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大泉博士と経済生活本質理論

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・−− 6・−・・  

大泉博士と経済生活本質理論  

木  村  正  身  

日   次   

Ⅰりはじめに。ⅠⅠり経済生活本質理論の力点(1】‥生活,経済および経済   生活の本質。ⅠⅠⅠ・同,つづき。ⅠⅤ.同(2):現実態に即した意味理解。  

Ⅴ.同(3):職髄論的理解。ⅤⅠ.同(4):職分論的理解と規範・政策問題。  

ⅤⅠⅠ・同,つづき。 ⅤⅠⅠⅠアリストテレスの本質論と大泉理論。ⅠⅩ.科   学方法史に.おける本質主義と唯名主義一本質論批判と反批判。Ⅹ…ア  

リストテレスからの2つの摂取一弁証法と有楓体観。 ⅩⅠりむすぴ。  

Ⅰ   

大泉行雄博士の還暦記念論文集『経済政策の現代的課題』(勃草書鼠1963年1  

(1) 月刊)では,当初,大泉博士の学説について.の評価論文を,大熊信行博士が劉  

担・当される予定になってこいたのであるが,ご支障によって大熊博士は題字坪   にまわられ,結果としては,所収21篇の論文中,このような労作が1篇も  

くまれぬままとなった。同書発刊後まもない今春,大泉博士は高松の学園を   かれることになったとはいえ,ますます健勝であられ,意欲あらたに学問的   業をすすめておられるど様子の現在,『論叢』のこの記念号において,かり匿   熊博士級の方によるならべつとして−,大泉博士の学説を直接取り扱う論考が,  

かろがろしく筆者のごとき者によって開陳されるぺきかどうか,はなはだ靡斥   とおもわれる。それにもかかわらず筆者がこの主題のもと紅本稿をこころみ   のは,もっぱら筆者自身の学術的必要にもとづくものに他ならないのである  

(1)この論文集ほ,出版事情の関係で,博士還暦の1961年より2年余はどおくれて■発刊   れた。A5判,563ぺ−・汐。巻末紅博士年譜および著作目録を付す。非売400部,頂   200部,計600部限薙発行。   

(3)

大泉博士と経済生活泰貿理論   ーー 7−  

ち;師たる博士からまなびつづけてひさしいはずの現時点においてもな   らためて博士からまなびなおしたい生々たる論点の多々なのを,痛感す   えである。博士の学説への本格的・包括的なアプレイゲルは,当然適任   さらて別途昏かれなければならないとおもう。  

稀払おいて筆者は,1個の典剣な学徒として・ 開かれた体系 (その意味は 

)たる博士の学説のなかで・とくに経済生活本質理論,ないし生活本質理論   を,中心対象とし,・それ紅たいして率直爛烈な吟味の態度をとり,突撃   すべき地点は,遠慮なく奪取させていただくつもりである。研究者はその   な態度を堅持すべきことを博士は不断紅教示されてきたし,事実筆者たち  

これまでも,・・誰よりもまず師たる博士の胸にむかって−,いつも学問的討論   突進撃をかけ,博士ほこれを快事とされて・きたのである。じつほ本稿は,  

怒りの視角からのそのような猪突進撃の現在的要約のようなものにすぎな   しかしながら,たとえこのこころみそのものほおゆるしいただけるとして  

, 凝者の不敏から多々過誤・妄評にわたる点が当然ありすぎるべきことを覚   し,∵博士に・あらかじめ蚤々の寛恕をおねがいしたいとおもう。  

知のよう陀−,東京商科大学卒業論文たるJ・S・ミル研究(『社会思想家とし   のジョン・スチェアー†・ミル,』,1930年)にはじまり,商業学および政策論のそ  

ぞれ総論,各論諸領域における理論的および実践的研究(統計的調査研究をふく  

)ごまた経済学の基本理論としての経済および経済生活の理論研究,オイケ   経済学のわが国への紹介導入作業,「家」の生活経済理論開拓,等々,大泉  

/(2) の学問的活動の外延ほ戦前戦後をつうじてr広汎であるが,それらの全体を  

らぬく1本の背骨,あるいはむしろ全体を統御する1つの頭脳とでもいうぺ   基本的思惟が,明確に∴看取され,これに・よって全学説体系が,有機体のよう  

., 

芦)新進学究として−の大泉教授ほ,犀利な社会派エセイストとしても知られた。30成合の   教授の社会評論3部作:『個人発見と社会発見』(1933年),『世にも利口な男の話』(1935  

),『独逸及び独逸人の問題』(1939年)ほ,その振幅をしめすものである。『商業原理   語』の文体は才気と洞察紅みち,現代でもきわめてリーダブルであり,ある意味で  

『新商業論』よりもかえって二Stim111ativeだといって:よい。   

(4)

第37巻 希2・3号  

ー β −  

質理論 のことである(この観点からすれば,博士のミル研究は,伏線となる)去   もとより大泉博士・ならずとも,われわれは,研究課題を設定するとき,その   課題の核心的対象の 本質りはなにかと,問うのをつねとするし,すくなくとも   出発点に・おいてそのような本質を志向しながら,最少限必要な定義なり概念規   定をしてかかるわけであろ・う。しかし案外われわれほ,問題展開の途中におい   て,錯綜との格闘のうちに,肝腎のものを見喪うことが,すくなくない。・そ・れ   だけでなく,われわれはふつう 本質 という言葉をかなり不用意な語法で用し   てごおり,そのため軋意外に/不生産的な論議をくりかえしたりすることも,すく  

く8)  

なくないようである(たとえ涙,社会政策本質論争の若干局面)。   

大泉博士の立場ほ,この点,論究課題の視点を,不断に研究対象の本質そ   ものの徹底的解明ということにおいてきたという点に,なによりもまず大き   特色をもつものであるといえよう。すなわち商業本質論といい,社会政策本   論といい,経済および経済生活・それぞれの本質尋究といい,各方面の理論的   業をつらぬいてつねにこの立場が堅持され,それぞれ,注目すべき成果がしめさ   れた。しかし,それだけではない。博士のこうした本質理論の立場は,研究の   進展につれ,次第に単なる経済学理論上の1見地というに・とど.掌らず,経済問   をふくめた生活問題全般に関する理論にまで生成・収赦し,そういうものと   て深くひろやかに・根を張った構造となっているといえよう。すなわち,帰着   からいえは,まず生活者=研究者と.して−の博士が生活の本質思惟によって経   学者としての博士を実践的に規定し,つぎに経済学者としての博士が,この   定のもとに経済および経済生活の本質を理論的に追求され,さらにその理論体   系の1環として,商業の本質を,また経済政策の本質を,規定されるにいた   ている,ということである。大泉理論の最大の特質をあらかじめ1口にいう   すれば,それはまさ乾このような,人としての大泉博士自身の生活実践と不   分なところの生活理論の,経済学としての編成と,その徹底的休系性にある   いえるとおもわれる。そ・の繚収点においてほ博士にあってほ,本質理論,即,  

(3)「本質」概念の始原的意味脈絡に.ついては,森稿の後段で,アリストテレス    を吟味するさい,取扱われるはずである。   

(5)

大泉博士と経済生活泉質理論   ・− 9 −・  

括理論なのである。  

とはいえ,ここですこし留意を要することがある。それは,博士の経済本質   諭体系が生活理論として形成ざれてゆく過程の発端で,1つの資重な芽が,  

るやいなや外的強圧によって押しひしがれたと解されるということであっ  

ブそ・の芽には,のちの完成された博士の生活本質理論の体系(現在のもの)  

ほ表見的に織りこ・まれないままに推移しているとみられるところの,一面異   的ないしむしろ対極的ともいうべき要素があったと思われる。それほ,社会  

(4) 衆論のこ・とである。(ただし,他面,注意すべきは,博士の理論体系は,後述す・る  

とおり,いわば1つの 開かれた体系 なのであって1最終的紅は・,こ・の異質な要素も博   の体系に包摂為れうるものであろう。)  

)『南濃原理講話』発刊(1931年6月,すなわち満州事変勃発値前)のすぐあとに展開さ   れた大泉教授の社会政策本質論(原型は,『叫橋新聞』同年11月25日・12月10日両号に連  

載の論稿「社会政策の概念一河合・下条両氏への批判−」)は,一層大泉教授の社   会評論家としての活動成果の鵬端でもあったが,たんなる評論の域を超え,無能なあゆ   みをつづけるドイツ社会政策学会およびイギリス労働党への批判と,河合栄治郎『社会   政策原劇・下条康磨『社会政策の理論と施凱両署への痛評とをふくめて:,当疇支配的   牢った倫理的・社会改良主義的社会政策観(「在るべき政策」論)の皮相さを指摘,資   本制社会政策(「在る社会政策」)の現実をみるべきことを,語気するどく主張している。  

若干章句を引用する。「資本主義経済組織の下に於て,現に言はれ且つ行はるる社会政   策■−我等の所謂る在る社会政策−−が,その実践的効果紅於て㌧幾許の大衆利益を促   進するや,又促進し得るやの根本的疑問が其の・一つ。資本擁護か資本犠牲かの岐路に・立   つ時,資本制社会に・於て:は、必ずや後者が犠牲とされて1前者の道を浄め,それがため   には,社会政策の如きも勿論犠牲の−・つ紅供せらるること。蕊に.社会政策の限界の魔然   として存在すべきことが其の二つ。」「筆者に.依れほ,現実的なる政策の実践ほ,  

を持つ。社会政策は,今日,資本主義国家が,その運行上,必然的   に暴露し発生する内面的欠陥に対し,之を修補し弥縫せんとする為政者(之を動かすも   のは,その時の経済的支配階級)の方策・努力に外ならぬ。そこで我等の寛一に.留意す   べきは,資本主義社会が自らに内在する欠陥を暴露することの頻繁となるに連れて1換言   すれば,資本主義の高度化に.連れて㌧社会政策が愈々藍要祝さるるに至ること。欝二に,  

而も社会政策は,資本制国家の代表者たる為政者に.よって又は之に製梨せられて.,資本   主拳の生命をより永からしめんが為めに・・−戯社会の幸福てこふ名辞に・よって康行せらる  

る七と,之である。」「むづかる子供に.,なぜ親ほ飴を与へるか。それほ,子供の意志尊   重よりも,・−・層よく子供を操縦せんが為めである。社会政策ほ,要するに.,拉く子に与   入る飴でほなからうか。それ以上を求むれほ,与へる老は,飴すらも与へずといふので  

はないか。社会政策の限界が,厳然として:盈に凝る。憐みを乞ひて,与へられんとする   場から,敢然と立って二,求めねばならぬ大衆福祉の問題に,我等は直面せねはならな   くなる。」(『個人発阜と社会発見』,同文館,1933年4月刊,所収「社会政策の本質」,  

63−87ぺ−ジ)。   

(6)

発37巻 第2・3号   

−■・J∂−  

が,いましばらくその点は措くとして,完成された生活理論の体系よりふり   かえって大局的にいうことを許されるなら,形成的紅.は,博士の本質理論ほ.まず   F商業原理講話』(1931年),『現代商業の基本問題』(1942年)および『商業本質論  

(1942年)を中心とする商業理論において樹立され,ついでそれが『経済生活の本   質一職能と職分の問題−一月(1951年)では経済生活本質論にまで拡大・完成さ   れ,戦後では,その経済政策論への適用(日本経済政策学会での活動や,『香川大学  

経済論劉掲載の諸論作)および商業理論の現代的再調整(『新商業諭』,1961年),と   いう展開順序をとったと,解される。そしてこの間,博士がドイツ留学(193  

−・37年)中紅フライブィレク大学においてワルター‥オイケン教授に師事され   ことは,J・S・ミル,A・マーシャル,そ・しで大熊信行・上田貞次郎両博   らからの大きな影響にもまして,とくに.本質問題にかんする思惟の彫磨につV   て重要な意味をもったように.おもわれるのであって,カイケン理論の構造と   泉博士のそれとのあいだにほ大きなちがいがある鱒もかかわらず,戦前醜後   通ずる博士のオイケン経済学紹介・翻訳の諸作業を,博士の本質理論と切り  

(5)  

して考えることはできない。他方,時代的には,ゴットルの生活経済学の恩   が博士の理論体系把.あたえた影響も,きわめて大きいと解される。  

でほ,大泉博士の本質理論の立場とは,どのような構造と具蕗的特質とを   つつものであろうか。本稿の改題は,このことを,主要諸力点について,端   客観的にあきらか紅することにある。もとより,大葬理論の構造および特質   の点検作巣を十全にはたすため紅ほ,まず博士の本質理論の形成過程の吟味壱   ひろく博士の諸著書・論文紅即して網羅的に.おこなうべきであろうし,また   経済および経済生活の本質論・商業本質論・政策本質論などの区分下に,各 

日ごとの理論構成をそれぞれ詳細フォローしつつ,ついに.それらが経済生清三   論へと収赦してゆく過程状況を吟味すべきでもあろうが,しかし上述のよ   博士の理論体系は.到達点においては経済生活本質論を基幹とし,他の諸領域  

(5)博士のオイケン経由学紹介の経緯と意義紅ついては,W・オイケン,大泉行雄訳咽   民経済学の基削への聾者寄評(『香川大学経済論削・鱒3噌第5号,1959年1月   参照されたい。   

(7)

大泉博士と儀済生活東署理論   _Jヱ_  

,.いわば相似的に,ドイツ風紅整然と体系化されているといいうるので,  

では,以下この到達点たる経済生活本質論の構造を中心対象とし他の諸領   一り経過事項のことについては関連的にのみ触れるにとどめることにし,ま   料としては,なに・よりも博士の主著『経済生活の本質』を中心に用いるこ   して,ただちに博士の本質理論の力点を端的に析出・吟味すること紅よっ   課題を果たしたい0  

こでまず,博士の本質理論の硫極的力点を,筆者ほつぎの4点に要約して   いとおもう。(1け本質」とは,なにか。また「経済」および「経済生活」  

質とはそれぞれどういう概念か。また,その背後にある「生活」・「人間」  

吐会」についての意味把握。(2)と・く軋経済生偏の本質を,「現実憩」に・即し  

「窓晩」理解の立場で追求するということについて。(3)その場合の「意味」  

,全体関連的・価値関連的に「ほたらき」這「職能」の観点でとらえることに  

、て。(4)「職能」に対応した,生活主体の自覚としての「職分」および生活   および,そこから導出される「政策」および政策規範の競走。  

腫の規定,   

以上諸九泉の析出と点険を第ⅠⅠ−ⅤⅠⅠ節において・おこなってのち,第ⅤⅠⅠⅠ   節でほとくに,大泉博士の論旨におけるこノれら諸力点が,古代ギリレヤ的  

,わけてもア.リストテレスのそれを彷彿せしめるふしが多いと筆者にはお   れるめにかんがみ,いささかかわったこころみかともおもわれるが,大泉   諭の諸力点をアジストテレスーの思惟において対比的に検索し,これによって  

・の一層すすんだ論点を筆者なりに導出して,上記諸力点の問題鉱脈探究の   めの補説としたいとおもうのである。  

ⅠI   

l点。大泉博士の本質理論の立凝は,あらかじめいえば,なによりもまず   質」という概念を不断に冒頭に.明瞭に.しつつ,包括的な生偏理論の見地か   人間とその生活の,経済および経済生活の,また部門的諸領域たる商業や   の,それぞれ静態的な本質規定をおこなうことを板木諜虚とするものとい  

よいであろう(「静態的」という筆者の評語の意味は,とくにアリス†テレスの実   

(8)

ーヱ2−   滞37巻 欝2・3号  

体的本質観との類似点紅即して,後段であらためてこ説明される)。このさいさらに.あら   じめ留意すべきは,博士の本質理論のねらいは人間生活そのものの解明にあり   したがって「経済」よりもむしろ「−経済生活」の本質の方が,博士の固有の置   題だということである。  

(6)   

まず,始発的な論点ほ.,つぎの点にある。・−「人の生活ほ,本来仝一・の   の」であり,観察の便宜上これを分割することがあるとしても,「生活自体   不可分のもの」である。経済生活も「この不可分なる生活の1側面」にはか   らない。経済生活は,しばしば生詠一一般に対して:手段的に解されるが,ただ   くは「手段以上のもの即ち金一・なる生活自体を焼成すべき性格を有する」も   である。   

このようなものとしての経済生活の本質を,現実の経験世界に立ちながら  

\r)  

捜するのが,「本質理論」∬「純粋理論」と区別されるものとしての・一   基本出発点であると,解される。これは.当然,ゴットル風な1つの生活経済  

(8) 的立場を示唆するものである。   

経済生活の本質は,当然,「人間生活の歴史を貫流する恒常的なものの存在   にかかわる。なぜなら,「本質といわるべきものは,歴史的変化のうちに共  

(10) なる不易項」のことなのだから。「われわれが経済生活の歴史性を認めながら  

しかも経済生活の理解に.おいて,歴史を貰いて共通なる意味を予定しているp   えんは,如何なる場合に.も経済生活のうちに,恒常的本質の存在を認めようく  

(6)以下,このパラグラフの引用は,『経済生括の本質』,6ぺ−ジから。  

(7)博士は,自然科学的理論を拒否されるのでほなく,要するに「生活を対象とする科    では異なる平面に.おいてこの認識が許されるべきもの」とされるのである。参照,『経済   

活の本質』,71−72ぺ−・ジ。  

(8)「経済事象の自然科学的取り扱い紅対して二,これとほ異る方法す・なわち理解(了解    に.よる方法に.よらぎるべからざることが主張せられる。既に.述べたるクェ−バー・匿お1    で或いはゾムバルトやゴットル等にその代患者を見出す。殊にづットル紅おける生瀞   

学(Lebenswissenschaftほしてこの経済学の取り扱いは最も透徹した理論を示すものでl   

る。すなわち自然科学と異なる生活科学としての経済学ほ,実践科学たる性格を有する    のであり,これが方法として闇,経済の主体紅潮って二其の活動を根抵紅おいて」悪癖    連の上から理解せねばならぬことが説かれる。」(『経済生活め本質.』,71ぺ−・ジ)。  

(9)『経済生活の本質』,7ぺ−・汐。  

(10)同書,序,3ページ。   

(9)

大泉博士と経済生活本質理論   ーエラー  

(11\ である。」「人間生活の歴史ほ,一朝のものが常に生成流転をつづけ  

消長の相貌を表現する。生活の営為における様式や諸関係も,従って   変化発展の過程を辿ることはもとよりであるが,しかもなお,生活の本   去るものは,かかる変化のうちに不易性と共通性と連続性とを持続して   とが認められるd今日の我は昨日の我でほなくて,ひとつの新らしい我   成匹ほ相違ないが,同時にまた昨日の我と今日の我とを貫く不易なるもの   することによって,始めてそこ紅1人の人格者としての持続と,統一・あ   清の窓味が存立する0同様に,社会経済の発展過程紅おいても,その体制   計・、機構等の不断の推移にもかかわらず,そ−の基底をなす経済生活の本質   超匿鱒・,ひとつの同質性と連続性の存在することを認めねばならぬ。かか   哲的課題は,かつて問題となったもゐであり,現在問題となりつつあるも  

、1㌻・ であり,将来もまた問題となるべきものである。」要するに,新らしい酒は  

か紅新らしい尊ぶくろに盛らなくてはなるまいが,「然し看過を許されぬ   な1点は,その盛らるべきものが依然として−酒であるこ.との事実である。」  

・1こ1)  

な共通者にこそ本質的課題の存在を認めるのセある。」  

われわれはこのよう  

上の,一見形式論理的に明快な,同時に静態的といいうる,本質概念の命  

、の背後紅は,「人間」の本質,および「生活」の本質という,すくなくとも  

統的にほ哲学的な問題が控えている。この点,博士は,「生活」   卑「生存」  

区別され,後者がたんに生物的・肉体的生命の持続なのに対し,「生活」  

;人間に固有のものであって,生存を前提としながらも,人間の理性・意志   いう契機に規定された概念とされる。この場合,「人間」とは,理性と意志   をもち,判断と目的行動とをおこなう動物のことであり,「人間とほ2つの   界,物質世界と精神世界との相会する場所である」という聖トマス研究家  

tl■11  

ev.MJC.D Arcyの言葉町専士ほ共鳴される。  

11),(12)同番,8ぺ−汐。  

)同番,9ぺ−汐。商莱に・ついてではあるが,本質概念が最初紅,かつ巧みな比喩を用  

、て説明されたのは,『商業原理講話』に.おいてで虜る(同書,序および56−76ぺ−汐,  

14)『経済生活の本質』,119ぺ−−・・汐。   

(10)

ーブイ・−・   欝37巻 第2・3号  

博士によれば,人間は,一方でほ.肉体によって:したがって時間および空目   に制約されつつ,しかし他方では理性的判断のもとに忠志的に∴したがって   んらかの規範ないし価値にみちぴかれながら自由を求めて,行動する。「行動  

とほ,「具体的なる態度の保であり,こうしたものとして・の行動が,生   の内容をさだめ,また行動の価値目標が,生活規範をつくる。こうして:「生活」  

は,「人の価値実現の過程」または「人間がその生存匿おいて,そこに生存  

(18) 意味を発見してゆく過程」である。   

ところで,人間の行動または生活を制約する空間的(場所的)条件は,人j   ゐ共同生活の事実(その最後の根拠は,「家」の生活)から,他の人々の生う   をも,ふくむ。「かかる生活と生活と.の交渉と交錯の間に現出せしめられる  

(17)  

係はすなわち社会である。」このようなものとしての社会(または社会関係)が  

「不断の形成力をもつ根源的なる2っの傾向」,すなわち「差別への要求」(自  

(1さ)  

・競争・不平等の面)およ.び「協同への要求」(調和・協力・平等の面),によっ   構成されるだけでなく,さらに・これ軋「朔序を与うべき契機となるもの.」は   な紅か。それほ,「意味の予定」である,とされる(「意味」匿ついてこは,次節参滑)   

およそ・以上のような,生活・人間・社会・規範等の始原附な諸概念の規定  

(19) 博士ほ−「生活の現実態紅関する基本的考察」として展繭されている。私見挙  

れば,ここでの根本問題は,このような「■基本的考察」が,理論的紅ほたしか節   分に厳密であり,また次述の経済学的展開と整合的であるとして,・それはほブ  

●●●  ●●●  

て科学的考察か,それとも哲学的考察なのかということである。と.れほ,お   らく一義的問題でほない。かつてこほ哲学や宗教の問題であったものも,次   科学的取扱いをゆるす。そ・の帰趨は,どうか。この点を,とくに節をあら  

て吟味してみたい。  

0 ジ  

︒∵  

∴一 即 岬 ぺペニ現  

0 9 4 0 7  9 00 9 1 ︵‖○  

審寄書寄雷  同同同同同   

︶ ︶ ︶ ︶ ︶  5 6 7 8 9  1 1 1 1 1  ︵ ︵ ︵︵ ︵   

(11)

大泉博士と経済生活本質理論   ー∴待 一−−  

lII  

たい人間の生活や行動の考察は,ひさしくたしか紅形而上学的または哲   な課題〆ロゴス的問題丁−の1環であった。古代・中世の土地所有下の  

似共同社会的時代では,「形而上学」(実体論ないし実念論)が,そのまま唯鵬・の   的′臥惟として,COmmunalな生活を仁支配者的制約のもとで,それなりに 

る役割をほたしたといえよう。近.代の発足とともに,主観主義的認識論の   ちでの経験的思惟が,市民となった人間を「哲学」として,また市民生活 

「社会科学」として,受けとる。これを衷からみれば,契約と商品生産とを  

する近代市民社会のもと,COmmunalな人間の生活の場ははとんど  

調と   

家」−−ただし,それ自身すで紅市民社会的制度として鋳造られ,価値法則   の窓口(家計)から侵入しているものとしての−のなかだけに倭小化さ   ることに.なり,小市民的な「蘭学」からも「社会科学」からも,疎隔ないし醸   されることになる。人間生活のこうした根本的2分裂と,その一一方の埋没。  

(20) ・の疎外イヒ。繚体的結果として−の,人間とその生活における主体性の喪失。  

れが,現代にいたるまでの「生活」の根本状況なのであり,したがって人間   清の主体的再統一‖こそは,理論的・実践的・思想的払われわれの最も根本的   課題であるといえよう。  

と甲課題は,きわめて困難であるにちがないが,それへの接近の種々な他の   カの関連を′しばらく措くとして,たとえばゴヅトルの「生活経済学」の理論  

,十面それとナチ・ズムとの政治的結びつきがもたらした思想上の反動的意味   注意・埠判されすぎることほないとしても,他軌・それに虻かかわらずそれ   上記の根本課題に肉迫しようとした1つの苦悩ぶかく独創的な理論的こころ  

として二理解することが,巨∵視的には,必要だということができよう。・そ・の点  

●●●  

理論的把ひろやかに評価し,ゴットルからまなぶぺき点を虚心紅まなび,そ   でそめ結果について十分の責任をもつということほ,ゴットルがナチズムに   用されたとの理由だけでその理論の内容やその十全な脈絡をしらペもせずに  2b)筆者は,この状況を,主として価値法則論の視角から検討する機会をもった。参照,  

稲「価値法則と配分法則鵬近代家族経済の意味検討をかねて−」,『香川大学経済   恥,第33巻第1号,1960年5月。   

(12)

・−ヱ6】   帝37巻 欝2・3号  

攻撃したり抹殺したりしようとこ.ころみることよりも,はるか軋科学的であ   有意味なことではあるまいか(誤解をふせぐため紅くりかえすが,思想史的鯛   からみてニゴッレレの構成体論的思惟そのものに.ファシズム酷刑用されうるような全体主   的側面がつよかった点は,徹底的反省が加えられなければならない)。そしで大泉   ほまさに,このような意味で,戦前戦後を通じで一・賞して,あえてニゴットル   論からふかく生活問題把握について学ばれてきているものと.解される。   

しかし,「生活経済学」的思考が,枢軸国ファシズムの崩壊ととも紅政治的   崩壊したあとでほ,すでに・それに先だち1980年代以降展開してきた近代主義  

●●.●  

社会諸科学のなかで,よ・うやく生活や人間行動の基本的事象に.関する科学的   究(そう呼ばれる)が前進し,現代では.,たとえば生活科学・労働科学・文化人…  

学・人間学・生活科学・労働科学・社会福祉学等々の研究領域匿おいて,次   に具体的成果があげられつ 

究の方法基盤たるべき認識論が,伝統的な「哲学」から脱して,科学の論理ヲ  

(  

(論理実証主義ないし論理経験主義)叩いわゆる「分析哲学」(AnalyticPhilosoph  

−なるものとして,注目すべき整備と体系化をしめしつらあるらしいこと   事実である(後述参照)。このようなプル汐ヨア的方向での生活理論の科学化ト   の方法論の論理学化が,ほたして上述の根本問題たる生活の主体性復位の間   を十分に取扱いうるかどうかには,大いに問題があるだろうし,またとく匿   在,社会学における行動理論を中心として機能主義的接近法によって整備さ  

てきた具体的理論装置−・たと.k_ば, PerSOnality , rOle , mOtivation    frame of reference , dyad 等々の概念用具体系Mが,上述の点でど  

(22)  

まで有効かということも,議論の余地があるだろうけれども,ともかくいま  

●●●●● 否応なし紅,ひさしく伝統的に哲学=倫理学的だった 人格一塊範 のン  

マほ.,それに付随した主観主義哲学の系譜(とく紅ドイツ哲学)とともに,一旦   底的に分解淘汰されたうえで,科学的紅再編成されようとしつつあること  

(21)参照,市井三郎「分析哲学一論理実証主義を含む運動の歴史と西欧民主主義一一′   

岩波講座・現代思想ⅤⅠ『民衆と自由』,315−354ぺ−・汐。  

(22)現代行動社会学の内容を廟鶴するため紅,たとえば,『講座・社会学』東京大    版会,の各巻が好参考となる。   

(13)

大泉博士と篠済生活本質理論   −−J7−  

ようである。だが同時に,上述のよう虹,この方何の研究の遷大な難  

,機能主義的・関係学的方法紅よるsobeIな着意が,主体の理論(古   あ形而上学のメリッ=胤 ある意味でそれを打ちだした局紅ある)を,_したが   たその理論の歴史性を,追放せざるをえないたてまえである点ほ,忘れ   らないことであろう0  

上のように,科学的な生活理論の樹立の問題は,きわめて困難でほあるが,  

匿展開のあゆみをみせている。大泉博士に・よる生活の現実態の考療の意義   なによりもこのような系譜をもつところの問題一博士のいわゆる「かつ  

題、となったものであり,現在問題となりつつあるものであり,将来もまた   となるべきもの」一を,あらためて現代において再発見し,正面からそ   取りくむという点にあるといえよう。ただしかし,その考察が従来の諸般   痕理論にぐらべて1歩を進めるための条件に関連して,筆者は,博士の考   出発点における2っの疑点を,率直に追加指摘したいとおもう。  

の欝1点は,生活理論の理論装置の性格に∴ついでである。博士のものは,  

−バ−=ゴットル的装置を主とし,ミル,マー・ジャル,メンガー,オイケ   従とし,これに部分的に現代機能主義行動理論の若干論点を接続させると   構造をもっているかと推察され,そこに苦心と工夫のあとがうかがわれる   あるが,意味理解的諸概念と行動社会学的諸概念とを結合するための理論  

ものの性格が不明瞭であり,斬新なイメ・−・ジがかならずしも浮かば  

、との感なきをえない。つまり,もし現代社会学的・機能主義的理論装置   軋もしくほそれとの接続を多少ともかんがえておられるものなら,その  

台たるプラグマティズムの哲学ないし分析哲学を処置しなければならない。  

常分析哲学は,本質主義・目的論的意味論・全体論をすべて拒否するが(後   照),いわば晴々裡紅それに対抗する脈絡のなかで生活や秩序に・おける「意味   予定」の優位を説かれる博士が,プラグマティズムの哲学や記号的経験主義に   ん らかの留保をつけられるものとすれほ,1種の機能論を援用される博士の   論装置の性格ほ,やほり問題であろう(この点,   さらに後述参照)。  

士の生活概念の始原的規定紅うかがえる第2の疑問点ほ,そこ紅,人間の   

(14)

一   榊 

㈱  蝉 

㈱  醐  榊  臓 

, 

代 

Ⅶ  

紬  冊  醐  購 

㈹ 

㈱  晰  

(15)

大泉博士と経済生活本質理論   −ヱ9−  

(23)  

ことを知らねばならぬのである。」つまり「経済」とは,(1)目的物  皐くむ)′の存在,(2)目的物の有限性と欲望の無限性との矛盾,(3)不可分   関連下にたつこと(この点,「技術」が一億目的下の手段の選択という   関連にたつのと,区別される),という3つの契機にもとづいて人間生   有のものとして存在するものであって,結局それほ,全体関連的な性  

(24) 現形式」なのであり,ト腰に生活が目的と手段との全体関連的関係に  

(25)  

ときに生ずる関係」紅はかならない。(ただし,こ・こで「経済」がその表現  

るところの内容=「生活」とは,厳密に・は,生活諸側面紅おける種々の意味閑適の   らる。)さらにまた,そのような「経済」自体の基本形式ほといえば,そ 

ヅセンの第2法則ないし大熊信行博士のいう「配分原理_Jに・よって,盾  

(26)  

_義的にしめされる,とされる。  

,このような見地から,史的唯物論匿おける「経済」の理解が,拒否さ  

。この点,「配分原理」の提唱者たる大熊博士自身は,『経済学批判要綱卦や   論』におけるマルクスの経済本質論的言及を遠視追求され,これを肯定  

(27)  

労働配分のタームで理解されるのであるが,大泉博士の論旨はこの点,一   純で伝統的である。「そ・の一山面的解釈に対してわれわれほ考察の余地を留   ねばならぬ。何となれば,われわれにおいてほ既に生活の存立において論  

る如く,生活という事実が本来肉体と精神,換言すれば存在と意識との不   においてのみ理解せられるものであり,従ってそ・の何れか一方のみを抽   るこ.とによって,そ・の優越乃至支配性を結論することほ許されないことだ  

『経済生活の本質.月,13年−135ぺ−・ジ。  

同昏,135,163−H167ページ0ここに・みられる博士へのカントの影準は,社会政策本   論以来のもののようである。  

同督,163ぺ・−汐。  

同沓,、167−172ぺ−・汐。  

『マルクスのロビンソン物語』(1929年)にはじまる大熊博士の労働価僧論への関心  

;了主観価値論への均分な関心とともに,経済本質論としての配分原理詣のためのものだ   たことは,周知のとおりであるが,近来,前者ほ,生命再崖感論のためのものともなっ  

る声、と解される。たんに生命(生存)でほ.なくて生活の再生産論をかんがえようと   ば・凝済学は自然科学だとみて.いる大熊群論が,この1渉をどう踏みだしうるか紅   題があるだろう。これは同時に,大泉理論のメリットをしめしてこいる。なお,大熊理  

いてほ,′上掲拙稿「価値法周りと配分法則」を参帽。   

(16)

ーー・ごひ −−   第37巻 第2・3号  

(28)  

からであるoJ「われわれが経済をもって生活の表現形式であると.の考察ほ.,  

済を生産関係として,これが意革・観念を決定するという理解でほ.なく,経   なる関係を限定手段の総目的に対する関係として捉え,そこに現わるぺき合   的な行動の形式として理解するものであり,従ってこの点で経済をもって生   関係と限定する唯物史観の場合とは,経済そのものの理解の相違が先ず存  

(29) る。」要するに大泉博士のものは,「生活事実そのものの認識であって  ,そこ  

はいささかも経済生活がその他の諸生活との関係において∴その本末を決定  

(30) んとするが如き考察ほ介在せ」ぬのである。  

史的唯物論の決定論的性格の意義ほ,私見では,もともとあえて人間の生   史の動力因をさぐるというところにあるかと解されるのであるが,この   はたして博士の本質理論の立場が積極的にどう受けとめているかほ,1つの   題とおもわれる。なお,博士が後述のように,「社会主義の科学方法」の球   論的意義を評価されてごいることは,あらかじ吟注意に低いしよう。   

ところで,経済生活一生活の物財的関連を直接目的とする側面}も   とより他の諸生活側面と同様に,その表現形式ほ,配分原理である。「否,  

の生活側面においてほ,物財を対象とする生活が一応自己完了的に.経済   して構成せられることから,配分原理の支配ほ最も直接的且つ一・義的で   経済生活は配分な′る形式によって\表現せられる。配分形式ほ経済生活を現  

(31)  

示す表現の過程をなす。」だが,「経済」のではなくて「経済生活」の固有   賀を問うことは,のこされているのであり,そ・れが,大熊博士でほなく   博士の,固有の尋究課題となる。  

ⅠⅤ  

第2点。上述のような背景にたつものとしての経済生活の固有の本質   士は,「現実態」に即した「意味理解」の立場によって:,追求される0  

(28)『経済生活の本質』,174ぺ−・汐。  

(29)同書,174−175ぺ−・ジ。  

(30)同番,175ぺ一汐。。  

(31)同書,172ぺ−・ジ○   

(17)

大泉博士と経済生活本質理論   −2ユー  

まず留意されるのほ、「現実態」に即するということの意味について 

,とれは博士にあっては,あらゆる時と場所に歩ける日常生活体験の   相に内在するというはどの意味であると解され,したがって,歴史的   渦l約下¢現実に即するという意味でほ.ない。つまり,ここにいう「現   ほ,弁証法的論理における「可能性」の対語としてのそれでほなく,し   て動態的概念ではなくて静態的な概念に他ならないであろう。こ.の発想   大泉博士がとりわけオイケンに食うておられるのほ,いうまでもあるま  

に「意味理解」の見地についてほ,ここで,次節で述べる第3の九点を   くんだ包括的叙述を引用しておくのが便宜であろう。−「しかる紅他面,  

生活ほ,そ・れが生活である限り,意味を表現すべきものであり,しかもか   味ほ経済生活を一偏自己完了的なる統一場勺領域として:の全体関連の上か   認めるぺきも■のである。換言すれは,経済生活を実践する経済著すなわ   活動の主体ほ・,その経済活動を具現する過程として,必然的に配分の形   よらなければならぬのであるが,このような経済活動とそ・の綜合たる経済   ミいかなる意味を実現するかの究明ほ,その経済活動並.ぴた現象が経済生  

領域において−全体関連性の上からのみ可能なことである。全経済生活領   のひ.とぅの部分的経済分野ならび紅その分野において.の個々の経営体の経   軌Tr例えば,商業の分野とその分野における商企業の活動の如き一の  

把握せんとすれば,かような部分的分野が全経済生活領域の−上で全体関   に,何をなすかを知らねはならず,ここに職能論的なる考察が要求せられ   とになる。同時に,その部分々野においての経営体の主体的活動ほ,かか   実現を規粒とする意志的努力である限り,ここにまた職分論的なる理解  

(B3)  

られねはならぬことになる。」  

呪象についてのこ.のような全体関連的「意味」の追求ほ,社会科学紅独  

、イケン経済学の静態論的性格に、ついてこは,上掲,大泉訳書への拙評を参照され  

凝済生活の刺削,172ぺ−汐。   

(18)

滞37巻 第2・3号  

ー・・一 ごっ−−  

自なものとして,あらかじめ方法論的基礎をあたえ.られている。「全体関連   という論点の吟味は後に.みるとして,ここでは「意味」追求の立場につい   よう。すなわち,博士・によれほ,ー ̄自然におけLる生起ほ,人間の生活関係  

(34) わち社会に.おける生起の如く意志に基づく意味関連に立つものでほな一.Jい  

まりそこには,自然法則,二宮尊徳のいわゆる「天理」があるだけであっ  

「−人道」の余地ほない(博士が尊葎の思想をきわめて届く・評価されているととも   目される)。自然科学的方法−−「一山般に社会生活における統計的把経,或   生活現象を一億の前提下で鼻的還元のもとにその函数的理解を構壊するよ  

(35)  

方法」−−は,それ自身たしかに社会たおける・一面の関連を認識し得るに  も,それは生活現象に固有な本質的意味関連を「放下」すること.にこよって  

(36)  

達成される点で,「異なる平面においての認識」であるとされ,ここで周   ダインデルバント,ディルタイ,リッカ剛ト,そ・してとりわけマックス   ェーバー・およびゴットルの線の社会科学独自性認定論が,受容される(ち   に,博士の師オイケンは,両科学の区別を全然みとめない点,全体論的ながらもおそ  

(き7)  

社会工学的・分析哲学的方法意識にたったのであって,カ・イケンの形慮学理論と大泉   の生活意味理論とが岐れる基盤がここに眉取される)。逆紅,古典学派的な社会と   然との無差別観は, 

あっても,「結局社会科学ほ比較的に複雑な物理学のモデルに倣った演繹  

($8)  

と考えられ」ている点は,かれを過渡的思想家たらしめる要因たらざる  

(34)同書,33ぺ−ジ。  

(35)同番,48ぺ−・ジ。  

(36)同音,72ぺ−・ジ。  

(37)「この種二元論が過去払おいて二招来し,現に招来してこいる壷大な損害を十分降誕    ることに・よってこのみ,これを克服しうるのである。一新らしい科学理論は周知の   

く,メン・ガー・,リッカ−・ト,ないしブィンデルパント・の轍をふんではいない。それ    外見上異なる認識目標をもつ科学の分裂を認めない。なぜなれほ存在するもの鱒   

(19)

大泉博士と経済生湾本質理論   −2β−  

そのきわめて豊富なすぐれた局部的思惟紅もかかわらず(博士のミル研究   i,ここにあったかと解される)。  

する匠,生活(経済生活をふくむ)および社会現象は,「その本質たるぺき  

」匿即しつつ解明されなければならないというのが,大泉博士の主張の藍   1力点である。これは当然1つの目的論的立場であって,博士の師オイケ   そのような立場の・山切をはげしく否定し,「新らしい科学理論」のもと紅   学を自然科学扱いした態度と,対児的であろう。  

が,博士によれば,「本質たるぺき意味」かよ,一方でほ価値理念(規範)を  

し,他方では個性的な「現実態」に即していなければならぬ。この場合,  

たるべき価値理念は,たしかに・客観的でなければならないけれども,しか   媒介に先天的雅式規範紅まで昇聾してしまったものであっては.ならず,あ   で現実態に対して−内的(同質的)脈絡をもち,現実態紅関する判断の基準   らなくてはならない。以上め要請を解決するような概念構成方法は,「 現   悪弊即・しつつその特性の一一・方的高揚によって獲得せらるべき理想型の概念構  

の方法にイ由ならない。−  

¢博士の論旨は,あきらかに・クェーバ−・(理想型)とオイケン(現実態・垂   揚的抽象)とに・負うている。とくに興味ぶかいのほ,おなじくあらゆる時と  

め日常生活の現実感に即して重点高揚的軋抽象をおこなう(注意:この方法   って.,大泉博士にあってこもオイケンに適って.も,ひとしく歴史学派的な発展図式一切   レクス主義的体制区分もふくめて〕が考慮外におかれることになる。オイケンでは,全   的に。大泉博士では,当面の本質問題にかんして。)とはいっても,「意味」的側面  

る純粋理論(オイケン)でほ,形態学が出てくるのにたいし,逆紅純粋  

、論た1線を画して「意味」を求める立場(大泉博士)では,後述のように職  

・職分論が出てくるという点である。  

ら紅博士の「意味」概念は,−[述のとおりただちに生活の目標,つまり規   いし価値の概念をみちびく。しかし仁生活規範の客観性ほ,どのようにし  

同昔,50ページ。   

(20)

鱒37巻 第2・3替  

ー・24−  

て保証されるだろうか。かの左右田喜一郎博士も挙示した先天的形式規範(  

極的な論理的妥当性,たとえば文化価値−・般)ではなくて,歴史的・相対的な「現  

規鞄」がたしかに直接に.は問題ではあるが,それが主観性をまぬかれるために   ほ,結局,「このような歴史的け相対的なる現実規範が,その特殊性に.もかか   わらず,しかも絶えず究極的なるものを指向すべしとの信念においてのみ,  

(40)  

活の最終の意味が予定せられるといわなけれほならぬ。」−ここにいたって   われわ叫′ま・,いまや大泉郵論カミ,カント哲学および左右田経済哲学の伝統と  

よく接続しているのを,看取しうるであろう。  

ところで,生活規範の客観性保証にかんする左右田式解法は,問題そのもの /   威するもう靂つの重要な側面紅ついて,かならずしも解答を用意していない  

うにおもわれる。すなわち,現実現範の試行錯誤の究極の水平線に「文化   値」が黙示されるというのほ,じつはほじめから問題を一・元的に設定するも  

ではなかろうか。もし逆に,「文化価値」なるものが実際にほたがいに異   な・絶対的な諸価値の多元的・後天的複合物にすぎないとすれば(市民社会で   がいしでそうである),このようなカクテル的生活規範の客観性は,誰も保証し   ないこととなろう。−この問題は,後に職分論的理解および政策規範の間   の項で,ふたたび具体的に検討したいとおもうが,ともかく価値的またほ目   論的「意味」論に共通なこのような難点を看過するなら,議論ほいきおい僻   的予定調和説の色彩をおびる危険があるであろう。この難点を打開するため   コぺルエクス的転匝lをおこ.なって,記号論理学的「意味_J論(シンタックスや   マンタィプクスやプラグマティックス)に移行するのが,ただしいかいなかば・,  

つとして−,である。   

なお最後に,博士のつぎの指摘も注目されるものである。「人間生温に阻  

事象および現象の究明においてほ,常にその価値的なもの或いは意味的なも  

への追求が必然的な過程をなし,しかもかかる価イ歯又は意味の問題は,一  おいてほ普遍性を要求するとともに.,同時に他面,特殊性と具体性から離   たく制約せられていることむ計うとき,古代ギリシャにおける形乱上学的  

(40)同書,118ぺ−・ジ○   

(21)

大泉博士と経済生洛東野理論   一−ゑぎー   ち匿,つとに後世への限りない示唆が内包せられていることを思わねば  

(41)  

のである0」つまり博士は,「凝らしい時代においてプデトン,アリスト   が摩り,トマス・アクヰナスの中世精神が新らしい脚光の下に浮び上っ   意味」を承認し,「人間の本質的なものへの要衷が,人間の文化とともに  

し・1ご\  

の断案をあえて届出する」とされるのである。筆者が後段において本質   き博士とアガストテレスとの対比をこころみるのほ,1つほ博士自身の   ような示唆にもとづく。  

V   

3点。大泉博士の本質理論体系の第∂の力点ほ,上述のような生活の本質  

…態的・価値関連的な「意味」を,全体関連的な「はたらき」(機能)→  

の観点で把捉するということである。  

よれば,生活の現実態の意味酪連ほ,生活事象が単独な存立をゆるさ  

,その外的行為関連に・よって:のみほじめて経験事実として把えうるかぎり   行為の全体関連的な「ほたらき」,すなわち「職能」に依存するはかない。  

れわれが人の生活を経験的事実と.して捉え得るのは,何等かの行為(作為   弊為を問はず)として表現される場合である。純粋に二彼の心意の中に.観念  

てのみとどまるものを,われわれほ現実感として捉えることほ.不可能に属  

・うしてかかる表現されたる彼の生活事象紅つき,その本質を・究明せんと   ば,彼が何をなすかと.の ほたらき に手がかりを求めねばならぬであろ   奄うしてかかる ほたらき の表現ほ,何等か彼の周辺との関連と結合と /   よ′ら七のみ実現されるところである。生活事象を現実のうちに取り上げ   とすれば,孤立人の想定ほ余りにも現実を遠ざかるものであり,むしろその   発点匿おいて.全体関連にたつこ.とから考察されるのが至当であろう。こ.の場  

むしろ全体社会との閑適をこ・そ公理と.して,成立するとさえいい得  

」てもっとわかりやすくいえは,「もともと人間の生活ほノ,ほじめから共   

),(42)同書,15ぺ−・汐。   

(22)

算37巻 滞2・3号  

ーー2β −  

同の社会をつくらて生活したものであって,、孤立の生活から出発したもので   ない。共同ということは,それに参加するひとびとが,おのおのその共同の   めに.,なにかの役割を分担して,力を合せることによって成りたつもので  

(44)  

る。これが社会における職能なのである。.」   

ここでわれわれの検討すべきことほ,第1に,博士のいわゆるr ̄全体関連   という認識の意味はどうかということ,第2に,「職能」概念および職能論   理解の性格および有効性ほどうかということであるだろう。だが両点の吟味   中間で,「社会主義の科学方法」をめぐる博士の評価についでも,関連上,  

免しておきたい。  

(i)まず,「全体関連」という認識の意味紅ついて。   

前節引用文および上記の引用文でみられるように,博士の職能概念ほ,「  

休閑連」における部分のほ中らきという認識を前提としているものと解され   が,ここで博士がはとんど「■公理」とみなして■強詞されているとこ.ろの「金   関連」とは,なんであろうか。  

一般に「全体」という概念には,私見によれば,8っの意味があるとお   う。第1は,部分をふくむが部分を超えた先験的統一・物たる客観的な実在だ   解する場合であって,こ.の場合には〟全体は部分に先だつ ことになり,こ   を社会に適用すれば全体主義的理解(たとえば,シユ.パ′ン)が成りたつ。第2㌢  

各部分の個性や意義を承認しながらも,そ・の集合たる全体はたんなる算術的   和たる地検でほ.なく,組織的構造と秩序とをもち,そ・のかぎりでの一億の有   性をもつと解される場合であって,グレコ.タルト心理学的理解や近代社会学   おける「社会体系」概念などは,これである。山般に社会有機体観(社会硝  

?生物学的・有機体的理論)は,以上第1・第2のどちらかまたほ双方を支持   る。第8ほ.,あらゆる事物の性質・様相の一山切の総体,とくに事物を構成す   諸部分のあい\だに成立する−・一卜切の関係の総体という意味の場合であって,こ  

(43)同番,50  。参照,181−182ぺ−・汐。「全体関連」概念は,当然ながら「経    の規薙の場合に.も適用される。なお,オイケンも「全体関連」を蛋祝したが,.卜B    イ的分類を排したかれのこの概念は,独特なものである。  

(44)臣7新南濃諭」す,281ペ剛ジ。参照,55ペ∬ジ。   

(23)

大泉博士と経済生活永野理論  ー27−・  

・1の場合と対立するが,第2の場合をみとめようとみとめまいと(みとめる   匿払それを包摂して)・つねに存在する概念である。それは,部分の併存的堆  

上でも以下でもないところのものであり,当然そのままでは科学的認識の   対象ともなりえない。ところで,バ・−トラソド・ラッセルをほじめとする   哲学者た■ち・わけてもK・R・ポパーは,第1・第2の「全体」観を拒否  

, 牒3の概念のみをみとめると同時に,それをも科学的認識の課題か  ら追放   l乍,しまう0かれらにとっでは,り全体論的立場 (ホー・リズム)そのものが・無  

(46)  

味なのである0  

て,大泉博士の場合では,「全体関連」は,一応人間生活の共同体的関連   いうはどの忠味と解されるが,博士はすすんでそれを生物学的・有概体勧的   幽から主張されている。すなわち,博士によれば・「職能論的理解は,人間   括の有概体勧と密接に結びつくことばあらそわれない。社会現象をもって自   的有機体と同一㌦視し得ざることは早くメンガー紅よっても指摘せられたとこ   であり,しかしまた,社会現象に.ついて部分的にほ自然有機体と類似す  

ことに.ついては,メンガー・といえども等しくこ.れを認めているのである。/  

う紅職能乃至機能の関係ほ,自然有機体についてほ極めて明瞭に認められ   ムけだしこの場合にほ全体を構成する部分の全体関連性ほ,典型的に把握し  

られるからである。ここでは各部分ほ,いずれも全体として■の有機体の持続   発展と軋関連してのみ存立の意味を有するのであり,この全体関連性から離  

、て単独には存在の意味をもち得ないのである。すなわち部分の意味ほ全体に   いての部分の機能としてほじめて捉えられる。人体という全体有機体の部分   る1器官の意味ほ,それが人体において占める位置とそこでの機能によって   み与えられるのであり,そのものを全体から切り離して,単紅そのもの自体  

レて−とり上げても,其処にほ何等の本質的意味をも発見することほ出来ない   そある。まことに切断されたる肢股は,最早肢股でほ有り得ないが如ぐであ   0ノ社会生活とその現象についても,ある程度において有機体的観察ほ許さ   45)参照,前掲苗井論文,およびカ−・ル・R・ポパー・,久野収・市井三部共訳軒歴史主  

の負債トーー社会科学の方法と実践一都ユ961年,とく紅.120−126ぺ一汐。   

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