Instructions for use Title 『大方広仏華厳経感応伝』訳注 Author(s) 諏訪, 隆茂 Citation インド哲学仏教学論集, 1, 48-87 Issue Date 2012-03-25 DOI 10.14943/hjiphb.1.48
Doc URL http://hdl.handle.net/2115/62108
Type bulletin (article)
一︑脚注は書き 下 し文 中の該当語の最後に付けた︒ 一︑書き 下 し 文は︑現代仮名遣いにより︑新字体を用いた︒
﹃大方広仏華厳経感応伝﹄訳注
諏
訪
隆
茂
凡 例 一︑幽貞編﹃大方広仏華厳経感 応 伝 ﹄については未だ 国訳 がな さ れ てお らず ︑今回 ︑ 一応 の試訳を 提 示 する ︒ 一︑ 本書は唐の建中 四 年 ︵ 六九○︶ に成ったとされ︑ 最 初法 蔵 の弟子︑ 恵英が二巻として集成したものを後に胡幽貞が一巻に まと めたと いう︒ 一︑本書の内容は︑ ﹃ 華 厳 経﹄ ︑およびその信仰 に関する霊 験 譚で あり︑ ﹁ 感 応 ﹂の具体的 な現 象 として﹃華厳経 ﹄ 信仰におけ るさまざまな逸話を知 るこ とができる︒ 一︑ 本書のテキストは ﹃大正新 脩大蔵経﹄ 第 五十一巻所収テキストを 依 用する︒ その際︑ テキストの提示は︑ 底 本に準ずるた めできる限 り 旧字体 で 表 記 し︑適 宜 ︑句点を 補った︒テ キ ストの文 字を改 め る 場 合は 脚注 の 中 でいち い ち注記する ︒ ま た ︑ 各頁 の テ キス ト の 末 尾 に ﹃大 正 蔵 ﹄の頁 数 ︑ 段︑ 行数 を示 し た ︒ 例︵ p. 589 , a3 ︶は 五八九頁︑a 段︑三 行目 を示す ︵上段 はa︑中 段はb︑下 段 はcと表記する︶ ︒一︑経文・説の引用文︑言説部分には鍵括弧﹁ ﹂を付けて示し︑語句を補うときは丸括弧︵ ︶を用いた︒ 訳 注 ︻テキスト︼ p.173 , b5-2 3 此 傳 本花嚴疏主藏公門徒僧惠英︒集為 上下 兩卷︒ 今 予鄙 其事 外浮 詞 蕪 於 祥 感 ︒ 乃筆削以 為一卷︒ 俾有見聞於茲祕乘︒生 難遭想 ︒ 各 勉 受持︒ 西域無著菩薩弟 天 親 ︒少習内氏︒長 通五 部︒ 初業小乘 ︒造小乘論五 百部︒無著愍其聰頴 未發 大 心 ︒ 深 媚小 法非議大 教︒ 遂方 便示疾︒ 使人呼而誘進之︒為其 廣説病之因業︒天 親 遂以 兄之受持維摩 法華 涅槃華嚴等 經 ︒抗 聲轉誦︒ 無著凝聽︒且 憙且 悲︒天 親 覽 經數辰︒ 方獲信悟︒深敬華嚴一乘︒是諸 佛 境 界︒遂捨 小師大︒深自 悔咎︒欲以 利 刀斷 舌為謝 前 過︒ 無著誡 之 曰︒ 向以 汝 口 激揚權 教 ︒ 毀 斥真乘︒ 今還以 汝 口︒讚美真乘 ︒自滅深累︒何 斷 舌為︒ 天親 於 是 入 山 ︒ 受 持 花 嚴 ︒ 後 造十地 論 ︒ 有 所 不通︒ 來 問無著︒ 無著未通︒昇知足天︒請 訣 慈氏︒論纔 絶 筆︒地 大 震動 ︒論放光明︒照數 百 里︒ 舉國慶 異 ︒廣如無著傳中 説 ︒ ︻書き下 し︼ 此 の 伝 は ︑本 と 花 厳 の 疏 主 蔵 公 門 徒 の 僧 ︑ 恵 英 集 め て 上 下 両 巻 と 為 す ︒今 予 ︑ 鄙 を 其 の 事 の 外 に 浮 か し め ︑詞 を 祥 感 に 蕪 らくす︒ 乃ち筆削して以て一巻と為す︒ 茲の秘乗を見聞するこ と有りて︑ 難 遭の 想い を生じ︑ 各おの勉め て 受 持 せ し め ん ︒ 西域の無著菩薩の 弟︑ 天 親 は︑ 少くして内氏 を習い︑ 長じて 五 部に通 ず ︒ 初 め に︑ 小 乗 を 業とし︑ 小乗論 五 百部 を造 る︒ 無 著は 其れ聡頴 なるも︑ 未だ発大 心せ ざるを愍れむ︒ 深 く小法に 媚び︑ 大 教を議す るに非 ず ︑ 遂 に方 便をして 疾を示す︒ 人 をし
て 呼 び︑ 之を誘進せ し め ︑ 其の 為に 病の因 業を広 説す︒天 親︑ 遂に 兄 の ﹃維 摩﹄ ﹃法 華﹄ ﹃涅 槃﹄ ﹃華厳﹄ 等の経を 受 持 するを 以て 抗声し転 誦す︒ 無 著は 聴を 凝 らし ︑ 且つは憙び ︑ 且つは悲 しむ ︒ 天 親 は 経を覧ずる こ と 数 辰にし て ︑ 方 に信悟を 獲︑ 深く 一乗を敬う︒是 れ 諸仏の境界なり︒遂 に 小を捨て ︑大 に師す ︒ 深く自ら悔い 咎む︒利 刀 を 以て舌を断ち︑前の過 を謝 す る こ と を為さんと欲す︒ 無著は之を誡め て曰 く ﹁向には 汝の口 を 以て権教を激揚 し ︑ 真 乗 を 毀斥せ り ︒ 今 ︑ 還 た 汝 の口 を以 て真乗を讃 美 せり︒自ら︑深累を 滅 す︒ 何 ぞ 舌を断ずる や ﹂と ︒為 に 天 親 は是 に 於いて入 山し ︑ ﹃ 花厳 ﹄を 受持し ︑ 後に﹃十 地論 ﹄を造る︒通ぜざる所有 ら ば ︑ 来たりて無著に問う ︒ 無著も未だ通ぜざれば︑知足天 ﹃華厳﹄ ⼀ に昇 り て 訣を慈氏に請う︒論ずる こと纔かにして筆を 絶 し︑ 地 大 いに震動す︒ 論は光明を放ち︑ 数百里を照らす︒ 国 を 挙げて異を 慶 ぶ︒ 広くは無著の伝中に説 かるる が 如し ︒ ⼀ ﹁ 知 足 天 ﹂兜 卒天の こと ︻テキスト︼ p.173 , b24-c1 2 魏朝并洲僧 靈 辨︒童子 出家︒ 精 心 佛 乘︒專以 花嚴 為業︒時 未有疏論︒毎 思 玄 旨請益 無 所︒ 於是嚴飾道 場 ︒頂 戴華嚴︒晝夜行道 六年︒有 餘歩歩流 血︒哀請 文殊加被︒誓通奧典︒克誠 無替︒ 忽 於一 夜︒感 見童 真 ︒及明朗 悟華嚴 法 界七 處九會 ︒ 即入 微定︒咬 若當 時︒猶歴目覩 耳聽心領︒昔所未了︒今無不 通 ︒遂於彼 洲 西縣 兄山中 ︒ 造 華 嚴 論 一百 卷︒ 東晉 沙門支法領︒ 幼年出家︒ 心 行精志︒ 悲嘆 能仁滅後正教淩替︒乃往西天詢求聖典︒行 至于 闐 ︒ 忽遇 西來 三 藏 一乘法 主 佛 馱跋 陀 羅︒ 此云覺賢︒釋迦 種 姓甘露飯王之裔孫也︒ 是大 乘三果 人 ︒即 當第 三 地 菩 薩 ︒ 將 華嚴 梵 本三萬 六 千餘偈來 ︒若於經 中有所不 通︒即
昇兜率 ︒ 請問彌 勒 世尊︒法 領哀請三藏慈降 震旦流 通 華 嚴︒依請而來京師安 置︒行坐不 與凡同︒或於窓牖 間︒出入無礙︒同住諸僧︒悉 皆驚 異︒ 咸謂 之 魔 ︒ ︻書き下 し︼ 魏朝并洲の僧霊辨は童子にして 出 家す︒ 心 を仏乗に精しくし︑ 専 ら ﹃ 花厳﹄ を 以て業と為す︒ 時 に未だ疏の論有ら ず︒ 毎 に 玄旨 を思い︑益 を 請 う こ と 所無し︒ 是に 於いて 道 場 を厳飾し︑ ﹃華厳﹄を頂戴す︒昼 夜に行道す る こ と 六 年 なり︒歩歩に 流血 する こと 余り 有り ︒ 文 殊の 加被を 哀 れみ 請う ︒ 奥 典に 通ずる こ とを 誓い ︑ 誠を 克 し て 替わる こ と 無 し ︒ 忽ち 一夜 に於 いて童真 を 感 見 す ︒ 明 朗に ﹃華 厳﹄の法界 ︑ 七処 九会を悟る に及び︑即ち微定に入る︒咬若 ⼀ の当 時︑猶お 歴し て目覩 す る が ごと し ︒ 耳に聞いて心に領す︒ 昔未だ了せざる所︑今は通ぜざる こ と無 し︒遂に彼の洲 の 西縣 兄山 中に於いて︑ ﹃華厳論﹄ 一 百 巻 を造 る︒ 東晋の沙門支法 領︑ 幼 年に出家す︒ 心行は志を精しくし︑ 能仁 の滅後︑ 正教の凌替するを悲嘆 す︒ 乃ち︑ 西 天に往き︑ 聖 典 を詢求 し て︑ 行きて 于 闐に至 る ︒ 忽 ち西 来の三蔵一乗の 法 主仏 駄跋陀羅に遇う︒ 此 こ に覚賢と云う︒ 釈 迦の種姓にして甘露飯 王の裔孫な り ︒是れは 大乗の三果人 ︑即ち当 に 第 三地 の 菩 薩なるべ し︒ ﹃華厳﹄ の梵本三万 六 千餘の偈 を将いて来 る ︒若し経 中 に 於いて通ぜざる所有らば︑ 即ち兜 率 に昇りて弥勒世尊に請 問す︒ 法 領は三蔵の慈が震旦に降りて華厳を流 通 せんことを 哀 請す︒ 請 に依りて京師に来たりて安 置す︒ 行 坐 す る こ と凡と同じからず ︒ 或 いは︑ 窓 冽の間を無礙に出入し︑ 同 住の諸僧は 悉 く皆 驚 異 す︒咸く之を魔と 謂う︒ ⼀ ﹁咬 若﹂ 未検 ︒
︻テキスト︼ p.173 , c1 2-29 衆僧遂問三藏曰︒法師得 過人 法 耶 ︒ 三 藏對 曰 ︒ 吾 今 已得 ︒ 諸 師乃 集京 城僧衆︒作法羯磨 ︒而欲擯棄 ︒而三藏遂攝衣 鉢昇空︒現 諸 神變騰身 ︒坐 飛 南 往 揚 洲︒如鳥 翔 空 ︒舉僧愕悔︒不可復 追 ︒以義 熙十四年 三月十四日︒於建業謝司空 寺︒造護淨法 堂︒ 翻譯華嚴︒ 當 譯經時︒堂 前 忽然 化出一池︒毎 日旦有二青衣 ︒從池而出 ︒ 於經 堂 中 ︒洒掃研 墨給侍︒際 暮 還宿池中 ︒ 相 傳釋云︒ 此經久 在龍宮︒龍王慶 此 翻譯故︒ 乃躬 自給侍耳︒後 因改此 寺 為 興 嚴 寺︒同翻 譯 沙 門 惠業惠 嚴 惠觀等︒從三藏 筆 授 ︒ 呉 郡太守孟顗︒ 右衛 將軍 猪叔 度等 為檀越︒至元熙二年六 月十 日譯畢︒後至大宗永初 二年十二月二十日︒ 與梵本再校勘已︒宋主請求那跋陀羅三藏 講此 經 ︒ 三 藏 恨 以 方 音 未 通 ︒不 盡經 旨 ︒ 乃 入 道 場 請念觀音︒未盈七日︒遂 夢易漢首於梵 頭︒因即洞解秦言︒時 號換頭三藏是也 ︻書き下 し︼ 衆僧は遂に三蔵 に 問いて曰 く ﹁ 法師は過 人の 法を 得や ﹂ と ︒ 三 蔵は対えて曰く ﹁ 吾︑ 今已に 得 つ﹂ と︒ 諸師は乃ち京城に僧 衆を 集 め ︑ 羯 磨を作法 して︑ 擯 ⼀ 棄せんと欲す︒ 而 して三蔵は遂に衣 鉢 を摂 め て空に昇る︒ 諸の神変を現じ身を騰す︒ 坐して︑ 南へ飛び︑ 揚 洲に往く︒ 鳥の空を翔るが如し︒ 僧 を挙げて︑ 愕 悔し︑ 復 た追うべからず︒ 義 熙十四年三月十四日を以て︑ 建業 の謝司 空 寺に 護浄 法堂を造 る︒ ﹃華厳 ﹄ を 翻 訳し︑ 当 に経を訳す べ き 時 ︑ 堂 前に忽 然 と一池を 化出す︒毎 日 ︑ 旦に二の 青 衣有 り︒ 池従り出 づ︒ 経堂中に於いて︑ 洒掃し︑ 墨を研ぎ 給侍す︒ 際暮に還り︑ 池中に宿す︒ 相伝の釈に云わく ﹁此の経は久 しく 龍宮に在り ︒ 龍王此を 慶び ︑翻 訳する が故に︑乃ち ︑ 躬 自 ら給 侍するのみ﹂と︒後に因りて 此 の寺 を改 めて興厳寺 と 為す︒ 同じく 翻 訳 の 沙門恵 業 ︑恵厳︑ 恵 観 等 は ︑ 三 蔵に 従い 筆 授 す ︒ 呉 ⼆ 郡太守孟顗︑ 右衛将軍 猪叔度等︑ 檀越と為る︒元 熙二 年 六月十日に至り訳し畢る ︒ 後︑ 大宗永初 二年十二月二十日に至り ︑ 梵 本と 再校勘し已わる ︒ 宋主は那跋陀羅三蔵の此 の 経を 講
ずるこ とを 請 求す︒ 三 蔵は方音未だ通ぜざるを以て︑ 経旨を尽 くさざるを 恨む︒ 乃 ち道 場に入りて観音を 請念す︒ 未だ七日を 盈ぜずして︑遂に 漢首を梵頭に易えるを夢みる︒因 り て︑ 即ち秦の 言を洞解 す︒時に換 頭 三蔵と 号 する は是れな り ︒ ⼀ ﹃大正蔵 ﹄の 対校記に 従い﹁ 檳 ﹂の 字を﹁ 擯 ﹂とする ︒ ⼆ ﹃大正蔵 ﹄の 対校記に 従い﹁ 昊 ﹂の 字を﹁ 呉 ﹂とする ︒ ︻テキスト︼ p.173 , c2 9-p .1 74, a22 佛馱 跋陀羅三藏︒初 至 關 中 ︒問鳩摩羅什法師曰︒ 汝所譯經論云 何︒ 什曰︒ 法 華維摩等 經︒中 十二門等論︒三藏曰︒如 君 所譯︒未出人度外︒ 何足廣置 大 名 ︒時 關中 盛稱 三藏︒ 為 大 論 師︒ 他日秦主姚興︒請三藏於東宮持論︒座 下 學 士三千 餘 人︒釋有生肇融叡等︒儒謝 靈 運 費 長房 等 ︒ 皆莫 敢 舉 問︒ 什公 乃抗 聲問曰 ︒ 君以 云何 為 正 見 ︒ 三藏曰︒謂見 一切法 空 ︒什 曰︒既 空何 所見 ︒對 曰︒見 空 可 非 無見 ︒什 曰︒空可見 否︒三藏曰︒空 不 可見︒ 什又問︒ 君 以云 何破 色空︒三藏曰︒色無自體︒聚衆微以成色︒折色 至微︒所以色空︒什 曰︒君 以折色至微令色空︒ 當云 何復破極微空︒三藏曰︒衆人皆以方分︒ 分之明極微空︒吾意不然︒什 曰 ︒於意云何 ︒三 藏曰︒由 一微故有衆微︒由 衆微故有一微︒ 微無 自性︒何折之有 ︒ 什公聞此 ︒茫然不 知是 何言 説︒ 遂 不 復問 ︒時 衆 皆 莫 達 三 藏 一 乘 深 旨︒又宗 輔什公乃謂︒三藏無答︒於是休論︒三 藏歸院已︒生肇寶雲等︒又詣問欲決前 義 云︒ 什公未曉 所談︒三藏曰︒ 此 義難了︒吾言 甚 易︒ 什自 燕耳︒ 什 後 又自 問 亦如 前︒ 答終 莫 之 究︒
︻書き下 し︼ 仏 駄 跋 陀 羅 三 蔵は ︑ 初 め関 中に 至り 鳩 摩 羅什法 師 に 問 いて 曰く ﹁汝 の訳 す所 の 経 論は云何 ﹂ と ︒ 什 曰く ﹁ ﹃ 法 華﹄ ﹃ 維 摩 ﹄ 等 の 経 ︑﹃ 中﹄ ﹃十 二門﹄等の論な り ﹂ と ︒ 三 蔵曰く ﹁ 君 の訳 す所 は︑ 未だ人度 の外 に出ざる が如し ︒ 何ぞ広く 大なる 名 を 置 く に 足るや﹂ と ︒ 時に関 中 ︑ 盛 んに三蔵を 称 し︑ 大論師と為す︒ 他日︑ 秦の主姚興は三蔵に東宮にて持論するを 請う︒ 座 下の学士 三千 余 人 なり︒ 釈 に︑ 生︑ 肇︑ 融︑ 叡等 有り︒ 儒 は謝 霊運︑ 費 長房等 な り︒ 皆︑ 敢えて 挙 げて問うこ と 莫し︒ 什公 乃 ち抗声 し て問いて曰く ﹁君 ︑ 云 何なる か を 以て正見と為すや﹂ と ︒ 三蔵の曰 く ﹁ 一切法は空なるを見るを 謂 う﹂ と ︒ 什 曰 く ﹁ 既に空な れば ︑ 何 れか見る所な らん﹂ と ︒ 対 えて曰く ﹁ 空 を見ること は ︑ 見 る こ と無きにあ ら ざるべし﹂ と ︒ 什 曰く ﹁ 空 は見るべき や 否 や ﹂と ︒三 蔵 曰 く﹁ 空 は 見 る べ か ら ず ﹂と ︒什 又 ︑問 う ﹁ 君 ︑云 何 な る か を 以 て 色 の 空 を 破 す や ﹂と ︒三 蔵 曰 く﹁ 色 は 自 体 無く 衆微を 聚 めて以て色と 成す︒ 色 を折し て 微に 至る ︒ 所 以に色は空な り﹂ と ︒ 什 曰 く ﹁ 君 は 折 色 を 以 て微に 至 り ︑ 色を 空な ら し む︒ 当に云 何 が 復 た極 微の空 を 破す べきや ﹂ と︒ 三 蔵 曰 く ﹁衆 人皆方 を 以 て 分つ︒ 之 を分 ちて極 微 の空 を明かす︒ 吾が意 は然 らず﹂ と ︒ 什 曰く ﹁ 意 に於いて云何﹂ と︒ 三 蔵曰く ﹁ 一微に 由 る が故に衆微有り ︒ 衆 微に 由る が故に一微有り ︒ 微 は 自性 無し︒ 何 ぞ 之 を折して有なるや﹂ と ︒ 什 公 此 れを聞き︑ 茫 然として是れ 何の言 説 なるか を 知ら ず︒ 遂に 復た問わず︒ 時 衆 ︑ 皆 三蔵の一乗の深旨に達す る こ と 莫し︒ 又 ︑ 宗 は什公を輔けて乃 ち謂はく ﹁ 三 蔵答えること無し︒ 是 に於いて休論す﹂ と ︒ 三 蔵 は 院 に 帰 り已 る︒ 生︑ 肇︑ 宝雲等 は ︑ 又︑ 詣 して問い 前の義 を決せ ん と欲 して 云 く ﹁ 什公 未 だ 談 ず る所暁 ら め ず ﹂ と ︒ 三 蔵 曰 く﹁ 此 の 義 は 了 し 難 し ︒吾 が 言 は 甚 だ 易 し ︒ 什 自 ら 燕 な る の み ﹂ と ︒ 什 後に自ら問うこと亦前 の如し︒ 答えを 終 に究むる こ と 莫し︒ ︻テキスト︼ p.174, a22-b8 幽貞問︒ 此什公論録於一 乘 ︒有道 形 沙門︒ 欲同窺一乘之論︒倶聞三藏之説故︒附出此
中︒ 北齊惠炬法 師 ︒幼 而厭 俗︒長業華 嚴 ︒十五 六 年︒於 道 場中 ︒六時 禮 旋︒ 晝夜誦 持 ︒ 初無懈 歇︒於寐夢 中 見一童子︒自稱善財 ︒ 告 惠 炬 言︒師既能研精華嚴︒欲究佛 境 ︒明日向 南 來︒ 與 師 聰明 藥︒令 師 得悟 經旨︒ 惠 炬明朝 具 陳諸僧︒遂香 湯洗浴︒身服淨衣︒手執香爐︒歸 命三寶︒願所尋求︒必獲如 夢︒即與童子南 行 ︒ 心口 專志︒恒 念 文 殊︒ 縁路數里︒ 忽 見一池 ︒ 方 圓半里︒雜花匝岸有菖蒲︒意菖蒲是聰明 藥︒爰 命從 童 入水 採之︒ 忽 獲 一 根大 如車 軸︒ 歸寺 丸合︒ 纔 服棗許︒ 使覺輕安神爽︒日誦 萬言︒因獲 精 解華嚴︒造 此經疏十餘卷︒講 經 五十遍︒ ︻書き下 し︼ 幽貞問わく ﹁此 の 什公の論は一乗を録せり︒ 道 形 の沙門有りて同じく一乗の論を窺がわんと欲して︑ 倶 に三蔵の説を聞くが 故に︑ 此 の中 に附 出すや﹂と︒ 北斉の恵炬法師は︑ 幼 くして俗 を 厭 い︑長じ て﹃華厳﹄を業とす る こ と十五︑ 六 年︑ 道 場 中 に 於いて 六 時に礼 旋 し︑ 昼夜 に誦 持す︒ 初 め 懈 歇 ⼀ する こと 無く ︑ 寐 夢 ⼆ 中に 一童子を見る︒ 自 ら善財と 称す︒ 恵 炬に告 げ て言わく ﹁師は既に能く ﹃ 華厳﹄ を研精せ り︒ 仏境 を究め ん と欲さば︑ 明 日南 に 向 かい︑ 来 たらば︑ 師に聡明 薬を与えん︒ 師をして経旨 を悟るこ と を 得 せ し め ん﹂ と︒ 恵炬は明 くる朝︑ 具さに諸僧に陳ぶ︒ 遂に 香 湯 も て洗浴し︑ 身 に浄衣 を服し︑ 手 に 香 炉 を 執り︑ 三 宝に 帰命し︑ 尋求 する所 ︑ 必ず 獲る こと夢 の 如きな らんと 願う︒ 即ち ︑ 童子と 南 に行く ︒ 心 口 に専 ら志し ︑ 恒に文 殊を 念じ ︑ 路 に縁る こ と 数 里 にして忽 ち一池 を 見 る ︒ 方 円 半 里︑ 雑花は 岸 を匝 り菖 蒲有り︒ 菖 蒲 は是れ聡明 薬 なりと意う︒ 爰 に 童 従 り命ぜられ︑ 水に 入り て之を採る ︒ 忽ち 一根の大いさ 車軸の如くなるを 獲︒ 寺に帰りて丸して合す︒ 纔 かに棗許りを服 す る に 覚をして軽安な ら し め ︑ 神は爽にして︑日に万言 を 誦す︒因 りて華厳を精しく解すこ とを 獲︒此 の 経の疏十 余巻を 造 り ︑ 経を 講ず る こ と 五 十 遍な り ︒
⼀ ﹁懈歇﹂怠ること︒ ⼆ ﹁寐夢﹂ 寝ながら夢をみ る こと︒ ︻テキスト︼ p.174, b9-2 3 大唐永 徽 年 中︒有居士 樊玄 智︒華 嚴 藏公之 同學︒弱冠參 道︒ 五經三藏 内道被通︒ 專 以華 嚴為業 ︒ 居方洲山 中︒初 餌 松葉︒ 六 十 餘年 誦 持不 替︒五十年前 ︒感其所地 涌 甘泉︒供 足 不啻︒ 林 生美菓︒樹樹繁 實 ︒遠近採取︒無所罣 礙︒忽雨深雪︒行李不通︒齋糧時竭︒於是則有 山神︒送 藥状似醍醐︒ 味甘於乳︒ 喫 之一匙︒ 七日不飢︒益加心力︒ 身輕目明︒若夜禮誦︒自 有 燈 現 ︒晝日 誦經 ︒則 衆鳥集聽 ︒山 神眷 屬︒現 身圍繞︒異香 時 來 ︒奇菓 毎 至︒有 時 夜 誦 ︒口放 光明︒照及四十餘里︒光色如金︒遠近 驚 異︒或 有人往尋到山︒唯見居士誦 經 口中光明︒時 年九 十有二︒ 無疾而終︒荼 毘之時︒ 牙齒變為 舍利 ︒獲百餘粒︒悉放光明︒數日不歇︒于 時 僧 俗收之 ︒ 竪 塔 供 養 ︻書き下 し︼ 大唐永徽 ⼀ 年中に 居 士樊 玄智 有り︒ 華 厳蔵公の 同学 なり︒ 弱 冠 に 道に 参じて︑ 五経︑ 三 蔵 の 内道は通 ぜられ︑専ら華 厳 を 以 て 業 と為す︒ 方洲の 山 中 に 居し︑初め 松 葉 を 餌い︑六 十余 年誦持 し ︑替 わら ず ︒ 五十年 前 ︑ 其 の居 ⼆ する所の地より 甘 泉 涌 く を 感 ず ︒ 供 足 啻な らず ︒林 に 美 菓 を 生じ ︑樹 樹に実 を 繁 ら せ︑ 遠近 に採取 し ︑ 罣 礙 三 する 所 無 し ︒ 忽ち 深 雪を 雨 ら し ︑ 行 李 通 ぜず ︒斎 の 糧 竭く る 時 ︑是に 於 い て 則ち 山 神 有り ︒ 状 は 醍醐に 似て ︑味は 乳 よ り 甘い薬を 送る ︒ 之 を 一 匙 四 喫らへば ︑七 日飢 えず︒ 心 力を益加 し︑ 身は軽く目は明 る し︒ 若し夜に礼誦せば︑ 自 ら燈 現れるこ と有り︒ 昼日に経 を 誦 せば︑ 則 ち衆鳥集ま り
て聴く︒ 山神の眷属は︑ 身 を現じて囲繞す︒ 異香 時に来たり︑ 奇菓毎に 至る ︒ 有 る 時 ︑ 夜に 誦 せば ︑ 口に 光 明を 放ち ︑照 ら す こ と 四十余里に及 ぶ︒ 光色は金の如し︒ 遠 近 に驚 異す︒ 或いは ︑ 人 往尋して山に到るこ と 有り︒ 唯 だ居士の経 を 誦 す る に口の 中 の 光明 を見 る︒ 時 に 年九 十有二 なり︒ 疾無くして終 わ る︒ 荼 毘 の時 牙歯変 じて 舎 利と為 る ︒ 百 余 粒 を獲 て︑ 悉 く 光明 を放 ち︑ 数日歇きず ︒ 時に僧 俗 之を 収 め ︑ 塔 を 竪 て供 養す︒ ⼀ ﹃大正蔵 ﹄の 対校記に 従い﹁ 微 ﹂の 字を﹁ 徽 ︒ ﹂とする ⼆ ﹃大正蔵 ﹄の 対校記に 従い﹁ 居 ﹂の 字を加える ︒ 三 ﹁罣礙﹂さ ま たげる︒ 四 ﹃大正蔵 ﹄の 対校記に 従い﹁ 題 ﹂の 字を﹁ 匙 ﹂とする ︒ ︻テキスト︼ p.174, b24-c1 0 永徽年中 ︒禪定寺 有兩僧︒名 道 祥惠悟︒ 咸隱 太白 山 中︒祥即持 誦涅 槃︒悟 即 持 誦 華 嚴 ︒服 餌松木︒六時 禮懺︒晝夜誦 持︒積有年 歳 ︒忽 於一時 見 一居士︒鬢 髮 皓首︒所衣潔素︒儀 容 恢美︒ 前來設禮︒庠序而言︒弊居設齋︒欲請一 僧︒ 僧曰︒ 此 唯二僧︒倶 往 可不︒居士曰︒ 弟 子 貧家 ︒本擬 請 一僧 ︒僧 問意欲 交 誰行 云 ︒ 請華 嚴法 師 ︒悟 遂 赴 請 ︒ 隨 居 士 行 ︒ 可 百餘 歩 ︒居 士 於是︒騰身於空中問悟曰︒師何不昇空︒悟對 曰︒貧 道 無翅︒昇空未 得 ︒ 居士問悟︒師猶未 得神 通 耶 ︒ 悟 答 曰 ︒ 實 未 得 ︒ 居 士 却 從 空 下 ︒ 安 致悟於居士衣襟中 坐 ︒ 又令冥目︒于 時只聞 耳邊颼颼風聲︒可半食 頃 ︒ 還放履地︒遂令開 目︒ 不知 到處︒ 環 視唯見大山︒觀 其 屋宇︒ 皆是 湧出 ︒延悟入 堂︒禮佛 纔 畢 ︒忽見五 百異 僧 ︒ 執 錫持盂︒ 翔空而至︒
︻書き下 し︼ 永徽年 中 ︑禅定寺に両僧有り︒名は道祥︑恵悟なり︒咸︑太白 山中に隠る︒祥は即ち﹃涅 槃﹄を持誦し︑悟は即ち﹃華厳﹄ を持誦す︒ 松 の木 ⼀ を 餌服し ︑ 六時に 礼懺し ︑ 昼夜に持 誦し ︑ 積む こ と年歳 有 り ︒ 忽ち ︑ 一 時に一居士を見る ︒ 鬢髪 ⼆ は皓 首 三 にして衣る 所 は潔 素︑ 儀容は耘だ 美 なり ︒前 に来た り て 庠序 四 に礼を 設 けて言 わ く ﹁ 弊居に斎を設す る に︑一僧 を 請 わん と欲 す﹂ と︒ 僧 曰 く ﹁此 こ には唯だ二僧のみ︒ 倶 に往くべきやいなや ﹂と ︒居 士 曰 く﹁ 弟 子 は 貧 家 に し て ︑本 も と 擬 る に 一 僧 を 請 う﹂と ︒ 僧 ︑ 意欲し て 交も﹁ 誰が 行 かん﹂と 問えば ︑ ﹁ 華 厳法 師を 請う﹂と云えり︒悟は遂 に 請に赴く ︒居士に随 い百余歩ば ︒ 居 士 ︑ 是 に 於 い て身を 空 中に騰 ら せ悟 に 問 いて 曰く ﹁ 師 は何 ぞ空に 昇 らざる や ﹂ と ︒ 悟 は対え て 曰く ﹁ 貧 道 に 翅無 く ︑ 空に昇る こと未だ得ず﹂ と ︒ 居 士悟に問う︒ ﹁ 師 は猶未だ 神通を得 ざるや﹂ と ︒ 悟答う︒ ﹁実に未だ得ず﹂ と ︒ 居士は却っ て空従 り 下る︒悟 を居 士の衣 の 襟の中に 安致 して︑坐 せしむ︒又︑ 冥 目 せしむ ︒時 に 只︑耳の辺りに颼颼 かり行く 五 た る風の声 を 聞く のみ︒ 半 食ば かりの頃 ︑ 還た放たれて地を履む ︒ 遂に目を 開か しめ ら るも︑ 到る処を知ら ず︒ 環視す る に唯だ大 山 を見︑ 其の 屋宇 に 皆 是れ湧 出 す る を観 る︒ 悟を延いて堂に 入 る︒ 仏を礼 す ること纔か に して 畢 ん ぬ︒忽 ち 五百 の異僧 を 見 る ︒ 錫 を執 り︑ 盂を 持し ︑空を翔 けて至る ︒ ⼀ ﹃大正 蔵 ﹄の 対校記に 従い﹁禾 ﹂を﹁木 ﹂とする ︒ ⼆ ﹁鬢 髪﹂ 頭髪︒ 三 ﹁皓 首﹂ 白髪 の 頭 ︒ 四 ﹁庠序﹂ 学校︒地方の学校︒ 五 ﹁颼颼﹂風 の 音を 表す擬 音 ︒
︻テキスト︼ p.174, c10-28 悟敬 異僧︒寧敢居上︒遂 從下 行︒ 居士 來語曰︒ 師受 持華嚴︒ 是 佛 境 界︒ 何得於小聖下 坐 ︒ 遂却引 悟 ︒ 坐 於五 百聖 衆之上︒齋後洗 漱 已︒諸聖便騰空而去︒居士 乃 遣 人 擎 一床 寶物 ︒將 以 嚫 悟 ︒ 令與 呪願 ︒悟 曰︒貧 道 來不 由 地 ︒居士携攝至 此 ︒自迴 不得 ︒ 請垂 送 歸 ︒ 誦 經 報 德 ︒ 居 士 曰 ︒ 本所 齋 意 在 師 一人 ︒雖 有五 百羅漢來 食 ︒ 皆 臨 時相 請耳 ︒師 且與呪願︒當即發遣人 ︒送歸本居︒悟與呪願 已︒庭前有三五童子︒ 各可 六 七 歳 ︒ 居士呼 之︒又重標名於一童子遽來 ︒ 居士語曰︒ 汝可 祇事 此法師︒童子 便請 於 悟 曰︒ 師暫開口︒ 悟 即依 開︒童子觀 之 云︒ 師 甚 多 病 ︒童子即將 手 ︒ 向身上摩︒遂取少藥︒大如麻子︒分為三丸︒與 悟呑之︒又請開口︒童子忽飛入口中︒ 悟當時 便騰癪︒還本所居︒住空中謂祥曰︒ 向蒙神 仙 居士請 齋 ︒遂獲神通︒今欲暫之蓬萊金闕紫 微 等 宮︒以持 誦本業 ︒ 言訖辭祥 ︒攝 三衣 瓶 鉢 及所 受經 ︒昇空而去 ︻書き下 し︼ 悟は異僧を敬えば寧ぞ敢えて上に居さんや︒ 遂に下 従り行く︒ 居士は来 っ て語って曰く ﹁師は ﹃華厳﹄ を 受持す︒ 是れは 仏 の 境 界な り ︒ 何 ぞ小 聖 の 下 に坐 す る を得 ん や ﹂ と ︒遂 に 却 って悟 を 引き て五 百 の 聖衆 の上 に坐 せしむ ︒斎 の 後 ︑ 洗漱 し 已り ︑ 諸聖は 便 ち 空 に騰 りて 去る ︒ 居士 は 乃ち 人を 遣りて 一 床 に 宝 物 を擎 げしむ ︒ 将 に 嚫 ⼀ を以て悟に呪願 を 与えし め んと す︒悟の 曰 く ﹁ 貧 道来たるに 地 に由 ら ず ︒ 居 士︑ 携摂して︑ 此 に至 る︒ 自ら廻 る を得ず︒ 送帰を垂るるこ と を請う︒ 経 を 誦 し て徳に報 いん﹂ と ︒ 居 士の曰 く ﹁本もと斎す る所の意は︑ 師一 人に在り︒ 五 百の羅漢来たりて食す るこ と有るといえども︑ 皆 ︑ 臨 時に 相請 うの み︒ 師は且 つ 呪 願 を与えん とす︒ 当 に即 ち 発 遣の 人 な るべし︒ 本居に送 帰せん ﹂ と︒ 悟 ︑ 呪願 を与え已わ る と ︑ 庭 ⼆ 前に三五の童子有り︒ 各おの六 七歳なるべし︒ 居士は之を呼び︑ 又 ︑ 重 ねて一童子の名を標し遽りて来る︒ 居士は語って曰く
﹁汝 ︑祇に此 の法師に事 う べし﹂と ︒童子は便 ち悟に請い て曰 く ﹁師は暫 く 口 を 開か れ よ ﹂と︒ 悟 は即ち依 りて 開く︒ 童 子 は 之 を 観 て 云 わ く﹁ 師 は 甚 だ 多 病 な り ﹂と ︒童 子 は 即 ち 手 を 将 い て 向 か い 身 上 に 摩 す ︒遂 に 少 薬 を 取 る ︒大 い さ 麻 子 の 如 し ︒ 分 かち て三丸と為 す ︒ 悟 に与え ︑ 之を呑ましむ ︒ 又 ︑ 口 を 開 くを 請い︑ 童 子は忽ち 口の 中に飛び入る ︒ 悟 は 時 に当た って︑ 便ち 虚に 騰 り ︑本 も と居する所に 還 る ︒ 空中 に住して 祥に謂いて曰 く ﹁ 向に神 仙 の居士の 斎 を 請 う るを 蒙り︑ 遂 に神通 を 獲 ﹂ と︒ 今暫 く蓬莱の金闕 ・ 紫 微等の宮に之か ん と欲す る に︑ 持誦 の本業を以てす ﹂ と︒ 言い訖 り て祥に辞し︑ 三 衣 ︑ 瓶 鉢 及 び所受の 経を摂 め て ︑ 空に 昇り て去る ︒ ⼀ ﹁嚫 ﹂銭を与えること︒ 施 し︒ ⼆ ﹃大正蔵 ﹄の 対校記に 従い﹁ 苒 ﹂の 字を﹁ 庭 ﹂とする ︒ ︻テキスト︼ p.174, c29-p .1 75 , a 14 顯慶 年中 ︒九 隴山有一尼師︒志 精佛乘華嚴 祕藏︒ 入山受 持︒ 二 十餘載 ︒ 禮 誦 無 替︒依 教 修 行 ︒ 性定心寂 ︒遂證惠眼 ︒ 得 因 陀羅網 境 界︒ 十方世界微塵刹海九 會 道場 ︒ 了 了明 見︒如 鏡中 像焉 總章元年︒西域有三藏梵僧︒來 至京 洛︒高宗 師事︒ 道 俗歸敬︒華嚴藏公︒猶為童子︒頂禮三 藏︒請受菩薩戒︒時衆白三藏言︒ 此 童子誦 得 華嚴大 經 ︒ 兼 解其義 ︒ 三藏驚 歎 曰︒華嚴一 乘 是諸 佛祕藏︒難 可遭 遇 ︒況通 其 義 ︒ 若有人誦 得華嚴 淨 行一 品︒ 其 人 已 得 菩 薩 淨戒 具足︒ 不復 更受菩薩戒︒西域傳記中 説 ︒有人轉華 嚴 經 ︒以洗手水︒滴著一蟻子︒其 蟻命終︒生忉 利天 ︒ 而 況 有 人 能 得受 持 ︒ 當知 此童 子 ︒ 於 後 必當 廣大饒 益︒能 施 群 生無生甘露︒
︻書き下 し︼ 顕慶年 中 ︑ 九 隴山に一尼師有り︒ 志 は仏乗 ﹃ 華厳﹄ の秘蔵に精 しくす︒ 山に入り受持することと二十余載 な り︒ 礼誦して替 わること無 し︒ 教 に 依りて修行し ︑性は定にして︑心は寂なり ︒ 遂に恵眼を証る︒因陀羅 網 ⼀ の境 界を得︑ 十方 世界︑微 塵刹 海︑九会の道 場︑了了︑明見なること︑鏡 中 の像の如し︒ 総 章 元 年 ︑西 域 に 三 蔵 の 梵 僧 有 り ︒ 来 た り て ︑京 洛 に 至 る ︒高 宗 は 師 事 し ︑ 道 俗 は 帰 敬 す ︒華 厳 蔵 公 は 猶 お 童 子 と 為 す が ご とし︒三蔵を頂 礼し︑菩薩戒を 受 くる ことを 請 う︒時衆 ︑三蔵に白 し て曰く﹁ 此 の童子︑ ﹃ 華厳﹄の大 経 を 誦 して得 ︑ 兼ねて 其 の 義 を 解 す ﹂ と ︒ 三 蔵 は 驚 歎 し て 曰 く ﹁ 華 厳 の 一 乗 は 是 れ 諸 仏 の 秘 蔵 な り ︒ 遭 遇 す べ き こ と 難 し ︒ 況 や 其 の 義 に 通 ず る を や ︒ 若し人誦 し て﹃華厳 ﹄の浄行の一 品を 得るこ と有らば︑ 其の 人已に菩 薩の浄戒 を具足す るを 得︒ 復た︑更 に菩 薩戒 を受け ず ﹂ と︒西域の 伝 記中 に説く︒ ﹁有る人 ﹃華厳経 ﹄を転じ︑洗手の水 を 以て︑ 滴 ︑一 蟻の子に著く︒ 其 の蟻の命終わる も ︑ 忉 利 天 に生 ず﹂ と︒ 而して況 や︑ 人の 能く受持す る を 得 るこ と有るにおいて をや︒ 当知 るべし︒ 此の童子は︑ 後に必 ず 当に大 饒 益 を 広め ︑ 能 く 群 生に 無生の甘露 を 施す べしと︒ ⼀ ﹁因 陀羅 網﹂ ﹃ 華 厳経﹄ で 説か れ る帝 釈 天 に 張 り め ぐらさ れて いる宝 網 のこ と︒ そ の 結 び 目には珠 玉が 付けら れて い て︑ 互 い に映し 合 い︑ 反 映し あっ てい る ︒ ︻テキスト︼ p.175 , a1 5-b4 上元年中 ︒洛州 敬 愛寺 有僧︒生 縁在 鄭州 ︒歸 奉覲所親 ︒行及鄭洲界︒暮宿店家︒次有僧來 ︒ 不 知名號 ︒亦投店宿 ︒ 與前來 僧 ︒並 房安 置︒其 後來 僧 謂 主人 曰︒貧道 遠來 ︒疲 頓餒乏 ︒ 主人 有酒 酤三升︒ 有肉買一 斤︒ 具 有 資直︒請 速 致 之︒ 無至 遲也︒主 人遽依請 辦 ︒ 僧盡噉之︒ 其敬
愛律 師 ︒ 怒 而 訶之 ︒身披法 服 ︒對 俗 士 恣 噉 酒 肉︒ 不知 慚愧︒ 其僧默而 不 答︒至於 初夜︒索水 漱口 ︒ 端 身 趺 坐︒ 緩發 梵 音 ︒ 誦 大 方 廣 佛 華 嚴 經︒ 初標品題︒ 次誦 如 是我 聞一時 佛 在摩 竭 提國 寂滅 道場 ︒ 其 僧口 角 兩 邊︒倶發 光 明 ︒ 状 若金色︒聞 者 垂涙︒ 見 者 發 心︒ 律師亦生 羨慕︒ 竊自念言︒ 彼 酒肉僧︒ 乃能誦 斯 大 經 ︒ 比 至三 更︒猶聞誦 經 聲聲不 絶 ︒四袟欲滿︒口中光明︒ 轉更增熾︒遍於庭宇︒透於孔隙︒照明兩房︒ 律師初不 知是光而云︒ 彼客何不息燈︒損主 人油︒ 律 師因 起如 廁方︒ 窺 見金色光明自 僧 之口 兩角 而 出 ︒誦 至 五 帙 已 上︒ 其光 漸收︒ 却 入僧口︒ ︻書き下 し︼ 上元年中︑ 洛 州敬愛寺に僧有り︒ 生 縁︑ 鄭州に在り︒ 帰りて所 親に覲え奉らんとす︒ 行きて︑ 鄭州の界に及び︑ 暮れには店 家に宿す︒ 次 に僧の 来るこ と有りて︑ 名 号 を 知らず︒ 亦︑ 店に 投じて宿し︑ 前に 来る僧と並びに房に安置せらる︒ 其 の後に 来 る僧主人 に謂いて曰く ﹁ 貧 道 は 遠くより来 たり ︒ 疲 頓 して餒乏 す︒ 主人 は 酒 有り て︑ 姓する こ と 三 升︑ 肉有り て ︑ 買 うこと一 斤︑ 具に 有ら ば︑ 資す るこ と直 なり︒ 速 やか に 之 を致し︑ 遅れて至 るこ と無き を 請 う なり ﹂ と ︒ 主 人は遽に︑ 請 に依 りて 弁じ︑ 僧は尽く之を噉う︒ 其 の敬愛の 律 師 ︑ 怒 りて之を訶す︒ ﹁ 身に 法服を披き︑俗 士 に対して恣に酒 肉 を噉うは︑ 慚 愧を知 ら ざる なり﹂ と ︒ 其 の僧は黙して答えず ︒ 初夜に至りて水を索 め 口 を 漱ぐ︒ 端 身趺坐して緩 ⼀ や かに梵 音を 発し て︑ ﹃ 大 方広仏 華華厳 経﹄を 誦す ︒ 初 め に品 題を標 し ︑ 次 ぎ に ︑ ﹁ 如 是 我聞 ︑一 時仏 在摩 竭提国 寂滅 道 場 ﹂ と誦す︒ 其の僧の 口角の 両 辺より︑倶 に 光明を 発 す︒ 状は︑ 金 色の若し︒ 聞 く者は涙を垂れ︑ 見る者は 発心 す︒ 律 師 は亦羨慕を 生 じ窃 かに 自ら 念じ て 言 く ﹁ 彼 の 酒肉 の僧は乃ち ︑ 能く斯 の 大経を 誦 す﹂ と ︒ ころおい三更に至って ︑ 猶 お 誦 経の声を聞き︑ 声 絶えず ︑ 四樺に満たんと欲するがご とし︒ 口 中の光明︑ 転 た更に増し て 熾んなり ︒ 庭 宇 ⼆ に 遍 し︒ 孔隙に透り︑両房を照らし明かす︒律師は 初 め是の光を 知 らず して云く ﹁彼の客は何ぞ燈 を息まざるや︒ 主 人の油を 損 な う﹂ と︒ 律師は因 りて起き厠方に如く︒ 金色の光明︑ 自ら僧の口の
両角 より出づ るを窺い 見 る ︒誦 して 五帙已 上 に至 り︑ 其の光 は 漸く収まり︑ 却って 僧の口 に 入 る︒ ⼀ ﹃大正蔵 ﹄の 対校記に 従い﹁ 縁 ﹂の 字を﹁ 緩 ﹂とする ︒ ⼆ ﹃大正 蔵 ﹄の 対校記に 従い﹁ 苒 ﹂を﹁ 庭 ﹂とする ︒ ︻テキスト︼ p.175 , b4-2 1 夜五 更誦終六帙︒僧乃却臥︒須臾 天明︒律師涕泣 ︒ 而來五 體 投地 ︒求哀懺 過︒輕 謗賢聖︒願罪消 滅 儀鳳 年 中︒西域 有 二梵僧 ︒ 至五 臺山 ︒齎蓮 花 執香 爐 ︒ 肘 膝 行 歩 ︒向 山頂 禮文 殊 大 聖 ︒ 遇 一 尼師在巖石間松樹下繩床上︒端然獨 坐 口 誦華嚴︒時景方暮 ︒尼謂梵僧 曰︒尼不 合 與大 僧同宿︒大德 且去︒明日更 來 ︒ 僧曰︒深山路 遙︒ 無所投寄︒願 不見遣︒ 尼曰︒ 君不去 某不可 住︒當入深山︒僧徘徊慚 懼 ︒莫知所之︒尼曰︒ 但下 前谷︒ 彼 有禪窟︒僧依而住︒往尋果見禪 窟︒ 相去可五里餘︒二僧一 心合 掌︒ 手捧 香爐︒ 面北遙禮︒傾心聽經︒聆聆於耳︒ 初 啓 經 題︒稱 如是 我聞︒乃遙見其尼︒身 處繩床 ︒ 面 南 而坐 ︒ 口中 放光︒赫如金色︒ 皎在 前峯︒誦 經兩帙已 上︒ 其光 盛於 谷 南 可方圓十里︒與晝無異︒ 經 至四 帙︒其 光 稍稍却收︒至 六帙都 畢 ︒其 光並 入尼口︒ ︻書き下 し︼ 夜︑ 五更 に六 帙 を 誦 し 終 わ る︒ 僧は 乃ち却っ て臥す︒ 須臾 に して天 は明 きら む︒ 律師は涕 泣して 来して 五 体 投 地 す︒ 哀 を 求 め過 を懺し︑賢聖を軽謗する ︑ 罪︑消滅する ことを願う︒
儀 鳳 年中 ︑ 西 域に二の 梵僧有り︒ 五 台山に至 り︑ 蓮花 を齎し︑ 香爐 を執 る︒ 肘膝 行歩し︑ 山 頂に 向 かい 文殊大 聖 に礼 す︒ 一 尼師の巖石 の 間の松樹 の下︑縄床 の 上に在る に遇う︒端然とし て独り 坐 し︑口に﹃華厳﹄を誦す︒時に景︑方に暮れんとす︒ 尼は 梵僧に謂 いて曰 く ﹁尼は大 僧と同じ宿に合 わ ず︒大徳 よ且 く去れ︒明 日更に 来れ ﹂と ︒ 僧 の曰 く﹁深山の 路 は 遙 か なり︒ る所無し︒ 願わくば遣るを見ざれ﹂ と ︒ 尼 曰 く ﹁君去らざれば︑ 某は住 す べから ず ︒ 当 に深山 に 入るべし﹂ と ︒ 僧は徘 徊 して 慚 懼す︒ 之 く所を知 るこ と莫し︒ 尼曰 く ﹁ 但 だ 前の 谷の下 ︑ 彼に禅 窟 有り﹂ と ︒ 僧 は依 りて住す︒ 往 尋す るに果たして︑ 禅屈 を見る︒ 相い去るこ と 五里余 り ばか りなり︒ 二僧は一心に 合 掌 し︑ 手に 香爐 を捧 げ︑ 北 に 面して 遙 礼 す ︒ 心 を傾 け 経 を聴 き聆聆 た る の み︒ 初 め経題 を啓 き︑ ﹁如是我 聞﹂と称 し︑乃ち遙かに其の尼 を見る︒ 身は縄床に 処 し︑ 南 に 面して坐す︒口中 に光 を 放 ち ︑ 赫き こ と 金色の如し ︒ 皎 投寄す ⼀ は 前 峯に 在 り ︒ 経 ︑ 両 帙已 上を誦 し ︑ そ の光 は谷の南 方 円十里ばか りに 盛んにし て︑ 昼 と 異 な るこ と無し︒ 経︑ 四帙 に至 りて︑ 其 の光 は稍稍 却っ て 収 ま る︒ 六帙に至り都て畢わる︒ その光は並びに尼の口に入る︒ ⼀ ﹁皎﹂月 の 明 かり ︒ ︻テキスト︼ p.175 , b2 1-28 華嚴 經菩薩住處 品 云︒震 旦 國東北 方有菩薩 住處︒名清 涼 山︒過去諸菩薩 ︒ 恒於 中住︒今有菩薩 ︒名文 殊師利 ︒與萬菩薩 倶︒其 山在 岱洲南 折 洲東北︒名五臺山︒首楞嚴三 昧經云︒文 殊 是 過 去平等世界龍種上尊王 佛︒ 又央 崛摩 羅 經云︒ 文殊 是東 方 歡 喜 世 界 摩尼寶積佛 ︒ 彼 神 尼之 境界︒必文 殊之分 化 ︒ 以示梵僧也
︻書き下 し︼ ﹃華 厳経 ﹄ 菩 薩住 処品に曰 く ﹁ 震 旦 国 東 北方 に 菩 薩の住 処 有 り ︒ 清 涼 山 と名づ く ︒ 過 去に諸 菩 薩恒 に中 に住 す ︒ 今 菩 薩有 り︒ 文殊師 利と名づ く ︒ 萬 の菩 薩と倶 な り ⼀ ﹂ と ︒ 其 の山︑ 岱 洲南 折洲東北に在り︒ 五台山と名づく︒ ﹃首楞 厳 三昧経﹄ に云く ﹁ 文 殊は是れ過去平等世界の龍種の上尊王仏なり ⼆ ﹂ と ︒ 又 ︑﹃ 央崛摩羅経﹄ に云く ﹁ 文殊は是れ東方歓喜の世界の摩尼宝積仏なり 三 ﹂と︒ 彼 の神尼の境界︑必ず文殊の分化なり︒以て梵僧を示す なり︒ ⼀ ﹃ 華 厳経﹄ 菩 薩住処品第 二 十七 には ﹁東北方 有菩薩住 處︒名 清 涼 山 ︒ 過 去諸 菩薩 常於 中住︒彼 現 有菩薩︒名文 殊 師 利 ︒ 有 一萬 菩薩 眷屬︒ 常 為 説 法﹂ ︵﹃ 大 正 蔵 ﹄ 第九 巻︑五八九 頁 c︶ とあ る︒ ⼆ 未検 ︒ 三 未検 ︒ ︻テキスト︼ p.175 , b2 9-c1 4 垂拱初年︒有中天 竺三藏 法 師日照︒遠將梵 典來此 傳譯 ︒ 高宗詔 太 原 寺 安 置 ︒召 集京 城 大德僧︒共譯 大華嚴密 嚴等十餘部經 ︒僧道 成薄 塵圓測 意 應等證 義 ︒複禮思玄 等執筆 ︒ 惠智等 譯語︒時 華 嚴藏公在寺︒因 翻 譯次問 三藏曰︒西域頗有受持一乘 獲感應否︒三藏 曰︒貧道比 尋師︒至於 南天夜︒宿一寺有大德 六十 餘僧 ︒皆 誦華 嚴為 業 ︒ 以文 殊為上座 ︒ 寺 僧有亡者 ︒以誦 得 華嚴 經者 ︒次補其處︒毎 以日暮來 集︒焚香禮懺︒各 誦一卷華嚴︒以為 恒 准 ︒ 此 寺 本 輪伽鳥捨寶造 之︒ 縁衆僧誦 華 嚴經 ︒其鳥遂感生天︒其餘感應 甚 多 ︒不可備 述︒ 垂拱三年四月 中︒華嚴藏公︒於大慈恩寺︒ 講華嚴經 ︒寺僧曇衍為講主散講︒設無遮會 ︒
後藏公往崇福 寺︒巡謁大 德 成塵︒二律師︒ ︻書き下 し︼ 垂拱初年︑ 中 天 竺 に三蔵 法 師日照有り︒ 遠きより梵典を将いて 此に 来た りて︑ 伝 訳す︒ 高 宗 は 詔 し て 太 原寺 に 安 置 し︑ 京城 に大 徳の 僧 を 招集 し︑ 共に ﹃大 華厳密厳 ﹄ 等 十余部経 を訳 さしむ︒ 僧 道 成︑ 薄塵︑ 円 測︑ 玄応等 は 義 を 證 し ︑ 複 礼 ︑ 思 玄 等 は 執筆し︑ 恵智等 は 語 を 訳す︒ 時 に︑ 華厳蔵公寺 に在 り ︑ 因 りて 翻訳し︑ 次に三蔵に問いて曰 く ﹁西域に頗 る 一乗 を受 持し︑ 感 応を 獲る こと有るや否や﹂ と ︒ 三蔵曰く ﹁ 貧 道は師に尋ぬる こ ろおい︑ 南天の夜に至り ︑ 一寺に宿する に︑ 大徳の 六 十 余 僧有 り︒ 皆 ﹃ 華 厳 ﹄ を 誦 し て業 と為す︒ 文殊 を以て 上 座と為す︒ 寺 僧の亡 ⼀ する者有らば︑ ﹃ 華厳経﹄ を 誦 得 す る者を以て︑ 次に其 補 う︒ 毎に日暮れを 以て来 集 し ︑ 梵香 もて 礼懺 す︒ 各お の一巻 ﹃ 華厳﹄ を 誦し ︑ 以 て恒准と為 す ︒ 此 の 寺 は本もと 輪伽 鳥 ︑ 宝を 捨 て之を 造る ︒縁 り て 衆 僧 は﹃ 華厳 経﹄を 誦す ︒ 其 の 鳥遂 に 感 じ て 天 に 生ず ︒其 の 余 の 感 応 す る こ と甚 の処を ⼆ だ多し ︒ 備 に述 ぶべからず﹂と︒ 垂拱三年四月 中︑ 華厳蔵公大慈恩寺に於いて ﹃華厳経﹄ を 講ず ︒ 寺 僧曇衍︑ 講主と為り講を散ず︒ 無遮会を設け後に蔵公崇 福寺 に 往 く︒ 大 徳 の 成 ・塵 三 の二律師に巡謁す︒ ⼀ ﹃大正蔵 ﹄の 対校記に 従い﹁ 已 ﹂の 字を﹁亡 ﹂とする ︒ ⼆ ﹃大正蔵 ﹄の 対校記に 従い﹁ 其 ﹂の 字を﹁ 甚 ﹂とする ︒ 三 ﹃大正蔵 ﹄の 対校記に 従い﹁ 薦 ﹂の 字を﹁塵 ﹂とする ︒
︻テキスト︼ p.175 , c1 4-29 時塵 律師報藏公曰︒今 夏賢安坊中 郭 神亮 檀越︒身死經七日︒却蘇入 寺 禮拜︒見薄 塵自 云︒頓忽暴已︒ 近 蒙更生︒ 當時 有使者三 人︒ 來追 至 平 等 王 所︒ 問 罪 福已 ︒ 當 合 受 罪 ︒ 令 付 使者 引送地 獄 ︒垂 將欲入 ︒忽見一僧云︒我欲 救汝 地 獄 之 苦 ︒教汝 誦一行偈 ︒ 神 亮 驚懼︒ 請 僧救護︒早賜偈文 ︒僧 誦 偈 曰︒若人欲了 知 三世一切佛 應 當如是 觀 心造諸如來 ︒ 神亮 乃志 心誦 此偈數遍 ︒神亮 及 合 同受 罪 者數 千萬 人 ︒ 因此 皆得 離 苦 ︒不 入地 獄︒斯 皆 檀 越 所説︒當知 此 偈能破地 獄︒誠叵思議︒藏答塵 曰︒ 此偈乃華嚴第四會 中 偈文 ︒ 塵 初 不 記 是 華嚴︒ 猶 未全信藏 公︒ 乃索 十行品撿看︒果是 十行偈 中 最後偈也︒塵公歎曰︒纔聞一偈︒千 萬人一時脱苦︒況受持全部︒講通深 義 耶 ︒ ︻書き下 し︼ 時 に ︑ 塵 律師︑ 蔵 公に報 じて曰 く ﹁ 今 夏 ︑ 賢 安の坊中 に︑ 郭神亮 な る檀越の 身︑ 死して 七日 を 経 るも︑ 却って 蘇 り寺 に入り 礼拝 す ︒ 薄 ・ 塵を 見 て 自ら 云く ﹃ 頓 ⼀ に忽ち暴 かに亡 ⼆ し︑近きに更 生を蒙る︒当 時 使 者三 人有り︒ 来たりて追って 平 等の王 所に至る︒ 罪 福を問い已わり︑ 当に罪を合受し︑ 使者を付して ︑ 地 獄 に 引送せ し むべし︒ 将に入らんと欲す るに 垂んとし︑ 忽 ち一僧を見る︒ ︵ 僧の ︶ 云 く﹃我 ︑ 汝の 地獄の苦 を救わんと欲す ︒汝 に 一 行 の 偈 を 誦する こ と を 教 え ん ﹄ と ︒ 神 亮 は 驚 懼し て 僧に救護を 請 う︒ ﹃早 三 く偈文を賜え﹄ と ︒ 僧 は偈を 誦 して曰く ﹃若人欲了 知三世一切仏応 当如是観心造諸如来 ︵ 若し人 三世一 切の諸仏を 了 知せんと 欲せば︑応 当に是の如く観心して 諸 の如 来を 造 るべし︶ ﹄ と︒神亮は乃ち志心に此の偈を 誦すこ と 数遍 なり︒ 神 亮 及 び︑ 合 同 に罪 を受 く る 者数千 万 人は 此れに因っ て 皆離苦 を 得︑ 地獄 に 入 ら ざ る な り ﹄ と︒ 斯れ 皆 檀 越の 所説 なり︒ 当に知 る べし︒ 此 の偈能く地 獄 を破すこ とを︒ 誠 に思議し叵き なり﹂ と ︒ 蔵︑ 塵 に答えて曰く ﹁此 の 偈 は乃ち ﹃ 華厳﹄第四会 中 の 偈文なり﹂ と ︒ 塵 は 初 め 是れは ﹃華厳 ﹄ なりと記 さず︒ 猶 ほ未だ全く 蔵 公を 信ぜざるがごとし︒ 乃 ち十行品を索して撿看
せば ︑ 果たし て是れ十行 の 偈 中 の最後の偈な り ︒ 塵公歎じ て 曰 く ﹁ 纔 か に一偈を 聞かば ︑ 千万人 一 時に苦を 脱す︒ 況 んや全 部 を受持し︑講じて深 義 に通ずるをや﹂と︒ ⼀ ﹃大正蔵 ﹄の 対校記に 従い﹁ 傾 ﹂の 字を﹁ 頓 ﹂とする ︒ ⼆ ﹃大正蔵 ﹄の 対校記に 従い﹁ 已 ﹂の 字を﹁亡 ﹂とする ︒ 三 ﹃大正蔵 ﹄の 対校記に 従い﹁ 卑 ﹂の 字を﹁ 早 ﹂とする ︒ ︻テキスト︼ p.176 , a1-1 6 垂拱三年︒惠英 比 丘︒從藏公於慈恩寺 座 下︒ 聽講華嚴已︒巡院經行︒至 翻譯院時︒與慈恩 弘志 法師楚國寺光 法師 偕行︒藏公謂諸 德 曰︒西域有勒那三藏 法 師︒唐云寶意︒講華 嚴︒聽衆數 千︒忽有二人 ︒ 形貌端嚴︒身 光赫 奕︒於大衆前禮三藏曰︒弟 子從忉利 天帝 釋 使來 ︒請 法師 天上︒講華嚴經 ︒ 願垂 即行 ︒三藏 曰︒貧道 講猶未畢︒未可相隨︒畢即依請︒使者 曰︒幾時當畢︒三藏曰︒猶有兩 帙︒使者又云︒ 願畢在早︒當更 親 迎︒三藏許已︒忽即不見︒ 及講 欲終 纔收 經了︒ 使 者又 來︒ 當時 都講 梵 音維那等︒ 法 師於高 座 上︒一時 遷化 ︒隨使赴 於釋宮︒講讚大 乘 深旨︒當知華嚴 祕 藏︒天 上 人間 無 不 宗 重 ︒ 天授元年︒華嚴藏公︒歸覲祖母到曾洲︒牧宰 香花 郊迎︒至 二 年 ︒請 講 華 嚴 ︒ ︻書き下 し︼ 垂拱 三年︑ 恵 英比 丘︑ 蔵公に従い慈恩寺の座 下に於いて ﹃ 華厳 ﹄ を 講ずるを聴き 已わり ︑ 院を 巡り 経行 す︒ 翻 訳 院に至る 時 ︑
慈恩弘志法 師 と楚 国寺光 法 師︑ 偕 に 行く︒蔵公は諸徳に 謂 いて 曰く﹁西域に勒那三蔵 法師 有り︒唐に 宝 意と云う︒ ﹃ 華厳﹄を 講 ぜ ば︑ 聴衆数千 人なり︒ 忽 ち に二 人有り︒ 形 貌 は端 厳にして︑ 身 の光 は 赫 奕 ⼀ とし︑ 大 衆の 前に於いて三蔵に礼 し て曰 く ﹁ 弟 子よ ︑ 忉利 天 従り帝 釈 の使 ︑ 来 る ︒ 請う︒ 法 師の 天上で ﹃ 華厳経﹄ を 講 ずる ことを ︒ 願わくば 即ち行く ことを垂 れたまえ﹂ と︒ ﹁ 貧 道は講じて︑ 猶ほ未だ畢わらざる が ごとし︒ 未だ相い随うべ か らず ︒ 畢 わりて即ち 請 に 依 らん﹂ と ︒ 使 者 曰 く ﹁ 幾 時に当 に畢 わ るべ し﹂ と ︒三 蔵曰く﹁猶 ほ両 帙有る が ご と し﹂ と ︒ 使者 又 曰 く ﹁ 願わ くば ︑畢わ る こと 早 三蔵曰く ⼆ くに在らん ︒ 当に 更 に 親迎す べ し﹂ と︒ 三蔵許 し 已 る と忽 ち即 ち見えず︒ 講 ︑ 終 わら んと欲す るに及 び ︑ 纔 かに経 を 収め 了んぬ︒ 使者︑ 又 来た る︒時に当たって都講梵音︑維那 等 の法師は 高 座 の上に 於いて 一時に化を遷し ︑ 使に随い 釈宮に赴く ︒ 大乗の深 旨を 講讃す︒ 当に知 る べし︒ ﹃華厳﹄の秘蔵は天上・人間に宗 とし︑重んぜざること無きことを﹂と︒ 天授 元年 ︑ 華 厳 蔵公帰 り て 祖 母 に覲 え 曾 洲 に到る ︒ 牧 宰 三 は香 花も て郊 迎 四 す︒ 二年に至りて ﹃華厳﹄ を講ずることを 請 う︒ ⼀ ﹁赫奕 ﹂ 光 り 輝 い て い る様 子 ︒ ⼆ ﹃大正蔵 ﹄の 対校記に 従い﹁ 畢 字を﹁ 早 ﹂とする ︒ ﹂の 三 ﹁牧 宰 ﹂ 唐 代 に お け る 国 主 の名 ︒ 四 ﹁郊 迎﹂ 郊 外 に ま で出 向いて 迎 え る こ と ︒ ︻テキスト︼ p.176 , a16-b3 説法之次議及 邪正︒時有少道士︒在 側歸報弘道 觀 主︒北 寺講師︒誹 謗 道尊︒觀主聞之其怒︒明 晨 領 諸道 士 三 十 餘 人 ︒ 來 至 講所 ︒面 興 慍 色 ︒ 口 發 麁言︒謂藏公曰︒但自講 經 ︒ 何 故論道門事︒藏 公曰︒貧 道自講華嚴︒無他論 毀 ︒觀主問曰︒一
切諸 法︒悉 皆 平等 耶︒藏公對曰︒諸 法亦平等 亦不平等︒觀主又問︒ 何法平等︒ 何 法不平等︒ 答曰︒一切法不出二種︒一 者真諦二者 俗 諦︒ 若約 真諦︒ 無 此無彼︒ 無自 無他︒非 淨非穢︒一 切皆離︒故平等也︒若約俗 諦︒有善有惡︒有尊 有卑 ︒有 邪有 正︒豈得 平 等 耶 ︒ 道 士 詞窮無對 ︒ 猶嗔不解︒於如來所︒生毒害言︒歸觀 經 一宿︒ 明朝洗 面 手︒忽眉髮一時俱落︒通 身瘡疱 方 生悔心︒歸敬三寶︒求哀藏公︒誓願受 持華嚴 經一百遍 ︒轉誦 向 二 年 ︒ 猶 有 十 遍 未 畢︒ 忽感 眉髮重生身瘡皆 愈 ︒曾洲道 俗︒無不見聞︒ ︻書き下 し︼ 説法 の次︑ 議する に邪正に及ぶ ︒ 時 に少き道 士有り ︒ 側 に 在り ︑ 帰 して道観 の主 ⼀ に 報 弘 す ︒﹁ 北 寺 の講師 は 道 の 尊を 誹謗 す﹂ と︒ 観主 之を聞 き て︑甚 ⼆ だ怒 る︒明 く る晨︑諸 の 道 士三十余 人を領い て講所に来至 す︒ 面は愠 色 を興し︑口は麁言 を 発 す︒ 蔵公に謂いて言はく ﹁ 但だ 自らは︑ 経を 講ぜよ︒ 何故道門の事を 論 ずるや﹂ と ︒ 蔵公曰く ﹁ 貧 道は自ら ﹃華厳﹄ を 講 じて︑ 他 論 を 毀す るこ と無し ﹂ と︒ 観主問いて曰 く ﹁ 一 切 諸 法 は悉 く 皆 平等 なるや ﹂ と︒ 蔵 公 対えて曰 く ﹁ 諸 法 は 亦 た平等 に して 亦 た 不平等 なり﹂と︒ 観主又問う︒ ﹁何 れの 法平等にして︑ 何 れの 法不平 等 なるや﹂ と︒答えて 曰 く﹁ 一 切 の 法 は二種を出でず︒ 一には 真 諦︑ 二には俗 諦 なり︒ 若 し 真諦に約 さば︑ 此 れ 無 くば 彼れ無し︑ 自 無くば他無し︑ 浄 に非ず 穢 に非ず︑ 一切皆離れ る が故に平等 なり︒若 し 俗 諦に約 さば︑ 善 有り 悪 有 り︑ 尊有ら ば 卑有り︑邪 有らば正 有 り︑豈に平等 なるを 得 んや﹂と︒ 道士︑ 詞窮して対えるこ と無し︒ 猶お嗔り解け ざりて︑ 如 来 所に於い て毒害の言 を 生ずるがごとし︒ 観に帰りて一宿を経 る ︒ 明 朝 面 手を洗う︒忽ち眉髪一 時 に 倶に落つ︒ 身 を通して瘡疱 あり︒方に悔心生じて三 宝 に帰敬し ︑蔵公に求 哀 す︒ ﹃華厳 経 ﹄一百遍 を受 持す るこ とを誓 願 し︑ 転誦 して 二 年 に 向 か う ︒ 猶 お十遍 未 だ畢 わら ざ るに忽 ち眉髪 重ねて 生 じ︑ 身 の 瘡 皆愈ゆ る を感 ずる がごとし︒曾洲の道 俗 見聞せざる こ と無し︒
⼀ ﹃大正蔵 ﹄の 対校記に 従い﹁ 王 ﹂の 字を﹁主 ﹂とする ︒ ⼆ ﹃大正 蔵 ﹄の 対校記に 従い﹁ 其 ﹂を﹁ 甚 ﹂とする ︒ ︻テキスト︼ p.176 , b4-18 聖暦元年︒則 天太后︒詔 請 于闐三藏實 叉 難 陀︒與大 德十餘人︒於東 都 佛授記寺︒ 翻 譯華 嚴︒僧復禮綴文 ︒ 藏公筆授 ︒沙門戰陀提婆 等 譯語︒僧法寶弘景 波 崙 惠 儼去塵等 審覆證 義︒太史太子中 舍 膺福衛事參軍于師逸等︒ 同共翻譯︒則天與三藏大 德 等︒於内遍空寺︒ 親御 法筵︒ 製 序 刊 定︒ 其夜則天︒ 夢 見天 雨甘 露︒ 比至 五更 ︒ 果 有微 雨︒ 香水 之 雨︒ 又 於 内 苑庭沼 中 ︒生一莖 百葉蓮華︒綠枝紅葩香艶 超倫︒蓮花有三種︒一 人間華有十葉︒二天 上 華有 百葉︒三淨土華有 千葉︒今内苑生 百 葉 者︒ 明 是 天 華 也︒ 則天 嘉 此 ︒ 翻 譯瑞應 ︒ 詔 出 花 様使 中官︒送向佛授記寺 翻 譯之所︒舉 寺 僧 衆︒及懷洲大雲寺 什法師在︒悉 同觀覩︒敬歎 希奇︒ ︻書き下 し︼ 聖 暦 元 年 ︑則天 太 后 は詔 し て 于 闐三蔵 ・ 実叉難 陀 と大 徳の 十余 人 を 東 都 の 仏 授記寺 に 請 い ︑ ﹃ 華 厳 ﹄ を翻訳せ し む︒ 僧 復 礼 は 文 を綴 り ︑ 蔵 公 は筆授す︒ 沙 門戦陀 提 婆等︑ 語 を訳す︒ 僧 法 宝 ︑ 弘景 ⼀ ︑波 崙 ︑恵儼 ︑去 塵 等は審 覆 ⼆ し義 を證す ︒ 太史︑ 太 子 中舎 ︑ 膺福衛 ︑ 事 参 軍 ︑ 于 師 逸 等同じく 共に翻 訳 す︒ 則 天 は 三 蔵と 大徳 等に内 遍 空 寺 に於 いて親 し く法 筵を 御し ︑ 序 を製 し刊定せしむ︒ 其 の夜則 天 は夢に天の甘露を雨らすを見る ︒ こ ろおい五更に至り︑ 果 たして微雨有り︒ 香水の雨なり︒ 又 ︑ 内 苑の庭 三 の 沼 の中 に一茎 百 葉の蓮華生ず︒緑の 枝 ︑紅の葩にして 香 の艶やか なる こ と 超倫 四 なり︒ 蓮 華に三種有り︒ 一 に人 間
の華︑ 十 葉有り︑ 二に天上の華︑ 百 葉有り︑ 三に浄土の華︑ 千 葉有り︒ 今内苑に百葉生ずるは︑ 是 れ天の華なるを 明かす なり︒ 則天 は 此 れ を嘉 び︑ ﹃ 瑞 応 ﹄ を 翻訳せ し む︒ 詔 し て 出 花 の 様 五 を中 官 を し て 仏 授 記 寺 の 翻 訳 す る 所 に 送 り 向 わ し む︒ 寺 僧 衆 を 挙 げて︑及び懐洲大雲寺の什法師在りて︑悉 く 同じく観覩す︒奇希を敬歎す︒ ⼀ ﹃大正蔵 ﹄の 対校記に 従い﹁置 ﹂の 字を﹁景 ﹂とする ︒ ⼆ ﹁審覆 ﹂ 二度に亘って 調 べ ること︒ 三 ﹃大正蔵 ﹄の 対校記に 従い﹁ 苒 ﹂の 字を﹁ 庭 ﹂とする ︒ 四 ﹁超 倫﹂ 他人 より も飛 び 抜 け て す ぐ れて い る こ と ︒ 五 ﹃大正蔵 ﹄の 対校記に 従い﹁椂 ﹂の 字を﹁ 様 ﹂とする ︒ ︻テキスト︼ p.176 , b18-2 5 至聖暦二年十月八日︒譯新經 訖 ︒詔請 藏公︒於佛授 記寺︒講此新經 ︒至華藏世界品︒ 講堂及寺院︒地皆震動 ︒舉衆驚 異 ︒ 都 維 那惠 表僧弘景等︒ 連状聞奏︒勅批云︒昨敷演微 言︒弘揚祕顊︒初譯之日︒夢 甘 露以呈祥︒開 講之晨︒感 地動而標異︒斯乃如來降迹︒用符 九會之文︒豈朕庸虚敢當 六 種之震︒披覽 來 状︒欣暢 兼懷︒ ︻書き下 し︼ 聖暦二年十月 八 日に至り ︑ 新 経を 訳し 訖る ︒ 詔 し て 蔵公を仏授 記 寺に 請い︑ 此 の新 経を 講ぜしむ ︒ 華 蔵世界品に至り ︑ 講堂 及 び 寺院︑地皆振動す︒ 衆 を挙げて驚 異 す︒都維 那︑ 恵表︑ 僧 弘 景 ⼀ 等は連 状 も て 聞奏 す︒ 勅批 に 云 く ﹁ 昨に 微 言 を 敷 演 し ︑ 弘揚 し顊 ⼆ を 秘 す︒初 め て之を 訳 す日︑甘露を 夢み︑ 以 て祥を呈 す︒開講の晨︑地動き て︑異を標 す る を 感 ず ︒斯 れ乃 ち 如来
が迹 を降す な り︒ 九会の 文 に符す る を用って豈に朕︑ 庸虚 三 なるも敢えて六 種 の震に当 四 たり来状を披覧 五 する に 欣 暢 六 ︑兼 懐 七 せんや﹂と ︒ ⼀ ﹃大正蔵 ﹄の 対校記に 従い﹁置 ﹂の 字を﹁景 ﹂とする ︒ ⼆ ﹁顊﹂し たあご︒悪 口 ︑へらず ぐち︒ 三 ﹁庸虚﹂ 凡庸で愚かなこと︒ 四 ﹃大正蔵 ﹄の 対校記に 従い﹁ 堂 ﹂の 字を﹁ 当 ﹂とする ︒ 五 ﹁披覧 ﹂ ひら いて 見 るこ と ︒ 六 ﹁ 欣 暢﹂心の びの びと 喜ぶこと ︒ 七 ﹁兼懐﹂ かねいだくこと︒ ︻テキスト︼ p.176 , b25-c1 3 聖暦年中︒ 于 闐三藏 實 叉難陀︒於 佛 授記寺︒ 翻譯華嚴︒ 向 藏公曰︒本國 有沙彌︒名 彌 伽薄︒ 持十戒︒雖未受具︒身意清淨︒專 誦 華嚴︒於一 日 中︒有二使者 ︒ 至作禮 ︒ 状貌偉麗︒身有 光 明︒彌伽怪異︒問所從來 ︒ 使者對曰︒弟子自 降忉利 ︒ 帝 釋 使來 ︒請師 誦 華 嚴 經 ︒ 願垂 即 行︒ 伽曰 未審︒天 帝 何 縁︒ 見命而誦 經耶︒ 使 者 曰 ︒帝 與 脩羅戰 時︒ 毎被 凌迫 ︒帝 以 天 眼 ︒ 觀視 閻 浮 ︒欲 求 念 誦加護 ︒ 縱有 羅漢 ︒未辦 斯事︒ 唯見 法 師專精華嚴︒ 心遊 佛 境 ︒ 可為人 天 福田︒ 所以 見迎耳︒ 師曰︒貧 道必 能有所饒 益︒豈敢辭耶︒於是受請︒閉目俄頃便至天宮︒ 帝喜 曰︒毎 被 修羅見擾 ︒故屈師來 ︒ 師受持 華嚴︒諸天 護 持︒ 善神 影 衛 ︒請 為誦 經︒以 禳 彼 敵︒帝即脱天冠︒擬於癪空︒忽然化出 殿 堂︒ 七寶所成︒四門八牖 ︒ 摩尼衆寶之所莊飾︒懸
繒幡 蓋︒間 列花 香 ︒以 為供養︒ ︻書き下 し︼ 聖 歴 年 中 ︑ 于 闐 三 蔵・実 叉 難 陀 ︑ 仏 授 記 寺 に 於 い て﹃ 華厳 ﹄を 翻 訳 す ︒ 蔵 公 に向 か い て 曰 く ﹁ 本 国 に沙 弥 有 り ︒ 弥 伽 薄 と 名 づく︒ 十 戒を持し︑ 未 だ具を受けざると雖も身意は清浄にして︑ 専 ら ﹃華厳﹄ を 誦す︒ 一 日の中に二使者有り︒ 至って作礼せ り︒ 状貌は偉麗にして身に光明有り︒ 弥 伽は怪異し︑ 従来 する 所を問ふ︒ 使 者 は 対えて曰く ﹁ 弟 子︑ 自 ら忉利 に降りて︑ 帝釈 の使として 来る︒ 師の ﹃華厳経 ﹄ を 誦す るを請う︒ 願 わ くば即ち行くこ とを垂れたまえ﹂ と︒ 伽曰 く ﹁ 未だ審ら か な ら ず ︒ 天 帝に 何の 縁にて命ぜられ経 を誦す や ﹂ と ︒ 使 者曰 く ﹁ 帝は修羅と戦う時︑ 毎 に凌 ⼀ 迫 せ らる ︒ 帝 ︑ 天 眼を 以て閻浮を観視るに︑ 加 護を欲求す︒縦い羅 念誦の ⼆ 漢 有 りて︑未だ斯の事を弁 ぜざる も ︑唯だ法 師の﹃華厳﹄に専精し ︑心 は仏 境に遊び ︑人 天の 福田と為るべきを見て︑ 所 以に迎えら る るのみ﹂ と︒ 師曰 く ﹁ 貧 道 は必 ず能く饒益す る所有り︒ 豈 に敢えて辞せ んや﹂ と ︒ 是 こ に請を受く︒ 目を閉じて 俄頃 三 ︑便ち天宮に至 る ︒帝︑喜びて 曰 く ﹃毎 に修羅に 擾さる︒故に師来る を 屈す ︒師 は ﹃ 華 厳 ﹄ を受 持 し︑ 諸 天 に 護持せ ら れ︑ 善神 に 影 衛せ ら る ︒ 請 う︒ 為に経 を 誦し ︑ 以 て彼 の 敵 を 禳 わん ことを﹂ と ︒ 帝 即ち 天 冠を 脱し ︑ 虚空に 擬 す︒ 忽然 として殿 堂 を 化出す︒ 七宝 の 所 成 に して 四門に八 冽あり︒ 摩 尼 の衆宝 の 装飾す る 所 な り︒ 繒幡 蓋 を懸け︑ 間 に花香を列し︑以て供養と為す︒ ⼀ ﹃大正蔵 ﹄の 対校記に 従い﹁ 淩 ﹂の 字を﹁ 凌 ﹂とする ︒ ⼆ ﹃大正蔵 ﹄の 対校記に 従い﹁四 ﹂の 字を﹁ 羅 ﹂とする ︒ 三 ﹁俄頃﹂しばらく︒にわか︒
︻テキスト︼ p.176 , c13-24 請入 殿坐 蓮 花 座︒誦華嚴 經 ︒經聲寥亮︒遍徹天宮︒帝釋即 領三 十三天 四 兵 侍 衛萬衆 圍 遶︒ 坐於寶臺︒ 乘空而 行 ︒ 向 其鬪所︒脩 羅 軍衆︒覩 此 威 靈︒即 便 退衂 ︒ 徒侶 潛竄 於藕 孔 中 ︒帝 釋却 請師 天宮 ︒供 養 施 以七 珍異 寶 ︒ 帝 釋 又白 師 言 ︒若 須長生之藥︒亦當奉上︒請住天宮︒無見辭也︒ 師曰︒割愛 出 家︒求 無上 道 ︒ 世 間 珍 異︒及 長 生事︒非所志焉︒帝於是五 體 投 地 ︒一心頂禮 曰︒願成菩提 時︒誓相 濟脱︒莫見棄遺︒廼遣使 送還閻浮︒所有衣服︒皆染 天 香 ︒終身不滅︒後 終願生淨土︒實 叉 三藏︒具識此沙彌者矣 ︒ ︻書き下 し︼ 殿に入り て蓮 花の座に 坐 し て﹃華厳 経﹄ を 誦 することを 請 う︒ 経声は 寥 亮 ⼀ とし︑遍 く天 宮 に徹 す ︒ 帝 釈は 即ち三 十 三天を 領し︑ 四 兵 は 侍 衛 し︑ 万 衆 は 圍 遶せ り︒ 宝 台 に 坐 し︑ 空に乗って 行 き︑ 其の 闘う所に 向かう︒ 修羅の軍衆は 此の威 霊 を覩て 即 退衂 便ち ⼆ す︒徒侶は藕 の孔 中に潜 竄 三 す︒帝釈は却って師を 天宮に請い供養し施すに︑七珍異 宝 を以て す ︒帝釈は 又 ︑ 師 に 白して言 く ﹃若し長生の 薬 を須め ば ︑ 亦 当に奉上す べし︒ 請う︒ 天 宮に住す るこ とを︒ 辞 されるこ と無かれ﹄ と ︒ 師 曰 く ﹃出 家を割愛し︑ 無上道を求むるは︑ 世 間に珍異なり︒ 長 生の事に及んでは︑ 志 す所に非ず﹄ と︒ 帝是こに於いて五体投地 す︒ 一 心 に頂 礼 し て 曰く ﹃菩提と 成る ことを 願 う 時 ︑ 相 ︑ 済脱する こ とを 誓わん ︒ 棄 遣 せらる こ と 莫 かれ﹄ と ︒ 廼 ち使を 遣り て て 閻 浮に送還せしむ︒ 有する所の衣服は皆 天 香に染まり︑ 終身滅せず ︒ 後に終りて浄土に願生す﹂ と︒ 実叉︑ 三 蔵具に此 の沙弥を 識るな り ︒ ⼀ ﹃大正蔵 ﹄の 対校記に 従い﹁ 高 ﹂の 字を﹁亮 ﹂とする ︒﹁ 寥亮 ﹂す みとおる 音の 様︒ ⼆ ﹁退衂﹂ 退き挫け るこ と︒
三 ﹁潛 竄﹂かくれ逃れること︒ ︻テキスト︼ p.176 , c25-p .1 77 , a9 聖暦年中︒ 于 闐三藏 實 叉難陀云︒龜茲國中︒ 唯習小乘 ︒不 知釋迦分化 百 億︒現種種身 雲︒ 示新 境界︒不信華嚴大 經︒有梵僧︒從天竺 將華 嚴梵 本︒至其 國 中 ︒小乘 師 等︒皆無 信受︒ 梵僧遂留經而歸︒小乘諸師︒廼以經投棄於 井經 於井 中︒放 光赫 如火 聚︒夜 諸 師覩之 ︒疑 謂金寶︒至明集議︒ 使 人漉之︒ 乃是前所棄華 嚴經 也︒諸師 稍為 驚異 ︒遂却収歸經 藏 中 龕 安置︒他日忽見梵本︒在其藏内最上隔︒諸師 念言︒ 此 非我 釋迦 所説耶︒吾見有少 異︒ 乃收 入藏中 ︒ 何人輒將 向 此 上 隔 ︒ 又 以 梵本︒置 於 下龕︒僧衆躬 鎖藏門 ︒ 自掌 鑰鉤︒明日開藏︒還 見華嚴在其上隔︒諸師方悟一 乘 大 教 威 靈 如此 ︒慚 悔 過 責 ︒ 信慕漸 生 矣 ︒ ︻書き下 し︼ 聖暦年中 ︑ 于 闐三蔵 ・ 実叉難陀云く ﹁亀茲国中 ︑ 唯だ小乗 を習す る のみ︒ 釈 迦百 億に分 化 して種種の 身 雲 を 現わし︑ 新境 界 を示す を 知ら ず︒ ﹃華厳﹄の大 経 を 信 ぜ ず︒ 梵僧有 り ︒天竺 従 り﹃華厳﹄の梵本を将いて 其 の 国中 に至る︒ 小乗の師等は皆信 受する こ と 無し︒梵僧 は遂に 経 を 留 めて帰る ︒小乗 の諸師は廼ち経を以て井に投棄せば︑ 経︑ 井 中 に 於いて 光赫 ⼀ を放つ こ と 火の聚 ま るが如 し ︒ 夜に諸 師は之 を 覩 る ︒ 疑 いて ﹃金 の宝 なり﹄ と 謂 う︒ 明 に 至 り集議す︒ 人 をして 之 を漉わしむ︒ 乃ち ︑ 是 れ前に棄つる所の﹃華 厳経﹄なり ︒ 諸師 稍 く 驚 異 を 為 す ︒ 遂に却って経蔵 中 の収 ⼆ 帰し て龕に 安置す ︒他 日 ︑ 忽 に 梵本 を 見 る に︑ 其の蔵内の最上の 隔に在り︒ 諸 師は念 じ て言 く ﹃ 此れ我 が 釈迦の説く所に非ざるや︒ 吾見るに︑ 少 異有り︑ 乃ち蔵中 に 収 入す るに︑ 何 れの人︑ 輒ち向に 此れを上隔に 将 い る や ﹄と ︒又 ︑梵 本 を 以 て 下 龕 に 置 け り ︒僧 衆 は 躬 ら 蔵 門 を 鎖 じ ︑ 自 ら 鑰 鉤
三 を掌る︒明日︑蔵を開く︒ 還た﹃華厳 ﹄ の 其 の 上 隔 に 在るを見 る︒諸氏 は方に一 乗大教の威 霊 を悟る こ と 此 の如し︒慚 悔 ︑ 過責 し ︑ 信慕漸く生ずるな り﹂と ︒ ⼀ ﹁光 赫 ﹂ ひ か り 輝 く様 ︒ ⼆ ﹃大正蔵 ﹄の 対校記に 従い﹁ 入 ﹂の 字を﹁ 収 ﹂とする ︒ 三 ﹁鑰 鉤﹂ かぎ︒ ︻テキスト︼ p.177 , a10-2 1 證聖年 中 ︒花陰鄧元英︵有本名元爽 ︶有一親友︒忽 染時 患︒ 死 經 七日 却穌 ︒ 謂 元爽 曰 ︒ 見冥 道宮 吏將追 君父︒ 文案欲成︒急修功 德以禳之︒元 英驚懼曰︒修 何功 德︒而 疾 獲 免︒ 彼人云︒ 急 寫 大華 嚴經 一部︒若遲 大 期不 遠︒元英乃 遽 市 買紙 ︒向 隣 寺 伏 禪 師 院 ︒ 請 禪師 與 名 召經 生 ︒ 如法 護淨 ︒一 時書寫 ︒未兪 旬日 ︒經 已周畢 ︒ 辦 齋慶 之︒ 於後 遂免 斯厄︒ 元 英仍 依 母 服哀 切 在懷︒至其 冬 十一月 中 ︒於母墳所舊種寒枯 之莖 ︒忽生花葉︒芳茖榮艶︒五彩 含 英︒斯蓋寫 經之感 也 ︒洲縣以之聞奏︒ 則天嗟 異 ︒賜立孝 門︒降勅 旌表︒ ︻書き下 し︼ 証聖年中︑ 花 陰 ⼀ の 鄧 元 英 ︵ 有 る本 ︑元 爽 と 名 づ く ︶ 一 親 友有 り︒ 忽 ち 染時 に 患 い︑ 死し て 七 日 を 経 ︑ 却っ て蘇 る︒元爽に 謂 い て 曰 く﹁ 冥 道 を 見 る に ︑宮 吏 将 に 君 の 父 を 追 わ ん と す ︒文 案 を 成 さ ん と 欲 す ︒急 い で 功 徳 を 修 し ︑ 以 て 之 を 禳 え ﹂と ︒元 英︑ 驚懼 し曰 く ﹁ 何の功徳 を修さば︑ 疾 く免を獲 んや﹂ と ︒ 彼 の人 云く ﹁ 急 ぎ て ﹃ 大華厳 経﹄一部を 写 せよ ︒ 若し遅れば ︑ 大
期 ⼆ は遠 か ら ず ﹂ と︒ 元英 乃 ち ︑ 遽 に 市 で 紙 を買 い ︑ 隣 寺 に 向 か い ︑禅 師 院 に 伏し ︑ 禅 師 を請 い 名 を 与え 経 生 を 召す︒ 法 の如 く浄 を護り︑ 一時 に書写 し ︑ 未 だ旬日 を 兪えざるに︑ 経 巳 に周ね く 畢わ る︒ 斎を 弁じ之を慶 ぶ ︒ 後 に遂に 斯 の厄 を免 る︒ 元 英 は母 の 服 に 仍 依し て 哀 三 れみ︑切って 懐に在 り ︒ 其 の冬 十 一 月中に至り︑ 母 の 墳所に於いて︑ 旧 種の 寒 枯 の茎︑ 忽 ち花葉を生 ず ︒ 茖を芳り︑ 栄 艶なりて︑ 五 彩は英を 含む︒ 斯 れ蓋し︑ 写経の 感な る や ︒洲 県 に 之 を 以 て 聞 奏 す ︒ 則 天 ︑ 異 を 嗟 く ︒ 孝門を 立て るを賜 り ︑勅 を降 し︑ 旌表 四 す︒ ⼀ ﹁花陰﹂ 縣の名︒ 華陰︒ ⼆ ﹁期﹂ こ こ で は忌 の意味 か︒ 三 ﹃大正蔵 ﹄の 対校記に 従い﹁ 免 ﹂の 字を﹁哀 ﹂とする ︒ 四 ﹁旌 表﹂ 人 の 善行を 集 め ︑ 誉め て世間 に知ら せ る こ と︒ ︻テキスト︼ p.177 , a22-b 7 如意元年︒降洲有二童 女︒皆 性識靜正︒妙 年依 師姑︒誦 華嚴 經︒ 得三十餘卷︒師姑戒 行︒ 精苦常誦 華嚴 為業︒欲教二女令 得剃度︒ 無幾 師姑 忽然端 坐 而終︒二女朝朝︒詣 墳 所 號泣︒ 經 於三年︒墳上忽生紅蓮五莖︒二女覩 華感 異︒益以號慕︒忽見一梵僧︒神儀 甚 偉︒ 來 問 女 曰︒汝何 哀號 如是︒女對曰︒於和尚所 ︒ 誦 習華嚴︒志求出家︒不圖無 感︒師姑早喪 ︒僧曰︒ 汝既 能懇求 剃 落︒ 何憂 不果︒ 僧 乃於 懷中 ︒ 出 一甎像方圓 六 七寸︒以授二女︒而告 之曰︒ 汝 將 此像︒於家供養︒ 不久當獲 出家︒女 得 像已 禮謝梵僧︒少 頃忽然不見︒女即將歸家︒如 法供養︒精 懃 信敬︒一心無怠︒其像方圓︒日 長一寸︒ 十日間︒無日不長︒後至丈餘︒洲縣
知之 ︒兼 花 檢 覆聞奏 ︒ ︻書き下 し︼ 如意元年︑ 降 洲に二童女 有 り︒ 皆︑ 性 識 ︑ 静 正 なり︒ 妙 ⼀ 年︑ 師姑 ⼆ に依 る︒ ﹃華厳経 ﹄ を 誦 して三 十余 巻を 得︒ 師姑 は戒 行︑ 精 苦 にし て︑ 常に ﹃華厳﹄ を 誦 するを 業 と為 す︒ 二 女 に教え て 剃度を得 せし めんと 欲 す︒ 幾ばくも無く師 姑︑ 忽然とし て 端座 して終わる︒ 二女 ︑ 朝 朝 に 墳所に詣でて号 泣 す︒ 三年を経て︑ 墳上に忽ち紅蓮︑ 五茎生ず︒ 二 女 華 を覩て異を 感 ず︒ 益ます以 慕す︒ 忽 ち一 梵僧 を見 る︒ 神儀 は 甚 だ偉 なり︒ 来 りて女 に 問いて曰 く ﹁ 汝は 何ぞ 是の如 く 哀 号 せ る や ﹂ と︒ 女 対 えて曰 く ﹁和 尚の所に 於いて︑ ﹃華厳﹄ を誦 し習う︒ 出家を志求す るも︑ 図 らずも 感 無く師姑は早喪せり﹂ と︒ 僧曰く ﹁汝 ︑ 既に能く剃 落 を 懇求 す︒ 何ぞ憂いて 果 たさ ざるや ﹂ と︒僧は 乃ち 懐 中 よ り 一 甎 て号 三 像 ︑ 方 円 六 ・ 七 寸 な る を 出 し︑ 以て 二女 に 授 く︒而して 之 に 告 げ て曰 く ﹁ 汝︑ 此の 像 を 将い て 家 に 於 い て 供養 せよ︒ 久 しから ず し て ︑当 に 出 家 を 獲 べ し ﹂ と︒女 ︑ 像 を 得 巳 わ り て ︑ 梵僧に 礼 謝 す︒少頃 四 にして忽然と 見えず ︒ 女即ち将 いて家に帰 り ︑如法に 供養し︑ 精 懃 し︑ 信 敬 し︑一 心 に怠 るこ と無 し︒ 其の 像︑ 方円 は日一寸 を長じ︑ 十日間 ︑ 日に 長ぜざ る こ と 無く︑ 後 に丈余 に至 る ︒ 洲 縣 之 を知 り︑ 花 を 兼ね 五 ︑ 検 覆 六 し聞奏 す ︒ ⼀ ﹃大正蔵 ﹄の 対校記に 従い﹁ 眇 ﹂の 字を﹁妙 ﹂とする ︒ ⼆ ﹁師 姑﹂ 尼 僧 のこ と︒ 三 ﹁甎﹂ 特別な 絵などが描 か れた 瓦︒ 四 ﹃大正蔵 ﹄の 対校記に 従い﹁ 傾 ﹂の 字を﹁ 頃 ﹂とする ︒ 五 ここで は ﹁ 兼 ﹂は﹁ 献 ﹂の 音通と し︑ 兼 ﹂ を﹁ 献 じ ﹂と 訓 ずる べき か ︒ ﹁ 六 ﹁ 検 覆 ﹂しらべて詳らかにすること︒
︻テキスト︼ p.177 , b 7-24 則天 異之︒ 詔 遣 二 女 兼 花︒根 莖 同入 發 墓 ︒取花乃見花莖透棺而出︒ 破棺取根︒根自 師 始舌上而生︒光 彩 鮮艶︒ 洲縣 同見︒ 二 女 京 召入内︒ 則天自 手 執刀 落 髮︒并 賜三 衣 瓶鉢等 ︒倶配天女寺 ︒ 因 此 便 出勅天下諸寺︒ 各度僧尼二人︒ 大足年 中︒楊洲大雲︒有僧弘寶︒美 儀 貌善 誦 經 ︒ 毎自恃 頴於人 ︒忽然 一 日眉上 鬢 下︒出 一 瘤 癭 ︒其 大如 桃︒旬日之 間 ︒漸長 三 寸餘 ︒其 僧 耻之不出 房門︒於寺醫療︒日更增甚 ︒因自思 惟︒ 此疾有二因縁︒一則 過 去業感︒二由 見 在輕慢賢聖︒遂即發 願 ︒於其 房 中︒轉 讀 華嚴 經一百遍 ︒ 晝 夜 香 花 精 懇 禮 懺︒轉 經 至六 十 遍︒夜 中 忽夢 ︒有人來 語之 曰︒汝 欲 愈病 ︒吾 與汝 醫︒以手 執 刀 ︒截 却其 癭 ︒ 於便 驚覺 ︒至 明具向 諸 僧 廣 説 ︒ 於是癭上生瘡 ︒瘡 中 出 膿︒ 經於一月︒ 其 疾全瘥︒亦無瘡盤︒楊洲僧筠︒入 洛 具 以 此 事︒ 説於花嚴藏公︒ ︻書き下 し︼ 則天 は 之 を 異 と し ︑ 詔 して 二女 を 遣 り て 花 を 兼ね ⼀ しむ ︒根茎同 じく墓 に 入 り て発 す︒ 花を取 れ ば ︑ 乃ち 花茎 ︑棺を 透 し て 出づ るを見る︒棺を破 りて根を取るに︑ 根 ︑師姑 ⼆ の舌 の 上 自り 生ず ︒光彩 鮮艶 に し て ︑洲 県同じ く 見 る ︒二 女は 京 に 召 さ れ 入内す︒ 則天自らの手もて執刀し髪を落とす︒ 並 びに三衣︑ 瓶 ︑ 鉢 等 を 賜う︒ 倶 に天女寺に配 され︑ 此 れに因って便ち勅を 天 下の諸 寺 に出 し て ︑各 お の僧尼二人を度 す︒ 大足年 中︑ 楊洲大雲に僧弘宝有り︒ 美 儀にして︑ 貌 善く 経を 誦す︒ 毎 に自ら恃んで人を 頴 す︒ 忽然として一日︑ 眉の上︑ 鬢 の下 に一 瘤癭 三 出 づ ︒其 の大いさ桃の如し ︒旬日の間に︑漸く長 じ て三寸余りな り︒ 其 の 僧之を耻じて ︑房 門を出 で ず ︒ 寺に 於いて医療す るも日に更に増すこ と 甚だし︒ 自ら思惟す る に因 るに ︑ 此 の疾には二の因縁有り︒ 一 には則ち︑ 過 去の業感 なり︒