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Vol.34 , No.2(1986)047高崎 正芳「維摩経と正法眼蔵の記述の解釈について」

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一 ﹁ 維 摩 経 ﹂ は、 大 乗 仏 教 思 想 史 並 び に 大 乗 仏 典 の 成 立 の 上 か ら、 初 期 般 若 系 思 想 及 び そ の 経 典 に 次 ぐ、 第 二 期 の 般 若 系 思 想 ・ 経 典 と し て 作 成 さ れ た と 考 え ら れ て い る。 そ し て 経 名 は、 現 存 す る 漢 訳 三 本 即 ち、 支 謙 ・ 鳩 摩 羅 什 ・ 玄 婁 の 各 が 特 色 あ る 表 現 を 用 い て い る が、 鳩 摩 羅 什 訳 の ﹁ 維 摩 詰 所 説 経 ﹂ 玄 斐 訳 の ﹁ 説 無 垢 称 経 ﹂ に み ら れ る 様 に、 ま た チ ベ ッ ト 訳 蔵 経、 法 性 戒 訳 の 梵 名" A r y a v im a la k ir ti -n ir d e sa-n a m a M a h a ya n a-Sutra" 及 び チ ベ ッ ト 語 名" H p a g s p a d r i m a m ed p a r g ra g s p a s b st a n p a s h e s b y a b a t h e g p a c h e n p o h i-m do" の ﹁ 無 垢 称 が 説 い た ﹂ と 云 う 表 現。 或 い は 経 文 記 述 の 形 の ﹁ そ の 時 維 摩 詰 衆 の 菩 薩 に 謂 て 言 く ﹂ (鳩 摩 羅 什 ) ﹁ そ の 時 リ ッ チ ャ ビ の 無 垢 称 が か の 菩 薩 等 に 向 つ て こ う 云 つ た ﹂ ( 法 性 戒 訳 ) 等 の 形 や 用 法 か ら、 維 摩 詰 ・ 無 垢 称 と 云 う 仏 教 者 が 経 典 名 と し て、 用 い ら れ て い る と 云 う 事 が わ か る。 そ し て た と え ば 経 の 第 二 章 支 謙 訳 ( 支 ) の 善 権 品。 鳩 摩 羅 什 訳 ( 鳩 ) の 方 便 品。 玄 斐 訳 ( 玄 ) の 顕 不 思 議 方 便 善 巧 品。 法 性 戒 訳 ( 法 ) の 不 可 思 義 な る 方 便 善 巧 の 章 の 始 め の 部 分 に は、 維 摩 詰 そ の 人 に つ い て 述 べ た と こ ろ も あ る。 ﹁ そ の 時、 毘 耶 離 大 城 中 に 長 者 あ り、 ・ 維 摩 詰 と 名 つ く。 己 に 曾 て 無 量 の 諸 仏 を 供 養 し 深 く 善 本 を 植 て 無 生 忍 を 得 云 云 ﹂ ( 鳩 )。 ﹁ ま た そ の 時 べ ー サ リ の 大 都 城 に リ ッ チ ァ ビ の 無 垢 称 と 云 は れ る 者 が い た。 過 去 仏 の 時 に、 作 す べ き を な し、 善 根 を 生 じ 多 く の 仏 に 奉 事 し て 忍 智 を 得 云 云 ﹂ ( 法 ) と 云 う 具 合 で あ る。 更 に 経 文 で は 続 い て 色 々 な 面 か ら 維 摩 詰 の 優 れ た 特 性 に つ い て 述 べ て い る。 こ う し た 事 に よ っ て 一 仏 教 者 が、 経 名 と し て 用 い ら れ、 そ の 優 れ た 仏 教 者 の 各 々 の 様 相 を 知 る 事 が 出 来 る。 ま た こ の 経 の 所 説 の 内 容 を 一 観 点 か ら 示 し て み る と、 た と え ば 仏 陀 と 仏 説。 仏 の 高 弟 お よ び 童 子 ・ 持 世 菩 薩 ・ 長 者 子 善 徳 等 と 小 乗 思 想 経 理。 無 垢 称 及 び 大 乗 菩 薩 と 大 乗 思 想 経 理 と 云 う、 大 別 し て こ の 三 つ の か ら ま り が、 特 色 あ る 形 態 に よ っ て 記 述 さ れ、 展 開 さ れ て い る と 云 う 様 な 点 に 注 目 さ せ ら れ る。 た だ 経 名 や ま た 経 中 に 説 か れ る ま ま の 維 摩 詰 ・ 無 垢 称 と 云 う 人 維 摩 経 と 正 法 眼 蔵 の 記 述 の 解 釈 に つ い て ( 高 崎 ) 二 七 九

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維 摩 経 と 正 法 眼 蔵 の 記 述 の 解 釈 に つ い て ( 高 崎 ) 二 八〇 物 が、 第 二 期 大 乗 経 典 成 立 時 に 実 在 し て い た の か、 い な か っ た の か に つ い て は、 今 こ れ に 深 く 立 ち 入 ら な い で お く。 こ の 事 に 関 し て は 既 に 少 し 考 察 し た 点 も あ る が、 私 見 と し て は、 玄 斐 三 蔵 が ﹁ 大 唐 西 域 記 ﹂ の 中 で、 彼 が ベ ー サ リ を 訪 れ た 時、 維 摩 詰 の 遺 跡、 遺 物 が 存 在 し た と 伝 え て い る 事 な ど か ら、 経 典 に 説 か れ て い る 様 な、 そ の ま ま の 者 と は 云 え な い か も 知 れ な い が、 経 典 作 者 の モ チ ー フ に さ れ た と み ら れ る ほ ど の、 大 乗 仏 教 者 が、 ベ ー サ リ に い た と 考 え て よ い で あ ろ う と 思 っ て い る。 ﹁ 維 摩 経 ﹂ に つ い て は 従 来 よ く 維 摩 詰 ︹維 摩 ︺ が ヒ ロ イ ン と な っ て い て、 そ の 維 摩 居 士 に 仏 陀 の 高 弟 や 童 子 ・ 菩 薩 ・ 長 者 達 が 応 答 す る が、 誰 も か な わ な い。 維 摩 は 大 変 高 い 学 識 ・ 境 厘 を も っ た 居 士 で あ り、 そ う 云 う 彼 が 大 乗 仏 教 者 と し て 経 中 の 色 々 な 場 面 で 活 躍 す る 点 に、 興 味 を 置 い た 見 方 が 多 か っ た。 た し か に そ う 云 う 一 面 も あ り、 そ れ に 加 え て ﹁ 維 摩 詰 経 ﹂ の 持 つ ド ラ マ チ ッ ク な 構 造 や 思 想 表 現 に、 視 点 を も っ た と ら え 方 か ら す る と 一 層 そ の 様 な 事 に な る。 一 方 経 自 体 の 思 想 経 理 の 内 容 を 深 く 掘 り 下 げ て み る と、 経 に 於 て は 仏 陀 が 語 ら れ た 事、 仏 説 は 無 上 の も の と し て 述 べ ら れ て い る。 だ が 元 は 仏 陀 の 教 え か ら 発 し た も の で あ っ て も、 教 理 経 法 の 展 開 の 上 で、 小 乗 教 理 と し て 定 着 化 さ れ た も の に つ い て は、 経 中 そ れ を 仏 弟 子 ・ 菩 薩 ・ 童 子 ・ 長 者 子 等 に よ っ て 語 ら れ、 そ れ ら を 維 摩 詰 が 批 判 し た り、 自 ら は 大 乗 の 教 説 を 示 し た り し て い る の で あ る。 そ の 事 は、 小 乗 教 理 と、 般 若 系 列 の 第 二 期 大 乗 経 典 成 立 時 に 於 け る、 各 々 の 相 異 及 び 相 異 の 中 に、 関 連 性 や 超 克 を 求 め よ う と す る、 経 典 作 者 の 意 図 が に じ み 出 て い る の を 感 得 す る 事 が 出 来 る。 し か も、 そ う し た 立 場 か ら 説 い て い る 大 乗 の 教 説 が、 ど の 様 に し て 仏 陀 の 教 え の 真 意 に 適 う の か、 を 示 す の が 内 容 の 重 要 な 目 的 と な っ て い る。 た と え ば ﹁ 維 摩 経 ﹂ 漢 訳 の 第 八 品 ﹁ 如 来 趣 品 ﹂ ( 支 )、 ﹁ 仏 道 品 ﹂ ( 鳩 )、 ﹁ 菩 提 分 ﹂ (玄 )、 ﹁ 如 来 の 種 姓 (t a th a g a ta-g o t ra ) 品 第 七 ﹂ ︹法 ︺ で、 ﹁ (菩 薩 の ) 種 姓 ( k u la o r g o tr a ) は、 鄙 随 生 の 趣 に 行 き も し、 福 と 智 の 資 糧 を 積 集 ( 六 波 羅 蜜 を 実 践 ) す る に よ り、 如 来 の 系 脈 (t at h a g at a -v a m sa ) に 生 じ も す る ﹂ ( 法 ) と 説 く と こ ろ が あ り、 ﹁ 世 間 の 趣 ﹂ ﹁ 声 聞 の 趣 ﹂ ﹁ 縁 覚 の 趣 ﹂ ﹁ 外 道 の 趣 ﹂ 等 が 大 乗 を 優 位 に 置 く 立 場 か ら は ﹁ 鄙 随 生 ﹂ の 趣 と 見 ら れ て い る。 こ こ に 云 う ﹁ 如 来 の 系 脈 ( ta th a g a ta-vamsa) ﹂ は 漢 訳 で は ﹁ 仏 の 種 姓 ﹂ ( 鳩 )、 ﹁ 仏 家 に 生 れ、 種 姓 は ﹂ ( 玄 ) 等 と 訳 さ れ て い る。 そ の ﹁ 仏 の 種 姓 ﹂ に 対 し て、 訳 者 鳩 摩 羅 什 は 自 ら の 学 識 に よ り ﹁ 注 維 摩 詰 経 ﹂ で 次 の 様 に 述 べ て い る。 ﹁ 什 曰 く、 仏 の 種 姓 は 即 ち 是 れ 無 生 忍 な り、 是 の 深 忍 を 得 る を 名 け て 法 生 と 日 う、 則 ち 己 に 下 賎 に 超 出 し て 仏 境 に 入 る 也 ﹂ と。 本 文 の ﹁ 仏 の 種 姓 ﹂ ( 鳩 )、 注 の ﹁ 仏 の 種 姓 ﹂ は、 明 ら か に" ta th ag a ta -v a m s a" ﹁ 如 来 の 系 脈 ﹂ ( 法 ) の 別 訳 で あ る

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事 が わ か る。 そ し て そ れ は 注 解 に よ れ ば ﹁ 仏 境 に 入 る ﹂ 事 を 意 味 し て い る。 前 出 し た 漢 訳 第 八 品 及 び 対 応 す る チ ベ ッ ト 訳 第 七 章 の 品 名 は、 チ ベ ッ ト 訳 か ら 類 推 し て" ta th a g a ta -g o tr a" ﹁ 如 来 の 種 姓 と み ら れ る が、 そ の" ta th a g a ta-g o t ra" は、" ta th a g a ta -v a m sa" ﹁ 如 来 の 系 脈 に 生 ず る ﹂ 事 ﹁ 仏 境 に 入 る ﹂ 事 に 密 接 な 内 容 を 有 し て い る わ け で あ る。 こ の 場 合 の 如 来" ta tha g a ta" は 釈 迦 如 来 を 云 う も の で あ ろ う。 と こ ろ が、 世 間 や 外 道、 ま た 声 聞 や 縁 覚、 特 に 声 聞 ・ 縁 覚 は ﹁ 無 為 を 見、 決 定 位 に 入 れ る 者 ﹂ ( 法 ) で あ っ て、 正 性 離 生 に 証 入 し て い る と は 云 え、 そ こ に 止 る か ぎ り ﹁ 如 来 の 系 脈 に 生 じ ﹂、 ﹁ 仏 境 に 入 る ﹂ 事 は 出 来 な い も の で あ る。 そ れ に 対 し て 菩 薩 は ﹁ 縁 覚 の 趣 に 行 き も し、 一 切 衆 生 を 大 慈 に よ っ て 成 熟 せ し め る 為 に 生 じ も す る ﹂ ( 法 ) の で あ り、 そ れ は ﹁ 鄙 随 生 の 趣 に 行 き も し ﹂ 六 波 羅 蜜 の 実 修 に よ り、 釈 迦 如 来 の ﹁ 系 脈 に 生 じ も し ﹂, ﹁ 仏 境 に 入 る ﹂ 事 が 出 来 る も の で あ る。 一 方 凡 夫 有 情 の ﹁ 有 身 が 如 来 の 種 姓" ta th a g a ta-g o tr a" ﹂ ( 法 ) で あ り、 ﹁ 六 十 二 見 が 諸 の 如 来 の 種 姓 で あ り ﹂、 ﹁ 一 切 の 煩 悩 が 如 来 の 種 姓 で あ る ﹂ と 説 い て い る が、 そ れ ら は 声 聞 ・ 縁 覚 等 の 様 に 小 乗 の 無 位 決 定 位 に 住 す る 場 合、 た と え ば、 虚 空 に 於 て 種 は 生 じ な い が、 若 し 地 上 に 在 る な ら ば 種 は 生 ず る 様 に、 そ の 様 に 無 位 決 定 を 証 得 し た 人 々 の 上 に は 仏 の 法 は 生 じ な い。 そ う で あ る か ら 有 身 見 が 須 弥 山 と 等 し く 生 ず る に よ っ て 菩 提 心 が 生 じ、 諸 の 仏 の 法 が 生 ず る の で あ る ( 法 )。 そ の 故 に、 有 身 が、 六 十 二 見 が、 一 切 の 煩 悩 が、 如 来 の 種 姓" t a th a g a ta-g o t r a" で あ る と 云 う の で あ る。 つ ま り 菩 薩 と 有 情 と は、 ﹁ 如 来 の 系 脈 に 生 じ ﹂ ﹁ 仏 境 に 入 ﹂ り、 ま た ﹁ 菩 提 心 を 生 じ、 諸 仏 の 法 を 生 ず る ﹂ ( 法 ) も の で あ り、 そ れ ら が" ta th a g a ta-vamsa"" ta-th a g a ta -g o tr a" の 様 相 で あ る 事 を 説 い て い る。 し か も 小 乗 三 十 七 道 品 が、 菩 薩 の 六 度 諸 仏 の 諸 法 と 共 に﹁ 最 勝 の 菩 提 ( 漢. 蔵 ) と し て 説 か れ て い る。 大 乗 経 典 の ﹁ 維 摩 経 ﹂ は、 や は り そ の 主 体 に 小 大 乗 の 成 仏 を 根 本 に 置 い て い る の で あ る。 二 ﹁ 維 摩 経 ﹂ の こ う し た 点 に ま ず 注 目 を し て お い て、 そ う 云 う 経 典 と、 道 元 禅 師 の ﹁ 正 法 眼 蔵 ﹂ の 記 述 に つ い て 考 究 を 進 め た い。 一 般 的 な 観 念 か ら す る と、 維 摩 と 云 う 仏 教 者 ( 在 家 ) 及 び 特 色 あ る 内 容 の ﹁ 維 摩 経 ﹂ と、 ど ち ら か と 云 え ば、 自 ら は 出 家 主 義 の 立 場 を 歩 ん だ 道 元 禅 師 及 び そ の 著 作 で あ る ﹁ 正 法 眼 蔵 ﹂ と が、 ど う 云 う か か わ り を 持 つ の か、 や や 不 調 和 に 感 じ ら れ る む き が、 な い で は な い で あ ろ う。 実 は そ こ に 問 題 考 察 の 出 発 点 も あ る の だ が、 今 は ま ず ﹁ 正 法 眼 蔵 ﹂ に お け る 経 の 引 用 関 説 か ら 検 討 を 進 め て み る。 ﹁ 正 法 眼 蔵 ﹂ に は 実 に 数 多 く の 経 論 や 語 録、 外 典 か ら の 引 用 が 自 在 に 用 い ら れ て い る。 鏡 島 元 隆 博 士 の ﹁ 道 元 禅 師 と 引 用 経 典 ・ 語 録 の 研 究 ﹂ に よ る と、 ﹁ 道 元 禅 師 の 正 法 眼 蔵 を 読 維 摩 経 と 正 法 眼 蔵 の 記 述 の 解 釈 に つ い て ( 高 崎 ) 二 八 一

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維 摩 経 と 正 法 眼 蔵 の 記 述 の 解 釈 に つ い て ( 高 崎 ) 二 八 二 ん で、 わ れ わ れ が 一 番 悩 ま さ れ る の は、 こ の 書 の 中 に 縦 横 無 尽 に 引 用 さ れ た 経 典 語 録 の 膨 大 さ と、 故 事 成 語 の 氾 濫 で あ る。 そ れ ら は、 す べ て そ れ ぞ れ の 来 歴 を も っ た 古 典 語 で あ る か の よ う に 見 え る が、 ま た そ れ ら は す べ て 道 元 禅 師 に よ っ て 駆 使 さ れ た 創 造 語 で あ る か の よ う に も 見 え る。 ま こ と に、 正 法 眼 蔵 は こ の 古 語 と 新 語 の 不 思 議 な 統 一 を 織 り な し て い る と こ ろ に、 古 今 独 歩 の 文 体 が あ る の で あ ろ う。 従 っ て、 正 法 眼 蔵 を 読 む に は、 そ れ ぞ れ の 古 語 が ど の よ う な 伝 統 を ふ ま え た 言 葉 で あ る か を 知 ら な け れ ば な ら な い が、 同 時 に、 そ れ を 道 元 禅 師 は ど の よ う に 生 か し て 用 い て い る か を 知 ら な け れ ば な ら な い。 云 云 ﹂ ( は し が き ) と 述 べ ら れ て い る。 こ の 書 は 五 章 に わ た る 研 究 か ら 成 っ て い る の だ が、 第 四 章 に、 ﹁ 道 元 禅 師 と 特 に 問 題 と な る 経 典 ・ 語 録 ﹂ と 云 う 事 で、 ﹁ 法 華 経 ﹂ ﹁ 首 樗 厳 経 ﹂ ﹁ 円 覚 経 ﹂ と、 他 は 語 録 と 外 典 が 数 え ら れ 考 察 さ れ て い る。 こ の 様 な 事 に 留 意 し て お い て、 ﹁ 維 摩 経 ﹂ 及 び 維 摩 も ﹁ 正 法 眼 蔵 ﹂ に 引 用 さ れ、 所 論 の 対 照 と さ れ て い る 事 か ら、 そ れ を め ぐ る い く つ か の 点 に つ い て 検 討 を し て 行 く 事 に す る。 ﹁ 正 法 眼 蔵 ﹂ の 中 で ﹁ 維 摩 経 ﹂ 或 は 維 摩 に 関 す る 記 述 を 見 て み る と、 ﹁ 看 経 ﹂ の 巻、 ﹁ 行 仏 威 儀 ﹂ の 巻、 ﹁ 授 記 ﹂ の 巻、 ﹁ 三 十 七 品 菩 提 分 法 ﹂ の 巻 ﹁ 四 馬 ﹂ の 巻 の 中 に 引 用 関 説 さ れ て い る。 そ の 引 用 関 説 の、 さ れ 方 を 大 別 し て み る と 一、 経 典 か ら の 引 用 と 云 え る も の。 二、 語 録 か ら の 引 用 と 云 え る も の で 経 に 関 係 す る も の。 三、 道 元 禅 師 自 身 の 解 釈 と し て 述 べ ら れ て い る る と 云 え る も の こ の 三 態 に 分 け ら れ る の で あ る。 こ の 分 類 に 従 っ て、 考 究 を 更 に 進 め て 行 く。 第 一 の 分 類 そ の 一 の 引 用 は、 ﹁ 授 記 ﹂ の 巻 に あ る も の。 テ ニ バ ク ヨ ハ ル ニ ニ ヲ ニ ニ 維 摩 詰 謂 二 弥 勒 一言、 勒 弥、 世 尊 授 二仁 者 記 軸 一 生 当 レ 得 二 阿 褥 多 羅 三 ヲ ヤ テ レ ノ ヲ ト ヲ ナ リ ナ リ ナ リ 貌 三 菩 提 ↓ 為 下 用 二 何 生 一得 中 受 記 上 乎。 過 去 耶、 未 来 耶、 現 在 耶。 シ ノ ナ ラ バ ノ ハ ニ ス シ ノ ナ ラ バ ノ ハ ダ ラ シ ノ ナ ラ バ ノ 若 過 去 生、 過 去 生 已 滅、 若 未 来 生、 未 来 生 未 レ 至、 若 現 在 生、 現 在 ハ シ ス ル マ キ ハ ノ ヨ ニ ハ ハ ハ ス ト シ テ ヲ 生 無 レ 住、 如 二 仏 所 説一、 比 丘、 汝 今 即 時、 亦 生 亦 老 亦 滅。 若 以 二無 生 一 ル ヲ ナ ラ バ ハ チ レ ナ リ テ モ ノ ニ シ シ ル コ 得 二 受 記 一者、 無 生 即 是 正 位。 於 二 正 位 中 一亦 無 二 受 記一、 亦 無 レ 得 二 阿 褥 ヲ ソ ソ ル ヤ ノ ヲ ス ヤ ツ テ ノ ニ ト ヲ 多 羅 三 貌 三 菩 提 殉 云 何 弥 勒、 受 二 一 生 記 一乎。 為 下 従 二 如 生 一得 中 受 記 上 ス ヤ ツ テ ノ ニ ト ヲ シ テ ノ ヲ ル ヲ ナ ラ バ ハ シ ル マ 耶、 為 下 従 二 如 滅 一得 中 受 記 上 耶。 若 以 二 如 生 一得 二受 記 醐者、 如 無 レ 有 レ 生。 シ テ ノ ヲ ル ヲ ナ ラ バ ハ シ ル コ ノ ハ ノ モ 若 以 二 如 滅 一得 二 受 記 一者、 如 無 レ 有 レ 滅。 一 切 衆 生 皆 如 也、 一 切 法 亦 ノ モ ル モ ニ シ ル ヲ ナ ラ バ 如 也、 衆 聖 賢 亦 如 也、 至 二 於 弥 勒 一亦 如 也。 若 弥 勒 得 二 受 記 一者、 一 ノ モ ニ ク ヲ ソ ト ナ レ バ レ ハ ナ リ シ ル 切 衆 生 亦 応 レ 受 レ 記。 所 以 者 何、 夫 如 者 不 二 不 異。 若 弥 勒、 得 ニ ヲ ナ ラ バ ノ モ ニ ト ナ レ ハ ノ 阿 褥 多 羅 三 貌 三 菩 提 一 者、 一 切 衆 生 亦 応 レ 得。 所 以 者 何、 一 切 衆 ハ チ ノ ナ リ 生 即 菩 提 相。 こ れ は、 ﹁ 維 摩 経 ﹂ 漢 訳 各 ﹁ 菩 薩 品 ﹂ 第 四、 チ ベ ッ ト 訳 ﹁ 声 聞 と 菩 薩 が 受 け た 相 談 の 章 ﹂ 第 三 か ら の 引 用 で あ り、 文 章 は 長 文 に わ た っ て い る。 そ し て そ の 引 用 文 は、 漢 訳 三 本 の 中、

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鳩 摩 羅 什 訳 に よ く 合 致 し て い る。 次 に そ の 二 の 引 用 文 は テ シ タ マ ウ ヲ テ ニ ヲ ハ リ ス ル ハ シ 仏 以 二 一 音 一演 訓 説 法 碗 衆 生 随 レ 類 各 得 レ 解、 或 有 二 恐 怖 唖 或 歓 喜、 ハ シ ヲ ス ル ヲ 或 生 二 厭 離一、 或 断 レ疑。 と 云 う ﹁ 四 馬 ﹂ の 巻 の 文 章 で、 こ れ は ﹁ 維 摩 経 ﹂ の ﹁ 仏 国 品 ﹂ 第 一 か ら の 引 用 で あ る と さ れ て い る。 し か し な が ら、 ﹁ 維 摩 経 ﹂ の 支 謙 訳 に は、 こ の 一 音 説 法 の 記 述 は な く、 鳩 摩 羅 什、 と 玄 斐 の 訳 文 は 両 者 ほ と ん ど 相 似 し て い る の だ が、 両 者 共 ﹁ 四 馬 ﹂ の 巻 の 引 用 文 と は や や 相 異 す る 点 が あ る。 ﹁ 維 摩 経 ︹ で は こ の 様 に な っ て い る。 テ ヲ シ タ マ ウ ヲ ハ リ ス ル ハ シ ハ シ ヲ ハ ス ヲ 仏 以 二 一 音 一演 コ 説 法一、 或 有 二 恐 畏 一或 歓 喜、 或 生 二 厭 離 一或 断 レ 疑、 レ チ ノ 斯 即 神 力 不 共 法 (玄 些 ・ 不 共 相 )。 テ ニ こ れ に よ っ て わ か る 様 に ﹁ 四 馬 ﹂ 中 の 引 用 文 は ﹁ 衆 生 随 レ 類 ヲ 各 得 レ 解 ﹂ の 文 言 が 多 く な っ て い る。 ﹁ 維 摩 経 ﹂ で は こ の 前 後 の 所 説 は、 偶 文 と し て 説 か れ て お り、 ﹁ 四 馬 ﹂ に 引 用 さ れ た テ ニ と 云 わ れ る 文 言 の 前 の 偶 文 に は 二 偶 に わ た っ て ﹁ 衆 生 随 レ 類 ヲ 各 得 レ 解 ﹂ の 文 言 が あ る。 だ が 引 用 さ れ た と み ら れ る 経 の 当 面 の 偶 文 で は、 漢 ・ 蔵 共 そ の 文 言 と 別 な 一 句 の 偶 文 と な っ て い る。 他 方 二 音 説 法 ﹂ の 所 説 は ﹁ 婆 沙 論 ﹂ 第 七 十 九 に も 説 か れ て い る し、 ﹁ 異 部 宗 輪 論 ﹂ に は 大 衆 部、 一 説 部 等 の 四 部 の 本 宗 同 義 と し て、 そ う 云 う 説 を 出 し て い た 事 が 知 ら れ て い る。 し か し ﹁ 婆 沙 論 ﹂ に 出 て い る 文 言 は、 ﹁ 四 馬 ﹂ 引 用 の 文 言 と 一 部 全 く 異 っ て お り、 し た が っ て 引 用 の 根 拠 と は な ら な い も の で あ る。 結 局 ﹁ 維 摩 経 ﹂ の 相 当 部 分 よ り、 一 句 多 い 文 章 で は あ る が、 ﹁ 維 摩 経 ﹂ の 文 か ら の も の と 云 う 事 に な る。 と 共 に 鳩 摩 羅 什 訳 に 一 番 近 い。 そ し て 添 加 さ れ た 語 句 は、 恐 ら く 文 意 を 明 ら か に し、 強 化 す る 為 の も の で あ っ た で あ ろ う と 考 え ら れ る。 第 二 の 分 類 に 属 す る と 思 わ れ る も の は、 ﹁ 看 経 ﹂ の 巻 と ﹁ 行 仏 威 儀 ﹂ の 巻 に 出 て い る 引 用 で あ る。 前 者 第 二 の 一 の そ れ は 次 の 様 に な っ て い る。 ミ ニ リ リ テ ニ ス テ ヲ テ ク 雲 居 山 弘 覚 大 師、 因 有 一二 僧 納 在 三 房 内 一念 経。 大 師 隔 レ 窓 問 云、 闇 ス ル レ ノ ゾ ヘ テ ク ク ハ ニ ヲ ス ル 梨 念 底 是 什 麿 経。 僧 対 日、 維 摩 経。 師 云、 不 レ 問 二禰 維 摩 経一、 念 レ ノ ゾ リ ニ ス 底 是 什 麿 経。 此 僧 従 レ 此 得 入。 こ れ は、 ﹁ 景 徳 伝 燈 録 ﹂ 巻 十 七 雲 居 伝 と 相 似 し て い る。 そ し て そ れ は ﹁ 維 摩 経 ﹂ 自 体 の 文 言 に つ な が る 引 用 文 で は な く、 文 意 も 直 接 経 文 に つ い て 念 底 し て い る の で は な い が、 し か し な が ら こ こ で は 一 僧 が ﹁ 維 摩 経 ﹂ を 看 経 し て い る そ の 事 を 通 じ て、 什 麿 経 の 念 底 と ﹁ 維 摩 経 ﹂ の 看 経、 総 じ て 道 元 禅 師 の 看 経 観 が 説 か れ て い る 点 で、 意 味 深 い も の が あ る。 二 用 例 の 中 の 後 者 第 二 の 二 は ﹁ 行 仏 威 儀 ﹂ の 巻 に、 シ テ ニ ク ハ リ のア ニ ス ヲ 雪 峰 山 真 覚 大 師 示 レ 衆 云、 三 世 諸 仏 在 二 火 焔 裏 一転 二 大 法 輪 殉 玄 沙 院 ク ニ ノ ス ル ニ シ テ ク 宗 一 大 師 日、 火 焔 為 二 三 世 諸 仏 一説 法、 三 世 諸 仏 立 地 聴、 園 悟 禅 師 維 摩 経 と 正 法 眼 蔵 の 記 述 の 解 釈 に つ い て ( 高 崎 ) 二 八 三

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維 摩 経 と 正 法 眼 蔵 の 記 述 の 解 釈 に つ い て ( 高 崎 ) 二 八 四 ク ニ ヘ リ ト ニ リ シ ス キ 日、 将 謂 侯 白、 更 有 二 侯 黒一、 亙 換 投 機、 神 出 鬼 没。 烈 焔 亙 天、 仏 説 レ ヲ ク ヲ ニ ス ニ ス 法、 亙 天 烈 焔、 法 説 レ 仏。 風 前 勢 断 葛 藤 案、 一 言 勘 破 維 摩 詰。 と 云 う ﹁ 國 悟 禅 師 語 録 ﹂ 巻 十 九 ( ﹁ 禅 林 類 聚 ﹂ 巻 一 四、 雲 峰 示 衆、 参 照 ) の 文 が あ る。 こ の 場 合 も ﹁ 維 摩 経 ﹂ の 経 文 自 体 に は 関 係 を も た な い も の で あ り、 た だ ﹁ 維 摩 詰 ﹂ が 対 照 と し て あ げ ら れ て い る も の で あ る。 ま た こ の 文 を め ぐ っ て、 道 元 禅 師 が 自 ら 長 文 の 解 釈 を 加 え ﹁ 行 仏 の 威 儀 ﹂ を 説 い て い る 点 で 注 目 す べ き も の が あ る。 第 三 番 の 分 類 に 属 す る も の と し て は、 ﹁ 三 十 七 品 菩 提 分 法 ﹂ で の 所 説 が あ る。 三 十 七 道 品 中、 八 正 道 の 正 業 道 支 を 説 く と こ ろ で ﹁ 正 業 道 支 は、 出 家 修 道 な り、 入 山 取 証 な り 釈 迦 牟 尼 ク ハ レ ナ リ ト 仏 言、 三 十 七 品 是 僧 業。 云 々 ﹂ と 云 う 事 か ら 始 ま り、 途 中 み ず や、 維 摩 老 も し 出 家 せ し か ば、 維 摩 よ り も す ぐ れ た る 維 摩 比 丘 を み ん。 今 日 は わ ず か に 空 生 ・ 舎 利 子 ・ 文 殊 ・ 弥 勒 等 を み る、 い ま だ 半 維 摩 を み ず、 い は ん や 三 四 五 の 維 摩 を み ん や。 も 三 四 五 の 維 摩 を み ず、 し ら ざ れ ば、 一 維 摩 い ま だ み ず、 し ら ず 保 任 せ ざ る な り。 一 維 摩 い ま だ 保 任 せ ざ れ ば、 維 摩 仏 を み ず。 維 摩 仏 を み ざ れ ば、 維 摩 文 殊 ・ 維 摩 弥 勒 ・ 維 摩 善 現 ・ 維 摩 舎 利 子 等 い ま だ あ ら ざ る な り。 い は ん や 維 摩 山 河 大 地 ・ 維 摩 艸 木 亙 礫 ・ 風 雨 火 水 ・ 過 去 現 在 未 来 あ ら ん や。 維 摩 い ま だ こ れ ら の 光 明 功 徳 み え ざ る こ と は、 不 出 家 ゆ え な り。 維 摩 も し 出 家 せ ば、 こ れ ら の 功 徳 あ る べ き な り。 当 時 唐 朝 ・ 宋 朝 の 禅 師 等、 こ れ ら の 宗 旨 に 達 せ ず、 み だ り に 維 摩 を 挙 し て、 作 得 是 と お も ひ、 道 得 是 と い ふ。 こ れ ら の と も が ら、 あ は れ む べ し、 言 教 を し ら ず、 仏 法 に く ら し。 あ る ひ は ま た、 あ ま り さ へ は 維 摩 と 釈 尊 と、 そ の 道 ひ と し と お も ひ、 い へ る お ほ し、 こ れ ら ま た い ま だ 仏 法 を し ら ず、 祖 道 を し ら ず、 維 摩 を も し ら ず、 は か ら ざ る な り。 か れ ら は い は く、 維 摩 黙 然 無 言 し て 諸 菩 薩 に し め す、 こ れ 如 来 の 無 言 為 人 に ひ と し と い ふ。 こ れ お ほ き に 仏 法 を し ら ず、 学 道 の 力 量 な し と い ふ べ し。 如 来 の 有 言、 す で に 自 余 と こ と な り、 無 言 も ま た 諸 類 と ひ と し か る べ か ら ず。 し か あ れ ば、 如 来 の 一 黙 と 維 摩 め 一 黙 と、 相 似 の 比 論 に す ら お よ ぶ べ か ら ず。 云 云 ( 以 下 略 ) と 記 さ れ て い る。 正 業 道 支 に つ い て 述 べ る と こ ろ で、 こ の 様 に、 維 摩 を 念 頭 に お い た 長 文 の 所 見 が 表 明 さ れ て い る。 以 上 が ﹁ 正 法 眼 蔵 ﹂ に お け る、 ﹁ 維 摩 経 ﹂ お よ び 維 摩 に 関 す る 記 述 で あ る。 そ し て こ れ ら を 中 心 に、 更 に 経 の 所 説 と 道 元 禅 師 の 見 解 ほ か 等 を め ぐ っ て 考 察 を 進 め て み る。 三 第 一 の ﹁授 記 ﹂ の 巻 で の、 引 用 文 に つ い て は、 道 元 禅 師 に よ る 所 論 が 比 較 的 長 く 述 べ ら れ て い る。 そ こ で は 弥 勒 の 得 受 記 と 一 切 衆 生 の 得 受 記 を 説 く 事 か ら 始 め ら れ て い る。 維 摩 詰 の 道 取 す る と こ ろ、 如 来 こ れ を 不 是 と い は ず。 し か あ る に 弥 勒 の 得 受 記、 す で に 決 定 せ り。 か か る が ゆ ゑ に、 一 切 衆 生 の 得 受 記、 お な じ く 決 定 す べ し。 衆 生 の 受 決 あ ら ず ば、 弥 勒 の 受 記 あ る べ か ら ず。 す で に 一 切 衆 生 即 菩 提 相 な り。 菩 提 が 菩 提 の 授 記

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を う る な り。 受 記 は 今 日 の 命 な り。 し か あ れ ば 一 切 衆 生 は、 弥 勒 と 同 発 心 す る ゆ ゑ に、 同 受 記 な り、 同 成 道 な る べ し。 こ う し た 所 論 は 経 を 引 用 し な が ら も、 道 元 禅 師 独 自 の 考 え と し て 述 べ ら れ て い る も の で、 そ れ は 決 し て 経 の 忠 実 な 注 釈 と し て な さ れ た も の で は な い。 そ の 意 味 で こ こ は、 第 三 の 分 類 に 属 す る 面 も あ る。 ﹁ 維 摩 経 ﹂ に 於 て は、 弥 勒 が 世 尊 に よ っ て 阿 褥 多 羅 三 貌 三 菩 提 に 一 生 補 処 で あ る と 授 記 せ ら れ て い る け れ ど も、 そ れ は 如 何 な る 生 の 授 記 で あ る の か。 過 去 の 生 に よ っ て か、 未 来 の 生 に よ っ て か、 現 在 の 生 に よ る も の で あ る の か ( 法 )、 と 云 う 様 な、 維 摩 詰 の 言 が あ る。 そ の 様 な 考 え 方 は、 イ ン ド 仏 教 で の 一 つ の 思 考 形 態 で あ る が、 道 元 禅 師 に よ っ て は も っ と 端 的 な 表 現 を 取 っ て い る。 そ れ は、 過 現 未 の 生 を 云 々 す る の で な く、 ﹁ 弥 勒 の 得 授 記 は 既 に 決 定 し て い る ﹂ も の で あ る、 と 云 う 前 提 に 立 っ て 論 じ ら れ、 そ し て ま た ﹁ 一 切 衆 生 の 得 受 記 ﹂ も ﹁ お な じ く 決 定 す べ し ﹂ と 述 べ ら れ て い る。 前 述 の イ ン ド 仏 教 の 思 考 形 態 に 続 く 教 理 の 一 部 に 就 て、 道 元 禅 師 は こ れ に 批 判 を 加 え て い る。 テ モ ニ シ た だ し 維 摩 道 の、 於 二 正 位 中 一亦 無 二 受 記 一は、 正 位 即 授 記 を し ら ざ る が ご と し、 正 位 即 菩 提 と い は ざ る が ご と し。 過 去 生 已 滅、 未 来 生 未 至、 現 在 生 無 住 と ら い ふ。 過 去 か な ら ず し も 已 滅 に あ ら ず。 未 来 か な ら ず し も 未 至 に あ ら ず、 現 在 か な ら ず し も 無 住 に あ ら ず。 無 住、 未 至、 已 滅 等 を、 過 未 現 と 学 す と い ふ と も、 未 至 の す な は ち 過 現 未 な る 道 理、 か な ら ず 道 取 す べ し。 し か あ れ ば、 生 滅 共 に 得 記 す る 道 理 あ る べ し、 生 滅 共 に 得 菩 提 の 道 理 あ る な り。 一 切 衆 生 の 授 記 を う る と き、 弥 勒 も 受 記 を う る な り。 し ば ら く な ニ ヘ ン ん ぢ 維 摩 に と ふ、 弥 勒 は 衆 生 と 同 な り や 異 な り や、 試 道 看。 す で に 若 し 弥 勒 得 記 せ ば、 一 切 衆 生 も 得 記 せ ん と い ふ。 弥 勒 は 衆 生 に あ ら ず と い は ば、 衆 生 は 衆 生 に あ ら ず、 弥 勒 も 弥 勒 に あ ら ざ る べ し、 い か ん。 正 当 急 慶 時、 ま た 維 摩 に あ ら ざ る べ し、 維 摩 に あ ら ず ば、 こ の 道 得 用 不 著 な ら ん。 し か あ れ ば い ふ べ し、 授 記 の、 一 切 衆 生 を あ ら し む る と き、 一 切 衆 生 お よ び 弥 勒 は あ る な り。 授 記 よ く 一 切 を あ ら し む べ し。 こ の 所 論 は 前 の そ れ ら に 続 い て い る の で あ る が、 こ の 記 述 テ モ ニ シ に 準 じ て 今 ま ず ﹁ 維 摩 道 の 於 二 正 位 中 一亦 無 二 授 記 一 は 正 位 即 授 記 を し ら ざ る が ご と し 云 々 ﹂ と あ る 事 に つ い て 述 べ て み る。 テ モ ニ シ 経 が ﹁ 於 二 正 位 中 一亦 無 二 授 記 一﹂ と 云 っ て い る の は、 声 聞 ・ 独 覚 等 そ れ 自 体 の 無 為 正 位 に あ る 者 に は、 小 乗 教 理 の 上 か ら し て、 仏 に よ る 成 仏 の 約 束 は 無 い、 と 云 う 経 説 の 一 部 で あ る。 と こ ろ が 道 元 禅 師 は ﹁ 正 位 即 授 記 ﹂ を 主 張 し、 小 乗 声 聞 等 の 成 仏 の 可 能 を 認 め よ う と し て い る。 た だ ﹁ 正 位 即 菩 提 ﹂ と 云 う 事 は 云 わ な い と す る こ と わ り が あ る。 ま た 経 の ﹁ 過 去 生 己 滅、 未 来 生 未 至、 現 在 生 無 住 ﹂ に 対 し て も、 道 元 禅 師 は ﹁ 過 去 か な ら ず し も 己 滅 に あ ら ず、 未 来 か な ら ず し も 未 至 に あ ら ず、 現 在 か な ら ず し も 無 住 に あ ら ず 云 々 ﹂ と し て、 法 相 で 云 維 摩 経 と 正 法 眼 蔵 の 記 述 の 解 釈 に つ い て ( 高 崎 ) 二 八 五

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維 摩 経 と 正 法 眼 蔵 の 記 述 の 解 釈 に つ い て ( 高 崎 ) 二 八 六 う 過 ・ 未 ・ 現、 己 滅 ・ 未 至 ・ 無 住 の 概 念、 即 ち 経 の 説 く 過 去 の 生 は 既 に 尽 き、 未 来 の 生 は 未 だ 来 ら ず、 現 在 の 生 は し ば ら く も 住 せ ず、 即 ち 世 尊 の 所 言 の よ う に、 実 に 諸 の 比 丘 達 よ、 あ な た 達 は 一 刹 那 に 生 じ、 老 い、 死 し、 う つ り 変 り 生 れ る も の で あ る ( 法 ) と 云 っ た 事 を 否 定 し、 独 自 の 見 解 を 立 て て い る。 ﹁ 未 至 の す な わ ち 過 現 未 な る 道 理、 か な ら ず 道 取 す べ し 云 々 ﹂ と あ る の が そ れ で あ る。 そ し て ﹁ し か あ れ ば、 生 滅 と も に 得 記 す る 道 理 あ る べ し、 生 滅 と も に 得 菩 提 の 道 理 あ る な り。 ﹂ と 示 し て い る。 経 で は、 生 ・ 滅 ・ 不 生 不 滅 の 理 を 説 く 場 合 ﹁ 如 ﹂" ta th a ta" " d e b s h in n id" ﹁ 真 如 ﹂ ﹁ 法 性 ﹂ の 概 念 を 置 い て い る。 弥 勒 よ あ な た は 真 如 生 に よ る の か、 真 如 の 滅 に よ る の か、 授 記 せ ら れ た 如 き 真 如 は、 不 生 不 滅 に し て、 生 ず る 事 も な く 滅 す る 事 も な い ( 法 ) と 云 っ た 具 合 で あ る。 な お 経 で は 一 切 衆 生 の ( 真 ) 如 と、 一 切 法 の 真 如 と、 一 切 賢 者 の 真 如 と は、 弥 勒 に と っ て も ( 真 ) 如 で あ る。 若 し 弥 勒 が 授 記 を 得 る な ら ば、 一 切 衆 生 も 亦 授 記 を 得 る の で あ る。 な ぜ な ら ば、 真 如 は 二 と し て 顕 わ さ れ る 所 で は な く、 種 々 相 を 以 て 顕 わ さ れ る 所 で は な い の で あ る か ら、 弥 勒 が 菩 提 を 現 等 覚 す る 時、 そ の 時 に は、 一 切 衆 生 も 亦 菩 提 を 現 等 覚 す る ( 法 ) と 云 う の が 経 の 趣 旨 で あ る。 ﹁ 正 法 眼 蔵 ﹂ で は 経 の 説 く、 ﹁ 真 如 ﹂ に つ い て 記 し て い な い が、 ﹁ 一 切 衆 生 の 授 記 を う る と き、 弥 勒 も 受 記 を う る な り ﹂ と 云 い、 ﹁ 弥 勒 は 衆 生 と 同 な り や 異 な り や L と 維 摩 に 問 い、 ﹁ 若 し 弥 勒 得 記 せ ば、 一 切 衆 生 も 得 記 せ ん と い う 云 云 ﹂ と し て 経 説 を 是 認 し、 そ こ に ﹁ 真 如 ﹂ と 云 う 語 の 表 現 は な い と し て も、 経 の ﹁ 夫 れ 如 者 不 二 不 異 な り ﹂ ( 鳩 ) を、 言 外 の 内 実 と し て よ く と ら え ら れ て い る。 む し ろ 道 元 禅 師 及 び ﹁ 正 法 眼 蔵 ﹂ の 説 く と こ ろ 自 体、 ﹁ 如 ﹂ そ の も の と な っ て い る 事 が 感 得 さ れ る。 そ し て 前 述 の 様 に 批 判 的 言 辞 を 述 べ ら れ て い る 一 面 も あ る が、 し か し な が ら 究 極 に 於 て 経 と ﹁ 正 法 眼 蔵 ﹂ の 真 義 と は、 不 二 な る も の、 と み る 事 が 出 来 る。 ﹁ 維 摩 経 ﹂ か ら の 腓 用 と み ら れ る 第 二 の 用 例 ﹁ 仏 の 一 音 説 ニ ク 法 ﹂ 説 は 有 名 で あ る が、 ﹁ 四 馬 ﹂ の 巻 で は、 ﹁ 雑 阿 含 経 日、 仏 グ ニ リ ノ ノ ハ シ キ テ ノ ノ ヲ チ ク 告 二 比 丘一、 有 二 四 種 馬 一 ( 中 略 ) 初 馬 如 下 聞 二 佗 聚 落 無 常一、 即 能 ス ル ガ ヲ ノ ハ シ キ テ ガ ノ ヲ チ ク ス ル ガ ヲ ノ ハ シ キ テ ガ 生 夢 厭。 次 馬 如 下 聞 二 己 聚 落 無 常一、 即 能 生 占 厭、 三 馬 如 下 聞 二 已 ノ ヲ チ ク ス ル ガ ヲ ノ ハ ホ シ ノ ア リ テ ニ ク ス ル ガ ヲ 親 無 常一、 即 能 生 占 厭、 四 馬 猶 如 二 己 身 病 苦、 方 能 生 ワ 厭 ﹂ と 云 う 引 用 文 及 び、 そ れ を め ぐ る 所 論 と、 そ こ に 於 て ﹁ い ま 生 ハ テ ヲ タ マ ウ ヲ 厭 と い ふ は ﹂ と 云 い ﹁ 仏 以 二 一 音 一演 訓 説 法一 云 云 ﹂ と 云 う 経 ハ リ ス ル ハ シ ハ シ ヲ 文 中 の ( 鳩 摩 羅 什 訳 ) の ﹁ 或 有 二 恐 怖 輔 或 歓 喜、 或 生 二 厭 離一、 或 ス ヲ 断 レ 疑 ﹂ が 経 証 と さ れ て い る。 そ し て 経 証 文 に つ い て は、 特 に 論 じ ら れ る と こ ろ は な い。 分 類 の 第 二、 ﹁ 雲 居 伝 ﹂ の 一 文 に 関 し て は、 既 に 関 説 し た と こ ろ も あ る が、 そ こ で は、 念 ず る 底 の 什 麿 経 と、 ﹁ 維 摩 経 ﹂ の 看 経 と 云 う 事 を 通 じ て、 道 元 禅 師 の 看 経 観 が 論 じ ら れ て い

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る。 ズ ル レ ノ ゾ セ 大 師 道 の 念 底 是 什 麿 経 は、 一 条 の 念 底 年 代 深 遠 な り、 不 レ 欲 三挙 ﹃ ス ル ヨ ヲ ヲ 似 於 念 一な り。 路 に し て は 死 蛇 に あ ふ、 こ の ゆ ゑ に 什 麿 経 の 問 著 現 成 せ り。 人 に あ ふ て は 錯 挙 せ ず、 こ の ゆ え に 維 摩 経 な り、 お ほ よ そ 看 経 は、 尽 仏 祖 を 把 拮 し あ つ め て、 眼 晴 と し て 看 経 す る な り。 云 云 と、 ま さ に 看 経 の 根 本 義 を 説 示 し よ う と し た も の で あ る。 更 に ﹁ 正 法 眼 蔵 ﹂ で は 続 い て、 今 度 は 看 経 の 仕 方 儀 則 の い く つ か を、 一 つ 一 つ 懇 切 に 説 い て い る。 第 二 分 類 の 二 の 文 は、 雪 峰 山 真 覚 大 師 の 言 と、 玄 沙 院 宗 一 大 師 の 言 と、 圓 悟 禅 師 の 言 と か ら な っ て い る。 そ の 一 人 園 悟 キ ヲ 禅 師 曰 く、 云 云 の 中 に ﹁ 烈 焔 亙 天、 仏 説 レ 法、 瓦 天 烈 焔、 法 ク ヲ ニ ス ニ ス 説 レ仏 風 前 勇 断 葛 藤 案、 一 言 勘 破 維 摩 詰 ﹂ と あ る の で あ る が、 道 元 禅 師 の 所 論 は、 真 覚 大 師 ・ 宗 一 大 師 の 三 世 諸 仏 の 説 示 に つ い て、 長 文 の 所 見 が 述 べ ら れ て い る。 そ し て そ の 所 見 の 終 り の と こ ろ で ﹁ 三 世 の 諸 仏 は 三 世 に 法 に と か れ、 三 世 の 諸 仏 は 三 世 に 仏 に と か る る な り、 葛 藤 案 の 風 前 に 前 刀 断 す る 亙 天 の み あ り。 一 言 は か く る る こ と な く 勘 破 し き た る、 維 摩 詰 を も 非 維 摩 詰 を も。 云 云 ﹂ と 論 じ ら れ て い る。 こ の 二 言 に 勘 破 す 維 摩 詰 L の 問 題 は、 経 の 文 章 内 容 に 関 係 す る も の で は な く、 圓 悟 禅 師 ( 一 五 六 六 -一 六 四 二 ) 時 代 の 中 国 仏 教 社 会 で、 い わ ゆ る 有 名 化 さ れ て い た 維 摩 居 士 を 概 念 的 に 意 識 し て の も の で あ る。 第 三 の 分 類 の ﹁ 三 十 七 品 菩 提 分 法 ﹂ で の 所 論 は、 一 部 記 し た 様 に、 実 に 長 文 で 力 の こ も っ た も の と な っ て い る。 し か も そ れ は、 八 正 道 の 正 業 道 支 に 関 す る、 道 元 禅 師 に よ る 古 今 独 自 の 考 え 方 が 述 べ ら れ て い る 点 で 特 色 が あ る。 即 ち ﹁ 正 業 道 ク 支 は、 出 家 修 道 な り 入 山 取 証 な り。 釈 迦 牟 尼 仏 言、 三 十 七 品 レ ナ リ ト は 是 僧 業。 僧 業 は 大 乗 に あ ら ず、 小 乗 に あ ら ず、 僧 は 仏 僧 ・ 菩 薩 僧 ・ 声 聞 僧 等 あ り、 い ま だ 出 家 せ ざ る も の の、 仏 法 の 正 業 を 嗣 続 せ る こ と あ ら ず 云 云 ﹂ と 云 う 所 論 或 い は ﹁ 在 家 の 学 道 と 出 家 の 学 道 と こ れ 一 等 な り と い ふ ﹂ 事 や、 ﹁ 万 桟 の 心 は す な わ ち 仏 祖 の 心 な り、 さ ら に 別 心 あ ら ず と い ふ ﹂ 事 等、 そ れ ら の 言 説 を 作 す 者 は ﹁ い ま だ 身 心 学 道 を し ら ず、 参 学 せ ず、 身 心 出 家 を し ら ず、 王 臣 の 法 政 に く ら く、 仏 祖 の 大 道 を ゆ め に も み ざ る に よ り て か く の ご と し ﹂ と 述 べ、 更 に ﹁ 維 摩 居 士 の 仏 出 世 時 に あ ふ し、 道 未 尽 の 法 お ほ し、 学 未 到 す く な か ら ず、 廃 纏 居 士 が 祖 席 に 参 歴 せ し、 薬 山 の 堂 奥 を ゆ る さ れ ず、 江 西 に お よ ば ず 云 云 ﹂ と な か な か 手 き び し い。 そ し て 出 家 得 度 を 讃 え、 既 に 記 述 し た ﹁ 維 摩 老 も し 出 家 せ ま し か ば ﹂ と か ﹁ 如 来 の 一 黙 と 維 摩 の 一 黙 ﹂ の 問 題 が 展 開 さ れ て い る。 な お ﹁ 僧 業 と い ふ は 雲 堂 裏 の 功 夫 な り、 仏 殿 嚢 の 礼 拝 な り 乃 至 合 掌 問 訊 ・ 焼 香 焼 湯 す る、 こ れ 正 業 な り ﹂ と 述 べ ら れ て い る。 ﹁ 三 十 七 品 は 是 れ 僧 業 な り ﹂ は、 仏 教 の 初 期 は 仏 維 摩 経 と 正 法 眼 蔵 の 記 述 の 解 釈 に つ い て ( 高 崎 ) 二 八 七

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-755-維 摩 経 と 正 法 眼 蔵 の 記 述 の 解 釈 に つ い て ( 高 崎 ) 二 八 八 弟 子 達 の さ と り へ の 道、 僧 業 で あ っ た で あ ろ う が、 そ の 後、 仏 教 僧 伽 の 修 行 徳 目 と な り、 や が て ﹁ 維 摩 経 ﹂ の 頃 に は、 般 若 の 行 道 と 共 に 大 乗 仏 教 の 中 で も 重 要 な 仏 教 者 の 行 道 と し て 包 含 さ れ て い る。 三 十 七 道 品 は 三 乗 通 用 で あ る。 だ が 道 元 禅 師 の 場 合 こ の 巻 は、 越 宇 吉 峰 精 舎 ( 道 元 の 入 越 当 時 留 錫 し た 寺 ) で、 修 行 僧 達 に 示 し た も の で あ る か ら、 僧 堂 の 僧 業 生 活、 出 家 中 心 の 考 え の 優 先 し て い る 面 が 強 い。 ま た 続 く 記 述 文 中 に 出 て い る の だ が 唐 宋 代 の 中 国 禅 界 で、 も て は や さ れ た 維 摩 居 士 及 び 維 摩 居 士 に 偽 し た、 仏 教 者 の 言 動 を き び し く 批 判 し て い る。 し か し な が ら ﹁ 維 摩 経 ﹂ そ の も の に 対 し て は、 ご く 一 部 に 道 元 禅 師 独 特 の 表 現 も あ る が、 全 体 と し て 経 所 説 の 真 義 と 禅 師 の 云 う と こ ろ は 相 異 し て い な い、 と み る 事 が 出 来 る。 な お ま た、 ﹁ 正 法 眼 蔵 ﹂ ﹁ 弁 道 話 ﹂ で は、 ﹁ と ふ て い は く、 こ の 行 は 在 俗 の 男 女 も、 つ と む べ し や、 ひ と り 出 家 人 の み 修 す る か。 し め し て い は く、 祖 師 の い は く、 仏 法 を 会 す る こ と、 男 女 貴 賎 を え ら ぶ べ か ら ず と き こ ゆ ﹂ ﹁ お よ そ 仏 祖 あ わ れ み の あ ま り、 広 大 の 慈 門 を ひ ら き お け り、 こ れ 一 切 衆 生 を 証 入 せ し め ん が た め な り 人 天 た れ か 入 ら ざ ら ん も の や。 こ こ を も て、 む か し い ま を た つ ぬ る に、 そ の 証 こ れ お ほ し、 し ば ら く 代 宗 ・ 順 宗 の 帝 位 に し て 万 桟 い と し げ か り し、 坐 禅 弁 道 し て 仏 祖 の 大 道 を 会 通 す。 李 相 国 ・ 防 相 国、 と も に 輔 佐 の 臣 位 に は ん べ り て、 一 天 の 股 肱 た り し、 坐 禅 弁 道 し て、 仏 祖 の 大 道 に 証 入 す。 た だ こ こ ろ ざ し の あ り な し に ょ る べ し、 身 の 在 家 出 家 に は か か は ら じ 云 云 ﹂。 と 説 示 さ れ て い る。 三 十 七 品 に お け る、 僧 業、 雲 堂 嚢 の 正 業 の 所 説 で は、 い か に も 出 家 主 義 的 で、 沙 門 道 元 の 教 示 と 感 じ ら れ る 面 が 多 く、 維 摩 詰 や 維 摩 を 偽 す る 様 な も の に は、 強 い 批 判 の 言 辞 が 向 け ら れ て い た。 し か し な が ら ﹁ 弁 道 話 ﹂ の 巻 で は、 ﹁ 維 摩 経 ﹂ な い し 維 摩 詰 の 所 説 に つ い て、 そ れ と 示 し て い る 所 は な い が、 ﹁ 男 女 貴 賎 を え ら ば ず ﹂ ﹁ 身 の 在 家 出 家 に か か わ ら ず ﹂、 一 切 衆 生 人 天 の 普 勧 な る 正 業 と 証 入 の 在 り 方 を 表 明 し て い る の で あ る。 だ か ら そ の 限 り に 於 て、 本 小 論 の(一)で 述 べ た 様 な、 経 の 内 実 を 否 定 す る 事 の 出 来 な い も の が あ る。 ﹁ 弁 道 話 ﹂ は、 ﹁ 正 法 眼 蔵 ﹂ 各 巻 の 巻 頭 に あ り、 道 元 禅 師 の 思 惟 の 在 り 方 を、 わ か り 易 く 総 論 的 に 説 示 さ れ た も の と み ら れ て い る。 そ し て そ れ に は、 全 体 的 に、 禅 師 の 優 れ た 大 乗 仏 教 者 と し て の 面 目 躍 如 た る 所 説 が 展 開 さ れ て い る。 ﹁ 維 摩 経 ﹂ や 維 摩 は、 小 乗 声 聞 ・ 独 覚 を 批 判 し 大 乗 を 宣 揚 す る。 道 元 禅 師 の ﹁ 正 法 眼 蔵 ﹂ で は、 出 家 優 位 的 な 面 あ が っ し て、 ﹁ 維 摩 経 ﹂ の 一 部 や 維 摩 詰 及 び 維 摩 を 偽 す る 者 を 批 判 す る。 だ が 批 判 的 な 面 だ け で な く、 相 関 互 助 す る 深 い 内 実 に、 目 を 向 け る 必 要 が あ る。 注 略。 ( 花 園 大 学 教 授 )

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