小型ニュートリノ検出器による原子炉モニターの開 発
著者 玉川 洋一, 清水 慧悟
雑誌名 福井大学地域環境研究教育センター研究紀要 「日
本海地域の自然と環境」
巻 24
ページ 69‑73
発行年 2017‑11‑01
URL http://hdl.handle.net/10098/10294
1.本研究の背景
稼働中の原子力発電所内部にある燃料の燃焼状態や燃料組成の変化をリアルタイムに知ることは現 状の技術では不可能である。しかしながら、近年の核不拡散や原子力テロ等に対する対抗措置の要請 から、原子炉燃料の状態(組成比やプルトニウムの量など)をモニター可能な技術開発が国際的に求 められ、国際原子力機関(IAEA)等からもこのようなことが可能になる技術開発が求められてきて いる。
一方、長い間未知の素粒子の一つに挙げられてきたニュートリノの物理的な解明が進められ、地下 深くに設置された大型の検出器を用いて、ニュートリノを捉え、事象を詳細に解析することでこの未 知なる素粒子の性質が少しずつ明らかになってきている。この物理的な大きな進歩には、相互作用の 確率が非常に小さなニュートリノを確実に捉えるための検出器開発によるべきところが大きい。
本研究では、ニュートリノを使って原子炉炉心における核燃料の状態をモニターできる小型の ニュートリノモニターを開発するために必要な基礎的検討を行う目的で、プラスチックシンチレー ション検出器等を用いて入射粒子識別が可能かどうかを検証する。
海外における先行研究では、すべての実験においてニュートリノ検出器のシンチレーターとしては 液体シンチレーターを用いている[1][2]が、今回は同じような組成で引火点が高いプラスチックシ ンチレーターを用いたニュートリノ検出器の可能性について検討を行う。
2.検出原理
2.1ニュートリノの検出原理
ニュートリノを検出するためには、図1に示すような逆ベータ崩壊反応を用いる。これは、ベータ 崩壊の逆事象であり、ニュートリノと陽子の相互作用の結果、陽電子と中性子に変換する反応である。
この事象について説明する。
1.原子炉で発生した反電子型ニュートリノが物質(シンチレーター等)に入射する 2.反ニュートリノと陽子が逆ベータ崩壊反応を起こす(非常に稀な反応)
3.発生した陽電子が電子と結合して2つのγ線(エネルギー 0.511MeV2本)を発生する
(キーワード:原子炉,ニュートリノ,環境放射線,中性子)
* YoichiTamagawa
(DivisionofNuclearPowerSafetyEngineering,FacultyofEngineering,UniversityofFukui,Fukui,910-8507)
** KeigoShimizu
(DepartmentofNuclearPowerandEnergySafetyEngineering,GraduateSchoolofEngineering,Universityof Fukui,Fukui,910-8507)
No. 24, 69 - 73, 2017
R&D of Small Neutrino Detectors for The Nuclear Reactor Monitor
小型ニュートリノ検出器による原子炉モニターの開発
玉川 洋一
*(福井大学学術研究院工学系部門 工学領域原子力安全工学講座)
清水 慧悟
**(福井大学大学院工学研究科博士前期課程 原子力・エネルギー安全工学専攻1年)
4.2つのγ線がプラスチックシンチレータ-内でエネルギーを放出する(先発信号)
5.逆ベータ崩壊によって生まれた中性子がプラスチックシンチレータ-表面に巻かれた Gd(ガ ドリニウム)シートの Gd に吸収され Gd の崩壊により合計約8MeV のγ線を放出する 6.プラスチックシンチレータ-によりこのγ線を取得し信号を発生する(後発信号)
7.これら一連の事象の信号波形を全て取得し、PC 経由で HD 等に記録しておく
8.オフライン信号解析により、先発信号と後発信号の信号強度・時間差・発生場所等を各波形か ら割り出し、詳細な解析の上、ニュートリノによる信号を同定する。
尚、上記の4の先発信号と6の後発信号には 30μs 程度の時間差がある。(中性子の熱化に要する 時間)
2.2 バックグラウンド事象
上述のニュートリノ由来の事象によく似たバックグラウンド事象として、いくつかのものが挙げら れる。
・宇宙線や外部環境放射線として2つの放射線がほぼ同時に検出器に入射する事象
・中性子が陽子と弾性散乱して、その後散乱中性子が Gd に吸収される事象(図2)
・その他
この中で、はじめの複数の放射線が検出器に入射する事象は、先発事象と後発事象のエネルギーと 時間差で比較的簡単に事象識別が可能であるが、中性子が引き起こすバックグラウンド事象がニュー トリノ事象と似ているため識別が困難になる。このため、はじき出された陽子がエネルギーを失う際 に発生する擬似的な先発信号をその発生信号の波形から識別する方法が有効と考えられる。この方法 は波形弁別(PSD:PulseShapeDiscrimination)と呼ばれ、近年になって用いられるようになった 入射粒子識別の手法である。
これまで、液体シンチレーターではこのような PSD が行いやすく安価であるためニュートリノ検 出器によく用いられてきたという歴史的背景はあるが、液体シンチレーターは引火点が 50 度程度と 低いため発火の可能性を考えると、本研究のように稼働中の原子炉の周辺に設置して内部状態をモニ ターする目的では、現在の日本における規制等の問題により使用が制限される恐れがある。そのため、
その組成が似ていてターゲット陽子が豊富なプラスチックシンチレーターを持ちることが検討されて いるが、これまでのところ、早い応答速度で良好な PSD 特性を兼ね備えたプラスチックシンチレー ターが求められるところである[3][4]。
3.実験
プラスチックシンチレーターの PSD について検証する。中性子入射した際の反跳陽子の波形とγ 図1 逆ベータ崩壊反応の模式図 図2 中性子入射時の疑似反応
玉川 洋一・清水 慧悟
線の波形を調べるのが本来の目的ではあるが、強い中性子源が利用できないことから、重イオン粒子 の代表としてのα線とγ線を用いて実験を行い、この二つの粒子に対する出力波形に違いが見られれ ば、中性子 / γ線の PSD についても可能性があると考えることができる。その波形の違いを定量化 した指標で PSD 能力を評価する。シンチレーター光は光電子増倍管で電気信号に変換する。
3.1 実験装置とセットアップ
実験に用いるシンチレーターは、現在、原子 炉ニュートリノモニターとしての一つである PANDA 実験に用いられているプラスチック シンチレータ(BC408)と最近開発された EJ- 240 の2種類とした。それぞれを応答の速い 光電子増倍管(R9800)の光電面に光学グリー スを用いて接着し信号を読み出した(図3,
図4)。光電子増倍管からの信号波形は USB- WaveCatcher にて 0.3ns 毎にデジタイズされ PC を経由してハードディスクに蓄積され、オ フライン解析により波形解析を行った。
用いる放射線源は、アルファ線源として
241Am、ガンマ線源として137Cs と60Co を用いた。
241Am から放出されるアルファ線のエネルギー 5.5MeV, ガンマ線源からのガンマ線のエネル ギーは 0.662MeV(137Cs)及び 1.17MeV1.33MeV
(60Co)である。
環境中の放射線バックグラウンドの影響を排 除するため、シンチレーション検出器を厚さ5 cm の無酸素銅と 10cm 厚の鉛で遮蔽を施した。
3.2 実験結果と考察
実験によって得られたそれぞれの信号波形(入射粒子毎の平均波形)を図5及び図6に示す。
図 3 プラスチックシンチレーター
図4 プラスチックシンチレーターと 光電子増倍管接着後の様子
図5 BC-408 の入射粒子に対する出力波形(平均波形)
図5の BC-408 の出力波形より、BC-408 の出力波形は立ち上がり時間が 4ns 程度で減衰時間が 20ns 程度の速いパルスを形成しているのがわかる。しかしながら、入射粒子の違いによって波形の 変化は見られない。一方、図6の E-240 プラスチックシンチレーターの出力波形を見てみると、α線 に対する波形はγ線のものに比べて減衰時間が短くなっており、一目で波形に違いが見られ、PSD が可能であろうことは見て取れるが、立ち上がり時間は約 20ns で減衰時間は 1μs 程度となっており、
BC-408 に比べて非常に遅いプラスチックシンチレーターであることがわかる。
中性子線入射に対する応答は中性子線源や加速器を用いた実験を行い評価する必要はあるが、BC- 408 では入射粒子を識別しニュートリノイベントとバックグラウンドの擬似イベントを見分けること は難しいと考えられ、E-240 にはその可能性があることが示唆された結果となった。
EJ-240 シンチレーターの出力パルスの個々の評価を行うために、平均パルスの形状ではなく一つ 一つの出力パルスに対して、減衰時間を最小二乗法で求めその値をプロットして図7に示す。
α線の出力パルスはγ線と比較して減衰時間が小さいところに分布していることが確認され、より 詳細な解析を行うことにより、一つ一つの入射粒子をパルス波形の形状を認識して弁別できる可能性 が確認された。
図6 EJ-240 の入射粒子に対する出力波形(平均波形)
図7 EJ-240 出力波形の減衰時間分布 玉川 洋一・清水 慧悟
4.まとめ
小型原子炉ニュートリノモニターを開発する上で必要な、プラスチックシンチレーターの入射粒子 識別能に関する検証評価を行った。その結果、
・汎用プラスチックシンチレーターである BC-408 は応答速度は速いものの、入射粒子識別には適 していないことが確認された。
・一方、EJ-240 シンチレーターはα線 / γ線粒子識別は可能であると考えられる結果を得たが、
中性子線源等を用いたさらに詳細な検討が必要である。また、出力パルスの減衰時間が長いため、
高バックグラウンド環境下での測定には向いていないと考えられる。
これらのことより、さらに組成の異なるプラスチックシンチレーターも候補として、中性子線源等 による詳細な検討を行う必要が有ることが示唆された。
また、出力パルスの減衰時間による PSD ばかりでなく、ShapeIndicator 等他の弁別パラメーター を用いてそれぞれの入射粒子識別能を評価する必要がある。さらには、識別能の高いプラスチックシ ンチレーターを用いて実際の屋外における環境放射線場での測定を行い、小型原子炉ニュートリノモ ニターのプロトタイプ検出器の開発に向けて研究を進めたい。
5.参考文献
[1]S.Oguri,Y.Kuroda,Y.Katoetal,"Reactorantineutrinomonitoringwithaplasticscintillator arrayasanewsafeguardsmethod"
NuclearInstrumentsandMethodsinPhysicsResearchA757(2014)33-39
[2]N.S.Bowden,A.Bernstein,S.Dazeley etal.,2009
"Observationoftheisotopicevolutionofpressurizedwaterreactorfuelusinganantineutrino detector"JournalofAppliedPhysics105,064902(2009)
[3]J.Hartman,A.Barzilov,E.E.Peters,S.W.Yates,2015
"MeasurementsofresponsefunctionsofEJ-299-33Aplasticscintillatorforfastneutrons"
NuclearInstrumentsandMethodsinPhysicsResearchSectionA804(2015)137-143
[4]JonathanDumazert,RomainCoulonetal.,2016,
"Compensatedbismuth-loadedplasticscintillatorsforneutrondetectionusing"
NuclearInstrumentsandMethodsinPhysicsResearchA819(2016)25–32