労働者の勤務成績不良・能力不足をめぐる 解雇法理の再検討
―― 近年の裁判例の展開をふまえて ――
細 谷 越 史
一 は じ め に
年代以降,企業における能力主義または成果主義的な人事管理の 強化を背景として,労働者の勤務成績不良や能力不足を理由とする解雇を めぐる裁判例が増加する傾向にある
⑴
。これを受けて,学説が,勤務成績不 良等を理由とする解雇の法理に関して本格的に議論を開始することとなっ たのは比較的最近のことである⑵。
これまで,企業は,長期の景気低迷と経済のグローバル化の中で,人件
!
従業員規模 人以上の民間企業を対象とする二時点( 年と 年)の比較 調査によると,普通解雇を実施した理由(経営上の理由を除く)として「仕事に必要 な能力の欠如」をあげる企業の割合は .%( 年)から .%( 年)に増 加しており,その増加の程度は他の解雇理由と比較して最も高い。また,企業が普通 解雇理由としてあげる割合が最も高いのは「本人の非行」であり,その割合は .%( 年)と .%( 年)である。それ以外の解雇理由としては,「職場秩序の 紊乱」は .%( 年)と .%( 年),「頻繁な無断欠勤」は .%( 年)
と .%( 年),「休職期間の満了」は .%( 年)と .%( 年)と いう結果とされている(以上の数値は複数回答によるものである)(労働政策研究・
研修機構「従業員の採用と退職に関する実態調査−労働契約をめぐる実態に関する調 査(Ⅰ)−」( 年) 頁以下参照)。
費削減の対処法の一つとして,非正規労働者の比率を高める工夫を試みて きた。しかし,過度に非正規労働者の比率を高めることは,企業の長期的 な能力蓄積とその活用を停滞させ,さらには専門能力を有する者による製 品開発力も減退させるようになり,現在の正社員の人手不足感を招来して きた。しかし,目下の経営環境の中で人件費の余力が乏しくなった企業は,
新たに正社員の数を増加させることはできず,限られた人数で優れた人材 の確保に走ろうとするため,相対的に成果の乏しい正社員については,こ れを排除しようとする動機が高まる。すなわち,人手不足感が,低成果労 働者の企業からの排除を促進するのである⑶。
こうした状況の下で,本稿は次のような問題意識から出発している。つ まり,裁判所は労働契約法(以下,労契法とする) 条にしたがい,事 案の諸事情を総合的に考慮して解雇の効力を判断するにとどまり,たとえ ば整理解雇の 要素(要件)と比較して,成績不良や能力不足による解雇 の効力をいかなる基準で審査するかについて未だ明確な判断を示しておら ず,それゆえ法的な予測可能性を欠き,また,企業が能力・成果主義を強 調して能力不足等に対して解雇を選択するケースが増えているという近年 の雇用慣行の変化を受けて,それを追認するように解雇規制が緩和される おそれがあるといったことである。
すでに,近年,多くの学説はこうした解雇法理の課題を認識したうえで,
生存権(憲法 条)にくわえ,個人の尊重ないし自己決定の理念(同 条),あるいは就労の人格的価値・利益や労働の質・内容をも考慮に入れ⑷ る労働権(同 条 項)からも解雇制限を根拠づけるべきであると主張⑸ するようになってきた⑹。
!
たとえば,「低成果労働者の人事処遇をめぐる諸問題」と題する特集に寄稿された 一連の論文(季労 号( 年) 頁以下)や,「雇用社会の変容と労働契約終了 の法理」と題する第 回日本労働法学会の大シンポジウムにおける報告内容が公表 された諸論文(日本労働法学会誌 号( 年) 頁以下)を参照。"
野田進「『低成果労働者』の雇用をめぐる法的対応」季労 号( 年) 頁以下参照。
ま た,よ り 具 体 的 な 解 雇 規 制 を 導 出 す る べ く,主 に 比 例 原 則
(Verhältnismäßigkeitsprinzip)や予測原則(Prognoseprinzip)の適用を通じ て,従来の解雇規制の規範論理性を高め,明確な判断基準を備えたものに 再構築しようとする有力説が注目される。こうした学説は,解雇権という 形成権の行使により労働者の根本的な権利領域が侵害されるがゆえに,
比例原則(最後的手段の原則)の導入が正当化されるとし,かかる原則を 特に解雇回避義務が尽くされたか否かや解雇権の濫用性評価の原理とみな す⑺。また,比例原則にくわえて,継続的契約関係における解約告知の行使 目的は,労働関係の障害を遡及的に清算するのではなく,将来の契約への 拘束から離脱することに向けられていること(非遡及効)から予測原則を 導入したうえで,これらを主として解雇の客観的合理性(労契法 条)
あるいはさらに実質的に解雇権行使または発生の正当な理由があるか否 かの判断基準として適用すべきであると主張する⑻。さらに,こうした比例 原則(最後的手段の原則)や予測原則は裁判実務においても取り入れられ 始めている
⑼
。
本稿は,このような方向で解雇規制の再構築を試みる議論を支持する立
!
村中孝史「日本的雇用慣行の変容と解雇制限法理」民商法雑誌 巻 ・ 号(年) 頁以下,土田道夫 「解雇権濫用法理の正当性−『解雇には合理的理由が必要』
に合理的理由はあるか?」大竹文雄・大内伸哉・山川隆一編『解雇法制を考える−法 学と経済学の視点〔増補版〕』( 年,勁草書房) 頁以下,西谷敏『規制が支え る自己決定−労働法的規制システムの再構築−』( 年,法律文化社) 頁。
"
長谷川聡「『就労』価値の法理論−労働契約アプローチによる『就労価値』保障に関する一試論−」日本労働法学会誌 号( 年) 頁以下,唐津博『労働契約 と就業規則の法理論』( 年,日本評論社) 頁以下,有田謙司「『就労価値』論 の意義と課題」日本労働法学会誌 号( 年) 頁以下参照。
#
また,解雇は労働者に大きな人的不利益と経済的不利益を与えることから,合理的 な理由を欠き,社会通念上相当と認められない場合に無効になると論じる裁判例とし て,学校法人D
学園事件・東京高判平 ・ ・ 労判 号 頁(同事件・さい たま地判平 ・ ・ 労判 号 頁)がある。$
金子征史・西谷敏編『基本法コンメンタール労働基準法〔第 版〕』( 年,日 本評論社) 頁(藤原稔弘),藤原稔弘「整理解雇法理の再検討−整理解雇の『 要 件』の見直しを通じて」大竹文雄・大内伸哉・山川隆一編『解雇法制を考える−法学 と経済学の視点〔増補版〕』( 年,勁草書房) 頁以下参照。場⑽から出発しつつ,主に近年の代表的な裁判例の分析・検討をふまえ,以 下のような論点を検討・解明することを通じて,解雇法理を今後再構築す るための指針を提示することを目的とする。すなわち,労働者はどのよう な内容の労働義務を負うか,いかなる程度(たとえば平均的な能力や成績 をどの程度下回るのか,業務にいかなる影響が生じているか)や態様(成 績不良の継続性や改善の見込みはどうか)の成績不良等であれば解雇を正 当化する理由となりうるか,使用者は労働者の成績不良等をどのように証 明しうるか(相対評価を基本とする人事考課や勤務評価または客観的な評 価基準はいかなる意味を持ちうるか),労働者の成績不良等に外部から不 利な影響を与えうる使用者側の事情はどのように考慮されるべきか,使用 者はいかなる解雇回避手段を尽くすことを要求されるか(配転,教育訓練,
教育的措置や指導,降格ないし降給,契約内容の変更,待遇の切り下げ,
注意や警告,業務改善計画(Performance Improvement Plan(Program)),
解雇規制の内容や厳格さは,特定の職種や能力を前提とせずに長期勤続を 予定して雇用された正社員の場合と,特定の職種や能力を前提として中途
!
根本到「解雇事由の類型化と解雇権濫用の判断基準−普通解雇法理の検討を中心と して−」日本労働法学会誌 号( 年) 頁以下,米津孝司「解雇法理に関する 基礎的考察」西谷敏・根本到編『労働契約と法』( 年,旬報社) 頁以下及び 頁以下,西谷敏『労働法〔第 版〕』( 年,日本評論社) 頁,徳住堅治「労 働能力不足の解雇理由と『将来的予測の原則』の適用−クレディ・スイス証券(休職 命令)事件」ジュリスト 号( 年) 頁参照。なお,土田道夫『労働契約 法〔第 版〕』( 年,有斐閣) 頁以下は,最後の手段の原則の一環を形成する ものとして,将来予測の原則を位置づける。"
クレディ・スイス証券(休職命令)事件・東京地判平 ・ ・ 労判 号 頁は,将来的予測の原則と最終的手段の原則の適用を認める。勤務態度不良のケースと して,学校法人
D
学園事件・さいたま地判平 ・ ・ 労判 号 頁は一般的に,勤務態度不良が重大な程度に達しており,かつ,注意指導にもかかわらず,今後とも 勤務態度の改善の見込みがなく,他に解雇回避手段がない場合の最終的手段として用 いられる場合に限り,解雇についての客観的合理的な理由となり得る,と判示する。
また,伊良原恵吾「普通解雇と解雇権濫用法理」白石哲編著『裁判実務シリーズ 労 働関係訴訟の実務』( 年,商事法務) 頁以下も参照。
#
細谷越史「労働者の非違行為等の事例に関する普通解雇規制の再検討」根本到・奥 田香子・緒方桂子・米津孝司編『労働法と現代法の理論・西谷敏先生古稀記念論集(上)』( 年,日本評論社) 頁以下。
採用などを通じて雇用された専門職労働者や管理職等の間で異なりうる か,といった論点である。
二 勤務成績不良・能力不足を理由とする解雇に関する 主要な裁判例の整理
①クラブメッド事件・東京地判平 ・ ・ (労判 号 頁)
【事実の概要】Xは,平成 年 月 日,パリに本社を置く国際的なバ カンスサービス会社の日本法人である
Y
の正社員となり,予約担当(旅 行会社対応)に所属した後,販売業務部・手配発券課に異動したり,書類 発送部門において損害保険を担当するなどした後,平成 年 月以降,コールセンター業務に従事するようになった。しかし,Yはコールセンタ ー業務における成績不良を理由に平成 年 月 日付けで
X
を解雇し た。なお,Yでは平成 年 月から個人スコア制度が導入されていた。同制度においては,労働者の成績が 項目に分けて合計 点満点で評価 されていた。その内訳は,① 時間に電話を取った本数が 点満点,② 本当たりの通話時間が 点満点,③ 本当たりの後処理時間が 点満 点,④受電数に対する予約記録作成数が 点満点である。
【判旨】「
X
の平成 年 月から平成 年にかけての個人スコアは,この期間全体を通じての平均値が . パーセントとスタッフ全体の平均 値を パーセント下回っている。しかし,ウィンター (平成 年 月から平成 年 月)にかけての平均値が . (スタッフ全体の平均 値が .),スタッフ全体の平均値を パーセント下回った週が 週中 週であったのに対し,サマー (平成 年 月から 月)にかけ ての平均値が . (スタッフ全体の平均値が .),スタッフ全体の平 均値を パーセント下回った週が 週中 週となり,数値上,
X
の成績 はかなり向上している。」「本件解雇は,
X
の勤務成績不良を理由とする解雇であるところ,このような解雇については,当該労働者の勤務成績が単に不良であるというレ ベルを超えて,その程度が著しく劣悪であり,使用者側が改善を促したに もかかわらず改善の余地がないといえるかどうかや,当該勤務成績の不良 が使用者の業務遂行全体にとって相当な支障となっているといえるかとい う点などを総合考慮して,その有効性を判断すべきと解するのが相当であ る。」
「確かに,Xについては,平成 年度及び平成 年度については,い ずれも総合評価は「 (不十分)」とされ,本件個人スコア制度が始まっ た平成 年度以降,Xは,Yから原因分析及び改善計画を記載した書面 の提出を複数回にわたり指示されている。」
「しかし,上記書面を提出した後の平成 年 月以降(サマー ) についてのXの個人スコアは,当該期間を通じての平均値でスタッフ全体 の平均値を上回っているし,Yにおいて問題視される「スタッフ全体の平 均値を パーセント以上下回った週」の数も,ウィンター と比較し て減少しており,Xの業績は,それ以前と比較して明らかに向上している ことが認められる。」
「また,Yは,上記サマー の期間中においても,平成 年 月こ ろ以降は,スタッフ全体の平均値を パーセント下回る週が増えるなど
X
の業績は再び悪化した旨主張するが,好不調の波は誰でも存するという べきであり,現に同年 月に入るとX
のスコアは再度全体の平均値を上 回っているものであるから,このような局所的なスコアの低下をもって,X
の勤務成績に改善がみられないと評価することはできない。」「以上を要するに,従前,
X
の勤務成績が芳しくなかったことは否めな いものの,サマー の期間に至って一定の向上をみたものであるから,もとよりその勤務成績が著しく劣悪であるとはいえないし,改善の余地が ないということもできない。したがって,
X
について,Y
の就業規則所定 の解雇事由「技能,能力が極めて劣り,将来業務習得の見込みがないとき」に該当するということはできないから,本件解雇は,客観的に合理的な理
由を欠き,社会通念上も相当と認めることはできず,無効というべきであ る。」
②モリソン・フォースター・アジア・サービス・LLP 事件・東京地判平
・ ・ (LEX/DB 文献番号 )
【事実の概要】Xは,弁護士補佐業務を提供する
Y
社との間で 年 月 日に労働契約を締結し,本件解雇に至るまでの約 年 か月間,BC(ビジネスセンター)で就労していた。BC
において作製する文書は,弁護士が裁判所に提出する書類,官公署に提出する書類,クライアントの 代理人として作成した契約書案等であった。Xの業務は,法律事務所の弁 護士やスタッフの依頼に応じて書類をコピーして綴じて届けたり,届いた ファックスや郵便物を弁護士らに配布・配信したりすることであった。し かし,Yは勤務成績不良を理由として
X
を 年 月 日付で解雇し た。【判旨】「Xは,本件解雇の直近の年次勤務評価書において, 年連続し て『貢献度は期待以下』〔 段階評価のうち最も低い評価である……筆者 注〕と評価され,個別の評価項目である『クライアント・サービス』及び
『業務上の知識』においても『貢献度は期待以下』と評価された。この低評 価の理由は,上司及び上司以外の職場の評価者から 年にわたり繰り返し 指摘されている以下の点である。すなわち,
X
の作製した成果物にしばし ばミスがあり,他の人がやり直していること,X
に作業をさせようとする と必要以上に時間をかけた説明や監督が必要であること,X
は作業の記録(リクエスト・フォーム)を記載しない等,職場で決められた手続きを守っ ていないこと,
X
は依頼された作業に関する知識が不十分であること,ミ スを指摘しても言い訳を言って反省せず同じミスを繰り返すこと,作業の 指示を注意して読んでいないこと,原本とコピーを混ぜてしまうこと,名 前に注意せず配布物を間違えて配布すること等であった。」「
X
が依頼を受けて作製する成果物は,Mofo
等の弁護士が裁判所ないし官公署に提出する書類やクライアントに提出する法律意見書や契約書案等 であり,ミスがあれば,形式的なものであれ,軽微なものであれ,
Y
の受注 先であるMofo
等の弁護士の信用に関わるものである。また,Xが配布・配信する郵便物ないしファックスは,Mofo等の弁護士が担当している訴 訟案件に関わるものであり緊急の情報であったり,秘密の情報であったり するものである。そうすると,
X
の前記のミスは,Y
の受注先であるMofo
等の弁護士の裁判所,官公庁及びクライアントに対する信用・評価を失墜 させる危険があり,軽微なミスとは評価できない。」「Xは,客観的に,勤務成績も業務能率も著しく不良で,Yにおける自 らの職務を十分に果たしていないといえるから,『職務成績または業務効 率が著しく不良で当
MFAS
の従業員として不適当と認められたとき』に 該当し,解雇の理由があるというべきである。……前記X
のミスは,少 しの注意力により防げるものであるところ,Xが約 年間も同じ職務に あってミスを繰り返し,この間,口頭による注意を始めとして, 年 には文書による注意を受け, 年から 年まで年次勤務評価書に基 づき指導を受け, 年から 年まで年次勤務評価書で『貢献度期待 以下』との警告を受けたにもかかわらず,これを改めることがなかったこ とからすれば,解雇する以外に手段がない。したがって,本件解雇は,客 観的に合理的な理由があり,かつ社会通念上相当として是認できるものと いえ,有効である」。③ブルームバーグ・エル・ピー事件・東京高判平 ・ ・ (労判 号 頁)
【事実の概要】アメリカに本社を置く経済・金融系の通信社である
Y
に,平成 年 月 日,記者職として中途採用された
X
が,平成 年 月以降,勤務成績の課題点の改善を目的として,Performance Improvement
Plan
(以下,PIP
とする)への取組みを 回にわたり命じられたが,全て の目標を達成するに至らなかったことなどから,就業規則上の「社員の自己の職責を果たす能力もしくは能率が著しく低下しており改善の見込みが ないと判断される場合」に当たるとして,平成 年 月 日付で解雇さ れた。Xは本件解雇が無効であるとして,地位確認等を求めたところ,原 審(東京地判平 ・ ・ )はその請求を容認した。Yは控訴したが,東 京高裁は補正付きで原判決を引用した上で,控訴を棄却した。
【判旨】「職務能力の低下を理由とする解雇に『客観的に合理的な理由』
(労働契約法 条)があるか否かについては,まず,当該労働契約上,当 該労働者に求められている職務能力の内容を検討した上で,当該職務能力 の低下が,当該労働契約の継続を期待することができない程に重大なもの であるか否か,使用者側が当該労働者に改善矯正を促し,努力反省の機会 を与えたのに改善がされなかったか否か,今後の指導による改善可能性の 見込みの有無等の事情を総合考慮して決すべきである。」
「Yが具体的に主張する
X
の記事配信が遅延した事実関係は , 例で あって,Xの勤務期間(解雇時まで 年弱)に照らして多いとはいえない ことからすれば,Xによる記事の執筆ないし配信のスピードの遅さについ て,……労働契約の継続を期待することができない程に重大なものである とまでは認められない。」「Y主張に係る記事本数に関する
Y
の記者の義務,すなわち,Yの記者 が原則としてムーバー記事や速報記事の毎日の執筆に加えて少なくとも 週間に 本程度の独自記事の執筆が義務づけられていたことを認めるに足 りる証拠はない上,……X
による配信記事本数の少なさが……労働契約の 継続を期待することができない程に重大なものであるとまでは認められな い。」「さらに,アクションプランや各
PIP
において設定された配信記事本数 に係る課題について,X
は,独自記事の本数についてはすべて達成し,ム ーバー記事についても,第 回PIP
においては目標数に遠く及ばなかった ものの,第 回,第 回の各PIP
においては目標数を達成するか又はそれ に近い数値に及んでおり,この点についてのY
の指示に従って改善を指向する態度を示していた」。
「労働契約上,『Best of the Week』選出記事数や『Breaking News』数が いわゆるノルマとして設定されていたことを認めるに足りる証拠はない」。
「『Best of the Week』に選出される独自記事の割合は,X以外の者につい てみても,多い者で約 .%(独自記事 本中選出記事 本),少ない者 で %(独自記事 本中選出記事 本)であり,特に質の高い記事が『Best
of the Week』に選出されているものと認められることからすれば,これに
選出されないことをもって,直ちにX
の記事内容の質の低さがX
とY
と の間の労働契約の継続を期待することができない程に重大なものであると までは認められない」。「Yは,X執筆に係る記事内容の質の問題について,……各評価で抽象 的に指摘したり,PIPにおいて月 回『Best of the Week』に提出できる程 度の独自記事を提出するという課題を設定するに止まり,Xの記事内容の 質向上を図るために具体的な指示を出したり,Xとの間で問題意識を共有 した上でその改善を図っていく等の具体的な改善矯正策を講じていたとは 認められない。」
以上によれば,「本件解雇は,客観的に合理的な理由を欠くものとして 無効である」。
④ドイツ証券事件・東京地判平 ・ ・ (LEX/DB 文献番号 )
【事実の概要】金融商品のセールスやヘッジファンドのコンサルティン グ等の経験を持つ
X
は,平成 年 月 日からドイツ銀行グループの在 日証券業務を行う日本法人(Y)において雇用された。職種はグローバル・マーケッツ部門におけるヘッジファンド・セールスパーソン,タイトルは ディレクターであり,約 , 万円の年俸と裁量賞与等が合意された。そ の後,平成 ( )年にリーマンブラザーズが破綻し,世界的な金融 危機が発生したことを契機に市場環境が悪化する中で,勤務成績が低下し てきた
X
は, 年 月 日,解雇の意思表示を受けた。【判旨】「Xの収益目標と結果の推移をみると,平成 ( )年は当 初目標に対する達成率は %( 億円)であり, (期待を上回ってい る)との評価を受け,翌年 月に約 , 万円の賞与の支給があったが,
平成 ( )年は当初目標に対する達成率は約 %であり,修正目標 に対する達成率も約 %( 億 , 万円)にとどまり, (一貫して は期待に応えていない)との評価を受け,賞与は約 万円という前年の 約 %の額にとどまっており,平成 ( )年は当初目標に対する達 成率は約 %であり,修正目標に対する達成率も約 %( 億 , 万 円)にとどまり, (期待に応えられなかった)との評価を受け,賞与の 支給はなかった。」
「これに加え,本件
PMO〔パフォーマンス・マネジメント・オンライン
の略で,労働者のパフォーマンスの評価と管理を行うためのシステム……筆者注〕において,本件課題が具体的に指摘されていたことが認められる。
特に『〔 〕文化及び行動・顧客基盤の構築』,『〔 〕リーダーシップ』の 評価が,平成 ( )年の『 (一貫しては期待に応えていない)』か ら平成 ( )年には『 (期待に応えられなかった)』に低下してい るところ,チームメンバー及び他部署と積極的にコミュニケーションを取 り関係を強化することは,再三,PMOで改善するように注意されていた にもかかわらず,Xにおいて改善を示す姿勢が認められず,逆にやる気を 失ったと上司が受け止めるような態度であったこと,平成 ( )年 の
X
のPMO
の評点の平均は『 .』であるところ, 段階評価の中央値 である『 (十分期待に応えている)』が標準的なパフォーマンスであり,『 (期待に応えられなかった)』は極めて珍しく,複数年に渡って『 (一 貫しては期待に応えていない)』が付くことは危機感を持つべきものであ り,退職勧奨の対象になり得ること,このような評点を付けられているこ とを自覚していながら,
X
は危機感を持って本件課題を改善しようとする 考えを有しておらず,むしろ,自らには改善すべき特段の課題はなく,本 件PMO
で指摘された本件課題は,いずれも評価者(上司)の誤った認識に基づく間違った指摘であるとの受け止めであったことを総合考慮すれ ば,……Xについて,改善の見込みがないと
Y
が判断したこともやむを 得ないというべきであり,Yが主張する解雇事由は存在すると認められ る。」「Xは,上級の専門職として特定の職種・部門のために即戦力として高 待遇で中途採用されたものであり,長期雇用システムを前提とした従業員 とは根本的に異なるところ,期待される能力を有していなかった場合には,
……解雇回避措置(配置転換や手当の引き下げ)を取らなかったとしても,
それをもって直ちに解雇の相当性を欠くことにはならない」。
「平成 ( )年及び平成 ( )年度の
PMO
で繰り返し指摘さ れた具体的な課題について,改善する機会が約 年間あったことに加え,Y
において業務改善プラン制度が就業規則等によって整えられているもの ではなく,個別の事情に応じて様々であることを踏まえれば,Xが指摘す る業務改善プランが実施されなかったことをもって,解雇の相当性を欠く ということはできない。」三 検 討
職種・職務限定の有無や採用区分等と解雇規制の関係性
⑴ 従来の判例の判断傾向(二分論)
これまで,判例は,特定の職種や能力を前提とせずに雇用され,主に企 業内の教育訓練等により職務能力を身に付け向上させていく正社員のケー スでは,労働者の職務能力の維持向上は主に使用者の人事管理の問題と捉 えて,比較的厳格な解雇規制を適用してきた(前掲①判決参照)。たとえ⑾
!
日本オリーブ(解雇仮処分)事件・名古屋地決平 ・ ・ 労判 号 頁,GCA サヴィアン事件・東京地判平 ・ ・ (LEX/DB文献番号 ),チューリッ ヒ・インシュアランス・カンパニー・リミテッド事件・東京地判平 ・ ・ (LEX/DB
文献番号 )など。ば,就業規則の解雇事由である「労働能率が劣り,向上の見込みがない」
に該当するといえるためには,平均的な水準に達していないというだけで は不十分であり,著しく労働能率が劣り,しかも向上の見込みがないとき でなければならないとの限定解釈がなされている⑿。また,特に正規従業員 を解雇する場合は,単なる成績不良でなく,企業経営や運営に現に支障・
損害を生じ又は重大な損害を生じる恐れがあり,企業から排除しなければ ならない程度に至っていることを要し,かつ,是正のため注意し反省を促 したにもかかわらず,改善されないなど今後の改善の見込みもないこと,
労働者に宥恕すべき事情がないこと,配転や降格ができない企業事情があ ることなども考慮して濫用の有無を判断すべきであると判断されている⒀。 これに対して,特定の職種や能力を前提として中途採用などの形で雇用 された専門職労働者や管理職のケースでは,使用者の人事裁量権(労務 指揮権)が大幅に制約されていることなどを理由に,比較的緩やかな解雇 規制が適用され,とくに配転等の職種転換による解雇回避努力義務を軽減 する傾向が見られた(前掲④判決参照
⒁
)。たとえば,中途採用で「入社す るまでに経営コンサルタントとして稼働した経験がない社員が一定期間
IS〔インスタレーション・スペシャリスト…筆者注〕として稼働したにも
かかわらず,IS
として求められている能力や適格性がいまだ平均を超え ていないと判断される場合には」,就業規則の解雇事由としての「その職 務遂行に不適当」又は「その職務遂行に不十分又は無能」に当たると解さ れる⒂とか,使用者は労働者を「人事本部長として不適格と判断した場合に,!
セガ・エンタープライゼス事件・東京地決平 ・ ・ 労判 号 頁。"
エース損害保険事件・東京地決平 ・ ・ 労判 号 頁。#
持田製薬事件・東京高決昭 ・ ・ 労判 号 頁,ユーマート事件・東京地 判平 ・ ・ 労判 号 頁,類設計室事件・大阪地判平 ・ ・ 労判 号 頁,ビー・エヌ・ピー・パリバ・エス・ジェイ・リミテッド・BNPパリバ証券 事件・東京地判平 ・ ・ (LEX/DB文献番号 ),ロイヤルバンク・オブ・ス コ ッ ト ラ ン ド・ピ ー エ ル シ ー 事 件・東 京 地 判 平 ・ ・ (LEX/DB文 献 番 号
),東京地判平 ・ ・ (LEX/DB文献番号 )など。
$
プラウドフッドジャパン事件・東京地判平 ・ ・ 労判 号 頁。あらためて……異なる職位・職種への適格性を判定し,当該部署への配置 転換等を命ずべき義務を負うものではない」,あるいは,上級管理職とし⒃ て中途採用された労働者の「総合管理職兼営業部長としての能力に不十分 な点が認められた場合,被告〔使用者…筆者注〕において他の職務に配置 転換することは事実上困難であり,被告において,採用後,総合管理職兼 営業部長の職務を遂行できる能力に伸長させるよう注意指導していくこと は基本的には想定されていない」といった判断を確認することができる。⒄ また,こうした判例の二分論は,従来の学説においても,かなり広く支 持されてきた⒅。
⑵ 専門職労働者や管理職に厳格な解雇規制を適用する裁判例の登場 しかし,最近の裁判例においては,職種・職務限定の有無にはそれほど 重きを置かず,職種等を特定して中途採用された専門職労働者や管理職に 対する解雇の審査において,正社員の解雇の場合と基本的に同様に,比較 的厳格な規制を適用するものが登場するに至っている(前掲③判決
⒆
参照
⒇
)。
たとえば,クレディ・スイス証券(休職命令)事件・東京地判平 ・ ・ は,複数の証券会社勤務を経て
Y
に入社後,日本株の営業担当者とし て勤務し,約 , 万円の基本年収と業績奨励賞与を得ていた労働者(X
) に対する解雇のケースについて,「X
は,ドメスティック・セールス・チ ームのディレクター 名の中で,平成 年第 四半期,第 四半期の収 益額が最下位であった」としつつ,かかる「X
の収益貢献度は,平成 年第 四半期にC
投信( 位から 位)及びD
投資顧問( 位から 位)からの評価が上がったことによる収益が反映される前の数字であり,……
!
フォード自動車(日本)事件・東京高判昭 ・ ・ 労判 号 頁。"
アスリーエイチ事件・東京地判平 ・ ・ (LEX/DB文献番号 )。#
たとえば,山下昇「労働者の適格性欠如と規律違反行為を理由とする解雇」野田進・野川忍・柳澤武・山下昇編著『解雇と退職の法務』( 年,商事法務) 頁以下,
伊良原・前掲(注 ) 頁以下,野川忍『労働法』( 年,日本評論社) 頁 以下,土田・前掲(注 ) 頁以下など。
X
の収益貢献度は,平成 年の年間トータルでみた場合,必ずしも最下 位のまま推移するものと即断することはでき」ず,また,「収益貢献度の 多寡は,基本的には翌年の年俸額やIPC〔業績奨励賞与…筆者注〕に反映
されるにとどまるものと解するのが相当であり,年度の途中においてそれ が解雇理由となるのは,収益貢献度が極端に低い場合に限られるものとい うべきであ」り,「Xの場合,そのような極端なケースに該当するものと 認めることはできない」と判断した。そのうえで,判決は,「平成 年第 及び第 四半期における収益貢献度が,Yが指摘する程度に低いことを もって本件解雇の理由とすることは,改善可能性に関する将来的予測を的 確に考慮した解雇理由であるということができるかどうかについて疑問が ある上,解雇の最終的手段性の点からも問題があるというべきであり,X!
前掲③判決については,ジョブ型能力不足タイプと即断できないかもしれないとし つつ,職務が特定され中途採用された者に対する解雇でも,メンバーシップ型能力不 足タイプと同様,労働契約の継続を期待できない程に重大なものであるか,使用者の 指示に従って改善を志向する態度を示しているかを審査し,無効だと判断されたこと は重要な意味をもつと評価されている(根本到「能力不足・勤務成績不良を理由とす る解雇の有効性−日本アイ・ビー・エム事件」『平成 年度重要判例解説』( 年,有斐閣) 頁)。一方で,本件はジョブ型能力不足タイプのように必要とされる職 務能力が明らかにされていた事案ではなかったとして,能力不足解雇一般に本判決の ような判断基準が常に妥当すると解するのは早計であるとの見方もある(荒木尚志「能 力不足を理由とする解雇−ブルームバーグ・エル・ピー事件」村中孝史・荒木尚志編
『労働判例百選〔第 版〕』( 年,有斐閣) 頁)。この論者によれば,ジョブ型 能力不足タイプでも,一定の解雇回避努力や改善可能性の吟味は問題となり得るが,
それはメンバーシップ型に比すると相当に軽減されたものに留まる,とされる。今後 の検討課題は,職種等の特定性や採用区分の違いによる解雇規制の緩和はいかなる理 由から正当化されうるか,正当化されるとすれば,使用者が労働者に要求しうる職務 遂行能力をいかに定めうるか,いかなる解雇回避努力義務がどの程度軽減されうるの か等を解明することであろう(後述三 ⑶参照)。
"
ファニメディック事件・東京地判平 ・ ・ 労判 号 頁,ドラツグマガジン事件・東京地判平 ・ ・ (LEX/DB文献番 号 ),DoCLASSE事 件・
東京地判平 ・ ・ (LEX/DB文献番号 ),アイドママーケティングコミュ ニケーション事件・東京地判平 ・ ・ (LEX/DB文献番号 ),日水コン 事件・東京地判平 ・ ・ 労判 号 頁(ただし結論的に解雇は有効とされた)
など。
#
労判 号 頁。が外資系企業において高い能力が期待されてしかるべきいわゆる中途採用 の高額所得者であることを前提としてもなお,客観的合理性を欠く」と結 論づけた。
また,セント・ジュード・メディカル事件・東京地判平 ・ ・ は,
医療機器の販売等を営む
Y
に,心臓関連製品の営業職としての長い経験 を買われて,心血管(バスキュラー)の治療や検査に関する製品の営業職 およびアカウントマネージャー 等級として年収 , 万円で雇用されたX
に対する解雇の事案について,まず,本件解雇に客観的に合理的な理由 があり,社会通念上相当といえるか否かについては,「本件労働契約に基 づいてX
に求められる業務能力の内容を検討した上で,その程度が本件 労働契約の維持が困難となる程度に重大であるか否か,YにおいてX
に 改善のための指導等を行ったにもかかわらず改善されないなどの今後の指 導による改善可能性の有無等の事情を総合して判断すべきである」と論じ て,前掲③判決と基本的に同様の判断枠組みを採用する。そのうえで,判 決は,Xに対する人事評価は全体で (下位 %に当たる)であったこと などから「Xの業務能力が本件労働契約に基づいて求められる業務能力の 程度に達していたかは疑問がある」と述べる一方で,Xの上司は,担当施 設を減少させた上での改善の機会を与えてから,わずか か月後の 月 日の面談時に,改善プログラム実施前から改善は無理であるとの認識に基 づき退職するよう迫り,Y
は,その 日後には 月 日付けの解雇を通知 していることからすると,Y
は,改善のための指導等を一定の期間をかけ て行い,それにもかかわらず改善が見られなかったと認めることはできな い,と判示した。こうして判決は,とくに解雇回避努力義務として「改善 の見込みがないと判断するのに必要な期間及び内容を伴う改善指導がされ たとはいえ」ない点を問題視して,本件解雇は無効であると結論づけた。! LEX/DB
文献番号 。⑶ 従来の判例の二分論に対する疑問
近年,学説においても,判例による二分論に対して次のような疑念が呈 されるようになった。すなわち,中途採用者でも定年まで働くことを予定 される場合があり,当初は職務が特定されていても,その後変更されるケ ースもあるというように,長期雇用システム下にある労働者と中途採用の 専門職や管理職の間の区別は多分に相対的なものであり,また,解雇制限 法理の目的が生活基盤の保護にあるとすれば,労働者の職務が特定されて いる場合でも,解雇回避手段として,就労可能な職務への配置換えを可能 な範囲で提案する必要がある,と指摘されている。くわえて,正社員でも ある程度職種・職務が特定される傾向があり,中途採用者でも職種・職務 の特定性が強くないケースもあるといったことからも,採用区分による二 分論は相対的なものとなり,重要性が低下してきているように思われる。
同様に,特別の能力を期待され特別の高給をもって雇用された場合でも,
労働者は,通常は賃金に依存して生活し,雇用の継続に合理的期待をもつ がゆえ,労働能力の低下が著しく,それが使用者による改善の努力にもか かわらず容易に矯正できず,将来にわたり継続することが予測される場合 にはじめて解雇理由になるとのルールは,中途採用の労働者についても妥 当すると論じられている。さらに,合意された高給は特別な職務遂行能力 の発揮(やその結果としての大きな成果)への対価であり,基本的に解雇 時の生活保障を目的とするものとは解されない。高給により結果的に解雇 時の生活が経済的にカバーされうるとしても,就労それ自体がもつ人格 的・精神的な利益の喪失を十分に補償することはできないであろう。くわ えて,雇用慣行の変化に伴い,今後,労働契約において職種や職務が特定 される傾向が強まり,新卒採用に限らず,中途採用が増加することが予想 される中,労働者の学歴やキャリアから基本的に使用者側が決定し得る採
!
村中孝史「成果主義と解雇」土田道夫・山川隆一編『成果主義人事と労働法』(年,日本労働研究機構) 頁以下および 頁以下。
"
西谷・前掲(注 ) 頁以下。用区分の違い,あるいは,職種・職務の特定により使用者の人事裁量権が 制約されるという事柄が解雇規制の内容や水準に直接的に影響を及ぼすと すれば,労働者の雇用継続等の利益が大きく損なわれてしまうことになる であろう。
むしろ,解雇法理の実質的根拠たる生存権(憲法 条),個人の尊重理 念(同 条),労働権(同 条)および比例原則や予測原則に立ち戻っ て考えるならば,特定の職種や能力を前提として雇用された専門職や管理 職などのケースでも,基本的に正社員のケースと同様に,職務能力の低下 が重大なものであるか否か,将来の職務能力の改善可能性の有無,また使 用者が是正警告・改善指導,教育的措置,配転等を通じて解雇回避努力義 務を尽くしたか,といった観点から解雇の効力を厳格に審査するべきであ ると解される。
なお,専門職労働者や管理職については,その職務内容や立場に応じて より高度の職務遂行能力が求められ,すなわち成績評価の基準がより厳格 であるため,労働者は個人的な労務給付を重大に低下させ,あるいは(比 較可能な同僚労働者の)平均的な給付水準を著しく下回りやすく,また労 働者の意向や会社の組織・規模などにより配転等の可能性が限定されるこ とがあるため,結果として,正社員の場合より解雇の効力が認められやす くなる可能性がある。
労働義務の内容および目標等設定合意の意義や効力
⑴ 労働義務の内容
労務の履行が不完全履行とみなされるか否かは,基本的に,労働契約上 の合意等にしたがい判断される。しかし,実際には,労務給付の内容は,
その量や質に関して,労働契約や就業規則などにおいて明確に規定されて いないことが多く,また労働義務の内容や水準が使用者の指揮命令権の行 使により確定されることも稀である。そこで,こうした場合に労働義務の 内容をいかに決定すべきかが問題となる。
従来の判例・学説においては,労働義務とは使用者の指揮命令に従って 一定の注意を払いながら労務を提供することをいうとの説明を越えて,労 働者がいかなる内容や水準の労働義務を負うかについてはほとんど論じら れてこなかった。
とくに正社員は,長期雇用慣行の下,企業内の職業訓練を通じて,潜在 的に有する能力を向上させていくことが予定されるので,採用当初から,
労働契約上,完成された能力や技能を持つことが前提とされるわけではな い。そのため,裁判所は,労働契約上の労働義務の内容や程度を検討する よりも,予定されていなかった能力不足を理由とする解雇を厳格に制限し てきたのである。
その一方で,近年の裁判例には,職種・職務を限定して中途採用された 専門職労働者の解雇のケースにおいて,求められる労働能力やそれにもと づく労働義務の内容や水準を明らかにしようとするものが登場してきてい る。たとえば,プラウドフットジャパン事件・東京地判平 ・ ・ は,
使用者(Y)が
IS(インスタレーション・スペシャリスト)として雇用し
た労働者に対しどのような能力や適格性を求めているかは,雇用契約の内 容によって決まると述べたうえで,「ISには経営コンサルタントとしての 資質のみならず,インストーラーとしての資質が求められているのであり,IS
が担当する業務の内容からすれば,Y
においては社員がIS
として求め られている能力や適格性が平均を超えているか,又は,少なくとも平均に は達していることが求められているものというべきである」と判示する。また,前掲③判決は,「社会通念上一般的に中途採用の記者職種限定の 従業員に求められていると想定される職務能力との対比において……労働 契約上,これを量的に超え又はこれと質的に異なる職務能力が求められて いるとまでは認められない」と判断する。
!
高橋賢司『解雇の研究−規制緩和と解雇法理の批判的考察−』( 年,法律文化 社) 頁以下参照。"
労判 号 頁。さらに,ビー・エヌ・ピー・パリバ・エス・ジェイ・リミテッド・BNP パリバ証券事件・東京地判平 ・ ・ は,X(労働者)は,「成果主義 人事の下で,高度な職務遂行能力とその成果が求められる中途採用者とし て雇用された者であると認められるところ,このような中途採用者につい ては,……明示または黙示に,労働契約上一定の能力の存在とこれに基づ く職位,職責の限定が伴っているのが通常であって,この理はもとより
X
にも妥当する」とか,「このような特性のある労働者が,当該労働契約に おいて客観的に期待された,高度な職務遂行能力ないしは適格性を著しく 欠き,……その改善を期待することが著しく困難であると認められる場合 には,使用者は直ちに当該労働者を解雇せざるを得ない」と論じている。これらの裁判例は,労働契約において職種・職務が限定された中途採用 の専門職労働者について,その職種や職務内容などに応じて,労働契約上,
(客観的に規定されうる)平均的ないし一般的な職務遂行能力ないしそれ に基づく労働義務を負うと理解するようである。
たしかに,勤務成績不良を理由とする解雇の事案においては,解雇され た労働者の労務給付と(比較可能な同僚労働者の)平均的な労務給付との 比較が一定の重要な役割を果しうる。また,これは,職種等を限定しない で雇用された正社員のケースにも基本的に妥当する。
このように労働者は平均的ないし一般的な労働義務を負うとの解釈の根 拠となりうるのは,たとえば,種類債権の場合に債務者は「中等の品質」
を有する物を給付しなければならないと定める民法 条 項であるが,
この規定を「物」ではなく「役務」の提供契約としての労働契約に直接適 用しうるかは疑問の余地がある。また,こうした解釈が,労働能力が平均
! LEX/DB
文献番号 。"
「物」の提供契約と比較して,「役務」提供契約は,人手依存性,自然人により提供される役務の質の可変性(向上や低下など),継続性,債務内容を確定しにくく,契 約内容に適合した履行の有無の判定が困難であるといった特徴を有する(中田裕康『契 約法』( 年,有斐閣) 頁,中田裕康「契約解消としての解雇」新堂幸司・内 田貴編『継続的契約と商事法務』( 年,商事法務) 頁, 頁参照)。
を下回れば基本的に解雇は正当化されうるといった結論につながりうると すれば(前掲・プラウドフットジャパン事件・東京地判平 ・ ・ 参 照),それは問題である。とくに継続的契約関係である労働契約において は,かりに労働者に平均的な労務給付が義務づけられるとしても,必ずし も債務不履行の事実のみをもって契約を解除することができるわけではな く,債務の重大な不履行のみが最後的手段たる解雇を根拠づけるにすぎな いからである。このことは,解雇制限の実質的根拠たる生存権(憲法 条),個人の尊重理念(同 条),労働権(同 条)および比例原則や予 測原則からも根拠づけられる。
その一方で,労働契約の本質は労働者本人の労働力の売買にあり,労働 ないし労働力はその主体たる人間と完全には切り離すことができず(民法 条 項(労務の一身専属性)参照),また労働契約は身体と人格を備 えた人間の労務供給を目的とする契約であるがゆえに,労働者は自身に固 有の労働能力ないし労務給付を提供することが通常予定されることからし ても,とくに職種・職務や地位を特定されずに雇用される正社員について,
また専門職労働者や管理職についても,労働契約上平均的ないし一般的な 労働能力あるいは労働義務が(黙示的に)合意されていると解釈・認定す
!
潮見佳男『新債権総論Ⅰ』( 年,信山社) 頁以下参照。ここでは,継続的 取引における契約関係の安定性への要請や,継続的契約が当事者間の信頼関係を基礎 にして成り立っていることにかんがみれば,債務不履行があった場合でも,当該契約 の趣旨・目的,契約締結から経過した期間,債務不履行の内容・程度などに照らし,当該債務不履行が当事者間の信頼関係を破壊しないものであるときは,債権者は,損 害賠償ほかの救済手段によって満足を受けるべきであり,契約を解除することはでき ないと論じられている。
"
幾代通・広中俊雄編『新版注釈民法( )』( 年,有斐閣) 頁〔幾代通〕参照。
#
山本豊編『新注釈民法( )債権( )』( 年,有斐閣) 頁〔山川隆一〕参 照。$
雇用とは,その労務者の労務を給付させるためのものであり,労務の給付は人によっ て大いに異なる(星野英一『民法概論Ⅳ(契約)』( 年,良書普及会) 頁)。このように,雇用契約では,使用者は労働者の個人的な能力・性向等を考慮して契約 を締結するのが常であるため,当事者の事後的な変動については,相手方の承諾が必 要とされている(山本敬三『民法講義Ⅳ− 契約』( 年,有斐閣) 頁)。
るには慎重さが求められよう。
裁判例の中には,公益財団法人神奈川フィルハーモニー管弦楽団事件・
横浜地判平 ・ ・ のように,楽団(Y)に雇用されたコントラバス 奏者(Xら)が就業規則の「技能が著しく低下した時や楽団が任命した音 楽的責任者からの指摘があった時」などに該当することを理由に解雇され たケースで,「演奏技能が著しく低下したといい得るためには,Yに採用 された時点の技能水準あるいは客観的に明白な
Y
における技能水準が明 らかとされ,これを基準として……Xらの演奏技能が著しく低下したこと が認められることが必要」である,と論じるものもある。本件では,音楽 家の技能低下を判断する基準として,当該労働者自身の採用時点での個人 的・主観的な技能水準が,客観的に規定され得るY
における技能水準と ならび挙げられている点が重要である。そうすると,労務の一身専属性や労務給付等の固有性に鑑みると,労働 義務の内容が労働契約等に明確に規定されていない場合,労働者は自身に 固有の個人的または主観的な職務遂行能力ないし労働義務を負うと解する 方がより説得力を持つのではないだろうか。こうした理解によるならば,
解雇を正当化しうる債務の重大な不履行が認められるためには,労働者の 現在の低下した労務給付が当該労働者の従来の平均的な労務給付を重大に 下回ることが必要となる。また,使用者が,労働者の個人的・主観的な職 務遂行能力を把握し得ていない場合には,労働者がその個人的・主観的な 能力を適切に発揮したか否かを推断するために,比較可能な(同僚)労働 者の平均的な能力や給付を重大に下回るかどうかの審査が必要となろう。
⑵ 売上などに関わる目標等設定合意の効力
労働契約は,請負契約のように仕事の完成を目的とするのではなく,使 用者の指揮命令に従った労務の提供行為それ自体を目的とする。それゆ
! LEX/DB
文献番号 。え,一定の結果や目標の達成は,せいぜい一応の努力目標と解釈すべきで ある。そうすると,業績や結果の著しい不振は,そこから明らかな能力の 欠如が推断され,その結果,債務の本旨に従った履行の提供ができないと 認められる場合にかぎり解雇法上意味を持つにとどまる。
このように,目標やノルマの未達成が重大な程度に及ぶことにより解雇 が正当化される可能性があるとすれば,その前提として,目標等設定合意 の有無や効力をどのように審査するかが重要な課題となる。この点につい て,日本オリーブ(解雇仮処分)事件・名古屋地決平 ・ ・ は,勤務 成績不良を理由に解雇された営業担当労働者に課されていた月額 万円 の売上目標について,既存店の売上げは平均月額 万円程度であり,営 業員一人当たりの新規店開拓による平均売上高も月額約 万円にすぎな いことから,新規店開拓により月額 万円近い売上げを上げることを想 定して,月間 万円の売上目標を設定することは,到底合理的なものと いえないとの理由から,かかる目標が設定された事実を認めることは困難 であると判断した。
その一方で,エイゼットローブ事件・大阪地決平 ・ ・ は,労働者
(X)は,アパレル業界における営業の経験者として係長相当待遇で採用 され,半期の売上げ目標額として , 万円が設定されたが,これは経験 者とすれば達成可能な数字であったのに,
X
の実績( か月の売上実績は, 万円余りであった)はこれを大きく下回るものであり,上司の注意 指導にもかかわらず営業成績を向上させようとする意欲がなかったとし て,就業規則の解雇事由である「勤務成績または能率が不良で就業に適し ないと認められた場合」に該当すると判断した。
また,こうした目標等設定合意があるとしても,労契法 条(解雇権 濫用法理)は強行規定と解されるから,解雇法理の適用が排除されるわけ
!
村中・前掲(注 ) 頁参照。"
労判 号 頁。#
労判 号 頁。ではない。同条の適用により,目標等の未達成を理由に解雇することが客 観的に合理的な理由を備えており,社会通念上相当であると認められるか が判定されなければならず,その際に,目標の内容が明確に定められてい るか,目標が現実に達成可能な合理的な内容やレベルであるか,使用者に より一方的に定められたものではないかといったことが審査されることに なる。こうした観点から見直すならば,上述のエイゼットローブ事件決定 では,(比較可能な)他の営業労働者の売上げ目標や平均的な売上実績な どと比較して,Xの半期の売上げ目標額( , 万円)が現実に達成可能 な合理的な内容・水準といえるのか等のより慎重な審査が必要であったよ うに思われる。
重大な勤務成績不良・能力不足の態様および勤務成績不良等に影響を 与える外在的要因
⑴ 重大な勤務成績不良等の継続性および改善予測の欠如
前述のように,多くの裁判例は,職種等の限定がない正社員に対する解 雇が効力を認められるためには,著しい勤務成績不良とそれに起因する業 務遂行全体にとっての相当な支障の存在を前提として要求する(前掲①,
②判決参照)。
また,職種等を限定して中途採用された専門職労働者に対する解雇の事 案でも,職務能力の低下が重大なものであることが解雇の前提とされたり
(前掲③判決参照),あるいは,労働者の収益貢献度の多寡が年度途中で解 雇理由となるのは,それが極端に低い場合に限られるとする判断が見受け られる。
さらに,いくつかの裁判例は,解雇が正当化されるには,重大な成績不
!
野田進「労働契約における目標条項」土田道夫・荒木尚志・小畑史子編集代表『労 働関係法の現代的展開−中嶋士元也先生還暦記念論集』( 年,信山社) 頁以 下参照。"
クレディ・スイス証券(休職命令)事件・東京地判平 ・ ・ 労判 号 頁。良が長い期間継続してきたことが必要であるとみなしている。たとえば,
前掲①判決は,好不調の波は誰でも存するというべきであり,サマー
(平成 年 月から 月)の期間中とくに同年 月頃以降における局所 的なスコアの低下をもって,勤務成績に改善がみられないと評価すること はできないと判示し,勤務成績を短い期間ではなく,中長期的な視点から 評価する必要性を強調している。同様に,東京地判平 ・ ・ は,労働 者(X)の技能及び能率が相当程度に低く,時に他人の就業に負荷をかけ て支障を及ぼすことがあったが,さりとて
X
の不適切な対応が恒常的に 行われたとまでは認められないことなどから,配転や職位等級の引き下げ 等を検討せずになされたX
に対する解雇を無効とみなした。こうした評価の裏返しとして,前掲②判決は,労働者が約 年間も同 じ職務にあってミスを繰り返し,注意等を受けても,改めることがなかっ たことなどから,解雇を有効と判断した。また,N社事件・東京地判平
・ ・ は,労働者が昭和 年の入社以来極めて低い勤務評定を受け 続け,平成 年には退職勧奨を受け,その翌年には降級されたというケ ースで,勤務成績の著しい不良は長年にわたり,もはや改善,向上の見込 みがないと評価されてもやむを得ないとして,解雇を有効と結論づけてい る。
このように,重大な成績不良等が長い期間(少なくとも ないし 年程 度が想定されよう)継続する場合にかぎり解雇は正当化されうるとの考え# 方は,とくに比例原則や予測原則から根拠づけられる重要な判断基準であ る。すなわち,解雇という最後的手段の行使が許容されるためには,これ まで長期間継続し,それゆえ将来も継続することが予想される重大な成績
! LEX/DB
文献番号 。"
労経速 号 頁。#
なお,プラウドフットジャパン事件・東京地判平 ・ ・ 労判 号 頁は,労働者が
IS(インスタレーション・スペシャリスト)として求められている能力や
適格性がいまだ平均に達しない状態が入社以来 年半断続的に続いてきたケースで解 雇を有効とみなしている。
不良等の影響を回避するという使用者の正当な目的が認められる場合に限 られるのである。
⑵ 労働者の勤務成績不良等に影響を与える外在的要因
さて,労働者の側から勤務成績不良等を理由とする解雇を見るならば,
労働者の多くは職場の方針にしたがい,制約の中で働いており,自身の能 力や適性を最大限に発揮できる環境が常に与えられているわけではない。
こうして,勤務成績不良等が労働者側にのみ起因するものではなく,外在 的な要因の影響を受ける場合,かかる事情は解雇の効力を審査する際にど のような意味を持つだろうか。
①使用者の経営上の領域にある要因
日本オリーブ(解雇仮処分)事件・名古屋地決平 ・ ・ は,まず,
営業担当労働者(X)の 年間における新規店開拓の売上高( 万 , 円)は,他のエリア営業員の平均売上高( 万 , 円)と比べて相当 低いとしつつ,しかし,売上高は営業努力と単純に比例するとはいえず,
担当するエリアの特質によるところが大きいことを外在的な要因と認め る。そのうえで,本決定は,
X
が指示を受けた既存店(年間売上げが 万円以上の店舗は全くない)の営業をしつつ新規店の開拓をした場合,既 存店に比較して極端に大幅な売上げを上げることを期待するのは困難であ ることを理由に,X
の新規開拓店の売上高から解雇事由に相当する著しい 成績不良を認めることは困難であると判断した。また,ジェイ・ウォルター・トンプソン・ジャパン事件・東京地判平
・ ・ は,外資系広告会社(