前 漢 前 半 期 に お け る 県
・ 道 の 吏 員 組 織 と そ の 改 変
(
紙 屋 正 和)
一 一 五
前 漢 前 半 期 に お け る 県
・ 道 の 吏 員 組 織 と そ の 改 変
紙
屋
正
和
は し が き 一 前 漢 初 期に お け る県
・ 道 の 吏員 組 織 二 県
・ 道 の吏 員 組 織 の改 変 と地 方 官 の 本籍 地 任 用回 避 制 度の 強 化 三 漢 時 代 官制 史 に お ける 二 百石 の 関 門 む す び は
し が き 一 九 八 三 年 一 二 月 か ら 一 九 八 四 年 一 月 に か け て、
湖 北 省 江 陵 県( 現 荊 州 市 荊 州 区) で 張 家 山 二 四 七 号 漢 墓 が 発 掘 さ れ、
漆 器 類 を は じ め と す る 多 様 な 副 葬 品 と と も に 竹 簡 一 二 三 六 枚 が 発 見 さ れ た。
い わ ゆ る 張 家 山 漢 墓 竹 簡 で あ る。
そ の 中 に は「 二 年 律 令」
・「 奏 書」 と い う、
当
そ う そ うげ つ しょ
時 の 法 律
・ 政 治 制 度
・ 社 会 の 実 状 を 明 ら か に す る 貴 重 な 文 字 資 料 が ふ く ま れ て い た た め、
速 報 か ら し ば ら く の 時 間 を お い て 正 式 の 発 掘 報 告
(
1)
書 が 出 版 さ れ る と、
前 漢 初 期 に つ い て の 研 究 が す す み、
ま た こ れ ま で
(
2)
知 ら れ て い な か っ た い ろ い ろ な 事 実 が 明 ら か に なっ て き た。
そ の 一 つ と し て「 二 年 律 令」 か ら、『 漢 書』 巻 一 九
・ 百 官 公 卿 表 上 や『 続 漢 書』 志 二 八
・ 百 官 志 五 の 記 述 か ら は 想 像 も で き な かっ た よ う な 吏 員 組 織 が 前 漢 初 期 の 県
・ 道 に 存 在 し た と い う 事 実 が う か び あ が っ て き た。
筆 者 は か つ て、
前 漢 前 半 期 に は 郡
・ 国 お よ び そ の 守
・ 相 は 地 方 行 政 に そ れ ほ ど 関 与 し て お ら ず、
そ れ は 県
・ 道 を 中 心 に う ご い て い た と の べ た。
(
3)
新 た に う か び あ がっ て き た 前 漢 初 期 の 県
・ 道 の 吏 員 組 織 は、
こ う し た 前 漢 前 半 期 の 地 方 支 配 体 制 と ど の よ う に 関 係 し て い た の で あ ろ う か。
県
・ 道 を 中 心 に う ご い て い た 地 方 行 政 も、
武 帝 期 に な る と 郡
・ 国 の 守
・ 相 が 職 権 を 強 化 し て、
そ の 中 心 的 位 置 を し め る よ う に な る が、
そ れ
(
4)
に と も なっ て 県
・ 道 の 吏 員 組 織 を は じ め と す る 諸 制 度 に も 改 変 が み ら れ た は ず で あ る。
守
・ 相 が 職 権 を 強 化 し た と いっ て も、
地 方 で 行 政 の 実 務 を 担 当 し て い た の は 県
・ 道 で あ る か ら、
地 方 行 政 の 実 態 を 知 る た め に も、
前 漢 初 期 か ら 武 帝 期 に か け て の 県
・ 道 の 吏 員 組 織 と そ れ に 関 連 す る 諸 制 度 の 変 革 を 検 討 す る 意 味 は 大 き い で あ ろ う。
一 一 六 ち な み に 筆 者 は 以 前 に、
前 漢 前 半 期
・ 前 漢 後 半 期
・ 後 漢 時 代 と 時 期 を 区 分 し て 郡
・ 国 と 県
・ 道 の 属 吏 組 織 を 復 原 し た こ と が あっ た。
こ れ
(
5)
は 各 時 期 の 属 吏 組 織 を 比 較 す る こ と に よっ て、
前 漢 初 期 か ら 後 漢 時 代 ま で の 地 方 行 政 の 大 き な 流 れ を 検 討 す る も の で あっ た が、
本 稿 は 前 漢 初 期 に お い て 地 方 行 政 を さ さ え て い た 県
・ 道 の 属 吏 組 織 の 存 在 形 態 を 明 ら か に し、
あ わ せ て 前 漢
・ 後 漢 時 代 を 通 じ て 地 方 行 政 上 最 も 大 き な 変 革 と み と め ら れ る 武 帝 期 の 改 革 を、
官 制 面 か ら う か が お う と す る も の で あ る。
一 前 漢 初 期 に お け る 県
・ 道 の 吏 員 組 織 漢 時 代 の 県
・ 道 の 吏 員 組 織 に つ い て、『 漢 書』 巻 一 九
・ 百 官 公 卿 表 上 に
(
6)
県 の 令
・ 長 は 皆 な 秦 官、
其 の 県 を 治 む る を 掌 る。
万 戸 以 上 を 令 と 為 し、
秩 は 千 石 よ り 六 百 石 に 至 る。
万 戸 を 減 ず る を 長 と 為 し、
秩 は 五 百 石 よ り 三 百 石 に 至 る。
皆 な 丞
・ 尉 有 り、
秩 は 四 百 石 よ り 二 百 石 に 至 る。
是 れ 長 吏 為 り。
百 石 以 下 に 斗 食
・ 佐 史 の 秩 有 り。
是 れ 少 吏 為 り。
と あ る 記 事 や『 続 漢 書』 志 二 八
・ 百 官 志 五 な ど に よっ て、
前 漢 初 期 か ら 後 漢 時 代 ま で、
県
・ 道 に は 令
・ 長
・ 丞
・ 尉 と い う 中 央 任 命 で 比 二 百 石 以 上 の 長 吏 と、
令
・ 長 に 任 命 権 が あ る 秩 百 石
・ 斗 食
・ 佐 史 の 少 吏、
す な わ ち 属 吏 と が あっ た と 一 般 的 に 理 解 さ れ て き た。
と こ ろ が 張 家 山 漢 墓 竹 簡「 二 年 律 令」 の 秩 律 に よ る と、
呂 后 二 年( 前 一 八 六) を 中 心
と す る 前 漢 初 期 の 県
・ 道 に は、
文 献 史 料 に も と づ く 一 般 的 理 解 と 大 き く 異 な る 吏 員 が 存 在 し て い た こ と が わ か る。
ま ず 秩 律 に み え る 関 係 記 事 だ け を 引 用 し よ う。
【
胡 夏 陽 令 等】 秩 各 八 百 石 有 丞 尉 者 半 之 司 空 田 郷 部 二 百 石
(
四 五
〇 簡)
〔【
胡
・ 夏 陽 県 令 等 の】 秩 は 各 々 八 百 石 な り、
丞
・ 尉 有 る 者 は 之 に 半 ば す。
司 空
・ 田
・ 郷 部 は 二 百 石 な り〕
。
【
汾 陰
・ 県 令 等】 秩 各 六 百 石、
有 丞
・ 尉 者 半 之。
田
・ 郷 部 二 百 石、
司 空 及
(
衛) 官
・ 校 長 百 六 十 石。
(
四 六 三〜 四 六 四 簡)
【
陰 平 道
・ 蜀〈 甸〉 道 長 等】 秩 各 五 百 石、
丞
・ 尉 三 百 石。……
黄( 廣) 郷 長
・ 万 年 邑 長……
秩 各 三 百 石、
有 丞
・ 尉 者 二 百 石。
郷 部 百 六 十 石。
(
四 六 五〜 四 六 六 簡) 田
・ 郷 部 二 百 石、
司 空 二 百 五 十 石。……(
四 六 八 簡) 県 道 伝 馬 候 厩 有 乗 車 者 秩 各 百 六 十 石 毋 乗 車 者 及 倉 庫 少 内 校 長 長 発 弩……
都 市 亭 厨 有 秩 者 及 毋 乗 車 之 郷 部 秩 各 百 廿 石
(
四 七 一〜 四 七 二 簡)
〔
県
・ 道 の 伝
・ 馬
・ 候
・ 厩 の 乗 車 有 る 者、
秩 は 各 々 百 六 十 石 な り。
乗 車 毋 き 者、
及 び 倉
・ 庫
・ 少 内
・ 校 長
・ 長
・ 発 弩……
都 市
・ 亭
な
ぼ う
・ 厨 の 有 秩 の 者、
及 び 乗 車 毋 き 郷 部 は 秩 各 々 百 廿 石 な り〕
。 以 上 か ら、
前 漢 初 期 の 県
・ 道 に は 令
・ 長
・ 丞
・ 尉 の ほ か に、
司 空
・ 田 部
・ 郷 部
・ 衛 官
・ 校 長
・ 伝
・ 馬
・ 候
・ 厩
・ 倉
・ 庫
・ 少 内
・ 長
・ 発 弩
・ 都 市
・ 亭
・ 厨 と い う 吏 員
・ 部 局 が あ り、
そ れ ぞ れ の 吏 員 な い し は 部 局 の 長 の 官 秩 は 二 百 五 十 石
・ 二 百 石
・ 百 六 十 石
・ 百 二 十 石 と いっ た、
一 一 七 前 漢 前 半 期 に お け る 県
・ 道 の 吏 員 組 織 と そ の 改 変
(
紙 屋 正 和)
い ず れ も 百 石 を こ え、
一 部 は 二 百 石 を こ え る も の で あっ た こ と が わ か る。
そ の ほ か、
賊 律 ç六 簡 に み え る 船 嗇 夫
・ 船 吏、
金 布 律 ç四 三 一 簡 に み え る 津 嗇 夫
・ 津 吏 も 県
・ 道 の 吏 員 と 理 解 し て よ か ろ う。
秩 律 か ら う か が え る 県
・ 道 の 司 空
・ 田 部 以 下 の 吏 員 組 織 は 前 漢 初 期 の も の で あ る が、
他 方、『 漢 書』 百 官 公 卿 表 上 に み え る、
比 二 百 石 以 上 の 長 吏 と 百 石
・ 斗 食
・ 佐 史 の 少 吏(=
属 吏) と で 構 成 さ れ、
百 石 を こ え る 吏 員 が 存 在 し な い と い う 県
・ 道 の 吏 員 組 織 は、
前 漢 後 半 期 以 降 の 史 料 を 利 用 し て 研 究
・ 復 原 さ れ て き た こ れ ま で の 成 果 と ほ ぼ 一 致 す る か ら、
『
漢 書』 百 官 公 卿 表 上 の 記 事 は 前 漢 後 半 期( 以 降) の 県
・ 道 の 吏 員 組 織 に つ い て の 記 述 で あっ た と い う こ と に な ろ う。
廖 伯 源 氏 は 秩 律 に み え る 司 空
・ 田 部 な ど の 職 掌 の 解 明 を 試 み て い る
(
7)
が、
そ れ に も と づ い て 考 え る と、
た と え ば 刑 徒 の 労 役 を つ か さ どっ て い た 司 空 は 前 漢 後 半 期 以 降 の 獄 司 空(『 続 漢 書』 志 二 四
・ 百 官 志 一 の 司 空 条 の 注 に 引 く 応 劭『 漢 官 儀』) に 相 当 し、
郷 部 の 責 任 者 で あ る 郷 部 嗇 夫( 戸 律 ç三 二 八 簡 な ど に 見 ゆ) は 郷 嗇 夫 に 相 当 し、
宿 駅 を つ か さ どっ て 往 来 す る 官 吏 の 接 待 に あ たっ て い た 伝 は 伝 舎 の 吏 に 相 当 す る こ と に な る と い う よ う に、
前 漢 後 半 期 以 降 の 県
・ 道 で 実 務 を 処 理 し て い た 属 吏 と 酷 似 し て い る。
す な わ ち 職 掌 面 か ら す る と、
前 漢 初 期 に 百 石 を こ え て 二 百 五 十 石 に い た る 高 い 官 秩 を え て い た 吏 員 と、
前 漢 後 半 期 以 降 に 秩 百 石 以 下 と し て あ ら わ れ る 属 吏 と の 間 に は 深 い 関 係 が あ る よ う で あ る。
こ の 両 者 の 関 係 を 説 明 し て く れ そ う な 記 事 が『 続 漢 書』 百 官 志 一 の 太 尉 条 の
掾 史
・ 属 二 十 四 人。
本 注 に 曰 く、
漢 旧 注 に……
。 或 い は 曰 く、
漢 初 の 掾 史 辟 せ ら れ ば、
皆 な 之 を 上 言 す、
故 に 有 秩 は 命 士 に 比 す。
其 の 言 は ざ る 所 は、
則 ち 百 石 の 属 為 り。
其 の 後、
皆 な 自 ら 辟 除 す、
故 に 通 じ て 百 石 と 為 す と 云 ふ。
で あ る。
こ の 記 事 が『 続 漢 書』 百 官 志 一 の 太 尉 条 に あ る こ と、
福 井 重 雅 氏 が 明 ら か に し た よ う に、「 辟」 は 基 本 的 に 公 府 と 州 の 属 吏 の 任 用 に さ い し て の み 用 い ら れ る 表 記 で あ る が、
前 漢 初 期 に 州 は な い こ と、
(
8)
こ の 二 つ の 事 実 か ら 考 え る と、
こ こ に い う 掾 史 は 公 府 の 掾 史、
前 漢 時 代 に 即 し て い え ば 丞 相( 相 国) 府
・ 御 史 大 夫 寺 の 掾 史 と い う こ と に な る。
そ し て 前 漢 初 期 の 公 府 に は 命 士 に 比 せ ら れ る 掾 史 と 百 石 の 属 と が あっ た が、「 其 の 後」 は 百 石( 以 下) の 掾 史 と 属 し か い な く なっ た こ と に な る。
と こ ろ が、
右 で は 省 略 し た が、「 或 い は 曰 く」 の 前 の『 漢 旧 注』 に 東 西 曹 掾 は 比 四 百 石、
余 の 掾 は 比 三 百 石、
属 は 比 二 百 石 な り。
と あ る よ う に、
前 漢 後 半 期 か ら 後 漢 時 代 に か け て の 公 府 に は、
比 二 百 石 以 上 の 掾 史
・ 属 が 存 在 し て い た。
そ う す る と、
右 の 記 事 は こ の ま ま で は「 漢 初」 か ら「 其 の 後」 に か け て の 丞 相 府
・ 御 史 大 夫 寺 の 掾 史 の 制 度 の 流 れ を 正 確 に 説 明 し た 記 事 と は い え な い こ と に な る。
と は い え こ の 記 事 は 司 馬 彪 の 手 に な る 本 注 の 一 部 で あ り、
全 く 根 拠 の な い 記 事 と み な す わ け に も い か な い。
こ れ は、「 其 の 後」 の 掾 史 の 説 明 に 省 略 が あ る と 理 解 す べ き で あ ろ う。
こ の よ う に 理 解 し た う え で 右 の 記 事 を み る と、
前 漢 初 期 に は 公 府 の 掾 史 全 部 の 完 全 な 人 事 権 が 長 官( 丞 相
・ 御 史 大 夫) に あ っ た わ け で は な く、
長 官 が 任 命 す る も の の 上 言 し て 皇
一 一 八 帝 の 批 准 を も と め る 必 要 が あ り、
か つ 官 秩 は 百 石 を こ え て 命 士(=
命
(
9)
卿
・ 命 官) に 比 せ ら れ る 有 秩 の 掾 史 と、
長 官 が 任 命 す る さ い に 上 言 す
(
10)
る 必 要 の な い 官 秩 百 石( 以 下) の 属 と の 二 種 類 が あっ た が、「 其 の 後」
、 掾 史 は 長 官 が 辟 除 す る だ け で、
上 言 の 必 要 の な い 官 秩 百 石( 以 下) の 属 吏 に 整 理 さ れ た と 記 し て い る こ と に な る(「 其 の 後」 の 比 二 百 石 以 上 の 掾 史 の 記 述 は 省 略 さ れ て い る)
。
『
続 漢 書』 百 官 志 一 の 本 注 の 記 事 を み る た め に は、
い ま ひ と つ「 有 秩」 と い う 官 制 上 の 用 語 に つ い て 検 討 し な け れ ば な ら な い。
有 秩 と い え ば、
旧 来 は『 漢 書』 百 官 公 卿 表 上 に「 郷 に 三 老
・ 有 秩
・ 嗇 夫
・ 游 徼 有 り」 と あ り、『 続 漢 書』 百 官 志 五 に「 郷 に 有 秩
・ 三 老
・ 游 徼 を 置 く」 と あ る 郷 有 秩 と い う 職 名 を し め す 語 と し て 認 識 さ れ て き た。
し か し
『
続 漢 書』 百 官 志 一 の 本 注 の「 漢 初 の 掾 史 辟 せ ら れ ば、
皆 な 之 を 上 言 す、
故 に 有 秩 は 命 士 に 比 す。
其 の 言 は ざ る 所 は、
則 ち 百 石 の 属 為 り」 と あ る 記 事 に 注 目 す れ ば、
有 秩 は 命 士 に 比 せ ら れ、「 百 石」 に 対 置 さ れ て お り、
職 名 と い う よ り 官 秩 を し め す 語 と み る べ き こ と が う か が え る が、「 二 年 律 令」 の 史 律 ç四 八 五 簡 に「 五 百 石 以 下 有 秩 に 至 る ま で、
吏 と 為 り 十 歳 を 盈 し て……」
と 五 百 石 と 有 秩 と が 同 性 格 の も の と し て な ら べ ら れ て い る こ と に よっ て、
そ の 可 能 性 は さ ら に 強 ま る。
そ し て、
前 漢 初 期 の 有 秩 が 法 的 に も 官 秩 を し め す 語 と し て 使 用 さ れ て い た こ と は、「 二 年 律 令」 の 賜 律 の 賜 不 為 吏 及 宦 皇 帝 者 関 内 侯 以 上 比 二 千 石 卿 比 千 石 五 大 夫 比 八 百 石 公 乗 比 六 百 石 公 大 夫 官 大 夫 比 五 百 石 大 夫 比 三 百 石 不 更 比 有 秩 簪 比 斗 食 上 造 公 士 比 佐 史 毋 爵 者……(
二 九 一〜 二 九 二
簡) 〔
吏 為 ら ざ る も の、
及 び 宦 皇 帝(=
皇 帝 の 側 近) の 者 に 賜 ふ に、
関 内 侯 以 上 は 二 千 石 に 比 へ、
卿 は 千 石 に 比 へ、
五 大 夫 は 八 百 石 に
な ぞ ら
比 へ、
公 乗 は 六 百 石 に 比 へ、
公 大 夫
・ 官 大 夫 は 五 百 石 に 比 へ、
大 夫 は 三 百 石 に 比 へ、
不 更 は 有 秩 に 比 へ、
簪 は 斗 食 に 比 へ、
上 造
しん じょ う
・ 公 士 は 佐 史 に 比 ふ。
爵 毋 き 者 に は……〕
と い う 条 文 に よ っ て 決 定 的 と な る。
す な わ ち、
こ の 条 文 は 爵 位 と 官 秩
(
11)
と の 対 応 を し め す 形 を とっ て い る が、
第 一 九 級 の 関 内 侯 の 次 に は 漢 爵 に な い 卿 が あ ら わ れ、
そ の あ と に は 第 九 級 の 五 大 夫 か ら 第 一 級 の 公 士 ま で の 順 で 漢 爵 が な ら ん で い る。
ま ず、
卿 が 何 を 意 味 す る の か 確 認 し よ う。「 二 年 律 令」 の 他 の 簡 に お い て 卿 は ど の よ う な 並 び の 中 で で て く る の か 一 覧 す る と、
「
卿 以 上」―「
五 大 夫 以 下 到 官 大 夫」―「
大 夫 以 下」
(
伝 食 律 ç二 三 六〜 二 三 七 簡)
「
卿 以 上」―「
五 大 夫 以 下」―「
毋 爵 者」(
賜 律 ç二 八 九 簡) 関 内 侯―「
卿」―
五 大 夫― 公 乗
・ 公 大 夫― 官 大 夫
・ 大 夫―「
不 更 至 上 造」(
傅 律 ç三 五 九〜 三 六
〇 簡)
「
不 更 以 下」―「
大 夫 以 上 至 五 大 夫」―「
卿 以 上」( 逆 順)
(
傅 律 ç三 六 四 簡) 徹 侯― 関 内 侯―「
卿」―
五 大 夫― 公 乗― 公 大 夫― 官 大 夫― 大 夫― 不 更― 簪
(
置 後 律 ç三 六 七〜 三 六 八 簡) な ど と あ り、
こ れ ら の 事 例 か ら 卿 が 第 一 八 級 の 大 庶 長 か ら 第 一
〇 級 の 左 庶 長 を さ し て い る こ と は 明 ら か で あ る。
卿 を こ の よ う に 理 解 す る と、
(
12)
賜 律 ç二 九 一〜 二 九 二 簡 に お い て 爵 位 が( 徹 侯
・) 関 内 侯 か ら 公 士
・
一 一 九 前 漢 前 半 期 に お け る 県
・ 道 の 吏 員 組 織 と そ の 改 変
(
紙 屋 正 和)
毋 爵 者 ま で の 全 部 が 順 序 づ け て あ げ ら れ て い る こ と に な り、
そ れ に 対 応 す る 官 秩 も、
四 百 石 は 欠 け て い る が、
二 千 石 か ら 佐 史 ま で が 並 べ ら
(
13)
れ て い る と み な け れ ば な ら な い。
こ こ で 注 目 す べ き は、
三 百 石 と 斗 食 と の 間 の 官 秩 が 有 秩 で あ ら わ さ れ て い る こ と で あ る。
三 百 石 と 斗 食 と の 間 に は、
二 百 五 十 石
・ 二 百 石
・ 百 六 十 石
・ 百 二 十 石 と 百 石 と い う 官 秩 が あっ た こ と が こ れ ま で の 考 察 で 明 ら か で あ る か ら、
有 秩 は こ れ ら 五 つ の 官 秩 を あ ら わ し て い た こ と に な る。
こ の よ う に「 二 年 律 令」 に
(
14)
よ る と、
前 漢 初 期 の 有 秩 は 二 百 五 十 石 か ら 百 石 ま で の 官 秩 を さ し て い た の で あ る が、『 続 漢 書』 百 官 志 一 の 本 注 の 有 秩 に は「 百 石 の 属」 が ふ く ま れ て い な か っ た。
こ の 点 に つ い て は、
後 世 か ら 前 漢 初 期 を ふ り か えっ た『 続 漢 書』 百 官 志 一 の 本 注 の 記 事 よ り、
前 漢 初 期 の「 二 年 律 令」 を 信 用 す べ き で あ ろ う。
そ う す る と、
前 漢 初 期 の 公 府 で 実 務 を 処 理 す る 官 吏 は、
長 官( 丞 相
・ 御 史 大 夫) が 任 命 す る も の の 上 言 し て 批 准 を も と め る 必 要 が あ り、
か つ 二 百 五 十 石 か ら 百 石 ま で の 官 秩 を もっ て 命 官 に 比 せ ら れ る 有 秩 の 掾 史 と、
長 官 が 任 命 す る さ い に 上 言 す る 必 要 が な く、
官 秩 は 百 石 よ り 低 い 斗 食
・ 佐 史 の 属 と の 二 種 類 に わ け ら れ た が、「 其 の 後」 は 比 二 百 石 以 上 の 掾 史 も 百 石( 以 下) の 属 吏 も、
長 官 が 完 全 な 人 事 権 を も ち、
上 言 を 必 要 と し な い 形 に か わっ て 存 続 し て い く こ と に な る。
前 漢 後 半 期 以 降 に 公 府 の 掾 史 の 人 事 権 が 長 官 に あっ た こ と は、『 漢 書』 巻 八 一 匡 衡 伝 に、
元 帝 の 建 昭 三 年( 前 三 六) か ら 成 帝 の 建 始 三 年( 前 三
〇) ま で 丞 相 に 在 任 し た 匡 衡 が 主 簿 の 陸 賜 は 故 と 奏 曹 に 居 り、
事 に 習 ひ 国 界 を 暁 知 す。
集 曹 掾 に
署 せ。
と 命 じ て い る こ と か ら も 確 認 で き る。
『
続 漢 書』 百 官 志 一 の 本 注 は 中 央 の 公 府 の 掾 史
・ 属 に 関 す る 記 事 で あっ た。「 二 年 律 令」 の 秩 律 諸 条 に よ っ て、
前 漢 初 期 の 県
・ 道 に 百 石 を こ え、
中 に は 二 百 石 を こ え る 吏 員 が 存 在 し た こ と が 判 明 し た が、
前 漢 後 期 の 県
・ 道 の 属 吏 は 百 石( 以 下) に か ぎ ら れ て い た と い う 事 実 を 前 に す る と き、
こ の 記 事 は 県
・ 道 の 吏 員 組 織 の 推 移 を 考 え る さ い の い く つ か の 示 唆 を あ た え て く れ る。
ま ず 一 番 目 は、
前 漢 初 期 の 公 府 に は 実 務 を 処 理 す る 官 吏 と し て 官 秩 有 秩 の 掾 史 と 百 石( 以 下) の 属 と が あっ た が、
同 じ 時 期 の 県
・ 道 も 同 様 な 組 織 に なっ て い た と 思 わ れ る こ と で あ る。
す な わ ち 秩 律 に よ る か ぎ り、
前 漢 初 期 の 県
・ 道 に は 令
・ 長 の も と で 実 務 を 処 理 す る 吏 員 と し て、
司 空
・ 田 部 な ど の 百 二 十 石 以 上 の 吏 員 し か み え な い が、
百 石 以 下 の 属 吏 も 存 在 し た は ず で あ る。
そ う し た 目 で「 二 年 律 令」 を み な お す と、
戸 律 ç三 二 二 簡 に み え る 田 嗇 夫 は 田 部 の 責 任 者 で 官 秩 二 百 石 と 推 測 さ れ る が、
銭 律 ç二
〇 一 簡、
戸 律 三
〇 五 簡 に み え る 田 典 は 百 石 以 下 の 属 吏 で あ る と 思 わ れ る。
ま た 張 家 山 漢 墓 竹 簡「 奏 書」 の 案 件 一 ç七 簡 に み え る 獄 史、
案 件 九 ç五 四 簡 に み え る 主 徒 令 史、「 二 年 律 令」 の 賊 律 ç六 簡 の 船 嗇 夫 の も と の 船 吏、
捕 律 ç一 四 七 簡 に み え る 士 吏
・ 尉 史、
行 書 律 ç二 七 三 簡 に み え る 郵 吏、
金 布 律 ç四 三 一 簡 に み え る 将 吏、
同 簡 の 津 嗇 夫 の も と の 津 吏 な ど も、
県
・ 道 の 百 石 以 下 の 属 吏 で あ る と 考 え ら れ る の で あ る。
こ の よ う に 前 漢 初 期 の 県
・ 道 に は、
令
・ 長 の も と で 実 務 を 処 理 す る 司 空
・ 田 部 な ど の 二 百 五 十 石〜 百 二 十 石 の 吏 員 と 百 石 以 下 の 属 吏 と が そ ろっ て い た が、
一 二
〇
「
二 年 律 令」 で 二 百 五 十 石
・ 二 百 石
・ 百 六 十 石
・ 百 二 十 石 と 百 石 が 有 秩 と し て 一 括 り に さ れ て い た と い う 事 実 は 重 い か ら、
県
・ 道 の 吏 員 も 公 府 と 同 様 に 二 百 五 十 石
・ 二 百 石
・ 百 六 十 石
・ 百 二 十 石 お よ び 百 石 の 吏 員 と 斗 食
・ 佐 史 の 属 吏 と に 区 別 さ れ て い た と 理 解 す べ き で あ ろ う。
二 番 目 は、
県
・ 道 の 司 空
・ 田 部 な ど 二 百 五 十 石
・ 二 百 石
・ 百 六 十 石
・ 百 二 十 石 お よ び 百 石 の 吏 員 の 位 置 づ け で あ る。
さ き に 引 用 し た 記 事 か ら も う か が え る が、
県
・ 道 の 吏 員 に 関 す る 秩 律 は お お む ね 令
・ 長 の 秩 は 各 々
○
○ 石 な り。
丞
・ 尉 有 る 者 は 之 に 半 ば す。
△
△ は
○
○ 石、
△
△ は
○
○ 石 な り。
と い う 表 記 に なっ て お り、
令
・ 長
・ 丞
・ 尉 の 長 吏 と 司 空
・ 田 部 な ど の 吏 員 と は 区 別 さ れ て い る。
こ こ で 県
・ 道 の 長 吏
・ 吏 員 の 官 秩 を ま と め て 書 け ば、
令
・ 長 が 千 石〜 三 百 石、
丞
・ 尉 が 四 百 石〜 二 百 石、
司 空
・ 田 部 な ど は 二 百 五 十 石〜 百 二 十 石 お よ び 百 石 と な り、
丞
・ 尉 と 司 空
・ 田 部 な ど と の 間 に は 同 等 ま た は 逆 転 の 官 秩 も あ り う る か の よ う で あ る。
し か し、
具 体 的 に み る と、
秩 律 ç四 六 八 簡 に み え る 二 百 五 十 石 の 司 空 が ど こ の 県 に お か れ て い た の か 明 記 は な い が、
秩 律 ç四 四 三〜 四 四 四 簡 に 記 さ れ た 櫟 陽
・ 長 安 な ど、
令 が 千 石 で 丞 が 四 百 石 と い う 最 大 級 の 県 に お か れ て い た と 推 測 し て よ か ろ う。
そ の ほ か の 吏 員 は、
さ き に 引 用 し た 秩 律 か ら、
県
・ 道 令 が 八 百 石
・ 六 百 石 で 丞
・ 尉 が 四 百 石
・ 三 百 石 の と き に、
司 空
・ 田 部
・ 郷 部 な ど の 吏 員 は 最 高 で も 二 百 石( 四 五
〇 簡、
四 六 三〜 四 六 四 簡)
、 県
・ 道 長 が 五 百 石
・ 三 百 石 で 丞
・ 尉 が 二 百 石 の と き に、
吏 員 は 最 高 で も 郷 部 の 百 六 十 石 と さ れ て お り( 四 六 五〜 四 六 六 簡)
、 逆 転 す る こ と は な かっ た こ と が 明 ら か で あ る。
そ れ で は、
前 漢 初 期 に お い て 県
・ 道 の 二 百 五 十 石〜 百 石 の 司 空
・ 田 部 な ど の 吏 員 の 性 格 は、
比 二 百 石 以 上 の 長 吏 お よ び 斗 食
・ 佐 史 の 属 吏 の ど ち ら に 近 かっ た の で あ ろ う か。
時 期 の 異 な る 比 較 で は あ る が、
さ き に み た よ う に 前 漢 初 期 の 司 空
・ 郷 部 な ど の 吏 員 の 職 掌 は、
前 漢 後 半 期 の 百 石 以 下 の 属 吏 と 深 い 関 係 が あっ た。
ま た『 漢 書』 巻 四 文 帝 紀 の 前 元 元 年( 前 一 七 九) 三 月 の 条 を み る と、
有 司 が 上 請 し た 令 の 中 に 県
・ 道 を し て、
年 八 十 已 上 に、
米 を 人 ご と に 月 に 一 石、
肉 二 十 斤、
洒 五 斗 を 賜 は し む。
其 の 九 十 已 上 に は、
又 た 帛 を 人 ご と に 二 疋、
絮 三 斤 を 賜 は し む。
物 を 賜 は り 及 び 当 に 鬻(=
か ゆ)
・ 米 を 稟 く
ま わ た
しゅ く
う
べ き 者 は、
長 吏 閲 視 し、
丞 若 く は 尉 致 せ。
九 十 に 満 た ざ ら ば、
嗇 夫
・ 令 史 致 せ。
二 千 石 は 都 吏 を 遣 し て 循 行 し、
称 は ざ る 者 は 之 を
か な
督 せ し め よ。
と あ り、
九
〇 歳 以 上 の 老 人 へ の 物 品 の 賜 与 は 県
・ 道 の 長 吏( こ こ で は 令
・ 長) が 点 検 す る 中 で 丞
・ 尉 が 担 当 し、
九
〇 歳 未 満 の 場 合 に は 属 吏 の 嗇 夫
・ 令 史 が 担 当 す る と い う よ う に、
そ の 担 当 者 は 丞
・ 尉 と そ れ 以 外 と に 明 確 に 区 別 さ れ て い る。
ま た 次 節 で や や 詳 し く の べ る が、
濱 口 重 國 氏 は、
武 帝 期 以 降、
郡
・ 国 の 守
・ 相
・ 都 尉
・ 丞 や 県
・ 道 の 令
・ 長
・ 丞
・ 尉 を 任 用 す る に あ たっ て は 本 籍 地( 本 郡
・ 国) を 回 避 す る の を 原 則 と し、
郡
・ 県 の 属 吏 は 本 郡
・ 本 県 の 在 貫 者 か ら 任 用 す る の を 原 則 と し て い た こ と を 明 ら か に し、
前 漢 前 半 期 に つ い て は、
県
・ 道 の 令
・ 長
・ 丞
・ 尉 の 本 県 任 用 が 回 避 さ れ て い た こ と を つ け く わ え て い る。
こ
(
15)
の こ と を ふ ま え て 張 家 山 漢 墓 竹 簡「 奏 書」 を み る と、
事 例 は 必 ず し も 多 く な い の で あ る が、
前 漢 初 期 に お い て も、
案 件 一 五 に 内 史 邑
れ き
一 二 一 前 漢 前 半 期 に お け る 県
・ 道 の 吏 員 組 織 と そ の 改 変
(
紙 屋 正和
)
(京 兆 尹 新 豊 県) 出 身 で 南 郡 醴 陽( 陽) 県 令 の 恢、
案 件 一 六 に 河 南
れ い よう
郡 陽 県 出 身 で 淮 陽 郡 新 県 令 の 信 と い う よ う に、
県 令 に は 他 郡
・ 他
ら く よ う
し ん さ い
県 出 身 者 が 任 用 さ れ て い る の に 対 し て、
案 件 一 六 に 淮 陽 郡 新 県 出 身 で 新 県 の 校 長 の 丙、
新 県 発 弩 の 贅、
案 件 一 四 に 南 郡 安 陸 侯 国 出 身 で 安 陸 獄 史 の 平 と い う よ う に、
百 六 十 石 か 百 二 十 石 の 校 長、
百 二 十 石 の 発 弩 と 百 石 よ り 下 の 獄 史 は 本 郡
・ 本 県( 列 侯 国) 任 用 で あ る こ と が 注 目 さ れ る。
以 上 の こ と を 総 合 し て 考 え る と、
県
・ 道 の 司 空
・ 田 部 な ど の 吏 員 は、
官 秩 上 は 百 石 を こ え、
中 に は 二 百 石 を こ え る も の も あ る が、
位 置 づ け と し て は 令
・ 長
・ 丞
・ 尉 の 長 吏 と は 区 別 さ れ、
む し ろ 百 石( 以 下) の 属 吏、
あ る い は 前 漢 後 半 期 の 百 石 以 下 の 属 吏 に つ ら な っ て い た よ う で あ る。
(
16)
三 番 目 は、
前 漢 初 期 の 県
・ 道 の 司 空
・ 田 部 な ど の 吏 員 の 人 事 権 は ど こ に あっ た の か と い う こ と で あ る。
前 漢 初 期 の 公 府 で 実 務 を 処 理 す る 官 吏 は、
任 命 形 態
・ 官 秩 が 異 な る 掾 史 と 属 と に わ か れ て い た。
こ う し た 公 府 の 官 吏 組 織 を 参 考 に す る と き、
県
・ 道 の 司 空
・ 田 部 な ど を ふ く む 百 石 以 上 の 吏 員 も 長 官 で あ る 令
・ 長 が 任 命 し、
上 言 し て 批 准 を も と め た と い う こ と に な ろ う。
も ち ろ ん、
千 石 の 県 令 な ら ま だ し も、
三 百 石 の 県 長 が 百 石 以 上 の 吏 員、
た と え ば 百 六 十 石 の 郷 部( の 嗇 夫) を 任 命 す る の が 順 当 と い え る の か、
ま た 別 稿 で 明 ら か に し た よ う に、
前 漢 初 期 の 県
・ 道 の 令
・ 長 に は 功 次 に よ る 昇 進 だ け で 就 任 し た 人 物 が 多 数 を し め て い た と 推 測 さ れ、
そ う し た 令
・ 長 が 百 石 以 上 と い う 高 官 秩 の
(
17)
吏 員 を 任 命 す る こ と が ふ さ わ し い の か、
疑 問 は の こ る。
し か し そ う し た 問 題 が の こ る だ け に、
上 言 し て 批 准 を も と め さ せ て い た の で あ ろ う。
百 石 よ り 下 の 属 吏 に つ い て は、
県
・ 道 の 令
・ 長 が 任 命 す る だ け で よ く、
上 言 し て 批 准 を も と め る 必 要 は な かっ た と み て よ い。
こ の よ う に 前 漢 初 期 の 県
・ 道 の 吏 員 組 織 が、
中 央 任 命 で 比 二 百 石 以 上 の 令
・ 長
・ 丞
・ 尉 の 長 吏 群、
令
・ 長 が 任 命 す る が 上 言 し て 批 准 を も と め る 必 要 が あ り、
官 秩 は 二 百 五 十 石〜 百 二 十 石 お よ び 百 石 な が ら、
百 石 よ り 下 の 属 吏 に つ ら な る と 位 置 づ け ら れ た 吏 員 群、
令
・ 長 に 完 全 な 人 事 権 が あ る 百 石 よ り 低 い 斗 食
・ 佐 史 の 属 吏 群 の 三 者 に わ か れ て い た と す る と、
県
・ 道 の 性 格 は、
旧 来 の 一 般 的 理 解 と は か わっ て く る 可 能 性 が あ る。
具 体 的 史 料 が あ る わ け で は な い が、
一 応 考 え ら れ る こ と を 列 挙 し て お こ う。
ま ず 第 一 に、
前 漢 初 期 の 県
・ 道 は こ れ ま で の 理 解 よ り か な り 高 く 位 置 づ け ら れ て い た と 考 え ら れ る こ と で あ る。
旧 来、
県
・ 道 の 比 二 百 石 以 上 の 命 官 は 令
・ 長
・ 丞
・ 尉 だ け で あ り、
そ の 他 の 属 吏 は す べ て 百 石
・ 斗 食
・ 佐 史 で あ る と 理 解 さ れ て い た が、
現 実 に は、
司 空
・ 田 部 な ど の 百 石 以 上、
中 に は 二 百 石 以 上 の 官 秩 の 吏 員 も あ り、
そ の 任 命 権 は 令
・ 長 に あっ た も の の、
上 言 し て 批 准 を も と め る 必 要 が あっ た。
こ の よ う に 全 体 的 に 官 秩 が 高 く、
ま た 任 命 に あ たっ て も 中 央 と 一 定 の 関 係 を も つ 吏 員 組 織 を 擁 す る 県
・ 道 の 自 律 性、
と く に 郡
・ 国 に 対 す る 自 律 性 は こ れ ま で 考 え ら れ て き た 以 上 に 高 い も の が あっ た で あ ろ う。
こ れ は 前 漢 前 半 期 に 郡
・ 国 お よ び そ の 守
・ 相 は 地 方 行 政 に そ れ ほ ど 関 与 し て お ら ず、
そ れ は 県
・ 道 を 中 心 に う ご い て い た と い う 地 方 支 配 体 制 と 密 接 に 関 係 し て い る と い え よ う。
第 二 は、
県
・ 道 廷 と 郷
・ 亭 と の 関 係 で あ る。「 二 年 律 令」 で は、
郷
一 二 二 は 郷 部、
そ の 責 任 者 は 郷 部 嗇 夫( 戸 律 ç三 二 八 簡 な ど) と し て あ ら わ れ、
亭 の 場 合、
の ち の 亭 長 に あ た る と 考 え ら れ る 校 長( 秩 律 ç四 六 四 簡 な ど) が そ の 責 任 者 で あ ろ う。
郷 部 嗇 夫 は 二 百 石
・ 百 六 十 石
・ 百 二
(
18)
十 石、
校 長 は 百 六 十 石
・ 百 二 十 石 と 位 置 づ け ら れ る 官 秩 の 高 さ、
任 命 に あ たっ て 上 言 し て 批 准 を も と め る 必 要 が あっ た と い う 中 央 と の 関 係 を 背 景 に、
官 秩 千 石〜 三 百 石 の 県
・ 道 の 令
・ 長 や 四 百 石〜 二 百 石 の 丞
・ 尉 に 対 し て 自 律 的 行 動 を と る こ と が あっ た の で は な い か と も 考 え ら れ る。
雲 夢 睡 虎 地 秦 墓 竹 簡 を 主 た る 史 料 と し て、
秦 か ら 漢 に か け て の 在 地 支 配 の 機 構 の 展 開 を 検 討 し た 飯 尾 秀 幸 氏 は、
睡 虎 地 秦 墓 竹 簡 の 時 期 に「 県 廷 の 監 督 下、
郷 は 一 種 の 裁 量 権 を も つ、
言 い か え れ ば、
在 地 の 社 会 的 諸 関 係 を 土 台 と し て 機 能 す る 機 関 と し て 在 地 社 会 の 中 に 位 置 づ け ら れ て い た」 が、「 漢 代( 本 稿 の 表 現 に し た が え ば、
前 漢 後 半 期 以 降――
引 用 者 注) に お い て は 県 の 機 構 に 直 線 的 に 位 置 づ け ら れ」 て く る と み て い る。「 二 年 律 令」 の 段 階 は そ の 過 渡 期 に あ た る と い う こ
(
19)
と に な ろ う。
た だ し、
郷 部 嗇 夫 は「 二 年 律 令」 に よ る か ぎ り、
放 火 犯
(
賊 律 ç四〜 五 簡) や 盗 鋳 銭 の 犯 人( 銭 律 ç二
〇 一〜 二
〇 二 簡) を 逮 捕 で き な け れ ば 責 任 を と わ れ、
邑 中 の 道 路 を 管 理 し( 田 律 ç二 四 七 簡)
、 田 宅 の 賜 与 の 順 序 の 決 定( 戸 律 ç三 一 八 簡) や 戸 籍
・ 田 籍 の 管 理( 戸 律 ç三 二 二 簡)
、 八 月 の 案 比( 戸 律 ç三 二 八〜 三 三
〇 簡) を 行 なっ て、
そ れ ら の 結 果 を す み や か に 県
・ 道 廷 に 報 告 し、
副 簿 を 県
・ 道 廷 に 上 呈 す る こ と に な っ て お り、
校 長 も「 奏 書」 に よ る と、
逃 亡 者( 案 件 五 ç三 六〜 三 七 簡) や 殺 人 犯( 案 件 一 六 ç七 六 簡) の 逮 捕 に つ と め て い る だ け で あ り、
と り た て て 県
・ 道 廷 に 対 し て 自 律 性 を 主 張 し て い る
よ う に は み え な い。
もっ と も 律 や 司 法 文 書 な ど の 公 文 書 に よっ て、
現 実 の 政 治 的 関 係 を う か が う の は 危 険 を と も な う の で あ り、
規 定 で は な く、
こ の 時 期 の 具 体 的 事 実 で 県
・ 道 と 郷
・ 亭 と の 関 係 を 判 断 し な け れ ば な ら な い が、
そ う し た 史 料 は ほ と ん ど な い。
た だ『 漢 書』 巻 三 九 蕭 何 伝 に、
秦 未 の 沛 県 に お い て、
蕭 何 を は じ め と す る 県 の 属 吏 と 泗 上 亭 長 劉 邦 と の 間 に 日 常 的 交 流 が あ り、
亭 長 が 県 廷 の 属 吏 に 敵 対 的 で あっ た わ け で は な い こ と が み え る 程 度 で あ る。
こ れ だ け の 史 料 で は 確 実 な こ と は い え な い の で あ る が、
以 上 の べ た 事 実 と、
県
・ 道 の 司 空 以 下 の 吏 員 が 長 吏 と 明 確 に 区 別 さ れ、
む し ろ 百 石( 以 下) の 属 吏 に つ ら な る も の と 位 置 づ け ら れ て い た こ と を あ わ せ 考 え る と、
郷 部
・ 亭 は 県
・ 道 の 出 先 機 関 と し て、
県
・ 道 の 諸 任 務 を 完 遂 し て お り、
自 律 的 行 動 を と
(
20)
る こ と は 少 な か っ た と 考 え ら れ る。
さ き に み た『 続 漢 書』 百 官 志 一 の 本 注 に は、
前 漢 初 期 の 公 府 で 長 官 が 任 用 す る さ い に 上 言 し て 批 准 を も と め る 必 要 が あ る 百 石 以 上 の 掾 史 は、「 其 の 後」 長 官 が 辟 除 す る だ け で 上 言 す る 必 要 の な い 百 石( 以 下) の 官 秩 に 整 理 さ れ た と あ っ た。
県
・ 道 の 司 空
・ 田 部 な ど の 二 百 五 十 石
・ 二 百 石
・ 百 六 十 石
・ 百 二 十 石 お よ び 百 石 の 吏 員 も、
ほ ぼ 同 じ 時 期 に 百 石 以 下 の 属 吏 層 に 整 理 さ れ て く る と 考 え ら れ る。
そ の 時 期 が い つ な の か、
確 定 で き る 資 料 は ほ と ん ど な い の で あ る が、
武 帝 期 の 郡 県 支 配 体 制 の 変 革 に と も な う 地 方 官 を め ぐ る 二 つ の 改 変 を 検 討 す る 次 節 で、
筆 者 な り の 見 通 し を の べ よ う。
ま た、
前 漢 初 期 に 二 百 五 十 石
・ 二 百 石 の 吏 員 が 百 六 十 石
・ 百 二 十 石
・ 百 石 の 吏 員 と と も に 有 秩 と し て 一 群 の 官 秩 と 認 識 さ れ、
性 格 的 に は 百 石 よ り 低 い 斗 食
・ 佐 史 の 属 吏 に つ ら なっ
一 二 三 前 漢 前 半 期 に お け る 県
・ 道 の 吏 員 組 織 と そ の 改 変
(
紙 屋 正 和)
て い た と す る と、
布 衣( 庶 民) ま た は 百 石 以 下 の 属 吏 が 比 二 百 石 以 上 の 命 官 に 昇 進 す る さ い に、
し か る べ き 仕 途 に よっ て こ え な け れ ば な ら な い と し て、
漢 時 代 の 官 制 の 一 大 特 徴 と さ れ て い た い わ ゆ る「 二 百 石 の 関 門」 は、
前 漢 初 期 に つ い て い う と、
き わ め て 微 妙 な 存 在 に なっ た と い わ ざ る を え な い。
こ の こ と を 考 察 す る た め に は、
前 漢 初 期 か ら 後 漢 時 代 ま で の 県
・ 道 の 長 吏 の 任 用 形 態 を ふ ま え て 考 察 す る 必 要 が あ る が、
次 節 で は そ れ に さ き だっ て、
武 帝 期 に あ ら わ れ た 県
・ 道 の 吏 員 組 織 の 改 変 と、
地 方 官 の 本 籍 地 任 用 回 避 制 度 の 強 化 に つ い て 検 討 す る こ と に し よ 二 う。
県
・ 道 の 吏 員 組 織 の 改 変 と 地 方 官 の 本 籍 地 任 用 回 避 制 度 の 強 化 前 漢 前 半 期 に は 県
・ 道 を 中 心 に 地 方 行 政 が 行 な わ れ て い た が、
武 帝 期 に な る と 郡
・ 国 の 守
・ 相 が 職 権 を 強 化 し て、
元 鼎 年 間( 前 一 一 六〜 前 一 一 一) に は 守
・ 相 が 地 方 行 政 の 中 心 的 位 置 を し め る よ う に なっ た。
そ の 後 も 郡
・ 国 の 守
・ 相 は 権 限 を の ば し、
そ れ に と も なっ て 郡
・ 国 府 と 県
・ 道 廷 の 属 吏 組 織 は 変 わっ て い く で あ ろ う し、
中 央 朝 廷 に よ る 地 方 官 府 へ の 規 制 も 強 化 さ れ て い き、
後 漢 に な る と 文 字 通 り 郡
・ 国 府 の 官 吏 組 織 を 中 心 と す る 地 方 行 政 を み る こ と に な る。
こ の よ う に 前 漢
・
(
21)
後 漢 時 代 を 通 じ て 郡 県 支 配 体 制 は か わっ て い く の で あ る が、
そ の 中 で も 地 方 支 配 体 制 が 大 き く か わっ た 武 帝 期 に、
地 方 官 を め ぐ る 制 度 に 二 つ の 改 変 が あ ら わ れ て い る。
一 つ は、
前 節 で 検 討 し た よ う に、
前 漢 初
期 の 県
・ 道 の 吏 員 組 織 は、
中 央 任 命 で 比 二 百 石 以 上 の 令
・ 長
・ 丞
・ 尉 か ら な る 長 吏 群、
令
・ 長 が 任 命 す る も の の 上 書 し て 皇 帝 の 批 准 を も と め る 必 要 が あ り、
官 秩 は 二 百 五 十 石〜 百 石 な が ら、
性 格 的 に は 百 石 よ り 下 の 属 吏、
あ る い は 前 漢 後 半 期 の 百 石 以 下 の 属 吏 に つ ら な る と 位 置 づ け ら れ た 司 空
・ 田 部
・ 郷 部
・ 衛 官
・ 校 長
・ 伝
・ 馬
・ 候
・ 厩
・ 倉
・ 庫
・ 少 内
・ 長
・ 発 弩
・ 都 市
・ 亭
・ 厨
・ 船 嗇 夫
・ 津 嗇 夫 か ら な る 吏 員 群、
令
・ 長 に 完 全 な 人 事 権 が あ る 百 石 よ り 低 い 斗 食
・ 佐 史 の 属 吏 群 の 三 者 に わ か れ て い た が、
こ の 吏 員 組 織 が 前 漢 後 半 期 に は 令
・ 長
・ 丞
・ 尉 の 長 吏 群 と、
百 石 以 下 の 属 吏 群 に 整 理 さ れ て く る こ と で あ る。
も う 一 つ は、
郡
・ 国 の 守
・ 相
・ 都 尉
・ 丞 お よ び 県
・ 道 の 令
・ 長
・ 丞
・ 尉 と い う 比 二 百 石 以 上 の 長 吏 を 任 用 す る に あ たっ て、
本 籍 地( 本 郡
・ 国) を 回 避 す る 方 針 が 強 化 さ れ た こ と で あ る。
本 節 で は こ れ ら 二 つ の 改 変 に つ い て み て い こ う。
ま ず 第 一 の 県
・ 道 の 吏 員 組 織 を め ぐ る 改 変 か ら み て い こ う。
前 漢 初 期 の 公 府 で 実 務 を 処 理 し た 官 吏 に は、
長 官( 丞 相
・ 御 史 大 夫) が 任 命 す る も の の、
上 言 し て 批 准 を も と め る 必 要 の あ る 官 秩 有 秩 の 掾 史 と、
長 官 が 任 命 す る さ い に 上 言 す る 必 要 の な い 官 秩 斗 食
・ 佐 史 の 属 と の 二 種 類 が あっ た が、「 其 の 後」 は 比 二 百 石 以 上 の 掾 史 も 百 石( 以 下) の 属 吏 も 長 官 が 完 全 な 人 事 権 を も ち、
上 言 し て 批 准 を も と め る 必 要 は な く なっ て い た。
す な わ ち、「 其 の 後」 に は 公 府 の 長 官 の 人 事 権 は 拡 大 さ れ た こ と に な る。
他 方、
県
・ 道 で 実 務 を 処 理 し て い た 吏 員 も、
前 漢 初 期 に は 官 秩 二 百 五 十 石〜 百 石 の 司 空
・ 田 部 な ど の 吏 員 群 と、
官 秩 斗 食
・ 佐 史 の 属 吏 群 と に わ か れ て い た が、
前 漢 後 期 に は 百 二 十 石 以 上 の
一 二 四 吏 員 は 百 石 以 下 の 属 吏 に 整 理 さ れ て い る。
た だ し、
前 漢 時 代 の 県
・ 道 の 属 吏 に 対 す る 人 事 権 に つ い て は 注 意 す べ き 点 が あ る。
尹 湾 漢 墓 簡 牘 に も と づ い て 別 稿 で 詳 論 し た よ う に、
前 漢 末 期 の 県
・ 道 に は、
百 石 の 属 吏 は 官 有 秩
・ 郷 有 秩 し か な かっ た の で あ る が、
そ の 官 有 秩
・ 郷 有 秩 は 郡
・ 国 の 守
・ 相 が 任 命 す る こ と に なっ て お り、
令
・ 長 は そ の 人 事 権 す ら も つ こ と は な く、
た だ 斗 食
・ 佐 史 の 人 事 権 を 保 有 す る だ け に と ど まっ て い た。
前 漢 初 期 に は 上 言 し て 批 准 を も と め る 必 要 が あっ た と は
(
22)
い え、
県
・ 道 の 令
・ 長 は 百 石 以 上 の 吏 員 の 任 命 権 を もっ て い た の で あ る が、
こ こ に い た っ て 斗 食
・ 佐 史 の 属 吏 の 人 事 権 だ け に 限 定 さ れ、
そ の 人 事 権 は、
公 府 の 長 官 と は 逆 に 大 幅 に 削 減 さ れ た こ と に な る。
令
・ 長 の こ う し た 人 事 権 は 前 漢 末 の 事 実 と し て 確 認 さ れ て い る だ け で あ る が、
こ れ は 県
・ 道 廷 の 属 吏 組 織 が 百 石 以 下 に 整 理 さ れ た 時 期 ま で さ か の ぼ る と 考 え て よ い で あ ろ う。
そ う す る と、
そ の と き に 県
・ 道 お よ び 令
・ 長 は 格 式 が 大 幅 に さ げ ら れ た と い わ ざ る を え な い。
百 石 を こ え て い た 公 府 の 掾 史 が 百 石( 以 下) の 属 に 整 理 さ れ た と 記 さ れ、
任 命 に あ た っ て も 上 言 し て 批 准 を も と め る 必 要 が な く なっ た 時 期 に つ い て、
前 引 の『 続 漢 書』 志 二 四
・ 百 官 志 一 の 太 尉 条 の 本 注 は た だ「 其 の 後」 と い う だ け で あ る。
一 方、
前 漢 初 期 に 地 方 行 政 を 中 心 と し て に なっ て い た 県
・ 道 の 司 空
・ 田 部 な ど の 吏 員 組 織 が 改 変 さ れ、
令
・ 長 の 人 事 権 が 削 減 さ れ る 時 期 に つ い て も、
明 確 な 史 料 が あ る わ け で は な い。
し か し こ れ ら の 改 変 は 県
・ 道 に と っ て は 相 当 に 大 き な 変 革 と い わ な け れ ば な ら ず、
そ れ は 武 帝 期 に 郡
・ 国 の 守
・ 相 の 職 権 が 強 化 さ れ、
県
・ 道 中 心 の 行 政 体 制 か ら 郡
・ 国 の 守
・ 相 中 心 の 行 政 へ と か わ っ
た こ と に 関 連 し て 行 な わ れ た と み る べ き で あ ろ う。
そ の 時 期 に つ い て は の ち に 考 え る こ と に し て、
そ の 前 に、
も う 一 つ の 改 変 を み て お こ 武 う。
帝 期 に あ ら わ れ た い ま 一 つ の 改 変 は、
郡
・ 国 の 守
・ 相
・ 都 尉
・ 丞 お よ び 県
・ 道 の 令
・ 長
・ 丞
・ 尉 と い う 比 二 百 石 以 上 の 長 吏 を 任 用 す る に あ たっ て、
本 籍 地( 本 郡
・ 国) を 回 避 す る 人 事 政 策 が 強 化 さ れ た こ と で あ る。
濱 口 重 國 氏 が 明 ら か に し た よ う に、
郡
・ 県 の 属 吏 で あ る 掾 史 以 下 は、
三 輔 な ど の 特 殊 な 場 合 を の ぞ い て、
本 郡
・ 本 県 在 貫 者 か ら 採 用 す る の を 原 則 と し た の に 対 し て、
郡
・ 国 の 守
・ 相
・ 都 尉( 郡 尉)
・ 丞 は 武 帝 期 の 途 中 ま で は 本 郡 任 用 が み ら れ た も の の、
武 帝 期 の 途 中 か ら は 三 輔 な ど を の ぞ い て 本 郡 任 用 は み ら れ な く なっ た。
県
・ 道 の 令
・ 長
・ 丞
・ 尉 の 本 県 任 用 は 前 漢 前 半 期 か ら 確 認 で き な かっ た が、
武 帝 期 の 途 中 か ら は 三 輔 な ど の 特 殊 な 場 合 を の ぞ い て、
出 身 郡
・ 国 内 の 他 県
・ 道 の 令
・ 長
・ 丞
・ 尉 に 任 用 す る こ と も 回 避 す る の が 原 則 と なっ て き た。
こ れ ら の 原 則 は、
以 前 か ら 知 ら れ て い た ほ と ん ど の 事 例 に 適 合
(
23)
す る こ と が 確 認 さ れ て い た が、
最 近 の 出 土 資 料 で 知 ら れ る よ う に なっ た 新 し い 事 例 に も 適 合 す る の で あ ろ う か。
ま ず 前 漢 初 期 の 張 家 山 漢 墓 竹 簡「 奏 書」 の 場 合、
前 節 で 確 認 し た よ う に、
県 令 二 例 が 他 郡
・ 他 県 任 用、
百 六 十 石 か 百 二 十 石 の 校 長、
百 二 十 石 の 発 弩 と 百 石 よ り 下 の 獄 史 が 本 郡
・ 本 県( 列 侯 国) 任 用 で あ り、
さ き に み た 原 則 に て ら し て 何 ら 問 題 は な い。
前 漢 末 の 尹 湾 漢 墓 簡 牘 の 三
・ 四 号 木 牘 に は、
東 海 郡 内 の 県
・ 邑
・ 列 侯 国 な ど の 長 吏 が 本 籍 地
・ 前 任 官 職 と と も に 数 多 く み え て い る。
廖 伯 源 氏 は そ れ ら に 検 討 を く わ え、
若 干 の 例 外 を の ぞ い て、