・ ア フ マ ル ( J erf el Ahmar ) 遺 跡 と は 対 照 的 で あ る ( I banez2008a .2008b, Ryszar d et al. 2012, St or deur 2015)。
こ の 時 期 の 南 東 ア ナ ト リ ア で は , チ ャ ヨ ヌ や ハ ラ ン ・ チ ェ ミ か ら 炉 お よ び 火 床 炉 が 検 出 さ れる ( Br ai dwood et al. 1971 , Bl cakcl 1998 , El i m- Oz dogan 2011 , Ros enber g 2011)。集機ピット は ム レ イ ベ ト , ジ ェ ル フ ・ 工jレ ・ ア フ マ ル な ど ユ ー フ ラ テ ス
1
1
1
中 流 域 で 見 ら れ る が , そ の 他 の 地 域 で は 確 認 さ れ て い な い 。 ム レ イ ベ ト の オ ー プ ン ・ ス ペ ー ス と ジ ェ ル フ ・ エ ル ・ ア フ マ ル の 矩 形 住 居 内 か ら は 最 初 期 の オ ー プ ン が1 例 ず つ 検 出 さ れ て い る 。 後 者 は 建 物 E AI 0 のキッ チ ン か ら 発 見 さ れ た 調 理 施 設 群 の 一 部 を 構 成 す る も の で あ る ( St ordeur 2015)。 両 者 は ほ ぼ 問 時 期 で あ る も の の , 設 置 さ れ る 位 震 や 形 態 に 違 い が あ る 。先 土 器 新 石 器 時 代 後 期 前 葉 に な る と , 中 央 ア ナ ト リ ア で も 集 落 が 散 見 さ れ る よ う に な る 。 ア シ ュ ク ル ・ ホ ユ ッ ク , ボ ン ジ ュ ッ ク ル , プ ナ ル パ シ ュ か ら 検 出 さ れ る 炉 火 床 炉 は 屋 内 外 に 点 在 す る 。 集 磯 ピ ッ ト も 確 認 さ れ て い る が , そ れ ら は 屋 外 に 位 置 す る 。 開 時 期 の 南 東 ア ナ ト リ ア の 遺 跡 群 , 例 え ば ネ ヴ ァ ル ・ チ ョ リ や ジ ャ ブ エ ル ・ ホ ユ ッ ク の 住 居 は 矩 形 地 上 式 で あ り , 焼 成遺構はほとんどが屋外に位置する ( Mol i stand Cauvi n 1991 , Cauvi n 2011 , Haupt mann 2011)。
先 土 器 新 石 器 時 代 後 期 前 葉 か ら 中 葉 に か け て ア シ ュ ク ル ・ ホ ユ ッ ク 東 ア ナ ト リ ア の ジ ャ ブエル・ホユック,ユーフラテスJ f I 中流域のテル・ハルーラ ( TelI Hal ul a) で も オ ー プ ン が 検 出されている ( Mol i st 1989・1996 ・1998)。それらはすべて住居内に位置している。
先 土 器 新 石 器 時 代 後 期 中 葉 に な る と ジ ャ ブ エ ル ・ ホ ユ ッ ク や ア カ ル チ ャ イ ・ テ べ な ど の ユ ー フ ラ テ ス 川 流 域 で 平 面 形 態 が 楕 円 形 の 集 機 ピ ッ ト が 現 れ る ( Bal kan嶋At h et a.I 2000,
ア ナ ト リ ア 新 石 器 時 代 の 調 理 用 焼 成 遺 構 に つ い て
10,000 cal. B C 9,500 9,000 8,500 8,000 7,500 4
アシュクル・ ホユック
ボ ン ジ ュ ッ ク ル
団際援斗三Z翠E遂翠翠│ プ ナ ル バ シ ュ
ム ス ラ ー ル ジャン・ハサン盟
ス ペ ル デ チャタル・ ホユック
ンヤン・ ハ サ ンI
テペジク・ チ フ ト リ ク キヨシュク・
ホユック
10,000 cal. B C 9,500 9,000 8,500 8,000 チ ャ ヨ ヌ
-・
圃
ハ ラ ン ・ チ ェ ミ
ネ ヴ ァ ル ・ チ ョ1)
司
1 23F4ジャフェル・
国区前闇議期園 田 ホ ユ ッ ク
アカルチャイ・ テ ペ メザラー・ テ レ イ ラ ト スマキ・ ホユック サラット・ ジャーミー・ヤヌ
ハ ケ ミ ・ ウ セ
- 崖内の焼成遺構が存在
周回・屋外( オープンエリア、住居付近) の焼成遺構が存在 1) 斜線の文字は建築! 習・フェーズなどを表す
2) 下線の文字i 土地区名など
7,500
5
中 期
日
副
首
7,000 6,500
VI/
7,000 6,500
後 期
4
圃 雌3
間
溢
3 A 2 C
3 2
6,000
手足E . . A
VI
5
5 4 3 (下A 逮
6,000
降
圃圃
第5 図 中央アナト1) ア と 南 東 ア ナ ト リ ア に お け る 焼 成 遺 構 の 年 代 と 位 置
5,500
言rJ 3 ( よ 暦j
5,500
開
第3表本稿で‘ 主に扱った焼成遺構一覧
遺跡 3豊島事名
地区名 検出場所 検出数 遺IflI名 特鐙すべき 'ff.淡物I I J . ¥l 巡する 平筒形, 辺 i 辺 2 深さ 備考 資料番号
番号 磁{ 立 i監梅分類 構逃材 遺物 ( m) 1( m) 1( m)
(中炎アナト1)ア) 第3磁
動物骨,霊E巣類の
Iセ 後数の O A 多数 E戸
外主主
発銀区
ワ 火床:炉 ーフ
MIK O A
炉 E撃
0. 5 0.5
- 1.0 ー1.0
8. 9 炉 E襲 務円形
慾遂など付属
2 ポンジュァクル
設備あり
K区 8. 3 半地下式炉 t首f 'l 形
8. 1 炉
プフスター星座
n占りの炉縁
H 区 B.4 炉
3
チ ャ タ ル ホ ユ ッ ク 第i表参! ! 自
8. 5 火床炉 3司
1長官程ピット
依然により創れた
fァjヲセ 「浅J
饗宴にともな
A区 車車 うか
O A
饗宴にともな
4 プナルパシュ 炉 後熱した平石
うか
多数 集星雲ピヅト 様、f r 不主主円形
B 区 洞窟内 炉
オ 耳量 馬蹄形
ジャン ハサンl 第5磁 住居内
炉 方形 0.5 0. 5 4
炉 半筒形
5 炭化したをと藤守
ジャン ハサン111 48K IK 住居内 オ 栽培径のムギ,マ 奨燃料の使用 5
メ類
6 ムスラール 8. A 住居内 炉 日干レンガ
多量tの石灰岩, JII 原石
方 形 1.6 1.7
日子レンガに
6 よる炉縁
8. 3 炉
様
格河形
日干レンガに
7,8,9
日午レンガ よる炉縁
第4鼠
依然したハックベ
7 アシュクル ホユック
O A 火砕ミ炉
1 )ーの種子 第3磁。z
B. I 炉
車整
楕円形
臼千レンガに
第4 R語 日千レンガ よる炉縁
レベん2はOz ba) "aran 1998 を参照
8 テベジク チフトリク T ka. ' ova 2015 を参照 10
各住居毎 オ
9 キヨシュク ホユック第2-第5綴 住居内
各住居毎 オ f タンドール」
11
各住居毎 炉 銭 形
レベル4では
円形が主流
(南東アナト') 7)
前j皆
O A 半地“下式炉
第13R富
jセャ
伎f 号内 炉 馬蹄形
第12 庖
前WI
住居内 オ 短形
ピゼ皇室、 ドー
第121i
0.4 0. 37
ム状
前WI
O A ーヲ 半地下式炉 被熱して翻j れた際
第111留
前Wl
O A 半地下式炉
第9 緩
10 ジャブエル ホユック
中Wl O A
84 遺t持
車
整 円形
12,13,
第7磁 半地下式炉
0. 84 0. 73
14,15
'TJUI O A
72 遺構 被熱して溺れた様
機内形 ※ 本文参照
第5b 鴎 築様ピット など※
0. 95
。 ‘ 62 0. 4 第中5jb朗R富 O A
33 遺構 被熱して書lJ れた際
機内形 St.72 に類似
築様ピット など
レベル4・1はMol i st19む を 参 照 (下 記2 例のみ例示)
東 区 後 期 NR.7 遊燐
北 側 被 熱 し た 傑
第3尾署
O A
集機ピット
南 側 被 熱 し な い 楕円形 ca. l ca. 1
磯.動物脅
西 区 後 期
住居付近
MH.7 ; 量権
被熱した様 格内形
同0. 06
第2I l 草 集様ピット
0.55 0.4 --0. 12"
第I 樋 O A
45 集奇襲ピット 被熱した襟 縁 石
2 集障壁ピット 被熱した磯
第2 k 草 O A
ca. 12 主主様ピット 被熱した燦
2 集様ピット 被熱した諜
1I ネ ヴ7 ) レ チ ョ リ ノ、ウス6
ヲ
ー 炉
アトリエ
16
※
築様ピット 被熱した軍事
アトリエ、
第3I i 喜 縁 石
O A
8 集線ピット 被熱した磯
4 集奇襲ピット 被熱した燦