1.どんな時代なのか
1)垂直的な公から水平的な私へ 近代以前には、ヨーロッパでもアジアでも特定理念に基づいた全体主義的王朝国家 の形態をもつ所が多かった。政治と宗教は、概して統一されていたし、個人よりは集 団が、もっと重視されたし、一次産業中心の生産力は、社会を経済的に後押しする物 的土台であった。 そうするうちに、物事に対する判断の主体を‘私’から探していたデカルトの思想 (cogito ergo sum)に含まれているように、人間の主体性に対する事由の幅が広くなり 始めた。自然に対する人間の主導性が談論の主題になって、物事を客観的に扱う科学 の言語が発達し始めることに、人間が歴史の主体に浮び上がり始めた。 経済的次元では、産業構造に革命が起きながら、物らが大量に生産され、資本中心 的社会に再編され始めることに、都市化も急激に成り立っていた。分業が活発になり ながら多様な制度が生まれ、それだけ人間の役割も多様化するようになった。その結 果、神よりは人間、上よりは下、集団よりは個人の声が尊重される雰囲気が大きくな った。画一的な国家宗教の形態は、衰退したり消えていった。 こういう流れを主導した勢力、いわゆる市民(Bourgeoisie)は、一方では共同の約 束に基づいた公的な領域(public sector)に属していながらも、暮らしの意味は、主に― 東学と京都学派の公共論理 ―
李 贊 洙
1.どんな時代なのか 2.私から公共に 3.東学の公共性 4.公共の媒介性 5.京都学派の公共性 6.公共の根源的主体 7.終えながら 〈参考文献〉個人的で私的な領域(private sector)で探していた。そのように公と私の区分が生ま れ、個人の好みによってさまざまな選択をする場合も頻繁になってきた。特定身分に よる超越の独占がこわれ、階級構造が打破されるや、垂直的体系の公的領域よりは、 水平的体系の私的領域が浮び上がり、主要な関心事も超越よりは現実に集中した。こ ういう現象をいわば世俗化(secularization)という。このような世俗化傾向により、私 的で現実的な領域が拡張されながら、個人的自由主義ないし物質中心的事由が、日常 化されることにより、そのような流れが初期産業化の段階を経て、資本主義を胎動さ せ、今日の新自由主義まで続いたのである。 2)水平的な私の極大化 資本主義はさらに多くの資本を生産するために人間の主体的能力を最大限発揮する ことを要求する。ところで、垂直的な社会が崩れ、法的あるいは形式的には自由と平 等の社会に突入した理由に、他人を強制できる根拠や権利は弱まった。 すると人々は、個人に課された責任と力量を総動員して、個人の成果を極大化し始 めた。 自発的に自分を絞り取ってさらに多い成果を作り上げながら、世の中は資本中心の 成果社会に再編され、以前とは違う次元で、他人と私の区分はもちろん、人種間、国 家間の境界も崩れ、浅くなってきた。「ウルリヒ ペク」が警告を発し、診断したこと があるように、人類はもはや自分の成就を自ら統制できないほどの“危険社会”に突 入した。1これは、個人の欲望に基づいた私的領域が、競争的に強化されながら広がっ てきたことである。このような時代状況に主導権を握っている人たちの目には、‘公的 領域’とは個々の自由を抑圧する全体主義的しくみとして感じられる可能性が大きい。 だが、個体中心的な無限競争社会に追い出されながら、人類がより一層“危険社会” の中に進入していくことにより、以前の公的領域を新しい次元で、再構成することで 前人未踏の危険社会を越えようとする試みらが行われている。個人的自由主義が成し 遂げた私的権利が、健康な市民的公共性に進むようにしながらも、‘公’を名分におき 個人を単に道具化しないで、私的な尊厳の価値を生き返らせて、相互合意の公共圏を 正しく拡張させていくための作業でもある。西洋では「ハンナ・アレント」と「ウィ ルゲン ハーバーマス」のような人らを辿りながら、公共性(publicness)に対する再 解釈が起き、個体に対する抑圧のしくみの水準から抜け出し、肯定的な次元で論理化 され始めた。このような形で個人性を尊重する公共性論理が、近頃は公共哲学・公共 倫理など公共性に関連した名前で、進行し拡張されている。
1 Ulrich Beck, Risikogesellschaft:Auf dem Weg in einer andere Moderne(Frankfurt:Suhrkamp Verlag,
3)論文の意図およびその範囲 本論文においても、このような時代状況を意識しながら、今日の公共性ということ は何であり、何でなければならないのかに対して整理してみようと思う。2特に東アジ ア圏内出で、公共性論理の拡張と深化を主導している在日哲学者「金泰昌」の公共論 理を傾聴しながら、韓国の東学と日本の京都学派の論理が、健康な社会的構造をどの ように設定し説明しているのか、そして今日、進行している公共性論理に東学と京都 学派の哲学はどんな意味を与えることができるのか調べようと思う。これらを通じて、 公共性論理が実際に韓国の新宗教と日本の近代哲学の領域では、どんな方式で現れて いるのかを調べようと思う。 何より儒教的宗教性を基盤とした、韓国の長い間の宗教的思惟体系をよく反映して いる代表的新宗教運動である東学と、大乗仏教的世界観に立脚して、西洋哲学を創造 的に消化することによって独創的な日本哲学として位置を占めた京都学派の思惟体系 は、今日の公共性論理をさらに実のあるものにしていると同時に、21世紀の東アジア 全般に似合う公共の論理を探し出すことに貢献できるものと見られる。特に互いに重 なったり、似た時代を生きられた「水雲」(崔済愚、1824 1864)と「海月」(崔時亨、 1827 1898)および「西田幾多郎」(1870 1945)と「田辺元」(1885 1962)の思想に濃 縮されている公共の論理を探して、今日の公共性論理を充実することに寄与してみよ うと思う。東学の宗教的言語と京都学派の哲学的論理は多少異なった脈絡において、 他の聴衆と読者を意識して展開することもあるが、結局は、個体と全体を生かそうと する実践的で理論的な作業という点では、これらがそれほど違わないと見ているから である。‘公共’という言葉の語源と概念から調べてみるようにしよう。
2.私から公共に
1)公共という言葉 「公共性」という言葉が多様な次元で使われているけれども、本論文で述べる公共性 は、私が利己的自由主義や集団的全体主義に陥没しないで、他者との水平的関係を結 ぶことによって健康な公の領域を確保していく過程と内容を意味する。これは個人的 な私の無限競争に陥没しないで、個人を無視した集団的な公を警戒しながら、私と公 2 「公共性」という言葉は次の三つの次元で使われる傾向がある。第一、国家に係る公的(official) 領域として、公的資金、公教育、公安などのように強制、権力、義務などのニュアンスを持つ場 合である。第二、すべての人々と係った共通的(common)領域として、共通の関心事、公共の福 祉、共益などのように特定理解にかたよらなくで、個人的権利の自発的制限や忍耐の意味を持つ 領域である。第三、誰にも開かれている(open)次元として、情報公開、公園などのように秘密 やプライバシーなどと対比される領域を意味する。齋藤純一、『公共性』(岩波書店、2000)、序文。の新しい関係性を定立させようとする時、要請される姿勢でもある。東アジアの代表 的な公共哲学者である「金泰昌」の立場にも含まれているように、公共に対する議論 は、集団と個人・自我と他者・主観と客観・強者と弱者・主流文化と非主流文化・中 心と周辺の関係を元気に作っていくための作業である。私が自発的に参加して公的原 理を公平に具体化させることでもある。語源的に見ても、公共の‘公’は一ヶ所に偏 らないで、皆に通じるある物事を意味していて、‘共’はそれを実際に皆が一緒に関わ ることを意味する。公が全体的構造または構造的原理と同じならば、共はその原理が 実際に皆に適用される過程を意味する。それで公共は、ある構造的で普遍的な原理が、 実際にあまねく適用されている状況を称する。 この時、普遍的原理が実際に具体化されるのは、単純に自然法則が自動的にすべて に適用されることとは次元が違う。公共が公の共化ならば、その共化を可能にする基 礎は私である。私と私が有機的で健康に作動しながら成り立っていく共化は、人類が 新しく作り上げていくべきである公の世界である。その公が私を生かす公でなければ ならないのはもちろんのことである。公と私の相生こそが元気な公共性の根幹になる のである。 2)公共の歴史 公共性は私と公の間で広がる有機的関係性である。その間‘公共’という言葉は、 時代と状況によって、内容が変わってきた。たとえば垂直的身分社会での公共は画一 的な恩恵授与や民の犠牲をもとに成立するということにならざるをえなかった。その 時の公は全体主義的あるいは集団主義的であり、その公的領域は“滅私奉公”の公で あった。滅私奉公は、私的領域を犠牲にして[滅私]、公的領域を拡大していく[奉 公]姿勢である。 『十八史略』に登場する儒教的修養理念である“大公無私”の精神も、これと似てい ると言える。もちろん公的領域を大きくし[大公]、私的領域をなくす[無私]にて、 道徳性の根幹を探した儒教的精神は、一方では今日でも意味がなくはない。たとえ朱 子は『朱子語類』のいたるところで公と私を天理と人欲、義と利、善と悪、是と非、 正と邪の二分法で説明している。‘私は公がない状態’と規定しながら、公と私を人間 の気遣いの正しいか正しくないかの次元に分けて説明しているのである。こういう脈 絡で、君子は公を正しく実践する人になりながら、公のため私を自発的に制限する行 為は、君子ならば当然の実践的徳目になる。 もちろん朱子に‘私’は単に個体性でなく、そのような点で朱子の公私二分法を全 体のために、個体を犠牲にしなければならないという全体主義的論理としてみること は難しい。彼に公は、原則的に個体らを生かすことであって、殺すことではない。そ れにもかかわらず、垂直的君主制ないしは身分制が確立されている社会においての ‘私’の否定は、その結果を全個人に戻すよりは、君主中心の秩序の延長水準に留まら
せる可能性が大きい。“大公無私”には、‘ない者’の一方的な自己犠牲につながって、 全体主義的“滅私奉公”の公に展開する可能性が含まれているのである。公を育て[大 公]、私をなくす[無私]の行為は、政治的状況によっては、ともすると非自発的に個 人の価値[私]を殺して[滅]、公的な領域[公]を敬う[奉]一方的行為に変質する 可能性が常在する。 「ハンナ・アレント(Hannah Arendt)」が既存の公(publicness)観念下で、“完全に 私的な生活をするということはまず真の人間的の生活を営むのに、本質的なことが剥 奪されたことを意味する”と見たように、3滅私奉公と大公無私が現実的に適用される 過程で公の名前で私の本質が奪われることになる可能性もある。一般的な語法では滅 私奉公や大公無私の‘滅私’や‘無事’が個人の主体的判断による自発的自己犠牲の ように写ることもあるが、その‘滅私’や‘無私’が、公的な領域によって、一方的 に助長されたり暴力によって、強要された犠牲になることもあるからである。このよ うな形での滅私奉公的姿勢は、個人の領域が持続的に拡張されてきた世間の流れに照 らせば、時代錯誤的でもある。 前でも話したことがあるように、公が一方通行された時期と違い今日は、私的領域 に基づいた資本主義および新自由主義が拡張されながら、逆に私だけを前面に出す“滅 公奉私”の雰囲気が充満している。産業革命以後世界の変化を主導してきた市民階級 (ブルジョア)が、新しい公的次元を健康にする前に、かえって相当の部分が個人の領 域で退行しながら、公的領域を疎外させてきた傾向が生じたのである。 こういう状況の中で、公と私を新しい時代に合うように皆生かそうとする新しい公 共性論理または流れが登場していることは歴史の必然かもしれない。この流れでは、 滅公奉私の流れを再逆転させて、私らの連帯を通した健康な公の領域を確保しようと する。国家という全体よりは個人たちの連帯である市民社会の流れが拡大している今 日の状況では、基本的には個人の自発性を生かす中で公共性も確保されつつあってま たそうすべきである。個人の自発性に基づいて、市民社会を成立させ、その市民社会 が主導する公を作り上げていくことでもある。もう一度「金泰昌」の表現を借りれば、 「活私開共的公」の領域を成し遂げていくことである。4“活私開共”は文章そのまま で個人を生かしながらも[活私]公的領域をひらく[開公]姿勢を意味する。個人と 社会が皆生きる姿で現れなければならないのである。 “私”(の存在・価値・尊厳)を“消滅”(滅・抑圧・犠牲・否定)させるのではな く、いかしながら(活・認定・尊重・発展)“公”(国家・政府・体制)を国民・
3 Hannah Arendt, The Human Condition(University of Chicago Press, 2008)。
市民・生活者に“開”(開・応答・責任・配慮)かせるようにすることでありま す。そして“公”と“私”の間で、両側を共に媒介(=共媒)という作用で、公 共を動詞的に把握するのです…それから新しい次元が開かれる(=改新)過程を “公共”(する)内容として理解します。5
3.東学の公共性
このような‘活私開共’の理想は最近の発明品ではない。事実上、人類の長い間の 知恵の中に綿々と伝えられてきた伝統的なものでもある。たとえば私たちの主題であ る東学の創始者「水雲:崔済愚」以来、近代韓国新宗教で、あまねく使われている‘開 闢’にも健康な公共性が深く含まれている。開闢は一言で‘新しく開かれた世の中’ である。 キリスト教の‘神さまの国’が神さまの全面的な主導権に基づきながらも、一方で は人間の具体的な実践を通して具体化されるように、‘開闢’もすでに構成された宇宙 的法則でありながらも、一方で見れば、それに似合う人間の精神的転換と社会的変化 を通じて成り立つ限りない作用でもある。 明らかなのは開闢が、来世あるいは死後の世界でなく、現世的理想世界であり、理 想的世の中と人間の具体的な実践が、原則的には分離しないということである。人間 の主体的実践が、新しい世界をひらく動力であるがゆえに、その新しい世界は、静的 に固定された空間ではなく、終わりなく動く力動性でもある。このような点で開闢は、 理想的な公的原理とその公的原理が具体化される公共作用を宗教的な次元で適切に表 わしてくれている。水運は、開闢という公共作用の深層的原理を“不然其然”という 言葉で説明している。 1)不然其然、東学の論理 “不然其然”は、究極的真理[無極大道]が本体の次元では、特定概念中に閉じ込め られない‘そうではない’[不然]の世界ながらも、現象世界では‘まさにそういう [其然]’ことだと規定するようにあらわれるという立場を含んでいる。‘不然’が経験 の以前的世界ならば、‘其然’は経験の世界である。もちろんこの二つは二元論的別個 の世の中でない。完全て分からないような世界も内的に認識して信じて行じるだけに 知られてあらわれるという意味が入っている。‘不’という否定と根源の世界は、結局 ‘其’という肯定と経験の世界で会うということになる。“そのようだがそうではなく 遠いようだが遠くない”[不然而其然 似遠而非遠]6という水雲の別の話中で、この 5 金泰昌編。Ibid., pp.75 76.ような意味が含蓄的に入っている。 ‘遠さ’と‘遠くないこと’を一般的には、神と人間、天と地の関係で描写したりす る。“遠いようだが事実は遠くない”という話は神と人間、天と地の根源的一致を含蓄 していたりもする。神は人間に対して遠いようだが、天は地に対して高いようだが、 実際に神は人間の中で知れられて、天は地に反映されながら天になる。 これに対する最も直接的な描写が人間は“天を大切にする”という「水雲」の「侍 天主」や“人間が即ち天”という「義菴」(孫秉煕)の「人乃天」の中で、最も決定的 に見える。この時“人が即ち天”という宣言は“天を大切にする”という水雲の侍天 主と脈絡とは少し違うが、全般的に“不然其然”の論理を集約的に見せている。具体 的人間が、具体性向こう側の世界である天と同じ[乃]実在という事実を語ってくれ ているという点においてもそうである。水雲の悟りの世界である“吾心即汝心”での “吾心”は、狭い意味での水雲自身の心だけを称していない。水雲の心だけでなく、皆 の心が即ち天の心という意を含んでいる。ここには‘私の心だけが天の心’というよ うな排他性が割り込む余地はない。皆の心が天の心と同じである。それで「海月」(崔 時亨)が話すように、人間最高の倫理は“人を天のように崇める”(事人如天)ところ にある。海月は話す。 敬天だけあって敬人がなければ、これは農作業の道理は分かるが、実地で種子を 土地にばら撒かない行為と同じだから、道を究めるものは、人を天のように崇め た後、初めて正しく道を実行する者になる。7 人を天のように崇める姿勢でこそ宗教的公共性の始発で終点である。人間の具体的 経験の世界である‘其然’は、具体的に制限できない‘不然’の世界との不二的関係 性の中にありながらも、具体的経験世界は、それ自体で絶対性と普遍性を主張するこ とはできない。もちろん絶対的普遍の世界は、具体的現象世界へ現れるという点では、 不然が即ち其然であり、其然は即ち不然である。このような点で人間の具体的経験も 尊重の対象になる。 しかし、そうであっても個人的判断としての其然を不然の世界と単純に同一視する ことはできない。ある程度、直線的時間観で想像される言語であるが、“神さまの国” が一方では‘まだ来ていない(not yet)’実在ながらも、他の一方では‘今すでに臨ん だ(already now)’実在でもあるというキリスト教の終末論的構造ともある程度相通じ ていると言える。“不然其然”の論理は、全般的に宇宙的法則と人間的実践が単純同一 6 崔濟愚、「東經大全」(歎道儒心急)。『東經大全』の「不然其然」章は全般的にこのような論理 の上にある。 7 崔時亨、「海月神師法說」(三敬)(天道敎中央總部、http://chondogyo.or.kr/c02/bible3.php).
の次元よりは、互いに離せない‘不二的’関係にあることをよく見せている。 2)侍と乃、肯定と否定が会う場所 この時、これを私たちの主題である公共性と結び付けようとするなら、一歩先に進 まなければならない必要がある。否定がどのように肯定になるのか。否定[不然]と 肯定[其然]の一致を話そうとするならは、その一致地点で何かもう少し具体的な説 明が要請される。 “人間が即ち天”(人乃天)で“即ち”(乃)という同一性が確保される根拠はどこに あるだろうか。“吾心即汝心”で“すなわち”(即)はどのように確保されることがで きるということだろうか。水雲が自身の宗教体験を集約して表現した“21字呪文”を 調べながら説明してみよう:“至気今至願為大降侍天主造化定永世不忘万事知”8 この呪文の中で前の部分[至気今至願為大降]は、簡単に説明すれば、‘私の気運が 限りない気運、すなわち至気と融和一致になるように祈る’という意味である。至気 と一致するのは言い換えれば“天を大切にする[侍]こと”でもある。それにより呪 文は“天主を大切にする[侍天主]”という有名な文章につながる。この天主、すなわ ち天を大切にするというのはどんな意味なのか。 水雲は“天主を大切にする”(侍天主)とする時の“侍”を“内有神霊外有気化一世 之人各知不移者也”と解説している。9“内に神霊があって、その神霊が外で気化する ということを、世の中の人が各自で分かって、移さないこと”が“侍”の本来の意味 ということである。内的に取りそろえてある神霊が外的に気化することによって、人 間と世の中が成り立つという事実に対する完全なる洞察が‘侍天主’の基本である。 これを至気と一致するように祈る前の文章と連結すれば、結局‘至気’が内的神霊 の外的気化の根幹であり、その‘至気’によって世の中が成り立つという意味になる。 至気ということは天主、すなわち天さま(ハンウルニム)の存在方式であり、人間と 世の中も至気に基づいて成り立つということである。水雲は至気に対してこのように 解説している。 至気というものは、虚霊が蒼々としていて干渉しないことがなく、命じないこと がない。しかし形容があるようだが形象しにくくて、聞くことができるようだが 見るのが難しいので、これやはり渾元なる気運である。10 「尹錫山」の解説によれば、至気とは“宇宙的源気として、万物の生命力・生成力の 根源であり、同時に宇宙の究極的な実在”である。“天さま(ハンウルニム)の至気を 通じて、この宇宙に遍満しており、同時に私たち中にも祭られているのである。至気 8 崔濟愚、「東經大全」(論學文)(天道敎中央總部、http://chondogyo.or.kr/c02/bible1.php) 9 崔濟愚、ibid. 10 崔濟愚、ibid.
は、ただし天さま気運だけでなく、まさに天さまの存在様式でもある。すなわち、至 気と天さまは二であり一つで、一つとしながら二である。”11 この“至気”を「海月」(崔時亨)の言語で翻訳すれば“霊気”となる。人間は神霊 らしい気運、すなわち霊気に基づいて、霊気にふさわしく生まれて生きていくという ことである。そのように生きていくこれが“侍”の本質となる。進んで人だけでなく 天地万物が皆、霊気にふさわしく生まれて生きていくということ[侍]が海月の考え である。 私たちの人が生まれたことは天さま(ハンウルニム)の霊気を祀って生まれたこ とで、私たちの人が生きるのも天さまの霊気祀って生きることだから、どうして 人だけが天さまを崇めていると言えるだろうか。天地万物がみな天さまを奉らな いことはないのだ。あの鳴き声もまた侍天主の声なのだ。12 人だけでなく万物が自分の中に受け入れている霊気は、存在する全てのものらを一 つで連結させる根拠となる。鳴き声さえも天主を受け入れているから出てくる声とい う話は、天地を一つにまとめる東学の根本的な論理となる。海月はまたこのようにも 話す。 天地、陰陽、日月、あらゆる万物の化生した道理は、一つの道理、気勢の調和で はないものはない。分けて話せば、気ということは天地調和玄妙を総称した名前 であるので一つの気勢である。13 結局、この神霊らしい気が、私の心[吾心]があなたの心[汝心]と同じで[即]、 人を天と同一視[乃]する根拠となる。内なる神霊が外で気化することによって内と 外の差が、差別にならないようにする根拠も、この神霊らしい気にある。東学が開闢 を追求して、開闢が前でみた公共的姿勢と原理により成立するならば、神霊らしい気 は、まさに‘公共’を可能にする東学の存在論的根拠であり、全体としての公が、画 一的集団でなく、多様な個体を生かす前提となる根拠もなる。人を愛する[愛人]だ けでなく事物も尊重しなければならない[敬物]理由もここにある。 このような形で“侍天主”はもちろん愛人および敬物思想は、“不然其然”理論の具 体的で実践的な姿勢および事例となる。“人と関わる時や事物に向かい会う時も”(待 人接物)同じように天を大切にするようにしなければならないという海月の要請は、 開闢も人と事物の元気な秩序を通じて開かれるという事実を適切に見せている。天と 11 尹錫山、「東学敎祖 水雲崔濟愚」(韓國語)(ソウル:モシヌンサラム、2006)、p.208. 12 崔時亨、『海月神士法說』(靈符呪文)、ibid. 13 崔時亨、『海月神士法說』(天地父母)、ibid.
いう理想と万物という現実が、開闢で一つに会っているのである。「金泰昌」が“個人 を生かしながら、公的領域をひらく”すなわち“活私開公”という言葉で公共哲学の 核心を整理した時、“侍天主”、“人乃天”、“事人如天”は、私を生かすことによって公 を開いてくれる具体的な姿を宗教理論的、実践的次元で、まともに表わしてくれる。 3)同帰一体、私らの有機的な連帯 このように東学では、‘個人’がすべての所の根本で作用している神霊らしい気運を 具体的に認識して、‘万物’を神霊らしく接するという姿勢で開闢の理想を見る。個人 的自覚を通した主体性の確保と、それの拡大としての社会的平和が、東学的公共の領 域になるのである。その領域を東学の言語ですれば、“同帰一体”である。14内なる神 霊が気化してお互いに会っているという事実を知るようになったものたちが、実践を 通して、具体化した理想的な共同体であるわけである。神霊らしい気運[一]で、一 緒に[同]会って[帰]相生して和解する根源的で歴史的な共同体[体]として解く ことができる。 ‘一体’という話中では単一な共同体と同じようなイメージが入っているが、個体性 を失って一つに統一されている滅私奉公的集団としての共‘同’体を話すのではない。 同帰一体は、‘同じ’[同]あるいは‘一つ’[一]がなるための協同の結果ではない。 單一体がなるための協‘同’や共‘同’の作業は、かえって個体を害して世の中を画 一化させることがある。それで「金泰昌」は、共‘同’でない、“共に仕事をするこ と”、“共に動き”、すなわち“共働”という用語を好んで使う。彼によれば、公共も同 じ[同]でなく、違い[異]を認めて尊重するところに、和合[相和]を追求してい く、限りない共働の作用であるのである。15 人が動いて仕事をするということを意味する日本式漢字“働”は、動よりは主体的 で能動的であり、同よりは多様性をよく表わすことができると思い、‘共働’という用 語を使っているのである。 このような形の同帰一体は、東学的公共作用の具体的に指向するところである。「金 泰昌」によれば、水雲が“考えて実行した‘公共’の特徴は‘気化’、すなわち天地万 物の生生化化を担当する宇宙的生命力と‘神霊’、すなわち人間ひとりひとりが備わっ ている本有的生命力が共に作用して、共振・共鳴・共響する所から噴出す歴史追動力・ 社会変形力・世界再建力をその機軸とすること”である。そしてこれは“各人の‘神 霊’の作用を躍動させるという意味の‘活私’を企てることと同時に、政治的・社会 的体制構造を歴史的・社会的・世界的変革力で解放・開放・改正するという意味の‘開 公’を達成すること”である。それで“‘活私開公の公共’(思想運動)と言うことが 14 崔濟愚、「龍潭遺詞」(敎訓歌)(天道敎中央總部、http://chondogyo.or.kr/c02/bible2.php) 15 金泰昌編、ibid., p.25, 87, 90.
できる”ことである。16 ‘開闢’という東学的理想も、個体らが共に相生しながら動いていく、すなわち共働 する限りない過程の中で多様な姿で花が咲く。すでに組まれている原理のような開闢 も、個体らの相生的共働の中で現実化されていくことである。個体らの共働により後 天開闢、『龍潭遺詞』の表現を借りれば、“また開闢”が成り立っていくことである。 そのような点で同帰一体は、静的状態としての共同体でなく、動的作用としての共働 体である。‘私らが有機的であって平和らしい連帯’ということができる。
4.‘公共’の媒介性
この連帯によって私的領域が公的領域になる。私たちの連帯が、個体[私]と全体 [公]の間の‘媒介’になるのである。媒介であるが、私と公の間の第三の領域を意味 するのではない。同帰一体は、私の公的具体化、すなわち共化で、同時に公の具体的 な内容である。私というコインの裏面で公というコインの裏面である。私が公の姿と あらわれて公が私を助ける。私は公ではなくて、公は私ではないが[不然]、私らの連 帯は私でありながら同時に公になる[其然]。前でみた不然其然の論理は、このような 形で私と公の間の関係を適切に反映している。「金泰昌」がこれを私と公の共同媒介、 すなわち公私共媒と表現したことがあるのに、17それなら同帰一体は、東学的な公私共 媒になるわけである。 ‘私’が活私開公の‘公’になろうとすれば、「金泰昌」によるところ、公共という 媒介が必然的である。国家が滅私奉公的全体主義の集団になることでなく、私が単純 に滅公奉私的個人に留まらないようにするならば、公共が媒介で確保されなければな らないということである。個人と国家の間に“社会”という公共的媒介があってこそ 健康な公の世界が開かれるということである。 私は国家と個人の間に介在する矛盾の調整は、国家と個人の内部の意志でもなく、 国家と個人の外部からのいかなる作用でもない、国家と個人の間で多様・多重・ 多層の媒介の役割を作動させることによって、相克(互いに勝ってまけるあるい は生きるか死ぬか)の関係から相生(互いに生かされる)関係で、構造と機能上 での相関的な転換を試みることだと考えます。18 国家と個人の“‘間’で両側を共に・互いに・どちらか一方も犠牲にさせないで媒介 16 金泰昌、「公共哲学物語」(韓國語)(ソウル:モシヌンサラム、2012)、p.374−375. 17 金泰昌編、ibid., p.42. 18 金泰昌編、ibid., p.53.する−結んで・つないで・生かす−多様・多元・多層の努力・通路・力動”を“社会” で想定している。19この社会は漠然とした観念的だとか抽象的なのではない。人間の生 と地域的具体性を担保している社会である。公共哲学の核心は“覚者の無分別智…で はなく、あくまでも凡人の分別世間智に留まるところにある”とするように、20“公私 共媒”の姿は具体的な暮らしの現場と遊離しているのではない。公と私の媒介として の社会は単純に理想的観念ではない。公共哲学者である山脇が‘グローカル(グロー バル+ローカル)な’公共哲学に対して強調する時のその‘ローカル’を忠実に、反 映している社会である。 諸地域の文化的、歴史的多様性を考慮しながら、そして文化と歴史の多様なコン テクストに基づきながら、同時に平和、正義(公正)、人権、福祉、貧困、科学技 術、環境、安全保障、文化財保護など地球規模で対処する必要がある問題を考え る‘グローカル公共哲学’である。21 公共哲学では“地域性”と“現場性”を担保する最っとも具体的な問題を無視しな いということである。22それにもかかわらず、その具体性を深層で確保していく言語的 論理は根本的で、それだけにある程度理想的にならざるをえないところで、東学での ‘同帰一体’も同じことである。同帰一体は、単純に政治・社会的な集団や地域的な問 題を解決していく集団のようなものを称しているのではない。そのような地域的現実 を無視しないながらも、侍天主、人乃天のような人間と自然の深層論理を洞察して、 人と事物を天のように崇める“待人接物”の言動で成し遂げられる、最も理想的社会 の姿である。それで一つの体[一体]になるのである。このような点で“同帰一体の 社会”が最も東学的な公私共媒であり、天主を大切にする[侍]個人の生き方であり、 “また開闢”の具体的な内容になるのである。
5.京都学派の公共性
1)西田幾多郎と田辺元 京都学派の哲学に対して勉強してみた人ならば知ることが出来るだろうが、公共哲 学で話す“公私共媒”は京都学派哲学者である田辺元が個体と全体の間に“種”とい う媒介を設定した、いわゆる“種の論理”ととても似ている。特に個人と国家の間に 19 金泰昌編、ibid., p.56. 20 金泰昌編、ibid., p.47. 21 山脇直司、『公共哲学とは何か』(東京:ちくま新書、2005)、p.209. 22 山脇直司、p.210.‘社会’を媒介に置いて、その間を公私共媒で説明する金泰昌の立場は、田辺の論理と 全く同じである。 田辺は、彼の師匠の西田幾多郎が“絶対無”、すなわち空を人間の認識と具体的な歴 史の根拠ないし場所と見て展開した“絶対無の哲学”を受け継いだ。西田は、仏教的 言語で単純に規定すれば、色と空の同一性[即]を明らかにするのに一貫した関心を 持った哲学者である。“絶対無”、すなわち空を基盤にし、主体的直観と行為を同一視 して、認識と存在を同一視して、反省を歴史と同一視する哲学を初志一貫に駆使した。 その根底でいつも絶対無を見ていた。万物の根底あるいは万物を見る主体の根底に絶 対無を置いて、万物は絶対無という場所の中にあるがゆえに、万物それ自体がそっく り肯定されることができるという論理を広げた。23 しかし田辺は、絶対無を強調することだけでは、人間の具体的な実践と生き生きし た歴史を間違えなく肯定することが難しいと判断して、“種の論理”という媒介哲学を 展開して行った。たとえば、悟るということは、基本的に認識の転換である。認識は 個人の内面で広がる仕業である。問題は個人の内的転換が、それ自体で歴史を肯定す る根拠になることができるかというところにある。仏教的言語を借りれば、空がどの ように色と直ちに同一視されると判断できるかという問題であるわけである。私たち のテーマで表現すれば、たとえば“同帰一体”が“[私]との有機的であって平和な連 帯”という時、その連帯が成り立つ地点で、具体的にどんなことが広がるのかと関連 した問いでもある。公的領域[公]と私的領域[私]がお互い[共]媒介[媒]の役 割をするという時、特に私にはどんなことが広がるのかまたは広がらなければならな いかという問いである。 これと関連して田辺は、空がそのまま(即)色になるなら(色)、悟りが歴史になろ うとするなら、ひとまず私の日常的行為が媒介の役割をするべきだと見た。たとえば 彼にとって哲学は、“道徳的実践”という根本の上で、それを徹底して反省する“実践 の自覚”である。“現実全体の実践行為を通した自覚”であるわけで、彼によれば、“絶 対無に直接入るのは不可能である。”24必ず実践としての‘媒介’が必要だということ である。道徳的実践が宗教的悟りの媒介になるということである。単純に言ってみれ ば、宗教的に自覚をしたといって、道徳的実践に繋がれることというよりは、道徳的 で意志的な実践と悩みぬいた以後にそれを越える宗教的自覚につながることができる ということである。これは“絶対無”だけを前面に出すことで、人間の具体的実践が 弱まったり、無力になりえるという問題意識を表わしてくれる。だからこそ、空が色 23 西田幾多郞の思想に対する具体的な内容は、李贊洙、“京都學派の自覺理論:西田幾多郞を中心 に”(韓國語)、圓光大學校圓佛敎思想硏究院、『圓佛敎思想と宗敎文化』第50集(2011)参照。 24 村公一、“田邊哲學について:ある一つの理解の試み”、 村公一編集・解說『田邊元』、p.30 31.
になろうとすれば、西田の言語のように絶対無が自らを限定して、色の世界へあらわ れようとするなら[絶対無の自己限定]、道徳的な実践を通した自覚のような具体的な 実践を媒介とすることで可能であると主張するのである。25 2)種の論理 田辺は、こういう立場を持って多様な理念らの間での衝突を経験した戦争期に、個 体を生かしながらも、日本の全体を統一的に説明できるような論理を確立しようとし た。いわゆる“種の論理”である。 私は昭和9年から同15年に至る間、自ら種の論理と呼んだ辯證法の論理の硏究に 從ひ、之をもつて國家 會の具體 構 を論理 に究明しようと志した。その動 機は、當時擡頭しつゝあつた民族主義を哲學の問題として取上げ、從來私共の支 配され來つた自由主義思想を批 すると同時に、單なる民族主義に立脚するいは ゆる 體主義を否定して、歬 の主體たる個人と、後 の基體とするところの民 族とを、 互否定 に媒介し、以て基體卽主體、主體卽基體なる 對媒介の立場 に、現實と理想との實踐 統一としての國家の、理性 根據を發見しようと考へ たことにある。26 要旨は、個人的自由主義を批判して民族主義的全体主義も否定しながら、個体と民 族を相互否定的に媒介させて、“現実と理想の実践的統一としての国家”の理性的根拠 を明らかにしてみようと思うということである。別のところでは、このように話して いる。 民族主義の政治 浪曼主義は個人主義の藝 浪曼主義と對蹠 反對の方向を有 するに拘らず、共に無媒介なる直接主義に依る特殊の普 、相對の 對 とし て、同様に排斥せられなければならぬ。たゞ種 基體と個 主體との否定 媒介 を じて類 國家の存在卽當爲 なる建設が、現實の主內容を すと考へる立場 に於てのみ、 會の存在と歷 の生 とが人間の行爲に媒介せられて、基體卽主體 の轉換 合一に依り、國家を最も具體 なる存在として思惟せしめるのである。27 25 西田も個物と環境の間で、部分と全体の間で、種の問題を意識してあちこちで取り上げる。し かし個物−種−全体の間に田辺に比べれば相対的に緊張感がない。西田に‘種’はそのままで‘即’ で、個体は全体であるが、田辺は相対的に‘種’の緊張感をいかしながら、それを結局絶対無の 中に抱きこもうとする。結局絶対無の中に抱きこむという点で、絶対無を浮上させることは同じ である。田辺の‘媒介’も結局は‘絶対媒介’として、彼にも西田が始終強調する絶対無の理念 がそっくりそのまま反映されている。それにもかかわらず田辺の媒介哲学は大乗仏教的‘肯定’ (即)の世界観がもっと豊かになることができるように活力を吹き入れてくれる役目をする。 26 田辺元、「種の論理の辨證法」、田邊元全集、第七卷、筑摩書房、1963、p.253. 27 田辺元、「國家的存在論理」、田邊元全集、第七卷、筑摩書房、1963、p.37.
民族という基体と個人という主体が相互否定的にお互いを媒介することによって、 国家という全体が成立するということである。個人の自己否定を通じて、既存の血縁 中心の種族主義を抜け出して近代的民族の概念が形成されて、それが国家が成立する 基礎になるということである。この時、個体と全体の間に、お互いを否定させながら 統一させる‘媒介’が必要だということが彼の立場であった。そうしながら、個人と 国家の間に‘社会’をその媒介で置く。社会は個人の自己否定で成立した近代的民族 の他の名前である。その民族を‘種’で命名しながら、種が個体[個]の自己否定で 成立する普遍[類]の具体的な内容、すなわち‘社会’というものである。田辺によ れば、社会は“二種類の対立した勢力ないしきっかけを各自、自分自身のなかに代表 的に担っている”人間で構成される。対立的勢力を相互否定的に媒介させる人間の自 覚的実践を通じて、個人的主体が民族という基体中に相即的で溶け込んで行って、そ うすることで国家の構造が堅固されるということである。 このような形で田辺は、個体と全体を個体と全体なれるようにする、特に全体の統 一性を生かそうとする論理を“種の論理”と命名している。この時“種”というのは、 普遍[類]と個体[個]間で作用する自己否定的相互媒介に付けた名前と言えよう。 田辺は、利己的個人主義と民族的全体主義が自己否定的に一つになった真の統一体を 論理的に明らかにしてみようとしていた。個人が全体の前で自己無化して、全体が個 人の前で自己無化するものの、その自己無化の中で個人と全体が創造的に会う統一体 (国家)を論理的に糾明しようと思ったのである。 3)菩薩国家 ヘーゲル式での言語ですれば、客観的精神で顕現する絶対精神を主観的精神にも現 顕させるものの、客観的精神と主観的精神の間に‘個人の自覚’という媒介を置いて、 歴史を肯定しようとする試みである。個人の自覚が個人主義と全体主義を相互否定的 に媒介することによって成立する社会で、全体としての国家も成立するということで ある。空(絶対無)を表すことだけでは、歴史を全面的に肯定しうることができない ので、空と色の間に、そして絶対無と歴史の間に、社会性を持った個人の実践的‘自 覚’を媒介に組み入れたのである。これは“絶対が個人の自覚と共に、現実世界の社 会存在に応現”としながら、“仏教で絶対者(仏)の顕現である菩薩が現実の色々な衆 生界に、その機根に合うように現れるというような、絶対が種という社会的現実の中 に応現するという考え方”ということができる。28衆生の根機に合う行動を通じて、絶 対者も自らを表わすのである。 田辺はこのような形で人間の意志的な行為、道徳的な実践を重視しながら、歴史を 28 武內義範、「田辺哲学と絶對無」、南山宗敎文化硏究所編、「絶對無と神:西田.田邊哲學の傳統 とキリスト敎」(東京:春秋社、1981)、p.209.
説明する媒介として強調する。そうしながら個体と全体の自己無化を通じて成立した 全体を“菩薩国家”と呼ぶ。“菩薩国家”はひとまず現実と理想の実践的統一体であ る。東学の“同帰一体”が東学的世界観の理想的状態であるように、田辺に“菩薩国 家”もこれと似た構造を持つ。 私たちのテーマでは、菩薩国家は理想的な公の世界ということができる。もちろん 公の世界は、原則的に私をいかすことを前提にしている。田辺は私と公が互いを媒介 しながら、相生する“公共”の場所を既に見ているように‘社会’と見ていた。その ような社会を媒介で成立した国家が、菩薩国家である。菩薩国家は全体であり、個体 を活かす全体である。菩薩国家は、固まった一つの状態ではない。絶対無に基盤を置 いているから、いつもありのまま生きている生命現象そのものでもある。それと共に 個体の自己否定的自覚を媒介にする生き生きした歴史でもある。空の場所に基づいて 色の世界を生き生きと肯定しうる[空即是色]とみた時、菩薩国家はそのように‘肯 定された色’の具体的名前でもある。田辺が“種の論理”という名前で日本民族を越 えて、個体と全体が相即して相存する世界の存在方式を説明しようとした時、菩薩国 家はその相生的世界の具体的事例になっているといえる。全体は個体の自己否定とし て肯定され、個体は全体の自己否定として肯定されるという論理の中に、田辺の種の 論理あるいは公共哲学の基本精神がおかれているのである。 このように公共作用を通じて、私と空を相生させようとする公共哲学は、個体と全 体の相互的自己否定を通じて、個体と全体をすべて生かそうとする田辺の媒介論理と 構造的に相通じる。“公私共媒”という「金泰昌」の用語は、田辺の“種の論理”に対 する公共哲学的翻訳と見なしても間違いはないように見える。 4)菩薩国家の現実的限界 だが残念ながら田辺の菩薩国家論は戦争が真っ最中だった日本帝国主義の正当性を 後押しする理論として作用したりした。東学は同歸一体の理想を持って国内の弊政を 改革し、民本の理想を具現しようとしたのに比べ、菩薩国家論は日本中心主義を強化 する根幹に作用した。田辺が、はじめからそのように意図したことではないが、現実 と理想の実践的統一体としての国家論が日本中心のアジア支配イデオロギーが真っ最 中強化された日本的現実とからみ合いながら、帝国主義的膨張に貢献する論理的役割 を担当したりもしたのである。これは全体が個体の自己否定で肯定され、個体が全体 の自己否定で肯定されるという“種の論理”が、前の部分だけが、すなわち個体の自 己否定による全体の肯定の部分のみ生き残ったせいでもあった。田辺に“社会”は個 体の自己否定と全体の自己否定が相即的で媒介される地点だったが、長い年月“和” という名前の“同”になじんでいだ日本では、個人たちだけ否定されたまま、全体、 すなわち国家は個人の自己否定を担保に堂々と存在する構造が維持されたのである。 これと関連して「金泰昌」はこのように整理する。
日本で重視されてきた調和[和]は“一つのグループのなかでの同化・同好・同 行と、外部の人に対する排斥以外には何でもありません。自分と他者の‘間’で 共に・互いに・相手を重視する相和とは全く違います。” “従来の日本的‘和’は 実に‘同’であったという事実です...過去に‘和’が‘同’に変質したので、暴 力的な同化・強制としての侵略戦争に進んだのに、まさにここで大きな惨劇が生 じたのです。29 こういう情緒が、戦争という国家的重大事の前では調和[和]という名前で、個人 はかくされ、国家のイデオロギーだけが全面に登場するという姿で現れることになっ たのである。日本では和が相生的というよりは、片方の犠牲を前提にした滅私的の傾 向があったのである。 5)滅私奉公的 公共性 このような立場は溝口雄三が整理した福沢諭吉の「公私観」でもよくあらわれる。30 溝口の整理によれば、伝統的に日本での‘私’は‘公’に従属的であり、‘公’は‘私’ に対して優れた。‘公’は‘私’の隠蔽ないしは犠牲によってあらわれて、またそのよ うに表わさなければならない領域であった。そうした点で日本的公共性は‘滅私奉公’ 的公共性に近かった。 この時の滅私奉公は、私的領域を主体的に犠牲にして得られる公的世界でもあるが、 事実上は私的領域を‘犠牲にするほかはないように’構造化されているところで出て くる公共性、すなわち「滅私奉公的」公共性である。家永三郎が、日本人たちが各々 人格的に判断するというが、その人格的判断というものが実は小さい人格に対する「非 人格的支配メカニズム」の中で成り立っていることだと話したこととも、日本文化に おける私の脆弱性を含蓄的に見せてくれる。国家主義的指向の倫理学者である和 哲 郎は共同体が私の超克で実現すると言いながら、次のように言う。 個人としての人格は一切の私を捨てることによって聖なることとしての民族の全 体性に帰一する。‘私’を捨てること[去]は、個性を無視すること[没]でな い。精神共同体の一員である以上、人格はとこまでも個性的であってこそだが、 それにもかかわらず、個性的なことが全一になるのは私を捨てたからである。 和 によれば、‘全体’は‘私’を捨てることによって成立する。「活私」よりは「滅 私」が国家的全体性の根幹になるということである。福沢の思想でも確認されたこと があるように、国家を最大の領域で、天皇を最高の地点と見なした日本の公観念の中 29 金泰昌編。Ibid., pp.53, 97 98. 30 溝口雄三、『一語の辭典:公私』、三省堂、1996.
で、その最大と最高の領域は、私的構成員を隠蔽させることによって肯定される構造 であったのである。 このような形での滅私的雰圍氣は、歴史を辿れば聖徳太子の“十七条憲法”(604) でも見える。“十七条憲法”は仏教的世界観に立脚して‘和’を強調しながら作成され た日本最初の成文憲法である。ところでここに仏教的無我思想を滅私奉公的な和とし て曲解する姿があらわれる。“私に背を向けて公に向かうことが臣下の道理だ”(“十七 条憲法”第15条)という表現がそれをよくあらわしている。もちろんこの時の‘私’ が朱子の解釈のように公が欠如した、ただの行為ならば、それは臣下だけの道理にも なく君主の道理にも当てはまらなければならないだろう。だが十七条憲法での私は、 “滅私奉公こそ仏教精神で、無我が即ち滅私”という表現でも知ることが出来るよう に、背私向公あるいは滅私奉公的国家主義で曲解された‘私’である。31相生的‘和’ というよりは、事実上、国家理念との‘同’として作用してきた事例らである。特に 国家的危機状況で僧侶、学者、政治指導者らが聖徳太子を引用して“滅私奉公こそ仏 教の無我”という話をしたりしたのに、田辺の論理もこういう日本的歴史文化の中で、 自己否定的相生の論理よりは滅私奉公の論理として作用してきたという話になる。ハ ンナ・アレントが‘私’(the private)を規定しながら“人々が自身の行為と意見に基 づいて、他者から判断を受ける関係が成立するシステムのなかで生きていく権利”を 剥奪された存在と見たのに、日本的‘和’はアレントが憂慮した‘私’の痕跡を持つ。 ところで、田辺自身も同を和と解釈するようにさせる、このような日本帝国主義の 政治的状況から、全てにおいて自由なことにはなれなかったようだ。日本という国を 前面に出している次のような彼の話がこれを反証してくれる:“私たちが生まれたこの 日本という国家を考えてみれば ... 国家の統制と個人の自発性が直接結合・統一されて いる。これが‘私が自慢しなければならない国家の特色’である。”32こういう立場は彼 のみ見ることではない。彼の師匠である西田もこのように話したことがある:“私たち は私たちの民族の心の奥深いところで生じた世界思想を建設しなければならない...世 界思潮を自分自身の立場で扱うことができる時、私たちは世界の日本人として、外で は世界を治めてなかには人心を統一することができる。”京都学派に属する歴史学者の 鈴木成高はこのように話した:“ただ日本だけがその点(ヨーロッパに対する自主性) で独自の態度を見せたとのことは、今や世界史の転換のなかで、私たちの日本が遂行 する役割に特有な意味を付与しています。アジアで日本の近代国家化という事実は、 世界史的意義を持つ重大な事件だと評価しなければなりません。”33 31 稲垣久和 外 編、『公共哲學16−宗敎から考える公共性』(東京:東京大学出版会、2006)、p.405 406. 32 廣松涉、「近代の超克論」(東京:講談社、1989)、p.217から引用. 33 廣松涉、ibid., p.210から引用.
このような形で京都学派は、直・間接的に“和”が事実上“同”の役割をするよう に仕向けるところに貢献したと見ても過言ではない。公共哲学者である山脇が“(高坂 正顕、1900 1969)、(高山岩男、1905 1993)のような京都学派哲学者らが主に主張し たいわゆる「世界史の哲学」は、近代文明の行き止まりの道を乗り越えること(=近 代の超克)のための大東亜共栄圏の道義的リーダーとして日本の使命を歌うという非 常に傲慢なイデオロギーであった”と規定するのも、このような日本的同化に対する 批判的指摘ということができる。34
6.公共の根源的主体
個体と普遍の間の媒介[種]は、個体と全体の間に、独自的実体を持ちながら浮か んでくる第3の領域ではない。それは全体であり同時に個体である。全体と個体の共 生あるいは相生的作用で結果である。ところでその共生あるいは相生の根源は何だろ うか。この時、至気または霊気がそれ自体に与えられているというように、人間の具 体的な認識以前に先験的に与えられているどんな原理や源事実を重視せざるをえな い。これと関連して、田辺は媒介としての種が即ち全体になれるようならば、それは 論理的に媒介そのものが全体からくるということで可能だと見ている。“ 種の論理”が 統一的全体を生き生きと生かすためのものならば、媒介、すなわち“種”もやはり普 遍[類]からくるということでなければならないということである。絶対無の自覚さ えも絶対無からくるということが田辺の万晩年の悟りでもあった。私の自己否定が、 私を肯定するように仕向けるのではなく、貴方の自己否定が、私を私たるようにして くれるということである。 私と君ということは、私の側から自己否定をするのではなく、君の側から自分を 否定するのである。その君の自己否定によって、自分自身が自己否定を完結する ことになるという、君の死によって、自分自身が現在生まれることになるという 形での人間らの間の私と君の真の関係が捉えられるのである。35 私でなく君が私を私なるようにするにあたって主体性を持つ。私を私なるようにす るのは君の力である。いわゆる“他力”の発見である。君の力が私の中から私と一つ になる方式で私を生かす。私と君のコミュニケーションがコミュニオン(communion) になるということである。真の相生、‘私’と‘君’の真の関係は君から始まる。君に よる関係が社会を作って、全体としての国家も成立させるのである。“活私開公”で 34 山脇直司、ibid., p.210. 35 武內義範、「田辺哲学と絶對無」、ibid., p.215.“活私”が自身でない相手の私を生かすことによって、自身の私も生きるということな らば、これは相手の立場で見れば、結局君が私を生かすという意味である。 活私とは自身の私を生かすよりは、むしろ相手の私(他我)を生かすことによっ て相手の私とともに相生して、お互いの私が共に生きることになるという意味で す。これによって、自分と他者のより望ましい相互関係が再構築されて、‘開公’ の土壌が整備されるということです。36 上の文章によれば、真の公の開くこと[開公]は、自我を生かすよりは、他我を生 かす方式で成立する。他我が‘生かす’ことにより自我も生かされることになるとい うことである。結局自我が他我によって自我で生きていくことになることであるから、 自我と他我の相生としての開公は、根源的に見れば主体的で‘開く’ことの以前に、 他者によって‘開かれる’ことになる。私の立場で公は、私を生かしてくれる巨大な 他者に付けられた名前ということができるのである。
7.終えながら
金泰昌がずっと強調したように、公共は私と公の相互媒介を通じて成り立つ。とこ ろで媒介自体はどこでどのように可能になることであろうか。東学の言語を再び借り れば、本来そのように与えられている志気や霊気が、天主を仕えることによって[侍] ‘同帰一体’を可能にする根源になるように、‘私’らの連帯あるいは私と公の媒介も やはりそれを可能にするあるものを前提にせずには不可能である。京都学派も、先行 するあるものを重視しながら、万物とそれらとの関係を厳密に哲学化してきたという ことができる。 後期の田辺は、個体の主体的自覚が全体を成立させるという初期の立場を否定はし ないながらも、晩年にはその主体的自覚も根源的には、それを可能にしてくれる他者 によって成立するという事実を明らかにしようと試みた。その他者というものが、本 来空になっている世界、すなわち空(絶対無)であり、それを人格的に表現して‘君 の自分を空けること’が私の主体的自覚を可能にする根源という事実を明らかにしよ うとした。人間の道徳的実践、主体的自覚が媒介として必要でありながらも、結局そ の媒介そのものも絶対無の中で可能になるという西田哲学の本質をもう一度回復した のである。 君によって呼び覚ました私の自覚が全体を成立させる。そのような形で、私の自覚 が社会化される。たとえ公共哲学の核心は“覚者の無分別智ではなく、あくまでも凡 36 金泰昌、「公共哲学物語」(韓國語)、p.20.人の分別世間智に留まるところにある”だが、田辺は、凡人の分別世間智の根源を徹 底して糾明することによって、深層的な次元で公共の可能性の根拠、その論理的基礎 をおいたということができる。 これは東学での公共性も“内的神霊の外的気化”[内有神霊外有気化]に基づくもの の、その根本行為そのものが‘世間に先行する’志気あるいは霊気に基づくという点 で、京都学派の論理と構造的に違わない。宗教思想での公共性論理は、一般的な意味 の社会科学的公共性論理とは異なって、“覚者の無分別智”に基づいた超世間的論理を いつも確保していく。宗教が万物の根源ないしは究極的指向するところと関連してい る限り、このような論理は必然的である。東学でも京都学派でも、宗教的公共論理は、 いつも政治・社会的公共性論理の背後を掘って糾明することによって、公共性の深層 をさらに強固に確かめる役割をしているともいえよう。 そのようにして、東学や京都学派は、活私開公のような公共性の内容を論理化する ことに、すなわち活と開の可能根拠を深層的に説明するのに寄与している。活私開公 および公私共媒の論理は、人間の‘活かすこと’とそれによる新しい世の中の‘開く こと’という東学の‘開闢思想’と構造的に異ならない。そして個体と全体を相即的 に媒介させ、お互いを生かそうとする‘種の論理’とも大きく異ならない。私的領域 を生かしながら[活]公的領域をひらく[開]東学の開闢方式と、社会を媒介に個体 と全体の相即的自己同一性を糾明しようとする田辺の論理は構造的に相通じる。東学 の宗教思想がそうであるように、西田や田辺の思想に濃縮された京都学派の哲学も、 公共の論理と構造を深い次元で深化させながら、既存の公共性論理を東アジア思想史 的脈絡で、一層豊かにする宗教哲学的事例になるのである。 〈参考文献〉 山脇直司、「公共哲学とは何か」(東京:ちくま新書、2005) 田辺元、“種の論理の辨證法”(1946)(=田辺元、「歷史的現實」、東京:こぶし書房、 2001) 武內義範、“田邊哲學と絶對無”、南山宗敎文化硏究所編、「絶對無と神:西田.田邊哲 學の傳統とキリスト敎」(東京:春秋社、1981) 村公一、“田邊哲學について:ある一つの理解の試み”、 村公一 編集・解說『田 邊元』 稲垣久和 外 編、「公共哲學16−宗敎から考える公共性」(東京:東京大学出版会、 2006) 廣松涉、「近代の超克論」(東京:講談社、1989) 金泰昌 編、「公共哲学を語りあう」(韓國語)(ソウル:トンバンエビト、2010) 金泰昌、「公共哲学物語」(韓國語)(ソウル:モシヌンサラム、2012)
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