13 Mem. Institute of Advanced Technology, Kinki University No. 10 : 13 〜 17(2005)
低温順化処理ステージが水稲幼苗の順化型耐冷性誘導に及ぼす影響
前 田 哲1、堀 端 章2, 3
要 約
筆者らは、水稲の幼苗期耐冷性を、幼苗が急激に強度の低温に曝されたときに即座に発現する常発型耐 冷性と、幼苗が徐々に強い低温にさらされていく過程でその発現が誘導される順化型耐冷性の 2 つの側面 に分けて考えている。本報では、この順化型耐冷性が、これを誘導する低温順化処理を行う幼苗のステー ジによって影響をうけるか否かを調査した。その結果、催芽種子の播種後 3 日から 12 日の幼苗に低温順 化処理を行った場合、順化型耐冷性の発現が安定的に認められることが示された。
キーワード:水稲、幼苗期、耐冷性、低温順化
緒 言
熱帯から亜熱帯を起源とする植物の多くでは、12℃以下の低温に長く曝されると著しい生育阻害が起こ り、ときには枯死に至る。これに対して、温帯から亜寒帯を起源とする植物の多くでは、植物が季節や昼 夜の温度較差を環境シグナルとして受容し、細胞内に特別な生理機構の発現を誘導することによって、生 長休止状態へと移行することができる1)。このような体制の移行によって植物は低温障害を回避する能力 を獲得する、すなわち、低温順化が起こることが知られている1) 。
低温順化に関しては、主として温帯から亜寒帯を起源とする植物を供試して、分子レベルの研究が進め られた。その結果、ホウレンソウの低温誘導蛋白質 COR85 のアミノ酸配列には、コムギの WCS120 など の低温誘導性 LEA 蛋白質と相同性のある特徴的な 30 残基のアミノ酸配列を確認することができる2)こと、
この相同部分を含む配列は分子内にグループ II の LEA 蛋白質に特徴的なリジンリッチモチーフを含む 22 残基の繰り返し配列を 11 回有している3)ことが明らかになった。また、シロイヌナズナでは低温によっ て細胞膜における脂肪酸組成の変化が誘導されるために低温下でも細胞膜の機能性が維持されること4)お よびこれと関連するCOR15を過剰発現させたプロトプラストでは耐凍性が強化される5)ことなどが明ら かにされている。
しかしながら、亜熱帯を起源とするいわゆる低温感受性植物については、一般に低温順化能力をもたな いと考えられてきたため、これまでのところ低温順化に関する研究がほとんど行われてこなかった。これ に対して、筆者らは幼苗期の水稲にも低温順化能力のあることを認め6)、Moynihan ら(1995)もいくつ かの亜熱帯植物について低温順化能を認めている7)。筆者らの研究では、まず、水稲の幼苗期耐冷性を 2 つの耐冷性、すなわち、幼苗が急激に強度の低温に遭遇したときに即座に発現する常発型耐冷性と、幼苗 が徐々に強い低温にさらされていく過程で発現が誘導される順化型耐冷性に分けて考えることから始め た。その上で、水稲幼苗に一定の休止期間を挟む 2 回の低温処理を行い、最初の低温処理(低温順化処理)
が 2 回目の低温処理(耐冷性評価処理)による低温障害を軽減する効果を順化型耐冷性として位置付けた。
実験の結果、催芽種子播種後 3 日の幼苗に 5℃の低温順化処理を 2 日間行うと、順化型耐冷性が誘導され て耐冷性評価処理にともなう低温障害が軽減されること、および、誘導された順化型耐冷性が少なくとも 8 日間保持されることが明らかになった6)。
1. 近畿大学大学院生物理工学研究科 2. 近畿大学生物理工学部 3. 近畿大学先端技術総合研究所
この実験では、播種後 3 日の幼苗への低温順化処理の効果のみを評価の対象としているが、筆者らが常 発型耐冷性に関して行った研究では、常発型耐冷性が幼苗の生育ステージによって著しい変化を見せるこ とが明らかになっている8)。したがって、順化型耐冷性に関しても同様に生育ステージにともなう変化が ある可能性が指摘できる。そこで、本研究では、この可能性を検証するため、催芽種子播種後 1 日から 15 日の異なる生育ステージにある幼苗に対して低温順化処理を行い、順化型耐冷性の評価を行った。
材料および方法
実験には 2001 年に近畿大学生物理工学部の研究圃場(和歌山県、打田町)で採種したジャポニカ型水 稲品種銀坊主(Oryza sativa L. cv Gimbozu)の種子(比重 1.13 以上)を供試した。この種子を 0.05% ト リフルミゾール水溶液に浸漬して 27℃、24 時間の表面殺菌を行った後、滅菌水で洗浄し、同じ温度条件 下で 48 時間の催芽処理を行って催芽種子を得た。底に穴をあけたプラスチックトレイ(70×70×
25mm)24 個に滅菌した日向土(2 〜 5mm)を敷き、トレイあたり 25 粒の上記催芽種子を播種した。
催芽種子を播種した後の実験区の設定および栽培条件は図 1 に示すとおりである。まず、低温順化処理 を開始する時期に関して播種後 1 日、3 日、6 日、9 日、12 日および 15 日の 6 水準を、低温順化処理温 度に関して 5℃、10℃および 15℃の 3 水準を設定した。さらに、低温順化処理を行わない対照区を設けた。
催芽種子を播種した後、各トレイを 2 倍に希釈した水耕液(改変木村氏 B 液6))に浸して管理し、
27℃、全日長、相対湿度 50% に設定したインキュベータ(NC-220S BIOTRON、日本医化器械製作所)内 で幼苗の育成を行った。低温順化処理を開始する時期に達したトレイは、所定の温度、暗黒、相対湿度 100% に設定した冷蔵庫(LP-240H-4 高湿度低温貯蔵庫、日本医化器械製作所)に移して 2 日間の低温順 化処理を行った。この間、対照区についてはそのままインキュベータ内で育成を続けた。低温順化処理後 に一定期間生育適温下で栽培することによって順化型耐冷性の発現が誘導される6)ことから、低温順化処 理終了後のトレイをインキュベータに戻して 2 日間育成した。この期間(休止期間)を与えてから、5℃、
暗黒、相対湿度 100% に設定した冷蔵庫(LP-240H-4 高湿度低温貯蔵庫、日本医化器械製作所)内で 9 日 間の低温処理(耐冷性評価処理)を行った。その後再びインキュベータに戻して 10 日間育成した。図中 の i から iv の各時期に 25 個体全てについて個体別に草丈を測定した。この間水耕液は 1 週間ごとに新し いものと交換した。
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15
結果および考察
まず、低温順化処理終了直後、休止期間終了直後および調査終了時の各時期(図 1 の i、ii および iv に 相当する)における幼苗の草丈を測定し、処理区ごとに平均値を算出して、草丈の推移を観察した。図 2 は、
播種後 12 日目の幼苗に低温順化処理を行った場合について、その結果を示したものである。低温順化処 理を行った直後の幼苗草丈は対照区で最も高く、低温順化処理温度が低くなるにつれて低くなった。これ は、低温順化処理によって幼苗の生長が抑制されたことを示している。休止期間中の生長量(図中の□の 部分)は、全処理区・対照区とも同程度であったが、実験終了時の草丈から耐冷性評価処理終了直後の草 丈を除いた部分、すなわち、耐冷性評価処理終了後 10 日間における生長量(図中の■の部分)は、対照 区よりも低温順化処理区の方が大きくなった。このことは、低温順化処理によって誘導された順化型耐冷 性が、耐冷性評価処理による低温障害を軽減したことを示していると考えられる。そこで本研究では、耐 冷性評価処理終了後 10 日間の生長量について、低温順化処理区と対照区の比をとり、その値を順化型耐 冷性の程度を示す指標とした。すなわち、この値が 1 を超えるとき、順化型耐冷性が発現したと考えるこ とができる。
筆者らは、既報6)において、調査終了時における低温順化処理区と対照区の草丈の比を順化型耐冷性の 指標として用いたが、この指標は低温順化処理による生長阻害によっても、また耐冷性評価処理による生 長阻害によってもその値が低くなる。したがって、本研究のように順化型耐冷性を低温順化処理が耐冷性 評価処理による低温障害を軽減する効果として位置付ける場合には、既報の指標よりもここで提示する指 標の方が適切である。
全処理区についてこの値を算出した結果を図 3 に示す。この値が 1 を超えて順化型耐冷性の発現が認め られたのは、催芽種子の播種後 3 日、6 日および 12 日に低温順化処理を行った全ての区と、1 日後の 15℃、9 日後の 5℃および 10℃ならびに 15 日後の 15℃の各区であった。特に、6 日後の 5℃と 10℃お よび 12 日後の 5℃と 15℃の各区では、この値が 2 を超え、順化型耐冷性の強い発現が認められた。この 結果から、少なくとも催芽種子播種後 3 日から 12 日までの幼苗においては、低温順化処理によって順化 型耐冷性の発現が誘導されることが示された。
謝 辞
本研究の一部は、科学技術振興事業団・和歌山県地域結集型共同研究事業の研究助成により行われた。
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引 用 文 献
1 . 吉田静夫 (1999) 極限温度に対する生理応答 . 細胞工学別冊 植物細胞工学シリーズ 11 (渡邊昭、篠 崎一雄、寺島一郎編) 秀潤社 (東京):24-35
2 . Kazuoka, T. and K. Oeda (1994) Purification and characterization of COR85-oligomeric complex from cold-acclimated spinach. Plant Cell Physiol. 35(4):601-611
3 . 数岡徹・大江田憲治 (1996) 植物の凍結耐性と低温誘導蛋白質.低温生物工学会誌 42(1):6-10 4 . Uemura, M., R. A. Joseph and P. L. Steponkus (1995) Cold acclimation of Arabidopsis thaliana. Plant
Physiol. 109 : 15-30
5 . Steponkus, P. L., M. Uemura, R. A. Joseph, S. J. Gilmour and M. F. Thomashow (1998) Mode of action of the COR15a gene on the freezing tolerance of Arabidopsis thaliana. PNAS 95 : 14570-14575
6 . 前田哲・堀端章 (2002) ジャポニカ型水稲幼苗の低温処理による耐冷性の誘導とその保持期間.近畿 大学先端技術総合研究所紀要 8 : 15-20
7 . Moynihan, M. R., A. Ordentlich and I. Raskin (1995) Chilling-induced heat evolution in plants. Plant Physiol. 108 : 995-999
8 . 堀端章・山縣弘忠(1994) ジャポニカ型水稲の幼苗期耐冷性 1.低温による枯死を指標とした評価法.
育種学雑誌 44(別冊 2):140
英 文 要 旨
Effect of the growth stage for cold-acclimation treatment on inducing cold-acclimation tolerance of rice (
Oryza sativaL.) seedling
S. Maeda 1 and A. Horibata 2, 3
We consider that cool weather tolerance at seedling stage of rice (Oryza sativa L.) is composed of two types. One type is constitutive tolerance, which is expressed when seedling is suddenly exposed to low temperature, and another type is cold-acclimation tolerance, which is induced while seedling is gradually exposed to low temperature. In this study, we investigated the effect of growth stage for cold-acclimation treatment on inducing the latter type of tolerance. The results showed that the cold-acclimation tolerance was obviously expressed when the cold-acclimation treatments were conducted for the seedlings of three days to 12 days after germination.
Key words : rice, seedling stage, cool weather tolerance, cold-acclimation