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翻刻 『武烈天皇艤』(下)

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(1)

翻刻 『武烈天皇艤』(下)

著者 翻刻の会

雑誌名 同志社国文学

号 66

ページ 102‑136

発行年 2007‑03

権利 同志社大学国文学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000005390

(2)

翻刻﹃武烈天皇儀﹄︵下︶

翻刻 ﹃武烈天皇蟻﹄︵下︶

一〇二

翻 刻 の 会

一︑底本には刷り・が比較的よいと思われる︑大阪府立中之島図書館所蔵︑元題簑・元表紙の七行百丁本を用

二︑底本を忠実に翻刻することを原則としたが︑次のような校訂方針に拠った︒

  ○

本文は文字譜を手掛かりにして︑適宜改行を施した︒ただし︑道行・景事の類︑会話の途中等では改行しなかった︒

2 各丁の表・裏の終わりは︑丁数の数字とオーウの略号を︵ ︶で示した︒

3 仮名は現行の字体に統一した︒ただし︑感動詞︑送り仮名︑捨て仮名の類以外の︑本文中の﹁二﹂﹁︵﹂﹁ミ﹂は

 ﹁に﹂﹁は﹂﹁み﹂とした︒

4 漢字は︑一部の異体字を除いては︑原則として通行の字体に統一した︒

 5 漢字・仮名ともに︑誤字︑脱字︑当て字︑仮名遣い︑清濁は底本の通りとした︒

 6 特殊な略体︑草体︑合字等は現行の表記に改めた︒

 7 畳字は︑平仮名は﹁ヽ﹂︑片仮名は﹁こ︑漢字は﹁々﹂に統一した︒ただし︑﹁く﹂はそのまま残した︒

 8 文字譜の類はすべて採用し︑本文の右傍の適切と思われる位置に翻字した︒

三︑本文の翻刻は︑次に掲げる翻刻の会︵学部学生の研究会︶の会員によってなされた︒

   伴旭洋︑稲川あい︑樽崎悦子︑武田芳子︒

   文字譜︑改行及び本文の最終確認は山田和人が担当した︒

      ︵山田和人︶

(3)

武烈天皇蟻︵下︶

     しゆれん  とんき    フシたつ︒手練の頓機ぞ︒たぐひなし︒

長者ほとんど感じ入︒ホでワ天晴なる働︒かやうに汝が性根をためすも︒頼度太事有リ︒何によらず︒頼れてくれふや︒ヤ

是は改つたるお旦那の仰︒なんであらふと身命を掲は家来の役︒ヲヽ其二言を聞て祝着せり︒元来某は九州者︒若かつ

し時は算学に心をよせ︒それからおこって︒人を殺して国もとを立のきたり︒今にても其人の余類有て敵とねらはゞ︒汝我

になりかけって返り討にしてくれyTO      r

7刀くいへば卑胸未練に︒命をかばふと思はんがさにあらず︒此国の配所をぬけ出︒

行衛しれざる玉穂の宮を尋奉り︒長者が︵五十ウ︶ 貯置たる︒金銀財宝なげうって軍用のかねとなし︒当今武烈天王の悪

逆を切しづめんためと︒聞より狭手彦はっと計に感心し︒かかる太義を思したよ勺れば御主人の御命︒太切になさる八ほ

万下の為水の御為︒何故に又︒人をあやめ緋ひしぞ︒戸ヽさればく︒其比大友の金村といふ人︒天文戴㈲め鸚訃を極メて

唐 より帰らるこ伝を求メて望め共︒伝授の秘書を我にあたへざる遺恨︒ちくらの磯にかゝりたる帰朝の舟へ︒夜にまぎ

れて窺ひ寄リ︒伝授の巻々盗取我小船に乗リうつる︒其音に金村目さめてつゞいてぼつかけ飛のる︒はづみに舷を踏はづ

し波間にざんぶと落けるが︒︵五十∇こういつ︒しづんづ︒四五反計リもおよぎより舟の舶先に取付ク︒宣︵頬ぬき打に︒た

ヽみかけて切付レば︒さしもの金村たんだよはりによはる︒所をとゞめの刀さいたりと︒語る内より狭手彦が無念の顔色︒

翻刻﹃武烈天皇儀﹄︵下︶一〇三

(4)

      翻刻﹃武烈天皇儀﹄︵下︶      一〇四

眉毛さか立目は血ばしり︒扨は父︒金村殿の生死の行衛しれざるこそ断︒飛かゝつて親の敵︒只一卜さしとは思へ共︒宮へ

       ︵ル      そり       丿門    地︵ル       色       詞の忠義︒天下の為になる長者︒うっも討れずこたへかね︒思はずしらず反を打て詰よるに︒びく共せず大野の長者︒イヤサ

こいつ下郎め何をひろぐと︒声かけられて︒イヤかるぐしき今の御物がたり︒金村殿の由縁有てまつ此ごとく詰かけ︒若

もの事の有時はどの︵五十▽ワ︶命をもって︒宮の御用に立給ふ︒はゞかりながら下郎めが︒御ゐけんの為でごはります︒

ホヽウ封心底なれば満足くo影胆ぎ屋へさかつて四部しろ︒ヅアイ︒お旦那にも︒汝もと︒対従たがひにさぐり合フたる

心と心︒奥と口とに立別れてぞ三重ヘ世をしのぶ身にぞしるけき秋の風︒暮待顔に︒玉穂の宮︒女姿の虫商人︒秋の千ぐさ

の花寵に虫寵︒とりそへ持給へば︒野見の弥綱太有熊がになふ荷箱はかるけれど思ひは︒おもき長者が屋形︒中戸口に佇

て︒サアく召ませく︒これは上がたまくずが原の色を音になく秋の虫︒︵五十ニオ︶求給へ買給へと詞の玉をのべければ︒

それと見るより照日の前︒奥の人めを忍ぶすり︒走り出れば弥綱太声かけ︒御父長者のうばク牡たる︒錦の御旗を取戻さぬ

其内は︒今迄の通り宮のお傍へは︒叶ふまじとせいすれば︒姫はかなしく︵ア︒はっと計にさしうっむきとかふ︒いらへ

も泣居たる︒かく共しらで︒母の波の戸っきぐ引っれ立出て︒ナフ姫︒そもじは爰に何してぞ︒あの両人は誰成ぞや︒

さればとよ︒白が京内参りせし折から龍田もふでの道しるべを頼んだる︒兄弟の人々と︒いひまぎらせば︒ヲヽみればやさ

しき虫商人︒都で姫のしるべとある︵五十ニウ︶からは︒価はいとはぬ虫は残らず花だんへはなしや︒あいくくと︒

玉穂の宮︒詞遣ひもなりふりも︒やつし給へば弥綱太も︒手伝ふ手もとは︒さゝがにや︒いともけたかき御顔ばせのあてや

かさに︒姫はなをしもたへかねてあこがれへ庭に︒つどひより︒千草の花に︒はなせる虫の数くを露に︒やしなふ噴壷に

(5)

        ながウ     澪縦すじもゝ  クル       かうろぎ  フシ手づから流す瀧の糸千筋百筋糸ずこ焉みだれ黄︒たるら虫

        詐︵ルす挟をひかふれば︒飛こむ野見の有熊が︒

    中      ︵ル        七長谷 は︒こがね虫を思ひ出す︒豊︵金 ︒色もはづかしあさがほの︒花におくるよ怯のつゆと︒君が

せいてあはせぬ色里の︒擲に虫よりうしやうし︒叶はぬ︵五十三才︶恋をする時

より玉虫より・野べの錦のはた折虫を︒取かくしたる父にくし︒母いとをしとなく虫の︒鴫

音はなくて︒諸共に︒まねく尾花にふぢばかま︒たがぬぎ捨しねたましや花を︒しきねにふたりがついに︒ゆめまほろし

殿

むし︒あれくぁそこに毛虫がとにげる︒

芝蘭の香に匂ふ荻の︒うはかぜ日ぐらしの り︵五十三ウ︶して近よれば︒宮も思ひにくれ給ひ︒たがひに恋のうき涙母は キン      あつ      討︑︒ むしの羽衣うすくとも︒すへの契りの厚かれと深き︒思ひをちかひける︒

灘べ戸御ぜル興に利レリャル午夕商人は勝手へ伴ひ︒今宵はゆるりとごっ聯させよ゜糾の妹は姫の部やへつれ行゜氷共

も打まじり︒都のはなしを聞てたのしみや︒そんなら母さまもおしづまりなされませ︒アレねよとの鐘がなるはいなァと︒

宮を伴ひ姫はお部屋へ︒波の戸御前奥のヘー間に入給ふ︒

︵ルフシ  すで

其 夜も既に︒︵五十四オ︶ふけじつまり大友の宿祢狭手彦は︒討にうたれぬ亡父の敵︒しばしば倶に同じ天をいたゞく共︒

此家に足はとめかかしと︒昔に返る侍出立︒あの前栽の裏門より立のかんと︒花畑づたひ盤桓と立もとをり

長者がふしたる一回のかたをばったとねめ︒ヱ∴口おしや︒今月今日始てしったる父の仇︒めぐり大野の長者が首︒討とら

いで叶はぬ所︒助置クは忠義の道︒宮御聖運ひらき給はゞ︒我こそ宿祢狭手彦と名乗りかけ︒本望とげいで置べきか︒父

翻刻﹃武烈天皇儀﹄︵下︶一〇五

(6)

      翻刻﹃武烈天皇儀﹄︵下︶      一〇六

金村の亡魂︒此年月幾の御無念︒察しやられて此むねが︒︵五十四ウ︶裂る様なとどつかと座し︒悲歎の涙︒せきあへず︒

時にあやしや橡先の︒秦吾や万年青の陰しげみざはつく音に狭手彦ふしぎと︒よくくすかし見てげれば︒長者が切たる蛇

の首︒きらめく眼はおもとの実︒末秦にのけると見へけるが︒ぴんとはぬれば驀直に︒手水鉢のまん中へ︒飛こむはづみ

 ︒計むり  詞     しう    どくちう      むく      地︵ル      中  靉ざ        ウ      フシ       ウ   うつろの水煙︒扨こそ執ねき毒虫の恨を報ふと︒いひしもかくやとかけ上り・︒縁側につ工旦て︒眼も放さず見とるれば︒水に映

  ウ       フシ  ばし      くちばみ    ︵ル      どつきあはゆだま        ほとばしふ星の光に縦の︒口より吹出す毒気沫湯玉のごとく沸れば︒︵五十五才︶

地色︵ル       ウ         詞     いさぎよし       しうゑき  こん  くは  ようりく    ぐんりやうかうべ      ことば諸手を組で狭手彦が︒しばし見入ッて︒︵ヽア潔く︒誠に周易︒坤の卦の用六に︒群龍首なきを見るといひし︒辞

を以て是を考ふれば︒龍蛇の勇猛は首にとごまり︒其仇をむくふといひならはしたる諺偽ならず︒此毒水を以て長者

       ゥ        いいばみ  匹んねん  詞      のが      地︵いうか    っきはて

一家を︒取殺んず腹 の怨念︒今目前に見て︒此狭手彦が父の敵を︒見遁すとは虫にもおとり︒待冥加にも尽果たるか

と︒思へば恨骨髄に徹し︒踏込で只一打と︒反を打てかけ出ダせしがまてしばし︒いかに父の恨とて︒今長者を殺しなば︒

たとへ宮の御行衛がしれたりとも︒︵五十五ウ︶誰有て君を見継︒軍用の助ヶとならん者覚なし︒しばしの無念を堪忍するは︒

宮の御為︒一天四海の民のためと︒思ひとゞまる狭手彦は︒類まれなる忠臣也︒

瑕 豺こそあれ姫の部屋の柴戸の内︒とび石つたふ駒下駄の︒音にあはやと忍んで菊の︒ませ簸に︒

見る人有り共しら紗綾の︒かけ帯携へ照日の前そこよ︒爰よ松がえに︒ひらりと打かけ傍の石に︒足つま立て首にまとひ︒

既にかふよと見へけるを︒

狭手彦かけ出コ︵逸興︒はやまるまいといだきとむれば︒ヤア駒平かいの︒情と思ふてこゝ放て︒死なせてたもと︵五十

(7)

       スエ        中        丿四

ん      ゥ六オ︶身をもだへ︒声も得立ずなく涙︒呉橡づたひに野見の弥綱太有熊が︒

出回あひがしらに二人があらそひ︒あら心得ずと

虫売の︒荷箱の内より大小取出し︒差足︒ぬき足闇はあやなし︒

照日は猶もむせび入︒何かくさふ自は︒此国へさすらへの︒玉穂の宮さまと浅からぬ中なりしが︒父上にぬすまれし錦の旗

といふ物︒取返して宮の御家来︒弥綱太殿に渡さねば︒と九拝とて容赦は有まい︒親の難義を見るも悲しく︒斉でない身

のあかりを︒立ん為の此有さまと︒聞より狭手彦力を得︒ホヽ其御物語を聞たれば︒もはや宮に逢奉りしも同然︒︵五十六

ウ︶子細有て此駒平︒本名はあかさね共︒宮方へ無二の忠臣と︒聞に嬉さ照日の前︒木陰に忍ぶ弥綱太は︒下郎が本名誰な

るらんと︒耳をそばだてたち聞ク所へ︒光リまばゆき︒手燭の影照日の前は気もさとく︒アレ父上か母上か︒見付らりやん

       い竹   ユリフシな駒平と︒橡のへ下にしのばすれば︒

程なく出る長者夫婦︒火影にすかして︒ヤア姫ではないかいの︒アイ︒さつきにから︒虫を聞ていやんしたと︒まぎらかせ

ば︒ヲこ牙も奥におこされて︒是へ出たれど︒目がさめぬと欠まじくら︒手水鉢の杓追ッ取︒

糾ゥにかゝれば橡の下よ

り︒アよm︲お手水︒しばらくまたれ︵五十七オ︶ませいと︒声をかけて這出る夫婦見るより︒ヤアそちは家来の︒ナアイ駒

平めでごはります︒︵レ思ひがけもない所に忍んで︒身が手水とめたる心底︒イヤ其水は毒でごはります︒おとゞめ申だけ︒

天下の為に成給ふ︒御太切なるお命故と︒いふに驚く大野の長者︒妻に手燭をかこりさせ︒水中をとつくと見て︒アレお

見やれ波野戸︒奥にていひし蛇の首︒ほんになあもふ死切ては居るそうなが︒敵を取んとは恐しい性根な物︒︵rくく︒

蛇計ではない︒性根の恐ろしいはあの駒平め︒夜ふけ人しづまり︒侍に出立て橡の下に︒︵五十七ウ︶忍んでいたはうぬく

翻刻﹃武烈天皇儀﹄︵下︶一〇七

(8)

翻刻﹃武烈天皇儀﹄︵下︶一〇八

せ者︒子細をぬかせ︒イヤそれは︒サアなんとこ問詰られてはつと計にさすがの狭手彦︒照日の前も気の毒げに︒さしう

つむけば玉穂の宮も弥綱太も︒しのんで始終を聞居たる

大野の長者庭におり立どうど蹴すへ︒ヤイ下郎︒うぬは我手にかけし金村が余類じやな︒まつすぐに白状せずんはまつ二つ

  作町       ゥ       ゥ      色       詞と︒提たる一腰ずはと抜たる刃の光︒照日の前は差当ッて︒何といはん思案もなく︒アミこれ申︒はやまつて給はるな父上︒

はづかしながらあの駒平の︒有っきゃった時よりふっと馴そめて︒いっにない今宵の忍び路見︵五十八才︶付られ︒思ひも

よらぬ疑ひ受てあの人の︒難義しゃるが悲しさに︒おしかりもいとはず白地に申ます︒イヤこれ姫君︒そりゃ何おっしゃ

る︒︵テ隠せばそなたの難義になる︒デモそうおっしやっては︒すまぬおまへの身の上︒太事ない自はしかられても殺され

ても︒いとひはせぬといはせも果ず︒ホヽ望にまかせ父が手にかけ︒殺してくれんと白むくの︒雪の肌に氷リの切ヨ先︒

あゥ

ばらへぐっとっこ込めば︒是はと狭手彦宮主従︒母の波の戸気も狂乱︒長者を引のけ手負をかこひ︒ヱヽどうよくな日比か

ら︒夫は姫が望次第といふて︵五十ハウ︶置て︒今更不義とはいはれまい︒ナよなんで殺さっしやる︒わけが立ねば堪忍せ

ぬと︒泣わゝれ共耳にもかけず大野の長者︒女が歎きは物数ならず︒一通りいひ聞カせんは身が家来︒駒平とは世を忍ぶ仮

の名︒大友の狭手彦︒それへ出いと本名よばれて︒きよつとせしがちつ共動ぜず︒ヲこ推量に違はず︒我こそ宿祢狭手彦︒

父金村を討ッたる御辺︒娘を手にかけ敵討をわぶる下繕ひか︒卑胸至極と恥しむれば︒

ホヽ其ごとく心の廻るはことはり︒此長者が金村を討たりといひしは︒跡方もない偽リ︒汝が五つの年唐土へ渡ッたる︒父

大友の金村とは某︒︵五十九才︶ヱう大其親人が親人を討たりと︒さも有つべうの給ひしは心得ず︒十八年以前︒五つや

(9)

六つの年別れし某を︒射狭手彦と見しり給ふが不審の第一︒ヲヽそう思ふは尤ながら︒たとえば烏は︒何羽よせても皆黒

く︒同じ毛色の鳥なれ共︒多くの中にても︒我子はよつく見分グて︒親鳥が餌をあたふるが天性︒ましてや人として五六歳

の比迄そだてたる︒射が面ざし忘るべきか︒此家へ奉公に来りし始より︒何角に付てためし見れば︒玉穂の宮の御有家を尋

ね︒謀叛をす宍の奉らん志︒けなげなりとは思

そだつたれば︒武芸の祢覚束なく︒太刀打にて

こ     へ

共︒幼少より母方の祖父︵五十九ウ︶三輪の大臣の養育にて︒長袖の家に やういく

試に︒目を驚す早わざ︒然れ共大将に成べき者が︒短慮不才にては叶ふ

まし︒知謀の程を計見ん為︒金村を討たりとあらぬことをこしらへて︒恨に恨をかさねさせ︒もふ切かへるか︒討かくる

       地︵ル       貿にんぜう       ウ      きりやうしんこつウ      ウおぼれかと︒思へ共相手にならず︒無念を隠す堪忍情︒射ながらも天晴︒大義を思ひたつ︒器量神骨そなはりながら︒色に溺

て思はずも︒畜生の境界に陥たるか︒あの照日は身が当所へ来つてもふけし娘︒腹こそかはれまさしき兄弟︒それ共し

    いっらず︑密︵エ︵十オ︶通して︒人の道にそむきし浅ましさよ︒娘を殺し其恥を︒つこまんとかくはからひし︒父をむごしと恨

むなよと︒しほれぬ顔にはらく涙︒親子の名のりは余所になり︒宿祢も何といひわけなくさしうつむいてゐたりしが︒

コリヤ妹︒此期に及んでっでか隠す事はない︒玉穂の宮の御事そちが身の上︒有やうに申し上ヶよと︒いふに母は涙ながら

おまへは︒自が兄さまか︒とくにもそれとしるならば︒宮さまへお︵六十オ︶引合せ申さふ物︒つねぐより狭手彦を︒一

方の大将に︒頼たいとのお望故︒いとしい君が為じゃ物と︒父上す宍のて日外の京内参り︒三輪の大臣さまに近より︒玉穂

の宮さまの︒お頼の様子申されば︒孫の狭手彦は入唐のるすとて︒官軍を集る錦の御旗︒白に渡されしを︒父上に奪はれ

翻刻﹃武烈天皇儀﹄︵下︶一〇九

コ レ お と い の 身ゥ の いひ 訳か に な る筋 あ ら ば 爺口 御]

の疑 ひ は ら し て た も と いだ き 炉 こ せ ば 手マ 負 は ぐ るし き 息V を つ中 ぎ 扨詞 は

(10)

翻刻﹃武烈天皇儀﹄︵下︶

し身の難義︒親をかばへば君へ立ず︒死なふと覚悟極しを︒助グられたる恩返しに︒忍び男といひしは兄さま︒今迄は駒平

くと︒沢山そうにもつたいなや

  ○

︒其罰があたって︒わしやとこ休の手にかゝり︒死ぬると思へば恨は︵六十∇こ残ら

期ご

はかなく先だつ自を︒不便と思ひ錦の旗を︒宮さまへおもどしなされて下さんせと︒いふ声もはやたへぐに知死

まつ間ぞいぢらしし︒

金村もよはる心を鬼になし︒ヤイ娘︒錦の御旗を盗取しは︒玉穂の宮へ差上ん父が心底︒過し上京の帰るさより︒かの御旗

を︒汝が隠し忍ぶていたらく︒扨は謀叛自立の志有ル人に︒京都にて馴なしみしかと疑ひし其上に︒駒平と密通せしとの白

    地ウ      ウ        ウ       ︵ル      かたな色      詞        むほん       な状︒不義に不義を重ねし不届キ者︒いづれの道にもたすけ置れずと一卜刀突込`又○ 旗の出所謀叛人の︵六十∇ワ︶名所を︒

詮義せんと思ひの外玉穂の宮の御情を蒙り︒三輪の大臣殿より︒御旗を受取しなんど乙似たく敷いひわけなれ共︒誼拠

なければのみ込ず︒胡論くと︒いふに母はむせ返り︒今死ぬる此娘がなんのうそをつこぞいの疑 ぶかいどうよくなてゝ

ごの心︒なんぞよい讃拠はないかこれなふと︒手負にすがり泣さけべど︒ひるまぬ父が疑ひを︒何と晴さん方もなく︒妹

苦痛狭手彦も︒我身にせまる胸の内︒是非も涙にかきくもる︒

瑕じこそあれ東太が千社帝の則かデヤ穂の宮節用なりと︒ぞ戸の内より片ばヽりく︵六十ニォ︶乱蹴にいざなひぎれ

ば゜牡でたちを其恨に゜いとも虻ゴか君姿゜花寵たづさへゆうくと゜座につき給ふ御蛸ひっはつとがれて金村狭手彦猷

ひ︒あがめ奉る︒

宮も涙にくもらせ給ふ御声にて最前より忍んで始終を聞つるに︒兄弟不義の疑ひうけ︒不慮の間違父が手に︒かゝる哀

(11)

れを見る事よ︒丸が手馴し此花寵又の世迄もかはらぬ心恋草の︒かたみの種とたびければ︒

金村はっとおし戴き︒色よく見ゆる此はなも︒咲ぬさきは色もなく香もなし︒娘が心も其ごとく︒忍びくに宮にっかへ

奉ル︵六十ニウ︶事︒つよみかくして詞の色にもいださねば︒親なればとてしるべきか︒都にて謀叛の志ある者に馴したし

み︒錦の旗をあづかりしと︒疑ひそめたがそちが不運︒父が手にかよりも宿世よりの約束か︒不便の者の身のなる果︒コ

リヤ宮さまの御賜と母諸共にさしよすれば︒姫はいまはの目をぽっちり︒君の姿を打守リ︒御花筥を︒手にふれてわっ

と泣キ︒とことんかこごん︒どう思ひ明らめても︒お顔を見れば︒わしや宮様に離とむない︒名残おしいと︒思ふたとて

くやんだとて︒どうで死ぬるで有ふ物︒せめて息の有ル内に︒父上も︵六十三才︶兄上も︒宮様へお味方と︒申上て下さん

せと︒心計はあせれ共︒うっらふ色の花の香や︒恋しき人の手馴れし物を︒朧と名付そめし事︒此時よりぞ始りける︒

金村立ッて上段の︒柱にかけし万度のお祓︒箱打ひらき内より取出す御剣と御旗︒台にそなへてさAげ出︒某先年唐土へ

渡リ︒一とせ余りも学問せしを︒異国の天子に荷担し︒叛逆の幾有ルと人の後言︒其申訳立がたく密に帰朝し︒算学の

っもりをもって︒山を均海を埋︒多くの田畑をひらき︒此所にて大野の長者と時めき︒十八年の只今宮と射に廻り合しは︒

︵六十三ウ︶金村が身のほんぐはい︒扨それなるは我舅三輪の大臣のさAげられしにしきの御旗︒ならびに其一振は︒三種

宮ほうけんを御手にふれて渇仰あれば︒波の巨涙おしぬぐひ︒今日帝さまのみゆきの舟へ︒浦の長をかたらひ近よって龍女  じんき      地ウほうすん  ウ       ︵ル    色         詞       ひるい      フシの神器ずい一のほうけん︒某方寸のはかりことをめぐらし︒うばひとり候は︒つま浪の戸が比類なきはたらきと︒つゝしんでのべけるにぞ︒      色地ウ      ︵ル      かつかう         ︵ル       中        詞      おさ

翻刻﹃武烈天皇儀﹄︵下︶

(12)

翻刻﹃武烈天皇儀﹄︵下︶一 コ一

とあざむき︒其ほうけんをばひとつて︒水底をくゞり帰りしも︒もと白は此浦の小波といひしかづきの蛋︒いやしい︵六十

四オ︶腹にもうけたる娘なれども︒宮さまの御世にならば女御后にもならふものを︒位におされ果報にうて ゝ︒こんな死

をするかはいやと︒いだきしむれば︒手負も母を力ぐさ︒宮の御顔つくぐと︒ながめては泣見ては泣︒ヱ九どうぞ仕やう

はない事か︒命が自由になるならば︒御出世なさる言目途の︒御旗上グが見て死たいと︒叶はぬ事をかこつにぞ︒不便と君

も御感の涙︒哀れを催し人々は前後︒不覚に見へけるが︒

かくてはあらじと二人の若者つヽ立て︒照日の前の末期の望︒君の出世の御旗あげを︵六十四ウ︶見せ申さんと︒しげるし

      数       匹ざほ

の竹きりくしやんと枝打て︒思ひくに旗竿しつらひ

綱太は錦の御旗に︒かざす印は園生の菊の赤白二輪︒宿祢はかしこの松がえにかゝるかけ帯︒さきだつ妹が血しほに染

る子持筋︒是大友の徽号︒家名くちせぬ腹の︒頭をつらぬきいさましく︒宮の左右におし立る︒

金村悦喜の眉をひらき︒ヲヽいさぎよし狭手彦弥綱太︒扶翼と成て暫く爰に皇居をしめ︒諸国の軍勢催促し︒せめのぼる

物ならば︒宮の聖運ひらかせ給ふはまのあたり︒我は先朝播逃の臣︒ふたこひつかへん謂なし︒今はの︵六十五オ︶娘を

いざなひて︒此場を去は君へのおそれと︒いだきかこ印る父母の︒かたに両手を打かけて

あげをことぶきて︒よろこぶ計︒ものいはぬ︒花にかことの御名ごり︒なみだは夜はの秋のつゆあしたの︒風に刷翻と︒ひ

るがへしたる錦のはた︒白きと赤き︒菊は日光月光の︒みかげにたとへし日月の︒旗のいはれや大友の家に伝ふる子持

すじ︒毒蛇の首臭の紋君臣︒二本の旗じるし故実を︒世々につたへける︵六十五ウ︶

(13)

第四 佐用姫道行

世の人の︒とをく思へど近きもの︒行衛へだてし船路と恋路︒いとし殿御を︒したひゆく身には︒千里もとをからで︒むざ

んなるかなさよ姫は︒姉清瀧の介抱にて︒都の便聞しより︒身のかくれがを忍び出けふ思ひたつ浦の波︒ひれふりしより︒

うき名は高き︒松浦山呼名の︒島の玉がしは︒我姿にもわかれゆく故郷の︒そらもへだゝりて︒旅だつへ 上     中ノルまつうらやまよぶな

ひかず  いくとまり日数︒幾泊ゆき

ヽの︒︵六十六オ︶人目よぐらんと︒本海道を︒よくればいとごっき事の増田の︒池に袖ぬれて爰は美作︒しはがれ山︒つ

ねならぬ身の妹をいかほる姉の主あしらひ︒かいどりしやんとかゝへ帯︒どれくしめて上ましよとむすぶゑにしのもろか

づら︒アヽ姉さんもつたいなやと︒心も春のゆふ暮の霞は︒ひとへなゝヘハ重︒桜谷なるはぅではら︒さきだつ梅ははや

散て梅花にかほる笠の端に︒ふりさけ見れば天の原︒風にふきちる︒二日の月我細まゆに︒かげとめて︒所の名さへ三日月

    ゥ   すぐ       ウキン       ゥ       片口 吉  牡宍 計郷士      ドー 峠の︒里を過︵六十六ウ︶れば里人の︒ちやさやよふさの声くに臨時の祭りの︒彼方や︒繁木がもとにむらだつ灯燈︒朱の

たまがきみやばしら ○ナヲス      フシ       △中      スエ︵ル       中   しん       ウ玉垣宮柱︒いか成ル神にてましますと尋給へば︒清瀧御前心付なふ︒あれこそ御身の氏の神︒母うへの都より本国松浦ヘ

︵ル

の時︒俄に産の心地とて︒此佐用郡でもうけ給ふおことなれば︒さよ姫と名付給ひしぞや︒白はまだ七つの年︒おぼ

ろに覚へし︒宮居は是と夜目遠目︒笠を取ル手に額づけば︒姫も信心いやまして︒爰で生まれし自が︒今又同じ懐胎にて︒

この御社を︒︵六十七オ︶わくらはに︒おがむもふしぎ︒我くに忌や餓のなきならば︒神に詣て銘々の︒夫くの武運

の祈せんものを︒心計の太祝︒太布さらす国ぶりの︒手業まなんで神いさめとほどく ウキン  たむけ 神に手向

の青幣︒しらにぎて手もともゆらに姉妹は︒まきの小島の賤の女ならで︒いづれおとらぬ晒のわざく︒立波がく︒瀬

翻刻﹃武烈天皇儀﹄︵下︶      言︒かゝへの白たへ浅黄︒ゐ晒のわざく︒立訪

       一 一三

(14)

翻刻﹃武烈天皇儀﹄︵下︶

々のあじろにoぎへられて流るヽ水をせきとむるく︒所からとてな

は ナ ︒橋崎の︒ 一 一四

其橋柱︒千よつの宿は名のみに鋳磨が

た︒風がもてくる磯の波︒どうど打てはさあ︒さっと引キ︒沖の︵六十七ウ︶なげいししよんぼりと︒かはくひまなき苔ご

ろも︒すそにうき草︒ちりくちどり︒なくねあはれにあはぢしま︒姫路は跡に加古の川︒ふねよ駕寵よと︒いたはれどな

さけのたねに身もおもく︒心もおもきいわたおびしろいとあかし︒ほのぐとあけがた︒つぐるからす崎︒生田武庫やまよ

      釣い      こ ぞ  はっなっ︵ル       ゥ      い計

そに見て︒鳴尾はあれときく︒からに去年の初夏はつこひに︒君とねし夜のふねのうちおもひ︒出せばなつかしき︒緑 に

       ぐかげ    フシ

しるき都くさ御影の︒森にぞつき給ふ︒︵六十八才︶

やすらふ向へ︒のさく来る大男︒ほくそ頭巾をすっぽりかぶり︒玄能鉄挺縄からげ︒風呂敷包取そへて︒ふりかたげた

る拐のつくく二人を見るより︒ヤア女房清瀧︒さよ姫君かとかけよつて︒頭巾をとれば英太郎︒姉妹夢見し心地にて︒

傲るぎひのうさつらさ謡りもあへずなげかるこ 地ウ づきん

太郎も涙おしぬぐひ︒扨某去年の秋より都にのぼり候所に︒天皇方の人々を始︒玄能

玄能婆と異名する程の石屋が母も︒某を

射茂藤治とおもひ︒うまくとたばかりおふせたるゆへ︒御迎の書状を遣してより・︒御のぼりの日取を︵六十ハウ︶ 考

へ︒千墳の城普請の御影石を取に参るといひ立︒此程より毎日これ迄御︒迎ひに罷出候所に︒今

事︒弓矢神の御引合せと ン日只今姫君に巡り合奉る

︒申上ればさよ姫君︒母上に別︒てより半年余り︒本国櫛田に忍び居て︒姉さまのいかひお世話︒

とにも角にも御夫婦の苦になるのがわしや悲しい︒はやふ夫の狭手彦様の︒おはする所へやつてたべ︒あひたい見たいと計

にて︒かこち給へばイヤとよ姫君︒やすくと身二つに成給ふ迄︒石やの内にかくまひ参らせ其うへで︒主人大友の宿祢狭

(15)

手彦殿の御座なさるふ心国へ︵六十九才︶御供申スと︒聞より妻の清瀧が︒そんなら御主人狭手彦様の︒お行衛がしれたか

へ︒ヲ?とつくと聞合せた︒越前の国にて玉穂の宮を守奉り︒今御謀叛の御催しまつ最中︒主人の御父大友の金村公も︒

今は大野の長者と名を改メ︒御一所にござると明細に承れば︒御平産なされなば姫君の御供して北国へ下るそれ迄は︒玄能

婆をたばかるが肝要︒やはり拙者は石工茂藤治︒さよ姫君をおさよといふ下女にして︒女房お瀧が国もとよりつれてきたと

人にもいふ為︒身の廻り迄用意したと︒風呂敷包ひつほどき︒女房︒そなたからちやつと︵六十九ウ︶着かや︒早ふくと

せり立られ︒いつしか馴ぬ木綿布子を清瀧が︒ついひん結ぶまへ帯の︒結びめ高きも︒賤キも︒女は衣裳といふではない

か︒コレ此様なてきら布子を︒姫君様に着せますやうになりくだりし︒拙の御運や痛はしやと︒涙ながらに︒

暗中  ウ      か心へおび 長地  ウ   こめろふう   いな      上     むせベ    ウ    かいぎやう

着すれば姫も黒の木綿の二重帯︒つくね結びの小女郎風見るに悲しく清瀧が︒わつと喧ば︒身の界行の浅ましやと︒

歎キしづみし姫君の︒心を察して英太郎涙ながらに︒二人が着捨し︒小袖を油単におしっよ勺拐にかつつけアミので

たいく︒此石工の茂藤次が︒九州より呼よせたおかさまのお瀧女郎︒下女のおさよを供に︵七十オ︶つれてはやごんせ

と︒歎きをまぎらす夫がわざくれ︒女房は姫の手を引ていざなひ行クや都の空︒お主は下女に品くだり︒家来は主に成リか

思はぬ恋の柵 に︒むすぶ縁の綴帯︒鳥飼の御后︒御産の月は近付ど︒高安上の山御所に引こもり︒一向仏法に入せ給       ウ      ちうしん       三重はる︒太郎夫婦が︒忠信の︒心遣ひぞへせつなけれ︒         中︵ルフシ      しがらみ    ウ     ゑにし  いわたおび スエテ︵ル     中       地色ウごさん      ちかつけ    たかやすかん

ひ︒非道の帝の御手にかゝりし︒十二の局の亡跡を︒吊ひ給ふぞ殊勝なる︒

科戸の局憚りなく︒帝様のお嫌ひなれば︒けふは仏事の取沙汰御無用に遊ばせ︒御養父平群の大使主高島公諸共︒此御所

翻刻﹃武烈天皇儀﹄︵下︶

(16)

      翻刻﹃武烈天皇儀﹄︵下︶

へ︵七十ウ︶御了人のさき走リが参りさふと︒申ヽyもあ

武烈天皇積悪無道の御身にも︒比翼の鳥や鳥飼の︒君

に へ

此程久しく隔てすめば︒心ならず来つたりとの給へば︒

  l . ノ ペ

ぬに御門に轟く御車の音管箭の声︒后を始め女房達出向ひ給へば

ひかれて大使主高鳥もろ共渡御有ョて︒ホふ囲しより顔もやつれぬ︒

いやとよ自よりは君の御不例︒いか犬霞らせ給ふぞや︒ヲふ朕が病は日を追て快し︒其うへ泉州堺の津へ︒唐船着岸し

て︒古今の名医渡しゆへ︒唐土の儀に事なれたる当麻の次

調合する催しと︒宣 地︵ルせんじ 郎速風︒かの医者をつれ来り︒今日︵七十∇こ此所にて妙薬

旨あればアヽそれは何よりお嬉しや︒さぞ父うへにもお悦び︒イヤサ娘︒懐妊の身に何かの心遣ひは

不養生︒おことが実父英大夫はなぜ見へぬ︒お許なるぞ大夫く︒とよぶ声にはつと御前に平伏すれば︒

いかに英︒后の御懐妊故付グ置るゝ穏婆︒今日はいまだ出仕せざるか︒さん候高島公の御内意とて︒て今の下女を召

つれ︒先刻より伺公せし故︒お次にひかへさせ候︒ヲヽ其筈く︒後刻此方より召出さん其旨を伝へよ︒畏

夫お次ヘヘ立ョて入ければ︒ て候と英大

当日の奏者罷出︒当麻の速風唐 ︵七十▽ワ︶の医者を召つれ候と︒聞より高島︒異国の人に后の対面叶ふまじと︒女中を

当詰奥麻の速風謹而︒先立ッて奏せしごとく︒是こそ唐土︒金陵の韓林伯と申ス医者にて候とのべければ︒大使主笏取なを ま  色   つゝしんで  詞      もろこし  きんれう  かんりんぱく      ゐしや ︵ル       色 ヘすミのやれば︒伴ひ来る︒唐医の出立︒頭に鷹紗帽身に欄杉︒一礼のべて座に着ヶば︒        地ウ       ︵ルフシ      たうゐ  中     かうべ  かうしやぼうウ   らんさん  フシ

    詞     かんりんぱくし︒いかに韓林伯

唐医はうな付クば ︒君の御悩の様子を聞キ︒申越れし妙薬の一味︒早速調へ置たれば︒今ン日此所にて調合あれと︒いへ共

かりIヤうらんぷくめいられちよぽいと︒撒拶しても一つも示ぜぬ氷人詞︒ぎ麻の次郎排取ッて︒まづ

(17)

く天脈を窺せ申︵七十ニオ︶さんと

地色︵ルたうゐ  もく ︒韓林伯に打向ひ︒きむちうく︒請奉膠天脈︒ちゃらくさばんすといひければ︒

唐医は黙して座を立上り︒天王の御傍に立よって︒やクレばし脈を窺ひ︒ためっ︒すがめっ龍顔に︒目を付グて席を下

り︒礁科く君病是︒鬼口之症︒たばらいくすうゐんぱいと︒申にぞ

速風心得︒善哉く︒きくめいつう︒いんきやと︒いふに唐医は玉体に指さして︒りよくめ

      頷ル こたへ  牡ゐん

あ︒いんつう︒たばらんくと︒受つ答つ唐音おはれば︒

当麻の次郎︒只今韓林伯が申せしは︒君の御脳さかんなる時は いきうっう︒ちやぐいすとうぱ

︒人の生血を好給ふ事酒の︵七十ニウ︶ごとし︒是はまさ

しく鬼口と申病︒初産臨月の孕女の腹をさき︒胎内の赤子の血をしぼり︒調合致す妙薬有リ︒これを名付グて児干といふ︒

はやく其一薬を調給はゞ︒即時に御快然有べしと︒今のごとく唐の詞にて答候と申せば︒天王龍顔殊にうるはしく︒

朕が病は鬼口と名付グ︒文字には鬼の口と書と︒新羅の国の沙門法明国師が申せしが

天晴名医に極つたりと︒御悦びの勅︒ ︒今の医師が詞と符号すれば︒彼は

高島承り︒其趣をとくより当麻の次郎が伝へし故︒玄能婆と申て︒則君の御用を︵七十三才︶勤る︒石大工茂藤治が母︒名

誉の術を得たる穏婆なれば︒今度后の懐妊にも付グ置る︒其外下ざまに彼を頼む産婦すくなからず︒それが中もつゑり

出し︒一人つれ来り候と奏すれば︒次郎重而︒孕女の腹をたち︒赤子の血をしぼるにはさのみ秘伝もなく候へ共︒其期迄

は懐妊に︒事の子細を深く知さず︒身を清め衣服を改させよと︒唐音の内に申含候︒ヲヽ其段は此高島がのみこんだ︒誰

か有ル︒玄能婆是へめせと仰に随ひ︒白洲に出ルは石屋が母︒供に連しは佐用姫君︒名さへおさよと下女の風︒いたはしくも

翻刻﹃武烈天皇儀﹄︵下︶一 一七

(18)

      翻刻﹃武烈天皇儀﹄︵下︶

又哀れなり︒

平群の高島姫に︵七十三ウ︶目をつけ︒コリヤばゞ︒ひそかに申付る御用なれば︒下女めは次へ立せ︒しばらく待せよと

ふ声に︒姫ははっと胸打さはぎ︒そんならかみ様わたしはあれへ︒︵テとはいてもだんない事をと︒しかりちらし追退

て小声になり︒今日此御所にて孕女の腹を割︒君の御薬を調合するとの御内意故︒射茂藤治が女房︒国もとよりっれ来り

し今の下女︒初孕と目利いたし︒白丿女夫の者には深くかしくつれ参候と︒申上れば平群の高島︒ヲふ⁝一かした︒只今の下

女が面体︒つまはづれのしんちやうさ︒兼てよりふしんに思ひしが︒あれは帝の御心を掛られし︒︵七十四オ︶松浦佐用姫

といふ事︒先立て写取し姿絵にてとつくと見しる︒其うへ石工の茂藤治めは︒姫が傅兵庫の助にいきうつし︒彼是もつ

て心へず︒ば二晋が賠では有ルまいがなと︒目に角立てきめ付れば︒

ホくくく︒思ひもよらぬけうこつな御ふしん︒あの︒下女のさよめが佐用姫に極らば︒嫁の瀧が才覚でかくまい置し

かは存ませず︒射は私が産の子︒兵庫の介に似かにもせよ

麻ノ次郎︒ヤア君への取なしとは︒身の程しらぬ匹婦め︒面体は似たれ共︒兵庫丿助で︵七十四ウ︶ないといふ申訳には︒ ︒其お疑は晴されまして︒帝さまへのお取なしといはせも立ず当

佐用姫が腹を射茂藤治にさかせい︒此義は︒いかゞと窺へば︒

ホこ唄智の速風︒孕女の腹をさく口伝︒唐土の医者に汝よつく聞キ合せ

奏すれば︒

天王御座を立せ給ひ︒

玄勁能婆に教てやれ︒先々君には入御なり給へと

朕がやまふが兪Jならば︒たとへ百人千人でも︒孕女の腹をさくぽいと安し︒高鳥速風︒其老女唐の

(19)

医者を伴へ︒いそふれやつと引つれて奥のへ御座に入給ふ︒

かより折しも科戸の局の声として︒婆の供のさよは何所にぞ︒御用が有ルとよはるゝにぞ︒アイといらへて佐用姫君︒庭の

︵七十五オ︶白州に立出給へば︒

ナフおさよ︒太事ない︒近ふくと招きよせ︒お后さまの御兄︒英太郎伊企灘殿︒石工の茂藤治に︒顔形の似たるを幸︒

玄能婆が白Jと成ておはすれば︒我子の茂藤治が死︒だ事は露しらず︒心をゆるせば︒主人の姫をもうらなくかくまい参ら

すると︒此間もこまぐしいお后さまへのお文︒其お返事なるぞ︒伝へてたべと渡さるれば︒

ポダよは万を櫛に入レ︒ヤァあれく表御門より誰やらん人音する︒

お局さまにはまあお入と︒すめやれば中門より︒とぱかはして入り来る石屋が弟子︒異名も狼団八が︒姫を見付グて︒

ヤアおさよ︒むごいぞよく︒かふいふたらば︵七十五ウ︶いやらしかろが︒此鼻が心いきは伽罷じやぞよ︒そさま故に

はいりにくい︒此御所の御門を︒かみさま迎ひと偽ッて来たはいのと︒しなだれかゝれば︒

詞      附糾とがいア之っるさ団八殿︒人が見たらなんとさつしやる︒なんとゝいふたら口くするのじやと︒髭剛をすり付れば︒コレあた

       色︵ル      はな      つき        詞   け    はれ       ほうばいいたくば放しやと突のけて︒コレ褒にも晴にもたつたふたりの傍輩︒そんな事 いゃらしい痛いはいの︒ヱいたい時分じゃ有まいがな︒︵テはなさしゃれ︒そんな機嫌じゃないはいの︒ないとはつらいと︒

じつとしむる手さきをぷつちりあいたさ只

してもし︒茂藤治さま御夫婦へ聞へたら︒ムよこはいといふ事か︒よいく︒︵七十六オ︶ぬつぺりこつぺりといふてなびか

翻刻﹃武烈天皇儀﹄︵下︶ ねば︒こつちにも思案がある︒親方が松浦へいかれた時︒ついてくだつてそしりはしり︒聞か事もあれどだまつてゐるぞよ︒

一 T几

(20)

翻刻﹃武烈天皇儀﹄︵下︶コー○

内義のお瀧女郎と憐を都へよび取リ︒めっきりと茂藤治のきだんがかけって︒何かの事をっよか隠さる︒しらぬ顔してゐれ

ば︒此団八を甘いものじやと思ふかい︒松浦山の石此かた︒大形づいて居ルぞよ︒ヱう1それをこなたに︒ソ;てれ其様に

驚くので妖あらはす︒憤は︒お尋の佐用姫︒しかも︒狭手彦ががき迄孕で︒どんばらは離に瓢箪︒今おれになびけばよし︒

いやと︵七十六ウ︶ぬかすと︒まっかふと小腕ねぢ上手拭しごきしめくよりんとする所へ︒始終を立聞く英大夫︒遣戸口

よりっっと出︒団八が首筋っかんでどうど投すゑ︒するりとぬいてむね打に︒りうくくと打のめし︒姫をかこふてっっ

立ば︒っらすりむくっておき上り︒爰な親仁殿は何科有てと腕まくり︒ぎしみかよ心をばったとねめ付︒ヤア何科とは此御所の守

護︒英大夫美知灘を見しらぬうろたへやつ︒むたいの不義を働けば︒ぶち放すやつなれ共︒天皇行幸の折からなれば命は助

くる︒うぜ上らふとけとばされ︒したぐかなめに狼団八︒ほうくにげて帰リける︒︵七十七オ︶

地色中        峠呂    地色ウ      ︵ル      色         詞      くはいにん       たて大夫は姫の塵打はらひ︒御いたはしとは思へ共︒さあらぬ体にてこりや女︒聞ばそちは懐妊そうな︒気をしづめて罷立

と︒情も厚キニ言に︒さよ姫はっと立さまに文を袖より取落せば︒英太郎様鳥飼よりと︒上書よむより大夫取上ケさっとひ

らけば︒ナフ其お文はと︒すがり付を︒突のけくとつくとよみ︒︵ヽ思ひがけもない︒此文体を見れば︒石工の茂藤治と

いふは︒我子の太郎と︒心に納︒ヤイ女︒か様の文を其方が懐中して︒余人が見れば事むつかしいと︒取納る時しもあ

れ︒出御なりとよばぅ忿戸︒武烈天皇大使主高島を召具し檻 に出給へば︒︵七十ハウ︶唐医を伴ひ当麻の次郎︒玄能婆は

広蓋に︒目結の小袖唐綾の中重︒下着うはおび取揃へうやくしくさゝげ出︒

(21)

コレおさよ︒そなたを佐用姫といふ事︒おれが黒い目でにらんで置だ︒ア;疋それは︒イヤ隠しやんな︒しかも産月で有ふ

がの︒此度お后様の︒御産の御用勤る穏婆のばアゞで︒そなたの望の通にしておます︒狭手彦殿の有リかゞしれたれば︒

佐用姫を送り届グてやれと有がたい勅︒お身の廻りを改メ給へと誠しや︒かに欺ば︒姫はあどなくまうけにして︒お情

ぶかい帝様︒今迄恨しもつたいなや︒ゆるさせ給へとあなたこなたをふし拝みく︒︵七十八才︶そゞろに成て︒悦給ふ御

心根ぞいたはしし︒

刊款の高鳥いすまし顔︒びよ姫を︒狭手彦がもとへ送り届グる︒路次の警固は当麻の次郎︒英大夫両人に申付る︒誰参れ乗

物もて︒それくばゞ︒姫に衣服を改させよとせり立れば︒下女のなりふり︒引かへて︒花を粧ふ衣紋の着なし見かはす︒

  ヽレ         ごろさ      ウ には  フシ    かきいる姿庁の間に︒殺る事はしら露の︒奥のお庭へ乗物を昇入︒ば︒

サアくちやっと召ませと︒婆が指図に姫は嬉しく︒そんならわたしは参ります︒皆さまのいかいお世話と計にて︒礼もそ

こく乗物に︒のれば外から戸をぴっしやり︒さしもの高鳥ほっとため息︒ヤア治郎︒︵七十ハウ︶其佐用姫を一旦汝が屋

敷へ伴ひ︒委細の様子を大夫にも告しらせ︒両人共に必疎略仕ルな︒はやく急げと下知せられ︒はっとはいへど英大

夫︒いぶかしながら乗物に︒ひつそひゆけば︒

地色ウ       かつゐ  色    詞       フシ      地︵ル         色       詞当麻の次郎唐医に近付︒ちやるめいだばらん︒ふうけんくと︒いひ聞すれば︒医者は玉座にいとまごひ︒けれんげくき

      地ウ      ていとうもくれいいちいつ      フシ      たいしゆっうくめいと︒低頭黙礼一揖して︒次郎に随ひ︒退出する︒

地色中   ︵ルしなどの  みてうだい    色      詞      ごひ科戸局御帳台より走り出︒鳥飼のお后様には︒先程より奥にて佐用姫の命乞あそばせ共︒御高間届グなき故に

翻刻﹃武烈天皇儀﹄︵下︶

一 一 一

一 ︒兼てより新羅

(22)

     翻刻﹃武烈天皇儀﹄︵下︶      コーニ

         おしへ       あま       地ウ  ぼたい  とむら       訂の国の法明国師の教に任せ︒けふよりは︵七十九才︶尼と成リ︒姫の菩提を弔ひ度キとのお願ひなりと奏すれば︒

武烈天皇とびかゝって︒科戸の局をひっっかみ︒ヤアきっくはいなり︒佐用姫は一旦朕が心に背︒松浦山にて石に成しと︒

欺きし罪科かるからず︒それをいたはり︒仏法をす宍の込ムはうぬがなすわざ︒観念ひろげと局か細首︒ぐっとゆがめ

て︒ぷっっと捻切︒

ゴリヤ婆︒さよ姫をかくまふ茂藤次︒こ心あらば︒此局めがよき手本といひ聞せよ︒︵ヽくく︒心地よしく︒一たび

なれば︒︵七十九ウ︶重き仰に石屋が母︒いそく︒いさむ老の波立帰る

高安郡の奥山に築城の勅令を蒙り︒石大工の茂藤次が都を爰にがり住居

もろ共石切に︒いしくも參しさよ姫の ︒こそへ河内路や︒︒其茂藤治をそのまゝに似たる形の英太郎︒夫婦

︒介抱なをざりなかりけり︒国ぐより権付に運漕したる石のかずく︒津の国みか

げ松浦石吉備の白石城普請︒急ギの御用も月に六日の︒休とて︒手間取り人歩はやすめ共其身は心に油断なく︒弟子の団八

相手にて︒根が素人の青め石今は細工も手に入て︒コリヤ団八︒日比からそちが︵八十オ︶わざくれ此茂藤治が︒松浦より

女房瀧めをよびよせたれば︒力で仕込ム石細工しよろがぬけたと笑ふたが︒けふはわぬしがめつきりげんにやり︒玄能打

もうつらてん︒ゆふべどこぞの毛輔で石切のみのさき付たか︒イヱそうじやごんせぬ︒山御所へかみ様迎ひにいたれば御用

が有作に︒早ふうせたとゑらいめにあいました︒ム;てりやそちが慮外でもしたであろ︒やすみがてらにまコ院迎にいてく

れい︒下女のさよめを付ヶてやつたれば女房共が気遣ふ︒イヤ内義さん計じやごんせぬ︒あのおさよにはこなさんもきつい

(23)

心遣ひ︒︵八十ウ︶下女じゃないしつかいお主じゃ迄︒コリヤゃいべりくとばか尽すな︒只さへたこ心しい母者人に︒そ

んな事いふてたき付ヶまいぞと︒又ふり上る玄翁石馨︒音はかちく門口より︒とっかは戻って女房お瀧︒ナフこちの人茂

藤治殿︒道迄出向ふてもば工作はまだでござんす︒御所へやつたればおさよが事が︒サアおれも気遣ひさに団八頼めば︒屋

敷でひどいめにあふたとて四の五のいふ︒爰から山御所へはついI卜またげ︒おれが迎ひにいてこふかい︒イヤこなさんが

むさといかる首所じゃない︒こ社団八殿︒山御所へゆく迄なし︒大かた道であはつしゃろ︒ムこ甘迄︵八十∇こいはんす

なこんだく︒あのひんこばさまの顔見たふはなけれ共︒おれもおさよが事が気にかぅQ︒君につかほる身ぞつらやでごん

すはいのとつぶやきながら︒出て行︒

ごミ七の茂藤次が遣ひし弟子と︒今迄は刊敵せしが︒ひょんな事は姫君に︒むたいひろげばまくしださずば成まい︒サイナ︒

わしもそう思へ共︒茂藤治殿に顔形が似た計で︒仕付グもさんせぬ石屋のわざ︒あの人たしから不自由にあろ︒大概な事

は了簡したがよござんすと︒立もふ拍子に前だれの槍にさはつてちりんりん︒件 を︒お瀧が見付てヤア︒此かんざしは フシかんざし    地色ウ

︵八十∇ワ︶たがおとしたへと︒とはれて夫はきよつと顔︒なんじや其伴か︒それはさつきに︒庄屋殿のおむすがわせた

がと︒どぎつく詞のさき折ッて︒コレ︒此やうなはでな件︒此地下にさす者はないはいな︒此春からの爰も住居︒道さへ

ろくに覚へねば庄屋殿の娘御は︒かみさま迎ひにわしがつれ立ていた共しらず︒ぬつぺりとあの嘘はいの︒もと傾城くるひ

からのこなさんの流牢︒松浦へ来て兵庫の介と名をかへて︒此清瀧と夫婦に成て︒ヤイこりやそれをぬかす事かい︒イヤ

くぃろぶかいこなさん︒どこぞの女子か小娘をそよなかして︒わしがるすへよびよせ︒︵八十ニオ︶じゃらくらしたはづ

翻刻﹃武烈天皇儀﹄︵下︶

(24)

翻刻﹃武烈天皇儀﹄︵下︶コー四

みに落した此井︒コリヤやい︒世間で玄能婆と異名する︒アノばさまの目をくらまし︒息子の茂藤次に成すまして居る英

太郎伊企灘︒其様な乱な事してよい物か︒サそんなら此伴はだか落していんだへ︒狭手彦様の御家来のこなさんにつれ

そへば︒佐用姫さまはわしが為に︒腹がはりの妹なれど今ではお主︒殊に産月どうかかうかと︒あんじる中からよい気で

は有はいの︒︵テ扨︒それはそなたの気の廻り︒イヤく伴の主がしれねばいつ迄も︒疑はれぬと恨泣︒すいなやうで

  ぢ    回心も︒地女房の︒悋気は涙はてし︵八十ニウ︶なし︒

かよ勺所へ母はいさんで立帰り︒ヤア内義そなたはなんで其涙︒おれが供につれていた︒さよめが戻らぬによつてか

気 遣

ひしゃんな道からちよっと使にゃった︒ナンノそんな事じゃござんせぬ︒あんまり内がふすぼってと︒いふをねめ付

  ○ ヱ詞

ヽいまくしいすつこんで居や︒けふは帝様より茂藤治に︒又細エの外に御用仰付られ︒めでたい折から泣顔見れば気にか

ぅ兄︵ア御用とは母じゃ人︒なんでござります︒ヲー此母が幅で︒そなたに手柄さする︒帝さまの御病気なをす妙薬︒

拵やう迄習ふて来た︒奥へいていひ聞そ︒内義︒それにつゐて︵八十三才︶追付是はお客が有ル︒おうへも掃て待ヨてゐ

やと︒わめけば茂藤次︒イヤ妙薬の製法御伝授とは︒あさらい住居の奥も端近︒アイ納戸へといふにうな付︒只そなたは物

事に念が入ル︒それでなければ大事の御用は勤らぬ︒サアくぉじやと納戸ヘヘ親子は入にけり︒

折もこそあれ︒門口に数多の人音︒縄網かけし乗物かとて警固の役は英大夫当麻の次郎︒ずつと通れば︒

茂藤次引つれ母は奥より︒ほやく顔にて立出︒コレ嫁︒うろくせまいと呵付ヶ︒両人が前に手をつかへ︒御用の様子

は射にも︒申聞せ候と︒親の敬ひ茂藤治は︒打しほれたる︒︵八十三ウ︶あんこ顔︒当麻の治郎きっと見て︒ヤア妙薬調合

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