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鏡の前から飛ぶカナリア(承前)

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Academic year: 2021

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(1)

一『若きヴェルテルの悩み』に於る自然性の問題一

神 尾 達 之

5 欲望と秩序化

5.1 もっと砂糖パンを食べたい

『ヴェルテル』の中では欲望を指示する語が幾つか使われているが,その中 でもっとも頻繁にヴェルテルの手紙の中に出てくる語はBegierde(Begier,

Begehren)である。それは一義的に性的欲望を意味しているわけではないがユ,

そのような欲望をも含む人間の欲望を表していることは,彼がロッテと会う前 に書いた手紙を読めば明らかである。「僕は自分自身の中に立ち帰って,そこ に一つの世界を見出すのだ!そしてまたもや明確な表現と生き生きとした力よ りも,予感と暗い欲望(Begier)に浸ることになる。すると一切のものが僕の 感覚の前で漂い流れる。そして僕は夢見つつ更に世界の中へと微笑みかけるの だ。/子供たちは自分たちが何故欲する(wollen)のかその理由を知らないと いうことは,高い学識を誇る学校の先生や家庭の先生の一致した見解だ。しか し大人もまた子供と同じようにこの地上をよちよち歩きし,子供と同じように,

自分たちが何処からやって来て,何処へ行くのか知らないし,真の目的に従っ

て行動することもなく,子供と同じようにビスケットやケーキや白樺の枝の鞭

によって支配されている。このことは誰も信じようとしないけれども,誰でも

はっきり分ることだと,僕には思われるのだが。/こういったことに対して君

がどう言うか僕は分っているから,君には打ち明けて言ってしまおう。つまり

もっとも幸福なのは,子供と同じようにその日のためにのみ生き,自分の人形

を引きずり回したり,それで着せ替え遊びをしたり,ママが砂糖パンをしまっ

ておいた引き出しの周囲を,おそるおそる忍び足で歩き,ついに望みのものを

手に入れると,それをロー杯にほおばり,「もっとちょうだい』と叫ぶ,そう

いう人間なんだ」(13−14)。ヴェルテルの内面を支配する欲望が子供2に投影さ

(2)

れることで,欲望は生きられるのではなく,対象化されることになる。5日後 の手紙は,ヴェルテルが彼の側から子供の欲望を実際に充足させていたことを 明らかにする。「子供たちは僕にすっかりなついていて,僕がコーヒーを飲む 時には,砂糖をもらい,晩になるとバター付きパンと発酵乳を僕と分ける。日 曜日には子供たちに必ず一クロイツァーつつやることにしていて,礼拝時間の 後でも僕がそこに行けない場合は,食堂のおかみさんが代わりにそれを渡して くれることになっている。/子供たちはひとなつっこくて,僕に色々なことを 話してくれる。特に,村からもっと大勢の子供たちが集まってくると,子供た ちは激しい感【青をあらわににし,欲望が単純に爆発するようになるが(Leiden一 schaften und sirnple Ausbr廿che des Begehrens),それは見ていて楽しい」

(17)。ここでは,自らは社会的な栓桔に縛られているが故に高々「天才」を擁 護し称揚することしかできない者が,欲望の即時的な充足を許可された者に,

いわば代償行為として,欲望の対象を付与するという構図がとられている。さ て以上二つの引用は,ヴェルテルがロッテに出会う前の子供についての記述で あるが,自殺の2カ月ほど前の手紙でも子供の欲望が持ち出される。「僕はも

う百度も彼女の首に抱きつこうとした!あのように愛しいもの(so viele Lie一 bensw亘rdigkeit)が眼前を歩き回るのを目にしながら,それに手を出すことが 許されない(nicht zugreifen dUrfen)というのは何という気持ちだろう。欲

しいものに手を出す(zugreifen)のは人間の最も自然な衝動(Trieb)じゃな いか。子供たちは彼らの心にうったえるものならば何にでも手を出すのではな いだろうか?一それなのに僕は?」(84)。上記の二つの引用文(物語の第1部)

では慎重に子供たちの食欲として言及されていた欲望が,ここでは性的欲望と してテクストの表層に現れ出ようとしている。しかも禁止命令の下に。しかし ながら実はこのような構図は既に,アルベルトの帰宅を報告する手紙にも読み とることができる。「僕は自分が彼女に対してはいかなる要求もしてはならな いということを知っていたし,実際そういうことはしなかった 一それはつま り,あのように愛しいものを前にして欲望を感じないでいること(bei so viel Liebenswαrdigkeit nicht begehren)が可能な限りということだが」(41−42)。

まとめて言えば,ヴェルテルはロッテに対して欲望を抱きつつも,彼の心の中 で禁制の声が響いているが故に,辛うじてその欲望の直接的な充足はなされな い。そして同時に彼は,そのような禁制の声を感じることなくzugreifenする

ことのできる子供たちに自己投影してもいる。

(3)

しかしこの自己投影は子供への到達不可能性をも意味している。子供である ことは,子供のような在り方に憧れそれを対象化することとは,決定的に異な る。それは狂人や,無自覚的に日々をおくる民衆や,性的欲望を満たそうとす る犯罪者の生き方と,そのような生の在り方を擁護し正当化することとが,全 く違う次元に属することであるのと同断である。逆に言えば,そういう存在様 態が回復不能であるということこそが,それへの自己投影と憧憬の前提なので

ある。シラーの言を借りれば「我々が自然に心を寄せる時の感情は,我々が子 供らしさと子供の無垢の時代が過ぎ去ってしまったと嘆く時の感情によく似て いる」3。では何故ヴェルテルは再び子供になることができないのだろうか。別 の問い方をすれば,ヴェルテルはなぜ欲望の即時的な充足をためらうのだろう か。その理由はまずは社会的な制約に求めることができるだろう。ヴェルテル が,出世を願う母親の願いを一旦は受け入れ,同時にロッテとアルベルトの生 活の邪魔にならないようにと,宮仕えの道を選んだことは,彼が完全に市民社 会を拒否していたわけではないことを裏付ける。けれども彼は結局宮仕えに失 敗し,ヴァールハイムに戻ってくる。その後でも彼はロッテをアルベルトから 強奪しようとはしない。社会的な配慮から相当程度まで解放されたこの時点に あっても,ヴェルテルは欲望の充足に対して臆病なのだ。それ故に社会的禁制 を,ヴェルテルが子供になれなかった第一の理由と考えることはできない。ヴェ ルテルはそのように外的な圧力によって受動的にのみ,欲望の即時的な充足を 断念しているわけではない。寧ろ彼自身が欲望の対象へのzugreifenを思い止 どまっているふしがある。上の引用から明らかになったように,ヴェルテルは ロッテと出会う前も後も,子供の欲望を肯定していた。特に自殺の2ヵ月前の 手紙ではロッテに対する性的欲望が,子供の欲望に仮託された形で表現されて いた(84)。けれどもヴェルテルは,欲望の対象が明示的にロッテであること が分るような文脈では,自分の欲望を寧ろ逆にロッテから遠ざける。「ああ,

僕の指が間違って彼女の指に触れたり,僕たちの足が机の下で出会ったりする 時,それは僕の血管の隅々まで走りぬける!僕は火から手を引っ込める時のよ うに身を引くが,ある秘密の力が僕を再び前へ進ませる。五感が打ち震え,僕 は目眩を起こす。[…]彼女は僕にとって神聖だ。彼女を前にすると一切の欲 望(Begier)が沈黙する。彼女のそばにいると,自分がどうなっているのか分

らなくなる。まるで僕の魂が神経の隅々に至るまでひっくりかえったようだ。一

彼女がピアノで奏でる旋律には,天使の力がある。とても単純なのに,とても

(4)

精神性に満ちているんだ!それは彼女のお気に入りの歌で,彼女がその最初の 音符を奏でると,僕はすべての苦しみ,惑乱,不機嫌から解放される」(38−39)。

ヴェルテルはここで表向きロッテの精神性を強調しているのに,実際にロッテ を前にする時の彼の反応は精神性とは逆の方向を指し示しており,図らずもそ こで出される音楽の例は,寧ろ感覚性を含意している。このような矛盾は引用 文の前半では,彼女に接触したいという欲望と,彼女から離れていたいという 欲望とのアンビヴァレンッとして表現される。彼は内なる自然を無条件に解放

したいと願いつつも,同時に,その危険を予感してもいる。ヴェルテル自身が zugreifenを自らに禁じているのである。これはヴェルテルの生にとって本質 的な二重性である。彼は自殺の前日についにロッテの唇を奪うが(ll5), zu一 greifenの欲望が充足されたこの時,彼の死が確実に準備されるからである。

ヴェルテルは自身のこのような在り方を説明するために,セイレーンを欺く あのオデュッセウスの物語を思い起こさせる讐話を持ち出す。「僕のおばあさ んが磁石の山のおとぎ話をしてくれたことがある。船がその山に近づきすぎる と,突然金具がすべてはずれ,釘が抜けてその山の方に飛んでゆき,船は難破 し,哀れな船員は崩れた船板の下敷きになるというのだ」(41γ。ヴェルテル が,ロッテに近づきすぎると危険だ,我が身の破滅を招くことになるぞ,と自 戒をこめてこのおとぎ話を引いているのは明らかである。しかし彼は内なる自 然がはらむ危険に対し,オデュッセウスのような好計をもってはのぞまない。

「オデュッセウスは古代における歌謡の圧倒的な力を認めているため,彼は,

技術的に啓蒙された者の取る処置として,自分自身を繋縛させるのである。彼 は快楽の歌声に牽かれはするが,しかも快楽や死の誘いには乗らない」 と特 徴づけられるオデュッセウスの好計は,ヴェルテルには無縁である。ヴェルテ ルは,ロッテが「ピアノで奏でる旋律」と歌に備わった「天使の力」に呪縛さ れることで,現実原則が支配する世界で彼を圧迫する「すべての苦しみ,惑乱,

不機嫌から解放される」ことになるからだ。ヴェルテルが内なる自然に従うこ との危険性を認識しつつ6,同時に,オデュッセウスのように自然を馴致する こともできず,アルベルトのように自然の声を圧殺することもよしとしない時,

彼に残された生が描く軌跡を考察するのが,本稿の次の課題である。

5.2 「お利口」にするヴェルテル,あるいは玩具を整理すること

自然を全面的に擁護し,「市民社会」の秩序を支える「規則と礼儀」を相対

化した手紙の中で,ヴェルテルは手紙の受信者であるヴィルヘルムの反論を先

(5)

取りし,再反論のために一つの讐話を持ち出す。それは自分の恋人である少女 の側を一日中離れず,彼女に身も心も捧げきっていることを示すために,全精 力と全財産を投入する青年の話である。そこに,官職についている一人の「俗 物」がやって来て,次のような忠告を彼に与える。「あなたの時間を分割し,

労働に割く時間を決めてから,休息時間をその少女に捧げなさい。あなたの財 産を計算し,生活に必要な分を引いた残額を彼女への贈り物にするならば,私 もうるさくは言いません。ただ,あまりに度々だとよくない。例えば彼女の誕 生日だとか聖人の祝日にしなさい」(15−16)。恋をしている青年にとっては,

恋人の側に居ることのできる「一日のすべての時間」は均一の至福を意味して いる。快感原則にのみ従っている限りに於て,時間は川の流れのように,未だ 分節化されない一塊のものと感じられていることだろう7。実際,この讐話の 直後には,氾濫する「天才の大河」という象徴が現れている。けれども市民社 会の秩序を支える「冷静な紳士たち」は,この洪水に対する予防措置として

「堤防や排出路」を造る。それと同じように,彼らは均一に流動する自然の時 問に分割線を刻み込む(16)。一日という小さな時間だけでなく,一年という大

きな時間の流れも「誕生日だとか聖人の祝日」といった名目で区切られるの

だ8。

自然の分節化はしかしこのような時間意識の位相のみならず,欲望を叙述し,

欲望を裁く言説の位相にも観察される。それは内なる自然としての欲望が爆発 し,混沌が生じる瞬間に市民社会の代表者たちが選ぶ言説である9。冬に花を 摘む狂人については既に前稿で言及したが,彼が何故狂気に陥ったか,その経 緯を手短に述べた後,ヴェルテルは手紙の中で次のように書く。「アルベルト が冷静に(gelassen)この物語を話してくれた時,僕がどれほど訳の分からぬ 感情(Unsinn)に襲われたかを,こういった乾いた言葉から察してくれたま え。ひょとすると君も彼と同じように冷静に読んでいるのかもしれないが」

(91)。アルベルトは狂気の物語を冷静に語るが,この書記の発狂は,ほかなら ぬアルベルトの妻ロッテへのかなわぬ恋に起因している。この時アルベルトは

もう,ヴェルテルがロッテに激しく思いを寄せていることを知っているのだか ら,アルベルトは自分の妻をめぐる他の男たちの狂気と激情にさらされながら も,異常なまでに冷静さを保っていると言っていいだろうユ゜。ヴェルテルの視 座に立てば,狂気こそが自然であり正常であって,アルベルトが見せる冷静さ

こそ異常である。ヴェルテルが「訳の分からぬ感情(Unsinn)に襲われた」

(6)

と書いているのは,その狂人の運命に自分の行く末を予感したからというより も,アルベルトの言説が,彼ら二人の存在様態を裁いた(urteilen)からであ り,彼ら二人の自然性を根源的に分節化(ur−teilen)したからである 。

この手紙ではしかし,ヴェルテルがアルベルトのそのような言説に対して実 際にどのように振る舞い,どのような言説をもってのぞんだかは明らかではな い。1772年12月1日付けのこの手紙の後,4日付けと6日付けの短い手紙が続 いた後,突然編集者がテクストに顔を出す。テクストの冒頭部で,ヴェルテル が残した手紙の収集と提示を自分の仕事としていた編集者は(7),突如その禁 欲を破り,物語言説の内部に侵入する。これ以降ヴェルテルの行動と心理はお おむね三人称で報告される。たとえこれ以前と同じく書簡体形式がとられ,ヴェ ルテルが一人称で告白することがあっても,彼の手紙はあくまでも編集者によっ て引用されたものという受動性の刻印を押されることになる。編集者が語り手 となって報告する最初の事件は,あの若い農夫の殺人事件である。この事件を めぐって,アルベルトの言説とヴェルテルの言説が直接ぶつかることになる。

「彼はこの農夫をひどく不欄に思い,犯罪者ではあっても罪はないと感じ,こ の男の境遇にすっかり感情移入したので,他の人達も説得することができると 確信するようになった。早くも彼はこの農夫を弁護することができると考え,

激しい弁論の言葉が唇に迫ってきた。彼は狩猟館に急いだが,その途中で早く も,郡長官に弁じ立てようと思っていたことをみな,半ば口に出さないではい られなかった。/部屋に入ると彼はアルベルトが同席しているのに気がつき,

一瞬いやな気分になった(verstimmen)。けれども再び気をとりなおし,郡長 官に自分の意見を熱っぽく述べ立てた。郡長官は何回か頭を横に振った。そし てヴェルテルが非常に生き生きと,情熱と真実をこめて,一人の人間が他の一 人の人間を弁護するために言えることの一切を述べたにもかかわらず 一容易 に想像のつくことだが一,それによって郡長官の心が動くことはなかった。彼 は寧ろ我々の友人が最後まで話し終わるのを待たずに,懸命に彼に反論し,彼 がその殺人犯をかばっていると言って非難した。郡長官が彼を諭して言うには,

そんなことをしたらどんな法律も無効になってしまい,国家のすべての安寧が 消滅してしまう。更に付け加えて,こういう事件に於ては,それに対する処置 は途方もない責任を伴っている,すべては秩序のとおり(in der Ordnung),

定められたやり方で処理されねばならない,とも言った。/ヴェルテルはそれ

でもなお譲らずに,その男が逃げるのを誰かが手助けしたら,見て見ぬふりを

(7)

してほしいと頼んだ。郡長官はこれも拒否した。アルベルトもとうとう口をは さんで,その老人の側についた。ヴェルテルは言い負かされた(茸berstimmen)。

そして郡長官が彼に向かって何度か「だめだ(Nein)。あの男を救うことはで きん』と言ったのを聞いた後,恐ろしいばかりの苦悩を抱いて家路についたの だった」(96)。法の遵守を求める郡長官が殺人者としての若い農夫を裁くとい う構図になっているが,それは秩序の側に立つアルベルトが欲望の正当性を擁 護するヴェルテルを裁くということと等価である。秩序の言説は最終的に欲望 の言説を圧倒する。Neinがヴェルテルの欲望の言説に懊を打ち込む。それは ラカン風に言えば,隠されていたヴェルテルの父の名(nom de pere=non de pere)12がここでついに口にされるということである。それも,真の母た るロッテが実質的に妻の代わりをしている,ロッテの父によってである。ここ を長々と引用したのは,正にこの父の「否」の前後でヴェルテルの言葉が決定 的に変質してしまっているからである。引用文の冒頭でヴェルテルは,自分の 欲望の言説が「他の人達も説得することができると確信」し,その言葉は彼の

「唇に」迫り,「郡長官に弁じ立てようと思っていたことをみな,半ば口に出さ ないではいられなかった」。彼は独り言を言っているのだ。秩序と法の言説に 接する前のヴェルテルは,独白的な言語空間の中で仮想のコミュニケーション を他者と行う。その他者は彼の欲望の言説を受け入れてくれるはずの他者であ る。このような至福をもたらす空間は,無媒介的な二者関係の境域である。し かしながらヴェルテルは独白ではない言葉を聞かなければならない。言説は調 子を変える(verstimmen)。郡長官とアルベルトの言葉は,現実の対話の言葉 であると同時に掟の言葉である。掟の言葉が発する声(Stimme)は欲望の声 の上に(Uber)被さり,父の否によってヴェルテルは沈黙する。郡長官とアル ベルトがいる狩猟館への往路,ヴェルテルは独り言を言っていたのに,復路,

彼は「苦悩」を抱いて家路につく。.至福の境域は破れ,禁止命令が内面化する。

ルメールによれば「エディプス現象を経過するなかで,子供は[…]父一の一 名に根拠づけられたあの掟を受け容れ,象徴の境域に身をおちつけてゆく」13        一 のだが,父の否認の言葉によって衝撃を受けた後のヴェルテルの心境を編集者 は次のように報告している。「よく考えてみれば,両人[郡長官とアルベルト]

の言うことが正しいことは,明敏な(Scharfsinn)彼に分らないはずはなかっ

たのに,万が一それを承認してしまったら,まるで自分の存在の一番奥深くに

あるものを放棄しなければならないような気がした」(97)。恐らくは若い農夫

(8)

や冬に花を摘む狂人には理解できないであろう掟の言説を,ヴェルテルは理解 することができる。彼もまた世界を言語によって分節化する能力,つまり Scharfsinnを持っているのだから。しかしヴェルテルはそのような言説が

「正しい」ことを知りながら,その一方で,「それを承認してしまったら」彼の 至福の境域が破れ,独白が十分に対話として機能しうるような世界が壊れてし

まうことも確信している。編集者は今引用した語りの直後に,ヴェルテル自身 がアルベルトについて書いたメモを挟んでいる。「彼は立派で善良だ,と僕が 自分に言い聞かせ,繰り返してみたところで何になろう。ただ僕の内臓が引き 裂かれるだけだ。僕は公正(gerecht)ではありえない」(97)。「自分の存在の 一番奥深くにあるもの」は「内臓」という,より強烈な形象にとって代わられ ているが,ヴェルテルは自分が秩序の言説に照らせば正しくないことを知って いる。この短いメモを挿入し,ヴェルテル自身に彼の不正を認めさせた後,編 集者はまたもや報告体で発言する。しかもヴェルテルの手紙を集め整理すると いう当初の使命を越え,アルベルトがロッテに向けた言葉を直接話法で引用し ている。まるで二人の秘められた会話に立ち会っていたか,盗み聞きしていた かのように。編集者は上方から物語世界を見下ろす全知の報告者として,局外 の語り手による語りを行う。先程の長い引用文の中で,編集者は「容易に想像 のつくことだが」という注釈を加えることで報告に介入し,はからずも彼がア          ゆ

泣xルトと郡長官の側に立っていることを示していたことを思い出そう。ここ で編集者が手紙を整理するという自分の役割を逸脱し,アルベルトの言葉を直 接話法で引用したのは,テクス トの表面で爆発しかかっているヴェルテルの欲 望の言説を,秩序の言説が,物語の内部(郡長官とアルベルト)だけでなく,

物語の外部(編集者)からも抑圧しようとしていることを意味している。編集 者はまたこの部分で「アルベルトがヴェルテルに公正(Gerechtigkeit)を保 ちながらも,彼を非難し,ヴェルテルの不幸な情熱(Leidenschaft)に触れた」

(97)と報告しているが,ここではもう既にヴェルテルの内面の混沌は「情熱」

の一語でかたづけられている。編集者はこの直後の部分でも,「果てしない情

熱」,「自分の力をかきたてながら」,「混乱や情熱」,「休まることのないあがき

と渇望」,「生の倦怠」(98)といった語を動員して,ヴェルテルの「情熱」を

指示する言葉を連ねる。しかし,これらの語はヴェルテルが感じている混沌の

内実を純粋に保ったまま表現しようとするのではなく,寧ろ内面の充溢を殺ぐ

方向に働く。編集者の言説はアルベルトや郡長官のそれと協力して,ヴェルテ

(9)

ルの欲望を秩序の中で位置づけようとする。そしてそのような秩序の言説によっ て表現されてしまうだけでなく,そのような言説に加担すること,そのような 言説の場に入ることを強いられる時,ヴェルテルの絶望は最も深くなる。「こ とに彼は,犯人が犯行を否認し始めたので,ひょっとすると彼もその男に対す る反対証人として喚問されるかもしれないと聞いた時には,気も狂わんばかり

だった」(98)。

掟の言説が欲望の言説を裁く(urteilen)場に,つまりノモスへと硬化した 言語が自然を分割(teilen)することが制度化されている空間の中に立ち,そ のような言説に身を委ねることを,ヴェルテルは辛うじて免れはする。しかし 繰り返し言えば,彼は若い農夫や狂人になることはできない。彼は純然たる欲 望を生きることができない。「時々僕に襲いかかるものがある。それは不安で も欲望(Begier)でもない。それは心の中で荒れ狂う正体不明の力であって,

それが僕の胸を引き裂こうとし,喉を締めあげるんだ!」(98)。ここから分る ように,ヴェルテルの口から発せられているのは,満たされない欲望の断末魔 の叫びではない。彼の胸を引き裂いているのは,欲望の側にも掟の側にもつけ ないという意識である。このような意識は,硬直した法に従って冷静に欲望を 裁く言説とは異なる位相で,ヴェルテル独自の言説を可能にするはずである。

それは自殺の直前に彼がロッテに聞かせるオシアンの翻訳に現れているような 言説だが,この言説については次節で詳述することとし,ここでは最後に,彼 が言説に於てではないが,実践に於て,欲望の即時的充足の側につくことがで

きなかったことを暗示する場面を指摘しておきたい。

アルベルトと郡長官を相手にしての議論の直後,ヴェルテルは自殺未遂をほ のめかす手紙と,ロッテを抱擁する夢を見たことを伝える手紙を書く。自然及 びロッテとの一体化を希求するこの手紙の後で,またもや編集者が介入する。

彼はヴェルテルの手紙が引用されたものであることを殊更に言明しつつ,次の ように報告する。「最後に挿入した手紙をヴェルテルが友人に宛てて書いたそ の日 一それはクリスマス前の日曜日だったが一 彼は晩にロッテのところに 来た。彼女は一人でいた。彼女は小さな妹や弟たちのクリスマスの贈物として 用意しておいた玩具を整理している(in Ordnung bringen)ところだった。

ヴェルテルは子供たちが喜ぶだろうと言い,不意にドアが開いて蝋燭や飴細工

や林檎で飾られた木が眼の前に現れると,自分も天にも昇る気持ちで有頂天に

なったものだと語った。一ロッテは愛らしい微笑みの下に当惑を隠しつつ,

(10)

『ちゃんとお利口にしていれば,あなたも贈物を貰えますよ。飾り蝋燭や,そ の他何か』一  『お利口にするってどういうことです?』と,ヴェルテルは叫 んで言った」(101−102)。ヴェルテルの欲望の対象であったロッテは今や「整 理する」側にまわり,ヴェルテルに「お利口にする」ことを命じる。抑圧する 掟の言説に従順である限りに於て,彼は欲望の充足を許可されるのだ。そして 再度言えば,ここでの二人の会話は,今や全知の語り手という特権的な視座を 獲得した編集者によって報告される。これは終結に向かおうとする物語の力学 を暗示しているように思われる。テクストのそれ以前の部分を吸収するような 形で物語を終結させようとするこの力学 4は,ヴェルテルを「整理する」だけ でなく,ヴェルテルが「整理する」ことをも要請する。「食後に彼は少年に命

じて,すっかり荷造りをさせ,多くの書類を破き,外出して,僅かな借金の支 払いをした(in Ordnung bringen)。また家に戻っては来たが,再び市門を出 て,雨にもおかまいなしに,伯爵の庭園から,更に先の方までさまよい歩き,

夜の帳がおり始めた頃帰宅して,こう書いた。『ヴィルヘルム,僕が野や森や 空を見るのもこれが最後だ。君も幸せに暮らしてくれ!お母さん,僕を許して 下さい!ヴィルヘルム,母を慰めてやってくれ!神様が君たちを祝福して下さ るように!身の回り品はみんな整理してある(Meine Sachen sind alle in Ordnung)』」(121)。掟の言説は執拗である。編集者はヴェルテルが「こう書 いた」と記すことによって,秩序=整理を自らの語りのみならず,ヴェルテル 自身の書字の中でも表示し,確証しようとする。しかしながら一見このように

「お利口に」なったかに見えたヴェルテルは,一方的に掟の言説に従ったわけ ではなかった。玩具を整理するロッテと身辺を整理するヴェルテル,この二つ の挿話の間には,あのオシアンの翻訳が模のように打ち込まれている。

5.3 風:掟の言説に抵抗するオシアンの世界

この物語の中では明示的にオシアンの世界がホメロスの世界と対照をなして いる。晴れやかな春と夏の空気が拡がる前半部から,陰欝な秋と冬の雲がたれ こめる後半部に物語が移るにつれて,ヴェルテルの心の中でオシアンがホメロ スを「追いやってしまった」(82)。晩年のゲーテはオシアンについて,「誰も 気がついていないことだが,ヴェルテルは正気を保っていた問はいつもホメロ

スのことを語り,狂気に陥った時になって初めてオシアンに夢中になる」と,

軽蔑をこめて語った 5。ヴェルテルによるオシアンの翻訳は「狂気」の言説と       .

オて,物語を誘導しようとする掟の言説の圧力をはねのけるようにテクストに

(11)

割り込む。そこでは,切れ切れの文や疑問符と感嘆符が高揚した感情を示して おり,筋や作中人物の相互関連を辿るのは困難である。シェフラーによればオ シアンの詩の魅力は「豊かな響きを持つ,聞きなれない名前」にある 6。固有 名詞はいわば空中を浮遊し,はっきりとした輪郭線を持つ人間の姿に結ばれな い。作中人物は概ね死者なのだから当然ではある。舞台となる空間は自然であ る。ここには前稿で詳述した液体の形象群がすべて出揃っている。付け加わる のは,薄明の中の霧と荒野,そして風である。

ヴェルテルが翻訳したオシアンの詩は,ハンブルク版では7頁弱のものだが

(108414)17,風はWind, Sturm, WindstoBというような名詞, stUrmenとい う動詞,st荘rmischという形容詞として,あわせて25回以上言及される。そこ で吹き荒ぶ風は霧を散らして晴朗な野を現出させることはない。風が通り過ぎ る空間には,死者たちの霊がたゆたい,荒地が拡がり,墓が並んでいる。ここ で描かれる自然は,自殺の直前にヴェルテルが目にしたあの混沌たる自然と似 ているが,このオシアンの世界には,死に至るまでも自然との交感を希求する ような,生の極限的な高揚感はない。ここで我々の前に立ち現れる自然は「破 壊と再生というこの地上の存在の永遠の変容」を司る母なる自然ではなく,そ

のようないわば肯定的な自然の彼方にある世界である。マナックによればこの 世界の風景を表示する不変化詞はhierとdaであり,この二つの単語は,物語 の前半部に於る風景描写に特徴的であったringsやringsumやumherを追い やる。そしてしばしば個々の対象が,場所の規定語を一切伴わずにただ単に数 え上げられるだけのこともある。端的に言えばオシアンの世界に拡がるこの風 景は「無秩序」である18。死者たちの,空間的にも時間的にも錯綜した関係は,

そのような風景描写と同質だ。そのような無秩序を引き起こすのが風である。

オシアンの世界の中を吹く風は,地上に定着し安定していた意味をずらし,混 ぜ,最終的に一切の意味が欠落した世界を残して,消えてゆく。近親者や敵た ちが実体を失い,「聞きなれない名前」と化して,相互に入り組んだ関係を結 ぶその様子は,一義的に結ばれていたかに見えた記号表現と記号内容とが,風 に煽られてばらばらになるかのようである。

ところで,盲目の詩人に相応しく見ることよりも聞くことが,外部世界を感 受する際の知覚となるこのオシアンの世界では,声が重要な役割を果たしてい

る 9。愛する者の声は「優しく」(110)「甘美」(11(トlll)で,「美しいメロディー

を備えて」(ll2)いるが,また「弱々しい」(110, ll4)ものでもある。その

(12)

怒りの声は「雨後の森の奔流,遠くの岡の雷鳴」(ll1)に似ている。しかしな がら愛する者たちの声は,風のたてる轟音によってかき消される。何ヵ所か引 用しておこう。「河と嵐がざわめき,私は愛する人の声が聞こえない」(109),

「風よ,しばし黙せ!おお河よ,一時静まれ!私の声が谷に響き渡り,私の旅 人が私の声を聞こえるように」(109),「風の中ではかすかな声も聞こえないし,

岡を吹き荒ぶ疾風の中では漂う答えも聞こえない」(110)。風の中では,愛す る者どうしの言語コミュニケーションを可能にする唯一の手段である声が聞こ えなくなる。

読み上げられるテクストに対応して,ロッテとヴェルテルの間でも声による コミュニケーションが身振りのコミュニケーションに変わる。感極まったヴェ ルテルは朗読をやめ,二人の目には涙が溢れる。この場面は1771年6月16日付 けの手紙の最後の部分を思い起こさせる(27)。そこでは,ホメロス,オシア ンのように頻繁に口にされることはないが,しかしこの物語の最後で編集者の 手によって記されるレッシングの名と同様に,決定的な動作を誘発する名が呼 ばれた。レッシングがヴェルテルの人生を結ぶ作家だとすれば,ヴェルテルの 恋愛を開始させるのがクロップシュトックという詩人である。ヴェルテルはど ちらの場面でもロッテの手の上に自分の顔を押し当てる。求めあう気持ちは,

お互いの内発的な愛の言葉によってではなく,特定の文学テクストをきっかけ にして直ちに肉体的な接触へと移る。しかしながらこのオシアン朗読の場面で はヴェルテルは一歩進んで,ロッテの手に口づけするだけではなく,今はもう 他の男性のものとなってしまったこの女性を,掟によって禁じられているこの 女性を,「ひしと抱きしめ,震えて口ごもっている彼女の唇を激しい接吻で覆っ た」(115)のである。ロッテがこのような事態を予測していたかのように,ヴェ ルテルに向かって,「ちゃんとお利口にしていれば,あなたも贈物を貰えます よ」(102)と注意していたことを思い出そう。ヴェルテルは,クリスマスの贈 物を貰うためにとりあえず今は「ちゃんとお利口にして」いることができない のである。彼は子供よりも子供らしく,欲望の先送りを拒否して,欲しいもの を今ここで手に入れようとする。

掟を破るこの行為を誘い出したオシアンのテクストに戻ろう。クロップシュ

トックとオシアンがヴェルテルとロッテの肉体的な接触を導く詩人であること

は確かであり,ヴェルテルとロッテとの間のその都度の動作を示す表現に共通

点も観察できるが,二つの場面の相違点も見逃してはならない。幾つかある相

(13)

違の内で最も重要なのは次の点である。即ちクロップシュトックの場合,彼の テクストそのものは朗読されず,彼の名前だけがロッテの口からヴェルテルの 耳に届いたのに対して,オシアンの場合は,吹き荒れる風によって記号内容と 記号表現との安定した一義的な結合が解かれ,人と人との間で声が届かぬまま に,実体をもたぬ者たちが「聞きなれない名前」と化し,嘆きと悲しみの言葉 が綿々と連なる。「クロップシュトック」という一語の代わりに,ここでは氾 濫する様々な固有名詞2°が,愛しあう者の間の空間に響き渡る。雨上がりの晴 れ上がった世界を前にして発語される「クロップシュトック」という,無声の 障害音から成る硬質の響きは,外では雪まじりの雨が降る夕暮れに読み上げら れる「コルマ」,「ミノナ」,「ザルガル」,「リノ」,「モラル」,「アルマル」といっ たような柔らかな音たちにとってかわられる。しかもヴェルテルは最後には

「半ばとぎれとぎれに(halb gebrochen)」(114)朗読するのである。

このような言説が『ヴェルテル』の中で置かれている場所を再確認しておこ う。ヴェルテルの「最後の異常な数日間」(92)の出来事が主として編集者の 報告によって叙述されることは指摘したが,最初に報告される事件は若い農夫 が犯した殺人である。ヴェルテルは彼を弁護しようとするが,結局郡長官とア ルベルトに言い負かされる。この報告の後ヴェルテルの自殺未遂をほのめかす 手紙が挿入され,再び報告体でロッテとヴェルテルの会話の内容が記される。

玩具を整理していたロッテは,ヴェルテルに「お利口」にするようにと言う。

その後彼は,クリスマスまでは来ないでほしいというロッテの頼みを無視する

形で,彼女を再訪し,そこでオシアンの翻訳が朗読されることになる。ロッテ

の唇を奪い,禁忌の敷居を越えてしまったヴェルテルは,遺書をしたため身辺

を整理する。このようなヴェルテル最後の日々という意味連関の中でオシアン

翻訳を読むと,その位置価が浮き彫りになる。硬直した法に従って冷静に欲望

を裁く言説,整理する所作,「忠実な」「語り」(93)を宗としつつも文書を配

列しそこに注釈を加えてしまう編集者の操作,これらは,整序の指向性を三重

に帯びた場を形成している。ヴェルテルが翻訳したオシアンのテクストは,こ

のような言語空間の中で絶望的にもがいている欲望の言説にほかならない。欲

望の言説は風となって,秩序を固定化しようとする掟の言説の空間を乱そうと

する。しかしこれによって実現したのは,救済の可能性をまったく欠いた暗欝

な自然であった。欲望の言説は,ヴェルテルが瞬時体験することのできたあの

晴れやかな自然を,その深さを内実として保ちつつ,軽やかに表現することは

(14)

できないのだろうか。結論部でこの問いに答えるためには,テクスト内の主人 公であるヴェルテルから,テクスト外の作者であるゲーテへと暫し視線を移さ

なければならない。

5.4 ゲーテのリンネ受容に関する余論

「若きヴェルテルの悩み』に於る自然性を考察する際に,問題群の所在を示 す徴標となっていたのが,菩提樹という木であった。この論考全体を閉じる導 き手となってくれる人物もまた,この樹木にゆかりをもっている。貴族に列せ られる前は,家の近くにあったセイヨウボダイジュにちなんでリネウスという 姓をもっていたこの人物21は,ゲーテと自然との関係を考える時,視野からは ずすことはできない。『詩と真実』によれば,ゲーテが初めてリンネの名を耳 にしたのはライプツィヒ時代である。周知のように彼は父親の意向に従って法 学を修めるべく,この町の大学にやって来たのだが,そこで彼は法学だけでな く文学の授業にも出席した。しかしながら結局彼の「生活と勉学は様々にかき 乱され,そればかりか,ばらばらな状態に」なってしまった。そのような折に ゲーテはリンネの植物学を知るようになったのである。植物学をめぐってなさ れる議論の「対象は面白く意味深いものであり」,ゲーテの興味をかき立てた

(9;257)。これがきっかけとなってゲーテの植物研究が開始する。それ故に,

ゲーテがリンネの植物学に関心を抱くようになったことの前提には,彼が正に

『ヴェルテル』の中のアルベルトと郡長官の言説である法学と,ゴットシェッ トの強い影響下にあった規範美学に満足できなかったことがあったと見てよい。

したがって本稿の立論からすれば,掟の言説に飽いたゲーテが,自然性を求め てリンネの植物学に引かれたと言いたくなる。しかしながら事態はそのように 単純ではない。

ゲーテは1816年11月7日ツェルター宛の手紙の中で,リンネについて「シェ イクスピアとスピノザを除いて,故人の内でこれ程の影響を私に与えてくれた 人を私は知らない翌と述べている。翌年『形態学』第1巻第1分冊に「植物 変態論』が掲載された時,その導入部として書かれた『私の植物研究の歴史』

という自伝的論文の中でも,リンネがシェイクスピアとスピノザに並び置かれ

て讃えられている。1831年,この自伝的論文は「著者は自らの植物研究の由来

を伝える」というふうに改題されて,『植物変態論』のフランス語版に付録と

して付けられることになるが,この1831年版では1817年版には書かれていたリ

ンネの方法に関する次のような批判が削除されている。「とりあえず私は次の

(15)

ことを告白しておきたい。即ち,シェイクスピアとスピノザの次に私に最大の 影響を与えたのはリンネであり,これは正に,彼が私を一つの葛藤に誘い込ん だことによるのである。それというのも,彼の鋭く英知あふれる分析や,適切 であり,目的に適ってもいるが,しばしば強引な法則を,私が自らの内に採用 しようとすることによって,私の心の内には一つの分裂が生じたからだ。それ は,彼が暴力的に切り離そうとしたものは,私という存在の最も内奥の要求に 従うならば,統一を目指さなければならないものだったからである」(13;589)。

ゲーテはリンネに対し,称賛と批判とが入り混じった評価をしていた。

ゲーテはリンネの「命名法』や『原理』等を集めた薄い小冊子をどこへ行く のにもたずさえていた。そうすることで彼は「広大な植物界のいっそう全般的 な展望を与えてくれるものを,できる限り吸収しようとつとめながら,秩序づ けられた知識をしだいに深く身につけていった」(潮146沖のである,外部世 界にあふれる植物群と観察主体のゲーテとの間には常にリンネが介在している。

ゲーテはリンネによる分類と命名を媒介にして,植物世界の分節を受け入れる。

しかし彼は,リンネのように「分解したり数えたりすること」が自分の本領で はないことを自覚する(潮148)。ゲーテは更に,リンネの方法が自分に向いて いないだけではなく,その方法には問題点が内在することを認職するに至るが,

そのための足掛かりとなったのがルソーだった塾。ゲーテによればルソーは植 物学に関しては「ディレッタント」であった。1822年に出版された『ルソー植 物学』という「優美」な本を読むと,「彼が散歩のとき直接見ることのできた 植物だけが示されており,彼がその研究にあたってどれほどその土地に密着し,

その土地のものを取り扱っているかがわかって愉快である」(潮151),とゲー テは記している。明示的には書かれていないものの,ゲーテはここで自分とル

ソーとを「ディレッタント」という概念で括り,リンネのような「専門家」と

対置したにちがいない。「専門家は完全性を求めて努力しなければならず,そ

れゆえ広大な領域を幅広く研究しつくさねばならない。それに反し愛好家にとっ

て問題となるのは,個的なものを通じて頂点に到達し,そこから,全体の,と

はいわないまでも大部分の展望を得ることである」(潮151)。当然のことなが

らリンネもまた,採集した植物を大切に扱ったはずだが,ゲーテから見るとル

ソーと植物との関係はより親密なものであった。ルソーは「植物の乾燥と押し

葉標本の作成にあたってひじょうに細かい気づかいをし」,「どれかその一つが

だめになると,その損失を心から悲しんだ」(潮151),とゲーテは付言してい

(16)

る。スタロバンスキーによれば「ジャン=ジャックは植物採集を収集家として おこなうのであって,博物学者としてではない」ゐ。さてゲーテ自身ははっきり とルソーとリンネを対立的に捉えてはいないものの,文脈上からは問題構制が そのような両者の対立性を含意していることは明らかである。なぜならばゲー テは植物学に対するルソーの貢献に言及した直後に,リンネに対する穏やかな,

しかし本質的な批判を開始するからである。「こうして私もほかの同時代人と いっしょにリンネを認めた。彼の洞察,だれをも感動させる彼の活動を認めた。

私は彼の人格と学説を完全に信頼し,それに没頭した。それにもかかわらず私 はしだいに,リンネが方向を定めた道をゆけば,私を迷わせはしないまでも制 止するようなことがらが少なからず出てくる,と感じないわけにはいかなくなっ た。/さて当時の状態について,私の気持を意識してはっきり表現せよという ことならば,私が詩人に生まれついた人間であり,詩人というものは,自分の 言葉,自分の表現を,直接そのつどそのつどの対象を見てつくり上げ,それに よってそれらの対象にいくらかでも満足を与えようとするものだ,ということ を考えていただきたい。ところが[リンネのやり方では]このような詩人がで き上がった術語をおぼえこまされ,いつもある数の単語とそれに添える単語を 用意していて,なにかある姿が現われたら巧妙に選びあて,特色をよく表わす 表示法のためにそれを利用し,排列することができるようにしなければならな いというのである。このような処理の仕方は私にはいつも,でき上がった石片 をつぎつぎと並べ,幾千という個々のものから最後に絵のように見えるものを つくり出していく一種のモザイクのように思われた。そうして,このような意 味の強要は私にはいくらか不快なことであった。/ところで私は,植物のある 外面的なできごとについて,みなが協定し,言葉を使って了解しあい,実行困 難で不確実なことも多い植物模写などはいっさいなしですますことを目的とす るこうしたやり方の必要性もよく理解できたけれど,さてこの方法を正確に適 用しようとしてみると,器官の可変性という点にこの方法の主たる難点のある ことがわかったのである。同じ茎に,始めは丸く,やがてぎざぎざの刻みがは いり,最後にはほとんど羽状の葉を発見し,それからまたそれが縮み,単純に なり,鱗片になって,最後にとうとうなくなってしまうのを見たとき,私はど こかに杭を打って区切ろうとか,まして境界線を引こうなどという勇気を失っ てしまった。[…]ここから,どんなに天才的な,鋭い洞察力をもった人でも,

自然をただ大づかみにしか制御できなかった(der genialste, scharfsich一

(17)

tigste Mann selbst habe die Natur nur en gros gewaltigen und beherr一 schen k6nnen),という結論が出てくるように思われた。しかしそれにもかか わらず,彼にたいする私の畏敬の気持はいささかも減少しなかったので,まっ たく奇妙な葛藤が生ずることになった。独学の初心者がどんなに困惑し,苦心 惨憺して切り抜けなければならなかったか,どうか考えてみていただきたい。

/しかし私は中断なく残りの生涯をつづけなければならなかった。そして幸い なことに,その義務としての仕事も保養も,たいてい自由な自然のなかでする ことになっていた。さて自然のなかにいると,あらゆる植物がどんなふうに機 会を求めているか,それが豊かにのびのびと現れることのできる場所をどんな に要求しているかということが,直接的な観察にひしひしと迫ってきた(Hier drang sich nun dem unmittelbaren Anschauen gewaltig auf:wie jede Pflanze ihre Gelegenheit sucht, wie sie eine Lage fordert, wo sle in FUIle und Freiheit erscheinen k6nne)」(潮152−154)。この引用文の前の論脈

に隠されていたディレッタント対専門家,ルソー対リンネという対立性は,こ こでは詩人対研究者,ゲーテ対リンネという形に変奏されている。そして対立 性の基準は,観察範囲の広さと観察対象への愛情から,観察対象を受容する際

の方法に変わっている。問題点を整理してみよう。①リンネの場合,観察に先 んじて術語群があり,その術語群に対応した形で外部世界が表示される。それ に対してゲーテは,「自分の言葉,自分の表現を,直接そのつどそのつどの対 象を見てつくり上げ」ることを詩人の表現法だと考える。言葉は外部世界の観 察と同時的ないし事後的に生成する。②言葉による表示と「模写」とが対立的 に捉えられている。前者は連続的な自然界に,恣意的に境界線を刻み込むこと である。③このように事前に設定された術語群によって自然界を分節化して得 られる自然像は,「大づかみ」なものでしかない。しかも引用したドイツ語か らも明らかなように,そこでは主体はあくまでも人間であり,観察主体は観察 対象を自分の力の中へともたらし(gew直ltigen),それを支配しようとする。

それに対してゲーテが行う「直接的な観察」では,観察主体としての人間の方 に多様な自然の姿が激しく(gewaltig)追ってくる。

言うまでもなく,ここでのゲーテの自然観をそのまま「ヴェルテル』解釈に

適用することはできない。既に指摘したようにこの文章は1817年,或いは1831

年に書かれたものだからだ。けれども自らの自然観察の閲歴を綴ったこの文章

の中には,間接的ではあるが,「ヴェルテル』というテクストとの関係を示唆

(18)

する部分が二か所含まれている。まず話題がルソーからリンネに転換する部分 の,周辺的な記述に注目したい。ゲーテはルソーがどのような姿勢で植物研究 に取り組んでいたかを説明するにあたり,ルソーが1770年1月26日に書いた手 紙を引用している。その手紙の中でルソーは,リンネよりも「もっと歩調のしっ かりした,感覚からはずれることの少ない方法」(潮150沖を使うと述べなが らも,自分は植物研究を人に教えることはできない,と告白している。この手 紙を引用した後,ゲーテは次のように注釈を付け加えている。「1770年の初め には彼はこんなふうに書いた。しかしそのあいだにも彼はじっとしておれなかっ た。早くも1771年8月には,よい機会をとらえ,他人に教える」(潮150)。け れどもルソーはそれ以前に植物研究を始め,リンネを読んでいた幻。それ故に ゲーテがもしこの事情を知っていたとすれば,1770/71年という年の表示には なんらかの意図を読み取ることができるのではないだろうか認。ルソーは『ヴェ ルテル』の作者ゲーテに,書簡体小説という点でのみならず,リンネを受容し た上での自然観察という点に関しても,影響を与えていたのではないだろうか。

偶然の一致かもしれないが,「ヴェルテル』の第1部と第2部との間に位置す るはずの1771年9月21日,ルソーは当のリンネにあてて手紙を書き,その中で 次のように述べている。「自然とあなたを相手にして,田園を散歩しながら,

快適な時間を過ごし,あらゆる倫理の本よりあなたの『植物哲学』から現実的 な利益を得ています。[…]さようなら。自然という本を人々に開いて,解釈 し続けてください。私は,あなたのあとを追って,植物界というページのいく つかの言葉を解読するだけに満足し,あなたの本を読み,研究し,瞑想し,あ なたをたたえ,心から愛します」圏。レペニースによれば,ルソーはここで「植 物学を道徳学に対置しようとしたのではない。ルソーはリンネの植物学のもつ 道徳的性格を強調したのである。リンネのいう美徳とは,秩序愛のことだった からである卸。レペニースはリンネが植物学の研究論文だけでなく,「神罰』

と題された原稿も残したことに着目している3 。それは不正な行為に神罰が下っ た事例を集めたものだが,それによってリンネは,自然の世界も人間の道徳の 世界も等しく神によって秩序づけられているということを示そうとしたらしい。

ゲーテもまた自然の世界と道徳の領域とが類似していると考えていた認。ルソー がこの手紙をリンネに送ったのと相前後して,小説内では主人公ヴェルテルが ロッテとアルベルトのもとを離れ,「他に類を見ないほどの几帳面な馬鹿」(61)

である公使に仕えることになり,実人生に於て作者ゲーテは,彼が初めて自然

(19)

を発見し,オシアンの翻訳を恋人に贈ったあのシュトラースブルクを離れ,法 学得業士の資格を携えて,故郷フランクフルトに帰った。自然と秩序をめぐる このような兆候群を,植物界と道徳界の二つの領域を切り離すことなく考察し たリンネ,ルソー,ゲーテが取り組んでいた問題群の中に置いて見ることが,

牽強付会ではないことを示唆するもう一つの箇所は,先に長々と引用したリン ネ批判の直後の部分である。

ゲーテは,出来合いの術語によって強引に分節化された自然が収められてい る「狭い庭園や書物を越えたところ」に,「新たな明るい希望」が「湧き上がっ てくる」と記した後,突然,具体的な日付を記入する。「事情に精通した人で,

1786年にさかのぼってみようとする人があれば,私がもう十年間も,動きがと れなくなったような気持でいた状態について,たぶんある概念をもつことがで きるだろう」(潮153)。言うまでもなくこの「十年間」とは,ゲーテが故郷フ ランクフルトを去りヴァイマルに入った1775年から,ひそかにイタリアに旅立っ た1786年を指している。リンネの著作によって培われた視線とは異なった視線 で自然を見たいという気持ちが,彼にイタリア旅行を決意させた動機の一つで もあったのだお。「この意味で自然,とりわけ植物界にたいする私の関心は,ア ルプスを越えて急いで向こうへ行ったとき,生き生きと刺激された」(潮154)。

周知のようにゲーテはヴァイマルからではなくカールスバートからイタリアに 出発した。植物研究の自伝の中でもこのカールスバート滞在が話題になる。注 目したいのは,彼が1785年にカールスバートに連れて行ったフリードリヒ・ゴッ

トリープ・ディートリヒという青年についての記述である。この「スマートな 青年」は「短いチョッキ」を着,「男性たちにも女性たちにもひとしく,大い

にその関心をひきたてた」(潮147)。次の年のカールスバート滞在時に,ゲー テは「ヴェルテル」の改訂版を脱稿した直後に,イタリアに旅立った訓。その ような連関の中に置いて先の記述を再読すると,この「チョッキ」を着た青年 の姿にヴェルテルの姿が重なって見えてくる。とは言っても勿論テクストの成 立史から考えて,この青年がヴェルテルのモデルではありえない。二人を重ね る時浮かび上がってくるのは,こうも在り得たかもしれないヴェルテルの姿,

このように生きることによってこそ没落を回避できたヴェルテルの姿である。

即ち,自然に対して一体化による 1光惚感を激しく求め続けるのではなく,名称

を媒介にして自然を受容する青年である。「山の多い地方を通るとき彼はいつ

も徒歩で,熱心に勘を働かせ,花の咲いているものは何でも集め,その収穫を

(20)

できればすぐその場で,馬車のなかの私に渡してくれた。そしてそのとき先触 れ役のようなやり方で,リンネのつけた名称を,属名と種名とを,うれしそう に確信をもって大声にいうのであった。もっとも時にはアクセントがまちがっ ていることもあったけれど。そのおかげで,目は自然の奇跡を楽しみながら,

同時に個々の植物の学問的な名称が,いわばはるか遠い書斎から聞こえてくる ように私の耳に響いて,私には自由ですばらしい自然に対する新しい関係が生 じたのである」(潮147)。

『著者は自らの植物研究の由来を伝える』の中で展開されているリンネ批判 は,記述の順序の点で,1770/1771年と1786年という年号の間に挟まれている。

そして前者は『ヴェルテル』の第1稿の内容と成立史にとって,後者は『ヴェ ルテル』改訂版の成立史にとって,重要な意味をもつ年代表記である。その間 に,ゲーテは若い農夫の挿話をこの小説に付け加えたが,それは第1稿から改 訂版執筆までの「十年間」にゲーテがリンネの方法を相対化することができた

ということを前提にしている。別言すれば,ゲーテによるリンネ批判が,人間 の内なる官然としての欲望の問題を射程におさめる時に,『ヴェルテル』とい うテクストの中で欲望と秩序化をめぐる問題意識が,より明確な形象化を求め て,オシアン翻訳の前に若い農夫の挿話を引き寄せたのであろう。この挿話と オシアン翻訳との解釈によって私が先に到達した地点は,欲望の言説は,ヴェ ルテルが瞬時体験することのできたあの晴れやかな自然を,その深さを内実と して保ちつつ,軽やかに表現することはできないのだろうか,という問いを立 てることであった。ゲーテによるリンネ批判を読むという考察の迂回路は,こ の問いに対する答を準備してくれたように思われる。

5.5 鏡面から離れるカナリア,あるいは急いでアルプスを越えること 自然との一体化への志向は,自然を人間にとって理解と使用が可能なものへ と整序し,特定の意味の下に分節化・分断化しようとする秩序の力によって打 ち負かされた。内なる自然としての欲望の声鉢,共同体を維持する掟の言説の 声によってかき消された(Uberstimmen)。オシアン翻訳はそのような言説に 対する,欲望の言説のぎりぎりの抵抗であった。しかし晩年のゲーテ(1829年)

はオシアンを「狂気」の言説として拒否した。けれどもゲーテはそう発言する

5年前(1824年)『ヴェルテルに』と題された詩の中で,当のヴェルテルに向

かって,「私は残るように,お前は去るように定められ/お前は先に行った 一

が,多くを失ったわけではない」(1;380)と語りかけたということも忘れては

(21)

ならない。ウルリーケという少女への求婚とその挫折による痛手,そして『ヴェ ルテル』出版50周年記念版の出版とが,この詩の背景になっている。年老いた ゲーテは相変わらず「情熱の不確かな道を迷路のように」(1;381)引きまわさ れているのだ。「ヴェルテルに」向けてゲーテが口にするこの「迷路」は,50 年前ヴェルテル自身がアルベルトに向けて語った自殺擁護論に重なる。「自然

      ■ mNaturPが,縫れ矛盾する力の迷路から抜け出す道を見つけだすことができ なくなる。するとその人間は死を選ぶしかないのだ」(50)。ヴェルテルはこの 予告通り,自らの欲望が「縫れ矛盾する力の迷路」の中から抜け出すことがで

きなくなった時,自殺する。だがゲーテはそれを詩人として「歌う」(1;381)

ことで乗り越えようとする。ヴェルテルもまた歌ったのかもしれない。しかし 彼が歌ったオシアンの歌は,他の(しかも不在の)詩人の翻訳であったのだし,

何よりもその歌は「縫れ矛盾する力の迷路」を迷路のまま描写したにすぎない。

欲望の言説は,そのままでは,ゲーテが言うように「狂気」の記述にすぎず,

歌にはなりえない。

欲望の言説が「狂気」の言説へと萎靡することもなく,掟の言説によってか き消されることもないようにするためには,つまりヴェルテルがゲーテとなる ためには,リンネ体験が必要だった。『ヴェルテル』改訂版執筆後半年ほど経 過した1787年3月17日付けの『イタリア紀行』には,次のような文章がある。

「時々僕はルソーと彼の心気症の苦しみのことを思い出すのだが,あのように 素晴らしい器質の人がどうして変調をきたすことになったのかが,僕には分っ てきた。もし僕が自然の事物にこれほどの関心を抱いていなければ,そして,

測量師が一本の線を引くことで多くの個々の測量を試みる場合と同じように,

混乱しているように見えるものの中でも,多くの観察が比較され整理され

(ordnen)うることを知らなければ,僕もしばしば自分自身のことを狂人だと 思うだろう」(ll;211)。スタロバンスキーの象徴的な言い方を借りれば,「ゲー テは『植物の変形』を著わした。これに反して,ルソーは『美しい植物標本』

をつくる肇のだ。残念ながらスタロバンスキーはゲーテとリンネの違いを押さ

えていないので,ゲーテがリンネと同じように「博物学者」として捉えられて

いるが,既に詳述したように,ゲーテは出来合いの術語によって自然を分節化

するリンネの方法も批判していた。それ故に正確にはこう言うべきだろう。即

ち,ゲーテはルソーとリンネの両方の活動に通じていた,と。ゲーテは自然と

の一体化による 胱惚感が狂気に向かわないようにするためには,自然をリンネ

(22)

のように整序しなければならないことを知っていたのだ。ゲーテは『イタリア 紀行』の冒頭部でリンネの術語は暗記してはいたがその方法は自分に向いてい ないと述べながら(11;19),その一方で,ほぼ半年後(直接リンネを引き合い に出しているわけではないが)自然の中に分割線を刻み込むことを承認してい るのである。リンネとルソーの問を往還すること,それは具体的に言えば,目 で「自然の奇跡を楽しみながら」,耳は「学問的な名称」を聞き逃さないとい うことである。これにゲーテは成功し,ヴェルテルは失敗した,と言ってもい いだろう。

丸山圭三郎はニーチェの『この人を見よ』の冒頭近くに置かれたあの「病者 の光学」に関する有名な一節を引きながら,次のように言う。「ノモス的健康 から一見狂気すれすれの病いへ,そしてまた病いから健康へと移り変わる可動 性,そういう移動における軽やかさこそが『大いなる健康』の徴しであり,だ からこそニーチェは,1889年1月にトリノで倒れるまでは『私は病人の正反対 である.実は私はきわめて健康なのだ」と言い続けることができたのだ。[…ユ 真の狂気とは,この芸術家・思想家が保っている生の円環運動が停止した時に 生ずる」37。ヴェルテルは冷静さを保持し続けるアルベルトの「狂気」を批判し たが,冬に花を摘む狂人や若い農夫の「狂気」を我が身で体現することもしな い。その限りに於ては彼にも「生の円環運動」を実現する条件は整っている。

だがヴェルテルには両極の間を往還し,それを芸術的創造行為にまで高める

「移動における軽やかさ」が決定的に欠けている。その原因は自然性に対する

ヴェルテルの位置にある。自然であることを求め,それに限りなく接近しよう

とすること,しかる後にこの接近と一時的な合一の 胱惚を対象化すること,そ

して常に事後的にその到達を冷たい書字に移してしまうこと,正にこのような

プロセスこそが,接近の対象である自然をヴェルテルから限りなく遠ざけ,内

面を映したはずの手紙を前にして無限の自己反易と自己反省を引き起こす。自

殺した死体だけが辛うじて自然、を実現するという逆説的状況に端的に現れてい

たのは,そのようなプロセスから生じてくる重さの悲劇である。だからこそヴェ

ルテルはそのような重さから解放されんがために,「頭上を飛ぶ鶴の翼を借り

て,果てしない海の岸辺にゆき,無限なる者の泡立つ盃から溢れるあの生の歓

喜を飲み,一切を自己の内で自己によって生み出すあの存在者の至福の一滴な

りとも」感じたいと憧れるのである(52)。しかしこの鶴はヴェルテルを重さ

から解き放ってはくれないだろう。鶴が連れて行ってくれるはずの自然は抽象

参照

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ではもうとうにこのような特別教育を

石川さんの自供によると、女子高

「都市は最早孤独な群集たちの場ではなく、人それぞれが或る徴を残す人間的な交

態をその時点や現出したのである。経験というものがひとつの現象である寵め転所定の時空での隆密

「お邪魔させてもらう」という言葉が口をついて出る時,その「意味」は,ハナさんやヨ

書 評 すばる望遠鏡の宇宙―ハワイからの挑戦 海部 宣男 著,宮下 暁彦 写真 岩波書店,2007年

加工方法なども熟考が必要であった。当初、ホゾの構造

でき,これを防止できたのかを知ることができるとともに,将来同様の誤りに陥ら