神戸女子大学文学部紀要 52 巻 13-26 2019
1.はじめに
生 成 文 法 で 仮 定 さ れ て い る 文 法 操 作( 言 語 の 計 算 処 理 ) の 一 つ と し て「 格 付 与(Case assignment)」が挙げられる。文を生成する過程で、名詞句は主格(nominative Case)や対格(accusative Case)といった格を付与されなければならない。現代英語では代名詞にしか顕在的な格変化が見ら れないが、生成文法では代名詞以外の名詞(句)にも格が付与されていると考えられている。
名詞句への格付与を巡って生成文法では様々な提案がなされてきたが、近年のミニマリスト・プロ グラムの枠組みにおいて、格付与とは人称・数などの素性の束であるφ素性の一致(Agree)に伴う 操作であるとされている。名詞句は解釈可能(interpretable)なφ素性を持つ一方で解釈不可能
(uninterpretable)な格素性を持って派生に導入される。1 解釈不可能な素性は派生の中で値を与え られ、インターフェイスにとって解釈不可能な場合、削除されなければならない。名詞句の格素性は 音声情報としては解釈可能であるが意味情報としては解釈不可能であるため、概念・意図システムの インターフェイスに転送(Transfer)される際には削除されていなければならない。一方、文の中心 的役割を果たす時制辞T(tense)においては、主語名詞句の人称・数に応じて音声上の変化(屈折)
が見られることから、Tのφ素性は音声情報として解釈可能であるが意味情報としては解釈不可能で あるため、名詞句の解釈不可能な格素性と同様に値が与えられ、概念・意図システムのインターフェ イスに転送される際には削除されなければならない。名詞句への主格の付与は、名詞句の解釈可能な φ素性とTの解釈不可能なφ素性が一致することで、Tのφ素性に値が与えられ、その操作に伴う形 で名詞句の解釈不可能な格素性に主格の値が与えられる。また、Tと同じく動詞V(verb)も解釈不 可能なφ素性を持ち、名詞句の解釈可能なφ素性と一致し、この操作に伴い名詞句の解釈不可能な格 素性に対格の値が与えられる。なお、Chomsky(2000, 2008)に基づいた、一致に関わる条件である 活性条件(activation condition)によれば、このように2要素間に一致関係が成立するためには、一 致関係を結ぶ双方が値を必要とする解釈不可能な素性を持っていなければならない。
また、Chomsky(2008)以降の枠組みでは、TやVが最初から解釈不可能なφ素性を持って派生に
前置詞と素性継承
本 田 隆 裕
Prepositions and Feature Inheritance
Takahiro H
onda*
導入されるのではなく、フェイズ主要部(phase head)に該当する補文標識C(complementizer)や 他動的軽動詞v*から解釈不可能なφ素性を継承(inherit)することで、TやVがφ素性を持つと考え られている。
TやVに加え、前置詞P(preposition)も名詞句に格を付与することが知られている。しかし、Pの 格付与の仕組みについてはあまり議論されることはなく、また、TやVに見られる素性継承がPの格 付与の際にも見られるのか、Pに素性継承が見られないのならば、TやVの格付与とどのように異な るのかといった点については明確に説明されていない。本論文ではこれらの点を明らかにしたい。
さらに、Pの格付与を巡って、以下のような現象を取り上げたい。
(1)a.It is impossible for Bill to win at roulette. (Hornstein 1999: 92) b.*It is impossible Bill to win at roulette.
c.John expected (*for) Bill to win at roulette.
(2)a.*It is impossible for PRO to win at roulette.
b.It is impossible PRO to win at roulette. 2 (adapted from Hornstein 1999: 92)
(3)a.*It is impossible for Bill will win at roulette.
b.It is impossible that Bill will win at roulette.
(4)a.John was talked about.
b.*John was talked to Harry about.
c.Who did Sam talk to Harry about? (Hornstein and Weinberg 1981: 65)
(1a)におけるforの範疇は、PではなくCであると分析されるが、forの範疇については後で議論す るものとして、forの格付与について考えてみたい。(1b)の例から、forは隣接する名詞句への格付 与にとって不可欠の要素と考えられる。これは、補文主語に節境界を超えて格を付与するECM
(exceptional Case-marking)動詞であるexpectが現れた(1c)の例からも支持される。(1c)では 主節のVが補文主語に格付与するためforが不要となっている。一方で、空範疇(empty category)
の一つで音形を持たないPROが不定詞節の主語となった場合、forは現れることができない。この現 象については、PROの分布を巡って、いくつかの先行研究で説明されている(Chomsky and Lasnik
(1993)など)。詳細は後にするが、(2)の文法性については、概略PROが通常の名詞句が格付与さ れる位置に現れてはいけないためであると考えられている。ところが、これらの説明を踏まえると、
(3)のような例が説明できない。もしforが格付与をする要素であれば、なぜ定形節に現れてはいけ ないのであろうか。すでに述べたように、名詞句に格を付与するために必要な仕組み(解釈不可能な φ素性)はTそのものに起源を発するのではなく、Cから継承されるのであれば、forの範疇がPであ ろうがCであろうが、(3a)は(3b)と同様に文法的となるはずである。forがPであるならば、John にforが格を与えられると考えられ、forがCならばthatと同様にwillにφ素性を継承できるはずであ る。本論文では、Chomsky (2008)の素性継承をより詳細に議論することで、この問題を説明する。
さらに、(4)のような前置詞残留(preposition stranding)についても新たな説明を試みたい。(4a)
はPの補部がPを文末に残留して受動文の主語となっている擬似受動文(pseudopassive)の例である が、Pの補部は常に受動文の主語になれるわけではなく、(4b)のように不可能な場合もある。一方で、
同じような構造であっても、(4c)のようなwh移動の場合はPの残留が容認される。(4b, c)のよう な対比は「可能な述語(possible predicate)」(Hornstein and Weinberg 1981: 65)という概念によっ て説明されてきたが、本論文の素性継承の仕組みとChomsky (2013)のラベル付けアルゴリズムLA
(labeling algorithm)によってこの対比が説明できることを示す。
以下、第2節では、Cやv*の素性継承について概観した上で、Pにも同様の分析が可能かどうか、
擬似受動文の例を取り上げながら検討する。第3節では、不定詞節におけるforとPROの関係を取り 上げながら、素性継承についてさらに議論を進める。第4節は結語である。
2.素性継承
2.1 Chomsky (2008)の分析
主語名詞句とφ素性の一致関係を結んでいるのはTであると考えられており、これはTが示す形態 的な側面からも、主語との語順(疑問文における主語・助動詞の倒置などの現象も含む)といった統 語的な側面からも正しいものと考えられる。ただし、Tが名詞句と一致するのは(5a)のようにC(こ こでは、that)と共起した場合であり、(6b)のようにECM動詞の補部に現れた場合、Tであるtoは 主語名詞句(ここでは、Mary)と一致していない。(少なくとも不定詞節のTはMaryに格を付与し ていない。)
(5)a.John believes that Mary loves Bill.
b.*Maryi is believed that t i loves Bill.
(6)a.John believes Mary to love Bill.
b.Maryi is believed t i to love Bill.
このことから、Tの名詞句とのφ素性一致を駆動しているのはCであると考えられる。そこで、
Chomsky (2008)は、主語名詞句とのφ素性一致を引き起こす解釈不可能なφ素性はCが持っており、
CがTPと併合した後、Tがこの素性をCから継承すると提案している。解釈不可能なφ素性を継承し たTは解釈可能なφ素性を持った名詞句を探索して一致し、解釈不可能なφ素性は値を得て、削除さ れる。名詞句の解釈不可能な格素性はTとのφ素性一致に伴い主格の値を与えられる。このように仮 定することで、一致などの文法操作はフェイズ主要部によってのみ駆動するものと考えられる。また、
フェイズ補部はフェイズが形成されると転送によりインターフェイスに送られる。さらに、Cだけで なく、他動詞句を形成する軽動詞v*もフェイズ主要部であり、v*の解釈不可能なφ素性はVに継承さ れる。これにより、Vとその補部名詞句(多くの場合、動詞の目的語が該当)がφ素性の一致関係を 結び、Vのφ素性に値が与えられることに伴い、名詞句の解釈不可能な格素性に対格の値が与えられ
る。このような仮定は、主語名詞句と目的語名詞句の格付与を完全に平行的に捉えることができ、理 論的に好ましいと言える。なお、(6a)のような文において、主節のVが補文主語と一致しているこ とは、(7a)のような例からも支持される。
(7)a.The slave i expected [the picture of him*i] to be somewhere else.
(adapted from Chomsky 2008: 149) b.[v*P the slave [v* [VP [the picture of him] i [expect [TP t i to be t i somewhere else] ] ] ] ]
(7a)において、the slaveとhimが同一指示の解釈を持つことが不可能であり、束縛条件(Binding Condition)Bから名詞句the slaveと名詞句the picture of himは同じ節内に存在すると考えられる。
この事実から、(7b)のような移動が生じていると考えられる。これは、主節のVがv*から解釈不可 能なφ素性を継承し、Vが補文主語のthe picture of himと一致しているためであると考えられる。な お、(7b)において、Vはv*に主要部移動するため、最終的に動詞と補文主語の語順は(7a)のよう に動詞が補文主語に先行する形となる。もしCからTへの素性継承が存在しないのであれば、補文の Tが補文主語と一致するため、このような移動は生じないはずであり、上記のような例から素性継承 を仮定する分析が支持される。
2.2 Richards (2007)の分析
T自体が解釈不可能なφ素性を持たないことが事実であるとしても、CがわざわざTへ素性を継承 することは一見すると余剰な操作のように思われるかもしれない。しかし、これが不可欠な操作であ るとRichards (2007)は主張する。Cはフェイズ主要部であり、フェイズが完成すると、Cの補部は 転送される。なお、CPフェイズにおいて転送されるのはCの補部のみであり、フェイズ主要部である Cは転送されない。仮に解釈不可能なφ素性がCに残っているのであれば、主語名詞句の解釈可能な φ素性とCの解釈不可能なφ素性が一致し、Cのφ素性に値が与えられる。ところが、解釈不可能な 素性に値が与えられれば、解釈可能な素性と見分けがつかなくなるため、Cのφ素性が削除されず、
Cがφ素性を持ったままインターフェイスに送られることになる。このため、解釈不可能な素性への 値付与は転送と同時に生じなければならないが、CPフェイズで主要部のCは転送されず、次のフェイ ズで転送されるので、Cの解釈不可能なφ素性への値付与とCの転送が同時に起こることはない。
Richardsはこのため、Cの解釈不可能なφ素性がCの補部に継承されていなければならず、Tがこれ を継承することになると主張している。
よって、フェイズ主要部は解釈不可能な素性を持っていれば、必ず補部内の主要部に継承しなけれ ばならないと言える。
2.3 前置詞句の転送と擬似受動文の派生
前置詞句であるPPがフェイズとなっているかどうかについては議論が分かれるところであるが、
仮にPがCやv*と同様に解釈不可能なφ素性を持っており、補部名詞句との一致により格付与を行なっ ているのであれば、(8)(=(4))のような例はどのように説明されるのだろうか。
(8)a.John was talked about.
b.*John was talked to Harry about.
c.Who did Sam talk to Harry about? (= (4))
(8a)のような擬似受動文では、VであるtalkとPであるaboutが再分析(Reanalysis)により、一 つの複合動詞となっているため、擬似受動文は他動詞補部が主語となる受動文と同じ派生を経て派生 されているという説明が広く受け入れられている。Hornstein and Weinberg(1981)は、概略、(8a)
のような擬似受動文が派生可能であるのは、talkとaboutがdiscussという1語に置き換え可能なよう に、このVとPから成る複合動詞が1語の述語に置き換え可能であるからであり(つまりtalk aboutと いう連続が可能な述語として存在するからであり)、一方、(8b)においては、talk, to, Harryそして aboutの4語が置き換え可能な1語が存在しないため、擬似受動文の派生が不可能になっていると説 明している。しかし、もしPがフェイズ主要部であり、解釈不可能なφ素性を持つのであれば、VとP が再分析されると思われる(8a)において、Pのφ素性はどのようになっているのかが不明である。
そこで、本論文ではPについて(9)を仮定する。
(9) Pは選択的に解釈不可能なφ素性を持つ。
この仮定に基づけば、(10)のような構造においては、Pであるonがφ素性を持つかどうかは選択 的であるが、仮にφ素性を持たなければ、the deskがいかなる要素とも一致しないので、the deskの 解釈不可能な格素性に値が与えられず、派生が破綻する。
(10) [v*P John [v* [VP put the book [PP on the desk] ] ] ]
したがって、(10)のような構造においては、Pがφ素性を持った場合のみ派生が収束する。
ここで考えられる問題は、Pのφ素性がどの時点で一致するのかということである。先に述べたよ うに、フェイズ主要部は解釈不可能な素性を持っていれば必ず補部内の主要部に継承しなければなら ない。ところが、PP補部内には適切な主要部が(少なくとも顕在的には)存在しない。動詞句は、
軽動詞v*とVからなる二重構造となっていると分析されるが、これは、V自体は範疇中立的な語根
(root)であり、軽動詞が動詞という範疇を決定する、謂わば、範疇決定子として機能しているため である。一方、前置詞句も動詞句同様に二重構造になっているという分析も先行研究では見られるが、
全て理論上の仮定であり、実際に前置詞の語根にあたるものが果たして存在するのか疑問である。動 詞arriveと名詞arrivalのような一つの語根に対して複数の範疇が存在する例は、concerningのような ごく一部の例外は存在するものの、前置詞とその他の範疇との間には見られないため、動詞句と同様 の分析はできないと思われる。そこで、本論文では、少なくとも英語のような擬似受動文が可能な言 語においては、Pはフェイズ主要部ではないと提案する。
では、素性への値付与と転送が同時に行われるのであれば、Pの解釈不可能なφ素性はどの時点で 補部名詞句と一致するのであろうか。本論文では、例えば、(10)のような構造においては、v*Pフェ イズにおいて、v*から解釈不可能なφ素性を継承したVが補部名詞句のφ素性と一致するのと同時に Pのφ素性もPの補部名詞句のφ素性と一致すると提案する。つまり、Pのφ素性は同一フェイズ内の 他のφ素性一致が生じるまで、解釈不可能な素性のまま存在するということである。転送と一致・値 付与が同時に生じるのであれば、転送が一致・値付与を引き起こすものと考えることもできる。また、
解釈不可能な素性が派生に導入されればすぐに値付与が行われなければならないのではないかという 指摘も考えられるが、名詞句の持つ解釈不可能な格素性は、名詞句が派生に導入されてすぐに値が与 えられるわけではないことからも、解釈不可能なφ素性についても派生に導入されてすぐに値が与え られなければならないと仮定する必要はない。
このような分析は、例えば、(11)のようなPPが付加詞となっている場合についても当てはまると 考えられる。
(11) John met Mary [PP in that city]
(11)のPも(10)のPと同様に解釈不可能なφ素性を持っていると考えられる。(11)のPPがVP に付加しているのかv*Pに付加しているのかはここでは議論しないが、前者の場合はPPがv*Pフェイ ズの転送領域内にあり、後者の場合はCPフェイズの転送領域内にある。付加詞は通常の文構築を行 う集合併合(set-Merge)とは異なる、対併合(pair-Merge)により派生に導入されているため、付 加詞内への外部からのアクセスは不可能であるが、Chomsky (2004)によれば、転送と同時に対併 合を集合併合に変換するSIMPLと呼ばれる操作が存在する。このSIMPLという操作により、対併合 の構造が集合併合の構造に変換され、意味解釈や線形化、外部の要素からのアクセスが可能となって いる。よって、(11)のPPも転送時にはSIMPLにより(10)のPPと同様に集合併合の構造に変換さ れてフェイズ主要部から可視的となり、転送時にinのφ素性はthat cityのφ素性と一致すると考えら れる。3
一方、(8a)のような場合、前置詞aboutがφ素性を持っているならばJohnと一致し、Johnはabout とのφ素性一致に伴い解釈不可能な格素性に値が与えられる。しかし、そうなると活性条件から、主 節のTと一致する名詞句が存在しなくなるため、派生が破綻する。よって、(8a)が派生されるのは aboutがφ素性を持たない場合であると言える。
では、なぜ(8b)のような文は派生されないのだろうか。もし(8b)のaboutが(8a)と同様にφ
素性を持たないのであれば、Johnの格素性が解釈不可能なままであり、主節のTとJohnが一致するこ とも可能なように思われる。
ここで、再分析という操作がどのようなものであるか、ミニマリスト・プログラムの枠組みで検討 したい。ミニマリスト・プログラムにおいて、派生を駆動する唯一の操作は併合であることから、V とPの再分析も併合によるものであると考えられる。VとPが集合併合されれば、{V, P}という集合 が形成される。Chomsky(2013)によれば、{H, XP}のような主要部Hと非主要部である句XPが併 合された場合は主要部であるHが全体のラベルになるが、{H, H}のように主要部同士が併合された 場合はラベルが決定できない。しかし、VとPの何れか一方がもう一方に付加する対併合として両者 が併合され、<V, P>という集合が形成されていれば、付加されている主要部の方が全体のラベルに なる。ここで、<V, P>という対集合が名詞句であるDPと併合した(12)のような場合を考えてみよう。
(12) {<V, P>, DP}
VもPもDPを選択することはできるので、(12)において<V, P>のラベルはVであってもPであって も問題ない。しかし、Vは範疇中立的である語根であり、この後の派生で軽動詞に選択されなければ ならないため、<V, P>のラベルはVでなければならない。また、Vがラベルとなっている<V, P>に おいては、PがVに付加しているだけであるので、全体はVPのような句になっておらず、(12)にお いてDPは主要部であるVと併合していることになる。(9)の仮定に基づけば、(12)のPは解釈不可 能なφ素性を持ってもよいが、そうなると一致するDPが存在しないため、派生が破綻する。よって、
(12)においてPはφ素性を持たないと考えられる。(12)の構造は外部の要素にとっては、{V, DP}という集合と全く同じであるため、(8a)のような受動文が派生されると考えられる。
一方、(8b)のような文では、2つのPが現れており、両者の構造上の関係がどのようになってい るかを検討する必要がある。2つの補部PPが現れた場合、(13)のような束縛関係が観察されている。
(13)a. I talked to John and Bill about themselves/each other.
b. *I talked to themselves/each other about John and Bill.
c.??I talked about John and Bill to themselves/each other.
d. *I talked about themselves/each other to John and Bill. (Jackendoff 1990: 431)
(13a, c)の対比が示すように、to前置詞句がabout前置詞句に先行する語順の方が自然であるよう だが、本論文ではそのことは取り上げず、(13a, b)の対比と(13c, d)の対比に着目したい。どちら においても、先行する前置詞句の補部が後続する前置詞句の補部を束縛していることから、前者が後 者をc統御していると考えられる。仮に(13a)が(14)のような構造から派生しているとすれば、な ぜこのような束縛関係が生じるのか疑問である。
(14) … [PP1 to John and Bill] … [PP2 about themselves]
(14)においてPP1が構造上どの位置にあったとしても、John and Billはtoの補部位置にあるため、
themselvesをc統御することはできない。
そこで、本論文では、(13a)のような例に現れる2つのPPについては、先行するPPのPと動詞が(12)
と同じように対併合されており、Pの補部がVの補部となっていると提案する。2.1節の(7)の例で 言及したように、Vの補部はVP指定部に移動するため、(13a)の例では、(15)のような移動が起こっ ていると考えられる。
(15) [v*P I [v* [VP [John and Bill] i [V′ [V′ [V talk to] t i] [PP about themselves] ] ] ] ]
(7)の例と同様にVがv*へ主要部移動すると考えられるが、toはtalkに対併合しているため、転送 まで外部の要素からは見えないため、talkはtoを伴ったまたv*へ移動すると考えられる。このため、
最終的にはtalk-to-[John and Bill]の語順が維持される。また、(15)に示すように、John and Billは themselvesをc統御する位置にある。これにより(13)の束縛現象が説明できる。さらに、(9)で提 案したようにPは選択的に解釈不可能なφ素性を持つが、(15)において、toがφ素性を持ったとして もJohn and BillはVの補部であり、φ素性一致する要素がないため派生が破綻する。よって、toはφ 素性を持たないと考えられる。一方、aboutについてはφ素性を持たない場合は、themselvesと一致 することができず、φ素性一致に伴い値付与されるthemselvesの解釈不可能な格素性が残るため、派 生が破綻する。よって、aboutはφ素性を持たなければならない。
では、(8b)のような受動文の場合はどうなるだろうか。受動文においては他動詞句を形成するv*
は現れないと考えられ、動詞の目的語は主節のCから解釈不可能なφ素性を継承したTと一致する。
受動文における軽動詞には様々な議論があるが、ここでは特に重要ではないので、(16)のように非 対格動詞と同じ、非フェイズ主要部のvが現れると仮定しておこう。
(16) … [T [v [VP [V′ [V talk to] Harry] [PP about John] ] ] ]
(16)においてtoが解釈不可能なφ素性を持たない場合、Harryが一致できるのは主節のTだけで あり、その場合は、(8b)とは異なり、(17)のような文法的な受動文となる。
(17) Harry was talked to about John.
また、toが解釈不可能なφ素性を持つ場合であるが、talkとtoは対併合されているため(ここでは、
toがtalkに付加しているため)、Harryにとってtoは不可視的であり、両者の間に一致関係は成立しな い。Harryとtoの間に一致関係が成立するのは、talkがtoに付加している場合であるが、その場合は、
{<talk, to>, Harry}という集合のラベルがVPではなくPPとなっているため、軽動詞によって選択 されず、またもう一つのPPであるabout Johnを補部に取ることはできない。したがって、toはφ素 性を持つことができない。一方、aboutが解釈不可能なφ素性を持つ場合、Johnと一致することにな るが、そうなるとJohnは主節のTと一致できなくなり(8b)のような文は派生されない。aboutが解 釈不可能なφ素性を持たない場合は、Johnと主節のTが一致することが可能かもしれないが、残され たHarryが何れの要素とも一致できず、Harryの解釈不可能な格素性が残るため、派生が破綻する。
よって、(16)の構造から派生可能な受動文は(17)のみであるため、(8b)のような受動文は派 生されないと言える。また、このような制約はwh移動とは無関係であるため(8c)のような例は問 題なく派生される。このように(9)の仮定とChomsky (2013)のLAに基づけば、「可能な述語」と いう概念を現在の枠組みで捉えることができ、さらに(8a, b)の対比を説明することができる。4, 5
3.不定詞節主語
この節では、以下に示すような不定詞節主語への格付与の仕組みがどのようになっているか議論し たい。
(18) a.It is impossible for Bill to win at roulette.
b.*It is impossible Bill to win at roulette.
c.John expected (*for) Bill to win at roulette. (= (1))
(19)a.*It is impossible for PRO to win at roulette.
b.It is impossible PRO to win at roulette. (= (2))
(20)a.*It is impossible for Bill will win at roulette.
b.It is impossible that Bill will win at roulette. (= (3))
(18a)と(19b)の例から、不定詞節の主語は必ずしも顕在的に現れる必要はないが、(18a)と(19a)
から、forが現れた場合は必ず主語が顕在的に現れなければならない。また、(18b)と(19b)から、
主語が顕在的に現れた場合はforが現れなければならない。これらのことから、forが不定詞節主語へ の格付与に関与していると考えられる。
また、forの範疇であるが、(21)–(22)が示す通り、不定詞節に現れるforは前置詞と考えられるfor とは異なる振る舞いを示す。
(21)a.He headed straight/right for the pub. [for = preposition]
b.The dog went straight/right for her throat. [for = preposition]
(22) a.*He was anxious straight/right for nobody to leave. [for = complementizer]
b.*It is vital straight/right for the hostages to be released. [for = complementizer]
(Radford 2016: 87)
前置詞のforはstraightなどの副詞による修飾が可能であるが、不定詞節に現れるforは不可能であ る。したがって、不定詞節forはPとは異なり、また文構造の観点からもforの範疇はCであると考えら れる。
不定詞節forがCであれば、forはthatと同様に解釈不可能なφ素性を持つフェイズ主要部となってい ると考えられ、補部内Tのtoにφ素性を継承すると考えられる。また、不定詞節forはCであるため、(9)
の仮定は無関係であり、常に解釈不可能なφ素性を持つと考えられる。6 したがって、(18a)は(23)
のように派生されると考えられる。
(23) a.[CP for [uφ] [TP to [v*P Bill win at roulette] ] ] b.[CP for [TP Bill i to [uφ] [v*P t i win at roulette] ] ]
forからtoに解釈不可能なφ素性が継承され、toのφ素性がBillと一致し、BillはTPの指定部へ移動 する。他方、forがない(18b)ではBillが如何なる要素とも一致できないため、Billの解釈不可能な格 素性に値が与えられず派生が破綻する。
では、(19)のように音形を持たない不定詞節主語であるPROはどのように派生に導入されている のだろうか。Chomsky and Lasnik (1993)では、PROの分布について、PROは空格(null Case)を 持ち、空格が照合(check)される位置に現れなければならないと主張している。一方、Hornstein
(1999)は、(19)のような例におけるPROと(24)のような義務的コントロールを示すPROを区別 している。
(24) John i expects [PRO i to win] (Hornstein 1999: 69)
Hornsteinは、(24)においてPROと表されている要素は実際にはPROではなく、Johnの痕跡(trace)
であると主張している。他方、(19)のような例において従来の分析ではPROと考えられていた不定 詞節主語はイタリア語や日本語などの空主語言語に仮定されている空範疇のproであると分析してお り、PROという空範疇はそもそも存在しないと主張している。7
Hornstein (1999)の提案を採用すれば、(19a, b)におけるPROはproであると言える。Saito (2007)
によれば、派生において利用可能な要素にはレキシコン(Lexicon)の要素だけでなく、先行文脈で 構築されたLF要素も含まれており、proがこれに該当する。Saitoは、先行文脈のLF要素はすでに解 釈不可能な素性に値が与えられており、proは解釈不可能な格素性を持っておらず、このため英語の 動詞の目的語位置や定形節主語位置にproが現れることができないと主張している。活性条件を仮定 すれば、DPが解釈不可能な素性を持っていない限り、TやVにある解釈不可能なφ素性はDPのφ素 性と一致することができない。一方、日本語はφ素性一致が存在しないため、proが自由に生起可能 となっている。本論文の提案のようにforが解釈不可能なφ素性を持ち、これがTであるtoに継承され
るのであれば、proが不定詞節主語として派生に導入された場合には、proが解釈不可能な格素性を持 たないことから、活性条件によりtoがproと一致できずtoの解釈不可能なφ素性が残るため派生が破 綻する。よって、(19a)のような文は派生されない。では、(19b)の派生はどうなっているのであ ろうか。
(19b)の派生を議論する前に、(20a, b)の対比について議論したい。forがthatと同じくCなので あれば、なぜ(20a)のような文は派生されないのだろうか。ここで、(20a, b)の対比を説明するた めに、(25)を仮定する。
(25) 異なるタイプの要素に素性を継承することはできない。
(18a)に見られるforとtoはそれぞれCとTであるが、どちらも前置詞に起源を持つことから何ら かの前置詞的な性質を共有していると仮定すれば、どちらも同じタイプであると考えられる。また、
ここではCであるthatとwillなどの定形のTが同じタイプであると仮定しておく。そうすると、(20a)
では、forからwillに解釈不可能なφ素性が継承されそうであるが、forとwillは異なるタイプの要素で あるから、forからwillに素性が継承されずforに解釈不可能なφ素性が残ってしまう。2.2節で見たよ うに、このようにフェイズ主要部に解釈不可能なφ素性が残る派生は不可能であるから、(20a)のよ うな文は派生されないと言える。
一方、(20b)においてはthatからwillに解釈不可能なφ素性が継承され、これがBillと一致している と考えられる。
では、(19b)の派生はどうなっているのだろうか。(19b)の不定詞節は(26)のようなTP構造になっ ており、いかなるφ素性一致も生じていないと考えられる。
(26) [TP to [v*P pro win at roulette] ]
上記の仮定においては、(27)のような例で事実に反してproが生起可能であると予測する可能性が ある。
(27) *It is impossible [TP will [v*P pro win at roulette] ].
(19b)のようにTPがimpossibleの補部になっているのであれば、toだけでなくwillなどが主要部 になったTPもproが主語である限り出現可能なはずである。しかし、Chomsky (2015)によれば、英 語のTは弱い主要部であるため、一致によるφ素性共有がなければ、ラベル付けが不可能となり派生 された構造が解釈不可能になると考えられている。このため英語の定形節では必ず顕在的な主語が現 れている。よって、pro自体は(27)において出現可能であると考えられるが、proは解釈不可能な格 素性を持たないため、willが如何なる要素ともφ素性の一致ができず、(27)のような文は派生され
ないと考えられる。
また、toが前置詞的な性質を保持しているとすれば、定形節Tとは異なりラベル付けに素性共有が 必要なくても不思議ではない。さらに、(18b)が非文法的であるのは、不定詞節にCが存在せず、to には何のφ素性も継承されていないため、Billが如何なる要素とも一致できず、Billの解釈不可能な格 素性が残るためであると言える。
4.結論
本論文では、ミニマリスト・プログラムの枠組みにおける前置詞の格付与の仕組みについて検討し た。第2節では、DPへの格付与がφ素性一致に伴う操作であるという考えに基づき、C-T間やv*-V間 に見られる素性継承が、同じくDPに格付与可能なPにも見られるのか議論した。本論文では、Pはフェ イズ主要部ではなく、選択的に解釈不可能なφ素性を持ち、さらに、フェイズ補部領域の全てのφ素 性一致が転送により駆動されると仮定することで、Pの格付与だけでなく擬似受動文の派生について も説明できることを示した。第3節では、格付与を担うと考えられる不定詞節のforについて取り上 げ、forはPではなくCであるが、素性継承において前置詞的性質を保持していると主張した。また、
異なるタイプの要素に素性を継承することはできないと仮定することで、forや空主語の生起につい て説明した。
[注]
* 本研究は、JSPS 科研費 17K13479 の助成を受けている。また、本論文の主張を明確化するための貴重なコメ ントを頂いた2名の査読者に感謝申し上げたい。
1 厳密に言えば、解釈不可能な素性と値未付与な(unvalued)素性は区別されるべきであるが、ここでは議論 に影響しないため、解釈不可能な素性は同時に値未付与な素性であるとしておく。
2 後で見るように、Hornstein (1999)では、(2b)の PRO は pro であると分析されている。
3 SIMPL により、<V, P> という対併合の構造が集合併合の構造に変換されると再び{H, H}というラベル付 けが不可能な集合になるが、V は軽動詞の位置へ主要部移動するため、ラベル付けの問題は生じない。
4 Hornstein and Weinberg (1981)の「可能な述語」では(i)のような例が説明できないとして、Takami (1992)
は擬似受動文の適格性を決めているのは主語が受動文によって特徴付けされているかどうかという基準である と主張している。
(i) This river should not be swum in. (Takami 1992: 101)
この例では、付加詞 PP の主語が受動文の主語となっているため本論文の主張に対する反例となりそうである が、Kageyama and Ura (2002)によれば、(i)のような文は擬似受動文ではなく異常受身(peculiar passive)
と言われる文であり、(8a)のような擬似受動文とは全く異なる派生を経ている。詳細は割愛するが、(ii)に示 すように、異常受身では個体レベル述語(individual-level predicate)となっている場合のみ容認される。
(ii)a.This spoon has been eaten with. (Kageyama and Ura 2002: 183) b.*This spoon was being eaten with. (ibid.: 185) 5 本論文の主張に基づけば、V と P を自由に組み合わせることができるため、例えば、(i)のような例も誤っ
て文法的と予測してしまう可能性がある。
(i) *John discussed about this problem.
V である discuss に P である about が付加し、discuss が this problem と集合併合すれば、(i)が派生可能となる。
このような例は、<discuss, about> という対がインターフェイスで解釈される際に排除されるものと考えられ る。これは、discuss = talk + about という関係が成立すれば、discuss + about = talk + about + about となり、
余剰な about が解釈できないためである。このように考えれば、Hornstein and Weinberg (1981)における「可 能な述語」とは、対併合で形成された <V, P> という対を解釈する際に関与するインターフェイスの条件であ ると考えられる。また、査読者の1名から(ii)のような例はどのように説明されるのかという指摘があった。
(ii) A mouse ran from under the table.
(ii)のような例では、複数の派生の可能性が考えられるが、一つは under と from が併合された後、DP であ る the table と併合される可能性が挙げられる。その場合は、{P, P}という{H, H}の構造を持つ集合が形成 されるが、Chomsky (2013)の LA に基づけば、どちらの主要部も同じ P という素性を持つため、この素性が ラベルになると考えられる。もう一つの可能性は、{under,{the, table}}という集合が全体として名詞句とし て機能しており(名詞化を可能とする音形を持たない何らかの要素が主要部となっていると考えられる)、from はその名詞句と併合され、通常の前置詞句の集合{from, DP}を形成していると考えられる。
6 前置詞の for と補文標識の for でなぜこのような違いがあるのかについては今後の課題としたい。
7 英語では pro が自由に生起できない理由として、Hornstein (1999)は、英語の pro の生起は、do 挿入を要求 する do 支持(do-support)と同様にコストのかかる最終手段(last resort)の一つであるためであると主張し ている。
参考文献
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Takami, Ken-ichi (1992) Preposition Stranding: From Syntactic to Functional Analyses, Mouton de Gruyter, Berlin.
キーワード:統語論、前置詞、素性継承、格付与、PRO、pro、擬似受動文