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91 デジタル トランスフォーメション(D X )と企業組織佐賀卓雄はじめにロナルド コース以来の取引コスト経済学をベースに 近年の情報通信技術(ICT)の急速な発展にともなう情報処理コスト 企業組織における調整コストの低下が企業組織のあり方に及ぼす影響について検討する 取引コスト論のロジックによれ

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デジタル・トランスフォーメション(

D

X)と企業組織

 

 

 

はじめに

  ロ ナ ル ド・ コ ー ス 以 来 の 取 引 コ ス ト 経 済 学 を ベースに、近年の 情報通信技術(ICT) の急速 な発展にともなう情報処理コスト、企業組織にお ける調整コストの低下が企業組織のあり方に及ぼ す影響について検討する。   取引コスト論のロジックによれば、ICTの発 展により市場取引のコストは低下し、再び市場取 引 が 優 位 に 立 ち、 企 業 組 織 は 衰 退 す る は ず で あ る。実際、サプライ・チェーンを整備した伝統的 な 大 企 業 は デ ジ タ ル・ ト ラ ン ス フ ォ ー メ シ ョ ン ( D X ) へ の 対 応 に 苦 慮 し て い る。 ラ デ ィ カ ル な 業態転換によって存続し続ける企業がある一方で は、デジタル・ディスラプターによって駆逐され る企業も多い。   もっとも、企業組織はアダム・スミスが描いた ような原子論的競争状態に向かっている訳ではな い。現実には新たな組織形態の企業が急速に台頭 している。オープンな企業間ネットワークの形成 を主要な流れとしながら、その中からネットワー

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証券レビュー 第61巻第2号 ク 全 体 を 統 御 す る 企 業 組 織 が 急 成 長 を 遂 げ て い る。いわゆる「プラットフォーム推進型エコシス テム」である。   この原型は一九八〇年代以降のシリコンバレー の企業組織である。かつては地域の競争力の源泉 として評価されてきたが、現在ではイノベーショ ンを生み出す企業組織のあり方として注目されて いる。そして、それを支援する金融仲介機能を果 たしているのがベンチャー・キャピタル(VC) である。現実には、VCはスタートアップの資金 的な支援に止まらず、人材の斡旋、経営への参加 など、経営全般にわたってコミットしその成長を 支えている。

一、現代企業と専門経営者の台頭

  アドルフ ・ バーリー( Adolph ‌A. ‌Berle )とガー デ ィ ナ ー・ ミ ー ン ズ( Gardiner ‌C. ‌Means ) の 『現代株式会社と私有財産』 ( The Modern � or �o � � or �o � ration and Private Pro �erty ) の 刊 行( 一 九 三 二 年)を嚆矢とする「所有と経営の分離」 、「経営者 支配」論は、今日に至るまで経済学および経営学 に止まらず社会科学全般に大きな影響を及ぼして きた。株式所有の分散によって株主の拘束から開 放された経営者の権力の正当性や行動などについ て様々な議論が行われてきた。   所有という桎梏から開放されたとはいえ、経営 者 が そ れ な り の 専 門 性 と 見 識 を 備 え て い な け れ ば、大規模化した組織をまとめ上げることはでき ない。経営者支配論は株式 所 有の分散を根拠に所 有なき企業権力の掌握という側面に注目すること によって、この意味でのテクノクラートとしての 専 門 能 力 を や や 過 少 に 評 価 し て き た き ら い が あ る。

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  この関連で、専門経営者の台頭(それを支配と 呼ぶかどうかは別として)についてはもう一つの 系 論 が 存 在 す る 。 企 業 組 織 の 大 規 模 化 と 経 営 の 複 雑化に伴い、企業内分業が進展し、経営管理職能 を専門に担う経営者が台頭してきたという議論で ある。この代表的な論者はアルフレッド・チャン ド ラ ー( Alfred ‌D. ‌Chandler, ‌Jr. ) で あ り、 事 業 部制組織や垂直的統合企業の台頭、それにともな う経営管理組織の形成と専門経営者の生成につい て多くの優れた研究を残している。   この議論は、見方を変えれば企業内分業として 生成する経営管理職能が市場内分業を包摂してい く 過 程 で あ る か ら、 ロ ナ ル ド・ コ ー ス( Ronald ‌ Coase ) の 取 引 コ ス ト 論 に 依 拠 し た 企 業 の 存 在 根 拠についての分析とも 部分的に 問題意識を共有し ている。周知のように、チャンドラーは垂直的統 合企業の分析を通して、アダム・スミスが市場を 通 じ る 資 源 配 分 を「 見 え ざ る 手 」( invisible ‌ hand )と評価したのに対して、 経営者による「見 え る 手 」( visible ‌hand ) に 移 行 し た と 主 張 す る。 そ し て、 こ の 議 論 は リ チ ャ ー ド・ ラ ン グ ロ ワ ( Richard ‌N. ‌Langlois )の「消えゆく手」 ( vanish � ing ‌hand ) へ と 引 き 継 が れ て い く。 ラ ン グ ロ ワ は 情報通信技術(ICT)の発 展 により市場取引に ともなう取引コストが低下したため垂直分解が進 行し、企業内で調整されてきた諸機能の多くが市 場を通じて調整されるようになったため、これを アダム・スミスの「見えざる手」への回帰という 意味で「消えゆく手」と呼んだのである。   経営者支配論はしばしば両者の論点を混在させ てきた。夥しい数の零細な株主から構成される現 代の巨大株式会社において、株主の支配権が及ば な く な っ た 結 果、 実 質 的 権 限 を 掌 握 し た 経 営 者 と、経営手腕を発揮することによってその地位に

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証券レビュー 第61巻第2号 昇りつめたテクノクラートとしての経営者を区別 せずに論じることがしばしばみられる。   しかし、両者の間には見逃せない重要な違いが ある。前者は多数の株主による株式保有の分散を 前提とするから、当然ながら(大規模)株式会社 という企業形態を前提としているのに対して、後 者は特定の企業形態を前提にはしていないのであ る。例えば、日本の戦前の三大財閥の支配形態を 見ると、財閥家族(岩崎家)が支配していた三菱 は 別 と し て、 雇 わ れ の( 番 頭 ) 経 営 者 が 経 営 を 担っていた。実質的には財閥家族が企業集団を支 配していたので、これを経営者支配と呼べるかど うかは問題ではあるが、財閥本社が合名会社(三 井財閥)や合資会社(三菱財閥、住友財閥)とい う企業形態を採っていたことに注目したい。   リスク資本の出し手(所有者)と起業家との人 格的分離ということであるなら、イギリスの産業 革命期に有限責任論争に関連して「ワットがボー ルトンを見い出せない ⑵ 」ということで、そのミス マッチが問題にされたし、アメリカのニューイン グランド地域の綿工業の勃興期にも、イギリスか ら 技 術 を 持 ち 出 し た サ ミ ュ エ ル・ ス レ ー タ ー ( Samuel ‌Slater ) ⑶ に 対 し て 資 本 を 提 供 し た ウ イ リ ア ム・ ア ー ミ ー( William ‌Almy ) と ス ミ ス・ ブ ラウン( Smith ‌Brown )との関係のように、昔か ら存在した。シェクスピアの『ベニスの商人』の シャイロックとアントーニオの関係はリスク資本 と起業家の関係の古典的事例である。さらには、 現在のベンチャー・キャピタル(VC)は両者の マッチングを専門とする金融仲介業者である。   要するに、専門経営者の台頭は実体的には企業 規模の大規模化や多角化に伴う経営の複雑性によ るもので、株式 所 有の分散 に根拠を置く「所有と 経営の分離」 、「経営者支配」 とは区別して論じる

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必要がある。近年のガバナンス論議や社外取締役 の導入についてもこの点は留意すべきである。

‌ 、情報通信(ICT)手段の発

展と企業組織

  ロナルド・コースは一九三七年の論文において スポット的な市場取引には様々な取引コスト(取 引相手を探す検索費用、取引相手と交渉し合意す るための交渉費用、合意内容を確認するための契 約費用、契約の 履行 状況を監視するための監視費 用など)がともなうが、長期継続的な取引は検索 費用などの取引コストを削減することができるた め、企業内取引あるいは垂直的統合が組織される ようになるという。市場取引対企業組織という問 題設定自体が 当時は 極めてユニークであったため に、長い間、コースの分析は注目されなかった。 戦後になって、チャンドラーやオリバー・ウイリ ア ム ソ ン( Oliber ‌E. ‌Williamson ) ら に よ っ て 企 業組織の分析が深化されるにつれ、先駆的な業績 であるコースの取引コスト論が高く評価されるよ うになった。   ICTによって市場取引にともなう調整費用が 縮減されれば、そこから予想されるのは企業組織 の 衰 退 で あ る 。 企 業 内 取 引 も 組 織 内 あ る い は 組 織 間の調整費用をともなうが、コースの取引コスト 論を現代にまで敷衍させれば、至極、自然な展望 であろう。実際、ラングロワは資源配分システム のアダム・スミスへの回帰を主張している。しか し、現実には企業組織の衰退、あるいはスミス的 な意味での原子論的競争状態への回帰という事態 は起きていない。   もっとも、チャンドラー流の垂直的統合企業の 優位性が続いている訳でもない。コンピュータや

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証券レビュー 第61巻第2号 ソフトウェア関連産業で起きていることは、アウ ト ソ ー シ ン グ や E M S( Electronics ‌Manufactur � Manufactur � ing ‌Services 、 電 子 機 器 受 託 生 産 ) な ど に よ っ て 企業間の広範なネットワークを形成し競争力を高 めていることである。かつて大いに注目されたデ ル・コンピュータの、注文を受けてから四日目に は製品を顧客の手元に届ける「ビルド・ツゥー・ オーダー」 、「アセンブル・ツゥー・オーダー」方 式は、顧客の製品仕様についての希望をリアルタ イムで東南アジアの部品メーカーに伝えることに よ っ て 可 能 に な っ た。 ま た、 ア ッ プ ル の iPhone も企画と製品設計はアップルが行うが、部品の製 造はほとんど 中国、台湾、 東南アジア 、そして 日 本のメーカーに発注している。これらの企業は、 デジタル化が可能にした情報財を無料(フリー) 、 完 全( パ ー フ ェ ク ト )、 瞬 時( イ ン ス タ ン ト ) に 流布、模倣により、記録・分析・予測、パーソナ ライズしたサービスの提供を実現し、業態の壁を 易々と越えた業務展開を実現している。伝統的な 大 企 業 は こ れ ら の デ ジ タ ル・ デ ィ ス ラ プ タ ー に よって窮地に追い込まれている例が多い。   このような展開は既にデジタル化が喧伝される 以前の一九九〇年代からみられる。この時点で問 題になったのは、それまでのイノベーションの中 心地であったボストンの「ルート一二八」の斜陽 化と、シリコンバレーの台頭であった。この現象 を分析したサクセニアン[一九九四]は、シリコ ンバレーのベンチャー企業間のオープンなネット ワークの形成こそがその競争力の源泉であること を明らかにした。つまり、ルート一二八の企業が 独立志向で、すべてのものを自前で調達する閉鎖 的な企業システムであるのに対して、シリコンバ レーの企業はPCを構成するコンポーネンツを専 門化したベンチャーに任せ、お互いに競わせるこ

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とによって迅速な技術革新を実現したというので ある。   こ こ で 問 題 に な る の は、 こ の よ う な 企 業 間 の ネットワークが機能するためには、あらかじめ一 定 の 単 位 に 分 割 さ れ た エ レ ク ト ロ ニ ク ス・ コ ン ポーネント(これをモジュールと呼ぶ)の間の連 結ルールあるいは設計ルールが確立される必要が あるということである。いったんモジュール間の 連 結 ル ー ル、 あ る い は 設 計 ル ー ル が 定 ま る と、 個 々 の モ ジ ュ ー ル の 設 計 や そ の 改 善 は、 他 の モ ジ ュ ー ル と は 独 立 に 行 う こ と が で き る。 か く し て、 シ ス テ ム 全 体 の 改 善、 革 新 は、 個 々 の モ ジュールの自律的な改善を事後的に結合すること によって実現できることになる ⑸ 。   この製品思想は、一九六四年に開発されアポロ 計画を支えたIBMのシステム/三六〇に初めて 体現された。同機はトランジスタからICに切り 替えた初めてのコンピュータであり、初めてOS が搭載され、ソフトウェアを入れ替えることで科 学計算から事務処理まで対応でき、周辺機器やソ フトウェアはどの装置でも共通に使えるように設 計されていた。   こ う し て、 モ ジ ュ ー ル を 結 び 付 け る イ ン タ ー フェイスの標準化によって、個々のモジュールの 改善は、様々なスタートアップや既存企業のあい だでの競争によって行われるようになった。シリ コンバレーはモジュール・クラスターを形成し、 可能性のある技術に対して何十もの企業が並行し て開発競争を繰り広げている。   サクセニアンは地域的な競争力の観点からシリ コンバレーのオープンな企業間ネットワークの優 位 性 を 摘 出 し た の で あ る が、 Baldwin ‌and ‌Cark [ 1997 ],[ 2012 ] は そ れ を 一 般 化 し て、 こ の オ ー プンな企業間ネットワークがかつての特定の地域

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証券レビュー 第61巻第2号 の特性から製品のデザインそのものに関連してい ることを明らかにし、それをモジュール化と呼ん だ。   さらに、青木 昌彦氏 はこれらの研究の上に、ベ ンチャー・キャピタル(VC)のオルガナイザー としての役割を評価し、イノベーションを推進す る企業間ネットワークを「シリコンバレー・モデ ル」と呼んだのである ⑹ 。   なお、企業理論の発展に関連して、企業組織の 存在理由に関するオリバー・ハートの不完備契約 ( incomplete ‌contract ) 論、 残 余 コ ン ト ロ ー ル 権 ( residual ‌control ‌right ) ⑺ に 言 及 し て お く 必 要 が あ ろう。ICTの発 展 による市場取引にともなう取 引コストの低減にもかかわらず、異なる存在形態 ではあるが、企業組織の衰退という傾向はみられ ないため、改めて、企業組織の存在理由が問われ ているのである。   ハートは契約の内容に注目する。すなわち、完 備 契 約( complete ‌contract ) の 場 合、 あ ら ゆ る 事態が契約によって網羅されているから、所有権 は追加的な権利を生じさせない。しかし、契約が 不完備な場合、資産の所有権は契約上の規定を除 いては所有している資産に何をしても良い残余コ ントロール権を持つ。   現 実 に は、 人 間 は 限 定 合 理 性( bounded ‌ratio � ratio � nality ) の 下 で 意 思 決 定 を 行 う か ら、 将 来 の 生 じ うるあらゆる事態を契約に網羅することは不可能 で あ り、 契 約 は す べ て 不 完 備 契 約( incomplete ‌ contract ) と し て の 性 格 を も っ て い る。 従 っ て、 長期的な契約の場合、想定外の事態について事後 的な再交渉で契約内容を変更する必要が生じる。 この時、契約相手の要求に応じて特殊な資産に投 資していれば、弱い立場に置かれることになるた め、そのような投資を避ける可能性がある(ホー

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ルドアップ問題) 。   ここで、例えば、そのような関係にある自動車 メ ー カ ー が 部 品 メ ー カ ー を 買 収 し て し ま え ば、 ホールドアップ問題は生じない。つまり、企業が 存在する根本的な理由は、スポット的な取引では 完備契約を結べないということにある。

‌ 、シリコンバレー・モデルとV

Cの役割

  デジタル化が注目される以前に、既に市場と企 業組織について以上のような変化が起きていたの で あ る。 そ の 上 に、 近 年、 デ ジ タ ル・ ト ラ ン ス フォーメション(DX)と呼ばれる急激な技術革 新が起きている。その内実と取引システムに対す る影響について検討しよう。   まず、デジタルとは、電子化された情報、目に 見えない情報のことであり、コンピュータは情報 を「0」と「1」の電気信号に変換して、その組 み 合 わ せ で 認 識 す る。 そ の 特 徴 は、 「 速 い 」 こ と と「劣化しない」ことである。   そして、ビッグデータとその解析、IoT、ク ラウドコンピュ―ティングなどのプラットフォー ム技術、人口知能と機械学習など、複数の技術革 新 に よ っ て「 つ な が り( コ ネ ク テ ィ ビ テ ィ) 」 の 向 上 と い う 意 味 で あ ら ゆ る も の が 統 合 さ れ て い く。 「 つ な が り 」 に よ っ て 生 み 出 さ れ る「 ネ ッ ト ワーク効果」がデジタル化の最も大きな特徴であ る。   デ ジ タ ル 化 は 情 報 財 に つ い て 無 料( フ リ ー) 、 完 全( パ ー フ ェ ク ト )、 瞬 時( イ ン ス タ ン ト ) に 流布、模倣を可能にし、記録・分析・予測、パー ソ ナ ラ イ ズ し た サ ー ビ ス の 提 供 を 可 能 に し た た め、 一 気 に 顧 客 価 値 を 高 め、 「 勝 者 一 人 勝 ち 」

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証券レビュー 第61巻第2号 winner �take �all ) の 世 界 が 出 現 す る。 ま た、 顧 客を巻き込むプラットフォームを構築することに よって、物理的資産に制限されないで、市場シェ アを拡大することが可能である(ウーバー、エア ビーアンドビーなど) ⑻ 。   このイノベーションの中心地は西海岸のシリコ ンバレーと呼ばれる地域(最近は新興ベンチャー の所在地がサンフランシスコ(SF)にまで拡大 しているので、SF半島全体を指す場合もある) で あ る が、 そ の リ ス ク 資 本 を 提 供 す る ベ ン チャー・キャピタル(VC)は多様な機能を提供 してイノベーションを支持している。   VCは本来はスタートアップに投資する金融仲 介業者である。シリコンバレーにはパロアルトの サンドヒル・ロードを中心に六五四のVCがある (二〇一九年七月現在) 。このクラスタリングがコ ミュニケーションの基盤となり、新規の製品・技 術情報や人材についての情報が共有されている。   V C は そ れ ぞ れ 起 業 の 各 段 階 に 特 化 し て い る が、経営計画の策定、資金調達の支援、CEOや 取 締 役 の リ ク ル ー ト、 な ど に つ い て 事 前 的、 中 間、 事 後 的 モ ニ タ リ ン グ を 通 じ て 経 営 全 般 に コ ミットする ⑼ 。   例えば、グーグルは優れた検索システムを構築 することに専念し、それを使ってどうやって利益 を上げるかをまったく考えていなかった。CEO を紹介し、広告収入によるビジネスモデルを作り 上 げ た の は、 出 資 し て い た V C の ク ラ イ ナ ー・ パーキンス(KPCB)とセコイア・キャピタル である。   VCの平均的な投資リターンは決して高くはな い(二〇一七年までの一〇年間では、ナスダック のリターンを一六〇ベーシス・ポイント下回って い る )。 従 っ て、 V C 投 資 に は M P T の 分 散 投 資

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の考え方は適用できない。   VCのリターンは正規分布ではなく右下がりの べき乗則カーブになる傾向があり、この分野で成 功するには、野球でいえば打率ではなく「本塁打 率 」( 何 打 席 で 一 本 の ホ ー ム ラ ン を 打 て た か ) を みる必要がある。投資の五〇%が失敗、二〇~三 〇 % が そ こ そ こ の リ タ ー ン( シ ン グ ル ヒ ッ ト )、 であれば、ここまででは十分なリターンを達成し ていない。残りの二〇~三〇%でホームランが出 るかどうかでVCの成否が評価される ⑽ 。   例えば、一九九五年に事業をスタートさせたベ ン チ マ ー ク( B M )・ キ ャ ピ タ ル は 二 年 後 に イ ー ベイへの投資を開始した。同社はその一年後の九 八年九月にIPOを行ったが、BMの所有する株 式 は 投 資 額 の 一 〇 〇 〇 倍 に な っ た 。 ア ク セ ル・ パ ー ト ナ ー ズ は ご く 初 期 の ラ ウ ン ド で フ ェ イ ス ブックに投資したが、同社のIPOによって、保 有株式は一〇〇〇倍になった ⑿ 。   もっとも、そうそう簡単に大化けするビジネス プ ラ ン が 見 つ か る 訳 で は な い。 V C は 少 し で も ホームランの確率を高めるために、起業家育成で 評価の高いYコンビネーターの研修終了プレゼン テーションなどで情報を収集している。今やYコ ンビネーターの研修プログラムを終了して起業に ゴーサインの出たスタートアップに専門に投資す るVCファンドもある ⒀ 。   ベンチマーク・キャピタルは事業を始めてから わずかに五年しか経っていないにもかかわらず、 ゴールドマンサックス、トイザラス、ノードスト ロームのデジタル化推進のアドバイザーに抜擢さ れた ⒁ 。   シリコンバレーはイノベーションを引き起こす ための情報、人材、資金などのクラスターを形成 しているため、既存の大企業の多くがデジタル化

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証券レビュー 第61巻第2号 の拠点を置いている。このネットワークを通じて 事業へのヒントをえることも珍しくない。近年の 「 ル ー ト 一 二 八 」 の 復 活 や、 G E や S A P な ど の 既存の大企業がこぞって研究開発の拠点をシリコ ン バ レ ー に 置 い て い る の を み れ ば、 オ ー プ ン な ネットワークの優位性を示すものといってよいで あろう。   例えば、マイクロソフトが一時の低迷を抜け出 してGAFAに匹敵するような高成長を記録する ことになったきっかけは、二〇一四年にCEOに なったサティア・ナデラの改革であるが、そのア イ デ ア は イ ン ド で 学 友 で あ っ た ア ド ビ C E O の シャンタヌ・ナラヤンの成功例に触発されたもの であったという ⒂ 。   シ リ コ ン バ レ ー に お け る イ ン ベ ー シ ョ ン は、 オープンな企業間ネットワークという産業組織の 下での競争によって促進されている。その中心に は、 Y コ ン ビ ネ ー タ ー の よ う な ア ク セ レ レ ー タ ー、 オ ル ガ ナ イ ザ ー と し て の V C が お り、 「 V C ト ー ナ メ ン ト・ ゲ ー ム 」( 青 木 の 命 名 ) が 繰 り 広げられ、スタートアップ企業がICTの限られ たコンポーネンツの製品開発をめぐって活発な競 争 を 繰 り 広 げ て い る。 ス タ ー ト ア ッ プ に と っ て は、 出 口( exit ) は I P O ま た は 買 収 で あ り、 研 究 開 発 投 資 は し ば し ば R & D に 代 え て A & D ( Acquisition ‌and ‌Development )と表現される。   典型的な例は、自社開発をしないシスコシステ ムズであり、一〇社前後のスタートアップに製品 開発を競わせ、その中から最も優れた製品を開発 した業者をスタッフごとまとめて買収していた。

終わりに

  取引コスト論に依拠した企業理論によれば、企

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業組織生成の必然性は市場取引にともなう取引コ ストにある。そのコストを削減するために、長期 継続的取引関係が模索され、企業組織の生成に繋 がったというのである。そして、同様のロジック は二〇世紀初頭の垂直的統合を特徴とした大企業 組 織 の 形 成 も 説 明 で き る よ う に 思 わ れ た の で あ る。そこで、取引コストと企業内取引にともなう 調整コストの大小によって、取引形態は選択され ることになるという。   一九九〇年代以来、ICTの急速な進展によっ て、市場取引にともなう取引コストは大きく低下 した。その結果、市場取引が再び優位に立ち、企 業組織は衰退することになるのではないのか。確 かに、伝統的大企業の苦境、スタートアップによ るイノベーションをみれば、製品開発のモジュー ル化を基盤としたオープンな企業間ネットワーク の競争優位性は否定できないように思われる。   こ の シ リ コ ン バ レ ー に お け る オ ー プ ン ネ ッ ト ワークをシリコンバレー・モデルと命名したのは 青木昌彦氏であるが、そこではベンチャー・キャ ピタル(VC)が重要な役割を果たしている。   VCはスタートアップを金融的に支援するだけ ではない。VCは大口の出資者であるため、経営 全 般 に コ ミ ッ ト し、 ア ド バ イ ザ ー の 役 割 も 果 た す。時には、適任の経営者(CEO)を探してき たりする(グーグルの例) 。   こ の よ う に I C T 全 般 に つ い て 深 い 見 識、 経 験、知識を持っているので、既存の大企業のDX 対応についてもアドバイザーとしての役割を果た す(ベンチマーク・キャピタルの例) 。   スタートアップの成功率は極めて低いので、V Cは可能な限りの情報を収集し、少しでも投資の 成功率を高めようとする。そのためには、情報の ネットワークが極めて重要である。また、Yコン

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証券レビュー 第61巻第2号 ビネーターのようなスタートアップの成功率の高 いアクセレレーターは投資選択の際の基準として 重要な役割を果たしている。 (注 ) ⑴   こ れ ら の 論 点 に つ い て は。 佐 賀[ 一 九 八 一 ] に お い て 整 理している。 ⑵   ジ ェ ー ム ス・ ワ ッ ト の 保 有 し て い た 蒸 気 機 関 に つ い て の 特 許 を 事 業 化 す る た め に、 マ シ ュ ー・ ボ ー ル ト ン が 資 金 提 供 し て バ ー ミ ン ガ ム に ボ ー ル ト ン・ ア ン ド・ ワ ッ ト と い う パートナーシップを創業した。 ⑶   ア メ リ カ で は「 産 業 革 命 の 父 」 と 呼 ば れ て い る が、 イ ギ リスでは「裏切者スレーター」と呼ばれた。 ⑷   こ の 点 に 関 し て は、 マ カ フ ィ ー、 ブ リ ニ ョ ル フ ソ ン[ 二 〇一八] 、第一三章、に負うところが大である。 ⑸   青木、安藤[二〇〇二] ⑹   Aoki [ 2001 ];‌ 青木[二〇〇一] 、第一四章 ⑺   Hart [ 1995 ] ⑻   佐賀[二〇一九]を参照 ⑼   Aoki [ 2001 ];‌ 青木[二〇〇一] 、第一四章 ⑽   Kupor [ 2019 ],‌ Chap.2 ⑾   Stross [ 2000 ];‌ 春 日 井 訳[ 二 〇 〇 一 ]、 「 は じ め に 」 お よ び第一三章、参照 ⑿   Kupor [ 2019 ],‌ p.39 ⒀   Stross [ 2013 ];‌ 滑 川、 高 橋 訳[ 二 〇 一 三 ]、 「 は じ め に 」 参照 ⒁   Stross [ 2000 ],‌ Chap.19 ⒂   山本[二〇二〇] 、一四六-四七頁 【引用・参考文献】 青 木 昌 彦、 安 藤 晴 彦 編 著[ 二 〇 〇 二 ]、 『 モ ジ ュ ー ル 化 ― 新 し い産業アーキテクチャの本質―』東洋経済新報社 櫛 田 健 児[ 二 〇 一 六 ]、 『 シ リ コ ン バ レ ー 発   ア ル ゴ リ ズ ム 革 命の衝撃』朝日新聞出版 佐 賀 卓 雄[ 一 九 八 一 ]、 「 い わ ゆ る『 経 営 者 支 配 』 論 に つ い て」 、『商学討究』 (小樽商科大学)第三二巻第三号 _ _ _ _ [二 〇 一 九 ]、 「 プ ラ ッ ト フ ォ ー ム と 証 券 業 の ビ ジ ネ ス モ デ ル 」、 JSRI Disscussion Pa �er Series, ‌No.2019-02 、 六 月 Ao ki ‌M. [ 200 1 ] ,‌To wards a � om �ar ativ e In sti tuti onal Analysis; 瀧 澤 弘 和、 谷 口 和 弘 訳[ 二 〇 〇 一 ]、 『 比 較 制 度 分 析に向けて』NTT出版 Baldwin ‌C. ‌Y. [ 2012 ], “Modulari ty ‌and ‌Organizat ions ”,‌ in ‌ Elsevierʼs International Encyclo �edia of Social &

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Behavioral Sciences, ‌2nd ‌Edition, ‌December _ _ _ _ ‌and ‌Clark ‌K. ‌B. [ 1997 ], “Managing ‌in ‌an ‌Age ‌of ‌Mod � Mod � ularity

”,‌Harvard Business Review,

‌Vol.75, ‌No.5, ‌Sep. �Oct. Chandler ‌A. ‌D. ‌Jr. [ 1977 ],‌ The Visible Hand: The Mana �eri � Mana �eri � al Revolution in American Business; 鳥 羽 欽 一 郎、 小 林 袈 裟冶訳[一九七九] 、『経営者の時代』 (上) (下) 、東洋経済 新報社 Coase ‌R. ‌H. [ 1988 ],‌ The Firm, the Market, and the Law; 宮 澤 健 一、 後 藤   晃、 藤 垣 芳 文 訳[ 二 〇 二 〇 ]、 『 企 業・ 市 場・法』ちくま学芸文庫 Hart ‌O. [ 1995 ],‌ Firms, � ontracts, and Financial Structure; 鳥 居 昭 夫 訳[ 二 〇 一 〇 ]、 『 企 業   契 約   金 融 構 造 』 慶 應 義 塾大学出版会 Kupor ‌S. [ 2019 ],‌ Secrets of Siand Hill Road: Venture � a� ital and How to Get It; 庭 田 よ う 子 訳[ 二 〇 二 〇 ]、 『 V C の 教 科 書 ― V C と う ま く 付 き 合 い た い 起 業 家 た ち へ ―』 東 洋 経 済新報社 Langlois ‌R. ‌N. [ 2007 ],‌ The Dynamics of Industrial � a� ital � � a� ital � ism : Schum �eter, � handler, and the New Economy; 谷 口 和 弘 訳[ 二 〇 一 一 ]、 『 消 え ゆ く 手 ― 株 式 会 社 と 資 本 主 義 の ダイナミクス―』慶應義塾大学出版会 ‌ McAfee ‌A. ‌and ‌Brynjolfsson ‌E. [ 2017 ],‌ Machine, Platform, � rowd : Harnessin � Our Di �ital Future; 村 井 章 子 訳[ 二 〇 一八] 、『プラットフォームの経済学』日経BP社 Nicholas ‌T. [ 2019 ],‌ V � : An American History Saxenian ‌A. [ 1994 ],‌ Re �ional Advanta �e; 大 前 研 一 訳[ 一 九 九五] 、『現代の二都物語』講談社 Stross ‌R. ‌E. [ 2000 ],‌ eBoys: The First Inside Account of Ven � Ven � ture � a� italists; 春 日 井 晶 子 訳[ 二 〇 〇 一 ]、 『 e ボ ー イ ズ ‌ ―ベンチャーキャピタル成功物語―』 、日本経済新聞社 ___[ 2013 ],‌ The Launch Pad: Inside Y � ombinator, Silicon Valleyʼs Most Exclusive School for Startu �s; 滑 川 海 彦、 高 橋 信 夫 訳[ 二 〇 一 三 ]、 『 Y コ ン ビ ネ ー タ ー ― シ リ コ ン バ レ ー 最強のスタートアップ養成スクール―』日経BP社  (さが   たかお・当研究所名誉研究員)

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