『ロリータ』における作者の審級と ハンバート・ハンバートの遺伝子解析
―クロノトポスとエソロジーの視点を元にした英露テクストの比較研究―
寒河江 光 徳
1.本稿の目的 2.分析の視点 3.比較分析
―英語版『ロリータ』からロシア語『ロリータ』への翻訳にまつわる考察―
4.本論の結論として
1.本稿の目的
本稿1の目的はウラジーミル・ナボコフの『ロリータ』の英語版(1955)とロシア語への 翻訳版(1967)を比較し、自身の手によってなされた翻訳技法(特に音韻的効果)について 検証する試みである。バイリンガル作家であるナボコフ自身が、『ロリータ』以外の作品の ロシア語から英語への翻訳については息子や教え子など、協力者の手を借りつつも自身が翻 訳の確認作業に努めていた。ただ、作者自身の手によって手がけた翻訳は、『ロリータ』だ けである。本論では、『ロリータ』における名場面をピックアップしつつ、英語原文とロシ ア語への自己翻訳のシーンを比較しながら、ナボコフ自身の手による翻訳技法を確認し、英 語原文のみの読解では気づくことのできない翻訳による意味の付与、あるいは、原文と翻訳 を比較することによって気づくことができる解釈の広がりと深みとについて考察するっこと を目的とする。文学史の上で、ナボコフは、モダニズムとポスト・モダンの狭間に位置する 作家である。モダニズムの文学的な伝統を踏まえながら、その枠に嵌まらない自在な感性を
1 本稿は2020年12月19日に開催された創価大学ロシア・スラヴ学会での発表内容の原稿をもとに
したもの。これまで筆者が本誌『創価大学ロシア・スラヴ論集』、『東洋哲学研究所紀要』な どで、ナボコフの『ロリータ』について論じてきた内容や発見した事実をまとめ直したもの であるが、そこにエソロジーの新しい観点を加えたものである。持っているというものである。ロシア語においても、英語においても、ナボコフの創作に おいて、モダニズムに特有とされる音韻的な実験試行を見失うことはない。ロシア語時代 の作品に使われていた実験様式が英語時代の作品にも使われていることは論を俟たないが、
2つの言語は別物であり、英語で音韻的になされた実験がロシア語でそのまま反映される はずはない。ナボコフはその矛盾をどのように乗り越えていったかが本論の第一のテーマ になる。
その上で、本稿ではナボコフ自身によって翻訳されたこの小説の中の、鏡像イメージの増 幅やバフチンが述べるクロノトポスとの関連について、エソロジーの観点から考察を試み る。それによって、小説から映画脚本への自己翻案、英語からロシア語への自己翻訳に連 なる、鏡映の自己増幅の意味について考察することを目的とする。ナボコフはバイリンガル の作家だけでなく、クロスワード作家、チェス・プロブレム作家であり、鱗翅類学者という 多面的顔を持つ。近年では『推移するナボコフ』(ここでの推移は蝶がある地点から別の地2 点に向かって飛翔する様子が念頭に置かれている)の中で積極的に取り上げられているよう に、昆虫学者としての眼差しが作品解釈に取り入れられている。まさに自然科学と人文科学 の複合的視点や認知科学的な視点がナボコフの作品読解に求められるナボコフ学の近年の傾 向にあるのだ。
『ロリータ』の謎を解くために、バイリンガル作家ナボコフの視点に隠される生物学者的 視点をどのように導き出していけばいいものなのか。その問題について、本論では動物行動 学で名高いリチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子』をヒントに考察する。
作品におけるイメージの反復、増幅する鏡映、原作『ロリータ』から映画脚本『ロリー タ』への自己翻案(adaptation)、ロシア語『ロリータ』への自己翻訳を、ドーキンスの『利 己的な遺伝子』における遺伝子(ミーム)に関連づけることによって作家・昆虫学者ナボコ フと主人公ハンバート・ハンバート、あるいは、ハンバート・ハンバートとクレア・クィル ティの関係性に適用する試みを行いたい。
2.分析の視点
『ロリータ』の日本語への翻訳者若島正の論考では、ハンバート・ハンバートとクレア・
クィルカティの双生関係が指摘されている3。本論では、若島正の説に対するアンチテーゼ ではなく、その理論的補強を試み、手記『ロリータ』の作者ハンバート・ハンバートと脚 本『魅惑の狩人』の作者クレア・クィルティの双生関係の根拠として、この2つの作品がメ ビウスの輪のような構造を持つ点にあると考えられる。小説『ロリータ』のなかでロリータ
2 Edits by Will Norman and Duncan White, Transitional Nabokov (Peter Lang. New York), 2008.
3
若島正、「不思議の国から吹く微風」(『ユリイカ』2015年3月臨時増刊号 総特集=150年目の
『不思議の国のアリス』)、青土社、2015, P.48-57.
が演じる学校劇『魅惑の狩人』4
"The Enchanted Hunters", „Привал Зачарованных Охотников“
の タイトルは、ハンバートがロリータと入るホテルの名前と合致する。ハンバートが母親の事 故死に乗じてロリータをホテルに連れ込む契機は、ハンバート自身がロリータにたぶらかさ れ、実はその後の2人の人生がクレア・クィルティによって翻弄されるもう一つの契機に直 結する。つまり、騙すはずだったハンバートがロリータに騙され、そのロリータも実は別 の人間(クレア・クィルティ)によって騙されていたというもう一つの作品の契機につな がる。小説の後半部で、クィルティに女優としての才能を見出されたロリータは、小説の 後半でクレア・クィルティとヴィヴィアン・ダークブルーム(ロシア語ではВивиан Дамор- Блок、いずれも Vladimir Nabokov、 Владимир Набоков
のアナグラム)との共同で書いた戯曲「魅惑の狩人」を演じることになる。戯曲のプロットは、自らがディアーナだと信じ込んで いた少女が、次々と男性を魔法にかけていくものの、実は自分自身が魔法にかけられていた というものである。この筋は、ハンバートを手籠にし彼の人生を翻弄していくロリータが、
実はクレア・クィルティに翻弄されていたという小説の筋は、この小説の入れ子構造の中に ある芝居を演じることによって、自分自身が芝居で自身が演じた人生を歩んでいくことにつ ながる(オスカー・ワイルドによる「人生が芸術を模倣する」の実演とも解釈できる)。『ロ リータ』は牢獄で描かれた手記でありながらも、小説内の戯曲は、「騙しそうとしていた人 間が実は騙されている」という小説に秘められた主題を提示している。
(1)増幅する鏡映
ハンバート・ハンバート(名前と増幅される苗字)はクレア・クィルティとの双生関係に あることは、作品自体に散りばめられる客体とその鏡映との関係(A-A')のシンメトリー、
あるいは、それと直結したアシンメトリーの手法にも連結している。特に、本項では、第1 部における「雨の湖」と「薔薇色の陽光」を比較し、この観点について考察する。
(2)クロノトポス
ミハイル・バフチンは、小説のジャンルの類型を時空間的特徴によって行った。次のよう な定義によってクロノトポスが説明される。
文学における時空間の場合、空間的特徴と時間的特徴とは、意味を付与された具体的な 全体の中で融合する。時間は、凝縮されて密になり、芸術化され可視化する。空間も、集 約されて、時間・話の筋・歴史の展開の中に引き込まれる。時間的特徴が、空間の中でみ ずからを開示し、空間は、時間によって意味づけられ計測される。文学における時空間を 特徴づけるのは、両種の系列のこうした交差、双方の特徴のこうした融合である。5
4
『魅惑の狩人』ほか、本稿で扱う固有名詞の日本語訳は、V.ナボコフ、『ロリータ』、若島正訳、新潮文庫、2006による。
5 ミハイル・バフチン、『ミハイル・バフチン全著作』第5巻、北岡誠司訳、P.144. Там же. С. 348.
あるいは、ギリシャ小説を論じる中での次の特徴は、『ロリータ』のプロットの時空間の 特徴づけにも適用することができる。
『突然』と『ちょうど』こそ、この冒険的な時間をもっとも適切に特徴付けるものだ…そ の論理とは、偶然の一致と偶然の不一致である。つまり、偶然時を同じくするということ と偶然時を異にする、偶然へだられているということである。そのうえ、偶然時を同じく する、もしくは偶然時を異にする際の「前」と「後」も、やはり本質的で決定的な意義を 持つ。6
『ロリータ』においても、プロットが絶妙なタイミングで進行する場面が続く。
時系列(фабула)で追っていくと 第1部
①ヴァレリアの間男(青天の霹靂)→②マックー氏の家の火事→
③ロリータとの出会い→④雨の湖→
⑤シャーロットの事故死→⑥
Enfin Seuls!
(薔薇色の陽光)第2部 ロリータの失踪、ハンバートの復讐
ただギリシャ小説と比べると、小説の構造はそこまで単純ではない、語り手と主人公の位 置付けが、現代の小説においては、バフチンの類型と同じような単純化をすることはできな い。バフチンも述べるように、作品のクロノトポス(時空)と作者の審級の問題は、これか らの課題である。この作品において、プロットの進行がちょうどいいタイミングで進んで いく背景には、普遍的な「神」(つまり、ここでは作者)の見えざる手によって翻弄される、
主人公の葛藤が描かれることによって、主人公に単純な作者の自己投影を見出そうとする読 者に対する作者からの嘲り、あるいは、読者に良き芸術的感性を育まれようとする教育者と しての慈愛が込められているからである。
(3)『利己的な遺伝子』におけるミームについて
文芸批評理論だけで説明できない問題の解決のために動物行動科学の視点をヒントにして みたい。リチャード・ドーキンス著『利己的な遺伝子』7において生物の利己的な振る舞い、
利他的な振る舞いについての記述がなされている。例えば、ユリカモメは、隣の巣で親鳥が 餌を取りに行く合間を見て、雛鳥を食べる。あるいは、ペンギンが氷から仲間が落ちてア ザラシに喰われるのを見て、自分を守る。これは利己的な行為をとみなされる(個体淘汰)。
逆に、禽獣に我が子が襲われないために、自身が傷ついたフリをして低空飛行をする鳥の行
6 同書、p.156.
7 リチャード・ドーキンス、『利己的な遺伝子』、日高俊隆訳、紀伊國屋書店、2006.
為は利他的である(群淘汰)。つまり、動物であれ、ヒトであれ、遺伝子を残すためにあら ゆる個体は利己的にも利他的にも振る舞える。では個体の存在理由は何か。あらゆる個体は 自分の自分である理由、模倣子(ミーム)を継承するために生きているとも解釈できる。
『ロリータ』は、中年親父が少女に恋をして近づくために偽装結婚をし、自分の娘を拉致 された腹いせに復讐のために犯人を殺した話と解釈すれば、利己的な変態オヤジの話になっ てしまう。しかし、ハンバート・ハンバートは、世間の風評が捉えるような、所詮その程度 の男なのだろうか。『ロリータ』という拘置所で書いた手記の作者ハンバートは、この小説 という模倣子を残すために生き抜いたと解釈することができる。ただ、この作品に込められ た模倣子はそれだけとは思えない。ハンバート・ハンバートのドッペルゲンガーがクレア・
クィルティであることは、『ロリータ』と「魅惑の狩人」がメビウスの輪の構造になってい ることからも類推できる。しかし、より重要なのは、ハンバート・ハンバート、あるいは、
クレア・キィルティ、そしてロリータの背後に潜む作者の声である。作者は作品世界の外に 位置し、作品を俯瞰しながら、時に登場人物のペルソナを借りながら、知らず知らずのうち にちゃっかりと作品世界の中に腰掛け、読者を待ち伏せする。現代のパケットモンスターさ ながらにである。
そして、まだそれほど論議されていないが、作品内にハンバートの眼差しに時折入り込ん でくる伯父ギュスターヴの面影というものがある。クィルティがハンバートの人生の端々に 登場しつつ、クィルティにギュスターヴの面影を見出すのである。
これらの問題意識のもとに英語テクストとロシア語テクストを比較する。これらの分析に よって何が理解できるのだろうか。作者は、ハンバートという一人称の表面的な語り手、そ して、クィルティという作者イメージの影に隠れた自身の審級を捏造(擬態)し、読者に ゲームを仕掛けている。その審級に、バイリンガル作家、そして、昆虫学者の主体を見出す のが本論の狙いとなる。
3.比較分析
―英語版『ロリータ』からロシア語『ロリータ』への翻訳にまつわる考察―
(1)ハンバート・ハンバートに込められた意味について
“Humbert Humbert,”
their author, had died in legal captivity, of coronary thrombosis, on November 16, 1952, a few days before his trial was scheduled to start.
8Сам «Гумберт Гумберт» умер в тюрьме, от закупорки сердечной аорты, 16-ого ноября 1952г.,за несколько дней до начала судебного разбирательства своего дела.
8 V.Nabokov. The Annotated Lolita(Penguin Books.NY)1971.P.3.
"legal captivity"は、"тюрьме"と翻訳されている。
英語の原文では気付かないがロシア語にすると,
"Умер"
が"Гумберт"
にアナグラムとして 埋め込まれており、"тюрьме" も同じく”Гумберта”のアナグラムである。小説の冒頭箇所に
は、英語のHumbert Humbert
にはわからない意味が付与されていると考えられる。(2)英語作品にはないポーへの言及
英語の原文にはない記述として、ロシア語では、アナベル・リーの説明に対して、エド ガー・ポーの作品へのオマージュであることがはっきりと明示される箇所がある。
А предшественницы-то у неё были? Как же – были... Больше скажу: и Лолиты бы не оказалось никакой, если бы я не полюбил в одно далёкое лето одну изначальную девочку. В некотором княжестве у моря (почти каку По).
ロリータの先駆者として、アナベル・リーの存在をはっきりと明示しているのが英語版と の違いである。次の「熾天使たち」への記述においても、英語と比べると、ロシア語版では はっきりと「エドガーの」という形容詞を入れている。
...exhibit number one is what the seraphs, the misinformed, simple, noble-winged seraphs, envied.
Look at this tangle of thorns.
10英語と比べてロシア語の方に「熾天使たち」に
Эдгаровы
という形容詞が挿入される。Экспонат Номер Первый представляет собой то, чему так завидовали Эдгаровы серафимы
– худо осведомлённые, простодушные, благороднокрылые серафимы...Полюбуйтесь-ка на этот клубок терний.
11(下線は「エドガーの」を意味する)12(3)小説冒頭の
Alliteration
『ロリータ』といえば冒頭の頭韻(Alliteration)および子音反復(consonance)を想起せず にはいられない。ただ、英語において秀逸な音韻反復がナボコフ自身の翻訳によってまった く反映していないと考えずにはおれない。
Lolita, light of my life, fire of my loins. My sin, my soul. Lo-lee-ta: the tip of the tongue taking
9 В.Набоков. Собрание сочинений американского периода в пяти томах.Т.2.М.2008.С.17.
10 The Annotated Lolita.P.7.
11 Собрание сочинений американского периода. Т2.С.17.
12 Там же. С.17.
a trip of three steps down the palate to tap, at three, on the teeth. Lo . Lee. Ta.
13Лолита, свет моей жизни, огонь моих чресел. Грех мой, душа моя. Ло-ли-та: кончик языка совершает путь в три шажка вниз по нёбу, чтобы на третьем толкнуться о зубы. Ло. Ли. Та.
14英語版においては、Lと
T
の語頭韻および子音反復が優勢である。また、所々にM
の頭 韻も使われている。確認すると、"в три шажка вниз по нёбу, чтобы на третьем толкнуться озубы. Ло. Ли. Та"
では、英語版のようにL
とT
がconsonance
はロシア語のТのそれにその痕 跡を見出すことができる。一方のロシア語では、кончик языка совершает путь в три шажкавниз
と、子音のк
が4度、そして、шの音が3度繰り返される。次はどうか。She was Lo, plain Lo, in the morning, standing four feet ten in one sock. She was Lola in slacks.
She was Dolly at school. She was Dolores on the dotted line. But in my arms she was always Lolita.
15Она была Ло, просто Ло, по утрам, ростом в пять футов (без двух вершков и в одном носке).
Она была Лола в длинных штанах. Она была Долли в школе. Она была Долорес на пунктире бланков. Но в моих объятьях она была всегда: Лолита.
16ЛО, прОстО ЛО, пО утрам, рОстом
ここではл
の音がконсонанс
として使われるだけでな く、о
の音がacoнанс
として繰り返される。また、ам, омが韻を踏んでいる。 英語の"Lola in slacks"
の箇所はЛола в длинных штанах
と翻訳され(шはшколе
にも息づいている)、英 語のdotted line
から消えてしまったд
とл
の音がДЛинных
に残り、Долли 音が確保される のである。(4)ハンバートの遺伝子についての言及と同語反復韻
Тавтологическая рифма
続いて、英語版とロシア語訳を比較し、ハンバート・ハンバートの遺伝子について考察す る。I was born in 1910, in Paris. My father was a gentle, easy-going person, a salad of racial genes: a Swiss citizen of mixed French and Austrian descent, with a dash of the Danube in his veins. I am going to pass around in a minute some lovely, glossy-blue picture-postcards. He owned a luxurious
13 The Annotated Lolita..P.7.
14 Там же. С.17.
15 The Annotated Lolita..P.7.
16 Собрание сочинений американского периода. Т2.С.17.
hotel on the Riviera. His father and two grandfathers had sold wine, jewels and silk, respectively.
At thirty he married an English girl, daughter of Jerome Dunn, the alpinist, and granddaughter of two Dorset parsons, experts in obscure subjects-paleopedology and Aeolian harps, respectively.
17絵葉書(postcarf)はハンバートが陪審員に見せるためのものであり,おそらくはハン バートが生まれたパリの様子を物語るものである。その後に父母についての記述がそれぞれ になされる。リヴィエラにある贅沢なホテルの経営者であった父,2人の祖父がワインと 宝石と絹をそれぞれ(respectivley)売っていた。おそらくは,父と祖父と祖父がそれぞれに
(respectivley)「ワイン」と「宝石」と「絹」を売っていたと解釈できる。母親の生い立ちを めぐる記述においても全く同じである。 ロシア語の方を見てみよう。
Мой отец отличался мягкостью сердца, лёгкостью нрава-и целым винегретом из генов:
был швейцарский гражданин, полуфранцуз-полуавстриец, с Дунайской прожилкой.Я сейчас раздам несколько прелестных, глянцевито голубых открыток.
18Ему принадлежала роскошная гостиница на Ривьере. Его отец и оба деда торговали вином, бриллиантами и шёлками (распределяйте сами). В тридцать лет он женился на англичанке, дочке альпиниста Джером Дунна, внучке двух Дорсетских пасторов, экспертов по замысловатым предметам: палеопедологии и Эоловым арфам (распределяйте сами).
1父親は英語では優しく、軽薄な人物(ロシア語では、しなやかな心臓、軽やかな神経の 持ち主)、さまざまな遺伝子が混ざり合わさったヴィネグレット(英語ではサラダ)であり、
フランスとオーストリアのハーフであり、ドナウの血流が流れるスイスの市民である。そこ に英国人の母親の遺伝子が混ざることによって遺伝子の複合性(サラダの具材)が増すの である。原文の
"respectively" は "распределяйте сами"
と翻訳される(「勝手に分けてくださ い」と言う意味になる)。つまり、父親と2人の祖父が商っていた品目がそれぞれどれに当 たるかこちらはいちいち説明しないので、ご自分で適当に判断してください、という意味で ある。それは母親の生い立ちについても同じである。ジェローム・ダンという登山家の娘で あることはかまわない。その祖父が2人とも「ドーセット州の牧師」で、それぞれ古土壌学 とエオリアン・ハープの専門家であったという。これについても“распределяйте сами”(ご
自分で分けてください)と。読者、あるいは陪審員に「勝手な解釈」を促している。もちろ ん,ユーモアであると同時に同音反復韻(Тавтологическая рифма)
としての効果を狙い,散 文内で韻文的効果を作りだしているのだ。この箇所は原作者・翻訳者が『ロリータ』の英17 The Annotated Lolita.P.9.
18 Собрание сочинений американского периода.Т2.С.17-18.
19 Там же. С.18.
語版・ロシア語版で、「韻文の散文化」(本来詩として書かれるべきテクストを散文にした
прозаизация стихов)あるいは散文の韻文化(散文を韻文のように書く версификация прозы)
の実例である。韻文の散文化、あるいは散文の韻文化について、たとえばエイヘンバウムは プーシキンの散文は自身の韻文を基にして作られていると指摘する20。特徴的な『ベールキ ン物語』の「その一発」の冒頭箇所が、散文家特有の散文ではなく、音節数をそろえて韻律 を伴う詩のような書き方をしていることに注目する。ナボコフについても本来の執筆活動が 詩作から始まったことからも,詩のような散文が意識的に書かれている。
ハンバートは母が亡くなった後に、伯父に捨てられる(ここでの伯父がハンバートの人生 を最も翻弄することになる)、父に一晩だけ愛されたシビルおばに可愛がられることになる。
父と同様に、将来の寡を可愛がるという表現には先説法が用いられる。
(5)証拠品第2号
裁判所で読者たる陪審員に対して、証拠品第二号として、提出された日記にである。作品 内で書簡体、日記体、韻文など、さまざまな文体で綴られるこの小説は、日記は非常に重要 な役割を担っている。ここで問題にしたいのは、証拠品として取り上げられた日記と、ナボ コフ自身が使っていた日記との関係である。
Exhibit number two is a pocket diary bound in black imitation leather, with a golden year, 1947, en escalier, in its upper left-hand corner. I speak of this neat product of the Blank Blank Co., Blankton, Mass., as if it were really before me.
21Экспонат номер два-записная книжечка в черном переплете из искусственной кожи, с
тисненым золотым годом (1947) лесенкой в верхнем левом углу. Описываю это аккуратное изделие фирмы Бланк, Бланктон, Массач., как если бы оно вправду лежало передо мной.
22参考までに写真1を見てもらいたい。左上から階段上に金文字で年号が綴られている。さ らに驚くべきは、マサチューセッツ州の
Holyoke(ホールヨーク)が同州の Blankton
にハン バートの所持品の方は変えられているが、会社名のNational Blank Book Co.
はハンバートが 使っていたthe Blank Blank Co.
とも酷似している。ハンバートがこの手記を書き認めた日記 帳は、ナボコフ自身の所持品をモデルにしたものである。20 Б.Эйхенбаум. О поэзии. М.1968.C.32.
21 The Annotated Lolita. P.40.
22 Собрание сочинений американского периода.Т2.С.34.
(6)青天の霹靂23
We were coming out of some office building one morning, with her papers almost in order, when
Valeria, as she waddled by my side, began to shake her poodle head vigorously without saying a word. I let her go on for a while and then asked if she thought she had something inside. She answered (I translate from her French which was, I imagine, a translation in its turn of some slavic platitude):"There is another man in my life."
24Однажды утром (ее бумаги были уже почти приведены в порядок) мы выходили из какого- то официального здания, как вдруг вижу, что переваливающаяся со мной рядом Валерия начинает энергично и безмолвно трясти своей болоночной головой. Сначала я на это не обращал никакого внимания, но затем спросил, почему ей, собственно, кажется, что там внутри что-то есть? Она ответила (перевожу с ее французского перевода какой-то славянской плоскости): «В моей жизни есть другой человек».
25ハンバートはシャーロットの前にヴァレリアという女性と結婚しているが他の男性に寝取 られ離婚する。作品の本論では大きな役割ではない。ただ、この作品において、作者ナボコ フのロシア系のアイデンティティが投影された登場人物は、他ならぬ最初の妻であり、その 愛人の方である。主人公ハンバートよりむしろ、ナンセン・パスポートを持っている故に、
アメリカへのヴィザの取得で悪戦苦闘している白系ロシア人に自己投影を見出すことが可能 である。「私の人生に他の男がいる」と告げるヴァレリアの言葉は、フランス語で綴られて いるはずなのだが、ハンバートが考えるに、元々は、スラヴ語の平坦さで綴られている。こ こでナボコフがヴァレリアのフランス語を英語に翻訳し、さらにロシア語に翻訳することに よってヴァレリアが最初に話したスラヴ語(つまり、ロシア語)に戻されるという仕組みに
23 本論筆者のニューヨーク公共図書館、バーグコレクションのアーカイヴ調査において以上の事
実を確認した。24 The Annotated Lolita.P.27.
25 Собрание сочинений американского периода.Т2.С.39.
写真123
なっている。
Now, these are ugly words for a husband to hear. They dazed me, I confess. To beat her up in
the street, there and then, as an honest vulgarian might have done, was not feasible. Years of secret sufferings had taught me superhuman self-control. So I ushered her into a taxi which had been invitingly creeping along the curb for some time, and in this comparative privacy I quietly suggested she comment her wild talk. A mounting fury was suffocating me-not because I had any particular fondness for that figure of fun, Mme Humbert, but because matters of legal and illegal conjunction were for me alone to decide, and here she was, Valeria, the comedy wife, brazenly preparing to dispose in her own way of my comfort and fate. I demand her lover's name. I repeated my question;
but she kept up a burlesque babble, discoursing plans for an immediate divorce. "Mais qui est-ce?"
I shouted at last,, striking her on the knee with my fist; and she, without even wincing, stared at me as if the answer were too simple for words, then gave a quick shrug and pointed at the thick neck of the taxi driver.
26渡米のためのヴィザの手続きで市役所から出てきたあと、ハンバートとヴァレリアは、道 端を這うように走っていたタクシーに乗り込む。バフチンがいう小説ならではの絶妙な時空 間が形成される。
Незачем говорить, что мужу не могут особенно понравиться такие слова. Меня, признаюсь,
они ошеломили. Прибить ее тут же на улице-как поступил бы честный мещанин ? было нельзя. Годы затаенных страданий меня научили самообладанию сверхчеловеческому. Итак, я поскорее сел с ней в таксомотор, который уже некоторое время “пригласительно полз вдоль панели, и в этом сравнительном уединении спокойно предложил ей объяснить свои дикие слова. Меня душило растущее бешенство-о, не потому чтоб я испытывал какие-либо нежные чувства к балаганной фигуре, именуемой мадам Гумберт, но потому что никому, кроме меня, не полагалось разрешать проблемы законных и незаконных совокуплений, а тут Валерия, моя фарсовая супруга, нахально собралась располагать по своему усмотрению и моими удобствами и моею судьбой. Я потребовал, чтоб она мне назвала любовника.
Я повторил вопрос; но она не прерывала своей клоунской болтовни, продолжая тараторить о том, как она несчастна со мной и что хочет немедленно со мной разводиться. «Mais qui est-ce?»-заорал я наконец, кулаком хватив ее по колёну, и она, даже не поморщившись, уставилась на меня, точно ответ был так прост, что объяснений не требовалось. Затем быстро пожала плечом и указала пальцем на мясистый затылок шофёра.
2726 V.Nabokov. The Annotated Lolita. p.27-28.
27 В.Набоков. Собрание сочинений американского периода.Т. 2. С.39.
ハンバートはヴァレリアにその愛人は誰かを問い、タクシーを運転していた男の首を指 す。作品内に登場する二人目のロシア人は、ハンバートの妻を寝とりながらも折目正しく教 養のある紳士でもある。
(7)マックー家の火災の原因について
ハンバートがラムズデールに引っ越した際に泊まるはずだったマックー氏の家がハンバー トが到着する前夜に火事になったのは、いうまでもなく、小説のクロノトポスにおける絶妙 なタイミングである。それがきっかけでシャーロットの家に泊まることにつながるからであ る。
Nobody met me at the toy situation where I alighted with my new expensive bag, and nobody
answered the telephone; eventually, however, distraught McCoo in wet clothes turned up at the only hotel of green-and-pink Ramsdale with the news that his house had just burned down. His family, he said, had fled to a farm he owned, and had taken the car, but a friend of his wife's, a grand person, Mrs. Haze of 342 Lawn Street, offered to accommodate me.
28(ピンクと緑の色彩はのち の記述に関連する)火事の理由が示されないどころか、火事があったとさえ、明確には述べられていない。
Никто меня не встретил на игрушечном вокзальчике, где я вышел со своим новым дорогим
чемоданом, и никто не отозвался на телефонный звонок. Через некоторое время, однако, в единственную гостиницу зелено-розового Рамздэля явился расстроенный, промокший Мак-Ку с известием, что его дом только что сгорел дотла- быть может, вследствие одновременного пожара, пылавшего у меня всю ночь в жилах. Мак-Ку объяснил, что его жена с дочками уехала на семейном автомобиле искать приюта на какой-то им принадлежавшей мызе, но что подруга жены, госпожа Гейз, прекрасная женщина, 342, Лоун Стрит, готова сдать мне комнату.
2若島正が指摘するように30、ナボコフは『ロシア文学講義』、あるいは、『(ヨーロッパ)
文学講義』の中でゴーゴリやディケンズの作品を取り上げ、比喩の実体化について述べてい る31。つまり、ハンバート・ハンバートの情欲の炎が実体化して火事に繋がったという解釈
28 The Annotated Lolita.P.35..
29 Собрание сочинений американского периода в пяти томах. Т.2. С.48.
30 若島正、前掲書。
31 V.Nabokov. Lecture on Literature (Harcout. New York),1980, P.77, 80 ではディケンズの『荒涼館』
における「体内発火」について。Lecture on Russian Literature (Harcout. New York),1980, P.23.で はゴーゴリの『死せる魂』における用例をあげている。
である。また、火事は作品の終盤、ハンバートがロリータと再会する場面でもロリータの口 から言及される。ただ、2回の火事についてはあまりにも突発的でその理由については何も 言及されていない。作者は読者の読みの深さを試していると考えられる、この作品に込めら れた非常に重要な謎である。本論では、作品中にその謎を解明するヒントが散りばめられて いると考える。この小説のプロットがバフチンのいうクロノトポスを形成し、まさしくちょ うどいいタイミングでことがなされるわけだが、それは主人公には如何ともし難い天の思し 召しのような不可抗力によるものである。ハンバートは無論その理由については知る由もな い。作品中随所に見られる稲妻についての記述を列挙する。それは、ヴァレリアの浮気が発 覚する前、
And next door, an art dealer displayed in his cluttered window a splendid, flamboyant, green, red, golden and and inky blue, ancient American estampe-a locomotive with a gigantic smokestack, great baroque lamps and a tremendous cowcatcher, hauling its mauve coaches through the stormy prairie night and mixing a lot of spark-studded black smoke with the furry thunder clouds.
These burst. In the summer of 1939 mon once d'Amérique died bequeathing mean annual income
of a few thousand dollars on condition I came to live in the States and showed some interest in his business.
32ハンバートは自身をイヴァン雷帝にあやかってハンバート雷帝とも名付けている33。ロシ ア語では
Гумберт Грозный となっている。
34ちなみに、先のヴァレリアとの別れの場面の最後にハンバートの人生に青天の霹靂(まさ に稲妻)が訪れる。
1939年夏に死んだアメリカの伯父が、ハンバートがアメリカに移り住み、
会社の経営を引き継ぐことを条件に毎年数千ドルの遺産を残したのである。この伯父につい ては、ハンバートを可愛がったシビルおばさんの主人と考えられるが、はっきりとは明言さ れていない。
А в доме рядом антиквар выставил в загроможденной витрине великолепный, цветистый- зеленый, красный, золотой и чернильно-синий- старинный американский эстамп, на котором был паровоз с гигантской трубой, большими причудливыми фонарями и огромным скотосбрасывателем, увлекающий свои фиолетовые вагоны в грозовую степную ночь и примешивающий обильный, черный, искрами поблескивающий дым к косматым ее тучам.
В них что-то блеснуло. Летом 1939-го года умер мой американский дядюшка, оставив мне ежегодный доход в несколько тысяч долларов с условием, что перееду в Соединенные Штаты 32 The Annotated Lolita.p.35.
33 ibidem.p.29.
34 Собрание сочинений американского периода в пяти томах. Т.2. С.40.
и займусь делами его фирмы.
35次のヒントは、ハンバートが拘置所で読んだ演劇人年鑑に書かれてあるいは、クレア・
クィルティのプロフィールを目にする箇所に隠されている。
Quilty, Clare. American dramatist. Born in Ocean City, N.J., 1911. Educated at Columbia University. Started on a commercial career but turned to playwriting. Author of The Little Nymph, The Lady who Loved Lightning (in collaboration with Vivian Darkbloom), Dark Age, The Strange Mushroom, Fatherly Love and others. His many plans for children are notable. The Little Nymph (1940) traveled 14,000 miles and played 280 performances on the road during the winter before ending in New York. Hobbies: fast cars, photography, pets.
36ロシア語で見てみよう。
Куильти, Клэр. Американский драматург. Родился в Ошан Сити, Нью-Джерси, 1911.
Окончил Колумбийский Университет. Начал работать по коммерческой линии, но потом обратился к писанию пьес. Автор «Маленькой Нимфы», «Дамы, Любившей Молнию» (в сотрудничестве с Вивиан Дамор-Блок), «Темных Лет», «Странного Гриба», «Любви Отца»
и других. Достойны внимания его многочисленные пьесы для детей. «Маленькая Нимфа»
(1940) выдержала турне в 14,000 миль и давалась 280 раз в провинции за одну зиму, прежде чем дойти до Нью-Йорка. Любимые развлечения: полугоночные автомобили, фотография, домашние зверьки.
37(Vivian Darkbloom 、ロシア語で
Вивиан Дамор-Блок
との共作である38)『稲妻を愛したレ イディ』はもちろんハンバートの母親のことであり、母親の死の理由をなぜかクィルティが 知っている。『小さなニンフ』はニンフェット、つまり、本作の主題と重なる。このように、戯曲家クレア・クィルティの作品名は、ことごとく『ロリータ』のモチーフと重なる(つま り、『ロリータ』の作者ハンバートとクィルティの作品がメビウスの輪のような構造、ある いは、ある客体とその鏡映の関係であることがここでも明らかにされている)。
次はロリータがハンバートに口にする言葉の引用である。
35 Там же. С.38. ibidem. p.31.
36 An annotated Lolita. P.31
37 Там же. С. 43-44. An annotated Lolita. P.350
においてVivian Darkbloom
はVladimir Nabokov
のア ナグラムであることが指摘されている。38 両方とも Vladimir Nabokov, Владимир Набоков
のアナグラム。"I am not a lady and do not like lightning," said Lo, whose dread of electric storms gave me some pathetic solace.
39“Я не дама и не люблю молнии”, странно выразилась Лолита, прильнувшая ко мне, увы, только потому, что болезненно боялась гроз.
40ここは非常に謎な部分である。落雷の音を聞いた後に、ロリータがクィルティの作品名を 仄めかす。ハンバートだけが知っていたと言ってもいいはずの母親の死因が、クレア・クィ ルティのみならず、ロリータの口からも飛び出すとも解釈できる。全知全能の神の声がロ リータの口から漏れる瞬間でもある。
ちなみに母親の死因は、作品の冒頭に言及されている。
My very photogenic mother died in a freak accident (picnic, lightning) when I was three, and, save for a pocket of warmth in the darkest past, nothing of her subsists within the hollows and dells of memory, over which, if you can still stand my style (I am writing writing under observation), the sun of my infancy had set.
41Обстоятельства и причина смерти моей весьма фотогеничной матери были довольно оригинальные (пикник, молния); мне же было тогда всего три года, и, кроме какого-то теплого тупика в темнейшем прошлом, у меня ничего от нее не осталось в котловинах и впадинах памяти, за которыми-если вы еще в силах выносить мой слог (пишу под надзором)-садится солнце моего младенчества…
42これら稲妻についての記述と作品中に出てくる二度の火災の原因を結びつけるのは安易で あるとの批判もあるかもしれない。ハンバートの中に燃え上がる炎が実体化して火事を引き 起こしたという既存の説に、ハンバートの母親からの遺伝子を読み取るというのが本稿のオ リジナルな考えである。
(8)雨の湖(
Одни лужи
)続いて、ラムズデールにおける最もロマンティックなシーンを振り返ろう。この小説は さまざまなジャンル、文体が入り乱れるが、ここは日記文学にさながらに綴られている。
シャーロット、ロリータ、ハンバートの三人で行く予定だった湖水浴は雨で台無しになる。
39 ibidem.p.220.
40 Собрание сочинений американского периода в пяти томах. Т.2. С.270.
41 Op.cit. p.10.
42 Собрание сочинений американского периода в пяти томах. Т.2.С.18.
Tuesday. Rain. Lake of the Rains. Mamma out shopping. L., I knew, was somewhere quite near. In result of some stealthy maneuvering, I came across her in her mother's bedroom. Prying her left eye open to get rid of a speck of something.Checked frock. Although I do love that intoxicating brown fragrance of hers, I really think she should wash her hair once in a while. For a moment, we were both in the same warm green bath of the mirror that reflected the top of a poplar with us…
43悪天候のせいでアワー・グラス湖に行けなかった「雨の湖」の代替物として隠喩的なもう 一つの「湖」が形成される。容易に想像できるのは庭にできた「水溜り」なのだが、それに ついては英語版では論究されない。そして、家の中、外出中の母親の部屋でハンバートとロ リータが戯れる家の中の「湖」こそが、真のロマンスであるが、二人を緑色の中に包ませる のは窓の外のポプラの葉であったのだ。
Вторник. Дождик. Никаких озёр (одни лужи). Маменька уехала за покупками. Я знал, что Ло где-то близко. В результате скрытых манёвров я набрёл на нее в спальне матери. Оттягивала перед зеркалом веко, стараясь отделаться от соринки, попавшей в левый глаз. Клетчатое платьице. Хоть я и обожаю этот ее опьяняющий каштановый запах, все же мне кажется, что ей бы следовало кое-когда вымыть волосы. На мгновение мы оба заплавали в тёплой зелени зеркала, где отражалась вершина тополя вместе с нами и небом.
44一方のロシア語はどうか。"Rain. Lake of the Rains. "が、「湖なんてどこにもない(水溜り ばかり)」と翻訳されている(ロシア語の
лужи「水溜り」も隠喩であるが、家のそばにある
という意味では雨を表す換喩でもある)。ここでは、a(発音記号のei)の assonance がロシ
ア語ではВтОрнИК. ДОждИК.
のようにО, И
のассонанс
を伴って翻訳されている。(9)ポッツ氏(英語)がワトキンス(ロシア語)に変わる理由
第1部におけるもう一つの名場面は、シャーロットの死後、ハンバートはキャンプにロ リータを迎えに行き、ホテルに入るところである。ここでのやり取りは作品内に散りばめら れるペアのイメージを増幅させるが、まずはアフリカ系のポーターが「ピンクの豚二匹」が その魁となる。
The pink old fellow peered good-naturedly at Lo-still squatting, listening in profile, lips parted,
to what the dog's mistress, an ancient lady swathed in violet veils, was telling her from the depths of a cretonne easy chaire.
Whatever doubts the obscene fellow had, they were dispelled by that blossom-like vision. He
43 ibidem.p.118-119.
44 Там же.С.58. ibidem.p.43.
said, he might still have a room, had one, in fact-with a double bed. As to the cot-
“Mr. Potts, do we have any cots left?”
Potts, also pink and bald, with white hairs growing out of his ears and other holes, would see what could be done. He came and spoke while I unscrewed my fountain pen. Impatient Humbert!
45"Mr.Potts, do we have any cots left?" The cot(簡易ベッド)は複数形の
cots
になることによ り、Mr.Pottsと脚韻関係を結ぶ。ロシア語の方は、どうか。Розовый старец добродушно поглядел на Лолиту, которая все еще стояла на корточках, полуоткрыв губы, слушая в профиль, что говорила ей из глубин кретонового кресла хозяйка собаки, древняя старуха, обвитая фиолетовыми вуалями.
Какие бы сомнения ни мучили подлеца, они рассеялись от вида моей арийской розы. Он сказал, что, пожалуй, найдётся кое-что, да-номер с двойной постелью. Что же касается кроватки-“Мистер Ваткинс, как насчет лишней кроватки…? ” Кроваткинс, тоже розовый и лысый, с белыми волосками, растущими из ушных и других дыр, подошёл и заговорил, а я уже развинчивал вечное перо. Нетерпеливый Гумберт!
46英語の
Mr. Potts
がМистер Ваткинс
に代わっていることに注意すべきである。PottsとCotts
が意図的に韻を踏んでいることが、ロシア語ではВаткинс - кроваткинс
の韻に翻訳されていることで判明する。(ちなみに、ロシア語の助詞
с
は、сударь, сударыня
の省略形とされ、任意の後につく丁重さや卑下を表す(「左様でございます」との意味)。)つまり、ここで使 われている原理は、respectively が
распределяйте сами と翻訳された手法と似ている。意味の
翻訳よりも、脚韻的な翻訳に重きが置かれている。p-bの無声・有声の子音のペアは、
ロシア語の розовый и лысый
においてはР
とЛ
歯茎 音、Сと З (無声―有声)の対立するペアが用いられている。次の場面を見てみよう。“Our double beds are really triple,”
Potts cozily said tucking me and my kid in.
“One crowdednight we had three ladies and a child like yours sleep together. I believe one of the ladies was a disguised man(my static) . However-would there be a spare cot in 49, Mr. Swine?”
“I think it went to the Swoons,”
said Swine, the initial old clown.
“We'll manage somehow,”
I said.
“My wife may join us later-but even then, I suppose, we'llmanage.
4745 ibidem.p.118-119.
46 Собрание сочинений американского периода в пяти томах. Т.2.С.147.
47 Op.cit. P.118.
“Наш двойные постели-в сущности тройные”, уютно говорил он, укладывая спать отца и дочку. “Помнится, был у нас как-то особенно большой наплыв, и мы положили в одну постель трёх дам и вот такую девочку, как вашу. Мне даже кажется, что одна из дам была переодетый мужчина(моя отсебятина). Впрочем, нет ли лишней койки в номере сорок девятом, мистер Швайн?” “Боюсь, её дали семейству Свун”, сказал Швайн. первый из двух шутов. “Мы уж как-нибудь справимся”, сказал я “Попозже к нам, может быть, присоединится моя жена-но даже так, я думаю, мы справимся”.
48ロシア語版と比べると、英語の
consonance
である"Swoon и Swine"
はロシア語の"Швайн и Свун" に移し替えられる。さらに驚くべきは、 SW
(СВ)がロシア語の豚の Две СВиньи(二 匹の豚)に連結していることだ。 手の込んだ音韻反復(無声―有声子音などの対立するペ ア)は、作品内の対立構図に直結している。(10)増殖する鏡映
「ピンクの豚二匹」は、エドガー・ハンバート・ハンバート(偽名にエドガー・ポーがオ マージュされ苗字と名前が反復)と住所342番地とルームナンバー
342号の絶妙な合致が明
らかになる。The two pink pigs were now among my best friends. In the slow clear hand of crime I wrote: Dr.
Edgar H. Humbert and daughter, 342 Lawn Street, Ramsdale. A key (342!) was half-shown to me (magician showing object he is about to palm)?and handed over to Uncle Tom.Lo, leaving the dog as she would leave me some day, rose from her haunches; a raindrop fell on Charlotte's grave; a handsome young Negress slipped open the elevator door, and the doomed child went in followed by her throat-clearing father and crayfish Tom with bags.
Parody of a hotel corridor. Parody of silence and death.49
ロシア語で見てみよう。
К этому времени обе розовых свиньи уже забыли свое гумбергофобство. Медленным и ясным почерком злоумышленника я написал: Доктор Эдгар Г. Гумберт с дочерью, 342, Лоун Стрит, Рамздэль. Ключ (номер 342!) был мне мельком показан (так фокусник показывает монету, которую он собирается спальмировать) и тут же передан Дяде Тому.
Лолита, оставив собаку (так и меня она оставит), поднялась с корточек; дождевая капля упала на могилу Шарлотты; спустившаяся с небес миловидная негритянка отворила изнутри дверь 48 Собрание сочинений американского периода в пяти томах. Т.2.С.147.
49 Op.cit. P.118.
лифта, и обречённое дитя вошло в него, а за ней последовали ее покашливающий отец и Том с чемоданами, как распяленный краб.
Пародия на гостиничный коридор. Пародия на тишину и на смерть.
50英語では、「2匹のピンクの豚は私にとっての最良の友達となった」。ロシア語では、「こ の時までに2匹のピンクの豚は
гумбергофобство(ハンバート嫌い)をとうに忘れていた」
という意味になっている。 The two pink pigs(ロシア語の
обе розовых свиньи)英語では p
のアリテレーション、ロシア語のではз
とс
の対立する子音が用いられている。「ロリータ は、いずれ私を捨てるように、犬を置き去りにして腰を上げた」の箇所は、ロリータがハン バートの元を離れる先説法となっている。続いてホテルルームの中のシーンである。“Say, it's our house number,”
said cheerful Lo. There was a double bed, a mirror, a double bed in the mirror, a closet door with mirror, a bathroom door ditto, a blue-dark window, a reflected bed there, the same in the closet mirror, two chairs, a glass-topped table, two bedtables, a double bed:
a big panel bed, to be exact, with a Tuscan rose chenille spread, and two frilled, pink-shaded night lamps, left and right. I was tempted to place a five-dollar bill in that sepia palm, but thought the largesse might be misconstrued, so I placed a quarter. Added another. He withdrew. Click. Enfin seuls.
51比較してみよう。a double bed, a mirror, a double bed in the mirror, double bed mirror の語が 反復されることによって、音韻的にも二重に増加される。「鏡付きのクローゼット扉、同じ く(鏡付き)のバスの扉、青暗い扉、そこに反射されるベッド、クローゼットの扉にも同じ く反射されるベッド、一対の椅子、硝子テーブル、2つのベッド机、ダブル・ベッド、それ は正確にいうと、ビッグ・パネル・ベッドで、トスカーナ産薔薇色のシェニール織(ロシア 語ではベルベット)のカバーが広がり、ピンクのフリルの傘がついたスタンドが両脇に置か れている。
«Смотри, ведь это номер нашего дома», весело воскликнула Лолита.
Двуспальная кровать, зеркало, двуспальная кровать в зеркале, зеркальная дверь стенного шкафа, такая же дверь в ванную, чернильно-синее окно, отражённая в нем кровать, та же кровать в шкафном зеркале, два кресла, стол со стеклянным верхом, два ночных столика, двуспальная между ними кровать: точнее, большая кровать полированного дерева с бархатистым покрывалом пурпурного цвета и четой ночных ламп под оборчатыми красными 50 Собрание сочинений американского периода в пяти томах. Т.2.С.148.
51 Op.cit. P.118.
абажурами. Мне очень хотелось положить пятидолларовую бумажку на эту бледно-бурую ладонь, но побоялся, что такая щедрость может быть неправильно истолкована, а потому положил четвертак. Прибавил еще один. Он удалился. Щёлк. Enfin seuls.
52ところで、ナボコフがホテルの一室におけるおかれているベッドや椅子やその鏡映のモ チーフに初めて着目したのはいつのことだろうか。シーリン時代に書かれた詩「ホテルの一 室」はよく引き合いに出されるが、『ロリータ』におけるこのシーンと比較されるのは 筆者が知る限り頻繁にあることではない。
Номер в гостинице53
Не то кровать, не то скамья.
Угрюмо-жёлтые обои.
Два стула. Зеркало кривое.
Мы входим - я и тень моя.
私と影と述べることによって、自身とその分身の存在を意識していたことがわかる詩であ る。一対の椅子、そして、それが鏡に映るという描写がなされ、『ロリータ』とナボコフが 若いときに書いたこの詩との間に何らかの相関性はないと言えるのだろうか。もちろん、こ こでは少女の存在は何も明かされていないが、ホテルの一室における2脚の椅子とその鏡 像、自分と影(分身)は、『ロリータ』におけるベッド、クローゼット、そして、2脚の椅 子、2つのランプとそれの鏡像というペアと重なるものであることは論じるまでもない。次 はラムズデールにおける「雨の湖」のシーンに対応する「薔薇色の陽光」のシーンである
(緑とピンクは色彩的に対応している。)。
'Are we to sleep in one room?' said Lo, her features working in that dynamic way they did – not cross or disgusted (though plain on the brink of it) but just dynamic – when she wanted to load a question with violent significance.
"I've asked them to put in a cot. Which I'll use if you like."
"You are crazy," said Lo.
"Why, my darling?" "Because, my dahrling, when dahrling Mother finds out she'll divorce you and strangle me."
Just dynamic. Not really taking the matter too?...Now look here,' I said, sitting down, while she stood, a few feet from me, and stared at herself contentedly, not unpleasantly surprised at her own 52 Собрание сочинений американского периода в пяти томах. Т.2.С. 148. ibidem.p.118-119.
53 В.Набоков. Стихотворения. СП. 2002. С.220.
appearance, filling with her own rosy sunshine the surprised and pleased closet- door mirror.
54 ロシア語を見てみよう。«Как же так-
мы будем спать в одной комнате?» сказала Лолита, динамически гримасничая, как делала, бывало, без гнева, без гадливости (хотя явно на границе этих чувств), а именно динамически, когда хотела нагрузить свой вопрос особенно истовой значительностью.
«Я просил у них добавочную койку. Которую, если хочешь, я возьму себе».
«Ты с ума сошел», сказала Лолита.
«Почему же, моя дорогая?»
«Потому, да-ра-гой, что когда да-ра-гая мама узнает, она с тобой разведётся, а меня задушит».
Просто-динамически; не принимая всерьез.
«Послушай меня», сказал я садясь; она же стояла в двух шагах от меня и с удовольствием смотрела на свое отражение, приятно удивлённая им, наполняя собственным розовым светом удивлённое и довольное зеркало шкафной двери.
55「雨の湖」と同じように、薔薇色を作り出しているのはロリータの肌色がピンク色に輝い ていただけではない(若さを象徴していると解釈すればそれも隠喩だ)。ホテルの部屋全体 を包み込んでいる薔薇色は先のポーター(ピンクの豚二匹)と相応するホテル内のピンク・
フリルの一対のランプだけではなくシニュール織のベッドカバーの色でもある。またしても 隠喩的技法に換喩が付け加えられているのだ。
4.本論の結論として
この作品におけるある客体とその鏡像関係との増幅するイメージは、ハンバートとクレ ア・クィルティそして、この作品の作者であるウラジーミル・ナボコフと作品内の語り手で あるハンバート・ハンバートとの鏡像関係、そして、ハンバート・ハンバートとクレア・
クィルティとの鏡像関係を増幅するための様々な仕掛けとして用いられている。特にハン バートとロリータが入ったホテル『魅惑の狩人』が小説の第2部でロリータがクィルティに よって書かれた戯曲『魅惑の狩人』と鏡像関係にあるのは言うまでもない。
『利己的な遺伝子』では、群淘汰(種の存続のために自己を犠牲、あるいは、自身の身を 危険に晒す)か個体淘汰の二項対立ではなく、あらゆる生物が、自己複製子、つまり、ミー
54 ibidem.p.118-119.
55 Там же. С. 149. ibidem.p.119.
ム(模倣子)の拡散・伝承のために生きていることが論証される。この観点は、胸像を用い た自己自身の反映が増幅されるイメージとも重なり合う。この作品では、ハンバートの幼少 期の恋物語としてアナベル・リーとの思い出が綴られるが、これはエドガー・アラン・ポー からの文学的遺伝子がフランスのサンボリズムやロシアの象徴派詩人を通じて、ナボコフと いうロシア出身でアメリカに亡命した作家に引き継がれアメリカに戻ってくることにも連関 する。アナベル・リーからロリータへの輪廻転生、ポーの文学的遺伝子を受け継ぎながら も『ロリータ』というミームを作り出す作者及び主人公の本能的欲求がうかがえるのだ。ま た、作品全体に散りばめられる鏡、小説から映画脚本、英語からロシア語へとナボコフ自身 による自己翻案、自己翻訳の手が加えられるモチーフの反復は、昆虫学的なミメーシス(擬 態)とも通じるものがある。主人公ハンバート・ハンバートは、アナベル・リーとの死別
(エドガー・ポーの作品が下地)後、アメリカに渡り、アナベル・リーの転生であるロリー タに出会い、シャーロットを騙してロリータに近づく。ハンバートはロリータをホテルに連 れ込むが、ロリータがクィルティと結託してハンバートを騙す予知夢の機能を持っていると は気づかない。クィルティは、ロリータをハンバートから引き剥がし、さらにロリータを捨 てるクィルティの存在を知り、増幅する殺意を実行に移す。クィルティを殺害し留置場のな かで、ハンバートは作家としての本懐を遂げ、ロリータとともにるエクリチュール化された 作品『ロリータ』世界の中に入り込むのである。
さらに、ナラトロジカルな擬態の性質についても一言述べる必要がある。ハンバートの母 親から引き継がれた遺伝子は、自身の中に燃え上がる欲情の実体化としての火事を引き起こ す。それは、母親の死因と同じく落雷となってマックー邸の火事の要因となる。ハンバート のミームとしての手記『ロリータ』が自己複製子であるクレア・クィルティによって書かれ た『魅惑の狩人』によって裏付けられると考えれば、ハンバート・ハンバート(自己複製的 名称)とクレア・クィルティの関係性もある個体とミームとの関係性になぞらえられる。ハ ンバート自身の生い立ちの記述に込められた遺伝子が作品全体に秘められた謎を解く鍵とな る。
ウラジーミル・ナボコフ自身は自身の書いた英語版『ロリータ』を映画版脚本『ロリー タ』に翻案し増幅させ、さらに英語版『ロリータ』からロシア語版『ロリータ』へと翻訳・
鏡像の増幅を図ったことは、ホテル『魅惑の狩人』の一室でベッド、椅子、ランプが鏡像に よって増幅していく様子と重なり合う。ロシア語版『ロリータ』は、英語版『ロリータ』そ して映画台本『ロリータ』と同じようにウラジーミル・ナボコフおよびハンバート・ハン バートの模倣子(ミーム)なのだ。そのミームは作品内のイメージ、そして、その解釈とと もにさらにさらに増殖をし続けるとも言えるのだ。