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金融自由化と保険業界

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(1)

金融自由化と保険業界

佐 藤 保 久

■アブストラクト

わが国における金融自由化の過程を欧米諸国と比較してみると,日本的特 色として,業務範囲の自由化が重視されてきたことを指摘できる。たとえば,

金融機関利用者のメリットに直結する金利・株式売買手数料・保険料率等の 自由化,特に小口取引に関わる自由化が,1990年代半ばから2000年にかけて 完了した事実こそ,こうした日本的特質を明白に物語っているのである。

損保業界も同様であり,2000年6月に料率自由化を完了している。一方,

生保業界では,1960年代から契約者配当の自由化を実施してきたわけだが,

利用者に周知する努力を欠いたため,こうした事実は意外と知られていない。

本論では,旧大蔵省銀行局保険部の監督下にありながら,料率自由化に関 し全く異なる対応を見せてきた生・損保両業界に注目し,自由化の経緯・経 営面への影響等を比較・検証する。

■キーワード

第④分野の自由化,偉大なる実験,自己責任

1.はじめに

わが国では,79年に導入された5億円以上の譲渡性預金(CD)ならびに 80年の中期国債ファンドの発売が,金利自由化の嚆矢とされており,さらに 83年公共債の窓口販売・ディーリングが銀行業界に,国債担保金融が証券業

/平成19年12月19日原稿受領。

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界に認可されたことをもって,業務範囲の自由化が開始されたとするのが一 般的である。したがって,わが国の金融自由化は,既に30年弱の歴史を有し ていることとなる。

この間を振り返ってみると,わが国の金融自由化が,金融先進国といわれ ている英・米・独と比較し,業務範囲の自由化に重点を置き実施されてきた ことを指摘できる。すなわち,金融機関利用者 わが国のごとく,高度に 発達した資本主義国では,国民一人ひとりとイコールと考えてよい のメ リット増大に直結する金利自由化より,金融機関経営に多大のメリットを与 える業務範囲の自由化に重点が置かれていたのである。

金利自由化とは,各金融機関が健全経営を持続していることを条件に,預 金金利・株式売買手数料・保険料率等を各金融機関の収益状況を反映する形 で自由化することとされている。となれば,預金金利が94年,株式売買手数 料が99年,損害保険料率が00年に自由化完了となっている事実が,まさにこ うした見方を裏付けていよう。しかも,最近まで預金金利が実質的横ばい状 態を続けていたことは否定できず,利用者が自由化メリットを享受できるよ うになってから,まだ10年弱が経過したにすぎず,自由化行政の軸足が,国 民より金融機関にあったことは否定できない。

このようにわが国の金融自由化が,業務範囲の自由化に重点を置き実施さ れてきたなかにあって,生保業界において,60年代前半から契約者配当(以 下,配当)の自由化が実施されていた事実は,ほとんど知られていない。00 年に算定会料率の使用義務を廃止することで自由化を完了した損保業界と比 較すれば,およそ40年前のこととなる。

以下本論において,保険業に関する金融自由化の中で利用者メリットに直 結する保険料率(以下,料率)の自由化に焦点を絞り,生損保両業界におけ る料率自由化の経緯,保険経営・利用者への影響,自由化の過程にみる両者 の相違点について考察する。

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2.わが国金融自由化における料率自由化の位置づけ

⑴ 三本柱と4分野

一般的に金融自由化という場合,そこには,三本柱と4分野があるといわ れている。

金融自由化の三本柱とは,

① 内外の資金交流に関する自由化,

② 各金融機関の業務範囲に関する自由化,

③ 預金金利,株式売買手数料,保険料率等に関する自由化,である。

わが国では,80年に外国為替管理法が全面的に改正され,内外の資金交流 が原則自由化されたことにより,本格的金融自由化への期待が高まったわけ だが,諸外国の例をみても,内外資金交流の自由化が他に先駆けて実施され ることが多い。

したがって,金融自由化の本格的実施にあたっては,下図に示した金融自 由化の4分野に関し,①いつ,どの分野から自由化するか,②その後,残さ れた3分野をどの順番で自由化するか,③自由化終了までに,どの程度の期 間を費やすか,の3点が,重要なポイントとなってくるのである。

図 金融自由化の4分野

経営 サ イ ド

プロ・大口 アマ・小口

利 用 者 サ イ ド

業 務 範 囲 ① ②

③ 金利・手数料・保険料

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⑵ 金融自由化にみる日本的特色

そこで,上記3点に注目しつつ,わが国金融自由化の特色について考えて みると,以下の諸点を日本的特色として指摘できる。

① 大口預金金利の自由化と業務範囲の自由化が,ほぼ同時並行的に進め られており,個人・小口利用者のメリットに直結する第④分野の自由化 が後順位となっている。

② 特に預金金利および各行が利用者から徴求する各種手数料の自由化に 関しては,各行の体力差を反映した自由化とは程遠い状況となっており,

一部の銀行を除き横並び体質からの脱皮がなされていない。

③ 監督当局と金融機関との話し合いを通して,業態毎のイコールフッテ ィグを確保しながら自由化を推進する 上からの自由化 となっている。

④ 金利自由化,業務範囲の自由化いずれも,その完了までの期間が長期 間におよぶなど,常に漸進的自由化となっている。

⑤ 自由化スケジュールの作成にあたり,日米円ドル委員会,日米保険協 議の場におけるアメリカからの対日要求に,わが国が譲歩するといった,

いわゆる外圧が大きな役割を果たしている。

さらに上記に加え,自由化の事実を利用者に周知徹底させる手段,たとえ ば比較情報の提供・金融教育の実施のあり方等も欧米と大きく異なっており,

こうした点も日本的特質としてみることができよう。

⑶ 金融自由化における料率自由化の位置づけ

それでは,料率自由化は,金融自由化4分野のなかで,どこに位置づけら れるのであろうか。

後述するように,62・69年保険審議会答申の内容,配当率分布状況,配当 格差の水準,生命保険普及率の動向等から見て,配当の自由化が第④分野の 自由化に位置づけられることは明白である。さらに,76年から開始された新 契約保険料への幅料率の適用も同様と考えてよい。

一方,損害保険料率の自由化であるが,損保業界の代表的商品である自動

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車保険を例にとれば,わが国における自動車保有台数,自動車保険普及率,

一件当り保険料等からみて,自動車保険料率の自由化も第④分野の自由化に 位置づけられることは,間違いない。火災保険,傷害保険も同様である。

すなわち保険業界では,生保業界が第④分野自由化の先陣 それも隣接 業界と比較すれば,驚くべき早さでの先陣といってよい をきり,損保業 界がラストランナーを務めるという,きわめて対照的な動きをみせていたの である。

3.配当・新契約保険料の自由化

⑴ 配当自由化の経緯

生命保険料率の自由化については,新契約保険料および配当の両面から自 由化を検証する必要があるわけだが,利用者負担の軽減への寄与度を考慮し,

まず初めに,配当自由化の経緯について 銀行局金融年報 から概観する。

なお, 銀行局金融年報 からの引用にあたっては,たとえば,昭和34年版 300頁を(S34‑300)とした。

配当自由化は,62年保険審議会が 生命保険計理に関する答申 (以下,

62年答申)を大蔵大臣に提出したことを契機とし,実施されることとなった。

保険審議会が配当自由化を審議事項として取り上げたのは,59年開催の第一 回総会にて,大蔵大臣の諮問事項として 現下の諸情勢にかんがみ,現行保 険制度上およびこれに関連して保険行政上改善を要すると考えられる事項如 何 (S35‑437)を提示し,参考資料として提出した 保険事業および保険 行政上の若干の問題点 の中で 保険料率および契約者配当の適正なあり方 について,改善すべき点はないか(たとえば画一化と自由化の問題,算出方 式の問題等) (同)と提起したことを受けたものだが,この事実は,監督当 局が戦後10年余を経過した時点で,早くも配当自由化の必要性を認識してい たことを意味しよう。

さらに60年度からは,保険審議会の審議期間中にもかかわらず,答申内容 を先取りするがごとく,増配の最高限度を巡って当局と生命保険業界との話

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し合いが開始され, 完全な自由化ということではなく,管理され制限され た自由化 (S35‑349)がスタートしたのである。同年度は,結果として全 社同一配当率で決着したものの,61年度は,3社が標準配当率を上回る配当 を実施,さらに62年度には,増配幅に5%から10%程度の差がみられるよう になり, 配当の個別化,自由化は全般的に浸透し,本格的な実行段階に入 った (S37‑355)のである。

62年答申をうけ,63年度には, 利差配当については,−略−,一部の資 産状況がとくに良好な会社においては,若干の増配を実施−略−,費差配当 については,−略−経営効率のとくに良好な会社においては,さらに最高10 銭程度を加算 (S38‑362)といった動きがみられ,さらに65年度には,配 当水準がおおむね前年度水準に据置かれたなかにあって,利差配当では,

大多数の会社 (S40‑271), 資産状況が特に良好な会社 (同) 経営効率 の特に悪い会社 (同),費差配当では 標準的な会社 (同), 一部に費差 益のでている会社 (同), きわめて経営効率の良好な会社 (同)と配当格 差が細分化されている。しかしながら,60年代前半は,一方において生保各 社の内部留保 例えば,責任準備金の積立 が十分とはいえない状況に あったことから,配当自由化が実施されたといっても,その実態は, 部分 的に個別化,自由化が行われている (S43‑306)にすぎなかった。

69年5月,保険審議会より 今後の保険行政のあり方について とくに 自由化に対応して と題する答申(以下,69年答申)がなされたことに より,配当自由化は第二段階へ進展することとなった。

69年答申は,生保事業の現状について, この答申(62年答申;筆者注)

の求める方向に即して,契約者配当の個別化,商品の多様化その他の改善を 逐次はかってきたが,戦後長く続いた画一体制を必ずしも十分に脱却してい ない と指摘し,配当のさらなる自由化を求めたのである。

69年度に入り,当局は,利源別配当率分布状況の公表に踏み切った 具 体的には 銀行局金融年報 に公表した わけだが,こうした当局の判断 も,69年答申をうけたものと理解できよう。利源別配当率分布状況の公表は,

(7)

一部の年度を除き,93年度をもって終了している。

ここで,当局が公表した利源別配当率分布状況について,公表初年度であ る68年度決算に基づく69年度配当について,以下に紹介しておく(44‑290)。

利差配当率については,

4.5%を採用した会社 1社

4.0%を採用した会社 16社

3.8%を採用した会社 1社

3.7%を採用した会社 1社

3.6%を採用した会社 1社 となった。

死差配当率については,第10回表養老保険の場合,

対千 1.6円を採用した会社 16社 対千 1.4円を採用した会社 2社

対千 1.3円を採用した会社 2社 となった。

費差配当率については,42年度と同様

対千 0.35円を採用した会社 6社 対千 0.25円を採用した会社 8社 対千 0.20円を採用した会社 1社

費差配当を行なわない会社 5社 となった。

公表された分布状況にもとづき,年度毎に会社数のみを列挙したのが表1 であるが,会社名を削除し会社数のみ公表した事実に注目したい。

さらに当局は,同年報に69年度決算から75年度決算まで,配当格差を公表 している。年度毎の配当格差を列挙したのが,表2である。なお,76・77年 度決算については,実績値の公表はみられないものの, さらに個別化が進 んでおり,配当格差についても拡大している (S52‑310,S53‑344)とあ り,表2の水準を上回る格差であったことが想定できる。

表2から明らかな通り,決算年度ならびに配当支払回数によって,格差は 相当の変化を見せている。たとえば最大格差は,5回目配当が1.49倍,10回 目配当が1.47倍,20回目配当が3.04倍と,いずれも無視できない格差となっ

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資料) 銀行局金融年報 各年版より作成(88年度は該当数値無し)。

注1)各年度の数値は,左側が各利源別に最高水準の配当を実施した会社数を示 し,以下順に各水準毎の会社数を示す。費差配当欄の( )内は,費差配 当を実施できなかった会社数。

表1 配当率分布状況の推移

利差配当 死差配当 費差配当

年度

78 1・10・2・3・1・1・1・1 15・1・2・1・1 8・1・

1969 70 71 72 73 74 75 76 77

1・16・1・1・1 1・16・1・1・1 1・18・1 1・18・1 1・19・1 1・19・1 1・16・1・3 1・15・1・3 1・15・1・1・2

16・2・2 18・2 19・1 19・1 20・1 17・2・1・1 1・18・1・1 15・2・1・1・1 15・1・2・1・1

6・8・1・⑸ 6・6・1・⑺ 5・1・6・1・⑺ 6・6 6・6・⑼ 6・6・⑼ 6・5・

8・3・⑼ 8・3・⑼

79 80 81 82 83 84 85 86 87 89 90 91 92 93

1・10・1・3・1・1・1・1・1 1・10・1・3・1・1・1・1・1 13・1・2・1・1・1・1 14・1・1・1・1・1・1 15・1・1・1・1・1 15・1・1・1・1・1 15・1・1・1・1・1 16・1・1・1・1・1 14・1・1・2・1・2 16・1・1・1・1・1 18・2・1 18・1・2 19・2 21

14・4・1・1 14・4・1・1 15・3・1・1 15・1・3・1 16・1・2・1 16・1・2・1 17・1・2 18・1・1・1 19・2 19・2 1・2・15・1・2 1・1・1・1・14・1・2 1・1・1・15・1・2 1・1・1・15・1・2

8・1・

8・1・

10・7・2・⑴ 10・7・2・⑴ 10・3・3・1・2・⑴ 11・3・1・2・3 12・1・4・3 12・1・5・3 12・1・5・3 12・2・1・1・3・2 13・1・1・1・1・1・2 11・1・1・1・1・3・⑶ 10・1・2・1・4・⑶ 11・1・1・1・4・⑶

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表2 配当格差の推移 (単位:円)

資料) 銀行局金融年報 各年版より作成。

注1)( )内は,最低を100とする指数。−は,該当数値無し。

2)各年度とも,養老保険,第10回生命表,30歳加入,30年満期,有診査,保 険金100万円,年払いのケ−スを例示。なお,年払保険料は,1973・74年度 のB,75年度のCが27,800円,それ以外は26,800円。

決算年度 5回目配当 10回目配当 20回目配当

1969

3,900 (100) 8,400 (100) − 5,200 (133) 10,000 (119) −

70

3,900 (100) 8,500 (100) 20,400 (100) 5,700 (146) 10,400 (122) 22,900 (112)

71

3,900 (100) 8,500 (100) 20,400 (100) 5,800 (149) 10,900 (128) 28,700 (141)

72

4,100 (100) 9,100 (100) 22,000 (100) 5,800 (141) 10,900 (120) 28,700 (130)

73

6,100 (130) 11,300 (113) 28,700 (128) 6,900 (147) 14,700 (147) 68,200 (304) 4,700 (100) 10,000 (100) 22,400 (100)

74

6,200 (132) 11,600 (117) 29,400 (128) 6,900 (147) 13,800 (139) 53,800 (234) 4,700 (100) 9,900 (100) 23,000 (100)

75

6,300 (134) 11,700 (118) 29,500 (128) 4,700 (100) 9,900 (100) 23,000 (100) 6,900 (147) 13,800 (139) 53,800 (234) C

B A C B A C B A 最 高 最 低 最 高 最 低 最 高 最 低 最 高 最 低

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ている。しかし,ここでも会社名は公表されていない。

⑵ 新契約保険料の自由化の経緯

次に,新契約保険料であるが,76年に,付加保険料中の新契約費部分につ いて,固定料率(対千30円)から幅料率(同25円プラス保険料の1−2%)

へと改訂され自由化がスタート,さらに81年に料率幅が拡大(同25円プラス 0.1−2%)されている(S60‑116)。ただし,個別会社がどの幅料率を採用 しているかについては,全く公表されていない。

このように料率自由化に関する当局の公表資料から,会社名が削除され続 けた結果,今もって利用者がその実態を知ることは不可能な状況となってい るが,生保業界では,利用者の見えないところで,第④分野を巡る熾烈な競 争が展開されてきたのである。

⑶ 自由化の影響

60年以降実施されてきた生命保険料の自由化が,業界競争を抑制する方向 で実施されてきた結果,生保会社の経営者,利用者に与えた自由化の影響は,

全くなかったといってよい。

仮に,ある生保会社が配当率分布状況において,劣位にあった 費差配 当がゼロの場合を含む としても,事実を知る機会が極めて乏しかった社 員総代,契約者からの批判は,ほとんど生じなかったであろう。逆に,経営 者の意思決定を悩ませたことは,当局の自社に対する評価をどう推測するか,

検査の際に自社の位置付けをどう説明し検査官を納得させるか等,内向きの 問題であったことは容易に想像がつく。結果として高度成長の恩恵を十二分 に享受しつつ,経営者はひたすら経営規模の拡大に注力,経営規模をベース とする業界順位を定着させてしまったのである。

62年答申が,一方において 画一主義によって表面化するにいたったひず みと矛盾を除去する としながら,他方において 保険料率あるいは契約者 配当について各社間の過当競争を排除することに配慮 と指摘していたこと

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もあり,監督当局が微妙な舵取りを迫られたであろうことは理解できるもの の,結果として,契約者の 知る権利 を封殺してしまった行政判断は,わ が国における保険思想の高揚,自己責任意識の醸成に,少なからず影響を与 えたことは否定できない。

こうした結果,経営効率を軽視する経営姿勢の継続が可能となったのであ り,日産生命の経営破綻が現実のものとなるまで,生命保険料率の自由化の 内容を公表する等経営に緊張感を与える手段を何も講じなかった行政責任は,

余りにも大きかったと指摘せざるを得ない。日産・東邦・第百・大正・千代 田・協栄・東京と経営破綻した7社が,公表された配当率分布状況のなかで どのグループに位置付けられていたのか,各社が採用した幅料率の水準はど れ位なのかを,利用者は知る術を全く有しなかったわけだが,7社の 経営 実態を理解したうえで契約した と 何も知らずに,セールスマンの勧める ままに契約した では,経営破綻後の契約者の反応も大きく変わっていたで あろうし,その後の生命保険離れも,ここまで深刻な状況とはならなかった とみることが自然である。

60年代から開始された生命保険料率の自由化が,余りにも日本的な推移を 辿った結果,生保経営あるいは利用者の商品選択に何等影響を与えないまま,

7社の経営破綻を招いたことは,まさに日本的悲劇としかいいようがない。

80年代の ザ・セイホ の時代に,当局が何等かのルールを定め,比較情報 の公表に踏み切っていたならば,当時の生保会社の経営体力からみて,各社 毎に特色のある経営行動を展開できたと考えるのは,筆者一人ではないであ ろう。

4.損害保険料率の自由化

⑴ 損害保険料率自由化の経緯

96年4月改正保険業法の施行を契機とする最近の10年余は,わが国損保業 界にとって,大変な試練の時となった。ここでは,数多くある損害保険商品 のなかで,収入保険料の50%超を占めていた自動車保険に焦点を絞り,料率

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自由化の経緯について紹介する。

96年10月自動車保険通信販売の認可,生損保相互参入の開始,同12月日米 保険協議決着,97年9月リスク細分型自動車保険の認可,98年7月算定会料 率使用義務の廃止(経過措置2年間),00年7月料率完全自由化と続く一連 の流れは,戦後半世紀にわたりわが国自動車保険市場を支えてきた算定会料 率・SAPに代表される業界共通商品の体系を,瞬く間に消滅させることと なった。

自動車保険分野では戦後長期間にわたり,自動車保険料率算定会制度に基 づき各社同一の料率・商品体系が維持されてきたわけだが,今回,実態的に は対日要求を受入れる形で,まさに 上からの料率自由化 が実施されたの である。たとえその端緒が日米保険協議の決着という,損保業界にとって予 期せぬ出来事であったとしても,業界がその結果を受入れ,銀行等隣接金融 機関がその導入を限りなく先送りしてきた第④分野の本格的自由化に踏み切 り,同時に後述するごとき各社各様の対応をみせた事実は,大いに注目すべ きことといえよう。

一般的に,金融自由化,なかでも第④分野の自由化が進展すると,金融機 関経営に質的変化がおこるとされている。具体的には,店舗配置・販売チャ ネルの見直し,要員・経費の削減等コストダウンに注力する動きが表面化す るとともに,利用者に受入れられやすい新商品の開発に踏み切るのが通例で ある。また,業務範囲の自由化とも相俟って異業種からの新規参入も活発化 し,さらに経営内容の特化,金融機関の提携・合併を引起こすことも,よく 知られている。たとえば,80年代から90年代にかけての欧米金融機関の対応 がこうしたケースに該当するとみてよく,自由化を契機とする損保業界の動 向も,同様の動きと指摘できよう。

⑵ 自由化の影響−1各社の対応と企業合併の実現

そこで,料率自由化への各社の対応について,自動車保険の自由化に焦点 を絞り概観してみると,以下の通り分類できる。

(13)

新商品の開発

①補償範囲の拡充・細分化,②特約の新設,③他の損保商品とのセッ ト販売の実施,④販売対象を特定した商品の開発,⑤保険料割引範囲の 拡大,⑥払戻金・返戻金の新設,等々

契約者サービスの拡充

①事故受付日・時間の拡大・延長,②コールセンター,サービスセン ターの新・増設,③損害サービス業務の均質化・スピードアップ,④保 険料支払方法の多様化,⑤事故処理内容の拡充,等々

新販売チャネルの採用

①インターネットの活用,②ダイレクト販売の導入,等々

しかしながら,各社対応の最たる動きは,後述する大手各社を中心とする 企業合併の実現にあったとみてよい。

自動車保険市場は,自動車損害賠償責任保険を含め収入保険料の60%前後 を占めていたわけだが,同時に,各社各様の販売・サービス体制が構築され るなど,経営資源が重点投入されていた経営上の最重要市場であった。こう したなか,保険業法の改正に伴う生損保相互参入の実現により,96年10月か ら生保系損保6社が新規参入することとなっていただけに,各社ともそれな りの体制固めを攻守ともに行っていたことは,事実であった。一方,96年12 月の日米保険協議の決着を契機とした料率自由化が,各社の予想をはるかに 上回るスピードとスケールでもって実施されたことは,当時のマスコミ報道 等から見て容易に想像できる。

こうした結果,各社が意思決定した自由化対応の最たるものが,企業合併 であったのである。すなわち,01年4月のあいおい損保・日本興亜損保・ニ ッセイ同和損保,同10月の三井住友海上,02年7月の損保ジャパン,04年10 月の東京海上日動火災,各社の誕生である。

こうした企業合併の実現に加えて,98年9月には警備保障業界最大手のセ コムが新規に参入(現セコム損保),さらにリスク細分型自動車保険の通信 販売を主力とする新しいタイプの損保会社が相次いで営業を開始(99年7月

(14)

アクサ,9月ソニー,00年6月三井ダイレクト,01年3月安田ダイレクト・

現そんぽ24)するなど,異業種,外資等からの新規参入も相次いだのである。

なお,リスク細分型自動車保険の通信販売を主力とする会社は,上記4社に 加え,自由化以前よりわが国に上陸していたアメリカン・ホーム,チューリ ッヒを加え計6社となっている。

⑶ 自由化の影響−2自動車保険の動向

表3は,95年度から05年度までの自動車保険の動向であるが,始めに95年 度における営業収支残率の高さを指摘したい。戦後の損保業界の特質として 各方面から指摘されている算定会料率の使用義務が,いかに潤沢な利益を業 界各社にもたらしたかを,図らずも証明する結果となっている。

次に,営業収支残率の低下傾向が指摘できる。損保業界の宿命として,営 業収支残率が自然災害の発生に大きな影響を受けることは,良く知られたこ とであるが,こうした不確定要素を排除したとしても,営業収支残率が低下 傾向にあることは,否定できない。さらに収入保険料に占める自動車保険料 の割合が低下傾向を続けていることも合わせて指摘でき,料率自由化が損保 経営に大きな影響を与えたことは明白である。

一方,利用者への影響であるが,05年度販売件数が95年度対比9.3%増と なっているなかで,自動車保険一件当り保険料が,通販3社の影響を受ける 形で低下傾向を続けており(同9.6%減),件数増を単価減少が打ち消す構造 がみて取れる。

こうした料率自由化の進展を決定付けたのが,リスク細分型自動車保険の 登場であり,通信販売の定着であったことは,否定できない。それは,外資 系を含めた通販6社の市場シェアの着実な上昇(自動車共済も含めた全自動 車保険料シェアにおいて,98年度末0.27%が05同3.23%)が如実に物語って いよう。

算定会料率とSAPに代表される自由化以前の自動車保険 どの会社と 契約しても同一料率・商品内容であったため,営業網・損害サービス体制の

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表3自動車保険の動向

05 注 1 営 業 収 支 残 率 , 収 入 保 険 料 シ ェ ア は , 正 味 ベ ー ス , 件 数 , 一 件 当 り 保 険 料 は 元 受 ベ ー ス 。 2 損 害 保 険 協 会 加 盟 会 社 を 対 象 と し , イ ン シ ュ ア ラ ン ス 統 計 号 (各 年 版 ) よ り 作 成 。

3. 99 47 .7 8 51 ,0 60 68 ,4 37

04 03 02 01 00 99 98 97 96 95 年 度 3. 53 5. 31 5. 11 4. 67 1. 97 3. 78 5. 16 7. 02 7. 94

% 9. 80 営 業 収 支 残 率 48 .0 9 48 .5 7 50 .3 7 54 .2 6 53 .7 4 52 .9 8 52 .2 9 51 .7 1 51 .1 7

% 51 .4 8 収 入 保 険 料 シ ェ ア 51 ,0 82 51 ,5 22 51 ,8 89 50 ,5 80 50 ,7 65 50 ,3 17 49 ,6 53 49 ,5 97 48 ,3 62

千 件 46 ,7 26 件 数 68 ,4 25 68 ,7 69 69 ,2 32 71 ,6 21 72 ,0 04 71 ,4 73 71 ,9 41 74 ,3 75 75 ,4 54

円 75 ,6 71 一 件 当 り 保 険 料

(16)

あり方が唯一の差別化要因であった と比較し,9項目のリスク要因を組 み合わせたリスク細分型自動車保険の登場は,その保険料の低廉さとも相俟 って,利用者の目に新鮮な印象を与えたことは,容易に想像できる。こうし た新商品を,代理店を介することなく電話・インターネット等によって購入 できる新しいビジネスモデルが,利用者に一定の評価を得ていることは,デ ータ的にも明らかである。

わが国自動車市場の飽和状態化が各方面から指摘される中で,自動車保険 件数が増加したことは,注目すべきポイントであり,料率自由化を契機とす る業界各社各様の営業努力が自動車保険市場の拡大に繫がったとみてよい。

事実, ファクトブック2007 日本の損害保険 (07年9月,日本損害保険 協会)から自動車保険加入率(年度末現在)の推移を確認してみると,対人 賠償保険が95年68.8%から05年71.2%へ,対物賠償保険が同68.1%から71.1

%へ,車両保険が同29.8%から37.3%へと,搭乗者傷害保険を除きいずれも 加入率を増加させていることがわかる。

こうした結果からみて,第④分野の自由化により登場した新ビジネスモデ ルの定着が,利用者の選択肢拡大 自動車保険市場の拡大をもたらしたと 指摘できるのである。

5.料率自由化にみる生損比較

⑴ 監督行政主導の料率自由化

前述した生・損保両業界における料率自由化の経緯に注目すると,監督行 政主導の自由化が実施されたという共通点を指摘できる。

60年代に入ると同時に配当自由化を開始した生保業界では,その契機が第 一回保険審議会に提示された大蔵大臣の諮問事項ならびに参考資料にあった ことは明白である。 昭和生命保険資料 等当時の新聞報道を検証してみて も,業界が当局の提示をうけ混乱した事実は紹介されているものの,そこに 業界あるいはマスコミ主導の事実は発見できなかった。

一方,00年に自由化を完了した損保業界でも,その出発点が日米保険協議

(17)

の決着という外圧にあったことは否定し難く,生保業界同様,業界・マスコ ミ主導の事実を認めることは出来ない。

英国に代表される先進資本主義諸国とは異なり,後進資本主義国であった わが国では,産業資本が封建遺制を駆逐していく過程で保険制度が導入され たとする,いわゆる 上からの制度移入 が定説である。その後も,実体的 監督主義のもと官民協調の制度維持・発展がなされたことも,衆知の事実と いってよい。残念ながら,制度移入後80年(生保業界のケース)あるいは 120年(損保業界のケース)が経過したにもかかわらず,利用者メリットの 増大に繫がる保険料率の自由化を業界あるいは利用者自身が強く求めたとい う事実は無く,行政が主導的役割を果たさなければ,料率自由化も実現しな かったのである。

⑵ 比較情報の提供の有無

両業界の自由化には,行政主導でなされたという共通点を指摘できるわけ だが,その後の展開過程には,いくつかの相違点が指摘できる。その最たる ものが,比較情報の提供のあり方である。

配当自由化では,自由化が開始された事実についてのみ当時の新聞紙上に 紹介されたものの,個別会社の自由化状況に関する記事は見つけられず利用 者にとってその詳細を知る術は,当局からの情報公開を待たざるを得なかっ た。しかし,当局が会社名を削除し,配当率分布状況ならびに配当格差の事 実のみ公表したこと,さらに公表内容の告知手段として 銀行局金融年報 が選択されたことから,利用者が個別会社の自由化内容を比較・検討するこ とが不可能なまま自由化が進展,経営のあり方,あるいは利用者の商品選択 に何等影響を与えることなく90年代を迎えることとなったのである。

視点を変えてこうした自由化の展開過程をみるならば,当局,業界,マス コミの各方面において,自由化の事実を利用者に衆知・徹底すべく比較情報 を提供するという考え方が,全く無かったと指摘できよう。

一方損保業界のケースでは,99年11月に㈱ウェブ・グループが提供した

(18)

保険スクェア・Bang の登場によって,比較情報の提供か現実のものとな ったことは,記憶に新しい。

わが国の保険業界では,比較情報の提供に関し,永らく (旧)保険募集 の取締りに関する法律 あるいは 不当景品類及び不当表示防止法 との関 連が不透明と理解されていたことから,いわば タブー とされてきたので ある。しかしながらここへきて,自動車保険商品の多様化とインターネット による情報提供が結びつき, タブー があっさり打破されたことは注目に 価しよう。

こうした比較情報の提供のあり方については,民間主導の動きであり当 局・業界公認では無いとする批判もあろうが,新しいビジネスモデルである リスク細分型自動車保険の通信販売の定着と不可分の動きといってよく,通 販各社の販売シェア拡大状況からみて,利用者に一定の評価を得ていること は間違いない。生保も含め隣接業界への拡大が待たれる所以である。

⑶ 管理型と自己責任型

次なる相違点は,自由化の進展を当局が管理した生保業界の管理型と,自 由化の全てがマスコミを通じて報道され,その判断を利用者に委ねた損保業 界の自己責任型からくる相違点,すなわち自由化過程への行政関与の大小か ら生ずる相違点である。

60年代から他業態に先駆けて配当自由化に踏み切った生保業界であったが,

その公表にあたっては, 銀行局金融年報 が選択され,さらに会社名を伏 せた公表方式が採用されていた。このため,利用者には,殆ど目に触れる事 の無い,仮に目に触れたとしてもその実態を理解できない状態が続いていた のである。極論すれば行政主導・業界追随型の自由化であり,まさに日本的 自由化であったのである。

一方,98年7月に開始された損害保険料率の自由化は,日米保険協議の決 着というその発端から今日まで,一貫してオープンな自由化として実施され,

その是非の判断も利用者に委ねられることとなった。こうした結果,企業合

(19)

併による新5社体制の出現,新ビジネスモデルの定着,市場拡大と寡占化の 兆候等,他の業態には見られない動きを表面化させたことは記憶に新しい。

すなわち,わが国金融自由化において,自己責任型の自由化が初めて実施 され定着したケースが損害保険料率の自由化であったのである。

6.注目される自己責任のあり方 おわりにかえて

わが国における第④分野の自由化では,そのトップバッターを務めた生保 業界と,ラストランナーを務めた損保業界の間には,官主導による自由化と いう共通点をその出発点としつつも,その後の展開過程においては,比較情 報の提供の有無,さらには行政関与のあり方に大きな相違点を指摘できる。

とはいうものの,第④分野の自由化を定着させることが出来るか否かの鍵 を握るのが,自由化の結果最大のメリットを享受する利用者サイドにおける 自己責任のあり方にあることは,論を待たない。たとえば,比較情報が提供 されていたとしても,取捨選択するのは利用者に他ならないからである。

こうした観点からわが国保険業界の料率自由化をみてみると,生保業界の ケースでは,あまりにも管理され・クローズされた自由化が実施された結果,

生命保険商品の選択に関し利用者の自己責任意識が有効に機能したとは思え ず,逆に彼等の自己責任意識の醸成を阻害する結果を残したと見る方が自然 である。

一方損保業界のケースでは,日米保険協議の進行・結着から自由化完了ま で,マスコミがその逐一を報道した料率自由化が実施されたことは記憶に新 しい。その結果,自動車保険を例にとれば,販売件数の増加,一件当り保険 料の低下,普及率の向上がなされたわけであり︑まさに利用者の自己責任を 重視した自由化であったと言ってよい。

しかしながら,自動車保険が戦後一貫して同一料率・同一内容の商品体系 を維持してきた自由化以前の実態との落差を当局・業界が見誤り,利用者が 理解・判断できるとの前提のもと多くの新商品・特約が認可・発売された結 果,利用者に無用の混乱を生じさせたことは否定し難い。

(20)

自由化と自己責任は対極の関係にある,と指摘されて久しいわけだが,批 判を覚悟で敢えて言及すれば,料率自由化は監督当局にとって,金融自由化,

特に第④分野の自由化を実施するに当り︑利用者の自己責任意識の成熟度を どう判断し,その水準に合致した自由化をいかに実施していくか,の答えを 見つけるための 偉大なる実験 だったと指摘したい。

当局・金融各業界が実験から何を学んだかは,今後のわが国における金融 自由化のあり方をみれば判断できようが,金融自由化,なかでも第④分野の 自由化を定着させるためには,自己責任意識の醸成・高揚が不可欠と結論付 けられることは間違いない。それだけに官民一体となって利用者教育をいか に徹底実施していくかが,喫緊の政策課題として浮上してこよう。

同時に,利用者にあっても,保険会社の倒産・経営破綻あるいは保険金不 払い問題で蒙った不利益を忘れることなく,自己責任意識のさらなる向上に 努めることが肝要となってくるのである。

(筆者は流通科学大学商学部教授) 参考 献

拙稿 生命保険業の自由化に関する一考察 現代保険論集 鈴木辰紀先生古希記 念 成文堂,平成13年5月,452‑470頁。

拙稿 金融自由化と自己責任・官僚制 生命保険論集 第150号,生命保険文化セ ンター,平成17年3月,123‑152頁。

拙稿 料率自由化と損保業界 損害保険研究 第69巻第2号,損害保険事業総合 研究所,平成19年8月,17‑42頁。

参照

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