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帝国主義期イギリスの武器移転構造

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Academic year: 2021

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帝国主義期イギリスの武器移転構造

教科・領域教育専攻

担金系コース

中 川 聖 崇

序章

本研究では、 19世紀末から20世紀にか けてのイギリスの武器移転に焦点を当て、

銃器の生産地から中継貿易地までの一連の 過程を明らかにすることを試みた。具体的 には、イギリスのパーミンガム銃器産業と 銃器貿易の中継貿易地として中,凶包な存在 であったマスカットの状況を取り上げ、以 下の2点に注目していった。ます沸1に、 武若鯵新子っていたパ}ミンガム銃器産業 は、イギリス政府によって規制されなかっ たのかという点あり、第

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にオマーンの首 都であるマスカットは、なぜヨーロツノ号諸 国に銃器貿易を規制されず、武器移転に関 わり続けることができたのかという点であ る。以上のことを明らかにすることで、従 来の帝国主義論と異なる現象として、武器 移転を位置づけることを試みた。

第 1

第1章では、 18世紀から19世紀にかけ てのパーミンガム銃器産業の状況について 考察した。

パーミンガム銃器産業は、18世紀におけ る大西洋三角貿易との相互関係によって形 成された。当時のプリストルやリヴァプー ルの奴隷商人は、西アフリカ沿岸部の部族 に銃器を供給して奴隷狩りを行わせ、奴隷

指導教員

原 田 昌 博

と鋸量をはじめとする工業製品と交換し、

さらに奴隷狩りを行わせることでアメリカ 大陸への奴隷供給を安定させていた。その ため、イギリスからアフリカへの銃器輸出 は莫大な量となっていた。パーミンガムで は、この鍛嬬要から銃器産業が成立した のである。しかし、パーミンガム銃器産業 は、マンチェスタ」やブリストルのような 産業都市とは違い、銃器の製造において機 械を導入せず工場制手工業を維持した。そ こでは、労働者の人数を増やすことで生産 力を上げることが図られ、下請け生産シス テムが発達した。このシステムは、製造機 械の導入を行わなかったがために、銃器の 各部品に互換性が全くない点で効率的では なかった。しかし、パーミンガム製錫鵠樹立 低価絡であるがゆえに需要が持続し、年間 15万了もの銃器をアフリカへ輸出してい た。

19世中葉以降になると、パーミンガム銃 器産業は国内外からの競合相手の出現に直 面し、パーミンガム銃器産業の独占的な立 場は崩れていった。イギリス国内では、ク リミア戦争時にパーミンガム銃器産業の増 産能力の欠如が露呈し、イギリス政府によ る介入方苛子われていった。イギリス政府は、

パーミンガム銃器産業に対して、アメリカ 生産様式の導入を求めると同時に、アメリ

(2)

- 280 - カ生産様式を完全に導入したエンフィール

ド王立造兵蘇の建設を同時に進めていった。

しかし、パーミンガム銃器産業のアメリカ 生産様式の導入は、部分的にしか成功しな かったため、パーミンガム銃器産業は、イ ギリス国内市場を最細切こエンフィールド 王立造兵廠に奪われていった。

イギリス圏外では

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つの形態に分かれた 競合相手が出現した。

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つは、エンフィー /レド王立造兵廠と同様のアメリカ生産様式 を導入した銃器産業であり、もう

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つはパ ーミンガム銃器産業と同じ工場制手工業の 生産体制をとる銃器産業であった。前者に 関しては、ヨーロッパ各国がエンフィール ド王立造兵廠の成功に触発され、アメリカ 生産様式の導入に踏み切ったことが挙げら れる。その結果、近僧きな国立造兵廠や大 型軍需産業が林立することとなった。後者 に関しては、ベルギーのリエージュ銃器産 業が挙げられ、パーミンガムよりも安価な 労働力を利用することで、銃器生産量を急 激に増加させていった。

以上のような競合相手の出現によって、

パーミンガム銃器産業はヨーロッパ市場を 失い、19世紀末にはアフリカや中東地域へ の銃器輸出を拡大させることで自らの存続 を図っていった。

2

2

章では、イギリスの武器移転弱綿jに も関わらず、銃器の中継貿易地としての機 能を維持し続けたマスカットの特殊性を考 察した。帝国主義期のイギリス圏外では、

植民地支配に対する括抗がアフリカ・アジ ア地域を中心に発生し、反英勢力の銃器需

要が高まっていた。こうしtd豆英勢力ハ鏡 器の供給を担っていたのが、パーミンガム 銃器産業であり、マスカットは中継貿易地 として機能していた。 1898年以降、こうし た武器移転は、イギリス議会でも問題とし て取り上げられ、イギリス政府による銃器 の輸出規制措苛

T

われた。しかし、パーミン ガム銃器産業からマスカットへの武器移転 は、イギリスの規制を逃れる事ができてい た。理由としては、オマーン政府が財政収 入のほとんどを関税収入から得ていたこと が挙げられる。銃器がマスカットの税関で 見つかったとしてもわざと見逃されていた。

さらに、オマーン政府はヨーロッパ各国と 自由貿易協定を結んでおり、イギリス政府 でも銃器貿易の規制を樹子することができ なかった。また、マスカットの銃器商人は イギリス以外の商船旗を使用することで、

需要者まで安全に銃器を再輸出することが できた。その結果、マスカットの銃器市場 は、イギリスの規制にも関わらすを憾の中 心的な貿易地としての地位を維持し続ける 事が出来た。

終章

以上の考察からは、従来の帝国主義論と は違った点が指摘される。ホブスンの帝国 主義論では、政府と軍需産業の利害は一致 し、帝国の拡大がなされていくとされてい る。しかし、実際には、本研究で取り上げ たパーミンガム銃器産業のように、イギリ ス本国の国益に反する武器移転を行う事例 が存在したのである。

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