はじめに
日本の経済が高度成長経済から低経済成長に転換し、 経済不況のなかで企業・組織は経営をスリム化、
効率化し生き残りをかけさまざまな経営施策の転換、 変換をはかっている。 こうした厳しい経済労働環 境のなかで働く人々は、 思わぬ倒産、 リストラ、 職務転換などを経験し、 こうした予期せぬ環境変化に 適応できず、 過重なストレスを抱えて働く人々の心の健康、 メンタルへルスの問題が大きな問題として クローズアップされるようになった。 ここ3年間の日本における自殺者の増加、 うつ病者の増加を例に だすまでもなく、 働く人々のメンタルへルスは悪化の一途をたどっている。 本稿ではこうした現状を踏 まえて今後働く人々のメンタルヘルスケアをいかに行うか、 企業・組織はどうあるべきか、 具体的な事 例をあげながら論じることとする。
1. 社会労働環境の変化と働く人のストレス
かっての日本の経営管理の根幹をなしていた終身雇用制度、 年功序列制度が徐々にその透明感を失う に従って、 それに変わる新たな経営管理手法として能力主義、 成果主義が取り入れられ厳しく成果を評 価され、 能力・成果に応じた賃金制度、 昇進・昇格、 そして早期退職制度などが次々と日本の組織・企 業に取り入れられるようになってきた。
これまで働く人々はこうした厳しい時代が到来することをほとんど予測することもなく働いてきた人 がほとんどであろう。 60歳定年まで自己の雇用は保障され、 ある勤務年数を経、 大きなマイナス問題を 生じなければ次第に役職が上がり、 賃金が上昇するとの暗黙の相互信頼の上で、 企業・組織の指示命令 に従い真面目に会社のために働きつづけてきた人が大部分である。
米国を例にとれば、 米国では最初から終身雇用制度、 年功序列制度もなく、 厳しく能力・成果を絶え ずとわれ評価を受け、 それに伴って雇用条件が変容する労働社会である。 日本と米国は初めからこのよ うな労働バックグランドが異なっており、 そのため米国の労働者は企業・組織に依存することなく自立 を強いられ、 自己管理・自己責任を基本として存在する労働者であり、 日本の労働事情とは異なってい た。
変貌する職場環境と働く人のメンタルへルスケア
産業カウンセリングの役割と責任
宮 城 まり子*1
*1 立正大学心理学部助教授
しかし、 こうした米国の労働者に比べ、 日本の労働者は長く企業依存型の労働環境のなかにどっぷり つかり、 厳しい能力・成果や自立的、 自己責任型の働き方、 能力開発、 自律的キャリア形成が求められ るような育成をこれまで組織のなかでされてこなかった。 企業の指示・命令にしたがい順調に自己の役 割と責任を果たせば、 いつしか次第に役職が上がりその後はいつしか定年に至るというのが標準的日本 の企業労働者がたどるコースであった。 しかし、 時代はこの10年ほどの間に大きく激変し、 日本の労働 者はかっての企業依存型から脱出し、 自ら能力・実力を磨き、 企業から評価されるような満足のいく成 果を出し、 自らのキャリア開発を主体的に行なうなかで、 人材としての存在感、 重要感を高め、 リスト ラの対象とならないように、 自らの雇用を確保しなければならない時代になったのである。
このように厳しく問われる成果、 終身雇用の保障のない労働環境、 こうした不慣れな激変した労働慣 行に対する大きなストレス、 プレッシャー、 周囲の人間が次々とリストラされるなかでの今後への不安 も 「明日はわが身か」 と強くなる。 そして、 倒産、 合併、 組織変更など、 労働者のストレス要因は現代 社会においては限りなく存在する。 リストラ、 新採用の停止など人員削減措置により、 現存の残りの労 働者に過重な負荷がかかり、 過労による心身の疲弊、 疾病などがどこの企業・組織においても大きな問 題となっているのが実態である。
特にストレスと生産性の関係でいうならば、 ある量を超える過重なストレスは生産性の低下や心身の 変調を招き、 ひいては精神障害や心身症、 自殺などを引き起こす要因となる。
今後も日本においては、 不況が長引き、 経済・産業構造が引き続き大きく変革すると考えられ、 それ にともない労働者の働き方の多様化も進んでくることが予測される。 このようななかでますます労働者 のストレス対策やメンタルへルスケアは重要となってくることが予測される。
厳しい労働環境における労働者の心身の健康管理を組織はいかにすべきか、 また労働者は自己の健康 管理をいかに行い、 心身健康で意欲的に働き、 かつ時代のニーズに合致した能力開発を行うかなど、 個 人・組織ともに現代の労働環境における課題は多い。
労働省は1999年9月に 「心理的負荷による精神障害などに係わる業務上外の判断指針」 を発表し、 業 務による心理的負荷を原因として精神障害を発病、 あるいは自殺した場合の労災認定基準を緩和した。
こうして企業は労働者のストレス対策やメンタルへルスケアは企業としても重要課題となり、 健康管理 や福利厚生の範囲を越えて、 企業のリスクマネジメントの視点からも同時に検討すべき課題である。
2. 労働者のメンタルヘルスの現状と過労自殺訴訟
厚生労働省は5年に1回 「労働者健康状況調査」 を行っている。 仕事や職業生活に関する不安、 悩み、
ストレスを感じている労働者の割合の推移をみてみると、 1982年50.6%、 87年55.0%、 92年57%、 そし て前回97年62.8%となっている。 このようにストレスを感じている労働者は半数を超え60%以上となっ ている。 この結果は前回よりもだいぶ増加しており、 確実に労働者の不安、 悩み、 ストレスが急激な経 営環境の変化のなかで増大していることが明らかに分かる。
こうした不安、 悩み、 ストレスの要因としては、 「仕事の量や質」、 「職場の人間関係」 などが上位を 占めている。 また、 近年の雇用調整の実施や成果主義の導入など、 労働者を取り巻く環境は悪化の一途 をたどっており、 こうした状況下で雇用や将来に対する不安、 人事処遇の変化、 仕事や職場の変化への
適応など、 労働者が今日さまざまな緊張にさらされていることが、 ストレスを高めている理由と考えら れる。
こうした労働者のメンタルへルスに関連する1つの象徴的な事件として 「電通事件」 があるが、 この 事件を通じてどのような問題が明らかにされたをみることとする。
2−1 電通事件とその判決
電通社員 A (26歳、 入社2年目) が仕事による過労からついに自殺に至り、 A の両親が息子の自殺 (1991年8月) は勤務先の会社である電通が 「安全配慮義務」 を怠った結果であるとして、 損害賠償を 求め東京地裁に訴訟をおこした事件である。
A は入社してから1年5ヶ月間、 日曜日も必ず仕事に出かけこの間にとった有給休暇は半日だけで あった。 特に後半の8ヶ月間は午前2時以降の退社が3日に1度、 午前4時以降が6日に1度で、 睡眠 時間は最短30分から2時間30分という常軌を逸した勤務状態であった。 このような常識では考えられな いような過重労働のなかで、 入社2年目から休日、 平日をとわず深夜にいたる長時間残業の状態がさら に悪化し、 次第にうつうつとした暗い感じになり、 仕事に自信を喪失し、 精神的に落ち込み、 ほとんど 夜も眠れない状態におちいった。 A は家族に 「自分は役に立たない」 といった自信を喪失したような 言動や 「人間としてもうダメかもしれない」 といた自殺を予兆させるような言動や 「霊が乗りうつった」
などの異常な言動をするようになり、 肉体的に疲弊し、 体調不良、 睡眠障害といった症状が現れ、 疲労 によるうつ病が進行する中で抑うつ状態がさらに深刻化し、 その結果として追い詰められ A は自らの 命を絶ったと考えられている。
裁判所はこうした両親の訴えに対し8年の審理を経て、 2000年6月差し戻し控訴審の東京高裁で遂に 和解が成立した。 勤務する会社の上司は、 A が労働時間および労働状況を把握し長時間労働によりそ の健康を侵害されないように配慮すべき安全配慮義務を怠っており、 常軌を逸した長時間労働や健康状 態の悪化を知りながら、 労働時間を軽減するための具体的な措置をとらなかった過失があったとされた。
そして、 会社に対し1億6800万円の損害金の支払いを命じた上、 初めて企業側が謝罪をすることで合意 に至った。
2−2 電通事件の影響
この電通事件判決の意義としては次のことがあげられる。
①若い社員の常軌を逸した長時間労働が誘引でうつ病となり、 その後も労働状況が改善されないことか らうつ状態が悪化し自殺に至ったことに関し、 業務との因果関係が明確に認められた。
②使用者は労働者の心身の健康を損なうことのないように注意する義務を負うとともに、 業務量の調整 義務がある。 これらに違反した場合は賠償責任を負わなければならないとし、 電通の賠償責任を認め た。 これは自殺に関する裁判では初めてのことである。
③長時間労働による心身の疲労の蓄積が自殺の原因と労働省が過労自殺に関する労災認定基準を作成す るきっかけとなった (従来の基準は過労死直前の勤務状態しか考慮されなかった)。 また、 この電通 過労自殺事件判決は若い社員の痛ましい犠牲の上で、 今後の労働裁判にも大きな影響を与えるものと して注目されたものである。
現在、 日本の自殺は約3万人を超え、 1998年より3年ほぼ同じ水準を推移している。 この自殺率は世 界最悪のレベルであり、 特にバブル経済の破綻以降ここ10年間で急激に悪化している。 日本を自殺率で 上回る国は東欧のハンガリーと旧ソ連のリトニアと数カ国を数えるのみである。 自殺率の上昇は、 失業 率の悪化と同時進行の状態であり、 企業のリストラ政策のもとで、 労働者の自殺が急増している。 1998 年の統計 (厚生労働省) では自殺者のなかで 「勤務問題」 による自殺が1900人と前年よりも50%も増加 していることが分かる。
また、 成果主義を導入する企業が増え、 その結果成果をあげるためのサービス残業が常態化し、 労働 者の自殺の要因となるストレスが強まっていると考えられる。 その上、 日本においては昨今あまりにも
「生き残り、 勝ち組・負け組、 生存競争、 競争社会」 と言う言葉が横行、 強調されすぎており、 その結 果こうした競争社会が引き起こす社会的なストレスとそれにともなう社会的な歪みが軽視されているの ではないかとも考えられる。 こうした電通事件に象徴される日本における労働者の自殺者の増加は日本 の労働社会の実態に対する厳しい警告とも受け取れる。
3. 厚生労働省による心の健康づくりのための指針
2000年8月、 厚生労働省は労働者のストレスの増加 (1997年調査結果、 不安・悩み・ストレスを感じ ている人は約63%) にともない、 「事業所における労働者の心の健康づくりのための指針」 を発表し、
職場における心の健康の保持増進を進めることを奨励した。
3−1 メンタルへルスに対する考え方として次のような2点をあげている。
①メンタルへルスケアの重要性
職場には労働者の力だけでは取り除くことができないストレスがあるため、 事業者の行うメンタルヘ ルスケアの積極的推進が重要であり、 事業場における組織的かつ計画的な対策は心の健康の保持増進の 役割を果たす。 また、 職場のメンタルへルスケアは労働者の健康を守る上で重要な活動である。
②メンタルへルスケアの推進に当たっての留意事項
心の健康についてはプライバシーの保護、 労働者の意思の尊重が重要である。 また、 人事労務管理と 関連する要因によって影響を受けるため、 人事労務管理と連携する必要がある。 家庭・個人生活などの 影響を受けている場合も多い。
3−2 心の健康づくり計画
メンタルヘルスケアは中長期的視点煮立って、 継続的かつ計画的に行われるようにすることが重要で ある。 このため、 事業者は衛生委員会などにおいて調査審議し、 事業場の心の健康づくりに関する職場 の実態との問題点を明確にするとともに、 その問題点を解決する具体的な方法についての基本的な計画 (心の健康づくり計画) を策定すること。
そして、 計画で定める事項を次の通りとしている。
①事業場における心の健康づくり体制の整備に関すること
②事業場における問題点の把握、 メンタルへルスケアの実施に関すること
③労働者のプライバシーの配慮に関すること
④その他労働者の心の健康づくりに必要な措置に関すること
3−3 メンタルへルスケアの具体的な進め方 メンタルへルスケアを次の4つに分類している。
①労働者自身による 「セルフケア」
・労働者自身が行うストレスへの気づきと対処
・事業者は労働者に対してセルフケアに関する教育研修、 情報提供などを行う
・事業者は労働者が自ら相談を受けられるよう必要な環境整備を行うこと
②管理監督者による 「ラインによるケア」
・管理監督者が行う職場環境などの改善と相談への対応
・管理監督者は作業環境、 作業方法、 労働時間などの職場環境などの具体的問題点を把握し、 改善を はかること
・管理監督者は個々の労働者に過度な長時間労働、 過重な疲労、 心理的負荷、 責任が生じないように するなどの配慮をおこなうこと
・管理監督者は日常的に労働者からの自主的な相談に対応するよう努めること
・事業者は管理監督者に対する心の健康に関する教育研修などを行うこと
③事業場内の健康管理担当者による 「事業場内産業保健スタッフによるケア」
・産業医などによる専門的ケア
・事業場内産業保健スタッフなどは、 職場環境などについて評価し、 管理監督者と協力して、 その改 善を図るように努めること
・産業保健スタッフ等は、 労働者のストレスや心の健康問題を把握し、 保健指導、 健康相談などを行 うこと。 また、 専門的な治療を要する労働者への適切な事業場外資源を紹介し、 また心の健康問題 を有する労働者の職場復帰、 職場適応を指導、 支援すること
・事業者は事業場内産業保健スタッフなどに対して教育・研修、 知識取得などの機会の艇庫湯をはか ること
④事業場外の専門家による 「事業場外資源によるケア」
・事業者は必要に応じ、 それぞれの役割に応じた事業場害資源を活用することが望ましい。
そしてこれらの円滑な推進のため次の取り組みを行うことをあげている
・管理監督者や労働者に対して教育研修をおこなうこと
・職場環境などの改善をはかること
・労働者が自主的な相談を行いやすい体制を整えること
4. 厚生労働省労働基準局による 「過重労働による健康障害防止のための総合対策」
厚生労働省は2002年2月12日、 上記の電通事件にも実際に見られるような過労によるうつ病、 自殺の ケースを踏まえて、 「過重労働による健康障害防止のための総合対策」 (基発第0212001号) を労働基準
局から発表した。
過重労働とは月45時間を越える時間外労働、 1週間あたり40時間を超えて行わせる労働をいう。 過重 労働と健康障害の発症との関係性については次のように定めている。 発症前1ヶ月間ないし6ヶ月間に 渡って以下月あたりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合は、 業務との関連が弱いと 判断されるが、 おおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど、 業務と発症との関連性が徐々 に強まると判断される。 また、 発症前1ヶ月におおむね100時間を超える時間外労働が認められる場合 または発症前2ヶ月間ないし6ヶ月間に渡って1ヶ月あたりおおむね80時間を超える時間外労働が認め られる場合は、 業務と発症との関連性が強いと判断されるとしている。
そして、 労働者の健康診断の実施の徹底を呼びかけている。 すなわち、 深夜業を含む業務に従事する 労働者に対しては、 6ヶ月ごとに1回、 特定業務従事者の健康診断を実施しなければならない。 月45時 間を超える時間外労働をさせた場合については、 事業者は労働者に対する作業環境、 労働時間、 深夜業 の回数、 時間数、 過去の健康診断の結果に関する情報を産業医に提供し、 事業場における健康管理につ いて産業医などによる助言指導を受けなければならない。 同様に、 月100時間を超える時間外労働を行 わせた場合、 または2ヶ月間ないし、 6ヶ月間の1ヶ月平均の時間外労働を80時間を超えて行わせた場 合については、 業務と健康障害の関連性が強いと判断されることから、 当労働者に関する情報 (産業環 境、 労働時間、 深夜業の回数、 時間、 過去の健康診断結果など) を提供し、 産業医による面接による保 健指導を受けさせなければならない。 そして、 これに基づき必要な事後措置を行い、 原因の徹底究明、
再発の防止を行うこととすると定めている。
5. 企業・組織のメンタルへルス対策の現状
それでは次に、 こうした状況の中で現在それぞれの企業・組織においてはどのような労働者のメンタ ルへルス対策が行われているかについて2001年から2002年度に行われた 「メンタルへルスの現状と対策 調査」 (労務行政研究所、 社会経済生産性本部メンタルへルス研究所) などの調査結果を参考として現 状と対策をみてみることとする。
5−1 メンタルへルス対策の実施状況
まず、 何らかの形でメンタルへルス対策が実施されている企業は49.1%で、 まったく実施していない 企業は50.9%であった。 具体的対策としては健康調査、 カウンセリング、 専門医の紹介、 教育・研修の 実施、 問診の充実、 啓蒙活動、 ストレス解消策などがあげられている。 企業の規模に関しては、 従業員 3000人以上の企業でメンタルへルス対策を行っているのは95.1%、 1000〜2999人では60%、 1000人未満 が焼く3社に1社であり、 企業の規模が大きいほどほとんどが実施している。 このなかでの課題は中小 企業で働く人々のメンタルヘルス対策がなされていないことの実態である。
メンタルへルス対策に外部専門機関を利用することが考えられるが、 利用しているかどうかについて は、 利用している企業は48.6%、 利用していないは51.4%で、 外部専門機関の利用は半分以下であった。
ここでの外部専門機関とは、 EAP (Employee Assistance Program、 従業員支援制度) 機関、 健保組 合、 各種協会 (産業カウンセラー協会など)、 病院の精神科・心療内科、 地域保健センターなどがあげ
られている。 企業規模で比較すると、 3000人以上の企業は70%が利用、 3000人未満が40%台と大きな相 違が見られる。 産業種別に関してみると、 製造業は56.7%が利用しており、 非製造業は35.2%の利用と なっており、 製造業の方が利用が上回っている。
5−2 メンタルへルス対策の実施項目
具体的に企業が行っているメンタルへルス対策項目の主なものとしては、 ①心の健康を目的としたカ ウンセリング (69.9%)、 ②定期検診における問診の充実 (57.7%)、 ③専門医の紹介 (55.8%) となっ ている。 このように、 カウンセリングや問診によって早期発見、 早期治療を行い、 企業から社員に専門 医を紹介していることが分かる。 この他の対策として、 従業員や家族にとって勤務する企業名を知られ ずに利用することができる 「心の相談ホットラインー直通電話」 の設置は36.2%が行っている。 その他、
社内報、 パンフレットによる広報・啓蒙が48.5%と半数近くにのぼり、 企業が社員に対し日頃から PR につとめていることが分かる。
しかし、 カウンセリングを実施している事業所でも 「よく活用されている」 のは、 40.7%にすぎない。
カウンセリングを受けること自体がネガティブに受け取られがちで、 社員にしてみれば、 心に問題を抱 えていると周囲から見られることに抵抗があるように見受けられる。 せっかくカウンセリングルーム (相談室) を設けても、 利用されなければ問題解決にはつながらないであろう。 このカウンセリングに 対するある種の偏見をいかに取り除き広く気軽に利用してもらえるかがひとつ課題となるところである。
教育や研修については 「管理職に対するメンタルへルス教育」 が35.6%であり、 「講習会などによる 集合教育」 は32.5%、 「厚生・保健担当者に対するメンタルへルス教育」 は31.3%であり、 教育・研修 に関してはいずれも30%台である。
また、 社員の 「心の健康に関する調査」 は38.0%であり、 社内で実施する場合は通常の定期検診に絡 めている企業が数社あった。 そして、 外部機関の心の健康調査を利用している場合は外部の機関制作の 健康調査用紙を使用し、 結果のフィードバックをそれぞれ個人が受ける形になっておりプライバシーが 守られるようになっている。
企業・組織における内部ではどのような取り組みが行われているかを見てみると次のような項目があ げられている。 「心の健康対策を目的としたカウンセリング」 62.5%、 「定期検診における問診の充実」
50.0%、 「専門医の紹介」 46.9%、 「社内報、 パンフレットなどによる広報、 啓蒙」 41.4%となっている。
企業の規模別にみると1000人から2999人で傾向が異なっており、 「心の健康対策を目的としたカウンセ リング」 が60.0%と最も多く、 次に 「管理職に対するメンタルへルス教育」 と 「社内報、 パンフレット などによる広報、 啓蒙」 が各42.5%と2番目、 3番目の項目が他の規模と異なっている。 全体的に企業 規模が大きいほど、 各項目の実施率が高いことが分かる。
企業において 「心の健康対策を目的としたカウンセリング」 を実施している企業に、 カウンセラーの 資格のある社員や産業カウンセラー、 臨床心理士、 精神科医などの社内専門カウンセラーがいるかどう か (ただし、 産業医や保健婦は除く) に関しては、 69社中 「いる」 は39.1%で約40%である。 いる場合 の人数は1人がほとんどである。 こうしたカウンセラーなどの専門職への報酬に関しては、 社員の身分 以外は委託契約のような形で報酬が支払われている。 1回3万円、 5万円、 7万円 (月一回) が各1社、
10万円 (回数は不明) 2社、 10万円 (月2階半日) 1社、 15万円 (月4回) 1社であり、 だいたい契約
内容にもよるが10万円前後が報酬の水準になっていることがわかる。
一方外部機関を用いておこなっている場合の項目をみると、 「心の健康対策を目的としたカウンセリ ング」 が44.2%、 「ホットライン (直通電話) の設置」 42.5%、 「定期検診における問診の充実」 36.7%、
の順に多い。 特に 「ホットラインの設置」 は内部で対応している場合よりも外部の方が実施率が高い。
また、 相談する人たちのプライバシーの保護の観点からすると内部よりも外部の方が相談しやすく、 ま た社員本人だけでなく家族にも適用している機関も多いため、 外部機関に委託しているものと思われる。
具体例では24時間年中無休対応で、 かつフリーダイアルのものが多く健保組合が実施しているケース、
健保組合を通して外部専門機関へ委託しているケース、 会社が外部専門機関へ直接委託しているケース のいずれかの方法がとられている。 社内でのホットラインは通常の電話のほかに担当者の携帯電話やメー ルアドレスを告知して対応しているケースも見られる。
「厚生・保健担当者に対するメンタルへルス教育」 も内部 (18.8%) よりも外部 (25.8%) の方が割 合が高く、 安全衛生委員や人事労務担当者を含めた専門スタッフへの教育・研修については、 内部対応 が難しいため、 外部セミナーなどへの派遣で対応していることが分かる。 規模別にみると規模ごとに傾 向が異なっており、 3000人以上では 「カウンセリング」 56.7%、 「ホットラインの設置」 56.7%、 「専門 医の紹介」 53.3%、 が多いのに対し、 1000〜2999人規模では、 「広報・啓蒙」 47.1%が最も多く、 「ホッ トラインの設置」 41.2% 「カウンセリング」 38.2%、 「定期検診における問診の充実」 38.2%の順となっ ている。 他に1000人未満の規模では 「定期検診における問診の充実」 44.6%、 「ホットラインの設置」
35.7%の順となっている。
5−3 メンタルへルス対策における課題と対策
それでは次に企業のメンタルへルス対策の課題と対策について見てみよう。 まず、 何よりも企業で多 く取り上げられているのは、 「早期発見をいかにするか」 が共通の課題となっている。 さらに、 予防を するためには周囲が認識し理解することが必要だが、 主に 「管理職の認識不足とケアが不十分」 である ことが指摘されている。 これに対する対策としては、 メンタルへルスに対する意識をもってもらうよう 啓蒙活動を行い、 管理職を中心とした教育や研修を実施していくことが対策としてあげられている。
「プライバシーの保護」 に関する課題については、 相談していることが職場の同僚に分からないよう にするための秘密保護と、 上司や人事部など社内の人に相談することへの抵抗感からくるプライバシー の保護の2通りあるが、 それらの対策としては、 産業医やカウンセラーへの相談、 外部機関の利用が考 えられる。
これらの他にも、 業務や職場の不適応からくる問題や体制の未整備、 スタッフ不足などがあげられる。
6. 企業におけるメンタルへルス対策の取り組み例
厳しい経営環境で働く社員に対するメンタルへルス対策を各企業はとっているが、 実際にどのような 対策をとっているのか企業の取り組みの実例をあげながら見てみることとする。
6−1 プルデンシャル生命保険 − 外部 EAP を利用のケース
プルデンシャル生命保険は2000年10月、 外部 EAP (Employee Assistance Program 従業員援助プ ログラム) と契約を行い、 社員のメンタルへルスに関する治療やカウンセリングを行うメンタルへルス ケア体制を作った。
A. 外部 EAP の利用とそのメリット
プルデンシャル生命保険ではこれまで健康診断を定期に行う以外にはこれといった特別なメンタルヘ ルスケア対策を行ってこなかったが、 社員の福利厚生面の充実をはかる目的で、 2000年より EAP 制度 を取り入れメンタルへルスに取り組むこととなった。 社員の相談窓口を社内に設けることも考えたが、
社員のプライバシーに介入してしまうことや、 社内では社員が相談しずらく、 実効が上がらない点を懸 念した。 また、 スタッフがいない状況ではきちんとしたケアができないことを考慮した結果、 外部の EAP 機関と契約を行い相談を外部に委託することになった。
外部 EAP を利用する意味としては、 社員もプライバシーを気にせず、 気軽に相談でき専門家による カウンセリングの質を保てるためである。 さらに、 社内に専門スタッフを配置するよりもコストがかか らず安いというメリットを重視したことによる。 この外部 EAP は社員の相談窓口となり、 必要に応じ て医療機関などの専門家を紹介する役割を担っている。
外部 EAP の選択基準としては次の点をあげている。 まず、 プルデンシャル生命保険は各地に営業拠 点があるため、 どこの地域の社員も公平にこの EAP サービスを受けることができること、 次にコスト パーフォーマンスが高いことの2点である。
B. EAP 利用の対象者、 相談手順
このメンタルへルスケアサービスを受けることができるのは、 社員本人とその家族 (同居している2 親等までの家族、 同居していない1親等の家族まで)、 そのほかにも、 契約している会社であれば問題 のある社員の上司の同僚でも相談が可能となっている。 相談の費用は全額会社が負担しているために個 人は負担する必要はない。 カウンセラーは最善の対処法をアドバイスするが、 問題によっては必要に応 じて医療機関や弁護士、 税理士などの専門家も紹介する。
相談方法に関しては、 ①電話相談、 ②電子メールによる相談、 ③来所相談の3種類がある。 相談担当 の専門家は、 医師、 臨床心理士、 精神保健福祉士、 看護師などが担当し、 問題をよく聴き理解し、 一緒 に整理・まとめ、 本人自身が問題を見つめなおし、 問題解決する過程を情報提供を行うことも含め、 側 面からサポートを行う。
電話相談の利用時間は月曜日から金曜日は午前10時から午後8時、 土曜日は午前10時から午後2時ま で。 電話による相談や来所による直接の面談が諸事情により困難な場合には、 電子メールを通して相談 を受け付ける。 この電子メールによる相談に関しては、 メールを相談者が受け取ってから、 48時間以内 に返事を送るようにしている。 また、 契約した会社ごとに電話の場合は独自の相談用アドレスを設定し ている。 来所の場合は、 事前に電話、 またはメールでの予約が必要になる。 この費用に関しては会社負 担となる。
C 相談内容とプライバシー、 相談報告
相談内容としては、 ①仕事上の問題、 例えば業務関連、 対人関係、 組織改編、 人事異動に伴う問題や そこからのストレス、 ②個人的問題 (ストレス、 身体・精神症状―抑うつ、 不安障害など)、 ③アルコー ル・薬物の乱用、 ギャンブル中毒、 ④家族や夫婦間の問題、 ⑤対人関係―恋愛、 結婚、 異性問題、 ⑥死 別による問題、 ⑦金銭問題、 ⑧その他である。 このようなさまざまな精神的問題が次第に法律問題や金 銭問題を引き起こし、 その結果として業務に悪影響を及ぼす事態にならないように未然に防ぐ機能を果 たすものである。
相談者のプライバシーに関しては、 対人関係に関する問題などで本人や第3者に危害が及ぶと判断さ れる場合を除き、 相談者の氏名、 所属、 相談内容を無断で会社に知らせることは一切なく、 プライバシー は完全にまもられている。 ただし、 会社には人数集計や相談内容の傾向を把握する必要があるために、
EAP は3ヶ月ごとに相談件数や個人名を伏した形で、 相談に関する報告書を提出している。
また、 会社の担当者が3ヶ月に1度 EAP と会議を行い、 他者と比較しての問題点を指摘してもらっ たり、 組織に起因すると考えられる問題解決を早期に対応することも可能になるというメリットがある。
D 啓蒙活動と実績
EAP を導入した時に社員に対し健康保険組合のニュースや社内報を通じて社員と家族に対し宣伝を おこなった。 社員ひとり一人に名刺の大きさの連絡カード (相談をする連絡先の電話番号、 メールアド レスが記載されたもの) を配布した。
EAP の利用は月平均10から20件であり、 相談の内容としては家族、 仕事、 人間関係にかんするもの が多い。 こうした相談体制がととのっていることは、 困った時に何でも相談できるといった安心感を社 員に与えている。 特にこうした精神的問題やそれにともなう症状は早期に気づくことが大切であり、 そ の後の問題解決もスムーズに解決することができる。 また、 家族も相談できることは、 問題の家庭内で の早期発見につながり、 家族の不安や悩みも解消できるといった二次的な効果も生み出している。
6−2 ファイザー製薬 A 経緯とその目的
ファイザー製薬は職場の問題やメンタルへルスと社員の満足度には大きな関係があると考え、 職場に ストレスがあれば社員は心身ともに健康を損ねることになり、 ひいてはそれがうつ病や長期欠勤という 重大な問題に発展する可能性がある。 そこでファイザー製薬では社員の心配事や悩みを取り除き、 職場 の問題やストレスを軽減してゆけば、 社員にとっても働きやすい職場環境が実現し満足度もあがると考 えた。
ファイザー製薬ではかって外部の専門機関契約し、 電話相談によるカウンセリングサービスを提供し ていたが、 社員に周知徹底していなかったことも原因だが、 年間の利用者は3、 4件に留まり、 社員の 認知度も低く充分に活用されていなかった。 このため、 2001年より社内での相談に切り替え、 「人事サ ポートライン」 として、 メンタルへルスケアの取り組み窓口を設置し、 人事部が直接関与する体制をつ くり実行している。 こうした人事部が直接関与するケースは珍しいが、 ファイザー製薬では発症した社 員の治療だけではなく、 そこに至るまでの職場に潜むストレス原因を見つけ、 改善していくことが問題
解決の根本解決となり、 働きやすい職場環境を創り出すことができると考えている。
人事部に設けることの関しては、 社員は会社に悩みを知られることは嫌がるから、 むしろ会社内より も離れたところに相談窓口を設けた方が社員も抵抗が少ないといった否定的な意見もあった。 しかし、
メンタルな問題症状や病気の発症はそこに職場やマネジメントの問題があるはずであり、 発症に至った 原因を解決しなければ、 また別の人が発症する可能性がある。 そのため、 人事部が積極的に関与し原因 を解明し、 解決改善することで働きやすい職場を作ろうと考えている。
B 早期発見・早期治療、 その予防
本人だけでなく周囲の人が早く変調に気づくことが問題の早期解決につながることから、 メンタルへ ルスのセルフチェックシートをネット上に掲載し、 いつでも必要な時に社員が利用し、 自分のストレス チェックができるようにした。 しかし、 一般的に本人が気づいても直接相談にくるケースはまれであり、
周囲のひとが変化に気づいて早期に知らせることが重要となる。 そのために、 管理監督者に部下の様子、
態度・行動の変調に早めに気づけるように、 サインを見わけることができるように教育、 研修を行った。
そして、 気づいた場合の相談窓口を開設している。
予防に関しては、 「ストレス要因を軽減すること」 「個人がストレスに強くなること」 を考えた。 第1 に 「ストレス要因を軽減すること」 に関しては、 仕事そのものや労働環境を変えたり、 人間関係を改善 するなどの方法があるが、 そのためにはまず管理監督者の意識を変革することが必要と考え、 専門家を 招きストレスマネジメント研修を行った。 職場における管理監督者の役割、 視点、 ストレスを軽減する ための職場運営、 部下が相談してきた場合の対応にしかたなどを事例をとりあげながら行った。 また、
同時にストレス耐性を高めるために、 新入社員を対象にストレスコーピング研修を実施し、 ストレスの 認識と自律訓練法などによってストレス対処法を学習した。
C 社内の相談窓口
ファイザー製薬はメンタルへルスケアの目的として社内の働きやすい職場づくりをかかげていること から、 相談窓口を社内に設けるべきであるという考えに基づき、 「人事サポートライン」 の名称で人事 部内に相談窓口を設置した。 それは、 社内の状況を社外の専門家よりもよく理解できることが問題解決 への効果的な道である点を最優先したからであった。
しかし、 人事部の相談窓口がすべての問題解決をサポートできるわけではないため、 例えばうつ病の 社員に対しては、 その原因を明らかにしその症状にあった専門家を紹介し、 治療をおこなってもらうと いう方策をとっている。 人事はあくまでも窓口であり、 窓口をとおる社内の問題を直接吸い上げ、 その 具体的改善策を講じることでこれ以上のストレスを拡大しないようにすることである。 問題を抱えた、
症状を訴える社員と専門家の間を仲介する役割を担うのであれば、 専門性をさほど重視しなくてもよい という考えである。
D 相談体制
相談体制としては人事のサポートラインのほかに上司、 キーマン、 健康保険組合という複数のルート を設けて社員が相談しやすい体制を確立している。
①上司 − 上司に部下がメンタルへルスに限らず何でも相談できるオープンコミュニケーションを大 切にする。 しかし、 上司が相談をうけすべて問題を解決する所までは上司に求めない。 部下の問題を 一緒に抱え悩まないようにするためには、 上司は部下の話を傾聴するに留め、 人事サポートラインや 人事キーマンにつなげるようにしている。
②人事キーマン制度 − 人事関連事項を社員にタイムリーに伝え、 理解してももらうことを目的に設 置された制度である。 部門長や支店長と相談して 「人事キーマン」 を専任して部門・視点にひとりづ つ配置している。 人事キーマンは部門長、 支店長の補佐として会社の方針や人事制度を伝えるだけで はなく、 社員が抱えている悩みや提案の受け付け、 まだ社員の育成や支援の役割も担っている。 人事 キーマンには一般の管理職よりもレベルの高い研修を受けさせ、 ケーススタディやカウンセリングマ インド研修を受講させ、 より実践的なスキルを身につけさせている。
③人事サポートライン − 人事部のなかで3人が通常の業務に加えサポートラインの相談を兼務して いる。 相談の手段としては、 電話・電子メール・社内便・面談のいずれでもよく、 匿名でも受け付け ている。 電話とメールアドレスはサポートライン専用のものを設けている。 電話の受け付けは月曜日 から金曜日までで、 面談を希望する場合には事前に電話での予約が必要となっている。 相談内容とし ては、 ①会社のルールや諸制度に関する質問、 ②会社への提案・意見、 ③セクハラや職場・業務遂 行上の諸問題の相談、 苦情、 ④悩みや不安の相談などがある。 目的は悩みや不安の相談であるが人事 への敷居を低くするために、 何でも相談を受け付けることになっている。 プライバシーを尊重し相談 内容は外部に漏れることはなく、 また相談したことによって評価などで不利益をこうむることは一切 ないことを明言している。
④健康保険組合・共済会など − 社内では相談しにくいという場合には健保組合や共済会が契約して いる外部の電話相談を利用することも可能である。 また、 健保の EAP には産業カウンセラーが常駐 している。
このようにファイザー製薬では、 発症前の事前のケアとして社員が悩み・心配ごとを相談しやすいよう に複数のルートを設けている。
E. 運用状況
2001年1月から2002年2月までに137件の問い合わせがあった。 メンタルへルスの相談に限ったもの ではなく、 社内ルールや諸規定に関するものなど幅広い相談内容になっている。 相談方法の多いものの 順では、 電話 (56.9%)、 メール (36.5%)、 面談 (5.8%)、 手紙 (0.7%) となっている。 相談内容に関 しては、 個人相談 (38.7%)、 ルール・制度 (32.1%) 苦情・問い合わせ (22.6%) 提案 (6.6%) であ る。 個人相談の内容は自分のキャリア形成や心配ごとなどが中心である。 そのなかでも症状が重く、 医 療機関への受診を勧めたケースは5、 6件である。 また、 相談は本人から来るケース、 上司から相談が 入るケースが半々である。 諸規定に関する相談であるかのようなものも、 よく聴くと悩みごとの相談で ある場合もあり、 自分のなかで抱え込んでいた問題を相談する雰囲気が徐々に芽生えてきた傾向がある ことが認められている。 人事に個人的相談をする社員は少ないと一般に考えられていたことがそうでは なく気軽に相談する状況がうかがえる。
F. 今後への課題と展望
①社員数の割には本社以外の相談が少ない、 ②相談は若い世代が中心で社歴が長い人からは少ない、
③人事キーマンがあまり機能していない、 ④復職プログラムをいかに整備していくかなどがあげられて いる。 ②に関しては、 中高年者には人事部イコール権威といったイメージがあるせいか、 人事には個人 的相談はしにくいといったイメージがあるようである。 ④に関しては、 メンタルへルスを推進していく 上で専属の産業医がいないことが不安材料となっている。 症状が悪化し長期に休まざるを得ない社員の 場合、 いかに円滑に職場復帰をさせていくか問題になる。 復職については個別に対応しているが、 就業 形態、 勤務時間、 配属場所など検討すべき点は個々の症状や原職によって異なるために復職プログラム の整備、 充実が課題となっている。
7. メンタルへルスに関する今後の課題と産業カウンセリングの役割
厚生労働省のメンタルへルスに関する調査結果の統計的数字に示されているように、 労働者のストレ ス、 メンタルへルス問題は非常に深刻である。 1998年以来の自殺者が3000人を越えるという深刻な結果 に示されるように、 不況のなかであえぎ、 苦しむ労働者の辛い悲鳴が聞こえてくるようである。 2002年、
年末における失業者率はいまや5.5%に達し、 ちょうど横浜市の人口と同じ350万人を数えるに至ってい る。 このように職場における過重なストレスとともに、 失業者の不安、 苦悩は社会全体の暗い問題とし て我々の眼前に横たわっている。
これまでのメンタルへルスの対策調査結果に見られるように、 企業はそれぞれ対策を行い、 社員のメ ンタルへルス対策を講じていることがわかるが、 従業員3000人以上の企業と1000人以下の企業ではその 対策には大きな開きが見られる。 すなわち、 現在不況のなかで不安や苦しみが大きいのはむしろ不況の しわ寄せを受けてあえいでいる中小企業である。 しかし、 社員のメンタルへルスに対する中小企業の対 策は大規模企業に比較してだいぶ遅れており、 今後の対策に関する問題が山積している。 社内の相談体 制もなく外部機関との連携も無く労働者が孤立無援のなかで苦しむ状況が存在する。 今後はこうした中 小企業に対する経済的サポートを行う中で、 従業員のメンタルへルスを支援する必要があると考える。
産業カウンセラーの質の向上、 また臨床心理士においては経営や産業に関する知識の涵養が必要であ り、 幅広い観点、 全社的仕組みの中で活動できる実力を備えることがカウンセラーに必要と思われる。
また、 外部専門機関との連携によるメンタルへルスケアを行っている企業が増えているが、 単にメン タルへルスの問題解決を外部に丸投げするのではなく、 同時に内部における体制の充実、 内部の職場環 境問題の原因の究明と改善努力、 復職後のフォローアップ体制など、 外部ではなかなかできない部分を 充実させながら、 外部と並行してメンタルへルスケアへの対応を行う必要がある。
内部のカウンセリングルームの利用が40.7%というのも、 今後の課題である。 カウンセリングに対す るマイナスイメージを積極的な広報活動を社内に展開するなかで、 カウンセリングへの偏見を払拭する 努力が今後も継続して行われなければならない。
今後への共通の重要課題は何よりも早期発見、 早期対応であり、 セルフケア、 ラインケアを徹底し、
そのための教育研修を繰り返し行い自己管理、 適切な部下のマネジメントができる能力を養うことが欠 かせないと考える。
社会労働環境が激変する現代のごとき産業社会では産業カウンセリングの果たす役割は大きく、 産業 カウンセラーの質の向上を含めてその責任は重い。 カウンセラーは時代の変化に鋭敏に対応し、 労働者 の苦しいストレスフルな状況をよく理解し、 効果的なカウンセリングの能力と労働環境に対する提案や コンサルテーション能力がますます求められるであろう。
おわりに
厳しい不況のなかで誰もがストレスと不安、 悩みを抱えて生きている現代の日本社会の象徴が3年連 続で自殺者3万人という痛ましい結果である。 こうした厳しい現状をしっかり認識し、 企業組織は社員 の健康をまず何よりも守りつつ、 社員に働きがい、 やりがいをあたえるような労働環境づくりに努めな ければならない。 そのためには第1に 「予防」 が重要であり、 ひとり一人が正しいメンタルへルス知識 をもち、 セルフケア・自己管理ができるようにするとともに、 労働職場環境の点検を絶えず行いストレ ス原因となるような要因を最大限取り除き労働環境をよりよいものに変革開発する努力を惜しまぬこと を企業に望まずにはいられない。 また、 個人も自らの心身の健康管理に注意をはらい、 健康を維持する 努力、 過労にならぬよう心の病気の予防、 心の栄養管理に日々努めることが欠かせないと思われる。 日 本の不名誉な自殺大国の汚名を企業、 個人のこうした努力の結果、 今後払拭できることを切に願う。
参考文献
・藤本修、 藤井久和編著 「メンタルへルス入門」 創元社 1999
・福西勇夫、 天保英明 「現代社会のうつ病」 至文堂 2000
・宮本忠雄、 山下格、 風祭元 「そううつ病」 日本評論社 1996
・宮本忠雄、 山下格、 風祭元 「現代の抑うつ」 日本評論者 1993
・渡辺三枝子、 渡辺忠、 山本晴義 「産業カウンセリングの理論的な展開」 至文堂 2001
・ 「労政時報―3536号」 メンタルへルスの現状と対策 労政行政研究所 2002.