福祉国家研究の課題
著者 大山 博
出版者 法政大学社会学部学会
雑誌名 社会労働研究
巻 45
号 4
ページ 153‑186
発行年 1999‑03
URL http://doi.org/10.15002/00006407
一九八○年代後半あたりから「川がり角にきた編祉国家」とか「棉祉国家はどこへいく」といった論調で、国際的にも福祉国家のオルタナティプを再柿築しようとする潮流が生まれてきた。
イギリス労働党政椛のプレァ首机も伝統的な社会民主主義と目山主義の大きな二つの流れの巾から、左でもなく右でもなくその活力を取り入れる方向で「第三の道」の提唱を朝日新聞(一九九八年九月二一日付)に寄稿している。しかし、まだ「唯一の青写真があるわけではない」として模索の段階のものである。こうした状況のなかで、近年、オルタナティブを求めて比較編祉国家研究が活発に行われるようになってきた。こ
の比較研究の有力な方法として、福祉国家頻卯論が生み出され、いくつかの指標を用いて各国の特徴を把握しようとする研究が試みられている。その中で、これまで日本は比較研究の対象にとりいれられてこなかったが、頬型論の中
で日本を位憧付けた研究がみられることになった。
現在、日本でも「社会保障構造改革」とか「社会編祉基礎構造改革」といわれ、大きな福祉政策の転換期にある。
はじめに福祉国家研究の課題
それだけに、国際比較研究において日本がどのように位世付けられて、どのような展望が見いだされているのかは正
大な関心が寄せられるところである。そこで、まず、この点について内外の先行研究によって考察していくことにする。しかしながら、これまでの研究方法をみると、斌型論は指標のとり方によって差異が生じてきたり、ある時点で各国を樅に並べてグルーピングして
その特徴を肥らえる「紳態的」分析には優れているものの、転換川でオルタナティプを再柵築しようとする研究には
限界があるのではないかと思われる。こうしたことから、この類型論の現代的意義を検討した上で、さらに、オルタナティブが求められている状況の中
で、先行研究のなかでどんな議論がなされ、どんなことが課題となっているかについて明らかにしてみる。そして、こうした内外の研究成果をもとにして、日本の現在の動向に鑑みて、今後どんなことが研究課題となって
いるかについて考察しておくことにする。
国際的には一九七○年代に経済的後退とインフレによって「戦後冊祉国家の社会的合遮の終馬」とか「抓祉国家の危機」といわれた時期を経て、八○年代に人ってアメリカのレーガン、イギリスのサッチャー政椛の発足とともに、新保守主義の主張が強まり桶祉国家批判が柵次ぎ隔祉国家体制が大きく弼らいできた。そこで棉祉国家のオルタナティプを柵築しようとする研究が活発に展開されることになった。特に近年、ピァソン(○1⑩(・ロゴの『国の『⑫。。.]g])などにみられるような桶祉国家の限界を乗り越えるような先進資本主錐社会の社会的・経済的・政治的体制について、幅広く解明しようとする「新政治経済学」のアプローチが新たな潮流として台頭してきた。 l福祉国家の国際比較研究の意義
桶IIllK1家研究の課通 れおしばくこて なののいらでよる
」.やD-LZO
ればならないと指摘している。 「言8「」アプローチは桶祉国家の形成について特定の奨囚として、社会的コンテキスト、経済発腿、政治的、制度的要因をとりあげて分析をし、評価と展望を試みるものである。
「8m}ョ⑯」アプローチは桶祉が社会の中の利彼や社会階厭のパターンを形成しているが、それらが歴史的に禰祉国
家形成の継続と安定にどのようにフィードバックしているのかといった政治的要因と経済的要因の川互作川を分析し(l) ようとするものである。(この二つのアプローチについては、また後述する)ピァソンは、エスピンⅡアンデルセン(向呂ヨ、‐鈩己の『叩の貝以下アンデルセンと称する)を引用して「偏祉国家の
将来を評価するのに、最も重要なことは、福祉国家が生き残れるかとか、社会支出の総額がどの程度の水準にあるかではなく、編祉同家レジームの型がどのようなものになるのか、をみることである。この桶祉国家レジームの型が肢も急速で大きな変化をとげる可能性をみせているというのが近年の特徴である」として、レジームァプm1チを支持 呼んでいる。 こうした状況のなかで八○年代後半から九○年代にかけて福祉国家の国際比較研究が活発に行われることになった。この桐祉同家の国際比較研究のアプローチには、ティラー・グッピー(勺の【の『曰昌一。『’○○○日)によると大きく一一つのグループに分けられるとして、便向的に「一ヨ8『(耐線的)」アプローチと「『の四日の(体制的)」アプローチと そして、ピァソンは次のような旧のテーゼを掲げている。 ように、冊らぎの中での桶祉国家研究のアプローチは、社会文川の額とか生き残れるかといったことに視点をではなく、桶祉国家の柵造がどのようになっているか、その柵造がどのように変化しているかに向けられなけ
テーゼ8..資本主義の調整、社会民主主義、および桶祉国家は「組織化された資本主義」という一時的な局面にお
ける「疲弊した妥協」をあらわすものである。
テーゼ9..桶祉国家は、女性の犠牲において、資本と男性の利溢を確保する先進資本主義国家に特徴的な国家形態である。福祉国家は公式経済統計にあらわれない諸制度に大きく依存しており、女性たちはそうした諸制度を通して、ただ働きもしくは低賃金で福祉サービスを提供させられている。 テーゼ3..桶祉国家は産業的・政治的動員の産物である。偏祉国家はまた、資本主義の漸進的な変革を目的とする社会民主主義の政治的な計画の成功をあらわしている。
テーゼ4.・福祉国家は社会民主主義の政治的力との闘争の産物である。社会民主主義のヘゲモーーーのもとで編祉国家がさらに発展すれば、資本主義から社会主義への漸進的な移行が可能となる。
テーゼ5.・幅祉国家は、福祉と自由を最大化する自由主義社会の雑木原則に対する不適切で無原則な侵害である。
それは自由、正義および真の福祉に相反する。
テーゼ6.・桶祉国家は、先進資本主義国家に特有な形態である。桶祉剛家は、資本撚横が持続できる環境を及川にわたり保障する役割を担っている。
テーゼ7..編祉国家は、本質的に先進資本主義の矛盾した性質を体現しており、必然的に財政危機の論理から逃れ テーゼー:橘祉国家は、産業社会の発展によって生じたニーズの産物である。テーゼ2.・福祉国家は、藤業化という状況において、完全な市民権の獲得を目的として成功した政治的組織の産物
られない。 である。
編祉IRI家研究の課題
テーゼ、・・桶祉国家は、民族的少数派(特に女性)の犠牲のうえに、資本家と白人(特に男性)の利益を保障する
という先進資本主義国家に特徴的な性質をもっている。テーゼⅢ:桶祉国家は、産業資本主義国家に特荷の形態である。たとえ社会民主主義に支えられたものであっても、
編祉国家はとどまることを知らない経済成長の論皿と官仇主我的な形態によって搬なわれるのである。テーゼ旧;不碓疋な要素をもつ桶祉国家の発展過怪は、比較分折と歴史分折に錐づく文脈で理解されるべきである。
こうした福祉国家の発展をもたらす最も重要な源泉は、その利益集団の行動、その国に特有の政治形態、(2) そして国家組織のさまざまな緬型に見いだすことができる、と。
このピァソンのテーゼは「新政端経済学」の立場から、雌業化理論、市民椛諭、社会民主主我皿論、新目Ⅲ主義、
ネオ・マルクス主義、多元主義などの叫論と、フェミニズム、反氏族・人櫛主義、エコロジーなどの桶祉国家批判などを取り入れて幅広い分析の枠組みが構築されている。
このようにみると、桐祉国家の国際比較研究の意義は、まず第一にこうした皿のテーゼをもとに、比較分析、歴史分析を皿じて、桶祉川家の発峻過服ないしは編祉国家の形成要因を明らかにすることにあるといえる。そして、第二
にその形成要因によっては、その国に特有な桶祉国家があらわれてくる。それはテーゼ、で指摘されているように、
利益集団の行動、政治形態、国家組織によっていくつかの異なった型があらわれる、その頬型を見いだすことである。
第三にその頬Ⅲによって、桶祉国家の将来に向けての再枇築がどの頬型に移行しようとしているのかを明らかにする
ことにあるといえる。
福祉国家の国際比較研究において、すでにかなりの類型化が展開されている。ピアソンは、頬型化する場合、その雅準自体が全体を網羅するような、何らかの戦略的な文脈の中におかれなければならないとして、その意味で肢も影響を及ぼし、詳細な分類を試みたものとして、まず、ティトマス角・三・国【BEmの.〕の昼)の三つの社会政策モデルをとりあげている。川残余的(救貧的)モデルーーーズは市場と家族によって充足される。その二つが崩れたときに福祉は作動するが、それはあくまでも一時
ピアソンはこの三つのモデルは、棉祉国家の類型論としては疑問が残る。その理山は、現実の桶祉国家がたいてい三つのモデルのすべての要素を含んでいることと、偏祉国家が発展する進化論的な説明に利Ⅲされてきたという現実(4) のためであるL」指摘‐している。 ③制度的再分配モデル 2福祉国家類型論の動向②産業的業織達成モデル経済活動を補助するような社会禰祉制度に重要な役割を与えるもので、社会的ニーズは、功績や労働の業績や生産性に蕊づいて充足される。
(3) 提供する2℃のである。 社会隔祉を社会統合のための主要な制度として、ニーズの原理に従い、市場の外側で普遍主義的なサービスを 的なものである。
桶祉国家研究の課題
第1表3つの類型論によるL1S諸国の分類
ティトマス スウェーデン 制度的ノルウェー
オランダ
ファーニスとティルトン スウェーデン 社会福祉ノルウェー
オランダ
エスパィンーァンデルセン
ド'会民':ブル;JZン
主義 オランダ
ドイツ フランス スイス イギリス オーストラリア カナダ アメリカ
ドイツ 社会保障フランス
スイス イギリス オーストラリア
コーボラ テイズム 的
スイス ドイツ フランス
産業的業
繊主義,
? イギリス
オーストラリア カナダ アメリカ f1IIl主義
耐極的カナダ
アメリカ 的 残余的MH:ミ ソチユル苫、埋Im他共訳「福111国家の国際I上絞研究」l).235
しかしながら、この三つのモデルの要素が現実の編祉国家に含まれており、どのモデルに近づこうとしているかを見るためには、まだ有意炎である。棉祉国家頗型論では、ピアソンをはじめほとんどこの三つのモデルが先駆的なものとして細介している。
ミッチェル(O8oBゴ三月ロの一一・]の①])も第1表のように、ティト
マスのモデルを比較の中にとり入れている。ミッチェルは、LlS(ルクセンブルク所得研究プロジェクト)に参加しているOECD諸国の肥力国のデータを川いて幅祉国家の川際比較研究を行っている。そのLlSの各国の福祉国家の中心的な特徴に基づ
いてグループ分けするためにティトマス、ファーーースとティルトン
(句日ロ】い⑪口且目旨。P]のゴ)、アンデルセンの類型を川いている。ファーーースとティルトンの頬型諭は政府の介入の形態によって、械極
的国家モデル、社会保障国家モデル、社会福祉国家モデルの三つのモデ
ルにまとめている。
川械極的国家モデル
介入は硝岱の高水地を文える雁川水率の維持など、綿済的な効傘の哨巡に必要なものに限られることに特徴がある。棉杣の分野では、社会保障に並点をおき、「安全柵」としての性烙ではティトマスの
経済的目標より社会的目標の方を優先する。平等を重視する。公共サービスは社会生活に関わる重要な部門を市場の外側においている。(5) アンデルセンの類型聿銅については、宮本太郎が簡潔にまとめているので、その説明によることとする。アンデルセンは、多様な政治的力関係が生み出す編祉国家の多様性をとらえるために次の二つの指標を設定する。
「脱商品化指標」・各煎社会政策の給付を受ける資格の寛容度をはかるもので、脱商品化とは、社会支出の拡大がす
すみ労働者が社会政策によって市場のルールに従属する労働力商品としての性格から自由になっていることを意味する。「階胴化指標」:公的編祉の拡大と脱商品化が進んでも、すべての市民が等しくその恩恵にあずかるとは限らない。民間の保険や職域別の制度の比重が高く、職種や階層に応じて給付やサービスを受ける資格やその内容に格差がある場合、社会政策の階層性が強いことを意味する。アンデルセンはこの二つの指標を組み合わせて次の三つの福祉国家類型を提示した。川社会民主主義モデル 残余的モデルと一部②社会保障国家モデル③社会編祉図家モデル 械極的国家モデルと同様な性烙をもっているが経済政策と社会政策を区別する。社会政策では、所得、教育、保健サービスなどで国家がナショナル・ミーーマムの保障を取り入れている。ここに職種的国家との逆いがある。 |部対応している。禰祉国家研究の課題
三人の緬型論で共通しているのは、平等主義を麺祝して偏祉国家を政策目標として追及している国としてスウェ1デン、ノルウェー、オランダをあげていることと、福祉に対する集団的責任よりは、個人的責任を重視し、福祉を肢小限にとする刀向を目指している図としてカナダ、アメリカをあげていることである。とすれば、これらの国の頬型
的な位悩づけはかなり川らかに証明できることになる。しかしながら、これらの国の中間に位世づけられている国に
ついては、それほど明日ではない。とくにスイスとイギリスが大きな難問になっている(第1表に?を付している)。
ティトマス自身、イギリスがアメリカと同様な意味で残余的モデルには位置づけていない。しかし、アンデルセンは、
イギリスはすべての人が利川できる安全網はあるが、給付水準は寛大でなく岐低限のものということでアメリカと同
じグループに位置づけている。そして、スイスは自由主義モデルに近いが脱商品化を尺度にするとコーポラティズム
モデルに位世づけられるとしている。オーストラリアについては、ティトマス、アンデルセンともカナダ、アメリカ
と同じグループに位置づけているが、ファーーースとティルトンは最低限保障制度があることからイギリスに近い社会 ミッチェルは、この三人〈ようなコメントをしている。 ②自由主義モデル
脱商品化が低位で階層術造において二重構造がみられるモデル(自由主義原則と市場偏祉を基袖)Bコーポラティズム的モデル(保守主義モデル)
脱商品化はある程度災現しているが、社会保障プログラムが社会階臓を交換するハイラーキー柵造を有するモ
デル(保険原則と職域棉祉)
ミッチェルは、この三人の頬型論によって第1表のようにLlSの各国を分煩した上で、その比較研究として次の 脱商品化がすすみ階層性がフラットであるモデル(普遍主義原則と国家福祉)
幅祉国家斌型の中で日本を位適づけている国外、国内の研究ともきわめて少ない。日本の位世づけを試みている代
表的なものとしては、国外ではピァソンがゲラン・セルポーン(○・日。①『ワ○日・]の巴)の斌咽に旧名を加えたものと、
アンデルセン、アーサー・グールド(シ『岳ロ「DOE]P】の①い)などがあげられる。国内では、宮本太郎論文「比較桶祉国家の理論と現実」、武川正苔論文「桶祉国家の行方」、両論文とも岡沢憲芙、宮本太郎編『比較偏祉国家論』法律文化社、二九七)、蝋橘学文箭「醐代繍柵凶家の個麟比皎ln本モデルの悩腫づけと畷盟」n本評論杣二九九 保障国家モデルに位置づけられ、扣兇がみられる。
このような柑異が生じることから、ミッチェルはティトマスおよびファーニスとティルトンの斌型は、概して非歴史的な刀法をとっており、ある時点に現れた福祉国家の諸手段のいわば「スナップショット」に左右されている。対(6) 隅へ的にアンデルセンは歴史的、政治的、社〈丞的文脈を考慮に入れており、それが長所であるとして評価している。
このように頬型論は、指標のとり方によってかなり違いが生じ、それ程客観性がないともいえるが、アンデルセンは、先の脂標によってデータを川いてスコァリングの方法を取り入れてより梢繊化している。
アンデルセンの頗型論は埋橘孝文によって詳細に研究されているのでここでは行略することにするが、これらの餓
型論によって日本はどのように位趙づけられているのであろうか、さらに今日の編祉国家の冊らぎとW柵築が求められている時期にそれがどんな意義をもっているのであろうか。次にこうした問題について検討していくことにしよう。
ワつ。 桶川Ⅲ家賊型論による岡際比校研究においてⅢ水はどのように位世づけられているのだろうか、まず検討しておこ 3編杣国家類型論における川本の位世づけ
橘祉国家研究の課Mn
第2表完全雇用への関与と福祉国家
で90.100J
社会樅付与水!(11 低
強力な介入的iliiil[国 家(スウェーデン、
ノルウェー、フィン ランド、オーストリ ア)
穏健な保障型の禰祉 国家(ベルギー、デ ンマーク、オランダ、
ドイツ、フランス、
イタリア、アイルラ ンド)
完全MII志向の小さ な偏祉国家(日本、
スイス)
完全iiillllへのコ ミットメント
市場志llリの小さなilii 祉図家(アメリカ、
イギリス、カナダ、
オーストラリア、ニュー ジーランド)
低
[出典〕TI】erborn(1987)を班にPierson(1991)が作成したものに例示されているIEI名 を加えた。1M)沢、宮木編「比收Millll国家論」p、21
第3表典型的レジーム・タイプの指標値 脱iIijlW1化
指標 |jMi1価化脂標
(保守的) セクターの比辮プライベート IliI llj 低 タイプ
低満低IIf
III リベラル
コーボラティスト ソーシャルデモク
ラティック
OD IBDj
典:埋|侭孝文著「現代Niiill国家の1劃際lヒリズ.lpl55
七)などがあげられる。まずピアソンの位世づけ(宮本論
文で第2表のように整理されているのでこれを引川する)からみると、
セルポンの社会権付与水準(福祉へ
の国家の介入の強弱)の強弱と国家政策における完全雇川への介入の強弱の指標をクロスさせて4つの顛型をしめして、「日本を完全雇川志向
だが、小さな福祉国家と位置づけて
次に、アンデルセンについては、埋橋孝文が、日本の位憧づけについて分析を試みているので、これをここでは川いておくことにしよう。
埋橋は、アンデルセンの指標をもとに第3表のように「典型的レジー
ム・タイプの指標値」として絡理し いる」。
第4表脱商品化指標による)lIi位とスコア
ジェンダーの視点では、「『伝統的家族の保持』や家族の各種サービスへの依存という質的な面でコーポラティスト的性桁を色濃くもち、一方、小さい再分配インパクトや給付水準などの峨的な面でリベラル的性格を同時に兼ね備え えている。 と階層化の点では、コーポラティスト・タイプと共通性をもち、プライベートセクターの役判の点ではリベラル・タイプと共通性をもっている」と。さらに埋橋は、アンデルセンはジュンダーの視点が欠如しているという批判もあって、その他の屈性との側述をⅢ
岬-123456
脱ilWiWj化スコア囮名39.1 38.3 38.1 324 324 31.1 スウェーデン
ノルウェー デンマーク オランダ ベルギー オーストリア
789mⅢ旧一旧皿嘔嘔灯旧
スイス フィンランド ドイツ フランス 日本 イタリア イギリス アイルランド カナダ
ニュージーランド アメリカ オーストラリア
29.8 292 27.7 27.5 27.1 24.1 234 233 22.0 17.1 13.8 13.0
]Z 均 27.2
標準偏差 7.7
{11所)Esping・Andemsen(1990),P52.
埋橘前掲l1fpl56
ている。そして、第4表の「脱商品化指標
による順位とスコア」および第5表の「各諏指標値」をもとに、埋橋は
次のように結論づけている。
「日本の特徴は、脱商口卯化の程度Ⅱ中、コーポラティスト的階屑化の畷
度Ⅱ高、市場・プライベートセクターの役割I高、というようにまとめることができる。したがって、日本は、
第3表に示されているどの典型的タイプにも属さない。つまり脱商品化
福祉国家lUI究の諜迦
第5表各種指標値
ミーンズ
・テスト をともな 馴合う給付の
私的医原支出の削
ノエ【 ̄I
ユニパー
サリズム の程度 エタティ
ズム (Etatislll)
給付の平等性 私的年金の割合
コーオ1ラ 囚 テイズム
1.00 0.52 q79 0.48 0.99 0.72 0.55 0.56 q77 0.52 0.32 0.57 1.00 0.69 0.82 048 0.64 0.22
327378020937350664 376988776568399975
6636518062828 331212221221
038873810233486021 3 31 1121 212
3.3 2.8 4.5 15.6 LO L9 11.2 49 5.9 9.3 7.0 6.9 23 2.1 11 8.8
7802l5l222988900O5 C●●●□●●■■●●●●●●●●■ 033012322201001121
オーストラリア オーストリア ベルギー カナダ デンマーク フィンランド フランス ドイツ アイルランド イタリア [1本 オランダ ーュージーランド ノルウェー スウューデン スイス イギリス アメリカ
杼’一。④』9』△冊へUくり01 273 1 42222 7躯、w|犯
哩一”|釦
72 0.65
旧一m平均
標lVz偏差
、|、
01.13.2 19 0.22
11}所)ESI)ing・AnderscIl(1990),I).70.
埋橘I1ril硯}p・'57
鉛りたで国代がみてpiilHI保ノLス点ウ111て 付、めの家(if、ら、視係障一ルをとまい し失国第一的雁れ日しとと ̄ズ11’したる
鱗$鱗:瀞l1lillii藁1重
勤労を飯視する環境では公的扶助へのスティグマが強められることになる。他方、雇用が重視されるため職業別、労働市場の地位別の社会保険制度が最適となる。労働市場からはじき出された人々は家族の扶養にゆだねられる。その扶養能力が枯渇した場合にのみ国家の給付が提供されるというコーポラティス・タイプの属性をもつことになる、と。
埋橋は、もう一つ日本モデルとして、「後発性利徳」をとりあげている。
「後発性利維」は、経済的な意味ではなく、社会的な意味として、後発産業国の急速な経済発腿が旧来の人口・家族擶造や社会的規範のもとでみられる際に生じるギャップの問題としてとらえている。すなわち、日本では離蛎率やワンペァレント・ファミリーの判合が低く、生活保護受給へのスティグマ感などにより、社会政策コストが少なくてすむという点で「利術」という言葉を接川している。ただし、これらは急速に喪失していっているのが現状である、
新川は「国際的ス坐
題点を指摘している。その一つは、類型ユ 以上のような分析を皿じて、埋橋は従来の頬型諭ではおさまりきれない性格をもった「日本モデル」が浮かび上がってきたとして、リベラル・コーポラティズム的性格、ワークフェァ(ウェルフェァをもじった川語で、国の社会保障への依存を減らし、働くことによる自助・自立を促進する方向という意味で使川している)、「後発性利益」という三(7) っがキー・コンセプトであると指摘している。このような埋橋のアンデルセンの類型論を中心として日本モデルの位世づけと展望を試みた研究成果について、新川敏光は「桶祉国家研究の新たな地平」と題して、本譜の書評をしている。新川は「国際的スタンダードに適った研究」、「優れた野心作」とまず高く評価している。その上で、次のような間 L」。
類型論について、技術的な問題であるが、一国を類型論に位置づける場合その国の社会保障の最大文
棉祉国家研究の課題
題があると忠われる。 その三つは、経済のグローバリゼーション、高齢化という今日の福祉国家再編を要請する肢も重要な課題への一一一一口及が見られず、偏祉国家の動態把握が弱い。とりわけ雇川と社会保障の机互関連を考察するには政治過程を含む動態分析が必要、この観点から「ワークフェァ体制としての日本モデル」は、将来的にはいうまでもなく現時点においてもモデルとしての有効性を失っている。
その四つは、日本モデルの特徴を「後発性利益」ととらえるのであれば、それは端から先進福祉国家の代替モデル
たりえないし、匝線的発展論の否定としてアンデルセンの顛型論を高く評価する以上、こうした議論は不川意であ
る、
Ⅲ項目(特に年金)の検討がされていないこと。
その二つは、本書が浮き彫りにする日本型編祉国家の特徴は、男性稼得者中心の企業依存の一雁川保障と社会保障と
いうことになるが、それ自体は企業社会日本のイメージに適合的である。しかしながら、アンデルセンの斌型論から
すると混合型であり、あてはまらないことになり、そこで日本が三つの斌型につぐ第四のタイプと主張するなら、新たな尺度を設定し(仮にワークフェァとしよう)、アンデルセンの峨型に新たに追加することを明らかにする必要が
あった。そもそもアンデルセンの航型論の中で日本を新たな類型論として位置づける必要があるのかどうかがまず問
われるべきであろう、と。
以上のように顛型論と日本の位置づけについてみてきたが、新川の指摘にもあるようにまだ研究方法においても問 (8) L」。
しかし、この分折は埋橋自身、アンデルセンの峨型論は一九七○年代半ばの「福祉国家の危機」以降の局面を視野
に入れていないこと、福祉国家の定義によって差異が生ずること、労働市場もしくは雇川政策が決定的に函要である(9) が、それには「動態論」が必要であると述べている。とすると、新川も指摘するよ・っに、「幅祉国家の危機後」の再編期においては、このような顛型論による日本の位置づけもほとんど有効性をもたないことになる。では航型論は、今日ではほとんど現代的怠茂を失っているのだろうか。
宮本は、「個々の隔祉国家の特質は多次元的に変数を組み込んだ単一の餓型論は不可能である。例えば、川本とアメリカがある視角からすれば同じ頗犯に鵬しても、他の視角からすれば別の餓型に属することは当然ありうる。多く
の脇祉国家の特画を浮き彫りにするためには、経済政簸、肱川政簸、家族主義などの変数を細み込んだ別個の賊型論(Ⅲ) を組み〈⑭わせていく必要がある」と述べている。特に、ミッチェルも指摘していたように桶祉国家を政簸目標としている社会民主主義モデルと編祉を肢小川にという、山並義モデルに属する凶には、それほど差異が生じないが、その中間にある国は、しばしば視角によって位置づ アンデルセンの航型論をもとに皿橋によって川本を位魁づけてみた結果、日本は三つの餓型にはあてはまらない。リベラル・タイプとコーポラティスト・タイプの両而をもち、日水独自のモデルをたてなければならないことが川らかにされた。そして哩橋によると、新川が整理しているようにそのn本モデルないしは日本型柵祉Ⅲ家の特徴は、出性隊得打小心・企業依存の雁川保障と社会保障ということになり、「ワークフェァ・レジーム」とも呼ばれることになる。 4禰祉国家研究の再検討
柵祉国家研究の課題
新川も「額型論それ自体を自己目的化するのではなく、何のための類型なのか、その理論的含意を常に明らかにし(川)ていく必要がある」と指摘している。
とすると、今川、川本において社会保隙描造改革とか社会桐祉払礎柵造改並といって再編成が巡行している時川に、何を、何のために、どんな変数によって明らかにしていくのか改めて問われなければならないことになる。
宮本は、「そもそも偏祉国家のあり力を方向付ける主要な要因は何なのか。こうした問いをめぐって七○年代前半
より編祉凹家形成要旧論争とでも言うべき論争が股附され、桶祉国家レジーム論が結実していく前提となった」そして、宮本はアンデルセンの桶祉川家レジーム論の特質は、「偏祉国家形成要因論争の成果をふまえて、桶祉国家の政
策主体の問題と結びつけようとしたところにある。桶祉国家の腋木的性桁が規定され、そしてそれぞれの抓祉Ⅲ家で
剛付の政簸的アウトプットは、今度は当該社会の階価柵造にフィードバックしていく。この回路の中核に位剛づけら(吃)れるのが冊祉国家レジームという概念である」と説明している。
この福祉国家レジーム論が、今日、日本では、まだ問題があるとするならば、もう一度日本の桐祉国家のあり方を
方向づける主要な要因は何なのかを問い直さなくてはならないことになる。桶祉国家形成要因論争は、宮本の整理によれば、機能主義的な潮流によって重視された社会経済的要因に求める説(「社会経済的要因説」と呼んでおく)と、非機能主我的な潮流によって問題とされた政治的要凶を血視する説(「政 こうしてみると、賊型論の現代的意義は、社会民主主義モデルとその対極にある目Ⅲ主義モデルがあって、その中間に位置する国は、変数の組み合わせ力によってどちらの方向を目指しているか、その特徴が明らかにできるという けが異なってくる。ことにあると思われる。
「政治的要因説」は、前述の「新政治経済学」、「8四日の」アプローチに位世づけられる。この説は棉祉国家形成の主体をどこにみるかによって大きく三つに分けられる。その一つは、議会や内閣における左派政党、労働者政党の勢力や政党間の力関係の要因を砿視する立場である。
その二つには、公的な権力のあり方や政府の構成より、議会外の労働運動の組織力、政策過程への影響力を強調する潮流で、アンデルセンやコルピ(三・六○『口)などが代表的な論者で「権力資源モデル」とも呼ばれている。その三つには、政策過程における官瞭の判断や選択、そして官僚たちの選択肢を規定する既存の政簸体系や国家の(皿)組織柵造を主要な要因とする立場である。このように隔祉国家形成要因論争をみると、何を主要囚として亜祝するかによって異なってくるが、両説のいずれの要川も禰祉国家形成に呪尖的にはかかわるものである。ただその図の社会的、経済的、政治的状況など、またその時代によって、何が瓶要因となるか災なってくると忠われる。この論争は、七○年代~八○年代に展附されたものであり、今日では「社会経済的要因説」の「収赦説」は有効性を失っていると思われるが、新川、身「新政治経済学」、「椛刀資猟モデル」の立場にありながら、川橘への書評にみられるように、社会保障文川、高齢化などの分析の必要性を指摘している。とくに、日本の場合、少子・高齢化社会論、国民負担率の議論や政治状況、而瞭の役別などの状 治的要川説」と呼んでおく)によって歴附された。「社会経済的要因説」は、囮氏一人あたりのGDPやエネルギー洲凹岐でとらえられる経済発展水準、社会支出の水準、人口柵成などのデモグラフックな要因を唖祝し、柵祉国家は雌業化や経済成長に伴って必然的に発展するものであり、併阿の政冷経済は禰祉囚家という〃向に収敵していくものとする衿え方である。(これは前述した「]旨の」アプローチに該当する)
況に鑑みると、また、政治改革、行政改革などがとりあげられているだけに、より複雑になっていることからすると、
これらの要因を組み合わせた複眼的な視座をもつことが必要になってくると思われる。さらに、近年、ネオ・リベラル、ポスト・フォーディズム、ポスト・産業主義、ポスト・モダーンなどといわれ、パラダイムの転換などが活発に展捌されている。それは、社会の新しい「理想のタイプ」とか、禰祉レジームの「皿想のタイプ」を柵築することにむけられている。
かって、棉祉国家を建設する中心的な役割を果たしてきた社会民主主義も、今、イギリス労働党政椛のプレァ甘机(Ⅱ) が先頭に立って「第二一の道」を提唱している。「第三の道」の雄木的な考え方は、今世紀における社会民主主筏と自川主義の大きな二つの潮流から、伝統的なイ
デオロギーにとらわれない、左でも右でもない政簸を打ちⅢすということである。その政簸は社会比主主義政党も
「労働者の党」から「人々の党」に脱皮して、自川主義の市場原理、競争原理を蕊雛にしながら社会的な正義や公正、機会の均等、桶祉政莱の推進を行うことである。
このようなプレァ首机の提唱に対して、「保守政治の模倣」、「思想性に欠ける」、「従来の社会民主主義の路線をなぞっているにすぎない」といった批判があることが伝えられている。この「第三の道」の政治勢力は、各国の事情に
“よって異なるが、ドイツのシュレーダー政椛の誕生によって欧州迎合(EU)に加川する一hカ国の内一三カ国で政
一ZⅢ池椛を鵬ったり政椛に加わっている状況である。ただ、ドイツは、戦後、川西ドイツの時代から、資本主我でも社会飛 翔義でもない「第一この道」と呼んで、「社会的市場経済」の概念(市場での自山の原則と社会的衡平の原則の結合)を
1 祉川いて、独自の編祉国家を形成していた。すなわち、西・北欧の禰祉国家が、公平優先の理念Ⅱ行財政の中央染椛描造、ケインズ理論Ⅱ社会民主主義政党というパターンに対して、旧西ドイツは、効率と公平の洲終Ⅱ分権的述祁体制、この「第三の過」は社会民兆兆錠に雌づく編祉国家政策のオルナタティプの性格をもっているが、その背景説明に
は、次のような皿山があると考えられる。
ピァソンは、編祉国家政策が柵らいできた理山として、一つには、伝統的中間階級(とりわけ農業部門)の没落、あるいは伝統的労働者階級自体の弱体化、二つには、資本主義的景気術環を管理するための間接的な国家介入という
ケインズ主義的戦略が成功しなくなり、高率の課税、インフレーション、失業の埆大などを生み出したことである、と。そして、ピァソンは、アンデルセンを引用して、「社会民主主義の指導的な運動は、社会的市民権(すなわち棉祉国家政策)から経済的巾民権を追及する政策(すなわち自由主義的経済政策)の方向に英断をもって進路を変える 新自由主義の潮流に属する「社会的市場経済」Ⅱキリスト教政党という組み合わせをとるもので、ドイツ・モデルと(旧)も称されていた。とすると、新たに「第一二の道」に加わったのではなく、単に政権が社会民主党に変わったということである。しかも一九九八年九月の総選挙での政策は、与党だったキリスト教民主党、社会同馴と社会民主党のちがいはほとんどないといわれている。今は、大量失業に苦しむ、しかし、偏祉を削減するのでは、「社会的市場経済」がただの市場経済になってしまう。それは国民が望まない。編祉を削減しないで大量失業問題にどう対応するか、そ(肥)の政策に関心がよせられている、と。図によって、「第三の逆」にも迎いがあるにせよ、今、ヨーロッパでは大きな潮流になっている。しかし、この「第三の道」にも、プレァ首棚は、地球規模の巨大な市場、持続的な貧困と社会阻害、犯罪の蝋加、家庭崩駿、女性の役割の変化、技術と労働の革新、政治への広範な嫌悪感と民主的改革への深刻な要求、国際的な行動を必要とする環境や安全保障上の多くの課題に直面しており、これらの課題に対してまだ唯一の青写真があるわけではないと指摘している。
iWi1ll国家研究の諜鼬
ノエI ̄I (ずと 的そて強供しいHill 給てる力、-no。丘、
そしてピァソンはアンデルセンの経済間鼬を経済レベルだけで解決のつく問題として放置しておくかぎり補祉や集
合的供給に対する社会的責任を果たすことはできないといった主張を支持して、今、何よりも求められているのは、脱政治化ではなくて「再政治化」、すなわち、新たな福祉国家の合意形成に向けての幅広い政治勢力の結集だと結論 べき重大な岐路に立っている」、「社会民主主義運動は今まで、ただ国家にのみに担わせてきた福祉サービスの分配、脱商品化、社会連帯の維持といった役割については、国家の責任を軽減し、市場経済に肩代わりさせていかないかぎり、隔祉国家に対する反動を引き起こす危険性がある」、「社会民主主義は労働者階級の枠を越えた支持基雛をもつ必要がある」と指摘している。では、ピァソン、アンデルセンとも、福祉国家政策を完全に市場経済に肩代わりさせるのかといえば、そうではないようである。すなわち、幅広い階級を効果的に結集して、社会民主主義が国家権力をいかに便川するかにかかっている。完全雇用と福祉政策の実現を通じて労働の脱商品化を促すことは重要である。市場経済によって加えられる強制から働く音たちを守ることは、編祉国家の主要原則や、集産活吻の効率性を維持してい(Ⅳ) くために欠くことのできない腿礎となるからである、と。
これは一見矛盾しているようであるが、ピァソンは、いくつかの価域においては市場機能をできるだけ拡大する必要があるとはいえ、他の価域では市場に対するいっそう厳しい規制を必要としているとして、かってティトマスが主張した。「見知らぬ人々のニーズ」を満たすためには、特別な道徳的資質が要求されるため、そうした福祉サービス(咄)は匿名性が碓保される国家機能を通じたほうが効果的である、といった例をあげている。さらに、環境保護連動の「グローバルに考え、ローカルに行動する」という標語のように、国家レベル、超国家レベルでの意思決定の仕組みと強制力の拡張を求める一方で、地域にそくした公的制度にたよらない、脱集権的な意魁決定を求める述動の例をあ
「第一一一の道」は、「福祉国家」という言葉は川いられていないが、「社会民主主義か目川主義か」、「国家か市場か」といった対立の構図を「混合体制(ミックスとによって乗り越え、いわば「民主中道路線」(現代的な社会民主主義)を歩むことによって幅広いコンセンサスを得て、市場経済主義や個人の自立原則をふまえつつ、国家の役割を自由放征でもなく、介入型でもなく限定した上で、福祉・一雁川政策に厚みをつけていく政策を採用しようということである。
しかし、プレァ首扣自ら語っているように、そのまだ青写真が柵けていない状況である。以上のように、禰祉国家麺型論、編祉国家形成要因論争、そして、それらをふまえたピアソン、アンデルセンらの偏祉国家形成のコンセンサスを得るための社会民主主義と自由主義をミックスした混合体制による「再政治化」といった潮流を検討してみると、まさにプレァ首相の現実主義的政策として打ち出した「第三の道」も、この潮流にほぼ位置づけられるものである。しかし、この「第三の道」にも、「社会経済的要因」、「政治的要因」、コンセンサスによっては、社会民主主義モデル寄りの中道モデルと目山主義モデル寄りの中逆モデルも生じてくることが予測できる。かって、ミシュラ(幻四日ののゴ冨厨。『口・]の①○)は、(各編祉国家が雇用と福祉を関係づけてどのように変容しているかといった「動態論」に位置づけられるとして、哩橋、宮本によっても紹介されているが)、「社会民主コーポラティズムモデル」(スウェーデンとオーストリアの桶祉国家擁護)と「新保守主義モデル」(イギリスとアメリカにおける偏祉切り捨て)の二つのモデルを描き、そして、一一ユーモデルとしてカナダとオーストラリアをとりあげて分析を試みている。その分析にあたり、ミシュラは福祉国家政策のコア・エレメントとして、「完全一歴川政策」、「普遍主義的社会サービス」、「貧困と雅本的最低生活水準(ナショナルqミニマム)」をとりあげて、その政策がどのように行われて
いるかを明らかにしている。特にカナダは保守政権でありながら、これらの政策を擁護する社会民主コーポラティズ (旧)づけている。
幅111国家研究の課題 グンい鉛ツマるの
ビの。(11リ イ解職はlj決後、
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ム路線を取り入れ、逆にオーストラリアは労働党政椛でありながらニュー・ライトの政策をとり入れていることが明
らかにされ、いわばこうした「ねじれ」をニューモデルと称している。ミシュラは、こうした分析を通じて、編祉国家の危機以後、現代編杣資本主義の枠内で社会比主コーポラティズムが左の傾向を代表するとすれば、明らかに左ではなく右にシフトしたといえる。なぜそうでなければならないのかは、(、)現代政流学の亜饗問題であると述べている。
こうしてみると、「第三の道」にも、その同の事情によって、政策によっては「ねじれ」が生じ、いろいろなバリエーションがえがかれ、現在のように大きく変化している段階では「動態分析」が欠けている靴型論では整理がっか
ないのではないかと思われる。
今日、ヨーロッパ諸国の大部分は、人口柵造の変化、川人のライフスタイルの変化、旧際競争の激化などにより、
一万では、年金、ヘルスヶア、失業保険給付、その他の社会サービスの需要を高め、他方では、国家を中心とした供
給の側は、サービス拡大に対する税金や凹川負担噸への市民の反発の高まり、といったジレンマに此皿して直川して
いる。戦後三○年の輝かしい〃桶祉オプティシズム“は、今や”幅祉ペシミズム“にとって代わっている。このジレ
ンマの解決に向けた理論レベルとプラクティカルなポリシーレベルのオルタナティプが求められているとテイラー。
プレァ両相の「第三の道」も、先述の「地球規模の巨大な市場、持続的な貧困と社会阻害・…・・」といった数多い課 むすびにかえてl福祉国家研究の課題 では、こうした状況の中での禰祉国家研究は、いかにあるべきであろうか、それが人きな課題となってくる。
自然システム (エコシステム)
経済システム (市場部門)
M〆
政治システム
(公的部門)
へG
 ̄社会システムー
((ンフオテマル”
秩序原pH 市場システムによる 秩序均衡と最適化 民主主義による秩序
と均衡
相互性と社会的統合 による秩序と均衡 繰り返しゲームによ るナッシュ均衡と最 適化
社会のシステムの11iiXji M経済システム
企業、自営業、その他の営利的事業 G政治システム
国、121治体、その他の公的機関
F社会システム
家庭、近隣、その他の非営利組織
出典:丸尾直美誉「市場指向の|耐11改革」、[]本経済新611社、1996架 235頁
図1福祉ミックス論の概念
lMIllln家研究の課Mlil
こうした状況の中では、あらためて理論レベル、プラクティカルな政莱レベルの両面から、各国の実情に川して、
将来的な目標や具体的な政策・戦略を描築していくことが求められていると魁われる。
とくに、班論レベルでは、先述のピァソンの旧のテーゼは、これまでの桐祉囮家研究の理論的な研究のイシューを多く含んでおり、それぞれのテーゼが各川においていかなる打効性をもっているのか、その検証を試みる必要がある
と忠われる。グールドは、このピアソンの皿のテーゼを川いて、日本、スウェーデン、イギリスについて検証を試み
て、.刀での国際資本主義のダイナミズムと、他力での人口動態の変化のために、福祉制度の川に同一傾向への収 (鯉)上」」と概念づけている。 題に直耐し、その「青写真」を求めている。
u本でも、こうしたヨーロッパ諸国とほぼ此辺した課題に直面し、経済改革、政治改革、行政改並、社会保障柵造
改妓、社会桶祉雄礎柵造改並といった、根本的な再検討が進められている。とくに「桶祉改革」では、「桶祉ミックス論」が一つの潮流になってきている、この代表的な論行である九足直英は、第1図を示して、「従来の桶祉国家論がG(公)とM(氏)とのミックス論だったのに対し、隔祉ミックス論で
は、公的部門が課題になることによって生ずる問題を緩和するために、企業の民間活力と、非営利紺織、家族、ボラ
ンティア、本人の能力と自助努力をも活川して、G、M、F(インフォーマル部門)の最適組み合わせを災現するこ
ることになると思われる。 この「棉祉ミックス論」も一価の「第一一一の道」ともいえるが、G、M、Fの組み合わせ方やアクセントの置き方によってもバリエーションが生じてくる。
つまり、ある政策では社会民主主義モデル寄り、別の政策では自由主筏モデル寄りといった「ねじれ」が生じてく
束が生起している。三国の禰祉制度の間には頬似していない点があるが、一九七○年に比べて類似性の拡大がみられ
る。各国は、ポスト・フォーディズム型資本主義の要件に同調する編祉多元主義の性格を帯びてきている。あるいは(幻)その方向へ進んでいる」と、指捕している。ただこの検証は、九○年代初めの時点であり、その後、各国とも大きく
変化してきている。その変化にたいして、ピァソンの、のテーゼでは、カバーできない問題もあり、とりわけプラク
ティカルな政簸レベルの視点も必要になってくる。
この点、ハンガリーのフェルゲ(いいご団司の『ぬの)は、「ソーシャル・ポリシーのシステムに関するパラダイムの変化1こつの理念型の離水的特徴」と題して、セルポンや多くの文献をサーベイした上で、第6表l~5のような二○世紀の旧パラダイムと産業主義後あるいはモダニズム後の新しいパラダイムの特徴を整理して比較表を提示している。
この二つのパラダイムは、どこの国でも完全に実現されたことがない社会の理念型を示したものである。二○世紀の旧パラダイムは、国家、市場、市民社会の失敗を是正して、一つのロジックが支配したりしないようにコントロール
するもので「社会市場経済」、「社会国家」、「福祉国家」を志向するものである。新しいパラダイムは、ネオリベラル、ポストフォーデイズム、ポスト産業主義あるいはポストモダニズムを志向しているものである。この二つのパラダイ
ムは、従来の「社会民主主義モデル」と「自由主義モデル」と共迦した面をもっているが、さらに九○年代の動向をふまえて、より具体的な特徴を浮き彫りにしようとしている。
そこでフェルゲは、グローバルレベル、国家レベル、主要な目的、国家レベルでの支配的な制度と実行の原川、ソー
シャルポリシーの手段(ごい(『ロョ目厨)、サービス供給レベルといったパートごとに、その主要な特徴が把鵬できる(別)よう』は枠組みを術築している。この全体的な枠組は、理論レベルのものもふくまれているが、プラクティカルな政策レベルに重点がおかれている。
編祉国家研究の課題
ソーシャルポリシーのシステムに関するパラダイムの変化:2つの理念型 の基本的特徴
第6表-1社会国家の転換のためのグローバルプロジェクト:主要な目的 20111妃のIDパラダイム産業主義後あるいはモダニ 近代“ヨーロピアン.,ドI会ズム後の新しいパラダイム 国家
ソーシャルプロジェク トのトピックス
社会再生へのアプロー チ
ある11,1度までの社会iliLlH (人賊、物質、制度、|H1係)
に対する災団責任の同恵一 (111代''11、グループ内、グ ループ1111などの)真の、あ るいは強ルリされノニ様々な形 の辿柵によって。
経済的均衡
マーケットによる不適切な カバーに対して、パブリッ クコンセンサスによる合匝 されたニーズの少なくとも 部分的な充足
統合された社会(分1M'1や脱 退の減少に努力)、社会付i 笑を減らし、内的な#12会平 1(Ⅱ(Mイノノ)を確保する社会 的結合(socialcollesion)
社会再生に対する個人的責 任、集団11t([やグループ、
世代1111の述柵へのlリ}白な拒 絶
社会不平等 経済成長
生産性と経済効率の哨大
社会のクオリティ 社会統合に対し、特別な関
心がない("社会というよ うなものはない")
国内的、11J際的競争
(tD
a.このサマリーテープルはEurope(lnSchoolonhistoricalandCom,)amliveSociologi、
第6表-2国家レベルの支配的な制度と運営の原1111 新パラダイム
|Hパラダイム
支配的なIill度 マーケット、図、市民社会マーケットと(luasi(i((1) マーケット
国際的コーポレイション と超国家エージェンシー
支配的な経済的合H1!{(|:実質的でフォーマル フォーマル
サブシステム|H1の|H1係結果、機能、論jql1、あるい は“実質的な合Hl1M:”に関 する限り、比較的サブシス テムのf1主性
(経済、文化、法、ソーシャ ルポリシーなど)
経済とそのフォーマルな合 EI11ll;の支配
(生活世界とあらゆるサブ システムのIi1jljGjlu化)
正義と社会的平等
・社会的不平等の縮小
・迎緋
111人のl÷11'1(選択する目''1)
・競争
・現在、そして将来の保障 に対する個人の|:]主性と 責任
・股小Nil度の公的手段によ る生存の保障
ソーシャルポリシーの
)蹴りをなすIlli値
・111人、および集団的レベ ルの絶対的、相対的生活 保隙
ilWilL国家研究のnlll題
第6表-3ソーシャルポリシーの手段(insutrumonts)の変化
旧パラダイム 新パラダイム
手段 普遍的給付
・社会保障と社会保険(公 的扶助も含まれる)
・社会保険の中の“社会資 産”
・社会契約
・団体交渉
保険:
・雌低レベルの公的保険
・民|H1保険の奨励 公的、私的扶助
・氏|M1チャリティの奨励
・ビジネス契約
シティズンシップ、iii市民的、政治的、社会的、
利経済的、文化的等の権利を 結合する社会的シティズン シップ
.強い社会権(訴える権利 を伴う)
・マーケットの契約と生存 樅の少なくとも部分的な 区別
("decommodeficatioll,')
・人11Mの]W[厳の権利の強調
(たとえヘルプが必要な 時でも)
市民的、政治的すなわち
“1111種的”なlhi利の強調
[|に見えて、発言力を得 ようとする“少数派”
(女性、ホモセクシュア ル、隙害者など)のため のTIi民的、政端的椛利の 承認
弱者の、あるいは争うた めの社会的権利、IMi入す る権利の強調
第6表-4サービス供給レベルでの変化
旧パラダイム 新パラダイム
国家の役割 社会変化の“マネジメント,,
(変化の手段としてのソー シャルポリシーを含む)
合.腫されたニードのマジョ リティーのファイナンシン グ
社会樅についての立法と保 障
サービスの生産と配達
編祉多元主義の“マネジメ
ント,,
編IILセクターへの残余的な ファイナンシング
国家の官似制度 社会迦勤、市民社会 野|M1家(諸科学の代表者)
と知識人
国内、国外の官僚と灘''1技 術者(マネジャー)
ソーシャルポリシー・
システムを形成する主 要なエージェント
T1j民(住民)“真に困っている'1そして 被保険者受けるに値する個人、また 恵まれないグループ、家族、’よ家族
個人目にみえて新しいニードを 表現している“少数派,
(移住者、麻薬常習者、ホ モセクシュアルなど)
能力のある生産労働者 ソーシャルポリシーの
ターゲットグループ
国-広い範DII 家族一多様化
非営利セクター、ポランタ リー・エージェンシー-
多様化
マーケットー周辺的 サービスデリバリーの
主なエージェント
マーケットと準マーケット ー支配的
家族とNGOセクター-
奨励
国一最少限度
メディアー役割は大きく なる
幅ilIl画家研究の訓1題
第6表-5グローバルなレベルでの結果("クローバライゼーション.)
新パラダイム
Ⅱ]パラダイム グローバルレベルでの様々なトリハパを識『11させる努 利11t交渉力
1,際的(グローバル)iaf本、
利lMiの優位("国際的国家”
と“凶際的ilj民ネIら会”は弱 い)
地域や国家|M1の様々な 経済ノノの関係
国家1111の経済格差を縮小す る努力(必ずしも成功する とはlMlらない)
いくつかのケース(束アジ ア)での「l発的な.`追い上 げ,,:
地域と1m、Iln火と)Al辺'111の 発展柘錐の増大
IEI家'111の力関係 対等の凶際IHI係を確立する 努力
国家の'11対的ニヒ体性を保つ 努力
超国家的政治ユニオンと (エコノミック)エージェ ンシーの力と影響のjlI1大、
国家の主体性の弱体化 (1)リIl8Zsl】zsaFerge,㈲TheChangcdWelIarel>aradigm:TheIIl(livi〔lualisaIionofthe
SociaI',,SocjMPbliCy&八."li"islPn(io'1.Vol、31.No.1,Marchl997
それだけに「オルタナティプ」とか「パラダイムの転
換」といった大きく変化している時期の勅態分析の枠 組としては、桶祉国家類型論よりは有効であると思わ
れる。
この二つのパラダイムは、あくまでも理念型である。
したがって、各国ともプラクティカルな政策レベルでは、社会的、経済的、政治的状況によって、一つのパラダイムにすべてコミットする回はむしろ少ないのではないかと思われる。「第三の道」にせよ、「偏祉ミッ
クス論」にせよ、この二つのパラダイムもミックスを志向していると思われるが、どちらにより多くコミットするかによって、その国の方向づけや特徴が浮かび上がってくると思われる。今後の桐祉国家研究は、こうした国際的視野をもっ た分折の視点によって、理論とプラクティカルな政策 を構築し二一世紀を股望した桶祉のコンセンサスづく
りを行うことが敢要であると思われる。現在、わが国では、社会保障構造改蛾、社会編祉於
礎柵造改革などの諸改革が進行中であり、フェルゲの二つのパラダイムでは、どの方向を志向しているのか、それはどんな特徴をもち、国際的にはどこに位世づけられるのか具体的に検証していく必要がある。こうしたことが今後の
研究課題であると岨われる。
〔派〕(1)勺の一の『曰口竜一。『,○○○ヶ臣。.、両ロ『○℃の口コミの一〔口『⑮句ロ【口『⑮m叩司ゴの『一の芝⑫o「【の望旨ロロのロ[一回一いごの貝ロロ『○つの“。○○口。可】の②○.口六の一罠oのくの一○ロョのロ【いごの。、一口]で○一一。『.・い○3口』再)((Q伸迺巨冒苛冴(『貝ご軸・ぐ。]巴・Z。』・三四『、。$①『四口、ラミの二・p⑭.(2)、ゴュ⑩(。ロゴの「勺一の『⑭。。:mQo目&甸鳶(『口「③②(日日自首シ一§刀)胃§』両8菖・『ミミミ、(『ロ『旬・で。-ご勺司のいい.sの』・ロロ・扇I』S・田中浩・神谷直樹訳『曲がり灯にきた編祉国家1編杣の新政治経済学」未来社、一九九六年、ロロ・ぢ,Sm,(3)弓】(ヨロい・幻・三・いCaロ(市)○へ局ピ・FCaC。シ一一の。:ロロコニ「一コ.』ヨム・ロロ・巴‐巴・三友雅夫監訳『社会福祉政策』、但尼社厚生間、’九八一年、ロロ・日‐巴.(4)勺】の「⑪○コ.。b・◎】(・ロ・局切・前掲訳普ロ・農、。(5)窟木太郎、「比較偏祉国家の理論と現実」、岡沢魑芙、宮本太郎編『比皎編祉旧家論』、法律文化社、一九九七年、□・扇・閃⑫ロヨ、‐ジゴロの「いの。.○『意ゴミ⑤一ミミ巨偽ミミミロョ⑤05鷺§。討・勺・一旨で『のいい.】の①Pロロ・画の‐巴.(6)ロのす。『:筥一[ロゴの一}・汀8ョのゴ目⑫(q切昏口§弓甸(ヘロョ甸吻目⑮駒・少ぐのgq・]の巴・哩偶孝文他共訳『柵祉川家の国際比較研究lLlS川力凶の税・社会保障移転システム』、啓文社、一九九三年、ロロ・目の‐&『。(7)叫橘雅文杵『現代柵祉脚家の囚際比較l川本モデルの位趾づけと展望」、川本評論社、一九九七年、ロロ・」ミーら、.(8)析川敏光併評「柵祉国家研究の折たな地平1埋柵不文粋『現代柵祉国家の国際比校』、「海外社会熈脇川郷『皿v証会係隊・人口間脳研究所、z・]圏・の目】ョの「己の⑪.p臣の.(9) (皿) 人口間脳研究所、z・届皿隅、前掲苫、己・【、宮本前掲論文、pg
桐祉国家研究の課題
(M)プレァ災首相寄稿「第三の道とは」、朝日新聞、一九九八年九月二一日付(旧)山田誠著『ドイツ型福祉国家の発展と変容」、ミネルヴァ書房、一九九六年bb・】‐局・(肥)ドイツの総選挙の結果を報道した朝日新聞一九九八年九月二九日付記事による。(Ⅳ)国の「⑪。Pop・9戸ロpgmIいg、前掲訳書・ロ.②mmI②g・(旧)弓一[ヨロ⑫②.”・頁・冨、。旨宛§』ご毬きせ.シ一一のゴ陣口コミご』の『Pロロ・巴⑬‐巴の。(川)国の『の○.6pQ(ロロ・巴『‐巴⑪、前掲訳普bb・心8-ムヨ・(卯)幻日ョのいす冨一のロ『口・『蒜⑤亘g一口『輔の←貝。旨◎口甘B』時』め○○碕曾餌口『ぐのい【の『ヨ8厨ロ8「・BCP拙稿論文「イギリスにおける社会政簸・社会行政論研究の展開l福祉国家の危機後の展開I(2)」、「社会労働肌究』法政大学社会学部学会、第鋤巻、第1号、一九九二年で木諜の紹介をしている。(Ⅲ)『、巨一。「・○。○す『・○ロ.。-【・ロロ』-⑬(犯)丸尾直美箸「市場指向の禰祉改革」、日本経済新聞社、一九九六年、8.9m‐困司・(羽)シ『Sご『○・口一・・○Q菖巳時こぐ&(ご侭のビ鷺§局‐出OS§38苫&」g§・ロゴ貫討§aい&a§・炉○コ的ヨロゴSg、高島巡他共訳「福祉国家はどこへいくのかl日本・イギリス・スウェーデン」、ミネルヴァ書房、一九九七年、己.⑭色・(汎)い⑫ロ湯口句の『ぬの・・・『すの○ロppmのQ三の一「口『の勺煙「回・-mョ皿弓。の旨□一ぐ区ロ四一一8二○コ。『岳ののoQm-ご・い○&巳勾)((Q念』&昌曰員②へ日,豆○再・ごo一m』・Z。」・巨句「○ず骨①①『 (旧)宮本前掲論、ロロ.⑭『⑭1s②この詳細な論文は、「柵祉囚家の形成と噸型l比較桶祉国家研究序説」「法学新報』中央大学法学会第妬巻第n.旧号、 (Ⅱ)新川前掲書評、口・]g(Ⅲ)宮本論文、「福祉国家 九八九年がある。 宮本論文、「福祉国一研究所、□ご・s⑭‐②三・ 「福祉国家レジームと労働戦略13つの軌跡」、「季刊社会保障研究』、ぐ。届『・Z・心・のb『一局この瞳、社会保障