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選択と集中による顧客サービス戦略 -

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(1)

1,はじめに

内閣府「国民経済計算」によると、サービス産業(第

3

次産業)は、日本では

GDP・雇用のシェアは 7

割程度を占める重要な産業となっている(2010年時点)。

先進国経済においては、サービス産業のウェイトが

GDP・雇用の両面で着

実に拡大を続けているが、わが国も例外ではない。日本経済において、サービ ス産業の果たす役割は大きい。

ただ、生産性という観点からみると、日米で比較した場合、日本のサービス 産業の生産性は、ほとんどの分野で米国を下回っているとの分析があり(図

1

参照)、労働生産性が低いことが指摘されている。加えて、人口減少が現実の ものとなり、人手不足が顕在化している今、サービス産業の生産性の向上がよ り一層期待されている。

選択と集中による顧客サービス戦略

QB

ハウスの事例考察から-

浦 野 寛 子

図1:業種別労働生産性の水準の国際比較

出所:平成26年6月24日「日本再興戦略改訂2014」抜粋

(2)

一方、サービス産業の現場では、「顧客満足」の追求が声高に叫ばれている。

顧客が満足しなければ、多くの顧客を集めることができず、リピーターになっ てもらうことも出来ない。顧客を集めることができなければ、その企業は成長 することもままならず、撤退も余儀なくされる。したがって、多くの企業では、

顧客満足を高めるために様々な努力を重ねなければならないのである。

このように、サービス産業では、「生産性の向上」と「顧客満足の追求」と いう

2

つの大きな課題が立ちはだかっている訳だが、これを両立させるのは容 易なことではない。一見すると、二律背反の関係にも捉えられる両者をいかに 推し進めていくか、理論的・実践的研究成果、示唆が求められている。

これらの背景から、本論文は以下のとおり構成する。2節では、なぜ日本は サービス産業の生産性が低いのか、そもそも顧客満足を高めながらサービスの 生産性を向上させることは可能なのかという論点に基づき課題を整理する。3 節では、2節で提示した課題に基づくリサーチクエスチョン(以下

RQ)を設

定し、「生産性の向上」と「顧客満足の追求」の両者を追求する先端的企業で ある

QB

ハウスの事例を記述する。4節では、RQに応える形で、成功要因を 分析する。5節では、インプリケーションと課題を提示する。

2,日本のサービス産業が抱える課題

「良質なサービスは高く評価される。顧客が満足しなければ、多くの顧客を 集めることができない。」こうした考えのもと、多くの日本企業では、顧客満 足を高めるために、あらゆる面で、出来る限りサービスの質を高めようとする。

顧客が不満を示せば、指摘された部分を改善しようと努める。つまり、満遍な く高品質のサービスを実現しようと努力するのである。

日本の顧客サービスの高品質至上主義には、至れり尽くせりのおもてなし精 神と、顧客の満足を超えた感動を追求するという感動神話とも呼べるような、

徹底したサービスの哲学が根底に働いている。こうした哲学は、確かに高品質

(3)

のエクセレント・サービスを顧客に提供する一方、顧客にとって高いコスト負 担や過剰さを感じることにもなりかねない(小野

,2014)

全ての顧客に対して、しかも全方位に高品質サービスを提供しようとすると、

ターゲットやブランドコンセプトも曖昧になる可能性がある。また、サービス を提供する企業にとっては、オペレーションの負荷を高め、生産性を低下する 要因になりえる。

このように、企業が、あらゆる顧客ニーズに対して高品質なサービスを提供 し、顧客の感動を創造しようとすると、結果的に差別化ポイントがはっきりせ ず、他社と同質的な過剰サービスとなる可能性がある。また、オペレーション の負荷が高まった場合、従業員は疲弊し、コスト負担は大きくなり、場合によっ ては、市場から撤退することを余儀なくされるといったケースも考えられる。

3,事例

前述のとおり、日本のサービス産業は、全方位型高品質サービスを志向する 傾向が強いため、サービスの生産性が低くなりがちであるが、そもそも顧客満 足を高めながらサービスの生産性を向上させることは可能なのか。

こうした視点から、顧客満足の実現と業務の効率化を両方推し進めている

QB

ハウスの事例を分析する。QBハウスは、2015年度の「JCSI(日本版顧客 満足度指数:Japanese Customer Satisfaction Index)」調査において、生活関連 サービスで顧客満足度

1

位を受賞しているi。また、サービスの生産性向上に 向けた取組みを行っている先端企業ということで、度々テレビや雑誌でも取り 上げられている。したがって、同社の事例考察から、サービスの生産性向上と 顧客満足に関する知見を見出すことを目的としたい。単一事例の研究となるが、

Yin

(1994)は事例がユニークな場合、単一事例研究の妥当性を指摘しており、QB ハウスの事例から得られる知見には大きな価値が存在するものと期待される。

同社の事例考察には、前述の課題の議論を受けて、以下のリサーチクエスチョ

(4)

ン(以下

RQ)を設けたい。

RQ:QB

ハウスはどのようにして顧客満足と業務効率化の両立を成し遂げたのか

3.1,会社概要と調査方法 3.1.1,QBハウスの概要

QB

ハウスは、日本の企業であるキュービーネット株式会社が運営している ヘアカット専門店である。一般のサロンで通常行うシャンプーやブロー・シェー ビング等、顧客が自分自身で出来ることはサービスに含まず、自分で出来ない

「カット」のみに特化したサービスを提供する。カットに要する時間は約

10

分、

価格は税込

1,080

円(2015年現在)で提供している。

社名・店名の「QB」は、「Quick Barber」(早い理容室)「Quick Beauty」(早 い美容室)「Quality Business」(良質のビジネス)など様々に由来する。また、

アメリカンフットボールのポジションの一つである「Quarter Back」(クォー ターバック)の頭文字でもある。これは、「旧態依然とした理美容業界に、一 石を投じたい」と考えた創業者が、理美容業界をコントロールしたいという思 いを込めたものであるii

1995

12

月に会社を設立。1996

11

月、千代田区神田美土代町に

1

号店

「QBハウス・神田美土代店」をオープンし、以後全国各地に店舗を展開。日 本国内では

2015

時点で、店舗数

492

店舗・年間の延べ来客者数は

1,500

万人 を突破している。また、海外にも積極的に進出し、

2015

年時点で、シンガポー ルに

32

店(設立:2002年)、香港に

50

店(設立:2005年)、台湾に

14

店(設

2012

年)、合計

96

店展開している。

3.1.2,調査方法

本論文は、QBハウスのビジネスモデル全体を統合的に考察する必要がある ため、調査の対象は、主に経営管理をつかさどる中心的存在の人とした。イン

(5)

タビュー調査は、2015年にキュービーネット株式会社の取締役管理本部長に

1

回、海外支社の

QB Net International Pte Ltd

Director

1

回行っているiii インタビューは半構造的な質疑応答に拠った。

また、創業の経緯や会社の沿革等について詳細を把握するため、1995年の 創業以降

2015

年までに掲載された新聞・雑誌記事を検索した。具体的には全 国紙と日経の雑誌全てに目を通した。

記述については、同社の確認を得ているが、誤認に基づく分析のすべては筆 者に帰する。なお、事例内容はあくまでも

2015

年調査当時までにおける事実 であることに注意されたい。

3.2,QBハウスのサービス戦略iv 3.2.1,サービス誕生の背景・経緯

QB

ハウスのサービスはどのように生まれたのか。それは、創業者の小西國 義の経験にある。

小西はある日、予約をして、価格が高めの総合調髪サービスの理容店に行っ た。彼は、予約をしていったにも関わらず、長時間待たされた。そしてようや く自分の番が回ってきて、髪の毛を切っていると、切っている従業員が、かかっ てきた電話に出たり、遠くまで蒸しタオルを取りに行ったり、落ちた髪の毛を 掃除するためのホウキを取りに行ったりした。加えて、髭剃りのために顔に泡 をつけられたまましばらく放置された。多忙だった小西は、「なんだこれは」

と対応に不満をもった。結局、1時間滞在し、5,000円位のお金を払って、髪 の毛を切っている時間は

10

分程度だったということに気づき、「そこだけやっ てくれ」とリクエストしたら、「何ですか、それは」と言われた。こうした経 験から、では自分でやってみようと考え、カットだけを提供するカット専門店 を始めたのが

QB

ハウスである。

QB

ハウスが開店した

1996

年当初は、行列が出来、1,000vという価格的

(6)

インパクトが非常に強かったが、来店したのは物珍しさと視察の意味合いから、

ほとんど理美容業界の人ばかりだった。その後しばらく閑古鳥が鳴いていたが、

1998

JR

神田駅内に「QBハウス・神田駅店」を出すと、人通りも多く看板 効果があったのか、他の店にも客が来るようになり、そこから少しずつ軌道に 乗っていった。

同社は、従来の「時間がかかり、それなりの料金」だった業界の常識を覆し、

「早くて安い」サービスを実現することに注力していった。

「時間のないお客さんにとっては、必要のないサービスはしない方が良いこ とに気付いた。むしろサービスをなるべく絞り込んで、できるだけ待たせずに 早く元の場所に戻してあげることが、良いサービスなのだと思った。」後に、

小西は当時の経験を振り返って、こう語っている。

3.2.2,10分へのこだわり

早いサービスの実現として、「10分」を標榜したが、これをいかに達成して いくかを考えた時、小西は、自身が感じた不満を

1

1

つ排除していくことに した。

まず、店に電話を置くのをやめた。だから、予約を受付けたり、化粧品や器 材の売込みの電話に対応する手間が省けた。次に、毎朝、洗顔と同時に髭をそ る人にとって、髭剃りは不可欠なサービスなのかと考え、髭剃りもやめた。こ れで、カミソリ負けを防ぐための泡のシェービングフォームも不要になる。そ して、朝、シャンプーを済ませてきた顧客にとって洗髪は必要なのかと考え、

シャンプーもやめた。それに伴い、ブローすることもやめた。もちろん、パー マやカラーリングも行わない。

スタイリストの動きにも注目した。例えば、遠くまで蒸しタオルなど取りに 行くだけで、時間がかかるので、全てのものに手が届くように什器や器具の配 置も見直した。また、通常の理美容室では減菌器は店に

1

つしかなく、スタイ リストはそこに移動するまでに多少の時間がかかるため、作業動線を徹底的に

(7)

短くするよう、QBハウスでは席ごとに減菌器を設け、スタイリストが歩かな くても作業が終わるように工夫した。

こうしてカットというコアなサービスだけに絞り込み、その舞台を作ること で、サービスの時間を短縮するだけでなく、1人の顧客に対する料金を安くす ることが出来た。なぜなら、10分でサービスを提供できれば、最大

1

時間で

6

人の顧客にサービスすることが可能となる計算が立つからだ。仮に、1時間平

4

5

人の顧客にサービスするとしても、1

1,000

円で

1

時間あたりの売 上は

4,000

5,000

円になる。従来の一般的な理容店は

1

時間当たり

3,500

前後であることを考えれば、客単価は安くなっているが、時間当たりの生産性 はむしろ向上することになる。

ただし、QBハウスは、自らのサービスの本質は、「料金の安さ」ではなく、

あくまで「仕上げまで

10

分」という「時短」にこそあるとしている。今では 数多くの競合に「料金

1,000

円」は追随されているが、「仕上げまで

10

分」と いう短さは業界随一であると自負している。

3.2.3,業務効率化とデータ分析

10

分という短時間のサービスを実現するために不可欠だと考えたのは、業 務効率化とデータ分析を両立する仕組みであった。

業務効率化の代表的なツールは、「エアウォッシャー」viと呼ばれる独自に開 発したツールである。エアウォッシャーは、カット後に毛くずを吸い取るもの で、これにより、洗い流す必要は無くなり、シャンプーの工程を省くことが出 来る。したがって、顧客が座る椅子もリクライニングする必要はなく、簡素で 場所を取らないため、店舗の面積も狭くて済んだ。

また、会計をするにはレジまで移動を伴い、料金支払いや釣り銭の受け渡し 作業が発生し、手を洗い直す必要もあるため、受付機能も兼ねた券売機を導入 した。これにより、スタイリストは、会計に伴う業務に時間を取られずに済む ようになった。

(8)

更に、これらの仕組みにより、可能になったことは、データの取得である。

店舗入り口の券売機で利用券を販売すると、入店時間が記録される。スタイリ ストがカットを始める時に、座席そばのタッチパネルに触わり、性別・年代な どの属性を入力すると、開始時刻が登録される。そして、エアウォッシャーで 毛くずを吸い取り、電源を切ると、カット完了としてその時刻データが自動的 に記録される。これで、顧客

1

人ひとりの待ち時間やカット時間といったデー タが、スタイリストの手をほとんど煩わせることなく、取得出来るようになった。

スタイリストはカットに集中し、それ以外の仕事は本部がサポートするとい う考えのもと、データ分析に関しては本部が主体的に行っている。本部スタッ フ約

70

人は、日々データを分析し、店舗にフィードバックする。これにより、

店舗のスタイリストは、「自分が何分でカットできているか」店長であれば「自 分の店のスタッフが平均何分かかっているか」を、データで客観的に把握する ことができる。本部スタッフは、平均カット時間が

10

分以上かかっているケー スが多い店舗に対しては、その原因を追究し適正な改善を行う。10分という 時短の施術が可能となっているのは、こうした仕組みによるサポートが大きい。

傾向分析も怠らない。週ごとに、週当たりの売上高について、前年の平日や 土日の売上と比べてどれくらい伸びているかを算出。成績不振の店舗を素早く 見つけ、すぐに対策が打てるようにしている。

また、顧客満足度を上げるためにも、データは利用されている。例えば、あ る店で女性の利用が多いことがわかると、女性のカットが得意なスタイリスト を優先的に配置する。つまり、出店エリアとスタイリストの特性をうまくマッ チングさせることで、施術時間を短縮させている。それ以外でも、例えば、利 用者の「待ち時間」が長い店舗については、原因を究明し改善を行ったりして いる。

データは、店舗の立地分析にも活用している。全店舗のデータから、うまく いっている所と、そうでない所を比較する。このような作業から、新たな出店

(9)

場所として、ふさわしい立地の仮説が生まれ、次の出店戦略につなげている。

更に、店舗情報に他のデータも組み合わせることで、勤務シフトを組むこと にも活用している。前年の来店客数や売上げといった店舗データと、天候・気 温といった気候データの相関関係を分析することで、翌週以降の来店客数を予 測し、スタイリストの最適な勤務シフトを決めている。

3.2.4,スタイリストの採用と教育

多店舗展開を進めている

QB

ハウスにおいて、これまで大きな課題となった のは、「人」の問題であった。

現在、QBハウスの運営会社であるキュービーネットの社長を務める北野泰 男はこう語っている。

「会社は最終的には人。人がどれだけモチベーション高く、仕事に誇りを持 てるかだ。

人が全ての理美容業を営むからこそ、共に働く仲間との信頼関係を大切にし、

“人が育ち、人が集まる組織へ”日々凡を極めて進化していく必要がある。

北野は、以前働いていた勤務先が経営破たんし、国有化された経験を持つ。

取引先であるキュービーネット創業者の小西國義と意思統合し、2005年に転 職した。しかし、転職した北野は、現場スタッフが疲弊している上、数多く離 職している現実を目の当たりにした。当時は、まだ業務効率化も発展途上の段 階で、上手く機能しない部分も多く、その中での急な出店攻勢も伴い、現場と 本部の間には大きな溝が出来ていた。

そんな状況が続く中、北野は

2009

年に社長に就任。「顧客だけでなくスタイ リストにも満足してもらわなくてはならない」と考え、現場の改革に着手した。

前述したような仕組み構築を作り上げていくことで、スタイリストの負荷を軽 減することに努めた。評価基準も見直した。店舗の評価基準を売上から、カッ ト技術や清潔度・接客などに変更し、優秀な店に対しては全国店長会で表彰し た。スタイリストをプロの技術者として尊重するようにした。

(10)

また、多店舗展開に伴う採用に関しても一策を講じた。理美容師の中には、

シャンプーやパーマに伴う手荒れなどの問題を抱えて、国家資格を取ったのに 現場に出ることができず、諦めてしまう人が多くいた。また出産・育児により 長期に渡り、実務を離れなければならなくなった女性も多数いた。そこで、そ うした人々が復帰できる場として、また、新入社員の研修の場として、1

8

時間のカットスクールを開設した。1

8

時間で最長半年間かけて訓練し、そ の間の給料も支払われる。

こうした改革によって、良質なスタイリストを採用・育成する仕組みを整え ると共に、離職率は大幅に低下していった。2015年時点では、定着率は

85%

と業界最高水準になっている。

さらに、スタイリストの士気を高める仕組みとして、北野が社長に就任した

2009

年以降、年に

1

度の社内イベント「QBカットコンテスト」も開催してい る。国内・海外から

2,000

人以上のスタイリストが頂点を目指してカット技術 を競うこの大会はパシフィコ横浜で開催され、応援スタッフも含めて盛大に行 われる。技術向上を目指した明るく一体感のあるイベントは、社員のやる気や 結束を高めるのに寄与している。

4,考察

日本では全国各地に店舗を拡大し、世界展開も着実に進めている

QB

ハウス であるが、RQに応える形でその成功要因を分析していきたい。

RQ

は、「QBハウスはどのようにして顧客満足と業務効率化の両立を成し遂 げたのか」であるが、その答えを結論から言うならば、「サービスを取捨選択し、

ターゲット顧客が最も重んじている側面に対して、徹底的にサービスの質を高 めた」点にある。

先に、日本のサービス産業が抱える課題として、多くの日本企業では、顧客 満足を高めるために、あらゆる面で、満遍なく出来る限り高品質のサービスを

(11)

実現しようと、高品質至上主義に陥りがちであることを述べた。しかし、全方 位に高品質サービスを提供しようとすると、ターゲットやブランドコンセプト が曖昧になるだけでなく、オペレーションの負荷は高まり、従業員は疲弊し、

コスト負担が大きくなってしまう。

ゆえに、こうした問題を回避するためにも、いくつかの側面では最高品質の サービスを提供するが、いくつかの側面では、あえてサービスの質を落とす、

あるいはサービスの提供をやめる覚悟を持つ必要があると考える。

では、どの側面でサービスの質を高め、どの側面を切り捨てればいいのか。

その判断は、自社の顧客はどのような人たちで、その人たちが何を一番強く求 めているかを徹底的に掘り下げていく必要がある。

QB

ハウスの場合、創業者の小西の経験から、忙しい顧客にとっては、「時 間の短さ」こそが、最大の価値であると気づいた。そこで、早いサービスの実 現として「10分へのこだわり」を持ち、その達成のために、切り捨てるべき 側面を丹念に洗い出していった。同社は、「時短カット」という顧客の最重要 のニーズをかなえるため、カット以外の施術であるパーマやカラーリング、髭 剃りといった作業を真っ先に切り捨てる以外にとどまらず、シャンプーやブ ローといった通常、カットに伴う作業もばっさり切り捨てた。

また、多くの理美容室でこだわりがちな、店舗の雰囲気づくりのためのオシャ レなインテリアへの投資も行わなかった。もちろんサービスとしてのコーヒー やお茶の提供も行わず、ヘアケアグッズの販売も一切しなかった。

つまり、ターゲットとする顧客がそれほど重んじていない側面につぎ込む手 間暇、人手、設備投資やその運用につぎ込む資金を思い切って減らしたのである。

一方、顧客が重んじている側面、「時短」の達成については、逆に、大きく 投資をしている。シャンプー代わりに、カットした毛くずを処理するためのエ アウォッシャー、会計に伴う手間暇を削減する券売機など、時短を達成するた めの「設備」を積極的に開発・導入している。加えて、単に省力化に努めるだ

(12)

けでなく、データ分析のための

IT(情報技術)化も進め、カットにかかる時

間や品質のばらつきも解消している。

また、設備だけでなく、「人」に対しても投資し、人材の採用や教育に、多 くの時間とお金を使っている。スタイリストの

10

分カットが、特別な技術・

能力を持ったスタッフにだけ達成されるものではなく、ごく普通の日常的行動 となるために、本部はデータの分析・提供により、サポートを積極的に行って いる。また、スタイリストの会社への忠誠心や、仕事へのモチベーションをアッ プさせるために、「有給」でのカットスクール開講や、技術を競う大規模なカッ トコンテストの開催も行っている。こうした取り組みにより、近年、QBハウ スの定着率は高く、従業員満足も高くなっている。

「業務効率化」を企業で推進していく場合、多くは効率化、コストカットの 方に注目しすぎて、従業員の気持ちや彼らへの対応に関しては、ないがしろに なりがちだが、QBハウスは、この点が他と異なり、優れている。業務効率化 を推し進めると同時並行で、重点を置いた側面、つまり

QB

ハウスの場合は「時 短カット」を成し遂げるための、従業員の育成に関しては、手間暇とお金をか け、優秀で献身的なスタッフを育てるために策を講じているのである。

サービスは、一握りのスターともよべる、卓越した従業員に頼りながら進め ていくようでは、持続的に質の高いサービスを実現し、利益をあげ、規模を拡 大していくことはできない。また、たとえスターであっても、業務が多面化・

複雑化すると、疲弊してパフォーマンスが低下していってしまう可能性が高い。

したがって、QBハウスのように、スターの資質頼みになることは無く、例 え最初は平均的な能力・技術水準であっても、そのスタッフが優秀で献身的な 従業員となり得るため、誰もが良質なサービスを行なえるようにビジネスを設 計していかねばならない。

そうした視点からも、サービス要素を取捨選択することは重要である。どん なに優秀な従業員であっても、すべての側面で長期にわたって、コンスタント

(13)

に上質のサービスを提供し続けることは難しい。だからこそ、企業は、平均レ ベルの従業員でも質の高いサービスを提供できるように、力を注ぐべきサービ スを焦点化し、人材の採用から教育、職務設計、パフォーマンス管理まで、サー ビスを実践できる「仕組み」を整えていく必要がある。

サービスには、生産と消費が同時に行われるというモノにはない特性がある ため、顧客接点の最前線となる従業員の満足度の向上は、顧客満足度を高める ために不可欠となる。サービス・マネジメント研究の第一人者であるヘスケッ トやサッサーらも、図

2

に示す「サービス・プロフィット・チェーン」の枠組 みの中で提唱するように、企業が売上・利益を高めたければ、お金を支払う顧 客満足度を高める必要があり、顧客満足度を高めるためには、顧客に直接サー ビスを提供する従業員の満足を高める必要がある(Heskett et al., 1994)こと を指摘している。

図表2:サービス・プロット・チェーン

出所:Heskett et al.,(2014)を基に筆者作成

(14)

以上、「どのようにして顧客満足と業務効率化の両立を成し遂げられるのか と」いう問題に対して、

QB

ハウスの事例からその成功要因を読み解いてきた。

その要諦としては、「ターゲットとなる顧客視点からサービスを取捨選択し、

顧客が最も重んじている側面に対しては、徹底的にサービスの質を高める」と いうことになる。そして、「焦点化した側面に対しては、設備や人に対する投 資を惜しまず行う」ことが、加えられる。しかし、一方で、「切り捨てると決 めたいくつかの側面に関しては、あえてサービスを減らす、または完全に削除 する」という勇気と決断が必要だと言える。

5,おわりに

おもてなしと顧客感動を推し進めようと、あらゆる面で最高のサービスを提 供しようとする日本企業の姿勢は美しくもある。しかし一方で、性善説に基づ き、そうあるべきだという精神論から従業員に過度の期待とプレッシャーを かけて、疲弊させてしまうことも現実として多く見受けられる。従業員頼みの

「もっと頑張れ」型のサービスは、結果として、頑張りすぎた従業員の意欲の 低下や離脱により、サービスの質を低下させてしまう可能性もある。

したがって、QBハウスの事例からも見えてきたように、企業は、多くの従 業員に持続的に質の高いサービスを提供してもらう上で、それを支える合理的 なビジネスモデルの設計、仕組みの構築をしなければならない。

単一事例での過度の言及には注意が必要であるが、「サービスの選択と集中」

というやり方は、従業員満足、生産性の向上もかなえ、ひいては、顧客満足、

企業の成長や収益にもつながる重要なキー概念であり、日本のサービス産業が 目指すべき、1つの方向性を示唆していると考える。

以上のように、本論文では

QB

ハウスの事例の考察から、「顧客満足」と「業 務効率化」の両立を成し遂げる方法として、「サービスを取捨選択し、ターゲッ ト顧客が最も重んじている側面に対して、徹底的にサービスの質を高める」と いうことをインプリケーションとして提示した。

(15)

最後に、今後の課題であるが、単一事例による考察であることから、当節で 述べたようなインプリケーションの一般化を進めるためには、他のサービス業 種の事例も、数多く考察対象としていく必要があろう。また、今回のインプリ ケーションに付随する条件をもう少し精緻に検証していく必要がある。

加えて、「顧客満足」と「業務効率化」の両立を成し遂げる方法として、他 の全く異なる観点からの方法もないか、新たな切り口を模索していく必要もあ るだろう。

(謝辞)

本論文を作成するにあたり、キュービーネット株式会社の皆様には、インタ ビュー調査や資料提供など多大なご協力を賜りました。ここに感謝の意を表し ます。

【脚注】

i サービス産業生産性協議会の「JCSI(日本版顧客満足度指数:Japanese Customer

Satisfaction Index)

」調査は、総計

12

万人以上の利用者からの回答をもとに実施 する日本最大級の顧客満足度調査である。2015年の第

3

回調査では、QBハウス は、生産関連サービスで、顧客満足はじめ、知覚価値とロイヤルティでも1位を 受賞している。

ii

2011

3

月、早稲田大学

IT

戦略研究所が開催した、エグゼクティブ・リーダーズ・

フォーラムの「第

13

回コロキアム」にて、創業者の小西國義氏が、QBハウス の名前の由来について語っている。

iii インタビューさせて頂いたのは、①松本修氏(2015年現在、キュービーネット 取締役管本部長)、②古谷亮二氏(2015年現在、QB Net International Pte Ltd、

Director)である。

iv

QB

ハウスのサービス戦略については、脚注

3

であげた方々へのインタビュー記 録の他、以下の発言録、講演録等も参考にしている。①

2007

6

22

日経済産 業研究所主催のパネルディスカッション「グローバル経済における生産性向上策」

における佐藤紳氏(2007年当時、キュービーネット業務執行役員・関連企業管 理部長)の発言録、②

2013

7

月号・

2014

6

月号の『日経情報ストラテジー』

に掲載された北野泰男氏(2015年現在、キュービーネット社長)のインタビュー

(16)

記録、

2014

6

月号の『日経

TRENDY』に掲載された入山裕左氏(2015

年現在、

キュービーネット常務営業本部長)の講義録。

v

2014年、

消費税が

8%に増税された際、

料金を

1,000

円から

1,080

円に変更している。

vi エアウォッシャーは写真のようなツールである。(※写真出所:QBハウスホー ムページ)

【参考文献】

Heskett, J.L., Jones, T.O., Loveman, G.W., Sasser, W.E. and Schlesinger, L.A., (1994) ,

“Putting the Service Profit Chain to Work,” Harvard Business Review Mar/Apr, 72(2), pp.164-170.

Yin, R.K.

(1996),Case Study Research: Design and Methods, 2nd

ed., Sage.

小野譲司(2014)「スマート・エクセレンス:焦点化と共創を通した顧客戦略」『一 橋ビジネスレビュー』第

61

4

号、pp.56 -75。

サービス産業生産性協議会(2015)「2015年度

JCSI(日本版顧客満足度指数)第

3

回調査結果」

参照

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